しかしそこへ迫るのは、国連軍だったーー
「あー、楽しかった!シャルア、レイ君を襲っちゃ駄目だよ!」
「襲ったら、許さないから……」
互いにそう言った後に、やがてニアとクリアは部屋を後にした。束の間の時間を堪能した二人。シャルアはご満悦な様子だが、レイの表情は明らかに疲れている。
「あ、そうそう。今日はずっとその恰好ね!」
「そんな!どうしてですか!?」
「あんたの姿をあたしが独占したいから。逆らうなら追い出すからね、ド・レ・イ!」
一方的なファッションショーは終わった筈なのに、シャルアはまだ黒猫フードの姿で居る事を強要する。余りに理不尽だ。
しかしこの場はシャルアの方が立場が強い。故に、レイは逆らえないままだったのだ……
「さぁて、片付けしようか!服畳んでよ!あたし、SNSチェックするから!」
「そんな!」
彼女の発言は一方的だ。やはりこの女はサディスティックな性格をしている。明らかに、レイを弄ぶことに対して愉悦を抱いているのだ。
彼女が用意した服を畳む、レイ。恰好だけ見れば明らかに浮いている。一人の少女の命令で黒猫の恰好をした少年が何故このような手伝いをさせられていると言うのか。
思えば、ここに来るまでのレイは死を選ぶかも知れない程に追い込まれていた。しかし父親の言葉を聞いてからレイは動き出し、そして、自らの役目を果たす為に今、アステル家に向かっている。ここに来て、今までの辛いとされた生活は大きく変わった。個性的なジェルヴァチームのメンバーに、いつしかレイは元気づけられていたのかも知れない。最も、その方法は明らかにずれていると言えるのだが……
服を畳んでいる時、レイはふと思い出した。この艦には他にも人間がいる。医者であるホシェル・ゼオードと、パイロットであるゼル・アスト・ジェイフォード。特にレイはゼルの存在が気になった為、シャルアに聞いた。
「あの……」
「何?」
「その……ゼルさんは元気にしていますか?」
ゼル。レイに暴言を吐いた少年。彼の発言が今は亡きゼオンを傷つける事になった。そして、レイはゼルに謝罪を求めた。結果、ゼルは謝罪した。それから彼はどうなったのか。レイは、個人的に気になっていたのである。
「あいつは相変わらずよ。基本誰とも喋らない。クルーとも全然喋らないし、何が何だかって感じ。」
話を聞く限り、ゼルは出会った時と然程変わっている様子ではないようだ。それを聞き、レイは何とも言えない表情を浮かべていた。
「メナンはどうしていますか?」
別の話題を振ろうと、レイはメナンの事について聞いた。セイントバードにいつの間にか居た幼女は、今はヒパック村に居ると思い、聞いたのだ。
「実家に居てるわよ。元気でやってる。ってか何!?全然あんたさ、あたしの事について聞いてくれないじゃない!なんかむかつく!服を畳むの終わったらトイレ掃除!」
「え……ええっ!?」
「何?逆らうの?そのカッコのまま廊下で寝たい?」
突然の、理不尽なシャルアの仕打ちにレイは困惑した。だが、彼はシャルアには逆らう事が出来なかったのである。彼女に逆らえば自分の部屋がなくなり、本当に廊下で寝ることになる可能性があった為、レイは我慢した。
この日、結局レイはシャルア、ニア、クリアの三人によってただ、弄ばれているだけだった。彼女達によって行われたレイの女装のファッションショー。中でも彼女達が一番気に入っていたのは黒猫のフードを被ったレイの姿であったという。
やがて時間は夜になった。しかし、彼は時間が経過しても衣装を変える事を許されないまま今に至るのである。困惑している彼の姿を、シャルアはただ、白い歯を見せて笑うばかりだ。
この間もレイは就寝の準備をしていた。これも、彼女の命令によるものである。この時、どうせ自分はベッドに寝られないのだろうと思ったレイは、ベッドに二つあった枕の内一つを床に置き、そこで眠る準備を進めていた。
(これがあと二日続くって思うと……うぅ……辛いなぁ……)
レイは溜息を吐いた。ジェルヴァチームが自分に協力してくれている事は有難い。しかし、シャルアが彼の邪魔ばかりをするので、疲労が溜まっていた。ツヴァイガンダムを入手した後はエリィと合流し、戦う事になると言うのにこの調子では先が思いやられる……と、レイは感じていた。その心境とは裏腹に、レイの衣装は全く合っていない程に愛らしいのがこの場に不相応と言えた。
その時、洗面所の自動ドアが開いた。シャルアが歯磨きを終えたのである。彼女は髪を掻きながらレイの下へ寄り、言った。
「あんた何してんの?」
「え……あ……その……シャルアさんがベッドで寝るのかなって思いまして……」
次に彼女が言う台詞は分かっている。どうせ、〝御苦労〟とか〝奴隷は立場を弁えてる〟といった台詞が飛んでくるのだろうと、彼は思った。
「枕、ベッドに置きな。一緒のベッドで寝るよ。」
「え!?」
予想外の台詞だった。まさか一緒のベッドで寝ることになる等、思いもしなかったからだ。それはそれで問題があった。シャルアはレイを馬鹿にはしているが、性別は女である。増して、レイと一つしか年齢も変わらない上、彼等はティーンエイジャーなのだ。その二人が一つのベッドを共有する事に、レイは躊躇いを覚えた。
「寝るなら寝る。ほら、早く横になりな。」
「あ……えと……はい……」
言われるがまま、レイはベッドに寝転がる。直後に、シャルアも彼と同様に寝転がった。そしてすぐに部屋の証明を消し、両者は一つのベッドの上で眠る形となった。レイは恥ずかしいのか、シャルアの顔を見ずに、壁側に顔を向けていた。
その後少し時間が経った。彼が横になっている間にシャルアは悪戯をするかと思ったが、何もしないまま彼女は目を瞑っている。最初レイは警戒をしていたが、その警戒心も徐々に解いて行き、彼も眼を少しずつ閉じていく。
やがてレイが眠ってから二時間が経過した時、彼は目を覚ました。やはり一人の少女が後ろで眠っていると言う事から、どうしてもシャルアを意識してしまい、眠れないのだった。
(眠れない……眠い筈なのに、眠れないなんて……)
ちらと、レイは後ろを見る。そこにいたのは愛らしい寝息を立てて熟睡するシャルアの姿だった。彼を揶揄っていた時は憎らしく感じていたシャルアだが、眠っている時の顔は彼にとって愛らしく感じられた。
(シャルアさんって……なんだろう、やっぱり綺麗な人なんだ……僕、こんな綺麗な人と寝ているんだ……あ……でも……ヒューナ姉さんと……寝たんだった……そうだ……僕は……)
シャルアを見て、急にレイはヒューナの事を思い出した。
今は亡き、リルムの姉であるヒューナ・エリアス。レイの幼い頃から彼の面倒を見てくれた彼女。最近までは彼の悩みに対して相談していた彼女。しかし、レイとヒューナは一線を越えてしまい、激しく求め合った。その事があってから数日後にヒューナは自殺。リルムとは縁を切られ、彼は大きく傷付いた。
思えばシャルアもヒューナと仲の良い友人関係である事を、ここに来て思い出したレイ。恐らくシャルアはヒューナが死んだ事を知らないだろう。しかし彼はよく知っている。死んでいる姿をこの目で、はっきりと見たのだから。
(あの光景を見て……リルムにも嫌われて……これ以上地元にいるのが嫌だから、僕は逃げ出して今に至るのかも知れない。でも……今は自分の事をしなきゃ……この先、どんな事があっても……)
レイの決意は固まりつつある。彼はツヴァイを受け取り、エリィ達がいるとされる戦場へ戻る。今はジェルヴァチームの中で過ごしているが、彼等と分かれる事になればその先は一人でエリィ達のいる場所へ向かわなければならない。そうなれば宛てが無い以上、地道に探す事になる。
レイは考え事をしている最中に身体を窓側に向けた。その状態のまま、静かに目を瞑る。
「奴隷、起きてんでしょ。」
「え?」
シャルアの声が聞こえた。彼女は先程レイが窓側に身体を向けた時に目を覚ましたのだ。
「こっち向きなさいよ。」
そう言ってシャルアは強引にレイと顔を合わせるように、彼の身体を回転させた。
「わっ……」
シャルアとレイの顔が非常に近い。これ程近くで彼女を見た事が無かった為、レイは顔を赤めた。
「ねえ、キス出来そうじゃない?この距離。」
「あ……え……?」
「いっそ、キス、しちゃおっか?」
「そ……それは……」
あと数センチメートル程度顔を近づければ彼女の唇に届く距離だった。だがレイはそれに対して躊躇する。
「それとも、特別にオナニーする?あたしの前で。」
「えぇっ!?」
「あたしの下着付けてて正直コーフンしてるんでしょ?さっきはダメって言ったけど、気が変わった。別に良いわよ、特別サービス。」
そう言ってシャルアは胸元をちらとレイに見せる。眼のやり場に困るレイ。そんな彼を翻弄するかのように、シャルアは笑みを浮かべ、突如来ていたパジャマを脱ぎ始めた。
やがて下着姿になるシャルア。黒い下着を身に纏っている彼女のその姿は絵になるようだった。愛らしい顔付きとスタイルの良さが合い重なり、レイは余計に困惑する。
「な……なんで脱ぐんですか……?」
「いや、だからサービス。嬉しいでしょ。流石に裸はちょっとあれだから下着で。ね、どう、興奮する?フフ、これならオカズに困らないでしょ……。」
ここまで自らを強調する人間は見た事がない。しかし彼女のプロポーションは間違いなく、目を引くものがある。故にレイは恥の感情を抱きつつも彼女の姿を見ているのだ。
明らかな誘惑は更に続く。その上での艶めかしいシャルアの声色がどこか色香を漂わせている。まるで、以前にレイを誘惑していたかのような声。
「フフ、もしかして大きくしてるんじゃないの?もしあれだったら、その下着の上から触ってあげたって良いんだよ……?」
ぐいと胸を強調するシャルア。赤面する、レイ。
「え……?」
すると、彼女はレイの耳元で、そっと囁く。
「イジって、あげるから……きっと、気持ち良いよ……」
と、言ってレイの耳垂をそっと口唇で触れる。その動きが僅かにレイの呼吸をあらげさせるのだ。
「は……ぁぁ……」
こそばゆい感覚がレイを包む。完全に、シャルアのペースに乗せられている。
まさか。シャルアにそのような行為をされるのか?しかしシャルアの表情はどこか真剣そのものだ。駄目だ……と、言いたいところだが、止まらない。内心で期待しているのか?彼女によって自らの秘部を翻弄される事を……?
「バーカ。嘘よ。」
と言った後、突如レイの口を塞ぎ始めた。急な出来事に、レイの眼は見開かれる。
「ンンっ……?」
「フフ、あんたってホントいじめがいあるわね。まさか手でされるの、本気で期待してたのかな?」
彼女の演技が再び炸裂した。そうだ。この女は以前もレイを誘惑して突き放した。同じ事をしたのだ。
「触る訳ないじゃん!そんなの!あはははは!」
この事に対し、レイは彼女に対して赤面した事を後悔した。情けない……とさえ、思った。
「ッ……!」
苛立ったレイは再び身体を窓側に回転させた。シャルアは頬を膨らませ、顔を向けるように言うが彼は応じない。
「はぁ、まあいいわ。」
〝追い出す〟と言うのかと思ったが、意外にも彼女は素直に諦めた。そして、レイに対して言う。
「あのね、奴隷。あんたあと二日したらここを離れちゃうんでしょ。」
「え……?あ、はい。」
変な質問が来るのかと思っていた為、レイは彼女に対して瞠目した。
「あの……さ。もし良かったらで良いの。」
「……?」
シャルアは一旦言葉を溜め、深呼吸をするように言葉を発した。
「ジェルヴァチームでやっていかない?」
「え……?」
まさか、彼女がジェルヴァのMS乗りとしてレイをスカウトするとは思ってもみなかった。彼にはするべきことがある為、当然ここに居続ける訳にはいかない。しかし彼は簡単に断る事が出来なかった。
「あんた強いしさ、その腕でMS乗りとしてやって行くのもアリじゃない?あんたが探しているガンダムで、あんたの仲間と共に戦うのも……勿論アリだけど。」
そう言うシャルアの声は、どこか寂しそうだった。レイは彼女に対し、再び身体を回転させて口を開く。
「……そう言ってくれると嬉しいです。でも、僕はやるべきことがあって。だからジェルヴァの皆さんと協力するのは出来ません。ここの人達は個性的で、凄く明るくて……逆に僕みたいな人間がこんな所に居ていいのかなって思えるぐらいなんですよ。」
「それはどういう意味よ。昼間に艦長が良い事言ってくれたのに……あんた、まだ自分を卑下してるの?それにあの二人にもモテモテだし。」
ヒューナが死んだのも、リルムがレイを拒絶したのも、自分が撒いた種だと思っているレイ。だからこそ、彼は明るく振る舞われると困惑したのだ。もしかすれば、自分は人を嫌な気分にさせてしまうのではないかと言う不安が彼にはあった。
「ヒューナ・エリアスを知っています?」
レイはシャルアにヒューナの事について聞いた。
「え、なんでヒューナちゃんの事、あんたが知ってるの!?」
「僕の幼馴染のお姉さんで……とても良い人だったんです。でも……」
黙っておきたかった。しかし彼は感情に任せ、つい口を開いてしまった。ヒューナが死んだ事を。それを知ったシャルアの表情を青ざめる。
「嘘……でしょ……あの子が……?」
「……はい……ご、ごめんなさい……僕……黙っておきたかったんですけど……姉さんの……友達が……何も知らないで……死んだなんて……悲し過ぎる……から……」
ヒューナの死体を見ていたレイはその光景を思い出してしまい、涙を流す。自分でも抑えられない感情が溢れ出てしまい、彼は悲しくなった。
束の間、両者に沈黙が続く。二人の少年少女がいるこの環境で、誰も喋る事なく時間が流れている。その間も、レイは啜り泣きをするばかり。
だが、沈黙に耐えられなくなったシャルアは眉間に皺を寄せ、彼の頭部をコツンと小突いた。
「え……?」
「泣くな。」
「は……え……?」
小突かれた上に、強い言葉。予想外の彼女の行動にレイは泣きながらも躊躇う。そして、シャルアは彼の目元に手を触れ、涙を拭った。
「あんた、泣けばヒューナちゃんが報われるとでも思って泣いてるの?」
「そんな訳……ないですよ……」
半ば強引に涙を止められ、レイは困惑していた。恐らく自分の表情は情けない表情をしているだろう……そう思ったレイは両手で口と鼻を覆い、目をぱちぱちとさせた。
「ヒューナちゃんがどんな理由で死んだのかは分かんないよ。それだけ悩んでいたって事だしね。だから自殺した。あんたはそこで泣いたんでしょ。なら、もう良いじゃない。今さら思い出して泣いてどうすんのよ。泣いたらあの子が天国から帰ってくるとか?そんな典型的な感動モノのストーリーみたいな事、あり得る訳ないわよ。」
「……!」
シャルアの言葉は正論だった。だが、レイにはどうしてもそれが認められなかった。彼女と違い、レイはヒューナとは深い付き合いがある。だからこそ、簡単に割り切る事が出来ないのだ。
どうしても涙を抑えられないレイはシャルアに見られない様に顔を後ろに向けた。直後にレイは口を開く。
「……ごめんなさい、シャルアさん……寝かせて貰って……良いですか?う……うぅ……」
「……いいわよ。でも明日は、チャイナ服着せるからね。」
今のレイにシャルアの言葉は通じない。無惨な光景を見て、それが焼き付いて離れない。それらも自分が引き起こしたものだと思っているレイは、尚更涙を堪えられない。一度は自殺も考えたが、痛みの恐怖が彼を傷つけ、自殺させる事を躊躇わせる。
やがて三十分が経過した。その頃になればレイは泣き止み、眠りに入ろうとしていた。だがそれまでの間、彼は延々と泣き続けていたのだ。つまり、まだ起きていると言う事である。
「泣き止んだ?」
シャルアが静かに声を掛けた。レイは彼女に対し、
「はい……」
と答える。
「長過ぎよ。いつまで泣き続けてんだか……眠れないのよ、隣で泣かれてると声が聞こえてきてさ。うるさいったらありゃしない。」
「ごめんなさい……」
いつまでも泣いていられない事は分かっていた。だがレイは泣いてしまった。シャルアは同情する様子を見せず、彼の泣く様子を疎ましく感じていた。彼はそれを申し訳が無いと思うが、涙は止まらない。先程になってようやく泣き止んだが、そこから彼は自分の行為を反省し始めた。
自分ばかりが不幸だと思うから、周りを不幸にしてしまったのではと、感じていたのだ。自分がアドバンスドタイプという、奇妙な人間だからという理由で悩み続け、結果的にそれが他の人間を不幸に追い遣った……レイはこの時そう思い続けていた。
ギュッ
「……!?」
その時、レイは抱き付かれた。無論、彼を抱き付いているのは後ろで眠っているはずのシャルアである。最初は驚いたが、抱き着かれるという事で何故かレイは安心していた。シャルアから伝わる、人間と言う暖かい温もり。それがどうしてか、今の彼には心地良かった。何故急に抱き付いたのか?疑問はあったが、レイはあえて聞かなかった。
「相変わらず良い身体してるじゃない、奴隷。」
「シャルア……さん……あの……?」
シャルアの言葉にレイは動揺した。この言葉を聞き、レイは彼女が何故抱き付いたのかを聞いた。
「どうして……抱いてるんですか……?」
「あんたを慰めてあげようかなって。」
「慰める……?」
「身体、引っ付くと暖かいでしょ。人間だからね、恒温動物だからね。そりゃ暖かい。そして何故か安心する。どう?安心するでしょ?」
「安心……します……」
「もう泣かない?」
「もう、泣き疲れました……」
「そう……ならいいの。」
この時、レイはシャルアが優しい人間であるのだと感じた。自分を心配し、身体を抱いてくれるシャルア。普通ならば彼は緊張する所だが、今は抱かれることでリラックスできた。彼女なりの自分に対する気遣いなのだろうと、レイは感じていた。
「ねえ、少し、このままで居させて……」
「……?」
シャルアは急に寂しそうな声で言った。レイは返答し、シャルアは彼を先ほどよりも強く抱き締め続ける。
「そ、そんなに抱き付かなくても……僕は大丈夫ですから……」
「バカ……あたしが嫌なのよ。」
「え?」
「あんたっていう遊び相手がいなくなったらさ……寂しいもん。だからこうさせて。せっかくまた会えたのに二日後にはどっか行っちゃうって……短か過ぎるわよ……」
そう言って、シャルアは更に強くレイを抱き締めた。彼女はレイの存在がいなくなる事に寂しさを感じている。今まで彼に対して悪戯をしていたのも、愛情表現の一つなのだ。
「シャルアさん……」
「勘違いしないでよね……あんたの事好きとかじゃないの。寂しいだけ……ただ、それだけなのよ……」
「……はい……」
彼はシャルアを受け入れる。自分を悪戯の対象にするのは寂しさを紛らわせる彼女なりの愛情表現なのだ……と、感じたからだ。そう思う事で、レイは更に安心した。そして、両者はその体勢のまま眠り就くのであった。
それから二日が経過した。相変わらずシャルアに弄ばれるレイだったが、初日程気にしている様子ではなかった。この二日間に彼はクルーと接する事を許可してもらい、様々な人と会話をした。相変わらず個性豊かなジェルヴァのクルーの言動はレイを悲しみから忘れさせてくれるようだった。
現在、ジェルヴァはイタリアに入った。ローマまでは約一時間程で着くという。そろそろ行かなければならないと言う事で、レイは荷物をまとめる作業をしていた。
「行っちゃうのね。」
シャルアはベッドに端坐位姿勢で居ながら、俯いて言った。
「はい……短い間でしたけど、ありがとうございます。」
レイは静かに、お辞儀をする。様々な事があったとは言え、イタリアまで送ってくれた事に関しては感謝以外の何者でもないのだ。
「……寂しいな、やっぱり。」
するとシャルアはスッと立ち上がり、彼の目の前に立った。そして――
チュッ
「っ……!?」
シャルアはレイに対し、接吻を交わした。一瞬だったが、レイは彼女の唇の感触を感じていた。
「あ……の……?」
「愛情表現なんかじゃないんだから……コミュニケーションなんだから……」
シャルアは顔を赤め、視線を逸らした。いつもレイを挑発し、レイを辱める立場である筈の彼女が顔を赤める事は今までになかった為、レイは複雑な心境だった。
「行っちゃうのなら……さ。約束して欲しいコトがあるのよ。」
シャルアは息を飲み、静かに口を開く。
「絶対に生き残ってさ、戦いが終わったらジェルヴァに遊びに来てよね。絶対に死なないでよ……奴隷……そう!奴隷!あんたはあたしの一生の奴隷なんだからね!!!死んだら許さないんだから!!!」
この先、何が待っているのかは分からない。恐らくは壮絶な戦いが待っている可能性が高いだろう。生き残る可能性は当然低くなる。ジェルヴァの中よりも更に危険な場所……戦場。死ぬ可能性が高いからこそ、シャルアは生き残って欲しいと言った。レイは静かに頷き、笑顔で言う。
「戦いが終わればジェルヴァにも寄らせて頂きます……短い間ですけど、お世話になりました。」
一度は自死さえ選択肢に入れていたレイ。だが生き延びて欲しいと言う声も聞けた。彼の父親であるジュナスや、シャルアといった人間達。彼等はレイに生きて帰って来て欲しいと言った。様々な人間に励まされ、レイは数日前とは大きく心境が変化していた。
ウゥゥゥゥゥゥゥゥ
突如艦内が騒がしくなった。この二日間は何事もなかったジェルヴァだったが、ここに来て警報が鳴り響く。
「敵!?マジなの!?」
「ここで……?」
ジェルヴァに敵が迫っていた……予想外の事態に混乱する彼等。その際にイヤーの声が艦内に響いた。
「MS接近中!ライブラリにデータはありません!」
ジェルヴァが戦った事のない敵。その正体が気になったレイは部屋を出ようとする。
「待って!戦う気?」
「はい!ここまで乗せて貰って、何もしない訳に行きませんから!」
「そう……死ぬんじゃないわよ、奴隷。」
「はい!」
レイは去った。彼に続くように、シャルアもMSデッキへ向かう。
ジェルヴァのブリッジでは未確認の熱源の存在に警戒していた。イヤーが情報を解析するも、彼等が遭遇したMSのデータに、今回出現したMSはいない。今回確認された熱源の数は十二である。
「敵はMS乗りじゃないのか……?どこの所属だ?」
「識別パターン確認!国連軍です!新型機体を投入して来ています!」
敵は国連だった。機体は新型であるハイエッジである。何故ジェルヴァに国連軍が襲ってきているのかは定かではないが、ゲイルは疑問を抱きつつも冷静に対応する。
「国連が敵?俺達何か悪さをしたか?話がしたい。回線を繋げて。」
「はい!」
言われるまま、イヤーは国連に対して回線を繋いだ。敵には母艦らしき姿は見当たらず、MS数機でジェルヴァに接近していた。その為、回線の繋がる相手はハイエッジのパイロットと言う事になる。
「こちらはジェルヴァチーム代表、ゲイル・ゼノイア・バーダ。国連軍が我々に何の用か。」
ゲイルの質問に対し、リーダー機体に乗っているパイロットが答えた。
「我々は地球上に残っている、国連の脅威となり得る勢力に対する治安維持行為を行っている。貴様等はその標的になっただけだ。悪いがその戦艦を残し、クルーには去って貰う。」
新生連邦軍が地球上にいない今、国連は地球上の治安維持活動を行っていた。それは如何なる脅威も国連が排除するという、従来の国連では考えられないような暴挙だった。全てはギルスの命令である。
FPBが発足した今、ギルスは地球上に残った脅威となり得る勢力の弾圧をするように、地球在住の部隊に命令を下したのである。
「〝国連〟の脅威ですか。〝地球の平和〟の脅威ではなく?」
「ああ、そうだ。命令に従えない場合は力ずくでもその艦を破壊する。クルーはその間に去るんだな。そうすれば殺しはしない。あくまでも脅威となり得る力を奪うだけだ。」
ハイエッジ部隊の隊長機に乗ったパイロットが言った。ゲイルはそれに対して何故かにやりと笑い、そしてゲイルはジェルヴァチームのパイロットを含む、全てのクルーに対して通信回線を開いた。
「えー、皆さん。国連軍の御方達から連絡です。〝国連〟の為に我々ジェルヴァチームは解散しなければならないそうです。反対する人は手を上げて。ここは多数決で決めよう。この様子は国連の御方達にも見られているよ。」
ゲイルの様子は現在MSデッキにいてMSに乗って戦おうとしているレイにも見えた。戸惑うレイ。だが、彼以外のMSデッキにいる人間はそれぞれが笑い、一斉に右の親指を立て、サムズアップを行ったかと思うと、素早くそれを回転させた。いわゆる〝ブーイング〟のポーズを行ったジェルヴァチームのクルー。ゲイルはその様子を見て国連のパイロットに言った。
「そう言う事です。うちの面子は解散する気はゼロって事で。お引き取り願いましょうか。」
「チッ!野良犬共が!」
すると国連軍は強硬手段に出た。ハイエッジはジェルヴァに向けて一斉にビームライフルを射出し始めたのだ。それらの攻撃が確認された瞬間、ジェルヴァのカタパルトからMSが一斉に展開される。国連のやり方に反対するジェルヴァチームと、厄介者を排除しようとする国連。彼等の戦いが今、始まろうとしていた。
レイはジョゼフに乗っていた。以前にジェルヴァチームと共に戦った時もそれに乗っていた。彼は自分の為に動いてくれたジェルヴァの仲間達を守る為、戦いに臨む。
国連の機体はヴァントガンダム以上の高性能機体であり、新生連邦の機体を流用しているジェルヴァチームからすれば機体性能で劣っていた。しかし彼等は逃げる事は無かった。自分達が逃げればジェルヴァがやられてしまうからだ。
「いつから国連は偉そうになったってんだよー!!!」
一人の、ディーストに乗るジェルヴァチームのパイロットが叫んだ。ビームライフルを連射し、ハイエッジを狙うが、ハイエッジは機動性の高さを駆使してこれらを回避し、腰部のビームキャノンを展開した。その砲撃に直撃したディーストは、瞬く間に破壊されてしまう。
仲間の仇を討たんと、他の機体がハイエッジを狙うが、照準が合わない。相手が早過ぎるのだ。
「つえぇ!?」
「諦めるな!」
「でもよー!」
「死にてえのか!?」
ハイエッジと言う名の機体に苦戦するジェルヴァチームのパイロット達。その中にはニアやクリアの姿があった。
「クリアー、敵が早過ぎるよぉ……」
「機体性能は圧倒的……でも、倒せない訳じゃない。」
そう言ってクリアの乗る陸戦型のディープシーはハイエッジに狙いを定め、ガトリングを撃つ。しかしこれらは全て回避された。苛立ちを見せたクリア。彼女の駆るディープシーは、ビームサーベルラックをバックパックから抜き、ハイエッジに迫った。無論、機動性に圧倒的に劣るディープシーがハイエッジに勝る筈がない。
そこで、ディープシーは脚部ミサイルを同時に展開しながらハイエッジに迫る。無論、ミサイルに対してハイエッジはビームライフルを発射し、破壊する。その爆風に紛れ、クリアの乗るディープシーは一気にハイエッジに迫った。
「貰った……!」
ディープシーはモノアイを輝かせ、ビームサーベルをハイエッジのコクピットに突き刺した。そしてハイエッジは破壊される。その時、別のハイエッジが彼女の乗るディープシーに迫って来た。それに対して、ディープシーはガトリングを再び装備し、連射する。
「こんなのに当たらない……!」
「クリア!大丈夫!?」
「私は平気。ニアは自分の敵に集中して。」
そう言って、クリアは戦いを止めない。迫るハイエッジに対してビームライフルを連射し続ける。その時、ハイエッジはビームセイバーを腰から装備し、ディープシーに切り掛かろうとしてきた。
「っ!」
その動きを見切り、回避運動するディープシー。そして、ショルダースパイクを使ってハイエッジに直撃を行った。この攻撃により、ハイエッジは地上へ叩きつけられる。
「勝った。」
ダダダダダダダダダダ
ディープシーはコクピットに目掛け、ガトリングを放ち、ハイエッジは破壊される。その一連の動きを見ていたニアはクリアに言った。
「すごーい!すごーい!流石クリア!!!」
「まあね……」
と、笑顔でクリアはニアに返した――
ズバァァァァァ
しかし直後の出来事だった。敵機の接近する警告音を聞いてから二秒後――クリアの乗るディープシーは、別のハイエッジのビームサーベルに貫かれたのである。それはコクピットも貫通しており、通信回線を開いていたニアは、その際のクリアの残酷な姿を見てしまっていた。
「ク……リア……?」
「ア……が――」
クリアはビーム刃によって半身が溶けている状態だった。その様子を見たニア。直後にディープシーは爆発を起こす。もがき苦しんだまま、ハイエッジによって殺されたクリア。親友の無惨な最期に、ニアは衝撃を隠せないでいた。
「い……や……い……やぁ……!嫌ァァァァァー!!!」
ニアの乗るディーストはその場から撤退しようとしていた。殺されるという恐怖が、彼女を支配していたのである。だがハイエッジはそれを見逃さない。
「逃げる気か!自分達が喧嘩を売った癖に!大人しく指示に従えば誰も死なずに済んだものを!」
「嫌……嫌……クリアー!!!なんで……なんでぇ!?」
クリアの最期の姿が頭から離れない。親友の死が、彼女を戦場から遠退かせた。だがハイエッジは容赦なく、ニアの乗るディーストを襲う。
そして、ハイエッジの四門のビームキャノンがディーストに向けられようとした時――
バシュゥゥゥ
一筋のビームがハイエッジのコクピットを直撃し、それを破壊した。破壊したのはジョゼフである。そのジョゼフに乗っているのは、レイだった。
「はぁ……だ、大丈夫ですか!?」
レイはディーストに通信回線を開いた。そこに映っていたのは、恐怖のあまり錯乱しているニアの姿だった。
「れ……イ……く……ん……く……クリア……が……と……けちゃって……あ……アアアアアアア!!!!!」
「クリアさんが……殺されたんですか……?」
「ち!違う!!!クリア!クリアが溶けたァァァァァ!!!」
言葉が混乱しているニア。レイはその表情を見て、歯を食い縛った。悔しく感じていたのだ。守らなければならないのに、守る事が出来なかったと――
しかし、そこへ別の通信が入った。ニアは気が動転しつつも、回線を開く。
「馬鹿野郎が!パニクるぐらいなら撤退しろ!そんなんじゃ犬死するだけだぞお前!」
「ぜ……る……?」
気が動転しているニアに通信を送ったのは、ゼルだった。狂った様子のニアを見て、彼は苛立ち、会話を試みたのである。
「戦うってのは誰かが死んでもおかしくないってことだろうが!人一人死んだぐらいでぎゃあぎゃあ喚くなんてさ!お前は今まで生半端な覚悟で戦ってたのかよ!とっとと下がれ!今のお前がいても役立たずの的になるだけだろうが!!!」
「でも……!み……んな……みんな溶けちゃうんだよ!?敵の方が強過ぎる!ビーム受けて溶けて!クリアのあんなの見て……」
「クリアがどうした!?俺だって仲間が殺されたりした場面を何度も見てきたんだよ!今さら甘ったれんな!!!とにかく下がれってんだよ!お前も死にてえのかよ!?」
だが会話の最中にハイエッジは迫る。ゼルの駆るジョゼフはモノアイを輝かせてハイエッジにビームライフルを連射した。だが、全て、ハイエッジに搭載されているビームシールドに防がれてしまう。
「ニアさん……ゼルさんの言う通りだと思います……余所者の僕が言うのも変な話ですけど……今のニアさんが戦場にいるのは危険です……」
「レイ……君……?」
「一度艦に戻った方がいいです!このままじゃニアさんまで殺されてしまいます!」
レイに説得され、ニアは混乱しつつも、一度ジェルヴァへ逃げる事を決めた。
「う……ん……ごめんね……クリア……私……何も出来なくて……」
クリアが殺された衝撃が彼女を混乱させた。親友ともいえた存在が惨殺された為、ニアの中でそれが大きなトラウマとなったのである。
「ニアさん……」
レイはニアを心配したが、その間にもハイエッジは容赦なく迫る。機動性の高いハイエッジとジョゼフでは、ハイエッジに分があった。ハイエッジはビームライフルを連射し、レイの駆るジョゼフに当てようとする。
「クッ……!守らなきゃ……ダメなのに……!」
国連のMSであるハイエッジ。それは以前の新生連邦本部攻略戦で味方機体として戦った機体である。しかし、今は彼等にとって敵。敵に回して分かる、厄介な機動性の高さ。ジョゼフ自体も高性能な機体ではあるが、性能の差は圧倒的だ。レイは己の技量を信じ、ハイエッジに対してビームライフルを連射するが、狙いが定まらない。
その時、ハイエッジがビームセイバーを抜いて急接近をして来た。急いで自分もビームサーベルを抜き、対応する。間一髪レイは切り刻まれる事無く、ハイエッジと打ち合いを行った。
「所詮はジョゼフ等敵じゃないんだよ!野良犬MS乗り風情め!」
しかしハイエッジはその出力を生かしてレイの乗るジョゼフを地面へと叩きつけようとする。それに反応したレイは急いでハイエッジを蹴り飛ばした。そして頭部機関砲で相手を牽制する。
「このおっ!」
ジョゼフはハイエッジに急接近し、そのまま相手のコクピットを切り裂いた。
「が……ぐぁぁ!」
クリアが殺された時のように、そのハイエッジのパイロットもジョゼフのビームサーベルによって身体が溶け、死んだ。直後にハイエッジは爆発を起こした。
「はぁ……駄目だ……こんなんじゃ……守れない……」
ジョゼフでは皆を守る事が出来ないと言うレイ。彼はジョゼフを乗りこなせてはいるが、やはり機体性能の差がハイエッジを相手にする上では障壁となっていた。
「あっ!!!」
レイはジェルヴァチームのMSのディーストがハイエッジの放つビームライフルによって破壊されようとしていた。中のパイロットは命乞いをするが、その声など聞こえる筈もなく、ハイエッジは無情にもビームライフルを放出しようとしていた。
「クソタレの国連が!」
その時、ゼルの乗ったジョゼフが残っているハイエッジに対して攻撃を加え始めた。彼の乗るジョゼフに対してハイエッジはビームキャノンを一斉に展開し、放出する。無論これを受けてしまえばジョゼフは破壊される。それだけは避けなければならない事を分かっていたゼルは急いでそれを避ける。そして空かさずビームライフルを構え、ハイエッジのコクピットを狙い、破壊した。
「あれは、ゼルさんの機体だ……僕も、戦わなきゃ……守らなきゃ!」
ビゴォン
その時、ジョゼフのモノアイが輝いた。そして、彼は次のターゲットに対して狙いを定め、ビームライフルを連射した。しかし、いずれも回避されてしまう。
「当たらない……こんなのっって!?」
レイは焦っていた。だが焦れば焦る程、相手に攻撃は当たらない。必死にビームライフルを連射していたその時……
ピピピピピッ
自機に接近する熱源の音に反応したレイは、すぐに動こうとするが、そこにいたのはビームキャノンを一斉に展開しているハイエッジの姿があった。このまま発射されれば彼はハイエッジによって殺される事になる。
「あ――!」
自分の油断により、接近を許してしまったレイ。このまま殺されるのは時間の問題だと思った。
――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――
レイの眼が深紅に染まった……と同時に、ジョゼフは素早くそのハイエッジの背後に回り込み、ビームサーベルを使ってビームキャノンを切り裂く。そして、バーニアに頭部機関砲を撃ち込み、損傷を与えた後でビームライフルを撃ち、破壊した。
「はぁ、はぁ……」
相変わらず、先程の記憶は覚えていない。あるのは、敵を倒したという手応えだけ。危機的状況に陥ることで生じるこの現象は、彼自身明確に分かっていない。ただ言えるのは、彼がアドバンスドタイプである為にこの特殊な力が発動するのだろうという事である。
彼が息を荒げている時、ジェルヴァから通信が入った。彼は急いで回線を開くと、モニターに映っていたのはゲイルであった。
「レイ君、目的地であるアステル家には大分近付いている。そのジョゼフならばここから数分移動すればアステル家に着く筈だ。」
「え……それって……!?」
「そう、俺達を無視して君の行くべき場所へ行くんだ。気にする必要なんてない。元々君の為に協力しているんだ。君は気にせず、そのジョゼフを使って早く行くんだ。」
急に、ゲイルは現在の戦闘中域から離脱し、アステル家へ向かえと言い始めたのだ。それですんなりと言ってしまえば、それこそ恩を仇で返すようなものだ。そう感じていたレイは首を横に振った。
「嫌です!これだけお世話になって……僕の為に人も死んで……そんな状況で僕だけ逃げるなんて出来る訳が無いです!!!」
「じゃあもし一緒についてくるのなら、俺達はアステル家から離れるぞ!多分一生近付かないだろうな!」
「え……?」
ゲイルの言葉に耳を疑ったレイ。彼はどうすればよいか、分からないでいた。ここで見捨てて一人だけ逃げる事等、レイには出来るはずがなかった。
「今回の相手は分が悪過ぎる!俺達はこれ以上南下をしていられないんだ!頃合いを見つけて俺達は撤退する!ここから離れて、安全な場所まで避難する!でもそれに付いて行ったら君はどうなる?君の目的が達成出来ないだろ!自分の目的があるのなら、早くアステル家へ向かうんだ!俺達に構うな!」
「でも……でも!」
困惑するレイ。だがその間にも国連のハイエッジは彼に襲い掛かる。突然の襲撃を受け、レイは回避運動を行った。そのハイエッジに対してレイの駆るジョゼフはビームライフルを撃つが、すぐに回避されてしまう。
ゴゥンッ
その時、ジェルヴァのブリッジに向けてビームキャノンを発射しようとするハイエッジが現れた。予想以上の国連の機体に苦戦するジェルヴァチームは、ジェルヴァへの接近を許してしまったのだ。
「熱源確認!狙われています!」
「緊急回避!」
「間に合いません!」
ハイエッジはカメラアイを輝かせ、高出力のビームキャノンを今にも発射しようとしていた。
「無敵のジェルヴァチームもここで終わりかよ……!?」
ブリッジにいたメンバーは全員が目を瞑った。〝殺される〟と、誰もが思った。
ガキィン
しかし、ジェルヴァのブリッジは破壊される事は無かった。何故ならば、一機のジョゼフがハイエッジに対して体当たりを行った為であった。
「助かった……?」
「でもあのジョゼフは……?」
その一機のジョゼフがジェルヴァを救った。だが、性能差は圧倒的。そのジョゼフがハイエッジに勝てる見込みは無かった。
その時、ジョゼフのパイロットからジェルヴァのブリッジに通信が送られてきた。
「早く逃げろ!!!たかがMS乗りが正規軍に勝てる訳がないだろうが!」
「ゼル……なのか!?」
暴言だが、ゲイルに対して逃げるように忠告したのはゼルだった。ゼルは自らの意思で、ジェルヴァを破壊しようとしたハイエッジを破壊しようとしていたのだ。
「全員をとっとと撤退させろ!国連相手に挑発しやがって!無駄な犠牲者出してんじゃねえぞボケが!!!」
「ゼル……ありがとう……」
「とっととやれよ!キャプテン!!!」
ゼルはそう言って、体当たりしたハイエッジに対して思い切り蹴り飛ばした。そしてビームライフルを連射し、ハイエッジのコクピットを撃ち抜く。それが終わった後、ジェルヴァに迫る別のハイエッジに対してビームサーベルを構え、迫る。
だが、ハイエッジは既にビームキャノンを構えていた。やがてビーム刃発射され、ゼルの乗るジョゼフの両腕が破壊された。
「チィィッ!!!」
しかしそれでもゼルのジョゼフは攻める事を止めない。両腕を無くした状態で、ゼルはそのハイエッジに対し、特攻を仕掛けようとしていたのだ。
「ゼル!やめろ!!!」
「おらああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
ジェルヴァを襲う敵に対し、命を掛ける気でいたゼル。ゲイルはそれを制止しようとするも、ゼルは聞く耳を持たない。
「特攻する気か!?」
国連の兵士は特攻をしようとするゼルに対し、ひたすらビームライフルを撃つが、ゼルはこれらを回避しながら、バーニアを最大出力にし、ハイエッジに向かう。
「仲間を……これ以上殺させてたまるかってんだよ!クソッタレの軍人野郎共がァァァ!!!」
ドォォォッ
ゼルのジョゼフは、ハイエッジに激突した後に爆発した。その衝撃により、ハイエッジも破壊される。同時にジョゼフも破壊された。
「ゼ……ル……?」
ブリッジにいたゲイルは衝撃を隠せないでいた。ジェルヴァチームの中でも寡黙で、尚且つ性格の悪かったゼルだったが、彼はジェルヴァチームを大切に思っていたのだ。その為に、自身を犠牲にして特攻を行ったのである。
「……ジェルヴァチーム全員に伝達。今から撤退を開始する。全速でこの戦闘域から離脱する。……レイ君。」
全員に通信を送った後、ゲイルはレイに対して言った。
「ゼルが死んだよ。」
「え……ゼルさんが!?」
衝撃だった。先程話したゼルが死んだというのだ。次々と知っている人が死んでいく光景に、レイは混乱していた。
「俺達はここから離脱する。レイ君、君はどうする?やる事があるのは分かっているが。」
敢えてゲイルは聞いた。彼がするべき事は、アステル家に行き、ツヴァイガンダムを受け取ることだ。レイはジェルヴァに行きたかった。世話になり、尚且つ死んでしまった人々を、ジェルヴァのクルーと共に黙祷したかった。だが今の状況がそれをさせない。彼には、アステル家へ向かう道しか残されていなかったのだ。
「僕は……行きます……」
「そう……それで良い……行け!レイ君……」
「……はい……」
そして、レイの乗るジョゼフはその場から全力で去って行った。モニターで、ゲイルをはじめとするジェルヴァのクルーはその様子を見送る。
「行ったか……総員、退避!!!急げ!これ以上犠牲者を増やすな!!!」
「了解!!!」
クルーは皆、涙を流しながら行動を開始した。ジェルヴァはスラスターの出力を上げ、この戦闘域から離脱しようとしていた。ジェルヴァに続き、撤退していくジェルヴァチームのMS乗り達。国連の部隊の中に、それを追撃するように追う者がいたが、隊長機がそれを止めた。
「我々の力を見せ付けてやっただけだ。深追いはするな。」
「了解です。確かに、MS乗り如きに全力を出す必要はありませんからね。」
ジェルヴァチームとの戦闘に勝利した国連軍。一方で、敗北したジェルヴァチームは無惨な姿を、国連に曝す羽目となった。
ジェルヴァの艦内では、シャルアが涙を流していた。ゲイルからクリアの死とゼルの死、そして様々なパイロットの死を聞かされたからである。
「あいつ……死んだの……」
「ああ……特攻した。それと、レイ君はここから去ったよ。恐らくアステル家に向かってるだろう。」
「……あいつは……あいつは絶対に……死なないですよね……?」
ゼルの死に、混乱するシャルア。彼女は、せめてレイには生きていて欲しいと、強く願っていた。
「信じるしかないさ。でもあの子の道はあの子が決める。俺達には何も出来ないさ。」
「……」
彼女は静かに、泣いた。
ジェルヴァチームに降りかかった、予想外の悲劇。次々と死んでいったパイロット達。国連という脅威に敗北した彼等は今、国連のいない場所まで逃げる事しか出来なかったのだった。
第九十四話、投了。
国連によって無惨にも殺されていくメンバー。それに対して怒りを覚える、レイ。