機動戦士ガンダム Living Days   作:すからぁ

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P.C(平和世紀)0005年。十二月一日。
これは、かつて起こったデウス動乱が終結してから四年の時が流れた物語。



モントリオール編
第一話 レイの一日


 

 悪夢とは、如何なる時に見るのだろうか。

 その内容は、人によって異なるだろう。例えば自分にとって嫌な人間が現れる時もある。例えば、異形の者が自身に襲い掛かってくる時もある。その夢の内容は、個人によって異なる。

 今、目の前に少年がいる。金色の髪をした、少女と間違える程の美少年。華奢な体型をしている彼は廃墟となっている街並みの中に居た。少年にとって見慣れない光景であるその場所。彼は、ただ一人呆然と立っている。

「ここは……どこだろう……?」

 

パァンッ

 

突然背後から銃声が聞こえた。レイは慌ててその銃声の場所へ駆けつけた。

すると一人の小さな少女が死んでいたのだ。

(そんな……一体誰が?)

しかしそう思った直後、少年の背後に不気味な黒い影があった。

始め、少年はそれに気付かなかった。しかし声を掛けられると彼は振り向く。

「見たのか……」

「えっ……」

そこにいたのは長身の男だった。しかしその男は体全体が黒く覆われている。顔も確認する事が出来ない。

「悪い子だ。この子と一緒に死ななければ。」

「え……そんな……どうして……い、嫌だ……嫌だ……!」

 

「死ね」

 

そう言った、男のポケットから銃を取り出した。少年はそれを見るなり動揺した。そして逃げ出そうとした。

だがどうしてか、逃げることができない。恐ろしい形相でこちらを見る男。やがてどうする事も出来ず、最早、ただ死を覚悟するだけだった――

 

ピピピピピピピ

 

「うわぁぁぁ!!!」

 何故か、目覚まし時計の音が少年の耳に聞こえてきた。その音により彼は目が覚めた。夢を見ていたのだ。目を覚ました時、少年は枕元にあったEフォンの目覚まし時計機能を止め、溜息を吐いた。

 E(electronic)フォン。この時代における連絡デバイス。電話機能は勿論、友人や企業等の連絡ツールとしても用いられる。又、SNS(Social networking service)にも繋がっており、そこから様々な情報を得たりすることも可能。また、一部地域に限られるが宇宙空間にいる人と交信する事が可能という、従来までのデバイスでは不可能と言われていた様々な機能が追加されている、正に文明が作り出した代物と言えた。

「あ……また夢オチ?でも良かった……夢で。しかし何なんだろう、あの夢は……」

ここ最近、彼は同じ夢ばかり見るのだ。〝少し疲れている〟といつも自分に言い聞かせていたが、疲れていない日までこのような夢を見るのはおかしいと思った少年は、少しばかり不安な心境となった。

「レイ!いつまで寝ているの!?」

考え事をしていたその時、彼の耳に母親の声が聞こえた。彼の名を呼ぶ、母親。

 母親が呼んだ名は、レイ。彼の名は、レイ・キレス。北米大陸、北西部、カナダ国のモントリオールに存在する、ベレーナジュニアハイスクールに通う、二年生。十四歳の少年だ。

「母さん……うわ!もうこんな時間だ!」

母親の名前はカレン・キレス。レイを幼い頃から育てている優しい母親だ。容姿が美しく、それは一度町に出れば振り向かない人間がいない程である。また、レイの目が澄んだ青色の目をしているのと同様、彼女もまたレイと同じ眼の色をしていた。

母親のカレンは、最近起きるのが遅い息子を少し心配している。この時、彼女は人工知能管理のコーヒーメーカーを使い、コーヒーを入れ、レイに振舞おうと考えていた。

だが、時計が指していた時間は七時五十分。学校が始まるのは八時三十分。しかもここから学校までちょっとした距離がある。普段の登校時間は合計約四十分。いつもは七時三十分に学校に行く彼だったが、どう考えても朝食を食べて学校に行くのは間に合わない。コーヒーさえ、飲む時間も惜しい。悩んだ挙句、レイは言った。

「今日はもうご飯無しでいいよ!」

それに対してカレンは首を傾げた。

「ええ、どうして?」

「だって間に合わないよ!もう時間が無い!」

その瞬間、彼の姿は玄関にあった。走って玄関に向かっていたのだ。

するとそれを一人の幼女に妨げられた。レイの妹、ミィス・キレスである。

「お兄ちゃん……朝ご飯ぐらい食べていきなよ。せっかくお母さんが作ってくれてるのに。」

「時間が無いんだよ!」

礼儀正しく真面目なレイだが、頼れなくて情けないところのある彼をいつも見ている妹である。年齢は十歳であるがレイよりもしっかりしている部分もある妹である。

今、この家に住んでいるのはレイを含む三人だけである。本当は父親と姉がいるのだが、二人共現在は実家にはおらず、それぞれ海外へ行っている。レイの父親はジャーナリストで、現在はその取材のために国を離れている。姉は父親に憧れてジャーナリストになる為に現在オーストラリアで留学中である。姉はレイから見て二つ上で、現在十六歳だ。このような人々に囲まれ、レイは毎日を過ごしている。やはり父親や姉がいないということで寂しさもあったが、母親が頑張って彼等の生活を支えており、こうした日常生活を送る事が出来るのだ。

「じゃあ行ってきます!」

母親の呼ぶ声も聞かず、そして彼は朝食も食べずにそのまま駅まで自転車を走らせてしまった。

 

 

彼の通うベレーナジュニアハイスクールはここから少し距離がある。二駅ではあるが、電車で通わなくてはならない距離だ。ここから学校への長い道。しかも間に合うのかどうか心配だ。レイは急いで自転車を漕ぎ、自転車置き場に自転車を置き、電車に乗る。

「あ!Eフォンを忘れてしまってる……」

電車に乗っている最中、彼はEフォンを置いてきたことに気付くが、戻っては間に合わない為、引き返さずそのまま学校へ向かった。

やがて最寄り駅に付き、全力で走り、ようやく学校に着いた。だが校門をくぐろうとした時、本鈴が鳴ってしまった。

(まずい……急がなきゃ!)

レイは急いだ。今回遅刻すれば今月で六度目の遅刻になる。

初めは遅刻を何とも思わなかったが月に六度目となれば早朝指導をさせられる可能性もある。それだけは阻止せねばと思いつつ走った。

教室まであと10メートル。その間にも先生は出席を確認している。

幸いにもレイは五十音順で言えば最後の方だったのでまだ、僅かに時間があった。

その時、レイはドアを開けた。クラスの全員がドアの開いた音に注目する。

「先生!遅刻……ですか……?」

レイは恐る恐る聞いてみた。最初先生は俯いた状態で、残念そうな表情を見せ、レイの不安を煽った。しかしすぐに表情を変えてこう答えた。

「セーフ!!!」

それを聞き、レイは少し喜び、安心して一呼吸を置いた。

「じゃあ運が良いレイ・キレス君!早く着席してね。」

先生に言われたように、彼はその生徒の後ろの席に座った。そこがレイの席である。彼は急いで鞄から教科を机の中に入れ、座る。

「おい!遅刻寸前で良かったな!」

「うん、ちょっとびっくりだったけどね。」

担任の先生の名前はリアン・マーキュリーと言う。女教師で社会科の担当をしている先生である。多弁で性格が明るく、生徒から人気が高い。

彼の前の席にいるモーク・ダレンはジュニアハイスクールに入ってからのレイの親友であり、一年生の時から一緒だった。おしゃれに気を使っているのか常に髪を立てており、顔立ちは至って平凡と呼ぶべきか。身長はレイよりも高い。性格は社交的で、誰とでも会話が出来る、気さくな性格の少年であった。

やがて朝礼が終了し、少しの時間が出来た時。

「一時間目は理科だったっけ……。」

レイがそっと呟いた時、彼を呼ぶ少女の声が聞こえてきた。

「レイ!」

「あ、リルム。おはよう!」

レイの幼馴染みであるその女の子の名前は、リルム・エリアスと言った。エレメンタルスクール六年生の時に一時的に転校をしたのだが結局ここのジュニアハイスクールで再会していた。レイの母親とリルムの母親は元々仲が良く、それがきっかけで二人は幼い時に知り合う事になった。身長はレイと殆ど変わらない。

顔立ちは愛らしく、髪色はブラウン、 髪型はミディアムのストレートヘアーである。体型も細身で総合的に見れば美少女であり、彼女は男子から好意をもたれることが多い人間でもあった。身長に関してだが、女子にしては高い方なのだが男子のレイからすれば彼の身長はあまり高くはないことになる。

「また遅刻寸前だったね。どうしたの?」

「うん……最近、変な夢を見るんだ。」

「変な夢?」

リルムは不思議そうに首を傾げる。

「その……全く知らない廃墟にぽつんと立っていて、突然銃声があって、その後に後ろにいた人に殺されかけるっていう……夢。」

奇妙な夢の内容を語るレイに対し、リルムは少し不安げに言った。

「そう言えば前も見たって言ってたね。」

「うん。」

「なんでそんな夢ばっかり見るの?」

「そんなこと言われても、僕もよく分からない。」

レイは悩んでいた。〝こんな夢ばかり見るのはなぜだろう?〟〝僕は恨まれているんじゃないだろうか?〟と、考えるようになっていた。

「お前ら相変わらず仲良いよなぁ!将来はどうやって過ごすか考えてんのかよ!」

その時、彼らは別の男子から冷やかしを受けた。リルムとレイはよく会話をしているのでよく勝手に恋人同士と決められている。実際二人は付き合っていない。あくまでもただの友達の関係だ。だが彼等の年頃はどうしても異性に対し、特別な感情を持つことも多い年代である為、こうした冷やかしに対しても恥ずかしい思いをする男女がどうしても多いのだ。

「普通に喋っているだけなのに……。」

「勝手に決められても……ね?」

大人しいレイは何も言えずに、ただそれが大人しくなるのを見ているだけだった。

そこへ親友のモークがやってきた。彼は常に笑っていて、レイと違ってテンションが高い。性格が違う人間同士であるが、これが返って二人の友情を結んだのかも知れない。

「レイ。彼女と何喋ってたんだよ。」

「な……なんでもいいでしょ!それにリルムは彼女じゃないよもう!」

明らかに挑発しているモークに対してレイは少し怒った。

「怒るなって。大げさだよお前。てかお前も女みたいな顔だから女同士が喋ってるみたいだよな。」

「女の子じゃないよ!男だよ!」

と、レイは思わずカッとなってしまった。

 彼はその容姿から、初対面では必ずと言って良い程少女に間違えられる。彼がジュニアハイスクールに入学した時も、最初は皆が目を疑ったというのだ。

「つーか今日の練習どうするんだよ。」

「練習……?あ、サッカーか。もちろん行くよ。と言うか……僕毎日行ってるでしょ?」

「一応聞いたんだよバーカ!」

「むっ……」

モークは舌を出してレイを挑発し、笑い始めた。真面目なレイはあまりこういう風に言われるのは好きではないようだ。

レイは今、サッカー部に所属している。サッカー部の間では下手だが、下手なりには一生懸命取り組んでいる事には部活顧問もキャプテンも感心している。サッカー部は基本的に平日のみの活動。土日は休み。しかし部活動は時にはいつの間にか辞める部員も居たりする中、レイの場合は余程の用事が無い限り毎日参加していた。

「レイは部活を頑張ってはいるけどさー、やっぱり下手だよな。」

モークに言われ、レイは少し悔しかった。部活では一生懸命にやっているのにモークにそう言われるなんて思ってもみなかったから。

「レイって一生懸命にやってるのになんで上手くなれないの?」

「うぅ……」

更にリルムにまで言われ、レイは悔しさを通り越して落ち込む。

「あ、嘘だよ!気悪くした?」

「言いすぎだよ……はあ……」

大人しく、真面目なレイからすればこの指摘は余りに辛いと言えた。ともあれ、これも学校生活の内の一部である。このように、彼の学園生活は、今日も始まった。

 

 

その後も時間を知らせるベルが鳴り、やがて昼食の時間になった。昼食の時間になれば、レイはいつも親友のモークと二人で食べる。これは毎日の事で、それだけ二人は仲が良いと言う事だ。

昼食時は生徒達がそれぞれの時間を過ごしている。友人と楽しく喋る者、Eフォンを弄る者、校庭でスポーツを楽しむ者、机で予習に励む者。様々な時間の過ごし方があった。

「そう言えばお前っていつも飯の量少ないよな。なんで?サッカーやってるのにさ。」

「これは弁当箱が小さいだけなんだよ。」

「ふーん。腹減らねえの?」

彼はいつも母親が作る弁当を持ってきて食べている。昼食時は主に食堂の料理を食べる学生が多いのだが、彼の場合は違った。モークは地下にある購買店に売っている菓子パンを食べる、牛乳を飲むなどをして昼食を堪能している。

「ううん、これでも一応お腹は膨れるし。でも今日はダメ……朝ご飯食べるの忘れてて……はぁ……せめてトースト咥えながら登校するんだったな。」

今日のレイは人一倍空腹が激しかった。紛らわせる為に弁当を食べるのだが、それでも空腹は治まらなかった。

「おいおい、漫画みてえなこと言ってんなよ。つーかお前遅刻寸前だったもんな。それで朝飯抜いたんかよ。」

「はあ、やっぱり朝ご飯を忘れたのは致命的だったかな。」

「少し分けてやろうか?俺あんまり腹減ってねーし。」

「あ、大丈夫だよ。」

「なんだよ、せっかくの親切をよ。」

レイはこのように、若干ながら遠慮しがちな性格でもあった。しかしこの性格が災いし、結局レイの空腹は昼食を食べても満たされる事は無かった。所持金があれば地下の購買店にパンでも買いに行くのだが、生憎今日は慌てて出かけたため、金を持っていなかったのだ。

「レイ!お腹空いてるんだったら私がパンでも分けてあげたのに。」

そこへ、リルムが声を掛けてきた。

「でも悪いし、いいよ。」

「もう、遠慮なんてしなくてもいいんだよ。」

「え、そうかな……?」

リルムに言われて、何故か納得するレイ。不自然な様子で数回首を縦に振った。

「それよりこれじゃあ今日のサッカー大丈夫かな。」

改めてやはり朝食は食べてくるべきだった……と彼は内心後悔した。

その時、突然リルムは肩をポンと叩かれた。そして慌てて振り向く。

「や、リル。」

「あ、ミアー。」

その女子の名前はミアー・ジャイス。リルムと仲の良い友達である。レイで例えるならモーク的な人間だ。ミアーはリルムのことを〝リル〟と呼んでいる。彼女もまた、同じベレーナジュニアハイスクールのごく普通の生徒なのだ。外見はツインテールに整った顔立ち、ややグラマーな体系が特徴的な美少女であり、彼女もまた、男子から人気のある存在として数えられている。

「ね、今度日曜日ショッピングモール行かない?色々と見たいものもあるし。」

「あ、いいね。行こう!」

愛らしい容姿をした両者の姿。それを見て、憧れを抱く男子もまた、少なくないのだ。

その際、本鈴が鳴った。昼休みの終わりを告げるベルである。しかしそれを聞いて大人しく席に着く生徒などなかなかいないものである。

 

 

 

授業が終わり、放課後になった。レイはモークと共に、サッカー部の部室へ向かった。

部室はあまり広いとは言えない。ロッカーが人数分用意されていて、部室の端っこに部員が集まるようなテーブルが置いてある。また、部員のロッカーには持ってきた雑誌や漫画や破廉恥と言える本が入っているロッカーもあった。これらを持ってテーブルに座り、読んだりトークを交わしたりして交流を深めるのだろう。

レイとモークがユニフォームに着替える間、彼らは少しトークを交わした。

「ウォーミングアップのジョギング、今日は自信ないな……」

「ゆうてそんなにお前、速くないだろ。」

「ちょっと、失礼じゃない!?」

朝食を抜き、昼食も量が少ないとなれば、部活動の時にパフォーマンスが発揮出来ないのは当然と言える。だが、その中でもレイは部活動に参加する。彼は、真面目な性格だ。故に部活動を抜け出すといった事はしない。

「あー思い出した。俺用事で途中で帰らないとダメなんだ。」

「え、それって……サボり?」

と、静かにレイが呟く。

「は!?ちげーし!」

と、言うモークの視線は、どこか泳いでいるように見えたのだ。

 

やがてウォーミングアップのジョギング終えた。だがこの時、レイは疲れ果てている様子だった。やはり、少量の食事が災いしたのだろうか。

「なんだよ?息切れし過ぎじゃね?」

「だって……凄く疲れているし……」

いつもなら走れるのに今日に限って走れない……朝食を抜いた事で、ここまで変わるとは思わなかったのだ。それがレイにとってとても辛い事だった。

「あ、そう言えばお前朝飯食べてないんだっけな。」

突然、モークは思い出したように言った。レイは静かに頷き、引き続き荒い呼吸を続けた。この時、いつもと様子が違うレイを見て突然大声が浴びせられた。

「コラァ!」

「うわぁ!?」

「キレス!何疲れてるんだよ!だらしねーな!」

「あ……キャプテン……今日は……ちょっと……」

ベレーナジュニアハイスクールのキャプテン。彼は三年生で、もう引退の時期を過ぎている筈なのだが、相当なサッカー好きらしく、今でも続けている。彼は熱心な性格で、レイ達を鍛えている。

彼の場合、何が凄いのかと言えばサッカーがずば抜けて上手いのでハイスクールからオファーを受けていると言う事だ。

「おいおい、やる気はあんのか!?ああ?」

「あ、ありますよ!」

「あ……あります……はぁ……はぁ……」

はっきりと言うモークに対し、食事量が少なかったレイは、疲れた様子で返事をした。するとキャプテンは怒り始めた。

「何だよそのやる気の無さそうな声は!もっとやる気出せよな!」

「はっ……はい!」

その時、モークは視線をキャプテンから逸らすように

「あ、俺……もう帰らないとダメなんスよ。」

と言った。それを耳にした当然キャプテンは怒り始めた。

「ああ?なんでよ?」

「あ……その……家の用事でして。」

「ああそうか!分かった!じゃあさっさと帰れ!」

サッカーをやらない者にここにいる資格は無い……彼はそのような雰囲気を漂わせていた。モークは気まずい様子でせっせと帰って行った。キャプテン、短気な性格ですぐに怒りがちな性格である。これが部員にとっては非常に迷惑な話で、常に気を遣わなければならないのだ。

 

 

それから、厳しい練習は終わった。この日は顧問の教師が休みで、キャプテンが代わりに指導していた。非常に厳しい練習が続いた為、レイにとっては長い一日に感じられた。特に朝食を抜いた事。それが一番大きく影響していた。

「はぁ……疲れた……帰ったら何しようかな。」

今日はモークが早めに帰宅した上、今回の練習の厳しさが影響しているのか、他の部員達はせっせと帰る準備をして急いで帰ってしまった為、溜息ばかり吐いていたレイはいつしか一人、残されてしまった。よって、彼が帰る際に一緒に帰る人間はいなかった。仕方無しにレイはしぶしぶ一人で帰る事になった。

 

 

 

帰り道。学校が終わったらすぐ、大勢の生徒達で覆い尽くされる道だが部活動が終わった時間が遅かったと言うのもあってか、あまり生徒の姿は見られなかった。レイはそのような一見寂しい帰り道を、一人で歩いている。

彼が駅に向かって歩いている時、路地裏に妙な二人組を見た。私服を着た妙な男が二人。一人は青い服を着ており、もう一人は黄色の服を着ていた。背丈は青い服の男の方が高く、黄色の服を着た男はどこか、弱々しい印象を受けた。

ただの友人同士か何かだろうと思い、レイはその場を通り過ぎようとした。その時、この二人は、あるキーワードを述べる。

「……ところでアーネスト。俺のガンダムはいつ完成するんだ?いい加減待ちわびたんだけどな。」

「ちゅ、中尉!そ、そんなことあんまり堂々と言わないで下さいよ!軍の機密なんですから!」

ガンダム。それは現在から百五十年以上前から存在するとされるモビルスーツ(MS)。強さや戦争の象徴とされ、かつてのデウス動乱時も使用されるなど、それは軍関係でなく一般にも知れ渡る程の存在となっている。特に百五十年以上前に活躍したガンダムはファースト・ガンダムと呼ばれ、ガンダム伝説として多くの書籍や当時の話を予想した小説、挙句の果てにはプラモデルも売られる程に人気のある話であった。レイ自身MSに関しては興味があり、時間があればEフォンで写真を閲覧したり、書店に置いているMSカタログを読む事がある。

 MSという存在自体はこの時代より百五十年以上前から存在していた。しかし本格的にMSという兵器が戦争等に導入されるようになったのは現在(P.C0005)より何十年も以上前に勃発した第二次クリスタルウォーの時である。

その時にレイは聞いたのだ。〝俺のガンダム〟という言葉を。その事から、新しいガンダムでも開発されるのかという予想が出来た。そしてこの二人組が何かの軍の関係者ということも把握出来た。

レイはこれに興味を抱いてしまい、この二人の会話を聞きたいという欲求が現れた。その為、路地裏にこっそりと侵入し、ばれないように立っていた柱の陰に隠れて話を聞いていた。

「ばーか。こんなところに普通人間が来るかよ。つーかお前こそ街中で中尉とか抜かすな!軍人ってばれたらいろいろややこしいんだよアホ!」

「も、申し訳ございません!デイルちゅ……いえ、クラリスさん!」

「ボケ!また言いかけたな!」

随分と偉そうな性格の男の名前はクラリスといった。

クラリス・デイル。階級は中尉らしく、尉官の人間である。しかし何故軍の尉官がこの街中にいるのかが理解出来ない。もう一人の男は、アーネストと言った。恐らく、クラリスの部下に当たる人間だろう。

「そ、そう言えば……確か今度の日曜日でしたね。プチモビルスーツ大会。」

クラリスでない、もう一人の男が突然プチモビルスーツ大会の話題を持ってきた。クラリスと言う男は気に食わない表情で言う。

「あ?プチモビルスーツがどうしたっていうんだ?」

「あの大会は新生連邦にとって大切な大会なんですよ!貴方ガキっぽいとか言いますけど……」

新生連邦。正式名称、新生連邦政府軍。それはかつてデウス動乱で戦った地球連邦政府から名称を改め、新たに樹立した軍の名前であり、一時期世間を賑わせていた存在である。彼等がその新生連邦の関係者であるということが、今の話で理解出来た。

「せめて挨拶だけでもお願いしますよクラリスさん!貴方も軍マニアからすれば知名度はあるんですから!」

「うるせえんだよ!冗談じゃない!あんなお子様の大会の挨拶ですら嫌だっつーの。大体あんなもんやる軍の意向がよく分からんねーんだよ。」

「あれは軍にとって大切なものなんですよ!将来のパイロットを育成する為の!」

「そんなもんどうでも良いんだよ!」

この間もレイは一生懸命話を聞いていた。が、その時だった。何故か側に落ちていた空き缶を蹴ってしまったのだ。焦るレイ。その音に気付いた二人の男はレイの方向に近付く。

(しまった……!?)

「何だ!?まさか聞かれた!?ガンダムの話を……?」

「それは、少しまずいですね……」

逃げようと、レイは考えた。その間にも迫る男達。早く逃げないと捕まってしまう。レイに焦りが見えた。そして彼は走った。無論、その姿はクラリス達に見られてしまう。

「おい、ガキだと!?と、とにかく逃がすか!」

クラリスは逃げるレイを追いかける。レイも必死に逃げ出す。が、レイはミスを犯してしまっていた。彼の持つ部活用の鞄が非常に重かったのだ。これが邪魔をし、早く走れなかった。

結局、レイはクラリスに捕まってしまう。必死にもがくが、それは無駄だった。

「嫌、離して!」

「捕まえた!おい、今の聞いてただろ!正直に答えろ!」

クラリスの側にいた男、アーネストが言った。その間もレイは必死にもがく。

「離して!離して下さい!」

「うっせえガキ!世の中には聞いてはいけないこともあるって教えてやるよ!」

すると、クラリスはポケットからハンカチを取り出し、レイの口元を覆った。その瞬間、レイの瞼は徐々に閉じられていく。

やがてレイは眠りに落ちた。ハンカチには睡眠薬が染み込んであったのだ。

「とりあえず連れてくぞ。にしても、こいつ変な奴だ。顔は女なのに学生服は男のものを着てやがる。」

クラリスはそのまま側にあった車に移動し、レイを後部座席に寝かせた。やがて車は発進し、そのまま別の場所へ向かう。

偶然聞いてしまった新生連邦の話。それによってレイは連れ去られたのだ。レイはただ眠らされ、何も出来ないまま連行されていく。一体どこへ向かうのか。そして、彼はどうなるのか。

 

 

 

「う……ん……」

レイは目を覚ました。そこは見知らぬ場所で、狭い部屋だった。窓を見れば暗く、現在が夜であることが分かる。辺りを見回したところで彼は先程あった事を思い出した。新生連邦の軍人に睡眠薬を染み込ませたハンカチを口に覆われて眠ってしまい、気がつけばここにいた……となれば、恐らく軍人がこの部屋に来る可能性が高い。レイはそう思うと恐怖した。

「どこなんだろう……あの人達……来るのかな……?」

その瞬間にドアが開いた。ビクリと震えるレイ。そこで見たもの……それは先程の軍人二人だった。

「目が覚めたか?」

男の目つきに怯えるレイ。一方隣にいた男はレイを見るのだが、睨みつける様子は無い。

彼は口を開くことが出来なかった。一方で睨む男の口が開く。

「悪い子だよなあお嬢ちゃん。ここがどこか知りてえか?ここは、まあ……新生連邦の隠れ家みたいなモンなんだよ。」

「僕は……女の子じゃありません!」

女顔のレイはこの男に女の子に間違えられてしまった。しかし、その言葉はこの状況では言ってはいけないセリフだった。

「うっせえんだよ!それより、俺達の事を知った以上は例えガキでもさ、それなりの口封じをしねえとな。」

「!」

その言葉はレイに強烈なショックを与えた。ひどく怯えており、目が若干潤んでいる。それは普通、レイの年頃の人間ならば冗談や怒った時に言う台詞で、普段ならば恐怖に感じるべきでない台詞だ。だが言ってきた相手が違う。それだけで恐怖に感じる。

「え……殺される……の?」

レイの心は恐怖で満たされていた。〝殺される……〟レイはそう思った。レイの頭の中は真っ白になった。

「そんな訳ねぇだろ。ただ、お前の態度次第。にしても悪いガキだよお前は。全く親の躾が悪い。」

恐怖のあまり震えるレイ。しかし、この男の行っている事は犯罪行為だ。ならば、警察に言えば良い……と考えた。

「あー、ちなみにこの件に関してだけどな、警察に言った所で無意味だぜ。軍が行っている事に対して警察風情が動く訳がねえ。お前が泣きついたところで無意味なんだよなあ!」

この男の言うように、モントリオールの警察組織は新生連邦軍によって管轄されている。つまり、軍が何らかの行為を行っても警察が取り締まる権限がない。つまり、クラリスにとって今の状況は有利と言えたのだ。

「人の秘密ってあんまり聞き入っちゃいけねえんだぜ?おい、なんで聞いたんだよ。答えな。」

「……」

「黙ってるんじゃねえよ。なんで俺達の話を聞いていたのか聞いてんだよ!!!」

レイは恐怖に怯えた表情を続けている。その後でレイは、恐る恐る、こう答えた。

「き、気になったんです!ただ……それだけ……」

彼等の話が気になった。レイが答えられる唯一の質問である。が、クラリスはそれに対して怒り出した。

「ふざけんじゃねえぞ!何が気になっただよ!それでガキだから許されるとでも思ってんのか?甘い甘い!そんなんで許される訳がない!」

「あの、クラリスさん……もう許してやっても宜しいのでは……?」

アーネストがレイを可哀想に思ったのか、その台詞を言った。その瞬間、クラリスは男を拳で殴り飛ばした。勢いで男は倒れてしまい、痛がる仕草を見せた。レイはそれを見て体が震えた。目からは涙が溢れ出そうになっており、口元を両手で覆った。

「だから甘いんだよお前はいつまで経っても出世もしねえんだよ。どっか行ってろ。あ、そうそう。お前。ちょっと来いよ……」

「え……!?」

これから何をされるのか……今のレイには分からない。その後彼はクラリスによってある個室に連れて行かれた。

 

クラリスはレイを連行し、別の部屋に向かって歩いていった。そして着いた場所は錆付いた不気味な部屋だった。先程の部屋よりも薄暗く、小さな机が一つ、小さな椅子が二つ置いてあった。

「入れ。」

そう言われてレイは言われるままに部屋に入る。そして二人は座った。座った後、クラリスは彼の所持していた生徒手帳を見て、顔と名前を確認する。

「レイ・キレス。ベレーナジュニアハイスクールの十四歳。へぇ。これで男かよ。どこからどう見ても女じゃねぇか。」

男は容赦なくレイを軽蔑した。その時、レイは何度も“女みたい”と言われることに苛立ちを覚えたのか、ついこの言葉を言ってしまう。

「僕は男です!」

その時、彼に先程までの恐怖心はなかった。女と言われ、それが嫌に感じたのだろう。しかし、そのような事等、クラリスには通用しなかった。

「やかましいんだよ!黙れ!!!」

そう言われてレイは黙った。するとクラリスは言い出した。

「そうだ。俺の名前を聞きたいか?」

「名前……ですか……?」

「名前だよ。教えてやろうか?クラリス・デイル中尉だ。ハハハ、有名なんだぜ俺はよ!」

と、クラリスは高らかに笑う。それと同時に、着ていた青い服を脱ぎ、新生連邦の軍服を見せた。レイに対する見せしめの為である。

「クラリス……さん……?え、女性の名前……?」

命知らずなレイは咄嗟に口を溢してしまい、少しして後悔してしまった。

「うるせえんだよ!コンプレックスなんだよな……ま、どうでもいいけど。まあ覚えとけ。」

やたらと自慢げに語るクラリスの名前を知った後、自分の目的を思い出した。

「ああそうだ。すっかり忘れてた。全く……まさかお前みたいに好奇心の強い人間が本当にいるなんてな。」

「好奇心……?」

「親から教わらなかったのか?下手に相手の秘密を覗いたり聞いたりするもんじゃないって。そんな事を教えない親だなんてよ、ひでぇ親だよな。お前の親の顔が見たいよ。馬鹿の極みだな!だからこんなクソみたいなガキが生まれんだよ。」

その時、レイの内に異様な怒りが込み上げてきた。先程の恐怖はどこへ行ったのか。目の前に居る、自身の両親を馬鹿にするこの男が、許せないでいた。

 そう思った時、彼は愚業を行ってしまっていたのだ。

 

ドゴッ

 

「うぐっ!」

あろう事か、レイはクラリスを殴っていた。そして、彼は

「父さんと母さんを馬鹿にするな!!!」

と言葉を発していた。レイ自身、不思議な感覚だった。何故、この時恐怖を抱いていなかったのかは定かではない。

対するクラリスは苦しそうな表情を浮かべ、怒りを見せた。

「な……何しやがるクソガキ!!!」

これにより、クラリスの怒りを買ったレイは、思い切り肩を殴られる。彼の甲高い声が部屋に響いた。

「ああうっ!」

これが決め手だった。クラリスは怒りを抑えられない様子でレイを睨みつけた。彼は失態を犯してしまったのである。クラリスに対し、反発したのが行けなかったのだ。

「父さんと母さんを馬鹿にするな?ハン、普通の事を言ったまでだよ。」

「酷い親……?そんな事を言う貴方はどうなんですか!」

しかし、彼も子供だった。両親を馬鹿にされ、怒りの余り自分の立場を忘れていた為である。最早我を忘れてクラリスに意見を続けた。だが、クラリスはその台詞を聞いて握り拳を作り、言った。

「おい、尋問してやる。クソガキ。覚悟しろ。」

「え……!?」

 

バンッ

 

次の瞬間だった。レイはクラリスに突き飛ばされた。その衝撃で彼は尻餅をついてしまう。

 そして、クラリスは指をポキポキと鳴らし、恐ろし気な笑みを浮かべたのだ。

「お前、モテるだろ。顔は奇麗だな。せめてもの情けだ。顔は傷つけないでいてやるよッ!」

 

ドゴッ

 

そう言った後、クラリスはレイの腹部に目掛けて思いきり蹴ったのだった。

「うぁっ……!」

それも、何度も。同じ場所に。最早それは尋問ではない。ただの拷問だった。レイは黒い学生服を着た状態で、容赦の無い暴行を受け続けたのだ。苦しむレイに対し、それを見ながらクラリスは見下すように言った。

「クソ弱いなお前。この程度でくたばるんだからな。ま、所詮はガキか。」

「う……う……」

痛みがレイを襲った。彼らの秘密……ガンダムに関する話を聞いただけでここまでの仕打ちを受けなければならないことに彼は納得がいかない部分もあった。が、逆らえば殺されるかも知れないと恐れるレイは黙るしか出来ない。

「俺がお前を蹴ってる理由はな、お前がむかつくと同時にお前が他の奴に喋る気力を失わせるためなんだよ。本当なら殺してやりてぇが、実際本当に殺しちまうと色々とややこしいことになるんだよ。特にてめえみたいな未成年を殺っちまうとな。まあいいや、このままお前を壊してやる。」

「新生連邦は……」

「あん?」

「新生連邦は……そんな風に、暴力で解決する組織なんですか……!?」

レイはこの男の振る舞いに異議を唱えた。まるでこの男にとってのサンドバックにされている自分の立ち位置が不満で仕方がなかった。さすがのレイもこれに怒りを感じずにいられなかった。が、クラリスは溜息を吐き、笑った。

「はん、呆れちまうぜ。いいか、よく聞け。新生連邦はな、組織であり軍だ!分かるか?お前デウス動乱知らねえのか?あれで戦った昔の地球連邦軍が今の新生連邦軍な訳!分かる?」

「分かっていますよ!けど!こんなのって……!」

「てか新生連邦の秘密を立ち聞きするなんてな!お前のような奴を命知らずって言うんだよばーか!学ランなんか着てるガキンチョが偉そうに抜かしてんじゃねえ!まだ抜かすか!自分の立場も弁えられないなんてだらしねえ奴!!!だからガキは嫌いだ!ポンポン遠慮なく好き勝手言いたい放題言いやがるから!!TPOを弁えないから!」

そう言ってクラリスは再びレイを蹴り飛ばした。その際に出る苦しむ声が、クラリスを更に怒りに駆り立てる。

「戦争を知らないクソガキが!偉そうに語るんじゃねえよ!」

男は、相当苛立っていた。まるで日頃の鬱憤を晴らすかの如く、暴力でレイを追い詰めていく。

「うぅ……」

この時、レイは身動きが取れなくなっていた。殴られる余りに体が動かなくなってしまったのだ。親を侮辱されたり、女みたいと呼ばれたり、容赦なく罵声を浴びせられたレイは悔しさと不安な気持ちで満ちた状態で身動きが取れなくなり、痛みが襲う。 

その一方で、自分がどのような扱いになるか分からないという、得体の知れない恐怖感が、今の彼を包んでいたのだ。

その時のレイの足元は震え上がっている。だが、武器も何も持っていない彼はただクラリスの言いなりになるしかなかったのだ。

「まあ、これだけ痛めつけりゃ逃げられねえだろ!糞が!大人しくしてろ!」

やがてクラリスと、もう一人の男は部屋を後にした。その後ろ姿を確認したレイは、どこか、妙な安寧の表情を浮かべ、痛みと眠気が混じる中、彼はまるで意識を失うかのように眠りにつくのだった。

 

 

少しばかり時が流れ、レイは目を覚ました。目覚めた場所は、先程の場所だ。だが明るさを感じない。恐らく、まだ夜なのだろう。

それと同時にレイは先程のクラリスの暴行を思い出し、どこか、寒気を感じた。恐怖感が蘇ったのだろう。そして、殴られたり、蹴られた箇所を思い出す。

だが、痛くない。あれだけ痛めつけられた筈なのに痛みが殆ど消えている。少しばかり自身の身体を回旋させてみたりするも、疼痛を感じる事がなかった。

(不思議だ……どうしてこんなに痛みがなくなるのが早いんだろう?)

ふと、レイは服をめくり、怪我した場所を確認する。この時、蹴られた場所の傷ははっきりと残っていた。だが、痛みは全く感じない。妙な感覚だ。何故、すぐに痛みが消えたのだろうか。

 彼は幼い頃からこの、妙な体験をしている。昔から何らかの怪我をしても、痛みも長引く事なく、怪我自体もまるでなかったかのように再生する。それは彼自身不思議で仕方がない事だったのだ。

(それより、ここから出る事を考えよう……あれ?)

この時、“何か”に気付いたレイはそっと立ち上がり、足音を立てぬように移動した。痛みを感じていないレイにとって、これは簡単な事と言えた。

 ふと、隣の部屋をそっと覗く。そこには、二人の男が居た。先程暴行を加えられた男であるクラリスと、もう一人の男であるアーネスト。

 ただ、両者はあろう事か、眠りについている。クラリスはベッドで、アーネストはテーブルにて伏せて眠っている。恐らく交代で起きていたのだろうが、アーネストの方が眠ってしまっていたのだろう。

 これは今のレイにとって絶好のチャンスと言えた。この二人が眠っているといい事は、ここから脱走するには、今しかない。

 だが建物の造りが分かっていない状況で脱走をするのは難しいと考えられる。どのような構造なのかも分からない上、出入り口に鍵が掛かっている可能性も否定できない為だ。

(でも、逃げるには今しかない!)

それでもレイは勇気を出し、行動に移した。痛みのない身体は彼を動かすのに十分な力を発揮させる。

 二人の男が寝ている部屋を通った後、目の前に見えたのは階段だった。そこを降りれば恐らく逃げられるかも知れないと思い、静かにレイは移動する。

 幸い、建造物の造りは鉄骨造りだ。もし木製だった場合、きしむ音が響く可能性もあった為、レイは慎重に移動を続ける。

 やがて彼は一階まで降りた。そのまま、静かに歩くレイ。やがて一つの扉が見えて来たのを確認すると、彼はすぐに扉を開けようとした――

 

「待ちな」

「!」

後ろに、一人の男の声が聞こえた。慌ててその方向を見てしまうレイ。だが、そこに居たのはクラリスではなく、部下のアーネストだった。逃げようとしたのが発覚してしまったのである。

 最悪のタイミングだった。このまま逃げられると思ったのに、まさか見られていたとは思わなかった。このまま自分はどうなる?先の部屋に連行されるのか?だがその先は一体?様々な不安がレイを過った時――

 

スッ

 

アーネストは突如、二枚の紙幣をレイに渡した。一体、これはどういう事なのか?

「え……?」

「それで近くのタクシーでも拾って、早く家に帰りな。」

予想外の事に、レイは驚愕していた。何度も瞬きをし、そして、手に渡された紙幣を見る。

「デイル中尉には俺が見張っている間に逃げられたって言っておくから。ただ、ガンダムの事に関しては絶対に話すな。極秘情報故に、他言無用なんだ。それだけは守れ。万が一そうなった場合、俺だって保護の出来ねぇから。じゃあな。」

そう言った後に、アーネストは階段を上がって行った。余りに突然の事に、レイはただ、驚愕するばかりだ。

(僕を庇ってくれたの……?)

その真意は不明だが、これは絶好の機会だ。今のレイがこの場に留まる必要はない。急いでここを出れば良いだけの話。その上での交通費をアーネストがくれた。ならば、急いでここを出れば良いだけだ。

(ありがとうございます……もし、会う事があれば、恩返しがしたいです……)

レイは心の中で男に礼を述べた後、静かに、その場から去って行った。

 

 

「何!?逃がしたぁ!?つーかお前、寝ていたのかよ!」

「も、申し訳ありません、中尉!私としたことが、うっかりと……」

その後、アーネストは上官であるクラリスに叱られてしまっていた。秘密を知った少年に逃げられたという事実はクラリス・デイルと言う男にとって屈辱と言えた。

 ガンダムの秘密を聞かれた為、その身柄を確保しなければと考えていた男だが、部下であるアーネストがレイを逃がし、そのお陰でレイは無事に逃げられた。その代わりにアーネストは叱責を食らう事になってはいるのだが。

「クソが!もしあのガキがもし口軽で下手な情報が出回ったら厄介だぞ……幸いなのは録音とかされてねぇのが救いだが……クソ、俺とした事がこんな屈辱!!!」

クラリスは悔しさを感じていた。彼にとってこの出来事は予想外の事だ。軍の秘密が知られる事は当然あってはならない。それを聞いた人間がレイのような少年であれ、機密事項を聞いた以上は本来ならば事情聴取を行わなければならない。クラリスの場合は拷問のような仕打ちではあるが。

「しかし、相手は子供ですよ?仮にあの子供が新生連邦のガンダムの話をしても、所詮はホラ話で終わりますよ。」

と、アーネストはフォローを入れる。彼がレイに紙幣を渡し、逃げるように諭したのはクラリスの拷問が度を超えていると判断したせめてもの情けなのだろうか。

「クソッ、何にしてもあんなクソガキをこの俺が逃がしたっていう事実が気に食わねぇんだよ……」

と、言いながら、クラリスは右手で拳を作り、左手を広げ、そのままガンと打ちつけた。

「もし、今度会ったらあのガキ、只じゃおかねぇからな……」

この男はレイを敵視し始めていた。確かに情報漏洩は危険だが、明らかに敵視する相手としては不適切であると、言えた。この様子を見ていたアーネストは、ただ、静かに溜息を吐いたのだった。

 

 

 

その一方で、レイは走り続けていた。アーネストの機転によって逃げる事が出来たのは良かったのだが、問題はその場所だ。

ここが何処か分からないのだ。これでは、タクシーを拾うどころか乗り場すら見つからない。幸い、時計は見えた。今は夜中の二時。人々が寝静まり、気温も下がっている時間だ。うすらと雪が降っているのも見えた。

「はぁっ……はぁっ……」

急いで走った為か、レイは疲れ果ててしまった。ここがどこか分からず、ただ路頭に迷うレイ。周囲には建造物も見当たらない。見慣れない環境に不安を抱きつつも、とにかく移動する。荒い息は白く染まり、そのまま空に舞い上がって消えていく。

「……あれ?」

うすらと、明かりが見えた。目視で推定200メートル程度の場所か。その看板を照らす明かりを見て、近付こうと思ったレイ。もしかすればここがどこか分かるかも知れない。

やがて小走りを行い、その地点まで来た時、明かりに照らされたその看板を見ると、駅までの距離が書かれていた。それと同時に、駅名も書かれている。

「この駅って……そうか、分かった!」

寒さの中、レイは思い出したように言った。看板に記載されていた駅は、レイの地元の駅から三駅離れている場所であり、幸い、レイが分かる範囲の駅だったのだ。それを知った時、レイは少しばかり元気が出た。寒さの中、彼は駅を目指して歩く。

 距離にして1キロメートル。徒歩でおよそ十五分程度か。その距離ならば、歩ける。駅があれば、そこにタクシーもあるかも知れない。そこから帰る事が出来る。アーネストから貰った紙幣が、恐らく役立つだろう。これはレイにとって僥倖だ。散々な目に遭っていたレイだが、真夜中で駅が見えて来るという事は不幸中の幸い幸いと言えたのだ。

 

 

 それから歩き続け、彼は駅に着いた。駅に着いた時、タクシーが停まっているのが見えた。寒さの中を歩き続けたレイはとにかく、暖まる場所に行きたいと思い、急いでタクシーに乗り込んだ。

 そこでレイは行き先を伝えようとした時――

「おいおい、学ラン姿の子供がなんでこんな時間にタクシー乗ってるんだ?」

レイは肝心な事を忘れていた。自分は学生服を着ている。この時点で彼は生徒であり、周りの大人からすれば真夜中に子供がいるという事自体おかしいという事になるのだ。

(しまった……)

まさか新生連邦の軍人に拉致されていたなど言える筈がない。言ったところで信じて貰えないかも知れない。

 だが真夜中に生徒がいるという事が親に知られたり、学校に知られるとそれは厄介事になる。それは避けたいと思っていた。

「あー、事情があるやつだな。良いよ。その歳なら色々あるんだろ。行き先、言いなよ。」

「え……?」

予想外の回答が聞こえてきた。タクシーの運転手は特に聞きする様子を見せなかった。

その後レイは行き先を伝えたと同時に、エンジンを掛け、そのままライトを点灯させて車を発進させたのだった。

 

 雪の中を走るタクシー。レイを一人、後部座席に乗せるそれは、人通りが居ない場所をただ、走る。

「親と何かあったんか?本当なら補導の為に生徒手帳とか確認して親か学校に報告しねぇと行けないけど、今回は特別な。」

この事はレイにとって有難い事と言えた。彼のような未成年は保護の為に公共の交通手段を用いる場合、基本的に時間帯によっては身分証明を見せたり、場合によっては親に連絡を取られる事があるのだが、幸いにもタクシーの運転手は然程聞きする様子を見せなかったのである。

「あの、ありがとうございます。」

と、レイは一言礼を述べた。

「なぁに、俺も自分と同じ頃はよく親と喧嘩したりしたからな。色々あるんだろ。あれだったら、タクシー代金だって負けても良いけどな。」

「そんな、それはダメですよ!」

と、謙遜するレイ。当然だ。無賃乗車など本来はあり得ない事である。だが、それを負けてやろうと言うのだ。

「そんなに遠くないんだろ?なら送ってやるよ。そんぐらい気にすんなって!」

と、言う運転手の優しさにレイは甘える事にした。訳ありの少年と見られている様子だったが、この運転手の優しさがレイには申し訳なさで一杯にさせたのである。

(なんだろう、なんか、妙に安心すると言うか……なんていうのか……)

レイはふと、考えていた。先程までの危機的状況から一転し、安心出来る状況に身を置いたが故に、レイは安心しているのだった。この時、妙な安寧と車内の暖かさがレイの瞼を静かに閉じていく。不安な状況と違う眠気はどこか安心感を与えているのだった。

 




第一話投了。日常生活メイン回です。
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