第2章another "the hole mirrored hell” 作:白羽凪
目を覚ました時、そこには誰もいなかった。さっきまで私を取り囲んでいた男連中も、それを見ていた見物人も、誰一人としてそこにはいなかった。視線を少し左に倒す。へちゃげた警棒がそこに転がってるだけで、あとは私のカバン以外に何もない。財布とかどうなったんだろう。気になることはあるはずなのに、それを確かめるだけの力は私になかった。
「っ・・・」
立ち上がろうとした時、体中に無数の痛みが走った。幸い骨は折れてないみたいだけど、全身ひどい打撲だらけだ。少なくとも・・・「普通の女の子」が味わうような痛みじゃない。
ただ、性的暴行はないみたいだった。連中がなぜ私を見捨てて踵を返したのか分からない。普段からセックスのことだけ考えているような連中だから、なおのこと。
・・・けど、もうそんなことどうでもいいや。
「・・・ざくろ」
引きはがされて、連れていかれたざくろがどうなったか私は分からない。・・・けど、ひどい目にあってることは間違いないだろう。北見と赤坂のことだ。ろくなことを企んでいるに違いない。
でも・・・。
空は無情に、黒一点。今が何時かも分からない。
ざくろがどうなってるか、なんて今の私には気に掛ける余裕すらなかった。
「・・・とりあえず、帰ろう」
夜の杉ノ宮を、傷ついた体を引っ張りながら歩く。距離間隔も、時間間隔も、痛みも、感情も、そこには存在しなかった。
ただ、歪んでしまった物体一つが街を浮かんで、動いている。
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それからというもの、そこに私の意識はなかった。
ざくろから無限に送られるメールにも反応することはなく、重い腰を浮かせて箱庭に向かうことも無く。
また一日、一日と空虚な時間が過ぎていく。いつの間にか戻ってしまった、地獄のような日々。
・・・いや、あの頃と比べると、逃げ続けている今の方がマシ、か。
世界の全てをシャットアウトして、私は殻に籠った。空の青、光を浴びることが無くても、傷つかない殻の中にいることのほうが、今の私にとっては幸せだった。
動けない。動けない。
そこは底なし沼。踏み入れた足を抜くことは出来ずに、どんどんと、深くまで、沈んでいく。
見上げた先の空にあったはずの幸せは、輝きは、更にての届かない場所に。
いつかその場所へ、飛んでいきたいと願っていた。そんな日もあった。
でもそれは遠い昔。憧れた空はもうじき泥に埋もれ、見えなくなるだろう。
・・・幸せってなんだ?
理不尽な理由から生まれたいじめ。立ち向かうことも歯向かうこともせずにいた地獄の日々。
それは、ざくろが転校してきてから変わった。・・・全て、最悪の方向に。
いじめというものには空気がある。するもの、されるもの、傍観するもの。
その調和があってこそ、いじめは形を成す。
そこに異常、もしくは異分子、あるいは不協和音が混ざったらどうなるか?
造作もない。最初の形が少し歪むだけで、最終的にはいじめという形を再形成する。もっともそれは、ターゲットを変えて。
私がいじめのターゲットにならなくなった。けど、決してそれは喜ばしいことではない。
変わったターゲット、それが私の良く知る「高島ざくろ」という人物だったから。
だから私は、どうすればいいか分からなかった。
代わってもらったことを感謝するでもない。ざくろを慰めるでもない。それらを正解とは思えなかった。
そしてたどり着いた答えが、罪悪感を抱きながらざくろをいじめることに加担すること。
最低だ。どうしてこの答えにしかたどり着かなかったんだろう。今でもそう思うことが時々ある。
でも、いざそうしてみると、ざくろの優しさに腹が立った。
裏切りとも呼べるその行為を受けてなお、ざくろは私に寄ってきたから。それがまた、私の罪悪感を膨張させるだけとも知らずに。
だから、もう一つの答えを得たかった。
その答えに辿り着けば、私はざくろに罪悪感を抱かないで済む。ざくろは思いのまま、私に善意を振りまける。恨む種すらなくなって、そこにようやく、友達という関係が訪れる。
答えとは、立ち向かう事。目の前の脅威、赤坂めぐに、北見聡子に、その取り巻きの男どもに。
でも・・・ダメだった。・・・なんとなく理由は分かる。
立ち向かったのが、私一人だけだったから。ざくろは、助けられたい、助けたいだなんて微塵も思っていなかった。ただいつものように周りの顔を見て、頷いて、意見を合わせていたから。
立ち向かったのは、私一人だった。
代わりたいと思っていたのは、私一人だった。
「なんでなんだろうなぁ・・・あはは」
笑いながら、泣く。全てを呪って。
幸せの空を見るだけの権利も・・・私にはないらしい。
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7月12日。
窓から零れてくる日差しが鬱陶しい。今日も馬鹿みたいに晴れるみたいだ。
携帯電話のバイブレーションももうなくなった。ざくろからの連絡はパタリと止んだみたいだった。
でも、そんなことすらどうでもいい。今日も私は殻に籠る。
あー・・・でもなんだっけ。確か学校で城山が死んだんだっけ。飛び降りか何かで。
ざまあみやがれ!
なーんて内心で呟いても、私を取り巻く現状が何も変わるはずもなく。
ベッドのクッションに、顔を埋めた。
・・・
・・・・・・
眠っていたみたいだった。時計を確認する。
18時30分。セミの大合唱ももう聞こえない。
窓から外を覗こうとした瞬間、バサッと何か大きな音がした。
「うわっ!?」
瞬時のことで目を瞑る。そして目を開くと、何枚か羽が落ちていた。
どうやらカラスが戯れていたらしい。まったく、人騒がせな・・・。
今の一瞬で完全に目が覚めてしまった。あー・・・こりゃ次寝るのはド深夜になることでしょう。
などと思いつつ、パソコンの電源を入れる。誰が作ったのか知らないけど、この学校の裏掲示板のおかげでその日のことはなんでも知れるようになってる。
まあ、見たくない情報もいっぱいあるんだけど・・・。
その海に潜って、ありとあらゆるものを見る。溺れないように注意しながら。
しかし、注意しようと一番上に出てくるスレッドは避けようがない。
私はそのタイトルに目がいった瞬間、無心でクリックしていた。
そして、その一言が私の心臓を貫いた。
「えっ・・・」
ディスプレイに表示された文字の羅列を幾度となくなぞらえる。しかし、何も変わることはない。
『なんか、三組の高島ざくろが飛び降り自殺したらしい』
それは、私の死と同義。
肉体に依存していた私の魂が朽ち果てる音がした。
はい、ということで今回はすば日々のSSになります。
いやぁ、この作品結構細かい部分までちゃんとしてるんで二次創作の余地あまりなかったんですが、そういえばこの視点欲しいなってことで創作開始です。
橘希実香という存在は、すば日々の中ではかなり純物質ですからね。言えば普通の人間と言うか、最後まで現実世界の人間だったというか。
といったところで、今回はこの辺で。
そんなに長編作品にするつもりはないです。