ヒューナが自殺してから二日が経過した。その間、レイは学校へ行かなくなった。学校だけでない。家すら出なくなってしまったのだ。ヒューナが自殺してから二日が経過してもレイはベッド端座位で頭を抱え、ここ数日で彼に起きた悲劇を思い返していた。
自分が光る人間である事で、人間扱いをされなかった事、自分が人類で初めての人工のアドバンスドタイプである事、それを理解する者はいないと絶望した事、自分の事を家族に言うと、母親に拒絶された事、ヒューナとの行為をリルムに見られ、彼女に縁を切られた事、更にそのヒューナが自殺した事。これらが全てレイに降り掛かった悲劇である。
(全部僕のせい……僕のせいでヒューナ姉さんも死んだ……リルムを不幸にしてしまった……僕が力の事を話さないから……みんなを不幸にしてしまった……でも母さんは僕が正直に話しても認めない……じゃあ僕は何?どうすればいいの?どうやって生きればいいの?いろんな人を不幸に巻き込んで、 何をすればいいの?罪滅ぼし?何?何をするの?怖い……自分が怖い……怖い……怖い……コワイ……コワイ……嫌だ……嫌だ……嫌だ……イヤ……ダ……)
約束された筈の、かけがえのない日常はどこへ行ってしまったのか。彼が望む日常とはかけ離れ、絶望の窮地に立たされているレイ。彼は部屋から一切出ず、姉のリリアやミィスは彼を心配するが、声もまともに掛ける事が出来ていない。
この二日間でヒューナの自殺が地域中に伝えられ、リリアはこの時にレイの幼馴染の姉が死んだ事を把握したのである。その事がショックなのだろうと彼女は思っていたが、彼のダメージはそれ以上のものだった。
「レイ……」
彼の部屋の前で、リリアはそっと溜息を吐いた。
「お兄ちゃん、全然部屋から出て来ない……」
ミィスも心配そうにレイの部屋の前に立った。
「ヒューナさんが死んだ事がよっぽどショックだったのかも……可哀想に……」
状況を理解できていないミィスは、この事に対して黙る事しか出来なかった。
ヒューナの一件はキレス家にも衝撃を与えた。何せ母親同士で仲の良い人間の姉が死んだのだ。この家にとってヒューナの自殺は他人事では済まされないのである。
「お母さんのショックは少しはマシになったけど、未だにレイを信用していないし……自分の子供を疑ってる場合じゃないのにね……」
彼が話した時よりも、レイの母親の精神状態は安定してきていた。しかしレイを認める様子は一切見せなかった。彼の発言を嘘や、でたらめだと断定しているからである。それが信じられないカレンは、レイの存在を無視しようとしていた。
自分自身は認めたくない存在であり、自分を慰めてくれた姉は自殺し、母親には拒絶され、幼馴染を不幸に陥れる――レイはこれらを思い出した時、更なる絶望へ追い遣られた。
――――――――――――――お前、人間じゃないんだってな――――――――――――
―――――――――――つーかキモくね?人間が光る訳ないじゃん――――――――――
――――――――お前、実はホタルの生まれ変わりか何かかよ?ハハハハハ――――――
――――――――――――君の存在は非常に素晴らしいんだよ――――――――――――
――――――宇宙で唯一の、人工的に作られたアドバンスドタイプということだ――――
――――――――――まさに奇跡……いや、突然変異と言えよう――――――――――
――――――――――――私ね、一回さ、墜ろしたことあるんだよ――――――――――
―――――――――――――――私達、おしまいだね――――――――――――――――
――――――――――――もうあんたの顔も見たくないのよ―――――――――――――
ここ数日で彼に発せられた多くの台詞はレイを困惑させ、絶望、苦悩へと追い遣って行く。
そこに、かつてセイントバードチームの中核として戦い抜いた少年の姿はない。そこにあるのは度重なる不幸によって狂ってしまった少年の姿があった。
(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ
僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい
ボクノセイボクノセイボクノセイボクノセイボクノセイボクノセイボクノセイボクノセイ
ボクノセイボクノセイボクノセイボクノセイボクノセイボクノセイボクノセイボクノセイ
姉さんが死んだ姉さんが死んだ姉さんが死んだ姉さんが死んだ姉さんが死んだ姉さんが死んだ姉さんが死んだ姉さんが死んだ姉さんが死んだ姉さんが死んだ姉さんが死んだ姉さんが死んだ
ネエサンガシンダネエサンガシンダネエサンガシンダネエサンガシンダネエサンガシンダネエサンガシンダネエサンガシンダネエサンガシンダネエサンガシンダネエサンガシンダ)
狂ったレイを慰める者は誰もいない。リリアも彼の部屋の前でただ心配そうに見守るだけ。母親はレイの事を拒絶しているのか、声を掛けようともしなかった。
それから更に一日が経過し、ヒューナの告別式が行われた。だが、そこにレイの姿はなかった。彼女の死を、今も受け入れられないのだろう。
魅力的な容姿を持ち、尚且つ社交的に見えたヒューナの死。この状況に対してリルムも涙を流すのだが、彼女は複雑な心境でいた。というのも、レイとの行為を見てしまい、それが許せないでいる筈なのに生前に喧嘩をした際にヒューナが放った台詞が忘れられなかったからだ。
―――――――――――――あんたは幸せに生きる権利がある――――――――――――
ヒューナがリルムに対して最期に発した言葉がその言葉だった。それはその時に悔しがったリルムを思っての台詞だったのかも知れない。
(分からないよ……お姉ちゃんは憎むべき筈なのに……でもやっぱり楽しい思い出が蘇ってきて……憎むに憎めないよ……)
幼い頃から一緒だったヒューナとリルム。いくらヒューナがレイに手を出したとはいえ、それ以外では妹を思いやる優しい姉だったヒューナ。それを考えると、今は亡き彼女を完全に悪者と決め付ける事が出来なかった。
(レイとはもう縁を切るって言ったし……でも……こんなの悲し過ぎるよ……)
リルムもリルムで、レイに対して吐いた暴言を少し後悔していた。だがもう後には引けない。決めた以上は、彼女も覚悟しなければならないと思っていたのだ。様々な思いを胸に抱くリルム。
その際、彼女は両親の姿を見た。いくらあまり仲が良くなかったとはいえ、実の娘が自殺したのだから泣いている筈と、思っていた。しかし――
(なんで……?なんでお母さんとお父さんは無表情なの……?)
彼女の両親は涙を一滴も流していなかったのだ。それが、リルムにとって信じられなかった。
やがて告別式が行われた後、エリアス家にて。リルムは涙を流さなかった両親に対して疑問を投げかけた。彼女自身、レイと同様にこの数日間、苦悩していた為、両親とはまともに口を利いていないのだ。
「ねえ、なんでお母さん達は悲しくないの?お姉ちゃんが死んだんだよ?告別式の時ぐらい泣いても良いじゃない……」
全く涙を流さない両親を疑問に感じたリルム。それに対し、彼女の母親であるヒーリは言った。
「あの子は反抗的過ぎたのよ。昔から、ずっと。一切言う事も聞かずに自分勝手に生きて、勝手に行動し続けて……だから放置した。もう何を言っても無駄なんだって思ったから。」
「反抗期なんて誰にだってあるでしょ……なんで……」
「そう言えばリルムには言ってなかったかしらね。あの子にもだけど……」
ヒーリは冷たい目線をリルムに送った。それを感じたリルムは冷や汗を掻く。
「あの子……ヒューナ・エリアスは養子なのよ。」
「え――?」
ヒーリが言った台詞は衝撃的なものだった。リルムにとっては実の姉であるはずのヒューナが、実は養子であるという事。彼女の表情は青ざめていった。
「嘘……」
「嘘じゃないのよ。この事は死んだあの子にも言ってないけどね、リルムが生まれる前にね、私の友達から頼まれたの。恩人とも言える人だったから、その人の頼みは断りたくなかった。でもその人は病気を持っていてね……その治療の為にお金をどんどん使っていって……やっと生まれた子供を養うお金が無かったのよ。養子施設に預ける事お金すらなかったその人の代わりに、私が養子になるって引き受けた。」
今までリルムやヒューナにも黙っていた事実を述べて行くヒーリ。この時、リルムは当たり前だった日常が更に壊されていくと感じ取っていた。
「名前もなかったその子に、私はヒューナって名付けた。それから二年後に貴方が生まれた。それは良かったんだけどね。余りに反抗的なヒューナと、大人しくて真面目なリルム。これの差を見て、正直苛立ったのよ。自分で引き受けるとは言ったけど、あそこまで反抗的で自分勝手な人間が実の子じゃないって考えたらイライラしてね。それであの子をずっと放置した。そして口も利かなくなった。」
「じゃあ……お姉ちゃんとお母さんが仲が悪かった理由って……」
「そう、あの子は養子なのに反抗的な態度を取られる事に腹が立ったからなの。それは行けないってことは分かってた。でもあの子の身勝手さには耐えられなかったのよ……」
〝身勝手〟とヒューナを罵るヒーリ。だが、リルムにはそれだけで親子の仲が嫌悪になるという事が信じられなかった。確かにヒューナは身勝手な性格で、夜遊びも激しく、家に帰って来ない時も多々あった。よく、警察に迷惑を掛ける事もあった。
だがヒューナはそれと同時に優しさも持っていた。よくリルムの世話をしたり、レイの相談相手になるといった事もしてきた。そうした面々を見てきたリルムだからこそ、ヒューナがそのような傍若無人な人間であると考えたくなかったのだ。
ヒューナが死ぬ前はレイとの行為が許せなく感じていたが、今までの彼女の人生の中でヒューナを憎む場面はその時しかなく、それ以外では本当に仲の良い姉として、ヒューナはリルムの中で記憶されているのだ。
そして、彼女はヒューナを庇うような台詞を発した。
「それでもお母さんは間違ってるよ!今までお姉ちゃんが養子だって言わなかったのも変だし……それに養子だからって自分の子供を放っておくなんておかしいよ!それはお姉ちゃんが養子であろうと関係ないよ!!!」
「本当に、リルムは優しいわね……ねえ、貴方。」
ヒーリに話を振られ、父親であるマークは重い口を開けた。
「リルム、今まで黙っていたのは本当にすまないと思う。大人って言うのは残酷なんだよ……いくら母さんの恩人の子供とはいえ、所詮は他人の子。それが身勝手で、自己中心的な行動をされると育て親としてはね、手を付けられなくなる。放置したくなるんだ。」
「じゃあさ、お父さんは私がもしお姉ちゃんみたいに身勝手な事したらさ……放置するの?」
「多分、しないだろう。何せリルムは実の娘だから……」
その言葉に衝撃を受けたリルム。血の繋がっていないとはいえ、実の子同然に育ってきたヒューナを簡単に否定する父親の発言が信じられなかったのだ。
「もしかしてお姉ちゃんが死んだのって……まさか……お姉ちゃんは自分の事を養子だって知ってたからなの……?」
「さあ……でも本人の前では言った覚えはない。言えば傷つくのは明確だったから。それを聞いてしまった可能性はあるけれど……」
マークの言葉に、リルムは怒った。
「お姉ちゃんに養子だって黙ってて!?それでお姉ちゃんがちょっと自分勝手な事をしたからって見捨てるって!?何も知らされないで冷たくされるなんて辛すぎるよ!遺書とかがないからお姉ちゃんがどうして死んだのは分かんない!でもね!もしかしたら知ってたかも知れない!自分が養子だった事!!前にお姉ちゃん言ってた……〝親には嫌われてる〟って……!それって自分が養子って知ってて、その上で自分勝手な事をしてるから嫌われてるって分かってたからお姉ちゃんはそれに嫌気が差したのかも知れない!この家に自分の居場所がなくなる事を恐れてたのかも知れない!!家族に見捨てられたら誰だって嫌になるよ……どんな理由であってもね、それで簡単に嫌いになるなんておかしいよ!!!
結局お姉ちゃんが死んだのって、お父さんとお母さんのせいじゃない!!!」
リルムは大声で、泣きながら言った。それに対し、マークが言う。
「すまなかった……まさかヒューナは自殺するまで追い込まれていたとは思わなかったんだ……養子とはいえ、自分の娘の面倒が見れていないなんて……」
「養子って言わないで!もしかしてそれを聞いたお姉ちゃんが追い込まれたのかも知れないじゃない!もう嫌だ……お父さんもお母さんも信じられないよ!!!」
そう言ってリルムは自分の部屋に向かって走って行った。ヒューナが自殺した原因かも知れないという事の一つが、両親による、ヒューナは実は養子という事実の隠蔽である事が明らかになったからだ。養子とはいえ、ただ性格にやや難癖があるだけでそれを完全に放置し、食事等、必要最低限の面倒しか見ず、ヒューナの事を理解しようとしない両親の態度にリルムは愛想を着かせようとしていた。
リルムは一人、部屋に籠っている。全てが明らかになり、彼女はもう、何もかもが分からない状態だ。憎むべき筈だった姉は本当の姉でないという事実や、両親の事。もう、何も信じられない。
では、今までの出来事は何だったというのか。学校での生活や、故郷を離れ、アステル家で過ごした日々や、セイントバードでレイと過ごした事等。いずれも間違いない生活。実際にあった、生活。このような出来事を経験したのは、レイの存在故だ。
だが彼女はレイを拒絶してしまった。レイの事を信じられないのは、分かっている。だが、何故レイの事ばかりが思い出されるのだろう。両親が信じられない状況で、レイの事だけが浮かぶ。姉に寝取られた筈なのに、何故……
(もう、何も分からない……何も信じられないのに……どうしてもレイが出て来る……どうして……)
それは、幼馴染と言う関係だからなのかも知れない。この縁は一体、何なのか。裏切られた筈なのに、何故レイの事ばかりが浮かぶのか。もしかすれば、自分は誰かにすがりたいと思っているのか。この分からない心境を、どう解釈すれば良い?
リルムはただ、部屋のベッドに敷いていた布団に籠り、窓を見ず、そのまま過ごしていたのだった――
レイは相変わらず学校へ行こうとしない。何をすれば良いかも分からず、ずっと部屋に籠ったまま行動しようとしない。全てがどうでも良くなった彼は、呆然と自分の死について考え始めた。
(死ねばこんな辛い思い、しなくていいんだよね……そうだよね……僕がいるから迷惑が掛かるんだ……そうだ……死ねばいいんだ……僕が……)
自分の存在がヒューナやリルムを不幸にしたと思っているレイは、自殺を考えた。不幸にした人へのせめてもの罪滅ぼしのつもりだろう。
(迷惑のかからない所で……ひっそりと……死にたい……)
自殺願望を抱いてしまっていたレイは、ふと、部屋を見渡す。だが自分の部屋に簡単に自殺に繋がるような道具などなかった。凶器があるとすれば、机の中にあるカッターナイフぐらいである。
レイは実際にそれを手に取り、それを震えながら自身の頸動脈付近に近付けた――――
「!」
その時、レイは以前に似たような死に方をした人間の事を思い出した。
ゼオン・ニーマード。レイはその少年の事を思い出したのだ。彼と共に過ごした時間は長いといえるものではない。しかし、セイントバードのクルーを死なせてしまった責任を感じたゼオンは自らの命を絶った。その際の衝撃的で残酷な光景はレイに大きなトラウマを残した。
「ダメ……だ……あんな死に方……駄目だ……僕はどうすれば良いのか……分からない……分からないよ……」
レイはポロポロと涙を流し、その際にカッターナイフを床に離した。ガンという音が部屋に響いた。
(生きていても仕方が無いのに……死にたくても死ぬのが怖いなんて……だったら……殺されたい……殺されたいよ……)
段々と自分を追い込んでいくレイ。これまでに起きた様々な出来事は自分の責任だと感じ始め、その“ケジメ”をつけたくても出来ないレイ。やり切れず、空しい気持ちが彼を包む。
ドンッ
その時だった。彼の部屋のドアを鈍い音でノックする音が聞こえたのは。だが彼はそれに対して応対する気になれない。気を遣ってくれる事は有難いのだが、家族であれ、自分には気を遣ってくれる人間に会う資格が無いと彼は感じていたのだ。
しかしレイがそうやって落ち込んでいる時、ドアの向こうで大声が聞こえたのである。
「返事してよ!お父さんが病院に運ばれたって連絡があったのに!!!」
「え――!?」
大声を出したのはリリアだった。彼女の言葉の中にある、〝お父さん〟という言葉が彼の中で何度も共鳴した。そして、普通なら開かれる筈のないドアを、レイが自ら開いた。
「お姉ちゃん……!?」
家の中にいたにも関わらず、久しぶりの再会だった。だがリリアはレイを見ても嬉しさを感じる様子もなく、険しい表情でレイに言う。
「お父さんが撃たれて……今、病院って!」
「そんな!?父さんが!?」
父親、ジュナスが病院に運ばれたという電話が、キレス家に伝えられたのだ。それを知りレイは衝撃を受けた。更なる不幸が彼を襲う。
「父さんまで……こんな……!」
「お母さんが家族全員で会いに行くって言ってるから!引き籠ってる場合じゃないよレイ!準備して!飛行機でオスロまでいくから!」
「オスロ……!?」
ジュナスが撃たれた場所はオスロだという。そこで彼は現在手術を受けているというのだ。
度重なる悲劇の中で、次は父親が撃たれたという悲報。もしこれで致命傷を負い、向こうに着いた頃に死んだとなれば彼はもう平常心を保てないだろう。レイにとって父、ジュナスは今までの出来事を理解してくれている数少ない理解者だ。母親は今までの経緯を話し、気が動転しているが、父親は事情を知っている。もし父親が死んでしまっては、彼を理解してくれる人間が今度こそいなくなってしまうと、レイは焦った。そして、何よりも父親は大切な家族である。死なれては駄目だ……と、レイは思った。
「もうみんな準備してるから!急いで!」
「あ……うん……」
急な出来事だった為レイは困惑したが、父親の安否が心配である為、彼も準備を始める。学校へはレイが電話で〝しばらく休む〟と伝えた。今まで無断欠席をしていた彼からの急な電話に、担任のリアンは驚いていたという。
やがて四人はモントリオール国際空港に着いた。そして彼等はオスロ行きの飛行機へ乗り込み、すぐにカナダを後にした。
機内ではミィス以外、誰も口を開けなかった。レイは飛行機の中で静かに俯き、ただ父親の心配をするばかりである。自分の事を理解してくれ、尚且つかけがえのない家族である父親ジュナス。どのような理由で撃たれたのかは分からない。とにかく、無事であって欲しいと、レイは願った。
家族同士の会話は皆無だった。まるで、それぞれが赤の他人のような静けさだった。ジュナスの為に家族で飛行機に乗り、外国へ行くとはいえ、普通は家族で父親に関する話題が出るものだが、今のキレス家にそのような話題が出る筈がなかった。
更に時間は流れ、一家はオスロの国際空港に着いた。レイ以外の三人はオスロは初めてだったが、ここへ来た目的はジュナスの見舞いである。普段来る事のない海外の場所に感動している場合ではなかった。
「レイ、オスロには……来た事あるんだ……?」
「うん……」
空港に着いた時、レイとリリアは短い会話を交わした。しかしそれ以後彼等が会話を交わす事は無かった。彼等は一刻も早く父親に会う必要があった為である。
「お父さん一命は取り留めたみたい……」
「えっ……!?」
その時、カレンが言った。先程カレンのEフォンに看護士から電話が掛かって来て、無事が確認できたという。
父親、ジュナスの生存が確認出来たのはレイにとって数少ない救いだった。今までに不幸が重なり過ぎていた為に、彼は心底安心していたのだ。無論、安心したのはレイだけではない。リリアやミィスもだ。リリアはレイとミィスの肩を持ち、涙を流しながら言った。その中でレイは涙を流さず、少しだけ笑みを浮かべていた。
「良かったね……二人共……お父さん無事だって……」
「う……ん……」
「良かったぁ!お父さん無事だった!……でもお母さん、喜んでない。」
ミィスが母親、カレンの様子を見て言った。確かに、カレンはジュナスの生存が確認できたにも関わらず、嬉しそうな表情を浮かべるどころか、表情を一切変えなかった。
「と、とりあえずお父さんに会いに行こう!久しぶりだからきっと喜ぶよ!きっと……」
リリアがこの沈黙を破り、レイとミィスに言った。母親が冷たい態度を取るものだから、彼女は長女である自分がしっかりしなければと思い、どうにか沈黙を作らずにいようと考えていたのだ。
それから四人はタクシーに乗り込んだ。ジュナスが入院しているとされている病院はこの場所から約十キロメートル離れている為、移動する必要があったのだ。ジュナスが無事で会ったのにも関わらず、あまり会話を交わす様子のない家族は、ジュナスが入院している郊外の病院へ向かった。
その後家族は病院に着いた。受付に行き、ジュナスがどこの病室にいるのかを聞いた。聞いた後にエレベーターに乗り、ジュナスのいる病室へ向かった。そして――
「お父さん!」
ジュナスの姿を見て涙を流したのはリリアだった。真っ先に彼女はジュナスの下に駆け寄り、手を握った。
「久しぶりだな、リリア。元気だったか?」
「うん……うん!心配したんだからね!本当に……」
「嬉しいな……良い娘を持ったと思うよ。」
見た所、ジュナスはそれ程大きな怪我をしていない様に見えた。だがそれは服を着ているからであり、彼は腹部を何者かに撃たれたのだ。その為、腹部に包帯が巻かれている。
「久しぶりの家族全員集合か。」
「お父さーん!」
次にジュナスに駆け寄ったのはミィスだった。ミィスは嬉しそうな表情で、一方のジュナスも優しい笑顔でミィスを迎えた。
「心配掛けたな。でも大丈夫、心配ないからね。」
そう言ってジュナスはミィスの頭を優しく撫でた。
「やあ母さん。」
次にジュナスが名前を呼んだのはカレンだった。その声に反応したカレンはジュナスの傍に移動する。
「心配掛けたね。変わった事は無かった?」
「変わった事……か。」
カレンはレイをちらと見た。母親の視線を感じたレイは、まるで避けるように視線を逸らした。
「いや……特にないわよ。みんな変わりなく、平凡に……貴方も大変だったでしょう?ニュースでやってたけど、戦争中でジャーナリストなんて……」
「まあ、仕事だからね。危険は承知。こっちとしても迂闊だったよ。まさか後ろから撃たれるとは思わなかったから。」
「でも無事なら良かった……」
「家族でわざわざ来てくれるのは予想外だったから嬉しいよ。」
「そう……」
この時、カレンは自分の娘や息子に見せなかった表情、笑顔を見せた。久しぶりに見る母親の笑顔に、リリアとミィスは安心した様子を見せた。だがレイはそれを見ても笑えない。
「レイ。」
「あっ……はい……!」
急に名前を呼ばれ、レイはジュナスの傍に来た。
「……なんだろうな、少し見ない内に逞しくなったというか……そんな気がする。」
実際は、ダーウィンにて僅かな時間だが会っていた彼等。だがその時よりも、レイの姿はどこか、逞しく見えたのかも知れない。
同様の台詞を友人のトランにも言われたレイだったが、それを喜ぶ事は、今の彼には出来ない。
「そんな事ないよ……僕なんて……僕なんて……」
生きていた父親。それは本来ならば喜ぶべき事。しかし……今のレイはそれを素直に喜べない。ここに至るまでに彼に降りかかった不幸が多過ぎたのだ。
「そうだ。せっかく会えたのに悪いけど、三人は少し廊下で待っててくれないか?」
突如、ジュナスはカレン、リリア、ミィスの三人を廊下へ行くように言った。当然カレンは何故かと聞いたが、それに対してジュナスは
「レイと少し話がしたい。何、男同士の話ってやつさ。」
と言った。首を傾げながらも、カレンは娘二人と共に病室の前の廊下に移動した。
二人が廊下に移動したのを確認したジュナスは、レイの顔を見て言った。
「どうやら上手く話を合わせてくれたみたいだな、レイ。俺と一緒にボランティアに参加してたって。」
ジュナスは、ウインクをしてレイを見る。だがレイの表情はどこか、虚ろである。
「その事だけど、もう、家族に隠す必要はなくなったから……」
「え?どういう事だ?まさか、皆に言ったのか?」
当然の質問。これに対し、レイは静かに頷いた。
数秒間、時間が空いた感覚に包まれた、レイ。父からの言葉が無い事に、どこか不安を抱いているのだろう。
「ま、まあ恐らく事情があったんだろうな。」
と、まるではぐらかすようにジュナスが口を開いた。
「うん、まあ……ね。」
ジュナスは、それ以上聞こうとしなかった。何かがあるのだろうと、悟った為である。
「それより父さんは、どうして入院を……?」
レイは聞いた。父親が入院していると知れば、心配になるのは当然だ。
「俺の場合は“秘密”を知り過ぎたから、その制裁を受けたのさ。」
「秘密?」
それは何を意味するのか、この時のレイには理解が出来なかったのだ。
「平和国連盟の裏事情って奴さ。先日にFPBって新しい組織が樹立しただろ?その中でギア・ジェッパーが隠蔽工作云々の話があっただろ?」
「うん……」
「あれの情報提供をしたの、俺なんだよ。」
「え――」
その事実を知り、レイは衝撃を受けた。つまり、FPBの創設には、ジュナスの存在も関係していたという事になるのだ。
「父さんが……」
「そう。国連が新生連邦の基地に一斉に攻撃を開始する時があった時に、異様な動きをする国連について調査を行っていたんだ。その結果が、隠蔽工作。新生連邦政府軍が行っている事と全く同じことをしていたって訳。それが、バレたんだろうな。恐らく俺を撃ったのは平和国連盟に所属するスパイか何かだろう。」
驚愕の事実を知るレイ。FPBは、アステル家やセイントバードチームが集まっている。そして、真の平和を勝ち取る為に戦っているという。
「じゃあ、あの時オーストラリアの基地にいたのって……?」
「まあ、情報収集の途中だったってところかな。それらを全て集めてるところだったんだよ。」
ダーウィンでレイと出会った事の詳細が、明らかになった。ジュナスは今回のFPB設立の為に、水面下で動いていたのだ。
「今回の件で俺は死にかけたけど、幸い、ジャーナリスト仲間がここに運んでくれた。そこで俺は九死に一生を得たって訳。運が良かったというべきか。」
その真実はレイに衝撃を与えた。平和国連盟が真相を伝えようとするジュナスに刺客を送り込んでいたという事実は、ただ、ショックだったのである。
「なあ、レイ。お前の話も聞きたいんだよ。俺以外の家族にも打ち明けたんだろ?お前が戦っていた事を。という事は、お前はもう、自分の戦いは終わったのか?」
「戦い……」
キレス家の中で、唯一以前からのレイの事情を知るジュナス。ジュナスに言われ、彼は思い出した。元々レイは皆が宇宙で戦おうとしている時に、自分だけが故郷でのんびりと過ごして良いのかという、使命感に駆られていた。そこから様々な不幸がレイを襲ったが、今ジュナスに〝自分の戦い〟と言われ、それを思い出したのだ。
「戦いが終わったからここに居るのか?それとも一時的に帰って来ているだけなのか?」
レイは迷った。自分にはもしかすればするべき事があるのかも知れない。だが多くの不幸がそれを妨げる。レイは死にたいという衝動に駆られていたからだ。
「僕はね、分からない……分からないんだ……父さん……あのね……僕……ね……う……ぁ……ぅ……ぅぅ……父……さんに……ね……相……談が……あ……ぅぅぁぁぁぁ……」
突然、レイの目から涙がこみ上げ得てきた。彼が引き籠ってから堪えてきた分の涙が父親の優しい表情の前で一度に溢れ出してしまったのである。それを見てただ事ではないと判断したジュナスはレイの肩を持ち、聞いた。
「どうした?戦いの事なのか?」
「ちが……くて……ね……僕……どうやって……生きていけば……良い……か……分からなくなって……」
ジュナスがレイの泣き顔を見たのは、ジュナス自身、彼が幼い時以来だった。女々しく、弱弱しいレイ。涙を流す場面も何度かある。だが今回の涙は明らかに何かが違うと、ジュナスは判断し、レイの話を聞く姿勢になった。
「……何でも良い、話してみろ。」
そう言われ、レイはジュナスに全てを打ち明けた。既に彼はジュナス以外の家族には自分の事を話している。しかしそれを言った結果、母親に拒絶された。その時の恐怖がレイに過ったが、話して信じてくれる人間も中にいた。その最も足る例がヒューナである。彼はそれを信じつつ、ジュナスにこれまであった経緯や、自分の力の事等、全てを話した。
レイは父であるジュナスに出来事を話す際、不安を感じる事は無かった。数日前にレイが家族に全てを明かす以前から、ジュナスはレイが戦っている事を知っている。だからか、彼はあまり躊躇う様子もなく話し続けた。レイの話に対し、ジュナスは相槌を打ち続け、レイの話を真剣に聞き続けた。
やがてレイの話が終わった時、ジュナスは口を開けた。
「アドバンスドタイプ……か。」
レイが話す内容の中にあったワード、アドバンスドタイプ。シンギュラルタイプという言葉は世間で広まっている一方で、大半の人間が聞いた事のないその言葉。レイは本来ならばアドバンスドタイプであることはあり得ないのだが、ダリオンの実験によって彼は偶然にもアドバンスドタイプの力を身体に宿らせてしまっていた。
「信じられる筈がないよね……何言ってるか分からないよね……でもね……本当なんだ……全部本当の事……父さんは僕がMSに乗って戦ってた事を知ってくれてるから……もしかしたら……信じてくれるのかなって思って……」
ジュナスは黙った。と言うのも、彼自身混乱しているのである。自分の息子は涙を流す程に困惑している、アドバンスドタイプという存在。しかし彼はシンギュラルタイプぐらいしか、力を持つ人種というのを知らない。今までに聞いた事のない、全てが謎に包まれているその力が自分の息子に備わっている。常識では考えられない状況。だからと言って、レイを責める事は一切しようとしなかった。話の中で、レイは母親にその事を話し、拒絶された事を知っている為である。
「生まれた時に勝手に行われていた実験の結果、レイはその力を得たという事か?」
「そう……らしくて……でも僕は……それが嫌で……だって突然変異なんだよ!?常識ではありえない事が僕の中で起きてるって事が……怖い……」
それが原因で、彼はヒューナと交わり、それをリルムに見られ、挙句の果てにはヒューナは投身自殺をした。その諸悪の根源はレイの中に備わっている、突然変異のアドバンスドタイプとしての力だという。
「その、アドバンスドタイプを増やすという自分の欲を満たす為に、産婦人科医という立場を利用して……そして実験を行った……結果レイは力を得たという事か。」
「……」
これ以上喋りたくなかったのか、レイは黙った。
「よく、話してくれた。ありがとう、レイ。」
「え……じゃあ……信じてくれるの……?」
レイの悲しげな表情は消え、その表情は驚きへと変化した。父親は信じてくれたと思うレイだったが、その直後にジュナスは言った。
「ただ……これはあくまでも親子間の信頼関係の話だ。問題はそれが本当にそうなのかと言う事だ。レイ、お前の言っている事は正しいとは信じたい。でもそれを決定付ける証拠が欲しいとは思う。」
「そ……そうだよね……普通はそうなるよね……」
アドバンスドタイプという存在が、如何に知られていないかと言う事を思い知らされた瞬間だった。父親のジュナスにすら、〝証拠が欲しい〟と言われてしまう現実が、彼を苦悩へと追い遣る。
「すまないな、レイ。その、アドバンスドタイプについては分かっていない事が多過ぎる。」
知られていない現実がレイを孤独へ追い遣る。今思えば、ヒューナはこの事をあえて言わず、レイを無理やり信じていた可能性があった。そう思うと彼は余計に孤独を感じた。
「しかし、これだけは言わせてくれ。お前は嘘吐きではない。」
「嘘吐きじゃない……?」
「ああそうだ。普通泣いてまで嘘を吐くのは演技力の凄い俳優か、詐欺師か……そんな所だ。しかしレイ、お前は別にそれらを目指している訳じゃないだろう。」
ジュナスの言葉は優しくも厳しいものだった。だがそれが今のレイに深く響いた。
「しかしな、それは家族間での話。お前が外に出て、例えば学校や、今まで一緒に戦ってきた戦艦の中では、お前はもしかすれば家族とは違う一面を見せているのかも知れない。それは、もしかすれば嘘ばかり吐く、信頼のない人間として、家族以外の人間に接しているのかも知れない。残念ながら俺にはそれは分からないよ。レイを生み、なかなか一緒に居られなかったりする中で、時間を一緒にして来たのは事実だけど、自分の息子の全てを知っている訳ではないからな。」
ジュナスはレイの事について語っていく。怪我をしている彼だが、その表情は、どこか明るい。
「家族の中のレイ、学校の中のレイ、部活動の中のレイ、そして戦艦の中のレイ。それぞれ、色々なコミュニティに所属するレイがいる。その全てを把握する人間など、居る筈がない。どんな人間であれ、自分の事で精一杯だからな。それは親であってもそうだ。けどな、コミュニティによってレイがどのような人間であるかをイメージする事は出来る。それはコミュニティに所属する人間に聞いて、レイはどのような立場の人間で、どのような性格であるかを聞けば良い。それだけで大まかにレイは他の場所ではどのように人間関係を築いているのかを知る事が出来る。」
ジュナスの話を、レイは真剣な表情で聞いていた。対するジュナスはそっと笑みを浮かべ、続きを語る。
「勿論、コミュニティは人間関係によって成り立っている。当然、コミュニティの中の人間はレイの事について嘘を言うことだって出来る。レイと言う人間は優しい人間なのかも知れないが、一部の人間がお前を快く思わなくて、適当に悪い噂を流し、お前と言う人間性を下げてしまう事だって出来る。俺の所属しているジャーナル会社でもそう人間関係がゴタゴタしててややこしい。みんな仲良くなんて漫画の世界みたいなお花畑なんて、絶対無理。結局人間は表面上の付き合いだけで、本音は嫌いかも知れない。コミュニティってのはそういうものさ。」
「そういうもの……?」
「だからさ、その事実を話して信じようが、信じまいがそれは人に決められると言う事。まあ、信じるにしても最終的には根拠が必要になるんだけどな。」
ジュナスは後頭部で手を組み、天井を仰ぎながら言った。
「信頼する、信頼しないを決めるのは自分じゃない。第三者を含めた多くの人間の意見や知見だ。主観的、客観的って言葉があるように、その情報とか言葉に信憑性があるのかを確認しなきゃならなかったりする。それが、評価ってものさ。そうした意見が多ければ多い程、人間ってのは信頼されていく。」
そっと呼吸を行い、ジュナスは引き続き語っていく。
「しかし人間って言うのは厄介でね、いくら高評価と言われている人間であれ、一部から悪い評価を受けてしまえばそれが崩れてしまう事もある。それそのものが、評価した人間のバイアスってやつなんだけどさ。これが厄介でね。さっきも言ったが、みんな仲良くなんて漫画の世界のような事は無い。何故なら、人によって自分への印象、評価は変わるから。まあ、自分にとって悪い評価を、如何に減らせるかは自分の普段の行動に掛かっているって言う事だ。良い人柄なら信頼もされるし、悪い人柄なら信頼なんてされない。レイ、お前は俺から見て昔から良い人柄で育ってきた。親である俺から見ればそう見える。そして、俺はお前の言葉を信じる。いや、信じたい。」
常識的に考えてあり得ない事、信じられない事を言う事を、レイは今まで躊躇っていた。それを正直に話して、見捨てられる事もあったが、ジュナスはレイを信じたいと言った。レイにとって、自分を信じてくれる人間がいると言う事が嬉しかった。
ヒューナと言う、数少ない自分を信じてくれる人間の死を最近迎え、窮地に追い遣られていたレイ。このジュナスの台詞は僅かにも、レイに光を与えたのだ。
―――――――――――俺はお前の言葉を信じる。いや、信じたい――――――――――
「父さん……」
レイが少し笑みを浮かべた時、ジュナスが言った。
「……でも忘れるな。俺は親だからお前を信じている訳じゃない。レイ、お前から見れば親だって他人だ。俺は親と言う立場でお前を信じるとともに、他人と言う立場からもお前を信じている。言っておくが、この件に関して、俺はお前の親だからといって妥協する気は一切ない。」
あくまでも自分はレイを親と言う目線で評価をしないと断言するジュナス。レイはこの時、少しジュナスに突き離された気分になった。彼は親離れを強要しているようにも、感じられた。
「所で、お前は俺をどう思う?」
「え……?」
唐突な質問だった。レイはどのように答えれば良いか分からず、ただ困惑する。
「どんな人間に思うかと聞いているのさ。答えてくれよ。無論、親じゃなく、他人として。」
「そんな、父さんを他人扱いなんて……」
レイにジュナスを他人扱いする事など出来るはずがなかった。自宅にいる事はあまり無かったが、それでも彼はレイにとって大切な親である。レイは戸惑った。
「答えられないか。」
「無理だよ、父さんを他人扱いなんて……」
「それは俺を信用しているからなのか?」
「信用……?」
ジュナスは少し笑みを浮かべて言った。
「親って一文字はな、かけがえのない、大切なものに使われる一文字だ。〝親友〟とか〝親愛〟とか……俺を他人としてどうしても見られないっていうのは、俺をそれだけ大切に見てくれているっていうことなんだろう?」
「え……あ……それは……」
確かにジュナスは親だ。かけがえのない、大切な存在だ。しかしそれをいきなり言われると、彼は何を言えば良いか分からなくなった。
「優しいな、レイ。本当にお前は優しい人間だ。所で、お前は戦場でどのような気持ちで戦ってきた?それを聞かせてくれ。」
突然ジュナスはレイに聞いた。彼がセイントバードで戦ってきた事について聞きたいと言うのだ。聞かれたからには答えなければならないと思い、レイは言った。
「……守る為に戦った。僕の仲間を守る為に、僕は戦い続けてきた。」
「……そうか。」
ジュナスは静かに、呟いた。
「守り続ける事……それがお前が戦い抜いてきた理由なのか。」
「うん……でも僕は結局成り行きで戦ってばっかりで……その中で僕は信頼できる人を守りたい、助けたいって一心で、戦い続けてきた。それと同時に自分も守りたいと思って戦い続けた。」
「優しさが守りたいと言う気持ちに繋がって、戦う力になったのか……成程な。」
ジュナスは数回首を縦に振った。レイは何故MSに乗って戦っていた事について聞いてきたのかを、聞いた。
「……どうしてその事を?」
「家族以外でのお前はどのような人間だったかを聞く為だよ。大体分かった。お前は余所でも優しい人間って事だな。」
「え……それだけで!?」
「守る為に戦うってのは、その守る対象が自分が大切に思っている人達だからこそ、守りたいと思うから、そのような戦い方をする。そして敵を倒す……いや、殺すのか。」
その時、ジュナスはレイの目を見た。レイはそれに対し、目を逸らした。
「前にも聞いた事だぞ?何故目を逸らした?実際MSに乗って戦うと言う事は相手を殺す必要があるだろう。」
以前彼が一度故郷に帰って来た時に、ジュナスは聞いていたのだ。敵を“倒した”という事を。
――――――――――――それで、敵を倒したりしてきたんだろう――――――――――
その時は、レイは頷いていたが、改めて“殺した”と言われ、彼は動揺する。
確かに彼は敵を殺してきた。だが全ては守る為に。意図的に敵を殺したいと思って殺している訳ではないのだ。“倒した”と“殺した”とでは言葉の意味が大きく変わってくる。
「それともお前は不殺をし続けていたのか?それは無理だろう。戦場での不殺は一番味方にもリスクが伴う。強敵がいたとして、あえて殺さなかったらその強敵が再び目の前に現れて窮地に陥る事もあるからな。」
「……敵が襲って来るのに……相手を倒さなきゃ皆を守れないし、自分も守れない……」
敵が襲ってくるから、自分は敵を倒す。自分から攻める事はしない。そして味方を守る。それが彼の戦闘スタイルだ。だがそれと同時に、敵の機体に乗っているパイロットを殺しているのもまた、事実なのであった。
「レイ。確かに人殺しは良くないな。詳細を聞かないでいるとすれば、お前は倫理的に問題のある行動をしている。それは時と場合に寄るんだよ。一概にそれらを、全て悪とは決めつけられないとは思う。」
何故だろう、何故、この時の父の言葉が優しく聞こえるのだろうか。人殺しをしているという事実がある息子を目の前にして、父は優しいのが妙に思えたのだ。
「でも……やっぱり僕……嫌だよね……人殺し……してるんだもんね……今思えば母さんが僕を拒絶するのって……やっぱり人殺しをしてるから……なのかな。」
「それは違うな。母さんは単純にお前の身に起きた事が信じられなくて動転しているだけだ。その辺りは俺が後で上手く説明しておいてやる。だからお前は心配も何もしなくていい。自分の力の事もそうだ。アドバンスドタイプは確かに未知なる存在だが、お前と言う存在が変わった訳じゃないだろう。」
その時、レイの目が見開かれた。同じような言葉を、前に聞いた気がしたからだ。
「その様子だと既に誰かに言われた事がありそうだな。それでもお前は自分を否定し続けるのか?そして俺がこう言った後で、〝父さんには僕の気持ちなんて分からないんだ〟とか言うのか?」
全てを見透かされた気分だった。自分と同じ立場の人間でないと自分の気持ちなど分かるはずがないと言いたいレイだったが、ジュナスはそれを言わせなかった。
「戦場にも出て、生き残って来た人間の台詞とは思えないな。甘え過ぎだそれは。お前は凄い人間で、スペシャルな人間なら、尚更、力になる。戦場でも十分に戦い抜けるだろう。その力も相まって、お前は生き残れたんだ。そして今俺の前にいる。もしお前が、俺とか母さんとかリリアとかミィスのような何の力も持たない凡人だったら、もしかすればすぐに死んでいたかも知れない。親の立場からすれば、それは悲しいよ。何の連絡もなく、突然戦場で死んだなんて聞いたらそれこそショックで、お前を否定するだろうな。でも、お前には力があるんだ。だったらそれを利用してやろうと思わないのか?自分に秘められた未知なる力があるのに、どうしてそれを使わない?自慢するぐらいで良いんだよ。〝俺にはこんな力が秘めているんだぞ!〟ってさ。格好良いじゃないか。まるで漫画みたいでさ。」
ジュナスは笑いながら話を続けた。自分が悩んでいる事に対し、父親と言う立場もあってか、臆することなく語り続ける。
「そりゃ、現実にあり得ないから否定する人間だっている。でもそれは人間関係においても同じだと思わないか?」
「人間関係において……?」
「力を持つって言えば、それを〝凄い!〟と思う人もいれば、〝何を言ってるんだよこいつ〟って思う人間もいる。人の捉え方は多彩なんだよ。それは人間関係にだって同じ事が言える。いくら人気者って言われている人も、全ての人に好かれているとは限らない。一部の人間には妬まれているかもしれない。そして、大多数に嫌われている人間も、その全てに嫌われている訳じゃない。数少ない仲間がきっと……いや、必ずいる。大事なのは、それを見つけられるかどうかさ。」
「でも……やっぱりアドバンスドタイプなんて常識じゃ考えられないよ……それに僕だけなんだよ!?世界でたった一人の突然変異なんて……!アドバンスドタイプの中でも、あり得ない存在が僕で……それが原因で色々な人を不幸にして……全部僕が悪いのに……僕が……」
ジュナスがいくら語っても、やはりレイはアドバンスドタイプという存在に躊躇いを持っている。ジュナスは溜息を吐き、再び口を開けた。
「……この際さ、言っておこうか。」
「え……?」
「俺はな、実は過去に、人殺しをしたんだよ。」
突然のジュナスの発言だった。レイは茫然とし、何度も目を開閉させた。
「え……父さんが……?」
「正確には正当防衛。でもさ、殺した事に変わりは無いんだよ。今でも俺は夢に見るよ。その度に、自分はとんでもないことをしてしまったんだ――って思う。」
自分の父親に限ってそのような事をするなど、考えられない――レイは思った。でもそれは、父親の立場からも言える。息子であるレイが人殺しをするなど、考えられない――これらは言わばイコール。同じ意味と言えた。
しかし、父親が人殺しをしたと言う経緯がレイには分からない。彼は聞いた。
「どうして……そんなことを……?」
「今から六年ぐらい前だっけか……」
そしてジュナスは過去の話を始めた。それは彼がヒパック村に取材にやって来た時の話である。そこに住む人たちと交流する内に、突如現れたMS乗りに襲われ、多くの犠牲者が出ながらも彼等は一命を取り留めたが、まだ生きていた敵のMS乗りがそこに住む人間を発砲しようとした為、その人間を守る為にジュナスがやむを得ず引き金を引いてしまった事。それが彼の中で忘れられないトラウマとなっていたのだ。
ジュナスが守ろうとした人間。それは、ゼル・アスト・ジェイフォードであり、レイとも以前交流があった人間だ。彼を守る為に、ジュナスはやむを得ず敵のMS乗りを射殺したのである。
(父さんのあの時の表情の正体って……これの事だったんだ……)
以前一度ジュナスがモントリオールの家に帰って来ていた時にレイに対して言った台詞の真相が、ここで明らかとなったのである。
――――――――――――――本当に、大変だったな――――――――――――――――
「本当は黙っておきたかったんだけどな。レイの話を聞いて、語っている内にお前にだけ喋りたくなったんだよ。幻滅したか?人殺しの父親を持って。」
「げ、幻滅なんて!父さんが撃ってなきゃその人は殺されていたんでしょ!?だったら、撃つ方が良いに決まってる!」
レイは懸命にジュナスを擁護するような発言をした。ジュナスは少し笑顔を浮かべ、
「ありがとう、少しだけ楽になったよ。自分の息子とはいえ、自分の事を言えるってのは良いもんだな。溜めておくのは正直、毒だからな……」
ゼルを救うには彼が銃の引き金を引くしかなかった。しかし人殺しをした事に変わりは無い。ジュナスはその事を家族に黙り続けていた。それにより、家族と縁を切られる事を恐れていたからだ。だがレイがMSに乗って敵のパイロットを殺しているという話を聞き、同情してしまったのか、彼は喋ったのである。
「お前は……認めてくれたんだよな、俺が人殺しをした事。」
ジュナスは念を押すように言った。
「あ……うん……でも……それは当然だと思う……正当防衛なんだから……」
「それで、お前は俺を特別扱いするか?」
突然のジュナスの質問に対し、レイは慌てながら答えた。
「と、特別扱いって……それは……?」
「人殺し野郎って、心の中で軽蔑するか、今までと変わりなく接してくれるか。どっちだ。」
「僕は……父さんを大切に思ってるから……今までと変わりなく接したい。」
レイがそう言った時、ジュナスは静かに笑った。
「ハハ、そうか……レイ、言っておくがお前と俺の立場、実は一緒だったんだぞ。」
「立場が一緒……それはどういう意味なの?」
ジュナスはそっと息を吐き、口を開く。
「お前がアドバンスドタイプという特別な人間であり、尚且つ生きる為に人を殺めて来た事と、俺は人殺しと言う特別な人間だと言う事だ。つまり、自分が特殊な人間だからって悩む事と、人殺しだからって悩む事は同じって事。まあ、圧倒的に俺の方が世間的な印象は最悪なんだけどな。まだお前のアドバンスドタイプの方が可愛いぐらいだ。」
人殺しと、力を持つ者というのは同じ事だと、ジュナスは言った。レイにはそれを同じように考える事が出来ず、ただ、困惑するだけだった。
「俺が言いたいのはな、特別な力で悩む事も、特別な力を持ってなくて、人に言えない事で悩む事も同じって言いたいのさ。そして、それは人によって捉え方が異なる。」
「同じ……?」
「人は誰もが人に言えない秘密を持っている。いくら優しそうな人とか、頼られている人にだって、言えない秘密ってのはある。言えない秘密を持っている人間なんていやしない。それがばれるのは恥ずかしいと言うのもあるし、自分自身のプライド、面子が潰れてしまう事を恐れるから、人は秘密を持ち、隠し通したがる。レイ、お前だってその力の事以外にも親に秘密にしている事があるだろう?分かりやすい例えを言うなら、エロい本を隠し持ってるとか。」
それを言われ、レイは顔を赤めた。実の親にそのような事を言われるのは恥ずかしかったからだ。
「それは……」
「図星だな。まあそんな感じなんだよ。人が誰もが持つ秘密って言うのはさ。」
ジュナスはレイの悩みは人の悩みと同様のものであると言いたかったのだ。そうすることで、レイの抱えている悩みを解消してあげようと考えていたのである。
「でもな、お前がいくらアドバンスドタイプであろうが、エロい本を隠し持っていようが、それは別にお前自身の面子、社会的な立場を崩すものではないんじゃないか?その上で戦場で仲間を守る為に戦っているという事に対して、社会的な立場が崩れるとは思えないけどな。」
ジュナスは険しい目をして言った。
「でも……僕は突然変異の存在なんだよ!?本来有り得ない、アドバンスドタイプなんだよ!?それで、人だって殺してる……」
レイは、再びネガティブな発言をする。だがこれに対し――
「それで、お前は拒絶されたのか?」
と、ジュナスが声を掛けた。
「え……?」
「戦場に出て、敵を倒して、それで無事に帰って来て、そこにいた仲間はお前を拒絶したのか?しないだろう。当たり前だ。自分達に襲い掛かる敵を倒した仲間を何故拒絶するんだ?」
「あ……」
この時、レイは今まで多くの人に賞賛された事を思い出した。セイントバードチームではエリィやネルソン、それ以外でも多くの人に賞賛された。敵を倒すことで、自分の功績が認められたからだ。
(確かに……僕が敵を倒せばそれを褒めてくれる人はいた。そのやり方を否定される事もあった……エリィさんとかネルソンさんとかアレンさんとかジャンヌさんとか……でも……やっぱり違う……今は戦場じゃないんだ……家族がいるんだ……)
彼は戦場と日常生活は違うと、区別した。その為か、ジュナスの言葉を聞いても困惑するばかりだった。
「でも今は場所が違う。家族とか友達とか、そんな戦争が関係のない場所にいる。そんな中でMSに乗って戦って相手を殺したとかなんて、変な話だし、何よりも恐ろしいよ!」
ここ数日で悲しみが続いたレイの悩み、苦しみは、簡単に拭えるものではなかった。予想以上に深いレイの悩みに対し、ジュナスは頭を横に振った。
「MSに乗って戦ってた事とか……アドバンスドタイプの事で母さんは僕を拒絶した……やっぱり駄目なんだ!日常と戦場は違うんだよ!僕は日常で平和に過ごしたかっただけなんだ!でも……成り行きでMSに乗っていたとはいえ、守る為とは言え人を殺して……いつしか、こんな日常とかけ離れた力を持って……もう、訳が分からない!どうすれば良いの……僕はもう、死んだ方が良いの……?こんな人間なんて、居ない方が良いの……?」
困惑するレイ。が、それに対してジュナスは言った。
「そんな事で迷った挙句死を選ぶぐらいなら、自分の責任を全うしてから死ねば良い。」
この台詞が、レイに衝撃を与えた。父親とは思えない台詞のようにも感じられた。
「俺は戦場ジャーナリストだ。戦場を潜り抜け、そこで起きている現実を撮影していくのが仕事。それが当たり前なんだ。責任を全うしているんだよ。でも戦場ジャーナリストは常に生死を彷徨う事が多い。戦場で仕事するんだ。無理もないさ。でもな、俺がそれに臆して何もしなかったらお前達はどうなる?飯を食べて行けないだろう。俺が稼いだ金があるからこそ、家族を養っていけるんだ。母さんもそれを承知だから、俺を止めないのさ。止めていたら仕事が出来ないからな。」
自身の仕事の話をしているジュナス。それこそが、彼の言う“責任の全う”なのだろう。
「レイ、お前は恵まれた生活の中のジュニアハイスクールの生徒。世界中の紛争地で少年兵でもないお前がそんな人間が戦場に出ていると言うのはおかしい話かも知れない。でもお前はそれを当たり前に生きてきたんだろう?俺が戦場の撮影をし、事実を伝える事が当たり前のように、お前もMSに乗って戦う事が当たり前だったんだろう?そして、それがお前自身のすべき事だったんだろう?どうしてそこまで深く考える?甘えているだけだ。甘えている人間が被害妄想を膨らまし、自分が被害者だと可哀想なフリをしているだけだ。世の中にはな、もっと悩んでいる人間がいる。お前の悩みは贅沢なんだよ。」
父親から言われた台詞はレイを突き刺した。彼は父親から突き離された気分になった。それは全て自分がネガティブな台詞を連呼するからなのかと、彼は悩む。
「家族にも友達にも恵まれた環境で育った人間が、おまけにMSに乗って、その仲間の中でもお前は恵まれた環境にいるからそんな贅沢な悩みが出来る。そして、贅沢な悩みはやがて安直な“死”を選ぼうとする。」
贅沢な悩みという言葉がレイを苦悩に追い遣る。自分の力がリルム達を不幸に陥れた事も贅沢な事なのかと、困惑するレイ。そんな彼に対してジュナスが再び口を開いた。
「多分……いや、間違いない。もしかして、お前はその仲間達と戦いたいんじゃないのか?」
突然発されたジュナスの言葉に、レイはまたもや困惑した。
「な……え……そ……れは……」
思えば最初に彼が悩んだのは、自分だけが故郷でのんびりと生きていいのかという事だった。ジュナスにそう言われ、レイは目を逸らした。
「さっきからMSに乗っていた話とかをするからさ、本当にそれが嫌ならその話、普通はあんまりしないんじゃないか。」
「普通は……あんまり……」
「未練があるんだろう。まだやらなきゃならない事がある……お前はそんな顔をしてる。でもそれは間違っていない。自分の本当にするべき事の中で、お前は多くの贅沢な悩みを抱え過ぎなんだ。さっきも言っただろ。自分の責任を全うしてから死ねば良いと。」
ジュナスに言われ、レイは自分自身を見つめ直した。
本当は、自分は何をしたいのだろうか、何に悩む必要があるのか。アドバンスドタイプを否定されるなら、それらを認めてくれる環境に行けば良いのではないかと、彼は思い始めていた。そこが、自分の居場所。そして、すべき場所。責任を全う出来る場所なのかも知れない。
「僕は……僕は……」
「今いる日常で悩み続けるのならば、いっそここから離れ、自分がしなきゃならない所へ行く方が今のお前には良いんじゃないのか。お前が仮にそこへ向かっても、俺は止めない。母さんやリリアやミィス達にも事情は説明する。」
「でも……それって死ぬかも知れないって事だよ……父さんは良いの……?」
「まあ、ごく普通の、平和に過ごしてきた家族の親なら反対だろうな、うちみたいな。十五歳の子供に戦争行かせるなんて常識じゃ考えられない事だ。でもな、俺だって戦場を駆け巡ってる。戦ってる訳じゃないが、常に命掛けだ。油断をすればビームに巻き込まれて死んでしまう可能性だって十分にある。だからってさ、さっきも言ったけどそれにビビってちゃ家族が困るんだよ。だから俺は続けている。ま、俺がしたいってのもあるんだけどな。ちょっと強引かもしれないが、俺という、戦場を巡って命がけで仕事をしている前例がキレス家にはある。お前だって自分のやるべき事があるのなら、それを片付けるのもアリなんじゃないか。それこそ、責任の全うってやつだとは思うけどな。それで死ぬのなら、その時だ。」
ジュナスとレイとでは境遇が違う。彼は仕事で戦場にいる。一方のレイはただの成り行き。レイが抱いている使命感も、仕事ではなく、自分の勝手な考えだ。
父親はそれを許可している。このまま故郷にいて、ただ単に悩み続けるのならば自分の、“本当に”するべき事をする為に離れるべきかと、彼は考え始めていた。
「レイ。お前の名前の由来……それは、“光”なんだよ。」
「光……?」
突如、ジュナスが言った。彼の名前の、“由来”を。
それは、光。何かを照らす、光。何かを、導く光。レイ。それは光の意味。彼の名前の由来。今まで語られなかった彼の名前の由来を、父親が語った。
「お前自身が光なんだ。そして、お前は恐らく、多くの人間を良い形に導いて来た筈なんだ。それはお前と言う光が人を照らしたからなんだよ。俺には、分かる。お前がこれまで経験してきたことが、人を紡いでいて、光となって導いているのを。」
その言葉が、レイを照らしていく。彼の今までの経験が、蘇る。
セイントバードでの出来事や、様々な地域に行き、そこで出会った人々との出来事等。全てが思い出されていく。多くの経験をしたレイだが、それと同時に彼は多くの人を救った。
ジュナスの言うように、それが純粋な“光”として導いたというのなら……それは、彼にとって誇るべき事ではないのか?
「そして、お前は今、次に進むべき道を歩もうとしている。自らが光になり、次の場所に行く為の準備。お前自身が分かっている筈だろう?」
彼の名前の由来、光。それはレイ自身。父の言葉が、レイを更に照らしていく――
「お前を動かすのは俺じゃない。母さんでもない。お前自身だ。今自分が本当に何をするべきか、自分で考えて、自分で決めろ。今のお前にはそれ以上に大切な事があるのかも知れない。それが、責任の全うなのなら、果たすべきだ。」
「……」
ジュナスに言われ、レイは視線を真っ直ぐに向け、そこで握り拳をそっと作った――
ズドオオオオオ
親子が会話をしているその時だった。彼等の耳に、激しい爆発音が聞こえてきた。何事かと二人は窓を見る。
そこに映っていたのは、国連軍のMS、ヴァントガンダムが何者かに破壊されている姿だった。そしてその向こうには三機のMSがそれぞれ、モノアイを輝かせて町を暴れている。
「何だ?」
「MS!?何で!?」
急な出来事に、彼等は動揺していた。
「何なの!?」
と、病室にカレン達が入って来た。そして、窓の外に映っている四機のMSの姿を見て、恐怖した。
「な……何あれ……何であれがあるのよ……?」
「軍隊さんのロボット?」
リリアとミィスが外の光景を見て言った。突如出現した謎のMSの姿に、一家は騒然としている。
「まさかこの辺りでテロか何か?だとすればかなり厄介だぞ……」
ジュナスの言うように、現在ここではテロリストによる暴動が起きていた。新生連邦と国連の決戦の後の混乱に乗じて、この都市、オスロに対する反政府組織のテロリストが動き出してはMSに乗って暴動を起こしていたのだ。
外の光景では、治安維持用に配備されていたヴァントガンダムが交戦しているが、テロリストの技量が高いのか、簡単に破壊されていた。オスロ内の国連軍機体はヴァントガンダムだけでなく、新生連邦から鹵獲したディーストも混じっていた。元々オスロは新生連邦と平和国の両方の勢力が入り混じっていた国であり、新生連邦と国連の決戦があった後で、オスロは平和国連盟の所属となり、その際に残っていた新生連邦の機体を有効活用しようと、ディーストが配備されていたのである。
現在テロリストと交戦しているのはオスロ政府だ。国連から機体を譲り受け、戦ってこそいるが、パイロットは実戦慣れしていない兵士ばかりで、まるで相手になっていない。
「多分あっちのディーストはオスロ政府の機体だと思うが……なんだ、何であんなに弱いんだ?」
政府の機体が一方的にテロリストに蹂躙されているという、異様な光景にジュナスは疑問を抱く。それ程にテロリストの機体が強力なのかと思われたが、テロリストの機体はいずれもがファドゥームであり、それ程強力とは言い難いものばかりであった。それ以外にも、ジョゼフやディーストといった機体も使い、暴動を起こしている。
バシュゥゥゥ
と、テロリストの別のMSが病院の方向にビーム粒子を発射した。幸いジュナスのいる病棟に直撃はしなかったが、それでも他の病棟が破壊された。粒子の熱が、建造物を溶かすのに十分な火力を持っていたのである。
「無差別破壊だと!なんて奴等だ!?」
「怖いよぉ……」
「そんな……こんな所であんなのに巻き込まれるなんて……」
キレス家は全員恐怖に怯えていた。だが、レイは一人何故か冷静だった。MSが襲ってくると言う光景はもう、彼にとっては慣れている光景だった為である。そして、彼は恐怖ではなく、そのテロリストに対して怒りを感じていた。
「皆さん、早く避難して下さい!」
そう言うのは病院内のスタッフだ。それを聞いて、病院スタッフの誘導の下、病室に居た人間達は杖を突いたり、点滴のついたキャスターを移動させながら病室から出ようとする。又、車椅子の介助が必要な者はスタッフが側に付き、避難を行ったのだ。
「っ!」
その時、レイは突如走った。彼が真っ先に病室を後にしたのである。逃げる為に一目散に出たのかは、キレス家の人間にも分からなかった。
「お兄ちゃん……?」
「レイ……?」
「あの子……?」
娘達二人と、母親がレイの行動に疑問を持った。
(あいつ、まさか……)
一方でジュナスはレイが何故真っ先に病室を出たのか、感付いている様子だった。
レイは走って病院を出た。避難中の患者に何度もぶつかりそうになりながら、彼はエントランスを抜け、病院の正門を出る。正門のある本棟の東側にある病棟は先程のテロリストによるビーム砲撃を受けて破壊され、燃えていた。その光景を余所に、レイは走り続けた。
(このままじゃみんなが殺される……そんなの、嫌だ……!嫌だから……!)
家族が殺される事にレイは恐怖を抱いていたのだ。家族だけでない、何の罪もない一般人達や、病院にいる患者達がテロリストに殺されるという恐怖。それだけは防がなければならないと思ったレイは、迷わずに走った。本来ならば治安維持はオスロ側の役割だが、肝心となっている政府側がテロリストに対し、弱過ぎたのだ。その為、テロリストに容赦なく破壊されている。
「あれは……!」
その時、彼は倒れているディーストの姿を見つけた。そのディーストは右肩部を破壊されてはいたが、それ以外はビームライフルをはじめ、大して損傷していなかった。どうやら倒れた際に中のパイロットが脱出したらしく、コクピットも開いたままだ。
(家族を守る為だ……!僕が、光なら……!)
テロリストの猛攻に対し、レイはMSに乗ろうとしていたのだ。やがてレイはそのディーストのコクピットに入り、起動させた。
父の言葉を信じ、彼は動く。自らの名前の由来、“光”を信じ。
ビゴォン
モノアイが輝き、静かにディーストは立ち上がる。久しぶりのコクピット。それも彼が今まで乗っていたガンダムではなく、新生連邦の機体であるディースト。しかし迷ってはいられない。彼はテロリストを撃退する為、動き出した。
政府とテロリストの猛攻は熾烈を極めた。しかし、政府であろう立場の存在がテロリストに簡単に倒されている姿はあまりに情けなく、避難をする人達を不安にするばかりであった。
「弱過ぎるんだよ糞政府がァ!!!」
一人のテロリストの駆るファドゥームが、オスロ政府側のヴァントガンダムを、バズーカで撃ち抜き、破壊した。やがてそのパイロットは病院の方向を見て、ニヤリと笑みを浮かべた。
「のうのうと糞政府の言いなりになってきた糞市民共……気に食わねぇよなぁ?俺達がどれだけ今の政府に対して反対運動をしてきたと思ってやがるんだよォ!何も知らないで平和ボケしたクソッタレの凡人共が!むかつくんだよ!!!」
テロリストの目的。それは、オスロ政府に対する反逆だった。新生連邦と平和国連盟という二大勢力に支配されていた事に対し、オスロ政府はまともな対応をせず、ただ、両陣営の言いなりとなっていた事が不満だった事が引き金となり、今回の暴動を起こしたのだ。彼等は自分達が正義だと言い張り、その正義に対して何も賞賛をせず、普通に過ごしてきた市民が気に食わないのだと言う。
やがてファドゥームの有線式クローに搭載されているビーム砲が、レイの家族のいる病院へ向けられようとしていた。そしてそれが放たれる―――
ズバァァァッ
その時、一機のディーストが優先クローをビームサーベルで切り裂き、更にそこから頭部をビームライフルで撃ち抜いた。カメラアイが無くなり、視界を奪われたファドゥームはそのまま破壊される。爆風の中で、そのディーストのモノアイが輝いた。
「やらせるもんか……父さん……母さん……お姉ちゃん……ミィスを!」
ディーストにはレイが乗っていた。彼は家族を守る為、戦いに身を投じたのである。
その様子を見ていた残りのテロリスト達は一斉にレイの乗るディーストの方向を見た。そして一斉にビームライフルや、ビーム砲を撃つ。彼は病院にビームが行かない様に、そこから少し移動し、シールドでこれらを防いだ。
しかしディーストのシールドではこれらのビームの出力に耐えられなかった。その為、限界を迎えたシールドを破棄し、彼はビームライフルで反撃に出た。敵に向けて連射をするのだが、いずれも回避されてしまう。
「クッ……!」
シールドが破壊された為、身を守るものが無くなったレイのディースト。病院に敵の攻撃が行かない様にする必要があった為、彼は近くの建物を使ってビーム砲撃を凌ぐことにした。
しかし、その間も容赦なくテロリストはビームライフルやビーム砲を連射してくる。このまま建物に隠れていても埒が空かないと判断したレイはディーストを敵のいる場所へ向かわせた。ディーストはビームサーベルを構え、迫る。
「やああああっ!」
迫るレイのディースト。それに対し、躊躇う様子もなくテロリストの機体はビームを放出してきた。しかし彼はこれらを間一髪で回避し、敵に迫る。レイの標的は、敵のディーストだった。素早い動きで敵のビームライフルを切り裂き、そのままコクピットを貫通した。次に頭部機関砲で傍にいたファドゥームの頭部に攻撃をし、モノアイを破壊する。その直後にビームライフルで撃ち抜いた。僅かな時間でレイは二機のテロリストのMSを撃退したのである。
病院の外に避難していたキレス一家はそのディーストを見ていた。テロリストの機体を破壊するレイの乗るディーストの動きに、皆唖然としている。
「あのロボットは味方なのかなぁ?」
「分からないけど……なんか動きが凄い……」
無論、家族はそのディーストにレイが乗っている事を知らない。ただ一人を除いて。
(……まさか……な?いや……でも……あるいは……しかし、あいつだったとしてもあの動きは……)
ジュナスはレイがそのディーストに乗っているのではないかと疑っていた。だが余りに俊敏な動きをし、テロリストを次々と倒していく姿に疑問を抱く。レイはここまで強いのか……と。
しかしその時だった。レイの乗るディーストの左肩部が敵機体のビームサーベルによる攻撃を受け、切り落とされたのだ。その勢いで、二機のテロリストの機体の攻撃を許してしまう。急いでレイの乗るディーストはビームサーベルを構え、迫る敵のファドゥームのコクピットを狙い、振るった。その際にファドゥームの胸部にダメージを与えるが、機体に支障はない。
「このっ、鬱陶しいんだよ!!!」
ファドゥームはバズーカを周囲に連射し始めたのだ。当然周囲には逃げる人々の姿もあった。それらに対して平気で攻撃するこのファドゥームのパイロットに、レイは怒りを覚えた。
――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――
レイの眼が深紅に染まった。平気で町の人を襲うテロリストが許せないと感じたのだ。彼の動きは先程までの物とは比較にならないぐらいに素早くなり、そのファドゥームに対して頭部機関砲をひたすらに連射する。半円を描くように移動しながらその攻撃を続けた後に、ビームライフルを連射し、両腕を破壊。そして彼はビームサーベルを再び構えてコクピットを切り裂いた。
「う……おあああああああああああっ!」
ファドゥームは爆散した。直後にレイの眼の色は、元の青色に戻る。
「はぁっ……はぁっ……」
先程までの行動は記憶にない。あるのは、敵を倒したと言う感触だけ。
ゴゥンッ
その時、レイの耳にMSの駆動音が聞こえた。彼の目の前にはジョゼフがビームサーベルを構え、モノアイを輝かせて襲って来ている。レイが覚醒し終えた直後の隙をテロリストに突かれたのだ。
「あっ――」
彼は抵抗する為にビームサーベルの出力を上げて打ち合いを行おうと、ビーム刃を展開した。この時、激しいスパークが周囲の雪を溶かす。危険な光景ではあるが、キレス家はこの戦いを目の当たりにしていた。そして、ジュナスは一人、この中にレイが乗って戦っている事を見抜いていた。
「うぁっ!?」
だが、敵は一機だけではなかったのだ。今度は別方向から迫っていたジョゼフが、ビーム刃を展開して迫っていたのである。打ち合いを行っている状況を見た、ジョゼフがレイに迫って来ていた。危機的状況が、レイに迫る。
やがて、敵のジョゼフのビームサーベルが彼のディーストのコクピットを水平に切り裂く――
第九十二話、投了。
レイを救ったのは、父、ジュナスの言葉でした。レイの悩みを聞き、受け入れ、解釈して彼はレイに言葉を伝えました。
そして、レイは本当にするべき事を見つけていく――