「おうい、起きな」
レイは聞き覚えのない声で目を覚ました。ここはどこか……と思った時、すぐにレイは思い出したように、青い眼を大きく見開いたのである。
「ああ!すみません!うたた寝、してしまってた……」
と、謝るレイ。何故ならば、彼はタクシーに乗った安心感の余り、急に眠気に襲われたのである。ここ最近見続ける妙な悪夢の事や新生連邦に拉致された事が重なり、レイは少しした場面でも眠気に襲われる事が多くなっていたのだ。
「じゃあ、代金は良いから、元気でな。」
「え!?そんな、やっぱり申し訳ないです!」
「ジュニアハイスクールの生徒から金をむしり取るのは俺だって気が引けるんだからよ、早く降りなよ!」
それはドライバーの親切心だ。余りに優しいと呼べる彼の言動に、レイはただ、申し訳ない気持ちで一杯になる。
「すみません……」
と、そっと溜息を吐き、すぐにドアを開けたのだった。
結局レイはタクシーの運転手に一銭も払う事無く、家の前に着いた。それ自体は有難い事であると同時に、ただ、罪悪感だけが残った。複雑な心境の中、今は家に入る事を選択した。
外の寒さもそうだが、何よりも家族に心配を掛けてしまっている事に対して罪悪感で一杯だ。所持していた鍵を使い、家の扉をそっと開き、皆が寝静まっている内にレイは部屋に戻る。彼は無事、家に戻る事が出来た。それが何よりの喜びと言えたのだ。
(ふぅ、一安心……)
思えば、クラリスに拉致された時はどうなる事かと思った。しかし今、彼は無事に家に居る。真夜中に家に帰ってくるという事は当然ながら珍しい事であり、レイはこの時、どのように母親に言い訳をするべきかを考えていた。
「とりあえず、今日は寝よう……明日も学校だし……」
レイはこの時Eフォンの存在を確認した。今朝、忘れていたEフォンが手元にある。その事は、レイをどこか、安心させるのだった。
ごく普通の一日を過ごす筈であったのに、クラリス・デイルと言う新生連邦の軍人によって少しばかり非日常を経験したレイ。だが彼の部下のアーネストやタクシーのドライバーと言う、良い人に巡り合い、レイは無事帰路につき、家に戻れた。ただ、レイはその眠気のままに、布団を見に纏い、静かに目を瞑るのであった――
だがこの晩、彼は再び奇妙な夢を見る事になる。廃墟の中、銃声が鳴り響いたと思えばそこには少女が倒れており、やがて自らも男によって殺されそうになるという、奇妙な夢。
―――――――――――悪い子だ。この子と一緒に死ななければ―――――――――――
――――――――――――――――――――死ね――――――――――――――――――
「はっ!?」
嫌な目覚めだった。再び見た悪夢。一体何故同じ夢ばかり見るのか。それは彼自身にも、分からない事なのだ。
「嫌な目覚めだ……うぅ、眠いよ……寒いし、起きたくない……」
今日は登校日ではあるが昨夜の事もあり、レイに強烈とも言える眠気が襲っていた。妙な悪夢と、眠気。これらがレイの登校の行く手を阻む。
レイはEフォンに手を伸ばし、そこから起きようとした時――
「レイ!」
声が聞こえた。母親の声だ。その声と共に、レイの眼は大きく見開かれていく事になる。
「昨日どこに行ってたの!?Eフォンも忘れて!何やってるのよ本当に!」
「あ……えと……」
どう、言い訳をすれば良いか分からない。夜中は眠さが勝ってしまい、母親に対する言い訳をどうすれば良いか考えていたのだ。
「まあ、帰って来たのは良かったけれど……怪我とかしてないでしょうね?」
「え……?」
レイはドキンとした。怪我と言う言葉。それは昨夜のクラリスの事を思い出させた。
彼の場合、幸い顔に傷は付いていなかったが、腹部はクラリスに蹴られたことによる痣が残っている。もしそれを見られれば、確実に何があったかを聞かれる。万が一新生連邦の話をすれば、母親達にも危害が及ぶかも知れない。その事だけは、話してはいけないと、レイは本能的に感じ取っていた。
「え?怪我なんてしてないよ!?うん、本当に。」
この場で、どう言い訳をすれば良いだろうかと、レイは懸命に考える。一番納得して貰え易い言い訳は何だろうか……
ふと、彼の脳裏に友人のモークの存在が浮かび上がった。それと同時に、レイは口を咄嗟に開いた。
「も、モークの家に行ってたんだ!そう!それでそのまま盛り上がっちゃって!ごめん、母さん!Eフォンの事も忘れるぐらい!そう!そうなんだ!」
出鱈目ではあったが、今はこれで凌ぐしかない。もしそれ以上詮索されれば大変な事にはなるが――
「変なの。まあ、友達の所で夜中まで語ってたって事?ま、色々とあったのかしらね。」
と、言い、思いの外カレンは彼の言葉を追求する事は無かったのであった。
「レイも十四歳だし、下手に詮索したってしょうがないしね。ま、私は貴方が無事ならそれで良いのよ。でも夜中になるのは感心しないわね。」
「う、うん……ごめんなさい、母さん……」
「いえいえ。」
レイはジュニアハイスクールになるまで彼は無邪気で可愛らしい子供だった。だがジュニアハイスクールになってからは人一倍気を遣うようになった。それが例え親友のモークでも、幼馴染みのリルムでもその態度は変わらない。が、相手の対応次第では彼も気を遣うことを忘れ、それが怒りに繋がることであれば黙っていない。彼は大人しい性格とは言え、まだ少年なのだ。
「けど……それよりどうするの。今日も学校あるんでしょう?」
今日は金曜日。週末だ。学校は通常通りある。しかしこの一夜の出来事が重なった為か、正直、レイは学校が面倒臭いと感じていた。昨日から非常に溜まっている疲れ……学校に行っても疲れて眠るだけだろうと考えたレイは、咄嗟に学校を休むという選択肢を取ったのである。
「母さん、その、お願いがあるんだけど……学校を休ませてもらえないかな?お願い!」
両手を合わせ、頭を下げてお願いをするレイ。
だが、この行為を母親が許す筈がなかった。昨夜の事は自分の都合。その上で勝手に休みを取るなど、許される筈がない。最も、モークの家に行ったという事は嘘の話であるのだが。
「何言ってるのよ!自分の勝手で夜中に帰って来て!自分勝手も程があるわよ!」
やはり、当然と言える反応が返ってきた。実際、レイは異常とも呼べる眠気に襲われている状況。しかし学校がある以上、行かなければならない。だが行った所で授業を受けられず、恐らく眠りに就くのが目に見えているが。
とはいえ、やはりこの眠い状況で学校に行く気にはなれない。レイは、どうしようかとただ、悩むばかりだが――
「レイ、確認したいのだけど、友達と話をして悩みとか無くなった?」
「え?」
カレンはまるで念を押すような言い方をしてきた。それはどういう意図で言っているのかは不明であるが、レイはこれに対し、答える。
「うん、まあ。」
と言ったレイ。
「そう、じゃあ一日ぐらい休む?」
「え!?本当!?」
気が変わったような優しい母親の言葉が彼の耳に入り、レイは歓喜した。人が見れば、カレンは子供を甘やかす親馬鹿と見られるかも知れない。
しかし彼女なりにレイの事を心配しているのだ。十四歳というティーンエイジャーの年頃は様々な経験をする時期である。それ故の心配なのだろうか。
「ただし、今回だけだから。ずる休みなんて普通認めないんだからね。」
「あ、ありがとう!」
と言った後で、レイは母親に笑いながら抱きついた。母親は困ったような、喜んでいるような分からない表情をしていた。それでも息子の笑顔が見られて、安心している様子だった。
「じゃあ学校に連絡しなさい。」
「うん。分かったよ。」
母親の親切のお陰で今日は休むことが出来、レイは一安心する。しかし母親に迷惑をかけたことは事実だ。
結局、自分勝手な行動で学校も休みにさせてもらっているのだから、彼はどうしても申し訳がない気持ちになる。だが今日は本当に休みたい気持ちに駆られていた。ずる休みと呼ばれても構わない。昨夜の経験は、レイを大きく披露させたのだから。
やがて時間が経った後で、ふと、レイは部屋に置いている鏡を見る。クラリスによって蹴られた跡がどうなっているのかが気になった為だ。
「やっぱり、あんまり目立ってないや。」
クラリスに酷い蹴りを受けた筈なのに、不思議な事に跡が殆ど消えかかっている。常人ならば跡は確実に残るであろう力の筈だったのだが、改めて、自身の回復力に対し、レイは驚いていた。
「……なんだろう、不思議だ。まあ、いいか……さて、連絡をしなきゃ。」
自身の事が気になりつつも、レイはベッドに寝転がり、Eフォンを用いて学校に休みの連絡を入れる。その後、少しばかりぼうっとしていた時に、ふと、彼は思った。
「姉さん、今頃勉強しているのかな……?」
彼の姉であるリリアは父親に憧れてジャーナリストの勉強をするために海外留学をしている。現在オーストラリアで学んでおり、しばらく帰っていない。リリアはレイとは二つ、年齢が離れている。現在、リリアは十六歳だ。本来この年齢ならばハイスクールに通うのが一般の学生であるのだが、リリアは単身で留学している。キレス家の長女なのでしっかりはしているが、レイはこの時、姉が少し心配だったのだ。やはりまだまだ未成年であるのに海外に行って大丈夫なのだろうか……と、レイは思っていた。オーストラリアは治安が悪い国だとは聞かないが、それでも何が起こるか分からないのが現状である。レイは何気なく、そのような事を考えて天井を眺めていた。
そのようにぼうっと考えていた頃、部屋の時計は8時50分を指していた。既に一限目の授業が始まっている頃。レイはずる休みと言う形で現在も家にいたのだった。今頃彼らは何をしているのか、頑張って授業を受けているのだろうか?今まで学校へは皆勤だったレイが初めて経験する休み。それは、思った以上に居ても立っても居られないものだった。
とはいえ、何も出来ない現状。暇を潰す為にレイはEフォンを開き、自分の興味のある事について調べ始めた。
授業が始まっているベレーナジュニアハイスクールでは、モークとリルムが話していた。いつもは学校にいる筈のレイがいないことで、レイを通じて仲良くなっていた二人はおかしく思っている。
「あれ?なんで今日はレイ休みなんだよ。」
「先生言っていたよ。風邪だってさ。」
「珍しいよな。あいつあんまり風引かないやつだと思っていたのに。」
大人しいレイだが、実は健康児で風邪を滅多に引かない少年でもある。しかし今日に限って休んでいるので少し首を傾げた。その時、二人が喋っている様子を見て先生は怒った。
「こら、何を喋っているの!?」
この時間は授業中だったのである。一限目は社会の授業だった。社会はレイの得意科目の一つである。また、その教科は担任のリアン・マーキュリーが授業をしていた。
「ええと、では……基本的な事を聞きますね。今から5年前に終結した戦争の事をエリアスさん!」
「あ、はい!」
「さて、何と言いますか?」
「え!?ええと……」
突然先生はリルムを当てた。が、あまりに突然だったので質問の内容が把握できず、素直に一言謝った。
「もう、覚えておかないと……常識問題よ。最近の事じゃない。デウス動乱よ。」
リアンが授業をする際の特徴は隙のある生徒を集中狙いするという、典型的な当て方をする。だから真面目な生徒はこの先生の時は基本的に集中して聞いている。ただ、少しでも喋っていたり寝ていたりした生徒がいればすぐ様その人を当てると言う、典型的で嫌な先生でもある。しかし美人であるので男子生徒の人気は高い。
「エリアスさん、常識問題なんだからさ。テストでも普通に引っ張りだこよ。ここ数年の入試問題にも出ているんだから。ま、戦争終結後だから当然なんだけどね。ここ、点取り問題。」
「そんなあ、分かっているのにぃ……。」
いくら慌てていたとは言え、リルムは若干悔しそうな表情を浮かべた。と言うのも、彼女もまた社会は得意分野だった為である。得意にしているものを間違えてしまうと言う事は、得意科目と言う小さなプライドが許せなかったのだ。
少しの時が流れた頃。相変わらずレイは家の中で暇な様子だった。学校がある日に学校に行かない事がここまで暇だとは思わなかったのである。傷はもうすっかり浅くなっており、痣が若干残っていた。三日後に登校して何があったのかを聞かれても、ただ転んだと言えば問題はない。
「暇だな……ずっと家にいるってこんなに暇な事だったなんて。」
学校から出されている課題も全て終わらせたレイはやる事が無い。と、彼はふと以前に購入したMSカタログの存在を思い出した。リビングに降りてきて、急いでMSカタログの袋を開けた。買って来たのは良かったが、部活などで忙しかった為見る暇が無く、今日偶然暇だったので見ることが出来たのだ。
一通りパラパラとカタログを見るレイ。この間彼は嬉しそうな表情でじっと記載されているMSの情報を見ていた。その時、レイはカタログの一番後ろのページを見てみた。それを見た時、レイの青い眼は見開かれた。
「プチモビルスーツ大会……?え、プチモビの大会なんてあるんだ!?」
それは新生連邦主催のプチモビルスーツ大会の広告だった。
レイはこれに関して非常に興味を抱いていた。と言うのも、MSカタログを見て目を輝かせているレイは、このようにMSが大好きな少年である。また、多少だが機械いじりも得意だ。また、大会で使われると思われる作業用のMSの写真も記載されていた。彼は、この作業用MSに見覚えがあった。
「何年か前に父さんが友達に頼んで作業用のMSを試し乗りさせてくれたっけ。それで上手だって言われた事があったかな。」
彼が言うように、レイは一度作業用のMSに乗ったことがある。それが今回大会で使用されると思われるMS、パワームだ。その際抜群の操縦センスを見せつけ、その場にいた人々を驚かした事があった。つまり、レイはMSを操る素質があるのだ。しかし今普通に平和に暮らしているレイにMSに乗る機会などある筈がない。が、このページはMS好きのレイにとって非常に興味深いものだった。再びMSを操って皆を驚かせることが出来るかも知れないと言う、小さい自己満足が芽生えた。
それにこの大会が行われる場所がレイの家からそう遠くない場所で開催されることに驚いていた。だがそれと同時に、新生連邦が主催と言う言葉が若干奇妙に思えて仕方がなかった。その為か、少し迷いが見られる。
「え、賞金!?賞金が出るの!?」
レイはふと、賞金の項目を見た。それが一番目に映った。これを見た時、レイに迷いはなくなった。参加を決意したのである。ただし、三位までに入賞する事が賞金を貰う条件ではあるが。
MSに乗る事。それは数年前に体験したことなのだが、レイにとってそれは忘れられない体験だった。その上賞金。今、彼は本心からこの大会に参加したいと思っていた。
レイは早速母親に言った。それを言った時、母親の目は点になった。そして母親からこのような言葉が出た。
「本気で言っているのレイ!?」
「本気だよ。昔作業用MSに乗って、操縦が上手って言われたことあるの知ってるでしょ?それに僕、MS凄く好きだし!」
「いや……別に貴方が興味あることだから、何をしても構わないとは思うけど、でも……やっぱりやめておいた方がいいんじゃないかしら?」
「優勝賞金が出るんだよ!もし優勝できれば大きいよ!」
レイの目は本気だった。彼が以前に作業用MSに乗った事は、母親も知っているのだが、彼女は彼にそんな危険な物に乗って欲しくないと思っていた。本来MSは軍用の兵器。レイのようなあどけない子供の乗るべきものではない。母親、カレンはお勧めをしようとしない。
「ねえ、母さん。ダメ?」
「……やめておいた方がいいわ。危ないもの。と言うかやめなさい。」
カレンは本音を出した。どうしても、自分の息子を危険な目に遭わせたくないのだ。レイは必死に粘るかと思われたが、意外にも彼は
「うん、仕方がないよね……。」
と、言ってすんなりと諦めた。あれ程真剣な眼差しをしていたのに、意外と簡単に諦めた事に母親カレンは感心した。
「うんうん、分かればいいのよ。大体賞金言う言葉に踊らされる辺りが貴方はまだまだ子供なのよね。」
「う、うるさいなぁ……」
思えば、その項目を見て今回の出場を一度は決定したようなものだった。それを思った時、レイは自分自身を情けなく感じた。
「それにMSって軍人さんの乗るものでしょう?乗ってみたいって気持ちは分かるけど、実際乗るには軍人にならないとダメなんでしょう?大体レイが軍人って……プッ……なんか笑える!」
カレンは大笑いした。彼女から見て、レイが軍人というイメージがあまりに似合わないと思った為である。レイは頬を膨らませ、少し苛立った。
「……もう!いいよ……」
そう言ってレイは自室へ戻っていく。その姿を、カレンは見てずっと笑っていた。
「母さん、ごめんなさい!」
そう言いながら、レイは早速部屋に戻り、勝手にEフォンで手続きを行ったのだ。参加費は自分の小遣いから出した。これにより、小遣いの大半をなくす結果となる。しかし彼にとってはそれよりもプチモビルスーツ大会に出場できるという事の方が楽しみだったのだ。
「プチモビルスーツ大会、楽しみだな……。」
彼はどうしてもプチモビルスーツに出たかったのだ。母親を騙した事を罪には感じているが、やはりどうしても、やりたい事はやりたいのだ。レイの年頃ならば無理もなかった。この為か、レイは少し有頂天だった。だが、ここで問題が生じた。
「あ……明後日なんだよね……明後日!?」
決定的な事を彼は忘れていた。浮かれる余り、プチモビルスーツ大会があと2日で開催されることを忘れていたのだ。つまり、この二日間で何らかの練習をしなければならなかったのである。流石にMSに乗るセンスが良いとしても、もう何年も操縦していないのだから危険な事に変わりはなかった。
「ああ、どうしよう……近くに作業用MSとかある場所ってないのかなぁ?」
幸いなことに、明日は休みである。予定もない。だから時間があるので練習は可能だ。しかし練習する宛などどこにあるのか……レイは迷っていた。
「そういえば、あそこに工場があったような……」
彼はふと近所にある工場の存在を思い出した。
彼がエレメンタルスクールの生徒だった頃、帰り道にあるその工場で、作業用の小型MSが働いている姿を見た事があったのだ。現在はそこを通らないので今も稼働しているかは分からないが、この存在は今のレイにとって余りに大きかった。
「そうだ……一か八か、やってみよう!」
練習する時間はそんなに残されていない。工場の作業用MSが稼働していなければ、練習が出来ない。それに動いていたとしても、乗せてくれるか分からない。それでもレイは試したかった。工場でMSを借りたかったのだ。それで練習出来れば問題はない。断られてしまったり、無くなっている不安があったが、これらを確認しない訳にはいかなかった。
すると、レイを呼ぶ母親の声が聞こえてきた。気がつけば昼食の時間だった為、カレンは彼を呼んだのだ。
「はーい。」
そう一言言った後、急いでリビングに降りた。丁度彼自身も腹が減っていた為、タイミングが良かった為か、レイの表情に自然な笑みが浮かんだ。
リビングにて昼食を済ませた後、レイは早速工場へ向かう準備をした。もしここで作業用のMSが無ければ、明後日の大会の練習が出来ず、本番の一発勝負になってしまう。どうしてもそれだけは避けたかったのだ。
(小さい頃見た記憶が正しかったのなら、工場にあるMSは恐らくパワームの筈!)
エレメンタルスクールに通っていた頃、毎日のように作業用MSであるパワームを見ていたレイ。この為、見間違えるような事は考えられなかったが、それでも念には念を入れておく。靴を履き、そのまま自分の自転車に乗って工場まで向かった。
十五分程度で工場に着いた。近くに自転車を止めて急いでMSの存在を確認する。すると、そこにはパワームの姿があった。中に人が乗っており、重そうな荷物を運んでいる。レイはここで一安心した。
「あったんだ……良かったぁ……!」
そっと胸を撫で下ろす。だが、まだ安心し切っていなかった。借りられるかどうか分からなかったのである。とは言え、何もしないで帰るわけにもいかなかったので、レイはゴクリと唾を飲んで、そっと工場の中へ入って行った。基本的に工場への一般人の立ち入りは禁止されているのだが、この工場は常に解放されており、誰が入っても問題はなかった。その理由は定かではない。
レイは工場に入った後、とにかく工場員を探す為にきょろきょろと辺りを見回した。が、そこには人の影すら見当たらず、奇妙に感じられた。恐らく別の場所にいるのだろうと思い、少し移動しようとした時だった。レイは背後から突如声を掛けられたのである。
「おいおい、何だ?見学なら今日はお断りだぜ?」
「うわぁ!?」
思わず声を上げて驚いてしまった。そこにいた工場員は、恐らく年齢が三十代後半程であろう男だった。顔つきは屈強な男言ったところ。体つきは逞しく、腕、指が太い。背丈もレイより遥かに高い。
「お、女の子か?なんだ、ここに何の用だ?」
「ぼ、僕は男ですよ!?」
またレイは間違えられてしまった。性別を間違えられることは、女顔のレイの悲しい宿命なのかもしれない。
「なんだ野郎かよ……ま、いいや。それより何の用だよ。」
彼が男だと知った時、その男は溜息を吐いた。
「あの、少し厚かましくて申し訳がないんですけど、実は……」
レイはプチモビルスーツ大会の事についてこの男に話した。意外にも、男は関心を持って話を聞いてくれていた。その様子から、この男もMS好きであることが伺える。
「で、それでうちの作業用のパワームを貸してほしいと?」
「はい、あの、タダとは言いません。必要なことがあればその……何でも手伝ったりします!今日を含めて明日まででいいんです。ここに来て、操縦の練習をさせて頂けたらと思いまして。」
レイは必死だった。ここで断られるわけにはどうしても行かなかったのだ。男も、レイの青く澄んだ目が本物であることは分かっていたらしく、若干動揺していた。だが、男は
「無理!」
と言ってレイの懇願を捩じ伏せた。
「残念だけどあれが無いと、仕事が出来ないんだよ。坊っちゃんのプチモビに対する熱意はちょっと伝わったけど……ま、他を当たってくれよ。バイバイ坊っちゃん。まあぶっつけ本番で頑張ってくれや。お前にセンスがあるならなんとかなるって。はい、ばいばい。つーか何を抜かしてんだよガキンチョ!どっか消えろや、邪魔!!ったく……」
「……」
明らかにレイを馬鹿にしているようにしか聞こえず、レイは完全に軽く扱われていた。レイは悲しさと悔しさを同時に感じてしまい、もう何も出来なかった。そしてそのままそこから立ち去ることしか考えられなかったのだ。
結局その後レイは帰宅した。その際、丁度夕飯の準備をしようとしていた母親に聞かれる。
「あら、どこへ行ってたの?」
「うん、ちょっとその辺りを自転車でうろうろしていただけだよ……。」
と言ったレイの顔は曇っているように見えた。明らかに暗く、悲しそうだったので、カレンは思わず聞いた。
「何があったの?暗い顔して。」
「ううん、何でも……」
そのままレイは自分の部屋へ向かった。本当の事など言える筈がなかったのだ。カレンは首を傾げ、元気のないレイの後ろ姿をただそっと見つめていた。
部屋に着くなり、レイはすぐにベッドに寝転んだ。それと同時に明後日の事が心配になってきて仕方がなかったのだ。
「うー……諦めきれないよぉ……うぅー!!」
悔しさがレイを襲う。馬鹿にされたような喋り方をしたあの工場員が憎くさえ思えた。忘れようとしても、明後日のプチモビルスーツ大会の事を考えるとどうしても忘れられない。ただただ、憂鬱な思いで天井を見上げて寝転ぶレイ。そしてそこから窓側を向いた時、彼の視界にふとあるものが見えた。キャストパズルである。
「あー……そういえば子供の時にもらったっけ……姉さんに……」
現在留学中の姉、リリア・キレス。これは彼女との大切な思い出の品である事がレイの台詞から分かる。その時、レイがキャストパズルをもらう場面が思い出された。
当時のレイは十二歳で、今から二年前の事だった。現在と顔つきが変わっておらず、身長が今よりも若干低い程度である。一方のリリアは姉でありつつも可愛気のある顔をしており、目も弟のレイに負けない綺麗な目をしている。次女のミィスもやはりあどけない子供で、可愛気がある。
今、当時のリリアがレイとミィスに対してそれぞれ一つずつ、プレゼントを渡した。
「ほら、レイの為に買ってきたんだよ。あとミィスにも。」
「わー。キャストパズルだ!欲しかったんだ!ありがとう、お姉ちゃん!」
当時、レイは姉に対する呼び方を子供らしく〝お姉ちゃん〟と言っていた。しかしジュニアハイスクールに入ってからは呼び方を変え、〝姉さん〟と呼ぶようになった。これはレイ自身がしっかりしようと思ったため、いつまでも同じ呼び方をするのは良くないと彼の中で勝手に思っていた為である。リリアは最初戸惑ったが、今ではこの呼ばれ方に慣れていた。
リリアはレイがキャストパズル好きだと言う事を知っていた。喜ぶリリア。しかしミィスは余り表情が嬉しそうでなかった。
「ミィス?」
「お姉ちゃんってレイお兄ちゃんを贔屓しているの?」
「そ、そんな事言わないで!ほら、プレゼントが気に入らないの?」
「だって……あたしなんかキャンディーだけだよ……」
当時のミィスは八歳であり、当時十四歳のリリアから見れば非常に幼く見えたのだ。だから彼はミィスにキャンディーを買ってあげていた。だがキャストパズルとキャンディーでは余りに差がありすぎる。だがリリアは静かに笑みを浮かべて、ミィスを説得する。
「ミィス、キャストパズルはミィスにはまだ早いよ。あと三年したら買ってあげるからね。絶対よ。」
「えっ、本当?」
「うん、本当だよ。嘘はつかないからね。三年後の誕生日に絶対に買ってあげるから。」
「うん!ありがとう!」
レイはこのような姉の優しい笑みを忘れなかった。妹思いでありつつ、弟思いのこの姉が好きだったのだ。
それから月日が流れて彼女は留学した。レイは当初、彼女の留学に猛反対していたのだ。寂しくなるから……ただ、それだけの理由で。リリアは今年の4月に留学し、八ヶ月が経過する。今もレイはそれを寂しく思っているのだ。優しい姉がいなくなること……それが悲しくて、仕方がなかった。
そして今。レイは姉の事を考えている内に眠りについていた。その寝顔は、先程まで悔しがっていた姿など想像できない程心地良さそうに見えた。
その時、母親がレイを呼んだ。その声で目が覚める。
「レイ、お風呂入りなさい。」
「あ、はい!」
この時期のモントリオールの気温は寒いのが当たり前である。レイは元々寒い気候で育ってきたので寒さは慣れている。しかしそれでも寒い事に変わりはない。だからこそ、この時期の風呂の存在はありがたいものだったのだ。彼は母親の声を聞いてからすぐに階段を降り始め、急いで風呂に入った。
風呂の中で、体を温めている最中、レイは今日の出来事を思い出していた。母親に内緒で出場する事を決定してしまったプチモビルスーツ大会。しかし、練習が出来ていない状態でそれに挑むのは無謀である。その為には少しでも練習がしたい。彼の住んでいる近くには工場が近くにあり、そこでプチモビルスーツを借りる事が出来れば良かったのだが、そこにいた工場員はそれを拒んだ。レイ自身、厚かましい願望だとは分かっていた。分かっていたのだが、工場員のあまりに嫌らしい言い方を思い出し、レイは風呂場にて再び苛立ちを感じ始めていたのである。
(ああ、ダメだ……また思い出しちゃう……けどやっぱりあそこしかないんだ……)
彼の住んでいる場所からプチモビルスーツを練習できる場所はこの工場しかない。この時、レイは決心した。〝明日も行こう〟と。
その後レイは風呂から上がり、一杯ジュースを飲んだ後に自分の部屋へ向かった。
自室にて。レイは明日再び工場へ向かう事を決心していた。だが今日と同様に懇願しても却下されるのは明白である。どうすれば良いか……彼はベッドに横たわりながら考えていた。
(どうしよう……どうすれば許可もらえるかな……本当に練習したいのに……)
どうしても明後日の為のプチモビルスーツ大会の練習がしたいと思うレイ。身近に作業用MSであるパワームがあると言うのに、許可が下りない為練習が出来ない。彼自身簡単にプチモビルスーツの練習が出来ない事は分かっていた。とはいえ、昼間の男の台詞が忘れられない。
―はい、ばいばい。つーか何を抜かしてんだよガキンチョ!どっか消えろや、邪魔邪魔―
昼間の男の台詞から、工場の中にいる人間は荒い性格の者ばかりの可能性が高い。そう考えると彼は気が引けた。暴力を振るわれることは無いとは思うが、暴言は覚悟しなければならない。何せ、本来扱わせてもらえる筈の無い作業用MSを練習させて欲しいと懇願するのだから、〝変な人間〟だと思われても仕方がないのだ。その言葉に傷つく事を覚悟し、レイは明日再び工場へ向かうのである。
しかし、考え事を続けてもレイは何が一番良い方法かが分からなかった。レイは天井を眺め、呆然としていた。
(……そう言えば……僕は傷とかすぐ治るんだったっけ……)
ふと、レイは思った。彼は幼い頃からなのだが、人よりも自治能力が優れている。その理由は不詳だが、とにかく彼は傷が癒えるのが早い。走って転んでも、調理をして、誤って包丁で指を切っても、並の人間ならば数日で完治する傷が、彼の場合は数時間後に完治している。クラリスに蹴られた時の痣も、もう夜には完治していたのだ。
「……そうだ……脅しみたいになるけど、もしかしたら……」
その時、レイにある考えが閃いた。閃く事により、レイの目は見開かれる。するとレイは立ち上がり、机の引き出しの中から何かを探し始めた。
「……あった……」
探し始めて2分後、レイは〝あるモノ〟を発見した。それを自分の机の上に置く。レイはそれを見て険しい表情を浮かべた。
「これは正直……でも……明日はこれしか……」
そう言った後、彼は再びベッドに寝転がった。再び天井を眺めるレイだったが、彼の目は既に細くなっていた。眠気がレイを襲っていたのである。そして、更に彼の目は細くなっていき、やがて眠りに着いた。
レイは一体何を考え、引き出しから何を取り出し、そして机に置いたのか。また、机から取り出した物を見てレイは何故険しい表情を浮かべたのか……それは明日、明らかになるのである。
翌日になった。目を覚ましたレイは昨日机に置いたものをポケットにしまい、急いでリビングに向かい、朝食にトーストを食べて牛乳を飲み、服を着替えて支度をし、彼は朝早くに出掛けた。近くにある工場に行ってそこにある作業用MSを借りる為に。異様に慌てているレイの姿を見たカレンとミィスは共に首を傾げていた。
やがて、レイはすぐに工場に着いた。昨日と同様、入口は解放されている。そこから彼はこっそりと侵入する。中に入ったレイは、誰でも良いから作業用MSを借りられるように懇願するつもりで人を探した。だが昨日と同様、人の姿は全然見られない。キョロキョロと辺りを見回すレイ。しかしいくら見ても工場員の姿は見えない。レイが溜息を吐いた、その時。
「おい!!」
突如レイに声を掛ける人間が彼の背後から現れた。大声に気付いたレイは背筋が凍った。そして恐る恐る声が聞こえた方向を見る。そこには昨日レイの懇願を拒否した男がいた。
「昨日もいたな。女顔のガキンチョ。」
「あ……どうも……」
レイは昨日の事を思い出し、身体が震えていた。この男に恐怖しているのだ。しかし男は容赦なくレイに言う。
「何しに来たんだ?まさかまたパワーム貸してくれとか言うんじゃねーだろーな?」
図星である。だからこそ言い辛かったのだ。しかしここで引き下がる訳には行かない。レイは静かに頷いた。
「懲りないねぇ。無理って言ってんだろ。俺らが作業に使うのに。ガキンチョに貸せる代物じゃないんだよ!帰った帰った!」
そう言って男はレイの手を掴み、工場から追い出そうとする。その時、レイは勇気を出して言った。
「待って下さい!」
その声に気付いた工場員の男は彼の掴んだままレイを睨んだ。
「どうしても……ダメですか?」
レイは身体を震わせながら言った。男は当然のように
「当たり前だろ」
と言った。
しかしその時。レイは男に手を掴まれている状態で、ポケットから何やら光るものを取り出した。それはカッターナイフであった。それを見た男は急いで手を離す。
「おおおおおおい!お前正気か!?俺を殺してでもやる気かよ!?」
「そんな訳無いですよ!」
すると、レイは左腕を捲り、カッターナイフの刃を展開させて左腕に近付けた。
「おい、何する気だよ?」
恐る恐る、男はレイに聞く。するとレイは
「このカッターで腕を切ります!」
と大声で言った。最初は動揺する工場員だが、やがて徐々に冷静さを取り戻した。
「ははーん。そうやって脅かそうって言うんだな。残念だけどお見通しなんだよガキンチョ!」
レイは自分の左腕に、更にカッターを近付けた。しかし工場員はどうしても信用しようとしない。手を震わせながらも、レイは少しずつカッターを近づけていく。そのカッターが近付くに連れ男の表情から笑顔が消えた。
サクッ
カッターの刃はレイの左腕を傷付けた。少量だが血が流れ、レイは痛みを訴える。痛みのあまり、彼は血液の付着したカッターを地面に落してしまった。
「う……くぅ……」
本当に切った……工場員は口をぽかんと開けていた。しかしポタ、ポタ、と滴る血液を見た時、工場員の男は我に返り、こう言った。
「おい!何て事するんだよ!死ぬ気かよ!」
「どうしても貸してもらえないのでしたらこれぐらい……必要なんです!今の僕にとっては……。」
どうしても体を張って自分の意見を主張するレイに対して、工場員は慌てた様子で言った。
「と……とにかく手当てするぞ!俺、血を見るの嫌なんだよ!そんなにきってないよな?とにかく医務室に来い!」
そう言って工場員はレイを急いで医務室に連れていった。想像以上に慌てふためく工場員を見て、少しやりすぎたかと反省する。その間も、彼は左腕の痛みを感じていた。
やがてレイは医務室に連れて来られた。部屋に入った瞬間、様々な薬品のする、独特の臭いが漂った。このような薬品の臭いがあまり好きでないレイは、右手で鼻を摘む。その時、工場員はレイの左腕にある傷口に消毒液を塗り始めた。
「ああああっ!?」
傷口に直接消毒液を塗られ、レイは痛みのあまり声を上げた。それを見た工場員は微笑しながら言う。
「お前、本当に声も女みたいだよな。けど野郎なんだろ?」
「そ、それは……」
恥ずかしく思ったレイはそのまま俯いた。そして工場員は棚から包帯を取り出し、左腕に出来た傷口を覆った。五重に包帯を巻き付けた後に包帯を切り取り、それを括る。これにより、応急処置が完了した。
「あ、ありがとうございます……」
「ったく、しかし、そんなにパワームを操りたいのかよ。」
工場員は呆れた様子で言った。男の言葉に対し、レイは静かに何度も頷く。
すると、工場員は側にあった机の上に置かれている、作業用MSの説明書をレイに渡した。
その説明書は非常に分厚く、まるで何かの辞典のようにも見えた。
「え……これって……」
「説明書。パワームのな。しゃあなしだぞ?お前がまさかカッター持ってきて血を流すとは思わなかったから……クソ、見たくねえんだよ人が血を流すところってさ……」
工場員は頭を抱えた。それに対し、レイは
「すみません……」
と一言謝る。
「ちなみに操作方法は説明書二百六ページから。それまではパーツの説明とかいろいろ。お前が見ても分かんねーことばっかり書いてる。」
工場員に言われたように、レイはその分厚い説明書の二百六ページを見た。そこには作業用MS、パワームの操作方法が書かれているのだが書かれている言葉が難しく、彼には理解する事が難しい内容だった。
「う……ん……?」
図だけを見てどうにか理解しようとするレイ。そんな彼を見て工場員は突如言った。
「そういやお前、なんて名前なの?」
説明書に目を奪われていたレイは最初、工場員の言葉に気付かなかった。苛立った工場員はレイの耳元で二度目の台詞を喋る。
「お前、名前は!?」
「う、うわあ!!!」
耳元で急に大声を上げられたのでレイは驚き、そのまま尻餅を着いた。大声が耳の中で響いたのか、数分間耳鳴りが続いた。
「本当に……最近のガキは夢中になれば話も聞かないんだから困る。おい、大丈夫か?」
「あ……はい……」
どうにか耳鳴りが治まってきた所で、レイは先程の質問に答えた。
「名前……ですよね、僕はレイ・キレスと言います。」
「へぇ。レイね。あ、俺はギリア・ノール。ここで工場を経営している。ちなみにここに在席してる従業員は少ねえ。だから、俺がバリバリ働いてるってわけ。」
「ギリアさん……ですか。」
ギリアという名の工場経営者。彼は外見も長身であり、体格が大柄であり、腕が非常に逞しく発達しており、中年男性に入りつつあるような、顔立ちをしている。口調は荒く、彼の放った言葉が昨日レイを傷付けている。
「ところで、操作は分かったか?」
説明書に書かれている説明文は彼には理解し辛いものだったが、レイは図を見て把握していた。
「なんとか……ですけど。」
「そうか、じゃあ乗ってみるか。」
「……え!?」
突然の出来事だった。まさかMSに乗せてもらえるなど思ってもみなかった為、レイは驚いていた。喜ばしい事ではあったが、きちんと操作が出来るのかが不安でもあった。そんな不安を余所に、ギリアはレイを作業用MSのある場所へ連れていった。
レイが連れて来られた場所。そこは倉庫の中だった。そこにはたった一機だが、作業用MSであるパワームがあった。コクピットは丸出しで、大きさは3メートル程度であり、従来のMSと比較しても明らかに小型である為、別名〝プチモビルスーツ〟と呼ばれる。明日の大会もこの作業用MSを使用する事から、プチモビルスーツ大会と呼ばれている。
「こいつなら使わしてやっても良いぜ。」
「あ、ありがとうございます!」
レイは頭を下げ、礼を言った。それから早速パワームに乗り込もうとするが、その際にギリアは言った。
「あのさ、お前MSとか好きなの?」
彼の質問に対し、レイは
「あ……はい!MSカタログとかはよく読みます!なんか……格好良いんですよ、MSって!」
「へぇ~!お前みたいな子供がねぇ。」
ギリアは腕を組み、首を上下に数回振った。その様子にレイは首を傾げ、ギリアに聞く。
「あの、ギリアさんはMSって……どう思いますか?」
「ん?んなもん……好きに決まってんだろ!ちなみに作業用じゃなくて、本物のMSに乗った事あるんだぜ!」
急にギリアはご機嫌になった。笑顔で親指を立てるギリア……それは喜び以外の何者でもなかった。今までは不機嫌だった彼の様子を見て、レイは唖然とした。
「お前なら知ってるかな?旧連邦軍の量産型MS、ジャスティス!今となっては旧式だが、当時の戦果には目を見張るものがあったんだ。まぁ、流石に今じゃ新型が次々と出てるらしいから、現代じゃ戦力外なんだけどなぁ。俺は好きなんだけどなー、連邦のジャスティス。」
「ギリアさんは連邦軍の機体が好きなんですか!?実は僕もなんですよ!」
「おぉ!お前も分かるか!だよな~!ジャスティスぐらいのカメラアイが一番良いんだよ。デウス系統のモノアイはダメだ。ありゃ、不気味で怖い。」
語るギリア。レイも楽しげに語るが、その際に彼は思い出したように言った。
「あ、あの!ギリアさんはMSに乗った事あるんですよね?その……どうでしたか?」
「まあ色々あったぜ。けどジャスティスは気に入ってるぜ。連邦の技術力を見せられたって言うかさ!」
熱く語るギリアにを見てレイも笑顔で会話していた。先程まで不機嫌だったギリアの姿はそこには無い。熱くMSについて語るギリアの姿だけがそこにあった。レイはそんなギリアを見て、昨日暴言を吐いた人間と別人ではないかとさえ思った。それ程に今のレイは心境が変化していたのである。
だがこのままMSの話をされては埒が明かない。そう思ったレイはギリアに話した。
「あ、あの……話変わりますけど、この作業用MSって乗りこなすには何日ぐらい掛かるものなんですか?」
レイの質問に、ギリアは冷淡に答えた。
「毎日練習して二週間。」
「あ……え!?」
「普通の人間が乗れば二週間かかるぜ。」
ギリアの言葉にレイは驚いた。作業用MSを乗りこなすには二週間掛かると言う。プチモビルスーツ大会が開催されるのは明日だ。レイの場合、今日中になんとかする必要があった。
「けどお前センスあるんだろ?じゃあなんとかなるって!」
「そ、そういう問題じゃ……どうしよう……」
「お前男だろ!だったら潔くやるんだよ!何の為に自分を傷つけたか忘れたのか?俺にグロいもん見せといて今更迷うとかねーわ。」
ギリアの一言で、レイは戸惑う事を止めた。せっかく半ば強引に、本来ならば練習さえさせて貰えない筈の作業用MSに乗る事が出来るのだ。たった一日とはいえ、経験しているといないとでは差が出る……そう思ったレイは決意する。
「乗せて下さい!」
「よっしゃ、じゃあ乗ってみ?お前が本当に才能あるか俺が見てやるよ。」
レイは眼前にある作業用MSに乗り込む。内心彼は非常に緊張していた。先程見せられた説明書を思い出しつつ、まずは電源を入れる。するとパワームのカメラアイが輝いた。それに驚きつつも、レイは自身を落ち着かせ、ゆっくりと備え付けられているレバーを動かす。するとパワームは一歩前進した。
「わ……とと。」
急に動いた為、バランスを崩しそうになったが、どうにか体勢を立て直す。そしてまた一歩と前進した。五歩程度歩いた時、彼は少し慣れたのか、後方へ下がる動作を行った。最初は一歩下がり、そしてまた一歩下がる。これを繰り返すことで後退動作を行う事が出来た。
「へぇ、なかなか筋が良いじゃん。」
レイの操縦センスの良さに、ギリアは感心していた。ギリアに褒められたレイは内心嬉しく感じており、自然と笑みが零れた。
「そう言えばさ、その大会って優勝したら何かあるのか?」
「えっと……はい、優勝したら賞金が貰えるんです!MSを操縦できて賞金も貰えるなんて凄いと思いまして!」
「へぇ~なんか気前良いじゃねえか。そりゃ、頑張らないとな!」
ギリアは太い腕を組んで数回頷いた。その間もレイはパワームを巧みに操っていく。
それが2時間程度続いた。レイはすっかり慣れた様子で、完全にパワームを乗りこなしていた。その姿を見たギリアは唖然としていた。何せ彼が言うには普通の人間でさえ乗りこなすのに2週間は掛かるとされているのに、それをたった2時間で乗りこなしていたのだ。
口が開いたままのギリアとは対照的に、レイは手慣れた様子でパワームを操っていた。練習を始めた時の緊張していた彼の姿はどこへいったのか……今となってはパワームを得意げに操る彼の姿がそこにはあった。
「す、すげえ……完全に乗りこなしてやがる……こいつ、本当に才能があるな……」
その言葉がレイの耳に入り、彼はますます調子付いた様子でパワームを動かす。真っ直ぐに動くパワーム。そして彼は止める為にレバーを引く。
しかし、レイがレバーを引いてもパワームは止まる気配を見せなかった。疑問に感じたレイはレバーを引き続ける。しかし、それでもパワームは止まらない。
「あ……あれ!?」
何度もレバー引くが、一向に止まらない。その様子に疑問を抱いたギリアはレイに対して
「何やってんだ!早く止まれよ!ぶつかるだろうが!」
「と、止まらないんです!壊れたみたいで……」
「嘘!?マジで!?」
このまま止まらなければ、パワームは壁に激突する。そうなればレイもただでは済まない。しかし彼は必死にレバーを引いても止まってくれないのだ。慌てるレイ。その間にもパワームは壁に向かって歩き続ける。
「……チッ……おい、飛び降りろ!」
「え、でも……!」
「早くしろ!怪我するぞ!」
言われるまま、レイはパワームから飛び降りた――
ガガガガガッ
その次の瞬間にパワームは轟音を上げ、壁に衝突した。この衝突によってパワームは停止したが、それは煙を吹いており、明らかに故障しているのが分かった。
「あーあ。やってくれたなぁ……。」
「ご、ごめんなさい……僕……何をすればいいか……」
必死に謝るレイ。突然レバーが効かなくなり、その結果パワームを壊してしまったことでどうすれば良いか困惑していた。せっかく半ば強引にパワームを操縦させてもらったのに、これでは申し訳が無かった。そんな風に彼が困惑している時、ギリアはパワームの様子を見た。数秒間じっと様子を見た後で、呟き始める。
「これは……少し修理すりゃなんとかなるか。」
それを聞いた時、レイは我に返った。そして内心安心する。この時、パワームは完全に壊れた訳ではないので、修理でどうにかなるのだとすればそこまで深く考える必要は無いと判断した。
「そうですか……良かった……」
一言漏らしたレイだったが、その言葉に怒りを覚えたギリアは大声でレイに怒鳴った。
「良かっただぁ!?お前のせいで壊れたってのに!?」
「え!?」
急に怒鳴られたのでレイは再び困惑してしまった。動揺するレイは何も答える事が出来ず、ただ、おどおどするばかり。
だがその時、ギリアは咳払いをした後に右手を差し出した。明らかに何かをよこせと言わんばかりの動作である。
「修理すりゃなんとかなるが、お前のせいで壊れたんだ。修理代払え。」
「え……?えええ!?」
いきなり金銭を請求されたレイ。ギリアが提示した額は、レイのような少年に払える金額ではない。
「さっき見たら大事なエンジンに傷がついていた。故障の原因は知らねえけど、多分ぶつかったせいで傷付いたんだろ。言っとくけどな、これでも全額じゃねえんだぞ?良心的じゃねえか。」
ギリアは何故か笑顔だった。だが今のレイにはそのギリアの表情を見る余裕はなく、彼は下を向いて、ただ動揺するばかりである。
「そんな……そんなこと言われても……そんなお金……ないですよ……」
レイは涙目になりつつあった。するとギリアはレイに急に近付く。彼は打たれるかと思い、目を思い切り瞑ったが、ギリアはレイの顎を持ち、くいと顔を正面に向けさせた。そこに映ったギリアの表情は笑みだった為、レイは戸惑っていた。
「あ……ふぇ……?」
「……残念だけどさ、そんな顔したとしても、弁償はしてもらうからな!」
今のレイにはギリアが怒っているのか笑っているのかが分からない。分からないからこそ、この時のギリアが怖かったのだ。ふるふると、震えるレイを見て、溜息を吐くギリア。そして彼はレイの肩を静かに叩き、言った。
「何だよ弱気になりやがって。お前腕に自信あるんだろ?だったらさ、勝てよ。」
ギリアの言葉にレイは耳を疑う。〝勝て〟という言葉が鮮明に頭に焼き付いていた。
「簡単な話だろ?勝てよ。勝つしかねえだろ!な!」
ギリアの言うように、それが今一番唯一彼に出来る弁償方法だった。彼の場合、親に〝金が必要だ〟など言える筈がない。だから優勝、最低でも入賞をして、金を払えば良いのだ。だがギリアの言葉も今のレイは不安に感じていた。何せ何人が参加するか判らないその大会。その中には当然自分以上の実力者もいる筈だ。その中で勝ち抜いて、本当に賞金が貰えるのか?それが不安であった。
「ま、もし負けたら自腹で払ってもらうぜ。自分の金が無いなら親に頭下げて俺に金払え。言っとくが、俺は情けには負けないぜ。ま、優勝するように努力するんだな。そんなこと有り得るかどうかはお前次第だし。」
ここまで言われて、レイは握り拳を作り、腹を括った。どうしても弁償しなければならないのなら、勝つしかない……レイは決めた。〝必ず勝つ〟と。
「僕は……勝ちます!必ず!」
必ず勝つと宣言したレイ。ギリアは腕を組んでニヤリと笑い、鼻で笑った。
「言ったな?じゃあ明日は絶対に勝て。あ、後お前勝った証明の為に、現金と、賞状か何か証明になる奴持ってこいよ。絶対にな!もし逃げたら許さねえぞ……Eフォンも登録してやったからな!」
そう言うギリアの表情は怒りに満ちていた。レイは冷や汗を掻いたが、ギリアの威圧に負けずに言った。
「勝ちます!勝ってちゃんと修理代払いますから!」
決意をギリアに告げる。するとギリアは先程の表情をせず、再び笑みを浮かべた。
「ハハ、まあせいぜい頑張ってくれやレイ君!言っとくけど勝負は甘くねえぞ!賞金を持ってくるか、親に頭を下げるか二つに一つ!さあ!今から帰ってイメトレしろ!もうパワームは使えねえぞ!説明書あげたろ?あれで操作方法を思い出してひたすらイメトレ!これしかない!」
ギリアはレイに対し帰宅するように言った。そんな彼に対してレイは
「はい!」
と言ってその場から去って行った。ギリアはレイの後姿を見て静かに呟く。
「ま……あの天才ならやれるかもな。」
彼はレイの才能を褒めていた。レイの実力ならばもしかすれば優勝も出来るかも知れないとギリアは何度も首を上下に振った。
だが一方でレイの心境は、大胆な発言をしてしまった後悔と、明日優勝できるのか分からない不安で一杯だった。本来大口を叩くような事は一切言わないだけに、今回の発言でレイは心底後悔していた。
(僕は何を言ってるんだろう……こうなったら頑張ってやるしかないや……)
そう思うレイは相変わらず不安げな表情を浮かべていた。そして彼はそのまま自転車に乗り、家に向けて走らせた。
この日の晩、彼はイメージトレーニングを行っていた。ギリアから貰った説明書を何度も読み、操作方法を頭の中に叩き込んだ。
――――――――――お前腕に自信あるんだろ?だったらさ、勝てよ―――――――――
レイはこの台詞が頭から離れなかった。ギリアの言葉がプレッシャーとなっていたのである。既に風呂に入り、歯磨きを終えていたレイはベッドの中でそんなギリアのプレッシャーに負けないように、説明書を読んでイメージトレーニングをするのだがどうも落ち着かない。
「ダメだ……このままじゃ母さんに無駄なお金を払わせちゃう……」
最低でも入賞はする必要があるレイ。もし入賞できなければ修理代を払わなくてはならない。
「……もう寝よう……このままじゃ焦るだけだ。」
彼は自分自身を落ち着かせる為に、眠る事に決めた。説明書を枕元に置き、布団に入ってそのまま目を閉じる。
だが、その状態のまま彼は寝付けなかった。明日の事が気になって仕方が無かったのである。目を瞑っているが、眠くない状態が40分続いた。
「……眠れないや……」
側に置いている時計を見ると、時間は夜中の一時を回っていた。それを確認したレイは慌てて眠ろうとするが、やはりどうしても眠れない。
「うん……?」
ふと、レイの目に以前に購入したMSカタログが映った。それを手に取り、ページを開いて読む。そこに映っている様々なMSの姿にレイはただ見とれていた。MSが好きな少年であるレイはこの時、非常に落ち着いた様子でカタログを見ていた。
「格好良い……なぁ……もし……乗れるなら……乗ってみたい……かも……」
安心しきっていたレイに睡魔が襲った。やがて彼はMSカタログを顔に覆った状態で眠りに着いた。最初に目を瞑ってから約一時間後、ようやくレイは眠る事が出来たのである。
翌朝。Eフォンの目覚まし機能の音で目を覚ましたレイはそれを止め、カーテンを開けて朝日を浴びながら思い切り欠伸をした。背伸びをし、両腕を天井に向けて伸ばして眠気を覚ます。今日はプチモビルスーツ大会の日だ。彼はたった一回しかパワームに乗っておらず、不安な心境ではあったが、昨日ギリアに言われた言葉を思い出し、彼は拳をぐっと握った。
「よし……行きますか。」
そう言った後、レイはパジャマから私服に着替え、階段を下りた後で朝食を食べ、歯を磨いて外に出た。
それからレイは最寄り駅に着き、少し歩いて、記載されていた通りの会場に着いた。
「あ、あんまり来ていないや。」
そこには十名程の人間が来ていた。意外にも大した人数が集まっていない事にレイは驚く。
〝プチモビルスーツ〟と言う、一般人からすれば未知なる存在に触れたがる人間などそうそういない為であると考えられた。
やがて時計の針は十の数字を指した。その間に人が大勢集まり、やがて最終的に七十三名が集まった。いずれも、レイより年上の人間ばかりが目立つ。彼から見て皆が誰も操縦経験が豊富そうに見えた。
(うぅ、やっぱり不安になってきた……でも、頑張らないと……)
ギリアと約束している、修理費。もし入賞出来なければ母親に頭を下げなければならなくなる。どうしても彼はそれだけは避けたかった。ここまで来たら己の腕を信用するのみだ……と、レイは覚悟を決めた。
そうしている間に開会式が始まった。その前に、新生連邦の軍人による挨拶がある。
司会者が登場を促すと、現れた男にレイは困惑した。
(あの人!嘘だ、なんでここに!?)
あろうことか、そこにいたのは先日にレイに暴力を振るった軍人、クラリス・デイルだったのである。まさかこのような所で再会するとは思わなかったレイ。彼はクラリスの視界に入らないよう、少しだけ顔を俯くようにした。
「えー、では、新生連邦軍士官のクラリス・デイル中尉。ご挨拶をお願いします。」
主催者がそう言うと、先程電車で一緒の車両に乗っていたクラリスが姿を表した。すると参加者達がざわつきだした。そしてクラリスは挨拶を始める。
「えー、プチモビルスーツ大会に出る諸君、頑張って欲しい。以上、終わり。」
短い言葉を残してクラリスはその場を去った。あまりの短さに、主催者は驚いていた。
「え!?それだけですか?」
「うるせえ!挨拶だけだろ。こんぐらいでいいんだよ。」
面倒臭さそうにその場を去ろうとしたその時、クラリスの目にレイの姿が映ったのだ。
(へぇ、あれはこの前のガキじゃねえか。なんという運命の巡り合わせ。あいつ、これに参加するってのかよ……面白ぇ)
以前にレイに逃げられた事を根に持っているクラリスはニヤリと笑みを浮かべていた。
短い挨拶を聞いた参加者は騒然としていた。その中で、レイはクラリスが有名人である事を知らなかった為、呆然と棒立ちしていた。
「あれ……?あの人ってそんなに有名人……なの?」
ぼそっと呟きながら、レイは首を傾げる。その時――
「その様子だとクラリス・デイルさんを知らないようだね。」
突然彼に声をかける人間が現れた。レイは慌てて後方を向く。レイに声を掛けたその男は眼鏡を掛けており、身長が高い。顔立ちが整っている美青年であり、そんな男に声を掛けられたレイは動揺している。
「えっ?あ、いや……知っていますけど……貴方は?」
「あぁ、いきなり声をかけてごめんね。俺はシーア・マックス。MSが大好きな十九歳。宜しく。」
「僕はレイ・キレスです。歳は十四歳。」
青年の名前はシーアと言った。レイの自己紹介が終わるとシーアは握手を求めてきた為、レイはそれに応じるように握手を返した。
「へえ、随分若いじゃない。それにしても女の子がこの大会に出るってのもなかなか珍しいね。」
「あ……いや……その……僕は男ですよ!?」
またしても少女に間違えられた。彼は溜息を吐き、シーアは驚きつつも頭を掻きながらレイに謝る。
「え!?マジ!?男!?声だって高いし……あ……ハハ……ごめん、ごめん。」
「よく間違えられるんです……はぁ……」
その後、若干の沈黙が両者を包む。その中で口を開いたのはシーアだった。
「そうだ、君はなんでこの大会に?」
「あ、僕はMSカタログの広告を見てです。」
「へ~。そうなんだ。俺はたまたまネットを見てだよ。MSは超が付く位好きだからね、自分でも操縦して乗ってみたいぐらい。ま、自他共に認めるMSオタクだからね。特に好きな機体はデウス動乱時に活躍していたデウス軍のゴルモンテかな?あのずんぐりむっくりな体系にビームバズーカ。うん、あれこそまさに男のMSって感じだねぇ〜。」
「そうなんですか!僕は……」
いつしか二人は好きなMSを語り合う程会話に没頭していた。レイはこの時、知り合いが増えて嬉しそうな表情を浮かべていた。
それから少しの時間が流れた。ざわつく参加者達の前に主催者が姿を現し、空に手を上げて喋り出した。
「さて、お待たせしましたァ!それではルールを説明します!ルールは簡単です!制限時間内にこの作業用MS、MS-10パワームを動かしていただきます!」
そのパワームはレイが昨日動かしていたものと全く同じタイプだった。カラーリングも、外見も、全てにおいて一致している。
「あれ……昨日の奴と同じタイプだ。もしかしたら……」
入賞は出来るかも知れないと、淡い気持ちを抱いた。しかし周りの参加者達はどのような実力の持ち主かが分からない以上、自分の実力に対して過信は禁物であると、自分に言い聞かせた。
「制限時間は5分!その間にここに用意された薪をどれだけ持ち上げられるか!そして、その薪をこの大きな籠の中に入れてその薪の数を測ります!審査員の方々はそれを判断していただきます!」
パワームを操り、用意された大量の薪を籠に入れると言う、ルールとしては非常にシンプルなものであるが、それ故に競争率も高く、油断出来ないとレイは感じていた。更にその場には三人の審査員がいた。それらが現れた時、会場は緊張に包まれた。
こうして大会が始まった。自信がある者、そうでもない者等、様々な人間がパワームに乗り込む。パワームに乗り込む前に、参加者全員でくじを引いてもらい、番号を決める。レイは五十番で、参加人数計七十三人の参加者の中では遅い方に分類される。一方のシーアは四十六番であった。
そして一番の人間がパワームに乗り込む。合図と共にパワームを動かす一番目の参加者。だが……
「なんだこりゃ!?思うように動かねえぞ!?」
大会の最中、一人の参加者がパワームに搭乗しながら試行錯誤していた。というのも、その参加者が動かした方向にパワームが動かないのだ。そのせいで結果的に5分が経過してしまい、その参加者は一本も薪を運ぶ事が出来なかった。
(もしかして細工されてる!?そんなぁ……こんなんじゃ無理だよ……)
レイは見抜いた。あのパワームには細工をされていると。しかしどこがどのように細工をされているかは見抜けなかった。
その後もパワームに乗り、薪を上手く運ぶ者、そうでもない者とそれぞれ分かれた。その中で薪を上手く運ぶ者の割合は圧倒的に少なかった。参加者の殆どが薪を運ぶ事が出来ないでいたのだ。
何故出来る人間と出来ない人間で差が出来るのか……レイは疑問で仕方がなかった。それは細工を見抜いているのだろうが、未だにレイは細工を見破れない。
「成程、逆方向か。ふぅん、初歩的な引っ掛けだね。」
そう言うのはシーアだった。悩める例の姿を見て、まるで彼にアドバイスをするようにシーアは声を出していった。
「逆……方向?」
「おっと、口が滑っちゃった。さて、そろそろ俺の番だ。ま、こんなの楽勝かな。」
「楽勝……ですか?」
「まあね。優勝は余裕かな、こりゃ。」
シーアは自信に満ち溢れていた様子で言った。レイには何故シーアが余裕の表情を浮かべているのかが分からない。
シーアの出番が終わった。結果は暫定一位。これまでの最高記録が二十四本に対し、シーアは大きく上回る四十二本の薪を籠に入れた。
「マジかよ!?」
「あいつ、すげぇぞ……」
参加者達はシーアの姿を見て騒然としていた。一方のシーアは清々しい笑顔でパワームを降りた。
「凄い……です!シーアさん!」
「これぐらい見破れなきゃMSなんて扱えない。こんなんで優勝しちゃっていいのかな?」
もう、自分が優勝したも同然の様子だったシーア。
「でも調子は少し悪かったんだよねー。」
(今ので……?)
シーアの凄さに自信をなくしてしまったレイ。しかし、彼も後に引けないのだ。
―――――――――――――――もし逃げたら許さねえぞ――――――――――――――
ギリアの言葉がレイの脳裏に過り、彼は寒気を訴えた。
(やらなきゃ……僕だって……!)
彼はぐっと拳を作り、自分の中で気合を入れた。
「次は五十番、レイ・キレスさん。どうぞ!」
遂にレイの出番が回ってきた。レイは自分に気合を入れる為に両手で自分の頬を叩き、気合を入れた。
「頑張ってー。どれ程の実力かなー?」
シーアが声援を送る中、レイは一歩一歩歩いてパワームへ向かう。
現在、トップはシーアの四十二本。二位は二十四本。レイが入賞を果たすには、最低でも二十四本以上の薪を籠へ運ぶ必要がある。それが尚更レイにプレッシャーを与えた。緊張や不安、更には細工が加わると言う悪条件。自分は上手くできるだろうか……レイは心配で仕方がなかった。
(落ち着け……リラックスしなきゃ……昨日を思い出して!)
やがてレイはパワームに搭乗し、合図と共に稼働させた。この時、シーアの先程の言葉をレイは思い出す。
――――――――――――――――――成程、逆方向か―――――――――――――――
(逆……つまり……あ、そうか……そう言う事か……!)
この時、レイは閃いたようにパワームを動かし始めた。薪が置かれているのはパワームの右側。そして籠は左に置かれている。パワームにはレバーが付いており、普通ならば動かす方向にレバーを動かせばパワームは動くが、それに仕掛けがある事を知っていたレイはレバーを左に動かした。するとパワームは右に動く。
(やっぱり……!)
案の定、逆方向に動くように細工されていた。となれば、前後も逆方向に設定されている可能性が高い。彼はそれを認識した上で薪を掴み、レバーを昨日練習した方向とは逆方向に入れ、どうにか薪を籠に入れていく。
全ての動作を逆に動かせば良い……レイは自分の中で暗示した。すると、それに集中するようにレイはパワームを器用に操り始めた。一本、一本と薪が籠に入っていく。
やがて5分が経過した。最終的にレイが入れた薪の数はシーアには匹敵しなかったが、他の参加者と比較すると歴然の差だった。
「おお!シーア・マックスさんには敵いませんでしたがなんと、二十八本!凄い記録が生まれましたァ!侮れません、この少女は!」
またしても少女に間違えられたが、レイはそれ以上に自分の、薪の入れた数に対して喜んでいた。
「えっ……僕そんなに!?」
レイは心から喜んだ。集中している内に二十八本も運んでいたのだ。シーアはレイの近くにより、拍手を送った。
「おめでとう、君、やるじゃないか。仕掛けに気付いたんだね。」
「はい!シーアさんのおかげですよ。シーアさんが逆方向って言ってくれなかったら僕、絶対負けてました!」
シーアに感謝をしなければ……レイは思った。
「いや、確かにあれはレバーをはじめ、全ての動作が逆方向になっている。でもそれを見抜いたとはいえ、上手く出来ない人間もいた訳だ。その中で君は本当に凄いよ。大したもんだ。」
予想外のレイの実力にシーアは驚きを隠せなかった。実力者であるシーアに褒められ、レイは嬉しそうだった。
その後も参加者が挑戦したがシーアとレイに及ぶものはいなかった。やがて結果発表の時間になった。
「えー、優勝はシーア・マックスさん!おめでとうございます!」
会場は歓喜で覆われた。シーアはそんな中で賞金の小切手と副賞のプラモデルを受け取った。その瞬間に物凄い拍手が響き渡った。
「続いて準優勝のレイ・キレスさん!おめでとうございます!」
そして二十位にレイの名前が読み上げられた。たった一日だけの練習だがそれでも力を発揮できた事には彼も満足していた。彼もシーアと同じ感覚で賞金の小切手を受け取る。
「嬉しい……良かった……」
その後三位の名前が読み上げられ、三位の参加者も賞金の小切手を受け取った。
どうにか入賞する事が出来た……その喜びでレイは感無量だった。と、その時にシーアは言った。
「おめでとう、良かったね。あ、そうそう。このプラモ、君にあげるよ。」
「え……!?いいんですか?」
優勝すれば副賞として、1/60のファースト・ガンダムのプラモデルが貰えるという特典があった。模型店やデパートの玩具売り場等で売られているタイプのものだが、店売りの値段だけでも高額な代物だった為、レイは大いに喜んだ。
「ありがとうございます!大切にします!!」
「俺は金が目的だからね。まあ、作って部屋にでも飾ってて。」
「本当にありがとうございます!」
レイは準優勝の賞金の小切手を貰った上に、シーアからファースト・ガンダムのプラモデルまで貰った。今の彼にはそれが非常に嬉しくて溜まらなかった。ただ、今回の件はレイの才能を現しているようにも感じられた。
「あの……少年か少女かよく分からんが、なかなかの腕だな。」
「しかし、若過ぎるな……それより、優勝者に声をかけよう。それが目的なんだからな。」
「了解。」
会場の端で行われていたやり取りである。彼等は新生連邦の人間であった。
彼等の会話内容より、この大会の本来の目的は優勝者を選んで新生連邦の戦力にしようと言う考えで行なわれた大会なのだ。よって今回はシーアが新生連邦からスカウトを受ける事になった。そのスカウトをシーアが断ったのかは分からない。
そうした中で大会が終わった。終了時間は思ったよりも早く、時計の針は一の数字を指していた。
「うん、楽しかった。また君とは会いたいね。凄い実力の持ち主である君に。」
「僕もです!またいつか……」
「うん、それじゃあね。」
両者は握手をした後、シーアは先に会場から去った。その後でレイも会場から去る。
しかしこの後でレイを待ち受けているのは〝クラリス〟と言う名前の男の存在だった。
「思ったよりやるじゃねえかあのガキ。面白い!」
と、クラリスはその場から立ち上がり、移動しようとした。
「中尉、どうされるのですか?」
傍にいた男……クラリスの部下である男,メンデルが聞くが、クラリスはそれに対し
「うるさい、ちょっと用事だよ。」
と、クラリスはガムを噛みながらレイを睨み、そして追跡をし始めた。
第二話投了。
新生連邦政府のパイロット選抜も含めたプチMSのお話です。