大きな叫び声を上げたアレン。彼の声と同時にブライティスは変形――いや、変身を始めた。青く美しかったウイングの形状が変化し、それは、宗教画に描かれているかのような悪魔のようなグロテスクなシルエットを描いた。その上で更に肩部や胸部、腰部や脚部も変化していく。ブラスターファンネルを収納しているサイドアーマーは後方に移動した。
この時、実体式ビームシールドは強制的に外された。そして最後はフェイスである。ガンダムタイプ特有のフェイスは元々の黄色のカラーから、深紅に染まり、口径部はまるで牙が生えたようなシルエットに変貌した。
こうして外見が大きく変化したブライティスガンダム。その姿は以前の美しい姿からは想像も出来ない、醜く、恐ろしい姿である。パイロットのアレンはまるで野獣の如き唸り声を上げていた。
「グゥ……グルゥゥゥ……」
深紅に染まったブライティスガンダム。それはこの機体に搭載されていたクリスタルシステムがアレンの怒りの感情に呼応し、その姿を表したものである。まさに、禁断の力が今解き放たれたのだ。
異常な熱源を探知していたシュネルギア。そして、モニターに映るブライティスの変わり果てた姿を見てジャンヌは口元を覆い、衝撃を隠せないでいた。
「ああ……ああ……なんて……なんて事……」
「ジャンヌ……様……?」
「……全機体、撤退して下さい……早く……!」
「……?」
ジャンヌはFPBの機体全てに撤退命令を下したのだが、アステル兵やギアは何故そのような判断をジャンヌがしたのか分からないでいた。
深紅に染まったブライティスを前に驚くメイド。そして、少し離れた場所にいた総司令。驚愕したのは彼等だけではない。新生連邦軍やデウス残党軍、そしてFPBの兵士達が皆、ブライティスの方向を見ていたのだ。
「確かに強力なプレッシャーを感じるが……」
エファンは恐れる様子を見せずに手部マニピュレーターをケーブルで飛ばし、ブライティスのコクピットに向かわせる。
シュンッ
「ん……消えた?」
確かに、ブライティスがいた場所にエファンは攻撃をした。しかしその攻撃は当たらなかった。それ所か、一瞬で消えたように感じられたのだ。
ガキィンッ
「ぐぅ……!?」
突如、カタストゥリアの眼前にブライティスが現れ、機体を蹴り始めた。そして再び消え、今度はデスゲイズの近くに出現する。
「瞬間移動だとォ!?なんだありゃあ!?」
攻撃を仕掛けようとするメイド。だが、先にブライティスが深紅に染まったカメラアイを輝かせ、手部のクローをデスゲイズに突き刺した。これにより腹部メガビームカノンが発射できなくなってしまう。
「やべぇよやべぇよ……勝てない相手に無謀に挑む程俺はアホじゃねーから撤退!これはやばい!マジでやばい!過激な程にッ!」
そう言って、デスゲイズはMAに変形してこの宙域から姿を消した。いつもは勝気でいるメイドが一目散に逃げ出した……つまり、それ程に今のブライティスは〝危険な〟存在であるのだ。
「グゥ……グルルゥ……グガァッ」
深紅に染まった目で、次はカタストゥリアを見つめるアレン。最愛の人、ココットを殺された憎しみは消えない。今の彼は怒りに任せ、行動している。自分の意思など、最早存在しなかった。
「新型か!?」
「分からん、油断はするな!」
そこへグランシェが二機、ブライティスに近付く。見慣れない機体にそれを新型機体だと判断するグランシェのパイロット二名。アレンの視界にそれらが入った時、彼等は瞬時にブライティスの〝餌〟となっていた。
「が……あ……!?」
瞬の出来事だった。ブライティスは瞬間移動をしたような機動性でグランシェ二機の背後に回り、クローのようにウイングを展開し、二機共に粉砕したのだ。普段のブライティスガンダムでは見慣れない、奇妙な攻撃。それが今のブライティスには可能である。
「何が起きた?一体奴の機体に何が起きている!?」
普段は常に余裕の表情を浮かべるエファンも、今回の出来事に対しては明らかに動揺していた。カタストゥリアのブリッツファンネル全てをブライティスに向け、一斉にビーム砲撃を行うが、ブライティスは機体全体にバリアーフィールドを張り巡らしており、ビームが通用しない。
普段のブライティスは前腕部にバリアーフィールドジェネレーターが搭載している為、後方部からのビーム砲撃はダメージを受ける。だが何故か今のブライティスは機体全体にバリアーフィールドが張っている。つまり、ブライティスをビーム砲撃で攻撃する事は不可能である。
「奴の機体はどうなっていると言うのだ!?」
エファンは動揺した瞬間、ブライティスは彼の眼前に出現し、変形したウイングのクローを展開してカタストゥリアを掴もうとする。急いで回避運動を行うカタストゥリアだが、左腕部をクローによって掴まれ、そして破壊された。
「侮り過ぎたか……!?」
エファンは潔く負けを認め、この宙域から離脱した。
異形の姿に変化したブライティス。瞬間移動をしているかのような機動性に、野蛮とも言える武装。彼の怒りは留まる事を知らなかった。アレンは本来エファンを殺す事が目的だったが、覚醒した今、ただ破壊をし続ける化身へと変貌を遂げてしまったのだ。
カタストゥリアは撤退する為にバーニアの出力を上げた。一方のブライティスは進行上に存在していたヴィッシュ級の姿を捉えた瞬間、攻撃を加え始めた。ヴィッシュ級は応戦する為にメガビーム砲を撃つが、今のブライティスにビームは通用する筈が無く、ブライティスはウイングを展開し、それらを右上部、右下部、左上部、左下部で結合し、そこからエネルギーを吸収した後でプラズマ砲を放った。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ
この一撃により、ヴィッシュ級は一撃で沈んだ。次にブライティスはその周辺にいたエグゼマーの頭部を掴み、砕いた。更にコクピットをクローで貫く。彼の狙いは最早エファンでない。アレンは、ただ暴走しているだけだった。
「お、おい!何やってるんだよ……!」
彼を止める為、FPBの兵士達がヴァントガンダム三機を駆って接近したその時だった。
ドオオオオオオオオオオオッ
ウイング型のクローが変形し、そこからプラズマ砲が展開された。この一撃で三機のヴァントガンダムは一瞬で破壊されてしまう。
「わあああああああああ!」
あろうことか、味方であるFPBの機体をも破壊したアレン。彼は最早、敵味方の判別すら出来ないでいたのだ。
暴走するブライティスガンダム。この光景を見たFPBの兵士達は全員がシュネルギアやアルバトスに撤退していた。この中の一人にガーストの姿があった。彼の駆るハイエッジカスタムはシュネルギアに近付き、ジャンヌに対して回線を開いた。
「おいジャンヌ!どうなってるんだ!?あいつの機体がおかしいんだよ!」
敵味方関係なく破壊を続けるアレンの姿に疑問を抱きつつも危機感を抱くガーストはジャンヌに尋ねる。が、ジャンヌは視線を下に向けたままであった。
「おい、何か知ってるのかよ!?」
ブライティスガンダムの事情など知るはずのないガーストは必死になってジャンヌに聞こうとしていた。彼の説得もあってか、ジャンヌは静かに口を開けた。
「もう……止められません……」
「は?」
「アレンはもう止まりません……破壊を続けるだけ……クリスタルシステムがアレンに反応してしまいました……彼を止める手段はもう、ありません……」
呆然と立ち尽くすジャンヌ。ガーストからすれば、何が何なのか分からない。アレンは何故無差別攻撃をするようになったのだろうか。
「止める手段が無い!?そもそも何がどうなってやがるんだよ!?」
「僕にも教えて下さい!」
そこへレイのツヴァイもジャンヌに事情を聞く為に回線を開いた。彼はチェーニ姉妹やシーア達がいた宙域で戦闘を続けていたのだが、その間にブライティスが暴走している姿を見て、その上で撤退命令を聞いた為に急いでそこから離れてきたのだ。
「アレンさんはどうなっているんですか!なんで……こんな……」
レイは必死にジャンヌに問う。そして、ジャンヌは語った。
「クリスタルシステムが……アレンに呼応しました……本来ならばあってはならない事なのです……」
「何言ってやがるんだ!そもそもクリスタルシステムってなんだ!?」
ガースト達は知らなかった。ブライティスガンダムに搭載されている、〝クリスタルシステム〟について。
「本来ならば機体のポテンシャルを上げる為に搭載したのがクリスタルシステムです……しかしその代償としてパイロットの感情のコントロールが大切でした……パイロットの感情が爆発した時、クリスタルシステムはそれに呼応し、パイロットの感情のままにシステムは発動してしまいます……」
「つまり……今、アレンさんは怒っているんですか……」
「そう言う事ですわ……もう……止められません……怒り狂ったアレンを止める事はもう……そして彼は……」
再びジャンヌは両手で自身の顔を覆う。取り返しのつかない事をしたと猛省する彼女だが、眼前で暴れ狂うブライティスの姿はその間にも無差別攻撃を続ける。
「あいつはどうなるんだ!?あいつは助かるのかよ!?」
ガーストはアレンが助かって欲しいと切に願っていた。しかし、ジャンヌの言葉が彼に重く突き刺さる。
「助かる見込みはありません……あれが止まる時、すなわちそれはパイロットが死ぬ時……」
〝死〟とジャンヌの口から語られた時、ガーストは思い切りモニターを殴った。そして、その怒りをジャンヌにぶつけたのだ。
「ふざけんなよ!じゃあなんで最初からそんな危険なシステムを採用しやがったんだ!?」
「嘘……ですよね……アレンさんが死ぬ……?」
このまま暴れ狂えばアレンは死ぬ。ガーストとレイはジャンヌに対し、詰め寄った。
「クリスタルシステムは機体の性能を極限まで高めるシステムです……私はアレンを信じてあえてこのシステムをブライティスガンダムに採用しました……ココットさんが死ぬまではあの機体は異常を来すことはありませんでした……しかし、今それは破られました……システムは搭乗者の意識とコンタクトし、怒りの感情の赴くままに、暴れ狂うでしょう……」
危険を承知で、あえてクリスタルシステムを搭載したというジャンヌ。それを聞き、ガーストはジャンヌに対して怒りを露にした。
「機体の性能を引き出す為にあいつを犠牲にしたってのかよ!ふざけんなジャンヌ!」
「違いますわ……!」
「何が違うんだよ!?そんなの、人体実験そのものじゃねえか!暴走させて、敵の殲滅を図ろうって魂胆か!?あいつの命を犠牲してよ!!!」
否定するジャンヌだが、ガーストから見ればジャンヌはアレン殺しに見えて仕方が無かった。アレンが暴走し、死ぬ事を認めたくないガースト。その時、レイがジャンヌに聞いた。
「説得には応じませんか?」
「恐らく……無駄でしょう……あのシステムを止める事はただの説得では――」
悲観するジャンヌに対し、レイが言った。
「恐らくって言いましたよね!?なら、やってみる価値はあります!」
レイはアレンを説得すると言い出した。無論、それが如何に危険な行為であるかは言うまでもない。下手をすれば怒り狂ったアレンに瞬殺されるだけだ。
アレンの暴走。普段ならばテンションを上げて攻撃を仕掛けてくる筈のメイドや、冷静沈着なエファンですら逃げ出す程なのだから、これは相当の出来事である。
「待って下さい!危険です!引き返して下さ――」
ジャンヌがそう言ったにも関わらず、レイはジャンヌとの回線を途中で切断し、ツヴァイはバーニアの出力を上げ、暴走するアレンの元へ向かって行った。そして、彼に続くようにガーストのハイエッジカスタムもバーニアの出力を上げ、向かった。無差別に、敵味方関係なく攻撃を加える今のアレンが危険なのは承知だった。だが放っておけば死ぬと言われて、放っておく訳にはいかない……レイはそう考えたのだ。その考えに、ガーストは暗黙ながらも了解していた。だからこそレイに付いて行ったのである。
「駄目ですわ……このままではガーストやレイも……」
自分のせいで犠牲者が増えるかもしれないと、ジャンヌは困惑していた。が、アレンの暴走は止まらない。彼等がこのようなやりとりをしている間も、アレンは数多くのMSや戦艦を撃墜させていたのである。
アレンの暴走は止まらない。戦場で一人暴れ狂うブライティスの姿を確認した新生連邦軍とデウス残党軍は共にアレンに向けて集中砲火を浴びせるが、脅威の機動性でこれらを全て回避し、攻撃してきた対象全てをウイングから展開されるプラズマ砲撃で一掃した。
「アレン……一体何が……」
暴走するブライティスを見て、総司令は何も出来なかった。ビーム兵器は一切通用せず、プラズマ兵器も回避し、今の彼を攻撃した機体は全てが撃墜されている。
「グルァァァ……」
その時、ブライティスのカメラアイがオラトリオを捉えた……と同時に、ブライティスはオラトリオの前まで瞬間移動をしたように出現した。変わり果てた凶悪な面構えをしたブライティスが、オラトリオに迫る。
「早い……!?」
オラトリオは急いでバックパックの大型プラズマカノンを展開しようとするが、ブライティスはクローでこれを破壊した。使い物にならなくなったそれを、総司令はやむなく切り捨てるが、次にブライティスはウイングのクローを展開し、オラトリオのコクピットを掴もうとした。
(レヴィー様!)
総司令の危機を探知したソフィアが、サイコミュ・ルーラシステムを使い、ファンネルでブライティスの妨害をする。しかしそれ等の攻撃は一つ一つ見極められ、彼に迫った三十基のファンネルは全てが撃破される。この間に総司令は退避する事に成功した。
「大丈夫でしたか、レヴィー様?」
通信でソフィアは総司令に言った。
「あ……うん……すまない……」
「貴方が無事ならば、何より……です……」
「今は撤退する。彼の暴走が止まらない限り、この場は危険だ……」
総司令は悔しそうに、拳を握ってこの宙域から離脱する事にした。
(今のアレンは狂っている……駄目だ……勝てる気がしない……)
無差別攻撃を続けるアレンに成す術のない総司令は、ここで命を散らす訳には行かないと判断し、全機体に撤退命令を出した。この命令を受けた新生連邦の艦隊はエレシュキガル方面へと向かって行く。
「グギャアアアアアアアアアアアゥゥゥゥゥ!」
暴れ狂うアレンは撤退していく新生連邦の艦隊に攻撃を仕掛ける。ヴィッシュ級を見つけてはプラズマ砲撃で一瞬の内に十隻を沈めた。その中には形状のみが残った艦の姿もあり、ブライティスは一度そこに降り立った。この時、ブライティスは高這い姿勢を見せ、ウイングを広げ、紅いカメラアイを輝かせて次の獲物を狙う為に動きだそうとしていた。その際のシルエットはまさに〝悪魔〟と呼べるもので、この宙域にいた誰もが恐怖していた。
「グギャァ……」
次にブライティスが狙いを定めたもの……それは、コロニーだった。彼は人が暮らしているコロニーを攻撃しようとしていたのだ。
やがてブライティスは瞬間移動するようにこの場から去り、眼前に悠然と存在する民間コロニーを攻撃しようとしていた。
「いかん!奴はコロニーを攻撃しようとしている!止めろ!何としても!!!」
この光景を見ていたデウス残党軍はアレンを止める為にMS部隊を向かわせた。ゴルモンテMk-ⅡやディエルMk-Ⅱ等がブライティスを止める為に奮闘するものの、ブライティスによる素早い攻撃でいずれもが撃破された。その間、彼等は裂けるという動作すら許されなかった。MS部隊を撃破した後、ブライティスはそのままコロニーへと向かう。
月面近くに存在する民間コロニー。C10コロニー群の末端に位置するそのコロニーは作成者の名前に因み、アンダルコロニーと名付けられていた。民間コロニーであるそこの住人はデウス動乱後は何事もなく平和に過ごしていた。暴走し、怒り狂ったブライティスガンダムが来るまでは。
ガキィィィッ
あろうことか、ブライティスはコロニーの外壁に対してクロー攻撃を仕掛け始めた。何度も何度も爪でひっかくように、コロニーの外壁を攻撃する。コロニーの外壁が空いてしまえば、空気が宇宙へ漏れてしまう。そうなればそこに住む住人は皆生活が出来なくなってしまう。つまり、何の罪もない人々が死んでしまう事になる。
「アレン!」
彼がコロニーに穴を開けようとしている時、ガーストの駆るハイエッジカスタムが有線式ビームニードルを肩部から射出し、ブライティスに迫った。だがこの攻撃も、瞬間移動をしたかのような機動性により回避された。
「お前!何考えてやがる!正気に戻れよ!コロニーに穴を開けるなんてイカれてるぞ!」
「アレンさん、目を覚まして下さい!」
ガーストとレイはブライティスに回線を繋ぐのだが、アレンは全くそれに応じない。それどころか、彼等の静止を無視してコロニーの外壁に引き続き攻撃を加え始めた。
「なんで聞かねえんだよ!このままじゃ人が死んじまうだろうが!」
「コロニーを攻撃なんて……何を考えてるんですか!」
必死の説得も空しく、アレンはコロニーの外壁に攻撃をし続ける。やがて彼はクローだけでは破壊でいないと感じたのか、ウイングを展開し、プラズマ砲撃をコロニーに向けようとしていた――時。
そこへブライティスに対して蜘蛛の巣状のネットが張られた。デストロイウェブだ。チェーニ姉妹がこの場に駆けつけてきたのである。
「これを狩れば更にお給料アップかも!」
「気を付けてリンセ。情報によればあのエファン・ドゥーリアが撤退したそうな。」
「そんなの関係ないよ!蜘蛛の巣ならあれも身動きが取れな――」
次の瞬間、リンセは目を疑う光景を見る。デストロイウェブはブライティスガンダムに確かに張られ、電流も流れたのだ。しかしそこにブライティスガンダムの姿は無かったのである。
「え――」
リンセがこの光景に疑問を抱いた時、彼女は背後に熱源の反応を探知した。急いで振り向くと、モニターには深紅のカメラアイを輝かせ、フェイス部に存在している冷却システムがまるで息を吐くように機能した。
「ちょっ……ちょっと!?」
急いでエクルヴィスはビームカノンを展開するが、バリアーフィールドによって弾かれる。その直後にブライティスはクローを展開してエクルヴィスのバックパックを引き裂いた。この攻撃に脅威を感じたリンセは、デストロイウェブを連射しながら後方へ逃げる。これらは全て回避され、ブライティスはエクルヴィスに近付いて行く。
「リンセ!逃げて!」
完全に標的を絞ったブライティス。レイ達はこのアレンを止める為、同行するがその圧倒的な機動性に、追いつく事も出来ない。説得をしようにも彼は止まらない。聞く耳を持たない。残された手段は、彼の暴走が止まるのを待つだけだった。
「嫌……嫌だよ……怖いよ……!助けて……!」
何を攻撃してもブライティスには当たらない上、効かない。その恐怖で一杯になったリンセはひたすら逃げ続ける。が、今のブライティスの機動性はエクルヴィスを遥かに凌駕し、瞬く間にエクルヴィスに追いついた。
「ウガアアアアアアアアアアアアアア」
ガキィン
ブライティスはウイングのクローでエクルヴィスガンダムを鷲掴みにし始めた。この攻撃により、エクルヴィスは一切身動きが取れない。
「リンセっ!!!」
フォリアの叫びも空しく、ブライティスのウイングクローはエクルヴィスを潰そうとしていた。懸命にレバーを引き、逃げようとするリンセ。しかし動かない。動く事が出来ない。
「嫌……嫌ぁ!!助けて!お姉様ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
「助ける!助けるわ!!」
涙を流し、フォリアに助けを訴えるリンセ。フォリアはブライティスに対してビームウィップを展開し、攻撃しようとしたその時――
グシャッ
ブライティスのウイングクローはエクルヴィスを破砕した。それはコクピットも貫き、中にいたリンセはこの攻撃を受けて身体が二つに切断された。胴体が切断され、そこからは血液が溢れ出た。
「お姉……様……好……き……あ……い……し……て……」
リンセは自身の力を振り絞り、最期の言葉をフォリアに対して言った。この直後、エクルヴィスは大爆発を起こした。この爆発をバックに、ブライティスは紅いカメラアイを輝かせ、ウイングを広げる。その姿は、まさに〝悪魔〟そのものだった。
「リン……セ……?」
エクルヴィスの爆発を見て、目を疑うフォリア。あまりに惨いこの光景を、フォリアをはじめ、レイやガーストも見ていた。
「酷い……」
「……おいアレン!いい加減にしやがれ!!!」
残酷にリンセを殺したブライティス。パイロットであるアレンに対し、ガーストは再び説得を試みるがそれも無駄だった。ブライティスは即座にガーストの眼前に出現し、クローで攻撃してきた。
「ぐあっ!」
味方をも容赦なく攻撃するブライティス。レイもアレンを止めるため、ブリッツファンネルを展開するのだがブライティスには通用しなかった。
「嘘……嘘よね……リンセ……リンセ……リンセ……リンセ……
リンセーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
リンセが死んだ……信じられない光景を目の当たりにし、フォリアは絶叫した。
幼い頃から共に過ごしてきた妹のリンセ。物心ついた頃から両親はいず、互いに貧しい生活を送って来た両者。その中でMSを操縦する才能に恵まれた彼女等は、数多くの戦場を生き残り、金を得てきた。現在彼女等が新生連邦に所属するのも全ては金の為である。チェーニ姉妹の実力は優秀と言えるものだった。それ故に彼女等は新生連邦内でMSの指揮を任される程にまで出世していた。
そして何よりも、彼女達の存在こそがレイを戦いに駆り出させた張本人なのである。モントリオールでアインスガンダムの奪還の為に彼女達が襲撃してこなければ、レイはこの壮大な旅を経ての戦争に巻き込まれる事は無かったのだ。
今、その姉妹の妹が死んだ。それもクローによって挟まれ、切断されると言う惨い形で。
「クッ……うううううううう……!」
悔しい……反撃したい……殺したい……数々の感情が今フォリアに渦巻く。自棄になり、ブライティスに攻撃を加えたかった。だが彼女は一度止まった。このまま攻撃をしても無惨に殺されるだけ……そう判断した彼女はこの宙域から離脱する事を決意した。妹であるリンセを殺したアレンに対し、何も出来ない……フォリアは、ただ悔しくて仕方が無かったのだ。
「グギャウウウウウ!!!」
フォリアの悔しさ等構う事無く、アレンは怒り狂い続けていた。それを止める為にレイは説得をするが、全く彼は応じようとしない。ならば力づくで止めるまで……と、ツヴァイはプラズマカノンを展開し、発射したのだがブライティスに回避され、反撃と言わんばかりにウイングクローから展開されるプラズマ砲による攻撃を受ける。
「うああっ!」
この一撃でツヴァイの左腕部が消失した。全く説得に応じないアレン。レイは、何をすればよいかを必死に模索する。
「おい、撤退するぞ。」
そこへガーストがレイに対して回線を開く。ガーストはアレンの説得を諦めたかのようにレイに言ったのだ。
「え……でも!アレンさんが……」
「あいつは止まらない……もう、聞こえないんだよ俺達の声が!このままここにいても殺されるだけだぞ!今のあいつは見境なく殺しに掛かって来る!急いで逃げるぞ!」
そう言い、ハイエッジカスタムはツヴァイの右前腕部を掴んで逃げる姿勢に入った。
「そんな……こんなのって……」
「諦めるしかないんだよ……俺だって悔しいけど……!」
結局アレンを救い出す事が出来ない……失望感が彼等を覆った。そして、その間にもアレンは暴走を続ける。彼を止める者がいなくなり、ブライティスはウイングを展開し、傷つけたコロニーの外壁に高出力のプラズマ砲を発射した。それらは外壁を撃ち抜き、僅かな穴が空いたのである。これにより、コロニー内部の空気が宇宙へ漏れ出す事になる。
「風が……!?」
「なんだ、これは……?」
コロニー内部の住人はこの異常に気付いていた。誰もが異常に気付いたその直後――
ガキィン
深紅のカメラアイを輝かせ、ブライティスガンダムが外壁をクローでこじ開け始めたのだ。それにより、更に穴は広がり、空気の漏れが加速していく。そして――
ドオオオオオオオオオオオオオオッ
ブライティスはウイングの形状を変化させ、プラズマ砲を二門作り出して発射した。この一撃により、コロニー内にいた何百万人もの人間が犠牲となったのだ。
崩壊していくコロニー。それは、たった一機のMSによる凶行だったのである。やがてコロニーは激しい爆発を起こし、形状が変化していった。コロニーの破壊を終えたブライティスは次なる標的を探す為にウイングを展開し、飛び立っていく。
「グギャアア!ギャウウウ!!」
ブライティスの次の標的はデウス残党軍の艦隊だった。怒り狂うアレンに対し、バディウス改級は一斉にビームを発射するが、バリアーフィールドジェネレーターがこれらを防いだ。
そして、バディウス改のブリッジを手部のクローで破壊していく。ブライティス一機で、デウス残党軍の戦艦やMSを撃墜するブライティス。
「グガアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
突如、アレンは大声で叫び出した。するとブライティスは小型の隕石に着地し、ウイングを展開した。やがてブライティスはその形状を変化させていく。機体を傾斜させ、ウイングはまるで巨大な怪物の口の様な形状を作り出し、ブライティスの肩部に接続した。手部や足部も変形し、ブライティスは恐竜の様なフォルムを描いた。
ウイングは怪物の口の様に変形しているブライティス。その口部からエネルギーが吸収されていく。それも、先程までプラズマ砲を撃ち続けていた時よりも遥かに膨大なエネルギーをブライティスは吸収していた。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ
ブライティスのウイング部から凄まじいプラズマ砲が展開された。その矛先はデウス残党軍の要塞、アポカリプスである。
「アポカリプス、直撃コースです!」
「なんて事だ!?」
アシュタル艦内で皇帝ナジェラと兵士がこの一撃に驚愕していた。単体のMSから発射された、凄まじい破壊力を秘めているプラズマカノンは一瞬の内にアポカリプスを半壊させたのである。
ブライティスが展開したプラズマ砲はアポカリプスを破壊しただけに留まらない。その射線上には新生連邦の月面基地、シン・ナンナの姿もあったのだ。そこの司令官であるフェイクはエレシュキガルと通信回線を開き、連絡を取り合っている最中であった。
「司令!大型の熱源が――」
「な、何ィ――」
瞬く間の出来事だった。一瞬の内に、シン・ナンナ基地の、指令室はブライティスが放ったプラズマカノンによって破壊されたのであった。
この光景はこの戦闘宙域にいた皆が見ていた。そして誰もが震撼し、恐怖した。暴走したアレンが起こしたこれらの行動は皆に恐怖の対象として脳裏に焼き付いていた。
「ぐ……ギ……ぎ……ぃ……あ……あ……!?」
その時だった。ブライティスに再び異変が見られた。深紅に染まっていたカメラアイは元のグリーンに戻り、フェイスの形状も元に戻り、各部変形していた部分が元に戻って行った。つまり、ブライティスの暴走はこの時に終わりを迎えたのだ。
「俺……は……何を……」
怒り狂っていたアレンは正気に戻っていた。先程までは獣のような雄叫びを上げ続けていた彼だが、今はいつもの彼だ。だが、彼自身先程まで暴れ狂っていたという意思が無い。
「ガハッ!?」
突如、アレンは咳込んだ。と同時に、彼は吐血したのだ。それも一度ではない。何度も咳をしたのだ。
「ゲホッ、ゲホッ……ゲホッ……うぐぁっ……血……が……止まらな……イ……」
それが続いてヘルメットのガラス部が紅に染まり、視界が遮られた。
――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――
「!?」
アレンの心臓が一度、激しく収縮した。が、この一度の収縮の後、彼の心臓は活動を停止した。アレンはレバーを静かに離し、身体の力が抜けているのを感じていた。
(ココ……ット……)
薄れていく意識の中で彼が最後に発した台詞は、最愛の人、ココットの名前だった。そして――
「……」
アレンの目は閉じられた。意識も消失し、彼は一切動かなくなったのだ。この間、新生連邦軍もデウス残党軍も既に撤退を済ませていた。これ以上暴れ狂われてはいけないと判断した為である。
ブライティスが機能を停止してから三分後。動かなくなったブライティスを見てレイ達は疑問を抱いていた。一体何が起きたのか、アレンはどうなったのか?それを確認する必要があると判断したレイはガーストに提案する。
「止まりました……?」
「分からない。動きだして暴れる可能性もあるけど……」
「様子、見てみますか?」
「そうだな……」
暴れている訳ではない。しかし、何が起きるか分からない。もしかすれば突然起きだし、彼等を襲ってくるかもしれない。だが放っておくわけにもいかない。彼等は困惑しながらも、ブライティスがいる場所に向かい始めた。
ツヴァイとハイエッジカスタムの二機はブライティスの元に辿り着いた。しかし彼等が近付いてもブライティスは一切動かない。ただ、宇宙を漂っているだけである。
「大丈夫……でしょうか?」
「分からない。でも、一度回線開いてみるか。」
ガーストはアレンとコンタクトを取る為に回線を開いた。そして、彼はそこに映ったアレンの姿を見て目を疑う事になる。
「!?」
「あ……アレンさんが……浮いてる……?」
無重力により、身体の力が全て抜け切ってしまったかのように浮いているアレンの姿がそこにあった。まるで死んでいるかのようなその光景に、両者は恐怖した。
「な……中に入るぞ!」
慌てるガーストだが、アレンの生死を確認する為にブライティスのコクピット内に入る事にした。だが内側からコクピットはロックされている為、外部から直接コクピットに攻撃して開ける事にしたのである。
コクピット内にて。そこには無重力によった身体を浮かせ、一切動かないアレンの姿があった。ガーストはアレンを揺す振り、起こすが全く反応が無い。
「おい、起きろよアレン!」
「起きて下さい、アレンさん!」
彼等が懸命に声を掛けても、アレンは起きない。
「クソッ!レイ、そこにあるシャッターを降ろせ!!」
「あ……はい!」
ブライティスをはじめ、MSのコクピットを傷つけられた時用にシャッターが存在している。それは宇宙空間にパイロットが放り出されないようにする為の物だ。レイはガーストに言われるまま、シャッターを下ろした。そして、ガーストはアレンのヘルメットを外す。
「ヘルメットが血まみれ……!?」
「どうなってるんだよ!?」
冷静でないガーストはアレンの安否を確認する為に懸命にアレンを揺さ振る。
「おい、起きろよアレン……何やってんだよ……」
心配になるガースト。だがアレンは起きない。無理に目を開けるが、起きる様子を見せなかった。
「あの……心臓は……動いていますか……?」
レイは声を震わせながらガーストに聞いた。生きていて欲しい……無事でいて欲しいと、レイは願っている。
「静かに……しておけよ……?」
そう言って、ガーストは手袋を外し、アレンの頸動脈部に静かに触れた。もし彼が生きているのなら、脈拍が触知出来るはずである。
(動け……動いてくれよ……)
心の底からアレンの安否を願うガースト。その指は震えており、上手く頸動脈を触知出来ないでいた。それでも彼はアレンの無事を願いながら頸動脈に触れる為に指を動かす。そして――
「脈が……ない……!?」
「えっ……」
頸動脈に触れても彼は脈拍を感知出来なかった。ガーストの台詞に、レイの目が見開かれ、ショックを隠せないでいた。
「そんな……何かの間違いの筈です!」
そう言い、レイは自分自身でアレンの頸動脈の拍動を確認する為に手袋を外した。そしてガーストと同様に、彼も脈拍を触知しようとする。しかし――
「動いてない……?」
「マジ……かよ……アレン……死んだのかよ……」
「そ……ん……な……嘘……だ……」
両者は力が抜けた。その間も、アレンの身体は静かにコクピット内で浮遊していた。
エファンによって怒りを誘発されたアレンはブライティスに搭載された禁断のシステム、クリスタルシステムを覚醒させてしまった。それにより、新生連邦とデウス残党、そして味方勢力である筈のFPBにも攻撃を加えるという、無差別攻撃を行ってしまう。挙句の果てには民間のコロニーをも破壊してしまったのだ。
今回の暴走によりアレンが破壊した戦艦の数は三十五隻。MSの数は百三十機。そしてコロニー一つにデウス残党軍の拠点となっている小惑星アポカリプスを半壊。アレンは心臓が停止するまでに、新生連邦やデウス残党に甚大な被害を齎したのである。止められなかったアレンの暴走。彼は暴走の対価として、動かなくなってしまったのである。
「起きて下さい……ねぇ……起きて下さいよ……アレンさんッ!!!」
いくらレイが叫ぼうが、アレンは起きない。
「馬鹿野郎……なんで……なんで死ぬんだよ……ふざけんなよお前ぇ!!!」
ガーストも泣いていた。デウス動乱時からの戦友がここで動かなくなったという衝撃と悲しみが、彼を包んだ。
デウス残党軍によるシン・ナンナ基地攻略戦から始まった今回の戦いは最終的にはアレンの死によって幕を閉じた。この戦いにより両軍は甚大な損害を被る事になり、しばらく戦闘が出来ない程にまで傷付いた。その大半は、アレンによる暴走であった。アレン・レインドの死に涙をしたのは、現在レイとガーストの二名のみである。この後、彼を悲しむ人間は増えるだろう。
デウス動乱の英雄と呼ばれたアレン・レインド。彼は恋人が殺された事による復讐によって生じたシステムの暴走に巻き込まれ、一切動かなくなった。
第九十九話、投了。
※次回から三日に一日の更新になります。