黎明の星   作:もずく爆弾

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第四話 契約と追跡者

 

「……分かり、ました…ギルドに行くのは、やめましょう…」

 

その言葉を聞いた瞬間、安堵が溢れ出す。

少なくとも彼女は、自死よりも生きる事を選んでくれた。

それがどうしようもなく、嬉しかった。

 

過程(プロセス)には眼を瞑ろう。

 

「いやぁ、良かった、良かった。考えを変えてくれて、私も嬉しいよ!」

…どの口が言うのか。

元凶(主神)が、そらっとぼけた笑顔でふざけたことを抜かす。

脅迫紛いのことをしておいてへらへらと笑っているエオスに思わず半眼になる。

彼女の意思を変えてくれたことには感謝しているが、その過程で色々とんでもない事を口走ったのは忘れていない。

…後で話をしなくてはならないようだ。

そう決意する俺を横目に、女神は妖精に語りかける。

 

「…さてと、それじゃあ本題に入ろうか」

「…いや、ちょっと待て」

思わず話に割って入る。

 

「なんだい?ゼスタ。今は彼女と話しているんだけど?…もしかして、寂しくなっちゃった?まったく、寂しがりやなんだから〜」

「違うわ!いちいち揚げ足取らんと喋れんのか!お前は!…そうじゃなくて、さっきのが本題じゃ無かったのか?」

気持ち悪い笑みを浮かべ、身をくねらせる女神に思わず言葉を荒らげながら、彼女に疑問をぶつける。

リューがギルドに出頭するのを防ぐ事が目的では無かったのか。

…少なくとも、俺はそのつもりで話を進めていた。

当面の間、リューが自ら死を選ばなければいい、と。

 

「……はぁ〜。君は鶏か何かかい?3歩歩くと物を忘れるのかい⁉︎…あれはただの外堀だよ。本題は、彼女がファミリアに入るのかどうか、だっただろう?」

「………あ」

そうだった。

リューを自首させないようにしたかったのはあくまでも俺自身の都合だ。

エオスにとって、彼女の考えを変えるのはただの前哨戦。

リューをファミリアに勧誘する、前提だったのだろう。

色々な事があり過ぎて、すっかり忘れていた。頭の脇でくるくると指を回しこちらを煽ってくる女神にはイラッとさせられるが、素直に自分の非を認めよう。

 

「…と、言う事で!

リュー・リオン!

私のファミリアに入らないかい⁉︎」

やたらテンションの高いエオスは、リューにそう問いかけるが…

 

「……私は()()()()()行かないと言っただけです。貴女のファミリアに入るなどとは一言も言っていません」

「え"っ"」

(………まあ、そうだよなぁ)

リューは冷淡に女神の提案を切り捨てる。

どうやら、先程脅されたことで、女神への好感度はかなり下がっているらしかった。

…いや、そもそも、

「…リューは今、【改宗(コンバーション)】出来るのか?」

一度恩恵(ファルナ)を刻まれた人間が別の神の恩恵を得るためには、【改宗(コンバーション)】という手続きが必要だ。

以前の恩恵を授けた神─彼女の場合は神アストレア─が、【ステイタス()】を【改宗(コンバーション)】が可能な『待機状態』にしていなければ、エオスの恩恵は受けられない。

『待機状態』になっていないのか─その問いかけにリューは、

 

「いえ…【改宗(コンバーション)】自体は出来ます。

……そうしないのは…私の、個人的な問題です」

頑なな表情で、妖精はそう告げる。

まるで何かに耐えているような表情で。

 

「………そっか」

エオスも、それ以上は追及しようとはしなかった。

【疾風】は仲間の敵討ちの為に、都市中を巻き込みながらも復讐を遂げた。

その想いは、一朝一夕には覆せないほど深く、激しいもののはずだ。

それをわざわざ口にする程、青年も女神も無粋では無かった。

 

「………しかし」

リューは言葉を続ける。

ゼスタが疑問に思う間もなく、

 

「…私がここを去れば、ギルドは貴方達に疑いの眼を向け、追手を差し向けるやもしれません……ならば、ここにいた方がまだ安心できる」

「………ですので」

そっぽを向き、早口ながらも、

 

「しばらくは、ここを拠点とし、貴方方と行動を共にしましょう…あくまでも、ソールさんへの恩義を返すまでは、ですが」

ほのかに頬を紅潮させるリューは、そう─契約を交わした。

 

───────────

 

自分がそう言った、その瞬間、

 

「本当か⁉︎」

と、ゼスタは表情を明るくする。

彼の隣では女神が「ヤッター‼︎」と、文字通り狂喜乱舞していた。

歓喜の感情をあらわにする彼らに逆に面食らいながら、

 

「えぇ。エルフは一度口にした約束を違えません……これから、お世話になります」

彼に微笑みを向けながら、誓う。その表情の裏に若干の後ろめたさを忍ばせて。

 

「………いや、ありがとう。嬉しいよ、とても……その、言葉がうまく出てこなくて」

「…これはただの契約なのだから、感謝する必要などありません」

真っ直ぐな好意をぶつけられ、余計にむず痒くなってしまう。何故か顔を赤らめている青年を、今は直視することが出来なかった。

視界の端で「……ふぅ〜ん?」とニヤニヤと笑っている女神を無視して、思考に沈む。どうすれば彼らの善意に報いることが出来るのか、と。

 

リューが彼らと一緒にいる事を決心したのは、もちろん恩義を感じていたのもあったが─それ以上に、彼女自身の都合で決まった部分が大きい。

自首という逃げ道を断たれたリューに、行き場は無かったから。

自分に触れられる青年に、興味があったから。

…独りでいることに、少し、疲れてしまっていたから。

それでいて元派閥(アストレア・ファミリア)への未練を捨てられず、【改宗(コンバーション)】は出来ない。

そんな自分(リュー)の我儘で、彼らを危険な目にあわせようとしている。生真面目なエルフはその事を気に病んでいた。

 

だから、

「…ソールさん。明日から、貴方を鍛えます」

「………へ?」

自分に出来る範囲で償おうと。

リューはそう決心した。

間抜け面を晒し、硬直する青年に、妖精は重々しく告げる。

 

「私が、貴方を強くしてみせます」

 

 

 

───────────

 

明日は朝早いから、と言って、リュー・リオンはそのまま寝てしまった。彼女に稽古をつけられるらしい自分の眷族(ゼスタ)も顔を引き攣らせながら自室に帰っていった。

 

「……………」

自分の部屋に戻り、扉を閉める。

他の部屋よりも少しだけ傷や穴が少なく、調度品が多い─と言っても、机と姿見くらいだが─自室の壁際に据えられている寝台(ベッド)の前に立ち。

 

べしょり、と。

そんな擬音が聞こえるような勢いで、エオスは敷布(シーツ)に倒れ込んだ。

 

「つ…つか、れた………」

妖精に交渉を迫っていたミステリアスな女神など何処にもいない。

そこにいたのは、年相応の表情をする幼女だった。

「ゔぅ〜…」

そのまま、ゴロゴロと寝台(ベッド)の上を転がり出す。成人男性が横になれば若干窮屈に感じるかもしれないが、身長120C(セルチ)程度の彼女にとっては十分な広さを持っていた。

「ん"あ"ぁ"〜」

意味を為さない呻吟を漏らし、その長い髪を全身に纏わりつかせながら左右に転がり続ける女神はやがて停止し、

枕の下から一通の手紙を引っ張り出す。

とある旅の神から渡されたそれは、懐かしい神友(しんゆう)の筆跡で綴られている。

「…全く、アストレアも無茶な事を頼むよなぁ……こちとら零細ファミリアだっていうのに」

そこには、アストレアの眷族である【疾風】─リューを助けて欲しい、という旨が記されていた。

 

アストレアは予測していたのだろう。

復讐を終えたリューが燃え尽きてしまうことを。

生きる目的を見失ってしまうことを。

けれど女神(アストレア)にはリューを止めることは出来なかった。復讐をやめさせれば、それこそリューは壊れてしまうから。

女神は、信じていたのだ。復讐の果てに、妖精に正義が蘇ることを。

いつかは妖精も再起する日が来るだろう。

灰の中に、正義の種子がまた芽吹く日が来るだろう。

だからその時まで、彼女(リュー)を見守り、手を貸してあげて欲しい。

 

女神の便りには、そう書かれていた。

「…降りてきたばかりの私に頼まなくたってねぇ」

そうぼやきながら、一読した手紙をまた枕の下に仕舞う。

そのままごろりと仰向けになり、天井を見つめながらぼんやりと考える。

「…それだけ追い詰められてた、ってことなのかな」

 

(あるいは、降りてきたばかりの私だからこそ、か)

【アストレア・ファミリア】には味方も多いが、敵も少なくない。

【疾風】(リュー)が討ち漏らした闇派閥(イヴィルス)や、彼らに連なるものもまだ残っているかもしれない。

だからこそ、歴史があり、多くの関係を築いている派閥より、新興で、まだ何のしがらみも無い【エオス・ファミリア】に頼んだ方がいい─そう、アストレアは判断したのだろう。

 

(……まあ、いくつか当てはあるみたいだったけど)

胡散臭い神々の中でもとりわけ胡散臭いその男神は、神友(アストレア)の手紙を渡してきた後、まだ行くところがあると言っていた。

その笑みを思い出し、少々げんなりする。天界で同郷ではあったが、関わったことは少ない。エオスは彼をあまり信用していなかった。

(………善神(ぜんにん)だとは、思うんだけどなぁ…)

アストレアが手紙を託すくらいだし、きっと悪い神では無いのだ。

そう、自分を納得させる。今は彼のことを考えている場合ではない。

 

「………これからどうしよう」

思わず泣き言が口に出る。

女神は今、窮地に立たされていた。崖っぷち、と言い換えてもいい。

(…ギルド、誤魔化せるかなぁ…流石に無理だよなぁ…)

請け合った以上、リューを放り出すという選択肢は存在しない。神友にも頼まれたことであるし、何より自分自身も彼女を救いたいと思っている。エオスは彼女を全力で庇うつもりでいた。

(買い物なんかはゼスタにやってもらうとして…ずっと(ホーム)の中に置いとくわけにいかないしなぁ…それじゃ軟禁と変わらないし)

 

しかし、である。

現実的な問題として、エオス達がリューを匿うのは相当な無茶が生じる。

(まず新しい家具でしょ、あとは、ご飯とか、水とか?修行するって言ってたし、色々必要になるのかな…お金、あったかなぁ…)

主に金銭的な面で。

ぱっと思い浮かぶだけで10近くに昇る問題の数々を、

(…まあ、ゼスタに頑張って貰うか!)

眷族に丸投げ(バトンタッチ)する。このファミリアの会計係は彼だ。何とかしてくれるだろう。

…団員が1人しか居ないのだから、会計も糞もないが。

脳内で恨めしそうな目を向けてくる青年を華麗に無視(スルー)

(……元はと言えば、いきなり彼女を拾ってきたのが悪いんだし)

エオスがアストレアからの手紙を受け取ったのが、丁度1週間前。

ゼスタがリューを見つけたのが、5日前の話だ。

(あの時は驚いたなぁ…)

遠い眼をし、5日前の出来事を思い出す。

眷族(ゼスタ)が死体を拾ってきた!と大騒ぎしたものだ。

最も、その半死人が手紙に書いてあったリューの特徴と一致した時の驚愕と比べれば、可愛いものだったが。

本気で気絶しかけた。実家(天界)に還りそうになった。

(……どんな確率だよ)

道を歩いていたら猛牛(ミノタウロス)が空から降ってくる確率の方がまだ高い。

下界に『未知』を求めるのは間違っているだろうか、なんて抜かす神々でもドン引きするだろう。

 

「…しかし、【疾風】が思ったよりポンコツで助かった」

そんな失礼極まりない─本人(リュー)に聞かれれば、確実に魔法を撃ち込まれそうなことを独白する。

目覚めた妖精は、エオスが思い描いていたのとは全く異なる人物だった。

本当に、普通の少女。生きる目的を見失い、罪悪感に苦しむ真っ当な感性を持ったただの少女だった。

…だからこそ、女神の口八丁、嘘八百にも騙されてしまったのか。

エオスがリューに語った言葉は、()()()()詭弁、屁理屈のこじつけである。

ファミリアの等級(ランク)が上がるというのも、ギルドから罰則(ペナルティ)を課されるというのも。

 

…確かに、【ステイタス】を偽っていた事が発覚すれば、罰則(ペナルティ)を与えられる。しかしそれは、()()()偽装していた場合だけだ。

罰を与える前に、ギルドは必ず能力(ステイタス)を確認するだろう。

そして潔白(偽装では無い事)が証明されたなら、罰則(そんな事)はまかり通らない。逆にギルドが謝罪する羽目になるやもしれない。

ファミリアの等級(ランク)も同様である。都市への貢献度や功績ももちろん重要ではあるが、あくまでも判定に優先されるのは戦力─Lv.だ。

能力(ステイタス)を確認し、ゼスタがLv.1である事が分かったならば、等級(ランク)に大した影響はでないだろう。

…そもそも、等級(ランク)とは一度に何段階も上がるものでは無い。ゆっくりと、時間をかけて派閥の地力と共に上昇するものである。

もしも一気にファミリアの等級(ランク)を上げたいなら、格上との『戦争遊戯(ウォーゲーム)』に打ち勝ち、戦力を大幅に増強でもすれば─

 

「まさか…ね」

そんな荒唐無稽な事を考え、思わず失笑してしまう。

等級(ランク)を上げるならばそれ程の無茶をする必要がある。

言い方は良くないが、【疾風】を()()()()()()ではとても不可能という事だ。

 

「…我ながら苦しいな、と思ったんだけどね」

そう独りごちる。

しかしリューは見事なまでに引っかかってくれた。

なにやら青年(ゼスタ)の話題を出した時に動揺が深まっていた気がするが…

「……くぁ」

そこまで考えたところで、大きな欠伸が漏れる。

考え事をしていたら、明け方近くなってしまった。

明日からは忙しくなるだろう。

そんな事を考えながら、女神は魔石灯のスイッチを切り。

 

心地よい睡魔に身を任せた。

 

 

───────────

 

最後の灯りが消える。

ぱっと見は廃屋にしか見えないその建物に【疾風】は潜伏しているらしい。

「…さて、と」

通りを挟んだ向かい側。

星が消えかえた払暁の下、民家の屋根に胡座をかき、それをじっと見下ろしていた猫人(キャットピープル)の少女は徐ろに立つと、

 

「…そろそろ、動くかニャ」

そう呟き、跳躍する。

目深に被ったフードの上からでも分かる猫耳と、

腰から生える尻尾を揺らしながら、

少女は屋根から屋根へ音もなく飛び移っていった。

 

 

───────────

 

最後の灯りが消える。

近くで見れば見るほどぼろっちいその建物が【疾風】の隠れ家らしい。

「…さて、と」

廃屋の裏手の路地。

未だ陽が昇り切らない暁天の下、消えた街灯にもたれかかり、それを瞬きもせずに見上げていた人間(ヒューマン)の少女は徐ろに体を起こすと、

 

「…そろそろ、動くか」

そう呟き、身を翻す。

革の手甲(グローブ)を嵌めた指を鳴らし、

防寒着(マフラー)をたなびかせて、

少女は路地裏に消えていった。

 

 







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