メス堕ちしたくない俺の苦難八割TSチートハーレム記   作:丸焼きどらごん

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74話▶それはとある"誰か"の過去語り(魔王視点)

 ねっとりとしたコールタールがへばりつくような、そんな夢だった。

 登場人物の顔はみんな黒い。表情すらも読み取れない。

 そして夢だと認識しているはずなのに、"俺"の思考は"誰か"の主観へと沈んでいく。切り替わっていく。

 

 

 

 やがてその夢は、完全にその"誰か"の視点で進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■  ■  ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこかしこからカビの匂いがするような家だった。

 古い因習にとらわれた名家。今思えば推理ものの殺人現場にはおあつらえ向きの場所だったように思う。

 

 先祖からの血脈を代々繋ぎ、世継ぎは男児しか認めない。そんな家。

 

 その家で僕は女児として生まれた。……双子の兄と共に。

 しかし兄は生まれつき体が弱く、長くても(とお)まで生きられるかどうかと言われたらしい。

 生まれたその日に言われたのなら、当時のかかりつけ医は相当に盛って話していたのではないだろうか。

 本当は数か月生きられるかどうかも、怪しかったのではないだろうか。

 

 あの家が男児の世継ぎに対して狂った執着を持っていたことを当然知っていた医者は、余命あと幾ばくか、なんてとても言えなかっただろうしね。

 いい人だったから、自分の保身よりもきっと母の事を憂いてくれたのだと思う。兄を弱く生んでしまった母を。

 そのいい人も、いつの間にか見なくなっていたけれど。

 

 

 しかし本当に伝手と権力と金のある奴というものは厄介で。

 保育器の中で亡くなってもおかしくなかった僕の兄上は、その後あらゆる手を尽くされて生き延びることとなる。

 

 

 本来なら喜ぶべきことだ。血を分けた最も近しい存在を失わずにすんだのだから。

 

 だけどあの家のせいで僕は生まれた時から、自分の人生を生きられないことが決定づけられていた。

 

 

『男児として生きよ』

 

 

 それが物心ついてから、初めて父にかけられた言葉だった。

 

 兄は生き延びたがとても表舞台に出て行けるような状態ではなく、いつも青い顔と浅い呼吸で寝台に横たわっていた。その薄い体に繋がるおびただしい数の管や計器が、本来彼岸の住民であったはずの彼を現世(うつしよ)につなぎとめている楔なのである。

 その隣には一切の欠陥なく、顔がそっくりな双子の僕。

 男女の双子でこれほど似てしまう所に、狭い血族の中で血を重ねて来たおぞましさが煮詰められているようだった。

 兄の体が弱いのだって、きっとそれが一因である。

 

 男として生きる。

 それは僕に兄の影武者をやれということ。何時代の人間だよ。

 

 僕に拒否権は無く、その日のうちに僕と兄の立場は入れ替わった。

 重病を克服した世継ぎの男児として僕が。兄と入れ替わるように体調を崩した妹として兄が。

 全てはいずれ兄が健常な状態になった時のため。そこに僕の人生は無く、僕は幼い頃の長い長い時間を「僕」として過ごすことになったのだ。

 うっかり「私」とこぼした日には折檻されるのがあたりまえで、僕は少年としての顔を張り付けて生きていくしかなかった。

 

 それでも一度割り切ってしまえば、「僕」として過ごしていれば家族は優しかった。けして「私」に向けられた好意ではなかったけれど。

 だけど「馬鹿な奴らだ」と見下すことで、適応していった。慣れていった。滾る様な憎しみと悪意に"諦念"のラベルをつけて整理して、己の心を保ったのだ。

 こんな話の通じない奴らと同じ目線でいることこそが屈辱だと、幼子の中にわずかに残った矜持でもって。

 

 寝床から恨めし気に向けられる兄の視線だけが、唯一心に重くのしかかるものだった。

 

 

 

 しかし奇跡というものはあるらしい。僕にとっては奇跡的な不幸でしかなかったのだが。

 奇跡というのはなにも、希望に満ちたものだけを指す言葉ではないのだ。

 

 

 

 第二次性徴を迎え、だんだんと兄のふりが難しくなってきた頃。兄は本当に重病を克服してみせた。

 まず患者自身の生きようという精神力がなければ、どんなに手を尽くされても回復は難しかったとは当時のかかりつけ医の言だ。

 奇跡と称しはしたが、げに恐ろしきは執着と怨みの力である。妄執に憑りつかれた親の力に加えて、兄は健康体で自分の代わりとして生きる(ぼく)が相当憎らしかったらしい。居場所をとられたとでも思ったのかな? それは僕の方なのにね。

 

 

『ご苦労だった。今後は本来の役目を生きよ』

 

 

 兄が寝台から自分の力で立てるようになった日、父から投げかけられた言葉である。

 安い労いの言葉一つで、僕がこれまで積み上げてきたものは全て兄のものとなった。

 

 日頃僕から友好関係を聞き取り、病床でも執念で勉強に励んでいた兄が僕の作った居場所になじむのを見ているのは砂を噛むような思いで……。

 今度は「私」と言わねば折檻される日々が始まった。

 

 それまで知り合ってきた人間と他人のように接し、気づかれもしないままに僕は「私」として生き始める。浅く広く接しろと教え込まれたとはいえ、本当に誰にも気づかれないのは思いのほか心に鈍く響いた。

 

 

 

 

 誰にも求められず。

 

 誰にも気づいてもらえず。

 

 ただただ「役目」などというものに縛られて消費されていくだけの人生に、意味を見出す方が難しかった。

 

 

 

 

 しかしお利口に過ごしていた甲斐はあったらしい。

 

 高校へあがると、僕には通信末端が与えられた。スマートフォンである。

 お利口にしていたからというより、もう僕が何に影響を受けようとも問題ない。それくらいの価値に落ちたからだろう。

 小さな板からつなげたインターネットの世界は、思いのほか僕の価値観を広げ娯楽となった。

 それまで制限され監視された中で情報収集にのみ使用していた頃には考えられないことである。

 

 中でも僕の心を掴んだのは多種多様な創作。アニメに漫画、ゲーム……小説。

 馬鹿みたいに自由にならない人生で、空想の世界を楽しむことを知った。

 実際に手に取れるものは少なかったけど、可能な範囲で入手し、読み込んだりプレイしたり視聴した。

 もともと凝り性のけはあったから、オタクとよばれる類のものになるのも早かった気がする。

 僕は優秀だったからね。最速効率で自分が求める物を探して消費してのめり込んでいった。

 

 ついには商業に飽き足らず、ネット小説の類にも手を出した。

 文字媒体というのは家の者にバレず創作物を謳歌するには適していたから、僕が最も慣れ親しんだ趣味といえる。

 

 その中である時を境に急激に流行り始めたのが「転生」もの。それ以前は異世界転移が多かったように思えるが、現代での生を終えて異世界で生まれる「転生」が一気に増えた。

 それまでも転生を扱う作品が無かったわけではないけれど、その比ではないほどに。

 

 

「みんな一から人生やり直したいつまんない人生送ってる奴らばかりってことかな? あはっ。僕みたい」

 

 

 ほどほどに楽しみつつどこか冷めた目で見ていた僕は、近い未来で実際に自分がそれを体験するだなんて思いもしない。

 

 

 

 

 

 

 悪夢はいつだって現実にある。そして突然だ。

 

 

 

 

 

 いつも僕の人生を容易く左右する父の一言。

 三回目のそれは、さすがに許容できないものだった。

 

 

 

『■■■■■■■■』

 

 

 

 

 

 

 

―――― 見 る な

 

 

 

 

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっも!!!!!!」

 

 ベッドから飛び起きたミサオだったが、その表情はすぐに寝ぼけたものへ変わった。

 

「重い……重い? なにが重いんだっけ……いやこいつだよ……」

 

 ぼうっとしながら疑問を口にするが、真横どころか自分の腹の真上に乗っかってすやすや寝息を立てている見た目だけ美少女を見る。これは夜這いとかではなく普通に寝相だろう。

 外を見れば山の稜線の向こうがほんのり(あけぼの)に染まっていた。まだ起きるには早い時間だろう。

 

「寝直すか……なんか変な夢見た気がするし、寝た気がしねぇ……」

 

 よく覚えていないながら意味深な夢を見た気がするなぁと考えつつ、ミサオは美幼女おっさんを横に落とすと目を瞑る。

 曖昧な記憶は次に起きた時、さらにおぼろげなものへと変わっているだろう。夢とはそういうものだ。

 

 

 

 

 

『…………』

 

 

 

 

 

 そして呑気に寝息を立て始めたミサオを見下ろす、能面のように表情が抜け落ちた顔。

 濁った赤い瞳が射干玉(ぬばたま)のごとき髪からのぞく。

 

 

 

『………………。都合よく僕側からだけミサオの心を読めるわけじゃない……ってことか。僕の精神世界に入ってくるくらいだから、当然これくらいは予想してしかるべきだった』

 

 自分を納得させるように一人ごちる魔王だったが、その後ぎりっと食いしばられた口元は激情を隠しきれていない。もし"彼女"が実体であったなら、唇を歯で割いて血を流していただろう。

 

『ミサオのメス堕ちポイントが溜まってきたから? それとも……僕側の影響もあるか』

 

 そう言って、二枚だけ黒く染まった自らの爪を眺める。

 普段ならば「メス堕ちポイント」という単語だけで笑えてくるのだが、あいにく今はそんな余裕はない。ひどくシリアスにその単語を口にしている自分が滑稽である。

 ともあれ「現代の陰キャ高校生を五年で魔王を倒せる英雄に仕立て上げた」レベルアップのチートスキルは伊達ではなく、ミサオのメス堕ちポイントは着実に溜まり、それに伴い魔王との魂の結びつきが強くなっていた。

 加えて力を取り戻したことによって、無力な魂としてミサオに間借りしていた部分に変化が生じているのだろう。

 

 その結果が夢の中でのリンクとして現れたと魔王は推測する。

 

『ああ……でも、よりにもよってなんであんな古臭い記憶を……ほんっとにムカつくなぁ。僕、悪役にかわいそうな過去とか語られるとイライラしちゃうんだよね。不可抗力とはいえこの僕がそれをしたのと近い状態だなんて、不愉快だ。最悪。僕がしてきたことは全部僕のもの。かわいそうだから仕方ないね、なんて一ミリも思われたくない。吐き気がする。僕が起こした行動の結果はどんなものでも全部全部全部僕のものだ。過去がなんであろうと関係ない。同情の余地を挟むな。僕はそれ以上の悪徳を積み上げて来た。事実は事実でしか無いんだよ。…………まあ、ミサオは馬鹿だから忘れちゃうだろうけど』

 

 しかしそれだけでは安心できない。

 一番見られたくない所は阻害できたが、またいつこうして己の記憶を見られるか分からないのだ。

 

 

『……しかたない。やりたくないけど、念のため上書きするか。どうもミサオ、夢は自分に都合のいい所だけ覚える奴みたいだし』

 

 以前多少の揺さぶりをかけようとミサオがお気に入りの姿で皮肉ってみた所、その皮肉を全部忘れていい部分だけ切り取って覚えていたミサオ。人生楽しそうな男である。今は女だが。

 今後の不安はぬぐえないが、ともかく今回見たものだけは確実に忘れさせる。そのためなら多少の屈辱は飲み込もう。

 

 

 

 

 

 魔王はその後、ミサオの精神を自らの深層心理で構築された世界へ招き……引きつった愛想笑いでもてなすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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