「ま、まだ中に子供が」
「俺が行きます。見捨てるわけにはいかない」
「待て◯◯‼️早まるな」
上司の言葉を無視し、燃え盛る炎の中に飛び込む。煙が充満しており、◯◯は咳き込み吐き気に襲われる。玄関や居間は炎が溢れかえっており子供の生存は絶望的だと一瞬思ってしまう。本来なら消防士として行ってはいけない行為であることはわかっていた。しかし、かつて家族が火事で死んでしまった◯◯には子供を見捨てるという選択肢はなかった。
「おぎゃぁぁぁぁ、おぎゃぁぁぁ」
2階から赤ん坊の声が聞こえる。すぐさま◯◯は階段をかけ上り、赤ん坊がいるであろう部屋の前に立つ。そして、熱で変形しているドアノブを握りしめ扉を開ける。その瞬間、◯◯の体は飛び出した火炎に覆われた…。
「うっ、あぁぁ」
「あ、やっと目が覚めましたー」
気がつくと◯◯はベッドに寝かされ、隣には着物を着た少女が座って◯◯の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫ですか?私の声きこえます?」
少女が私にそう問いかける。
「こ、ここは?」
「ここですか?ここは永遠亭ですよ。あー、といってもわからないか…」
「す、永遠亭?そんな病院あったか?うっ、痛ぇ…」
「あーダメです、起き上がったら。あなた今全身火傷だらけなんですよ。幸い顔の火傷はまだ大丈夫ですですけど体の火傷はひどいんだから」
そう言って少女は◯◯を寝かせつけ、立ち上がる。
「今から八意先生達を呼んできますから安静にしといてくださいね」
◯◯は部屋を出て行く少女を眺めることしか出来なかった。
「そうね、思ってたより意識ははっきりしてるようね。優曇華、彼の火傷の具合は?」
「はい、お師匠様。恐らく跡は残ると思いますが、半年もすれば人並みの生活はできると…」
「よかったー、最初この人を見つけた時はもうダメかと思いましたよ」
八意先生と呼ばれた先生とウサギのコスプレをした看護師?のような人が◯◯の容態を確認する。変な格好をしているが行為から医療経験は豊富であるとわかる。
「あのーすみません」
「はい、どうしましたか?」
ウサ耳助手が答える。
「こ、ここは永遠亭?という病院なんですよね。確かここら辺にそんな名前の病院はなかったはずなんですが…いや、そんなことよりも子供は?子供はどうなってたんですか?」
「子供?子供の患者は今はいませんが。小鈴、あなたが彼を発見した時他に人はいたの?」
「い、いえ。お父さんと出かけてたときに人里の外れでこの人を見つけましたけど、他に人はいませんでしたよ」
「ひ、人里…何を言ってるんだ?あんた達は」
話が噛み合っていないことに◯◯は困惑する。
「やはり、外来人ね。まぁ、火事なんて滅多に起きてないのに全身火傷の男が倒れてる理由なんてこれしかないもの。優曇華、説明してあげなさい」
「は、はい。えーあのー、なんて言えばいいんですかね?とりあえずいうと、ここは幻想郷です」
「幻…想郷?」
「はい、あなた方の言葉だと異世界?ってやつです。あなたに何があったのかは知りませんが、あなたはここに呼ばれてきたみたいです」
「今日で退院ね。おめでとう」
「ありがとうございます。八意先生、鈴仙さん」
◯◯が幻想郷に迷い込んでから7ヶ月ほどの時が過ぎた。その間に◯◯はリハビリや幻想郷の勉強などを行い、人里で暮らすことになった。
「さ、◯◯さん、行きましょう」
「待ってよ、小鈴ちゃん」
永遠亭の門を通り抜け、◯◯は久しぶりの日光に感動を覚えた。草木の匂いやそれを運ぶ風から幻想郷が春から夏に移り変わって行くのを肌で感じる。
「◯◯さん、なにぼーっとしてるんですか?」
「あぁ、ごめん。ちょっと感動しちゃって」
◯◯は今日からしばらくの間、鈴菜庵の世話になる。人里での生活に慣れて、正式な仕事が決まるまでの間であるが。
「本当に小鈴ちゃん達には世話になりっぱなしだよ。本当にありがとう」
「な、何をいってるんですか///困ってる◯◯さんを放っておけるわけないですよ」
◯◯と小鈴は竹林の道を2人並んで歩く。筋力の落ちた◯◯の歩きに合わせながらも元気にはしゃぐ小鈴の姿を見て◯◯は思わず笑みを浮かべる。
「◯◯さん、何を笑っているんですか?」
「あーごめん、小鈴ちゃんが可愛くてね」
「や、やめてください////からかわないで‼️」
「あはは、ごめんごめん」
小鈴は◯◯の入院中、3日に一度は永遠亭に訪れ◯◯の話し相手やリハビリの手伝いをしていた。2人とも本好きなことも相まってとても仲が良く、永遠亭の人達からは兄妹のようだとよく揶揄われていた。
「そろそろ人里ですよ。お父さんもお母さんも◯◯さんのこと待ってるので早く行きましょう‼️」
「わ、わかったから、引っ張らないで」
小鈴は◯◯の手を取り走り出す。仲睦まじい2人の間に爽やかな風が通り過ぎていった。
「小鈴さんのお父さん、お母さん、よろしくお願いします」
無事に人里に着いた◯◯は小鈴の住む鈴菜庵の居間に通され、本居家の家族に挨拶をしていた。
「そんな畏まらんでええ。あんたを助けた以上俺達にはあんたを助ける義務があるからな。こちらこそよろしく頼む。だが、俺の小鈴に手を出したら…」
「お、お父さん///」
「あんた、何言ってんだい。ごめんね◯◯君。うちの馬鹿主人が…」
「ええ、大丈夫です。あはは」
畳の上に座り込んで座敷机を挟み、真正面から睨んでくる小鈴の父親に圧倒され◯◯は苦笑いを浮かべる。
そんな父親を宥める小鈴を母親をみながら◯◯は少しの寂しさを覚える。
(もし父さんや母さん、雪菜が生きていたらこんな感じだったのかなぁ…)
「◯◯さん、どうしましたか?」
「あ、いや、大丈夫だよ」
「◯◯君、小鈴から説明してもらったと思うけどうちは貸本屋だから◯◯君には小鈴と一緒に店番をして欲しいんよ」
「◯◯、お前はまだ怪我が完全に治ったわけでもないし、体力だって落ちてるだろ。貸本屋は重労働ではないが本の整理や接客で体力はある程度いるから良いリハビリにはなる。だから頑張れ、後無理はすんなよ」
「はい、お二人とも何から何まで本当にありがとうございます」
◯◯はそういい、頭をさげる。
「だからそんなに畏まらんでええっていっとるやろうが‼️」
「あんたうるさいよ。はぁもう、昔から妙に恥ずかしがり屋なんだから…それにいっつもあんたは…」
「しゃーしいわ、お前は黙っとれ」
「お父さん‼️お母さん‼️」
◯◯は夫婦喧嘩とそれを止めようとする小鈴を眺めながらこれからの生活への希望を感じていた。
◯◯が鈴菜庵の世話になり始めて3ヶ月が経った。そろそろ一人で暮らそうと思っているが小鈴と小鈴の母親に毎回説得され未だに本居家に居候をしている。地球温暖化が進行する日本より比較的暑くないとはいえ、このごろの残暑に◯◯は辟易していた。後もう半年もすれば帰還のための資金が貯まるのでこのまま鈴菜庵の世話になろうかなと思いながら風通しの悪い店の奥で本の整理をしていると、小鈴が話しかけてきた。
「◯◯さん、進捗はどうですか?」
「ぼちぼちだよ、この作業にもだいぶ慣れたしね」
「すみません、任せっきりで」
「いいよ、こんな所で小鈴ちゃんに重いもの持たせるわけにはいかないしね」
「◯◯さん///ありがとうございます。◯◯さんは…優しいですよね」
「そりゃあ、そうだよ。小鈴ちゃんは妹みたいなもんだからね」
「そ、そうですか…」
◯◯の言葉を聞き、小鈴の顔に少し陰が差す。
「小鈴〜、遊びにきたわよー」
「阿求!すみません◯◯さん少し出かけてきても…」
「もちろんだよ、俺のことは気にせず遊んできて」
「はい、ありがとうございます」
そう言って小鈴は阿求の元に行こうとする。
「あ、ちょっと待って」
「どうしたんですか?◯◯さん」
「今日の夜、同じ外来人の飲み会があるから遅くなるんだよ。小鈴ちゃんに言うの忘れてて、後でお父さんとお母さんに伝えておいてもらえないかい?」
「わかりました。飲みすぎないようにしてくださいね。◯◯さん」
「ありがとう、僕から伝えるより小鈴ちゃんから伝えてあげた方がいいからね」(最近、お父さん小鈴ちゃんからなんか避けられてるらしいし。)
「それと安心して。元々お酒は強くないからなるべく飲まないようにしてるんだ。引き止めてごめんね。いってらっしゃい」
「はい、いってきま〜す」
店前の阿求の元は駆け出す小鈴の後ろ姿を見て、◯◯は笑みをこぼす。
「雪菜が生きてたら、あんな風に友達と遊んでいたんだなあ。それにしても小鈴ちゃんはほんと可愛いな」
「おい、◯◯。ちょっとこっちきてくれ」
「わかりました、(小鈴ちゃんの)お父さん。すぐ行きます」
「誰が、お義父さんじゃ 」
◯◯は今の作業をやめ、居間の方へ向かった。
「あ〜もう、◯◯さんの馬鹿」
「わかったら小鈴、早く食べないと溶けるわよ」
「こうなったらやけ食いよ。店員さん、あいすくりんもう一つ」
小鈴と阿求は人里で人気の甘味処で涼みながらしゃべっていた。
「まぁ、◯◯さんは小鈴のこと完全に妹としか見ていないわね。それに後半年もしたら向こうに帰るんでしょ。諦めなさい」
「い、嫌。◯◯さんと離れたくない。それだけはぜっったいに嫌」
「そ、そうなの…それなら何か策を考えないとね」
昼過ぎなこともあり、店内は多くの人が涼みにきていたので騒々しく二人の声が聞こえることもない。
「どうにかして◯◯さんと…◯◯さんのお嫁さんに…」
(小鈴、怖いわよ…)
小鈴の負のオーラを一身に受けつつ、阿求は考える。
(うーん、実際小鈴が◯◯さんに告白したところで◯◯さんが小鈴と恋仲になれるとは正直思えないんだよね。向こうは小鈴を恋愛対象とは見ていないしなぁ)
「あ、そういえば小鈴」
「ん、何?」
「◯◯さんは確か向こうに家族はいないんでしょ。なんで向こうにかえりたいのかな?」
「向こうには家族との…思い出があるからだって。それを捨ててここに残るのは、嫌だって…」グスングスン…
「な、泣かないで小鈴。そのようはその思い出より大切なものを小鈴が◯◯さんにあげればいいのよ」
「大切なもの?」
「そう、それを小鈴が◯◯さんに与えられたら◯◯さんはここに住むことを選ぶはずよ」
「大切なもの…」
「まだ半年はあるんだし、ゆっくり考えましょ。あ、ちょうどあいすくりんきたわよ」
考え込む小鈴の代わりに阿求が店員からあいすを貰う。
「大切なもの…大切なもの…」
「…すず、小鈴‼️」
「え、何?」
「頼んでたものきたわよ」
「あ、ありがと」
「考えすぎよ、食べて落ち着きなさい」
「うん…そうする」
「…」
小鈴はじーっと見つめてくる阿求の目線から逸らしつつあいすを食べる。普段は甘くて美味しいあいすもこの時はすこしばかりしょっぱいように感じた。
この日の夜、小鈴は一人部屋の中で本を読んでいた。ろうそくの明かりを頼りに文字を読みページをめくる。この本は随分前に香霖堂から買い取った外の恋愛小説だ。◯◯曰く、◯◯の妹も昔読んでいたらしい。相手に全く相手にされない主人公が気をひくためにさまざまな策を実行しては失敗を繰り返すコメディ色が強いのも特徴だ。
「おすだけではダメ、時にはひくことも大切、かぁ…」
小鈴が読んでいるところは主人公が意中の人にあえて冷たく接して気をひこうとする話である。
「私も今まで押してきたけど◯◯さんには効果ないしなぁ。あえてひくこともありかな。そうすれば◯◯さんも私のことを見てくれるかも…そういえば昼に阿求が大切なものをあげればいいっていってたなぁ。なにか大切なもの…」
ろうそくの半分が溶け、風の音とページをめくる音だけが聞こえる。
「違うわ、大切なものじゃない。私が◯◯さんの大切なものになればいいのよ。でも、どうやって…」
その時、小鈴にとある考えが浮かぶ。
「そうよ。◯◯さんは大切なものをみんな火事で失っている。家族も前に言ってた赤ちゃんも…だからもし私が生き残ったらきっと◯◯さんは私のことを…」
小鈴はもうすぐ消えそうなろうそくに視線を向ける。ろうそくの炎の最後の輝きは小鈴にとって◯◯との未来への希望のように感じられた。
◯◯は同じ境遇の仲間達との飲み会を終えて、鈴菜庵の方に帰っていた。
「あー楽しかったなぁ。それにしても××さんと◻︎◻︎さん明日帰るんだ」
故郷の家族のことを思い出して◯◯は感傷にふける。
「幻想郷に住み続けたい気持ちもあるけど、俺がいなくなったら誰が墓の世話をするんだ」
小鈴達と暮らしたい気持ちもあるが、◯◯にとって家族の思い出のある日本に帰りたい気持ちの方が強かった。ふと鈴菜庵の方角を見ると空が赤く染まっている。
「え、なんで空が…」
「火事だぁぁぁぁぁぁぁぁ」
その声を聞いた瞬間、◯◯は駆け出した。
(俺は消防士だ。ここが幻想郷であろうと助けないと…)
◯◯が家事の現場に着いたときにはその家は燃え盛っており火は周りにも広がっていた。
「う、嘘だろ…」
燃えている家は鈴菜庵だったのだ…。思わず◯◯は地面に倒れ込む。
「こ、小鈴さーん、お父さーん、お母さーん‼️」
「◯◯‼️、無事だったか」
その時、小鈴の父親が◯◯の方へかけてきた。
「ぶ、無事だったんですね」
「あぁ、なんとか…そんなことより小鈴を見てないか?」
「え?」
「こすずぅぅぅぅぅ」
その時、小鈴の母親の泣き叫ぶ声が聞こえる。
「ま、まさか小鈴ちゃんは…」
「◯◯君、小鈴を、小鈴を見ていない?どこにもいないの」
それを聞いた瞬間◯◯と父親の顔が絶望に染まる。
その瞬間、◯◯は近くにあったバケツの水を被り、鈴菜庵へ駆け出した。
「小鈴ちゃーん‼️ゲホゲホッ」
家の中は火で充満しており身体中が燃えるように熱い。
(もう、2度と失ってたまるか。何のために消防士になったんだ)
「◯◯さーん」
小鈴の声が炎の音にまぎれて聞こえる。
「小鈴ぅぅぅ」
小鈴は昼に◯◯がいた倉庫に隠れていた。小鈴の姿を見た◯◯は小鈴の元は駆け寄り抱き締める。
「よ、良かった。近くにいて」
「逃げようと思ってここまできたんですけど、動けなくて。でも、◯◯さんが助けてくれるって信じてました」
「安心して、絶対に君のことは守るから。さあ、ここから出よう」
「はい‼️」
◯◯は小鈴を抱き抱え入口の方へ走った。ちょうど鈴菜庵から出たとき、鈴菜庵が崩れ落ちてきた。
「小鈴ーー!」
「よかった、本当によかった」
小鈴の両親が小鈴の元へ駆け寄る。幸い、小鈴に目立った怪我はなく一応永遠亭で治療を受けるため向かった。その後、元消防士の◯◯の指揮の元、火事は無事に鎮火した。
「小鈴ちゃん、大丈夫?」
「はい、◯◯さんのおかげです」
「本当に、本当によかった」
火事から数日後、◯◯は小鈴の見舞いに永遠亭に来ていた。
「◯◯さん…」
「どうしたんだい?」
「◯◯さんは元の世界に帰るんですよね?」
「そ、それは…」
「私、今回◯◯さんがいなかったら死んでいました。◯◯さんがいなかったらと思うと…」
「…」
「お願いです。ここにいて、私とずっとここにいてください。◯◯さんは私のことを妹みたいだって言ってくれましたよね。私じゃ妹さんの代わりにはなれないかもしれないけど、私のことをこれからも守ってください…じゃないと私、私…」
「小鈴ちゃん‼️」
泣き崩れる小鈴を見て◯◯は小鈴を抱き締める。
「俺が小鈴ちゃんを守るよ。今まで守れなかった人達の分も含めて…」
「◯◯さん…」
小鈴も◯◯を抱き返す。◯◯に抱きついている小鈴の顔は狂気染みた笑顔で満ちていた。