機動戦士ガンダム Living Days   作:すからぁ

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瀕死状態のアレン。彼を救うにはどうすれば良いのか……
その中で、ある、一人の男がFPBに訪問して来た――


火星編
第百話 火星への道のり


「ン……う……こ……こは……?」

クリスタルシステムの影響で怒り狂い、その結果心臓が完全に停止したアレン。彼は今、見知らぬ空間にいた。そこでは自分は裸の姿で、周りは白い光に満ちている。その上自分は宙に浮いていた。そして、彼の周囲にはまるでアルバムのように一枚絵として、ココットとの思い出が回っていた。

「死んだ……ああ、死んだんだ……これが死なのか。変な感じ……ココットも……こんな感じで死んだのかな……」

自分はもうこの世にいないものだと確信するアレン。彼は動く事も出来ず、ただ白い光の中で宙に浮き続けている。

「でも……苦しくない……寧ろ、心地良い……変な感じだ……」

そこが死後の世界なのかは定かではない。しかし、アレンはこの空間に対して疑問を抱く気になれなかった。

『アレン』

呆然とするアレンを呼ぶ声が突如聞こえてきた。

「声……?」

声に反応し、呼ばれた方向を見る。そこにはココットの姿があった。それは幻影かも知れない。彼の見間違いかも知れない。だが、声は紛れもなくココットの物だった。

『やっと……会えたね。』

「ココットなのか……?」

ココットは死んだ筈だ。何故彼にはココットの声が聞こえるのか。自分が死んでいるから彼女が会いに来たのか、それともただの幻覚か。それは、全く分からない。

『会いたかったよ。アレンが来てくれて私、嬉しい……』

ココットは笑顔を見せ、アレンに近付いてきた。そして、彼を静かに抱き締める。しかし彼は彼女に抱き締められている感覚を感じなかった。最愛の人が側にいるはずなのに、彼は違和感を覚えていたのだ。

「俺も会いたかった……けど……妙なんだよ。」

『妙?何が?』

「どうして俺はココットに抱き締められても君の肌を感じられないのか……俺は、死んだからなのか……?」

この違和感の謎を知る為、彼はココットに訪ねた。

『さあ……どうだろう?でも、今はアレンが私を感じられなくても、アレンの顔を見れるだけで良い。それだけで……ね。』

「……そっか……」

違和感は残る。だがココットは笑っていた。生きていた時のような笑顔を彼に見せた。それだけでもアレンは満足だった。彼もココットに対して笑みを浮かべ、静かに、そっと抱き締めた。例え、ココットを肌で感じる事が出来ないとしても。

 

 

 

「心臓が機能していない……生命維持装置を使うしかないか……」

ネルソンはアレンの緊急手術を行っていた。ガーストとレイはブライティスガンダムを改修した後、コクピットにいたアレンの容体をネルソンに見てもらい、緊急手術を要すると判断したネルソンは彼の治療を行っていたのである。最新鋭の医療設備が備わっているアルバトスで、ネルソンはアレンを手術していた。そこで彼はアレンの心臓が機能を停止している事を知る。

 アレンの心臓は機能していない。だが、その形は残っていた。実はこの事は、奇跡的だったのだ。本来クリスタルシステムによって暴走すれば多大な不可を心臓に与える事になり、下手をすれば心臓が破裂してしまう危険性があった。だが彼の心臓は破れていない。ただ、機能を停止しているだけだ。そうとなれば、心臓を移植すれば助かる可能性はある。しかし移植用の心臓などアルバトスに備わっている筈がない。仮に存在していたとしても彼は普通の人間でない、アドバンスドタイプである。それに適合する心臓等、あるとは考えにくいのだ。

 手術はアレンの心臓に生命維持装置を埋め込む事で、どうにか彼は生き残る事は出来た。しかし一切彼は目を覚まさない。心臓や肺は動いているのだが、意識を取り戻す様子は見せない。予断を許さない状況が続く。

 今、手術室前にはアルバトスとシュネルギアの殆どのクルーが集まっていた。ネルソンは手術室から出てきて、真っ先に彼の容体を聞いたのはガーストだった。

「ネルソンさん、アレンは!?」

必死になるガーストに対し、ネルソンは静かに答えた。

「……心臓は機能停止していた。今は生命維持装置を処方しているから心臓は動いている。しかし今の段階で目を覚ます可能性はない。」

「それって……どういう事ですか……?」

ガーストの側に居たレイは心配そうに言った。

「生命維持装置は名前の通り、あくまでも当人の生命を維持する事を目的とする。ちなみに生命が維持されると言うのは、脈拍が見られる等、例え意識が無くとも生体機能が活動していればそれは〝生きている〟と見做す事が出来る。極端な話、今のアレンは植物人間のようなものだ。」

「そんな……」

彼は確かに生きている。が、目を覚まさない。つまり、アレンとは意思疎通が一切出来ない。厳密に言えば、アレンは生命維持装置によって〝生かされている〟と言うべきだろうか。

「あのガンダムに搭載されていたシステムの暴走が相当響いたのだろう、そもそもどういう形であれ、彼が生きているという事自体が奇跡だ。」

ネルソンがそう言った直後、ジャンヌが彼に詰め寄って来た。

「アレンは……生きているのですね!?目を覚ます可能性はあるのですね!?」

今まで、これ程感情を零しているジャンヌの姿を見た者は誰もいない。それ程に、彼女はアレンの容体を気にしていたのである。

「落ち着いて頂きたい、ジャンヌ嬢。皆が心配しているのだ。」

「あ……私とした事が……で、でも!」

焦るジャンヌ。ネルソンは辛そうに答えた。

「ジャンヌ嬢をはじめ、皆に聞いて欲しいのだが……今アレンの心臓に処方している生命維持装置は限界がある。持って十日といった所か。」

これを聞き、ジャンヌは衝撃を受けた。

「そんな!?では十日経てば……」

「アレン・レインドは目を覚ます事無く、確実な“死”を迎える。その間に彼の心臓に代わる、循環器があれば良いが、そんな都合の良い物が現れるとは考えにくい……」

ネルソンは俯きながら言った。結局、今は目を覚ます事は無いが生きているが、もしこのまま十日間が経てば本当にアレンは死んでしまう。

「アレンは……死んでしまうのですか……そして、たった十日間しかアレンは生きられないと言うのですか……!」

「ああ……残念だが……」

「……なんて事……」

ジャンヌはその場で崩れた。彼女は両手で顔を覆い、涙を流した。その時、側にいたガーストがジャンヌに詰め寄る。

「ジャンヌ!お前があんなシステムの搭載したガンダムにアレンを乗せなきゃこんな事にはならなかったんだぞ!」

彼は怒っていた。ジャンヌがクリスタルシステムという、危険なシステムを搭載したブライティスに乗せた事が許せないでいたのだ。

「やめろ、ガースト。」

詰め寄るガーストを止めたのはネルソンだった。

「今更起きた事を咎めても仕方がない。問題は、この十日間でアレンを救う方法を考える事だ……」

このままではアレンは何もせずに死んでしまう。それだけは避けたい。だが彼の死を避ける方法など、考えられる筈がない。何せ、代用出来る心臓が無いのだ。彼を助け出す方法など、今の段階では全く無いと言えた。

「ネルソン、本当に無理なのか。」

そう言うのはミシェだった。彼は腕を組み、医者であるネルソンに聞く。

「今のアレンの心臓は疲弊しきっている。あの暴走事故によって負荷を掛け過ぎたんだ。破裂すれば彼は即死だっただろうが、形が残っているだけ運が良い。まさに、アドバンスドタイプが起こした奇跡と呼ぶべきか。だが、心臓の移植が出来れば良いがそのようなサンプルがあるとは考えにくい……」

「やっぱりアレン君はこのまま眠り続けたままなの……?」

次に喋ったのはエリィである。彼女がネルソンに言っても、彼はミシェの時と同じように対応した。

「心臓の移植には問題点が多過ぎる。倫理的な問題は勿論だが、特にアレンの場合は普通の人間と異なる。心臓を移植すれば、適合出来ずに身体内の免疫機能が心臓に対して攻撃をし、最悪の場合、彼がショック死する可能性も考えられる。アドバンスドタイプの循環器の機能が我々と比較してどれ程の耐久性を持っているかは不明だが、どの道危険な賭けになる事は変わりないだろう。」

「そんな……貴方でも助けられないなんて……」

「すまないエリィ。こちらとしても、出来るだけの事はしたつもりだ……」

いくら優秀な医者であるネルソンでも、今のアレンを救い出すのは無理があった。彼を救うにはアドバンスドタイプの心臓を移植するしかない。アドバンスドタイプの心臓はジャンヌがいる。しかし彼女の心臓を摘出すれば、当然ジャンヌが死んでしまう。

彼等は結局、何も出来ないのだ。しかし何も出来ないからと言って、放っておけばアレンは確実に死を迎える。そのタイムリミットは十日。十日間の間に、彼等は最善の策を思いつかなければならなかったのである。

 

 

 

 新生連邦軍の機動要塞、エレシュキガル内部にて。先の戦いにて大きな損害を受けた新生連邦軍の艦隊はエレシュキガル内に収納され、戦力の補充が行われていた。彼等が特に損害を受けたのは、アレンによる暴走が大きなウェイトを占めていた。

 アレンの暴走により、月面基地であったシン・ナンナは陥落。これにより、新生連邦の残す主要な基地と呼べる施設は、エレシュキガルと、月面の数十程度の小規模な基地のみであった。

「アレン……貴方を狂わせたのは何なのか……あの行動……とても正気とは思えない……明らかに、動乱の時の暴走よりも規模が違い過ぎる……」

指令室では総司令が、エレシュキガルから見える月面の表面を見ながら呟いている。圧倒的なアレンの力を目の当たりにし、彼はそれに恐怖していたのだ。

「だが、僕にはエレシュキガルがある。ソフィアも居る。このような事で負ける事は無い筈だ……」

現在、彼の側近であるソフィアは眠っている状態だ。サイコミュ・ルーラシステムを用いた結果、疲労が蓄積し、彼女は今眠っている。だが幸いなのは、脳に支障がないという事だ。

 

                   コンッ

 

その時、総司令の部屋のドアをノックする音が聞こえた。総司令は音を確認すると入るように言う。やがてドアの音が聞こえると、そこにいたのはフーク・カズロブだった。

「総司令、失礼します。先程エレシュキガルに合流致しまして、総司令にご挨拶に伺わせて頂きました。」

フークは地球での新生連邦本部攻略戦後、数少ない地球上での新生連邦軍の戦力として戦っていた。しかし宇宙での新生連邦軍が押されていると言う情報を聞き付け、急遽彼は宇宙に上がり、エレシュキガルと合流する事になったのである。

「御苦労です。今は少しでも戦力が欲しい状況。貴官の活躍、期待しています。」

「ハッ。」

フークは敬礼をした後、部屋を去った。その直後、総司令は溜息を吐く。

「アレン……もし貴方が次に戦場に出る事があれば、その時は僕が必ず仕留める……貴方は危険な存在……僕はそう判断したから……」

最早、後に引けない状況の総司令。地球では国連に敗北し、宇宙でも損害を被った。現在は戦力を回復させる為にエレシュキガルを利用しているが、ここもいつ落されるかは分からない。

彼は連邦こそが地球の中心に存在しなければならない存在だと思っている。それは今までの歴史でもそうで、長年地球の中心戦力は連邦軍だった。しかし、この戦いで連邦が破れる事があれば、連邦軍という存在は解体され、連邦に代わる存在が地球圏の支配をする形となる。総司令は、それを避けたいと感じていたのだ。

 

 

 フークが通路を歩いていると、彼はフォリアの姿を見た。妹であるリンセを先程の戦いで亡くしたフォリア。彼女は喪失感に満ちており、涙を流す事もなく、ただ虚ろに通路を歩いていた。やがてフォリアはフークの姿を見て敬礼をする。この時、フークはフォリアの異常をすぐに感じ取った。

「随分久しぶりではないか、フォリア・チェーニ。」

「カズロブ大佐……お久しぶりです。」

フォリアの声は小さい。リンセが死んだ衝撃が、今の彼女の声の大きさに現れたのである。」

「そう言えば妹の姿が見えないが?部屋にいるのか?」

何も知らないフークはフォリアにそれを聞いた。フォリアは何も知らないとはいえ、無責任にも死んだ妹の話をするフークに怒りを覚えたが、ぐっと堪え、言った。

「殺されましたわ、暴れ狂うガンダムに……」

「ああ、噂は聞いていた。どうやら敵のガンダムタイプに強大な力を持った機体がいたらしい。奴等も随分厄介な兵器を隠し持っていたようだ。」

「ええ……そうですわね。」

「優秀な人間だけに、惜しい人間を無くしたものだ。フォリア・チェーニ。貴官は死なないようにな。戦力をこれ以上減らす事はこれ以上あってはならん事だからな。」

「ええ……」

あくまでも、〝戦力の一部〟としか見なしていないフーク。最愛の、今まで離れた事が無かった妹の死さえも、それは戦力の一部としか見られていない事にフォリアは更に怒りを増した。だがここで怒ってもリンセが変わってくる訳ではない。悔しさと悲しさを押し殺し、フォリアは自分の部屋に戻る。

 

 

自室にて。フォリアはリンセの写真を見て一人涙を流し、その直後に膝から崩れた。

「私を……一人にしないでよ……リンセ……一人ぼっちにしないでよ……」

彼女はリンセ・チェーニと言う、幼い事から共に過ごしてきた妹をアレンに殺された。言わば、リンセはフォリアにとって心の支えと言える存在だ。

 

――――――――お姉……様……好……き……あ……い……し……て……―――――――

 

リンセがアレンに殺される際に言った台詞。彼女が如何にフォリアを心底から好きでいたかが分かる台詞である。

 フォリアはリンセと共に過ごした日々を思い出していた。が、思い出す度に今は亡きリンセの事ばかりが蘇り、彼女は虚無感に包まれていた。

「私はもう……生きていても仕方が無い……お金なんて……あっても……あっても……ん……?」

絶望に暮れる彼女の目が見開かれたのは自身の机に飾っている、レイの映っている写真が入ったスタンドを見た時だった。すぐに彼女は写真入りのスタンドを手に取る。すると、彼女は先程まで浮かべていた悲しげな表情を変え、急に笑い始めたのだ。

「クク……そう……そうだったわ……リンセが死んだショックが大き過ぎて忘れてた……私には居るじゃない……この子が……」

涙を流していた彼女だったが、一転し、突然笑みを浮かべ出すフォリア。彼女は部屋の中で一人、スタンドを持ちながら笑い続けている。その光景は明らかに異常だった。

「絶望はしないわ……だって……だってね……私にはこの子が居てくれる……この子が私の支えとなってくれる……そう……そうよね……だって……レイは私を満たしてくれるんだものっ!」

いつしか、フォリアはレイを歪んだ愛情の対象として見ていた。彼と交戦を重ねるに続けレイに対して奇妙な愛情表現をしていたフォリアだが、リンセが死んだことで、彼女の歪んだ愛情は更に増長される事になる。

「アハハハ……会いたいわ……会って……その目、鼻、口、耳、顔、首、身体、腕、足、性器……全てを私のモノにしたい……リンセがいないのなら、あの子を支えにすればいいのよ……クク、私って天才だわ……」

最早正気の沙汰ではない。レイに対し、歪んだ愛情を見せるフォリア。

 

バリィィィン

 

するとフォリアは突然握り拳を作り、スタンドの表面を覆っていたガラスを素手で割った。当然、彼女の拳には多量の血液が付着するが、それでも構わない。フォリアは、只ひたすら写真を殴り続けた。今の彼女に、痛み等関係ないのだ。

「レイを愛したい!レイが恐怖に満ちる顔が見たい!レイを犯したい!レイを苦しめたい!レイを抱きしめたい!レイを虐めたい!レイを八つ裂きにしたい!レイを殴りたい!レイを自分の物にしたい!!!ああ……ああ……あああああ!!!狂ってるわ!私、今狂ってる!ハハハハハハハハハハ!!!」

愛情や妬み、憎しみや独占欲等、あらゆる感情が混在しているフォリアはありったけの想いをスタンドに対して殴り続けた。

 その行為が一分程続くとフォリアは腕を止めた。そして、中の写真を取り出し、思い切り握る。粗い呼吸をしている彼女。それでも、レイに対する歪んだ愛情は消えていない。

「はぁ……はぁ……そうよね……リンセがいなくたってね……レイがいてくれればいいの……くっ……あはは……ははははは……ハハハハ……そぅ……ハハ……ハハハ……

あーっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」

狂気。今、その言葉が一番似合う女、フォリア・チェーニ。彼女はレイの写真を殴るだけ殴り、手が血まみれに、そして痛みを感じても動じる様子を見せない。ただ、笑い続ける。リンセを失った悲しみを補充する為に、レイを我が物にしようとする彼女。だが、その愛情表現が常軌を逸していた。単に心の支えが欲しいと願う彼女は、この出来事を機に、次第に狂い始めていくのであった。

 

 

 

 シュネルギアに戻ったジャンヌは一人悲しみに暮れていた。彼女は自分の部屋に籠り、静かに涙を流している。クリスタルシステムの暴走によって戦場を混乱させ、その挙句に心臓の機能を停止したアレン。その責任は自分にあると、彼女は感じていたのだ。

「私は……大切な人を再び亡くしてしまう事になる……これからどうすれば……」

彼女は数々の人間が死ぬ所を見てきた。デウス動乱時では彼女の婚約者であったアーク・レヴンや、母のターナ・アステル。そして、ココット・メルリーゼ。いずれも、彼女にとって大切な人である。そして今回、アレンが犠牲になった。

 

―――お前があんなシステムの搭載したガンダムにアレンを乗せなきゃこんな事には――

 

先程のガーストの言葉が過る。彼女はココットを失った後のアレンに対し、何故ブライティスの運用を止められなかったのかを後悔し始めていた。

「十日で助かる可能性……そのようなものがあるとは……」

ネルソンが言っていた、〝十日間〟。それがアレンの命のタイムリミットだ。その間に今のアレンの心臓に代わる心臓を見つけ出さなくてはならない。そのようなものがこの場に存在するとは考えにくい。そして何よりも今は戦争中。この先世界がどうなるか分からない状況で、復活する可能性が限りなくゼロに近いアレン一人に対して時間を割く訳にもいかないのだ。それは分かっていた。自分のせいでこのような形になった事も分かっていた。

だが、それでも彼女は可能性を信じたいと思っていた。

「……そうですわ……もし、私の心臓を差し出してアレンが助かるのなら……私もアドバンスドタイプならば、適合するかも知れません……」

彼女は自分の心臓を差し出せばアレンを救えるのではないかと考え始めていた。無論それは皆が反対するだろう。しかし彼を行動不能に陥れてしまった罪を考えると、彼女はそれを償う形で心臓を提供すれば良いのではないかと考えていた。

 

ピピピピピ

 

「ジャンヌ様、失礼します。」

しかしその時、彼女に通信が入った。悲しみに暮れる彼女は先程浮かべていた表情を隠し、その通信を確認する。それは、ジャンヌ宛てにオペレーターが伝えたものだった。

「先程救難信号をキャッチしました。」

「救難信号ですか……?」

「はい。どこの所属かは不明ですが、機体はデウス帝国のMS、ディエルタイプです。どうされますか、ジャンヌ様。」

謎の救難信号を確認したというシュネルギア。ジャンヌはオペレーターに判断を迫られている。そして彼女はオペレーターに言った。

「その機体をシュネルギアに収納して下さい。後でデッキへ向かいますわ。」

戦闘があると言う訳ではないが、今は悲しんでいられない。戦争中であるのだからと、ジャンヌは考え、着替えを済ませて部屋を出て、ブリッジへ向かう事にした。

 

 

 

 シュネルギアのMSデッキでは先程彼等が救出したディエルMk-Ⅱが収納されていた。ディエルの周辺には多くのFPBの兵士が集まっており、いずれもが銃を構えている。以前にハイエッジがシュネルギアに来た時、中からメイドが出てきて兵士を殺した事もあり、厳重に対応している。不審な動きが見られれば即座に中にいる人間を撃つ準備をしている。

 やがてディエルからは一人の人間が姿を表した。その人間はヘルメットを着用したまま両手を上げる。

「いやぁ、助かりました……にしても、随分となんていうか。厳しいお出迎えと言うか……確かに、怪しいと思われるのは分かりますケドね……」

男性特有の低い声をしているその人間。この事から、この人間の性別が男である事が分かった。そしてその男に対し、警戒を強めるFPBの兵士達。

「ああ、ちなみに私は武器を持っていませんよ。ほれ、ボディチェックをお願いします。」

そう言って、ディエルMk-Ⅱに乗っていた中の人間はFPB兵士にボディチェックをさせた。その人間の言うように、武器は入っていない。助けてもらったにも関わらず態度が横柄であるこの人間。この時、この場にいた誰もがこの人間を良く、思っていなかった。

「この方が救難信号を出していたディエルに搭乗されていた方ですか……」

そこへジャンヌが現れた。彼女が現れた途端、兵士達は銃を一斉に降ろした。

(この方から妙な感じが……)

ジャンヌはこの男から奇妙な感覚を感じていた。力のある人間が持つ、相手を感じる事が出来る力。ジャンヌはこの男からその感覚を感じ取っていたのである。

「恐らく貴方も感じ取りましたでしょう、ジャンヌ・アステル嬢。」

男は笑みを浮かべた後、静かに言った。ジャンヌと〝同じ力〟を持つらしいこの男。最初、ジャンヌはこの男が何を言っているのかが分からなかった。

「何故貴方は私の名前を御存じなのでしょうか。」

「貴方は非常に有名な御方。デウス帝国においても、地球上においても……去年までは歌手活動をされていたと聞きます。貴方のような著名人を、今や知らない人間を探す方が難しいぐらいですよ。」

「……ではこちらがお伺いさせて頂いても宜しいでしょうか。貴方は何者なのですか。」

自分の中に生じている違和感を拭う意味も込めて、彼女は男に聞いた。〝妙な感覚〟がするこの男。ジャンヌはこの男が奇妙に思えて仕方がない。

「貴方と同じ人種……そう言えば分かりやすいでしょうかね。」

「では……貴方はまさかアドバンスドタイプとでも言うのですか?」

地球圏で数少ない存在であるアドバンスドタイプ。この男は自称アドバンスドタイプだと言うが、何者なのかはジャンヌ自身に心当たりが無かった。

「そうですよ。」

そう言って男はヘルメットを取った。そこにいたのは、顎鬚を生やし、鋭い目つきをした男。男の顔を見た時、ジャンヌの目が見開かれる。

「貴方は……まさか……ダリオン・イブルーク……ですか……?」

その名は、ジャンヌにとって覚えがあった。以前にアドバンスドタイプについての研究について調べていた時に、デウス帝国出身の彼の名を、知っていたのだ。

 常軌を逸した研究を行った、ある種のマッド・サイエンティストとも呼べる男。その男によって、アドバンスドタイプの秘密が分かって来た事は事実だが、まさかこの場にその張本人が姿を現すとは、思わなかったのである。

「名前を存じ上げて頂けているとは……光栄ですな、ジャンヌ嬢。」

レイをアドバンスドタイプに仕立て上げた張本人とも言える男。しかし彼は以前に地球にいた。地球でレイに事実を明かした。その男が何故、今宇宙にいるのだろうか。

「実は、ディエルに乗っていた所を彷徨ってしまいまして。救出は大変感謝しております。それもジャンヌ嬢に救出して頂けるなど、とてもありがたき幸せ――」

「本当に?」

ダリオンの言葉を、ジャンヌの言葉が遮った。

「貴方は本当に彷徨っていたのですか?まず、地球にいる筈の貴方がここにいるという事自体が妙なのですが。確認したいのですが、貴方は今、デウス帝国に所属されていますか?」

ダリオンに対して質問をするジャンヌ。明らかに怪しいと感じた彼女は以前に起きたメイドの一件もあり、慎重になっていた。

「もし、そうだと言ったら?」

ダリオンは確認するように言った。

「もし貴方がデウス軍なのだとしたら、申し訳ありませんが貴方を受け入れる事は出来ません。」

彼女ははっきりと言った。その背景には、メイドの件も去る事ながら、論文で把握していたダリオンの人間性を把握している事も関係していたのである。

すると、ダリオンは急に笑い始める。その光景に、周囲の兵士達は困惑していた。

「ほぅ、受け入れる事が出来ない……まあ、確かに私はデウス軍に所属をしていますが……ジャンヌ嬢、貴方のようなお方にお会い出来てこのような言葉を吐くのは恐縮ではありますが、今、貴方にそのような事を言っている余裕は御有りなのでしょうかね。」

「それは……どう言う意味でしょうか。」

ジャンヌの目はいつになく険しい。それとは対照的に余裕の表情を浮かべるダリオン。まるで、彼女の心境を理解しているように。

「アレン・レインドの命が風前の灯の状況で、私を受け入れないと言う事は彼が生き返るチャンスをみすみす逃すと言う事ですよ。」

「!?」

ダリオンが放った言葉にジャンヌは耳を疑う。ジャンヌだけでない。周辺にいたFPBの兵士達も明らかに動揺していた。男は今アレンの身に起きている事を理解していた。恐らく、それはアドバンスドタイプの力によるものなのだろう。

「今、アレン・レインドは、意識は無いが心臓は動いている。それを感じる事が出来ます。アドバンスドタイプという、同胞とも呼べる人間の存在です。その同胞が置かれている状況などを知る事など私には容易い。」

「貴方には分かるのですか!?アレンの今の状態が……?」

実際に見てもいないのにアレンの置かれた状況を言い当てるダリオンの姿を見て、ジャンヌの目が一変した。先程までは見下すような目付きだったのが、今は違う。

「ええ、分かりますよ。何せ私はアドバンスドタイプの存在、心境を感知出来ますからね。」

以前にレイが自身の力で悩んでいる時も、ダリオンは彼の悩みを見抜き、そして真実を告げた。今、ダリオンがジャンヌに対して述べている事。それは紛れもない事実である。

「……貴方がアドバンスドタイプの心境などを見抜く力を持つと言う事は理解できました。ですが、疑問が残りますわ。」

彼女が気になったのは、ダリオンが言った、〝生き返るチャンス〟についてある。

「分かっていますよ。アレン・レインドが〝助かる〟とはどういうことなのかですね。」

「ええ。アレンの心臓は停止しており、生命維持装置で生かされている状況です。彼の心臓を移植すれば生き残る可能性はあると、手術を行った者は仰せられていましたが。」

すると、ダリオンは突如両腕を広げた。奇妙な行動に周囲にいた兵士達は首を傾げる者もいた。

「一度、その姿を見せて貰いたいですな!」

「え……?」

何を言い出すのか……ジャンヌはそう思った。

「ああ、私はこれでも〝表向き〟は医師でしてね。何、医学的知識ならばいくらでもあります。アレン・レインドを手術した医師ならば分からなくとも、私には分かることだってあるのですよ。」

ダリオンは彼を助け出せると言った。しかし、本当にそれを信用して良いのか。ダリオンはデウス軍の人間である事は先程自身が言っていた事より、明らかである。信じて良いのだろうかと、彼女は迷った。

「ジャンヌ様、この男の言葉は信用に欠けます。我々は拒むべきと判断します!」

そう言うのはFPBの兵士達。だがジャンヌは

「アルバトスへ彼を案内します。」

と、ダリオンを信じる事にしたのである。兵士達はジャンヌを止めようとしたが、彼女は止めない。

「もし、貴方が不穏な動きを見せれば……その時は覚悟をして頂きます。そのつもりで。」

「了解です。」

ダリオンは臆する様子も見せず、ジャンヌに対して首を縦に振る。そして、彼女はアレンがいるアルバトスへと案内するのであった。その間、護衛の兵士が数人彼女に同行する。何か行動を起こすかも知れないこの男を放置するわけには行かない為であった。

 

 

 少し時間が経ち、両者はアルバトスへ辿り着く。そして、ジャンヌはアレンがいる医務室に彼を案内した。この時、ダリオンはネルソンと鉢合わせをする。そして、ネルソンはジャンヌを止めた。

「ジャンヌ嬢、その男は何者か。アレンに会わせる気か?」

「ええ……この方が仰るには、今のアレンを見ればその治療法が分かるかも知れない……と言われました。それが本当かは定かではありませんが。」

ネルソンは彼女の言葉を聞き、表情を一変させる。

「何を言っている!?今の我々ではアレンを救う手段など――」

「見てみなければ分からんでしょう。そうやって簡単に諦めてしまう事が、アレン・レインドを救う可能性を狭めていると何故分からない?」

ネルソンの言葉をダリオンが遮る。その表情には、余裕が見られた。

「大体貴様は何者だ!?」

「私はダリオン・イブルーク。今は君と話をしている場合ではないので失礼します。ジャンヌ嬢、宜しくお願いします。」

「……ええ……」

そう言ってジャンヌは静かにダリオンを案内する。ネルソンは止めようとするが、それをFPBの兵士に止められた。

「待て!私は医者だぞ!貴方に何が分かる!?」

「私も医師免許は持っているよ。そして、君よりアレン・レインドの事が理解の出来る立場の人間でもある。」

と、ダリオンが言った。

「何だと……」

ダリオンの一言で、ネルソンは静かになった。彼からすれば、ダリオンが言っていた言葉は何を言いたいのかが、全く理解が出来なかった。

 

                ウィィィィィン

 

 そして、ダリオンはアレンが眠っている部屋に着く。アレンは人工呼吸器で酸素を供給されている状態で、心臓部には生命維持装置が接続されている。ダリオンはそれを一目見た瞬間、ニヤリと笑った。

「ああ、これならば治せますね。」

ジャンヌの表情が一変した。〝治せる〟と、この男はそう言った。無論、何の根拠も無しにそのような台詞を言うとは考えにくい。

「それは、本当なのですか!?嘘ではありませんね!?」

「私は嘘を言いませんよ。ただ、治すには条件がありますが。」

「条件……?」

この男が言う、〝条件〟とは何を示すのか。

「その前に……先程の男が手術をしたのですか、ジャンヌ嬢。」

唐突な質問に、ジャンヌは少し躊躇う様子を見せるがすぐに返答した。

「ええ、彼が手術をしました。そしてあのように生命維持装置を処方したと言います。」

ダリオンはそれを聞き、数回、首を縦に振る。

「まあ……確かに妥当な手術ではありますね。何せ代わりの心臓など普通は存在しないのですから。しかしこのままでは確実に死んでしまう。」

「そうです……ですから私達はどうすればよいか、検討をしているのですわ……」

ジャンヌは自分の心臓を差し出そうとさえ考えていた。しかしそれをすれば反対する者多数を占め、結局アレンは動かないままで終わってしまう。この場所で、アレンに適合した心臓を探す事など、不可能と言えた。だが先程ダリオンは〝治せる〟と言った。それは何を示すのか。

「さて、話を戻しましょうか。先程、私は〝条件がある〟と言いました。」

「その条件とは……?」

ジャンヌは早くそれが知りたくて仕方がない。ダリオンはそれに応えるように、言った。

「火星に行き、そこに人工の心臓が置かれている施設があります。その心臓を持ち帰り、移植手術を行えばアレン・レインドが目を覚ます可能性があります。」

「火星……ですか……?」

火星……男はそう言った。火星と言う単語がこの男から出るとは、予想外だった。

「ええ、火星です。そこにとある施設があります。そこに行けば、アドバンスドタイプの心臓を保管している場所があり、そこで手に入れて移植をすれば……」

この言葉には疑問点が多過ぎる。まず、火星と言う単語が現実的でない。新生連邦や国連、そしてデウス残党が戦争をしている状況で火星まで行く余裕などあるとは言いにくい。次に、そこにアドバンスドタイプの心臓があるという話も妙だ。何故、ダリオンはその事を知っているのか……ジャンヌはそれを聞いた。

「貴方の言葉には疑問が多すぎますわ。そもそも……まるで貴方は火星の事を知っているかのような言い方をされますわね。これは一体……?」

「実際、知っているんですよ。私は火星の事をね。ああ、そうだ。クルーの皆さんを集めて下さい。貴方の独断で勝手に決めるとクルーの皆さんがお怒りになる可能性が高いですからね。皆さんで決め、よく討論されて考えた方が良いですよ。」

「……」

何故ダリオンは敵である筈のFPBに対して協力的なのか。何故火星の事を知っているのか?全てが謎に包まれているこの男。疑問は残るが、今は手段を選んでいられないと感じていたジャンヌはこの男を信じ、シュネルギアとアルバトスのクルー達を、アルバトスに一度集める事にしたのである。

 

 やがてジャンヌによる召集により、クルーが集められた。アルバトスのブリッジに集められたFPBのクルー達はダリオンの姿を、睨みつけるように見ていた。その中にはFPBの代表であるギアの姿もあった。

(あ……あの人……嘘……なんで……ここに……?)

クルーの中にいたレイはダリオンの姿を見て寒気を覚えた。自分をアドバンスドタイプに仕立て上げた張本人が、まさかこのような場所にいるなど想像もしなかったからだ。一方のダリオンはレイの目をちらと見た後、まるで見下すように目線を合わせた。この目線が、レイにとって不快でならなかった。

「お忙しい中御集り頂き光栄です。私はダリオン・イブルーク。先程は助けて頂いてありがとうございます。」

ダリオンは最初に頭を下げた。だが、その行動もどこか怪しげに見える。

「ジャンヌ嬢、先程話をした時から気にはなっていたのだが……その男は何者だ?」

ネルソンがジャンヌに言った。

「彼が言うには……私と同じ力を持つ、アドバンスドタイプだと仰るのですが……」

「そうです。私はアドバンスドタイプです。」

ダリオンは自信ありげに言った。

「アドバンスドタイプ……アレンと同じか。」

ネルソンは腕を組みながら言った。しかし、彼はこの男を疑っていた。本当にアドバンスドタイプなのか……と、彼は感じていた。

世間的には知られていない未知なる人種、アドバンスドタイプ。ジャンヌやアレンやエファン、そして今はレイがこれに該当する。シンギュラルタイプを遥かに凌駕する力を持つこの人種。今、ジャンヌらと同じ力を持つとされる男がクルー達の前にいたのである。

「先程ジャンヌ嬢にも話をさせて頂いたのですが、アレン・レインドの意識を回復する方法はあります。それは、火星に行く事です。」

ダリオンの一言で皆が騒然とした。何を言い出すかと思えば、火星と言う、普通ならば天体学者やその関係の番組ぐらいしか聞く事が無い言葉。ネルソンは耳を疑った。

「火星だと……?」

「はい、火星です。」

「何を言っているんだ……」

ネルソンは彼の言う事を心から受け付けなかった。そもそも、〝火星〟という言葉自体、突拍子なく出てきた言葉である。何を言っているんだ……ネルソンを始め、クルーのほとんどがこの疑問を抱いていた。

「火星と言うのも出鱈目で言っていません。きちんと根拠があって言っているのです。」

そう言ってダリオンは小型のチップをコンピュータに入れ、そこから画像を展開した。

そこに映っていたのは、火星の光景だった。地球で言う、砂漠のような砂が無限に広がる光景が広がっているウインドウが映っている。

「更に……見てもらいたいものが。」

ダリオンは写真を切り替える。彼が映した写真には、薄暗い施設の中に、心臓や胃といった内臓類が、カプセル内に入っている水の中に浸されている光景だった。

「何だと!?火星にこんな施設があるというのか!?」

ネルソンが驚愕すると、ダリオンはそれを黙らせるかのように話を進めた。

「この映像自体はP.C歴に変わる前の、古い映像になりますが、今もあると推測されますよ。そしてこの写真は人工心臓です。火星にはこのような装置があります。そして、この心臓こそが、アレン・レインドの移植に必要不可欠な存在なのです。」

そう言った後、ダリオンは更にしたり顔を見せる。だが、ネルソンは疑う姿勢を崩さない。彼等はこの写真が、合成写真ではないかと疑い始めた。 

「人工心臓……?」

「この心臓はアドバンスドタイプの心臓です。簡単な話、これをアレン・レインドに移植できれば彼は恐らく、蘇る事が出来るでしょう。」

ダリオンから次々と出る言葉は彼等を混乱させる。まず、火星という言葉。それが奇妙で仕方がない。次に、謎の施設に心臓。ダリオン・イブルークという男が一体何を言いたいのかが、理解出来なかった。疑問を抱いたエリィはダリオンに尋ねる。

「すいません……正直、混乱しているんですけど、少し聞いても良いですか?」

「……どうぞ。」

ダリオンは静かに言った。

「いくつか疑問があります。まず、貴方は何者ですか。火星とアドバンスドタイプは何の関係があるのですか。そして、その写真も気になります。本物ですか?」

火星。それはこの時代の人類でも未知なる場所として認知されている星。と言うのも、地球はデウス帝国と長きに渡って戦争を繰り広げてきた。その間、地球の人類は火星に無人探査船を向かわせたりするなどをして探査を行ってきた。

その間に地球人類は火星の大地に足を踏む事には成功しているが、開拓は一切進んでいない。これらの理由としてはデウス軍に対する戦力増強を地球側が優先していたからであると考えられ、火星への探索はあまり行われていない事が考えられる。だがこれも憶測とされており、実態は謎が多い。

「一つ一つお答えします。私はダリオン・イブルーク。ああ、貴方達にはまだお伝えしていませんでしたね。先程ジャンヌ嬢にはお伝えしましたが、私はデウス帝国の所属の者でして、医師免許及び医学博士として活動させて貰っている手前、〝産婦人科医〟として稼業させて頂いております。」

ダリオンはデウス軍の所属だったという事を聞き、騒然とするクルー。その中にいたレイはこの時、ダリオンがデウス軍の所属だと言う事を初めて知った。

(この人……あの時はそんな事何も喋っていなかったのに……それに火星って……どう言う事……?この人は何を言っているの?)

以前にレイに対して真実を告げた時に語らなかった事を、今語るダリオン。レイはこの男が一体何がしたいのかが、全く理解出来なかった。

そしてクルーを余所に、ダリオンはエリィの質問に対しての答えを言い続けた。

「次にアドバンスドタイプの話でしたね。それが火星と何の関係があるかと言う事ですね?」

アドバンスドタイプに関しては謎が多い。ダリオンが以前にレイに言った事以外にも、数多くの謎が残されている。今、ダリオンからはその謎の内の一つが明らかにされようとしていたのだ。

「火星とアドバンスドタイプには、密接な関係があるんですよ。私は実際に火星に行き、この目で見た。先程の写真が何よりの証拠です。写真の件ですが、あれは紛れもない本物ですよ。エリィ・レイスさん。」

エリィは自分の名前を名乗った訳でもないのに自分の名前を言い当てたダリオンに対して驚愕した表情を見せた。

「え……どうして貴方は私の名前を……?」

「私はアドバンスドタイプ。ジャンヌ嬢と同じ力を持つ者です。多少ですが、貴方の様なシンギュラルタイプ等の、力を持つ人間の事が分かります。最も、貴方は私がここに来た時から妙な感覚を感じられていたと思いますがね。」

ダリオンが姿を見せてからアドバンスドタイプと名乗って以来、シンギュラルタイプであるエリィやガーストはこの男が姿を見せた時から違和感を覚えている様子だった。力を持つ人間にしか分からない妙な感覚。それを、この場にいる力を持つ人間達は感じ取っていた。

「確かに、貴方を見た時から違和感はありました……」

エリィが言った。

「そうなのか、エリィ?」

「うん……この人からはずっと感じてた。力を持つ人間だって……」

エリィの言葉を聞き、ネルソンはダリオンがアドバンスドタイプである事を信じた。彼自身はオールドタイプであるが故に、エリィの言葉を信じるしか出来ない。

「さて、話を戻しましょう。先程も言いましたが火星とアドバンスドタイプには密接な関係があります。私は研究をしていく中で、その事実を知る事が出来ました。」

「その事実とは、何でしょうか。」

ジャンヌが疑問を投げ掛ける。ダリオンが言うように、火星とアドバンスドタイプは何の関係があるのだろうか。

「アドバンスドタイプの正体……それは、火星で作られた人種であると言う事です。」

この言葉に再びクルーは騒然とした。中でも、レイが一番驚いている様子だった。

(火星で作られたって……アドバンスドタイプが!?何の事を言っているの!?)

アドバンスドタイプとは未知なる存在……そう言われ続けてきた。遥か過去から存在する人種であるアドバンスドタイプだが、未だに謎に包まれている。だが、ダリオンはその正体を知っていた。彼が言うには、アドバンスドタイプは火星で作られた存在であると言うのだ。

「一体、どう言う事だ!?」

「ああ、残念ですがこれ以上はお教えできません。知りたければ私の言葉を信じる事です。」

ネルソンの言葉をダリオンが掻き消す。ダリオンは、まるでこれ以上秘密がばれる訳には行かないと言った様子だった。皆が続きを聞きたがるその中で、ミシェが口を開き、渋い声で言った。

「おい、待てよ。それってつまり火星に行くって事なのか?」

「そうですよ。それ以外にありますか?」

誰もが〝嘘〟と思っていた。何せ、〝火星〟という単語自体、彼等は日常で口にする事が無いからである。余りに、唐突過ぎるのだ。

「貴方方には迷う時間がありますか?アレン・レインドを助ける方法が無い現在、助ける手段を知っている私にしか可能性は残っていないと思うのですが。」

ダリオンの言う事は正しい。だが、それは彼が本当の事を言っていればの話だが。

「このまま何もしなければアレンは死を迎えるのを待つだけです……今は僅かな可能性に掛けるべきだと思うのですが……」

「……ネルソン、ジャンヌさんが言うように、私は……少ない可能性に掛けるべきだと思ってるの。何もしないとアレン君はこのまま……」

ジャンヌとエリィはダリオンを信じる様子だった。無理もない。このまま時間だけが過ぎればアレンは死を迎える。それを避けたい一心だったからだ。だがネルソンは反対を続ける。

「貴方が言っている事が本当なのかが分からない……大体、火星に行くには距離がありすぎる。アレンはあと十日で死を迎えるんだぞ?」

慌てた様子のネルソンの言うように、地球圏から火星はあまりに距離があり過ぎる。実際、火星に関する研究は公にはあまり行われていない。従って、どれ程の速さで火星まで行く事が出来るのかが見当がつかない。彼等は、火星までの距離は非常に遠いものであると認識していたのだ。

「火星は遠い……確かに、遠いです。しかしそれは貴方方の思い込みだとしたら?」

「思い込み……?それって、どう言う意味ですか?」

エリィが首を傾げながら言う。それと同時に、ダリオンは一度咳をして言った。

「私が提供する小型高速艦に乗れば、火星まで行く事は四日あれば可能です。」

ダリオンが言うには、彼が用意した戦艦に乗れば火星に行く事が四日で行く事が出来ると言う。しかし、それを信じる人間等、この時点で居る筈が無かった。

「火星までたった四日たぁ随分都合がいいじゃねえか。んで、そこにあるとされる人工心臓を取って返って来て、奴の心臓に移植すればミッションは完了って訳かよ。話が旨過ぎるんだよ、お前。」

ミシェは腕を組み、ダリオンを睨んだ。

「お言葉ですがね、既に人類は火星へ短時間で行く手段を見つけているのですよ。」

堂々と語るダリオンだが、ミシェは疑う姿勢を崩さない。

「嘘を吐くんじゃねえ。そうやって簡単に俺達を騙せると思ってんのか?」

ミシェはダリオンに対し怒りを露にしていた。というのも、以前にデウス軍に国連軍との協力を妨害され、結果的に対立を深めてしまう状況を作り出されてしまったからである。突然〝火星〟という言葉を発した辺りから胡散臭さが漂っており、その上デウス帝国の人間と言う事が、彼等の疑惑を助長させた。

「どのように捉えるかは貴方方次第。正直な事を言いますが、ジャンヌ嬢やエリィ・レイスさんの言う通り、今は信じるべきだとは思いますがね。どうなされますか、貴方方は?」

選択肢を与えるダリオン。そして、ダリオンを信じようとするジャンヌにエリィ。ネルソンは迷った。もし、これが嘘ならばFPBに何が起きるかが分からない。新生連邦やデウス残党、そして国連軍との決着を前に戦力を削がれる事は絶対に避けたい……そう思ったネルソンは、静かに口を開いた。

「貴方がもし、この事に関して嘘を言い、我々を陥れようとするのならばそれは大変な事だ。アレンは貴重な戦力であり、仲間だ。助けたい。だがもし貴方が嘘を言ったのなら、被害はアレンだけに留まらない。我々に及ぶ。」

ネルソンの言うように、もしダリオンが嘘を言ったのならば間違いなく被害が及ぶのはアレン以外のFPBのメンバーである。

「どう思われますか、ジェッパー氏。最終的に決断をされるのは貴方です。私達は、あくまでも討論をしているに過ぎません。」

ジャンヌがギアに対して言った。ダリオン・イブルークという男を信じるべきか、信じるべきでないか……ギアはこれらの会話を聞いていた中で、迷っていた。本当にこの男を信じるべきか、否か。

 ただ一つ言える事は、彼等が討論を続けている間もアレンの命は刻一刻と失われつつあると言う事だ。早急に答えを出さなければならないこの状況で、ギアは重い口を開けた。

「ダリオン・イブルーク、貴方を信じざるを得ないだろう。アレン・レインドを助け出す唯一の手段を知っている貴方を。」

FPBの代表の台詞はダリオンを喜ばせる。彼の言葉により、反対する意見も相殺された。

「おぉ!ようやく重い腰を上げて下さいましたか!!素晴らしい!」

「ジェッパー代表!罠の可能性を考慮されるべきでは……」

「ネルソン・アルビュース。今は手段を選んでいる場合ではないと思うのだが?」

ネルソンは代表であるギアに対しても意見をした。だが、ギアはネルソンの意見を退けた。

「決定……ということで宜しいでしょうか?」

「そうだ。」

この瞬間、彼等はダリオンを信じる事を決定する事となった。無論、この男が本当の事を言っているかは定かではない。だが可能性がある以上、このままチャンスを逃す訳には行かないという考えを、ギアは推し進めたのだ。

「了解しました。尚、小型高速艦はもうこの周辺に来ています。モニターで確認して頂きたい。」

ダリオンの言うように、エリィはアルバトスのモニターを見た。そこには、彼の言う通り、戦艦一隻が存在していた。

「……代表が意見を出されたのならば仕方が無い……」

しぶしぶ、ネルソンはギアの意見に従う事にした。デウス帝国の男を信用するのはどうしても納得が出来なかったが、決定してしまった以上、今はこの男を信じるしかない。

「では、我々をその艦に誘導してもらおう。本当にその艦でしか急いで火星に行く事が出来ないのならね。」

ダリオンの意向により、クルーは火星へ行く事になった。新生連邦軍と国連とデウス帝国残党軍との戦いが残っている状況で火星に行くというのは奇妙に感じられたが、アレンを助ける為には手段を選んでいられない。

 しかしダリオンはニヤリと笑った後、急に声を上げて言った。

「誰が高速艦に乗ってもらう人間はここのクルー全員と仰いましたかな?」

その言葉に、誰もが耳を疑った。急なダリオンの発言はクルー達を驚愕させ、困惑させた。

「何だと!?」

ネルソンが咄嗟に反応する。

「小型高速艦に乗ってもらうのは私が指名した人間のみとなっています。残念ですが、名前を呼ばれなかった人間には乗ってもらう訳には行かないのですよ。」

ダリオンは特定の人物にのみ艦に乗ってもらうと言い出した。当然、それに対して了承する人間などいる筈がなかった。

「お前……この期に及んで何を抜かしてやがる!?ふざけんじゃねえぞデウス野郎!」

怒りを爆発させたミシェがダリオンの胸倉を掴んだ。が、その行動をギアが止める。

「ジンバルドさん、止さないか!差別用語はしてはいけない!」

「……チッ!」

“デウス野郎”それは地球側のデウスに対する侮辱語である。デウス動乱時に特に用いられるようになった言葉であり、地球からデウスを憎む人間がこのような言葉を使う事が多いとされている。ミシェは時に過激な発言をする事がある。それは、彼自身もデウス動乱時にデウス軍によって被害に遭った経験を持つ為だ。

ギアの言葉でミシェはダリオンのパイロットスーツを離した。胸倉を掴まれている際も、ダリオンの表情に焦りは見られず、余裕そうな表情を浮かべていた。

「私は確かに小型高速艦に乗れば四日で火星に行く事が可能とは仰いました。ですがね、誰も全員を乗せるなど一言も言っていませんよ。勝手な解釈をされたのは貴方だ!己の行動を恥じるべきですよ!それともあれですか、アレン・レインドを助けなくてよいのですか?私には出来るのですよ?止める事が!」

ダリオンはミシェを馬鹿にした発言を続けた。これに対し、ミシェは何も言えない。今、ダリオンはアレンを助ける事が出来る唯一の存在。ここで刃向う訳には行かなかったのだ。

 いつしか高圧的な態度を取るようになったダリオン。だがこれに関して、誰もダリオンに文句を言う事が出来なかったのである。

「さて、今から言う人間のみ、高速艦に乗って頂きましょうか。まずはジャンヌ・アステル嬢。そして、レイ・キレス君!」

「!?」

ジャンヌとレイがダリオンに呼ばれた。クルー達は騒然とする。何故、レイが呼ばれたのか。

「何を言っている?何故その二人なんだ!?」

「理由は簡単。両者がアドバンスドタイプだからです。アレン・レインドはこの艦の生命維持装置から離す事が出来ない。つまり、今動く事が出来るアドバンスドタイプはジャンヌ嬢とレイ君のみ。」

「貴様、何が目的だ!?大体何故レイがアドバンスドタイプである事を!?」

「私の中に、彼から感じる力が嫌という程伝わってくるからですよ。」

クルー達は知る由もない。ダリオンが、レイをアドバンスドタイプに仕立て上げた張本人であると言う事を。少し前のレイならばこの光景を見て絶望に追い遣られていただろう。だが、今のレイはダリオンをしっかりと見る事が出来ていた。それはつまり、彼自身アドバンスドタイプという力を受け入れ始めている事を意味している。

「正直……僕は貴方がここにいるという事に驚いています、ダリオンさん。」

彼の目はいつになく険しい。それは自分と言う存在を力を持つ者……それも、既存のオールドタイプと呼ばれる人種を遥かに凌駕する存在、アドバンスドタイプに仕立てた元凶とも言える人間が眼前にいる為であった。

「以前と随分違うね。前は私が話す度に耳を塞いでいた小動物の様な君が、今はしっかりと私と向き合おうとしている。素晴らしいよ、成長したね。流石は私が作り出したアドバンスドタイプだ!」

ダリオンの言葉がブリッジ中に響いた。〝作り出したアドバンスドタイプ〟という言葉は、クルー達に衝撃を与える。

「何ですって……?」

「どう言う事……」

「何だと!?どう言う事だ、レイ!?」

ジャンヌ、エリィ、ネルソンがそれぞれ言った。レイがダリオンによって作り出されたアドバンスドタイプ……正確には、レイが赤子の時にダリオンの実験によってアドバンスドタイプとなってしまったのだが、実質それは作り出されたという事と同意義であった。

「この件に関しては話せば非常に長くなります。それよりも今はゆっくりとしている時間は無いのでは?早く、高速艦に二人を案内しなければ。」

作られたアドバンスドタイプと言う事は、クルーにとって当然気になる事だ。だが今はアレンの救出が最優先事項である。アレンは高速艦に身柄を移したくても、アルバトスの医務室から運び出す事は出来ない。つまり、高速艦に頼るしかなかったのだ。その高速艦に乗り込む事が出来るのも、アドバンスドタイプであるジャンヌとレイのみなのである。

「ダリオンさん。僕は貴方に言いたい事があります。」

レイは拳を作り、唾を飲み込み、口を開ける。ダリオンはその様子を、まるで楽しんでいるかのように見ていた。

「貴方はどう考えても、FPBの人達を騙しているようにしか見えないんです。僕は貴方を信じられない……いや、信じたくありません!」

精一杯、レイは言った。前に彼に対して真実を明かし、苦悩させた仕返しと言わんばかりに。

 だが、ダリオンはレイの言葉を聞いた後、最初に微笑し、次に大声で笑い始めた。

「ハハハハハハハ!どういう経緯で自信を付けたかは知らないが、まるで以前の仕返しのように言ってくれるじゃないか。ひ弱な君ではないと言う事が分かった。それは良いだろう。信じる、信じないは自由だ。だがはっきりと言わせて貰おう。

私は君に事実を言ったが、決して嘘を言った覚えはないのだよ!!!」

声を張り、ダリオンは言った。レイはこれに対して何も反論出来ず、黙ってしまう。だが、彼は心の中でダリオンを否定し続けた。しかし今は自分が行かなければアレンを救う事が出来ない。例え、それが罠であったとしても。彼は悔しい思いを抱きながら、ダリオンの言うように小型高速艦へジャンヌと共に乗り込む事になったのである。

 

 

 

 やがて小型高速艦はアルバトスに近付き、ジャンヌとレイの二名はそれに乗り込む事になった。残りのクルーは彼等を見送る形でアルバトスに在籍する事になった。

 たった二人で火星に行き、人工心臓を取りに行く事になった現状。残された者達は何をすれば良いか、分からないでいた。

「何故あの男がアドバンスドタイプであるあの二人を選んだのかが気になる所だが……」

「私達には二人の帰りを待つしか出来ないのかな……」

ネルソンとエリィは不安げに、去りゆく高速艦の後姿を見ていた。艦はやがて、すぐに姿を見せなくなった。ダリオンが言った名前の通り、高速艦は高速で移動する事が出来る艦である事がこの時、皆に分かった。

「エリィ・レイス君、頼みがある。」

そう言うのはギアだった。突然の、FPBの代表からの頼みにエリィは

「はい?」

と、少しばかり驚きながら言った。

「私は一度シュネルギアに戻り、FPBの残りの艦隊を率いる。君はアルバトスを操り、あの艦を追い掛けて欲しい。」

「え!?」

エリィには、ギアの言っている言葉が理解出来なかった。追い掛けるという事――それはつまり、火星まで行けと言う事だ。ダリオンが乗っている高速艦ならば火星に行けるかもしれない。だがアルバトスで火星に行くなど、無理だ――と、彼女はそう思っていたのだ。

「それって、火星に行くって事ですか!?」

「そう。ただし、戦力は少し減らす形になるけどね。君が率いていたMS乗りのクルー達の機体のみを残して、残りの戦力をシュネルギアに移す。」

「でも!火星ですよ!?何日も掛かってしまいます!第一、エンジンが持つかどうか……」

火星に行くには距離がありすぎる。当然その間にエンジンが切れる可能性も高い。しかしギアはそれを否定した。

「アバドンコロニーで、“ある”物資を手に入れた。それは補助のブースターとも呼べる装置でね、それを装着して行けば、理論上はアルバトスを最大出力で可動させ続ければあの艦とは、一日の差で火星に行く事が出来るという計算データが出たという報告があった。」

「え……そうなのですか!?」

 先の戦闘の前に、アバドンコロニー内で手に入れた物資がここで役に立つ瞬間だったそれをアルバトスに装着し、火星に向けて行けば五日で行く事が出来るとギアは言った。それに対して彼女はただ、驚くばかりである。

この艦の艦長になってまだ経験は浅い。それ故に、彼女に艦を提供したギアの方が艦に詳しいのである。

「アルバトスは貴重な戦力の一つ。だから最低限の戦力は残しつつ、火星に向かって貰いたい。出来るかな、エリィ・レイス君。」

ギアの提案に対し、エリィは笑顔で

「ええ、分かりました!」

と言った。

「しかし……いくら外部パーツを使うとはいえ、どうしてアルバトスにそんな航行能力が?」

ふと、エリィは疑問を抱く。そもそも既存の艦に火星に数日で行く事が可能な程航行能力があるとは考えにくいと、考えていたのだ。

「ジンクの所にある資料を拝見させてもらった事があってね。元々火星に短時間で行く研究はわれていたそうだ。あの外部パーツは、その名残だろう。そしてアルバトスは戦力の増強と共に、航行能力にも特化している艦でもある。今回、偶然にもそれらが一致したという訳さ。故に火星に行くならば、この艦が相応しい。」

「知らなかったです……そんな事が……」

明らかになる事実。まさか、そのような事があるなど、エリィには知る由もなかったのだ。

航行能力に特化しているとはいえ、火星に数日……それも五日で行く事が出来る程にスピードが出る艦だとは知らなかったエリィは、ギアの言葉に関心を抱くばかりだった。

アルバトスを凄いと感心するエリィだが、一方のネルソンは納得できない様子だった。

「お言葉ですが……アルバトスが外部パーツと合わせてそれ程の航行能力を持っているのならば、何故先程ダリオンという男が艦を用意する前にアルバトスの航行能力について述べられなかったのか……それが気になります。あの男の話を聞き、短期間で火星に行くことが出来ると知ったならばこの艦だけでも火星に行く事は出来たでしょう?」

航行能力を知っているのならば、わざわざダリオンの用意した艦に二人を乗せる必要などない。

しかし、ギアは今この事実を告げた。これでは、ジャンヌとレイを無駄に危険な目に遭わせてしまっている可能性があったのだ。あの艦で何が行われているかは定かではない。信用の出来ない男の艦で、今両者は何をされているのか。ネルソンはそれが不安だったのだ。

 それに、この艦が航行すればすぐに人工心臓を持ち帰り、艦内でアレンの移植手術が出来る。タイムリミットとされる十日まで間に合う形となる。ダリオンからの情報のみを聞き、最初からこの艦で航行すれば良かったのでは――と、ネルソンは思っていた。

「仮にそうだとして、ダリオン・イブルーク抜きに肝心の人工心臓や、その施設の位置が分かったかな?火星までは確かに理論上五日で行ける。しかし、そこから先人工心臓のある場所が分からなければそこでタイムロスが生じ、結果的にアレン・レインドを救出する事が出来なくなる。」

「ではあの男をこの艦に乗せれば……!武力を使ってでも……!」

「それをあの男は間違いなく拒むだろう。何せレイ・キレス君とジャンヌ・アステル嬢のみを自身の高速艦に乗せるように誘導した男だ。我々に火星に関する知識がない以上、どのような形であれあの男の要求を飲まざるを得ない。」

ギアの言葉に押されるかのように、ネルソンは言葉を失っていった。

「それに彼はデウスの人間と言った。以前に苦汁を飲まされているだろう?何をしてくるか分からない。仮にアルバトスにあの男を乗せたとしてもし嘘を言われたら?その時点で十日を無駄にしてしまう可能性も高いし、最悪クルー達を巻き込む事態になりかねない可能性もある。何せ、相手は敵対しているデウス帝国の人間だからね。アルバトスと共に火星にあるとされる人工心臓の場所を良心で教えに来るとはとても考えにくい。更に、敵対しているパイロットを助けるという形にもなり、向こう側にもメリットが無い。まあ、本当の可能性もあるだろうが限りなくゼロに近いと考えていいだろう。」

それを聞き、ネルソンは悔しそうに、握り拳を作った。

「ク……どの道……あの男がいなければアレンを救う事は出来ない……か……」

「二人の安否は気になるが、あの男が用意したという高速艦の後を追い、火星に必ず行くかを見た方が確実だろう。やや面倒なやり方ではあるが、私は、これが今の我々に出来る最善策ではないかと考える。」

火星の事情を知っているのはあの場ではダリオンしかいない。いくらアルバトスに航行機能があるとはいえ、結果的に知識がなければアレンを助け出す事は出来ないのだ。無論、我武者羅に探して人工心臓を見つける事が出来れば良い。だが何も知らない火星という大地を踏んだ所で、それが特定出来るなど考えられない。

「今我々に出来るのは、あの艦を追い掛け、二人の無事を祈り、そして人工心臓を持ち帰って手術をする事だ。その為にアルバトスは必須となる。エリィ・レイス君。君に任せた。アルバトスが敵に察知されないように、くれぐれも気を付けて。追跡している事が発覚すればあの二人が何をされるか分からないから。」

ギアはエリィに敬礼をした。それに対し、エリィは

「はい!」

と、敬礼を返した。

「では早速準備に掛かろう。ゆっくりとしている時間は無い。」

そう言った後、ギアは隣接するシュネルギアに戻って行った。

 

 この後、アルバトス内に搭載されていたヴァントガンダムは全てシュネルギアに移される事となる。現在、アルバトス内に残っている機体はハルッグHMC、ガースト専用ハイエッジカスタム、アインスガンダムコズミックカスタム、ツヴァイガンダムRBFカスタムのみとなった。

現在、アルバトスに残っているのは元セイントバードチームのメンバーばかりとなったのである。ブリッジにはインクとスラッグにFPBの兵士達。MSデッキにはミシェをはじめとした元セイントバードチームのメカマン。居住区にはエレン・ニーマードとプレーン・ミーンがいる。医務室には生死を彷徨うアレン・レインド。後はパイロットであるネルソン・アルビュース、スバキ・シンドウ、ガースト・ピュアス。そして、艦長はエリィ・レイス。この構成で、今から彼等は未知なる大地、火星へと旅立つ。全てはアレンの命を救う為であり、ジャンヌとレイの二人に危害が及ばないかを確認する為であった。

 やがてアルバトスはエンジンをフル稼働させ、火星方面に向かって行く。ギアはシュネルギアに移り、機体も四機を残してシュネルギアに格納された。モニター越しにギアをはじめとするFPBのクルーは、静かに敬礼をした。これに対し、エリィ達も敬礼を返し、去って行った。

 

 

 

 高速艦の中に案内されたレイとジャンヌ。ダリオンに案内され、両者は艦内の居住ブロックの廊下を移動している。彼等は艦に入る前に、荷物のチェックをされた。危険物が入っていないかの確認である。

 やがてダリオンはある一つの部屋に二人を案内した。その部屋は奥行きが広く、そして部屋の奥が暗かった。

「こちらにお二人には入って頂きます。」

部屋の手前側はソファーやテーブル、そしてベッド等が揃えられている。奥はどうなっているのかは分からないが、手前の環境だけでも十分に暮らしていける程に、豪華な仕様となっていた。まるで、この部屋がホテルの一室であるかのように。

「ああ、この部屋のGは地球上の物と変わらないように設定してありますので、パイロットスーツはここでお脱ぎになって下さい。ロッカーはこちら。」

この部屋には男性用のロッカーと、女性用のロッカーがあった。ダリオンはレイとジャンヌをそれぞれの部屋に誘導し、パイロットスーツを格納させ、用意していた服に着せた。

 やがてロッカーから部屋に戻って来た両者。レイは地球にいた時と同じような服装を、ジャンヌは煌びやかな黒いワンピースを着用していた。

(何だろう、この部屋……入った時から変な感じが……)

レイは思った。ダリオンの物とは違う、奇妙な感覚。それは何なのかは定かではない。ただ、その感覚は彼自身感じた事があった。

「貴方も感じますか、レイ。」

「え……それって……?」

「奇妙な感覚です。私は感じます。どこか覚えのある、恐ろしい感覚……」

レイが感じ取っていた感覚は、ジャンヌも感じ取っている様子だった。どうやら、彼の気のせいではなかったようである。

「良い湯加減だった。」

その時、奥から男の声が聞こえてきた。彼等は一斉に奥を見る。やがて姿が見えた時、両者は驚愕した。

「え!?」

「まさか……そんな!」

二人は驚いたが、ダリオンは驚かない。寧ろ、笑みを浮かべた。

「おや、これは……ジャンヌ様ではありませんか。」

レイとジャンヌの前に姿を現したのは、上半身裸の姿でバスタオルで髪を拭っているエファン・ドゥーリアの姿だった。

「エファン・ドゥーリア……!」

先程から感じていた違和感……それは、エファンによるものだったのだ。レイはこの男の姿を見た瞬間、冷や汗を掻く。エファンから放たれる強烈なプレッシャーが、彼を襲ったのだ。

 その時、エファンはギロリとレイを見た。すると、エファンは微笑する。

「そして……レイ・キレスか。随分久しぶりではないか。」

「……!」

エファンから放たれるプレッシャーに対し、レイは口を開ける事が出来ない。それはこの男に対する恐怖なのかは彼自身分からない。ただ、レイは圧倒されていた。エファン・ドゥーリアという男に。

「ダリオン・イブルーク。これはどう言う事ですか!?」

ジャンヌがダリオンに聞く。まさか、エファンがこの艦にいるなど思いもしなかったからだ。

 二人にとっての敵、エファン・ドゥーリア。レイに悪夢を見せ続け、ジャンヌは母親をこの男に殺された。更に、エファンはアレンの恋人であるココットも殺害している。忌むべき敵が、今、彼等の眼前にいた。

「私はこの艦にアドバンスドタイプの力を持つ人間に乗って頂いているのですよ。それは彼……エファン・ドゥーリアも例外ではありません。彼もアドバンスドタイプの力を持つ存在。だから私が交渉して、この艦に乗って頂く事にしました。」

「でも!エファンと人工心臓は何の関係もありませんわ!貴方はアレンを助ける為に協力して下さっているのでは――」

ジャンヌの言葉をダリオンが遮る。その時の表情は先程までの表情と大きく異なり、まるで見下すようにジャンヌを見ていた。

「言いましたよ、ええ言いました。私は嘘を言っていません。でも、そこにエファン・ドゥーリア氏がいるとは言っていませんね。これは言う必要が無いと思ってあえて言っていないのです。何故かは……まあ、ご想像にお任せしますよ、ジャンヌ嬢。」

ダリオンはエファンと彼等が敵対している事を知っていて、あえて何も言わなかったのだ。つまり、この艦はダリオンによって、アドバンスドタイプの力を持つ者ばかりが集められたという事になる。

「そんな……だってこの人は――」

レイがダリオンに言おうとした時、エファンが言う。

「力を持つ人間を殺そうとする人なんですよー」

「え……!?」

レイの思っていた言葉を、エファンは先に言った。

「そうでしたわね。貴方は心が読めるのでしたわね。」

ジャンヌの言葉に、エファンは

「そうだ。私の生まれつきの能力だ。」

と言った。

「素晴らしい……!エファン・ドゥーリア氏!貴方は心を読めるのですか!アドバンスドタイプという人種は謎がまだ多い中で、貴方の様なアドバンスドタイプがいるなんて!素晴らしい!感動的だ!」

エファンの力を目の当たりにし、異様に興奮するダリオン。それを見てレイはダリオンに言った。

「この人をここに呼ぶなんて!この人は僕達みたいな力を持っている人を殺そうとしているんですよ!?」

普通、レイは人を咎めるような事は言わない。だが今回、レイはそれを言った。それは彼に対し、何度も悪夢を見せ続け、死の恐怖を見せ続けた事に対する精一杯の反抗だったのかも知れない。

「ああ……それには及ばない。何故ならば君達もこの艦に入る時に行った、危険物の確認を彼にも行っているからね。彼は軍人であるが故か、武器をたくさん持っていてびっくりしたよ。」

武器は既にダリオンが預かっていた。つまり、この艦にいる以上、エファンが何らかの形で反抗しない限りは殺される危険性は少ない事だと、レイは感じた。

 その時、エファンは上の服を着ずに、ソファーにスッと座った。

「力を持つ者……それもアドバンスドタイプが集まるのも、珍しい光景だな。一人は純粋なアドバンスドタイプとは言えないようだが、まあいい。」

それはレイの事を示していた。レイは内心傷をついたが、それを表情に表すまいと、懸命に堪える。

「ダリオン、貴方にお聞きしたい事が多数あります。」

ジャンヌはダリオンの方を見て、険しい表情で言った。

「まず……貴方は私達以外の、何故アドバンスドタイプの力を持つ者をこの部屋に集めたのですか。それと、先程仰っていたレイの事も気になります。貴方は一体……?」

ジャンヌはダリオンと面識はあったが、ダリオンという男がどういった存在なのかは把握出来ていない。

「申し訳ありませんが、今語る訳には行きませんね。それは火星に着いてからお話しさせて頂きましょう。」

「何故……?」

「全ては火星に行けば分かる事です。そして、アドバンスドタイプという存在の素晴らしさに気付いて頂く事になります。レイ君、君はアドバンスドタイプをもっと好きになるだろう。火星に行けばね!!」

アルバトスでも言っていた、火星とアドバンスドタイプの関係。それらをダリオンは全て知っている様子だ。だが、それを今語らない。火星に着いてから語ると言うのだ。

 ダリオンの目的が分からず、困惑するジャンヌ。彼女の心境に関わらず、ダリオンは突如言い出した。

「それと……貴方方にお願いがあります。今から火星に着くまでの間、貴方方にはこの部屋で共に過ごして頂きます!!」

「え……!?」

レイとジャンヌは共に驚いた。一方、エファンは何も喋らなかった。一体何を言っているのか……二人は耳を疑う。

「何を、言ってるんですか……?」

レイの言葉に対し、ダリオンは笑いながら返した。

「聞こえなかったのかな、レイ・キレス君。君達三人に、ここで過ごしてもらうと言ったんだよ。ただし、外出は許されない。脱走されては困るからね!!」

何故か、ダリオンは三人をこの場に閉じ込めようとしていたのだ。当然レイとジャンヌはそれに反発するが、エファンは全く動揺する様子を見せない。

「貴方の目的が分かりません!ダリオン、貴方は何の為に私達を……?」

「ジャンヌ嬢、いくら貴方とは言え、何度も同じ事を言わせないで頂きたい。貴方方三人には共に過ごして頂く!もし、万が一脱走をしようものならば相応のペナルティが待っている事をお忘れなく!」

急に彼等を閉じ込めると言い出したダリオン。ジャンヌの言葉も響かず、ダリオンは部屋の鍵を外から掛け、去って行ってしまった。

「そんな……急に閉じ込められるなんて……」

「……いえ、でも結局は火星に行く必要があるのならそれでも構いません。例えこの部屋に暫く過ごす事になったとしても。」

閉じ込められる事は不本意だった。しかし、結果的に火星に向かい、人工心臓を取りに行くという目的は果たそうとしている。ダリオンの目的が気がかりではあるが、今は彼の言うように、部屋で過ごすしかなかった。

 

 

 部屋に残された三人である、ジャンヌとレイとエファン。もし、彼等が何も知らない人間同士だったならばこの三人の内、誰かが何かしらの話をするだろう。そこで生まれた会話の中で、趣味や職業、社会的立場等を語る事があるかも知れない。

しかし彼等は違う。見知った者達だ。その中でもエファンは、ジャンヌとレイに対する敵として存在している。見知った者とはいえ、この三人が仲良く喋る事があるとは考えられなかった。

 続く沈黙。それは、エファン・ドゥーリアという男の存在が大きく影響していた。ジャンヌとレイのみだったならば、FPBの者同士という関係上、何かしらの会話はあるかもしれない。だが、この男一人の存在により、誰も口を開く事が出来なかったのだ。

「人間が三人もいて、誰一人も言葉を発しないのも妙なものだな。呉越同舟というやつか。」

この沈黙を破ったのはエファンだった。この言葉に対し、レイとジャンヌは黙り続けている。

「人間は言葉を発する事で初めて会話が成立し、そこから関係を深める。つまり言葉を発しなければ何も始まらないし、何も生み出さない。今まで人類が築いてきた文明も、何もかもな。言葉とは、改めて考えると不思議なものだな。」

急に、言葉について語り出すエファン。彼はレイ達と喋りたいのか分からないが、この言葉が彼等には奇妙に思えて仕方がない。

「私はお前達を殺す事をするつもりはない。それ以前に出来ないからな。いや……この手でお前達の首を絞める事はしようとすれば出来るが……」

冗談のつもりで言ったのだろうが、今までのエファンの行為を目の当たりにして来た彼等から見れば、その言葉が冗談に聞こえなかった。ジャンヌは、彼の目を睨むように見た。レイは何も喋らず、ただ無口を貫いている。

「人間は自身が苦手、又は嫌う存在を本能的に否定するものだ。自信が嫌に感じる相手を、自分の中で存在を消し、亡き者にする。人とはそういうものだ。心の中から私を否定しているお前達の、その黙り込むという行為は正しいと言える。」

エファンを拒絶する両者。だがエファンは人の心を読む事が出来る為、彼等の思っている事はエファンに筒抜けだった。

「何故、貴方はそのように達観した物の言い方が出来るのかが私には分かりません。」

ジャンヌが口を開けた。先程からのエファンの言葉に怒りを感じていたのだろうか、エファンを鋭く睨んでから言った。

「さあ、何故だろうかな。知りたいか?」

挑発するように言葉を発するエファン。ジャンヌはこの男の言葉に対し、喋る。

「貴方が行った愚業は決して許されるものではありません。この戦争に直接関係のない人間を殺した貴方は……絶対に……!」

それは、彼女の母親やココットの事を指していた。〝力を持つ〟人間だから、戦争に関係ない彼女達が殺された。ジャンヌにとって、この男は敵以外の何者でもない。自分の側近を偽り、多くの犠牲者を出してきたこの男を、彼女は許さなかった。

「人前ではしとやか、麗しいとされている令嬢が感情を剝き出しにするというのも、滑稽なものだな。人間は感情が高まり、怒りに翻弄されると冷静な判断が出来なくなる。そして下手な争いを生む。そしてその争いは、自分達が今まで築き上げてきた文明すらも壊す……」

この男の言いたい事が分からないと感じたレイは、咄嗟に聞いた。

「何を言っているんですか……貴方は……?」

「気になったかレイ・キレス。ちなみに私はそのままの事を言ったに過ぎんのだがな。」

エファンは視線をレイの方向にやった。この瞬間、レイは違和感を覚える。エファンに見られると同時に、謎の緊張感が彼を襲ったのだ。男から発せられる特有のプレッシャーが、レイを恐怖に陥れる。

(今の感じ……何……!?頭に何かが入ってくる感じ……気持ち悪い……!)

それは、今までエファンと遭遇した時に感じた事のある感覚だった。まるで脳内で虫が蠢くような奇妙な感覚。今、再びレイはそれを感じてしまっていたのだ。

「これはお前と私の力の差を見せているに過ぎない。私が純粋なアドバンスドタイプである事に対し、お前は突然変異のアドバンスドタイプ。ダリオン・イブルーク……奴は厄介な存在だ。お前などという、平凡な人間をアドバンスドタイプに仕立て上げるのだからな。」

心を読まれた時、レイはぴくりと体を反応させる。

「大丈夫ですか、レイ。」

「は……い……なんとか……」

エファンから感じる、強力なプレッシャーはレイを押し潰すようだった。この男が存在しているだけで違和感を覚えるレイ。その異常と呼べる感覚は、まるで脳内を掻き回されているようだった。

「どうやらジャンヌ・アステルには私が放つプレッシャーを大きく感じ取っていないらしい。レイ・キレスが違和感を覚えているのに……これが突然変異と、純粋なアドバンスドタイプとの差か。」

このエファンの言葉を聞き、ジャンヌは疑問を抱いた。ダリオンが言っていた、〝作り出されたアドバンスドタイプ〟。そしてエファンも、彼が突然変異のアドバンスドタイプである事を知っている。だが、ジャンヌはこの事を知らなかった。

「レイ、貴方にお伺いしたい事があります。ダリオンが言っていた事と、今エファンが言っている事は酷似しています。作り出されたアドバンスドタイプと、突然変異のアドバンスドタイプ。これは、どういう事ですか?」

ジャンヌの質問は、ダリオンによって事実を知らされた時のレイならば頭を抱え、拒絶する程の絶望に彼を追い遣っただろう。しかし、今のレイはそれを受け入れなければならないと思っている。しかし、自分から口を開くのはどうしても抵抗があった。

 宇宙に上がって来た時、ジャンヌは敢えて彼の事情を聞かなかった。だが事情を聞かなかったが故に、レイが突然変異のアドバンスドタイプという事実を知らないで居たのである。

「自分で喋るのが嫌なのなら、私が説明してやろう。」

その時、エファンが口を挟んだのだ。レイの事情を知るこの男。ジャンヌは再び鋭い目つきで男を見た。

「レイ・キレスはダリオン・イブルークの計画である、アドバンスドタイプ量産計画によって生み出された、世界初のオールドタイプからアドバンスドタイプへと変貌を遂げた人間だ。突然変異と言う言い方も面倒だな。アドバンスドタイプに近い存在……ニア・アドバンスドタイプ(Near Advanced Type)。つまりはアドバンスドタイプに近い存在と言うべきか。」

「レイが……!?」

ジャンヌの表情が一変する。それに対し、レイは無言で黙り込んでいた。

 この後、エファンはレイに起きた出来事を語り続けた。それらは、ダリオンがレイに語った内容と何一つ相違無かった。事実を知ったジャンヌはレイの方を見て、言った。

「レイ……貴方は……」

「はい……間違いありません。エファンさんが言っている事は、全て合っています。」

レイは、ジャンヌに面と向き合って言った。以前ならば、耳を塞いで否定しただろう。しかし、今の彼はその事実を認めている。

「ですが、何故エファンはレイの事を知っているのですか。貴方はレイと何の関係が?」

エファンに、ジャンヌが聞いた。

「私は人の過去を見る事が出来る。ただ、それを言っただけだ。」

エファンから語られる、独自の能力。彼は並みの人間では考えられないような能力を数多く持っている。人の過去を見る事が出来る事、人の心を読む事が出来る事等。

「貴方は、一体何者なのですか。アドバンスドタイプであり、私達を裏切り、新生連邦に所属し、私達の様なアドバンスドタイプやシンギュラルタイプを殺そうとする目的以外、貴方が何者であるのかが全く分かりません。」

彼等は何度かエファンと顔を合わせる機会があった。しかし、その素状は全く分からない。謎に包まれている男、エファン・ドゥーリア。今ジャンヌとレイはこの謎に包まれた男

と部屋を共にしている。最初は憎むべき存在であるこの男と関わりを持ちたくないと思っ

ていたジャンヌだったが、レイに起きた過去の事実を明確に話し出すこの男の奇妙な能力

を目の当たりにし、疑問が湧き、そして聞いた。

「私に興味を抱いたか。地球上では世界的な歌手として、そして有能なテニスプレイヤー……その他諸々の功績を残したジャンヌ嬢に興味を持ってもらえるのは光栄な事だ。」

「誤魔化す気ですかエファン。」

エファンの冗談のような言葉に対し、ジャンヌは真剣に言った。するとエファンは姿勢を前屈みにし、ジャンヌの顔を見て、その艶やかな口を開く。

「私が何者なのか……それは、ダリオンの言うように、火星に行けば全てが明らかとなる。全てがな……」

「貴方もダリオンと同様……知っているのですね、火星とアドバンスドタイプの事を……」

「そう解釈して貰って構わない。」

エファンは、ただ不気味に笑った。

「ところで、レイ・キレス。宇宙空間はどうだ?慣れれば心地良いものだろう?」

急に、エファンはレイに話を振った。唐突の出来事だった為、レイは最初困惑する。

「え……?」

「本当ならば故郷で過ごす筈だったお前はそこで様々な出来事を経験し、結果的にここに来る事になった。ダリオンによって事実を告げられてから苦悩し、そのなかで幼馴染であり、恋人である人間の姉に慰められ、そしてその姉は死に……絶望的な状況だった自分を導いてくれた父親の言葉を聞き入れ、今お前はここにいるのだろう?最初は違和感のあった宇宙も、今では慣れたのだろうと聞きたかったのだ。」

エファンは再びレイの過去を読んだ。直接会ってもいないのに全てを透視するエファン。話してもいない事を見透かされ、レイは不愉快な気分になった。

「貴方は……こんな……こんな事をして……!この他にも僕に悪夢を見せるなんて……!」

レイに、悪夢を見せ続けた男であるエファン。その怒りが、今になって込み上げてきた。この男は、人に悪夢を見せる事も出来ると言う事に対し、ジャンヌは疑問を抱く。

(悪夢……?)

その〝悪夢〟とは何なのかが、彼女には分からなかったのだ。

「フン、嫌だろうな。悪夢を見せられ、その上過去を読まれるのは。だが私も望んでこの力を付けた訳ではない。生まれつきだ。生まれつき私はこの力を手にしていた。」

自身の事について話すエファン。レイは彼の力について、疑問を抱く。

「貴方はアドバンスドタイプ……なんですよね……ジャンヌさんはこんな力、持っていません……貴方だけがどうして……」

エファン・ドゥーリアのみが授かった、特別な能力。何故同じアドバンスドタイプでありながらジャンヌにはこの力がなくて、エファンにはその力があるのだろうか。

「先程も言ったがこれらは全て火星で明らかになる事だ。今答える必要はない。」

「知っていて、どうして!?」

エファン特有の奇妙な能力を見せ付けられ、レイはただ、動揺するばかり。必死にエファンから情報を聞こうとするが、エファンは口を開けない。

その時、エファンはレイを睨み始めた。それと同時に、彼は金縛りにあったかのように身動きが取れなくなる。

「あぅっ……!?」

エファンから放たれる強力なプレッシャーに、レイは翻弄される。まるで脳が拘束されているかのような感覚に陥っていた。今の彼は手を動かす事も、首を動かす事も出来ない。

「レイ、大丈夫ですか!?」

ジャンヌが心配するも、レイは身動きを取る事が出来ない。

「私の力はお前達のような力を持つ人間相手には特に役に立つ。この力……まるで、私の中でプログラムされているかのようだな。」

そう言ってエファンは瞼を閉じた。すると、レイは身動きが取れるようになった。

「あ……動いた!?どうして……?」

突然の出来事に、レイはただ困惑するばかりである。

 またしてもエファンの奇妙な力を目の当たりにした両者。何故この男はこれ程の力を持っているのだろうか。

「質問するばかりのお前が煩わしく感じたのでな、動きを止めさせてもらった。何度も言うが全ては火星に行けば分かる事だ。お前達が変な模索をする必要はない。」

エファンから放たれる、強力なプレッシャー。この男の奇妙な能力の正体は一体何なのだろうか。

「それよりも、火星に着くまではトークでもしようではないか。人間はコミュニケーションを言葉で行う生物。ならばそれを利用しない手段はない。無言でこのまま過ごしていても、互いに退屈するだけだろう。」

あくまでも自分の事を語ろうとしないエファン。その状況でエファンはレイとジャンヌに対し、会話をしようとせがむ。当然、両者はこの男を警戒する。ジャンヌにとっては母親やココットを殺した張本人、レイにとっては自身を殺そうとした張本人。そのような人間共に時間を過ごさなければならないと言う事ですら彼等にとっては苦痛であるのに、増してこの男は正体を明かそうとしない。得体の知れない男、エファン・ドゥーリア。彼等がこの男の正体を知るのは、火星に着くとされる四日後であった。

 




第百話、投了。
ダリオン・イブルークの思惑に寄り火星に向かう事になったレイ達。そこで待ち受けるものとは――
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