煌鉄高校の屋上で白いハンチング帽をかぶった殺し屋、ローガが双眼鏡で登校してきた生徒たちを見ている。傍らには彼が狙撃のために使う武骨なライフルが置かれていた。
狙撃銃にしては射程が短いが、今回の殺しにはそれで充分だと判断していた。狙撃は一撃で決めなければ意味が無い。標的である星噛
相手の手の内が分からぬ以上、とりあえず狙撃して出方を窺うというのもひとつの手段であるのだが、死渡グループが声をかけたローガはそんな場当たり的なことはしない。
ローガは既に透太の登校ルートの下見を済ませている。そこで絶好の狙撃ポイントを見つけた。その地点に比べれば、
相手は単独で死渡グループの息のかかったマフィアを潰すほどの強者だ。そして、自分自身に絶対な自信を持っていることも窺える。
そこで敢えて1発目を外し、こちらの存在に気付いてもらう。開けた場所で狙撃を迎え撃つのは悪手だと考えるのが普通だ。
炎を繰り出してその場で自身の身を守るのであれば、そのまま撃ち続ければいい。
しかし、相手はどうやら殺しの機微を分かっているようだ。そんな手はまず採らないだろう。考えられるのは退却、あるいは攻撃だ。周囲には普通の生徒もいる。そちらを危険に晒したくなければ、来た道を引き返す。そうしてきた場合は最も殺しやすい場所に追い込む。
だが、ローガの本命は相手の反撃だった。強すぎる自負は油断を生む。撃ってきた方向が分かりやすければ、狙撃手が屋上にいることはすぐ見当がつく。煌鉄高校の校舎は華美で何の意匠なのか理解出来ない置物やら飾りが多い。
その準備は既に済ませてあった。遠隔スイッチでいつでもトリガーを引ける。正面から、あるいは異なる方向からの狙撃は警戒出来るだろう。しかし、地面からの攻撃を想定している者は少ない。
屋上に続く階段には彼の手で「ただいま整備中」という看板が立ててある。誰かが入ってくることもないだろう。
たとえ、非常識な者が入ってきたとしても、一瞬で黙らせれば問題は無い。そのためのサイレンサー付き拳銃も控えてあった。彼の早撃ちは近接のスペシャリストにも通用するほどの腕前だ。
ローガは自分が立てた完璧な作戦に酔いしれていた。しかし、彼は忘れていた。作戦の根幹に存在する“強すぎる自負は油断を生む”という考えは自身にも降りかかる言葉であることを。
「っ!」
扉が空いた音がした。ローガは拳銃を抜きながら振り返り、邪魔者の眉間に弾丸を叩き込もうとして、そして、あっけなく死亡した。
彼の作戦はけして悪くなかった。星噛透太に通用するかはさておき、ローガの立案能力と銃撃の腕前はさすがのものだった。惜しむらくは標的を狙っている殺し屋が彼だけではなかったという点を忘れていたことだろう。
扉を開けた
「つい撃ってしまいましたけど、誰ですのこの方? わたくしのピースメイカーちゃんが穢されてしまいましたわ……」
真紅のロングヘアを揺らせ、死渡
「この方、銃を持ってませんこと? ということは透太さんを狙ってた殺し屋かしら。昨日の今日でずいぶんと手が早ェですわ。危ない危ない。もうちょっとでわたくしが生徒会長になれないところでした」
改めて周囲を見渡した芽久は屋上の端にスナイパーライフルが置かれてあるのを確認し、溜息をつく。
「ここはもう使えませんわね。この方と同じ
芽久はたったいまローガをピースメイカーで銃殺したことを忘れたように言う。緑色の瞳は何の曇りもなく輝いている。
理想の殺し方を模索する彼女はまさに恋に恋する乙女の如く、胸を高鳴らせていた。もっとも……。
「透太さん、あなたはわたくしがド派手にブチ殺してやりますわ! …………それはそれとして、この方の死体、誰かが有効活用しなければ勿体無いですわね?」
彼女はピースメイカーでローガの死体を撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。どくどくと流れ、辺りにバラ撒かれる血潮は芽久を陶酔させてゆく。
「あはぁ……。さいっこうですわ……!」
もっとも、芽久にはうら若き乙女とは言い難い悪癖があった。盛りのついた男子高校生のように、その欲求は留まることがない。
彼女は死体撃ちを至上の愉しみにしている。自分は人を殺したことのない処女だと嘯く芽久だが、命がこぼれ落ちたあとの亡骸をめちゃくちゃにした回数で言えば、優に百を超える“
「ふう……。なかなか撃ちがいのある死体でした。褒めて遣わす!……ん?何か騒がしいですわね。あ! こんな屋外で普通に撃っちゃってました! ヤベェですわ! わたくしのピースメイカーちゃんの喘ぎ声が高校中に響き渡ってしまいましたわ〜!!」
頭の弱さを存分に見せつけた芽久は慌てて拳銃をスカートの下にある左腿のホルスターに仕舞って走り出す。階段をそのまま降りていけば誰かに目撃されてしまう。そう思った彼女は生徒たちが登校している方向とは反対のグラウンド側に「とう!」とジャンプした。
普通の人間であれば両足の骨を折るだけで済めば良い方の高さではあったが、殺し屋としての訓練を積んできた芽久であれば無事に着地することなど造作もない。
そうして屋上に残ったのは凄惨な死体と銃器。様子を見にきた教職員たちの中にはその現場を見て吐き出す者もいたという。しかし、生徒たちにその状況は知らされることなく、水面下で処理された。煌鉄高校に属す死渡グループの工作員たちの面目躍如といったところだろう。
そして。すべての授業が終わり、生徒たちは部活動あるいは委員会活動あるいはヒマな友達と遊ぶ。友達がいなければ、帰るしかない。
透太の机の周りにはクラスメイトの少女たちが集まってきていた。
彼は高身長な美男子である。左目の下の泣きぼくろがチャームポイントだ。
天然の金髪ときめ細かな白い肌、さらには引き締まった筋肉は非常に魅力的だと言える。その所作からは洗練された美しさだけではなく、雄々しさが感じられる。
煌鉄高校の生徒はたいていが煌鉄中学・煌鉄小学・煌鉄幼稚舎からのエスカレート組である。クラスメイトの少女たちも全員エスカレート組だ。彼女たちがこれまで恋をしてきた男子と言えば、2種類しかいなかった。
厳しい躾と少しずつ蓄積されてゆく人生経験により、誰にでも優しく接することが出来るものの思い切って冒険する愚は犯せない。いわば去勢された犬。
もしくはさんざん甘やかされて育ち、誰にでも傍若無人で人を傷つけることで自らのちっぽけな自尊心を慰めている暴れ狼。
犬好きか狼好きかで少女たちは靡く相手を決めているわけだが、透太という男はその両方の良いところだけを持ち合わせ、しかも究極に顔がいい。また、彼は会話した女の子が何を褒めてほしいのかを瞬時に見極めることが可能であり、けして地雷を踏むことも無い。
朝から夕までの時間を透太に与えれば、クラスの女子全員を落としてしまうのは当然の結果であった。また、透太に微笑みかけられたら、誰しもが安らぎを覚えた。彼の
当然、男子たちは面白くない。透太に突っかかるが、彼に容易くあしらわれてしまう。その大人の対応はスマートで女子たちはさらに色めき立つ。昼休みが終わる5分前にはもはや男子たちは諦めていた。このままこのクラスは透太に乗っ取られてしまうだろうな、と。
「ちょっとよろしくて?」
クラスメイトに声をかけた少女は腰まで伸ばした真紅の髪を後ろに流し、スカートを持ち上げて綺麗な礼をした。お嬢様というより、お姫様である。
「わたくし、隣のクラスの芽久と申しますわ。透太さん、わたくしにお時間を頂けないかしら」
「もちろんだとも。きみたちとはまた明日出会えるものね? 暗くならないうちに帰りなよ」
「はーい。芽久さま、頑張ってね!」
芽久は透太を手招きして悠々と背中を晒す。彼女はちょっと頭が悪いが、愉快で快活な人間だと皆に知られている。クラスメイトたちは彼女が顔を赤らめていたことから、用事の内容を察したようだ。恋のライバルになる可能性は高いが、それでも友達を応援するのが真のお嬢様というものである。
夕暮れ。外はぽつぽつと雨が降っていた。やってきたのは体育館の裏。こんなところに来るとなればぶん殴られるか告白されるかだと相場が決まっている。
「わたくし、あなたのことが好きになってしまいましたの。わたくしの処女を捧げてもよろしくってよ?」
火の玉ストレートな告白だ。こんなことを言われて、はいそうですかと応じる男はあまりいないかもしれない。
「ありがたい申し出だね。でも、きみについてもっと知りたいな。まずはLINEのやり取りから始めようじゃないか」
そうやってにこやかに距離を詰める透太の頭上に突如現れたのは不自然なほどに黒い靄。靄から発生した光速の雷撃が彼の肉体を貫く。
雷を回避できる人間などいない。それは透太も例外ではない。
芽久は懐から取り出したアーミーナイフで崩れ落ちる彼の首を切り裂く。溢れる血の奔流に芽久は笑みを隠しきれない。
彼女は木星の
「すまんあそばせ〜」
ここで死体撃ちをするわけにはいかない。彼の死体を煌鉄高校に晒すのだ。そして芽久が開催するゲームの的になってもらう。クラスメイトも喜び、賞賛し、生徒会長の座は芽久のものとなる。彼女の中では完璧な計画であった。
芽久は煌鉄高校の工作員と連絡を取り、死体を安全な場所に保管するよう命じる。その後の彼女は喜びを隠せず、スキップが出てしまった。
「ふふふ! おじいさまなら泣いて喜んでくださるに違いありませんわ……。最近のおじいさまはちょっとわたくしにつれない態度を取っていらっしゃるのが気になりはしますが、これなら大丈夫。そうに決まってますわ、うん」
けれど、大事な会議に呼んでくれなくなった。戦闘の訓練に付き合ってくれなくなった。食事の際に話しかけても適当な答えしか返ってこなくなった。高校のテストで悪い点を取っても叱ってくれなくなった。
父も母も幼い頃に死渡グループを狙う
「おじいさま、わたくしを褒めてくださいまし。そして、一緒に死体撃ちをしましょう。わたくしはおじいさまの笑顔が見たいのですわ」
ふと、これで良いのだろうかという疑念が浮かぶ。あれこれ思い悩むのは芽久の性分ではない。
界蔵と殺し屋の会話を盗み聞きして、彼らの標的を勝手に殺害した。さらに煌鉄高校の工作員たちを働かせ、彼らの身元がバレる危険性を高めた。
頭の悪い彼女も本当は分かっている。芽久は死体撃ちが好きだが、他の者はそうではない。悪の花道を進む界蔵ですら、好ましい顔はしてくれない。クラスメイトのお嬢様たちが一緒に興じてくれるとは思えない。
けれど、彼女にはこれしかない。『
その能力の低さを知った界蔵の失望した顔が芽久は忘れられない。
それを補うため、彼女は努力した。ナイフ術・クイックドロウ・パルクール・近接格闘術・超遠距離狙撃。芽久の殺しの腕前はかなりのものになった。
だが、界蔵が欲しかったものはそんなものではないのだ。それくらいのことが出来る殺し屋など吐いて捨てるほどいる。死渡グループの跡継ぎとして真に必要なものは彼らを運用する頭脳と情報力。
芽久は何も分かっていなかった。
「…………暗いことは考えないでおきましょう。クラスメイトのみなさまとは死体撃ちゲームじゃなくても仲を深められますわ。わたくしのお気に入りのお菓子と紅茶でパーティーを……。え」
死渡の邸宅までもうすぐのところ。閑静な高級住宅街の中心部。そこで有り得ないものを見て、彼女は愕然とした。
「やあ、芽久さん」
さっき殺したはずの透太が平然と立っていたからである。雷が直撃したのだ。威力が低くても数時間は動けないはずだ。
さらに首をナイフで切り裂いた。あの出血でピンピンしているはずがない。だが、目の前の男の首からは血など出ておらず、火傷すら無い。
「どういうことですの……」
「ははは、もしかしたら、約束を忘れているんじゃないかなあって思ってたんだ。明日でも良かったんだけど、キミみたいにかわいい子と早く仲良くなりたくて逸る気持ちを抑えられなかった俺を許してくれ」
「……かわいい?わたくしが、ですの?」
「もちろんさ。俺は見る目だけはある方なんだ」
芽久の鼓動が速くなる。彼女は煌鉄高校でも指折りの美少女だ。彼女を慕う男子生徒も多い。けれど、異性の子に直接言われたことは無かった。
まっすぐな目で芽久の容姿を褒めるのは奥手な男子生徒たちには荷が重く、荒っぽい男子生徒は彼女のバックに存在する死渡グループを恐れ、下卑た視線を向けるのがせいぜいであった。
「おや、邪魔者かな」
透太が芽久を庇うように前に出る。その胸に、腹に、足に、銃弾が撃ち込まれた。サイレンサーで充分に音は小さくなっており、近所に住む人々もその異変には気付かない。芽久は再び驚き、そちらを見る。
下手人は6人。芽久が怪我をすることはなかったが、透太はどう見ても重傷だ。その傷の痛みをおくびにも出さず、彼は平然と立っている。
芽久は衝撃を受けていた。彼らとは幾度も会話を交わしたことがある。だが、さっきの銃弾は透太が守ってくれなければ間違いなく彼女に当たっていただろう。
死渡グループ会長の孫娘を傷付けても良いという判断を彼らが勝手に下すわけがない。
それは、つまり。
目の前で炎が上がり、芽久の意識はそちらに引っ張られた。透太の肉体から発せられた炎は竜のように伸びて数十メートル先にいた殺し屋たちを包み込む。
「女の子を殺そうとするなんて万死に値する」
超高熱にして超高密度の劫火は悲鳴すらも通さない。灰すら残さず、殺し屋たちは死亡した。とても経験などしたくない凄惨な死に様だ。
そして、今度は柔らかな火が透太の傷を覆い尽くす。服すら焦げることなく、すべての銃創は完治していた。まるで魔法のようだ。
「な、なぜですの?」
「何がだい?」
「あなたはわたくしが殺したはずですわ」
癒やしの炎は見ていた。けれど、傷を治癒するのと生き返るのとでは難易度がまるで異なる。芽久は透太を殺したあと、心臓が確かに止まっているのを確認した。とても説明がつかない。そんな奇跡を当たり前のように透太は解説する。
「俺は太陽の
「有り得ませんの。星者が使う能力はひとつだけと相場が決まっておりますわ。あなたはさっき、そこの殺し屋たちを灰塵に帰した。とんでもない超火力で焼き払った!」
「俺からすれば、異能の幅を伸ばさないのは怠慢だよ。こちらはありとあらゆるモノを焼き滅ぼす破壊の力。すなわち『
「半端ねェですわね。……ふふふ、あなた、ここにいるということは何もかも分かっていたんでしょう。わたくしを何故助けたんですの?わたくしはあなたの敵ですわ」
「安心して。俺は芽久の味方だよ。それにキミみたいな美少女から仕掛けられた罠なら引っかかってみたくなるのが男の性だろ?」
芽久はその言葉で自覚する。この胸の高鳴りは、恋だ。命を助けられ、優しい目で自分を見てくれて、償いきれない罪を許してくれる。
「おじいさまのことなんて、もうどうでもいいですわ! 透太さん、あなたはわたくしの処女を貰ってくれたひと。好きです……」
「まだキミを抱いた覚えはないけど。でも、俺も芽久のことが好きだよ。そうだ、これから家に来ないかい? 俺の家族を紹介しよう」
「ええ! 透太さんの家、楽しみですわ!」
「ははは、じゃあ、もうこっちの家はいらないね。好きな女の子を不幸にする火種は消しておくのが男の義務だからね」
透太が手を振った瞬間、内側から燃え立つように巨大な火柱が死渡邸に立つ。完璧にコントロールされた炎は周囲の住宅に一切の被害を与えない。
もちろん透太はこの家に界蔵が在宅しているのを確認していた。『
「綺麗な炎……。あ、わたくしのお洋服も燃えてしまったのかしら。明日からどうしましょう」
「大丈夫さ。俺が全部買ってあげる。家に行く前に買い物してから帰ろうか」
「ふふふ! ナイスアイディアですわ。ありがとうございます。このお礼はベッドで……」
かくして芽久は本物の愛を手に入れた。
彼女はまだ透太のプレイボーイぶりを知らない。けれど、彼女もまたルリヲと同じく透太の逸脱した性欲に負けて、少々の浮気くらいなら許すようになってしまうだろう。
最強の男は何もかも強すぎるのである。
竜噛透太(17)
金髪。太陽の星者。
死渡芽久(17)
赤髪。木星の星巫女。