真・魔王ノッブ 織田家最後の日!   作:天魔雅犯土

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招待

「――手筈は整った。さっさと行くぞ」

 

 呼ばれて。姉の自室に再び馳せ参じて、目の前に座ろうとしたら姉が立ち上がって急に、ただ一言だけそう言った。何の話も無かった。

 取り敢えず、末森の辺りで、何か目撃情報が無いか、探してみようとか、信勝が考え始めた、その直後の話であった。

 

 そもそも何処へ、という言葉も無かった。

そのまま、首根っこ掴まれていきなり連れ出されて何を言う暇も無かった。文句を言うなんてそもあり得ないが、流石に面食らう勢いだ。

 

「あ、あのっ! 姉上、これはっ!?」

「黙ってついてこい!」

 

 夜の闇の中に連れ出され、馬に乗せられ、そして勝家と何人かの足軽を連れて、いざ出陣である。何を聞いても答えてもらえず、力づくで強行させられた。

 

 態々たいまつを燃やしての強夜行。馬の駆ける音が、闇に吸い込まれるようにして響いている中、誰も何も言わない。というより、言えないほどの速度で、一団は城から出て、そして今も駆け抜けている。

 

 先頭を行く姉の表情も雰囲気も、いつになく険しく、そして、腰には自分の刀を佩いて、着替えたのは戦用の装束、陣羽織。傍らには大太刀を携えて、鎧も、兜まで被っての完全武装の勝家を引き連れての出陣である。

 何処かへ討ち入るつもりなのかという重武装。足軽にも諸々荷物を持たせているあたり本気加減は伺えるのだが……一体、何処へ行くかがさっぱりわからない。

 

 何をするにしても中途半端。

 何か火急の知らせをするにしては人数が多く、物々しすぎる、何処かへ向かう援軍にしては少ない。かといって、もし万が一、ただ散歩する為だとしたら勝家を連れてくるのは邪魔でしかない。

 

 当然。

 この闇夜の中、自分の長髪が靡く程の速さで馬を飛ばしている信長を見て。

 散歩、等と思えるほど、信勝も呑気ではなく。何も考えられないままに、馬を走らせて必死になって付いていくしかない。

 

 しかし……走っている最中でも、何となくだが周辺の地形は見えないでもない。

 彼には、今、向かっている場所の景色に、見覚えがあった。

 

「ここって……」

 

 信勝は、ここ最近、ここら辺をずっと調べていたのだ。

 例の怪物が見つかった場所……恐らく、だが秀隆が潜伏しているのではないか、と思われる場所――末森。

 信長は、文字通り一直線にそちらに向けて馬を走らせているのだ。それも、末森にある居城や、それに連なる施設に向かっている、という訳でもなく……

 

 道から外れた、人の手の入っていない青々と茂る木々に向けて、馬を走らせて行って。ある地点で、唐突に馬を留めた。それに合わせて、勝家も、信勝も馬の動きを止めて。そして、馬を下りて、木々の目の前に皆揃って、立った。

 姉が、見つめる先を、揃って見つめながら。

 

「――ほれ、迎えが来ておる」

 

 木々の間。森の入り口のようにも見えるそこに――

 

 

 

 赤い、影が一人で立っていた。

 

 

 

 声を漏らしそうになったところで、自分の手で口をふさぎ、咄嗟に堪える事が出来た。

 月明かりに照らされて、浮かび上がるその姿は――赤と、白に彩られた姿をしている。

 

 鬼かと見紛うばかりの立派な二つ角、太く、逞しい手足。体も変に痩せている印象も無いしっかりとしたもの。背中には……外套とも違う、真っ赤な一枚布がひらめいている。

 しかしその体、胴体だけは……白でも赤でもない。得体の知れない『中身』が剝き出しになっていた。

 

ぎぎぎ ぎ

 

 赤いその化生は、ゆっくりと、ぎこちなく頭を下げ――お辞儀を一つ。

 生物とは思えない様な、角ばった動き。僅かな呻き、ひぃという甲高い声。しかしその赤いモノは、自分見て上がった足軽共の悲鳴など気にする様子もなく。それから闇の方へと振り返り、一歩、一歩と歩き出した。

 

 信長に視線を向ければ、ただ無言で頷く事だけで返し、何も言葉にせずに後に続くように馬を歩ませ始める。誘いに乗る、という事のようで。先んじたその背に、信勝は勿論、勝家は粛々と、彼の率いる兵達は嫌々ながらも、続く。

 

 木々の間に立ち入れば、そこは直ぐに月の光も届きにくい暗がりの中である。見失わぬように前を見つめれば、先頭を行く姉が見え――しかし、目の前の彼よりもなお、その先に居る赤い影の方がよく目に入るのは、何故だろうか。

 

 松明の光が届かぬ暗がりの中で尚。ぼんやりと浮かび上がる、羽の様なものを備えた後ろ姿。

 それは体から洩れだす、翡翠の輝きの所為か?

 

「……」

 

 迎え、と姉は言っていた。

 一体何者からの迎えで、この先に誰が居るのか――最早ここまで来て、別人の可能性は考えても仕方ない。

 喜六郎が、態々ここまで。

 本当に、前に行った通り。招待をしたのであればなんと豪胆なやり方か。

 

 連れ戻そうとしている自分たちの事を知っていてなお、自分の懐に、態々招き入れるというその行動は――最早愚かと言ってもいい程だ。しかも、こんな案内人まで態々準備する念の入れよう。

 もし自分たちがその場で襲い掛かったらどうするつもりなのか。

 

 そこを訝しみながらも……心の何処かで、信勝は安心してしまった。

 姉は弟の事を脅威だとかいろいろ言っていたが。しかしながら。蓋を開けてみればこのざまだ。態々、自分にとっての脅威を、悠長に案内等させるなど。

 そもそも姉上と敵対するつもりがあるなら、そもそも姉上を近寄らせない。姉上はどんな状況からとて、勝利を手繰り寄せられるお人。それを喜六郎が知らない訳はない。

 

 こんな事をする時点でやっぱり、喜六郎はこっちと戦う積りなんて無いのだろう。兄だから、分かるのだと、こっそりと信勝は鼻を鳴らした。

 

「――何を油断しておる、周りを見ろ」

「えっ」

 

 ――という自信満々の想像をしていた所を急にへし折ったのは、冷や水を浴びせかけられ鷹の様な姉の呆れた声。

 

 言われて、取り敢えず周りを見回してみて……しかし、周りには木々が広がっているばかりで何か目立つようなものは無く。しかし。

 木々ではなく、その木々の奥を睨みつけている、勝家の姿が見えた。

 その視線の先を追って行ってみると。そこに、自分が見えなかったそれが居た。

 

 目だ。

 こちらを覗きこむ、目だ。

 その目の形、そして輝きは。先ほど現れた『案内人』や、先日現れた大槍の化け物を思い起こさせる。

 木々の合間から、此方を見ている。

 

「どうやら、多くはないが、居るらしいな。ほれ」

「っ……!」

 

 更に。更に更に更に。

 瞳は、周りを見渡せば、幾つも見えてくる。一体、二体、三体……姿こそ見えないものの、暗がりに光る眼だけは、こうして意識してみると見つけやすい。

 

 見られている。四方から――低い位置から、常識では考えられない程に高い位置、居る場所は違えど、その目が見ているのは、何れも此方なのは間違いない。一応、監視網は敷いている、という事か。

 それを理解してか――空気が軋んで来ている事に、今ようやく気が付いた。

 一触即発か? 火薬庫で火でも付けているのか? 目の前に刃を突き付けられているのか? そう言いたくなるような、明確な緊張感。

 

「あ、姉上……」

「遊びに来たわけではない――お主も、その辺りを自覚しておけ」

 

 ……そう言われても何も返せぬままに。信勝は、一歩一歩、先へと進んでいく。

 誘われるままに、只管に、行くしかないのだ。何も、考えられぬままに――今はただ暗がりの奥へと。

 

 

 

 

 

 

「こんな所があったなんて……」

 

 暗がりは既に、『慣れれば見えるかもしれない程度』から『一寸先も見えぬ程度』に、深まってきている。どうしても林の中では漏れ出す月明かりも、最早この中に一片たりとも入り込む余地なし。松明に明かりを灯していなければ、歩く事すら難しかったかもしれないだろう。

 

 それも当然。ここは地の底へと続く大穴――洞穴の半ば。

赤い案内人がゆらりゆらりと揺れながら案内して見せたのが、ここだった。自然に出来たものなのか、それとも少しずつ掘って作られた人工的なモノなのかは分からないが……ともかく、深い。

 気が滅入りそうになるくらい景色が変わらない。

 

「ど、何処まで続いているんでしょうね。姉上?」

「……」

 

 何か姉の声を聴きたくて、話しかけてみるが。何も帰ってはこない。ため息を吐いた。想像していた通りになってしまって。

 

 気が滅入りそうになっているのは……この空気の重さもあるだろう。

 この洞穴に入ってから、というもの。信長と勝家の表情は、固い。信長は一言も話さないどころか、洞穴で転げそうになった兵の一人を何も言わず睨みつけたし、勝家など今にも腰に携えた太刀を抜き放ちそうな『圧』を感じて、その周りに誰も立っていない。

 

 兎も角、目の前の案内人よりも、味方の筈の二人に気圧されてしまって、信勝も兵達も何処か落ち着かない。

 加えて言うならば。信勝は、喜六郎の変貌ぶりを肌で知っている。

それを知っている信勝は、こうして変貌した弟の元へ向かうのに、多少の警戒が必要なのかもしれない、というのは想像していない訳ではない。だが、この二人の『圧』に気圧されそうになっている。想定していた『この程度』を遥かに超えているのだ。

 

「……うぅ」

「くそ……この……なんでこんなに寒いんだよ……」

「帰りてぇ……」

 

 一応、何かの助けになるかと付いてきている兵隊たちに視線を向けてみるが。こちらも同じようなもので。松明の明かりに照らされて、姉と勝家に怯えたような視線を向けていたり、落ち着かなそうに周りを見回しているばかりだ。

 

 松明の明かりは四方へ散らばり、ふらふらと影が揺れて。それが、殊更に恐怖を煽るのである。自分に付き従っているはずの影が、まるで独立して生きているようで、何処かから急に襲い掛かってくるようなそんな幻影を――見てしまう。

 

 おかしな話だ。

 ただ、奥へ奥へと案内されているだけの筈なのに。まるで、処刑場へ赴く直前の罪人の群れの様になっているではないか。これでは。

 気もそぞろになって、当人ら以外は誰も彼もが震えが止まらない。

 

「――おい、そこの」

「はっ、はひぃっ!?」

「はぁ、何を怯えておる貴様。もう松明は消せ。要らん」

「えっ?」

 

 故に――誰も気が付けなかったのだ。

 

「ど、どういう事で……?」

「周りが見えておらんのかお主。ほれ」

 

 違うのだ。

 松明の揺れが、こんな洞窟の中でそう起きるか? 違うのだ。影の形が変わって見えたのは別の明かりが松明とは別の所から照らしていたから!!

 

 ひぃ、と誰かがまたぞろ……そして、先ほどよりも、はっきりとした悲鳴を漏らしたのを、信勝は聞いた。そして自分も悲鳴を上げたくなってしまった。それほどだった。

 洞窟の壁に反射する、翡翠の光……まるで、洞窟の何処か、自分たちの分からぬ何処からか滲みだしているそれが、足元が見えるほどに、自分たちを取り囲んでいたのだ。

 

 美しい光だった。まるで、宝玉の如き光だった。しかしながら。否、美しいからこそ。それらは到底人知が及ぶ類の光ではない事を、分からされる。日の光でも、焔の光でもない、如何なる物から発せられるかもわからない、そんな光だ。そして……脈動している様に、揺らいでいる光だ。

何処からくるのか理解できないモノだ。

 

 それを肌で感じ取ったからこそ、自分含めた凡人共は、恐れた。この光を。

 自分が他と違うとすれば……それでもなお、喜六郎は自分たちに何か、不意打ち染みた真似はしないと思うから。今は、今は安全だと、思えるからか。故に、悲鳴だけは我慢することが出来た。

 

「ふん、気遣いの積りか?」

 

 とはいえ、それを見て尚、怯えどころか鼻息一つで終わらせる信長、未だ刀に手をかけて緊張の糸を切れさせず、緩めもしない勝家も相当だ。

 

「……信長様」

「分かっておる。近づいて来たからだろうな、明かりを灯したのは」

 

 ――否。

 

 二人とも。それ以上に、気になるモノがあったからこそそんなものが気にもならなかったのか。見つめる先にある――出口らしき、ひと際に強い、翡翠の明かりが。

 それは、奥から漏れ出した明かりの筈なのに。

 ごくり、と唾を飲み込んだ。間違いなく、この先は……こことは桁が違う。

 一歩一歩、確実に、距離を詰めて、近寄っていく。この先に、誰がいるのか。

 

 それを……分かっていない信勝ではないし。信長だって勝家だって。分かっていた。だから止まらなかった。真っすぐに。只管先を行く、赤い背中を追って。

 その、先へと――

 

 

 

 

 

 

 そこは、広い広い空間だった。

 洞窟の中だというのに。妙に整えられて――あくまでここに至る道中の岩肌に比べてなのだが――大名屋敷一つであればすっぽりと収まる程の大きさはあるだろうか。

 広大な空間だ。普通なその大きさに気を取られるかもしれないが……しかし。

 

 それ以上に。

道中とは明らかに違う、まばゆい程の翠の光が、この広大な地下洞窟の空洞全体を満たしているのに、目が向かう。

 一目見ただけでは、到底ここが『この世』とは思えぬような、異質な景色だ。

 蛍の様に漂っていたかと思えば、四方の壁を照らしながら足元から噴き出しているようにも見えて。だが天上から降り注いでいる気もする。

 

 少なくとも、この光が満ちていない場所は、何処にもない。

 

「分かっているさ。姉上も兄上も来てくれたのだから。気合も入れる。大丈夫、一応の守りだって付けただろう? 心配性だなぁ」

 

 そして、その光の集うその中心で――その祝福を全身で浴びるかの如く。男は此方を、友人と喋るように、待っている。

 その周りには、誰も居ない。たった一人だというのに。

 陽だまりの縁側で待っていたかのように。朗らかに笑って。

 

「――お待ちしておりましたよ。兄上、姉上」

 

 紅い首巻を靡かせながら。

 喜六郎が、座って待っていた。




なんで赤い首巻させたのかはまぁこだわりみたいなもんで虚無る。
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