機動戦士ガンダム Living Days   作:すからぁ

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SIDE:レイ。
彼の悩みは無くなったかに思えた。しかし――


第九十話 変化する関係

 レイは、ヒューナと一夜を過ごした後、明け方に自宅に帰って来ていた。彼はインターホンを押し、そこに映ったカレンの姿を見て言う。

「ただいま……」

今のレイにとっては勇気のいる言葉だ。だが、それに対して、

「何しに帰って来たの」

母親の言葉は冷たい。その言葉がレイの心に突き刺さる。が、それでも彼は真実を知ってもらいたい一心で言った。

「母さん達に聞いて欲しい事があるんだ。」

「え?」

突然のレイの言葉に母親は首を傾げた。そして母親は彼を家に入れ、リビングへ行く。

 

 リビングでは家族全員が集まっていた。長女のリリア、次女のミィス、そして母親のカレン。キレス家の女性陣に囲まれたレイは、最初は俯いていたが、やがてレイは静かに口を開けた。

「わざわざ家族を集めて、何が言いたいの。」

カレンは冷たく言う。リリアはその言葉を聞き、レイを心配そうに見つめた。

「僕の事について言っておきたいと思う。僕はもう、家族に何も隠すつもりもないから。」

レイは心に決めていた。もう隠さない、隠す必要はない……そう心に決め、レイは深呼吸をした後にそっと口を開ける。

「……僕は……普通の人間じゃない。アドバンスドタイプっていう、特別な人間なんだよ。」

その言葉を発するのにどれ程の勇気が必要であっただろうか。アレンやジャンヌの言葉もあったのだが、何よりも彼と関係をもったヒューナ・エリアスの言葉が、レイに勇気を与え、家族と向き合う決意をさせたのである。

彼が言葉を発した後、その場が静まり返った。そして、誰もがレイの発言に対して耳を疑った。レイはこの空気が嫌だった。間違いなく、信じてもらえていないのだろう……と、思った為だ。

「多分、何を言っているのか分からないと思ってるでしょ。うん……無理もないよ。でも、ちゃんと聞いて欲しい。それと、今まであった事も、全部包み隠さず言うよ。」

自分から言った以上は、最後まで言うべきだと思い、レイは自分自身にあった出来事を語った。

 一昨年の十二月にMSであるアインスガンダムに初めて乗った事、そしてそこからセイントバードと同行してガンダムに乗って戦っていたという事、一度帰って来た後も再びセイントバードと同行したという事……そして、自分自身の力の詳細を、包み隠さず言った。

 彼からそのような言葉が出る度に、カレンは頭を抱えた。その隣にいるリリアはそのような母親の姿を見て青ざめていた。ミィスも、レイの言葉が信じられない様子だった。

「……以上が、僕の全て。決して、この家が嫌だから家出をしていた訳じゃないんだ。信じられないだろうけど、全部本当の事なんだよ。僕を信じて欲しい。今まで隠していたのは悪いと思ってる。でも……もう言わなきゃ駄目だって、思ったから言ったんだ。」

レイは内心不安を感じていた。あまりに非現実的な話を続けて、変な人間だと思われないか……と、思っていた。

 だがその不安が現実のものとなってしまう。

「ごめん、レイ……私、精神病院に貴方を連れて行った方がいいかしら……どうして……なんで……どうしたのよ……何があったのよ!!!なんで頭おかしくなっちゃったのよ!?」

カレンはそう言ってリビングから去った。信じてもらえなかった悲壮感と、母親から見放されたような絶望感が同時にレイに突き刺さった。

「……そんな……」

真実を述べたのに、それを否定されたレイの顔は、青ざめていた。そしてテーブルに顔を伏せ、頭を抱えた。

「嘘だ……こんなの……嘘だ……!」

彼は混乱状態だった。よりにもよって母親に信じてもらえないという感覚が、レイを苦悩へと追い遣った。

「……!」

その時、レイの目には台所の包丁が映った。それを見たレイは立ち上がり、その包丁を取ろうとする。レイは自分自身を傷付け、せめて自分がアドバンスドタイプである事を母親の前で証明しようとしていたのだ。

 最早その行動そのものが異常だ。それを見て、本能的に危機感を抱いた一人の少女が、動く。

「やめてぇ!!!」

姉のリリアがレイの行動を止めたのだ。

「何をするの!?まさかお母さんを殺す気!?」

「違う!せめてぼくが普通の人間じゃない事を証明するんだ!その為には母さんに僕の血を舐めてもらうしかないんだ!!!嫌でも分からせなきゃ……僕は本当の事を言ったのに信じてくれないなんて!!!」

リリアの静止を振りほどこうとするレイだったが、リリアは彼を離さない。

「そんなもの見たってお母さんが余計に狂っちゃうだけよ!!!私、レイを信じるから!落ち着いてよレイ!!!」

「嫌だ!母さんが信じてくれないなんておかしいよ!信じられないかもって念を押して!覚悟の上で話したのに!なんで……なんで……なんで母さんは僕を信じてくれないの!?」

自分が辿った経緯を信じない母親に対し、レイは様々な感情を抱えていた。信じてくれないという母親への憎悪と、どうしても信じて欲しいという母親への愛情。そして自分を否定されたという絶望。レイは気が狂いそうだった。母親が彼を否定するという事は、自分自身を否定されているようでならなかったからである。

 レイは錯乱している。正常な判断が出来ない。故の行動だ。明らかに異常であり、恐ろしい状況が目の前で繰り広げられている。彼自身も、恐らく分かっていないのだろう。

「いい加減にしてよ、レイ!!!」

大声でリリアがそう言った時、レイはリリアの表情をじっと見た。そして、リリアは悩むレイを静かに抱き締める。

「お姉ちゃん……?」

「私、レイを信じるから……お母さんは少し混乱してるだけなんだよ……だからあんなこと言っちゃっただけ……きっとそうだよ。だから少し経てば現実を受け入れると思う。だって、一番辛い思いをしたのはレイだけだから……」

「でも……僕……」

やはり母親に否定された事実が辛いのか、レイは目に涙を浮かべた。

「辛かったんだね……怖かったよね……だってMSなんて……あんなものに乗って戦ってたんだよね……それを否定されるって……理不尽だよね……」

MS……それは軍が所持する兵器。この世界における戦争の象徴。軍以外にもMS乗りが所持する兵器として、世界中に存在している。だがレイ達の家族のように、戦争とは無縁で平和な生活をしている人間からすれば無縁の話。そのような兵器にレイはこの一年程搭乗し、戦っていた。全ては自分や、仲間を守る為に。

 ごく普通の日常生活を歩む筈だった少年は、成り行きで乗ったアインスガンダムという名のMSという存在によってその道を閉ざされた。今でこそ彼は元の生活に戻っているが、その戦いの中で覚醒した自身の力が彼を更なる非日常へと追い込む。そして、事実を述べて母親に拒絶される絶望感が、安寧の場所に居る筈の彼を、更なる非日常へと追い遣ったのだ。帰って来てから様々な思いが入り乱れ、レイは狂いそうになっていた。

 しかしリリアはレイを信用した。それは、レイにとって救いだった。

「信じてくれるの……?」

「うん。だってさ、レイが出鱈目な事言う訳ないじゃない。レイは昔から優しい子だって、みんな知ってるんだから。証拠がどーのとかって、聞かないよ。信じてるから。ね、ミィス。」

一連の光景を見て恐怖のあまりに泣いていたミィスにリリアは話を振った。ミィスは最初動揺していたが、姉の言葉を聞き、静かに、

「……うん……」

と頷く。

「レイは大事な家族だよ。どんな人間だろうが、今までにどんな生活を送ってきたかなんて関係ない。」

「姉さんは……優しいな……僕、こんなに優しい人達に囲まれて生きてきたんだね……」

レイは涙を拭い、言った。ヒューナの時もそうだったが、彼女はレイを信じた。リルムは自分の力の事は知らないが、一緒にセイントバードの中で行動していた事を知ってくれている。自分の事を知ってくれているという事実が、辛うじて彼を支えたのだ。

「でもお母さんが立ち直るには少しばかり時間は掛かると思う……でも、レイはいつも通りに過ごせば良いんだから、気にする必要はないよ。何かあれば私がフォローするからね。」

「うん、ありがとう……駄目だな、僕は……これでも僕、以前までMSに乗って戦ってたんだよ?なんだか……情けない……こんなんで……」

「そんなの、関係ないんじゃない?」

「なんか僕、女の人にばっかり頼ってる……」

「気にしなくていいよ。誰だって悩む時は悩むし。悩みは相談して、解決すればいい。溜め込んでたら自分を追い込んじゃうよ。」

「そうなのかな……」

レイは事実を伝えた。その結果母親はショックを受けてしまい、レイに罵声を浴びせたが、リリアはレイの言葉を信じた。それが今の彼には何よりも嬉しかった。自分を受け入れてくれる人間が居る……それだけでもレイは救われた気分になった。

 しかし、レイは自分の身体の事を完全には受け入れられていなかった。その為、下手に彼を特別扱いするような台詞を発するとレイの精神状態が不安に陥る可能性がある。真実を知ったリリアやミィスは、レイにそのような気を遣ってこれからは接する必要があるのであった。

 

 

 

 翌日。レイは学校へ行く決意をしていた。この様子から、少しずつ前向きになる事が出来ている事が分かる。

(……ご飯、今日もない……朝からお腹が空くなんて……)

母親であるカレンはレイの発した言葉がショックだったのか、昨日の晩から料理を作っていなかった。その様子を見る度に、レイの心は傷付いた。

「お母さんは私が言っておくから、レイは学校に行って、普通に過ごせばいいんだよ。じゃあ、行ってらっしゃい。」

リリアは笑顔で玄関に立ち、彼を見送る準備をしようとしていた。

「うん……行ってくる。」

レイは作り笑顔でリリアに返した。久しぶりに学校へ通う気になれたレイだったが、内心では不安な部分もあった。自分の事を〝光る人間〟だと馬鹿にする人間がいないかが不安だったのだ。いくら彼が力を持つ人間であり、強い力を秘めているといってもそれはあくまでMSに乗った時の話。日常生活においてはこのような力は必要が無い為、仮に人に罵声を浴びせられたりしても何も抵抗する事等、出来なかったのだ。

 

 

 

 ベレーナジュニアハイスクール内にて。レイは不安げな表情で教室に入る。

(見られてる……やっぱり僕……でも……!)

急に休んだかと思ったら、急に姿を見せたレイは生徒達からの注目の的だった。彼の姿を見て、ひそひそと話をする者達の姿もあった。その姿がレイの目に映り、彼は傷ついたが、それでも自分の席に着き、持参してきた鞄の中身から筆記用具を取り出す。

その様子を見たモークが、レイに挨拶をした。

「レイ!お前なにやってたんだよー!」

久しぶりに見るモークの姿を見て、レイは作り笑いをして言った。自分に挨拶をしてくれる人間に対して無愛想な態度を取る訳にはいかないという、レイなりの心遣いだった。

「あ、おはよう……ちょっと色々とあってね。でももう大丈夫だよ。」

そうは言うが、彼はまだ大丈夫ではなかった。しかし無理をして平然を装った。

「そう言えばリルムは?」

「まだ来てない。てか、いつもより遅ぇなあいつ。」

そう言ってモークは腕時計をちらと見た。いつもなら来ている時間に来ないリルム。風邪でも引いたのか……と、レイは思った。

 だがその時だった。レイがリルムの姿を見たのは。レイはリルムが彼の前を通り過ぎようとした時に挨拶をしようとする―――

「おはよ――」

「……」

すると、リルムは彼を思い切り無視をした。明らかに聞こえている声でレイは言ったのにも関わらず、リルムは素通りをしていたのである。

「あれ……リルム……?」

明らかに彼女の様子がおかしい事が、レイに分かった。一方で、モークには普通に挨拶をしている。心配してくれていた時にメッセージを送らなかったのがいけなかったのか?原因は不明だが、とにかくレイはリルムの様子が気掛かりだった。

(どうして?メッセージのせいかな……だったら後で謝らないと……)

今のリルムはどうにも声が掛け辛い。レイは様子を見て、今は声を掛けない事にした。

 

 今の時期は殆ど自習時間が多い。自習と言っても、教師が監督をしているので自由に行動できる訳ではなかった。クラスメイトのほとんどが今後の進路に向けて勉強をしている者が多い中、レイはリルムの事が気がかりでならず、勉強に集中できていない。ただでさえ母親との溝が埋まっていないのに、新たな悩みを抱えてしまったレイは、大きな溜息を吐いた。

 彼はちらとリルムを見る。彼女は教科書を開き、黙々と勉強をしていた。席の前にいる女子生徒に勉強に関して不明な点を聞きながら問題を解いている。彼はそのように行動しているリルムを、ただ見る事しか出来なかった。

 

 それから時間が経過し、昼休みの時間になり、皆が食堂へ行き出す頃、レイはリルムの元へ行った。自分の勘違いに違いない……と、自分に言い聞かせてリルムに対して口を開いた。

「あのさ、リルム……怒ってる?」

「……」

レイが喋っているにも関わらず、リルムは無言だった。明らかに怒っているのが分かった。

「その……メッセージの事で怒ってるのかな?ごめん、ちょっと事情があったんだ……でも、もう大丈夫。大丈夫だから……」

「……」

すると、リルムは黙ったまま立ち上がり、そのまま彼女の友人と食堂へ向かってしまった。何で怒っているのかが全く分からず、レイは困惑するばかりであった。

「お、お前やらかしたか?あーあ、何やってんだよ。メッセージを送ったのに返さねえからだぞ。」

モークが冷やかすように言った。しかしレイにはその声は届いていない。

(なんで……どうしてリルムは怒ってるの……?)

レイに心当たりがあるとすれば、彼が悩んでいた時に送って来たメッセージに対して返信をしなかった事ぐらいである。しかしそれに対しては彼は既に謝っているのだが、それが未だに許せないのか、他に別の要因があるのか?彼は模索し続けたが、心当たりがなかった。

 結局その昼はモークとトランで昼食を済ませる事にした。モークとトランが会話をする中、レイは何も喋る事が出来ていない。

「受験だりぃな」

「でもハイスクールには行っておくべきだと思うぞ。」

「でもよー……」

その会話に入る事無く、レイは黙々と購買部で購入したサンドイッチを食べていた。

 

 昼休みが終わり、午後も自習時間だった。その時間が終わった後、やがて放課後となった。その間、レイは一度もリルムと会話を交わしていない。彼女といることが、気まずく感じるようになってしまったのだ。何故レイを無視するのか、理由も聞けず、レイはただ、困惑するばかりである。

 レイは図書館内で勉強をしようと残っていた。そして彼が勉強をしようとした時、勉強に必要な筆記用具を教室に忘れた事を思い出して、急いで教室へ戻った。

 

 走って教室に戻ってきたレイ。既に皆帰宅しており、誰も居ないように思われたその教室に、リルムが一人、居た。彼女は日直で、最後まで残っていたのである。その事を知らなかったレイは、今、会う事が気まずいリルムと鉢合わせしてしまったのである。

 以前は彼女と会う事に何の戸惑いも感じなかったレイ。しかし今、彼女に会う事は彼に戸惑いしか与えなかった。

だが、教室には二人だけ。これはつまり、彼女から何故自分を避けているのかを聞き出すチャンスである。レイは彼女と縁を戻したいという一心で、再び彼女に声を掛けた。

「リルム……」

「……」

またしてもリルムは黙る。だが、そんな彼女の沈黙にめげずにレイは言う。

「どうして僕を避けるの?何か言ってくれないと分からないよ!僕が知らない間にリルムに悪い事をしたのなら謝る!だから理由を言ってよ!」

レイは必死にリルムに懇願した。が、それでもリルムは語ろうとしない。寧ろ冷たい目でレイを見るだけだ。

「そんな態度をされたら僕はリルムにどう接したらいいか分からないよ……」

「ねえ。」

リルムは突如口を開いた。レイは口を閉じ、リルムの言葉に耳を傾ける――

 

「気持ち良かった?」

 

「え――」

リルムの口から出たその言葉は、レイを動揺させるのに十分過ぎる効果を秘めていた。

「お姉ちゃんとして、気持ち良かった?」

「な……何を……言ってるの……?」

リルムの言葉がレイにとって恐ろしく感じられた。ヒューナとの行為の話を突然し始めたリルム。彼女が、何故その話をしたのかが分からない。

「あんなに喘いでたもんね。びくびくって身体を震わせてさ、お姉ちゃんにリードされて、女の子みたいな声出して……凄く良かったんだね。割と具体的に言えてるでしょ。だってさ、頭に焼き付いて離れないんだよ。あの場面が私の中でね。」

「なんで……どうして……」

ヒューナとの行為の事を何故リルムが知っているのかが、レイには分からなかった。まさかヒューナがリルムにばらしたのか?疑うレイだったが、リルムから発せられる言葉はヒューナから聞いたような台詞ではなかった。まるでその場を覗いていたような、妙な臨場感があった。

「必死に腰を動かして、お姉ちゃんにしがみついて……いやらしいね。」

「やめてよ!」

リルムからそのような言葉を聞きたくないと思う余り、レイは頭を抱えた。そして頭を横に振り、否定するように言った。

「違う……違うんだ……」

「何が違うの?本当の事じゃない。」

「なんでリルムが……そんな事……」

彼は、リルムが行為の話をする事に対し、恥ずかしさを感じていた。だが何よりも驚愕したのは、何故彼女がその事を知っているかである。彼女の口から発せられる台詞は、明らかにヒューナの口から語られたものではない。行為を見たかのような口ぶりである。

「なんで知ってるか、教えて欲しい?」

レイの返事を待つ事なく、リルムは言った。

「見てたからだよ。二人のしてるトコ。」

「見てたって……?」

リルムの言葉にレイの表情は曇っていく。

「お姉ちゃんから聞いてたんじゃない?その日はお父さんもお母さんも私もいない日だって。でもね、その日友達が用事があって、夜中に帰ってくる事になったの。お姉ちゃんは寝てるだろうと思って連絡も入れずに帰ってきたらさ……まさかね、二人がそんな事をしてたなんて……ちなみにあの部屋のドア、実は僅かに開いてたんだよ。そして私は覗いて、その最中のお姉ちゃんと目が合った。レイは何も知らないでずっと喘いでたけどね。」

「そ……ん……な……」

レイの視界が白く染まっていくようだった。ショックのあまり、気が動転していたのである。

「ショックだったよ。まさかレイがお姉ちゃんとしてるんだもん。びっくりした。それと同時に裏切られた気持ちになった。これがよくメディアのバラエティ番組とかで見る、浮気なのかな?でも、その浮気相手が私のお姉ちゃんってのにもびっくりしたけどね。」

「違う……違うんだ……あれは……」

必死に首を横に振り、リルムの言葉を否定しようとするレイ。だが彼がした事は全て事実である。その彼の動作に対してリルムは怒った。

「何が違うのよ!!!」

激昂するリルムこれ程彼女が怒ったのは、初めてだ。幼馴染である彼らだが、このような怒号は聞いた事がない。

「違うんだ!あれは……姉さんから誘われて……」

「誘われたからして良いっていうの!?あんな光景見せ付けられてさ、私、気が狂いそうだった!今でも夢じゃないかって思うぐらいなんだよ!でも夢じゃない!こんなのおかしいよ!いつも見ているお姉ちゃんとレイがそんな事している光景見せられてね、頭から離れないんだよ!?それにこんな恥ずかしい事お父さんにもお母さんにも相談出来る訳が無い!!昨日にお姉ちゃんに全部聞いた!それでお姉ちゃんが憎く感じた……」

彼女はヒューナから既に事情を聞いていた。彼女は動揺するレイに対し、その時の事を話そうとしていた。

 

 

 

 それはレイとヒューナが行為をした日の昼の出来事だった。既に夜中に目を合わせていたリルムとヒューナ。リルムはそれがショックで部屋に籠っていたが、ヒューナは彼女の部屋に入り、口を開けた。

「見てたね、リルム。」

「……」

「まさかあんた、夜中に帰ってくるなんて思わなかった。」

「……」

「多分、凄くびっくりしたんじゃない?私がレイとシてる所見たんだもんね。」

「……」

リルムは黙り続けた。ショックで混乱している中で姉が堂々と彼との行為について語り出すからである。

「何か、言いたい事はないの?」

悪びれる様子も見せないヒューナの言葉を聞き、リルムは苛立ちを見せた。そして彼女はすっと立ち上がり、ヒューナに言った。

「なんで……レイと……あんな事……」

ショックのあまり声を張って出す事が出来なかったリルム。その声はどうにかヒューナには伝わっていた。

「あんたがレイと距離を縮めようとしないから私が食った。ただそれだけ。」

「なんで悪いと思わないの?お姉ちゃん、分かってる筈でしょ……私がレイと付き合ってるって……」

 幼馴染であり、恋人であるレイを、よりにもよって姉に寝取られたリルム。対するヒューナは冷淡な態度でリルムと接した。

「私はあいつをリードしてあげただけ。年上としてね。それがたまたまあいつとのエッチって話。別に問題はないと思うけど。」

「そんな訳、ないじゃない!」

そう言ってリルムはヒューナに詰め寄った。しかしヒューナは悪びれる様子もなく、冷淡に語り出す。

「あんた、私とレイがエッチした事に対してショック受けてるだけでしょ。でもね、エッチは人間とか、動物だったら絶対する当たり前の行為なの。特に人間以外の動物なんて単に子孫を残す為にしている行為だし、相手なんて選んでいない。それを特別なコトと勘違いしているのがおかしいのよ。」

「何を言ってるの……?」

ヒューナの言葉が理解できないリルム。だが彼女の事を構わず、ヒューナは語り続ける。

「そもそもね、動物は人間みたいに愛情とかそんなもの関係なくして子孫を残してるのよ。例えば野生のゾウ。オス同士がメスを争い合って、勝ったオスがメスとセックスして子孫を残す。これが生き物の世界の掟であり、当たり前の事。」

ヒューナが語り続ける間、リルムは青ざめた表情でヒューナから一歩下がった。

「人間にだって同じ事が言える。自分の子孫を残す為に、例え付き合っていた男女がいたとしてもそれを奪って、セックスをする事だって出来る。そして奪われた男か女は去る。でもさ、人間って感情があるでしょ。それが恨みとか、憎みっていう我儘を引き起こすの。普通さ、寝取られたら逆上するわよね。あんたみたいに。」

この時、リルムの怒りは絶頂を迎えようとしていた。レイを寝取った事を悪びれる様子もなく、淡々と恋人を奪う理由を語るヒューナが、姉といえ許せなく感じていた。

「人間特有の感情があるから怒ったり悲しんだりする……だから私はあんたに教えてあげたのよ。レイと付き合ってる癖にうじうじと何も手を出そうとしないあんたに、奪われる事の辛さ、絶望感をね。これであんたは一つ学習した訳だ。感謝してもらいたいものね。」

冷やかな目でリルムを見るヒューナ。しかし両者の目が会った時、リルムは激怒した。

「滅茶苦茶言わないでよ!!!」

その声は部屋中に響いた。怒りが治まらないリルムは涙を流しつつ、ヒューナに言った。

「積極的に行かなかったからって……それがレイとやって良い理由になる訳ないじゃない!お姉ちゃんの考えがおかしいよ!自分だって好きな人奪われたら嫌な癖に!!それを平気でやってのけるなんてどうかしてる!!!それにお姉ちゃんねぇ!なんで平気でレイと出来るのよ!?昔からの好で出来るなんて信じられないよ!」

その言葉に対してヒューナは冷淡に言った。

「あいつが物凄く悩んでたから。だから慰めてあげた。」

「慰めた!?それってただ単にお姉ちゃんが理由を付けてるだけじゃない!!」

一方的に怒鳴るリルム。一方で、ヒューナは握り拳を作っていた。そして――

「じゃああんたはあいつの悩みを聞いてあげようとしたの!?」

「え……?」

ヒューナが怒鳴ると、リルムは黙ってしまった。

「あいつ、相当悩んでた。家族とも溝が出来て、どうすれば良いかも分からないぐらい悩んでた。なのにね、あんたは何もしてあげてないでしょ!?どうせメッセージで〝どうしたの?〟とかぐらいしか送ってないんでしょ!?よくそんなので彼女が務まるね!?あいつの本当の気持ちも知らないで、自分が単純に心配すれば自分は優しい人間だって自惚れてるだけじゃないの!?あいつの事何も知らない癖に!聞いてあげようと努力もしない癖に!私を泥棒猫扱いしないでよ!!!」

ヒューナは怒鳴った後、と荒い呼吸を上げた。仲の良かった姉妹が、一人の少年を巡って口論している……その光景は余りに混沌としていて、その上悲しみに満ちていた。

「聞こうとした!でも……レイは語ってくれなかった!」

「そこから更に追求したの!?してないでしょ!?出来る訳ないもんね!あんたら昔からどっちも草食系だからね!強引に聞くなんて手段に及べる訳が無いんだよ!結局は自分が傷付きたくないから!」

勇気を出し、その想いを伝えたとして、その次のステップに移行するにはまたしても勇気が必要となる。レイとリルム関係は既に出来上がっている関係だ。幼馴染という、かけがえのない関係。

 互いにその関係が壊れる事は恐れていた。故に、互いにその先に進めなかった。接吻や性行為といった事に至る事が無かったのである。

「だから、あいつの悩みを聞いてあげられたのは私。そう、私しかいないのよ。だからあいつは私が誘えばそれに乗った。そして、交わった。幼い頃に見てた筈のあいつの成長した裸や、“アレ”も、あんたより先に見たってワケ。そして、あいつの“モノ”を舐めたり、咥えたり、そして入れてやった。あんたが何もしないから、あいつの、よがった顔だって見た。女の子みたいな喘ぎ声も聞いた。聞いたことのない、あいつの乱れた声を、あんたよりも先に聞いてやった。あんた達が今後絶対に経験しないであろう事を、私が先にしてやったの。」

自分と姉の差を見せつけられたようで、リルムは悔しくてたまらなかった。ここまで言われ、ただ、怒りに震えるリルム。

「そんなの、最低だよお姉ちゃん!」

 

ガッ

 

それを聞いたヒューナは、突如リルムの首を掴み始めた。両手で彼女の首を絞め、歯を食い縛る。ただ、怒りに身をまかせながら……。

「あ……ぁ……」

一方のリルムは首を絞められるという状況に追い遣られ、苦しんでいた。彼女は抵抗しようとしたが、苦しさの余り抵抗が出来なかった。

 やがてヒューナはリルムの首を離す。その際、リルムは激しい呼吸を行った。

「はぁ……はぁ……」

「それを口にするな。次口出したらもっと首絞めるよ。下手したら殺しちゃうかも。」

ヒューナの言葉に寒気が走るリルムだったが、彼女も負けていられない。恋人を奪われた悔しさが、弱い彼女を強気にさせる。しかし――

「何……よ……お姉ちゃんが……レイに手を出すから……悪いのに……悪……いのにぃ……!」

ヒューナが原因である筈なのに、何故か自分が責められたことを理不尽だと感じるリルム。ここまでされ、リルムは泣いてしまった。

「……不思議よね……」

急に冷静になったヒューナは、リルムに言った。

「あんたにとっては幼馴染で、私からすればか弱い弟分だったレイがさ……今じゃあいつをお互いに一人の男として見てる。時間が流れるってのは本当に残酷だね。あんたは私にレイを取られて、それを浮気と判断し、一方で私はレイを食った……成長って本当に怖いな。純粋な心を何もかも無くしてく。身体は成長していくら綺麗になっても、心は年を重ねる度に腐ってく。ホント、嫌だよね……」

そう言うヒューナの表情はどこか哀しげだった。リルムはその表情を見て違和感を覚えたが、自分にされた仕打ちを忘れる事等出来る筈がなく――

「何を言ってるの!?原因を作ったのはお姉ちゃんじゃない……全然謝る様子も見せないでさ……」

リルムは泣きながらヒューナに言った。その際、大粒の涙が床に染み込んだ。

「リルム……」

すると、突如ヒューナが口を開き、リルムに言った。

「あんたはさ……幸せに生きて行きなよ。」

「え……?」

突然姉から発せられた優しい言葉に耳を疑うリルム。何故急に優しく彼女にヒューナがそのような言葉を発したのかが、この時の彼女には理解出来なかった。

「あんたは幸せに生きる権利がある。ごめんね、苛立ったとはいえ首絞めは流石にやり過ぎた……かな。」

そう言って、ヒューナはリルムの部屋から去って行った。リルムは、理解の出来ない姉の態度にただ困惑するばかりであった。

 レイとの行為の事で謝ったのではなく、首を絞めた事に対して謝ったヒューナ。その事が彼女を余計に悲しませた。複雑な心境の中、リルムは涙を流しながら言った。

「こうなったのって……レイのせいなの……?レイが……うぅっ……レイが……?」

ヒューナの言動が理解出来なかったリルムはレイを憎むようになっていた。いくら誘惑されたからと言って、それに応じてしまうレイが許せなく感じていたのだ。彼女がレイを無視し続けたのはヒューナとの口論が原因だった。姉が許せないと思う気持ちと、その中で見せた優しさや、姉の誘惑に乗ってしまったレイを憎む思い。このような感情が渦巻き、この時リルムは壊れそうになっていた。

 翌日なってもその事を吹っ切れる事無く、リルムは姉と一切会話をせずに学校へ向かったのである。

 

 

 

 リルムはこの出来事をレイに伝えた。その事がレイを更に追い詰める事になる。

「レイとお姉ちゃんが抱き合うきっかけになったのってさ……レイが私に自分の事をちゃんと言わなかったからだと思うんだ。ねぇ、なんでちゃんと言ってくれなかったの?お互い戦艦の中で過ごした事は知ってるのにさ、自分の悩みを何も言おうとしないなんてどうかしてる。」

自分がアドバンスドタイプである事実を言っても、信じてもらえる筈がないと決めつけていた事が災いし、結果的にリルムを傷つけることに繋がってしまった事を彼は公開した。結局自分の思い込みが招いた種であると感じたレイは手で顔を覆った。

 

 

――――――レイの身体が光るなんて訳の分からない事言ったの誰なのよ―――――――

 

この時、リルムの言った言葉が繰り返されていく。彼女の放った、レイを庇う筈の言葉が一層、彼を苦しめる事になっていたのだった。

(そんな……全部僕が招いた種なの?僕が悩んでたから……姉さんが僕を誘って……あんな事をして……でもそれがリルムを傷つけて……でも事実を言ったら母さんが傷付いて……分からないよ……僕のせいでこんな事になったの……?嫌だよ……もう……嫌だ……)

全ては自分の力が招いた種なのかと、レイはそう感じていた。アドバンスドタイプである事等誰も信じてくれる筈がないという、一方的な決め付けが、リルムを傷付けた。 

しかしその事実を言えば、今度は母親が傷付いた。自分の存在が人を不幸にしてしまったと思ったレイは錯乱状態に陥ってしまっていた。

「……私達、おしまいだね。もういいよ。恋人どころか友達としてもレイとはいられない。お姉ちゃんの誘惑に乗って簡単にする人間なんか信用できない。じゃあね、レイ。」

そう言ってリルムは去った。レイは教室に一人取り残されてしまった。大切な恋人であったリルムから告げられた分かれ。それは恋人としての分かれではなく、人間としての分かれであった。もうリルムと仲を戻す事が出来ない現実が、レイを追い詰めた。

 この時、彼はこの場面をどこかで思い出していた。悲しみに暮れる中で、彼は感じた事のあるデジャヴを思い返していく――

 

――――――――――――――――じゃあね、レイ―――――――――――――――――

 

それは、彼がホルステブロで意識を失った時。その時だ。今の彼女はその時と同じ表情をしている。これも、予言の夢?それとも一体、何か……

 だが、今の彼はそれを疑問に思う事はなかった。それどころでは、無かった為である。

 彼は故郷に帰って来て以来、悩みが絶えなかった。最初は自分だけが平和に過ごして良いのかという、妙な使命感が彼を襲っていたが、やがて自分の中に秘められた力の事で悩むようになり、その真実を聞かされて絶望し、苦悩する。誰にも言えない苦しさを抱えたまま過ごしている際にヒューナが彼に話し掛け、その事を告げたら彼女は彼の悩みを聞いてくれた。だが、その後で両者は抱き合ってしまい、更に悪い事にそれがリルムに見られていた。そして彼は家族に事実を話すが、その事実を知った母親は混乱してしまっている。

かけがえのない、大切な日常が自分のせいで壊れて行く――その恐怖を感じたレイはどうする事も出来ず、涙を流した。そして、この事は夢から現実として、再び今になって現れたのだった――

(僕は……僕は……何もかもを壊してるの……?僕のせいで……こんな事に……?)

一人、泣いていても誰も気付かない。彼の場合は、失恋という名の淡い思い出で済むような悲しみではなかった。自分の存在が多くの人を不幸にしてしまったという罪悪感で一杯だったのだ。

 

 

 

 この日、この時期にしては平年以上に気温が高い日だった。その為なのか、雲行きが怪しい夕方の時間帯。レイは一人帰り道を歩いて行った。しかし彼は歩いている間もリルムの言葉を次々と思い出していた。

 

――――――――――――誘われたから、していいっていうの――――――――――――

 

―――――――――――――私、気が狂いそうだった――――――――――――――――

 

―――――――――自分の悩みを何も言おうとしないなんてどうかしてる―――――――

 

――――――――――――――――じゃあね、レイ―――――――――――――――――

 

(どうして……こんな事に……どうして……?)

リルムから言われた言葉が鮮明に蘇る。仲の良かった両者を引き裂いた悲劇。その原因は自分のせいであると、自分を責めるレイ。だが時は既に遅い。もうリルムは自分の声を聞いてくれないだろう。何を言っても、無駄だろう……彼はリルムの事を諦めたかった。

しかし、どうしても諦められなかった。諦めようとすると、リルムと過ごした数々の日々が思い出される為である。

リルム・エリアス。大人しいが愛らしく、優しい少女。かつてレイの幼馴染であり恋人にまで関係を広げた両者は今、その関係を終わろうとしている。失恋なんて生易しいものでは済まない、それ以上の深い絶望に落とされた気分のレイ。彼の場合はリルムと縁を切られた事だけが失意の原因ではない。自分の力の事により、リルムとヒューナの関係まで悪化させ、おまけに自分の母親まで混乱させてしまった。言えば信じてくれる人間は中にはいたが、あまりに少な過ぎるのである。

レイの目は虚ろで、まるで死んだようだった。その状態のまま、彼は帰路へ着く。せめて、自分を認めてくれるリリアやミィスのいる家へ帰ることで、少しでも自分の心が癒されるのならそれも良い……と、彼は思っていた。

 

 少し歩き、駅前にて。彼はここでもリルムの事を思い出していた。どうしても彼女の事が忘れられないレイは、いつも彼女が帰る方向を茫然と見つめていた。

(リルムの家……せめて……最後に一回ぐらい……)

まだ彼女と完全に決別出来ていないレイ。リルムが別れを告げてきたのなら、せめてそれを少しでも受け入れられるように心掛けようと、レイは考えていた。そして彼はゆっくりと、静かに彼女の家がある方向へと歩き出していく。

 

ザアアッ

 

その時、急激な雨が降り始めた。傘を持っていなかったレイは走って雨宿りの出来る場所まで一人走った。

 少し走り、雨宿りの出来る屋根のある場所まで辿り着いた。一向に止む気配のない雨。その雨を見てレイは静かに溜息を吐いた。

「おい……マジかよ……」

「可愛らしいお嬢ちゃんなのになあ……なんてことだよ……」

その時、レイの耳に中年男性二名の声が聞こえてきた。その人達は傘を差して小走りでリルムの家のある道に向けて走っていた。疑問に感じるレイだったが、この雨の中を傘なしで行く訳には行かず、せめて小雨になるのを待ってから行こうと考えていた。

 

 やがて五分程度時間が流れて小雨になった。それを確認したレイは早歩きでリルムの家のある方向へ向かう。

(何か、あったんだろうか……)

先程の人達のいる方向へ向かうレイ。その方向は、リルムの家がある方向だった。

 少しばかり彼は早歩きをすると、リルムの家の前に着いた。だが様子が明らかにおかしい。と言うのも、周辺にいる人の数が非常に多かったからだ。まるで何かに注目しているかのように。

 レイはその人の波をかぎ分け、皆が注目する物を見た。それは、レイを更なる窮地へ追い遣る、おぞましい光景だった。

(あれって……姉さん!?)

彼が見たもの……それは、ヒューナ・エリアスだった。彼女は家の前で頭から血を流し、伏臥位姿勢で倒れていたのだ。そして、彼女は動く様子を見せない。今、ヒューナは駆けつけてきた救急隊員によって運ばれようとしていた。ヒューナの元へ駆け寄ろうにも〝keep out〟と書かれたバリケードが邪魔をし、入る事が出来ない。

「姉さん、姉さん!!どうしたの!?ねえ!」

レイがそのバリケードを抜けようとすると、救急隊員が彼を止めた。

「止めろ。死体に近付いて何をする気だ?」

「!?」

救急隊員の台詞の中に、〝死体〟があった。それが何を意味するのか、レイは把握できた。認めたくない事実が、更に彼を追い詰めることになる。

「死体って……何を言ってるんですか……?」

レイがそう言っている間に、救急隊員達はヒューナの身体を遺体袋へと収納した。そしてそれは救急車に収納されることになる。

「君はこの子の知り合いか何か?」

「……はい……」

レイは静かに首を縦に振った。

「即死……だそうだ。」

この時、レイの中でその言葉が何度も反復するように響き渡った。

 

――――――――――――――――即死……だそうだ―――――――――――――――

 

「嘘……」

これ以上聞きたくないと思った。しかしここで聞くのを止めては何の話かが分からなくなると思ったレイは、救急隊員に聞いた。

「彼女が飛び降りる姿を見た人がいてな、止めるにも止められなかった。頭から打って、即死。可哀想にな……こんなに若い子が自殺なんてな……」

「嘘……だよね……姉さんが自殺って……?」

レイが幼い時から面倒を見てくれたヒューナ・エリアスが投身自殺をした。只でさえリルムとの別れや周りを不幸にしてしまった事で自分を追い込まれていたレイに重なる不幸……しかも、今度は取り返しのつかない状況と言えた。先日までは悩みを抱えていたとはいえ、自分と一緒に過ごしていたヒューナの突然の死……それも、自殺である。つまり、彼女はそれ程までに追い込まれていたという事になる。

「う……あ……あ……あ……あ……」

度重なる不幸が彼を絶望へと追い遣り、レイは気が動転していた。戦場から生き残り、普通の生活が待っているはずだったレイを襲ういくつもの不幸は彼を狂わせていく。

「あ……り……リルムは!?リルムは!?こんな状況で黙ってる訳がない!!!」

その時、急にレイはリルムを探し始めた。姉が死んだのに、黙っている筈がない――と、彼はリルムの家のドアの前に向かい、必死にインターホンを押した。何度も、何度も。

普通の状態のレイならば、そのような行動は一切しなかっただろう。だが今のレイは必死だった。何も考える余裕が無いレイは、別れを告げた筈の、リルムの家のインターホンをとにかく押し続けた。

「姉さんが死んだのに!?なんでリルムはいないの!?ねえ!!!」

彼はひたすらリルムを呼び続けた。姉が死んでいるのに彼女がいない事に、疑問を抱いていたレイは我を忘れ、必死にインターホンを鳴らし続けた。

「帰ってよ」

その時、リルムの声が聞こえた。それに反応したレイは、モニターに映るリルムに対して言った。彼女は涙を流しながらレイと会話した。

「なんで外に出ないの!?姉さんが……姉さんが!!!」

もうあんたの顔も見たくないのよ!お姉ちゃんが死んでる事ぐらい知ってるのよ!お願いだからもう構わないで!!二度と近付かないでぇぇぇぇぇッ!!!

そして、モニターの画面が消えた。ヒューナが死んだのに、彼女は家に出ようとしない。それはショックだったのか、単純にヒューナを見捨てたのかは分からない。ただ、レイの傷は深まるばかりであった。冷たい雨が彼の髪を濡らし、それらは滴となって落ちて行く。

「こ……んな……こ……と……」

その後レイはずっと放心状態のままその場にいた。その間にも、ヒューナの死を見届けた民衆達は無情にも帰って行った。彼に声を掛ける者はおらず、寧ろレイの事を不気味に思う人間が多かったのである。

全ては悪夢のようだ。だが、これは自らが引き起こしたというのか。自らの存在が分からなくなったが故の結末だとでも言うのだろうか。今のレイには、何も分からない。何も、考えられない。




第九十話、投了。

リルムとの関係、ヒューナとの関係。そして、家族との関係。全てが変わっていく。あらゆる変化はレイの心を蝕み、苦しめていく。

※今年の投稿はこれでおしまいです。続きは年明け1月4日から。よろしくお願いします。
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