メス堕ちしたくない俺の苦難八割TSチートハーレム記 作:丸焼きどらごん
「……っ」
白い肌に刻まれた裂傷に押し当てられる薬に濡れた脱脂綿。沁みたのかわずかに眉根をよせたのは、一見愛らしい見た目の幼女だ。
だが傷のある胸元には脂肪によるわずかなふくらみもない。
未発達ゆえ……というわけでもなく、その理由は彼の性別によるものだ。
ルリルベレス・ファーレン。
竜王の子息である彼は、現在薄明るい洞窟の中で怪我の治療を受けていた。
ルリルベレスは傷の治療をしている自分の付き人をじろりと睨むが、付き人……マイヨールは涼しい顔で治療を続けている。
しかし何分も睨まれていたからか、ようやくマイヨールも口を開いた。
「ルリルベレスぼっちゃま。あまりご無理をなさいませぬよう」
「ルリルちゃん様」
「……ルリルちゃん様。あれはおそらく魔王軍の、それも上位に属していた魔族です。加えて周囲には配下の魔物も多くいた。正面から戦うには分が悪い相手でした。私に相手の力量を見極めてから行動しろとおっしゃるのでしたら、ご自身もまた当然そうしてしかるべきかと」
「またお小言ぉ? ルリルちゃん様は勝手に転移したことに対する謝罪を聞きたいんだけど」
「ルリルベレスぼっちゃま」
「…………」
訂正されたはずの呼び名を再度直されて、ルリルベレスは付き人の有無を言わせない態度に押し黙る。
そして近くに積まれた血だらけの包帯をチラと見たあと、苛立たし気に言葉を吐き出した。
「わかってるわよ」
「分かっておいででないから申し上げているのです。結果その傷を負ったのではありませんか」
「………」
「花嫁を追いかけたい気持ちも分かりますが、せめて癒えてからにしてください。でないと本当に一度連れ帰りますよ」
「……ふんっ、だ」
淡々と正論を述べる付き人から顔を背けると、ルリルベレスはこの傷をつけてくれた魔族を思い出し歯ぎしりした。
「本当、やってくれるじゃない……! 次に会った時はこうはいかないわよ」
数時間前ミサオ達にまとわりついていたルリルベレスだったが、その実かなりの深手を負っていた。
それは先日ミサオを挟んで対峙した相手……魔族アルマディオによるものである。
矜持の高いルリルベレスはそのことに気付かれぬよう振舞っていたものの、様子を見ていたマイヨールがこれ以上はいけないと判断し転移を試みたのだ。
建前として竜王の元に一度帰らねばならない、などと述べたがそれは半分真実。半分嘘である。
獣人で鼻の効くモモにもばれないようせっかく工夫をこらしてからミサオ達に追いついたルリルベレスはいたく不満げだったが、これ以上言えば本当に実家に連れ戻されるだろうと口を噤むしかなかった。
普段ならばこの付き人を撒くことなど容易だが、現在自分はひどく弱っている。それをルリルベレス自身も把握しているのだ。
だがこのまま黙っているのもつまらないと、すぐに意識を切り替えたルリルベレスはぱっと表情を明るくする。
「でもでも、あんな上位魔族にまでお嫁さんとして狙われてるってことはぁ。やっぱりルリルちゃん様の見る目は大したものじゃないかしらぁ~?」
「ミサオ殿ですか。確かに私の襲撃にも動じないどころか見事に返り討ちにしてくださいましたし、お強い方ですよね」
「ね。ビックリよね。なんかさらっとやってたけど、普通に死んだと思っていたわ」
「殺す気でしたからねぇ」
物騒なことをこともなげに話し合う竜人族の二人だが、彼らにとって人族などせいぜい愛玩動物程度の認識である。
多少の手違いで命を刈り取ってしまおうが、愛着もない相手なら罪悪感のざの字すら湧いてこない。
良くてちょっぴりかわいそうだなぁと思うくらいだ。
しかしルリルベレスは、その愛玩動物でしかない人族の中から竜王族の掟により花嫁を選ばなければならない。
「いい子が見つかってよかったわ~。あの魔族なんかに絶対あげないんだからっ」
「ですがルリルちゃん様。彼女たちとの会話を聞いていて思ったのですが、ミサオ殿ってルリルちゃん様の性別が女性だったら"有り"みたいなこと言ってませんでした? ……彼女、女性が好きな方なのでは?」
マイヨールの言葉を聞いて一瞬大きな目をさらに大きくしたルリルベレスであったが……。すぐにふんっとドヤ顔で鼻息を噴き出した。
「問題ないわね! ルリルちゃん様の愛らしさは天の輝き海の慈愛大地の抱擁! あの男男した魔族なんかは望みがないでしょうけど、このルリルちゃん様が性別ごときに阻まれることなどありえないわ! だって、見てた? 口では拒否しながらルリルちゃん様を見るミサオの目、とぉっても揺れていたものー。あの子絶対に押しに弱いから、どんどん押していけば確実にルリルちゃん様の美にひれ伏すわっ!」
「はぁ……」
「なによその気が抜けた返事は。あなたはもっと主の美しさを誇りなさい!」
「誇ってますよ」
「本当~? なんか軽いのよねぇ」
マイヨールは「けっこうな深手のはずなのに元気な人だなぁ」と思いながら治療を終えると、主にある場所を示した。
「処置は終わりましたので、あとはこちらに浸かって療養してください。一応呪痕ですからね、それ」
「まったく厄介なものを……」
示された先はまるで星光る夜空が溶けたような湖だった。
洞窟の中がほんのり明るいのは、この湖が発する光によるものである。
ここは竜の王族が所有する治癒の湖なのだ。
「ま、ここで傷を癒しつつ更に美しさに磨きをかけちゃうとしましょうか。マイヨール、ミサオ達の所へはいつでも行けるのよね?」
「はい」
「ならいいわ」
ルリルベレスは満足そうに頷くと、体を癒すためにその身を湖に沈めていく。その体はいつの間にか少女じみた華奢な体躯ではなく、雄々しくも美しい巨竜の姿へと変じていた。
(ふっふっふ。でも、忌々しくも燃えるわね~。奪い合う恋、嫌いじゃないわ!)
(あ、懲りてないなこの人)
魔族アルマディオ・カーネリアンはじくじくと痛む腕を押さえて瞑目していた。
その眉間には深いしわが刻まれている。
「あの竜人め……!」
ぎりっと歯を噛みしめ思い出すのは先日対峙した竜人族。
愛らしい子供の姿をしていたがその実力はなかなかのものだった。しかしアルマディオにとってはそれほどの脅威ではなく、実際こちらが圧倒しての勝利。
……しかし最後のあがきだけが予想外であり、油断した自身にもまたアルマディオは苛立っていた。
「くっ、僕が……俺様があんなガキに。しかも付き人に古代竜の先祖返りだと? 奴め、何者だ。まさか竜王族か? 引きこもりのデカブツ共が、魔王様が倒れたからといってさっそく調子にのりよって……!」
ぶつぶつ独り言を言いながら爪を噛むアルマディオを、黒い翼を生やした魔族のメイドが心配そうに窺っていた。
ここは元魔王城の一角。魔王軍の拠点だ。
魔王が倒れてから多くの魔族が去っていたため人口密度は減ったが、その威容は未だ健在である。
アルマディオは現在、その内部にある自室で怪我の治療を行っていた。
花嫁にと望む女を挟んで対峙した金髪の竜人はとにかく諦めが悪く、一方的に叩きのめされているにも関わらず引く様子を見せなかった。
今思えば初手であの者はアルマディオと自分の実力差を的確に読み取り、油断させる方向へ切り替えていたのだろう。
余力を残し致命傷を受けないまま、アルマディオが完全に自分が有利だと思った瞬間……竜の咆哮と共に放たれた極大の熱線に焼かれた。
しかも背後から竜人の付き人らしき者が襲ってくるという二段構えで、忌々しくもアルマディオは格下に傷を負ったのだ。
傷を負わされただで帰すものかと、アルマディオもまた相手に傷を負わせた。
それもただの傷ではなく、呪いを込めた一撃である。逃げられはしたがしばらく動くことは困難だろう。
思わぬ邪魔が入ったせいでせっかく用意した式場もドレスも指輪も全てが台無しになった。
しかしアルマディオにとってそれらは再び用意すればよいもので、さほど問題ではない。
問題があるとすれば、それは未だに名前も聞けていない花嫁を見失ってしまった事だ。
"何故か"アイゾメミサオと同じ魔力をしているため最初はそれを追っていたが、竜人との戦いの余波で魔力の痕跡が吹き飛びそれも出来なくなってしまった。
配下の魔物を探索に向かわせているが、すぐに会いに行けない状況がひどくもどかしい。
(ああ……今思い出すだけでも痺れが走る、体が疼く……ッ)
苛立ちながらも、すっかり惚れこんでしまった女との出会いを思い出せば体が熱くなる。
魔王の仇であるアイゾメミサオを追った先で出会った女。
アルマディオは今のところ彼女がアイゾメミサオの妹か姉ではないかと推測していた。
それならばアイゾメミサオの仲間と共に居るのも、アイゾメミサオと似た魔力を持っていることも納得がいく。
おそらく魔王との戦いで深手を負った兄弟をかばうために、自らがアイゾメミサオなどという苦しい言い訳をしていたのだろう。
健気な事だ、とアルマディオは笑みを浮かべる。
その推測は完全に的外れなのだが、宿敵が魔王との戦いを経てなお深手どころかピンピンしており、あまつさえ女になっているなど考え付く方が難しい。
本人が今どこにいるかは分からないが、現在のアルマディオの優先順位は彼女である。
折れた角の断面をなぞる。
……まさか自らの生涯で異性に折られるとは思ってもいなかった。
異性の角を折るのは魔族にとって最大級の求婚。
アルマディオはその慣習を馬鹿にしながら生きてきた方だったが、実際にやられてみて思い知った。
あれは落ちる、と。
まず魔族の角とは早々に折れる強度ではないのだ。
更に言うなればアルマディオほどの強者ならばなおのこと。それを可能とした時点で相手の力量が測れるというものである。
その上、あの女は使い手が少ない魔術装甲を高水準で使いこなしていた。途中で何故か砕けていたが、それは些末なこと。使いこなせる、という時点ですでに素晴らしい。
自身に並ぶ者などアイゾメミサオくらいだと思っていたが……同等に近い実力で、しかも勘違いとはいえ自分に求婚してきた、性別雌!
自身の伴侶にこれ以上相応しい相手もおるまい。
角を折られた後の猛攻も見事だった。
叩き込まれた拳の感触を思い出し、アルマディオは頬を染めて傍から見れば気味の悪い笑みを浮かべる。
「くくく……! 待っていろ。今度こそ我が花嫁に迎え入れてくれよう!」
こうしてミサオのあずかり知らぬところで、厄介な花婿志望共がまったく諦めを見せず心を燃やしているのだった。
2024/1/13>>加筆修正