時々夢を見る。そこで僕は大河ドラマの武士のような格好で女性と話している。暖かな日差しの下で2人、縁側に座っているのをぼーっと映画の観客のように眺める。男は自分だとわかるのに女は誰かわからない。声も顔立ちも、話の内容を思い出せないのだ。ただなんとなく美しいと思っていたことだけは忘れられない。
◯…◯◯、◯◯‼️
「え、はい。なんでしょう」
「なんでしょうって、お前。また、寝てんじゃねーよ」
斉藤の呼びかけで僕は飛び起きた。どうやらとっくの前に授業は終わり、もう放課後らしい。
「◯◯、最近お前夜更かししすぎだぞ。お前、昔ゲームあんまり好きじゃないって言ってたのに、その様子じゃ結構してるようだな」
「あはは、まぁね。なんかハマってしまってね」
近頃、夢を見る回数が多くなっている。昨日だって8時間は寝たはずなのに。
「俺のオススメだからな。当たり前だ」
「まぁ、そんなことより早く帰ろう」
「そうだな、早く帰って続きしてーな」
既に帰る支度が終わっている斉藤を尻目に〇〇は準備を始める。橙色の空の下から聞こえる掛け声の騒々しさで、徐々に意識がこちら側に帰ってくる。
「早く帰ろうぜ。もうちょっとテキパキしろよな」
「ごめん、ごめん。ちょうど終わったし行こう」
2人は部活動生の声がこだまする学校から出て駅へ向かう。空も木々も赤く色づき、いまだに半袖でいることに後悔した。
「あのゲームのストーリー面白いよな。奏と瑞希のあのシーンは感動したわ」
「そ、そうだね」
相槌を打ちながら、僕は夢について考える。あれは一体何なのか。そして、あの綺麗な人は一体…。
その時、◯◯の視界の端で何かが飛んでいった。
「え、蝶?」
「ん、何か言ったか?」
「今蝶がいたんだ」
「は?見間違いだろ」
「間違いない、やっぱり蝶だ」
「おい、待てよ‼️」
僕は追いかける。周りの人を押し退け、無我夢中で走る。なぜかはわからないが追いかけなければならない気がした。あれを追えばあの人の所に…
「◯◯ーー、危なぁぁぁぁぁい‼️」
「えっ?」
気がつくと僕は布団の上で横たわっていた。
「こ、ここは?」
体を起こして周りを確認する。大きな和室、いや日本の伝統的な屋敷のようだ。木造で畳が引いてあり、少し遠くを見ると大きな庭園が広がっている。来たことがないはずなのにどこか懐かしさを感じる。
「大丈夫かしら」
振り返るとそこには1人の女性がいた。桜色の髪に美しい水色の着物を着た、はかない雰囲気を纏う人だ。
(さっきまで誰もいなかったはずなのに…それにこの女性…)
「あ、あなたは、その…」
「うふふ、慌てなくても大丈夫よ。私はあなたの味方だから。私の名前は西行寺幽々子、よろしくね◯◯」
彼女はそう名乗ると、私の横に座り笑みを浮かべる。その微笑みはとても可憐でつい見惚れてしまう。
「そ、その…西行寺さんでしたよね。よろしくお願いします。あの、ところでここは、どこなんでしょうか。」
「ここは幻想郷の冥界にある白玉楼よ。といっても◯◯にはなんのことかさっぱりでしょうけど」
「幻想郷?白玉楼?いや、そもそもなんでこんな所に…。僕は確か斉藤と下校してて…。あれ、それでどうしたんだっけ?」
「どうやら記憶が少し飛んでいるようね。無理もないわ。とりあえず、今は休みなさいな。安心して、◯◯は私が守るから」
そう言うと、彼女は立ち上がり、この部屋を後にする。僕はそんな彼女の後ろ姿をただ眺めることしかできなかった。
白玉楼に来た日からどれくらい経ったのだろうか。幻想郷という異界のような場所に迷い込んだ僕は今も白玉楼のお世話になっている。日本に帰るにはある程度のお金が必要らしく、館の主人の幽々子さんに雇ってもらい、白玉楼の庭師兼幽々子さんの世話係である魂魄妖夢さんの下で働いている。あの日、どうしてここに迷い込んでしまったのだろうか。どうやら部分的な記憶喪失らしく、迷い込む直前の記憶がない。幽々子さん曰く、「ここ」にくる人ではよくあるらしいことらしい。
「幻想郷という異界に迷い込んだんだ。文句言っても仕方ないよな」
そう呟いていると、隣の部屋から声が聞こえた。
「◯◯さーん、次はこっちの掃除お願いしまーす」
「わかりました。すぐ行きます」
そう言い、僕は隣の部屋に移動する。掃除も含めて白玉楼での仕事や生活はとても懐かしい気分になる。古き良き日本という感じがするからだろうか。
「◯◯ー、妖夢ちゃーん。ご飯できたわよー」
台所から割烹着を着た幽々子さんが顔をのぞかせた。
「◯◯さん、休憩しましょう」
「わかりました」
箒をその場に置き、手を洗い、2人で台所へ向かう。台所から香ばしい匂いが漂ってくる。
「今日は焼き魚なんですね」
「幽々子様、食器は私達が。◯◯さん運びますよ」
「2人ともありがとう。お言葉に甘えちゃおうかしら」
幽々子さんの許可を得たので、料理をのせた食器を隣の居間まで運ぶ。運び終えると、3人で食卓を囲み食べ始める。
「幽々子さんの料理は本当においしいです」
「◯◯さん言う通りです。それにしても幽々子様、料理できたんですね。知りませんでした」
「ふふ、また◯◯に食べてほしくてね。練習してた甲斐があったわ」
「て、照れますね。ありがとうございます、幽々子さん」
(また?◯◯さんがここにきてからあまり経っていないはずなのにもうこんなに上達したってこと?幽々子様はやっぱり◯◯さんのことが…お似合いですね)
「◯◯は魚好きでしょ、だから気にいってくれると思ってわ」
「僕が魚好きって知っててくれたんですね。とても美味しいです」
「ありがとうね、◯◯」
全員が食べ終わると、幽々子は食器を洗い、妖夢と◯◯は掃除を再開する。
「そういえば◯◯さん」
「どうしたんですか?妖夢さん」
僕は箒ではわきながら答える。
「◯◯さんは幽々子様のこと好きなんですよね。告白しないんですか?」
「な、な、なんでそれを‼️そんなにわかりやすかったかな?」
「バレバレですよ」(幽々子様もだけど)
「そ、そうなんだ…幽々子さんと一緒にいるととても懐かしい気分になるんだ。なんでかわからないけど」
「そうなんですね。まあ、それはともかく幽々子様も◯◯さんのこと好きなはずです。幽々子様に恥をかかせるようなことはしないでくださいよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。確かに幽々子さんのことは好きだけど、僕は日本に帰らないと。親や弟をおいておくわけには…」
「え?何をいってるんですか?◯◯さんは亡霊だからもう向こうへは戻れませんよ」
「え、今、なんて言ったの?」
「◯◯さん、自分がもう死んでるって気づいてないんですか?幽々子様がてっきり伝えたかと」
「僕が…死んだ?」
「そりゃあ、死んでもいないのにここに来れるわけないじゃないですか。霊夢や魔理沙じゃあるまいし」
自分が死んだ。それを理解した瞬間、頭の中にあの時の記憶が蘇る。
(そうだ、僕はあの時蝶を追いかけてそれで…車に…)
「あ、ああ、ァァァァァァァ‼️」
「ど、どうしたんですか。◯◯さん‼️」
僕は妖夢を押し退け、幽々子の元へ向かう。廊下を全速力で駆け抜け、台所の前に立つ。
「幽々子さん‼️」
そこにはちょうど食器を全て洗い終えた幽々子が蝶と戯れていた。
「その様子だと全部思い出したみたいね、◯◯」
「幽々子さん、そ、その…蝶は?」
「これはね、私の能力の一部で死を誘う蝶なの。そろそろ◯◯に見せようとおもってたから良いタイミングね」
「なんで、あの時の蝶がここに…それに今、死に誘うって…」
◯◯は全てを悟り、絶望し、その場に座り込む。
「そう、あなたを殺したのは私。あなたを白玉楼に連れ込むためにね」
「ど、どうして…どうしてそんなことをしたんですか‼️」
「◯◯、前世ってあると思う?」
幽々子からの唐突な言葉に◯◯は困惑する。
「◯◯は私やここを見て、何か感じなかった?懐かしいとか前にも見たことあるとか」
「ありますけど…それがなんだって言うんです。そんなこと今は関係な…」
「私と◯◯はね、前世で夫婦だったのよ」
「へ?」
「短い時間だけだったけどとても楽しかった、幸せだった。でも、あなたは私を置いて合戦で死んでしまった。本当に、本当に悲しかった。その後、病で死んだ私は亡霊となった。私はあなたをずっと探してたの。白玉楼の管理者になったのもそのためなの。ずっと、ずっと探して、探して探してやっと見つけたのよ。外で元気に暮らしている◯◯をね」
◯◯は幽々子の話を聞き、自分の夢が前世の記憶だと確信した。
「◯◯、あなたの本当の家族は私。今の家族は忘れて私と暮らしましょう。また夫婦で仲睦まじく、今度は永遠に一緒に居ましょう。あなたはもう私と同じなんだから諦めなさい」
「そ、そんな…そんなのあんまりですよ。僕を殺して閉じ込めるなんて」
「ふふ、今は悲しんでてもいずれ私に感謝することになるわよ。前のことは少しずつ思い出していきましょ、あなた」
それからしばらくして、白玉楼に幻想郷有数のおしどり夫婦が誕生した。しかしながら、夫の顔にはどことなく悲しさが佇んでいたという…