――木々の合間、木洩れ日を見上げながら、大きなため息を吐いた。
一軍を率いて、領内に巣食う悪漢共を成敗したようにはとても思えない。そんな陰惨な面を周りに晒している。その自覚は、信勝にもあった。当然ながら。
周りの兵たちが、何処か不安げなのも、分かっていた。大将がこんなザマなのだからそうなるのも当然だと思った。
「――信勝様」
「うるさい。分かってる。分かってるから、ため息の一つでそんな――」
「いいえ、そろそろご休憩なされた方が……賊共を打ち払ってから、ここまで歩き詰めでございます。兵の疲労も溜まってきているでしょう」
ちら、と隣の大男――勝家に視線を向ける。
彼の視線に一切の悪意らしきものは感じられない。真っすぐな目だ。もう一つ、ため息を吐きそうになって、しかしすんでの所で堪える。
任務に忠実なこの男が、主人に嫌味を言うだとかそんな真似が出来るわけがない。
心の乱れが、思考する余裕を奪い、ひいては周りを見るだけの余裕をも奪っている、と改めて自覚した。
「……分かった。良きに計らえ」
「承知――皆の者! 一旦足を休めるぞ!」
取り敢えず、一旦心を落ち着かせるために一つ息を吐いて……それから、勝家に任せる事にした。自分よりも出来る人材がいるのなら、それに任せるのが一番いい、と。というより、今の信勝に、他の事を考えるだけの余裕がない。
そもそもの話。
賊を倒した、と言っても当然ながら勝てる勝負をしただけだ。食い詰めに食い詰めて追い詰められた罪人とは、装備の質に、人材の質も何もかもが違う。更にこちらには一騎当千の武将が一人。
自分が何か余計な言葉を差し挟まずとも。雑に片付けられた任務だ。
というより、自分がそんな様だったから。この程度の事しか出来なかった、というしかないだろう。
「信勝様……」
「――ああ、畜生」
結局。
進展していない状況に舌打ちをするしかない。
秀隆を探し始めてから、全く捕まえられぬこの状況。無常に過ぎる時間に、当初の余裕など、既に何処かへと過ぎ去ってしまっていた。
探したのだ。
『まだ秀隆の奴めは、領内にいる。兎も角領内の中を絞って探せ――もし領の外へ逃げ出して居れば、どうせ捕まえられんしの』
姉、信長の言う通りに。
姉上が言うのなら、きっとそうだと信勝は思った。だから他に何も考える事も無く、只管に探した。何も考えずに探した。領内を駆けずり回って探した。
自分の持てる手段を持って、探した、つもりだったのだ。
何処にも。何処にも。何処にも。
いない。影も形も見つからない。領民も。尾張織田家の家臣も。果てには先ほど討ったような賊にすら話を聞いた。二、三人に話を聞いてしまいにしたわけでもない。領地の端の住民、三河から流れて来た商人にまで話を聞いた。のだが。
まるで。誰も彼も口をそろえて『その様な男は見ていない』というばかり。なにか別の人物を見間違えた、だとかそれすらない。
まるで、霧の如くだった。
あの日、自分の元からあっという間に消えて見せたように。
今度はこの世からも全くもって消えて見せた、と言わんばかりに。自分の手で手探りしようにも、そのとっかかりすら今は見つけられていない。
勝家も、放った細作も、哨戒の兵も、全くもって何か成果を持ち帰ってはこない。その度に怒鳴りつけもしたが。しかし。
ここまで全く手ごたえが無いとなると。
姉上の予測が、間違っていたのだろうか、とすら思ってきてしまう程に。
いいや、と。それでも信勝は自分の弱気な心を否定した。姉上の言う事が間違っている訳がないと強く否定した。自分の努力が足りないのだと、否定した。。
であれば、自分の手際があまりにも悪いせいだ。自分が無能なせいで、信長の足を引っ張っているのだ。そう信勝は考えざるを得なかった。
それを思うと。信勝は今、目の前にある森の木の一本に、頭を叩きつけたくもなって来ている。全くもって。こんな体の上に乗っているだけの頭なんて、砕き割ってやればいいと思ってしまう。
こんな自分だから、無能共と一緒に消えようと思ったのに。
それを忘れて、姉上のお言葉に従えば、見つけられると思っていた。姉上のお力を借りても尚、自分の無能ぶりは補いきれない。それをどうして忘れていたのか。
そんな有様で、喜六郎を探し出せるのか。
「……」
「信勝様、そう気負わずに」
「気負わずに、だと?」
その不安が。自分の無能さ加減が。出来の悪さが。
信勝を今、明確に苛立たせて――
「そんな訳に行くか。僕の無能のせいで……どれだけ」
「しかし、焦ったところで、秀隆様が見つかる訳でもありませんし」
「――っ!!」
一瞬。
目の前が真っ赤に染まって。気が付けば、信勝の手は、刀を取って、その切っ先を勝家の眼前へと突き付けていた。
構えている訳ではない。ただ抜いて、突き付けただけ。剣術としてはお粗末極まりないし。本気で刺そうとしても、容易に勝家ならば止められるだろう。
そんなひどいへっぴり腰の刀が向かってくるのを、勝家は、目の前に跪いたまま、まるで避けようともしなかった。
「――っ!」
「落ち着いて下され、信勝様」
気を遣われているのは、直ぐに分かってしまう。普段の勝家ならば、自分に余計な事なんて言わず、大人しく待っている――だが今、自分を見ているのは、普段の見かけの割に肝っ玉の小さい木偶の坊ではなく。織田家最強格の猛将、柴田勝家だ。
大将の動揺は部下にも伝わる。それを分かっている。ならば、それをどうにかする為に怒りのはけ口の一つでも用意して見せた。
「……」
「見つける前に、潰れるのは本望ではありますまい」
「そんなの……言われなくても、分かってる」
その気遣いは、分かる。だが、だからと言って焦る思いを止められる訳ではない。
……喜六郎の変容を、姉以外の誰かに話せている訳ではない。姉にも話す事は出来たがしかし。実際に見ていないのに、あの『感覚』を理解しろというのは、難しいという事は自分でも分かっている。
この胸の内の、『理由のない焦燥感』を理解できているのは、信勝只一人なのであって。彼が、自分の手を離れて遠くに行ってしまいそうな、そんな不安を持っているのも、自分一人なのだ。
あの日。目の奥に感じた光は、まだあの瞳の奥で揺らめき、息づいているのだろうか。いや寧ろ……更に大きく、膨らみ、育ち、彼の中から孵化しようとすら――
「――っ!」
嫌な想像が、頭を過って、頭を振った。
兎も角、信勝の焦燥感は見つからない時が長くなるたびに、膨らんでいく。喜六郎を一刻も早く捕えなければ、何か恐ろしい事が起きる気がする。人一人をあそこまで変えてしまう様な、何かを、感じている。
「……分かった。取り敢えず、今は無事に帰還する事を優先する。それでいいだろうが」
「お聞き入れ下さったこと、ありがたく」
勝家の言う通り、無為に焦っても仕方ない。とはいえ。この焦りを忘れることなど到底できない。のんびりとしていて、取り返しのつかない所まで行ってしまったら。後悔等してもしきれない。
せめて、せめて何でもいいから。切っ掛けを手に入れたい――どうすれば良いのか、と思考の沼に自ら身を沈めようとした――その時だった。
「――だから、嘘じゃねぇよ! 今、しょんべんしに行ったときに見たんだよ!」
「嘘とかじゃなくて、分からんって言ってんだ! なんだよ、腕から槍の生えた化け物って。聞いた事もねぇ」
「だから、そのままなんだって! 馬鹿でけえハサミと槍を持った……ともかく、人間じゃねぇ! アレは、人間じゃなかった!」
その声からは、思考の沼に取り込まれそうだった信勝の視線を引く程には、緊張感と、恐怖を如実にその内から滲み出て来ていて――振り向いて。
怯えている男の指さした先には、深い深い、森の緑が見える。そこで、彼は『何か』を見たのだという。
ここで、信勝が、下らぬ与太話と切り捨てて、無視するのではなく『話を聞く』という選択肢を取ったのは。
ある種の直感……という訳ではなく。
今現状、どんな情報であっても、信勝は欲していたのだ。
何か異常な物を見た、というそんなでたらめな言葉にも、僅かでも真剣味を感じられたのなら、彼は縋りたくなっていて――
「――あ」
その時だった。
森の奥に、何か、銀色の輝きを見た気がした。
その直後――飛来した何かが、自分が今、向き合っていた木に、突き立ったのだ。振り返れば、羽が所々破けた、質の悪そうな矢が一本。
呼吸が一瞬、浅く、早いものに変わって――
「――敵襲ッ!!」
空間に響く声に、思わずしてハッとする。
それに反応したのは、勝家の方が早かった。刀を抜き放ち、大声で全体に警戒を促し自らも、木々の向こうに向けて、切っ先を向けた。打ち払った賊とはまた別の一党か。森の奥で未だ見えぬが……しかし、聞こえてくる雄叫びを聞く限り、間違いなく、此方に近づいてきている。敵意を持って。
矢の一本で怯えて、逃げ腰になっている場合ではない。急いで武器を取ろうと思ったが……しかし。
「信勝様、お下がりを。ここは拙者が」
「わ……分かった、まかせ――」
勝家がいれば十分な上、先ず間違いなく、これからの戦場に信勝が居ても足手まといになるだけ。しかも、大将である自分が打ち取られる訳には行かない。
それを分かっているからこそ、直ぐにでも下がろうと一歩を下げ――しかし、その直後に聞こえた声に足を止めた。
『――ぎゃあああああっ!?』
悲鳴。
雄叫びに代わり、木々の向こうから――否、いっそ先ほどの雄叫びよりもはっきりと聞こえてきたのは、耳をつんざくような、高い高い悲鳴。
此方に振り返った勝家と目があう。
「……信勝様」
「任せる、そう、言ったぞ。僕は」
「――はっ! 全員、武器を持て! 儂に続いて前進!!」
反応早し。此方の意図をくみ取って即座に勝家が一歩前へと進み、二呼吸程遅れて、兵士たちも慌てて立ち上がる。それに合わせ、信勝も兵達に囲まれながらも、ゆっくりと歩みを進め始めた。
木々を払いのけ、一歩一歩先へ進む。襲い掛かってくる様子も無し。何かあったのは確定。そして問題は……一体何があったのか。まるで、『化け物でも見たか』のような悲鳴を上げた後に。
何が起きたか分からない。故にこそ勝家を先行させた。最も対応が出来ると判断したからこそ――
「――っ!?」
しかし。
突如として、先頭を進んでいた勝家が足を止める。勝家が足を止めるほどの事態――そう考えて、自然、自分の足も竦む。
足を止めた代わり。自然と、目線が動いていく。
勝家が動きを止めて、じぃ、と見据えて――否、睨みつけている、木々の向こうへと。
そこには、こちらに向かっていただろう盗賊達が倒れていた。
死んでいるのか――いいや、違う。腰を抜かして、声も無く震えている。その視線もまた、勝家と同じ方向を見ている。
ぎりぃ、と誰かが、刀を握りしめた音が聞こえる。ガリガリと、歯をこすり合わせて、軋むような音が出るのを感じている。それは自分の出している音だった事に、今更ながら
ぎ ぎぎ ぎ ぎ ぎぎぎ ぎ
そこに――立っているモノを、見つけたから。
ソレは。こちらを見ていた。
人の様な大きさをしていても。
その形を見れば、それが人間ではない事は、直ぐに分かった。
片腕は――まるで、巨大な、巨大な槍の穂先を、そのままくっつけたような。信じられない形をしている。槍だけではない。もう片方には――まるで鋏にも似た、二股の腕が収まっていて。そして、その両方の腕が。鈍い、銀色に輝いている。
両足は。細い。根元から足先まで、尖ったような印象を受ける。曲線は一切見えない。直線で構成されていた。とがっているのは――頭もか。人の頭蓋の形をしていない。まるで兜をかぶっているかのような形をしていた。
人ならざる化生――というより、そもそも、生き物の様にすら見えない。
金属が、擦れた時の様な嫌な音と共に、いちいちぴたり、と止まって、動き出す。その動きは、決して生物がしていい動きではない。
違和感しかない。
生きているのなら、まだ分かる。
しかしそれは、生きているように見えない。なのに、生きている様に動いている――それは、人間大に肥大化して、勝手に動き出した、魂無き絡繰の様であった。
「あ……」
「あいつだっ! さっき俺が見たっ――化け物だっ!」
その頭が、ぐるん、と回る様にこちらに向く。
異様な形相をしていた。。
線が見えた。直線的な模様が。
骨ではない。その輝きは金属そのもの。金属でできた生物など、聞いた事も無い。
殆どが黒、そしてそこにほんの僅か、線になって不自然に混じる、赤と青。相反する色の内臓が、異質な不安感を見るものに与えている。
人ではないのに――その癖、瞳は、命のような輝きでギラギラと文字通り、光り輝いているのだ。翡翠の光を、纏いながら。
気圧されていた。
だが、始めて見た、という訳ではない。覚えが確かにある。肌に感じるこの圧力は、まるであの夜のような――
「――何者!」
その時。
皆が完全に、視線を奪われているその時――だが、そんな中でたった一人、勝家だけが大太刀を構え、その化生に向けて切りかかった。
信勝が思わず舌を巻く。戦う時の武力と胆力は、やはりこの男、織田家でも正に最強と言っても過言ではないのだ。
よくぞ正体不明の何者かを相手に、何時もと変わらぬ動きが出来るもの。
――ぎっ
「っ!? なんと……!?」
しかし。
信勝では到底捉えられぬ速度の剛剣一閃はしかし――空を切った。振り抜いた音こそすれ、掠った音すら聞こえない。
一瞬の間に。高く、高く跳躍していたのだ。垂直に。真っすぐ。
その怪物は、信じられない程に軽々と、天に向けて高く聳え立つ木の、その半ばを遥かに超えて高く、高く跳んでいるのだ。軽々と。
剣を振るその一瞬で、跳躍できる高さでは到底ない。自分が駆けながら、その走ってきた勢いを足して跳んでも、あの高さの半分にも届かないだろう。
ぎっ
そして――その片手に備え付けられた大槍を、木の半ばに突き刺して、木の途中に留まりながらこちらを見下ろしているのだ。身の軽さもそうだが、あの槍の鋭き事も、尋常のそれではない。
「信じられぬ、何という動き……!」
確かに、信勝にも信じられない程の動きだ。
しかし。あの輝き。そして、あの動き。
信勝には見覚えがあった。記憶に残る姿と重なるのだ。明確に、軽々と宙を舞って闇夜に消えていった弟の姿と。その動きが。
――現代の言い方で言うなら。『アンテナが立っていた』というべきか。
本来結びつかない筈の二つの出来事に、繋がりを見た。
確信とは言えなくとも。光明ならば、ほんの僅かだけど見えた気がしたのだ。
逃がしちゃまずい。アレを逃がせば――見えた光明が消えていく。故に、一つ叫ぼうとした。しかしあと一歩、その声を上げようとした。そこで。
ぎぎぎっ
此方に急に振り向いた、その首と、目があった気がした。
翡翠の輝きが此方を捕え、ひと際、ギラリと閃く――否、やはり。秀隆の時と同じように。蠢いている、と表現するべきか。
その姿は、まるで獲物を見つけたケダモノを思い起こさせるような。
「う」
「――」
射すくめられる。睨まれただけで。体の動きが止まってしまう。もし、あの怪物が飛び掛かってきたら。
あの腕に備えられた巨大な槍なら、自分の体を、腹を、容易に貫ける。まるで子供が障子でも破る様に、ぶちりと突き破って――真っ赤な臓物を辺りにまき散らして、自分はあっという間に殺されてしまう。
ぶらん、と死体になった自分が、槍の先で力なく揺れていて――
「――っ!?」
そこまでで、意識を引き戻した。
今のは、只の悪い想像だ。しかし。それが現実にするのは、実に容易いであろう事は分かり切っている。
鋼の武器を設えられた腕。軽々と体を天に運ぶ足。人間とは、明らかに違う目的、『戦闘の為』に形作られた体。
自分と比較すれば、猛獣と一匹の蟻程の差がある。暴威の桁という物が違う。
ぎ ぎぎぎぎぎぎぎぎぎ
耳障りな音を耳に流し。嫌な汗が体を伝うのが分かる。
向かって来たら――止められる気がしない。勝家ならば唯一相手になるだろうが、他はどうだろうか。
相手から目を逸らせない。
口の中が、乾いていく。どんどん軋む様な音が、大きく、耳に響いてくるような気がして。
ぎっ――どんっ!
「なっ……!?」
――跳ねた。
聞こえた音は一つだけだった。恐らくは、ただの一蹴り。ただし、地面に植わっていた木が、傾く程の一蹴り。先ほどの跳躍がどれ程のモノだったのか。
木に張り付いていたその姿は――森の奥へと、吹っ飛んで、消えていく。
あっという間の出来事。
自分たちの目の前から敵が姿を消した。その瞬間に――緊張の糸が切れて。
自分も。周りの何人かも、自然と、地面に腰を落としていて。
ただ一人、勝家だけが、得物を構えて、森の奥を、睨み続けていた。
ゲッター2が一番好きなんだけど1だけがプッシュされることが多くて。でもいざゲッター2を書いてみたら文字通り化け物で虚無る。