「なに阿賀野その格好!?」
「なんですか長良さんその格好!?」 「…………」
「…………」
「暑くないの!?」
「寒くないんですか!?」
刺すような冷たさの冬のある日の軽巡寮で二人の声が重なる。声の主はジャージ姿の長良と分厚い手袋に分厚いファー付きのダウンベストに首をすっぽり埋めた阿賀野だった。その重装備に阿賀野は一回り大きくなっていた。
「阿賀野が大げさ過ぎるんだよ」
「違いますよ。長良さんがおかしいんですよ」
「長良は普通だよ」
「どーみても普通じゃないです!」
「阿賀野の方が普通じゃないよ!」
「阿賀野は普通ですよ」
「えー?」
相手の装いが理解出来ない長良と阿賀野は決して交わることの無い平行線の会話を繰り広げる。二人がそんな問答をしていると突如叫び声が響いてくる。
「にゃああああああああああ!!!!」
「こら多摩! 引っ付くんじゃない! 早くいくわよ!」
柱にしがみつき叫んでいる多摩は阿賀野同様分厚い手袋に分厚いファー付きのダウンベストに首をすっぽり埋めて一回り大きくなっていた。
そんな多摩を必死に引き剥がそうとしている五十鈴は長良同様薄いジャージ姿だった。
「……五十鈴、多摩ちゃんと2人で何してんの?」
「あ、長良。いたの」
五十鈴が長良の存在に気付くと引っ張っていた手を一旦止めて長良達の方に向き直る。
「長良の方こそ阿賀野と一緒に何してるの?」
「長良は阿賀野がいつまでもコタツでぬくぬくぬくぬくぬくぬくぬくぬくしてるから、ちょっとね」
「そんなにぬくぬくしてないです」
「いやしてた」
「奇遇ね。私も多摩がいつまでもコタツでぬくぬくぬくぬくぬくぬくぬくぬくしてるから、少しね」
「そんなにぬくぬくしてないにゃ」
「いーやしてた」
偶然にも長良と五十鈴はコタツで怠けている阿賀野と多摩を外に連れ出そうとしていたのだ。しかし多摩の方は是が非でも外に出たくないらしく柱にしがみついて必死の抵抗を行っていたのだ。
「こんな寒い日に外に出ようなんて正気じゃないにゃ。多摩は部屋に戻りたいにゃ」
「何よ。奢ってあげないわよ」
「コンビニのなんて自分でいくらでも買えるにゃ」
「あ、阿賀野も長良さんに同じこと言われました。コンビニで何か奢ってあげるから〜って……」
「あー姉妹で発想が同じだにゃ」
「本当ですね〜。ははは」
「その発想に釣られて出てきたのは誰だっけ?」
「…………」
「…………」
長良の指摘に阿賀野と多摩は口をつぐんで気まずそうに俯く。
「とにかく多摩は行かないにゃ。行くなら3人で行ってくればいいにゃ」
「そう……。分かったわ……」
「五十鈴……。分かってくれたのかにゃ……」
「今すぐあんたをそこから引っぺがして引きずってでも連れていくわ」
「にゃ!?」
五十鈴はバキバキと拳を鳴らして怒気を多分に含んだ決意表明をすると飛びかかるようにして多摩と柱の間に両手を入れる。そのままグンっ!グンっ!と力任せに引っ張っていく。
多摩は柱により一層力を込めてしがみつくが五十鈴が引っ張る度に柱を掴んでいる手と足が後退していく。引き剥がされるのは時間の問題だった。
「阿賀野も……分かってるね?」
「こわい〜……」
そんな光景を見て脅しかけてくる長良に対して阿賀野の中にあるのは恐怖の感情だけだった。
「うわ寒い! みんな部屋に戻りましょう。そしてコタツで暖まりましょう」
「そうだにゃそれが良いにゃ」
「待て阿賀野」
「良いわけないでしょ。止まりなさい多摩」
軽巡寮を一歩出た瞬間に引き返そうとする阿賀野とそれに同調する多摩の首根っこを掴んで長良と五十鈴が引き止める。
「だって尋常じゃない寒さですよ! 奢りは暖かい日に間宮さんでお願いします!」
「ふざけるな阿賀野」
「あ、多摩もそれでお願いするにゃ」
「ふざけんじゃないわよ多摩」
「姉さん達……何してるんですか……?」
そんな4人に突如声をかけてくる人物が居た。4人が声のした方へ振り向くとジャージ姿の名取とマフラーに手袋とコートを着たパースがいた。
「名取! 名取の方こそどうしたの? 名取もパースがコタツでぬくぬくぬくぬくぬくぬくぬくぬくしてたから少しって感じ?」
「ぬくぬ……? いや……私のは多分そういうのじゃないと思いますけど……」
「……最近寮にこもってばかりだから。少し歩こうって私が名取に提案したの」
長良と名取の間にパースが入って説明する。
「へー! それは良いね! そういうの長良凄く良いと思う!」
「流石名取ね。良い心がけだわ!」
「何でこっち見て言うんですか長良さん」
「にゃ〜……」
何故か阿賀野と多摩の方を向いて話す長良と五十鈴に二人が渋い表情をする。
「名取。そういうことなら一緒に行かない? 私達も似たような理由で出て来てるの」
「ふえ? 五十鈴姉ぇが構わないなら……私も構いませんけど……パースさんは……?」
「私も構わないわ」
「よし決まり! 長良達4人に2人を加えた6人で行こう! よろしくねパース!」
「五十鈴よ。よろしくねパース」
そう言って長良と五十鈴がパースに向かって手を差し出すとパースがそれぞれ手を握り返す。
「よろしく。名取のsisterの長良に五十鈴と……えっと……」
「阿賀野です」
「多摩だにゃ」
言葉に詰まるパースに軽く手を上げて阿賀野と多摩が名乗る。
「ごめんなさい……」
「いーですよ! まだ着任して日が浅いんだから覚えてなくてもしょうがないですよ!」
「そうだにゃ、多摩はそんな小さなこと気にしないにゃ」
「いや……あの……2人の名前は覚えてたのだけど……着込み過ぎてたから誰かよく分からなくて……」
「…………」
「…………」
「阿賀野やっぱり……」
「絶対嫌です!!」
「はやっ」
長良が本題を言う前に阿賀野が両手で自分の身体を抱えるようにして食い気味に遮り拒絶する。余りにも早い否定に長良はそれ以上何も言えなかった。
「着込み過ぎて分かんなくなってるじゃないの。脱ぎなさいよ」
「大丈夫だにゃ。これくらい着込んでいても分かって貰えるようになれば良いんだにゃ。それが友情ってやつじゃないかにゃ?」
「脱ぎたくないだけでしょ」
「にゃ……」
あっさりと切って捨てた五十鈴に対して多摩が少しだけムッとした表情をする。だが五十鈴の言っていることも間違いでは無いので多摩はそれ以上は何も言わなかった。
「楽しい人達なのね」
「あはは……」
忌憚のないパースの言葉に名取は苦笑する。こうして長良阿賀野。多摩五十鈴。名取パースの六人はコンビニへ向かって走り出したのであった。
「あれ? 長良さんどこ行くんですか?」
「? コンビニでしょ?」
「いや、コンビニここにあるじゃないですか……」
六人が走り始めてから一分後、阿賀野は立ち止まり目の前のコンビニを指さす。しかし、長良はまるでそこが目的地ではないと言わんばかりに振る舞う。
「こんな近くじゃ意味ないでしょ。8キロ先のコンビニだよ!」
「帰ります」
「待て阿賀野。絶対逃さないから」
「え、怖い。今日の長良さん怖い……」
鎮守府に戻ろうとする阿賀野の肩を掴んで引き留める長良。普段あまり言わない強い言葉のせいで表情にも心なしか圧があるように見える。その言葉と表情に阿賀野は再び恐怖を覚える。
「なんでコンビニで8キロもいかなきゃならないんだにゃ……」
「大したことないでしょこれくらい」
「五十鈴の基準は参考にならないにゃ。名取とパースはどうなんだにゃ?」
「わ……私は……これくらいなら姉さん達とよく走るので……慣れてますから……」
「うわ名取さんすごっ。流石長良さんの妹」
「確かに。五十鈴の妹だけあるにゃ」
多摩の問いかけに名取が答える。名取の答えに阿賀野まで多摩と一緒になって驚く。
「ふえ!? で、でも……皆さんいつもの訓練とかで走ったりするし……。これくらいなら……そんなに……」
「いや全然。阿賀野しんどいから走りたくないです」
「右に同じだにゃ。特にこの季節は」
「えっ……」
「うん。やっぱり走らせよ」
さも当然のように答える阿賀野と多摩に困惑する名取。そんな3人の会話を聞いて長良は改めて決意する。
「パースはどうなんだにゃ?」
「……少しびっくりしたけど私は構わないわ。私、着任して日が浅いから鎮守府の周りしか知らないし、ちょっとした観光みたいでむしろ楽しみなくらい」
「……本当にそうかにゃ? アウェーな環境で言いづらいのはわかるにゃ。でも大丈夫にゃ。無理しないで本音を言っていいんだにゃ」
「これは訓練でも実戦でもない……。辛い時は辛いって阿賀野の前では言ってもいいんですよ?」
「えっ……」
「ダシにしようとするな」
多摩と阿賀野の諭すような言葉に困惑するパースとそんな二人に冷静に五十鈴がツッコム。
「それにしても8キロって結構な距離ですよ〜。どうやって行くんですか?」
「阿賀野……それは愚問って奴だと長良思うんだ」
「走るんですか……」
「そう! 阿賀野分かってるじゃ〜ん」
「はぁ……やっぱり……」
嬉しそうに笑う長良とは対照的に阿賀野の顔はどんよりと暗くなり溜息を付く。
「……それ多摩達もやらなきゃ駄目かにゃ?」
「当然やるわよ。そのために来たんだもの」
「うわ……五十鈴やる気まんまんだにゃ……」
「早速行くよ! 着いて来て!」
長良がそう言うと弾かれたように走り出す。続いて五十鈴。その次に名取。それから少し遅れてパースが走り出した。
「うわ、長良さん足速い!」
「結局こうなるんだにゃ〜……」
「そうですね〜……」
そう言って溜息をついた阿賀野と多摩は長良達を追うようにゆっくりと走り出した。