ニートだった俺がヤクザの大幹部!?   作:セパさん

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さそり座の男

「んぐ……ぅぅう…… はぁ! ふぅふぅ…… …チィ。」

 

 決して綺麗とは言えない部屋の、決して綺麗と言えない布団の中から、眉目秀麗な1人の青年が起き上がる。バネのように跳ね起きた後の様子は背伸びする蝸牛(かたつむり)のようで、気だるそうな面持ちと同時に苦悶の表情を噛み殺しており、全身からは冷や汗と脂汗が浮かんでいた。

 

「……あの女、夢にまで出てきやがって。畜生。」

 

 広域暴力団今川組部屋住み、広河原学人……通称ヒロは、苛立ちから自分の太ももに向け、思いっきり握りこぶしを振り下ろした。

 

 夢の内容はヒロにとって解けない呪い、問題はその内容だ。心情的な苦痛と言った方が適当であろうか。湧き上がるのは純粋な怒りだけではなく、頬に感じる柔らかさと温もり、頭を撫でる手の感覚。それらが憤怒・寂寥(せきりょう)・多幸感となっていっぺんにヒロの脳内を蹂躙(じゅうりん)し、激情へと変わる。

 

 時刻を見れば早朝6時、本日は牧村付きではなく今川組の部屋住み係だ。早速仕事にとりかかろうとヒロはジャージに着替え、先ほどの悪夢を払拭するかのように大きく(かぶり)を振った。

 

 部屋住み仕事は牧村ユタカが出所して以来、仕事量は大幅に減った。とはいえ手を抜くなど許されない。掃除道具を取り出し、事務所を清潔で整然とした空間へ変えていく。その後に新聞の交換や監視カメラなどの機材調整を終えればあとは……

 

「あ、ヒロおはよう!今日もおつかれさま~。」

 

「牧村さん、おはようございます!」

 

 ヒロは事務所へやってきた牧村に対し、見る者の目を奪う程優美な一礼をする。本来在宅で完結する牧村の仕事(シノギ)であるが、事務所当番の部屋住みを思って週の半分以上事務所へ顔を出してくれる。その慈悲深さに対し自分如きが出来る事など、精々礼を尽くす程度だ。自分の非力があまりにも憎い。

 

 (のろい)のこともある、自分の顔は今尊敬する兄貴分へ見せられるものになっているだろうか……。焦燥が思考を鈍麻させ、ヒロを悪循環に追い詰めさせる。

 

「どうしたのヒロ?元気ないよ?」

 

「そ、そんなことはありません!いらない心配をさせたのでしたら本当にすんません。」

 

 普段は若干挙動不審で子供っぽい一面がある牧村のアニキだが、特有の洞察力、直観力はヒロの人生で見てきた人物の中で誰よりも鋭い。

 

「ならいいけれど……。」

 

 釈然としない様子ながら牧村ユタカはデスクに座り、小塚さんと共にヒロには理解できない会話を繰り広げながら和気藹々と仕事に励んでいる。この胸に去来する微弱な陰りを何と呼ぶのだろう?

 

「そうだ、槙野くんと林田さんが同居するんだってさ。今日挨拶に行こうと思うんだよね。」

 

 聞き耳を立てていたら聞き捨てならない爆弾発言が投下された。ヒロにとっては不俱戴天の人物、もちろん害をなすなど思ってはいないが、胸に轟く電流がより増した音が響いた。

 

 

 

 ●

 

 

「何て無防備なことさせてんだよカジ……。それに小塚さんもだ。アニキを歩かせてんじゃねぇ。」

 

 ヒロは何時ものジャージ姿ではなく、ラフな服装に眼鏡という簡素な変装をして3人を尾行していた。部屋住みの仕事は基本24時間在住であるが、無理を言い、嘘を吐き、野口さんの許可も得て――かなり呆れていたが――無理やりに休みを貰った形だ。

 

「あそこが槙野の家か……立派なとこ住みやがって守銭奴が。」

 

 呪詛にも似たセリフを吐きながら、3人が入っていったマンションを眺める。牧村さんほどではないが、かなり立派な建物だ。今のヒロでは逆立ちしても住むことなど出来ないだろう。

 

「……俺、何やってんだろうなぁ。」

 

 朝の夢のせいだろうか、何故自分はこんなストーカーまがいのことをしているのだろう……。今更に罪悪感が込み上げてくる。

 

「ああ、はは……馬鹿らしい。」

 

 ヒロは電柱に身を預けながら天を仰いで、自嘲気味に笑った。人はこのような感情を【嫉妬】と呼ぶのだろう。もちろん牧村のアニキが自分にしてくれたことは人生を投げうるに値する。それでもまだ足りない強欲な自分が心の隅にいるのだ。

 

 自分は最高の幸せ者だと思っていた、しかしヒロはもっとわがままになってしまっていたのだ。もう帰ろうか……。そんな時だった。

 

「ばぁ!」

 

「うえわぁ!!」

 

 ヒロは突然背後から聞こえた声に思わず拳を振りかざそうとして……

 

「アニ……牧村さん?」

 

「やっぱりヒロだった。あはは、いい感じに驚いた。」

 

 悪童のようにクスクスと笑っているのは牧村のアニキ。一体いつの間に?アニキは自分の事を小動物と言っているが、本当に蛇のような人だ。

 

「ったく。マジでストーカーかよ。何してんだテメェは。」

 

「でもアニキの言った通りでしたね!野口さんにも最初から根回ししてましたが本当に来るってあはは!」

 

「来るって……。そこまで読んでたんですか!?」

 

「テメェの事だから、放っておく訳もないって牧村さんが言ってたんだよ。ったく……まぁあがれや。」

 

「あがれって……。お前の家にか?何で?」

 

「今日、何月何日だ?」

 

「そりゃあ……。え?」

 

 そう今日は……

 

 

「おめぇは本当に、さそり座の男って称号がピッタリだ。ケーキとプレゼントがあるからよ。兎に角いこうぜ。」

 

「いや……。そこまで……。」

 

 今までヒロを追い詰めていた悪循環が雲を晴らしたように消えていく。自分のためにここまでしてくれた人間は……。

 

「ヒロ、誕生日おめでとう。いつもありがとうね。」

 

 そういって牧村はヒロの頭を撫でる。朝の夢と違う、まるで慈母の如き柔らかな手の温もり。その手はサポーターによって保護されており、傷跡の理由は手前の不始末によるもの。改めてヒロは思う。

 

 今胸に去来する感情を、人は何と言うのだろう?

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