転生者はお金を稼ぎたい   作:unthraeae

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第3話

ひいらぎ賞、8着。

 

「マイルマイルマイル、本当に参るな!……ハァ」

 

今の時期、純ステイヤーにとってはまさしく冬である。何しろ中距離以上のレースがホープフルステークスしか無い。当然、G1に誰でも出走できるわけではない。希望なんて無かった。

 

仕方なくマイルレースに出てみたが、この有様である。お兄さまの見立ては正しかったというわけだ。こればかりはどうにもならない、私は同期とは違うのだから。

 

「さしあたって、ゴール前の坂だな。なんだあれ壁か?うーんどうすれヴァ!?」

 

肩を強く引かれた。気が付くと目の前に階段がある。どうやら誰かが階段に突っ込むのを止めてくれたらしい。

 

「危ないっスよ?気を付け……ってまた君っスか」

 

振り向くと、そこにいたのはバンブーメモリー先輩だ。全くもー、とばかりに腰に手を当てている。先輩には何度か風紀を正された仲なので、あきれ顔も見慣れたものである。なお廊下を歩く癖は未だに直らん模様。

 

「っと、毎度すみませんバンブーメモリー先輩。ちょうど良かった、聞きたいことがありまして」

「お、何スか?なんでも聞いていいっスよ!」

「マイルって、どうやって走れば良いんでしょうか?」

 

とっさの事とはいえ、具体性ゼロのひどい質問をしてしまった。先輩の背景が宇宙になっている気がする。

 

「うーん、そう言われると説明が難しいっスね。短距離よりは緩く、中距離よりは速いペースで走る、とか……?」

「まあ、それはそうでしょうね……」

「「うーん」」

 

二人して、顎に手を当て「私考えてます」スタイル。私は何を聞きたいのだろうか?何を教えてもらえればマイルで速くなれる?

賞金の関係上せめて掲示板には入りたいが、それは今無関係だからなあ。

 

などと考えていると、先輩が両手をパシンと打ち鳴らした。

 

「頭で考えてもしょうがないっスね!今日時間あるっスか?」

 

 ◇◇◇

 

というわけで、コースの上である。今日は空いていて助かった。

 

「アタシは差しが得意なんで後ろから追うっスから、自由に走って良いっスよ」

「分かりました。では行きます!」

 

とりあえず走り出す。少し後ろから足音が追いかけてきた。遠ざかる背中を眺めるのはつらい気持ちになるが、後ろから迫られるのもメンタルに来るな。

 

背後からピリピリしたものを感じながらコーナーを曲がる。距離的にそろそろかな、という位置でスパートを開始した瞬間──

 

「じゃあそろそろ行くっスよお!」

 

──私は自分が負けることを悟った。背後の空気が切り替わったのが分かる。全力で足を回すが、外からあっさり抜かれてしまう。そのまま距離を離されて、いい所なくゴールした。

 

勝てるとは思っていなかったが、一捻りされてしまった。うーん強い。

 

「ふぅっ!ちゃんと伝わったっスかね?」

「はあっ、はあっ、そりゃあもう」

 

まずはトップスピードが足りていない。少し足を余らせてしまったから、仕掛けるのはもっと早くて良いかもしれない。後は。

 

「やっぱり坂を登るとスピードが落ちますね」

「なら坂路……は空いてなさそうっスね。スクワットでもやるっスか?付き合うっスよ!」

「ではお願いします。えっと確か背を伸ばして……」

 

一人のトレーニングはつまらないから、とてもありがたい。落ち着いて、二人して姿勢を正して、ゆっくりゆっくり腰を落とす。

 

「「い~~っち、んにぃ~~い!」」

 

 ◇◇◇

 

太ももにストレッチパワーを充填した後、休憩中に先輩が小言を言ってきた。

 

「おっちょこちょいが直らないっスけど、本当に大丈夫っスか?アタシは来年で卒業するんスよ?」

「んんん足が、えっ卒業?」

 

今度は私の背景が宇宙になる番だった。そんな馬鹿な、やっと頼れる先輩ができたと思ったのに。

 

「そう、ですか。寂しくなりますねえ。いや本当にどうしよう」

「まあアタシの後輩はやればできる子っスから、頑張るっスよ!応援してるっス!」

「先輩……。ありがとうございます」

 

私にこんなことを言ってくれる人がいようとは。これからは廊下は走るようにしないと。静かに感動していると、先輩が自分のバッグをごそごそと漁りだした。

 

「んー確か入れたはずなんスけど……あった!はいこれ!」

「えっと?先輩これは?」

「アタシの直筆サインっス!集めてるところをたまに見かけたんで書いて来たんスよ」

 

先輩最高かよ。

 

「ありがとうございます!」

「うんうん大事にするっスよ!」

 

自慢気な顔をしている先輩。しかし申し訳ない、事が済んだら売る気なんだ。……私は本当にこれを売れるのか?気持ちを無下にするという意味でも、思い出が手元に残らないという意味でも。

 

いや、後者については解決可能だ。本物の予備があればいい。

 

「すみません先輩、もう一枚ください」

 

あ、また先輩が固まっていらっしゃる。毎度本当に申し訳ない。

 

「どういう事っスか!?」

「あーいやその、念のため?」

「うーん……?まあ良く分かんないけど分かったっス!」

「ありがとうございます」

 

先輩の方こそ本当に大丈夫だろうか、と内心思いつつ、自分のバッグにサイン入り色紙をしまう。あれ、未使用の色紙はあるけどペンが無いぞ。

 

「ところで先輩、次走はいつですか?」

「次走?」

「いや、近場なら応援に行こうかなと。お、あったあった」

 

色紙とペンを取り出して先輩の方を振り向くと、先輩は何か変な表情でこちらを見ていた。

 

「応援、してくれるっスか?」

「え?そりゃもう。先輩なら何だかんだ勝つでしょうし」

 

最近勝てていないことは知っているが、まだ卒業までは数か月もある。

先輩ほどのウマ娘ならばセンターを取れるだろう。そんな期待を抱きつつ、色紙とペンを渡そうとした。

 

突然頭をガシッと掴まれた。止める間もなく、すごい勢いでワシャワシャしてくる。ちょっ!

 

「しょうがないっスねー!ちゃんと応援に来るっスよー!」

「オアアアアアアアア!?」

 

髪が!私の自慢の青毛がぁ!一応すぐ手を放してくれたが、完全に爆発状態になってしまった。これ直すの超大変なんだが、なんて事をしてくれたんだ。というか「しょうがない」って何の話だ!

 

アタシとお揃いっスね、と言ってからからと笑う先輩は、今日一番のやかましさだった。

 

「いやーここまでサインを欲しがられるのは久しぶりっスね!」

「早く受け取ってください、手を空けたいので」

 

髪で前が見えない。本当にどうしてくれようか。

 


 

受取日時:xxx1/12/20

  記載者:バンブーメモリー

  備考:事前に用意してくれたらしい。風紀委員の標語か何か?

 

受取日時:xxx1/12/20

  記載者:バンブーメモリー

  備考:書いてもらった。なぜこの色紙だけ「必勝」なのかは不明。

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