「お、やっと来たわね」
「阿賀野しんどそうな顔してるにゃ〜」
一足先に着いて名取とパースの四人で談笑をしていた五十鈴と多摩の視界の先に長良と阿賀野二人の姿が見える。
「はい到着」
「疲れた〜……」
少しして長良と阿賀野も四人と合流する。まだ余裕を残している長良とは違って阿賀野は肩で息をしていた。
すると長良はそんな阿賀野の背中を押し始める。
「……長良さん? どうしたんですか?」
「良いから」
「?」
阿賀野は訳も分からずに長良にされるがままニ、三歩前に進む。それと同時に長良は阿賀野を押す手を止める。
「で、どうすんの? 一番最後が全員分奢りってことになってるけど」
「あっ……」
五十鈴の一言に阿賀野がハッとする。自分が最初に言い出したにもかかわらずすっかり忘れていた。
「長良が全員分買ってくるよ。だってほら、長良まだ敷地に入ってないし」
「えっ?」
阿賀野が足元を見ると確かに長良以外の全員はコンビニの敷地内に足を踏み入れていた。
「そんなことだろうと思った。そんな風にしてまでやらなくたっていいわよ。私はいらないから」
「わ、私も……そこまでしてもらわなくたって良いですよ〜……。それに……パースさんには私から奢るって決めてたので……」
「う〜ん……そっか〜……。妹達がそこまで言うならお言葉に甘えちゃおっかな〜」
そんな会話をしている長良と五十鈴と名取の3人をパースは微笑んで、多摩はニヤリと笑って、阿賀野は少し呆気に取られたような表情で見つめていた。
「3人はどう? それで大丈夫?」
「構わないわ」
「多摩もそれでオッケーだにゃ」
「え、あ、阿賀野も……大丈夫です……それで……」
「分かった! じゃあ最初の予定通り長良達がみんなに奢るね!」
そう言って長良達はコンビニへと入っていき阿賀野多摩パースの3人が残される。そんな中、阿賀野は長良が僅かに自分の背中を押した先程のやり取りを思い出していた。
「…………」
長良の行為をそのまま受け止めるなら、長良は阿賀野が最後にならないようにする為の行為だ。『最後が全員分奢る』これを長良は最初から自分が引き受けるつもりだったことになる。
しかし長良のその行動で阿賀野は複雑な胸中を抱えることになった。行為自体は別に構わないのだがさっきまで間違い無く怒っていた長良が見せた優しさとも言える行為に違和感を覚える。でもなんだかんだ真面目に走ったのでもう怒りは消えているのかもしれない。
それと同時に長良のその行為に嬉しさを感じる気持ちも違和感と同じだけ存在する。もしかしたら阿賀野を真面目に走らせる為に提案した時から考えていたのかも知れないと言う考えも浮かんでくる。
「良い先輩ね」
「だにゃ」
「え、あ、は……う〜ん……」
パースと多摩の言葉でそれら全ての感情が混ざり合った阿賀野はただただ頭を捻るのであった。
数日後、戻ってきた長良五十鈴名取の3人が買って来た目的の物を渡していく。
「本当におでんでいいんですか?
「ええ、食べてみたかったの」
「五十鈴。多摩のあんまん冷まして欲しいにゃ。後おでんも冷まして欲しいにゃ。あ、缶コーヒーも冷まして欲しいにゃ。多摩猫舌なんだにゃ」
「自分でやりなさい」
「おつかれ阿賀野! はいこれ!」
「缶コーヒーと肉まん頼んだのに全部無視してサ◯ダチキンを渡してくるの……凄く……長良さんらしいと思います……」
「照れるね」
「褒めてないです!」
「冗談だよ。はいこれ、頼まれてた肉まんと缶コーヒー」
「もー……」
阿賀野は長良から缶コーヒーと肉まんを受け取るとあることに気づく。五十鈴と名取とはそれぞれ奢った物と同じ物を食べているのに長良だけは今だ何も食べようとしていない。
「……長良さん自分の分は?」
「ん? 長良の分もちゃんとあるよ。ほらこれ」
そう言って長良はプロテインとサ◯ダチキンを阿賀野に見せる。阿賀野の顔が引きつる。長良はさも当然のようにチキンを頬張り、プロテインを飲む。
「……何でそんな見てるの?」
「いや……長良さんが良いなら良いんですけど……」
「?」
疑問符を浮かべる長良をよそに阿賀野が食事を再開しようとすると。チラチラ白い結晶が降り始める。
「雪!? 長良さんストーブ付けてくださいよ〜」
「ストーブなんて無いよ」
「長良さんが筋トレすることによって上がった体温で暖を取る筋トレストーブ付けて下さいよ〜」
「そんなストーブ無いよ」
「良いアイディアだにゃそれ! 五十鈴。頼むにゃ」
「やる訳ないでしょ」
多摩の要望を五十鈴はバッサリと切り捨てる。
「……ちゃんと暖かくなるか分かりませんけど……」
「やらなくていいから……」
真に受けた名取をパースが静止する。
「五十鈴さん達は何をやってるんでしょうか……」
「阿賀野それ本気で言ってるの?」
一切の澱みなく言い切る阿賀野に信じられないといった表情で長良が目線を向ける。
「雪も降ってきたしもう帰ろうにゃ〜」
「そうだね。もうみんな食べ終わったし本格的に降る前に戻ろっか。それで大丈夫?」
「意義なしです!」
「構わないわよ」
「わ、私も大丈夫です……それで……」
「私も名取と同意見」
多摩の一言に長良が同意し他の面子の意見を伺うと阿賀野、五十鈴、名取、パースの意見が全て一致する。
「よし、じゃあ帰ろっか。走って」
「あ、長良さんちょっと待ってください」
「多摩もちょっと待って欲しいにゃ」
すると阿賀野と多摩が置いてあった布の塊を解きほぐし一つ一つ着込んでいく。
「はい完璧! 行きましょう!」
「……ちゃんと走りなよ」
「分かってます!」
「あんたも分かってるでしょうね?」
「大丈夫だにゃ〜」
「パースさんは大丈夫ですか? 寒くないですか?」
「名取の方がよっぽどだと思うわ……」
全ての防寒具を装着し再び大きくなった阿賀野と多摩。そんな二人を若干冷ややかな目で見る長良と五十鈴。そして四人とは全く関係のない会話を繰り広げる名取とパース。そんな六人は鎮守府の方向へ一斉に走り出した。
数十分後、六人は雪の中を走っていた。積もり始めた地面に足跡を作り走る六人の服に、髪に雪がいくつも付着していた。肌に触れた小さな氷の結晶は容赦なく体温を奪っていき、耳や顔が真っ赤になる。
「寒いです長良さーん!!」
「うーん確かにこれはちょっと……」
普段なら一蹴する阿賀野の泣き言も今回ばかりは一理あるのか長良は考える素振りを見せる。
「ほら五十鈴。長良もそう言ってるにゃ。もう諦めるにゃ。これ以上意地を張っても五十鈴が傷つくだけだにゃ」
「あんた何の話してるの?」
そんな長良に便乗する多摩と冷淡に切り捨てる五十鈴。
「でもどうしましょう……。だからといって何かやれることありますかね……?」
「とりあえずこの雪を何とかしないとね。傘でもあれば良いんだけど……」
「あ、それなら向こうにコンビニありますよ。そこで買えば良いんじゃないでしょうか?」
「う〜ん……Good timing──」
「──ですよ長良さん!」
「よしきた! 傘買ってくる!」
長良が意気揚々とコンビニへ向かう。
「3本しか売ってなかった……」
そして三本の傘を持って戻ってくる。それぞれ阿賀野と長良。多摩と五十鈴。パースと名取二人ずつで傘を使い歩いていた。
「一気に降って来ちゃったね〜」
「そうですね……」
「天気予報だと平気って言ってたんだけどな〜……」
「……長良さんこれ着て下さい」
そう言って阿賀野が長良に自分のダウンベストを差し出してくる。
「……良いの?」
「良いですよ。さっきから震えてるじゃないですか。見てるこっちが寒いです」
「……ありがとう。阿賀野は大丈夫なの?」
「もー慣れました」
「ははは。なら良かった」
「っていうか長良さん。やっぱり阿賀野の方が正しかったじゃないですか! こんな寒いのにそんな恰好してるのが可笑しいんです!」
「確かに。阿賀野の言う通りだね〜」
「えっ──」
「──そんな風にあっさり引き下がられると気持ち悪いにゃ……。大丈夫かにゃ五十鈴……?」
「なんなのよ……」
長良と阿賀野のすぐ後ろ。多摩と多摩のダウンベストを着た五十鈴が歩いている。
「私はただ思ったことを言っただけよ」
「ほんとかにゃ?」
「本当よ」
「ふ〜ん……五十鈴、鼻垂れてるにゃ」
「えっ!?」
「冗談だにゃ〜」
「ちょっと──」
「──か、からかわないで下さいよパースさ〜ん……」
「ふふふ、ごめんなさい。名取の反応が面白くて」
「ふえ〜……」
そして多摩と五十鈴の直ぐ後ろではパースとパースのコートを着た名取が歩いていた。
「でも、パースさんごめんなさい……」
「? どうしたの名取」
「だって……私のせいでこんな雪の中を歩くことになっちゃって……それで……」
「大丈夫よ。見慣れない場所を走るのは楽しかったわ。名取や名取のsister、それに阿賀野や多摩ともいろいろ話せたのも面白かったし。それに何より名取と一緒だから」
「えっ……パースさんそれって──」
「──どういうことなの? 長良と一緒だからって……」
「そのまんまの意味です」
真意を尋ねる長良に阿賀野はそっけなく返すと無言で歩き続ける。
「そっか……でもちょっと分かる気がするな。長良も阿賀野と一緒の方がいいし」
「えっ……」
長良の口から唐突に出てきたその言葉に阿賀野は寒さで赤く染まった顔でパッと長良の方へ振り向く。
「だって阿賀野といると退屈しないんだもん! 今日も楽しかったしね!」
「ああ……でも少し分かる気がします。長良さんといると退屈しないですもん……。まぁ……楽しいって気持ちもありましたよ……」
「ほんと? 楽しかった?」
「少しだけですよ……」
「でも楽しかったんでしょ? じゃあさ──」
「──今回だけと言わずに定期的にやる? 私は構わないけど」
「嫌だにゃ。五十鈴だけでやってくれにゃ」
「だと思った」
「五十鈴、そんなに多摩と一緒に居たいのかにゃ? だったら素直にそう言ってくれれば言いにゃ。多摩は別に迷惑だとか一ミリも考え無いにゃ」
「そういうんじゃないわよ。ま、あんたと一緒に居ると退屈しないっていうのは本当だけどね」
「ふーん……。まぁそういうことにしといてあげるにゃ」
「……何よその含みのある言い方」
「別に〜。思ったことをそのまま言っただけにゃ」
ニカリと笑う多摩を何か言いたげな表情で五十鈴が見つめる。と思うとパッと笑う。
「ま、別にいいわ。なんだって」
「……五十鈴どうしたんだにゃ? 最初と全然テンション違うにゃ」
「そうね。ひょっとしたら──」
「──気分が良いのかもしれません……私……」
「どうして?」
「えっ!? ど、どうしてと言われましても……」
パースの疑問に名取が動揺して手を意味なく動かすと考えこむような姿勢を取り口を開く。
「や、やっぱり姉さん達やパースさん達と一緒で楽しかったから……ですかね?」
「ふ〜ん……」
「もしかしてパースさん……嫌……でした?」
「そんなことないわ。さっき楽しかったって言ったじゃない」
「そ、それはそうなんですけど……」
「名取の言い方に感心……とは違うかもしれないけどそれに近い感覚になってね。気分が良いか──」
「──何か少し分かるような気がします」
「そっか〜。阿賀野も分かるか〜」
「少しだけって言ってるじゃないですか」
「それでも良いよ。少しでもそういう気分になってくれてるなら長良も嬉しい」
そう言って笑う長良を見て阿賀野は目を伏せる。寒さのせいかそれとも別の要因なのか、阿賀野の顔はさっきより赤くなっていた。
「雪……ちょっと小降りになった?」
「そうですね……。確かにさっきより降りが弱くなったような……」
「どうする阿賀野。走る? それとも歩く?」
「歩きがいいです長良さん」
「じゃあ歩こう」
降り積もる雪の中を長良と阿賀野。多摩と五十鈴。名取とパースの六人が歩いている。談笑に花を咲かせ、その顔に笑みを浮かべ、六人は鎮守府への帰路を進むのであった。
「そんな感じで今こうして帰ってきたの」
「なるほど〜……」
鎮守府。軽巡寮の入り口で雪を払いつつ阿賀野が那珂に事の顛末をしていた。そんな阿賀野の後ろで他の五人も雪を払っている。
「ま、長良さんに格好がおかしいってことを分からせたから阿賀野は良いけどね!」
「阿賀野ちゃんの服装もおかしいと思うけどね〜」
「え……嘘……だよね……?」
「そんなにショック受ける?」
「そんな……馬鹿にゃ……!」
「そんなにショック受ける!?」
那珂の指摘に阿賀野と多摩が驚嘆の表情をする。
「だから言ったじゃん阿賀野着込み過ぎなんだって〜。長良くらいがちょうど良いんだよ」
「いや長良ちゃんのもおかしい」
「えっ……嘘……」
「だから何でそんなショック受けてるの……」
「そんな……そんなことって……」
「五十鈴ちゃんも!?」
「ええっ!? 私達の服装っておかしかったんですか!?」
「名取ちゃんもなの!?」
「アッハハハ! 名取本当に面白いわ!」
七人がひしめき合う軽巡寮の入り口にパースの笑い声だけが響いていた。