メス堕ちしたくない俺の苦難八割TSチートハーレム記   作:丸焼きどらごん

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36話▶悪意の化身(少年視点)

 少年はその時、死を覚悟した。

 した、というよりも"させられた"と言った方が正しいかもしれない。

 それほどに死ぬ前からむせ返る様な自分の死臭を感じていた。

 

 

 凄まじい衝撃と烈風。

 それにより千々に引き裂かれる痛みを体に刻まれ、傷から吹き出る血は溶けた鉄のように熱かった。

 しかしその熱も長くは続かない。

 自分の状態も何もかもが判然としない中、感じていた灼熱だけが打ち寄せた波が海へ帰るようにすーっと引いていく。

 熱だけでなく……命、魂までもが引かれ持っていかれようとしているのだと理解した。

 

 ――――ここまでか。

 

 そんな思考がよぎる。

 

 "あんなもの"、手を出してはいけなかったのだ。

 死が迫る中で、どうしようもないほどの恨み言が心を埋めつくした。

 

 

 

 

 厄災の魔王が倒れた事は、おびただしく群生していた黒星草(こくせいそう)が枯れ果て風化したことで今や世界中が知るところ。

 ……そして自分たちのパーティーは、長い間黒星草が塞いでいた土地の下に迷宮(ダンジョン)があることを発見したのだ。

 

 未踏の迷宮。それは危険を伴うと同時に幸運でもあった。

 なんといったって、第一階層からすでに古代の遺産たる魔術道具や金銀財宝の類が手つかずのまま残っていたのだ。

 そうなればさらに奥……下層階への期待は高くなる。

 

 だが、途中で引き返すべきだった。

 

 危機感知に優れた職業(クラス)技能(スキル)を備えていた自分が真っ先に危険に気づき、先へ進もうとする仲間を引き留め戻るように提言した。

 しかし「他の誰かに先を越される前に」と欲をかいた彼らは止まらず……結果。

 恐ろしいものの封印を解いてしまったのがつい先ほど。

 

 

 全身に怨嗟を叫ぶ人間の顔を敷き詰めた、かろうじて人型のナニカ。

 "それ"は自らを悪意だと名乗った。

 

 

 意志持つ生物の悪感情を煮詰めて、具現化する太古の呪術が生み出した魔術生命体。

 その危険性から作り出した者達自らが迷宮ごと封印の箱として機能させ、今日日までその封印は保たれていたのだという。

 悪意はそれを自ら滔々と語った。

 

 おそらくだが……その封印の魔力を黒星草が吸いつくしてしまったのだ。

 あれは世界の土壌全てから魔力を吸い、厄災の魔王の糧とする魔草なのだから。

 そして自分たちが奥へ進み迷宮の扉を開けていくことで、完全に封印がかき消されてしまったわけである。

 幸運どころか最悪だ。

 

 悪意は歓喜していた。

 ようやく自分が生まれた意味を実行できると。

 

 悪意の影からはその分身なのか、無数の魔物に似た半流動体のドロドロとしたモノが湧き出てきた。

 それは途端に迷宮内を埋め尽くし……圧死する前に迷宮が空間ごと破壊され、気づけば外。

 悪意は封印の箱から完全に自由の身となった。

 

 更にその悪意が悪意たらんとすべく、まず意思を向けたのは当然、目の前に居た自分達である。悪意の最初の標的だ。

 

 

 

(僕はやめようと、言ったのに)

 

 

 

 しかし恨み言を向ける相手はすでに悪意の化身にすり潰されて、血と内臓、汚物と肉片の入り交じった液体へと成り果てている。

 自分は咄嗟に結界を張ることに成功したが、それでもこのざまだ。

 魔術のような何かで異様な距離を吹き飛ばされ、致命傷を与えられた。……おそらくもう長くはないだろう。

 元仲間が無惨に命を刈り取られる様子が肉眼で見た最後の光景とは、なんとも忌々しい。

 

(ああでも、僕もすぐその仲間入りか)

 

 目は潰れて見えず呼吸もままならない。

 体の感覚は痛みを超えて全て消え失せている。

 あとはやせ細っていく命の消費を残った意識で感じることがせいぜいだ。

 いっそ何も考えられないままに命を落とした方がましだったかもしれない。

 

 

 もっとやりたい事があった。

 

 素敵な出会いも夢見てた。

 

 しかし叶わぬまま、この人生は閉じるのだ。

 

 

 

 

 

 そう思っていた。

 

 

 

 

 

(っ!? 痛みが……!?)

 

 ビクッと、もう二度と動かないと思っていた体が跳ねる。

 何も感じなかった体に突如として痛みが戻ってきたのだ。

 

 腕、脚、胸。ドクドクと血が巡りはじめ、再び全身が激痛に苛まれる。

 だがその痛みは先程まで感じていたそれとは質が違う。これは死に落ちていく痛みではない。生きようと命が脈打つ痛みだ。

 

(温かい……)

 

 なにか柔らかくて温かいものが唇を塞いでいる。ほのかな甘みも感じ、いい香りが鼻をくすぐった。

 命が再び脈打ち始めたにも関わらず、ここが清き者が死後訪れることが出来る楽園なのだろうかと錯覚する。

 

 だが自分はまだ生きている……生きようとしている!

 

 体の内側から次第に生命力のようなものが湧き上がってくるのを感じ、それが強力な回復魔術を受けている時のものに酷似している事に気付いた。

 つまり誰かが自分を助けようとしてくれているのだ。

 

 眼球ごと切り裂かれたため、もう失明しただろうと思っていたが……。

 

(きっと、今開けば……見える)

 

 確信と共に重い瞼を持ち上げていく。

 

 最初に目に映ったのは、ふわふわとしたオレンジ色の前髪。

 次いでその下の眼鏡越しに見える閉じられた瞼。……更には顔の真ん中に渓谷のように刻まれた、深い眉間の皺。

 頬に添えられている手の柔らかさに女性である事が分かった。

 そして自分が今、その女性に口付けられていることも。

 

「………………!」

 

 狼狽(ろうばい)

 声にならない絶叫が体の中を駆け巡った。

 

(だ、誰誰誰!? だれ!?)

 

 生まれて初めての口づけに、思考のすべてが吹き飛んだ。

 あれほど重かった瞼が限界まで開かれ、ぶわっと全身が熱を持つ。

 そして狼狽えるあまり口がぱくぱく動き……相手の薄く柔らかな唇を食んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間。襲ってきたのは額への衝撃だった。

 

 

 

 

 

 

「おぅぎゃばぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!? てっめぇ!! 何しやがる!!」

「~~~~~~!?」

 

 どうやら頭突きをされたらしい。

 先ほどまでの死を間近に感じるような痛みではないが、これはこれで痛いと額を押さえてうずくまった。

 だがそこに情け容赦ない怒声が盛大な音を伴ってぶちまけられる。

 

「いいか!! 今のは人工呼吸みてぇなもんだからな勘違いすんじゃねぇぞガキが!! 目ェ覚めたんだったらどっか隅っこで蹲ってろ邪魔だボケ!!」

「え、えええ……?」

 

 状況が何も分からず困惑しながら、命を助けてくれた上に初めての口づけ相手でもある女性を見る。

 ……そして少年は女性の怒声に負けない大声で、悲鳴をあげた。

 

「う、うわああああああぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああ!? 口裂け女ァァァァァァァ!!」

「誰がだよ!! これはお前の血だよ!! さっきまでお前の傷口全部に処置してたんだよ馬鹿!! つーか口裂け女とか懐かしいなおい! こっちにも都市伝説あんの!?」

 

 女の顔は鼻から下の顔半分、口が裂けたように赤い血で濡れていた。

 すぐさま誤解は解かれたが、ふわふわしていた楽園気分は完全に吹き飛んでいる。

 

「ええい、それより説明は後だ!! 動けるようになったんだな!? ならマジでどっか引っ込んでろ! 俺はこれからあれ全部ぶった切らねぇとなんねーんだよ!」

 

 言うなり胸倉を掴んできた女性に近くの草むらに放り投げられ……そこでやっと、自分がまだ死地を脱していないことを知った。

 

 晴天の下、黒い津波のように押し寄せてくる魔物の群れが間近に迫っている。

 その中心には例の悪意の化身……奴があれらを率いているのだ。というよりも、魔物は全てやつが生み出したものだろう。

 群れであり、巨大な個。それが魔物の群れの正体だ。

 

 そして脅威を前に、このままでは飲み込まれ蹂躙されることが容易に想像できた。

 

「だぁっ! クソッ! 多いわ!!」

「も、申し訳ない……!」

 

 申し訳ないどころの話ではないが、ブチ切れながら剣を構えた女性の背にそう声をかける他なかった。

 だがすぐにはっとなり、慌てて女性に駆け寄り手首を掴む。

 

「戦うつもりですか!? 馬鹿な! 逃げましょう! 助けてくれたことには感謝します! ですがこのままでは二人とも……! あだっ!?」

 

 必死に言い募っていると今度は頭を拳骨で殴られた。

 言葉使いといい、ずいぶんと荒々しい女性である。

 

「だから邪魔だっつってんだろ! いいから引っ込んどけ。ここは俺がどうにかする」

「どうにかって……!」

 

 信じられないものを見る目で女性を見るが……そこにあったのは、荒々しくも自信に満ちた笑みだった。

 

 

 

 

 

「安心しろ小僧。この俺が、ちゃっちゃと終わらせてやっからよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




2023.12.30>>加筆修正
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