無事プチモビルスーツにて準優勝を果たし、レイが帰宅をしようとした時だった。
「待ちな!この前のガキ!確か、レイとか言ったか?」
あろうことか、クラリス・デイルに目を付けられていた。プチモビルスーツ大会の準優勝をしたという事実に、彼も黙っていなかったのである。
「クラリス、さん……?」
「まさかこの大会にお前が来てたとは思わなかった。しかも、見ていたけどお前、なかなか才能があるじゃないの。」
レイは硬直していた。逃げ出したい気持ちもあったが、身体が言う事を聞かなかった。
ポンッ
と、クラリスはレイの肩を叩いた。
「この前は部下が取り逃がしちまったとは思ったけど、まああれはあれで仕方がねえ。それでさ、ちょっと良い話があるんだよなぁ。」
まるで以前とは人が変わったような態度を示したクラリス。それが反って、レイにとっては恐怖に感じられた。
やがてクラリスは噛んでいたガムを紙に包み、ポケットに入れ、話を始めた。
「ご存知かは知らねえけどさ、この大会は新生連邦の兵士候補を見つける目的があんのよ。本当ならさっきのシーアってやつにオファーが掛かるんだけどよ。お前の腕前がなかなか凄くてさ、気になったんだよな。」
「気に入った……?そんな、そんな事……」
ふるふる、と震えるレイ。クラリスに対する恐怖が再び蘇る。
「ガンダムの話を聞いた件については帳消しにしてやるからさ、新生連邦に体験入隊でもしてみねぇか?素質はあると思うぜ、お前。軍の人間からの直々のスカウトなんてまずねえぞ?」
まさかの、クラリス・デイルからのオファー。この事に、レイは耳を疑った様子だった。
(新生連邦の入隊!?そんな、でも……)
彼にはそのような話をされても、その先のビジョンが浮かぶ筈がなかった。無理もない。今までごく普通の日常生活を送り、母親から出された食事を食べ、学校に通っていたレイが、軍人からオファーを受けるという構図。レイはそれを思い描いた時、恐怖を感じた。
「嫌……ですよ。僕はそんなの、望んでない……」
そして、クラリスのオファーを拒否した。
「あー、成程ね!残念だなぁ!来てくれりゃ色々な経験も出来たのになぁ!」
わざとらしくクラリスは声を出す。レイは二、三歩程度後ろに引き、そのまま、この場から去ろうとした。
「おいおい何してんのよお前。逃げる気?」
「逃げるとかじゃないです……僕は、もうこれで……」
明らかに怯えているレイ。今にもここから逃げ出したい……と、彼は感じていた。
「逃がす訳ねえだろが!この前の件もあるのによ!お前はガンダムの事を聞いちまったんだからな!」
そう言って、クラリスはぐいとレイの手を引っ張った――
「いやああ!やめてぇ!やめて下さい!!!」
レイの声が大きく響いた。彼の甲高い声は周囲の人間にも聞こえ、それにより注目がクラリスの方に集まった。まるで、少女が悲鳴を上げているような状況だ。
「クソッ!このガキ!まじかよ!」
この状況でクラリスは圧倒的に不利だ。その為、一度その場から離れる必要があったのだった。
レイは急いでクラリスから逃げ、駅に辿り着いた。彼はどうにか助かったのである。だが彼はクラリスが再び襲ってくるかも知れないという恐怖を抱えつつ、電車を待っていた。足をガクガクと震わせて、恐怖に耐える。とりあえず気持ちを落ち着けようと、景色を見た。景色は快晴で、雲一つ無かった。
そうしている内に電車が来た。レイは急いで電車に乗り込み、クラリスが来ないかを確認する。幸い、男の姿はなかった。それを確認したレイはそっと溜息を吐いた。
幸い、帰宅道中に大きな問題はなかった。やがて彼は帰宅。レイが所持しているのは準優勝時に得た賞金の小切手と1/60のファースト・ガンダムのプラモデルである。カレンがその二つを見た時、目を見開かせて言った。
「え、何それ!?どうしたのよ!?」
「実は……」
レイは真実を言った。自分は今日、プチモビルスーツ大会に出場して準優勝した事を母親に伝えたのだ。それを聞いたカレンと妹のミィスは驚愕していた。
「結局あれに参加した上に準優勝だなんて……」
「お兄ちゃん、凄いんだね……」
「あ……いや……なんて言うのかな……偶然……でもないような……うん、でも何とかなったんだ。」
金曜日に猛反対していたカレンは、ただ茫然としていた。自分の息子がこのような大会にこっそりと参加し、まさか準優勝してくるなど思いもしなかっただろうから。
「……貸しなさい。そんなお金は貴方には多すぎる。預かります。」
我に返ったカレンはそう言ってはレイから小切手を取ろうとする。しかし――
「待って!」
とレイは言った。
「半分!せめて半分は残して置いて欲しいんだ!」
「それでも貴方には十分多いわよ。なんで?」
「それは……うん、欲しいものがあるから!」
「何に使うのよ?」
「いいから!お願い!」
肝心な部分を言おうとしないレイ。無理もない。言ってしまえば母親は間違いなく怒るだろうから。それが工場のプチモビルスーツの修理代など言える筈がない。
「……はぁ。まあ、貴方のお金だしね……」
甘やかしてしまった……と思うカレンだったが、あくまでもこれはレイが獲得した賞金である。あまり偉そうに言いたくはなかったのだ。
「でも日曜日は銀行は休みよ。もし必要なら明日小切手を変えてくるから。」
「ありがとう、母さん!」
とりあえず修理費を確保する事には成功した。レイは明日にギリアの工場へ行き、修理費渡す。その約束を果たす事が出来ただけでも、彼は満足だった。
「う……ん……」
その晩、レイは夢を見ていた。以前と同じ夢である。同じ廃墟、同じ少女の遺体、そして、同じ展開。
「死ね」
彼はいつも、謎の男に撃たれる所で目を覚ます。
「夢オチ……か。はぁ……またあの夢だ。」
例の夢を見た朝、眠気眼で起床するレイ。彼は五分程茫然と長座位で座った後、すっと起き始め、服を着替え、鞄を持ち、リビングへ向かった。そして朝食を済ませて歯磨きをして彼は学校へ向かう。
「行ってきまーす!」
いつもの朝、同じ朝……この数日はクラリスという男が彼に何かとちょっかいを掛けてきたが、それでも彼は家族と共に過ごせている。かけがえのない、毎日……だが今のレイにとって、これは当たり前の出来事でしかなかった。
学校にて。レイはいつものように教室に入り、自分の席へ向かう。そこにはモークとリルムの姿があった。
「おはよう。」
「おはよう、レイ。風邪は大丈夫なの?」
リルムがそう言うと、レイは少し動揺した様子で言った。
「う、うん……もう平気。」
「そっか。良かった。けどね、みんなはレイの休みを〝ズル休みだ〟って言っていたよ。」
図星だった。実際、彼はずる休みをしたのだから無理もない。
(なんでそうなるの!?確かにしたけど……!)
レイは心の中で溜息を吐いた。
「だってレイはいつも学校来ていたのに……突然休むなんておかしいよ。でも風邪なら仕方ないよね。それにしても残念だったね。皆勤賞取り損ねちゃったね。」
「え……皆勤……?ああっ!」
彼はリルムに言われて思い出した。レイの学校では一年間無遅刻無欠席ならば皆勤賞を受け取る事が出来る。しかし彼はその事を忘れてしまい、皆勤賞が貰えなくなったのである。
「うー……二連続皆勤賞狙っていたのに……」
「これでこのクラスの候補者が無くなったね。皆、一度休んでいるもん。」
(無理してでも行けばよかったかな)
と彼は心の中で思った。
時間が流れて昼休みの時間となった。彼はいつものようにリルムやモークと教室で食事を済ませ、手を洗いに行こうと教室を出た時である。
「キレス君!」
そう言ってレイに話しかけるのはクラークス・ミラックという、レイのクラスとは別のクラスの生徒だった。レイ以上に高い声色の持ち主で、眼鏡を掛けている少年であるクラークス。レイは愛称として、クラークスの事を〝クラーク〟と呼んでいた。
「クラーク!なんか久し振りに会ったね!」
クラークスはレイと同様、MS好きの少年である。レイが一年の時に同じクラスだったクラークスは共通の趣味があるという事で知り合い、友人となった。
「そうそう、昨日プチモビの大会があったらしくてね、出たかったんだけどなー……その日家族と出掛ける用事で行けなかったんだよー」
「そ、そうなんだー……」
この時、レイは彼にどう言おうか迷っていた。昨日の大会で彼は準優勝をしたと言えば、クラークスはどのような表情をするだろうか……と、考えた。
だがレイはあえて何も言わなかった。下手に言って、それが広まれば変な意味で注目の的になってしまう……クラークスは人が話した事を誰かに喋るといった事はしない人間である事は知っていたが、それでもレイは学校内では内緒にしておきたかったのだ。
「あ、憧れるよね!MSに乗るってさー……」
プチモビルスーツとはいえ、レイは既に搭乗している。彼は内心で溜息を吐きつつ、クラークスと会話をしていた。
「よ、よおキレス……」
クラークスとレイが会話をしている時、一人の男子生徒が会話に入ってきた。名前はフィジット・ジーン。レイやクラークスとは違うクラスの生徒である。髪が長く、丸い顔つきであり、体型は太っている部類に入る男子生徒である。あまりハキハキと言葉を発せない生徒であり、それが災いしてか友達はあまり多い方ではない。彼にとってレイやクラークスは数少ない友人だったのだ。
「フィジット。どうしたの?」
レイが首を傾げると、フィジットは言った。
「あのさ……キレス、この後時間あるかな……?」
フィジットがそう言うと、レイは
「うん、大丈夫だけど……どうしたの?」
「いや……これさ……お前とさ、二人で相談したいことが……あるんだよね……」
フィジットとはレイが一年の時にクラスが一緒であったが、常に一緒にいたと言う訳ではない。寧ろフィジットはクラークスと一緒にいる事が多かったのだ。その為、レイは疑問を抱いていた。
「フィジットってクラークとよくいたよね。どうして僕なんかに?」
「どうしてもなんだよ……ちょっとさ……ここじゃ言いにくいんだよな……」
普通、常に一緒にいた友人に何かを相談するものだろうと彼は思っていた。しかしフィジットはどうしてもレイに相談したいのだという。
「うーん、どうしてもっていうなら……」
と、レイは少し困った表情を浮かべて行った。
(何の相談をするんだろう?)
クラークスにとっては、一年の時は一緒にいた友人だったフィジット。常に一緒にいた訳でもないレイに何を相談するのか……クラークスは疑問を抱いた。
「じゃ、じゃあ……後で体育館の裏に……お、俺日直があるから……」
そう言ってフィジットはレイ達から離れて行った。
「二年になってからあんまりうちのクラスに来ないんだけど、何があったんだろうか?」
「キレス君に相談っていうのも気になるね。」
両者は首を傾げた。
その後。レイはフィジットに言われるまま体育館の裏にやってきた。人気の少ないその場所に、フィジットは先に来ていた。
「あ、ありがとうな……キレス……」
「ううん、いいよ。それよりどうしたの?」
フィジットは突如顔を赤くして言った。
「あの……さ……キレスってさ、エリアスといつも一緒にいるよな……」
「うん。それがどうかしたの?」
レイは思った。もしかすれば、フィジットはリルムの事が好きなのではないかと。それで自分に相談をする為に、わざわざ人気の少ない体育館の裏に彼を呼んだのではないかと。
「その……さ、エリアスってさ……付き合ってる奴って……いるのかな……?」
間違いない……レイは確信した。フィジットはリルムが好きなのだろうと、レイは思った。そして彼はそれを口にした。
「フィジット……もしかして……リルムの事が?」
そう言うと、フィジットは明らかに動揺した様子で周りをキョロキョロと見回し、レイの耳元で囁いた。
「あんまり大声で言わないでくれよ……」
一年の時の友人が明かした事実に、レイは少し驚いていた。
「フィジット、恋したいと思ってたんだ……意外だなぁ。だってあんまりそういうのに興味なさそうだったから。フィジットってマニアな所があるから、それにのめり込むタイプだと思ってた。」
フィジットは漫画、アニメ、ゲームや軍関係の物など、幅広い趣味を持つ人物だった。一年の頃、よく彼はレイやクラークに自分の勧めるアニメ、ゲームを言ってくる事が度々あったのである。
「お前、失礼だな……!だってさ……可愛いじゃん……エリアス……実は一年の頃から好きだったんだけど……あんまりさ……話す機会ってなくて……でも……キレス……お前……いいよなぁ、羨ましいよなぁ……」
人前でハキハキと物を言わない性格のフィジットにとって、リルムと話す事は難しい話だった。レイは彼女とは幼馴染だからか、自然と話をする事が出来る。おまけにレイは基本的にリルムと一緒にいる事が多い。それが彼にとって何よりも羨ましかったのだ。
「それでさ……お願いがあるんだよ……」
フィジットはレイの目を見て、そっと口を開いた。
「エリアスの事、聞いて欲しいんだ……出来れば今日。付き合ってるのか……分かんないからさ、直接聞けたらいいけど……俺、そんな度胸ないし……エリアスとは数回しか喋った事無いし……」
自信なさげに喋るフィジット。レイはそれを聞いて戸惑いながら
「うん……いいけど……告白はするつもりなのかな。」
「あ……ああ……告白はするつもり……」
彼ははっきりと言わなかった。恥ずかしいのか、照れているのか、明らかに動揺していた。
「あ、もうこんな時間だし帰らないと……」
レイはそう言ってフィジットと共にその場を去ろうとした――
しかしその時、彼等の背後から足音が聞こえてきた。両者が後ろを振り向くと、ゲラゲラと笑う三人の生徒の姿があった。いずれも目つきが鋭く、内二名は喫煙をしている。服装は一人が上に赤いパーカーを羽織っており下はジャージ、残り二名はそれぞれ白と黒のジャージ姿だった。
「家のさー、ババアがうっせーからさー、しゃーなしで三時限目から学校来てんだけどさー、チョーつまんね。カノに会えば良かったー。」
パーカーを羽織った生徒が言った。
「俺ァ今日は最初からいたぜー。えれーだろ。てかさっきさ、ハゲの先公の授業だったんよ。俺ガム噛んでただけでキレやがってさー。刺してやろっかって思ったけどさー、したらさ、刑務所入いんないと駄目っしょ?だから我慢した。忍耐つえー俺マジパネェ!」
黒いジャージの生徒が言った。
「うーわ、だりぃそれ。ガムぐらい噛んでもいいよなー?そんなだからあのハゲ結婚できねーんじゃねーの?寛容じゃねー。」
白いジャージの生徒が言った。
「寛容って何さ?どーいう意味?」
「心の器が広いって意味だぜー。うっは!俺ちょー天才!お前らも、よーく覚えとけよ!」
「んなもんどーでもいいよ。ユニバーシティかカレッジ出たって就職出来るか分かんねーんだろ?だったらアホでいーじゃねーか。別に将来なりてーもんなんてねーし。あー、働くなんてやだー。一生俺を世話してくれる女んとこに世話なりてー。今のカノもヤることしか頭にねーかんなー。」
明らかに品性下劣と呼べるような生徒が三人、集まっていた。三人のそれぞれの名前はミラース・コレス、スー・タロス、シアス・アレインドといった。
ミラースは赤いパーカーを羽織っており、スーは上下に白いジャージ姿、シアスは黒いジャージ姿だった。
彼等はこの学校の問題児として教師が頭を抱えている生徒達である。基本的に学校には来ないのだが、暇だから〟という理由で学校に来ては、特に授業を受けずに三人で行動している。その上彼等は反抗的な生徒であり、この学校の教師のほとんどが〝出来る事なら関わりたくない〟と言っているのだ。
このように反抗的な生徒である為に、生徒達からも恐れられる存在であった三人だが、全ての生徒から恐れられている訳ではない。彼等と仲の良い生徒も存在するのだ。しかし常に行動する程の仲という訳ではない。
「あ、あいつらだ……最悪だなぁ……い、行こう……」
「うん……そうだね……」
フィジットは一年の時に、彼等の内の一人であるスーに殴られた事があった。それがトラウマとなってか、彼は不良生徒を見るのが嫌だったのである。レイは別に何かをされた訳ではないが、彼等の事を快く思っていなかった。
幸いこの三人にはレイ達の姿は見えていなかった。従って、二人は素早くこの場から離れていった。
レイの通う、ベレーナジュニアハイスクールは真面目な生徒もいれば、この三人のように悪行を行う生徒もいる。比較的どこにでも見られるような、ありふれた学校……それがベレーナジュニアハイスクールなのであった。
とある場所にて。そこは多くのMSが並べられている軍事施設であった。その中にクラリス・デイルの姿があった。彼は今、とあるMSを見る為にMSが並んでいるMSデッキにいた。
「中尉、お疲れ様です!」
そう言うのは新生連邦の整備士だった。クラリスは年齢こそ若いが、実力を兼ね備えているエリートでもあり、中尉と言う位にありつく事が出来ている。先日にレイに関わって碌な思いをしていないのだが、その実力は本物だった。
「んで……あれだな。俺のガンダム。アインスガンダムか……」
アインスガンダム。それは新生連邦軍が樹立する際に作られたガンダムタイプのMSであり、百五十年以上前に制作されたファースト・ガンダムをモチーフに制作された。
名前の由来としては新生連邦樹立に伴い、
一から軍を改め直すと言う意味を込めてこの名が与えられている。色は紺色で、ファースト・ガンダムとは大きくカラーリングが異なっていた。
「中尉の実績が良いからですよ、まさかガンダムが与えられるなんて……やっぱり凄いです、中尉!」
整備士はクラリスを褒めた。調子を良くしたクラリスは威張りながら言う。
「こんなもん俺の実力からしたら朝飯前だっての。」
したり顔で兵士と会話をしていた時、前方から二名の男女が姿を現した。その二人の姿を
見た時、クラリスと整備士は敬礼をする。
「お勤めご苦労様です!スパイッシュ・カルディアム少佐、ダリア・ローゼント中佐!」
男の名前はスパイッシュ・カルディアムと言った。階級は少佐である。一方のダリア・ローゼントは女性で、階級は中佐である。スパイッシュはやや腹が出ており、強面と呼べるような顔つきをしている。一方のダリアは目付きが鋭いが顔貌は美人と呼べるものであり、兵士達の中でも人気があった。
その時、スパイッシュはぐいとクラリスの顔に近付き、口を開いた。
「ガンダムタイプのパイロットに選ばれた事、誇りに思えよ。あれは次期の我が軍の主力MSのベースとなり得るのだからな。しっかりと戦闘データを取れよ。」
「ハッ、心得ております!」
クラリスははっきりと喋った。
「……お前のようなへらへらしてそうな若造にガンダムタイプが与えられるとはな。
嫌な時代になったもんだな。ったく!」
スパイッシュはクラリスに嫌味を言って、その場から去った。
「カルディアム少佐が言った通りだ。軍に貢献しろよ、デイル中尉。」
「了解です!お言葉、ありがとうございます!」
そして二人の士官はクラリスの前を去っ
て行く。
やがて両者の姿が見えなくなった時、クラ
リスは突如側にあった鉄格子を思い切り蹴り始めた。
「っざっけんなあの糞デブ!偉そうにしやがって……」
「落ち着いて下さいよ!確かにカルディアム少佐はあまり良い評判は聞きませんが……」
スパイッシュ・カルディアムは先のデウス動乱で生き残った士官であるが、部下を見
下す、典型的な〝嫌な上司〟とも言える人間であり、新生連邦の兵士達の中でも評判は悪い。
「まあ……俺がこれに乗って活躍して更に出世出来ればそれで良いんだけどな!」
スパイッシュの言葉で不機嫌になっていたクラリスだったが、眼前にあったアインスガンダムを見て、満足げな表情を浮かべていた。
その後クラリスに言葉を放ったスパイッシュとダリアは廊下を歩いていた。その最中に両者は会話を交わす。
「実績は確か……だがあの男は正直馬鹿ですよ。何故、あの男にガンダムのパイロットを任命されたのでしょうかね?」
スパイッシュがダリアに対して言った。年齢で言えばスパイッシュの方が上なのだが、階級の違いがある為、彼はダリアに対して丁寧に接している。
「実績が確かならば乗せるべきだろう。別に何の問題もない。」
「私は不満ですな。」
「何故そう思うか?」
スパイッシュは握り拳を作り、話す。
「実績がどうあれ、あんな情意面のなっていないような男に……奴は正直、不愉快です。」
この男はクラリスの事を気に入っていない様子だった。それに対し、ダリアが言う。
「クラリス・デイルは確かに素行に問題があるが、実力は確かなのだろう?」
「そんな事ないですよ。……そんな事はね……」
そう言いながら、スパイッシュは苛立つ様子を見せていた。見兼ねたダリアは別の話題をスパイッシュに持ちかける。
「所で貴官に聞きたい事がある。」
「何でしょうか。」
「貴官は次期主力の新型MS、ディーストをどう思う?」
ディースト。型式番号NFMS-890。それは新生連邦軍が当時のデウス帝国軍の技術者を集めて開発させた、白緑カラーの次世代のMSである。最大の特徴はデウス帝国が用いていたモノアイタイプのカメラアイで、その技術を新生連邦の戦力にしていこうという、上層部の意向だった。
「あの機体は好きになれませんな。デウスの技術を何故連邦が用いるのかが私には理解に苦しみます。」
「カメラアイをモノアイにすることでコクピットの視野が広がる上、敵に対する威嚇、心理的な恐怖を与えると言う事が目的らしいが。まあ使える技術は使って損は無いだろう。」
「……まあ、その辺りは個人の意見になりますかね。でもあれではまるで新生連邦がデウス帝国になったようですよ。」
「新生連邦帝国か。ハハ、面白い話だ。まあどの道戦力になれば問題はないが。」
デウス帝国の技術を用いて作られたMS、ディースト。敗戦国の技術を使い、戦力にするという行為はどうなのかという意見が交わされた中で制作されたMS。現在の新生連邦軍の主力MSは、新たなる世界の幕開けと言える存在と言えた。
クラリスがいる基地とは別の場所にて。今、そこでは模擬戦が行われようとしていた。それは全高18メートル程のダミーバルーン二十体をどれだけ素早く破壊できるかというものであり、一機のMSがそれらを破壊する為に今、起動する。
そのMSは先程スパイッシュとダリアが話していたMS、ディーストだった。新生連邦にとっての新型機体であるディーストの戦闘能力の試験が、今行われようとしていた――
ビゴォン
ディーストのモノアイが怪しく輝いたと同時に、バーニアを起動させ、前方へ移動する。その際に左腕部を使い、バックパックに存在しているビームサーベルラックを引き抜き、ダミーバルーンの間近でビームサーベルの出力を上げ、それを切り裂いた。
次にディーストはモノアイを可動させ、視線の先にあったダミーバルーンをビームライフルで撃ち抜いた。そこから右斜めに存在するダミーバルーンをビームライフルで撃ち抜き、そこからバーニアの出力を上げ、その左側に位置するダミーバルーンに対しては頭部機関砲を連射した後にビームサーベルで切り裂く。
その調子で順調にダミーバルーンを破壊していくそのディースト。やがてダミーバルーンは残り一つとなった。そのディーストはダミーバルーンの位置を把握していたのだが、距離が離れていた。
「成程、あの距離ならば狙い撃ちが良いか……」
そう言うのはディーストのパイロットである。ディーストはモノアイを輝かせ、ビームライフルに備え付けられているスコープとモノアイの位置を合わせ、そして――
バシュゥゥゥゥゥ
一筋の光線が最後のダミーバルーンを破壊した。その直後、ディーストは地上へ着地し、模擬戦は無事終了したのであった。
模擬戦を終えた後、胸部にあるディーストのコクピットから一人のパイロットが地上に降りてきた。
「お見事です。ディーストの全ての武装を使うとは。新型の性能を完璧に引き出せていますよ。」
記録係の新生連邦兵士が言った。
「新型とはいえ、既に大量に生産されている機体でしょう。これで性能が今一つなら問題ですよ。それに戦場ではどのような武装が必要になるかが分からない。なら、使えるものは使っておくようにするべきです。」
「確かにそうですね……それにしても凄い……ですが、総司令自らがMSに乗り込むと言うのも……」
ディーストに搭乗しているのは新生連邦の総司令、レヴィー・ダイルだった。デウス動乱後に地球連邦軍の総司令となった彼は、組織を〝新生連邦政府軍〟と改め、その総司令として活動しているのである。
彼の最大の特徴はその年齢と美貌だった。年齢は二十歳と、連邦軍全体の総司令という立場としてはあまりに若過ぎるのである。これが原因か、軍の中でも彼を忌み嫌う人間は少なからず存在している。
「確かに元々総司令というのは部隊を指導し、それらを勝利へ導く為に存在する者。ですが私は違いますよ。元からMSのパイロットをしていた以上は、前線で活躍出来るぐらいの実力がないと駄目ですからね。」
そう言って総司令、レヴィー・ダイルはパイロットスーツのヘルメットを取った。まだあどけなさが残る、中性的な顔つきをした、金色の髪を風で靡かせる青年……それが、新生連邦政府軍の総司令であった。
「少し休憩を取らせてもらいます。後は任せました。」
「ハッ」
兵士は敬礼し、総司令はその場から去った。
休憩室にて。彼は一息を吐く為に、用意されたドリンクを飲んでいると、ノックをする音が聞こえた。
「……どうぞ。」
彼がそう言うと、ドアが開く。そこにいたのは一人の少女だった。
「お疲れ様です……レヴィー様。」
「ソフィア。」
女性の名前はソフィア・ブレンクスといった。総司令、レヴィー・ダイルの側近を務める女性であり、ミディアムの朱色の髪をした、美しい容姿をしていた。彼女は常に彼の傍にいる。年齢は彼よりも一つ下である彼女が何故総司令の側近を務めるのかは定かではない。
「その……どうでしたか……?新型のMSは……」
「悪くはない。量産型の機体というのは本来コストを考慮した上で制作されるものだから……でもディーストはよく出来ている。限られたコストの中で、よく頑張っている方だと思うよ、あの機体は。」
ドリンクを飲みながら総司令は語る。
「そうですか……それは良かったです……レヴィー様がお気に召されたのなら、良いと思います……」
そう言うソフィアは、何故か嬉しそうな表情を浮かべた。
「新生連邦はデウス帝国のような地球に対する脅威に対して備える事が出来るように、軍備を徹底していく必要がある。それは私……いや、僕の祖父であるダディー・ダイルが行わなかった事だ。彼の考えでは、平和維持と言うのは恐らく、夢のまた夢だろう。」
総司令がそう言うと、ソフィアは笑顔で言った。
「私は貴方の行動は正しいものであると、信じています。私は、貴方の為に……」
「ソフィア、そう言ってくれる君は僕の支えだ。」
「そう言ってもらえる事は私にとって光栄です……嬉しい……」
そのソフィアという女性が、総司令と愛人関係であるのかは定かではない。だが、互いに両者は何らかの形で思い合っているように見えた。
レイ達は学校にて午後の授業を受けていた。現在彼等が受けている授業。それは美術の授業であり、与えられたテーマに対して絵を描くという課題が与えられていた。生徒達は班に分かれて席に座っており、レイとリルムは同じ班だった。
この時、彼は昼休みにフィジットが言っていた言葉を思い出していた。
――――――――――だってさ……可愛いじゃん……エリアス――――――――――
(可愛い……かあ。)
呆然と、フィジットが言っていた事を、彼は考えていた。その時、レイは正面にいたリルムの姿をちらと見る。艶があり、触れるとさらりと指が通りそうなブラウンヘアー、愛らしく整った顔つき、大きな目……そして、何よりもスタイルの良さ……少し前までは幼馴染だからこそ彼は感じていなかったが、改めてリルムを見ているとレイは何故かドキンとした。
(結構、可愛いのかな……リルムって……な……ぼ、僕は何を考えてるんだ!?)
「どうかした、レイ?絵、全然進んでないけど……」
急にリルムに声を掛けられ、レイはびくりと反応した。
「え!?あ……ううん、何でもないよ?」
「そう?変なの。」
そう言ってリルムは再び作業を開始した。レイもそれに合わせるように作業をする。
しかしそのような事を考えているレイが作業に集中など出来る筈がなかった。
(駄目だ……どうしてか、リルムの事が気になってしまう……なんで!?どうして……)
只の幼馴染である筈のリルムが、この時ばかりは可愛く見えた。レイはそれを頑なに拒絶するが、彼女の事が頭から離れない。
「何ボーゼンとしてんだお前?」
そこへモークが声を掛けてきた。彼の声を聞いたレイはその方向を見た。
「あ……モーク。」
モークとは班は別だった。集中力が切れた彼はレイと喋ろうと彼のいる場所まで歩いてきたのである。
「やる気失せたからお前んとこ来た。あのさ、お前絵上手いよな?」
モークが言うように、レイは絵が得意であった。特に何かを模写して、それを描くことに関しては、レイは同い年の少年少女らと比較しても優れていた。
「あんまり自分では言いたくないけど……そうなのかな……?」
「じゃあさ、こいつ写して。」
そう言ってモークはEフォンに映っているリルムの写真を見せた。それを見て、レイは狼狽した。
「えっ!?じょ、冗談でしょ?」
レイがそう言うと、モークはいやらしくも大きな声でレイに言った。
「絵は得意じゃないんですかぁ?レイ君!」
「モ、モーク!」
まるでレイの心を読んだかのようにモークはリルムを指差した。最悪のタイミングで声を掛けてきたモークが、少し憎らしく感じた。
「絵得意なんだろ!嘘つくのか?サイテーだなお前!描けよ!」
「それとこれとは話が違うよ!」
間接的にだが、〝リルムを描け〟と言われたレイ。当然彼は困り果ててしまう。
「何よ、モーク。大きな声出して。」
「だってさ、こいつ絵上手いんだからさ、リルムを描いてもらおうと思ってさ!」
「モーク!!!」
レイは顔を赤くしつつ怒った。当然である。しかしモークは反省する様子もなく笑うばかり。これに関して、リルムはモークに対して怒った。
「そんな事言う暇があったら作業しなさいよモーク!」
「なんだよ真面目っ子ぶってんじゃねーよ!」
「今の言葉、絶対からかってるでしょ!もう!」
この流れにクラスはどっと笑っていた。一方で、レイとリルムは互いに顔を赤めていた。
(バカモーク……)
本人は冗談交じりで言っているつもりなのだが、レイ達からすればいい迷惑である。それでもモークは二人の心境を知らぬまま笑い続けていた。
それから時間が流れ、部活の時間になった。同じサッカー部であるモークとレイは練習の休憩中に会話をしていた。
「なんであの時あんな事を言ったんだよ……おかげで恥掻いたじゃないか。」
「別にー。いいじゃねーか、お前らどうせ仲良いんだしさ。」
「そうじゃなくって……その……」
美術の時間の際、レイはリルムの事を考えていた。それは彼女の事をどこかで気にしているということから生じたものなのだろう。
只の幼馴染である彼等。しかし、彼等の年頃からすれば異性というのはどうしても意識してしまうものである。その為、レイ達を羨ましいと思う一方で馬鹿にする者も多数いるのである。無論レイは彼女の事を異性としてではなく、只の幼馴染として認識している……筈だった。
しかし彼の様子は明らかにおかしい。というのも、フィジットがリルムに対して好意をもっていると言う事がどうしてもレイの中で引っ掛かっているのだ。
(何だろう、気持ち悪いな……ううん、冷やかしなんだ!こんなの気になんてしてられないっ!)
レイは頭を思い切り振った……と同時に、休憩終了の合図が聞こえてきた。それを聞き、レイは立ち上がり、練習を再開する為に走り出した。
「なんだよ、急にやる気出しちゃってさ。」
モークは首を傾げた。
それから1時間程経過し、本日の練習は終わった。部員達はロッカーに戻って服を着替え始める。モークは用事があるのか、すぐに着替え終え、部室を出た。一方のレイも彼に続くように服をさっと着替え、部室を出る。
「先輩お疲れ様でーす。」
後輩達がレイに言うと、レイも
「うん、お疲れ様。」
と、笑顔で答えた。
「レーイ!」
レイが一人で帰っていると、後からレイを呼ぶ声がした。リルムである。既に帰っていた筈のリルムが何故かここにいる事で、疑問に感じていた。
「あれ、どうして?もう帰ったんじゃないの?」
「生徒会だったんだ。それで遅くなっちゃって……帰ろうとしたら偶然レイがいたから声掛けたんだ。」
「そうなんだ」
レイにとって幸か不幸かは分からなかった。本日の美術の時間で意識していた相手がまさか偶然にも一緒に帰ることになるとは彼は夢にも思わなかったからだ。しかし、相手はいつも一緒に喋っている相手である。改めて気を遣うような相手でもない……レイはそう言い聞かせて、リルムと共に帰ることにした。
「毎日この時間?大変だね。部活で。」
「ううん、自分でやっていることだから大変も何もないよ。」
「そっかぁ。私も部活やろっかなーって一瞬考えたんだけどね、生徒会が忙しくてねー。あーあ、入るんじゃなかったかなぁ……」
リルムは生徒会に所属していた。と言っても、常に毎日残らなくてはいけない訳ではなく、基本的には授業が終わればすぐに帰宅している。今日は生徒会での作業が原因で遅くなったのだ。
「リルムと一緒に帰るのってさ……本当に久しぶりだよね。」
分かっている事だったが、レイはまるで確認をする為にリルムに聞いた。
「え?うん、そうだけど……それがどうしたの?」
「ううん、学校ではよく一緒にいるけど、帰るってあんまりなかったから……」
「それもそっか。」
別に特別面白いと言う訳でもない、ごく普通の当たり前の会話。普段彼がリルムに対してする当たり前の会話。
しかし今のレイは妙だった。普通に会話をすれば良い筈なのに、何故か変な緊張をしてしまっていた。
(フィジットが見たら……これは羨ましい光景なのかな?)
彼がリルムに対して緊張をするのはフィジットのレイに対するカミングアウトが原因だった。レイがそう思った時、彼は大切な事を思い出した。リルムに今、恋人がいるのかを聞く事である。
「あの……さ、リルム。」
「何?」
普通に聞けば良い事なのに……レイは何故か緊張していた。」
「あのね……その……」
「はっきり言ってよ。なんか変だよ?」
リルムにも見透かされた。レイは一度咳払いをして再び言う。
「えっとね、突然だけど……リルムは今ね、付き合ってる人って……いるのかな?」
これはあくまでも友人の頼みを遂行しているだけ。レイは自分にそう言い聞かせていた。
「え!?なんでそんな事聞くの!?」
「べ、別にそんなやましい意味で聞いたんじゃないよ!?ただ……なんとなく、気になってさ……」
明らかに動揺するレイ。リルムは彼の様子を見て変に感じていたが、あえて口に出さなかった。
「別にいないけど……どうしたのよ。」
「そうなんだ!い、いないなら……うん、別にいいんだ。」
「変なの。」
どうにか確認する事は出来た。と同時に、レイは何故か安心したような顔を浮かべる。
(なんでこんなに安心するんだろう?どうして?)
別に気にするほどでもないのに、何故かリルムに恋人がいない事で彼は安心していた。自分でも分からないこの気持ちが、レイにとっては不愉快でならなかった。
その時だった。リルムが突然口を開いたのは。
「レイ!あのね……突然で悪いんだけど……今度さ、家に行ってもいいかな?」
「えっ!?……こ、今度って?」
「もちろん、行ける日に決まってるじゃない。」
急に言われたので、レイは動揺した。それ所か、まさか向こうから〝家に行きたい〟と言うものだから、彼は呆気にとられた。増してや、この歳になって女の子を家に入れるという事……その事がレイにとっては少し考えられない事でもあった。
「べ、別に構わないけど……な、何で?」
「十歳の時に私、転校したでしょ?それからずっとレイの家に行ってないなあって思って。約三年振りだよ。レイの家に行くの。てか動揺し過ぎじゃない?」
彼女の言うように、リルムは十歳の時に一度別の学校へ転校していた。と言うのもその当時彼女の家族が引っ越しする事になり、通っていたエレメンタルスクールから離れた場所に引っ越し先の家があった為、彼女は一年間だけレイと共に通っていたエレメンタルスクールとは違う学校に通っていたのだ。そして彼等はジュニアハイスクールで再会し、現在に至ると言う事である。
「そういえばそうだっけー……あー、なんだか懐かしいなぁ。よく遊んだっけ……」
この時レイは小学校の出来事を少し思い出した。当時から仲の良かった両者はリルムと一緒にいるだけでよくからかわれたりもした。それは今も一緒なのだが、それでもレイにとっては良い思い出だった。
「あ、もう駅だ。レイってこれに乗るんだよね?そう言えば引っ越してから私の家に来た事無かったんだっけ?」
「あ……うん……」
この時レイは顔を赤めた。幼馴染とはいえ、この年頃の少女の家に行くと言う事に戸惑いを覚えた為である。
「また、来たらいいよ!その前にレイの家に先に行かせてねー!」
リルムは笑顔で言った。一方のレイは苦笑いを浮かべた。
「う、うん……その時に宜しく……ね。」
「じゃあね、私の家はここを曲がって真っ直ぐだからー。バイバイ。」
「うん、バイバイ。」
両者は駅前で分かれた。リルムは手を振り、自宅へ帰る。彼女が後ろを向いて走って行くのを見届けた後、レイはそっと溜息を吐いた。
「家……来るんだ……リルム……なんでだろう、どうしてこんなに緊張してるの?普通の事じゃないか……別にフィジットがリルムを意識しようがしてまいが……僕には関係ないのに……」
複雑な心境だった。自分の気持ちが分からなくなった。もしかすれば、自分はリルムの事が好きなのでは……彼はそう思ってしまった。しかしそれは認めたくなかった。何故ならば、リルムとは只の幼馴染。昔から仲が良いだけ。それなのに相手を意識してしまうなど、あってはならない事だとレイは自分の中で決めつけていた。
(全部フィジットが悪いんだからね……とっとと告白して付き合ってしまえればいいのに!)
レイは頭を振り、そのまま改札を通過しようとした――
「そうだ!!!ギリアさんの事忘れてた!!!」
と、彼はギリアとの約束を失念していたのだ。
――――――――――――――――もし逃げたら許さねえぞ―――――――――――――
ギリアの言葉が思い出された。その途端、レイは震え上がる。幸い彼は昨日の大会で準優勝をしている為に、賞金はある。その為、一度家に帰って金を取る必要があった。
(せっかく母さんに銀行に行って貰ったのに、これじゃ意味が無いじゃないか……)
そう思ったレイは、焦る気持ちで電車に乗った。
夕暮れ時。彼は電車に乗って地元の駅に着いた。その後、彼はそのまま自宅へ向かった。
家に帰ってからは慌ててリビングのテーブルに置いてあった現金を鞄に直し、着替えずに学生服のまま再び外へ出た。彼の向かう場所。それはギリアの工場だった。彼は今から報告をしにいくのだ。
早速、彼は工場まで自転車に乗って走り、彼の元へ向かっていた時だった。
「あ、あれは……」
レイが見つめるその先にはギリアの姿があった。丁度作業を終えたのだろうか、工場から出てきたギリアを偶然レイは見つけ、レイは気付いてもらう為に手を振った。するとギリアは彼の存在に気付き、早歩きをして駆け寄った。
「おう、レイ。学校帰りか?学ランが眩しいねえ~。」
「はっ……はぁ……?」
自分も、レイと同じ頃時期があった……と思い出しているのだろうか、ギリアはレイの学生服姿を見るなり突然言い始めた。そして突然思い出したように言った。
「あ、そうそうそう。お前どうなんだよ。修理費払えんのか?ま、どうせお母ちゃんに頭下げて頼んだんだろうけどさ。」
その質問に対してレイははっきりと答える。
「えっと、準優勝しました。」
「へぇ。準優勝したんか。おぉー…………はっ?」
確認するように、ギリアは耳を立てた。
「なんて?準優勝?夢の話?」
「えっと……昨日の大会の話なんですけど……」
唖然とするギリア。その姿を見てレイは内心、優越感に浸っていた。たった数時間程度の訓練で準優勝が出来るなど、ギリアにとって信じられなかった。納得のいかない様子のギリアはレイの肩を持ち、大きく揺さぶった。
「もう一度言え!」
「準優勝ですよ!」
「嘘だ!絶対嘘!」
「本当です!」
何度も聞き返してくるのでレイは呆れてしまっていた。しかしギリアは一向に信じようとしない。
「準優勝なんてマジで言ってる?お前が準優勝なんて!こんなスペシャルな奴が本当にこの世にいんのかよ!?そ、そうだ!賞状か何か証明になるもの見せろ!」
ギリアは右手を差し出し、その指関節をクイクイと動かした。
「大袈裟すぎですよ!本当に……準優勝しましたから。一応、これが証明なんですけど……」
そう言ってレイは鞄から昨日の準優勝の表彰状をギリアに見せた。
「コピーとか偽物じゃねえよな!?盗んでねえよな!?」
「違います!」
「マジだ……こいつ、マジでやりやがった……」
表彰状を見てギリアはようやく納得した様子だったが、それでもギリアは驚き続けていた。
やがて彼は話題を変えるかのように、レイに金を請求し始めた。
「そ……そうだ!用意出来ているんだろうな!?」
「だから今日、来たんです。ここに。」
「ハッ!得意げになっちゃって!」
馬鹿にされたような言い方だった為、レイは少し苛立ちを覚えた。そして彼は家から持ってきた、修理費の現金をギリアに渡す。
「おっ、確かに。にしても大したもんだよなー、お前。本当にやるんだからよ、入賞を。それも準優勝だぜ?」
事実が認められると、急激にギリアはレイを褒め始めた。この行為にレイは違和感を覚えていた。
「そうだお前、この後時間あるか?」
「え?時間ですか?あるにはありますけど……」
急にギリアに誘われ、レイは何事かと少し動揺した。
「お前のその実力、大したもんだぜ。今からちょっち面白い所に連れてってやる。MS好きのお前なら多分驚く場所だ。」
「面白い所……ですか?」
「良いから黙ってついて来い!」
そう言ってギリアは工場の方向へ向かい始めた。先程勤務していた場所に何故か戻るギリアの行動が、レイには理解出来なかった。
レイは工場の中に入り、ギリアに連れて来られるまま彼の後ろに着いて行った。やがて、彼等はある部屋に着く。そこは明るい電球が一つ天井から吊り下がっており、雑誌や漫画やスパナ等が散らかった部屋だった。恐らくここはギリアの部屋だろうと、レイは思った。始めてはいる部屋の隅々を見ていると、レイは床にあった一つの雑誌に目を奪われる。
そこ落ちていたのは女性の裸体が映し出されたポルノ雑誌だった。ギリアが自分の事を見ていない事を余所に、じっと、その雑誌の表紙を見つめていた。
しかし彼はそれに目を奪われていた為、急に振り返ったギリアに気付かれてしまった。
「ん?おお、欲しいならやろか?エロ本。」
「い、いいです!結構です!!」
「なんだよ、遠慮するなっての。お前容姿女だけど中身男なんだからさ。ま、いいけど。それより先に行くぞ。」
「え、まだ先があるんですか!?」
「一見、無いように見えるだろ?」
そう言ってギリアは机の近くにある一つのボタンを押した。
ゴゴゴゴゴ
と、その時。壁が変形し、そこに穴が開いた。穴が開いた先を見ると、そこは階段となっていた。隠し部屋となっているそれを見て、レイは驚愕する。
「こ、こんな仕掛けがあったんですか!?」
「そ、結構でかいもんだから地下にしか用意できなかったんだよ。俺のダチが作ってくれた。さ、更に階段を下るぞ。」
(この人、凄い人かも……)
レイは思った。
ギリアの部屋から先、階段を下っていく両者。階段を下っている最中はギリアが懐中電灯を持って明かりを照らしていた。その明かりを頼りに、彼等は先へ進んでいく。
やがて彼等は最深部とされる場所に辿り着いた。そこは真っ暗で何も見えず、レイはキョロキョロと見回すが、何も見えないので当然何も分かる筈がない。
「よし、スイッチオン!」
そう言ってギリアがスイッチを付けた――
パチッ
急激な光がレイの目の中に入った為、眩しくなったレイは目を腕で覆った。その状態が十秒程続き、ゆっくりと腕を視界から外していく。
「わ……え……えええっ!?」
そこに映っていたもの……それはMSデッキだった。MSサイズの大きさの兵器が一機、収納する事が出来るスペースの格納庫がそこにはあったのだ。
「こ、これってMSデッキですよね!?なんで……なんでここに!?」
「いやぁ、ちょっと見せたくなってさ。どうだ、驚いただろ。これも俺のダチが提供してくれたんだぜ。俺はそれを格安で買ったのさ。」
ギリアの存在が、凄いものであるとレイは感じた。正確には彼の友人が凄い人間なのであるが。
「ギリアさんの友達って……」
「今新生連邦で働いてる金持ちの整備士。俺がMS好きって事が分かった時に俺に提供してくれたんだよ。でも俺んちにあんなもん置けるわけねーから、工場の地下を改造して置かせて貰ってる訳。格安とはいえ、結構掛かったなー、金が。」
「そ、そうなんですね……」
いくら個人的な趣味とはいえ、MSデッキを友人に提供するギリアの友人が何者か……レイはそちらに興味が湧いた。
「ちなみに天井もスイッチ一つで開くようになってんだよ。だからもし!もしも敵機体が現れたとしてー、ここに何かMSがあれば、それに乗っていざ出撃!ってのが出来る訳よ!」
「す、凄いです!本当の軍みたいですね!」
感激のあまり、レイは感動していた。まさか生でMSデッキを見る事が出来るなんて……と、彼は大はしゃぎしたい程気分が高揚していた。MS好きが幸いして、このような施設を見せてもらえるとは思っていなかった為、レイの笑顔が絶える事はなかった。
「お前がプチモビの大会を準優勝しなきゃこんなもん見せなかったぜ。実力者にはそれ相応の報酬ってもんがあると思ってさ。」
ギリアは頭を掻きながら言った。
「最初はお前の事女顔のガキと思ってたけど、実力があるってなったら話は別だ。こうなったら本物のMSに乗ってみてもいいんじゃねーか?将来はMS乗りで食っていくか?」
MS乗り。それは現在世界中で過去の大戦で使用された戦艦を母艦とし、過去に使用されたMSや、様々な闇取引やどこか私的な機関が提供するMSに乗り、他のMS乗りを強襲し、そこで得たスクラップ等を拾い集めてジャンク屋に売り捌き、その儲けで飯を食べて行くという、生き方をした者達の総称である。戦後になりその数は増大し、現在では弱いMS乗りは強いMS乗りに食われると言う構図が出来上がりつつあった。
「そーそー、お前にちょっと質問だ。」
突然のギリアからの質問にレイは首を傾げた。
「MSは何故、人の形をしてるか答えてみろ。」
「え……!?」
急な質問だった。答えろと言われても、簡単に答えられる内容ではない……レイは思った。彼は慌てて正解を探すが、口から出て来なかった。
「さあ、答え!残念ながら実は俺にも分からない。」
「えぇっ……?」
自分でも分からない話をするギリアに、レイは内心呆れた。
「けど推測は出来る。人の形をするってのは、例えば指型のマニピュレーター。これは人の指をモデルにしているから、ビームライフルを構えたり、ビームサーベルを抜いたり出来るんだと思うぜ。人間って指が一番よく動くだろ。だから何でも出来るんだ。武器を使ったり、何かを掴むのも適してるからな。」
MS好きのギリアなりの回答だが、レイにとっては納得できる内容だった。
「それにさ、MSを人の形にしたのは、昔の人間が、人という形に拘った結果なんじゃねえのかなって思うぜ。人がここまで文化を発達させてきただろ?そこに合理性とか無視して、人の形をしたロボットを作った結果が、MSなんだろうよ。恐らくだけどな。」
MSの歴史は具体的に明らかになっていない部分が多い。何故人の形状をしているのか……等。いつしかそれが当たり前になっていき、現代ではMSが兵器として普及するようになったのだ。
「そしてさ、人間って存在を徹底的に分析して、人類は史上初、戦うMSを制作したんだよ。そして……そのMSの名前はガンダム。」
ガンダム。それは現在から約百五十年以上前のクリスタル・ウォーの際に投入された伝説のMS。圧倒的な力で当時のデウス帝国を圧倒し、地球連邦軍を勝利に導いた機体とされている。現在ではアインスガンダム等のガンダムタイプと比較する為に、ファースト・ガンダムと呼ばれている。
「由来は不明だ。そもそもなんでガンダムって名前にしたのか、ハッキリは知らないけどそれが今でも伝わっているんだよ。そしてその影響で模型屋とかがプラモ出すようになったんだよ。これが大売れで、繁盛したそうだぜー。」
「プラモデルですか……あ、そう言えば貰ったなぁ。」
と、彼は昨日のプラモデルを思い出した。昨日優勝したシーアから譲ってもらったファースト・ガンダムのプラモデル……それをまだ組み立てていない事を思い出した。
「でさっ!」
その時、ギリアは突如レイの顔面の前にぐいと自分の顔を寄せた。
「わっ……?」
「ここからは俺のダチの話なんだけどさ……今、新生連邦は新しいガンダムを開発しているらしい!名前はアインスガンダムって言うんだ。」
「アインスガンダム……?」
それはクラリス・デイルに与えられる予定のガンダム。この情報は本来は軍の機密であるのだが、新生連邦の整備士の友人と言う事で、ギリアにはこれらが筒抜けだったのだ。
「具体的には知らねーけど、なんか色は紺色らしい。それぐらいしか教えてくれなかった。ま、軍の機密だからな。でもこんなもんが実践に投入されたら連邦の奴等、更に戦力が増えるからなー。」
そう言うギリアは笑っていなかった。寧ろ、真剣な表情をしていたのである。
「大体さ……もう地球圏に敵なんていねーっつうのにこれ以上ガンダムだの他のMSを作る理由が分かんねーんだよ、あいつらはよぉ……」
「確かに……そうは思いますけど……」
軍備増強を続ける新生連邦を、ギリアは余り好ましく思っていない様子だった。しかし彼は新生連邦で働いている友人が嫌いであるかと言うと、そう言う訳ではない。
「まー……こんな話してても埒が空かね―し、いっか。それより、びっくりしたろ!お前がもしMS乗ってここに来たら、格納させてやるよ……なーんて、非現実的な話してみたけどな!」
「あ……はい……」
あり得ない話を持ちかけてきたギリアの言葉に対し、レイは苦笑いで答えた。
しかし、レイはギリアの持つMSデッキの存在に感動を覚えていた。
「さて、戻るか。これ見せたかっただけだし。」
「あ、はい!」
そう言ってギリアはMSデッキの電気を消し、再び懐中電灯の電気を付けた。レイは彼の後ろに着いて行くように、先程と同じ道のりで帰って行く。
再びギリアの部屋に着いた両者。長い階段を上った為、レイは荒い息を出していた。
その時、ギリアが言った。
「あのさぁ、それより、時間は良いのか?」
「え?」
「ほれ、見てみ。」
ギリアに言われ、彼は左腕に付けている腕時計をレイに見せた。その腕時計を見ると、時計の短い針は9の数字を指していた。
「わあああああ!もうこんな時間!?」
母親に何の連絡も無しでこの時間までいてしまったレイ。帰れば確実に怒られると思ったレイはギリアに二度、頭を下げた後で元来た道を走って帰って行った。
「あいつ楽しそうだな、人生……」
そっと、ギリアは呟いた。
帰宅したレイはすぐに食事を済ませた後で、すぐに入浴をした。今日一日の疲れを癒す為に、彼はどこか疲れた様子で湯船に入った。
レイが浴槽に浸っている最中、本日あった出来事を思い出していた。一年の時の友人であるフィジットがリルムの事が好きだったと言う事、何故かリルムの事が気になると言う事、そしてギリアが見せたMSデッキの事……今日一日だけでも様々な事があり、レイは非常に疲れている様子だった。
(僕はリルムの事を、どう思っているんだろうか……)
只の幼馴染である筈のリルムが何故気になるのか……それは、自分でも分からなかった。
(いいや、今は考えないようにしなきゃ……早く寝て、忘れよう……)
レイは頭を振り、リルムの事を忘れるようにした。彼女の事の代わりに、ギリアの工場の地下で見たMSデッキの事を思い出すようにしていた。
「……MSデッキ……凄いなぁ、ギリアさん…………リルム……ハッ、そんなこと気にしない気にしない!もう寝る!」
そう言ってレイは部屋の電気を消した。ベッドの上に敷かれていた布団を用いて自身に被せ、そのまま眠りについたのであった。
プチMS大会を優勝したレイは工場長ギリアに驚愕される話でした。
その中で彼は日常を過ごしていく……みたいなお話。