「◯◯さん、毎回本当にありがとうございます。◯◯さんのおかげでこの子達も元気になりました」
「いえ、獣医として当然のことをしたまでです。とりあえず、妖怪はどうなのかは知りませんが、一般的な生き物は日光を浴びないと不健康になります。ですので、時々でいいので地上で散歩させることをお勧めします」
「わかりました。この子達や妹と相談します。◯◯さん、次回もよろしくお願いします」
「了解しました。では、私はこれで」
そう言い、◯◯は地霊殿を後にする。◯◯は数ヶ月前に幻想入りした外来人で、今は旧地獄で小さな診療所を開いている。◯◯は外の世界では獣医学部を数年前に卒業した獣医師で、地方の動物病院に勤務していた。
「よう、◯◯じゃないか」
地霊殿からの雑踏な帰り道、◯◯は声をかけられたのでそちらの方に顔を向ける。そこには大きな一本の角を持つ大柄で美しい鬼が酒を飲んでいた。
「勇儀さんでしたか。ご無沙汰してます」
「おう、相変わらず人間のくせに妖怪からの仕事をしているのかい。真面目なことだねぇ」
「いえ、そんな。私はただ獣医師として当然の義務をはたしているだけですよ」
◯◯はいつも通り、謙虚に答える。
「あははははは、そうかいそうかい。ほんとけんきょだねぇ…まあ、それはそれとしてみんな◯◯には感謝してるよ。あんたのおかげで店の食品管理がまともになって美味い飯が多くなったしね。私達鬼もあんたには頭が上がらないよ」
「食品の衛生管理も獣医師の仕事の一つです。当たり前のことですよ」
「律儀なこった。すまないね、引き止めて。今度酒でも飲もうや」
「是非、お願いします」
◯◯は居酒屋にいる勇儀に別れを告げ、騒がしい旧地獄の大通りを歩く。大通りでは様々な店から美味しくもどこか妖しい匂いが漂い、多くの妖怪達がいつも通りのお祭り騒ぎではしゃいでいた。
「◯◯、こっちで一杯していかないかい?」
「◯◯さん、私達と一緒に飲みましょ♪」
「◯◯、この前はありがとね。おかげで店が綺麗になったから繁盛してるよ」
◯◯は道行く途中で様々な妖怪達から声をかけられる。◯◯が旧地獄に来てからそれほど長い時間は経っていないが、獣医師としての知識と経験を総動員して旧地獄の公衆衛生や動物達の健康状態を良くしていたので、みんなから気に入られていた。
「ふん、妬ましいわ」
◯◯は旧地獄の橋を渡る途中、ある妖怪からこう言われ立ち止まる。
「パルスィさん、ご無沙汰です」
◯◯を呼び止めたのは旧地獄の橋の番人をしている水橋パルスィであった。
「あの日幻想入りして途方にくれていたくせに、今では人気者とか妬ましいわ」パルパル
「いえ、私は別に…それはそうとその節はありがとうございます。ここに来て最初に出会ったのがパルスィさんで本当に良かったです」
「なっ////そ、そんな嬉しそうに言わないで、妬ましいわ///さっさと帰りなさいよ」
パルスィは照れているのを隠すためにそっぽを向きながら、◯◯を突き放すような態度を取る。
「わかりました。ではまた今度お会いしましょう」
◯◯はパルスィに別れを告げると家の方向へ橋を渡る。パルスィはそんな◯◯の後ろ姿を見つめながらため息をつく。
(相変わらず妬ましいわ。私に対して一切の負の感情を持たないなんて…本当に妬ましい/////)
パルスィは嫌われ者の多い地底の中でも能力ゆえに特に敬遠されているが、それを一切気にせず話しかけてくれる◯◯に好意を抱いていた。しかし、生来のツンデレだったのでその気持ちをお得意の「妬ましい」に置き換えて自分の気持ちに嘘をついていたのであった。しかし、このお話は東方ヤンデレ物語であるのでパルスィもちゃんとヤンデレになります。読者の皆さん、安心してください。
「作者なのに作品に登場するなんて妬ましいわ」ジロ…
す、すみません…
地霊殿の診察の帰りにパルスィと会った数日後、◯◯は勇儀と旧地獄の大通り沿いの店で2人で晩酌をしていた。その店は旧地獄の中でも特に人気で、様々な人妖が思い思いに酒や料理を楽しんでいた。
「勇儀さん、今日はありがとうございます。それにしてもここのお酒は強いですが美味しいですね」
「ああそうだろうそうだろう。あんたは人間にしては酒強いから一緒に飲んでて楽しいしな。今日は朝まで飲もうや」
◯◯と勇儀は定期的に2人で酒を飲む仲であり、勇儀は◯◯の礼儀正しさや誠実なところをいたく気に入っていた。だから、今回のように勇儀が◯◯を酒の席に呼ぶのは珍しいことではない。しかし、そんな2人を背後から物陰に隠れて見つめる妖怪がいた。
(何よ、勇儀にデレデレして…ああ、妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい)
その圧倒的な負のオーラを出していた観察者はパルスィであった。パルスィは普段から橋姫という種族の性質上地底の橋にあることが多いのだが、今日は◯◯が勇儀と2人で酒を飲むと聞いてそれを確かめようととんできたのであった。
◯◯は人間であったので気配に鈍感でパルスィの存在に気づかなかったが、勇儀はパルスィそれに気付いてはいた。しかしながら、パルスィを気にすることはなく◯◯と酒を酌み交わしていた。
「何よ、◯◯のやつ。勇儀と仲良くして…私と一緒に酒を飲んだことなんて少ししかないのに…ああ、妬ましい、妬ましいわ」
結局、パルスィは◯◯と勇儀が別れるまで物陰に身を潜めており、今は嫉妬のオーラを全開にしながら家路についていた。パルスィの能力の影響を受けたくないためパルスィの周りには一人として妖怪はおらず静まり返っていたが、そこに一人の妖怪がパルスィに声をかけた。
「おい、パルスィ」
「ばるぱるぱる…ん、何よ。私に声をかけるなんて妬ましいわね」
パルスィは声の主を確かめるため後ろを振り向く。そこには大きな盃を持った一本角の大妖怪、星熊勇儀が立っていた。
「勇儀…相変わらずね、妬ましいわ」
「おう、パルスィ。お前も相変わらずだな。まぁそんなことはいいんだ、◯◯とじゃ物足りなくてねぇ…飲もう」
「何よ、◯◯と飲んだことを自慢しに来たの。妬ましいわね」
「あははははは、私がそんなことしないのはパルスィだってわかってるだろ。そんなことより飲もうや」
「わ、わかったわよ、全く妬ましいんだから」
勇儀の強引な誘いにパルスィは仕方なく誘われるふりをするが、内心では構ってもらえて嬉しいのであった。2人は近くにあるいきつけの店に入り、酒とつまみを頼む。しばらくすると、甘い香りのする日本酒とそれに合う辛いつまみが出されたので、2人で酒を交わす。時間が経ち、お互いある程度の世間話をした頃、勇儀がパルスィにあることを質問する。「パルスィお前さん、いつ◯◯に告白するんだい?早くしないと他の妖怪に取られちまうのはわかってるだろ」
「な、な、なんでそんなことをしなければいけないのよ////第一私はあんな人間のことなんて////」
「…よくそれで隠しきれていると思っているんだい。パルスィが◯◯を好いているのは旧地獄の奴は大抵知っているさ」
パルスィの隠す気すらないのではないかと思ってしまうほどの想いの隠し方に勇儀は呆れる。
「な、何よ。まぁ、良いわ…そうよ私は◯◯のことが好きよ。私に一切の負の感情を持っていない◯◯が妬ましくて好きなのよ」
「妬ましいだけで解決しないことだともわかっているんだろ、お前さんは。◯◯は人間だがここじゃ人気者だ。◯◯を無理矢理妖怪にして自分の物にしたいと思っている奴は結構いる。それ自体は別に否定しないし、早い者勝ちってやつだ。それにそうでもしないと◯◯はいずれ外へ帰るだろうしな。でもなパルスィ、私はお前と◯◯が一緒になってほしいと思ってる」
「ゆ、勇儀…どうしてなの?」
「なぁに、ずっと独りぼっちだったお前さんに初めて好きな人ができたんだ。応援するのが友人ってもんだろ」
「その優しさ妬ましいわ、本当に妬ましいわ。でもありがとうね、勇儀」
「やろうとすれば素直になれるじゃないか。そういえばさとりが言ってたな。「周囲の者をねたんでいるけれど、心の奥底ではみんなへの尊敬や憧れをちゃんと持っている、みんなが思っているよりもずっと優しい子」だとよ」
「な、な、何よそれ////それって私のこと⁉️ふざけないで。ああ、もう妬ましい妬ましい妬ましい」
「あははははは、悪いね、からかい過ぎた」
そうして勇儀はパルスィの頭をガシガシ撫でながら酒を飲む。パルスィは口ではそんな勇儀を拒絶するが内心は満更でもなかったのであった。
勇儀と別れ、家に帰ったパルスィは1人◯◯のことについて考えていた。
(◯◯と確実に恋仲になる方法…一つだけある。やっぱりあの方法しかないようね。私が羞恥心を捨てた上で能力を使えばきっと成功するはず。恥ずかしいからしたくなかったけど今日の勇儀との会話で決心はついたわ。それに◯◯が帰った後じゃ遅いし。やるしかないわね)
いつもは嫉妬心満載であるパルスィであったが、◯◯を手に入れるために覚悟を決めるのであった。
翌朝、◯◯は朝早くから診療所を開けた。今日は地霊殿からの仕事もなく、また他の仕事もないので暇な1日となるはずであった。しかし、そんな◯◯にある妖怪が訪ねてきた。
「暇そうね、◯◯」
「パルスィさんじゃありませんか。珍しいですね、どうかしましたか?」
普段は橋の上にいることが多い、パルスィが朝早くから◯◯の所に来るのは珍しいので、◯◯は何かあったのではないかと思い身構える。
「別に何もないわよ。ただあなたの仕事の手伝いをしようと思って///」
「そうだったんですか。わざわざありがとうございます。しかし、今は何もすることがないので大丈夫ですよ」
◯◯はパルスィからの好意に感謝しつつも申し訳ないので断ろうとする。しかし、パルスィはそんなことはお構いなく診療所の中に入ってきた。
「今は何もなくてももしかしたら人手があるかもしれないじゃない。いいから手伝わせなさい。これ、片付けおくわ」
パルスィは机の上に乱雑していた資料を整理すると本棚に片付ける。その様子を見た◯◯はパルスィの言葉に甘えることに決め、パルスィと資料の片付けをするのであった。
パルスィが◯◯を手伝い始めてから数週間が過ぎた。その間、パルスィは毎日◯◯の診療所に通い詰めていた。実際、パルスィのおかげで診療所の作業効率は1人の時より向上しており、◯◯は非常に助かっていた。今日は地霊殿の動物達の定期検診があり、その帰り道◯◯は見知った後ろ姿を見つけた。
「勇儀さん」
「お、◯◯じゃないか。さとり達の所か」
「はい、そうです」
「なら今は暇だな。少し付き合わないか?」
「ええ、構いませんが」
◯◯と勇儀は近くの甘味処に入り、物語りをすることにした。旧地獄にしては閑静な甘味処であったが、その雰囲気が◯◯に好印象を与えていた。
「たまには酒のない店もいいかもねぇ。そういえば◯◯、最近パルスィがよくきてるらしいな」
「はい、本当に助かっています。パルスィさんにはここにきたばかりの時から助けてもらってばかりで…」
「あいつが最初にお前を助けたのは偶々だろうさ。でも、今あいつがお前さんを助けているのは違う理由だ。分かってるはずだろ、見た感じ鈍いタチではなさそうだしな」
「…私はいずれは外の世界へ帰る身です。ですのでパルスィさんの想いに応えるわけには…」
「そうかい、それは残念だな。でもな◯◯、どんなに自分にその気がなくとも自分を好いた相手が他の男と仲良くしてるのを見て良い気分になる男はいない。妖怪も人間もそこは変わらんさ。だから後悔はするなよ」
勇儀はそう言い残して席を立ち、店を後にする。
「パルスィ、後は頑張れよ」ボソッ
◯◯は勇儀の背中を眺めつつ、先程の言葉を反芻させる。
(確かにその通りだ。今まで考えたことなかったがパルスィさんが他の男性と仲良くするのを想像するのは辛い。しかし私はいづれ帰ると決めた身、こんなことを考える必要はな…)
その時、◯◯の視野の端に何かが映った。それを見た瞬間、◯◯は食べかけの団子を放り出し店の外へ出る。外へ出た◯◯は目が捉えたものの正体を確認した。それは男の妖怪の腕に自身の腕を絡めているパルスィであった。それを見た瞬間、◯◯の心の中に嫉妬という激情が嵐の如く吹き荒れた。
「パルスィさん‼️」
◯◯は人の往来が激しい通りの真ん中で大声を張り上げる。
「あら、◯◯じゃない。どうしt…」
「パルスィさん‼️」
◯◯はパルスィの側まで走るとパルスィと男を引き剥がし、パルスィを抱きしめる。
パルスィは突然の事にも関わらず、まるで◯◯がそうするかと分かっていたかのように優しく抱きしめ返す。◯◯を抱きしめるパルスィの顔はとても幸せそうであったが、どこか狂気に満ちたものであった。