「長良さ〜ん。ちょっと相談したいことがあるんですけど」
「筋肉をつけると脂肪って付きづらくて」
「いやそういうのじゃなくて」
「カロリーの効率的な消費方法はね」
「いやそういうのでもなくて」
「……いきなり糖質制限は阿賀野にはキツいんじゃないかな?」
「怒りますよ」
「ごめんごめん。新しく着任した子のことでしょ?」
新しく着任した潜水艦のスキャンプ。阿賀野は昔彼女の雷撃を受けて損傷し、航行不能になっていたところを長良さんに曳舟して貰ったことがある。
「……はい。どうやって接すれば良いのかなって……」
「それはね阿賀野……長良も聞きたい」
「もういいです」
「待って待って! 本当なんだって! 長良も全然上手くいかなくてさ! この前なんかさ──」
『やぁアトランタ! ご飯食べてる!? 野菜もちゃんと食べなきゃ駄目だよ!?』
『触るな』
『日光にも当たんなきゃ駄目だよ!? 自律神経を整えてくれるからね!』
『触るな』
『なんなら長良がやってあげる!? ご飯の栄養から日々の生活の一分一秒まで管理できるよ!』
『触るな』
「──みたいな感じで取り付く島も無くてどうしたらいいのか……」
「長良さん……」
相談しようとした相手から逆に相談を持ちかけられ、いきなり出鼻を挫かれる。
「まぁでもそういうことなら長良もちゃんと考えるから! 安心して阿賀野!」
「どうも……」
長良さんは快く引き受けてくれたけどもう既に阿賀野の中には不安しかなかった。
「こういうのはあまり色々考えて尻込みしてもしょうがないよ! 勢いのままガーッと行くのが一番!」
「勢いのままって……例えばどんなのですか?」
「例えばね──」
『こんにちはー! スキャンプちゃん! 昔あなたに魚雷を撃たれた阿賀野だよ! 昔!あなたに!! 魚雷を撃たれた!!! 阿賀野だよ!!!! 覚えてる? 覚えてない!? でも大丈夫! 阿賀野もう"気にして"ないから!! もう"気にして"ないから!!! これから一緒に頑張っていこーーー!!!!』
「──というのは良くない例なんだけど……」
「でしょうね」
いきなりとんでもない例を言い出してきた長良さんを冷ややかな目で見つめる。長良さん本当に真面目に考える気あるの?
「う〜ん……長良だけじゃ厳しいかも……。もう1人助っ人呼んでくる!」
「えっ! もう!? 早くないですか!?」
「阿賀野はここで待ってて!」
「ちょっ! 長良さん待って! 行っちゃった……」
普段の長良さんからは考えられないようなスピードでお手上げ宣言をすると半ば自己完結したように話しを勝手に進めていき、阿賀野の言葉など聞きもせずに長良さんは助っ人を呼びに行ってしまった。
「え〜……」
長良さんの勢いに着いていけず一人残された阿賀野はその場に立ち尽くしていた。
「なるほど……阿賀野さんがのう……」
「そーなんだよ浦風。一緒に考えてくれる?」
長良さんが呼びにいった助っ人とは浦風ちゃんのことだった。浦風ちゃんも阿賀野が雷撃を受けたときと同じときにスキャンプに狙われていたし、その後長良さんと一緒になって阿賀野を曳舟してくれたこともある。事の顛末を知っているし、確かに相談相手として良いのかも。
「まぁこがいなのは変に考えるよりある程度勢いに任せた方が上手くいく思うよ」
「なるほど〜……」
(長良さんと似たようなこと言ってる……)
「……具体的にどんな感じでいけばいいかな?」
「う〜ん……そうじゃな〜……例えば──」
『こんにちはー! スキャンプちゃん! 昔あなたに魚雷を撃たれた阿賀野だよ! 昔!あなたに!! 魚雷を撃たれた!!! 阿賀野だよ!!!! 覚えてる? 覚えてな──』
「それさっき長良さんから聞いた!!」
「あれ、そうなんか? 偶然じゃのー」
「……本当に? 2人とも打ち合わせとかしてるんじゃない?」
「してないしてない。グーゼングーゼン」
「そうじゃよ阿賀野さん。長良さんの言う通りじゃけぇ」
「…………」
笑いながら二人は違う違うと両手を振る。いまいち真剣味の感じられない二人に少しだけ不信感を覚える。
「だけど意外じゃよ。阿賀野さんそがいなの割り切っとる方じゃと思うとったんじゃけど」
「確かに。長良もそう思ってた」
「そりぁ、あれのせいでエビ嫌いになるくらいには……」
「……何でエビ?」
長良さんが疑問を口にする。
「だってほら……スキャンプってエビ……」
「……エビはシュリンプでしょ?」
「スキャンプって名前のエビがあるんですよ」
「……阿賀野さんそりゃスキャン『プ』じゃのうてスキャン『ピ』じゃないんか?」
今度は浦風ちゃんがボソッと疑問を口にする。
「……え? スキャンピ? スキャンプじゃなくて……?」
「確かそうじゃと思うけど……」
「へ、へ〜……」
スキャンプじゃなくてスキャンピなんだ。違うんだ。そっかそうなんだ……そっかー……。
「……阿賀野さんひょっとしてずっと勘違いしとったんか?」
「……いや違うんだよ浦風ちゃん。勘違いじゃないんだよ! やっぱり一文字違いで語感が似てるからさ! それでどーしても! どーしてもね!」
「……う〜ん」
「……長良さんは分かってくれますよね!?」
「うん分かるよ。これで阿賀野のエビ入りチャーハンが食べられるようになるかも……ってことだよね?」
「話聞いてました!?」
とても話を聞いていたとは思えない長良さんのよく分からない返答に声を上げる。
「……長良さんは阿賀野さんのチャーハンよく食べるんけぇ?」
「そうだよ〜。長良さんがたまに食べたいって言うから阿賀野が作ってあげてるの〜」
「阿賀野はいっつも長良におはぎ作ってくれってねだってくるから。たまにはそっちもってことで」
「なるほど〜……つまり長良さんと阿賀野さんはお互いの顔面におはぎとチャーハンを叩きつけ合う関係……っちゅーことやね?」
「浦風ちゃん!? 急にどうしたの!?」
浦風ちゃんが柄にもなく唐突に変なことを言い出す。
「ほんとだよ浦風。どっから出たのその発想……。ま、合ってるんだけどね」
「いや全然合ってませんよ!? 何言ってるんですか長良さん!?」
「ジョーダンジョーダン」
「もー……」
「ははは!」
あーびっくりした。浦風ちゃんがいきなり変なこと言い出したことも長良さんがそれを肯定したこともびっくりだよ。さっきから二人ともなんなの?
「……そういえばうちら何の話をしとったんじゃっけ?」
「…………」
「…………」
浦風ちゃんの一言に阿賀野達の間に微妙な空気が流れる。
「もー! 2人とも真面目にやって下さいよ!」
「……でも長良達がアドバイスすることって特に無いし……」
「ええ!? 何でですか!?」
「長良はさ……こういうのはなるべく本人の言葉で伝えるのが良いと思うんだよね」
「そりぁ……そっちの方が良いんでしょうけど……」
「もちろんそれは理想だけどね。みんながみんな自分なりに伝えられる言葉を持ってる訳じゃないからね」
「そうですよ! だから……」
「阿賀野はもうあるんじゃない? 自分の中でそういう言葉がさ」
「……何でそう思ったんですか?」
「勘」
「勘……」
「後長良がふざけててもそこまで困った感じじゃなかったから」
「ッ! 長良さん……!」
長良さんの一言にハッとして目を見開く。
「ふざけてる自覚あったんですね……。てっきり素でやってたのかと……」
「あったよ……」
少しだけ間を置いた後長良さんが話を続ける。
「……スキャンプが来るって聞いてから阿賀野ずっとそわそわしてたし、実際に着任した後も何か話したそうにしてたからね」
「ああ……そういう風に見えてたんですね……」
「違った?」
「いえ、合ってます」
「なら良いや。まぁ阿賀野がしばらくそんな感じだったから、そのうちスキャンプのことで長良の方に何かしら言ってくるんじゃないかなって思ったんだ」
「そうなんですか……」
「だから浦風と口裏合わせてちょっとね……。確認したかったんだ」
「…………!」
確かに阿賀野はスキャンプが来るって聞いてたときも実際に着任したときも長良さんが言う通りの行動をしてて、それを隠したりもしてなかったから、事情を知ってる長良さんが何かあると思ってもおかしくはないんだけど
(なんだ。もうそんなところまで見抜かれてたんだ)
長良さん。たまに妙に聡いというか、鋭いところあるんだよね……。けど長良さん妹が5人もいる上に旗艦経験も多いしそういうところがあってもあんまり不思議じゃないのかも? いや、今はそんなことより──。
「やっぱり打ち合わせしてたんじゃないですか!!」
「ごめ〜ん……」
「すまん阿賀野さん……」
阿賀野の糾弾に長良さんと浦風ちゃんが申し訳なさそうに手を合わせる。だからといってあれはふざけ過ぎてると思う。こっちは真面目な相談してるのに。だけど……。
「まぁ……でも……長良さんの言うことも一理あると思います……。自分の奴でいってみます……」
長良さんが睨んだ通り、阿賀野は二人がふざけていても不思議とあんまり嫌な気分ではなかった。長良さんに相談したのはまるで思いつかない答えを一緒に探して貰おうとするためにしたのではない。むしろ阿賀野の中に既に答えはあって、それの確認みたいな意味合いのほうが強かったのかもしれないと今になって思う。
しかしもうここまで来ると相談しようとしてから全てのことが長良さんの手のひらの上のように感じてしまう。
「長良さんどこから用意してたんですか?」
「割と最初の方からかな」
「じゃあアトランタちゃんとの話は作り話なんですか?」
「いやそれは本当。用意じゃないよ」
「それは本当なんですか……」
「あと阿賀野がスキャン『プ』とスキャン『ピ』を間違えてたことも……」
「それはいいです!!」
長良さんの話を強引に遮ると部屋の扉に向かっていきドアノブに手をかける。
「もう行くの?」
「やるって決めた以上ダラダラしててもしょうがないですから」
「……そうだね」
「行ってきます。ありがとうございました長良さん。浦風ちゃんもありがとう」
「頑張って〜」
「上手く行くとええのぉ」
そう言って小さく手を振る長良さんと浦風ちゃんに見送られて、阿賀野は部屋を出た。
「スキャンプ……さん……」
阿賀野が声を掛け呼び止めると、くるりとスキャンプが振り返る。
「……どうした? あたいになんか用か?」
声の主が阿賀野だと言うことが分かるとスキャンプの表情に僅かに険しさが浮かぶ。その表情をみて阿賀野の顔が少しだけ強張る。
「…………」
過去で敵同士だったことなんてスパッと割り切って、今は仲良くやってる人達は結構多い。いや、多分そっちの方が多いくらいだと思う。でも阿賀野みたいに『まだ』そうじゃない人も当然いる。目の前のスキャンプだってそうだ。だからこそ言う必要がある。
「……阿賀野と一緒にエビ獲りにいかない!?」
意を決してそう伝えた。
「……は?」
「は?」
「はぁ?」
すると目の前のスキャンプといつの間にか後ろにいた長良さんと浦風ちゃんの声が重なった。
「……え?」
その後、スキャンプと別れて心配だからと阿賀野とスキャンプの会話を隠れて見ていたらしい長良さんと浦風ちゃんの二人と軽巡寮の廊下を歩いている。
「まーでも良かったね。阿賀野のあれであんなに笑ってるってことは悪い人じゃないよ、間違い無く」
「そうじゃね〜」
「長良さん……」
浦風ちゃんと談笑している長良さんに声を掛けると二人が振り返る。
「別の奴の方が良かったんじゃ……」
「何言ってんの! 大成功じゃん! 確かに一時はどうなるかと思ったけどたった一言であんなに打ち解けるの凄いよ! やるじゃん阿賀野!」
「うちも長良さんと同意見じゃよ。正直感心したくらいじゃけぇ。流石じゃよ阿賀野さん」
「あんまり嬉しくない……」
阿賀野としてはふざけたつもりは一切無かったんだけど二人からしふざけた一言の一発でわだかまりを解いたように見えてるんだかろうな。そうじゃないんだけどね。
でも自分が想像していた反応と過程とは違うとはいえ一応望む結果が得られたことは間違い無くよかった。よかったはずなんだけど……。心の底から手放しで喜ぶことは出来ない複雑な気分だった。
(ま、いっか……)
けれど言い出せずにやきもきしてたときよりは良い気分なのは確かだった。