新生連邦の月面のシン・ナンナ基地にて。そこにいた総司令はディブロックが破壊された件に関する報告を受け、それを、ただ聞いているだけだった。
「そうですか……それで、ディブロックを所持していた部隊の司令官の名前は?」
「エファン・ドゥーリア少佐です。」
兵士がそれを告げた後、総司令の表情に曇りが見えた。
「……分かりました。報告ありがとうございます。私は部屋に戻ります。」
「ハッ。」
兵士は敬礼した後、この場から去って行った。それから総司令は自分の部屋に戻っていく。
部屋に戻り、椅子に座ってそっと溜息を吐く総司令。その側には、彼を見守るソフィア・ブレンクスがいた。
「お帰りなさいませ、レヴィー様。」
「……ソフィア、戦況はやはり不利になりつつあるようだ。」
「そうですか……」
「となれば、切り札となるエレシュキガルをどう使うか……それに掛かっている。」
月から出現した機動要塞、エレシュキガル。彼は、それが新生連邦を勝利へ導く切り札であると言っているが、その要塞に何が搭載されているのかは定かではない。
「そして、ドゥーリア少佐が僕に託してくれたMS……これが鍵になるか。」
総司令は部屋のコンピュータを起動させ、あるMSの詳細データを眺めた。
機体名、ガンダムオラトリオ。型式番号、EMX-04XG。エファン・ドゥーリアが総司令の為に用意したMSである。以前にエファンは彼に〝MSを渡す〟と言っていたが、それが今になって約束が果たされたのだ。
エファンが開発したMSの中で唯一のガンダムタイプである、オラトリオ。聖譚曲という意味を持つこの機体は高機動に特化したMSであり、劣勢に追い遣られている新生連邦にとっての強力な助人となり得るMSと、言えた。
「この状況を見越して、彼が僕に高スペックのガンダムタイプを渡してくれた事はありがたい事だ。彼のその心境は不明な所も多いが、実際にこの機体が使えるのならば、使うまで。僕の、新たなる力と言うべきか。」
この時、総司令はエファンの思惑に疑問を抱きながらも、自身に与えられた新たなる力の存在に喜びを感じている様子だった。
デスゲイズと交戦した時に彼の愛機、ナパームは破壊された。この先熾烈を極めていくかも知れない戦況で、新たなる機体を得られる事は、彼にとって幸福と言えるのである。
「更にエレシュキガルのサイコミュ・ルーラシステムの運用さえ出来れば新生連邦は負け知らずとなるだろう。本部決戦では敗北を味わったが、今度ばかりは負ける訳には行かない……」
そう言う、彼の表情に余裕など無かった。迫る敵を倒さなければならない。新生連邦の安定の為に、敵勢力の排除をしていく。国連、デウス、そしてFPB。これらの勢力を叩き、勝利を揺らがぬものとしたいと彼は考えていたのだ。
彼が言っていた言葉の中に、“サイコミュ・ルーラシステム”という言葉があった。それは、エレシュキガルに搭載されている、MSに乗らないでブリッツファンネルといったサイコミュ兵器を扱うシステムの事である。その試作版は彼等が現在いる月面基地のシン・ナンナにあるという。
「だが、問題がある。サイコミュ・ルーラシステムを扱える存在は、誰か……より、各個たるものにしたいと思うが故に、迷うところも多い。」
と、言いながら彼はソフィアの方を見た。純真無垢な彼の側近。今まで彼を裏切る事なく、従順とも言える態度で接して来た彼女を、何故か見ていた。
「レヴィー様は……」
その時、ソフィアは口を開いた。
「私を、その役目にしたいとお考えですか?」
「役目……?」
それは何を示すのか。否、答えは分かっていた。
サイコミュ・ルーラシステムを“誰”が操るのかで悩んでいる事に対する、答えだ。彼にとってその答えが目の前に居る少女、ソフィア・ブレンクスなのである。
「ソフィアが、サイコミュ・ルーラシステムを操る……か。」
この時、総司令はその様子を想像した。
総司令が新型ガンダムに乗り、戦う一方で、彼女はサイコミュ・ルーラシステムを操り、彼の援護をする。ソフィアがそれを操れば、そうした仕組みが出来上がる事になる。そして、それが確実な形を築くことが出来れば、新生連邦の攻防はより強固となるのだ。
「レヴィー様は今、苦しまれています。ですが、私は今こそ、貴方のお役に立ちたいと考えています。貴方は私を助けて下さいました、あの日から、いつかは役に立つ日が来て欲しいと、考えていました。」
語る、ソフィア。その言葉に、総司令は耳を傾けていく。
「あの時です。あの時、貴方が助けて下さったからこそ、私は今、ここに居ます。でなければ、ただの道具として使い捨てられ、死んでいたでしょう。」
ソフィアが口にした、〝道具として使い捨てられ、死んでいた〟という言葉。彼女は戦後になって総司令、レヴィー・ダイルと共に行動している。それ以前では彼女は何をして生きてきたのか。
それはデウス動乱が終戦する前の事だった。当時、コロニーで生まれ育ったソフィアは強力なシンギュラルタイプ能力の持ち主であり、それを当時の地球連邦軍が目を付け、サイコミュに関係する様々な人体実験を行った。生まれつき両親も親戚もいなく、孤独だった彼女が仮に死んでも誰も困らないと判断され、彼女はサイコミュの新兵器が開発される度に実験に駆り出された。〝ソフィア・ブレンクス〟という名前も、当時の研究機関の人間が名付けたものであり、その本名自体は一切不明なのだ。過去の経歴も抹消されている。
だが、ソフィアはサイコミュの実験以外にも、強力なシンギュラルタイプの持ち主と言う事で、研究者に盥回しにされ、脳を弄られる事も多々あった。研究者の中には自身の興味本位から、彼女と性的接触を試みた者もいた。他にも血液の採取、筋線維の切除、挙句の果てには彼女を強力な兵士として変貌させようと、彼女を強化モデルにする計画も存在していた。
無論、彼女は人間である。人間である彼女がこれらの人体実験に対して何も思わないはずが無い。実験の度に激痛や精神的な苦しみと戦い続け、生きてきたのだ。その中でソフィアは死を選ぼうとした事すらあった。
(私を心配してくれる人なんていない……だからみんな酷い事をする……嫌だ……嫌だよ……もう……死にたい……)
普通の少女として過ごす事が出来ない絶望が、彼女を包んだ。
それからデウス動乱が終結した頃、勝利を収めた地球連邦軍内の、ある研究施設はソフィアを強化モデルに改造する計画を企てていた。それを拒否するソフィア。しかし研究者達はそれを許さない。
「親もいない、身内もいないお前に何を拒否する権利があるか!」
「保護者とか、そういった人間がいると簡単には行きませんからね。人間を使った実験と言うのは大変だ。それにもし公になれば倫理委員会が黙っていませんよ。」
「そういう組織がいるから人類は変わる事が出来んのだ!私は、そう思うのだがね。もっと孤児や、宛ての無い人間が増えれば良い。そうすれば我々がそれらを使って実験をし、後世に名を残せるのだ。」
人を、人と思わない言動。当時のソフィアはそれを聞いて感情を既に失っていた。このような人間達がいる場所に、いつまでいなければならないのか。死ぬにも、自分で死ぬ為の道具すら与えられない、彼女を待っていたのは人体実験の日々……ただ、それだけだ。
だがある時、彼女の姿を見たレヴィー・ダイルが研究者達に対して激怒した。自分達の研究の成果を残す為だけに残虐な人体実験を繰り返していた事が明らかとなり、その者達は総司令の名の下に処刑された。
「大丈夫かな?凄く酷い目に……遭っていたんだね……」
「貴方は……?」
「私……いや、今は僕でいい。レヴィー・ダイル。地球連邦軍総司令、レヴィー・ダイルだ。」
「わ、私は……そ……ソフィア・ブレンクス……」
「ソフィア……か。君はもう自由だ。酷い目に遭う必要はもうないんだ。」
「でも……私には帰る場所なんて……ないです……」
「帰る場所が無い……?」
「両親は生まれてからいなくて……それからずっと……研究施設で……」
辛い経験を語るソフィアに、総司令は涙を流した。そして、彼は彼女に言った。
「君には親のように、信頼出来る人間が必要だろう。恐らく君は人間そのものに対して恐怖を抱いていると思う。僕を信じてみてくれないか?僕の側にいるだけでいい。特別な事は何もしなくて良い……だから……」
「お側に……居るだけ……」
総司令はソフィアに声を掛けた。しかし、人間に酷い目に遭わされ続けた彼女ならば、普通ならば彼を拒絶するのも無理はない。
しかし総司令はソフィアを研究施設から助け出した。研究員達を消してくれた。彼ならば信じられるかも知れない。しかし、本当に信じて良いのか?だが自分に帰る場所はない……なら、彼を信じるしかない……ソフィアは考え抜いた末、総司令、レヴィー・ダイルと行動を共にする事を決意したのである。
月日は流れ、今もソフィアは側近として総司令の側にいる。今となっては、彼女は総司令にとって欠く事の出来ない存在となっていたのである。
「あの時貴方が私を助けてくれたから、今の私はこうして貴方の側にいる事が出来て……でも、結局私はあれから、ただ貴方のお側に居るだけ……何も、貴方の役に立てた事が無い……それが、辛くて……」
自分を卑下するソフィアに対し、総司令は言った。
「君の存在は、新生連邦総司令を務める僕の支えになっている。僕自身は立場故に、批判をされる事も多い。でも、僕はそうしたプレッシャーの中で勢力を拡大し続けてきた。軍備増強も続けてきた。そして、連邦の脅威となる存在は排除してきた……しかし現在ではこの有様だ……戦況は連邦が不利になりつつある……それを、本来ならばどうにかしなければならない筈なのに……僕はこの状況を正直、恐れている……君にだけだよ、本心を見せる事が出来るのは。」
若き総司令は苦悩を抱えていた。今まで、軍備増強を優先事項とし、仮に反政府活動が盛んになろうとも、構う事無く軍備増強を続けて来た新生連邦軍。その組織を率いてきた総司令、レヴィー・ダイル。そのような存在である彼も、若者なのだ。若い為に、必要以上に何かを実行するのに恐れを抱き、苦悩する。
彼が研究施設から助け出した少女であるソフィアは、いつしか総司令にとって欠く事の出来ない存在となっていた。彼女がいるからこそ、彼は心を保つ事が出来るのである。
「だからこそ、私は貴方の役に立つ事がしたいのです。ただ居るだけではなく、実際にお役に立ちたいと、思っています……」
ソフィアの決意。今まで総司令に従順であった彼女は、自らの意思で彼の為に、“何か”をしたいと訴えたのだ。
ソフィアは、一度彼は撃たれそうになった時に自らの身を挺して守った事もあった。その際も、彼はソフィアを心配した。例え、周囲の人間からどのように呼ばれようとも、彼女の事を大切に思っていたのである。
「だから、サイコミュ・ルーラシステムを使いたいと言うのか?」
「私は、“ただ居る”だけの存在でなく、貴方の役に立てる存在になりたい……それが私の願いです。」
どうしても総司令の役に立ちたいと言うソフィア。総司令、レヴィー・ダイルは腕を組み、彼女の言葉を聞き続ける。
「私は自分の力が嫌いでした……ただ研究の為に使われる自分の力が……でも、貴方のお役に立てるのなら……この力は必要なんだって……思うんです……」
「どうしても、僕の為に?」
「はい。」
ソフィアは動揺する様子を見せない。本気で、総司令の為に役立ちたいと考えているのだ。
「分かった。なら、君の力を頼らせて貰いたい。サイコミュ・ルーラシステムを使って、僕を守ってくれ。ただし……自分で限界を感じたらすぐに止める事だ。」
「はい、レヴィー様。」
本当ならば彼女を巻き込みたくないと思っていた総司令は、遂に彼女を戦争に巻き込んだ。今まで側近として存在していたソフィアは、遂にこの戦争に関与する存在となって行くのである。
だが、当の本人は満足げな様子だった。自分も戦いに参加出来るという事。ソフィアは、それが嬉しくて思わず笑顔を零した。
「じゃあ期待しているよ。ソフィア。今から、僕はオラトリオの機動実験を行う。君はシン・ナンナにあるサイコミュ・ルーラシステムを使い、僕の援護をしてくれ。」
総司令とソフィアは共に部屋を後にし、総司令はガンダムオラトリオに、ソフィアはサイコミュ・ルーラシステムのある部屋へそれぞれ向かって行った。
「システム、オールクリーン、行けます。」
「各部、駆動系異常なし、」
「了解、ガンダムオラトリオ、起動する。」
キシィン
新型ガンダムライプ、オラトリオのカメラアイのカラーは水色である。その色に輝いた後に、オラトリオはシン・ナンナ基地のカタパルトから発射された。
「成程、スピードはナパームを遥かに凌駕している……」
総司令はオラトリオの機体を一度くるりと、360°回転させた。続いて足部のペダルを踏み、バーニアの出力を更に上げる。
「まだ1/3なのにナパームの最大可動を上回った?凄い、機動性は圧倒的だ……」
オラトリオの機動性に驚愕する総司令。次に、彼は武装を試す事にした。まず、二つの実体ブレードを展開し、それらを変形させてビームサブマシンガンを作り出した。次に総司令は目標物であるダミーバルーンが五つある空間に接近し、ビームサブマシンガンを連射した。オラトリオがそれらを発射しながら空間を通過した後、バルーンは全て割られていた。
「早い……確かに、早い。それに貫通力も凄い……彼はこんな機体を何故僕に渡したのだろうか……」
性能、機動性……全てにおいて申し分ない性能を発揮するオラトリオ。呆然とする総司令だったが、彼はすぐに我に返り、ソフィアに対して通信を送った。
「サイコミュ・ルーラシステムを試してみて、ソフィア。」
「はい……」
通信を受けたソフィアは一度目を瞑った。そして三秒後、彼女は開眼する。
すると、月面基地からファンネルらしき、飛翔体が多数発射される。その数七十基。いずれも正確な動きで、目標であるダミーバルーンを一斉にビームで撃ち抜き、破壊した。
「凄い……」
監視塔でオラトリオの機動実験の観測をしていた人間達が、ファンネルの動きを見て驚愕していた。
「あれだけのファンネルをああも簡単に操れるだと……?」
「サイコミュ・ルーラシステムを操っていたのって、確か……」
「いつも総司令の側にいる、女の子……だよな?」
「何者なんだ、あの子は……?」
ファンネルを操っているのはソフィアだ。観測者達はソフィアが強力なシンギュラルタイプ能力を持っているという事を、この時初めて知った。
ガンダムオラトリオとサイコミュ・ルーラシステムの機動実験は終了した。総司令はソフィアのいる部屋へ急いで向かい、彼女の容体を確認する。
「ソフィア、大丈夫?」
「はい……大丈夫ですわ、レヴィー様。」
そこには笑顔で総司令を迎えるソフィアの姿があった。総司令はそれを見て静かに笑った。
「そうか、無事ならそれで良い。どうやら、使いこなせるらしい。この結果から、サイコミュ・ルーラシステムは君に預けても大丈夫だろう。これでどのような勢力が迫って来ても、君がシステムを操り、守ってくれれば良い。」
「はい……」
ソフィアは静かに笑った。システムによる脳への負担が懸念されたが、彼が予想していたよりもソフィアの容体に異常は見られなかった為、安心していたのだ。
「レヴィー様は、これからどうなされるのですか?」
「バンドレッドに乗り込み、艦隊を率いる。一刻も早く戦争を終わらせる為に攻め入る必要があるから。」
バンドレッドは新生連邦軍宇宙軍の旗艦といえる、超大型機動戦艦である。その大きさはヴィッシュ級の約三倍に匹敵し、MS搭載数も非常に多い。武装面も充実しており、旗艦を名乗るに相応しいスペックとなっている。
「私も……お供させて頂いて……」
「駄目だ。」
総司令はソフィアを止めた。
「君はエレシュキガルに向かって欲しい。実際のサイコミュ・ルーラシステムを操り、それで迎撃出来るようにして欲しい。無論、その際は自分の身体状況を把握しておく事だ。無理をして情報処理が追い付かずに脳が損傷する事になれば大変な事になる。」
「……分かりました。」
総司令の言葉には絶対服従するソフィア。彼は、彼女がMSに乗らなくとも戦える事を知り、シャトルにて一度ソフィアをエレシュキガルに向かわせた後で、総司令はバンドレッドに向かう事となった。
(彼女の力は、利用出来る……)
この時、総司令は何故か、やや、虚ろな表情でソフィアのその力の事を思っていた。ソフィアはサイコミュ・ルーラシステムを操る事が出来る唯一の希望と言える存在。それが実現した瞬間、総司令は喜びと共に、どこか躊躇いを感じていた。
丸一日が経過した。正八角形の形状をした機動要塞、エレシュキガルの周辺にはバンドレッドを中心とした新生連邦の大艦隊が出来上がっている。現在、新生連邦はシン・ナンナ基地から多くの戦力をこの、エレシュキガル周辺に集めており、まさに、戦力の中核を成している状況と言えた。バンドレッドのブリッジには総司令と、ジーク・アルナスがいた。
「エレシュキガルの武器を使われるつもりなのですか。」
ジークは総司令に言った。
「ええ。ですが、あれはあくまでも最終手段。この要塞は新生連邦軍が形勢逆転する為の切り札です。切り札を簡単に使う訳には行かないでしょう。」
「そうですか、総司令がそう考えるのであれば、我々はそれに従うのみです。」
「艦の指揮はアルナス司令にお任せします。デウス動乱時代からの貴方の活躍を見込んでの事です。もし、私に何かあった時は、軍の指導権は貴方に移るようにしていますので。」
「ハッ。」
ジークは総司令に敬礼をした。総司令は司令官用の席に座り、オペレーターに周辺に熱源が無いかの確認を行う。
「この周辺に勢力は?」
「現在の所、以上はありません。」
「了解、索敵を続けて下さい。」
総司令は険しい表情で、窓に映る黒く、怪しくも美しい空間を眺めていた。今後、この戦争は熾烈を極めるものとなる。もっと、戦力が欲しいと、彼は、静かに思っていた。
バンドレッドの艦隊の中の、ある一隻のヴィッシュ級の一室にて。そこにはダーウィンでの戦闘後、デウス残党軍が姿を見せた事により、宇宙部隊に派遣されたチェーニ姉妹の姿があった。彼女等は互いに下着姿で部屋の中を過ごしている。
宇宙という環境に於いても二人は重力下でいた時とスタンスを変えない。ある種の拘りと言うべきか。
「宇宙に来てからあんまり大した敵と戦ってないからなんか萎えちゃうね、お姉様。」
「ええ、そうね。せめて、あの子が来てくれれば……なんて思うわ。」
「お姉様ったらあの子の事ばっかり話すんだから……私、嫉妬しちゃう!」
ぷいとリンセが頬を膨らませてそっぽ向いた。するとフォリアは椅子から立ち上がり、クスッと笑いながらベッドに腰掛けるリンセの側に寄った。
「フフ……」
「あ……お姉様?」
バサッ
すると、フォリアはリンセを覆いかぶさるように彼女を押し倒した。突然の出来事に、リンセは動揺する。
「あらあら、嬉しいんじゃないの?貴方マゾだからこういうのは喜ぶと思うんだけど。」
「もう……そう言うのはあんまり言わないでよぉ……お姉様……」
リンセは赤面していた。自分が好意を抱いている姉に押し倒されているからだ。
「でも……嫌いじゃない……」
「でしょうね」
「けどお姉様はあの子の事ばっかり……嫉妬しちゃう。」
フォリアはリンセに愛情を持っている一方、レイに対しても愛情を抱いている。そして、その愛情は歪んでおり、最終的に彼を殺めようとしているのだ。
「レイはね、男としての魅力があるの。でもリンセは妹として、そして女としても魅力がある。私はどちらも選ばない。ただ、好きなモノに対して私が好きに振る舞っているだけ。」
意味深な発言をするフォリア。そのまま、まるで挑発するようにリンセを見る、フォリア。
(あぁ、その見下すような目……もっと見下して欲しい!そして、出来れば私に暴力を振るってほしい!お姉様……)
リンセはマゾヒストだ。姉のフォリアに攻められたいと懇願している。愛らしい顔に似合わず、考える事が俗に言う、〝変態〟である。
リンセは潤んだ目でフォリアを見つめる。一方のフォリアはまるで獲物を捉えた鷹の様な眼でリンセをじっと見る。
「……それにしても、戦闘がないわね。」
と、急にフォリアはリンセの手を離し、ベッドに腰掛けた。リンセは突然の出来事に困惑し、不満げな表情を見せた。
「ええ、そんな……」
「何がそんな……なの?」
「あ……ううん、何でもないわ、お姉様!」
「そう、何でもないのなら良いの。それよりも総司令の彼が艦隊を形成して3日……未だに戦闘が無いのが少し気になるわね。」
彼女等は戦闘によって、それぞれのガンダムに搭乗する事が出来ない事に不満を抱いていた。中でもフォリアは特に苛立っている。しかし、彼女以上に不満を抱えているのはリンセだ。
(生殺しとか、お姉様……もう!あ……でも……それはそれで良いのかも……いやーん、お姉様~!)
リンセは両手を頬に置き、赤面させて首を横に思い切り振った。フォリアはそんなリンセの姿を見て、微笑した。
「ねえ、リンセ。」
「え?」
「この先、絶対に死なない事、約束出来るかしら?」
突如、フォリアは言い出した。突然の言葉にリンセは多少困惑するが、彼女が言いたい事を察知したリンセは閃いたような顔して、
「ええ!」
と、笑顔で答えた。
(そう……これからの戦闘は厳しくなるでしょう。死ぬ確率だってグッと上がるんだから……こんな所で死なず、しっかりとお金を稼いで、これからも二人で暮らしたいものね。あわよくば、あの子も欲しいけれど……でも、その為には貴方に死んで欲しくないの。私の大好きなものは残しておきたいのだから。絶対に。)
この女の好きの基準が定かではない。リンセの事に対しても好意を抱いている反面、レイにも好意を抱いている。いずれもが、歪んでいる、恋。
彼女達は相思相愛の関係だ。しかし他人とも言えるレイは違う。それでも、フォリアはレイの事を我が物にしようとしているのだ。
時間が経ち、FPBの旗艦であるシュネルギアとアルバトスは破棄された資源衛星に向かっていた。宇宙に出てから修理をしていなかった船体の整備をし、次なる戦いに備える為である。
やがて資源衛星に着いた二隻の艦。そこで、艦の修理やMSの修理が行われ始める。そして、その資源衛星内の資源物資を調達し、ジャンヌやミシェはブライティスの強化作業に取り掛かろうとしていたのだった。
その中、アルバトスの艦内の一室にて。そこはレイの部屋だった。彼は艦が資源衛星に着くまで眠り続けていたのである。
「ん……寝過ぎた……かな……?」
目を覚ましたレイ。彼の眼に映ったのは全体が銀色に染まった部屋だ。慣れない部屋だった為、彼は目を何度もぱちぱちと動かした。
「あ、そうか……ここ、セイントバードじゃないんだった……」
慣れない艦内にいるレイ。部屋に違和感を覚えたと同時に、自分は戦争をする為の兵士の一員である事を思い出した。
(そうだ……僕はもう、後戻りは出来ない。前に進まなきゃ駄目なんだ……)
日常生活から戦場へ、自らの意思で投じたレイ。これから先は何が起こってもおかしくない状況が続くと考えられる……そう思うと彼はそれが怖く感じられた。
(と言うか……昨日のエレンさんの告白……あんなのいきなり言われても……)
覚悟を決めたレイの前に、昨日エレンが告白をしてきた。自分の気持ちを伝え、去って行ったエレンだったが、彼は彼で苦悩していた。確かに彼女は魅力的だ。優しく、最近は笑顔を見せる。その笑顔も素敵である。リルムと分かれたばかりのレイだが、彼はリルムの存在を振り切れないでいる。
「返事、するべきなのかな……いや、駄目だ、余計な事、今は考えないようにしなきゃ……顔、洗おう……」
変に考え込んでしまうと苦しめるだけだと考えるレイは洗面所へ向かい、一度顔を洗う事にした。
バシャバシャと音を立てて洗顔し終え、レイは服を着替えて部屋から出るのだが、この時に彼は気付く。
「あ……僕、この艦の事全然分からないじゃないか!」
エリィに案内されたのは自分の部屋の場所だけ。それ以外に何があるのか、来たばかりのレイにはさっぱり分からなかった。誰か知り合いが来てくれれば良いのだが、あいにく、すぐには誰も来そうになかった。
「参ったな……これじゃあここに居るしかないや……」
溜息を吐き、仕方なしに部屋に戻ろうとする――
「わあ!レイ!!」
「え……?うわわっ!」
急にレイは抱き締められた。そして彼の顔は二つの柔らかい物体に包まれ、もがく。
少し苦しんだ後、レイは急いで呼吸をした。
「ぷはっ……あ……え……ぷ、プレーンさん!?」
彼を抱き締めた人間の正体は、プレーンだった。彼女はガースト共に廊下を歩いている際にレイの姿を見て、彼に抱きついてきたのだ。
「ホントに宇宙にきたカ!レイ!」
「お前幸せだなー。プレーン、胸でかいから顔もうずまるよなー。」
ガーストは笑いながら言った。
「お、お久しぶりです……ていうか……その……離して……もらえませんか……?胸……当たってます……」
「何言ってるカ!当ててるに決まってるネ!」
そう言って、プレーンは更に抱き締めてきた。その時のレイの表情を見て、ガーストはプレーンを止めた。
「おい、マジで苦しそうだから止めてやれ。」
「え!?ガーストがそう言うなら……仕方ないネ。」
ガーストに言われ、プレーンはレイを離した。と同時に、レイは咳をする。
「戦闘以外で会うのは確かに久しぶりだな、レイ。でもなんでこんな所に来たんだよ?」
「その……話すと少し長くなっちゃうんですけど……」
確かに、長くなる。ここに来るまでの経緯が数秒や数分で語れるような内容でないからだ。ガーストはそれを察し、笑いながら言った。
「ああ、察せってことね。ぜんぜんOK!誰にだって理由はある。気にするなって事ね。でもここに来た以上は、当然覚悟は出来てるんだろ。」
急にガーストの表情が険しくなった。レイは少し驚くが、彼も表情を険しくし、コクリと頷く。
「ならいいんだよ。遊び半分で来られちゃ困るからな。プレーン、お前の事だよ。」
「な……何言うカ!私はガーストの為に……」
「俺の為じゃなく、みんなの為に働けって前からずっとずっとずーっと言ってるんだけど?」
「あ……そう……ネ……」
最愛のガーストに言われ、落ち込むプレーン。レイは苦笑いを浮かべていた。
(変わらないなぁ、この人達も……)
ジャンヌに、覚悟を決めてFPBとして戦えと言われて、彼は今までの環境と違う事を覚悟しなければならないものと思っていた為、こうした場面に出会えるとは思っていなかった為、少し安心していた。
「ああ、そうそう。今この艦は整備中なんだよ。自分の機体の整備の為にMSデッキに向かう途中なんだけど……お前、ここの事知ってたっけ?」
幸いだった。レイはこの艦の事を全く知らなかった為、ガーストについて行けばMSデッキに行く事が出来るならば、彼について行けば少しは艦の事が分かるようになるかも知れないとレイは思っていた。
「いえ……全く知らないです。」
「おー、そっか。じゃあ一緒に行こう。てか、さっき放送流れてたの知らなかったのか?」
「え!?そうだったんですか!?」
実は彼が眠っている間、資源衛星に艦が着いた事を知らせる放送が入っていたのだが、眠っていたレイにそれが聞こえる筈が無かった。
「ごめんなさい、僕、眠ってて……」
「じゃあ丁度良いや。一緒に来いよ。」
「はい!」
その後三人はアルバトスのMSデッキへ向かう事になった。無論、目的はそれぞれの機体の整備の為である。プレーンがついて行くのは、ガーストがMSデッキへ行く為である。
移動途中、レイはアルバトスの窓から資源衛星の様子を見ていた。この時、彼はこの資源衛星を見て、既視感を抱いている様子だった。
(確か……昔見ていたカタログにこの写真があったような……そうだ、思い出した!Cメタル戦争の戦場になったってされている場所だ!)
現代から60から70年程前。当時の地球連邦とデウス帝国の資源戦争である第二次クリスタルウォー。その資源を争う形で両者が対立し、地球連邦軍が勝利を収めた。この資源衛星は、現代では地球連邦軍の管轄から離れている為にFPBが入港出来るのだが、当時は地球連邦がCメタルの資源を得る為にデウス軍と熾烈な争いをしていたのだという。レイは、ある意味歴史的な場所に立ち会うことが出来て、内心喜びを感じていたのだった。
やがて彼等はMSデッキに辿り着いた。MSデッキに着いた際に、三人はヘルメットをかぶった。既に多くの整備士達がMSの整備を始めており、彼等はそれらの手伝いをする為に移動しようとした時だった。
「お前なあ!!!」
「うわああ!!」
急にレイは胸倉を掴まれた。急な出来事だった為、何が起きたのか把握できなかったレイだったが、よく見ると彼の胸倉を掴んでいるのはスバキだった。
「私に挨拶なしってどういう事だよ馬鹿!」
「な、なんだ……スバキか……」
顔を見て、レイは安心した。だがスバキは明らかに怒っている。
「昨日の戦いで援護してやったの私だぞ!それなのに挨拶もなしってどういうつもりなんだよ!!」
「そんなに怒らないでよ!その……僕だって疲れてたんだ……」
「そんなもん、関係あるかよ!」
怒るスバキに、呆れるレイ。まさか宇宙に来てまで彼女に言われる事になるとは思いもしなかったのであった。
「おぉっ、君可愛いねー。お嬢ちゃんの友達か?」
その時、レイの後ろから何者かが声を掛けた。慌ててレイは声の方を振り向き、反応する。
「あの……?」
「ああ、失礼。俺はファージ・ネイヴァン。元国連のパイロット。今はFPBで頑張ってるけど。てか、昨日の戦いで滅茶苦茶凄いガンダムが猛威を振るっていたけど、ここにそのパイロットがいるって言うから来てみたらまさかの可愛い女の子って……なんか女の子のパイロット、多くね?」
一人、だらだらと語るファージ。彼は本来シュネルギアにいるはずなのだが、ツヴァイガンダムのパイロットに会いたい一心でアルバトスに来たのだ。そこで彼はツヴァイのパイロットであるレイに会うのだが、レイは相変わらず、初対面で少女に間違えられていたのである。
「レイは男だぞ!てかなんでここにいるんだよ!」
と、スバキがファージに言った。
「おぉ、お嬢ちゃんじゃん。いたんだな――って男!?はぁ!?この子が?」
「そうだよ!お前ほんと見た目しか見ないんだな!」
ファージとスバキが互いに知り合いのような会話をしているので、レイは首を傾げる。その直後に彼はまたしても少女に間違えられた事に対して溜息を吐いた。
「マジでこの子男なのか?嘘吐け――」
さわっ
「ひゃううう!?」
するとファージはあろうことか、レイの股間を素手でまさぐり始めたのだ。突然の出来事に動揺するレイ。周囲にいた人間は顔を赤めているが、ファージは気にする様子を見せない。そして彼はレイの股間部にある、〝違和感〟を覚えた直後、青ざめた表情を浮かべて一歩後ろに下がった。
「オイオイマジかよ!?お前男かよ!うげえええ……」
女垂らしのファージだが、レイが男だと確認した瞬間に気分を悪くした。一方のレイは股間を触られて不快な表情を浮かべていた。
「お前!!何、セクハラやってんだよ!?」
「男だって言われたら普通はシンボルがあるかを確認するもんだろ!しかしマジで男だとは……うう、マジかよ……」
自己嫌悪に陥るファージに、それを責めるスバキ。レイをはじめ、スバキ以外の人間はこの状況を把握出来ないでいた。その中で、レイはファージに聞いた。
「あの、貴方は……?」
「あー……俺か。」
レイが男だと分かった瞬間のファージの態度は、余りに冷たい。
「ファージ・ネイヴァン。悪いね、お前は凄いパイロットかも知れないけど男じゃあな……アレン・レインドのような凄腕のパイロットなら声を掛けるんだけどこいつじゃ……」
(酷い……)
レイは少し傷付いた。だが、冷静になって考えれば男であると認めてもらったと考えると、これに傷付くのはおかしいと感じた。
「ま、顔確認できただけいいやー。俺は戻るわ。んじゃ、お嬢ちゃん。バイバーイ。」
そう言ってファージは手を振りながらこの場から去って行った。
「なんだあいつ?」
ガーストが言った。
「元国連の男だってさ。チャラ男で見た目しか見ない男。最低なヤツだよ。」
ファージの事はこの中ではスバキがよく知っている。それ故にファージの事を語る事が出来る。あくまでも、スバキから見たファージの印象のみだが。
「ふぅん、まあいいけど……さて、整備……あれ?」
と、ガーストが自分の機体の整備を手伝おうとした時だった。彼の眼先に、シュネルギアにいる筈のアレンの姿があった。
「アレンさんじゃないですか、あの人?」
「あ、ああ……だけどなんであいつここにいるんだよ?」
「僕、あの人に話がしたかったんです!でもなんで昨日の戦闘中にあんな態度をとったのか……」
昨日の戦闘中、レイに対して明らかに冷たい態度を見せたアレン。当然彼にはアレンがあのような態度をとる理由など分かる筈が無い。
アレンに話し掛けようと、ふわりと身体を浮かせ、彼の方向へ向かおうとした時――
「やめろ。」
と、ガーストがレイの腕を掴んだ。
「え……?」
「あいつ、ちょっとな……今、傷付いてるから話し掛けない方が良い。」
「傷付いているって……?」
「……ここに来るまでにあいつにも……俺達にも色々な事件があったんだよ。聞かされて無かったかな?」
「あ……はい。」
レイと同様、アルバトスのクルーにも多くの悲しい出来事があった。ジャンヌが誘拐された事による救出作戦の際に失われた、ウィリアとアレンの最愛の人、ココットの命。特に、アレンにとってはココットの死が今に大きく響いているのである。
レイは今、これらの出来事をガーストから聞かされた。聞き終えたと同時にレイは顔を青ざめた。
「そんな……ウィリアさんが……ココットさんも……?」
レイとココットは大きく絡んだ事は無い。しかし、優しそうな人という印象は持っていた。そして、アレンの最愛の人であると言う事も。
ウィリアの死もレイにとって衝撃だった。オスロで奇跡的に助かった筈の彼女が、ジャンヌを救出する際に命を落とすなど、予想も出来なかったからだ。
「特にあいつは今も苦しんでる。宇宙に来てから、あいつの戦い方、地球の時と全然違うんだよ。容赦なく、まるで機械みたいに人を殺している。あいつらしくないし、良くないと思っているんだけど……全然聞かなくて。今は話し掛けないようにしてるんだよ。」
「そうだったんですか……」
「だからお前も声を掛けるな。向こうから掛けてくるようになったら、その時は笑顔で迎えてやってくれ。あいつも、悪気があってあんな態度をとってる訳じゃないってことだ。」
ガーストとアレンはデウス動乱を共に過ごした戦友である。ガーストは元々デウス軍だったが、最終的には旧地球連邦軍だったアレンと共闘した過去を持つ。その為、アレンの事を気遣ってやれるのだ。
「お前にも色々あったように、俺達にも色々あったんだ。俺はその時、何も出来なかったのが悔しいけどな……」
ジャンヌ救出の際、ガーストはまだ怪我が完治していない時だった。結果的に尊い犠牲者が出てしまった事を、彼は悔んでいる。
「……今は過去ばっかり見ても仕方が無い。覚悟を決めてここに来たんだ。いつまでも暗い思いでいたんじゃ、どうしようもない。さ、仕事、仕事。お前はツヴァイガンダムの整備、手伝えよ。」
「あ……はい……」
ガーストは開き直ったように、自分の機体であるハイエッジカスタムの整備を始めたのだが、レイは開き直る事がなかなか出来なかった。それと同時に、自分だけが辛い思いをしている訳ではないと言う事を、ガーストによって知らされたのである。
資源衛星に着いてから更に一日が経過した。大勢の人間が艦の修理やMSの整備をした為、僅か一日でこれらが完了したのである。この為、いつでもシュネルギアとアルバトスは艦を出す事が出来る状態であるのだが、敵がどこに潜んでいるのかが分からない以上、迂闊に外に出る訳には行かない。現在は資源衛星の中で待機をしている。
この間、ジャンヌが以前ミシェと話していた、ブライティスの強化作業が進んでいる最中だった。アレンがアルバトスのMSデッキに居たのは、彼自身の気を紛らわせる為だったのだ。ココットの死を目の当たりにし、少しでも動く事でそれから気を紛らわさなければならないと考えていたアレン。自らの機体の強化がされるという事で、今はジャンヌ達にそれらを任せている途中だったのである。
シュネルギアのMSデッキにて。ミシェを始めとした整備した達がブライティスの改修作業に励んでいる。それらと共に唯一の女性として整備に励むジャンヌ。この時、既にブライティスにはプラズマ粒子貯蔵タンクが内蔵されていた。つまり、今のブライティスはツヴァイと同様にビーム粒子とプラズマ粒子を同時内蔵している状態となっている。
やがて完成した新たなるブライティス。正式名称、ブライティスガンダムリィンフォース。主に八枚あったウイング部に対して全面改修を行っており、今までは外部パーツで賄われていたプラズマ兵器を内蔵した事に寄り、総合的な火力向上が図られた機体である。
元々ウイングにはビーム砲が内蔵していたが、プラズマ兵器特化になる事により、廃止される事となった。最大の特徴として、八枚のウイングの肥大化が行われている。これにより、より多様な攻撃を行う事が出来るようになったのだ。
「お前等、お疲れ様だな。随分格好良くなったじゃねぇか。」
一仕事を終えたミシェ。彼は満足げな様子で、他の整備士達の肩を組んでいた。
(思いの外、早くブライティスの強化は終えました。ですが、問題はアレンです。今の彼がこの機体を乗ったとして、万が一怒りに支配される事があれば……)
ジャンヌが恐れる、感情の暴走。それはブライティスに搭載されているクリスタルシステムの存在が関与している。アレンの精神はココットが居た事で保たれていたが、彼女が死んだ今、その精神は不安定と言っても過言ではないのだ。
更に時間が経過した。彼等は資源衛星で物資の調達を終えた。次なる目的地は月面に近いコロニーの一つである、Cコロニー10群の一つのコロニー、アバドンコロニーだ。
「ここ数日はこの宙域でどこかの勢力が交戦したという記録はありませんわね。」
「どの勢力も随分と大人しいね、今は出方を伺っているのか?」
「分かりません。今がどの勢力も様子を伺っている状態ならば、私達はアバドンコロニーに向かうべきであると思います。そこに居る知人に連絡を取り、更なるFPBの戦力増強を図りたいと考えています。」
「賢明だね。」
アバドンコロニー。そこはデウス動乱以前から中立を貫いているコロニーの一つであり、ジャンヌの知人も呼べる人間が代表を務めている場所だった。今は力が必要な時と言う事もあり、事前に連絡を取り、入港してもらえるように彼女は言っている。
ジャンヌはブリッジのオペレーターに、艦の発進の合図を命じた。これらはアルバトスにも伝わり、二隻のクルー達は資源衛星から離れようとしていた。
二隻の艦は資源衛星から離れた。彼等の目的はアバドンコロニーである。現在の所は、敵勢力が周辺にいるという情報は無い。しかし――
「ジャンヌ様!通信が入っています!これは国連軍からです!」
「繋げて下さい。」
国連から通信が入っている。これは一体何を示すのか、ジャンヌは戦闘の可能性も考慮しつつ、回線を開くように命じた。
「FPBの諸君、私は国連軍所属のローランド・アルマイヤーと申す者です。現在、我が艦隊はそちらに向かっています。と言うのも、我々の目的はFPBと共に戦って行きたいと思っている為です。」
回線に映ったのは国連の艦の艦長らしき姿だった。顎に髭が生えており、目元が鋭い。左目にはスカーが見られる。
「こちらはFPBのジャンヌ・アステルです。その言葉を聞く限りでは、私達に協力をして下さるという事ですか?」
「そうです。にわかに信じがたいかも知れない。だが我々はギルス・パリシム議長の言葉を信じていない。今からそちらに信号弾を発射します。これで信じて貰える筈です。」
それは、相手に降伏し、相手の傘下に入るという合図だった。無論、それを他の国連の艦隊が見ていれば間違いなく標的にされる。その信号弾を発射すると言う事は、裏切り者と同意義であるからだ。それを覚悟の上で信号弾を発射すると、ローランドと名乗る国連の男は言っているのだ。
パンッ
信号弾は発射された。彼の意思が、本物であると言う事がFPBに伝わった。
「裏切り者だと間違えられてもおかしくないのに、あの信号弾を撃つと言う事は。彼等は本気と見たね。」
「そう捉えても問題ないでしょう。分かりました。貴官の意思、受け取りました。FPBの戦力が増える事は現在の私達にとっても心強い事です。ご協力、感謝致しますわ。」
ジャンヌは頭を下げた。仲間が増えるという事。それは、今のFPBにとってこれ以上に無い、有難い事であった。と同時に、ギルス・パリシムのやり方に反対する人間がいるという事実を知る事が出来、ジャンヌは内心、喜びを感じていた。
「では、そちらにハイエッジを派遣します。その者に誓約書を預けています。我々もすぐにそちらに向かいます。」
ローランドからの通信が切れた。今回、FPBの傘下に加わるのはローランド率いる国連の宇宙艦隊、宇宙戦艦リューチェ級が三隻である。リューチェ級自体はFPBにも存在しているが、カラーリングは国連軍と差別化する為に灰色系統の色を使用している。国連軍のリューチェ級はカーキ色系統のものを使用している。
「これで戦力が増えてくれれば戦いは有利に進められるかも知れないね、ジャンヌ嬢」
「ええ、上手く行けば……良いのですが。」
ジャンヌは何故か不安げな表情を浮かべていた。あまりに話が上手い……彼女はそれを不審に思っていたのだ。
やがてハイエッジがシュネルギアのMSデッキに着いた。そこに待ち構えているのはFPBの兵士達である。彼等は銃を持ち、ハイエッジから降りてくるパイロットに向けて構えている。
「いやいや、そんなに厳重な出迎えをするとは思いませんでしたよ。すみません、これが誓約書です。」
と、ハイエッジから出てきたパイロットの男はヘルメットも取らずに、密封された封を兵士に私、兵士はその封を破り、紙を確認した。
「な……何だこれは!?」
そこに書かれていたもの……それは、〝fuck you〟という、まるで殴り書いたような雑で稚拙な字が書かれていた――
パァン
次の瞬間、その紙を持っていた兵士のヘルメットが赤く染まった。何者かによって撃たれたのである。続いて隣にいた兵士も撃たれる。
「な……貴様!?」
銃を撃ったのは、ハイエッジに乗っていた国連の兵士だ。何がどうなっているのか、FPBの兵士達や整備士達には理解が出来なかった。
「騙しやがったのか、てめぇ!!!」
怒った兵士はパイロットに対し、銃を連射した。しかし、そのパイロットの身のこなしが素早く、瞬く間に返り討ちに遭う。
「いやぁ、大した事ないですねぇ。しかし笑えますねぇ、仲間に撃たれる覚悟であんな信号弾を撃ったのに結局それは嘘!この一件でFPBにとっての国連の信頼はガタ落ち!悔しいでしょうねぇ!ハハハハハ!」
すると、パイロットは素早い動きでブライティスの方向へ向かい始めた。FPBの兵士達はパイロットに向けて銃を発射するが、まるで見透かされているかのように攻撃が当たらない。
「なんだあいつは!?」
「クソッ、何を考えてやがる!?」
いくら兵士が銃を撃ってもそのパイロットに当たらないまま、パイロットは、強化されたばかりのブライティスのコクピットの中へ入っていく。
ローランド達はシュネルギアに向かっていた。だが彼等はシュネルギアに対し、戦闘の意思は一切無かった。主砲などの砲門も開かず、黙々とシュネルギアに向かう。彼等が国連を離れる意思は固いものがあった。
ならばシュネルギアに先行して向かったパイロットは何者なのであるか。ローランドは今、シュネルギアのMSデッキで起きている事を知らない。
「艦長、FPBの艦、シュネルギアからMSが発進されました。これは……アレン・レインドの機体だと思われます!」
「どう言う事だ?向こうからこちらに?分からんが……挨拶か何かかも知れないな。アレン・レインドならば信用出来る。」
アレンは国連では有名な人間だ。現在こそは対立しているが、その前まではシュネルギアは国連に協力していた。中でもアレンはエースパイロットとして、これまでの戦いに貢献している。ローランド達が信用するのも無理はなかった。
「MSを展開し、出迎える準備だ。」
「ハッ。」
ローランドの命令で、リューチェ級から三機のハイエッジが発進された。いずれもアレンが乗っていると思われるハイエッジを出迎える為に存在している。
「こちら、ハイエッジ二番機……アレン・レインドが乗っていると思われるガンダムタイプはこちらに向かって来ています。」
「よし、近付け。」
隊長機から発せられた命令で、残りの二機のハイエッジがブライティスの元へ向かう。
やがてブライティスとハイエッジの距離が近付いてきた時だった。
ズバァァァァァ
「なっ!?」
「嘘だ!?」
隊長機以外の、二機のハイエッジが一瞬でコクピットを切り刻まれた。ブライティスはすれ違い際にビームセイバーを展開していたのだ。
「ハイエッジ二機、撃破されました!」
「何だと!?何を考えている!?」
ローランドは焦っていた。何故ならば、絶対に攻撃しないであろうブライティスがハイエッジ二機を攻撃したのだから。
残されたハイエッジ――つまり、隊長機はブライティスに通信を開いた。何かの間違いだ……そう思いたかった為だ。
「お……おい、何をやって……!?」
すると、その時……回線から聞こえてきたのは甲高い奇声だった。
「クケケケケケ……うぇーあっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはァーー!!!」
そこにいたのは鋭い目付きをし、不気味に笑う男、メイド・ヘヴンの姿があった。
彼はブライティスガンダムを強奪し、国連軍に攻撃を仕掛けてきたのである。
「な……お前は……!?」
「シェアッ!」
ハイエッジはビームライフルによる攻撃を受け、一撃で破壊された。
「ハハハハハハハハ!こーいう信頼ガタ落ち作戦、嫌いじゃないわ!ってなァ!こっちは貢献してやってんだ!ありがたく思えよデウス軍さんよォ!!!ハーッハハハハハ!」
ブライティスの強行に対し、リューチェ級から次々と発進されるハイエッジ部隊。ブライティスガンダムに乗ったメイドを倒す為、彼等は一斉に攻撃を開始した。
「撃て!やはり奴等は国連そのものを憎んでいるんだ!だから我々を信頼しなかった……!クソッ!!!」
ローランドはブライティスのパイロットがアレンであると思い込んでいる。裏切られた、騙されたと言う思いが、彼を怒らせた。
「ガンダムは生まれて初めて乗るし、おまけにこいつぁアレン・レインドの青羽だからちと抵抗があるが……まーいいやー!ぶっ殺す!ガンダムでも無双してやんぜェ!
平和の押し売り宗教野郎共がよォォォォッ!」
メイドによって奪われたブライティスは国連相手に容赦なく攻撃を仕掛ける。ブライティスの武装は以前に交戦した際に把握しているメイド。その為、簡単に様々な武器を扱う事が出来た。
「羽根の形がちぃと変わっている気がするが、まあいいやぁー!」
それは強化されたばかりのブライティスであるが為だ。だがメイドは気にする様子無く、国連に対して攻撃を加えていく。
「うォらァ!」
二機のハイエッジに対し、ビームライフルを放ち、葬り去る。ハイエッジはブライティスに対してビームキャノンを一斉に展開して放つが、前腕部に搭載されているバリアーフィールドジェネレーターにより、無効化される。
「てめぇらは最初から負け犬ムードだっつぅんだよ!!!」
「クソッ、動きが読めねぇ!?」
「強い!!!」
ビームライフルの連射を行うブライティス。それらはビームシールドで弾かれるのだが、素早い動きでハイエッジに接近し、ビームセイバーでコクピットを切り刻んだ。その際、別のハイエッジが再びビームキャノンを展開し、今度は背後からブライティスを狙う。
ピキィィィ
この時、メイドの頭の中に電流が流れ、ビームキャノンを間一髪回避した。そして一度機体を上昇させ、メイドは叫ぶ。
「行けよやァァァッッッッッ!!!!!ファンネルェェェェェッッッッッッッッ!!!!!」
ピシュンッ
彼の叫び声と同時に、ブリッツファンネルが八基、ブラスターファンネルが二基、一斉に展開されてハイエッジに襲い掛かった。
「早い!」
「あ、当たらねえ!!!」
国連兵達はハイエッジで迎撃をするのだが、ブリッツファンネルの動きが素早過ぎる為か、全く当たらない。ファンネルから放たれるビームに、返り討ちに遭うばかりである。
そして抵抗むなしく、その場にいたハイエッジはブリッツファンネルの攻撃に敗れる事になる。
「うえっはっはっはっはっはっは!!!乗ってみると良いなぁ、ガンダムゥ!」
「クソがぁぁ!」
残っていたハイエッジからビームキャノンが展開される。それはブライティスに直撃するコースだったが、ブライティスは手部を差し伸べ、バリアーフィールドジェネレーターでビーム砲撃を無効化する。
「クソッ!あれは直撃コースだったはずなのに!」
ビームが効かないのならば、接近戦に持ち込むしかない……そう考えたハイエッジのパイロット。しかしそれはメイドの前では無意味だった。
「雑魚が突っ込んでくんじゃねーよ!!!このダボがァァァー!!!」
ブライティスから放たれるブリッツファンネルの攻撃を受け、ハイエッジは破壊された。
「う、撃て!!!」
ローランドは三隻に対しても、ブライティスを撃墜するように命じた。三隻のリューチェ級からはミサイルやメガビーム砲等が一斉に展開される。
「なぁにこれぇ。んなモン無駄に決まってんじゃねーか!」
と、ブライティスはカメラアイを輝かせ、リューチェ級のブリッジに接近し、ビームライフルを連射した。
「う……おあああああ!!!」
ブリッジにいた人間はライフルの熱により、消滅した。
「ハーハハハハ!!!……ん?」
上機嫌なメイドだったが、二つの熱源を感知した。それは高速で接近し、ブライティスへ向かって来ている。レイの駆るツヴァイと、ガーストの駆るハイエッジカスタムだ。やがてブライティスに接近したツヴァイは、メガビームセイバーを展開した。それに対し、ブライティスもビームセイバーを展開して打ち合いを行う。
「アレンさん!何をやってるんですか!?」
レイは叫んだ。いくら彼が悲しみに暮れているとはいえ、明らかに常軌を逸している。
「はーひふーへほー!ごめんなァ!ちょっとお金が欲しくなって目がくらんじゃったのよォー!!!」
ブライティスのコクピットからの音声を聞いた時、彼の表情は青ざめる。
「違う……アレンさんじゃない!この人は……」
「よぉ、シンギュラルタイプのクソガキ!」
メイドはレイの姿をモニターで確認し、ニヤリと笑って言った。彼はレイがアドバンスドタイプである事を、一切知らない。その為、シンギュラルタイプであると思い込んでいるのだ。
「セイントバードを壊したあの人……!」
「ちょいと事情があってな!お前等の友好関係を壊させて貰ったんだよォ!!!あいつらは俺がアレン・レインドだと思い込んでやがる!でも俺が暴れたからあいつら、お前らの事を完全に敵と見做したぜェ!やったぜ。」
「そんな……そんなのって!」
動揺するレイに対し、ブライティスはウイングからビームを展開した。急いでバリアーフィールドを展開して攻撃を防ぐレイだったが、次にブライティスはビームセイバーを展開して迫って来た。
「今日こそ殺してやるぜェ!女顔のショタ野郎ォ!」
(この人って……!)
再び両者は打ち合いを行う。その時、ハイエッジカスタムはビームニードルを展開してレイの援護を行った。
「チッ!俺のデスゲイズのばったもん兵器作ってんじゃねーぞダボがァァ!!!」
とはいえ、ビームニードルを防ぐ手段はない。メイドは一度ブライティスを後方に移動させた。
「ファンネルェェェ!!!」
再びブリッツファンネルが展開される。これらの攻撃を回避するガーストとレイ。次にガーストのハイエッジカスタムはビームセイバーを抜いてブライティスに接近する。
「メイド・ヘヴンだろ、お前!!!」
「そうだよ!!!」
「あいつが暴れる訳が無いと思いつつ、確認する為に発進したらこれかよ!何の目的でこんな事を!?」
メイドは、笑いながら言った。
「ははー!んなもん仲間割れの状況を作って別の軍が漁夫の利を得る為に決まってるじゃねェか!!!」
ブライティスのビームセイバーとハイエッジカスタムのビームサーベルが鍔打ち合いを行い、ビーム粒子の光が周囲に輝く。
「軍人でもないお前がそんな事やる意味あるのかよ!!!」
「俺は今じゃ派遣社員みたいなもんでさァ!金の為に決まってんだろうがぼけェェェェェ!!!」
「ふざけんな!更に世界が歪んで行こうとしているのに金儲けの為にそんな事するなんて!!!」
かつて同じデウス帝国の下で戦った両者だが、その時から価値観の相違等で反撥する事はあった。戦後になり、生きていたメイドと、それまで穏便に過ごしていたガーストが、今、対立し、戦っている。
「何しょォもねェ事語ってんだよ!ガースト・ピュアスさんよぉ!!!」
「黙れ!」
打ち合いがしばらく続いた時、ツヴァイがブリッツファンネルを展開して援護に入った。
「ハッ、上等ォ……」
ツヴァイのファンネルとブライティスのファンネルが、それぞれビーム刃を展開して打ち合いを行う。
「どっちのファンネルが強いかなぁ~?ハハハハハ!!!」
調子に乗るメイド。するとハイエッジのビームセイバーを切り払い、ブライティスはビームセイバーを展開しながら次にツヴァイに向かい始めた。
(駄目だ、アレンさんの機体に傷を付ける訳には!)
いくら奪われているとはいえ、メイドが乗っているのはアレンの機体である。出来れば傷を付けずに取り返したい。
「!」
ズバァァァ
次の瞬間、ツヴァイの右前腕部が切り落とされた。アレンの機体だから攻撃が出来ないと油断した瞬間の出来事だった。
「あぁっ!?」
「ダボがァ!機体に傷をつけねぇように考えただろてめぇ!!」
メイドにはレイの考えが筒抜けだった。それを不覚に感じるレイ。そこへ便乗するように、国連のハイエッジが二機、ツヴァイに迫った。高出力のビームキャノンを一斉に展開するハイエッジ。ツヴァイはこれらを間一髪回避し、反撃しようと肩部の拡散ビーム砲を発射しようとする――が、その時に彼はガーストに止められた。
「止めろ!俺達が国連を攻撃したら意味が無い!」
「あ……そっか……」
国連に攻撃を仕掛けたのはメイドだ。しかし、彼等は最初交渉の為にアレンが出撃したものだと思っていた。しかし異変に気付いた彼等はジャンヌの命令によってそれぞれの機体に搭乗し、発進した。アレンが暴走しているのかと思われたが、実際はメイドがブライティスを操り、国連に損害を与えていたのである。
当然、彼等は国連を攻撃する事は許されない。国連はあくまでもFPBに協力しようとしているのだから。今回討つべき敵はメイドだ。しかしメイドはブライティスに乗っている。アレンの機体を傷付ける訳には行かない。
「つーか自分の機体奪われてるくせに何やってんだあいつぁよぉ!?」
確かに、この場にアレンがいないのはおかしい。ブライティスのパイロットである彼が、機体を奪われているのにも関わらず出撃していない事に、ガーストとレイの両者は疑問を抱いた。
「二人に告げます。もし回収が不可能ならばブライティスガンダムを破壊して下さい。これ以上彼等に被害を与える訳には行きません。」
「待てよ、アレンはどうなんだよ!?あいつそもそも何をやってるん――」
ガーストの反発を、ジャンヌが止めた。
「アレンは艦内で待機中です。早くブライティスを止めて下さい。」
ジャンヌの言葉が気になったが、今はメイドを止めなければならない。ブライティスの破壊を命令されているのならば、それを実行するまでである。
「なんだ……ガンダム同士で戦っている?あのガンダムは奴等にとって味方じゃないのか?」
「構うな!どうせ奴等の罠に決まっている!ここまで我々をコケにしてただで済むと思うなよFPB!」
ブライティスのパイロットをアレンだと思い込んでいる国連の兵士達はハイエッジを駆り、二機に向かってビームキャノンを展開した。
「クソッ!こっちの事情も知らないであいつら平気で攻撃してきやがる!」
ブライティスガンダムに乗ったメイドだけでなく、敵視してくる国連とも戦わなければならない2人。しかも国連には一切攻撃を加えられない。
「ガーストさん、僕が説得してみます!」
「ちょっ、おい!!」
この状況を打開する為には言葉しかない……と思うレイ。ガーストにメイドの相手を任せて、彼は二人の兵士に対して通信回線を開いた。
「待って下さい!僕達は貴方達と戦う気はないんです!」
「何だ……?ガキ……?ふざけんな!あのガンダムと所属が同じなら、我々にとって敵に決まっている!」
「本当に敵対する意思は無いんです!」
「俺等の仲間がお前等に殺されてるんだよ!絶対に許さねえぞ、FPB!!!」
レイがいくら言っても、ハイエッジのパイロットには通じなかった。罵声を浴びせられ、更に攻撃を加えられる始末である。ビーム系統の武装はバリアーフィールドジェネレーターで防ぐ事が可能であるが、彼は何を言えば信じて貰えるのかを、懸命に模索していた。
ガーストとメイドは交戦を続ける。機体性能はブライティスガンダムの方が圧倒的に高いが、ガーストは持ち前の技量でメイドと戦う。
「おいおい、お前その雑魚に慣れてんじゃねえのかよ!?こちとらガンダムトーシローだぜぇ!?全然手応えないんですけどォー!?」
ガンダムに乗ったばかりのメイドだが、ほとんど乗りこなせていた。その男の適応能力は非常に高い。ガーストは自身のハイエッジカスタムから有線式ビームニードルを展開し、それと同時に腕部ミサイルランチャーをブライティス目掛けて撃った。
「舐めてんのかよ!?ああ!?」
だがいずれもブライティスに回避される。次にブライティスはビームライフルを連射した後でブリッツファンネルを展開し、ハイエッジカスタムに迫った。
「無駄に高ぇ機動性如きが偉そうにしてんじゃねェよ!!!」
メイドは舌で唇周辺を一周させ、攻撃を展開する。これらの攻撃を回避していくガーストだが、ブリッツファンネルの一つがハイエッジカスタムの上部のビームキャノンを破壊した。
「うぅっ!やってくれるな!兄と一緒じゃ何も出来ない弱虫じゃないみたいだなお前!」
「……あ?」
ガーストの言葉がメイドを怒らせた。普段は滅茶苦茶な行動をし、戦場を荒らし、気まぐれに生きている彼が唯一尊敬している存在である兄の事を侮辱されたからだ。
「それで兄が前の大戦で死んで!今じゃヤケクソになって暴れまわるしか能の無い野郎なんかに負けたくないんだよこっちは!大体お前の兄だって強くない癖にさぁ!!」
「てめーは俺を怒らせたなオイ」
メイドの逆鱗に触れたガースト。が、これが彼の狙いだったのだ。少しでもメイドを逆上させ、冷静さを失わせて隙をつくり、ブライティスを破壊しようと考えていたのである。
(いいぞ、怒れ!そうすりゃあいつだって……幸いだったな、あいつと同じ軍の所属だったからこそ言える事だからな……)
彼はあまり人を怒らせる事を好まないが、この状況ではメイドを倒す為には手段を選んでいられない。例え、彼の逆鱗に触れる事があったとしても。
「あー、やっぱ駄目だわ俺。短気は死ねとか言ってるくせに自分が短気じゃあー、まだまだだなぁー……オォン、駄目だ
てめぇはぶち殺すけどなァ!雑魚の分際で侮辱しか言えねぇクッソ情けねえ屑がよォ!!!」
メイドが怒った。ガーストはそれを好機に感じ取った――
――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――
その時だった。ブライティスの外見に異常が見られた。機体の色がみるみる赤く染まっていく。コクピット内ではメイドが歯をむき出しにし、ガーストに対して敵意を露にしている。
「なんだよ……どうなってるんだ……?うぁっ!?」
今までブライティスには見られなかった異変に、ガーストは戸惑う。その様子を共に見ていたレイも違和感を覚えていた。
「この感じ……気持ち悪い……」
メイドの乗るブライティスから発せられる感覚に、力を持つ両者は混乱している。
「グギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ……」
怒るメイド。それに呼応するかのようにブライティスに変化が見られる。何が起きているのか、この場にいる全員が理解出来なかった。
ピピピピピピピ
ガーストのレーダーに熱源が多数確認された。ガーストだけでない。レイも熱源を感知している。
「熱源多数!?これって……?」
「増援なの!?」
突如現れた熱源の正体を確認する為、両者は後方を向く。すると、そこにはバディウス改級宇宙巡洋艦が五隻、そしてデウス帝国のMSが多数、この宙域に現れたのだ。
「ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ……んお?ああ、来たかあいつら!」
すると、ブライティスの機体の変色が止まった。と同時にメイドの怒りも急激に冷めた。
「今だっ!」
この瞬間が狙い目だと感じたガーストは、ブライティスの背部に回り込み、蹴りによる攻撃を行った。この攻撃が直撃した事により、ブライティスのコクピット内は激しく揺れた。
「うぐぇぁ!糞が!まーいいや!こんな青羽別にいらねぇし!そろそろ撤退するかよ!」
そう言ってメイドはブライティスのコクピットをこじ開け、そのまま脱出した。この時ガーストのハイエッジカスタムはビームサーベルを展開し、ブライティスを攻撃しようとしていたが、レイが止めた。
「ガーストさん!」
国連のハイエッジから攻撃を受けつつレイはガーストと回線で喋る。
「あの人、逃げました!ブライティスは破壊しなくても大丈夫ですよ!」
「逃げたのか……?さっきの現象もよく分からなかったけど……まあいい、レイ、国連とあの艦隊を引き寄せておけるか!?」
彼はブライティスをシュネルギアに回収をさせようと考えていたのだ。その間、レイが引き寄せて攻撃しないように囮になってもらうように作戦を指示したのである。
「はい!」
レイは快く引き受けた。彼の返事を確認したガーストは有線式ビームニードルを、ビーム刃を展開せずにブライティスに引っ掛け、それをそのままシュネルギアに戻していく。レイは、国連と迫りくるデウス残党軍の陽動の為に、少しの間敵の攻撃を引き付ける。
「どこの部隊だろう?でも今は敵に集中しなきゃ……」
国連相手には一切攻撃をせず、その上で彼にとっては謎の勢力であるデウス帝国残党軍を相手にするという状況。少しの間とはいえ、彼は苦戦していた。
ツヴァイが戦闘を行っている間、メイドはデウス残党軍の一機のゴルモンテMk-Ⅱに回収された。
「ボーナスは弾めよデウス帝国さんよォ!こちとら有益な情報を流して、混乱させてやったんだからなァ!」
「貴方のおかげで現在の勢力構図が把握出来ました。ご協力、誠に感謝致します。」
デウス帝国残党軍は新生連邦軍以外の現在の勢力図を把握出来ていなかった。それらの事情を知るメイドはデウス残党に情報を提供し、その上で、国連の一部艦隊がFPBの傘下に入る情報を得ていたメイドはこれらの信頼関係を壊す為、暗躍していたのである。ローランド率いるリューチェ級から発進したハイエッジには、既にメイドが搭乗していた。つまり、彼は予めリューチェ級の内部に潜入していたのである。
(しっかしなんだあの青羽?さっきのせいか、妙に胸が痛くてたまんねぇぜ。気味が悪ぃモンに乗ってたんだなァ俺も、アレン・レインドも)
メイドが引き起こした、ブライティスの異変。それは今まで見られなかった異変であり、この機体に何が起きているのか……それを知る者は、この場にはいなかった。
シュネルギアのブリッジでは、突如現れたデウス帝国残党軍の存在を感知していた。ジャンヌとギアは目を疑う様子で、これらを見ていた。
「デウス帝国残党軍がここに……」
「すぐにMSを展開して下さい!これはまさか、彼等によって仕組まれた罠……?」
ジャンヌは察した。今回の出来事は恐らく、デウス残党が仕組んだ事ではないのかと。しかし今は困惑している場合ではない。現れたデウス残党軍に対し、迎撃する為にFPBのMS部隊が出撃する。
「……貴方の機体は無事、返ってきましたわ、アレン。」
そう言うジャンヌの側にはアレンがいた。彼が出撃出来なかったのは、彼女の側にアレンがいたからだ。
「今回は君の言う通りに動いた。でも次はどうなるか分からない。勝手な事はしないで欲しい。」
アレンはいつになく冷淡に語る。それに対し、ジャンヌは
「やはり、“今”の貴方をブライティスに乗せる訳には行きません。これは艦長としての命令ですわ。」
数日前に両者はブライティスの事で話をしており、ジャンヌは止めるように言ったがアレンは引き続き乗ると言っていた。彼は、強化したばかりのブライティスをメイドに強奪されてしまったのだが、然程気にしている様子ではない。寧ろ、虚ろな表情のまま、視線を下に向けるばかり。
「……」
今回ブライティスが奪われた事に関してアレンを出撃させなかったのは、彼の心境を考慮しての事だった。今のアレンでは奪われたブライティスと戦うのは相性が悪いと、彼女は判断した為である。
すぐにFPBのMSが展開された。その中にはハルッグやアインスといった機体も存在している。
攻撃してくるデウス残党軍に対し、迎撃するFPB。更に国連からも攻撃を受けるが、国連は国連でデウス残党軍から攻撃を受けている。
現在三つ巴の状態である三勢力。その中でも戦力を尽く削ぎ落された国連は一番不利だった。
「我々には……もう残された道は……ない……」
ローランドはもう後戻りできない。信号弾を撃った以上は、国連を裏切る事と同意義であるからだ。彼は、死ぬまで戦い抜くしか出来なかったのである。
ドオオオオオオッ
ローランドの指揮するリューチェ級に一機のゴルモンテMk-Ⅱがモノアイを輝かせ、ビームバズーカを発射した。回避も手遅れで、ローランドは光に巻き込まれて散った。
「ここで潰えるか、我が命……」
最期にローランドはそう言い残し、宇宙に散って行った。これにより、国連軍の艦は一隻のみとなった。
「まさか、ここにデウス軍が現れるとはな……」
そう言うのは、ハルッグを駆るネルソンである。デウス動乱時にデウス帝国の兵士として活動していたネルソンは、今、その亡霊とも言える残党軍と戦っている。かつての同胞を討つという複雑な心境の中、ネルソンはデウス残党軍に戦いを挑む。
迫ってくる機体はディエルMk-ⅡやゴルモンテMk-Ⅱといった、デウス動乱時代に使用されていた機体の後継機ばかりだ。機体性能はハルッグの方が上である。MAに変形したハルッグはロングビームライフルを連射し、これらの機体を撃破していく。それに続くように、スバキの乗るアインスが攻撃をした。
「こいつらぁぁ!」
拡散ビームがディエルMk-Ⅱを殲滅する。これを脅威に感じたディエルMk-Ⅱは大型ビームディエルマシンガンを連射。更に、シュート・シューターを展開してアインスに迫るが、アインスはこれらを回避しつつディエルMk-Ⅱに対し、ビームサーベルで胴体を切り裂く。これにより、調子付いたスバキは更にデウス帝国残党軍に接近し、バディウス改級へ攻撃を仕掛け始めた。
バシュゥゥゥ
その時、アインスガンダムにハイエッジのビームライフルが襲い掛かる。国連の残りの部隊がFPBやデウス残党に攻撃を仕掛けてきたのだ。
「クソッ、あいつらは倒しちゃダメって言われてる……でも攻撃はして来るなんて!」
FPBの事情など知るはずのない国連は、FPBを憎しみの対象にし、容赦のない攻撃を仕掛けてくる。
「お前らだけは絶対に許さねえぞ!!!絶対皆殺しにしてや――」
FPBを倒す――ただ、それだけしか考えていなかったそのハイエッジのパイロットはディエルMk-Ⅱのビームサーベルでコクピットを刺され、破壊された。その後、睨むようにアインスを見るディエルMk-Ⅱ。そこへハルッグはMSに変形し、ビームヒールを展開して踵落としの要領でディエルMk-Ⅱを頭部から一刀両断にした。
激戦を繰り広げるFPBとデウス残党と国連。その様子を、バディウス改級の中に居た一人の男が見ていた。男の名は、アルメス・ラグナ。デウス帝国残党の特殊部隊、〝インベーションユニット〟の司令官である。今、FPBと国連が戦っているデウス残党軍こそ、アルメスが率いるインベーションユニットなのである。
「あの可変機体の動き、どこかで……」
艦長席にて、ハルッグの存在に目を付けたアルメス。じいっとそれを見つめ、よく観察する。
(間違いない……奴だ。しかし何故こんな所に奴が……)
彼はハルッグのパイロットを見抜いた。つまり、ネルソンの事を知っているという事である。現在もデウスの為に戦うアルメスと、デウスを抜け、戦後はMS乗りとして活動し、現在はFPBの一員として戦うネルソン。両者がこの場で再会する事となったのである。
「……攻撃を一度中止させろ。」
「は!?」
アルメスの急な命令に、ブリッジ内は騒然とした。
「聞こえなかったのか、全艦、全MSに対して告げろ。攻撃を一度中止させろと。」
「はっ……ハッ!」
オペレーターはアルメスの命令通り、インベーションユニットの全ての艦と、MSに対して攻撃を中止するように指示した。
「攻撃が止んだ?」
そう言うのはシュネルギアのブリッジにいるギアである。デウス残党の攻撃が止み、FPBも同時に攻撃を中断する。そこへ割り込もうとする国連はデウス残党が全て破壊した。
「ジャンヌ様、デウス残党軍の艦から通信が入っております!」
「……繋げて下さい。」
敵艦からの通信回線。彼女はモニターを鋭く見つめた。
「こちらはデウス帝国軍――」
アルメスはジャンヌの顔を見た瞬間、何かを思い出したかのような表情を浮かべた。ジャンヌも同様に、アルメスを見て思い出したように言う。
「おお、これはまさか……ジャンヌ様がなぜこのような所に?」
「貴方は……デウス帝国の……」
「ええ、お久しぶりですジャンヌ・アステル様。覚えて下さって光栄です、アルメス・ラグナです。戦前は貴方の御父上であるジンク様には大変お世話になりましたよ。今も御父上はお元気なのでしょうか。」
「……ええ。」
アルメスはアステル家に世話になった事があった。その事もあってか、彼はジャンヌに対して敬意を払っている。言葉遣いも丁寧であり、威厳が感じられない。
「ああ、そうです。ジャンヌ様。是非、貴方をはじめ、貴方の率いる勢力のクルーと話がしたいのです。確か、FPBと言いましたか。現在国際平和連合軍と呼ばれる勢力から分離した勢力であると聞いておりますよ。」
それらの情報は全てメイドが話した事だ。だからこそ、アルメスは現在の地球圏の情勢を知っているのである。ジャンヌは彼を警戒した。かつてアステル家はデウス帝国の傘下にあった貴族であり、世話になった人間も多数存在する。だが今はアステル家はデウスとは一切関係なく、独自の道を歩んでいる。何かあるのではないかと思う、ジャンヌ。
「そちらの勢力には元デウス軍の人間も居る筈です。是非、お会いしてお話がしたい。」
更に、元デウス軍人がいることも見透かされている。彼女は迷ったが、ここで断れば何をされるか分からない。罠である事を考慮しつつ、彼女は
「ええ、分かりました。貴方との会談を望みます。」
と、言った。
「ありがたき幸せ……」
そう言ってアルメスからの回線が切れた。
「ジャンヌ嬢、本当に大丈夫なのか?罠の可能性も十分に考えられるが……」
「このまま断り、攻撃を加えられ続けるよりは、会談に応じた方が良いと判断しました。ギア・ジェッパー代表、貴方には兵士によるボディガードをお願いします。仮に相手が貴方を狙ってきた場合、FPBは何の為に国連から独立したのかが分からなくなってしまいますから。」
「勿論、そうさせて貰うよ。まさかデウス帝国の残党がこちらに会談を求めてくるとは思いもしなかったね。」
やれやれ、といった様子でギアは溜息を吐いた。一方のジャンヌは、かつての同胞とも呼べる人間を相手に慎重な姿勢を見せていた。
その後、デウス残党軍のバディウス改級がシュネルギアに近付き、そこからアルメスがシュネルギアに移動した。デウス残党軍側はアルメスの他に数名の兵士を連れ、シュネルギアのブリッジに移動してきたのである。
ブリッジにはジャンヌをはじめ、アルバトスの艦長のエリィや、ギア、元デウス軍のネルソン、ガースト、アレンがこの場にいた。ネルソンやガーストが呼び出されたのは、アルメスの指示によるものである。ネルソンはアルメスの顔を見て、睨むように視線を送った。
「改めましてジャンヌ様。お久しぶりでございます。随分とお美しくなられましたね。」
「貴方のご用件をお伺いさせて頂きたいのですが。」
アルメスの言葉を無視し、ジャンヌは単刀直入に聞いてきた。彼の事を警戒しているのである。
「是非、我がデウスと共に協定を結ぶ事をお願いして頂きたいと思いまして。」
「協定とは。」
「デウス帝国軍と協定を結び、貴方方が敵対する勢力を共に相手にしないかという事です。ここには元デウス帝国の者がいる。貴方を含めて三名。」
かつてのデウス帝国所属者がいるからこそ、自分達と協力して欲しいという内容の協定を結ぼうとしてきたアルメス。それに対し、ジャンヌは言った。
「私達は今、デウス帝国とは関係のない独自の道を歩んでいます。戦後になって、私達は中立を貫いてきました。その意思は今も変わりません。」
「それはつまり、協定を結んで頂けないと言う事ですか。」
「ええ。」
ジャンヌははっきりと答えた。その次にネルソンがアルメスに対して言う。
「お久しぶりですアルメス・ラグナ指令。今も貴方が顕在だと知った時、正直驚きましたよ。」
「久しぶりだな、アルビュース元大尉と言うべきか。」
「今でもまだ……デウスの為に戦われているのですか。」
「無論だ。私はデウス帝国に忠誠を誓っている。ジャンヌ様。貴方を含めたアステル家も、元々はデウス帝国の傘下だった筈の御方です。デウス帝国の復興の為に協力して頂く事は出来ないでしょうか。私達と協定を結べば、敵勢力が一つ減る事になり、戦争は今後有利に運んで行く事でしょう。もう少し、考えを直して頂けないでしょうか。」
デウス残党の目的は、あくまでもデウス帝国の復興である。その為にFPBと協定を結ぶ事を今回望んできた。だがFPBの目的は、国連のギルス・パリシムに変わる新たな平和主義を作り出す事である。デウス残党の目的とは全く関係が無い。彼女等は、デウス帝国と共に戦う気など、一切無かった。
「それに、お前達はどうなのだ?デウス帝国に全てを注げた筈のお前達がデウス帝国と敵対すると言う事はあってはならない筈。ガースト・ピュアスにネルソン・アルビュース。」
次にアルメスは二人に着目した。元デウス帝国のパイロットである両者。二人共困惑をしており、特にガーストは何を言えば良いか分からないでいた。動揺するガースト。一方のネルソンは冷静に答えた。
「ラグナ指令……いや、ラグナさん。私は確かにデウス帝国に忠誠を誓っていました。それは紛れもない事実です。」
「では、今もその信念は変わっていないのか?」
確認のようにアルメスは聞いた。
「残念ですがね、私は考えを変えました。デウス帝国が敗北したあの時。かつての恋人も亡くし、私は何の為に生きていけばよいのか分からないでいました。しかし、戦後になって地球上でMS乗りとして活動して、新しい仲間達が生まれたのです。今の私は、その仲間や、大切な人と共に行動しています。」
そう言いながら、ネルソンはエリィの顔を見た。
「つまりはそう言う事です、ラグナさん。デウス帝国軍が存在していたと言う事自体にも驚きましたが、私はデウスの為に復興を捧げる気にはなれません。」
「……ガースト・ピュアスは。」
ネルソンが駄目だと分かれば、次にガーストに聞いてきた。だが彼は、デウス帝国の亡霊ともいえる存在が眼前にいる事に、落ち着く様子を見せない。
「正直……驚いてるよ。死んだ筈のあんたがこんな所に居るんだからな!!」
先の大戦で死んだと思われていた筈の人間が生きていたという事実は、ガーストを驚愕させる。この様子から、ネルソンと同様、アルメスとガーストも上司と部下の関係であった事が伺える。
「ガースト、ラグナさんとは関係があるのか?」
「少しの間ですけど……ね。」
緊迫した状況に包まれる、艦内。その中でアルメスは口を開いた。
「デウスは滅びないさ。その復興をしようとする意思がある限りは!お前は恐らく協力しようとはしないだろう。何故ならデウス動乱末期で連邦に寝返ったのだ。だが私は敢えてお前に聞いた。デウスに生まれた者、故にそれに未練があるかも知れんと判断したからな。」
「例えデウスが生き残ってたとしてもな!俺達は俺達の意思があるんだよ!デウス帝国の為に戦うなんてもうしねえんだ!ジャンヌが最初に言っただろ!」
彼の言う通り、FPBの意思は固かった。今さらデウス帝国の残党が現れた所で、彼等はそれに賛同する筈など、無い。
「貴方との再会がこのような形になってしまい、残念に思います。戦前ならば貴方程の指揮官は尊敬に値したものですが。」
アルメスとネルソン。彼等はデウス動乱時では上司と部下のような関係だった。当時エースパイロットであったネルソンは、アルメスの下で高い戦果を上げ、活躍していたのである。
そして、ガーストも同様だ。ネルソン程長く在籍していたわけではないが、ガーストもアルメスの下で戦った過去を持つ。
「ふむ……残念ですジャンヌ様。貴方にはもうデウス帝国の意思などないと言う事なのですね。」
アルメスは兵士達に対して、ここから去るように命じた。彼は協定が結ばれないと知り、潔く去っていくつもりだ。
「一つ、御伺いしたい事がございます。」
「……何でしょうか。」
「メイド・ヘヴンと今のデウス帝国とはどのような関係なのか、正直にお答えして頂いて宜しいでしょうか。」
ジャンヌの質問に対し、アルメスは首を横に振って答える。次に、そっと息を吸い込んで――
「我が軍と協定を結ぼうとしない者にそれを答える義理は無い!」
と、大声で言った。急に態度を変えたアルメス。協定が結ばれないと知り、ジャンヌを尊敬の眼差しで見る事を止めたのである。
「さようならだジャンヌ・アステル。今回は去るが次会う時、我等は敵同士だ。覚悟をして貰おう。」
睨むように、終始ジャンヌを見続けながらアルメスは去って行った。これは、彼女を完全に敵であると認識した何よりの証であった。
それからデウス軍は去って行った。今回、この後戦闘が起こる事は無かった。ブリッジに残された者同士で会話をする中で、ガーストは腕を組みながらジャンヌに聞いた。
「ジャンヌ。メイドが気になったのかよ。」
ジャンヌは険しい表情で言う。
「ええ。彼の行動をギア・ジェッパー氏から御伺いしていましたから。彼は以前から全世界中のマスドライバー施設を破壊すると言う工作を行っていたと聞いています。」
「それと、デウス軍か関係してるってのか?」
「ええ。恐らくですが、彼等は新生連邦軍や国連が宇宙へ戦力を送る事が出来ないようにメイド・ヘヴンを使い、破壊工作を行っていたのではないか……と考えられます。」
するとガーストの方向へ近付いて来て、彼女は言った。
「ガースト。貴方がレイと共にブライティスガンダムを奪った人間と交戦しましたね。そのパイロットは。」
「あー……奴……メイド・ヘヴンだ。ハッ!?」
ガーストは気付いた様子だった。ジャンヌは驚く様子を見せず、寧ろ〝やはり〟といった様子で引き続き話す。
「ありがとうございます。これで疑問から確信へ変わりましたわ。」
「確信?」
誰もが疑問を抱く中、ジャンヌは口を開く。
「メイド・ヘヴンは今、デウス帝国残党軍の傭兵をしていると言う事です。彼は傭兵をしている中で残党軍に有利な状況を作り出し続けてきました。マスドライバーの破壊、そして今回のFPBと国連の信頼関係の破綻も彼。つまりデウス帝国残党軍が関与しているとみて、間違いありません。先程のアルメス・ラグナもその中に関与していると見て良いでしょう。」
ブリッジにいた全員が騒然とし始める中、ジャンヌはまた喋る。彼女が喋る時、全員が静かになる。
「今回に関しては、恐らく何らかの方法で国連軍がこちらに協定を結ぶ情報を知っていたメイド・ヘヴンがデウス帝国残党軍に情報を提供し、報酬を貰う代わりに私達の信頼関係の破綻を狙ったものと考えられますわ。」
「それは、どのような方法だと思う、ジャンヌ嬢。」
ギアが言った。
「方法としては、事前に国連の艦に潜入していたメイドは予めハイエッジに乗り込んでおき、ローランド艦長がシュネルギアに向かうように指示した際に発進し、そして私達と合流した際にブライティスを奪い、結果、国連と私達の信頼関係を破綻させた。こう、考えられますわね。」
それを聞いたネルソンがジャンヌに対し、言った。
「馬鹿な……私の所属していたデウスはもう、無いというのか……!?マスドライバーの破壊に、この作戦……確かに地球連邦と敵対こそしていれど、人類の宝と呼べる存在は破壊するような指示を与えているなど……!」
かつて所属していたデウス帝国はそのような組織ではなかったと言いたいネルソン。ジャンヌの言葉は推測に過ぎないのだが、どの道メイドを使ってマスドライバーの破壊や、今回の事態を引き起こした以上、これが今のデウス残党軍の意思なのだろう。
「ネルソン・アルビュースさん。今の彼等は当時の彼等とは違います。どのような手段を使ってでも、デウス復興に全力を注ぐ……汚いと言われる作戦であれ、今の彼等ならば平気で成し遂げるでしょう。それは彼等に余裕がないからと考えられます。」
ネルソンはブリッジ内の壁を思い切り殴った。
「失望した……このような仕打ち……かつて帝国の為に戦っていた私は何だったのだ!?」
「ネルソン、落ち着いて!」
エリィが彼を止める。すると、ネルソンは少しばかり冷静になった。
「……すまないエリィ。だが私は今のデウスに対して怒っていると同時に失望している。許せないとさえ思う。」
かつての上司と呼べる人間の、手段を選ばない行動に、やるせない思いをするネルソン。
スッ
「今の貴方はデウスとは関係ないんだから、気にしちゃ駄目よ。」
と、エリィがネルソンの手を握り、じっと彼の目を見つめた。
「ね?」
静かに首を横に傾け、笑顔で言うエリィ。ネルソンはそれを見て静かに笑い、下を向いた。
「……そうだな……冷静にならなくてはいかんな……今の私……いや、ここに居る皆はFPBだ。デウス帝国でも何でもない!」
ネルソンの言葉はブリッジ内を勇気付けた。彼等は自分達の目的の為、戦い抜く必要がある。そして彼の言葉に合わせるように、ジャンヌが口を開けた。
「そうです。戦力は削がれる事になっても、私達は諦めません。この世界を変える為に……!」
彼等の意思は固い。デウス帝国残党や国連の信頼関係の破綻があろうとも、彼等は前に進む。今の彼等には前に進む事しか出来ないのだ。
だが、この状況で一人無言を貫く人間がいた。アレンである。最愛の人、ココットを無くして以来彼は一切笑わず、無言で過ごしていた。
デウス残党とFPBの交渉が決裂になって少し経過した頃。デウス残党軍のバディウス改級のブリッジにて、アルメスとメイドが会話をしていた。
「な?無駄だろーが?あいつらはもう絶対にデウスと手を組む気はねぇんだよ。絶対無理だって俺ぁ分かってたけどな!?もう一度言う!絶対無理!大事なことだから二回言ってやったぜ!」
冷やかすようにアルメスを言葉責めするメイド。それに対してアルメスは怒りの表情を見せていた。
「貴官は戦前もどうせ金か何かの為だけにデウスと戦っていたのだろうが……!奴等め……デウスにかつて所属しておきながら……許さんぞ……絶対に……!」
デウス帝国の為に命を投げる覚悟でいるアルメスにとって、デウス出身の人間が協力しないと言う事に怒りを見せていた。FPBはアルメスによって標的にされてしまっていた。
「おうそれ以上キれるのやめろや。何がデウスよ?気軽にやれやボケが。○○の為に!とか抜かして戦争するの、宗教みたいで一番気色悪ぃんだよダボがァ!!!俺みてぇに〝金の為に!〟とかならいいけど、自分の為じゃねーのにそれに命掛けてんの、アホ丸出し!」
冷やかすメイド。アルメスの怒りは、頂点に達した。
「貴様に何が分かる!?私は代々デウス帝国に仕えてきたのだ!ここでデウス帝国の復興を成す為に、私は全力を尽くす必要があるのだ!!」
今までは丁寧な言葉でメイドと接していたが、怒るアルメスはそれすらもしない。メイドを完全に見下した言い方で接した。これに対し、メイドは怒るかと思われたが、意外な事に笑い始めた。
「ハー!よく言うぜ悪党の癖によォ!その為なら手段も選らばねぇんだルォ?増して、俺みたいなヤツ雇ってんだ……悪党って自覚はあんだろ!?」
「我々はいかなる手段を用いてもやり遂げなければならない大義があるのですよ……」
「ハハー、大義となぁ?」
「……失礼。」
あくまでもこの事態を楽観視するメイド。アルメスと、メイドでは価値観が全く異なった。アルメスの怒りは更に加速するが、これ以上客将とも言えるメイドに対して失言を零す訳にも行かず、彼はブリッジから去る事にした。
「完全にデウス狂いじゃねぇかあの男よォ……ハハハハハ!」
必死になる姿のアルメスを見て大いに笑うメイド。その姿を、周りの兵士達は不快に思いながら見ていた。
第九十七話、投了。
メイド・ヘヴンがガンダムを駆り、ファンネルを展開して信用を失わせる作戦を行うという話。ここでデウス軍の狡猾な罠が明らかになりました。