メス堕ちしたくない俺の苦難八割TSチートハーレム記 作:丸焼きどらごん
同室であることに困惑する弟子を置き去りに死ぬほど眠くて目を瞑った俺は、一瞬で眠りの中へ落ちていき…………夢を見た。
記憶に刻まれるのは、黎明を溶かしたような赤い瞳に艶やかに広がる黒い髪。
「君はぼく、……私のことが好きなのかい?」
「でも君は女の子じゃないか」
「男? ははっ、だとしても今は女だ」
「とても眠かったんだろう? それも生理前特有のものだよ。人によるけどね」
「もっと自覚した方がいい。君は今、子を孕むことが可能な体になったのだと」
「そんな風に自分の事でいっぱいいっぱいな君が私を助けようというの? おこがましいね。ああ、実に烏滸がましい!」
「私がどんな状態にあるのかも、なにをしたのかも、何処に居るのかも知らないくせに」
「気持ち悪い」
「忘れていたんじゃないかい? 私の事なんて」
「ああ別に、責めているわけじゃないさ。だってそれほど君に興味が無いもの」
「どうせ今の君では私の元へなどたどり着けない。何も知らない無知で愚かな君にはね」
何か言葉を交わしたような気もするが、自分の声は聞こえない。
ただただ乾いた地面に水が吸い込まれるようにすぅっと相手の言葉だけが脳に刻まれている。
その声が誰のものであるかは、初めて聞くにも関わらず理解できた。
いつか夢で見た黒髪の少女……俺が一目惚れした相手だ。
だがその内容は俺を侮蔑し突き放すもので、繊細な俺のハートには容赦なくダメージが蓄積されていく。
何か弁明らしきものを口にしていた気もするのだが、速レスで完封された。
この間の夢では声を聞くことが叶わなかったが、俺の惚れた相手はどうやら口が達者らしい。
しかし最後に向けられた言葉。
「だけど、待っているよ。……君が私の元へたどり着くまで。私と君は、繋がっているからね」
向けられた言葉にもそれまでとは違った好意的なものを感じて、単純な俺の心は一気に回復する。
【ああそうとも。一緒に連れて逝ってやるさ】
最後にもうひとつ何か言っていた気もするが、それを聞き取る前に……俺の意識は浮上し、瞼を朝日が焼いた。
「ミサオ様、ご機嫌ですね」
「そうか? なんかいい夢見た気がしてさ~」
朝食の席で内心が顔に出ていたのか、問いかけて来たシャティい俺は上機嫌で答えた。
「へぇ、どんな夢です?」
「や、内容は忘れたんだけど」
『………………』
さりげなく俺が欲しいと思っていたジャムを手渡しながらの問いかけであり、シャティって清楚なイメージは崩れたけど気が利く子だよなとしみじみ思う。
先日俺の不調に真っ先に気が付いて声をかけてきたのもシャティだったし。
そんなふうに感心していると、横から消え入りそうな声が耳に入る。
俺の弟子、ルキだ。
「あは、はは。師匠はよく眠れたようでなによりです……」
「あんたは大丈夫かい? すごい顔をしてるけど」
「ガーネッタ先輩、お気遣いありがとうございます。でもこれは僕の精神修業が足りないせいなので、どうかお気になさらず。そうだ、これは師匠からの試練なんだ。きっとそうだ……」
「なにブツブツ言ってるんだよ。それより食え食え。育ち盛りだろ? それで足りんのか~?」
明らかに大丈夫じゃない顔をしたルキ。
思いつめた顔で独り言を言い始めたので、少々怖くなって俺の分のウインナーを分けてやりながら絡んでみた。
ちなみにそれを見て気を遣ったのか、横から自分の分のウインナーを分けてくれたモモが良い子過ぎて可愛い。
わかったわかった。普通におかわりして自分でも食うから、モモは自分の分ちゃんと食べなさい。
「ミサオママ、お肉ちゃんと食べておいた方がいい。今のうちに血を作っておくの」
「おぶっ」
変な声出た。
あ、いや。気を遣ってくれるのは嬉しいんだけどさぁ!?
まだ実際には来てない生理の事で娘の様に思ってる子から気を遣われるのって俺どんな顔すればいい!?
俺が机に突っ伏して頭を抱えていると、下から魔王がひょっこり顔を出して俺の顔を訝し気な表情で覗き込んだ。
あ? なんだよ。
『君、……本当に夢の事は覚えてないの?』
(ん? ああ)
『でも、いい夢だったって?』
(おう。なんか目覚めた時にふわふわした気分でさぁ~。よく覚えてねぇけど、いつか夢で逢ったあの子が出てきた気がするんだよな~。やっぱ運命ってやつかなぁ~)
『はぁ? 惚れたとか言って結局探せてない相手が出てきてそんなに嬉しい? 適当なこと言って、罵倒されたんじゃないの。それでいい夢とか、君マゾだね』
(誰がマゾだ! なに人が見た夢勝手に決めつけてるんだよ。あ……でも罵倒はされたような……?)
聞かれた内容が昨晩見た夢の事だったので、魔王が相手でも気分よく答えてしまった。
相変わらず魔王の言う事は気に食わないが、そんなもの気にならない程度には浮かれている。
モモに血を作れと言われて落ち込んでいた気分がもうこれとか、自分の事ながらテンションの上下が激しいぜ。ジェットコースターか?
(! そうそう! 君と私は繋がっているとか言ってたんだよ!! これは脈ありだろ!)
『都合のいい所だけ覚えてやがるこの単純鈍感まぬけ馬鹿……!』
(なんて?)
浮かれ調子の俺と違い、非常に珍しく……こちらを小馬鹿にするでもなく、憎々し気というか悔しそうな表情を浮かべている魔王。
なかなかレアな表情に何を言ったのかは聞き取れなかったものの、俺の機嫌は更に良くなった。
嫌いな奴が気分を害してる様は見てて気持ちがいいよなぁ! わーっははは!
『……まあいいや。それより君、夢で会った存在不確定な女にまでうつつをぬかしているようだけど。一度自分に向けられる好意について、彼女たちに聞いておいた方がいいんじゃない? 女騎士と有翼人は君が好き。愛している。半魔も抱いてもいいと思うくらいには君が好き。獣人は君をママと慕い、君が誰かに取られるのを嫌う傾向。お互いが君を好きなことも知っているわけだろう。今のなあなあとした状態で旅してて、いいのかなぁ』
(アドバイスめいた様子をよそおっての言葉。その心は?)
『なんか順調に進んでてつまらないからちょっとつついてパーティ内での愛憎劇でどろどろしてみてよ』
(この邪悪がよ!!)
突然思いついたようにベラベラ喋ったと思ったらこいつ……!
いや、まあ俺も聞こうと思ってたよ? 主に……俺はハーレムしてもいいんですかとか!
主にシャティの乱入でその辺曖昧になっているんだけど、ハーレムが夢の俺としてはハッキリ聞いておきたいっていうか……!
だってこんな姿になったとはいえ、人生で一番のモテ期が到来してるんだぞ!? それも倫理観的にアウトな日本じゃなくて、一夫多妻も珍しくないこの異世界で……!
シャティは俺を含めたメンバーで自分が百合ハーレムの主を狙ってないか? って感じだし、ガーネッタに至ってはすでに逆ハーレムの主という少々おかしいところはあるんだけど、みんな仲いいし。
俺が男に戻った暁には全員お嫁さんになってもらうのはありですかと聞きたい!!
あ、でもガーネッタと場合は俺は嫁に娶られる側になる……?
いやちげぇちげぇ。婿! 嫁じゃない!
『うっわ。ミサオってさぁ……』
(素直にドン引きの声)
『素直にドン引いたからね。僕、ミサオのそういう所どうかと思うよ。日本育ちならもっと奥ゆかしさとかそういう精神を持ち名よ』
(うるせーわ! こちとらそれを希望に生きてるんだよ!!)
『ああ、反転した呪いで女の子になっちゃうくらい性欲強いんだもんね』
(急に本質で突き刺すなよ心臓止まるだろうが)
本当にそれを言われると羞恥心で辛いんだけど、欲望に忠実で何が悪い!
……そうでもなきゃ、元の世界に帰れない気持ちの行き場がないだろうが。
俺はいっぱい愛されたいし、いっぱい愛したいし、たくさん女の子といちゃいちゃして幸せに暮らしたいんだよ!
もちろん、男に戻ってからなァァ!!
『ふ~ん』
「あの、師匠。どうしました?」
「……いや」
魔王に対応している間に突っ伏したままぷるぷる震えていたらしく、ルキに気遣うように背を撫でられてしまった。
いかん、このままでは師匠としての威厳が……!
というか、そうだルキ。
こいつが居るから大っぴらにシャティ達に「ハーレムってどう思う?」とは聞けないよな……。
ルキ潔癖そうだし
まあ今は魔王が期待するようなパーティ内でのドロドロも特にないし、その件はまたいずれでいいだろ。
最優先すべきは俺が男に戻る事! これに変わりはない!
でなきゃどんなにモテても憧れのイチャイチャは出来ないんだからな……!
く、くそぅ。地団太を踏みたい気分だぜ。
「まあ……その。気にすんな。それより今日は天空都市に移動するからな。長距離転移は経験したことあるか? 酔わないように気合入れとけよな」
「! 長距離転移! すごい、師匠は中距離以上の転移も使えるんですか!?」
「いや、使えるのはシャティ」
「そうなんですか! さすが有翼族の巫女様ですね。有翼人の中でも特別な血筋かつ、特別優秀でないとなれない役職だと聞きます。僕も将来的に長距離転移を使えるようになりたいと思っていますので、勉強させていただきますね! シャティ先輩っ!」
「えへん。そうですよ。わたくし、すごいんですよルキ」
手放しにほめるルキにシャティもご満悦だ。
少々大げさであるものの、裏表がないからルキの賞賛は気持ちいいんだよな。わかるわかる。
「ではこの後、消耗品を買い足したら転移しましょう。天空都市にもお店はありますが、しばらく買い物している暇はないでしょうから」
「?」
シャティの言葉に多少ひっかかりを覚えたが、そういえばシャティの一族に魔王討伐の報告が先だったな。
そんなに長くかからないだろうが、流石に即迷宮にもぐるとは行かないはず。
有翼人の住む天空都市か……。
シャティと出会う前に一度立ち寄った事はあるんだけど、その時は"場所"が"場所"だけにビビっちまってあんまり見て回れなかった。
今なら余裕をもって見られるだろうし、単純に楽しみでもある。
綺麗なんだよなぁ、あそこ。
俺は天空都市に思いを馳せながら、モモがいつの間にか追加注文していた大量のウインナーを胃に詰め込むのだった。
三章完結です。お付き合い頂きありがとうございました。
あれ、迷宮……
次章!次章から迷宮入ります!
2024.1.12>>加筆修正