航海術を何とか覚えて、今日からようやくおれの冒険が始まる。
「ウソップ、早く行かないと。メリーが退屈そうよ」
コイツはパンサ! おれの幼馴染だ。少し体が弱いから冒険には連れてけねェが、律儀に見送りに来てくれた。
「じゃあ、行って来るぜ! パンサ! 風邪引くんじゃねェぞー!」
「はいはい、行ってらっしゃい。有名な冒険家になってから帰ってきなさいね」
「おーい、メリー! 悪りぃ、待たせたな!」
「もういいのかい? 旅立ったらパンサとも暫く会えないんだよ?」
コイツはメリー。おれの1人目の仲間だ。手先の器用なやつで、今乗ってる舟もコイツが作ったんだ。
「大丈夫だ。次に会うのは海で名を上げてからだ! 行くぞ
「アイアイ、キャプテン。帆を上げ……あれ? パンサ!?」
「なんだアイツ。走ったりしてどうしたんだ!?」
「はぁはぁ、待って!二人とも! 今、村に騎士団が来てるの……!」
結局、おれ達が旅に出る事は無かった。
昔おれがまだガキの頃、他所の島を拠点にしていた騎士団が
そして、騎士団の奴らが言う教義とやらでは〝悪魔の実シリーズ〟を食べた人間は
あの時も、村人の中に能力者がいないか調べに来ていた。下らない疑惑を持たれたら村に迷惑がかかるので、おれ達も戻る羽目になった。
幸いシロップ村には能力者なんて1人もいなかったが、その後パンサの体調が急に悪くなってしまい船出は当分見送りにした。
「私のことはいいから!さっさと旅に行きなさい!……ゴホッゲホッ」
あれからパンサの具合は一向に良くならない。
おれは一つの望みに賭けることにした。
メリーには幾ら詫びても詫びきれねェが、おれは……。
あれから3年、パンサもすっかり快復した。
メリーは何でも卒無く熟す所を買われ、村で一番大きなお屋敷で働き出したようだ。最近は、メリーの描いた船の設計図を屋敷の主人が気に入り、遊興用に建造しだしたらしい。
おれのせいで海には出られなくなったが、アイツは夢を叶えられるかもしれないな。
おれは都にある騎士団の本部で働いている。三等航海士なんて名目だが、与えられる仕事はほとんど雑用だ。
この騎士団は元々〝ホスピタル騎士団〟なんて呼ばれていただけあって、優れた医療技術を持っていた。
おれが騎士団で働く事でパンサを治療してくれるという約束は無事に守られている。
また2年経った、おれももう25歳だ。
この年、おれはパンサと結婚した。
当初はおれが海へ出なかった事を自分のせいだと言っていたパンサだったが、冒険よりもお前のことが……いや、この話は別にいいな。
村へ帰れるのは年に数回だが、おれも漸く雑用を卒業して狙撃手になった。
まさか航海術より狙撃の腕を買われるとは思わなかったが、給金も上がったからよしとするか。
この年は他にも色々とめでたい事があった。
まず、騎士団で気の合うダチが出来た。滅法強い奴が居るって噂は聞いてたが、まさかおれと同い年とは思わなかったぜ。
メリーが設計した船もついに完成した。名前は〝ゴーイング・メリー号〟。自分の名前を入れてもらえるなんてアイツもお屋敷で随分気に入られてるようだ。
船は、来年産まれるであろう屋敷の孫に贈られるらしい。進水式は孫が成長するまでお預けだとか。
そして、おれ達の間にも子供が産まれた。
──翌年、転機が訪れた。
おれが騎士団に入って初めての大きな戦闘。帝国が大々的に攻めて来たことで島は騒然となった。
先に海へ出た味方は沖にて海戦を行うも撃沈。敵船団はおれが配置されている海岸の砦近くまで迫っていた。
「おいキハーノ! おれが奴らの船に乗り込む。テメェはここで、背中を狙う敵がいたら狙撃してくれ!」
「待て待て、バレット! 確かに援護は狙撃手の花道だが、数が多すぎる。幾らお前でもこの数を相手にするのは無理だ!」
「ならどうすんだ! 普段偉そうにしてる上官共は皆逃げちまった。砦に残った連中も、敵の数を見て戦う気が失せてやがるんだぞ!」
「ああ、分かってる。だからよぉ!数が多いんなら減らせばいいんだぜ!」
ようやくコイツの出番だ。元々メリーと2人で、旅に出る準備をしてた頃から構想だけは練ってたんだ。
騎士団に入ってからも、いつか役に立つ時が来るだろうと思ってひっそり作り続けていた。
「!? そいつは、大砲か?」
「ああ、だが普通の大砲じゃねェ! おれのライフルと一緒で砲身が長く、
敵の砲弾は此方へは届かない。一方的に砲撃が可能な〝長鼻大砲〟の活躍で敵船団は海上にて半壊。
撤退しようとする残党を、敵が混乱している内に小舟で乗り込んでいたバレットが強襲。
確かに援護もしてやったがアイツ強すぎるだろ。程なくして敵船団はほぼ壊滅。
結果的に大逆転を果たしたこの戦闘で、おれとバレットは英雄扱いされる事になった。
「「「英雄の凱旋だー!」」」
あの戦闘から2年、おれは思わぬ形で帰郷することになった。
シロップ村の東にある岬、そこに築かれた前線砦に配属されることになったからだ。
一緒に暮らせる様になって嫁と息子も喜んでくれた。村人もおれを英雄扱いし大歓喜したが、おれはそんな大した奴じゃない。長鼻大砲だって半分はメリーが考案した物だし、そもそも騎士って肩書が何年経っても性に合わない。
そんな事をメリーに話したら、「なら、君なりのやり方で村の人達を手助けしてあげれば英雄扱いにも納得できるんじゃないか?」と。
おれなりのやり方か、と考えていたらメリーの勤めるお屋敷の孫娘からまで「しまをまもってくれてありがとう、騎士さま」と言われてしまった。
おれもつい調子に乗って、「お安い御用ですよ姫。このウソップが居る限り姫を悲しませるような事は起こりませんとも」と返せば嬉しそうに笑った。利発そうなこの子はカヤと言うらしい。
思い返せば村にいた頃はこんな冗談ばかり言っていたな。これが、おれなりのやり方ってやつなのかも知れない。
あれから10年間は昔のように穏やかな時間が続いた。
前線砦と言ってもあの戦闘で、敵側に甚大な被害が出たからか再度侵攻されることは無かった。たまに海賊が攻めて来る程度でバレットの奴は物足りないとボヤいていたが、平和が何よりだ。
アイツは粗暴な所もあるから勘違いされやすい。〝悪魔の実シリーズ〟を食べた能力者だなんて疑われた事もあった。あの能力者かどうか調べる海楼石ってやつに触ってもアイツの力は全く衰えないんだから、そんな訳ないのにな。
なら海に沈めれば分かるなんて過激な連中もいたが、そんなのは殺人と変わらない。そもそも泳げないやつだって居るんだ。おれが仲介してなんとかバレットの嫌疑は晴らせたが肝を冷やしたぜ。
騎士団内では諍いもあったが、村の方は大きく発展して今じゃ街と呼べる程にまで成長している。おれの作った〝ヒンヤリ棒〟が思いの他好評で、噂を聞いて移住してくる者も増えたみたいだ。
街の子供にも懐かれた。ウソップ騎士団なんてものを勝手に作られ、おれは知らぬ間に団長にされていた。その様子をバレットに見られてアイツまで〝団長〟なんて呼びやがるからエライ目に合った。
〝ゴーイング・メリー号〟の進水式もついに行われた。カヤが投げた酒瓶が割れず気まずい雰囲気になりそうになったが、急に瓶が
この頃になると、街の皆からの英雄扱いも徐々に受け入れる事が出来てきた。おれが軽いノリで冗談ばかり言うからか、皆も初めの頃より気軽に話しかけて来てくれるのが大きいな。
──そして、おれが丁度40歳になった年。
息子ヤソップも成長して15歳という年齢で騎士団へと入隊した。コイツもおれに似て騎士なんて性に合わないみたいだが、近々予想される帝国の大侵攻から街を守る為に仕方なく、らしい。気付かぬ内に立派になったもんだ。
程なくして島は大船団に包囲された。
圧倒的な物量差、いつの間にか流出していた〝長鼻〟の技術。おれ達は同盟国からの援軍が到着するまで粘り続けるしかなかった。
騎士になってからずっと耐久戦しかしてこなかったヤソップが歓喜し、砦の欄干へ乗り出してしまった。その時おれは、不思議な事に
おれの記憶はここで一旦途絶える。
この先は、後から聞いた話だ。おれはヤソップを庇い頭に銃弾を受けたらしい。幸い兜を被っていたので衝撃を受けただけで済んだ様だが、その衝撃で頭が……
それから直ぐに砦は敵船の砲撃で崩壊、敵兵は街へ上陸し家屋や畑、その悉くを焼き尽くしたらしい。街の人の殆どが高台のお屋敷へ避難していたのが唯一の救いか。
戦争はその直後に終わった。街の惨状を目にしたバレットが覚醒し、瓦礫や敵船を
その後、沖に残っていた敵船の多くも同盟国からの援軍が追撃し、敵艦隊は全滅。
バレットが能力者だった事には驚いたが、この事は騎士団や教会関係者の一部にしか知らされていない。おれもモリア神父から聞くまでは街の人達の様に〝二人の英雄の活躍で敵兵は退いた〟なんて話を信じてしまっていた。
何が英雄だ。おれは気絶していて、僅かな数の敵兵がお屋敷まで進行してた事さえ知らなかったって言うのに。その時、カヤを守るためメリーは脚に生涯消えない大怪我を負った。
バレットは力を使い果たし、その命が尽きたのだとか。神父はそう言っていたが、こればっかりは信じられない。アイツがそんな事で死ぬなんてどうしても思えないからだ。
この時から街の名前はバレットへの追悼と感謝を込めて〝バレッタ〟と改められた。幸い瓦礫はバレットが攻撃に利用した為、綺麗に撤去されていて街は驚く程の早さで復興していったらしい。
おれは、表向きは騎士団を勇退した事になったようだ。だが実際は……
ワシの名は大海賊〝ウソップ・D・エラマンチャ〟!
行くぞ、パンサ! 巨人同士が決闘を続けているという太古の島へ!
ここが空島か! 誰も信じなかったが確かにあったんだ! さあ、冒険だパンサ!
海底にも国があったとは! ああ、言葉にならない美しさだ、パンサ。
ついに海の最果て〝ワノ国〟に辿り着いたぞ! ワシの名も世界へ轟くことだろう!
それもこれも全て、パンサ。お前が側に居てくれたおかげだ。
どうした? パンサ? 何を悲しむ事があるんだ?
「悲しいんじゃない、嬉しいの。アンタの夢を奪ってしまったってずっと思っていたけど。たとえ夢の中でも、こうしてアンタと冒険が出来たんだから幸せだった……もう、思い残す事もないわ」
なんだなんだ。まるで末期の別れのような事を!
これで旅が終わりじゃないんだぞ。故郷へ凱旋するまでが冒険なんだ!
「そうね。故郷へ帰るまでが冒険。でも、もう
だから、夢から醒めて! 行ってらっしゃい、世界へ!
あの戦争から4年も時が経っていた。
銃弾を受け頭がイカれたおれをパンサはずっと支えていてくれた。ヤソップにブン殴られても正気に戻らなかったおれを、ずっと支えてくれていたんだ。
元々身体が弱いくせに文句も言わず、おれに連れられ島中を巡っていた。無理が祟って風邪を拗らせ床に伏しても、おれの妄言に付き合ってくれていた。
そして最期に、今迄見た事が無い程の満面の笑みを見せて、おれを夢から醒してくれた。
幸せだったと言ってくれたパンサの言葉を受けおれは……。
正気に戻ってからモリア神父やメリーに事情を聞いたが、おれの異常な振る舞いを街の人達は全て冗談だと認識しているらしい。
パンサが上手く言ってくれていたのも大きいが、元々冗談ばかり言っていたおれは
二人と話し合い、おれは
大国間で協定が結ばれ戦争はもう起こらない。騎士団からも
メリーは冒険に出ろなんて言ってくるが、今更一人で旅立つ気力は湧いてこない。おれも歳を取ったな。
今は街の為に出来る事をしないとな。
おれがマトモじゃない間に両親を失ったカヤは部屋へ引きこもっているらしい。
最近まで頻繁に来ていた友達も急に来なくなり、ますます身体が弱っているとメリーが溢している。
あんなに性に合わないと思っていた騎士だが。
──それから1年後、つまり今年。
カヤにホラ話を聞かせたり、知らぬ間に出来ていた〝めし屋〟で街の連中と駄弁ったりしながら過ごしていたある日。
ルフィー達と出会った。
それこそ親と子供程に歳が離れていたが、不思議と気の合う連中だった。冒険に胸を躍らしている所がまた好感を持てる。
おれ達の夢を託せるのはコイツらしかいないと思い、船の所有者であるカヤへ許可を貰いに行った。
当初は頷いてくれたカヤだったが、突如覚悟を決めた顔になり語り出した。
そして、カヤの話を聞きおれは冒険に出る決意をする。
パンサの願い、メリーの夢、カヤの覚悟
ここまで後押しされておいて、おれは
「ワシに構わず撃て! エダ! ッぐっ」
おれはエダへ撃つように叫ぶ。どうせこの海賊はおれ達全員を殺す気だろう。
お前達をこんな所で死なす訳にはいかない。だからエダ、どうか撃ってくれ。
「撃てねェよなァ! 手前ェはさっきから
コイツ、気付いてやがったか。確かにエダは誰も殺しちゃいない。アイツなりに信念があるのかも知れねェが、今その甘さは仇になる。
一瞬でいい。コイツが隙を見せてくれれば
! この気配は!
「へへ、お前の負けだ海賊」
「黙れと言ってんだろ! もう手前ェの化けの皮は剥がれてんだよ!」
「ああ、確かにワシはハッタリの英雄だ……だがなぁ!
甲高い音が数回、左右の岩壁を交互に叩いた。
次の瞬間、海賊の2本あるツノが両方とも弾け飛んでいた。
「〝
一瞬の隙を晒したアイツの眉間へ、おれも鉛玉を撃ち込む。久々に使ったが、やっぱり手に馴染むな。
「これで貸し借りはチャラだ。オヤジ」
遥か遠くの海上に浮かぶ騎士団の船から、そんな声が聞こえた気がする。
とっくにチャラだそんなもんは。
全く、1発撃って弾込めもせず、敵に接近されたおれへの当て付けかよ。
瓦礫を避けての