メス堕ちしたくない俺の苦難八割TSチートハーレム記 作:丸焼きどらごん
"それ"は淀む意識の中で瞑目する。
そうすれば仮初の賑やかさは遠のいて、深く深くへと沈んでいき……己がどういった存在か再認識できるのだ。
厄災の魔王。それが呼び名だった。
魔族としての個体名もあった気がするが、生まれて間もないころに発現した運命に呑まれ、それもはるか彼方の記憶。
……否、運命などという陳腐なものに踊らされたのではない。自ら望んだのだ。
呪いあれ、呪いあれ、呪いあれ。
強き者も弱き者も幼い者も老いた者も女も男も人間も人外も、全て嚙みちぎってすりつぶして、己が呪いの
そして最高で最悪の最期を手に入れる。信望していれば自分たちは助かるなどと愚かにも信じる同族もろともに。
それら全てを悦楽と感じる精神は、前世の記憶があろうと人のモノではありえなかった。
悪徳の象徴。世界そのものを厭う呪詛の塊。
それが存在そのものを"魔王"と定義されたモノの本質。
……しかし、そんな毒物を身の内に宿しながら正気を保つ阿呆が現れた。
(本当に、あれはどこまで呑気で鈍感なんだ?)
魔族の歴史で伝え聞いていたように単独で魔王を倒しうる英雄。
それが目の前に現れ立ち向かってきた時、初めて世界を呪う以外の楽しみを見出した。
真正面から戦い、敗北する。
そのこと自体は屈辱だったが、生まれてこの方、己に比肩しうる存在に出会わなかった魔王にとって英雄の魂は魅力的だった。
いったいどんな想いでここまで来た? どんな気持ちで勝利を渇望した? どんな望みを抱いている?
……それをぐちゃぐちゃにしてやったら、どんな顔をする?
そんな喜悦を抱きながら最期の力で呪いをかけた。
しかし訪れた悦びは魔王が想定していたものとまったく異なっていたもので。
(英雄どころか俗物で小物もいいところだよ。異様にチョロいし)
英雄の蓋を開けてみれば、目の前の事しか考えていない、考えられない阿呆であった。
まず全世界を汚染してもおかしくない呪いを受けて性別が変わるだけなどと、想定外である。
呪いそのものの強さを表すように引き寄せた事象は「神」にも至ることが出来る強力なものであったが、その根本が「モテて女の子といちゃいちゃラブラブしたい」という望みなのだから引き寄せられた破格の
その
加えてその俗的な小物は、ある意味だけでは大物と言えた。
寄生されただの、さっさと出て行けだの、うるさいだの。
身の内に宿る魔王に向かってぎゃーぎゃー騒ぎこそすれど、厭っている気配は感じるのに嫌悪が伝わってこないのだ。
それは男の意識が高潔だからとか、そういったことでは一切ありえない。
(こいつ、慣れやがった)
それが魔王の見解である。
驚くほどの順応性。
英雄たりうる力を世界の壁を超えた時に手に入れたようだが、男の最も優れた能力はそれだろうと魔王は分析する。
普通自分の頭の中で他人の声がしたら。自分の中に異物があるとしたら。自分の考えが全てだた漏れていたら。
……狂うないし、少なくとも凄まじい嫌悪感に襲われるはずだ。
しかも身の内に巣くった存在は、同郷の魂とはいえ呪いの煮凝りのような世界の怨敵である。
だというのにあの男、たった一日で器用に魔王と脳内会話をしている。
魔王ロールだのなんだのと男に語ったことに偽りはないが、いくら気さくに振舞おうと男は魔王がしてきた所業を知っているだろうに。
暇つぶしに生き物の生活圏を焼いた。
暇つぶしに世界を毒で染め上げた。
暇つぶしに争わせ見物した。
皮を剥ぎ、肉をそぎ、骨を砕くように丁寧に。
存在を侮辱し、尊厳を奪い、生命そのものを否定した。
それらの行為に快楽以上の意味はなく、二度目の最期を迎えるまでの最高に贅沢な暇つぶし。
方法は様々だが、軽く思い出すだけでもこれだけの事をしている。
そして魔王はそのことに全くの罪悪感を抱いていない。
女にだらしない英雄に正論でもってつっこみなど入れているが、そんなもの魔王からしてみれば悪行とも言えない可愛いものだ。
力が削げたことで前世の記憶が全面に出てはいるが、本質は未だ変わらない。
(……それが君の魂に居座っているモノの正体だよ? ミサオ)
だというのに魔王が読み取ったミサオの嫌悪の程度と言えば「わっ、カメムシひっついてきた!」くらいのもの。
都合はいいが不服である。屈辱である。この魔王をカメムシと同列扱いとは。
そう。都合は良いのだ。
(いつまで耐えられるのかな)
クスリ、と嗤う。
傍から見れば呪いが転じて神へと至る祝福を手に入れたすさまじく幸運な男なのだが、やはりそれは呪いである。
「どっちにしろ僕に損は無いんだよね」
女になってしまった事で慌てふためく様子がめちゃくちゃ面白いなと眺めているが、その実感を増していくのはこれからだろう。
自身の性別が変わった事をじわじわと本質的に理解してきた時……あの鈍感男は耐えられるのか。見ものだ。
「世界丸ごとに対して能天気鈍感スケベ男一人が死出の道連れってのはみすぼらしいけど、まあ悪くもないかな」
あわよくば精神崩壊してくれないだろうか。
尊厳を奪われボロボロになっていくところが見てみたい。
そして耐えられず心か体が死んだとあらば、それを絡めとって共に魂を連れて逝く。
もしくは。
順応性が化け物すぎて、なんだかんだメス堕ちしきって「女神」という最高職を手に入れたなら。
それは
ともなれば、こうして現在は居候に身を落としている身なれど……体も精神も魂も、乗っ取ることが可能だろう。
共に死ぬか。乗っ取られるか。英雄に残されている道は極論、そのふたつだけ。
ミサオは知らないが、彼は未だに窮地に立たされているのだ。
彼の魂に憑りついた時点で、魔王の勝利は確定していた。
「僕は魔王だぞ? もっと警戒心を抱けよ、バーカ」
現状どうすることも出来ないにしても、せめて無視をすればいいのに。話しかければ絶対やかましく言葉が返ってくる。
本気で心を閉ざせば所詮、男曰く寄生虫である魔王からの干渉は不可能だ。だが男は当然のように反応する。
最終的に全てを奪われることも知らないで、実に呑気だ。
しかも、だ。
ぞろりと少年のようだった魔王の体が溶け、再構築される。
白い
瞳は美しい黎明色だったが、それはすぐに濁って光を飲み込む。
「呪いが強まって僕の深層心理とリンクしただけなのに、運命的な夢だと思い込んだ上に……惚れただって? 僕に! あっははは! ははははははははははは!! 馬鹿な! 魔王だぞ、僕は!」
少女は心底可笑しそうに笑う。
その体はすぐに崩れ、再び少年に似た幼少期の姿を形作った。
「チョロい! 君は本当にチョロいし馬鹿だよねぇミサオ! あはははははははははは!」
本人は嘲っているつもりだろうが、その笑い声は純粋に楽しそうだ、と。もしこの場に他の人間が居たら、そう評するだろう。
頬は紅潮し、瞳もわずかに光を取り戻している。
巨大な湖に沈む瓦礫の群れ。
己の内側に広がる世界の中で、みすぼらしい王冠を頭に乗せた麗しの魔王は笑う。
そんな中。
しばらくすると、中心の瓦礫に座する魔王にざわざわと黒いものが這いよってきた。
それは髪の毛に似た黒い束なのだが……よくよく見れば、それは黒く小さな腕の集合体だと分かる。
腕はうぞうぞと蠢いて魔王の体に纏わりつき、どこかへ引っ張って行こうとしていた。
それに動じず、魔王は足を組み口端を吊り上げて鷹揚に述べた。
「まあ待ちたまえよ。まだそっちに行く気はないんだ。せいぜい今は、僕をここに縛り付ける役割に甘んじるんだね」
黒の集合体。それは絶え間なく怨嗟の声を放っているが、絡みついてくる鬱陶しさこそあれど魔王にとってはさながら素晴らしいオーケストラだ。
魔王は閉じられた世界で孤高に笑む。
「呪いが成った時点で君は僕の物だ。せいぜい僕の手中に収まるまで、愉しませておくれよ」
指をぱちんと鳴らせば、その姿は再び美しい少女へ変わった。
維持することが難しくとも、それが矜持だと言わんばかりに。
「僕に惚れたんだろう? だったらそれは、君にとって幸福だ」
呪いあれ。
祝福あれ。
魔王と呼ばれたそれは、今はただ雌伏の時を過ごす。
主人公へ。
お前が惚れた相手は特大の地雷です。
2023.12.19>>加筆修正