多くの人間を翻弄した特別な力。それは一体何なのか。
全ては、火星にある“システム”が物語っている。
二日が経過した。その間、新生連邦、国連、デウス残党、FPBのいずれもが戦闘を行っていない。それには、各勢力の理由があった。国連は新生連邦によるエレシュキガルの砲撃による被害を受けた為、その体勢を直す必要があった為であり、デウス残党はブライティスガンダムによって破壊されたアポカリプス以外からの戦力の召集。そして新生連邦も来る戦争の為に艦隊を形成する必要があった為である。
その一方で、高速艦は遂に火星に辿り着いたのである。地表はその名前が差す、〝火〟の如く赤く染まっている、軍神マルスと呼べる星。無論、レイとジャンヌは火星など来た事がある筈がない。始めてみるこの赤い大地。地球とは異なり、荒れ地のようなこの大地に向け、高速艦は大気圏突入を行った。
やがて高速艦は深紅の大地に降り立つ。レイはこの大地を見て、驚愕していた。今彼が置かれている状況は正直、未知なる大地に踏み入れて素直に喜んでいる状況とは言えない。彼のすぐ側には敵と言える男、エファン・ドゥーリアがいる。しかし、レイは写真でしか見た事が無いこの荒れ地の光景を見て、心底感動していた。
(凄い……本当に……ここが火星なんだ……)
生まれてきて宇宙に出た事が無かったレイ。その彼が、数日前に宇宙に初めて出た。そして今、彼は火星にいる。地球以外の惑星に行く事になるなど、彼自身予想すらしていなかった事だ。今の彼の心境は、純粋な少年そのものだった。
「今置かれている状況に対し、随分と気楽なものだな、レイ・キレス。」
「……!」
火星という辺境の地に降り立った事に対して感動しているレイをあざ笑うかのようにエファンが言った。男はレイの心を読み、鼻で笑ったのだ。
「まあ……お前はすぐにこの大地から離れたいと思うようになるだろう。ジャンヌ・アステル、お前も同様にな。」
エファンは、ジャンヌに対しても馬鹿にするような口調で言った。
「ええ、そうですわね。貴方の言う通りですわ。アドバンスドタイプの心臓が手に入れば、この地に用は無い訳ですから。」
「呑気に火星探索をする余裕はないと言う訳か。まあ、当然だろうな。」
彼等の会話内容から、この四日間で三人が親交を深めた様子は感じられない。レイとジャンヌはエファンに対して敵対する姿勢を崩す事は無かったのである。
ウィィィィン
その時、ダリオンが部屋の中に入ってきた。まるで、この状況を楽しんでいたかのように、彼の表情は笑みに満ちていた。その表情が、レイにとって奇妙に思えて仕方が無かった。
「ようやく辿り着きましたよ、火星へ。この星に来れば貴方方は真実を知る事が出来ます。それは、とても素晴らしい事ですよ!」
「真実……?」
何が真実なのか、この星に来て一体何が分かると言うのか。あくまでも目的はアレンの為に人工心臓を持ち帰ること。真実等、レイとジャンヌにとってはどうでも良い事なのだ。
「私達はその真実を聞く為にここに来たのではありません。アレンの為に、心臓を持ち帰る事……それが目的です。」
「貴方達の目的は……確かにそうですね。」
「?」
意味深な発言をするダリオン。その側にいたエファンは腕を組みながら微笑している。
「まあ、ここで談義をしていても仕方がありません。さあ、行きましょう。四日も何もしなければ体も鈍るでしょうからね。特に、レイ・キレス君のような若い少年ならば外に出て活発に動きたい年頃だろうからね。」
からかうようにダリオンは言う。レイはこの言葉に苛立ちを覚えた。
それから三人はダリオンに連れられるように、彼の後ろをついて行く。それはあまりに異様な光景であった。十五歳の女顔の少年に、世界的に有名なアステル家の令嬢、そして新生連邦のエファン・ドゥーリア。これらの、立場の全く異なる人間達が、ダリオン・イブルークと言う名の男の後ろをついて行く。彼等に共通しているのは、アドバンスドタイプという事だけだ。何故ダリオンがアドバンスドタイプばかりを集め、火星に誘導したのか。それは彼によって、明らかとなっていく。
やがて高速艦は火星の大地に着陸した。四人はパイロットスーツを着用し、火星の大地に降り立つ。レイはこの大地に降りた時、予想外の身体の軽さに驚いていた。というのも、火星は地球に比べて重力が小さい事が起因している為である。
ダリオンに誘われて少し歩くと、巨大な施設が見えてきた。これを見たジャンヌとレイは目を疑った。何せ、謎が多いとされている火星にこのような施設がある事等、あり得ないと考えていたからだ。四日前にダリオンは施設の内部の映像を見せた。今彼等が見ている施設は、その外見という事になる。この施設を建造できるのは人間しかいない。あるいは、人間と同等の知能を持った異星人か。
「本当にあった……火星にこんな建物が……」
「これは……この中に、四日前に言っていた人工心臓が……」
両者は驚く。しかしエファンはこれを見ても何の反応も示さない。
「おや、エファン・ドゥーリア。貴方はこの施設をまるで知っているかのようですね。」
「どうだろうな。」
ダリオンが聞いても、エファンは微笑するだけ。明らかに何かを知っている様子なのだが、何も語ろうとしない。
「お二人は大変驚かれている様子ですね。では、この中に行きましょう。」
いよいよ、施設の内部に入って行く。そこでジャンヌ達は人工心臓を持ち帰り、早くアレンを救い出す必要があった。焦りの色を隠せないジャンヌ。レイも、アレンを助け出そうと必死になっている。そして、それをあざ笑うエファンとダリオン。対照的な彼等が、施設に入り、人工心臓が置かれているとされる部屋に向かう。
施設の中。それは、人工的に作られたとしか思えないような造りだった。今彼等が歩いているのは昔に誰かが作り出したような廊下である。この時、ジャンヌは思った。ここには過去に何者かが来て、この施設を作り出しているのだと。しかし何の為にこの施設を作り出したのか。それは、分からない。
過去に火星で一体何があったのか。何故このような人工的な施設があるのか。ジャンヌとレイに、疑問ばかりが浮かんだ。
(人工的に作り出された施設が火星に存在している事自体が奇妙な話。そして、ダリオンはこの施設を知っている……彼は一体何を知っているのでしょうか。)
「今からそれを知る事が出来る。気にしなくてもな。」
ジャンヌが考えていた事を、エファンが口に出して言った。それを不快に感じたジャンヌは
「人の心を読み、それを口に出す……エファン、貴方にはデリカシーが無いようですね。」
「私とて心を読みたくて読んでいるのではない。人が思っている事が、自分で意識せずとも勝手に感じ取る。ただ、それだけだ。」
ジャンヌは、これ以上語らないようにしようと思った。この先に行けば、ダリオンが言いたい事も分かるだろうし、何よりも人工心臓もあるだろう。エファン・ドゥーリアは憎い存在ではあるが、今はこの男よりもアレンの命。エファンの挑発に乗る訳には行かないと、彼女は思っていた。
それから更に奥へ彼等は向かう。そこには廊下の中でいくつも存在した扉とは明らかに違う大きさの扉が設置されている。ダリオンはそこのパスワードを知っているらしく、そのロックを解除すると、大きな扉は自動的に開かれる。
扉をくぐり、中に入る四人。その部屋は大部屋だった。恐らく、施設の中央部であろうその部屋。そして、部屋の中央には、水に浸っている巨大なカプセルのような物体があった。
「これって……?」
レイはその巨大な物体に目を奪われる。よく見ると、その中央には脳らしきものが浮いているのが分かった。そして、脳には無数のケーブルが接続されている。それを見て彼はびくりと体を震わせた。
巨大なカプセルに入っている脳だけでない。この部屋にはいくつものカプセルがある。それ等の中に、ダリオンが言っていた人工心臓等の臓器が収納されている。この大部屋は、アルバトスの艦内でダリオンが見せた、モニターに映っていた映像と全く同じだったのだ。
「巨大なカプセルに、脳……?ここは一体……?」
何も知らないジャンヌはこの部屋の事に疑問を抱いた。
ガシャンッ
その時だ。大部屋を繋ぐ扉が勢いよく閉じられたのだ。その音を聞き、振り返る三人。しかしダリオンは口を開いた。
「その扉を開けるには私の持つこのスイッチを押さなければなりませんよ。」
「ダリオン、これはどう言う事ですか。私達をどうするつもりなのですか。」
まるで三人を閉じ込めるかのように大扉を閉じたダリオン。彼は何故か笑みを浮かべており、そして腕を組んで語り出した。
「貴方方に、お伝えしたい事がありましてね。アドバンスドタイプの真実についてですよ。」
ダリオンの言葉に対し、レイは
「そんなの、どうでも良いです!はやく心臓を……」
「どうでも良い……だと?」
急にダリオンの口調が変わる。だがレイは屈しない。アレンを救い出す為、必死に心臓の場所へ行くように言うが……
「偉大なるアドバンスドタイプ全ての母とも言える存在の前でどうでも良いとは……
言って良い事と悪い事の区別も出来ないか!?」
「母……?」
ダリオンの言葉の中にある、〝母〟という言葉にジャンヌは反応した。何を言っているのか当然理解出来る筈が無く、彼女は聞いた。
「母……貴方は今、そう言いましたか?それはどういう意味ですか。」
ジャンヌの質問に、ダリオンは答える。だがその時の表情は先程までの紳士的な表情とは一転変わり、顔が引き吊っており、気が動転している様な狂気とも言える表情をジャンヌに見せた。
「どういう意味も何もッ!この脳こそがッ!我等アドバンスドタイプの母!EVEシステムの中枢そのものなのだからな!」
二人は、この男が何を言っているのかが全く分からない。“EVEシステム”という単語を発したダリオン。彼はこの時、自分自身の口調があまりに下品なものであると判断した為か一度咳をし、話を進める。
「失礼。レイ君があまりに失礼な事を言うものだからつい感情が高ぶってしまった。私とあろうものが情けない限りだ。」
「アドバンスドタイプの母って……どう言う意味ですか!?」
妙な発言をするダリオンに対し、レイは聞く。しかしダリオンは彼を馬鹿にするかのような口ぶりで
「おやぁ~?先程偉大なる〝母〟であるEVEを〝どうでも良い〟と言ったのは誰かな?レイ・キレス君、君ではないのか?何故どうでも良い存在に対して疑問を抱く?」
と言った。
「そんな事、言われて気にならない筈がないですよ!」
レイは負けじと反抗した……と同時に、ジャンヌが口を開く。彼女も、先程のダリオンの言葉が気になったのだ。
「ダリオン、EVEシステムについて教えて下さい。それがアドバンスドタイプの母というのは、どう言う意味ですか。」
ジャンヌの言葉に、ダリオンはニヤリと笑う。
「良いですよ。まあ……言葉の通りなのですがね。このカプセルの中に入っている脳……そしてそれに繋がれている無数のケーブル、そしてこの部屋……全てを含めて、これらをEVEシステムと言います!そしてこれこそが、今までアドバンスドタイプを生み出してきた、我等アドバンスドタイプの偉大なる母なのです!」
ダリオンは高らかに言葉を発した。が、この言葉だけではこの男の言う、EVEシステムとは何かが分からない。ただ、それが〝アドバンスドタイプの母〟としか言っていない。何が言いたいのかが、全く分からないのだ。
「貴方の言っている事は説明になっていません。EVEシステムが、アドバンスドタイプの母という事がどう言う意味なのかを、教えて下さい。」
何度もダリオンに対して問うジャンヌ。男は彼女の台詞を聞き、一度溜息を吐き、言った。
「答えましょう。簡単に言えばこれが真実ですよ。アドバンスドタイプのね。」
「この機械が、アドバンスドタイプの真実と言うのですか?」
具体的に答えようとしないダリオン。この男は〝EVEシステム〟〝アドバンスドタイプの母〟といった言葉ばかりを発すばかりで、更にはそれがアドバンスドタイプの真実という発言をした。これにより、レイとジャンヌは更に混乱する事になる。
「分かりにくいですかね、ジャンヌ嬢。では教えましょう。アドバンスドタイプの真実……EVEシステムの事について!!」
ようやく、ダリオンは謎の装置、EVEシステムについて語り始める。この奇妙な機械は何を示しているのか?それはダリオンの口から語られる事となる。
「そもそもアドバンスドタイプは遥か昔……約百四十年前から謎に包まれている存在として突如地球圏に出現しました。その能力は貴方方が実際に体験した通り。」
アドバンスドタイプには常人とは思えない能力が数多く備わっている。シンギュラルタイプを遥かに凌駕する空間認識能力、独自の血中成分、ディヴァインセルによる血液の甘み、自己再生能力、そしてレイが最も悩んだイズゥムルートと呼ばれる碧色の光。
特にイズゥムルートは光を見た人間の脳に反応し、その人間の攻撃的本能に過剰に反応し、相手の戦意を喪失させる。
この光が輝く条件としては、アドバンスドタイプである本人の生命の危険や、過度なストレスに襲われた状況等が該当するとされているのだが、そのメカニズムは現在も分かっていない。
アドバンスドタイプはこれらの能力を持っており、オールドタイプと呼ばれる一般の人間と比較して寿命も長いと考えられる。常人よりも生き延びる為の機能が数多く備わっているからだ。特に自己修復能力はオールドタイプの数十倍と言われており、全ての病気、怪我に対して自己を修復する力がアドバンスドタイプには備わっている。
「では何故このような素晴らしい力を持った人間が生まれたのか。その人間はどこから現れたのか……その答えこそ、このEVEシステムにあります!いや……答えそのものと言うべきか!」
そう言って、ダリオンはEVEシステムと呼ばれる、カプセルの中に浸っている脳を指差した。これに対し、ジャンヌは信じられないといった様子で、ダリオンに言う。
「その……カプセルの中の水に浸っている脳がアドバンスドタイプを作り出したと言うのですか?」
明らかに動揺しているジャンヌ。ダリオンは彼女に対し、自慢げに言った。
「そうですとも!EVEシステム……それはかつてアドバンスドタイプという、オールドタイプやシンギュラルタイプを遥かに凌駕した人類を作りだした偉大なる母とも言えるシステム!この装置こそが、EVE……つまりは私達、アドバンスドタイプの母だと言う事!」
「それってつまり、この機械が人間を作ったって事ですか!?」
普通、機械が人間を作るなど誰が想像するだろうか。だがダリオンの言葉は明らかにその旨のニュアンスを汲んでいた。この為、レイは恐る恐る聞いたのだ。
「そうだとも!まさにその通り!EVEは人間を生み出した!より優れた人種、アドバンスドタイプを!」
レイの眼は見開かれたままだった。機械が人間を作り出すなど、常識では考えられない……そう思っていたからだ。
「本当の……事なのですか……?」
それを知らないジャンヌも、ただ、驚愕するばかりだ。しかし、その傍でエファンは無言で、ただ黙るだけ。
「そうですとも。今からもっと具体的なEVEシステムについて教えてあげましょう!貴方方はここに来たからには、真実を知る権利がある!いや、そもそもそれが目的で我々は火星まで遥々と来たのだから!!」
ダリオンは更に高揚を続け、いつしかその気持ちの高ぶりは最高潮に達していた。彼はこの装置、EVEシステムをまるで崇拝しているかのように尊敬している。この事について語れる事が、今の彼にとって何よりの至福だったのだ。
「今から約百四十年程前、ある人間達が極秘にこの未開の地、火星に到着し、この施設を作り出した。今の人類……すなわち一般人とされるオールドタイプ、空間認識能力に優れたシンギュラルタイプを遥かに凌駕した人類、アドバンスドタイプを作り出す為に!」
「何故、そのような事をする必要があったのですか?」
火星に来てまで当時の人類がアドバンスドタイプを作り出したという真実。当然ジャンヌは疑問を抱く。アドバンスドタイプを作る理由が分からないからだ。
「勿論私は調べましたよジャンヌ嬢。そして答えを見つけた。その結果、一層興味を持った……」
次の瞬間、ダリオンはそっと息を飲み、大声で高らかに叫ぶように言った。
「アドバンスドタイプッ!それはかつてのデウス帝国が更なる戦力増強の目的で作り出そうとされた、進化した人類の事だったのだッ!!!」
ダリオンが語った衝撃の言葉。それはアドバンスドタイプがデウス帝国の戦力増強の目的で作り出された存在だと言う事だ。力を持ちつつも、アドバンスドタイプと言う存在を分かっていなかった彼等は、ダリオンの言葉によって事実を知る事となる。
しかし、そのような事など簡単に認められる筈が無かった。ジャンヌはダリオンに対し、反論する。
「貴方の言葉は本当なのですか?私は、信じられません……アドバンスドタイプが、その為に作られていたなど……」
「そ……そうですよ!それに……機械が人間を作り出すなんて無茶苦茶です!」
レイとジャンヌはそれぞれダリオンに対して言った。そもそもこの機械がアドバンスドタイプを作り出したと言う事など信じられない上、目的がデウス帝国の戦力の為など、明らかになる真実に対し、彼等は混乱していたのだ。
そこへ水を差すかのように、エファンは口を開いた。
「ジャンヌ・アステル。レイ・キレス。ダリオン・イブルークの言っている事は全て正しい。お前達がいくら疑問を抱こうと、無駄だ。事実なのだからな。」
「貴方は何故……そう言い切る事が出来るのですか?」
混乱する中で、ジャンヌはエファンに言った。
「何度も言わせるな。私は心が読める。つまりダリオン・イブルークの心の中を読み、それが真実である事を分かっているから伝えている。ただ、それだけだ。」
このエファンの言葉を聞き、ダリオンは笑いながら言った。
「いくら私が事実を述べても、貴方だけが動揺する様子を見せない理由がよく分かりますね!心を読まれると言うのは不思議な気分ですが……まあ、良いでしょう!」
驚愕の事実を前に、動揺するばかりの二人。それらとは対照的な、エファンとダリオン。
「私は嘘を吐かないのにも関わらず、アドバンスドタイプという、世間一般で認められない存在の為に嘘吐き扱いされる事があります。しかし貴方がいてくれるだけで、私の言葉は本物の言葉と認識されるでしょう!エファン・ドゥーリア!貴方には感謝しますよ!」
ダリオンは、エファンの力を利用しようとしていた。と言うのも、エファンの相手の心を読む能力があれば、ダリオンの言葉を信用しないというジャンヌとレイの言葉を相殺出来ると考えた為である。
「デウス軍がアドバンスドタイプを生み出すきっかけとなったのは、人類史上初の宇宙戦争、クリスタルウォーがきっかけでした!それは地球連邦軍のやり方に疑問を抱いた宇宙の民であるデウス帝国が侵攻をした大規模な戦争だった!これは貴方方も歴史で学んでいる筈。」
現在の年号はP.C。これは六年前に終局を迎えたデウス動乱の終盤で今は亡きチャール・ポレクが当時の年号であったC.Wに対し、これ以上戦争を続けることに意味があるのか?と異議を唱えた為に、年号が変わった。
P.Cの以前の年号であるC.W。この年号になったのも、百五十年以上前から存在している当時のデウス帝国軍が地球連邦に攻撃を仕掛けてきた為であった。年号がC.Wに変化するきっかけとなった当時の戦争名、クリスタルウォー。この戦争によりデウス帝国は地球連邦軍に敗北する事になったのだが、この後でデウス軍は地球連邦に対して再び戦争を起こそうと考えていた、その中で当時のデウス軍は極秘裏に、あるプロジェクトを実施しようとしていた。それこそがダリオンの言う、EVEシステムによるアドバンスドタイプの生産であった。
「当時デウス帝国を圧倒的な力でねじ伏せた、史上初のMSである、ファースト・ガンダムと呼ばれる存在!そのパイロットはシンギュラルタイプだったという説がある!それに対抗する為にデウスは強力な力を持つ人間を作り出す必要があった!」
C.Wに年号が移る前に起きた戦争、クリスタルウォーに投入された史上初のMS、ガンダム。現在では多数存在するガンダムタイプと区別をする為、ファースト・ガンダムと呼ばれているそれは、当時は圧倒的な力を持つ機体として戦場に君臨していた。そのパイロットはホワイト・デーモンという名前が付けられており、シンギュラルタイプである説が濃厚だった。しかし当時の出来事が記載されているデータ等は現在、確認されておらず、不明慮な事実となっている。
「当時のデウスはファースト・ガンダムとそのパイロットを大いに恐れた!だからこそデウスはこれらに対抗出来る強力な人間を作り出す必要があると判断しました!それこそがアドバンスドタイプ!アドバンスドタイプはシンギュラルタイプを超える存在を目指して造られた、進化した人類なのです!」
語られる事実。その言葉を遮るように、ジャンヌは言った。
「強力な人間を作り出す必要があるという事は分かりました。ですが、何故このような辺境の地にそれらを作り出す装置を置く必要があったのですか。」
彼女の言葉に対し、ダリオンは言う。
「それらは今から語ります!静粛にしていて下さい、ジャンヌ嬢!」
「ええ……」
まるでダリオンに叱りつけられるようだった。ジャンヌは黙り、ダリオンの言葉を再び聞く。
「当然、この地に何故シンギュラルタイプを超える、強力な人間を作り出す必要があったのか、私は調べました!そしてこの施設に残されている資料を見た結果、この施設はデウス軍の中でも極秘に作り出されたものなのです!地球圏にこのような装置を作り出してしまっては地球連邦に発見されて叩かれてしまうのは目に見えていると考えた当時のデウス軍はこの辺境の地、火星にEVEシステムを作る事を決意したのです!」
地球連邦打倒の為に、シンギュラルタイプを遥かに凌駕する人間を作り出すプロジェクトを提案していたデウス軍。当時の彼等は地球圏ではなく、火星に巨大な装置を作った。それがEVEシステムである。
「そしてここからが肝心ですよ?EVEシステムはね、只の機械ではなかったのです。このカプセルの中の脳が全てを表していると言えるでしょう。ジャンヌ嬢、察しの良い貴方ならば答えられる筈です。是非、答えて頂きたい!」
突如ジャンヌに答えを求め始めたダリオン。普通の人間ならば何を答えれば良いか分からず、困惑する所だろう。
だが、ジャンヌは答える。彼の言葉が意味するもの……キーワードは、〝脳〟。ダリオンから与えられたヒントはそれのみ。しかしジャンヌにははっきりと分かった。これが意味する物は何なのかを。
「EVEシステムは……意思を持つ機械と言う事ですか?」
そう答えた時、ダリオンは手を数回叩き、大きく叫んだ。
「その通りです!!!偉大なるEVEは、MSのように人間の思うままに
操り、動く機械ではない!自分で考え、自分で行動する、それも人工知能を遥かに超えた意思を持つ機械……それがEVEなのです!」
彼の言うように、EVEシステムはかつて、意思を持つ機械として火星のこの場で機能していた。意思を持つ機械と言うと、普通ならば自律回路や人工知能を想い浮かべる人が多い。これらも自分の判断で行動している為、意思を持っているようなものだからだ。
「人工知能とは違うというのですか?」
「勿論!人工知能のような、所詮プログラムされた思考回路とは訳が違います。何故ならば、EVEシステムはプログラムなどされていない、完全に人間と同じ意思を持った機械なのだから!!」
人間と同じ、意思を持った機械……それがEVEシステム。この時点でも多くの疑問がジャンヌとレイには浮かんだのだが、ダリオンはそれに構う事無く語り続ける。
「強力な人類、アドバンスドタイプを作り出すには普通の人間には決して不可能だった……しかし!デウス帝国の領土内で、奇跡的な遺伝子を持つ人間が生まれた!その人間の性別は、女性!生憎名前のデータは不詳だが、その女性には遺伝子の構造が常人とは少し違っていた!そして、違った遺伝子構造が生み出したモノ……それこそが、我々アドバンスドタイプの血液内に存在する、アドバンスドタイプの源とも言える物質、ディヴァインセルだと判明したのです!」
「そんな事って!じゃあその人は生まれつき僕達の様なアドバンスドタイプの力を突然持っていたって事ですか!?」
レイはダリオンに言った。
「いや……決してそういう訳ではないのだよ。ディヴァインセルは確かに宿ってはいたが、その女性は我々のような力を持っていなかった。あくまでも彼女はシンギュラルタイプだったのだ。しかし……ディヴァインセルを調べて行く内に、それは素晴らしい能力を秘めている事が判明した!」
それは彼が残した研究である。自身の身内を犠牲にして得た、研究だ。
「それこそが、私達の持つ、力……」
現在に生きるアドバンスドタイプ達の血液中に流れる成分、ディヴァインセル。それは過去に突然変異で発生した一人の女性が体内に宿していたものだった。だが彼女は現在のアドバンスドタイプ達の様な力をもっていない。では何故、今の彼等はディヴァインセルによる恩恵を受ける事が出来ているのだろうか。
「その女性はディヴァインセルを身体に宿していながら、その力を発揮出来なかった……しかしデウス軍はディヴァインセルの構造を把握した上でそのDNAを書き替えました!しかし問題が生じたのですよ……これ程素晴らしい力を備えているディヴァインセルだったのですが、それをいくら普通の人間に細胞移植をしてもディヴァインセルはその人間の体内で消滅してしまう!」
〝消滅〟という部分を誇張したダリオン。それを聞き、レイはダリオンから少し顔を逸らす。何故ならば、彼はディヴァインセルを細胞移植されてそれを受け入れる事が出来た特別な人間だから。
「そこでデウス軍は火星にこのEVEを長い期間掛けて極秘に建造し、ディヴァインセルを宿した女性の意識をあの脳に移したのです!あの脳は彼女の脳と人工的に作り出した脳を合体させたもの!故にディヴァインセルは存在しています!これが、EVEが意思を持つ機械と言われる所以なのですよ!」
女性の意識が機械に移され、あろう事か人工的に作り出した脳と、本人の脳が合体するという、明らかに人道に反している行為を行っていた当時のデウス軍。その事実に驚愕する、レイとジャンヌ。
「こんな事が……人間の意識を機械に移すなんて……」
「酷い……そのような事が過去に行われていたなんて……」
このような残酷な行為は過去のデウス帝国に留まらない。新生連邦軍もリノアスの脳のみを摘出し、ヴァイダーガンダムのコアとしていた事もある。人は兵器を操る為や戦力増強の為には人という概念さえも捨てる事を強いられる事があるのだ。余りに、酷い仕打ちと言えた。
「全て事実だよレイ君。私は一切嘘を吐いていない。これらの事実も火星の資料に記載されていた事だからね。」
明らかになる事実に更に戸惑う両者。その中で、レイはある疑問を抱く。
「でも……脳だけ移植した所でどうやって人間を作り出すんですか!?」
レイの疑問に、ダリオンはしたり顔を浮かべて語る。
「最もな疑問だよ、レイ君。確かに脳だけで人間は作れない。しかし人の脳は身体の随意的な運動の司令塔として機能している。あのEVEシステムを象徴する脳は無数のケーブルに接続されている。これがどういう意味か分かるかな?」
「え……それって……?」
レイが動揺していると、ダリオンは静かに笑った後、言った。
「答えは簡単!あの脳が指令を出し、この施設にある、既存の人間から採取した精子と卵子を結合させ、生まれた人間をカプセルに保存して育てる!これこそがEVEの仕組みだ!君が知りたがっていた、機械が人間を作ると言う仕組みが今、明らかになったと言う訳だ!!」
EVEシステムがアドバンスドタイプを作り出す仕組みというのは、EVEシステムの脳がその意思で施設内にある採取した精子と卵子を結合させるというものだった。やがて作られた人間はEVEシステムによって管理される。意思を持つ機械、EVEシステムは人間を作り、育てる事も出来るのだ。
「しかし問題が発生した。EVEが人間を育てるには十五年の月日を要したから!つまり、EVEは十五年かけて自身が作り出したアドバンスドタイプを育てなければならなかったのです!」
「十五年も時間を掛けて、アドバンスドタイプを作り出していたのですか!?」
ジャンヌは驚きながら言った。
「そうですよ。その間、死ぬ人間は多く存在しました。いくら採取した精子と卵子を結合させても、上手く生き伸びる事が出来るのはほんの一握り。だから死んだ人間の臓器等はEVEが保存していたのです。あの並んでいるカプセルの中にある、無数の臓器!それは全てアドバンスドタイプとして育てられる筈だった人間達のものなのですよ!」
と、ダリオンはEVEシステムの裏側に存在するカプセルに指を差した。そこには無数のカプセルが存在し、中には心臓や脳等の臓器が多数存在していた。
「じゃあ僕達がアレンさんの為に持ち帰ろうとしているのって……ここで死んだアドバンスドタイプの人間の心臓って事ですか!?」
「いや、正確には違う。死んだアドバンスドタイプは大体が十歳から十四歳とされている。アレン・レインドの心臓には適合しない!あの心臓は全て、死んだアドバンスドタイプのものをEVEが自ら加工したものなのだよ。」
ダリオンが言った後で、ジャンヌは疑問を抱き、口を開いた。
「何の為にそのような事を?」
「それは十五歳になって地球圏に成長したアドバンスドタイプを飛ばし、万が一そのアドバンスドタイプが何らかの事故や身体の欠損が生じた時の為に、EVEが用意していたものなのです!素晴らしき母親の愛情!これらは全てEVEシステム一人で行った事!偉大なその存在!この脳こそが我等アドバンスドタイプの全ての母!!」
ダリオンの話の中の、地球圏に成長したアドバンスドタイプを飛ばすという言葉が気になったレイは聞いた。
「地球圏にアドバンスドタイプを飛ばすって……どういう事ですか!?」
この疑問に対してダリオンが答えようとした時、代わりに口を開いたのはエファンであった。
「答えてやろう。十五歳に成長したアドバンスドタイプはEVEが用意した移動用のカプセルに入れられ、地球圏まで宇宙空間を飛ばされる。そして地球圏で見つかったカプセルは当時のデウス帝国の人間によって回収され、教育を受け、アドバンスドタイプとして立派な兵士に生まれ変わる……これが、デウス帝国によるアドバンスドタイププロジェクトの全容だ。」
ダリオンはエファンの方を見て茫然とした。まるで、彼がその流れを体験してきたかのような、あまりに自然なトーク。エファンは腕を組み、静かに笑っている。
「エファン・ドゥーリア。何故、貴方がそれをご存じ――」
「すぐに分かるさ。すぐにな。」
ダリオンの言葉を、エファンは遮った。
「しかしそんな非効率なやり方で兵士を増やすなど……宇宙には何があるか分かりません。隕石に衝突し、それで命を落とす危険性だって……」
「そうだ。だからこの計画はそもそも破綻している。十五年という長過ぎる歳月を待たなければならない事や、それまでに死ぬ人間の数が多過ぎる事。更に十五歳を迎えて地球圏まで飛ばされてもその間に命を落とす者も数多く存在した。まあ、奇跡的に生き延びて子孫を残すに至る人間もいるがな。」
「それが、私達だというのですか……」
「その通りだ。アドバンスドタイプの力は遺伝する。お前の母、ターナ・アステルもアドバンスドタイプだっただろう?」
殺された母の話をされ、ジャンヌの表情が険しくなる。増して、語っているのがその仇だ。それを前にして、ジャンヌは穏やかな表情を浮かべられる筈が無かった。
「ダリオン・イブルーク。お前もアドバンスドタイプの父か母を持っていた筈だ。」
「それは私もよくご存じですよ。アドバンスドタイプは遺伝するとされています。私はそのルーツを知る為に研究を続け、そしてそれらを知る事が出来た!貴方はよくご存じの様ですが、まさか貴方もアドバンスドタイプについて調べられたのですか?」
「さあな」
ダリオンの言葉に対し、エファンは冷たくあしらう。まるで、何かを隠している様子だったが、エファンは一切口にしようとはしない。
「続きを語らないのか、ダリオン・イブルーク。少し水を差してしまったが、お前の言っている事は全て真実。語ってやれ。」
「言われなくとも……」
まるでエファンに脅されているかのようだった。ジャンヌとレイは何も知らないが故に、ダリオンの言葉に驚愕するばかりだがエファンは何も感じていない。まるでそれらを分かっているかのように振る舞うだけだ。
「結局、アドバンスドタイプのプロジェクトは失敗に終わりました。その結果、火星に残されたEVEは何も知らず、ただずっとアドバンスドタイプを作り続けていたのです。十五歳を迎えたアドバンスドタイプを地球圏に送り出し続ける。悲し過ぎる、意思を持った機械。それがEVEシステムなのですよ……」
デウス帝国が見限ったのにもかかわらず、EVEは機能し続けていたのだ。デウス帝国の戦力増強の目的を信じ続け、彼女はアドバンスドタイプを作り続けた。多くの我が子とも言える人間が死んでいく中で、悲しみに暮れながら。
「そんな事が……過去にあったなんて……」
機械とはいえ、意思を持つEVEシステムはデウスの繁栄の事だけを信じ、ただアドバンスドタイプを作り続けた。その中で生き延びた人間がごく僅かだったとしても……
「じゃあ、EVEシステムは今も生きているんですか!?」
レイが聞いた。それに対し、ダリオンは俯いて答える。
「……生憎だが、EVEはもう動かない。既にその機能を停止しているのだ。」
「もう動かないって……死んでるって事ですか!?意思を持ってるとは言え、機械の身体なのに!?」
「それは私も分からないのだよ……アドバンスドタイプの事で興味を持ち、過去に私が火星に行ったと思えば、彼女は既に機能を失っていた。幸い、カプセルに浸っている臓器はフレッシュな状態だが、結局彼女の死の真相は分からずじまいという訳だ。」
ダリオンは首を横に数回振りながら言った。それも、残念そうな表情で。
――アドバンスドタイプの正体……それは、火星で作られた人種であると言う事です――
四日前にダリオンが言っていた事。それはEVEシステムの事だったのだ。全てが明らかになった今、レイはただ、唖然とするばかりである。機械がアドバンスドタイプという人間を作り、そして地球圏に向けてカプセルに入れて射出していたという事実。これが全てのアドバンスドタイプの始まりなのである。
今までの常識が覆されていく。レイは、そのような気分に陥った。そもそも機械がその意思でアドバンスドタイプという人間を作るなど、常軌を逸している。生物クローンの技術により、未受精卵を用いた核移植や受精卵を用いて元の生物個体と同じ遺伝情報を持つ生物を作り出す事が出来る事は、レイも知っていた。だがそれらから人を作り出すと言う事は倫理的禁忌とされており、そうした技術そのものを扱う事も、禁忌とされている。
しかしあくまでも、これらは人が居るからこそ成り立つものであるとされている。男女が性交渉、或いは互いの精子、卵子を使う事で成り立つ仕組みだ。
EVEシステムは自らの意思で作り出した精子と卵子を結合し、アドバンスドタイプと呼ばれる、“人間”を育てるに至ったというのか。人工的にそのような事が出来ると言うのか。明らかになる謎がある上で、疑問に残る謎もある。ただ一つ言えるのは、アドバンスドタイプは作り出され、デウス帝国の戦力になる存在だったと言う事である。
「真実は分かりました。でも、私達にはやらなければならない事があります。EVEシステムが残した人工心臓。それを持ち帰り、早くアレンの元へ行かなければならな――」
パァンッ
ジャンヌの足元を、銃弾が突き刺さった。どこから撃たれたものかを確認するジャンヌ。やがてダリオンの方向を見ると、彼が銃を持っているのが分かった。
「ダリオン。これはどう言う事ですか。」
「言いませんでしたかな?EVEシステムの目的はデウス帝国の戦力を増強する兵士、アドバンスドタイプを作り出すこと。しかし今EVEは機能を停止している。つまり、もうアドバンスドタイプを作り出す事は出来ないと言う事!ならば既存のアドバンスドタイプである貴方方に協力してもらうしかもう道は残されていないのですよ!」
「そんな、それってつまり……!」
「そう、貴方方には協力してもらいますよ。機能を停止した悲しき偉大なる母、EVEシステムの意思を継いでもらいます!そう、全てはデウス帝国の為に!デウスに栄光の輝きを!!!」
余りに強引な展開に、レイは言葉を無くしていた。ここにアドバンスドタイプの人間達を誘ったのも、全てはデウス帝国の繁栄の為。ダリオンの目的は、最初からそれが目的だったのである。
「あの時アドバンスドタイプが素晴らしいとかどうのって言っていたのって……それと、アドバンスドタイプを増やして……それで認めて貰おうって……あれは嘘だったんですか!?」
レイを自らの屋敷に招いた時の話だ。その際の男の言葉が、レイに思い出されていく。
「ああ、あの時の話か。あれは本当だよ。私はアドバンスドタイプを認めて欲しい存在と思っている。だからこそ数が必要な訳だ。だから君から精子を採取した。そして如何にそれが素晴らしい事かを君に説明した。まあ、それらの目的の全てはEVEシステムの本来の目的である、デウス帝国の戦力増強の為とは一言も発しなかったが!」
「そんな事の為にあんな事をしたんですね!?これじゃあ騙しているのと変わらない!」
レイが自身の力で悩んでおり、それに対してダリオンが真相を話した時の事。彼はダリオンを酷く憎んでいたが、今回の件で一層許せないと感じていた。目的の為に他者を不幸に陥れるこの男。ダリオン・イブルークの為に、レイの家族を始め、彼に関係する人間を不幸にしてしまった。
レイは、これ程に怒りを感じた事が無かった。全ては彼の目的……即ちデウス帝国の戦力増強という目的の為に、自分が利用されていたと言う事。それを知り、レイは憤りを感じている。
「許せない……そんな目的の為に……僕にディヴァインセルを移植して、それで僕をアドバンスドタイプにしたんですね!?」
「全てはそれに繋がるね。まあ、真実を知った所で君は偶発的に生まれ、人工的に作り出されたアドバンスドタイプである事に代わりは無いのだが!?ハハハ!どの道君達にはデウス帝国の為に役立ってもらう!その為にここに君達を呼んだのだからね!」
ダリオンはジャンヌとレイをおびき寄せる為にここに呼び出した。彼等の目的であるアレンの救出など、ダリオンにとっては全く考えてもいない事だったのだ。彼はあくまでもデウス帝国の為にアドバンスドタイプを集めただけに過ぎない。それは彼等の意思、目的など関係がなかった。
真実は明らかになった。しかし、その代わりに彼等はデウスの為に戦う事を強いられる形となった。しかし今、抵抗できる手段は何もない。それはレイも、ジャンヌも同様だ。
この中で武器を持っているのはダリオンのみ。逆らえばダリオンに撃たれる危険性がある。とは言え、何もしない訳にも行く筈がない。彼等は一刻も早く、アレンの為に人工心臓を回収する必要があったからだ。
「さぁ、デウス帝国再興の為に尽力しよう!無念にも機能を失った母、EVEシステムの意思を我らが受け継ぐのだ!ハハハハハ!」
狂気とも言える笑い声を上げるダリオン。この男に対し、何も出来ないレイとジャンヌ。このままアレンの死を待ち、自分達はこの男の思うままに動く駒となってしまうのだろうか――と、彼等は考えていた。
「EVEの意思。それはデウス帝国の戦力増強。ダリオン・イブルーク。お前は本当にそう考えているのか?」
すると、エファンが突如口を開いた。腕を組み、睨むようにダリオンを見る。
「突然何を言いますか、エファン・ドゥーリア。」
「お前はEVEシステムの事を本当に知っているのかと聞いているのだが?」
明らかにダリオンに対して敵意をむき出しにしているエファン。その様子に、ダリオンは多少冷や汗を掻いた。
「知っているも何も!EVEはデウス帝国の為に作られた、意思を持つ機械!私はその意志を継ぐ為に皆さんに集まって貰ったのです!貴方こそ何を仰るか!それは事実でないと言いたいのか!?」
エファンはダリオンに対して言った。
「そう、確かにEVEの目的はあくまでもデウス帝国の為の戦力増強。それによるアドバンスドタイプを作り出す事。それが目的。しかしお前は知らない。EVEがその機能を停止した理由を。」
アドバンスドタイプの事について調べたダリオンですら分からなかった、EVEシステムの機能停止の理由。それをエファンはまるで知っているかのような口ぶりで言っている。この男はダリオンの話を聞いている間も、まるで内容を理解しているかのように終始黙っていた。時折口を挟む事があったが、基本的にはジャンヌ達と違い、動揺する様子を見せていない。
「ずっと気になってはいました。貴方が何故アドバンスドタイプの事をこれ程に知っているのか、EVEの事を知っているのか!?貴方も私と同様、資料を調べたというのですか!?」
ダリオンは必死になって、エファンに対して言った。
「違うな、私の場合それを調べる必要すらない。」
「それは、どういう意味だ……?」
彼の表情は険しくなった。対照的に、エファンは相変わらず腕を組み、ダリオンを睨みつけるように視線を送りながら語る。
「せっかくだ。EVEの事について教えてやろう。」
エファンは目の前にあるEVEシステムの方をちらと見た後で、口を開いた。
「EVEがその機能を停止したのには理由がある。一つはこれ以上自分の子供とも言えるアドバンスドタイプ達が死ぬのを見たく無かった事。そしてもう一つは、子供であるアドバンスドタイプ達が仮に地球圏に着いた所で戦争の道具として利用される現実に耐えられなくなった事。これらが関係している。」
エファンから語られる、EVEシステム機能停止の真相。何故この男がその事を知っているのか?それを知る者は、この場にいない。
「EVEは意思を持っている。それはつまり、人間と同様の思想回路を持っているという事。それ故に悲しみや憤りを感じる事もある。感情を持つ機械、それがEVE。EVEは絶望したのだ。人類が様々な文明を築き上げる一方で、互いに戦争をしてその数を減らし続ける愚かな人類にな。」
「それらとEVEが機能を停止した事に何の関係があると言うのだ!?」
ダリオンの言葉がエファンに浴びせられるが、エファンは構う様子を見せずにダリオンを睨み続ける。
「早い話が、EVEはデウスの為にアドバンスドタイプを作る気等全く無かったと言う事だ。」
「何……!?」
ダリオンの表情が苦渋に満ちている。それを見てエファンは追い打ちを掛けるように、じっと彼を睨みながら話を続ける。
「彼女は火星で最初はデウス帝国の為を信じ、アドバンスドタイプを作り続けた。しかし余りに多くのアドバンスドタイプが十五歳を迎える前に死に絶える現実。更に、十五歳になったとしても地球圏で生き延びているとは思えない過酷な状況。自分の子供が死んでいく現状を見続けなければならないEVEは悲しみに暮れながらもデウス帝国の為に尽力していた……」
エファンから語られる言葉に、三人は耳を傾けた。
「しかしある時に彼女は気付いた。このままアドバンスドタイプを作り続けても、結局は戦争の道具に使われるだけ。人間同士、無駄な争いの道具に使われるだけ……と。元はと言えばシンギュラルタイプの存在に対して対抗する為に力を持つ人間を生み出そうとしたのが始まり。結局は人間は力を持つ為に争いを続けるのだ……と。何故自分は悲しい思いをしてアドバンスドタイプを作らなければならないのだ――と。」
エファンは溜息を吐き、引き続き語る。
「そしてその結果、彼女はアドバンスドタイプを作る事を止めた。ある、一人のアドバンスドタイプを生み出し、地球圏に送り込んだ後で彼女は自らの命を断った。自らの意思で、カプセル内に施設内にあった毒を充満させた。これにより彼女は機能を停止した。EVEが機能を停止したのには、こうした経緯があったと言う訳だ。」
何故エファンはダリオンが知らなかった事を知っているのか。その真相は果たして本当なのか?出鱈目ではないのだろうか?と、ダリオンは思っていた。
「な、何を根拠にそのような事を!?滅茶苦茶だ!憶測も大概にして頂きたいものだ!EVEはデウス帝国の為に尽力した!ただそれだけ!だからこそアドバンスドタイプの母であるEVEを崇拝する私はデウス帝国の再興の為にアドバンスドタイプである貴方方を――」
「黙れ、殺すぞ」
その時、エファンの強烈なプレッシャーがダリオンに向けられる。冷徹で、尚且つ残忍なエファンの目つきがダリオンを捉えて離さない。
「だ……大体……貴方はEVEの何を知っている……!?」
プレッシャーを与えられながらもダリオンは口を動かす。これに対し、エファンはそっと息を吐き、口を開いた。
「私がEVEの何を知っているかだと?フン……私だからこそ、分かるのだ。何故?それはな……私がEVEの意思を直接引き継ぐ、EVEによって作り出された、最後のアドバンスドタイプだからだ!!!」
エファンの言葉を聞き、ダリオンは目を見開き、口をゆっくりと開いた後で
「なぁぁァァァんだとぉぉォォォ!?」
と、大声で叫ぶように言った。
「なんですって……!?」
「作り出されたアドバンスドタイプって……?」
これを聞き、驚愕する二人だが、それ以上にダリオンは混乱していた。
「な、何を馬鹿な!?根拠が無い!その発言こそ出鱈目!滅茶苦茶だ!嘘、偽り!私を動揺させるつもりなのだろうが、そんな事私に通用すると思っているのか……!?」
「嘘ではない。真実だ。私こそがEVEによって作られ、尚且つ気に病むEVEの意思を受け継いだアドバンスドタイプだ。今私の年齢は二十八。つまり、地球圏に私が現れたのは十三年前。つまりはデウス動乱の最中にされた事になるな。」
ダリオンの顔は、最早先程までの笑みが見えない。明らかになるエファンの正体を知り、その正体を認めまいと必死に否定するばかりだ。
「仮に貴方が造られたアドバンスドタイプとしよう……しかしその意思を継いだというのが、意味が分からないな!何故EVEはそのような真似をする必要があった!?貴方の誇大妄想には聞いて呆れるな!」
EVEシステムを崇拝しているが故に、この事実を否定したがっているダリオンだが、エファンはそんな彼の心境を読まず、腕を組んで語り続ける。
「誇大妄想だと?EVEがどのような心境でアドバンスドタイプを作り出していたかも分からんお前が何を偉そうに語るか。デウス帝国の為にと信じ続け、多くの我が子とも言えるアドバンスドタイプ達を犠牲にしながらも懸命に育て上げ、そして地球圏に送り込む。その行為を続けさせられる事が、彼女にとってどれ程辛かったか!全ては、戦争に於いて優位に立とうとする人間のエゴが招いた事だ!」
熱弁するエファン。この言葉を聞き、ダリオンは更に動揺した。
「で……出鱈目だ……!滅茶苦茶ばかり言って!」
強がるが、彼の表情は明らかに焦っている。エファンがEVEの全てを知ると自負する為、疑わずにはいられないのだ。
「ならばお前達の真実について教えてやろうか。EVEによって直接作り出された、私がな。」
エファンは口を開く。そして、“真実”を語る。今から彼が語る事とは、一体……?
「ダリオン・イブルーク。お前の先祖であるミューノ・シェバスは優秀な女性パイロットだった。最も、活躍したのは当時の地球連邦軍の兵としてだが。そこから引退した彼女は男と結婚した。その名前はバイン・イブルーク。この名前に聞き覚えは?」
「ななな……何だと……!?」
自分の先祖の名前を言い当てられたダリオン。最初は動揺するが少し冷静になり、彼は言う。
「ふ、フン!どうせ私の心を読んだのだろう?知っているぞ!」
「心を読んだ所でミューノ・シェバスがどのような人間かが分かると思うか?彼女はEVEによって作り出されたアドバンスドタイプの一人。私はEVEの意思を継いでいる。どのようなアドバンスドタイプが存在したのかなど、私には全てが分かる。」
エファンの言葉に、動揺を隠せないダリオン。
「そしてお前はいつしかデウス帝国の発展に注ぐ為、アドバンスドタイプについての研究を行った。アドバンスドタイプの持つ、自然治癒力についての研究やアドバンスドタイプの遺伝の研究。自らの家族を犠牲にしてまで得た知識。デウスの発展の為の異常な研究。お前のそのエゴによって両親祖父母が殺されるというのは余りに酷な話だな、ダリオン・イブルーク。」
以前、ジャンヌがアレンに見せた論文の話をしているエファン。ダリオンの行った異常な研究を語られ、彼は握り拳を作っている。
「前に言ってた研究って……ダリオンさん、そんな事を……!?」
衝撃の事実にレイも驚愕する。ダリオンという男の狂気を、エファンから聞かされた事で、目の前にいる男がより、恐ろしく、その上で忌むべき存在であると、レイは認識したのだ。
その後、エファンはジャンヌの目をちらと見る。そして、口を開く。
「ジャンヌ・アステル。アステル家のその真相についても教えてやろう。」
「アステル家の、真相……?」
一体何を言っているのか……といった様子でジャンヌはエファンの顔を見る。
「アステル家は代々様々な兵器を製造している一族です。名をアステル・システムズに変えたのはデウス動乱時ではありますが、そもそもの歴史は百年以上にも及びます。貴方の言う、真相とは?」
「その歴史の中で、アステル家の先祖は実は元々あった一族の名から突然変わった存在である事をお前は知っていたか?」
「え……?」
エファンが語った言葉で、ジャンヌは凍りついたように口の動きを止めた。アステル家が突然変わった存在と語るエファン。それは何の事を言っているのかが気になったレイが口を開く。
「アステル家が突然変わった存在って……?」
するとエファンはすっと息を飲み、静かに口を開けた。
「元々、アステル家の前にはセミナード家という貴族が存在していた。セミナード家は代々世界中の兵器を扱う一族として敬われ、時には恐れられた。しかし、ある日にディヴァイン・アステルという男がセミナード家に仕える振りをして次々と暗躍し、やがてセミナード家を完全に支配した。それ以後、アステル家という名前で現在も武器やMSを作り出す存在として世に名を轟かせている。ディヴァイン・アステルはやがて隠蔽工作を行い、かつてその名を轟かせていたセミナード家は黒歴史と化した。そこからアステル家の歴史は始まったのだ。」
エファンの言う、ディヴァイン・アステルとはEVEシステムが作り出した男性のアドバンスドタイプである。つまり、ジャンヌはディヴァイン・アステルの子孫と言う事になる。元々存在していた有名貴族であるセミナード家が彼の暗躍により、アステル家へとその名を変えた。
「嘘……でしょう……?」
ジャンヌの目に変化が訪れた。見開かれたままで、呆然としているようにも見える。だが彼女は実際にショックを受けているのは間違いなかった。
「事実だ」
ショックを受けるジャンヌに、無惨にもエファンは言った。それを聞き、ジャンヌはただ、口元を手で覆う事しか出来なかった。
「所詮、アステル家はディヴァイン・アステルによる暗躍によって成り立った一族に過ぎない。その男がいなければジャンヌ・アステル。お前がこの世に生まれる事はなかった。まあ、先祖代々から続くと信じていたその一族の正体はまさか火星から来たアドバンスドタイプによるものだとは予想もしなかっただろうが。」
思えば、自分がアドバンスドタイプであると言う事も全てが謎の状態で今まで彼女は現在まで過ごしてきた。その正体は、火星で造られた人間。その上暗躍によってセミナード家という一族を葬り去ったという事実がある、所詮成りすましの一族に過ぎないと言う事実が彼女に重く圧し掛かる。
「そのような事は……お父様も、お母様も言っていませんでしたわ……」
「当然だ。二人共、知らなかったからな。歴史の捏造は時間が経てばいくらでも出来るからな。」
堂々した様子で、エファンは語る。やはり、この男は全てを知っているというのだろうか。
「元々セミナード家は今のアステル家のような一族構成ではなかった。家族を平等に愛し、親族を大切に思い遣ることが出来た一族だった。しかしディヴァイン・アステルはそのカリスマ性や力を用いてセミナード家を乗っ取り、いつしかアステル家として君臨する事となった。その歴史は、闇に葬られている。だから、この家にそのような資料が見つからない。当の昔に改竄されているからな。」
エファンは事実を語り続ける。それを、信じられない様子で聞く、ジャンヌ。
「ジャンヌ・アステル。何故アステル家がたった一人の子供しか設ける事を許されないのか分かるか?」
ジャンヌへの質問。これも、彼女を戸惑い、躊躇わせるのに十分な効果を秘めていた。そして、その真実はレイを驚愕させることになる。
「答えたくはないだろう。ならば答えてやろう。人間、特に兄弟の数が多ければ多い程、その分一族の座を争いが起きる事を予見したディヴァイン・アステルがそのような方針に決めた為だ。」
エファンは全てを知っている。アステル家のルーツも、全て。彼女が知らなかった事も、全て知っている。
彼女には兄弟、姉妹がいない。その理由や所以がまさか、忌むべき筈のこの男から語られる。その衝撃が、ジャンヌに降りかかるのだ。
「ディヴァイン・アステルは野心家の人間だ。その結果が今に至る。ジャンヌ・アステルのあらゆる計算された行動は、全てはディヴァイン・アステルからある意味引き継いだものと呼べるのかも知れんな。」
彼女は確かに、利用するものを利用して来た。レイも、その内の一人だ。だがその中で、彼女なりに罪を感じて来た部分はあった。故に、レイに謝罪をしている。
だがその起源がまさか、すり替えられた一族によるものだという事に、彼女は戸惑い、躊躇っている。ジャンヌは視線を落とし、ふと、口を開いた。
「思えば、ターナお母様がアドバンスドタイプで……ジンクお父様がオールドタイプである事……その事に疑問はありました……もし、アドバンスドタイプの血を引く存在ならば、お母様が領主になり得る筈……つまりお父様は、祖父祖母によって決められた許嫁という事だったのですね……」
事実を知り、悲しみに暮れるジャンヌに対し、レイが言った。
「気になったんですけど……アドバンスドタイプが遺伝するのなら、ジンクさんはアドバンスドタイプの筈です!領主って普通、親族である男の人が引き継ぐものじゃ……?」
レイの疑問に対し、ジャンヌは言った。
「アステル家は違います……必ず一人の子のみを生み、それが男ならばそのまま領主として迎え、女ならば血縁者や親が決めた人間を許嫁として結婚させ、その御方を領主として迎える……エファンの言うように、これが代々受け継がれてきたアステル家の掟なのですわ……」
アステル家には子を多く生まず、常に一人の子のみを生む伝統がある。生まれた人間が男ならば領主となり、女ならば別の場所から領主となる男を連れてくる事が決まっている。
厳格な父、ジンクはアステルの血を受け継ぐ人間ではない。それはジャンヌも分かっていた。だが彼女の祖先の事等、分かる筈が無かった。真実がジャンヌを追い込み、苦悩させる。
「私にも、既に婚約者はおりました。ですがその方は先のデウス動乱で……」
「戦死……されたんですか……?」
「優しい方でした。ただ……その方もアドバンスドタイプという偶然があったのです。」
ジャンヌが言っているのは、アーク・レヴンの事だった。幼馴染であり、既に親が決めていた結婚相手であるアークであったが、優しい少年であった彼を、ジャンヌは好きだった。 しかしアークはデウス動乱終盤で当時のアレンと死闘を繰り広げ、その命を散らした。
ダリオンとジャンヌの先祖の話を詳細に語るエファン。これらの話を聞き、ダリオンは錯乱し、ジャンヌは困惑した。それらも全て、エファンがEVEの意思を継いでいるから分かる事なのだ。この事を目の当たりにし、レイは何も言う事が出来ない。
「アーク・レヴンか。直接話した事は無いが、デウス軍のエースとして活躍していたレヴン家の人間だと言う事は聞いている。戦争で死んだのならば別に構わないがな。奴もアドバンスドタイプならば死ななければならない存在だからな。」
エファンの言葉に、ジャンヌは反応した。睨むようにジャンヌは目をエファンに向ける。
「以前から気になっていました……貴方はそうやって力を持つ人間……シンギュラルタイプやアドバンスドタイプを殺す事を目的としてきましたね。それでターナお母様やココットさんを殺した……」
怒りを込めた彼女の言葉だが、エファンは全く動じる様子を見せない。
「貴方がEVEシステムの生まれ変わりのような存在だという事は分かりました。ですがこれらの一連の行動に何の意味があるのでしょうか。意味も無く力を持つ者を殺しているのだとすれば、それは最も許されるべき行動ではありません。意味があったとしても……ですが。」
今まで謎だった、エファンの行動である力を持つ者の抹殺。彼は今までそれを他者に語った事は無い。今、ジャンヌはエファンの言葉である、〝力を持つ存在ならば死ななければならない〟という言葉に、不快ながらも非常に興味を示していた。
「シンギュラルタイプやアドバンスドタイプ等、力を持つ人間が戦争において潤滑油の役割をしてきていた事を知っているか?」
エファンの言葉が、全員の耳に入る。何を言っているのか……と疑問を抱いた様子で、全員が静かに聞く。
「クリスタルウォーと呼ばれる戦争が過去にあった時もそこで活躍したガンダムと呼ばれるMSのパイロットはシンギュラルタイプと噂されていた。それに伴い、デウス帝国はシンギュラルタイプを超える存在を作り出そうとしてEVEを火星に設置し、結果失敗に終わっている。だが現在も戦争にはシンギュラルタイプ、強化モデル等の存在が投入され、人類同士の争いを更に加速させている。人類は力を持つ存在により、それらを利用する事で戦禍を拡大させている。かつてのデウス動乱が終結するのに十年の年月を費やしたのは、こうした力を持つ人間の存在があったからこそ。」
エファンの言葉を聞く中で、ジャンヌは気になった点ある。この男は、まるで力を持つ人間を憎んでいるかのような言動。それが気になったのだ。
「EVEはその現実を悲しんだ。我が子同然のアドバンスドタイプを生み出しては次々に死んでいくという、その悲劇が起きたのも、結局はシンギュラルタイプと呼ばれる人類を越えようとした人間の欲の果て。失敗に終わったEVEの計画はEVEに告げられる事無くデウスの本国ではなかった事にされている現実。それに絶望したのだ。」
語り続けるエファン。この言葉が、彼の行動の真理を表している可能性が高いと、ジャンヌは察していた。
「結局は戦争の為。人類同士の争いの為に自分の子達が送り出される現実に、EVEは悲しんだ。全ては力を持つ人間がいる為に、それを利用しようとした人間が戦争を引き起こしている。戦争の道具となったシンギュラルタイプ、人工的に生み出された強化モデルはオールドタイプを凌駕する存在として、戦争では重宝した。それ等はデウス動乱でも活躍し、所属する組織に貢献した。結局、力を持つ存在は戦争を拡大させているだけ。愚かしい事だ……と、彼女は悟った。」
「馬鹿な……デウスの為に貢献するのがEVEの筈だ!そんな事を考えている筈など!」
ダリオンは再びエファンを否定する。だがエファンはダリオンを睨み、歯を食い縛った。この行動にプレッシャーを感じたダリオンは言葉を発するのを止める。
「まだ私がEVEの生まれ変わりであり、意思を継いでいると理解していないのか。せっかくだ。ならば私が生まれた経緯をお前達に教えてやろう。」
今から語られる、エファン・ドゥーリアという名の男の生誕の秘密。今まで謎に包まれていたこの男のベールが剥がれる瞬間……それが、今なのだ。
「力を持つ人間の存在に絶望するEVEはある事を考えていた。力を持つが故に自惚れ、戦争の一員となっている力を持つ存在全てを消し去る必要があると彼女は言った。そこでEVEは一人のアドバンスドタイプを作り出した。そのアドバンスドタイプ以外の力を持つ存在は必要なくなるように、自身を含めた力を持つ人間を亡きものにし、火星から身動きが取れない自分の代わりに動いて行動出来るアドバンスドタイプを……」
「まさか……それが……エファンさん……?」
レイが言った。エファンは少し笑みを浮かべ、再び語る。
「そう……EVEは自身が生み出した最後のアドバンスドタイプとして私を作り出した!その中に、自分の思考・意思全てを私の中に入れ、最後にして今までのアドバンスドタイプとは格が違う、私と言う存在を生み出したのだ!!」
それを聞いた誰もが驚愕した。エファンは只のアドバンスドタイプではなく、EVEが今の人類を支配する為に作り出した、普通のアドバンスドタイプとは違う、更に特別な力を持つアドバンスドタイプであると言う事に。
「では、以前に貴方が“母親”と言っていた存在と言うのは……」
嫌な予感が、ジャンヌに過った。
「そう、EVEの事だ。彼女は素晴らしい母親だった。私に生き方を教えてくれた存在だったよ。」
再び、セントマリア号内での言葉が思い出される。
―――――――――私に生き方を教えてくれた、存在だったもので―――――――――
まさか、その存在がかつて人間だった存在である、EVEシステムであった事等、予想も出来なかったが。
「そのEVEが産んだ存在が、貴方という訳ですか……」
「そうだ」
エファンは、腕を組み、言った。
「……貴方の力は確かに凄いものですわ……人の心を読み、そして相手に異常なプレッシャーを与える事も出来ます。」
「僕に悪夢を見せる事が出来るのも……」
「過去を見る事が出来るのも……!?」
三人の疑問に、一斉にエファンは答える。
「そう、私がEVEによって生み出された、最後のアドバンスドタイプだからだ。」
常軌を逸した力を持つエファンが何故これ程の力を使えるのかには、理由があった。
それは、彼がEVEシステムの意思を直接引き継いでいる存在であった為であった。EVEシステムは戦争を続け、力を持つ人間を道具にする人類に絶望し、これらを統率できる存在が必要であると判断し、彼女は自分の代わりに動く事が出来る人間を作った。これがエファン・ドゥーリアである。
今まで彼が力を持つ者を尽く葬って来たのには理由があった。それは、EVEシステムの意向の為だったのである。
「やがて私はEVEによって地球圏に向けてカプセルを発射された。争いを続ける人類を止める為に、私を地球へ行かせたのだ。その直後だっただろうな。EVEが自身で絶命したのは……」
全てはエファンの為。EVEは自らの命を落としたのは、エファンにその目的を託したからなのであった。
「地球圏にやってきた私は当時の地球連邦軍に拾われた。そして、そこで奴等に力を見せ付けてやったよ。それから私はMSのパイロットとして地球連邦軍に貢献してきた。その間も力を持つ人間共を抹殺し続けてきたがな……!」
全てはEVEシステムの意思……ジャンヌの母親であるターナやココットが死んだのも、それ以外にも、多くの力を持つ人間が殺されてきたのも、EVEシステムが彼にそうするように仕向けた事だったのだ。そして、EVEシステムの意思はエファンの中で生き続けている。だからこそ、彼は今いるアドバンスドタイプ達の諸事情を理解出来ているのだ。
「滅茶苦茶です!こんなの!じゃあ貴方がアドバンスドタイプなのはおかしい事じゃないんですか!貴方だってEVEシステムが言っていた、力を持つ人間なのに!?」
レイの言葉は、エファンには全く響いていない。彼は冷淡に対処した。
「オールドタイプはミラクルに弱い。奴等がシンギュラルタイプや強化モデルなどを戦争で利用するようになったのも自分達以上の力を秘めており、尚且つ戦争において価値が見出されたからだ。当然ながらその力は強力で、尚且つ尋常でない能力を戦争中に見せてきた。その結果、シンギュラルタイプより強力な人類を作り出そうとする当時のデウス帝国のプロジェクトさえも作られた。最も、それは失敗に終わり、結果的に私が生まれた訳だ。そしてEVEの意志を継ぎ、多くの力を持つ存在を抹殺してきた!」
「そんなの!自分以外の力を持つ人間が死んで良いって理由にならないです!大体生き残ったアドバンスドタイプの子孫を殺そうとするなんて!」
レイはエファンに反発するが、彼は動じる様子を一切見せない。それどころか、彼は突如高らかに笑いだし、両手を広げた。
「それがどうした?EVEはそんなものなど関係ないと言っていた。」
「そんな……」
納得がいかない様子で、レイは落胆した。アドバンスドタイプを生み出したEVEシステムは戦争を引き起こそうとする人類に絶望し、戦争の潤滑油となっているシンギュラルタイプなどを葬り去るという決断をしたという事が、信じられないのだ。
「戦争に関してはな、本来人間を使わずとも、ただ、戦争をするだけならばもっと効率の良い方法があった。それは人工知能を極限まで発達させることだ。そうすることで無人兵器を開発し、それらが破壊し合えば人類は直接血を流す必要などなく戦争が出来た。これによって人間は無駄な犠牲者を出すことなく、文明を築き上げる更なる可能性を見出すことが出来たかも知れない。」
「貴方は一体何を言い出すのですか……?」
“戦争”の話をするエファンに対し、ジャンヌが聞いた。
「だが兵器としての人工知能は発展せずに終え、それから未来に出現したMSは有人兵器として今現在至る!行き過ぎた人工知能の発展は最終的に作り出した親である筈の人間を滅ぼす可能性があった!それを恐れた昔の人間はあえて人工知能を最小限の技術に留めた!」
人工知能の発展は最終的に既存の人類の脅威になると判断された結果がこの世界を作り出している。故に人は滅ぶ事なく存在しており、宇宙進出も可能になっていった。
しかし、人という存在がいる以上、逃れられないものがある。それが、戦争だ。
「だが、人類は今も変わらず戦争という名の殺し合いを続けている!しかも!時代が変わって新たなる人種が出現してからはそれらを利用して殺し合いをしている!シンギュラルタイプと呼ばれる人間の優れた部分を利用して戦争をする人類!このような事が許されていい筈がない!人工知能の発達による滅びを避けた人類は力を持つ人間をも利用し、相も変わらず戦争をしている!意志を持つ機械であるEVEが生み出したアドバンスドタイプはそれらに巻き込まれ、死んでいった!全てはクリスタルウォーに於ける、シンギュラルタイプという存在がいたが為に起きた悲劇!オールドタイプを凌駕する、力を持つ人間は人工知能に代わる争いの道具でしかない!その為に人類はそれらを戦力として利用し、又、力を持つ者はその自身の力に自惚れる!自分にしかない絶対的な力……それはやがて他者を巻き込み、その力を誇示する!これが戦争!クリスタルウォー時代より今まで起きてきた戦争の実態だ!!EVEはその犠牲となったのだ!!!」
エファンが力を持つシンギュラルタイプ、強化モデル、アドバンスドタイプを殺す真意が分かった。全てはEVEシステムの意思を受け継ぎ、力を持つ者の無い世界を作り、人類同士の戦争を無くす。これが、彼の大いなる野望だったのだ。現在こそ新生連邦に所属している彼だが、軍の事などどうでも良い。全てはEVEシステムの為……それが、彼なのだ。
「そしてEVEの遺志を継ぎ、私は力ある者を抹殺し、やがて人類を一つにする!今後、人間同士による愚かなる戦争が二度と起きないようにする為にな……」
誰もが彼の言葉を聞き、言葉を失った。EVEシステムの生まれ変わりとも言えるエファン。彼の野望の真実は今この場にいる力を持つ人間達ですら考えられない、壮大で残酷なものなのであった。
(人類を一つに……?)
突如出てきたエファンの言葉。ジャンヌはこの言葉に疑問を抱き、エファンに質問をしようとした――
ジャキンッ
その時、ダリオンがエファンに向けて銃を構えた。EVEシステムの目的が力を持つ人間の抹殺だと聞かされ、それに危機感を抱いた為であった。
「何のつもりか、ダリオン・イブルーク。」
「決まっている!貴様を殺すのだ!EVEの意思を継いだと寝言を抜かしている貴様を!いくら力を持つとはいえ、人を殺す武器を持たない貴方など所詮只の人間同然だ!」
気が狂ったように、エファンを殺そうとするダリオン。その、銃を持つ手は震えていた。しかしそれでも、しっかりとエファンの眉間を狙ってその引き金を引こうとしていた。
「ダリオンさん止めて下さ――」
パァンッ
レイが止めようとしたのも束の間、ダリオンは銃を発砲した。高速で銃弾はエファンの眉間に向けて放たれ、撃ち抜かれようとしていた。
キィンッ
「!?」
彼等の目の前で信じられない事が起きた。と言うのも、エファンの前に鋼鉄の板が姿を現したからだ。それはダリオンが放った銃弾を受け止め、エファンの身代わりとなった。
「な……ななななんだ……これは……!?」
「見ての通り、鋼鉄の板だ。これが私を守った。」
「あり得ないだろう!?そんな事普通!貴様を守る為にその鉄板が動いたと言うのか!?」
ダリオンの表情は歪んでいるようにも見えた。眼前で起こる、奇想天外な出来事が彼を混乱させていた。
「いや、有り得るとも。なら、撃ってみるか?もう一度。」
「馬鹿にするなぁ!」
自暴自棄になるダリオン。それを見てあざ笑うエファン。
パァンッ
ダリオンは再びエファンに向けて発砲する――
キィンッ
が、再び鋼鉄の板が地面から姿を見せ、エファンを守った。通常では考えられないこの現象の仕組みは一体何なのか?ジャンヌは考えた。
ダリオンはこの一連の出来事に、我を失っていた。銃弾を撃ってもエファンには一切通用しない。何故ならば、彼を鋼鉄の板が守る為である。まるで何らかの能力を司っているように見えるエファン。しかし、普通人間が何かを召還するなど常識的には考えられない事だ。あり得るとすれば、それは漫画の世界だけ。
しかしエファンは眼前でその信じられない能力を見せ付けた。何故、彼は鋼鉄の板を作り出す事が出来るのか……
「何のトリックだ……エファン・ドゥーリア!?」
苦渋に満ちているダリオンの表情。常識では考えられぬような現実を見せ付けられ、最早彼は我を保つことで精一杯な程精神的に追い詰められていた。
「普通の人間ならば気になる所だろう、私が起こしたこの出来事……せっかくだ、今からそのトリックの全貌を教えてやろう。」
すると、エファンはそっと手を差し出し、EVEシステムが浸っているカプセルにその手を当てた。彼はカプセルに映る自分の姿を見て、何故か笑みを浮かべている。
「私はEVEの意思を継いでいると言っただろう。これがどう言う事か分かるか?」
「わ、分からない!それが何の関係があるというのだ!?」
「EVEの仕組みはお前もよく知っている筈だろう、ダリオン・イブルーク。」
〝EVEの仕組み〟という言葉を聞き、ダリオンは思い出したかのように目を見開いた。
「ま……待て……まさか……まさか……そんな馬鹿な事がァ!?」
「お前の考えている事は正しいぞ、ダリオン・イブルーク。そう、私はEVEの意思を引き継いでいる。つまり、EVEのしていた出来事は全て出来ると言う事だ。この意味、分かるな?」
エファンの言葉を聞き、ダリオンは銃を手から落し、腰を抜かした。そして、怯える様子でエファンを見ながら後方に後退りしている。
「あああ……あや……操れると言うのか……!?この施設にあるあらゆる〝モノ〟を!?」
EVEシステムは施設のあらゆる物を自身の意思で動かす事が出来る。施設そのものが、彼女にとって手であり、足と同様なのだ。そしてエファンはそのEVEシステムの意思を継いでいる。つまり、EVEシステムと同様に、この施設を思いのままに操る事が出来るのだ。
それを知ったジャンヌ達はダリオン程では無いにしても、動揺を隠せていない。
「この施設はつまり、貴方にとって手足同然と言う事ですか……?」
「こんな……こんなのって……」
恐れるようにエファンを見る両者。彼はそんな彼女等を見下すように、笑う。
「そうだ!私はずっと隠していた!ダリオン・イブルークがEVEの事を語ってくれるから面倒な台詞は言わなくて済む!奴はEVEを崇拝しているつもりだろうが、彼女の本質や考えまでは読み取れなかったようだ!何故ならば、EVEの本質や考えこそが、私の考えとイコール!私の事を知らなければならなかったという事だ!」
エファンの行動により、今まででは考えられない事が今、起きている。不可解過ぎるとも言えるこの現象に、レイは恐怖した。
EVEシステムの意思を継いだにしても、ただ思考を巡らせるだけでだけで施設内の設備を動かす事が出来る人間など、この世に存在するとは思えないと、彼は思っていたからだ。
「以前私に見せていた、アーヴァインを己の意思のままに操る事が出来ると言うのは、この事も関係していると言うのですか……?」
セントマリア号上でエファンが見せた芸当。それはアーヴァインを己の意志のみで操り、アレンとジャンヌに攻撃を加えた事だ。
今、エファンが目の前で行っている事は、形式は違えど、殆ど同様の内容と言えたのだ。
「人の脳波による意思のコントロールはあらゆる物を操る事に繋がる。その力が強ければ、強い程力を増すのだよ。次に面白いものを見せてやろう。」
エファンがまるで見せびらかすかの如く、視線を別方向へやった時――
キイイイイイ
エファンの視線の先の方から、バーニアの音が聞こえてきた。その音は段々と大きくなっていく。レイとジャンヌは音が聞こえる方向を見る。
ビゴォン
彼等がバーニアの方向を見たその時。MSのカメラアイが起動する際に生じる音が、今聞こえてきた。何事かと思い上を見るレイとジャンヌ。
そこにあったのは、紛れもないMSだった。頭部は全体が漆黒になっており、モノアイだけが可動している。今まで見た事が無いMSが突如姿を現したのだ。
「なんで……なんでMSが!?」
「これは……まさか貴方が!?」
ジャンヌは聞く。すると、エファンは静かに言った。
「MS型EVEシステム無人防衛システム。通称、火星の魔物……」
「火星の魔物だとぉぉぉ!?」
出現したMSの存在に、ダリオンは驚愕した。その様子は、明らかにそれを知っている様であった。
EVEシステムの無人の防衛システムとして造られたこのMS。エファンはこのMSを火星の魔物と呼んでいる。右手には大型のビームマシンガン、両肩にはミサイルポッドらしき形状のものがある。そしてこのMSは無人で動いているのだ。だが何故今このMSが動き出しているのかは分かる者がいる筈が無かった。
「EVEが活動していた頃、火星には多くの調査団が立ち寄ったとされているがそれらは尽く帰らぬ存在となり果てている……その中で、私が過去に施設の記録を調べていた時に載っていたコードネーム、マーズ・モンスター……まさか!?」
ダリオンの言うように、過去に火星を調査する船団が訪れてきた事があったが、それらは全て謎の失踪を遂げている。EVEシステムが機能を停止してからダリオンが調べた資料の中に、〝マーズ・モンスター〟と呼ばれるキーワードが存在していた。
それが思い出された時、ダリオンはエファンに対して言った。
「まさか……マーズ・モンスターと言うのは……貴様の言う、火星の魔物の事なのか!?」
それを聞いたエファンは、ニヤリと笑った。
「そうだ」
そう言った後、エファンは一度眼を閉じる。次に、再び眼を開く。この時、彼の眼の色は深紅に染まっていた。先程と違う眼の色をしているエファン。その色は、まるでレイが死や怒りを感じた時に発する未知なる力に酷似している――
ビゴォン
それと同時に、再びMSはモノアイを輝かせた。明らかに、エファンの様子に合わせてMSは動きを見せている。異様な光景を見せ付けられたレイ。
「実際に操縦しないで、MSを操っているって言うんですか!?」
「そうだ……!私はEVEの意思を継ぐ者。EVEの関連のものならば、私がこの場にいる限り、全ては私の手足となる!それは設備もそうであり、MSもそうである!この火星の魔物も、私が操っている!!かつての人類が開発しようとした意志を持つ人工知能などではなく、従順な機械人形だから、このMSは私の意のままだ!」
「このような事が……」
「あの時のような事を……!」
ジャンヌはセント・マリア号でアーヴァインを脳波で操っているエファンを知っている。それと同様の事を、今目の前で行っている。やはりこの男は普通ではない。脳波コントロールのみでMSを操るという、常軌を逸脱した力。それを見せつけんと、男は火星の魔物を操るのだ。
「あ……はははははははははは……ひ……ひひぃ……!私が……悪ぅございましたァ……あああ……貴方こそがEVE!偉大なるEVEでございますぅ!」
腰を抜かしていたダリオンが突如声を上げた。そして、何故か先程まで敵対していたエファンに忠誠を尽くすかのような台詞を発したのである。
「貴方様がそのように考えておられたなど、想像しておりませんでしたァ!誠に申し訳ありませんん!!偉大なるEVE!我等アドバンスドタイプの母よ!私は貴方に絶対服従をします!何でもいたしますゥ!!」
先程までの、ダリオンの姿はもうそこにはない。そこにあるのはエファンにただ尻尾を振る愚か者の姿だった。
「今、何でもすると言ったな。」
「はいいいい!何でも致します!!!」
すっかりエファンをEVEシステムの意思を継ぐ者と認識したダリオンは、彼に忠誠を尽くす気でいた。
しかしダリオンの言葉を聞いた後、エファンはニヤリと笑い、こう言った。
「なら、命令しよう。死ね。」
「死ねと!嬉しき言葉……!死ね……は?」
自棄なのか、それとも高揚しているのかは定かではないが、ダリオンは最初にエファンの言葉を喜んで聞き入れようとしたが、再認識をすると、その言葉が如何に異常かが分かった。エファンは、ダリオンに〝死ね〟と命令したのである。
「ななななな!何を仰るか!私は貴方に忠誠を尽くすと決めたのです!そのような命令以外ならば私がぁ!!」
「お前はEVEの真意を知っただろう?EVEは全ての力を持つ者が死滅する事を望んでいる。EVEに忠誠を尽くすならば、その命を捧げろ。」
力を持つ人間の死を望んでいるEVEシステム。エファンは火星の魔物と呼ばれるMS型の機械を操り、ダリオンを踏み潰そうとしていた。それに対し、ダリオンは急いで走り、物陰に隠れた。火星の魔物による、鈍い足音が部屋全体に響いた。
「このままじゃ僕達も……!」
「確かに、危険ですわ。しかし……」
そう言って、ジャンヌはちらと人工心臓が収められているカプセルの方向を見た。今の状況は自分達の命を落としかねない状況である。だが、ここで自分達だけが逃げる訳には行かない。彼女等の目的は、あくまでも人工心臓の回収なのだから。
「逆に考えましょうレイ。エファンがこの状況を作り出したことで、アレンを助ける事が出来る可能性が上がったと。」
「でも!危険じゃないですか!?」
「今は少しでも上がった可能性に掛けるしかありません!」
両者が話を交わしている間も、火星の魔物は両者を潰そうとする。モノアイを輝かせ、所持しているビームマシンガンを構えた。
ビビビビビッ
するとビームマシンガンを火星の魔物は放った。人間相手にMSを使い、殺そうとするエファン。明らかに躊躇う様子が無いこの行動にレイは騒然とした。
(え……?)
ビームマシンガンによる砲撃により、人工心臓が収納されているカプセルが転がり落ちているのが見えた。予期もせぬ僥倖に、レイは無我夢中で走りだした。
全てはアレンを救う為。意識を失っているアレンを助け出し、息を吹き返して欲しい――その一心で、彼はカプセルに向かって走る。
ビゴォン
が、その様子を運悪くも火星の魔物は見ていた。モノアイが怪しく輝き、レイの方向を見ている。そして、火星の魔物はレイに向けてビームマシンガンを構えた。
「お待ちなさい!!!」
と、大声で叫ぶのはジャンヌだった。彼女は手を大きく広げ、火星の魔物の前に姿を見せる。彼女は囮になる気だったのだ。火星の魔物のモノアイはジャンヌの方向を見つめ、ターゲットをジャンヌに絞った。
「レイ、貴方は急いでカプセルを!」
「はい!」
ジャンヌが自らの身体を差し出し、命を掛けている。この姿に感銘を受けたレイは無我夢中でカプセルを取りに行った。ジャンヌのこの行動によりレイはカプセルを取る事が出来た。
一方で身を張るジャンヌに対し、エファンは躊躇う様子を見せず、火星の魔物のビームマシンガンを向ける。
「っ……!」
一切の躊躇いがないエファン。目的の為ならば手段を選ばない冷徹な男。彼はジャンヌを撃とうとする際も、不気味な笑みを浮かべていたのだ。
「死ね」
冷たい言葉がジャンヌに浴びせられた時、それは放たれた――
ビビビビビビビッ
「やあああああああああああ!」
ビームマシンガンが放たれたその時、レイはカプセルを持ったまま、エファンに向かって猛スピードで走り始めた。そして、エファンに向かって思い切り体当たりを行ったのである。体当たりを受けたエファンはよろめいた後、身体をそのまま床に倒した。
「チィッ……!」
この行動により、火星の魔物のビームマシンガンはジャンヌに直撃する事は無かった。レイの行動によってジャンヌの命は守られたのである。
「随分と味な真似をしてくれるな、レイ・キレスッ!」
普段は怒る姿を見せないエファンがレイに対して怒りを見せた。レイの腹に対して思い切り蹴りを喰らわせ、レイは喘ぎ声を上げた。
「あう……ああっ……!」
「レイ!」
「人工的に突然適応した、ニア・アドバンスドタイプめ……!お前の中に、EVEが居る事が憎くすら感じるよ!」
怒るエファンは更にレイの腹部を踏み続ける。踏まれる度、レイは苦痛にまみれた表情を浮かべ、もがき苦しむ。
「ああっ……あっ……くあぁっ!」
腹を蹴られている間、レイはカプセルを抱え続けていた。絶対にこれを離したくないという思いが彼をそうさせた。
だがその傍ら、彼は一つの疑問を抱く。エファンが咄嗟に言った、言葉だ。
―――――――――――お前の中に、EVEが居る事が憎くすら感じるよ――――――――
苦しむ中で、レイは考える。この男は、何を言っているというのか――
「フン……」
だが突如、エファンは急に彼の腹を蹴るのをやめ、この部屋から逃げ出そうとしているダリオンの姿を見たのである。ジャンヌ達が火星の魔物に襲われている間、これを好機に感じていたダリオンは部屋から逃げ出そうとしていたのである。
「ダリオン・イブルーク。仲間に連絡をしているつもりだろうが、無駄だぞ。」
「なんだと……!?」
この時、ダリオンは連絡する為に軍事用Eフォンを高速艦のクルーに対して掛けようとしていたのだ。しかしエファンの言葉により、ダリオンは動揺する。
「ハッタリのつもりだろうが!連絡を取ってやる!」
そう言ってダリオンは連絡を取ろうとするが、聞こえてくるのはノイズだけ。何度掛け直しても、聞こえてくるのはノイズのみ。
「馬鹿な……こんな馬鹿な!?奴等は何をやっている!?」
連絡が繋がらず、焦るダリオン。信じられない様子のダリオンを見て、エファンは言った。
「証拠を見せてやろう!」
エファンはすっと手を差し出す。それに応じて、火星の魔物はモノアイを輝かせて壁にビームマシンガンを連射した。破壊される外壁。それと同時に、外の荒れた大地が姿を現す。
「EVEの施設を貴方自らの手で壊すなど!何をお考えか!?」
「EVEの意思は私の意思だ。それより外を見ろ。」
エファンの言葉により、ダリオンは外を見る。
そこに映っていたのは、変わり果てた高速艦の姿だった。爆炎によって炎上し、激しい炎が艦全体を包み込んでいる。そして、その周辺にはレイ達を襲った火星の魔物が五機、存在していた。恐らくこれらが高速艦を破壊したのだろう。
ここで明らかになる事実。火星の魔物は、量産された機体だったのである。
「あれが……あんなに沢山いたなんて!?」
倒れながら、外の火星の魔物の姿を見て絶句するレイ。彼の表情は蒼褪めていた。
「っ!」
この時、ジャンヌが動いた。レイの側に向かって走ったのである。この間、エファンが彼女に攻撃を加える事は無かった。
「ばばば馬鹿な……こんな馬鹿な!?」
ジャンヌが行動している間、ダリオンは自分の艦が火星の魔物によって破壊されている光景を見て、絶望していた。
ガキィンッ
「ひっ!?」
炎上する高速艦を見て恐怖するダリオンの背後に、エファンが最初に操っていた火星の魔物が姿を現す。腰を抜かし、まともに動く事が出来ないダリオンはその恐ろしい姿を見て、首を横に振る事しか出来なかった。
「来るな……来るな……来るな!!!」
「EVEの望み、それは力を持つ者の抹殺。例えそれがEVEの生み出したアドバンスドタイプの子孫であろうとも、関係の無い事だ。」
エファンが笑ったと同時に、火星の魔物はモノアイを輝かせ、ダリオンを踏み潰そうとする為に右脚部を上げる。そして、それは徐々にダリオンに向かって行く。これに踏まれれば、確実に彼は圧死してしまう。
ドクン
死を察したのか、彼の身体は突如、輝いた。これはまごう事なき、イズゥムルートの光。そして、生への本能。
光を放てば敵は動きを止め、戦意を喪失する。そして撤退していく。自らの命の安全は保障される。最も、それは相手が人間であればの話だが。
彼の周りにいるのはアドバンスドタイプばかり。故に、イズゥムルートの影響を受けない。それだけでない。今回彼を殺そうとしている相手の正体は、無人兵器。故に、光の影響を受けない。つまり、彼の本能の光の存在は、無意味。
「わわわわわ……やめろ!私はEVEの為に……今まで……尽力を……ひぎゃああああああ……」
ズンッ
鈍い足音が響いた――と同時に、火星の魔物はダリオンを踏み潰した。当然、ダリオンは即死。あらゆる体液が飛び散り、その一辺は残酷な光景と化していた。火星の魔物の脚部にも、ダリオンの遺体の体液が付着している。
「EVEの為と言うのならばその命を差し出せと言っただろう。」
ダリオン・イブルーク。アドバンスドタイプに関する研究に尽力を尽くした人間であり、デウス帝国に忠誠を誓っていた人間でもあり、EVEシステムを崇拝している人間でもあった男。アドバンスドタイプを将来的に増やしていき、やがてそれらはデウス帝国の戦力として考えていた。その一環でレイにディヴァインセルを移植した結果、彼がアドバンスドタイプとしての力を得た為に彼から精子を採取。これを契機にアドバンスドタイプの人口を増やしていこうと考えていた。
そして今、彼はエファンが操るMS型の防衛システムである火星の魔物によって踏み潰された。エファンはEVEシステムの意思を受け継いでいる男。最早これは、ダリオンはEVEに殺された事と同然だった。レイを不幸に陥れた元凶であり、彼等に真実を話した男は呆気の無く、惨たらしい最期を迎えたのである。
「うっ……」
「こんなの……うぅっ……」
この、恐ろしい一連の光景を見ていたレイとジャンヌ。一刻も早く逃げ出さなければ自分達もダリオンと同じ末路を迎えてしまう。幸いなのは、エファンが自ら壊した施設の壁。そこからならば逃げ出す事が出来る。
「レイ……立てますか?」
今は逃げなければならないと考えたジャンヌは彼に手を差し伸べる。蹴られた痛みが響くが、それを堪え、レイも手を差し伸べ、起き上がった。
「あれを見てここから逃げる気になっただろうが、どうやって逃げる?」
エファンの言うように、逃げ道は塞がれていた。というのも、彼は火星の魔物を操ってダリオンの高速艦を破壊していた為である。
「あ……!そうだ……破壊されてるんだった……」
「そんな……」
起き上ったレイは咄嗟に絶望した。それはジャンヌも同様だった。頼みの綱であった高速艦がないという絶望。つまり、彼等はここから脱出出来ない。これではアレンを助け出すどころか、自分達も助かる望みが断たれたも同然だ。仮にこの施設から脱出出来たとしても、火星から脱出する事は難しいだろう。
「私達は……もう何も出来ないと言うのですか……」
今、この施設は完全にエファン・ドゥーリアに支配されている。彼の意思により、思うままにMSや施設内の装置を操る事が出来る。あらゆる仕掛けがレイとジャンヌに襲い掛かるだろう。これらの状況を潜り抜ける方法……ジャンヌは懸命に考えた。が、浮かばない。
「真実を知った上で、EVEの為に死ねる事を光栄に思え。」
エファンの冷徹な言葉が聞こえてきた後、火星の魔物のモノアイがレイの方を見た。そして、ビームマシンガンを構える。マシンガンを構える際の鈍い機械音が、恐怖を助長させた――
第百二話、投了。
アドバンスドタイプの真実。それは、かつてのデウス帝国によって力を持つ存在を作り出そうとしたアドバンスドタイプ・プロジェクトによって作り出された始祖の存在、EVEシステムが大きく関わっていたという事実。
そして、エファン・ドゥーリアの正体がここで明らかに。
彼の存在=EVEという事実。そして、圧倒的な力はレイ達を苦しめていく――