メス堕ちしたくない俺の苦難八割TSチートハーレム記 作:丸焼きどらごん
ガルドゥドは眼前の華奢な女から感じる"圧"に、体が震えている自分に気が付いた。
同時にスゥ……と体を満たしていた全能感が消えていく。
それは極寒の中、分厚く着込んでいた衣服を全て剥ぎ取られた上で氷塊に覆われるような心地であった。
殴打された部分から伝わる振動が脳を冷やし、絶対的な"実力差"という現実が目の前に高くそびえる。
(俺は何を勘違いしていた?)
自問する。
この"元"男は自分たちの王を倒してみせた存在だ。
あの絶対的な力と恐怖の象徴であった"魔王"を。
魔王が倒されたと知った後、素通りされたことに自分は安堵していたのではなかったか? バシュトレーゼの手前、屈辱だのなんだのと言葉を並べたがそんなもの全部ポーズだ。
魔王の権能を授かったとはいえ、たったひとつの能力を手に入れただけで全ての力を所持していた魔王本人を倒してみせた英雄にどうして立ち向かえると考えたのか。思い上りも甚だしい。
真正面から挑むアルマディオとかいう馬鹿も居るが、自分はそこまで無謀ではないし主君への忠誠心もない。
だというのに、何故。
何故あの馬鹿のように自らのこのこと真正面から出向いているのか。
【そうだねぇ。確かに君は僕に対してそこまでの信望は抱いていなかった。でも、いい子だ。よく来たね】
羽でくすぐるように軽やかな声が一瞬脳裏をかすめたが、ガルドゥドはそれを言葉として認識できないままに自らの焦燥に沈んでいく。
初手で奇襲に使った鉄柱は硬化させ切り離したガルドゥド本人の腕を巨大化させたものだったが、アイゾメミサオはそれを生身ではじいてみせた。まるで虫でもはらうかのように。
もとから備えている魔族としての個人能力でガルドゥドの腕はすでに再生しているが、それを何本投げようとアイゾメミサオを仕留められるビジョンが見えない。
「おらっ! どうしたよ! さっきまでのイキリはどこへいった!?」
それは自分が聞きたいと、襲撃した身でありながらガルドゥドは吐きそうになる気持ちで体を硬化させアイゾメミサオの猛攻を前に呻いていた。
拳による初手はあまりの速度に対応できず生身で受けたが、以降は魔王の権能である硬化させた表皮で攻撃をしのいでいる。
さすがにそれを生の拳で殴り続けることは辛かったのか攻撃を武器に切り替えているアイゾメミサオであるが、その膂力は呪いで女になっているにも関わらず、まったく衰えている様子は見えない。
切るというよりも殴打のような斬撃が、内臓をえぐるように内側に響いた。
撤退。
その判断が脳裏をよぎる。
少なくとも単独で挑んでよい相手ではない。
そう判断し体を動かそうとしたが、気づけば無意識のうちに"攻め"の体勢をとっている自分に気が付きガルドゥドは戦慄した。
これは自分の意志ではない。なにか別のモノからの干渉が行われている。
【おや、流石に気付くかい。ごめんねぇ。まだ逃げられると困るんだよ】
再び何者かの声。しかしガルドゥドは気づかない、気づけない。
【僕が力を回収できるまで、ミサオの相手を楽しんでくれたまえよ。親愛なる僕のしもべ】
++++++
「はぁ……はぁ……!」
荒く息を整えるミサオだったが、それはけして戦闘による消耗などではない。
足元に転がっているボロ雑巾のような魔族を前に、先ほどまでマウントポジションで殴りまくっていた事に対して向けられる周囲からの視線に冷や汗が止まらないのだ。
「見たか? 一方的過ぎてひっでぇ……」
「痴話喧嘩かしら」
「若いのぉ」
「にしても勘弁してほしいよな……。怪我人は出なかったけど、見ろよあの建物。ぶっ壊されちまって……弁償できんのかね」
ひそひそ。ひそひそ。
周囲を遠巻きに囲うルナナリアスの住民たちの言葉に、その内容をしっかり拾っていたミサオは四方八方にあわあわと弁解じみた声をあげる。
「ち、違くて!!」
『一方的な強さというのは、時として被害者と加害者を逆転させる。君に分かり易く例えるなら飛び出してきた歩行者を轢いたダンプカーかな。ああいうのって、原因はどうあれ基本的に大きい方が悪くなるだろ? それを学べてよかったじゃないか』
(テメェ他人事だと思って!! もとはお前の部下だろ責任取れよ!!)
『そう言われてもねぇ。僕は君の体に間借りするしか出来ないか弱い魂であるからして……』
(よくもしゃあしゃあと……! だぁぁっ! しょうがないだろ! アルマディオ相手くらいの気持ちでやったら意外とこいつ弱くて……!)
『泣くよ、その子』
普段よく小物臭い悲鳴や怒声をあげヘタレている所を見ているため忘れそうになるが、こうして魔王軍の元幹部……それも魔王の権能を一部受け継いだ者を容易く一蹴するあたり、この元男は一応。一応、自分を倒した英雄なのだなと魔王は他人事のように感心する。
そして叩きのめされた上に止めとばかりに弱いと言われた元部下、ガルドゥドを見て……己の爪がもう一枚、黒く染まっている事に気が付いた。
(なるほどね。回収に必要な条件は"心が折れる"ことか)
バシュトレーゼの時と合わせてそう結論を出す。
このガルドゥドは魔王が彼の内にある自分の力に呼びかけ、意志に干渉し呼び寄せた者。目的は受け継がれた力の回収とその条件の把握。
どうにも接触するだけでなく、その時に権能保持者の心が弱っている必要があるらしい。それを踏まえるといくら負けてもフられてもしぶとく前向きにミサオへのアピールを辞めないアルマディオからの回収が現状で為されていない事にも納得がいく。
「あら、ミサオ。終わったの? 流石ルリルちゃん様の未来の伴侶だわ!
それまで静観していた竜族の王子が愛らしい仕草でもってそんなことを言えば、周りからの視線に含まれるものがさらに増す。
「伴侶? 逢瀬? あの小さい子と?」
「年齢差と性別どっちに反応すればいいんだかわからんがとりあえずあの姉ちゃんがヤバいのは理解した」
「ふぉっふぉ、若いのぉ。愛の形は色々じゃよ。年齢や性別など誤差じゃ、誤差」
「じいさん寛容だな」
ひそひそ。ひそひそ。
その声が聞こえると同時にミサオの冷や汗も増す。
「ルリルお前大人しく見てると思ったらここぞとばかりに周囲に余計な追加情報と誤解を与えるのやめろよ!! というかそこのご老体は急にどうした!? この世界、性別と年齢差にガバな奴多すぎない!?」
「ええっ、誤解? 何が? 事実しか言ってないわよ?」
「虚偽しかねぇよ!!!! ちゃっかりすでにデートしてることになってるし!!」
「ルリルちゃん様、あれは"照れ"というものです。よかったですね。ちゃんと意識してくださっているようですよ」
「マイヨールさんちょっとあとでお話しようか? 拳で」
「お話ならケーキとお茶を添えてください」
「図々しさ青天井かよ」
「あ、ケーキはルリルちゃん様も食べたいわ! 片付いたならこの後お茶しましょうよミサオ。美味しいケーキ屋さんに連れて行きなさい」
「気分的には甘さ濃い目の甘味が食べたいところですね」
「このマイペースちゃん達がよ!! 俺は今この状況どうするのか考える方に忙しいんだよ加減しろ馬鹿共!!!!」
本人にとってたまったものではないだろうが、彼の周りは更に賑やかになる。
仲間と別行動をしていてこれなのだから笑ってしまうなと思いつつ……魔王は慌てふためく宿主を愉快そうに、愛し気に眺めながら黒色に染まった爪に口づけるのだった。
その輪の中に自分が加わることは無いだろうという、本人すら気づかない一抹の寂しさに蓋をして。