「勝てねぇ……」
消灯時間間近。自室の机で、思わず頭を抱え込んでしまう。
時は10月。秋のGⅠを目前に控えており、世間は菊花賞がどうだの天皇賞がどうだのと騒いでいる。
予定ではメイクデビューをさっさと勝って、オープンの一つくらいは獲っているはずだったのだが、現実は未だに未勝利戦を突破できていない。
「なぜだ……」
いや、分かっている。原因は明らかだ。
1戦目、ニシノフラワーの4着。
2戦目、ライスシャワーの2着。
3戦目、ドカドカの9着。
4戦目、ヘキサキャニオンの6着。
……普通に実力不足だ畜生が!地元では俊足で鳴らしたものだが、中央の壁がここまで高いとは。
史実クラシック・ティアラ組はとにかく、それ以外にも普通に勝てないとは思わなかった。いや、もしかして全員将来GⅠを獲っちゃったりするのか?(錯乱)
「まずい、まずいぞこれは」
むぐぐ、と呻きながら隣の机を見やる。この間まで同室の子が居たのだが、何の連絡も無しに居なくなってしまった。私も遠からずこうなるかもしれない。
書類上のトレーナーはレース出場の手続きをしてくれるだけの事務員だし(スカウトされなかった底辺には珍しくない話だ)、高等部からの編入で友達もほとんど作れていない(コミュ障は死んでも直らなかったよ)。
このままでは金策以前に卒業が危うい。就職は最終手段「前世取った
そこで、ふとひらめいた。
「未来のGⅠバ?」
そう、そうだ、私は将来のGⅠバを少数だが知っている。そしてGⅠバのグッズやゆかりの品には高い値が付くのだ。その中でも、今だからこそ容易に入手でき、将来高値がつくことが確定しているもの。
「直筆サイン、これだ……」
つまり、将来GⅠを取るであろう子たちから直筆サインを回収し、引退して私との連絡手段が無くなったタイミングで、売る!
最低な発想だが背に腹は代えられない。現役でいられるうちに生活費を稼がなければ、未勝利ウマ娘にろくな選択肢があるとは思えないから。
◇◇◇
というわけで、最初のターゲットはライスシャワーさんである。
購買の隅にあった色紙と色紙ホルダーを携えて、突撃!隣の席のライスさん!
「サインください」
「ふぇっ!?」
……突然すぎたようだ。
「ああ、ごめんね?えっと……」
私を負かすほど強い子はGⅠを勝つに違いないから、顔を拝むついでにサインを集めているんだよ、と適当なことを吹き込む。まあ君なら勝てるよ、さあサインをくれ未来のGⅠバよ。
色紙を差し出すと、なぜかライスシャワーさんのお顔がみるみる曇っていく。
「えっ、あー、そんなに嫌だった?なら無理にとは……」
「ち、違うの!そうじゃなくて、あのっ、あのね?ライスなんかのサインじゃ色紙がもったいないよ」
大きなお耳を伏せて、
「ライスじゃブルボンさんみたいに期待に応えられないし、逆に不幸にさせちゃうかも。お兄さ……トレーナーさんはそんなことないって言ってくれるけど、でも、やっぱり」
顔を俯かせ、
「ライスは、だめな子だから」
完全に
個人的にはライスシャワーさんと一緒に走れただけで幸せなのだが、どう説き伏せたものか。いや、それをそのまま言えば良いのでは?
「えっとですね、ライスシャワー、さん」
「は、はい」
ちょっと待った、言うのか?ここで?しかし何か言わないと。
「私は、貴女と一緒に走れて幸せです。貴女の走りを一番近くで見て、ファンになりました。なので貴女のサインをください」
いや言い方!嘘を言ったわけではないけど、これ告白みたいになってない?大丈夫?ああ、ライスシャワーさんがこっちを見て固まってしまっている。これはやらかしたか?
……固まって、顔が少し赤くなって、また顔を伏せてしまった。この反応はどっちだ?おっ、色紙を受け取ってくれた。書いてくれるようだ、良かった良かった。
「ラ、ライ……あわ……ふぇぇ」
ウマ耳でも聞き取れない独り言をブツブツと言いながら、きょろきょろと辺りを見回している。そこで気づいた。ペンを買っていない。どうしよう、名前記入用のペンでいけるか?
こちらも少し慌ててしまう。仕方なくバッグを漁ってペンケースを取り出した時、少し落ち着いたらしいライスシャワーさんが話しかけてきた。
「あの、ライスね、サインって書いたことないから、持ち帰って考えたいんだけど、いい、かな?」
と、色紙で顔を半分隠して、その向こうから上目遣いでこちらを窺ってくる。かわいい。
「分かった。特に急いではいないから、そのうちよろしく」
と伝えると、小さくうなずいてくれた。何とかなった、か。しかし恥ずかしいぞこれ!毎回こんなことするの?嘘だろ……。
◇◇◇
翌日。
「その、ご、ごめんなさい!」
「えっと?」
開口一番、謝罪と共に色紙を突き出された。ちょっと面食らいつつ、ぷるぷる震える色紙を受け取る。ちゃんとサインらしきものが書いてあるが、しかしこれは裏側ではないだろうか。じゃあ反対側はと、汚さないように裏返すと。
「バラ?」
絵本の挿絵か何かだろうか、バラを中心に、じょうろや子犬、本などが淡い色彩で描かれていた。何のシーンなのかは上手く読み取れないが、良い絵だと思う。ふーむ、良く分からないけど、まあサインはもらったからヨシ!
と、一人で勝手に満足していると、また萎れているライスシャワーさんが理由を話してくれた。絵本を書こうとして構想を練っていたところ、同室の子と話が合って盛り上がってしまったらしい。
「それで、気がついたら、せっかく預けてくれた色紙に、いろいろ、落書きしちゃって……サインもちょっと間違えちゃったし、せっかく……ふえぇ」
「ああ待って泣かないで気にしてないから!?本当に大丈夫だから!」
二人そろってしばらくアワアワする破目になった。
少し落ち着いてから、改めて。
「サインありがとう。大切にする」
「う、うん。でも……」
「大丈夫、本当に気にしてないから。ただ、ちょっとお願いが」
受け取った色紙を、もう一度差し出す。
「絵を描いた二人の名前と、今日の日付を書いてくれないかな?」
「ふぇ?あの、でも、良いの?」
「良いから良いから」
という事で、まず一人目のサインと貴重な直筆イラストを頂くことに成功したのだが、まだ負い目を感じているようだ。何か、適当な話題を……。
「ところで話は変わるんだけど、どうにもレースに勝てなくて。勝ち方のコツとかってある?」
「えっ、勝ち方の、コツ?うーん……あっ」
ライスシャワーさんのお耳がぴん!と立つ。まさか、あるのか?
「えーっとね、たぶん、距離が短すぎるんじゃない、かな?おに……トレーナーさんが言ってたんだけど」
レースの振り返りをしていた時、「あの子もステイヤーだな」と漏らしていたらしい。
その発想はなかった。今までどの教官にもそんなことを言われたことが無かったから、長距離適性は無いと思い込んでいた。走って確認しなければ。しかし、一緒に振り返りをしてくれる担当とは羨ましい。うちのとは大違いだ。
次の未勝利戦は長距離だな手続きしないと、などとブツブツ言っていると、名前を書き終わったらしいライスシャワーさんが再び色紙を差し出してきた。まだ揺れる瞳に、しかしはっきりと私を映して。
「あの、余計なことなのかもだけど。その、つ、次のレース、がんばってね!ライスもがんばるから!」
この後めちゃくちゃがんばって未勝利戦を勝った。
受取日時:xxx1/10/14
表:ライスシャワー、ゼンノロブロイ
執筆予定の絵本の構想を書いたとのこと
裏:ライスシャワー
一部書き損じたとのこと