機動戦士ガンダム Living Days   作:すからぁ

115 / 125
火星の魔物。コードネーム、マーズモンスター。EVEシステムを護衛する目的でEVEが作り出した無人のMSが、牙を剥く。


第百三話 火星の魔物

 

バシュゥゥゥッ

 

その時、高速艦を破壊した五機の火星の魔物の内、三機が突如爆発を起こした。上空からのビーム射撃により、撃破されたのだ。突然の攻撃に、施設内にいた三人は何が起きたのかを確認する為に上空を見る。

「ハルッグ!てことは、ネルソンさんが!?」

レイは笑顔になった。火星からの脱出手段が断たれた……と絶望していた時だった為、ハルッグの存在はレイとジャンヌにとって大きな希望となったのである。

「アインスガンダム……!」

次にジャンヌの目に映ったのはスバキの駆る、アインスガンダムのコズミックカスタムだ。残りの火星の魔物を破壊する為に、ビームライフルを連射して撃墜する。

 

ガキィン

 

「大丈夫か、レイ、ジャンヌ!」

と、施設の壁を破壊して現れたのはガーストの乗るハイエッジカスタムだ。次々と現れる救いの光に、彼等は救われた気分になった。

「ガーストさん!!」

ガーストまで現れた事で、この危機的状況は一変する。ハイエッジカスタムは腕部を差し伸べ、ジャンヌとレイを抱える形になった後、この場から去ろうとする。

 この時、ガーストは複雑な心境だった。無理もない。ブライティスに搭載されているクリスタルシステムの危険性を知った上でアレンは戦った。その結果が今だ。ジャンヌの事に対して懐疑的になるのは当然。

 だが、今はそれに躊躇っている場合ではない。彼女はあくまでも要人。個人の都合など捨てなければならない。彼は割り切り、行動をするのだ。

「……簡単に逃げられると思うなよ。」

予期せぬ乱入者にエファンは顔色を変えた。 

やがて、彼の目は再び深紅に染まった。

 

ビゴォン

 

すると、施設のあらゆる場所から火星の魔物が大量に姿を見せ始めたのだ。その数三十機。いずれもがハルッグとハイエッジカスタムに向けてバーニアの出力を上げ、襲い掛かろうとしていた。

 

 

アルバトスはEVEシステムの施設から少し離れた場所で待機していた。様子を見る為に彼等はハルッグ、ハイエッジカスタム、アインスに向かわせたのである。その結果、レイ達がいる事が分かった事で救出を開始する事になったのだ。

 しかしブリッジ内のレーダーに映っている熱源の数が明らかに多いのに気付いたインクはエリィに相談する。

「艦長、熱源三十!尚も増加!」

「火星にこれ程の戦力が!?どこの所属!?」

「所属不明!アンノウンです!」

火星の魔物の事など知る由もないエリィ達は、当然困惑する。その間も、火星の魔物はネルソン達に襲い掛かるのだった。

 

 

火星の魔物と激闘を繰り広げる三機。内、ハイエッジカスタムはアルバトスに向かう為にバーニアの出力を上げ、施設から離れようとしていたが、火星の魔物はミサイルを容赦なく連射する。

しかも、これらはホーミングミサイルである為、ハイエッジカスタムに当たるまで追うのを止める事は無い。

「エリィさん!弾幕張って下さい!ミサイルの迎撃は今は無理だ!」

ガーストが言った。レイとジャンヌを抱えている状態で、武器を使う訳には行かないと判断した為である。

「了解!」

と、エリィが答える。それと同時に、アルバトスから対空レーザー砲が一斉に展開された。ハイエッジカスタムはアルバトスの側部を高速で移動し、後方から迫るホーミングミサイルを対空レーザー砲で撃墜させようと考えていたのだ。

 そして、ガーストの考えは当たった。対空レーザー砲がミサイルを全て撃墜したのである。

「よし!これで後はこいつらをMSデッキに……」

このまま彼等を助け出せば火星でのアルバトスの任務は完了する。そして、アレンを助けられる……と、思っていた。

 

ブゥン

 

「うわ!?」

ガーストが油断していた矢先、別の火星の魔物がビームソードを展開して襲い掛かって来た。急いでこの攻撃を回避するガーストだが、それと同時に手部にいたレイとジャンヌは激しく揺れた。

「待ち伏せ!?」

「わあああ!」

「きゃあっ……!」

三人がそれぞれ、突然の出来事に対して動揺した。もし先程のビームソードが手部に直撃すればジャンヌとレイは即死だっただろう。そうなれば、ここまで来た意味が全くなくなってしまう。

「なっ……後方に熱源!?」

更に悪い事に、ハイエッジカスタムの後方に別の熱源がレーダーに映った。それはミサイルを展開し、ハイエッジカスタムに襲い掛かる。間違いなく、火星の魔物だった。

 前方からはビームソードを展開している火星の魔物、後方からはミサイルを展開している火星の魔物。急に出現したこれらに対し、ガーストは対処法を考える。

「こいつら一体何者だよ!?」

手部が塞がっている為、ビームライフルやビームセイバーは使えない。ビームキャノンを使う手段もあったが、前方に撃てばその出力でジャンヌ達が吹き飛ばされる可能性もある。そこで、彼が考えたのは両肩部に存在する有線式ビームニードルを使う事だ。

「行けっ……!」

 

ピキィィィ

 

彼の頭の中で電流が流れた――と同時に、それらは展開され、二機の火星の魔物を狙う。いずれもが火星の魔物の腹部に直撃し、そのまま切り裂き、撃破した。

だがその直後、別の場所から現れた火星の魔物がハイエッジカスタムを狙った。次々と現れるこの機体に、彼は動揺していた。

「なんだよこいつら!?どこの所属だ!?」

所属不明の奇妙なMS。それらは火星の魔物とエファンは言っていた。EVEシステムは大量の火星の魔物を長年の間に製造していたのである。

 

 ネルソン達も次々と姿を見せる火星の魔物に苦戦していた。突如姿を見せ、無数に出現するこれら。機体性能自体は然程ではあるが、数が多い為、それに苦労している。

「一体これは何だ!?どこの所属のMSだと言うのだ!?」

一斉に撃ち込まれるミサイルやビームマシンガン。これらの攻撃を回避しつつ、ロングビームライフルで次々と火星の魔物を撃ち墜としていくハルッグ。

「くそっ!!!」

スバキも、火星の魔物に対して攻撃を行っていた。ビームライフルで連射を行い、迫りくる火星の魔物を攻撃する。だが数の多さで相手に圧倒されそうになる。というのも、アインスがビームライフルで攻撃している間に、後方から火星の魔物がビームソードを展開し、襲い掛かってくる事があるからだ。

「でやああ!!」

スバキはアインスを駆使し、後方から迫って来ていた火星の魔物に対し、シールド型拡散メガビーム砲を展開した。すぐに対処した為、火星の魔物による攻撃を受ける事無く、敵機体を撃破する事に成功した。

「これを相手していては埒が空かない……」

ネルソンが操縦桿を握りながら言った。

次々と出現する火星の魔物。彼等にとって、これらが何者かという情報は一切分からない。その為、今は迫り来るこれらを対処していく以外に道が開けないのだ。

アインスガンダムとハルッグの周囲を覆い尽くす形で、火星の魔物がそれぞれモノアイを輝かせ、それぞれがミサイルやビームマシンガンを放つ。その数五十。ダリオンの高速艦を破壊した時は五機。そこから更に、火星の魔物は増えていたのである。つまり、EVEシステムはMS型の防衛システムを大量に制作していたという事になる。

「突っ込んでやるぅぅ!!」

彼女がそう言ったと同時にアインスガンダムのカメラアイが輝く。そして、シールド型拡散メガビーム砲にエネルギーを前方一点に集中させ、ビームピッカーを作り、そのまま前方にいる火星の魔物に対してバーニアの出力を高め、迫って行く。その間火星の魔物はミサイルを展開するが、スバキはこれらを回避しつつ火星の魔物に迫り、ビームピッカーで火星の魔物の腹部を突き刺した。

「何を考えている、スバキ!?」

無茶とも言える行動にネルソンが止めようとする。が、もう時は既に遅い。

「このままァッ!!!」

この状態のまま、アインスは更にバーニアの出力を高め、前方に存在する火星の魔物を巻き込む。この攻撃により、三機の火星の魔物がビームピッカーによって串刺しとなり、爆破した。

 まるで自棄と言わんばかりの戦法。この間に後方から攻撃される可能性を、彼女は今考えていなかったのだ。

「お前等なんかにぃぃ!!」

何故彼女がこのような戦法を取るのかは定かではない。敵が現れた事に対して攻撃を続けるばかり。その光景は、アレン程ではないとはいえまるで感情に任せ、暴走しているようだった。

「スバキ!後方を見ろ!」

「!」

ネルソンの一言でスバキは気付く。後方に、火星の魔物がビームソードを構えて接近してきている事を。

「このやろぉぉぉぉぉ!!!」

これに対し、ビームピッカーを火星の魔物に突き刺した状態で、すぐにバックパックのビームサーベルラックを抜き、円を描くようにビームサーベルを振るう。これにより、背後にいた火星の魔物の胴体は切断された。

 その時にネルソンから無線が入る。それは当然、彼からの叱責だ。

「こんな所で死ぬ気か!少しは状況をよく見ろ!」

「だって!あいつがいるんだ!あいつがやばい状況なのに!あいつを助け出したいのに!」

ネルソンが言っても、スバキの耳には届かない。レイが危機に陥っているという事実に対し、彼女は奮闘するばかり。

「レイとジャンヌ嬢は今ガーストが救出している!戦力は我々しかいない!あのMSを撃退していく必要があるが、君のやり方は自滅を招く!」

スバキに対して指摘をするネルソン。だが――

「うるさいんだよ!!!」

と、反抗する。更なる叱責をしようとしていたネルソンだが、彼の背後にも火星の魔物が迫っている。ビームマシンガンを構え、それを連射してハルッグを攻撃する。

「ちぃっ!敵は当然ながら待ってくれる筈などないか!」

未知なる敵、火星の魔物。その正体を知らないままネルソンは戦う。無数のミサイルにビームマシンガン。更には接近戦としてビームソードがある。遠距離にはミサイルを、中距離にはビームマシンガンを、近距離にはビームソードを使い分ける火星の魔物。あらゆる距離に対応した武装を持つこの機械。弱点の距離がない以上、考えて相手をしなければならない。その上この機械は無数に存在している。それが、非常に厄介と言えたのだ。

 

ガーストの駆るハイエッジカスタムはレイとジャンヌを抱えた状態のまま、火星の魔物と激闘を繰り広げている。次々と、まるで湧いて出るかのように出現する火星の魔物。アルバトスまであと少しの距離の所で、彼は邪魔をされていた。

ハイエッジカスタムに搭載されているビームニードルが火星の魔物を迎撃するが、この攻撃だけで、大量に存在する火星の魔物を相手にするのは無謀とも言えた。

「せめてビームキャノンが使えたらいいのに!こいつら!」

ハイエッジカスタムのビームキャノンは強力な武装である。だが、これは強力故に、レイとジャンヌを吹き飛ばしてしまう恐れがあった。その為に彼はビームキャノンを封印しながら戦っているのである。

 

                ビビビビビッ

 

火星の魔物がハイエッジカスタムに向けてビームマシンガンを放つ。一機だけで無い。その数十五機が一斉に放ってきたのだ。レイとジャンヌを守りつつ、彼は戦わなければならなかった。

「ク……駄目だ……数が多すぎ……」

その数に圧倒されそうになるガースト。アルバトスに向かう邪魔をするこれらをどうすれば良いか、彼は考える。

だが火星の魔物は彼に考える余裕など与える筈が無かった。ハイエッジカスタムやアルバトスに向け、ミサイルやビームマシンガンを放つ。人間が乗っていない火星の魔物に、慈悲も何もない。エファンの意思によって操られ、ただ攻撃を続けるのだった。

「ガースト君!」

その時、ガーストの駆るハイエッジカスタムに無線で連絡が入った。エリィからである。

「エリィさん!何ですか!?」

「プラズマカノンであの大群を殲滅するわ!その隙にアルバトスに!」

エリィは、アルバトスに搭載されている兵器である、大型プラズマカノンを展開しようとしていた。先日に新生連邦軍が展開したネェルガルキャノン程の威力はないにしろ、原理は全く同じその兵器。それが放たれれば、数多くの火星の魔物を殲滅出来る。その分莫大なエネルギーを消費するが、今この状況を切り抜けるにはそれしかないと、エリィは思っていたのだ。

「ガースト君の機体がアルバトスに収納すればネルソンとスバキさんに連絡してここから脱出するわ!これ以上あのMSの群れを相手にする理由は無いから!」

エリィの言葉を聞き、ガーストは右手の親指を立て、言った。

「全く持って、その通りですね!」

「よし、じゃあ作戦決行!」

と、エリィは敬礼をした後でハイエッジカスタムに対する無線を切った。

 この直後、エリィは左腕をバッと差し出し、ブリッジ内のクルーに対して言った。

「プラズマカノン、準備スタンバイ!お願いします!」

「え、あれはまだ発射した事無いのでは……?」

アルバトスのプラズマカノンはまだ展開すらしたことがない。しかし、艦長のエリィはそれを展開するように命じた。困惑するクルー達。その中で、エリィが言った。

「これは試射を踏まえての攻撃です!この状況を打開する策としてこれを採用します!」

「りょ、了解!」

エリィの命令に従うクルー達。彼等が一斉にコンピュータを操作した直後、アルバトスの艦首部分から巨大な砲門が出現した。それは角度を変え、下方に向けられる。照準は火星の魔物の大群。これらを一掃する事で、ガーストはアルバトスに帰還する事が出来る。邪魔をする者がいなくなるからだ。

 しかしこれを撃つ際、ガーストのハイエッジカスタムは離れなくてはいけない。何故なら、プラズマカノンの発射による風圧がハイエッジカスタムの手部にいるジャンヌとレイを吹き飛ばしてしまう可能性があったからだ。その為、一度ガーストはアルバトスから離れる事になった。

事情を知らない二人は、ガーストが何故このような行動を取るのかが分からないでいた。

「え……どうして離れていくんだろう……?」

「ガーストには何か考えがあるのかも知れませんわね。今、私達には何も出来ません。彼に委ねるしか……」

「ガーストさんを、信じる……」

火星の魔物の猛攻により、アルバトスに接近できないハイエッジカスタム。そして、アルバトスは高出力のプラズマカノンの試射を兼ね、火星の魔物の大群に向けて発射しようとしている。その間もガーストのハイエッジカスタムに火星の魔物がミサイルを展開して迫る。これらの攻撃をビームニードルを展開する事で撃破し、プラズマカノンの発射まで時間を稼いでいた。

 

「エネルギー充填完了!」

「発射、いつでもいけます!」

プラズマカノンは、今まさに発射されようとしていた。ブリッジ内のこれらの声を聞いた後に、エリィは目をしっかりと開け、大きく口を開き、言った。

「発射ぁ!!!」

彼女の声と共に、アルバトスの艦首にある砲口にエネルギーが救出される。そして――

 

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

 

プラズマカノンが、火星の大地に向けて放たれる。その先にいるのは火星の魔物の大群だ。この一撃により、直線上にいた火星の魔物はほぼ全てが消滅。これにより、ガーストの邪魔をする火星の魔物はいなくなった。

 それを見計らったガーストは一気にアルバトスに近付く。そして、ハイエッジカスタムの手部にいたレイはアルバトスのプラズマカノンを見て、ただ唖然としていた。

「凄い……あのMSが大量に……」

そのようなレイとは対照的に、ジャンヌは笑顔だった。その笑顔は、無事に帰還する事が出来る、嬉しさによるものである。

「エリィさんに感謝をしなければなりませんわね。あの砲撃がなければガーストはアルバトスに接近する事が出来なかったでしょう。恐らくは……」

彼女の言葉を聞き、レイははっと思いついたような表情を浮かべた。

「ああ!だから一度離れたんですね!僕達を考慮してくれて……!」

「ええ……あれ程の出力を持つ兵器を使うのです。その風圧は恐らく、相当なものと推測されます。」

ハイエッジカスタムの手部で、両者は胸を撫で下ろす。

 

 そしてガーストは火星の魔物に邪魔をされる事無くアルバトスへ近付いた。その間、火星の魔物が邪魔をする様子はない。彼は無事、ジャンヌ達をMSデッキまで送り届ける事が出来たのだ。ハイエッジカスタムの収納が確認された後、エリィは急いでネルソンとスバキに連絡を取る。二人の救出が確認出来たことで、彼等はこれ以上火星の魔物と戦う必要が無くなった。ネルソンの駆るハルッグはすぐに変形し、スバキに対して戻るように言った。だが――

「うらぁぁ!」

スバキは聞く耳を持たない。アインスのシールド型拡散メガビーム砲を所構わず火星の魔物に対して撃ち続ける。ネルソンは彼女に必死に声を掛けるも、スバキの耳には届かない。

「チッ……手段は選んでいられないか……!」

今はこの場所からの脱出する事を考えるしかない……そう考えたネルソンは、ハルッグをアインスの方向に向かわせる……と同時に、ロングビームライフルを突如アインスに向けて発射し始めたのだ。

「なっ!?」

迫る一筋の熱源に反応したスバキは、すぐに避ける。幸いそれはアインスに直接向けられたものではなく、あくまでも威嚇射撃だった。

「お前!何考えて!?」

「君が無意味に暴れると言うのなら、私も容赦しない。今は一刻を争う状況なのに。君はその邪魔をしている者と見做し、更に攻撃を加える。撤退するか、そのまま無意味にこの大群の相手をするか、選べ。」

スバキは操縦桿を思い切り握った。確かに、自分は自棄ともいえる行動を起こしている。それは、許されるべき事ではない。しかし彼女は混乱している。それはエレンがレイに先に告白をしたから。自分が先に告白すれば良かったのに、先を越されてしまったから。自分から行動を起こさなかったから……その悔しさが、今の彼女を動かしていたのだ。

 だからこそ、彼女は攻撃を続けていた。しかしネルソンに強制的に止められることで、彼女は動きを止めたのだ。

「撤退……するよ……クゥゥッ!」

自棄になり、暴れたい気持ちが大きい。しかしそれをすれば自分が味方に墜とされてしまう可能性がある。それを考え、スバキは操縦桿を思い切り握り、アインスのバーニアを展開してこの場から去った。その間も火星の魔物からの妨害があったが、アルバトスのプラズマカノンによって大半を殲滅した為、数の多さで妨害される事は無い。

 

 

 

 やがて全機体がアルバトスに収納されたのを確認したエリィはすぐに火星から離れるように指示。艦後部のバーニアが出力を上げ、紅に染まる大地を後にした。広大に荒れ地が広がるこの地を、誰もが振り返る事は無かった。

 アルバトスは火星ではマスドライバーを使わずとも大気圏を離脱する事が出来た。と言うのも、火星は地球に比べて重力が小さい。その比率は凡そ1/3とされている。それ故に、マスドライバーといった装置を使わずともアルバトスのバーニアの出力のみで、火星の大気圏の離脱を行う事が出来るである。

 その時、無数の火星の魔物は一斉にモノアイの輝きを失い、それぞれが動かなくなった。しかしアルバトスは既に火星から逃げた後。戦ったネルソン達はこの光景に気付く筈がない。

 

 

 

「……逃げられたか……」

施設内で長時間火星の魔物を支配していたエファンの瞳の虹彩部が元の色である、ブラウンに戻っていた。それと同時に、彼は頭を抱えた。

「チッ……流石に機体を脳波だけで大量に操るのは負担が大きいか……」

EVEシステムの意思を継いでいる彼は火星の魔物を操り、ネルソン、スバキ、ガーストを苦しめた。

しかし彼はあくまでもEVEシステムの意思を継いでいるだけ。脳の大きさはオリジナルのEVEシステム程大きくない。従って、無数の火星の魔物を操るのに脳に負担が掛かり過ぎるのだ。その為、彼は頭を痛めた。火星の魔物を操るという情報処理に限界があった為だ。

「……来たか。」

彼がEVEシステムの中枢の前で腕を組みながら、崩壊した天井を見た。最初は火星の空がエファンの目に映っていたが、やがてそこへ一機のMSが近付いてきた。新生連邦のMSであるディーストが、この場に現れたのだ。

「ご無事ですか、少佐!」

ディーストに乗っていたのはクラリスだった。エファンがこの場所にいる事を知っていた彼はディーストを駆り、エファンを迎えに来たのだ。

 クラリスの駆るディーストは、一隻のヴィッシュ級から発進されたものだった。このヴィッシュ級はアルバトスと同様、外部パーツを装着している。故に、高速移動が可能となっているのだ。

「お前達を呼んでおいて正解だったな。まあ、こうなる事を想定した上だったのだが……唯一、ジャンヌ・アステルとレイ・キレスを逃がしたのは誠に残念ではあるが。」

エファンはダリオンに呼ばれた時、クラリス等に火星に来るように事前に伝えていたのだ。この男は最初からダリオンとジャンヌとレイをこの火星の地で殺す気でいた。 

結果、ダリオンだけがエファンによって殺されたがジャンヌとレイは生き残った。彼にとってそれが誤算だったが、本人は然程悔しさを感じていない。寧ろ、自身の母とも言える存在に会えた事もあってか、喜びを感じていたのだ。

 

 それから、ディーストの手部に乗ったエファンはそのままヴィッシュ級に乗り込んだ。ブリッジに戻って来たエファンを、クルーの誰もが歓迎した。それ程に彼は支持されているという事である。

「ご無事で何よりです、少佐!」

「少佐は新生連邦の要ですから、もし何かがあったと思うと……」

これらの台詞を聞き、エファンは笑みを浮かべながら艦長席に座り、口を開く。

「ここに来て、自分のやるべき事の再確認が出来た。さて、戻るか。本隊に合流しなければな。艦を発進しろ。」

エファンは笑みを浮かべ、言った。この言葉を聞いた操舵士は艦のバーニアの出力を最大出力で展開した。これにより、ヴィッシュ級は火星の大気圏を離脱していく。

 その間、エファンは静かに考え事をしていた。

(もし私が実力も何もない人間ならば見捨てられていただろう。人は自分の弱点を棚に上げ、相手の短所、弱みを見つける事に関して優れる存在が多い。そしてそれを批判し、愉悦に浸る。しかし長所が目立つ人間ならば話は別だ。それは尊敬され、称えられるであろう。今の私がまさにそれだ。しかしその人間の数が多ければ多い程面倒になりかねない。)

火星にあったEVEシステムの施設での出来事を経て、彼は自分自身の目的を再確認していたのである。今、彼がするべき事。それはシンギュラルタイプ、アドバンスドタイプ等の力を持つ人間の抹殺。  

しかし今の彼はそれらとは別の事を考えていた。今彼が考えているのは〝人類の数〟についてである。

(人類を支配する。その為には今の新生連邦にある要塞エレシュキガル。これを利用すれば……)

と、エファンは再び笑みを浮かべた。周りから見てこの光景は奇妙に見えてしまう。その為、心配をした兵士が声を掛けた。

「少佐、どうかされましたか?」

「特に。何も。」

兵士に対し、睨むようにエファンは言った。それに恐怖を抱いた兵士はエファンから目を逸らした。

 EVEシステムの意思を継ぐアドバンスドタイプである男、エファン・ドゥーリア。火星に来てその目的を再確認した彼は、再び新生連邦の本隊と合流する。地球圏に帰還して来て、この男は次なる行動を取ろうと計画を企てていたのである。

 

 

 

 一連の出来事があった後。アルバトスは火星から大きく離れ、地球圏に向けて航行をしていた。この間にネルソンはレイから人工心臓を受け取り、緊急で手術を行った。 

しかし心臓の移植手術という事もあり、長時間を要した。火星の魔物のとの戦闘で疲弊しきっていたネルソンだったが、一刻を争う事態に、休息等取っていられない。

 手術室の前にて、レイとジャンヌとガーストはアレンの無事を祈りながら、会話をしていた。会話の内容は、エファン・ドゥーリアについてである。

「レイ、あの時エファンが話していた言葉を覚えていますか?」

「え……何の事ですか……あの時はあの人が機械から作り出されたってことしか分からなくて……」

無理も無かった。レイはエファンの正体を知り、ただ困惑し続けていたのだ。その中での台詞を覚える等、彼にとって難しいものだった。

「あの時……エファンはこう言いました。〝人類を一つにする〟と。」

「え?そんな事……言ってた……ような……」

レイはかすかに覚えているようだった。困惑する中でエファンが述べた台詞。ジャンヌに言われ、レイは思い出そうとしていた。

 

――――――――――――――やがて人類を一つにする―――――――――――――――

 

「あ……」

「思い出しましたか、レイ。」

「はい……」

エファンの台詞を思い出したレイ。これについて、ジャンヌは口を開いた。

「火星で明らかになった事。それは、エファン・ドゥーリアがEVEシステムの意思を継ぐ者として存在している、最後のアドバンスドタイプであるという事。そしてその目的は私達のような力を持つ者の抹殺。その中でもう一つ気になった台詞があります。」

レイは、目を何度か瞬きさせながら、言った。

「それが、人類を一つにするっていう……」

「そうですわ。この台詞により、彼の目的が一層分からなくなりました……」

力を持つ人間の抹殺と、人類を一つにする。これらが関連する事は何なのか?明らかになった事実と、新たに出現した疑問。エファン・ドゥーリアという男の真の目的が分からない彼等。

 以前にもエファンは“人類の頂点”という単語をスルース・ディアンに対して話していた。しかし、それらを加味してもエファンの目的は謎のままだ。

 

―――――――――――お前の中に、EVEが居る事が憎くすら感じるよ――――――――

 

そして、彼がカプセルを抱えている時に男が発したこの言葉の意味とは、一体……?

「でも……エファンさんは今火星にいます。もう、僕達の前に現れる事は多分、ないと思います……」

疑問を抱きつつも、あの男の事を忘れたいと思うレイは、まるで男を否定するかのように話題を変えた。

「そうであって、欲しいですわね……」

彼等は、エファンは火星に残り、そのまま居続けているものだと思い込んでいたのだ。彼等は知らなかった。エファンが火星を既に後にしている事を。つまり、ジャンヌの願望は儚くも消えてしまう事となる。

「今はアレンの無事を祈りましょう……私達に出来るのは、それだけですわ……」

「はい……」

謎は残った。しかし、彼等は無事に人工心臓を届ける事が出来、ネルソンも手術をする事が出来た。本来の目的を果たせたのだから、結果的には何の問題も無かった。

(火星で……何が起こったんだろうな……)

その隣で静かにレイとジャンヌの会話を聞いていたガーストは、両者の間に口を挟む事無く、ただ黙っていた。彼もアレンの無事を祈っており、目を覚ます事を切に願っていたのである。

 

ウィィィィン

 

その時、手術室から白衣のネルソンが姿を見せた。手術用のマスクを着用し、先程まで手術をしていたと言う風格が現れている。

「ネルソンさ――」

「アレンは!?アレンは無事なんですか!?」

レイが聞こうとした時、ガーストが真っ先にネルソンの元に走り、聞いた。

「心臓は適合した。時期、目を覚ますだろう……」

と、ネルソンは急に眠気に襲われた。その為、身体のバランスを崩し、その場で倒れ込む。ガーストは彼の身体を支え、倒れるのを防いだ。

「すまない……少し……休ませてくれ……あと……いきなり彼の部屋に押しかけるな……驚かせるのは病み上がりの本人の負担になる……」

「本当に、お疲れ様でした……」

ガーストはそう言ってネルソンの肩を持ち、彼を寝かせる為にこの場から移動した。残ったレイとジャンヌは一刻も早くアレンに会いたい気持ちがあったが、ネルソンの言葉に従い、一度この場から離れる事になった。

 

 

 

「ココット……俺は……このままでも幸せだ……」

心臓の移植に成功したアレン。しかし彼は意識を回復していない。今彼の精神は別の場所にあった。彼が意識を失ってからいる、白い光に包まれた空間に彼の意識は有り続けていた。そこでアレンはココットを抱き締め続けている。ただ、彼女の、人間としての温もりを感じないまま。

『アレン』

すると、ココットは抱き締めるアレンの手を掴み、離した。急な出来事に動揺するアレン。

「ココット……いきなりどうしたんだ……?」

『ごめんね、アレン。貴方にはまだやるべき事が残ってる。だからアレンとこれ以上抱き合う事は出来ない。温もりを感じなかったのはその為なんだよ。』

「な……突然何を言ってるんだ!?」

ココットの突然の言葉に動揺するアレン。そんな彼の心境とは別に、ココットは笑顔で彼を見つめていた。

『もしアレンが本当に死んでいたなら感じられたかも知れない。でもね、アレンは生きているよ。だって、みんなが頑張ってくれたから。アレンを助け出す為に、一生懸命。』

「何の話を?俺は死んだ筈なんだ……それでココットに会えた!それでいい……俺には、ココットさえいれば……」

白い光の世界の中で、アレンはココットの事だけを考え続けていた。彼女が死んで以来、感情を押し殺し続けたアレン。だがエファンの言葉によって彼は怒り狂い、その結果意識を失った。そして生死を彷徨う結果となった。そこで出会った、ココット・メルリーゼ。彼は自分が死んだから、死んだはずのココットに出会う事が出来たのだと思っていた。

『それは違うよ、アレン。』

「違うって、何が!?」

『私ばかりに囚われ過ぎているんだよ。それで暴走しちゃったんだよね。』

全てを知っているかのような口ぶり。ココットの言葉を聞き、アレンは彼女から目を逸らした。

『アレンが私の事を想ってくれるのは本当に嬉しいよ。でも、それだけかな?アレンの優しさや心強さは、私にしか見せないの?』

「それは、どう言う意味……?」

次々と語るココット。最愛の人間によって語られる言葉は、アレンの心を動かす。

『アレンを想ってくれる人は沢山いるよ?それは私だけじゃない。ジャンヌさんとか、ガースト君とか……皆、アレンの事を心配してる。でも今のアレンは私の事だけ考えてる。それに、固執し過ぎている。』

「それは……でも、ココットは俺の支えだったから!」

あくまでもココットは自分の支えだと言い張るアレン。それを聞き、ココットの表情は険しいものになった。

『それでいつまでもここに居るつもりなの?心配してくれている、その上命懸けで助けてくれているみんなを無視して?そのつもりならいくら私を抱き締めても何も感じないよ。ただ、空しいだけだよ。』

ココットの言葉はアレンに突き刺さる。まるで、付き離されたような感覚……今のアレンは、そのような感情に支配されている。

「空しい……?そんな事……」

『アレン、温もりを感じないで人を抱き締めてどうなるの?暖かさを感じないままこんな事をしても……辛いし、悲しいだけ。』

ココットが死んでから、彼は誰にも心を開いていない。ジャンヌに少しだけ本音を漏らしたぐらいだ。それ以外では、多くの人間に対して冷たくあしらってきた。

 全ては彼女が死んだから。最愛の人間がいなくなったから。しかし、今彼はその最愛の人間に諭されている。自分に囚われるのはやめろ……彼女は、そう言っているのだ。

『私も自分の事しか考えてなかった。アレンに好かれたい、役に立ちたいって気持ちで一杯だったんだ。だって、アレンは私にとって、かけがえの無い、支えだったから。なくてはならない存在。それがアレンだったから。』

彼女は真意を話す。自分もアレンを頼りにしていたと言う事を。

『でも、違うんだよ。本当に大切なのはたった一人の人間を支えにする事じゃない。生きていく中での、多くの人達……その人達と関係を築いて行って、それを支えにする。仲間の存在が大切だから……』

「仲間の存在……?」

ココットから語られる、〝仲間〟の言葉。彼女はアレンに、その大切さを語っている。

『人間ってね、生きている内に色々な人に出会うよね。その中で私はアレンを好きになった。好きになって、添い遂げたいと思う人間とは長い付き合いになると思う。けどね、それだけが人間じゃないよ。他にも、沢山の友達とか仲間がいてこそ、人間っているんだと思う。ねえアレン。アレンの人間関係は私だけなのかな?』

「俺の……人間関係……?」

自分自身の事を振り返るアレン。デウス動乱以前は地球連邦軍の一部体の人間として活躍し、デウス動乱の英雄とまで言われる程の戦績を上げた。戦後はワートン・ディアラによって救出され、それからエリィと一時的に行動。やがてジャンヌと出会う。それから日本でココットと運命の再会を果たし、以降は平和の為にジャンヌらと戦い続けた。

 そこで彼が思い出したのは、ジャンヌ達という、かけがえの無い仲間の存在だった。

『この空間にアレンが来た時はね、最初は嬉しかった。でも今は違う。アレンはまだやらなきゃならない事があるよ。アレンを想ってくれる、仲間達と一緒にね。』

アレンの仲間……それはジャンヌにはじまり、ガーストにレイ、エリィやネルソン等……これらの人間達が彼の周りにはいる。彼等はかけがえの無い、大切な仲間だ。

「俺には……仲間が……いる……」

『アレンの心の支えは私だけじゃないよ。アレン自身は気付いていないだろうけど、皆はアレンの為に命を掛けて助け出そうとしていたんだよ。』

この空間にいるココットは、ジャンヌとレイが火星に行き、そこで人工心臓を手に入れた事を知っていた。それを聞き、アレンは驚愕する。

「皆が……助けて……くれたのか……俺を……?」

『アレンを助けた理由……それは、大事な仲間だから。みんなアレンの事を想ってるし、支えにしているんだよ。アレンが私を支えにしてくれているようにね。』

ココットは笑顔で言った。それに対しアレンはただ、困惑する。最愛の人間から語られる言葉の一つ一つがアレンに突き刺さった。ココットはアレンを突き放した訳ではない。今はここにいるべきではないと彼に説得しているのだ。

「俺は……どうすれば……」

彼の言葉に、ココットは笑顔で答えた。

『ここから出れば良いんだよ。今のアレンならそれが出来る筈だから。貴方にはまだ、しなければならない事があるから……生きて“役目”を果たさないと行けないから……』

「え……出るって……あ……あれ……?」

その時、自分の身体が光に包まれていくのを感じたアレンはそれに驚愕した。それを見ても、ココットはただ優しく笑い続けるだけ。

『頑張って……アレン。私はいつでも側にいるから……』

「ココット!!」

アレンの言葉がその空間に響いた――その時だった。

 突如視界が暗くなったのだ。何も見えず、暗闇だけが広がる。ココットの優しい笑みはそこにはない。どこまでも続く暗闇……今、彼はそこにいた。

「暗闇……見えない……ココットは……どこ……」

光の空間から突如暗闇に切り替わった事で、アレンは不安に襲われた。どこなのか分からない場所で、彼は困惑し、苦悩している。

「っ……この感じは……?」

すると、目に違和感を覚え始めた。だがその違和感は決して不快なものではない。まるで、彼を迎い入れるような優しさがあったのだ。そして、その違和感は強烈な刺激となって、アレンを迎えたのである。

 

 

 

「光……が……ここは……?」

違和感を覚えていたアレンは、光眩しい部屋で、手術着のまま横たわっていた。薄く開いていた瞼がやがて見開かれ、パチパチと瞳を瞬きし、やがて見開く。

「薬とかが置いてる……それに俺は……点滴をしてる……?ここは、医務室なのか……?」

周囲に置かれている医療道具を見て、彼は今、自分がいる場所を把握した。紛れもなく、そこは医務室と言えた。

「身体が……重い……」

点滴をしている上、数日間意識がなかったアレンにとって身体を動かす事は並みの人間以上に厳しいものがあった。今はただ、安静にしていよう……と、彼は思っていた。

 

ウィィィィン

 

その時、医務室の入り口の自動ドアが開かれる。そこから入って来たのは、彼を手術しなネルソンだった。医務室内の監視カメラで様子を見ていたネルソンは、アレンが起きたのを確認し、部屋に入って来たのである。

「目を覚ましたな、アレン。」

「あ……ね、ネルソンさん……」

「君に会いたがっている人間は沢山いるが、いきなり押しかけるのは止めるように言っている。具合を確かめる為に私が先に入って来た。」

ネルソンの存在を確認したアレンは、ここが自分の知っている場所である事を再確認した。自分が知る人間がいる事が、これ程に安心に繋がると言う事をアレンは実感していた。

「君はずっと生死を彷徨っていた。というのも、君の心臓は疲弊しきっていたからだ。そして、そのまま放置していれば君は死んでいた。」

「死んでいた……俺が……」

ネルソンの言葉を聞き、アレンはココットがいた白い空間を思い出す。「だがジャンヌ嬢やレイが君の為に適合できる人工心臓を探しに、火星まで向かったのだ。様々な困難があったが、無事に人工心臓を取り戻し、私が手術を行い、君はこうして目を覚ました。正直、こんなに早く目を覚ますとは思わなかったが。」

一連の出来事を語るネルソン。この言葉を聞き、アレンは白く光る世界の中でココットが言っていた台詞を思い出した。

 

――――――――皆はアレンの為に命を掛けて助け出そうとしていたんだよ――――――

 

「それって……俺の為に皆が……?というか、火星って……?」

「火星に関しては詳しい話はジャンヌ嬢とレイから聞くと良い。早い話が、君を助ける為に皆が尽力した。その結果、君は目を覚ました。そう言う事だ。」

自分の感情が暴走した為に彼は意識を失い、生死を彷徨った。その際に彼が見た白い光の空間は、現実から意識が失われた事により見せられた幻だったのかも知れない。だが、そこで彼がココットと話を交わしたのは事実だ。だからこそ、彼はココットの言葉を思い出す事が出来た。

(ココットのあの台詞……あれはこの事を言っていたんだ……ココット……俺の為に……死んでからも……伝えてくれてたなんて……)

亡き人間である筈のココットから伝えられた言葉を思い出し、アレンは涙を流した。そして、自分が如何に自分勝手で愚かな行動を起こしたのかを反省した。

「ありがとう……ございます……皆が……頑張ってくれて……俺を……」

「君は自分が思っている以上に慕われている。それを忘れないで欲しい。」

ネルソンの言葉がアレンの涙を加速させた。ココットの事ばかりを考え、それをただ心の支えとしていたアレンだったが、この一連の出来事により、彼の考えは変わろうとしていた。

「……さて、そろそろ身体も起きてきただろう。入っていいぞ。」

と、ネルソンが口を開いたその時――

 

ウィィィィン

 

再び、ドアの開く音がした――とアレンが感じた時、彼はジャンヌの姿を見た。彼の眼に映ったジャンヌの顔は、彼が暴走する以前に見せた悲しげな表情と大きく異なり、優しい表情だった。

 そして、ジャンヌはアレンに対し、言った。

「アレン!!!」

そう言って、ジャンヌはアレンの両手を思い切り握った。その手を自身の頬に当て、彼の体温を感じ取った。

「ああ、アレン……本当に、良かった……」

ジャンヌは涙を流した。その涙は彼の手に伝わり、アレンはジャンヌの涙の暖かさを手から感じ取っていた。

「ジャンヌ……」

「よく、ご無事で……本当に、どうなるかと……思っていましたから……」

ジャンヌは涙を流しながら笑みを浮かべた。この優しい笑みに対し、アレンを笑み返す。

「ジャンヌ……俺の為に、頑張ってくれたって……ネルソンさんから聞いたよ……

それと……レイも……俺の為に……」

「ええ……」

ジャンヌがぎゅっとアレンの手を握り締め続ける。まるで、もう離れたくないと言わんばかりに彼の手を、しっかりと。

「アレンさん!」

と、次にレイが姿を見せ、アレンの元に駆けつけた。レイと同時に、ガーストやエリィ、そしてミシェがアレンの前に姿を見せた。

「心配掛けやがってお前!」

ガーストがアレンの頭をポンと叩いた。デウス動乱からの戦友である彼等。その絆は非常に固く、強靭であった。

「ガースト。ごめん、迷惑を掛けたね……」

「その言葉遣い!良かった、お前アレンだ!宇宙に上がってからのお前はお前じゃないみたいだったから!」

ココットが死んでから感情を殺していたアレンはクルー達に冷たい対応をしていた。だが今のアレンにその時の冷たい感情はない。以前のように、優しい感情を、この時のクルー達は感じ取っていたのである。

「アレンさん!僕……本当に……良かったって……思ってますから……」

「レイ……」

次に声を掛けたのはレイである。

アレンとレイ。この両者が出会ったのはセイントバードがエジプトのアレキサンドリアに停泊していた時。そこで不思議な感覚に誘われるように街中を歩いている時に襲われていたレイをアレンが助けた事がきっかけだった。

以後、彼等は一時的に共に行動し、そして別行動を取って行く。その最中、アレンの行動に疑問を抱いたレイはアレンを敵視するようになっていた。次第に両者の溝は深くなって行き、敵対するまでに至った。だがダーウィンでの決戦を経て、両者の溝は埋まっていく。それから現在に至り、彼等は協力する関係になっていたのである。

「せっかく、わざわざ宇宙に上がって来たのに……冷たくあしらって……苦労してきたのに……ごめんな……レイ。」

「良いんです!アレンさんが無事なら……それで!」

レイは、動くアレンの姿を見て感激していた。下手をすれば死んでいた可能性のある人間が生きている姿を見るのはレイにとって嬉しくてたまらない。と言うのも、彼はリルムの姉であるヒューナの死を目の当たりにしており、そのショックも相まってか、アレンが生きている事に一層の感銘を受けていたのである。

「頑張ってくれたんだって……聞いてるよ。ジャンヌと一緒に。」

「はい!命懸けだったんですからね!」

レイもジャンヌと同様に涙を流した。人の為に涙を流し、喜ぶ事が出来るレイ。彼の優しさは、目覚めたばかりのアレンを安心させた。

「アレン君……良かったよ、本当に……」

次にアレンに声を掛けたのはエリィだ。彼女とアレンの付き合いは長い。彼等はデウス動乱時に共に戦った。そして戦後になり、再会した。

「俺……迷惑掛けて……ごめんなさい……」

アレンはエリィの顔を見て、謝る。エリィは首を横に振り、言った。

「ううん、いいんだよ。もし許していなかったら、皆こうしてこの部屋に来ないでしょ?皆がここにいるって事は、アレン君を許しているってことだからね。」

「俺を……許す……」

アレンがそう言葉を発した後、ジャンヌは涙を拭う。そして、アレンの顔を見て言った。

「そうですわ。貴方を心配して、皆がここに集まったのです……貴方の為に、皆が……」

アレンの中で、ジャンヌの言葉が響いた。自分は一人ではない。仲間がいてくれる。自分の感情の暴走によって戦場を混乱させたにも関わらず、皆がこうして温かく迎えてくれる。彼はこの時、自分が余りに身勝手である事を再認識させられた。ココットが死んだ。それによって自分は感情を殺し続けた。その為に自分は周りに迷惑を掛けた。それでも慕ってくれる皆の優しさに、彼は支えられた。そして感じたのである。自分は、一人ではないのだと。

(ココット……俺は……皆と一緒に生きる……もう、怒らない。悲しみもしない……だから……)

彼は、心の中でこの場にいないココットに誓った。もしかすれば、どこかで見守ってくれているのではないか……と、彼は思っていたのだ。

「さて、アレン。血圧、脈拍、呼吸状態に特に大きな問題は認めないが、君は暫く安静にしていた方が良い。アルバトスは今地球圏に向かっている。そこでシュネルギアと合流し、今後の予定を決めていくつもりだ――」

と、ネルソンが言った時だった。

「艦長、急いでブリッジに戻って来て下さい!ジェッパー代表から連絡が入っています!」

突如、インクの声が医務室に流れた。〝急いで〟と言葉があった為、エリィはその場から走って去っていく。と、同時にジャンヌもエリィに着いて行くようにこの部屋から去っていく。

「アレン、また後程……」

そう言いながら彼女は去って行った。アレンが生きていたと言う感動も束の間、何が起きているのだろうか――と、この場にいた者達は疑問を感じていた。

 

 

 

 地球圏に近付いて来た事で、アルバトスはシュネルギアにいたギアからの連絡を受け取る事が出来た。火星と地球圏は距離が有り過ぎる。故に、連絡を取る手段など、無いと言えたのだ。

「ご無事で何よりです、代表。」

と、エリィが回線を開いた。ウインドウにはギアの姿が映っている。

「その様子だとアレン・レインドの救出には成功したみたいだね。」

「はい!」

と、エリィははっきりと声を出して言った。

「それは良かった……のだが、こちらも大変な状況になっている。以前から出現していた新生連邦軍の機動要塞が数日前に国連の大艦隊に壊滅的なダメージを与えた。機動要塞に搭載されていた巨大な主砲が展開されたのだ。」

「え……それって!?」

新生連邦の機動要塞、エレシュキガル。それが国連に牙を剥いたのだ。正確には、国連がエレシュキガルに攻撃を加えようとした所を新生連邦が返り討ちにしたに過ぎないのだが。それでも、新生連邦が艦隊を壊滅させる事が出来る程の兵器を所持している事に変わりない。

 エリィが困惑している時、彼女の後ろにいたジャンヌが代わりに応答した。

「あの要塞が、国連に砲撃を……?」

「無事だったか、ジャンヌ嬢。先程エリィ艦長に言ったが、新生連邦はとんでもない要塞を持っているようだ。恐らく、あれが彼等の切り札……放っておけば壊滅的な被害を受ける可能性がある。あの要塞は放って置く訳には行かない。私はそう思う。」

エレシュキガルの真の姿に恐怖を抱いたのは国連だけではない。周辺にいたデウス帝国残党軍を始め、FPBもこの兵器を脅威だと感じていたのだ。

「それに、もっと悪い知らせだ。この要塞の主砲を脅威に感じたのだろうか、国連とデウス残党軍がその要塞の周辺に艦隊を展開している。恐らく、彼等はその要塞を攻撃する気でいるだろう。」

「そんな……」

アレンが生きていたことで安心し切っていたジャンヌにとって、これは凶報だった。新生連邦の要塞により、新たなる戦争が勃発しようとしていたのである。そして、この要塞は国連の艦隊に、一度壊滅的なダメージを与えている。この戦争が勃発すれば、国連やデウス残党は下手をすれば壊滅してしまう可能性があった。つまり、甚大な被害が出る可能性があったのである。

「だから一刻も早く合流する必要がある。出来るだけ急いで戻って来て欲しい。あの要塞は危険だ。だが今のシュネルギアだけではどうしようもない……」

「ええ、分かりました。」

「合流ポイントの座標を送る。そこで合流しよう。」

そしてギアからの連絡が切れた。その直後、ギアが言っていたように、合流地点のポインタがレーダーに点滅している。この場所から遥かに離れている場所だが、アルバトスの航行能力からして、決して行けない距離ではない。

「私達が火星に行っている間にそんな事が起こっていたなんて……」

「もし……これらの勢力が一斉に衝突する事となり、勝者が決まるまで殺し合う事となれば……それは最終決戦が始まると言う事になりますわ……」

「最終決戦!?」

新生連邦の切り札であるエレシュキガルに対し、国連とデウス残党が艦隊を展開するという事態……ジャンヌの言うように、これは最終決戦と言っても過言では無かった。エレシュキガルを失えば新生連邦は敗北濃厚となる。一方で、ネェルガルキャノンを駆使すれば国連やデウス残党を蹴散らす事も出来る。

「エリィさん、急いでアルバトスとシュネルギアを合流する必要がありますわ。今は時間が一秒でも惜しいです。」

ジャンヌはエリィに艦を急がせるように指令を下すように言った。言われるまま、エリィは操舵士のスラッグにアルバトスの後方バーニアの出力を更に上げるように指示した。

「……一度、皆さんを集めましょう。ジェッパー氏と合流する前に、この事を伝えなければ。」

「そうですね……もし、ジャンヌさんの言うように最終決戦が始まるのなら……私達も急がなきゃならないから……」

ジャンヌの提案により、アレン以外のアルバトス内にいるクルー達が全員ブリッジに集められる事となった。アレンはまだ病み上がりだ。その為、無理に動かす訳には行かなかったのである。それに、ジャンヌは彼をもうブライティスに乗せる気は無かった。アレンにはもうMSに乗って欲しくない……そう思っていたからだ。

 

 

 

 やがてクルー達が集められた。ジャンヌがブリッジの中央に立ち、彼等に説明を行う。

「先程、ギア・ジェッパー代表から連絡がありました。新生連邦の要塞が、国連の艦隊を壊滅させたという事、そして……その要塞を攻略しようと国連、デウス残党軍が艦隊を展開しているという事……」

「なんだと……!?」

ネルソンが口を開いた。

「つまり、新生連邦と国連とデウス残党が戦争するってことか!?」

ガーストがジャンヌに言った。ジャンヌは静かに、首を縦に振った。

「それも……恐らくは今までの比にならない規模の戦争となるでしょう。あの要塞が新生連邦の切り札とすれば、あれを失えば新生連邦は事実上の敗北と見なしても良いでしょう。ですが、一方で国連は一度要塞からの主砲によって艦隊が壊滅的な被害を受けています。次に主砲を受ければ国連が敗北する可能性が高いですわ。」

互いに負けられない戦争が始まるのだろうと、ガーストは思った。が、彼はこの時疑問も述べた。

「じゃあ……さ、デウスはどうなってるんだ?あいつらも要塞を攻略する気なのかよ?」

「恐らく、新生連邦と国連の潰し合いの所を、狙ってくる可能性がありますわね……」

新生連邦は短期決戦の目的でエレシュキガルを投入し、国連はそれを破壊して新生連邦との決着、そしてデウス残党はこれらに対する漁夫の利を得ようとしている。

「そんな事が起きたら……壮絶な事になりますよ……こんな戦争が起ころうとしてるなんて……」

レイの表情の雲行きが怪しい。その状態の彼に対し、ジャンヌが言った。

「だから私達は急がなければならないのです。全ては、新生連邦の要塞が元凶だと考えます。あの要塞の為に、三大勢力が衝突しようとしているのですから。」

エレシュキガルがあるから、戦争が起こる。この機動要塞を巡り、様々な勢力が動いている。ジャンヌが言っていた、〝最終決戦〟。その開戦の時は、近い。

「詳しい事はシュネルギアと合流してから……と、ジェッパー代表は仰せれておりました――」

と、ジャンヌが言葉を言い終えようとした時だった。

「ジャンヌ様、後方に熱源確認!戦艦クラスの物と思われます!」

「戦艦……?」

アルバトスの後方に戦艦があると、FPBの兵士が言った。しかしその直後。

 

                 プチュンッ

 

突如、ブリッジのモニターに映像が映し出された。どこからかの無線の許可を得た訳でもない。それはあまりに突然だった。

 皆がモニターの方に注目する。そして、そこに映っていた人物の姿を見て驚愕した。

「え……!?」

「そんな……!」

レイとジャンヌが驚愕する、その人物。そこに映っていたのは、火星に残されているはずのエファンの姿だった。特徴的な赤毛のロングヘアーに、鋭い目つき。整った顔つき。それ等を見て、エファン・ドゥーリアであると確信した。

「無事に脱出できたようだな。ジャンヌ・アステルにレイ・キレス。そしてそこにいる全員。」

悠然とした様子で、まるで挑発するかのように回線を強制的に開いてきたエファン。この男の顔が映った瞬間、アルバトスのブリッジ内は緊迫した空気に包まれる。

エファンがいるヴィッシュ級は、アルバトスの後方に存在していた。アルバトスを見つけたエファンは、アルバトスに対して回線を開き、顔を出したのである。

「エファン……貴方は火星に残っていた筈では?」

ジャンヌの表情は、再び険しいものになる。彼女の険しい顔とは対照的に、エファンは腕を組み、余裕の笑みを浮かべている。

「残念だがお前達が思っている以上に私は慕われているようなのでな。私の部下が来てくれた。火星に、わざわざ。」

不気味とも言える彼の声色。それを聞き、ガーストはジャンヌに聞いた。

「なあ、ジャンヌ。こいつが……まさか、エファン・ドゥーリアって奴か?」

「ええ……彼です。アレンを暴走させた張本人。そして、ココットさんを殺した人間でもあります。」

憎しみを込めてジャンヌはエファンを否定した。彼女らしからぬ、他者を否定するような言動が目立った。

「こいつが!」

それを聞き、ガーストは握り拳を作る。アレンを一時的とはいえ瀕死に陥れた張本人がモニター越しにいるという事実。そう思うと、ガーストはこの男を殴りたい衝動に駆られた。彼はエファンの事をよく知らない。実際に交戦したこともない。しかしジャンヌやアレンが口にしていた事もあり、名前だけを知っていたのである。

「随分と人聞きの悪い事を言うなジャンヌ様。私はあくまでも力を持つ人間を抹殺しているに過ぎない。その目的は既に知っているだろう?」

〝ジャンヌ様〟という台詞も、彼の悪ふざけなのだろう。それが彼女を更に不快な思いにさせた。彼女だけでない。アルバトスのクルー達もこの男の台詞を不快に感じている。

「ジャンヌさん、私に代わって下さい。」

「え……?ええ……」

この艦の艦長である彼女が、ジャンヌの代わりにエファンに対し、喋ろうとしていた。それは責任者としての使命感がそうさせたのかも知れない。この男の存在によりクルー達の雰囲気が悪くなっていると察したエリィは、ただちにこの男との無線を切りたいと感じていた。しかしそれと同時に不安も感じていた。何故ならば、自分の言動によってこの男が攻撃を仕掛けてくる可能性もあったからだ。現在アルバトスに搭載されているのはハルッグとハイエッジカスタムとアインスガンダムとツヴァイガンダムのみ。ツヴァイガンダムは強力な機体であるのだが相手の戦力が見えない以上、下手な事を言ってしまうのは危険だと感じていた。

(下手をすれば攻撃をされるかも知れない……急がなければならない状況なのに、こんなのって……)

エリィは冷や汗を掻く。言葉を、必死に選択していたのだ。だが……

「エリィ・レイスか。私はお前達の艦に攻撃をする気は一切ない。」

「え!?」

エリィは知らなかった。エファンが、人の心を読む事が出来る人間である事を。彼等は、一度ダーウィンで有った事がある。しかしその時はエファンの圧倒的なプレッシャーに、ただエリィが翻弄されていただけだった。

 しかし今はあくまでもモニター越し。エリィは当時のこの男のプレッシャーを僅かに感じつつも、必死に口を開け、言った。

「だったら伺います!貴方がこの艦に回線を開いた理由は何ですか?只の冷やかしでしたら、こちらから通信を遮断させて頂きます!私達は今から急がなければならないんです!」

それを聞き、エファンは微笑しながら言った。

「簡単だ。いわゆる生存報告というやつだ。恐らくジャンヌ・アステルとレイ・キレスは私が火星に取り残されて安心しているだろうと思ったから、わざわざ伝えてやったまで。私が火星から出たと言う事をな。」

「その為に、わざわざ通信を……」

エファンがアルバトスに通信を入れた理由が、私情であることにエリィは困惑した。只の報告の為に新生連邦の艦が連絡を寄越してきたのだ。普通、そのような事で連絡を入れる指揮官など普通は存在しない。だがエファンはそれを行ったのである。

「ああ、あと急がなければならないと言う事だが、それは我々も一緒なのでな。お前達と交戦している余裕はない。まあ、そちらがこちらに攻撃を仕掛けるのならば話は変わるが。」

無論、交戦などしている余裕はない。エレシュキガル周辺で大規模な戦闘が起こるかも知れないのだ。それを放っておく訳にはいかなかった。

「私達は戦闘の意思はありません。このまま、行かせてもらいます。」

「そうか、懸命な判断だ。このような場所で争い合っていても仕方が無いと言うのは互いに分かっているという事だな。それぞれ目的がある。ならば、互いにその目的に尽力しなければならないだろうからな。」

エファンがそう言った直後、回線が切れた。結局火星から自分は戻って来たという事を伝える為だけに連絡を寄越してきたエファン。何故わざわざそのような事をするのか……それは、エファンが彼等にプレッシャーを与える為だ。EVEシステムの意思を継ぐ存在である彼がいることを知れば、それは強烈なプレッシャーになり得る。エファンはそれを分かった上でアルバトスに回線を繋いだのである。

「……今は急ぎましょう!全力前進!」

エリィはとにかく、艦を目標地点に向かわせる事を急いだ。それはエレシュキガルに向かう為であり、又、後方のヴィッシュ級からの万が一の攻撃から逃れる為でもあった。

 アルバトスのクルー達は動揺している。その中で、ジャンヌはエファンの言っていた〝目的〟に疑問を抱いていた。彼の目的は力を持つ人種の抹殺。ならばここで力を持つ人種が集まるアルバトスを沈める為に攻撃を加えてきてもおかしくない筈だと、思っていたのだ。

(彼には別の目的がある……それは人類の支配者になる事……?)

火星で語っていた、エファンの目的。ジャンヌはこの言葉がずっと気になっていたのだ。力を持つ人間の抹殺と人類の支配者になる事。これらが共通する事とは何なのか。見えぬエファンの野望に、彼女は一人、疑問を抱いていた。

 

 

 

 アルバトスとの通信を終えたエファンは悠然と艦長席で座っていた。彼の言っていた言葉を聞いていたクラリスは、エファンに疑問をぶつけた。

「少佐!こちらには戦力があります!どうして攻撃をしないのですか!?」

「今はエレシュキガルに向かう事が先決だと判断した為だ。それに、奴等もどの道エレシュキガルに向かう事になる。あの要塞がどれ程危険なものであるかを分かっているからな。」

「しかし!今攻撃を仕掛けた方が!」

反論するクラリスに、エファンは鋭い目線を送り、言った。

「黙れ。お前は私の命令が聞けなくなったのか?」

と言われ、クラリスは一歩引き、黙る。

「強化されてから絶対命令遵守だったお前が反論するとは珍しいが……不快だな。強化モデルの分際で。」

「も、申し訳ございません……」

クラリスは、これ以上エファンに対して意見をする事は無かった。エファンも悠然とした様子で腕を組み、彼が乗っているヴィッシュ級がエレシュキガルに近付くのをただ待っていた。

「始まる……か。最終決戦が。まあ、私にとっても絶好の機会……」

エファンは静かにそう語る。力を持つ人間の抹殺だけでなく、人類の支配を考えているエファン。彼の野望が、エレシュキガルによって実現出来るかも知れないという。それが何を示すのかは、定かでは無かった。

 ギアによって知らされた、エレシュキガルの主砲の存在と、それを止めようとする国連とデウス帝国残党による艦隊の展開。アルバトスがFPB本隊と合流する時。それは、これらの三大勢力とFPBを合わせた、四つ巴の大戦争が始まる事を意味していたのであった。

 




第百三話、投了。
これで火星編はおしまい。

次回からは最終章となります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。