それぞれの人間達の決戦前の、一場面。
新生連邦、国連、デウス残党の三つ巴の戦いが始まった。その一方で、最後の出撃を開始しようとしているFPB。クルー達は残された時間を、それぞれ過ごしている。恋人共に過ごす者、友人と過ごす者、家族に連絡を取る者……様々な行動をとる、FPBのクルー達。
その中で整備士達は動く。それぞれの機体の最終調整。ある、整備士同士の会話。
「あのバーサーカーのガンダム、次の戦闘でも使うってのか!?」
「お上の人達が決めたらしいぜ。正直、耳を疑ったケドな」
そう言いながらアステリアの整備を行う、整備士。
「ガンダムっつったら伝説のMSってイメージだけどよォ。ぶっ飛んだ人間が乗ってるイメージしかねぇよホント。」
「新生連邦の連中もガンダム、ガンダムだもんな。それでうちの羽根付きガンダムも滅茶苦茶暴れまくったしなァ」
ガンダムタイプというイメージはMSに携わる者なら誰もがある種の尊敬の眼差しで見る機体だ。しかしこの一連の状況でそのイメージは、覆りつつある。
新生連邦軍が強さの象徴の為にガンダムタイプを増産した事や、国連ですら量産型のガンダムタイプを開発した事、そしてアステル家。更には先のブライティスの暴走。こうした事に寄り、“ガンダム”という伝説的な機体の印象と言うのは大きく覆ってしまったのが現状なのだ。
「逆に考えりゃ、まともな人間じゃガンダムなんて機体は扱えねぇって事なんだろうよ」
「ああ、そりゃ言えてるかもな。」
「何にしても。次で決戦だしなぁ。俺達に出来る事をするだけだ。」
愚痴のような話を言いつつ、整備士達は作業に取り掛かる。何せ、四つ巴の決戦が間近に迫っているのだから。
アルバトスのとある一室にて。そこにいたのはソファに寄り添うエリィとネルソンだった。最終決戦を前に互いに傍にいたいと考えている両者。エリィは不安げな表情を作っていたが、ネルソンはそのような表情は作らなかった。
「決戦だね……」
エリィが、口を開く、その表情は相変わらず不安に満ちている。
「ああ……」
「……怖く、ない?」
エリィは聞いた。無表情であるネルソン。彼は決戦を前にして何も感じていないのか?それが気になった為である。
「……怖いさ。正直、な。震えるほどに。死をこれほどまでに直に感じたことがないよ。」
「本当に?私にはそう見えないな。」
エリィはネルソンの顔をじぃっと見る。
「私は昔から顔には出さないからな。」
「そうだったね……」
互いに、顔を合わせることはない。ただ、両者共に傍にいる。それだけ。
「いつもの戦いよりも激しさが増すのは間違いないだろう。当然その分死ぬ可能性はうんと上がる。だが心配はいらない。今までもそうだ。新生連邦本部攻略戦や宇宙に出てからも混戦はあった。しかし何度も我々は生き延びてきた。今回も同じようにすればいい……同じように……な。」
そう言うネルソンの手は、震えていた。表情では隠し切れない恐怖心が、エリィに伝わったのだ。
「エリィ、お願いがある。もし、この戦争を生き延びることが出来たら……その……けっ――」
エリィは次に彼が言おうとした台詞に、機敏に反応した。顔を見合わせ、ネルソンの口を手で塞ぐ。
「駄目、それ以上言わないで。」
「ん……何故……?」
「ネルソンの言いたいことは分かるよ?でもね……それを言っちゃうと、なんだかもうネルソンガ戻ってこないような気がして。それが嫌なの。もう、あんな思いは二度としたくないから……」
過去に恋人を戦争で亡くしたエリィ。それはネルソンも同じだ。彼が望む事、それはエリィと添い遂げる事。だがその想いを言葉として伝える事を、彼女は否定する。何故ならば、彼女はデウス動乱時を思い出したからだ。
彼女の恋人だったディーン・アドル。しかし彼はデウス動乱の終盤で戦死した。当時の悲しみを乗り越えて今がある。
だがそれはネルソンも同じ。ネルソンもシュリィ・アバンスという恋人を前大戦で亡くしている。しかし彼もかつての恋人を引きずり続けているわけではなく、エリィ・レイスという新たな恋人を見つけ、今に至る。
「我々は似た者同士だな。」
「……そうだね……」
そう言い合う彼ら。その時の彼等の顔の距離は近い。そして――
チュッ
互いの唇が重なる。戦後になり、共に行動してきた彼等だが恋人関係になることはなかった。だが彼女を想い続けていたネルソンの決死の告白が実になり、今彼等は接吻を行っている。
やがて唇は離れる。その間、三十秒程。
「初めて……だね、ネルソン。」
「君とは……な。」
「出来れば続きもしたいけれど……」
「残念だが、今はそんな時間はない。」
「そうだね……」
エリィの方からネルソンを求める言葉を発する。それは彼を完全な恋人と認めた何よりの証だった。
「エリィ、一つ言っておきたいことがある。」
エリィはネルソンの言葉を、唾を飲んで聞いた。
「君が死ぬということは、クルー全員が死ぬということだ。今更かもしれないが、そちらの方が被害は大きい。仮に私が死んでも戦力が一つ減るだけだが――」
エリィの目が見開かれる。そして――
パシッ
「んっ……!?」
「馬鹿ァ……!本当に、馬鹿……!」
エリィはネルソンの頬を引っ叩いた。それも、力一杯。
「なんでよ……なんで貴方はそういう事をこんな時に言うの……?そんな理論的な事、分かってるわ!そんなこと言わないでよ!」
ネルソンは察した。そして、自分の言葉を反省した。口付けをし、互いに離れるものかと先程話したばかりなのに、死んだ後の話をしたから。互いに恋人を過去に失い、苦しみや悲しみは分かっている筈なのに……彼はエリィに対して禁句とも言える言葉を発したのだ。
「すまなかった……君の気持ちを考えられていなかった……」
「馬鹿……」
エリィは涙を流していた。そんな彼女に対し、ネルソンは困惑しながら、静かに彼女を抱き締めた。
少しの時間が経ち、口を開いたのはネルソンの方だった
「エリィ、……必ず戻る。未来の事はその後でも話せるだろう。」
「信じてるから……もう、最悪なことは考えたくない……!」
エリィも時間が少し経って彼の事を許したのだろう。この後再び両者は抱き合い、そして接吻を交わしたのである。
シュネルギア内にて。決戦を迎えていたアレンはパイロットスーツに着替える為に更衣室にいた。着ていた服を脱ぎ、やがてスーツを身に纏う。彼はこの後決戦の時を迎えるまで自分の部屋に待機していようとしていた。誰とも接触せず、一人で。
(俺には皆が居てくれている……もう、迷惑を掛けたくない……誰にも心配されたくない……)
一人、静かにそう思うアレン。彼は決意を胸に秘めて、更衣室から出ようとした。
「アレン」
「ジャンヌ!?」
自動ドアを開いた時、ジャンヌがそこにいた。彼がここにいることを、まるで分かっていたかのように。
「どうしてここに君が――」
「アレン、質問をさせて下さい。」
ジャンヌはアレンの言葉を遮る。
「何故、貴方は同じ事を繰り返そうとしているのですか?皆に助けられた感謝の気持ちを、今の貴方ならば持っていると考えていたのですが。」
彼女の表情に優しさはない。その表情と共に今のアレンにその言葉が突き刺さる。
「もう俺は感情を爆発させたくない……だから!」
「その行動が返って感情を爆発させる可能性を上げるということをどうして学ばないのですか。」
確かにそうだ。ココットが死んでからアレンは他者との交流を避けていた。誰に対しても冷たく接していた。しかしそれが結果的にブライティスガンダムの暴走に繋がり、彼は生死を彷徨うことになった。
彼は、似たような過ちを犯そうとしている……ジャンヌはそう考えて、アレンと接触を図ったのだ。
「貴方はここまで学習しない人だとは思いませんでしたわ。これでは今度の戦場でもココットさんが死んだ事を思い出し、やがて暴走する事が目に見えています。そうなれば貴方は死ぬだけ。今回はジェッパー代表がスイッチを押して下さりますから、味方への被害は最小限に済みます。」
ジャンヌが発した言葉は、いつもの優しさが感じられない。アレンを心配するのではなく、彼を攻める言葉ばかり。それの苛立ちを少し感じたアレンは
「そんな言い方があるか!?俺はみんなの事を思ってあえてやっていたんだ!そこまで言われる筋合いはない!」
「本当に?」
ジャンヌの言葉が再び。この言葉は今まで何度もアレンを黙らせてきた。だが今回、彼女に苛立ちを感じていたアレンはすぐに反論した。
「ああ、本当だ!もう、俺はあんな過ちはしないって心に決めていて――」
「よくも、そのような嘘が言えますわね、アレン。」
ジャンヌのがアレンの言葉を遮った。
「嘘だって……?」
「今貴方が私に対して向けている感情は何ですか?貴方がもうしまいと心に誓った感情の爆発……つまり、怒りではないのですか?」
「俺が怒っているって……!?そんな事はない!」
そう言うアレンだったが、明らかに彼女に見せているのは怒りの感情だった。しかし彼女にそれを言われて動揺する余り、彼は自分でもどのような表情を見せているのかが分からなくなっていたのである。
「ええ、貴方は怒っていますわ。私に対して、間違いなく。殺意は感じられないとはいえ、貴方は怒りを見せています。しかしその怒りは殺意に変わる事も、可能性は無いとは言い切れません。」
「え……それって……?」
アレンの感情が、急に変わった。表情が固まり、ジャンヌの方をじっと見るだけだ。
「私が貴方に言いたいことを察して頂ければ……私はとても嬉しいのですが……アレン。」
「今、俺を怒らせて……戦闘時に冷静でいろって……そういう事だね?」
「ええ……そうですわ。」
ジャンヌの意図を察したアレン。それが理解出来た時、アレンは笑顔になる。自然に溢れる笑顔。それが今の彼の表情だ。
「君は俺の事をそこまで考えて……それに比べたら俺は駄目だな……ただ、迷惑を掛けたくないと思うばかり考えてた。」
アレンは、頭を少し掻きながら言った。
「人は人といるだけでも迷惑を掛けるものなのです。無意識とはいえ、確実に……。しかし迷惑を掛けあう中で、互いを想い合う事が大切なのです。貴方はFPBの戦力です。しかし戦力の前に、人間です。その為、いくら戦争で感情を押し殺さなくてはいけないとはいえ、それが剥き出しになってしまうと危険なのは言うまでもありません。」
「そうだ……そのコントロールこそが大切……分かっているんだ……分かっているのに……」
アレンは肩を落とした。情けないとさえ、思った。その時に見えたジャンヌの笑顔が、余計に彼を惨めな思いにさせた。仲間を思って交流を避けた事が、それが迷惑になるという事。
悩むアレン。そんな彼に対し、ジャンヌは言った。
「でも、ここで迷いがなくなればこれからの決戦に挑むことが出来るのではないですか?感情を吐き出すことで、貴方はこれからの戦いに集中出来ます。」
「……ああ、そうだね……おかげで目が覚めたよ。」
ジャンヌは彼が感情に囚われるのを恐れた。それは、自身の中にあるアレンに対する、
〝ある〟感情がそうさせていたからであった。
彼がもしエファンと対峙し、万が一エファンに会う事で感情を高められてしまい、再びブライティスが暴走する事があってはならないと考えた彼女の思い。彼女の中のアレンに対する思い。その気持ちが彼女の口から発せられようとしていた。
「アレン」
と、同時にジャンヌはアレンに近づき、ギュッと胸を抱き締める。突然の行動に、動揺するアレン。
「ジャンヌ……?」
「貴方が最後の出撃をする前に、はっきりと言わせて下さい……」
最終決戦により、この先何が起こるか分からない現状。だからこそ、精一杯の想いを相手に伝える。
「私は……貴方の事が好きです。仲間としても……そして、異性としても。」
そこにいたのは世界的な歌手であり、整備士であり、シュネルギアの艦長を務めるジャンヌ・アステルの姿ではなく、一人の女性としてのジャンヌ・アステルの姿だった。
「それって……つまり……?」
「告白……と捉えて頂ければ私は嬉しいですわ。アレン。」
決戦を前に、ジャンヌは抱いていた想いを伝えた。が、アレンはそれに対して何が起こったのか、理解が出来ないでいた。無理もない。あのジャンヌ・アステルが自分に対して告白をしているのだから。
「い、いきなり過ぎないか?大体君にはアークが――」
アレンの言葉を、彼女は遮った。
「アークはもう、この世にいません。しかしアレン。貴方は今ここに居ます。そして私は貴方と行動を共にし続け、貴方を想い続けていました。貴方の中に大切な人が居た事も、勿論知っています。」
彼女の告白は、自分を試しているのか……と彼は思った。何せわざわざ出撃前に彼を煽る言葉を聞かせ、怒りを放つように誘導したのだから。そして今回彼女が告白をしたのは彼の中にいるココットと決別出来るのかを確認する為ではないのか……と、アレンは思っていた。そして彼は思っていた事を口にする。それは確認の為でもあり、自分に対する真意を確かめる為でもあった。
「成程、また試しているんだね?俺を。」
「試す?」
「俺の中にまだココットを想う気持ちがあるかどうか。そして、それが今度の決戦の妨げになっていないか……その為に俺にそんな事を言ったんだろう?」
間違いないだろうと、彼は思った。
「いえ、違います。」
「え……?」
ジャンヌは彼が予想していた事を否定した。それも躊躇うことなく、はっきりと。
「違うって事は……それって……?」
「そのままの……意味です。」
アレンは耳を疑った。本気で、彼女は自分に対して想いを伝えているのだ。彼女の言動や表情、声のトーン等、ジャンヌの言葉を何度も彼の中でリフレインするアレンだが、やはり彼女の言葉は本気にしか聞こえてこない。
「貴方が戸惑うのは分かっていました。しかしこの戸惑いは怒りに変わる事はないと思い、今ここで貴方に想いを伝えました。アレン、貴方が好きです。無論、貴方はこの告白を拒否する権利もあります。受け入れられないは思います。それは分かった上で私は――」
アレンはジャンヌの言葉を遮った。
「ジャンヌ、君が……」
アレンの右手が一度強く拳を作る。そして、それは静かに広げられる。
「君が今まで頑張ってきたことは俺がよく知っている。だからこそ、ここまで来られた。悲しい事も沢山あった。その傍にいたのは、君……」
「思えばデウス動乱時から、私達は互いに悲しみを共有していましたね……アレン。」
「それと同時に、喜びも共有した。」
悲しみというのは互いの大切な人を亡くした時。ジャンヌの場合は母親のターナ・アステル。アレンの場合はココット・メルリーゼ。喜びというのはアレンが瀕死の状態から生還した事。戦後になり、両者は一緒にいる時間が多かった。その時間を経て、両者は互いに様々な場面を共に共有する事が多くなりつつあった。ジャンヌは、この中で彼に惹かれていったのだろう。
だが彼はココットの存在が忘れられないでいた。どうしても、自分の支えとしていてくれていたココットのあの壮絶な死が、頭から離れない。ジャンヌの想いを受け取る資格は自分にはない……と、思っていた。
―――――――――――――アレンの人間関係は私だけなのかな―――――――――――
―――――――――――――アレンの心の支えは私だけじゃないよ――――――――――
彼が生死を彷徨っていた時に、ココットに言われた言葉を思い出した。自分にばかり囚われるなという、彼女の言葉。あの時の彼女は本物なのかは定かではない。しかし、言葉に暖かさを感じたアレンはココットのその言葉を胸に、静かにジャンヌに対して口を開ける。
「ココットがさ、言ってくれた言葉があるんだ。」
「ココットさんが?」
「俺の人間関係は私だけなのかってさ。」
ジャンヌは少し、笑みを浮かべる。
「フフ……良い言葉ですわね、固執する事を無くさせる、素晴らしい言葉だと思いますわ。」
「やっぱり、そういう意味だよね。」
ココットの言葉の意味を察したアレンとジャンヌ。そして、アレンはジャンヌに対して言った。彼女の想いに対する自分の答えを。
「ジャンヌ、俺は……君の気持ちに、応えたいと思う。」
「アレン……!」
ジャンヌは彼に抱き付いた。彼から答えを聞くことが出来た彼女の顔は喜びに満ちていた。アレンも、抱き付くジャンヌの髪を少し撫でる。
「けれども今は次の戦いだ。まずは、それに生き残らなければ何も始まらない。」
「必ず、戻って下さいね……」
「……ああ。」
即答はしなかった。彼がジャンヌに対して答えを言うまで約3秒。その間に彼が考えた事……それは生き残るか死ぬか、暴れ狂うか狂わないか、約束を守るか守れないかといった、心の中の不安が僅かに残っていた。
だが、彼女が声を掛ける時よりもアレンの表情は穏やかになっていた。ジャンヌの言葉が、彼を支えたのだ。
「必ず、戻る。」
そう言って、アレンはパイロットスーツのまま部屋を出た。ジャンヌの顔を、あえて見ずに。
しかし部屋を出ていく時のアレンの横顔に対し、ジャンヌは視線を落としていたのだった。
(この戦いの後も、しなければならない事は多々、あります。その為にも……今は……)
その言葉は何を意味するのだろうか。それは、分からない。
そして、彼女もアレンと同じように部屋を出ていき、シュネルギアのブリッジに向かうのだった。
アルバトスのブリッジ内では各員が決戦に向けて備えている。その中で、セイントバードのクルーであるスラッグとインクもまた、いつになく緊張していた。普段、何もない時は彼等は他愛のない会話をする事が多い。が、今は違うのだ。
「あのさ……お前さ。」
スラッグが、マニュアルを見ているインクに対して言った。いつもならば携帯ゲームをしている彼女が、今はミスが起きないようにと、念入りにマニュアルの確認をしているのだ。
「何よ」
冷たく、インクは言った。
「この戦いが終わったらさ、何するよ?」
彼なりに、緊張を解したかったのだろう。今よりも未来の事を語ろうと、スラッグはインクに対して言った。
「さあ、分かんないなー。オペレーターずっとやってきたからナレーターとかの仕事就くかなー。でもあれ専門の学校とか出ないと駄目だっけー、どうしようかなー。でも私二十三だしなー。」
言葉だけはいつもの彼女の言葉だ。だが、行動はいつもの彼女の〝それ〟ではない。マニュアルを見て、まるでスラッグの言葉を跳ね除けるかのよう。それを見たスラッグは不安になり、更に言葉を掛ける。
「おい、目見て話ぐらいしてくれよな……」
その姿のインクがどことなく恐ろしかったのだろう。いつもの調子で彼女と喋る事が出来ないスラッグの言葉の語尾が聞こえなくなる。
「あんたさ」
と、インクの動きが止まる。それと同時に言葉が出た。
「その言葉、本気で言ってるのかって思った。」
「え?」
「正気なのかって言いたいのよ。」
スッと、彼女はスラッグの目を見ていった。明らかに怒っている。冗談を言い合う仲である筈の彼等。しかし明らかに今は違う。インクはスラッグを、怒っているのだ。
「おい、何を言ってんだよ……」
「こっちが言いたいわよ。なんでいきなり未来の事言う訳?普通に考えて今があっての未来でしょ?今後の事なんて分かる訳ないじゃない。だから今生き残る為にマニュアル読んでるの。なんでそんな事も分かんないかなぁ?あんたは!」
「こ、こっちはなぁ!少しでもリラックスしてもらおうと思っ――」
次の、インクの言葉がスラッグを黙らせる。
「リラックス出来る訳ないじゃん。生きるか死ぬかが掛かってんのよ。多分あんたぐらいじゃないの?いつもと同じ感覚でいてるのってさ。」
インクの言葉に、スラッグも黙ってはいられなかった。言いたい放題言われ、彼もインクに怒りを見せた。
「ふざけんなよ!俺だって緊張してるんだよ!自分ばっかり緊張してますよ~ってオーラ漂わせやがって!こっちは気を遣って聞いたのにその言い方はねぇだろ!」
理不尽な思いをしたスラッグ。それに対し、インクも感情を漏らした。
「馬鹿じゃないの?時と場合を選べって話よ本当にッ!」
バッ
怒り声を上げたと同時に、彼女は〝何か〟をスラッグに投げた。それは彼の顔にふわりと命中する。現在ここは宇宙である為、重力が地球よりも軽い為、スラッグは痛みを感じなかった。
「んだよ――」
睨むように彼はインクが当てた物を見る。彼の手に握られていたのは、黒いパッケージのガムだった。怒っていたスラッグの表情は次第に冷めていき、驚きに変わる。
「これって……?」
すぐにスラッグはインクを見る。が、相変わらずインクはマニュアルを見続けるだけだ。
しかしその中でインクはスラッグに対し、言葉を言った。
「戦闘中に眠られたら私達が終わりだから。ガム常に噛んどいてよね。」
「お前……」
言葉は悪くとも、インクなりにスラッグに気を遣っていたのだ。その気配りを察したスラッグは自然に笑みが零れた。そしてガムを握りポケットにしまう。
が、彼はこれを彼女なりの好意と受け止めていた。そしてスラッグは嬉しさの勢いのまま、インクに声をかけた。
「インク!あのさ!俺さ……実はずっとお前の事が――」
「戦争の前にそういう話はいらないっての」
冷たいインクの言葉がスラッグの中で響き渡った。想いを拒絶された感覚が、先程まで笑顔だった彼を襲う。スラッグ自身は、インクに拒絶されて笑顔のまま、表情が凍り付いてしまっているようだった。
アルバトス内の一室にて。既にパイロットスーツに着替えていたガーストは栄養ドリンクを片手にそれをぐいと一口飲んでいた。デウス動乱時……十歳の頃からMSに乗って戦っているガースト。現在彼は二十歳。デウス動乱後四年程のブランクがあるとはいえ、彼がエースパイロットであることに変わりない。デウス動乱後、彼が乗っていた機体はエスディア。だがそのエスディアは破壊され、現在彼が乗るのは国連の量産機体であるハイエッジの彼仕様のカスタム機体である。幾多の戦場を駆け抜けたガースト。しかしエースである筈の彼ですら、今回の最終決戦を前に緊張しているのである。
武者震いが止まらないガースト。その傍らには、彼と共にデウス動乱時から時間を共にしてきたプレーンの姿があった。
「ガーストは、必ず帰って来るネ?」
今まで出撃した時も、彼は生きて帰ってきた。今回も今までと同じように任務をこなし、帰って来るだろう……プレーンは笑顔で彼に聞いた。
「プレーン、悪いけど流石に分からない。」
プレーンの表情が、冷めていく。
「どうしてカ……?」
「この際だ、言っとく。FPBに俺達が入ってからそうなんだけどさ、戦争しているんだよ。俺達は。日本で一緒に住んでた時みたいに当たり前のように二人一緒に過ごせる訳とは限らないんだよ。戦争は誰かがいつ死んでもおかしくない。そして、それを一々悲しんでいられない。」
いつにないガーストの言葉。今まで彼の口からこのような言葉は出たことがない。プレーンは心配そうな顔をして言った。
「そんな事いうの、止めるネ……不安を煽るの、止めて欲し――」
「現実はドラマじゃねぇんだ!分かれよプレーン!」
心配するプレーンに、ガーストが怒った。だがその怒りは、どこか悲しく、そしてどこか切ない。ガースト一途で過ごしてきたプレーンだが、彼の声が何処となく悲しみに満ちていたのがよく分かった。
「誰かが死んで、それを悲しむ時間なんて戦争にはない。死んだらその時。俺はデウス動乱時からずっとそれを経験して来てるんだよ。お前だってデウス動乱の時から一緒なんだから、分かる筈だろ!」
「それは分かるネ!けど……だからこそ……ガーストには死んで欲しくないって凄く思うから……」
いつになく悲しげな二人。最終決戦が迫る中、ガーストは死ぬかも知れないプレッシャーに追い詰められていた。
デウス動乱の最中に知り合った彼等。やがて結ばれ、結婚した彼等。セイントバードチームのクルーとして過ごしてきた彼等。そして迎えるは、最終決戦。彼等が会話出来るのは出撃するまでの、ごく僅かな間。
「プレーン、頼みたいことがある。」
「……何カ?」
涙目になるプレーンに対して、ガーストは静かに肩を置いた。
「抱き締めていいか?」
そう言う、ガーストの顔は笑顔でない。寧ろ、プレーン同様に涙を今にも浮かべそうな顔をしている。
「……はいな……」
プレーンは承諾した。彼女の愛らしい顔が縦に振られるのを確認したガーストは、プレーンの両脇の間を自身の腕を通し、ぐっと抱き締めた。それは非常に強い抱擁だ。だがプレーンは痛がる様子を一切見せない。寧ろ、顔は喜んでいる。
「ガーストが私を求めてくれる……」
「求めるに決まってるだろ……時間もないんだ、プレーンを肌で感じるには今この時間しかない……ずっと一緒にいられるか分からないんだ……」
互いに距離を狭め、抱き合う。互いの吐息、肌の温もり、頬の柔らかさ。それらを今、噛み締める。そして彼等は接吻をし、離れたくないという気持ちを互いに見せた。
やがて接吻が終わった後、ガーストはプレーンの目をじっと見て、言った。
「MSに乗って……ビームが直撃すればその瞬間死ぬ。一瞬だ。その間に何も言い残す事なんて出来ない。だからここで言わせてくれ。」
今まで一緒にいるのが当たり前だった彼等。よくアプローチを掛けてきたのはプレーンの方だ。が、今回はガーストの方からプレーンに言葉を発した。改まった様子で、ガーストはプレーンに対し、言った。
「お前が好きだ、だから俺は死にたくない。」
もし、いつものプレーンならばその言葉を聞いてどのように反応するだろうか。恐らく抱き付いたりするなど、何かしらのアクションが生じるだろう。
だが彼の渾身の言葉を聞いたプレーンは、目元が潤い、そして膝から崩れた。それを見たガーストは同じようにしゃがみ込み、彼女を抱き締める。
「なんで……泣いてるんだよ。いつもなら抱き付いてくれる癖に。いつもと、逆パターンじゃん。」
「わ……分かんないネ……私……嬉しいのか、悲しいのか……」
ガーストの言葉は何を意味しているのか、彼女にはそれが分からなかったのだ。好意を抱く人に好きと言われ、彼女は嬉しさを感じる筈なのに、この場に於ける〝好き〟は彼女にとって不安でしかないのである。
ガーストはプレーンの耳元に近付いた。ゆっくりと口を開け、静かに言う。
「お前は何も考えなくていい。変な心配もしなくていい。俺達には未来がある。子供だって作らなきゃならないだろ?」
ガーストは、今言った言葉をプレーンにどうしても印象付けたいと考えていた。ただ、普通に言葉を交わすだけでは駄目だ……と考えた彼は、プレーンの耳を見て閃き、あえて彼女の耳元で囁いた。
するとどうだろうか。プレーンの表情からは不安が去るように笑顔になった。ガーストの咄嗟の閃きが、彼女の不安を取り除いたのである。
「ありがとうネ、ガースト……」
「俺は絶対に戻るから。何も心配するな。何も考えなくていい。」
ガースト自身も迷わない。迷っていては彼女を不安にさせるだけ。だから彼は前に進む。迫る最終決戦を前に、必ず嫁ともいえるプレーンの元に戻ると、心に誓ったのだった。
それぞれが決戦に備えている中で、レイはただ一人、自分の部屋にいた。彼は既にパイロットスーツに着替え終えており、外見だけはいつ出撃になっても問題ないようにしていた。ただ、それと中身が伴っていなかった。というのも、彼は戦争が終わった後の事を考えていたからである。
(最後の戦い……でもこれが終わったらどうなるんだろう?世界はどうなっていくのだろう?地球はどんな人が導いていくようになるんだろう?何よりも……僕自身がどうなっているのかが分からない……)
今の事ではなく先の事を考えるレイ。彼は自分の意志でこの戦いへの参加を望んだ。当然、戦いが熾烈を極めるのは彼自身承知している事。そして――
―――――――――――お前の中に、EVEが居る事が憎くすら感じるよ――――――――
火星でエファンが言っていた言葉が、思い出される。この言葉の意味が分からない。
彼の中にあるのはディヴァインセルの筈。本来ならば取り込まれる筈の無かったディヴァインセルをレイの身体は受け入れ、そして彼はアドバンスドタイプへと覚醒した。最も、それは純粋な力という訳ではないが……
(僕の中のEVE……それって、何なのだろう……)
エファンの言葉が気になる。自分はアドバンスドタイプ。それも、本来ならば受け入れる筈のないディヴァインセルを何故か取り込んでいる存在。故にエファンは言う。ニア・アドバンスドタイプと。
(けど、今はそれよりも戦う事だ。)
これからどうなるのか、分からない。だから、考えても仕方がない。今は、迫る最後の戦いに集中するのみだ。
(僕は、僕に出来る事をするだけだ。誰かを守る……僕にとって大切な人を誰も殺させない。エリィさんも、ネルソンさんも、スバキも、ガーストさんも、ジャンヌさんも、エレンさんも、ミシェさんも、ジャンヌさんも、アレンさんも……!)
レイは握り拳を作った。今度の戦争により、多くの命が奪われる事だろう。
自分の知る人間も死ぬかも知れない。彼は自分の意志で宇宙に上がり、この最終決戦まで生き延びてきた。レイは誰かを守る為に戦うと、自分に言い聞かせ続けた。自分に託されたツヴァイガンダムで、味方を守る。そして戦争を終わらせる。自分に出来る事はそれしかないと、彼は考えていた。
レイの決心は固い。今までの彼は流れに身を任せているところもあった。その中でやるべき事をしていたが、様々な意見を言われたりした。
だが、今は違う。ここまで来たのは全て自分の意志であり、自己責任だ。だからこそ、腹を括らなければならないと、感じていた。この時の彼の意志は、以前までの弱かった意思とは違う。何事にも動じない、屈強な意志。その強さを感じられるようだ。
ピピピピピ
レイのEフォンに着信があったのは、レイがベッドの上から床の方を真剣な目つきで見つめている時だった。音に反応したレイは、すぐにEフォンの鳴る方向に近付き、確認する。
「え……リルム……?」
表示されている名前を見て目を疑うレイ。そこには彼の事を拒絶した筈のリルムからの連絡だったのだ。レイは示指を使い、スッと画面を右方向に移動させた。すると、スクリーンが前方に浮かび上がる。
そこに映っているのは見慣れた少女の姿。紛れもない、リルム・エリアスの姿だったのだ。今になり、何故リルムが顔を見せたのかは分からない。レイの中には怖さがあった。宇宙に上がる前に彼女に拒絶され、それ以降連絡を一切取っていない。彼女は恐らく今も傷ついているに違いない――と、感じた。
だが傷ついているのならば何故今になって自分に連絡を寄越してきたのか。それだけが気になり、レイは先に口を開いた。
「久しぶりだね。」
実際はそれ程長い時が流れた訳ではない。しかし宇宙に上がるまでに様々な事が例にはあったため、普段の時間よりも遥かに長く感じていたのである。
「レイ……元気?」
リルムが喋った。やはりレイにとっては久しぶりに感じる彼女の声。顔立ちに合った愛らしい声。しかし彼女の声のトーンは高くない。
「うん、なんとか。それよりどうして急に連絡を?」
その事に疑問を持つのは当然だ。リルムは彼の質問に対して答えた。
「レイが懐かしく感じてね……顔と声が聞きたかったの。」
「え?」
何を言っているのだろう、と彼は思った。しかし、彼の心は彼女の言葉を拒否しなかった。寧ろ、得体の知れない心地良さすら感じていた。
「レイには本当に悪い事しちゃったよね……私、どうしてもレイに謝りたくて……それも兼ねてるんだよ。今連絡とってるのは。」
「そうなんだ……僕の方こそ……ごめん。」
「レイは何も悪くないよ……というかね、レイがちゃんと回線に応じてくれたのが嬉しいんだ、私。」
その言葉に、レイは嬉しさを感じる。もう二度と会えない、顔も見られないと思っていたからこその嬉しさ、喜び。最終決戦を前にリルムの顔が見られることが、今の彼にとっては至福だった。
「ねぇ、レイ。今どこにいるの?」
リルムはこの時レイを見ず、じぃっと後方の部屋を見た。明らかにレイの部屋でないと一目で分かった為、彼女からこのような質問が来た。
「今……僕は宇宙にいるんだ。」
「え……?」
リルムは言葉を失う。まさかレイが、自分の予想もしない言葉を言うなど思いもしなかったからだ。
〝宇宙〟という言葉。今まで地球で過ごしてきたリルムからすれば、まずありえない言葉。それを、レイが言ったという事に戸惑いを隠せない。
「そ、それは冗談だよね!もう、レイ!私を驚かそうとしたって分かってるんだ――」
「冗談じゃないよ!」
レイがリルムの言葉を遮る。大人しく、それでいて優しい性格のレイがはっきりと言った。今、自分がいる場所に関して、嘘を吐いていないという事を。
「い、いくらなんでも……そんなことある訳ない!Eフォンは宇宙と交信出来ないよ!何の冗談――」
「あるよ」
またしても言った。その時のレイの顔はどこか凛々しく、迷いを感じさせなかった。
「嘘……じゃあ本当にレイは今宇宙にいるの?」
まさか、信じられないといった様子でリルムは言う。彼の言葉が嘘にしか聞こえない。だがレイの表情はどうだろうか、真剣な眼差しをしている。冗談を言うならば普通は表情が柔らかくなる筈だ。増して、レイの正確ならばこのような冗談を言うなどありえない。
紛れもなく彼の言葉は本当なのだ……と、リルムは察したのだ。
「本当……なんだね。びっくりしたけど……」
「うん。Eフォンをアップデートしてもらった。だから地球にいるリルムとこうやって連絡が出来るんだよ。」
Eフォン越しとはいえ、表情ははっきりと見える。レイの決意に満ちた表情が。
「ねえ、どうしてレイは……」
やや、聞こえにくかったリルムの言葉。彼女の言葉は霞んでいくようだった。
「レイは……戦うの?」
霞んでいくようだった彼女の言葉は、聞き取れる声量に戻った。リルムの言葉を聞いたレイは、静かに縦に頷く。
「なんで戦うの?もう、戦わなくたって良いじゃない……」
レイを心配する想いから、リルムはその言葉を言った。レイはこれまでに戦い続けた。そして生き残ってきた。しかし、もう彼は本来戦う必要などないのだ。
「僕は自分のやらなければならない事をしないと思ってるから!」
はっきりと、言った。しかしリルムは言い続ける。
「何を!?今後の進路を決める事じゃないの!?私達がやらなきゃならない事は、進学とか、就職とか、留学とか色々と進路を考える事でしょ――」
「僕は……」
レイが、リルムの言葉を遮る。
「僕は今まで戦って、どうにか生き延びてきた。リルムも一緒だったからそれは分かるよね?けれども一緒にモントリオールに帰った頃かな。その中で僕は自分に力があるという事を自覚したんだ。けれど、とても不安だった。自分じゃないような感覚に陥った。だから一度、学校にも行かなかった……」
―そんな事で迷った挙句死を選ぶぐらいなら、自分の責任を全うしてから死ねば良い―
―――――――――――――――お前自身が光なんだ―――――――――――――――
――――――――お前を動かすのは俺じゃない。母さんでもない。お前自身だ―――――
自分の事をリルムに語る内に、父であるジュナスが言っていた言葉を思い出した。
――――――――今自分が本当に何をするべきか、それは自分で決めろ――――――――
――――――――今のお前にはそれ以上に大切な事があるのかも知れない―――――――
――――――――――それが、責任の全うなのなら、果たすべきだ。―――――――――
ジュナスの言葉が、昨日の事のように思い出されていく。それが自信となり、レイは更に語る。
「アドバンスドタイプって、アレンさんとかジャンヌさんが持ってる力……それが僕にも備わっているんだよ。信じられないかも知れないけど、これは本当の事だ。」
「レイ……?」
思った通りの反応だった。リルムは明らかに困惑している。
「母さんにも言ったんだ。けれど母さんは僕の事を否定した。もう、どうすれば良いか分からなかった。でも父さんは僕の言葉を受け入れた。ヒューナ姉さんも受け入れてくれたよ。でも僕は迷ったまま、行かなきゃならない所へ向かっていた。」
「それが宇宙なの……?」
リルムはこの時多くの疑問を抱いていた。しかし彼女はレイの話を聞こうと、耳を傾け、話を聞いた。元々リルムはレイに対し、謝りたかった。そのレイが自分の事を言っているのである。レイの言葉を聞く内に、最初は否定していた彼女なりに、レイを理解しようと一生懸命になっていた。
「うん、そうだよ。そこには僕が共に戦った人達がいる。」
かつてのセイントバードチーム、現在はFPB。レイは彼等と共に行動している。少し見ない間に、レイは大きな行動を起こしていたのだ。無論、それらは迷いながらも自身の道を歩んだレイの行動の結果である。
「リルム、今から言う事を落ち着いて聞いて欲しいんだ。」
レイの眼はリルムをじぃっと見る。綺麗なその蒼い眼はリルムを吸い寄せるかのようだ。
「僕はね、これからその人達と戦争をするんだ」
「戦争って……!」
レイは今まで戦闘に巻き込まれていた。その中で、彼はアインスガンダム、ツヴァイガンダムといったMSを駆り、戦い抜いてきた。だが彼にはいずれも戦争をしているという自覚など、ある筈がなかった。
幼馴染だからこそ分かるレイの性格。レイは昔から内気で、しかしその中でも好奇心は旺盛な所があった。ジュニアハイスクールに進学した頃のレイは目上の人には礼儀正しく接し、優しさもあったレイ。その彼が〝戦争〟というキーワードを口にすること等、従来ではありえない事なのだ。
「多分、反対すると思う。当然だよ。死ぬかも知れないんだから。」
本当に、今自分が喋っているのはレイなのか……と、リルムは感じていた。
「ねえ、どうしてそんな事を平気で言えるの……?」
そう言われ、レイの視線は下方向を向いた。
「平気な訳ない……どうなるかなんて僕自身にも分からない……」
「怖いんだよね……そりゃそうだよ!受験勉強は失敗しても死ぬ訳じゃない!でも戦争は……死ぬんだよ!そんなの怖くない訳がない!」
リルムの息は、はぁはぁ、と息切れしていた。それだけレイの事を懸命に想っていたのだ。
「リルムはさ、心配してくれてるんだよね。」
「心配に決まっているでしょ!当たり前……当たり前……だよぉ……うぅ……うわぁぁぁぁぁ……」
いつしか涙を流すリルム。彼女自身、姉を失っている。その上その姉は実の姉でないという事を両親から告げられている。悲しい現実を体験しているリルム。彼女はもう、自分の知る人間が消えてしまうのを、見ていられないのだ。
「……ごめん、リルム……でも、僕はもう決めたんだ……」
レイ自身、心配してくれる人がいるからこそ、辛い気持ちだった。
ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
艦内警報が鳴り響いた。それが鳴るという事は、艦内の人間は戦闘配備をしなければならないという事だ。MSのパイロットは、MSデッキへの招集が今、かけられたのだ。
「ごめん、行かなきゃ――」
「待って!」
レイがEフォンのコール機能を切断しようとした時にリルムが言った。レイはこれに反応し、涙を流すリルムの目を見た。
「必ず……必ず戻って!絶対だから……絶対に……戻って来て……元の生活に、戻って来てね!必ずだよ――」
ツーツー
回線が切れた。恐らく外で戦闘が始まっている事によるビーム粒子により、回線が途切れたのだろう。最後にあったリルムの訴え……それは、レイの頭の中に強く、焼き付いた。
「戻るよ。必ず、戻るから……その為にも僕は……!」
リルムからの連絡により、決意を胸にしたレイは戦場へ赴く為、部屋を後にした。自動ドアが開かれ、MSデッキへと向かっていく。
FPBの各員は最終決戦の地、エレシュキガルへ向けてそれぞれの時間を過ごした。やがて時間は経ち、最後の戦いが始まる。各員は全て持ち場についていた。
全てのシステムのチェックが完了し、FPBの中核を担う艦であるシュネルギアとアルバトスは今まさに発進しようとしていたのである。
「行きましょう、シュネルギア……」
シュネルギア内のジャンヌが言った。
「負けられないですよ、アルバトス……」
ジャンヌとほぼ同時に、アルバトス内のエリィが言った。
「発進!!!」
両者がその言葉を発した後、一斉に二隻の艦が動き出した。最終決戦の地、エレシュキガルに向けて。
エレシュキガルを巡り、各勢力はMSを展開していた。各MSがビームを撃ち、破壊される機体もあれば、それらを避け、反撃する機体もいた。接近戦を心掛ける機体もあった。しかし隙を見せれば瞬く間にビーム砲撃を受けて破壊される。
戦いはこの繰り返し。セイントバードチーム及びアステル家の両陣営が今まで経験してきた事、それは敵も同じだ。しかし今回ばかりは各陣営全てが必死になっていた。必死になってそれぞれの敵と戦っていたのだ。
やがて戦闘宙域までアルバトスとシュネルギアは近付いた。そこで両艦のカタパルトが展開され、内部に存在しているMSが次々と発進していった。それぞれの艦から、アステリアやヴァントガンダムに、一部鹵獲したハイエッジ等。
各々のMSが展開する中、ネルソンの乗るハルッグがカタパルトにセットされた。
「信じてるから、必ず……」
「死なないさ、私は必ず生き延びる。どんな姿になっても、必ずな。」
艦長であるエリィは心配そうに言った。ネルソンはその不安を覆うかのように、優しくエリィに対して声掛けした。
「ネルソン・アルビュース、ハルッグ出るぞ。」
まずハルッグが出撃した。MA形態のまま、素早い動きで戦闘宙域に出る。
「負けられないんだ……絶対に負けられるかぁ!」
次にカタパルトにセットされたのはアインスガンダムである。パイロットはスバキである。レイの事を考えて情緒不安定だった彼女だが、決戦に対する意気込みは強かった。
「スバキ・シンドウ、アインスガンダム出る!」
アインスガンダムのカメラアイが輝いた。それと同時にカタパルトから射出される。白い色をしたそれはハルッグに続くように戦場へ向かって行った。
「いつになく緊張してきたな、でもやるしかない!今まで生き延びてきたように!」
次にカタパルトに運ばれたのはガーストの乗るハイエッジカスタムである。彼のパーソナルカラーである群青色のそれはモノアイを輝かせ、彼を奮い立たせた。
「ガースト・ピュアス、ハイエッジカスタム行きます!」
先に向かったハルッグ、アインスと同様にハイエッジカスタムも戦場へ出た。
同じ頃、シュネルギア内のMSも次々と出撃していた。その中に、アステリアに乗っているファージ・ネイヴァンの姿もあった。
「ファージ・ネイヴァン、アステリア、行きますよっと!」
脚部スラスターから推進剤が展開され、勢い良く、発進される。そのまま彼は颯爽と戦場へ向かって行った。
「最後なんだぁ……気合い注入!よし、頑張ります!」
次にカタパルトに運ばれたのはアイリィ・トゥールの乗るアステリアである。今まで運良く生き延びてきたアイリィ。彼女にとっての最終決戦が今、始まる。
「アイリィ・トゥール、アステリア行きまぁーす!」
アイリィは操縦桿を思い切り引き、アステリアを発進させた。相変わらず不安定な軌道を見せるが、彼女も戦場へ向かって行った。
「アレン、貴方の検討を祈ります。必ず戻って来て下さいね……」
「……ああ、大丈夫。俺はみんなに迷惑を掛け続けた。これ以上掛ける訳にはいかない。絶対に……!」
「……貴方を信じます。」
ジャンヌとアレンの会話。アレンの事を想っていたジャンヌ。そして、自分の為に行動を起こしてくれたと感謝するアレン。彼はジャンヌの言葉を胸に抱き、決戦に挑む。禁断のシステム、クリスタルシステムが搭載されているブライティスガンダムに乗って。
先の戦いで暴走し、敵味方関係なく破壊の限りを尽くしたブライティスガンダム。やはりその存在を脅威に感じる味方も決していない訳ではなかった。だが彼は自分がそうなった時、ギア・ジェッパーにスイッチを押してもらって機体を破壊するように予め話を受けている。彼はそれを覚悟した上で、決戦の地へ向かう。
「アレン・レインド。」
ギアから通信が入り、彼は静かに答えた。
「……分かっています。もしもの時は、お願いします。」
「分かった。健闘を祈る。」
通信はすぐ切れた。アレン自身も唾を飲み込み、一度目を閉じ、そして目を開ける。
「アレン・レインド、ブライティスガンダム、行きます!」
ブライティスガンダムのカメラアイが輝く。そして、その美しい青い翼を展開してカタパルトから発進した。
そして、最後に出撃する事になったのはレイである。アルバトスのカタパルトに運ばれ、ツヴァイガンダムは発進準備態勢に入った。
(最後の戦い……いよいよ、始まる……なんだろう、妙に落ち着いている?僕自身が、こんなに落ち着くなんて……)
レイは何故か妙に落ち着いていた。何故かは自分でも分からない。パイロットスーツの中でする呼吸は激しくなく、脈拍も上がっていない。彼自身、不思議な感覚に包まれているようだった。
(リルムが応援してくれたから?そうか……それなのかな……もしかして。)
決戦の前に彼はリルムと話していた。一度は彼を拒絶した筈のリルムに、応援してもらった。それは今の彼にとって励みになっていたのだ。
―――――――必ず……必ず戻って!絶対だから……絶対に……戻って来て――――
時間がない中でリルムと話せた。それだけでも、レイにとっては嬉しい事だったのだ。
そしてレイは静かに、その澄んだ美しい青い眼を見開いた。すぅと深呼吸をし、一度握り拳を作ってコクピット内の操縦桿を握る。汗は、出ていない。ただ、決戦の地へ行くだけ。レイは、そう思っていた。
「レイ・キレス、ツヴァイガンダム、行きます!!!」
キシィン
ツヴァイのカメラアイが輝き、そしてカタパルトから発射された。最初に計十八基のブリッツファンネルがツヴァイの周辺を展開し、そのままエレシュキガル戦闘宙域に向かって行く。やがてそれらは共鳴し、大規模なバリアーフィールドジェネレーターとなり、あらゆるビーム兵器を無効にするものになった――
第百五話、投了。
決戦を前に、それぞれの心境を描きました。