黎明の星   作:もずく爆弾

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第三話 黒い女神

 

「君、私のファミリアに入らないかい?」

『⁉︎』

女神の言葉に驚愕したのは、リューだけでは無かった。

 

「…エオス!リューをうちのファミリアに…ってどういうことだ⁉︎それに、何で彼女が【疾風】だって知ってる⁉︎……まさか、盗み聞きしてたのか?」

ゼスタの慌てた声が部屋に響く。

主神の突然の勧誘に彼はリュー以上に動揺していた。

 

(………いや、違う)

リューは彼の二つ目の問いを否定する。

神と言えど、彼らは地上において全知零能、何の能力も持っていない。一般人と変わらない女神の気配を、第二級冒険者であるリューが気付かない筈が無かった。

(……だが)

むしろその為に不可解である。

何故女神が自分の二つ名を知っているのか。

【アストレア・ファミリア】として活動している間は、余計なトラブルを避ける為に覆面で顔を隠していた。

復讐を果たす為に動き始めてからも、彼女(エオス)とは会っていないと確信を持って断言できる。

自分の素顔と称号を結び付けられるタイミングは存在しない筈だ。

(…なのに、何故?)

2人の疑問の視線を浴びながらも、女神は平然としていた。

「天界にいた頃、私はアストレアとは仲が良くてね。

彼女が下界に降りてからもちょくちょく天界(うえ)から覗いていたんだ……その時、アストレアと一緒にいた君を見つけたって訳さ」

 

(………成程)

確かに、筋は通る。

神は地上では無能でも、歴とした超越存在(デウスデア)だ。彼らの本来の力─『神の力(アルカナム)』を発揮できる天界ならば、地上の生活を監視することも容易いだろう。

空の上から覗かれているなど、流石のリューでも想像だにしていなかった。

 

「………私を、ファミリアに迎えたいとは?」

実際の所、こちらの方が重要だ。

指名手配されている人物(リュー)を匿っているのが露見すれば、間違いなく複数の組織に敵対視される。

その中でもギルドはこの迷宮都市(オラリオ)で強大な権力を誇っている。彼女らのような弱小のファミリアを潰す事など造作も無いだろう。

 

例えばロキ、フレイヤのような巨大派閥や、彼らと親交のある者が関わったとなれば、ギルドも迂闊に手は出せないだろうが…【エオス・ファミリア】は新興の組織だ。そんな繋がり(コネ)があるとは思えない。

身元を知らなかったとはいえ、ゼスタは5日間もリューを保護している。

既にギルドや、他の組織に目を付けられていてもおかしくない。

だからこそ、彼に自分を連行させ、【疾風】捕縛の手柄を立てさせようとしたのだ。

たとえそれ以前に保護していたとしても、最終的に捕らえたなら、それ以上はギルドも追及しないだろう……リューはそう予想していた。

 

それが、リューの立てていた計画(プラン)である。

自分を保護するという危険を冒してまで、リューをファミリアに迎えたいとはどういうことなのか。それに見合うだけのメリットが彼らにあるとは思えない。

(よっぽどの厄介事を抱えているのか…それとも……)

リューの思考はいくつかの可能性を導き出す。

 

しかし、エオスの答えはそのどれでも無かった。

 

「…君が、死んじゃいそう、だからかな」

 

「…………は?」

思わず、間抜けな声を上げる。

それ程までに、女神の言葉は突拍子も無く、そして意味不明なものだった。

リューが何か言葉を発する前に、エオスは言葉を続ける。

「…君、ギルドに自首する気だね?それもわざわざゼスタに捕まる振りをして」

(──!)

自分の考えを正確に言い当てる女神に、内心驚愕する。

それとは逆に、心のどこかでは納得もしていた。

 

永劫の時を生きる超越存在(デウスデア)である神には、人間の嘘は見破られてしまう。重ねてきた思考と会話の経験に絶対的な差がある為だ。

僅かな表情の揺れや目の動き、細かな仕草などから隠し事を暴く神の特殊技術(スキル)

リューの置かれてている状況を把握しているエオスが、自分の考えを正確に言い当てるのも不思議では無かった。

 

「どうして?」

「……え?」

思考の沼に沈んでいたリューは、女神の問いかけに咄嗟に答えられなかった。

「どうして君は、私たちを庇うんだい?ギルドに出頭するなら、わざわざ正体を明かさずに一人で行けば良かったじゃないか」

「……それは、ソールさんに助けられた恩を返そうと…」

そう言いながら、自分の言葉に違和感を覚えていた。

「ふぅん?…成程。ま、それはそれで良いとして…」

気になるところはあったらしく、一瞬眉を顰めたが、女神は話を続けていく。

(………)

そんな彼女から意識を外し、自問自答する。

青年に恩を返したい。それは偽りない本心であった。

義理堅い妖精は、一度受けた恩義を忘れない。

…だが、果たして本当にそれだけだろうか。

青年(ゼスタ)本人に、何か気になるものを感じなかったか。

リューの手を握れる、数少ない『特別』。

それに、何も思うことが無かった訳ではない。

 

…件の青年は、女神の後ろで赤くなったり青くなったりしている。大方、リューが自分を助けようとしていた事について考えを巡らせているのだろう。

そんな喜劇的(コミカル)な表情の青年を見て、思わず笑いそうになってしまうリューを他所に、

「…そもそも、何で君はわざわざ名乗り出ようとしているんだい?君の実力なら逃げ延びることなんて簡単じゃないか」

女神は、核心を突いてきた。

「……それ、は…」

言葉に詰まる。

逃げたところで、その後はどうするのか。

頼れる家族(ファミリア)などいない。

帰る(ホーム)など無い。

そんな事を馬鹿正直に言うのは憚られた。

…が、しかし、

「…ひょっとして、行く場所が無いのかい?」

神の辞書に気遣いという文字は存在しない。

「【アストレア・ファミリア】は潰えた。他に行く所はあるのかい?」

挑発しているかのように声色を変える女神に、

 

「………っ」

唇を噛み、叫び出したい気持ちをぐっと堪える。

 

「…おい、エオス」

「……………良いのです。ソールさん」

声を硬くする青年を、制止する。

自分の代わりに感情を荒らげてくれる人間が、今は有難かった。

そして、

「…確かに、私には行くべき場所が無い」

遂に、

(ホーム)も、家族(ファミリア)も亡くした」

リューは本音を語り始めた。

瞠目する青年と、読めない表情を浮かべる女神の前で。

「生きる為の理由(復讐)も、終わってしまった……私の帰りを待つ人間はいない。ギルドも、他の派閥も、身内に被害を出した私を決して許さないでしょう。終わらない逃走を続けるくらいなら、いっそ──」

 

瞳に陰が差す。

空虚に声を沈める。

心の中に、冷たい風が吹いている。

そんなリューよりも先に、

 

「………だから、せめて最期に迷惑はかけないように、ってか?」

言葉を引き継いだのは、怒りの形相を浮かべる青年だった。

 

「…ソールさん」

「ふざけるなよ…!俺はあんたを殺す為に助けたんじゃない!…行き場所が無いとか言ってるけど、あんたは生きる事から逃げたいだけじゃないのか!」

語気を荒らげ、自分を痛烈に批難する彼の表情は、まるで泣いているかのようで。

 

「───っっ‼︎」

そんな彼の言葉に、心に刃物で刺されたような痛みを覚える。

「居場所が無くなったなら、また新しく作れば良い!生きる理由だってまた見つければ良い!あんたは、あんた達は─」

「─貴方に何が分かる‼︎家族を亡くした苦しみがっ、この憎悪が理解できるのか⁉︎」

激昂し、勝手なことばかりを宣う青年に怒鳴り返す。自分の目に涙が滲んでいるのを自覚しながら、リューは溢れ出る感情を抑えられなかった。

 

この痛みは。

この虚しさは。

この憎しみは。

誰にだって理解出来ない。

理解、される訳が無い。

『───‼︎』

抑えきれない心をぶつけ合う。

怒りも、悲しみも、青年と交わす。

論争はどんどん白熱(ヒートアップ)していき、

そして、

 

「…はいはい、そこまで、そこまで」

女神の仲裁で、終止符が打たれた。

ぽんぽん、と手が叩かれる。

然程大きくはなかったが、女神の声は良く響いた。

 

「喧嘩するほど仲が良いって言うけど、君たち、ほんとに仲良しだねぇ」

「「仲良くなんかない」です」

「ほら、息ぴったり」

『………』

揶揄う女神を他所に、黙り込んだ青年と睨み合う。

…リュー自身は気付いていなかったが、頬を上気させ、薄らと瞳に涙の膜を張っている彼女は、虚無に支配されていた先程までよりも余程生気に満ちていた。

 

「…それじゃぁ、話を戻すよ」

そんなリューを面白そうに見ていたエオスが言葉を続ける。

 

「君は、ファミリアに等級(ランク)が付けられている事を知っているかい?」

「……………勿論、知っていますが。何の話ですか」

本気で困惑し、そして呆れる。

まだ出会って間もないが、リューはこの女神が話を端折り過ぎるきらいがあるのに薄々気付いていた。

 

ギルドはファミリアの組織力を『等級(ランク)』として分類している。S〜Iの十段階に評価を分け、その戦力を分かりやすく視認化しているのだ。

探索系のファミリアは基本的に構成員の戦闘能力で等級(ランク)が決まるが、組織の規模や活動内容によっても変動する。

例えば歓楽街を支配する【イシュタル・ファミリア】は、その活動がもたらす利益も加味されてAの等級(ランク)を獲得している。

 

その話を、何故、今。

リューの冒険者としての勘は、そこはかとなく不穏な雰囲気を感じ取る。

しかし、リューの本能が警鐘を鳴らすよりも先に、

 

「いやぁ、そろそろ借金を抱えそうだからね。君に、お金を払ってほしいんだ」

ニコニコと笑いながら、女神の姿をした毒蛇(詐欺師)は、リューの喉元に喰らい付いた。

 

 

 

───────────

 

「………はぁっ⁉︎エオス、お前いつの間に金なんか借りたんだ⁉︎」

天地がひっくり返ったような衝撃。

リューが【疾風】だと知った時か、それ以上の混乱に襲われる。

 

「俺に黙ってジャガ丸くんでも買ったのか⁉︎金借りるとか、どんだけ食ったんだ⁉︎」

「…君ね、私を何だと思っているんだい?」

「それともギャンブルか何かか⁉︎」

「…ごめん、ちょっと黙っててくれ」

「………ごめんなさい」

女神の本気で残念なものを見る目に流石に冷静になり、部屋の隅で小さくなる。エオスは溜息をつきながら、リューに向き直った。

 

「……すまないね。普段はまともなんだけど、お金が絡むと熱くなってしまうらしいんだ」

「…はあ、まあ良いですが……それより、何故私が、貴女の借金を?」

リューも凄まじく微妙な表情を浮かべていたが、すぐに顔を戻し、エオスに発言の意味を問う。

女神はそんな彼女にフフフ、と妖しい笑みを向けると、

 

「今はまだ借金していないよ…今はまだ、ね」

そんな支離滅裂なことを言う。

 

『………?』

俺もリューも理解出来ていないのが分かったのか、

 

「よし、順を追って話そう」

「まず、リュー。君はゼスタに自分をギルドまで連行させたい。そうだね?」

「…ええ、そうです」

「じゃあ、その後どうなると思う?」

「?……ソールさんの疑いが晴れ、ギルドから褒賞が与えられる…のでは?」

既に明らかにされた事を問う女神に、リューも当惑しながら答える。

そんなことをさせない為に、俺達は話し合いをしていた、筈である。

しかし女神は、

 

「うーん…半分正解、かな……問題は、その後だよ」

「???」

…分からない。エオスが何を言いたいのか。

痺れを切らした青年が問いかけるよりもさきに、女神は答え合わせを始めた。

 

「君を捕らえたゼスタを、ギルドは高く評価するだろう。第二級冒険者だった【疾風】を捕らえられる能力を持つ、とね」

「…待ちなさい、それは─」

ここまできて、リューは女神の意図を理解したようだった。

しかしゼスタにはまだ分からない。首を傾げながらエオスの言葉を待つと、

 

「ファミリアの等級(ランク)は、構成員の戦力で決まる。

【疾風】を下した私たちは、一気に等級(ランク)を上げるだろうね…そしてその分、ギルドへの税金も多くなるって訳だ」

「─!」

ようやく理解が追いつく。

冒険者の情報を管理し、実質的に迷宮都市(オラリオ)を統治しているギルドに、全てのファミリアには納税の義務が課せられているのだ。

そしてその金額は、ファミリアの等級(ランク)によって定まる。

等級(ランク)が高まっていくにつれ、納める金額も増えていく。

 

今の【エオス・ファミリア】は最低等級(ランク)のI。

当然、納税の額もそれ程多くはない。

…だが【疾風】を撃破したとなれば、その等級(ランク)は激上し、したがって税金も倍増するだろう。

 

端的に言えば、女神は自分の派閥を人質に取り、リューを脅迫しているのだ。

…お前が自首すれば、自分たちは破産するぞ、と。

………冷静に考えると何の脅しにもなっていない気がするが、それを感じさせない程女神の話術は巧みだった。

 

「Lv.4を捕獲したとなれば、等級(ランク)は2つ…G位には上がるかもねぇ。いや、ひょっとしたらFまで行っちゃうかな〜?年間で5、60万の納税は覚悟しないとなぁ……私のファミリアはお先真っ暗だよ、よよよ〜」

「い、いや…待ってください、そんな……」

泣き真似をしながらも陰でほくそ笑んでいる邪神(エオス)と、傍目にもはっきりと動揺が分かる妖精(リュー)

交渉(闘い)の趨勢は決まったようなものだった。

少女に反論の隙を与えず、女神はさらに追い討ちをかける。

 

「おまけにギルドには、『能力(ステイタス)を偽っていた』なんて言われて罰則(ペナルティ)を与えられちゃうかもなぁ〜」

「くっ…」

冒険者を管理し、そのLv.に応じて様々な『依頼(クエスト)』や『強制任務(ミッション)』を振り分けるギルドには、【ランクアップ】の報告の義務がある。

冒険者の実力を正確に把握する為だ。

その規則(ルール)を破った時の罰則(ペナルティ)にも言及し、エオスはとどめに、

 

「ゼスタにも何か副職を探してもらわないとなぁ…

ちょっといかがわしい仕事にも手を出さないと、とてもお金を払えそうにないよ…」

俺を交渉材料に…って。

 

「…おいエオス。お前、俺に何させる気だ」

「清純な女神の口からはとても言えませんわ、おほほ」

こ、この糞女神(おんな)……!

人を小馬鹿にしたような態度の女神に思わず拳を握り締めるが、エオスの交渉相手はそれどころでは無かった。

 

「い、いいいいかがわしい仕事⁉︎そ、そそそんな事、認める訳には…!」

リューは顔を赤くし、空色の目をぐるぐると回していた。

呂律も回っておらず、先程までとは明らかに様子が違う。

彼女は貞淑なエルフだ。きっとそういった事にも耐性が無いのだろう。

そう納得しているゼスタの隣で、エオスは目を光らせる。

彼女は獲物の弱点を見逃すような猟師(詐欺師)ではなかった。

 

「だから君がギルドに行くまでに、私たちにお金を払って欲しいんだ。…君の行動によって生じた税金なんだから、当然だよねぇ。なに、1億ヴァリスもあれば、生涯安泰だと思うからさぁ」

「いちお…⁉︎うぅっ……そ、そんな金は…」

邪笑を浮かべる女神に、リューはもはや呻き声をあげることしか出来なかった。

 

(……ん?)

よく考えれば、エオスの脅迫はリューがあくまで俺に連行させた場合の話だ。彼女が回復し、自力で出頭する分には何の問題も無い。

…しかも、女神が吹っ掛けた程の金額でなくとも、リューの懸賞金があれば十二分に生活出来てしまう。

 

(これ、根本的な解決にはなって無いんじゃ…)

(うん、これはただの急場凌ぎだよ)

思わずエオスの方を見ると、彼女は人差し指を口に当て、片目をつぶってみせた。

(この場はまとめるから、リューちゃんが完全に回復するまでに説得してほしいな♡)

(んな無茶な……)

正しく詐欺師の様な話術だ。もう長い付き合いになるが、この女神は極稀に妙な才能を発揮する。

…というか、自然に脳内に語りかけないで欲しい。

 

「……………………」

女神と眷属が怪しい動きを見せる間も、リューは悩み続けていた。

長い、長い逡巡の後、

彼女は非常に悔しげに、

 

「……分かり、ました…。

ギルドに行くのは、やめましょう…」

小さく、しかし確かにそう言った。

 

……【疾風】は意外とポンコツなのかもしれない。

 

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