赤いスーツを着込んだマスター兼マジシャンを中心とした
「牧村様はトランプで好きなカードは御座いますか?」
「えー。考えたこともないなぁ、じゃあハートの……9?」
赤スーツの男は予測していたかのように左手に持っていたトランプの束の一番上を裏返す。示されたカードはハートの9。牧村は目を見開いて軽く拍手を贈る。
「うわ!適当に言っただけなのに凄いなぁ!」
「では牧村様、このカードにサインを頂戴してもよろしいですか?」
「あ、はい。字が汚いから恥ずかしいけれど……。」
「ありがとうございます。……牧村様はこれまでトランプにサインをされた事は御座いますか?」
「流石に無いですね。あはは。」
「でしたらこのカードは世界で1枚しかないカードという事ですね?ではこのカードを……」
そう言って赤スーツの男は牧村のサインが入ったトランプに火をつけ一瞬で消し去った。
「テメェ!牧村さんの名前に何を!」
渡世では【名前】のついたもの、名刺や署名は大きな意味を持つ。名前を間違えるとは本人を侮辱したも同然、名刺破りなぞしようものならば相手の存在や肩書を
「はーいヒロ!ストップ!こういうものだから。」
牧村は激昂するヒロを笑顔で抑え込む。たかだかトランプの署名ひとつで難癖付けていたらマジックなど楽しめないだろう。赤スーツの男は一瞬怯えた様子を見せたが、すぐに瀟洒な態度へと変貌する。流石、中々に肝の太い男だと牧村含め周りも感心した。
「さて、いま消えたカードですが、指を鳴らすと……」
赤スーツの男がフィンガースナップをすると、左手に持っていたカードの束が一瞬で一枚のカードになる。そこあったのは先ほど燃やしたはずの牧村のサイン入りトランプだ。
「おおーー!」
牧村は拍手をしながら賛美の言葉を贈る。
「いやぁ、新しくマジックバーがオープンしたって言うから来てみたけれど、中々面白いね。他のスタッフさんのところも凄く盛り上がってる。」
「ええ、いい仲間に恵まれ、良い店が出来たと自負しております。」
「本職の人の前でやるのも恥ずかしいけれど……。僕もマジックをしてみていいですか?」
マジックバーにやってくる客の中には駆け出しのマジシャンも多い、どんな稚拙な手品だろうとリップサービスするのも店員の仕事だ。赤スーツの男は笑顔を浮かべて快諾する。
「ではトランプを準備して、僕ら3人に配ってください。」
言われた通り無造作にシャッフルし、卓の3人へ配る。
「当ててみますね。僕にはスペードのクイーン、カジにはクラブの8、ヒロには……ダイヤのAかな?」
3人が同時に目の前に置かれたカードを開く。そこには牧村が予言した通りのカードが置かれていた。
「え!?アニキ……じゃない牧村さん!?これって!?」
「いや、とても手品なんて言えない簡単なカラクリですよ。実はこのスーツの袖には超小型のカメラを仕込んでおりまして、カードを配るとき連動させていたスマホで映像を見ただけなんです。タネを知ればなんてことないでしょ?」
牧村はそのまま笑顔を絶やさずに話を続ける。
「僕はまだ未熟だから実際の画像を見ないとわかりませんけれど、熟練のイカサマ師だと小さなサイン……それこそハンドサインや機材のバイブレーションで
少し喉を潤すように、ノンアルコールカクテルを口に入れ、震える男へ一気呵成に畳みかける。
「……事業計画書を基に銀行から融資を受けて店を構えたとなれば話は別ですかね。〝素敵なお仲間〟様と共に裏カジノへ出入りしている映像や、反社会的勢力とのつながりが露見されれば昨今コンプライアンスの厳しい銀行がどのような対応に出るか……お分かりですよね? ああ、恐喝として通報していただいても構いませんが、その場合銀行融資は凍結されるでしょうし、御存じないかもしれませんが、あなた方は河岸を変えすぎて、日本の暴力団のみならず海外マフィアまで敵に回し、【処分者】と認定されております。ですので、バレてしまえばどうなるのでしょうねぇ……。わたしなら想像もしたくないです。」
「まぁマジシャンだから?脱出マジックの一つや二つ習得してんでしょうし、ドラム缶に詰められても何とかするんじゃねぇっすか?」
「あはは、かもね。兎に角現状、この事実を知るのは我々だけです。わたしたちのカジノは他の店よりも監視カメラを多数設置しておりまして、顔の特徴をアプリに認識させSNSでサーチさせたところ、この離れた県で店を構えたあなた方が見つかった訳です。流石にもう数年も昔の話だと油断しておりましたでしょう?世の中何があるかわかりませんね。ああ、マスター……。」
「は、はい!」
既に顔面は蒼白、脳内は暗澹たる未来に染められ、顔は絶望に滲んでいる。
「込み入った話になりそうなので、ノンアルコールカクテルをもう一杯。」
それでも目の前で笑う男はどこまでも