メス堕ちしたくない俺の苦難八割TSチートハーレム記 作:丸焼きどらごん
▶主人公 は
「んぉ……暗い」
重い瞼を持ち上げれば、見上げる天井は夜闇に染まっていた。
シャティと魔王の説明の後、つめこまれた情報量にパンクした俺は早々に寝て休むことにした。キャパ越えした情報量の処理には寝るのが一番だからな……。
そのおかげもあってか、ほんの少しだが脳みそがスッキリしている。なにも解決はしてねぇんだけどな!
ちなみに今着ている服だが、不憫に思った宿の店主が亡くなった奥さんの服を貸してくれた。ありがたすぎて足を向けて眠れない。宿の一室が破壊されたというのに、懐がデカいお人である。
部屋の修理代は当然出したが、次にあの馬鹿魔族に会ったら身ぐるみ剥いででも金をむしり取ろうと思う。冒険者として結構稼いでる俺としては懐が痛む額ではないが、それとこれとは話が別なのだ。
……にしても濃い一日だったな。
朝一番で魔王を倒しに出発して。
死闘の末に魔王を倒して。
その日のうちに女になったり魔王に寄生されたり魔族に襲撃されたりたり初チューを経験したり。
…………とんでもない職業を取得してることを知ったり。
…………。
これ、頭パンクしても仕方ないよなァ!? 一日に体験するイベントの量じゃねぇんだよ!
普通魔王退治だけで腹いっぱいだわ!! つーか疲労の元凶が突き詰めると全部魔王! がぁぁぁぁッ!!
戦いはかなりきつかったものの、奴を倒せる自信も確信もあった。
だってのに魔王退治の代償が斜め上すぎだわバーカ! 勘弁してくれ。
「あー……だるい」
しっかり寝たものの、そこまで長い時間は寝ていないため倦怠感が残っている。
新たにあてがってもらった部屋に戻り夕方から爆睡して、今は真夜中みたいだな。月明かりが妙に明るくて、少し目が慣れると部屋の中を見渡すには困らなかった。
耳を澄ませても、宿の中も外も静か。酔っ払いの声も聞こえないってことは本当の真夜中だ。……変な時間に起きちまったぜ。
昼間の襲撃で騒ぎになったと思うんだが、この時間まで眠れたって事は仲間たちがうまく対応してくれたようだ。
おそらくシャティとアシュレあたりが、町の人や冒険者ギルドに説明してくれたんだろう。
自分の事で手いっぱいだったとはいえ、一番面倒な部分任せちまって悪かったな。……あとでお礼言おう。
サイドテーブルの水差しからコップに水を注いで口をつける。喉がカラカラだったからめちゃくちゃ美味い。
……少々お手洗いに行きたくはあるが、自分の体を見下ろしてまだ我慢できそうだしと尿意に気づかないふりをした。
日常の行動ひとつひとつに覚悟が要りすぎるのマジで嫌だな!
寝汗もかいちまったし、少し夜風で涼むか……と部屋を出てそ~っと歩く。本当にド深夜らしく人の気配がないから、音をたてないように気を遣うんだよ。
静かすぎて廊下のわずかな軋みさえもよく耳につく。
(あれ)
窓から差し込む月光に照らされて、宿の共同バルコニーへ続く廊下に誰かが居ることに気が付いた。
それが最初誰か分からなかったのは、いつもの髪型でなかったからだと思う。
「……ミサオ?」
「ああ、アシュレか」
声を耳にしてようやく理解する。アシュレだ。
丁度バルコニーへ出る扉が開いていて風が吹き込む。普段はきっちり髪を結っているアシュレだが、今はそれがおろされていて……青く長い髪が、ゆるりと舞った。
その様子はアシュレの背後から降り注ぐ神秘的な月光も相まって、女神になる可能性を秘めた職業を取得している俺なんかよりずっとずっと女神のように見えた。
風呂上がりなのかいい香りも風に乗って流れてきてドキッとする。
(あ、やべっ)
ときめきはメス堕ちポイントになるのでは!? と一瞬身構えたが、あのふざけた音は鳴らなかった。そのことにほっと息を吐く。なんだよこの緊張感。
『僕にも基準は分からないけれど、どうも心のときめき全てがポイントに換算されるわけではないようだ。あ、普段髪を結ってる子が髪おろしてるのっていいよね。かわいい』
(同感だが今の今までお前が居る事忘れてたからふと感じた仲間へのときめきも台無しだよ!)
これまで言葉を発しなかっただけで、魔王はやっぱり俺の中に居るらしい。静かだから魔王寄生のあれこれはもしかしたら夢かもと期待してたのに!
『ひどいなぁ。僕らは一心同体の相棒だっていうのに』
(やめろやめろ。相棒? 一心同体? ふざけんな。お前はただの寄生虫!)
『でも考えることは同じだろう? 今のとか』
(知識のベースが一緒だからだよ同郷者! それ以上でも以下でもない!)
「ミサオ、どうかした? 体調でも悪い?」
……あっ。
話しかけられてから、慌ててアシュレを見た。
魔王と話していると現実とのタイムラグが発生するのだ。畜生やっかいな!
名前を呼んだまま黙り込んでたら感じ悪いよな。
「ごめん、ぼーっとしてた。起きたばかりで寝ぼけてるみてぇだ」
「そう。ならよかった」
一瞬焦ったが、アシュレは特に気にしたふうもなく微笑む。そして外に視線を移した。
「いい夜だね。ほら、月が綺麗だ。……今のミサオの瞳に、少し似ている」
「そ、そうか?」
「うん。今日の月は低くて大きい。そんなときは少し赤みがかって見えるから、ちょうど変化した君の瞳と同じ色だなと。……月を見ながら、ミサオを思い描いていたよ。美しいと」
「美しい!? おいおいアシュレ、女になったからって俺にそんな世辞使ってどうすんだよ……って、月が、な。ははっ」
一瞬ぎょっとしたが、思い出していただけで美しいの対象は月だよなと思いなおす。は、恥ずかしい勘違いをした。
「君も美しいよ? ミサオ。……これ、お世辞じゃないんだけどな」
「またまた……」
さらっとそれを言えるアシュレすげぇよ……。
あれかな。昼間から妙に俺に対しての対応がいつもより優しいなって感じてたけど、これも
俺がどぎまぎしていると、すっと導くように手を取られた。
「色々あって疲れただろう? 良く寝たようだし、外へ出ないか。少し風にあたるといい。……ああでも、そのためにここに来たのかな? だとしたら邪魔をしてしまったね。一人で考えたいだろうに」
「いや、アシュレが居てくれて助かる」
一人になりたくても姦しい奴が頭の中に居て一人になれないからな!
だったら気心知れた仲間と話す方がずっといい。
「ふふっ。ならご一緒しても? レディ」
どこか嬉しそうなアシュレは悪戯っぽく笑うと、自然な動作で俺の手の甲に口付けた。
「!? お、ちょ、おま、アシュレ。そういうのやめろって! レディじゃねぇし! いつもそんなことしないくせに、その、なんだ急に。びっくりする」
「あははっ。ごめんごめん」
「……あ、あれか? 例の魅了ってやつの影響か?」
恥ずかしいくらいに慌ててしまって、それが更に恥ずかしさに拍車をかけた。
それを誤魔化すように早口で問いかける。
「
アシュレは少し困ったように眉尻をさげると、俺の手を引いてバルコニーへ出た。
もう……あれだよな。エスコートが様になりすぎてて、気づいたらされてるって感じだ。同性からもモテるわけだよ。
そう。
アシュレは女の人からめちゃくちゃにモテる。
俺の百倍モテる。
それは顔の良さに加えて、平然とスマートなエスコート仕草が出来るからだと思う。いつもよくさらっとそういう事ができるよなぁと感心してたが、いざ自分が受ける側になるとかなり照れるぞ、これ。
普通なら滑って様にならないようなことも、アシュレがすると似合うのだ。
多分それは洗練された動作や話し方、落ち着いた声のトーンなどが影響している……と思う。
アシュレって冒険者とかいう荒事が多い仕事を長く続けてる割に、育ちの良さが滲んでるんだよな。
なにより、彼女は相手との距離の取り方が上手い。けして人が嫌がるパーソナルスペースを侵さない上で、適度な位置から好意を示すのだ。
相手が触れてほしい、触れても構わないと思っている場合はその距離が近くなる。その絶妙な判断を素でやるからすげぇよ。
距離をとるだけなら誰にでも出来るけど、もうちょっと近くに居てほしいなって時に触れられたらドキッとするよな。そりゃモテるって。
でもって今、俺は我ながら不安を抱えている。そんな時に触れられた手は温かくて、かなり安心感を抱いた。
ガーネッタとはまた違った包容力である。
冒険者としての先輩である彼女は、やっぱり頼れる存在だ。
……これまで一度もここまで柔らかい対応で優しくしてもらった事は無いけどな!
頼れるけどめちゃくちゃ厳しく指導されてたよ!
や、やっぱり魅了の効果か? それとも単に俺が女の子になったからか!?
『あっはっは。複雑な感情に迷走しているねぇ』
(これも聞こえてんのかよもうヤダお前)
俺の赤裸々な気持ちが全部魔王に駄々洩れなの、マジでなんの罰ゲーム? 薄々感づいてたけど、この様子だと話しかけなくても全部聞こえてるじゃん俺の内心。この悪霊どうすれば駆除できるんだ。
そんな俺の考えも聞こえているだろうに、魔王はマイペースに自分が話したいことだけを話す。
『ああ、そうそう。魅了は
(真に受けたら本末転倒な事とお前が特にそれを隠す気も無いことは分かった。弄びやがって! あのな、制御するために男に戻れない状態に近づいてどうすんだよ!! というかだな、これから大事な話があるっぽいから少し黙っとけお前。できれば永遠に沈黙しててほしいけどな!)
『え~? つれないことを言うなよー』
(かわい子ぶってんじゃねぇよ)
『文句が多いなぁ。うーん……そうだね、五分くらいなら黙っててもいいけど?』
(短けぇよ!)
『お願い聞いてもらえるだけありがたいと思ったら? ……あ、そうだ。彼女と話すのなら、面白いもの見せてあげようか』
(は? 見せるって何を。というか、どうやっ)
言い切る前に、脳内に鮮やかな映像が再生された。
!? なんだこれ!
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『……ですが、ミサオ様の
『だね。せいぜい元からミサオが好意を向けている、もしくはミサオに好意を向けている相手の印象を良くしたりするくらいさ。だから街中でいきなり襲われたりはしないだろうから、安心おし』
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シャティとガーネッタの声だ。これはついさっきの出来事みたいだけど……俺が見ていた視点じゃないな?
ってことは……。
『どうやら、僕が見たものをリプレイして君に見せることが可能らしくてね』
(なんだよその機能!)
『便利でいいだろ? ところでこれ、君はどう思う?』
魔王の視点だというそこに映っていたのはアシュレ。
目を見開き、普段の冷静沈着な彼女からは考えられないような表情で俺を見ている。頬は赤く、口元を手で押さえていた。
それはまるで、少女漫画かなにかの恋する乙女のようで……。
……え!?
(おおおおおおおお、落ち着け俺! これは! 勘違いだった場合恥ずかしいやつだ! 落ち着け! これは魔王野郎のなにかしらの策略だ!)
しかしそんな思考とは裏腹に俺の鼓動は激しく高鳴っていく。同時に自分に都合のいい想像で期待する感情もこみ上げてくるが、勘違いだったら恥ずかしいので必死に蓋をしようと試みた。
でもこんな可愛い表情見せられたら期待しちゃうじゃん!? なんてもの見せるんだ! これ本当にさっきの出来事の映像か!? 捏造してたりしないか!?
……そして件の魔王だが。
こんなものを見せておきながら、俺に冷水をぶっかけることも忘れなかった。
『ちなみにさっき手の甲にキスされた時もしっかりメス堕ちポイントたまってたからね。いい雰囲気だったから、空気を読んで音量下げておいた僕を褒めてくれていいんだよ?』
(テメェぁっ!!)
やっぱり迂闊にときめけないだろこの状態じゃ!
(でも話って……なんだろう)
俺は内心で張り上げた怒声でわずかばかりの冷静さを取り戻しながら、俺の手を引くスパダリ系女騎士の背中を期待と不安でもって眺めるのだった。
2023.12.10>>加筆修正