校庭にてアインスガンダムとディーストが交戦してから翌日。学校内ではその話題で皆持ち切りだった。悦楽を感じた者、恐怖した者、それぞれの声が聞こえる。
「あれは凄かったなー」
「特撮の撮影かなって思った!」
「けどニュースでやってなかったんだぜあれ。」
「何だったんだろうね?」
大衆は目の前の出来事に対して楽観的である場合が多い。恒常性バイアスと言うのだろうか。大半の生徒も、昨日の出来事に対して深く考察する者などいない。
実際は、クラスメイトの一人である、レイがアインスガンダムに乗り、ディーストと戦ったというのが事実ではあるのだが、皆、そんな事など知る筈がなかった。
「キレス君、昨日のMS見てたよね!まさか本物が校庭に現れるなんて!!!」
と、興奮した様子で迫ったのはクラークスだった。異様に興奮している様子でレイに近づく。別のクラスだったクラークスがわざわざレイの元に来るのは、余程の事だった。
「どっちも見たことがないMSだったよね!新型機かな?でもどこの所属かは分からないんだ……モノアイの方はデウス軍なのかな?でも、もう一機はガンダムタイプみたいだったし……画像検索したんだけど、全然出て来なかったんだー。何でだろう?」
「そう……なんだ。」
テンションの高いクラークとは違い、レイは余り元気ではない様子だった。寧ろ疲れている様子だった。
「けど、実際にMS同士の戦いを見ることが出来たのは凄かったなぁ!生まれて初めての体験だよ!誰が乗ってたのかは分からないけど、凄く良いなぁ……」
両手を組み、幸せそうな笑みを浮かべるクラークス。しかしレイはそれとは対照的だった。
「クラーク、MSに乗るのってさ、本当に幸せな事だと思う?」
「え?そりゃ……憧れるよね!」
レイは、そっと溜息を吐く。
「もしかしたら、MSってカタログで見ていたり、プラモデルを組み立てたり、眺めている方が良いものなのかなーって最近思って……」
クラークスはMSの事を紙媒体や電子媒体や、立体物という形でしか分かっていない少年だ。しかし一方のレイは実際にMSに乗っている。そして、人を殺している。この数日で体験した出来事は、レイのMSに対する憧れを大きく変えてしまう物であったのだ。
新生連邦軍のモントリオール基地にて。クラリスの失態に対し、スパイッシュが激昂していた。そして、再び彼を拳で殴る。
ドゴッ
クラリスは、口から血を流した。
「市街地に市街地にMSを持ち出す等規約違反だぞ!貴様、何を考えているんだ!!!」
本来市街地に軍のMSが立ち入る事は暴動鎮圧等以外で起きてはならない事だ。まして、ガンダムの奪還とはいえMSを出す等言語道断。クラリスは怒りの感情のあまり、その規約を破ったのである。
「規約を破った事に対しては咎めを受けます。しかし、アインスガンダムの場所は割り出すことが出来ました。次があれば――」
と、挽回する姿勢を見せるクラリスだったが、スパイッシュがそれを遮った。
「あのな。お前にはもう用はないんだよ。」
「……は?」
「何度も言わせるな。お前に用はない。そして、あれはもうお前のガンダムではないという事だ。」
「少佐、それはどういう……」
スパイッシュは、ずいとクラリスの顔の前に、自身の顔を押し付けるように近づいた。
「そもそもアインスガンダムの奪還に関してはな、お前の行動を試す為の試験のようなものだったんだよ!ガンダムの位置はとうに目星はついているんだよ!お前がどのようにあのガンダムを回収するのかを見ていたんだよ!その結果が規約を破るという愚業だった訳だがな!」
「な……そんな!?試験なんて聞いてないですよ!」
「上層部の貴様は規約を破った上、失敗した!成功すればその失敗は無かった事にはにしてやろうとは思っていたがな!」
それは、ギリアが言っていたことと同じ事だった。クラリスは上層部に、行動を試されていたのだ。しかし結果は失敗。それを見た上層部の人間はクラリスに対する処遇を説明する事になる――
「実はな、貴様宛に上層部から辞令が出ているのだよ。アラスカ海へ試験機の運用テストのな。つまりは回収任務も出来ない貴様にガンダムは不要と言う事だ!残念だったな!!!」
高らかに笑うスパイッシュ。次があればアインスガンダムを奪うことが出来ると考えていたクラリスは、予想外の処遇にショックを隠せないでいた。
それは、事実上の左遷。これは彼にとって屈辱以外の何者でもない。
「そんなバカな……こんな……こんな事が……」
「基地を去る準備を今日中にしておけよ。お前のような無能を切る事が出来て私はせいせいするわ!」
この様子から、アインスガンダムの奪還は本気で取り組む気がないという事が新生連邦軍内部の事情で明らかになった。レイに奪われたことは想定外の事だった。しかし、それを奪い返すという事をあえてクラリスにさせ、それが失敗すれば彼を左遷させるというのは、まるで予定調和のようでもあった。
結局クラリスはモントリオールから姿を消す羽目になった。パイロットとしては優秀な士官だったクラリス・デイル。しかしこの迂闊な失敗の為に、彼は上層部から見放される結果となったのだ。
「こんな……屈辱が……こんなの……これもあいつが……あいつが……!」
重なる失態。結果として左遷される結果となったクラリス。その状況でも、彼は一人の少年の事を考えていた。彼が因縁をつけた結果、このような形になった少年、レイ・キレス。彼の年齢よりも十歳違うこの少年によって、痛い目に遭う形となったのだった。
クラリスは一人、基地を去る準備をしている。その際、鞄の中から一枚の写真を見つけた。
ひらり、と落ちた写真。そこに映っていたのは、彼の母親だった。母親と幼き日のクラリス。それを見た時、彼はそっと溜息を吐く。
「お袋……俺はどうなるんだろうなぁ。やっぱり俺はカッとなっちまう。その結果こんなんだよ。士官になれたとはいえこのザマじゃ洒落になんねえや……」
彼には母親が居た。年老いた母親。彼にとって唯一の肉親だ。それ故に母親を想う気持ちは強い。
「お袋……少しでも楽な生活、させてやりてえなあ。ガンダムのパイロットになれたら昇給も期待できたんだけどな。本当、俺ってアホだよな……糞が……」
彼は優秀なパイロットではある。だが、情に流されやすいというデメリットもあった。それ故に度々トラブルも起こしている。その結果が今だ。彼はしぶしぶ、この基地を去る事となったのだった。
クラリスが去った後、スパイッシュは基地の指令室にて兵士と話をしていた。
「少佐、その……アインスガンダムはいつ、奪還をお考えなのでしょうか?」
クラリスの方法が失敗したという事で、疑問を抱く兵士。
「あれは確かにいつでも奪還は可能だ。ただ、制約がつく。あの辺りは住宅街。いくら軍関係の情報はメディアやSNSに流出しないようにするとはいえ、下手にMSで攻撃するのは市街地に被害が及ぶ。増してあのガンダムは奪ったパイロットにしか扱えないというのもそれはそれで厄介だ。その上隠している場所の工場の経営者は元連邦軍の軍人だというじゃないか。それは連邦側の温情で、連邦軍が攻撃を仕掛けられないようになっているのだよ。」
スパイッシュの言うように、新生連邦は不都合な情報に関してはメディア、SNS共に隠蔽する事が出来る。昨日の校庭にMSが出現した件についても新生連邦の大規模な情報機関がすぐに検知し、隠蔽する仕組みとなっているのだ。昨日レイが家に帰った時にテレビやEフォンで情報を知ることが出来なかったのはこうした理由があったのである。
目で見た情報は確かに人の記憶に残る。しかし、それは時間が経過すれば只の噂話でしか過ぎない。この、SNSが広まった時代において軍による情報の隠蔽と言うのは重要な事なのである。一般市民に軍の機密が漏れるというのは当然軍からすれば不利益そのものであり、組織の崩壊にも繋がる危険性もある。それ程に情報と言うのは重要視されるものなのだ。
「現在の世の中、大した敵対勢力が居ない現状でガンダムの奪還の為に市街地を攻撃するのは我々としても避けたい。あくまでも、軍がそれをするというのが危険なのだ。」
兵士はその言葉を聞き、疑問を抱く。
「それは、どういう意味でしょうか?」
「軍と関係ない者が攻撃をする……つまりは外部の傭兵等を委託するという事は問題ではないという事だな。ククク、すぐに手配をしよう。」
この男の狙い。それは軍管轄以外の存在に依頼を掛けるという事だ。市街地への損傷を避けなければならないという規約がある以上、迂闊に軍自らが行動を起こせない。ならば、外部の存在に依頼をすればよいという方法。それをスパイッシュは思いついていたのだ。
「確か新生連邦に志願している姉妹のパイロットがいた筈だ。そいつらに託してみようかッ!」
スパイッシュはバンと机を叩き、気味の悪い笑みを浮かべる。尚、この事は総司令、レヴィー・ダイルにも知らせていない。スパイッシュ・カルディアムという男の独断で行おうとしていたのだった。
総司令、レヴィー・ダイルはスパイッシュよりクラリス・デイルの処遇の報告を受けていた。それを了承し、モニターを消す。
「アインスガンダムのパイロット候補の人物は左遷するという形になったそうだ。スパイッシュ・カルディアム少佐から報告があった。」
「そうですか……」
近くにいたソフィア・ブレンクスが静かに言った。
「となれば今後軍内であのガンダムを今後誰が使用する事になるのかという話になる。アインスガンダムは局地戦によりそれぞれの武装に換装するHPSを搭載している機体。あれが民間人の手にあるといってもその性能を引き出す事は難しいだろう。」
レイが奪ったガンダム、アインスガンダム。新生連邦政府軍樹立と同時に制作された記念すべきガンダムタイプ。この機体の最大の特徴は、局地においてそれ相応の武装やパーツを交換する事により、その状況でもパフォーマンスを発揮することが出来るHPS(ハードポイントシステム)を搭載している。
アインスガンダムの場合、設定上では砂漠、水中、空戦とそれぞれの環境に対応できるような作りとなっている。それらの環境に換装する事で、それぞれの場面で活躍することが出来るというのが本来のアインスガンダムの役割だったのだ。
「今のアインスガンダムはベースタイプのまま。今すぐ我々も喉から手が出る程欲しい訳ではない。今優先すべき事は、戦力の増強、ただ一つ。」
総司令はソフィアの方を見て、言った。
「かつてのデウス動乱で辛勝した連邦軍だったが、MSの種類に関しては圧倒的にデウス帝国に劣っていた。デウス帝国には数で勝利を得ることが出来たけれども……今後は様々なMSのバリエーションを増やしていき、よりそれらを強固な形にして行かなければならない。」
彼はデウス動乱時の地球連邦の状況を見て、危機感を抱いていたのだ。総司令、レヴィー・ダイル。彼が推す政策は、戦後平和な状況が続いている今日においても戦力の増強を続けるというもの。いつ、連邦に敵対する組織が生まれても対応できるように……という事だ。
だが、この政策には大きな問題がある。新生連邦樹立に伴い生じた問題。それは、戦後と言う状況で大勢の兵士達が死亡している状況にて軍備増強を続けるがあまりに人員が不足してしまっている状況と、多くの兵器を生み出した結果、それらが一部のMS乗りやテロリスト等の武装勢力に行き渡っているという事実があった。それでも彼は、戦力増強を止めることは無い。
「僕もかつてのデウス動乱で戦った。そこで、自分の無力さを思い知った。僕の祖父と僕は、周囲から常に比べられていた。」
「……お爺様が総司令をされていた……という話ですね。」
新生連邦軍の総司令はレヴィー・ダイルだが、かつての旧地球連邦軍の総司令は祖父、ダディー・ダイルであった。しかし彼はデウス動乱末期に戦死。そして戦後になり、孫であった彼が総司令に任命された。その結果が、今の新生連邦政府軍なのだ。
「僕は、今出来る事をして行かなければならない。その為にも、新生連邦は確実な組織へと変えていく必要がある。」
「私は、レヴィー様の意見を支持します……」
まるで合いの手のように,ソフィアが言った。
(あの戦いで僕と共に戦った彼は今、どこにいるのだろうか。また出会う事があれば、共に戦い、連邦軍の為に尽力して欲しいものだが……)
総司令が思う、“彼”の存在。それは一体何者であるのかは分からない。分かるのは、その人間がかつてのデウス動乱で共に戦ったレヴィー・ダイルの戦友という事だけだった。
昼休みの時間。レイはモークと昼食を食べていた。昨日の出来事以外は特に変わらない日常の一場面。母親が作ってくれたサンドイッチを食するレイ。モークは購買部で購入したホットドッグを食している。
「ねえ、モーク。」
先に口を開いたのはレイの方だった。
「モークはさ、MSってどう思う?」
何気なく昨日の事を思ったのだろうか、モークに尋ねてみた。
「MS?ああ、ロボットのことな。まあ、確かに迫力はあるなぁって印象だよなぁ。」
ホットドッグを咥えながらモークは言った。
「でも俺は別に興味ねえや。なんか先生が言ってたな。MSが今凄く増産されてるとかなんとかって話。うちがなんか被害に遭わなきゃいいだけだし、そもそもあれって模型店に一杯置いてるじゃん。プラモデルだっけ?エレメンタルスクールの時に親になんか買ってもらった記憶あるけど捨てられてた。」
モークの思うMSの印象とは、レイとは大きく異なるものだ。レイは元々MSが好きな少年だ。しかし先日にMSに乗り、初めて戦い、人を殺した。そして二回目は人を守る為に戦った。クラークスに対して感じたものと、同じ感覚をレイは感じている。
所詮、本物のMSを知らない人間はただ、机上の空論でしか語ることが出来ない。それは当然の話である。レイは“本物のMS”を知った。知ったが故に憧れだけでは成り立たない世界を知る結果となったのだ。
「てか昨日お前どこ行ってたんよ?探したけどいなかったよな?」
レイはびくりと反応した。自分がまさかガンダムに乗ってディーストと交戦していた等と、言える筈がない。
「人が多かったでしょ?モークと離れちゃって……」
「てっきりリルムと引っ付いてんのかなって思ってたぜお前。」
そう言われた時、レイは赤面した。
「も、モーク……!」
何を想像したのかは分からないが、レイは何故か恥ずかしそうだった。それを見たモークは笑っていた。
「おうおう、何想像してんだよ!お前何気にむっつりスケベなんだよな!」
「ち、違うよ!」
あたふたとするレイ。それを見たモークは再び笑っていた。
「えー、皆さん、来週は定期試験ですよ。しっかりと勉強に励んで、頑張って良い点を取って下さいね!」
と言うのは担任教師のリアンだ。彼女が言うように、来週は定期試験なのだ。それは一年間に五回あり、成績を付ける上で非常に重要な試験である。その重要度と言うのは、この試験の為に勉強をしている者がいるといっても過言ではない程だ。
ここ数日の出来事の存在が大きく圧し掛かるレイ。定期試験の存在を、レイは忘れていたのだった。
(ああ……すっかり忘れていた……はぁ……)
レイは何も勉強をしていない。勉強をする気にすらなれない状況が続いていたからだ。
彼は成績に関しては中の上といった所。特別賢いという訳ではないが、常に無難な成績を取ってきている。しかしこれは定期試験に限った話であり、模試等と言ったものに対応するのが出来ない。それが彼の弱さであった。
「勉強、しないとなぁ。」
レイは小言を一人呟く。しかしここ数日の出来事も重なり、集中する時間はなかなか作れない様子だった。
「ねえ、レイ。」
と、声を掛けるのは隣の席だったリルムだ。
「今度の土曜日、よろしくね。」
「あ……う、うん!」
彼はもう一つ大切な事を忘れていた。リルムが自分の家に来るという事。以前から約束していたことだったのだが、レイは忘れていたのだった。
(リルムが家に来る……そうだ、そうだった……土曜日だよね……)
それは明後日だ。明後日にリルムが家に来る。それはレイにとって緊張以外の何者でもなかったのであった。
放課後のサッカー部にて。モントリオール代表に選ばれていたイース・ハドラスがゴールキーパーに向けてサッカーボールを躊躇なく蹴り飛ばしていた。今度、彼は別地区の選手と試合をするらしい。その肩慣らしの為に部活の生徒を呼び出し、模擬試合を実施したのだ。
圧倒的なスピード、華麗なフットワーク。それらを駆使し、イースはゴールに向け、思い切りシュートを決める。
「ゴール!!!ゴールゴールゴールゴールゴール!!!流石俺だ!絶対勝ってやんぜ!」
と、時間を割いてゴールキーパーをした部員に対する労いや感謝の言葉すら述べず、彼はこの場から去った。己の実力さえ試すことが出来れば、満足なのだろう。
「あいつマジでサッカー部に来んなよな。」
モークは遠くで、一人怒っていた。以前に苦汁を飲まされた事が未だに尾を引いていたのだ。
「多分、暫く来ないんじゃないかな……」
と苦笑いを浮かべるレイ。
「二度と来なきゃそれでいいよ。気楽に部活やりたいのにあいつがきたら台無し。恩知らずの糞野郎。顔も見たくねえよ。」
と、暴言を吐くモーク。レイはそれを見て、ただ笑うしか出来なかった。
部活が終わり、レイは帰路ついたと思われたが、違った。彼はギリアの工場へ寄り道したのだ。アインスガンダムの存在が気になった為である。
「おう、レイ。部活帰りかよ。青春してんな。」
笑いながらギリアは言った。
「あれからどうですか?新生連邦の人が来たりしてませんか?」
レイにとってはそれが一番気がかりだった。もしかすればクラリス・デイルが再び来るかも知れないという不安がレイの中であった為である。
「ああ、全然音沙汰もねえな。まるで不気味な程だぜ。まあ、何も無いのが一番だ。俺は普段通りに働けてるし、こいつも別に何かされている訳でもない。」
と、アインスガンダムを見ながら言った。
「それなら良かったです。僕もそれが心配でして。」
その様子を見たギリアははぁ、と溜め息を吐いた。
「あのな、元々お前が招いた種だろうが。ガンダムを盗むなんて馬鹿な真似しなきゃお前も普段通りの生活送れて万々歳じゃねえのかよ。」
叱責するかのようにギリアはレイに言う。確かにそれは間違ってはいない。だが、彼もクラリスに拉致されてから逃げ出すのに必死だったのだ。
「そう……ですよね。」
レイは落ち込む。まるで、少女が視線を向けている様子に見える。
「まあ、今更起きちまったことを嘆いても仕方がねえ。今は新生連邦の連中がここに来ない事を祈るしかねえわな。」
と、ギリアはレイの肩をポンと叩いた。
「そう……ですね。」
アインスガンダムは新生連邦軍にとって鍵となる機体という訳ではない。しかし、この機体がある事により、ギリアの工場は今後被害が及ぶ可能性もある。レイは、この時改めてギリア・ノールという男の存在に感謝をしたのだった。
「んで、友達に言ったのかよ?ガンダムを操ったって。」
「まさか、そんなことしませんよ!」
と、何故かレイは慌てる様子を見せる。
「お前ぐらいの歳ってさ、人と違った事があるとついつい人に言っちまう事ってないか?人と違うんだぞ!っていうのを見せつけたくて、とにかく自慢したくなる。そういう奴が大体多いのがお前ぐらいの歳って印象かなー。」
レイがアインスガンダムの事を友人に話していないかを改めて確認するギリア。
彼は十四歳。ティーンエイジャーだ。人と違う事をしたくなる年頃である。ある者は現実にいない人物のような振る舞いを行ったり、アニメ等のキャラクターになりきったりする事もある。それがコスプレと言う形で現れる事もある。
人は自分が特別でありたいと思う事が多い。スポーツで秀でている者は更に己を高めようとする。芸術に秀でる者ならばそれを極めようとする。しかしそれらになり切れない者は、独自のキャラクターを作り出す。ただし、それは人から見れば奇怪な存在に見られてしまう事もあるのだ。
レイの場合は人と違う体験をした。ガンダムを操縦したという経験。それは、人に自慢しても良いかも知れない経験だった。ギリアはレイがそれを自慢しないかが心配だったのだ。
「正直……MSに対する憧れは凄くありました。プチモビを操るのはとても楽しかったですし。けど、実際のMSは違います。人を殺すって感覚はやっぱり怖いです。あれは、実際に経験しないと分からない感覚ですよね……」
レイの場合は違う。やはり人を殺したという感情が優先される。理想と現実の違いを、彼は十四歳と言う若さで経験したのだ。
「なんか、思ったよりしっかりした意見だな……お前。」
MSに憧れる生徒は多い。レイ以外にも別のクラスメイトのクラークス等がそれに該当する。紙媒体、電子媒体で様々な情報が流れている時代。実際の体験が出来ない場合、それらは彼等により憧れを抱かせるには十分な存在と言えた。
「僕は、普通でいたいと思いました。なんだろう……母さんがいて、学校に行って、友達と何気ない会話をするっていうのが一番良いんだなって。ここ数日で思ったんです。」
ギリアは近くに置いていたコーヒーを飲み、喉を通す。
「普通……なぁ。そんなもんは環境によるんじゃねえか?何をもって“普通”って捉えるのかなんて人それぞれだしな。まあ、人様に出来るだけ迷惑かけないように生きるのが大切だと思うぜ。」
ギリアはコーヒーを飲み干し、そっと息を吐いた。
「つーかお前最初に会った時左肘カッターで切ってんじゃねえか!その発想の時点でさ、所謂“普通”じゃねえよ!」
「あ、あれは勢いっていうか……うー……」
思えば、自分が何故あそこまでプチモビルスーツに操りたいのかが今思えば不思議でならなかった。恐らく、MSの本当の恐ろしさを知らなかったからなのかも知れない。
「ま、平和に過ごせるならなんでも良いじゃねえの。一生に一度の学生生活、謳歌しとけよな。」
と、再びギリアはポンと肩を叩いた。何故だろうか、この時、レイの表情は柔らかくなったようも見えた。
「そう言えば……ガンダムに乗った時、気になる事があったんです。」
と、レイはギリアとの会話の中で思い出したかのように言った。
「気になる事?」
「頭の中に電流が流れて、相手の動きがゆっくりと見えるような……錯覚なのかな?そんな事が二回ありました。あれは何だったのかなぁって思って。」
レイは合計二回敵と戦っている。いずれも、彼が危機的状況に陥った時に相手の動きが緩慢に見える現象を感じていた。
「ギリアさんがMSに乗ってる時、そんな事ってありましたか?」
ギリアは腕を組み、言った。
「いやぁ、ない。それはないな。」
と、断言する。
「じゃあ、あれって何だったんだろうか……」
レイは一人、指を口元に持っていき、俯き、静かに考える。
「あれか?“シンギュラルタイプ”ってやつか?聞いたことがあるな。」
「シンギュラルタイプ……ですか?」
ギリアが言った、“シンギュラルタイプ”。それはデウス帝国と地球連邦軍との戦争で出現した人種とされている存在。かつての戦争では有用な人種として戦力として投入される事があり、それぞれの勢力に貢献したとされている存在。
しかしその実体は多くは謎に包まれている。研究が進んでいる時代になっていても、一般的には多くは知られていない。事実、軍人であったギリアですら噂程度の理解なのだから。
「まあ、詳しいことは分かんねえや。そんな人間もいるんじゃねーかって話だぜ。」
「はあ……」
“シンギュラルタイプ”が気になったレイ。それは一体何なのだろうか。彼が戦闘時に感じたその感覚は一体何なのか。ギリアですら分からない現象に、彼は一つ、悩みを抱えることになる。
その夜、レイは自室にてEフォンで、ギリアに言われた“シンギュラルタイプ”を調べていた。SNSや検索エンジンを使い、調べる。だがそれに関係する情報は全くと言っていい程出てこなかった。
個人のサイトや考察サイト等の話はあったが、それが確定した情報とは言えない物だった為、レイはまたしても溜息を吐く。
「あの感覚は一体なんだろうか。MSに乗ってから、不思議な事ばっかり経験してる気がするな。」
敵の動きが緩慢に見える謎の現象。それが一体何を示すのかは分からない。
「あんまり気にしない方がいいかな。うん、寝よう……。」
そう言ってEフォンの電源を切り、レイは静かに、目を瞑った。
それから二日後。その日は土曜日。リルムがレイの家に遊びに来る日だった。その日は生憎の雨天。朝から小雨が僅かに降っていた。レイが目を覚ましたのは朝の八時頃。どうやらあまり寝付くことが出来なかった様子だ。それは、いつも見る悪夢のせいではない。リルムが来るという事に対する緊張があった為である。
(あの夢……見なかったのに寝付けなかった……何でこんなにリルムの事を意識してるんだろう……いつも通りに接したらいいだけじゃないか……いつも通りに……)
彼自身、何故ここまで自分が緊張しているのかが分からない。学校でいつも会っている幼馴染。学校の帰りもたまに一緒に帰る事がある仲。
しかしその少女が家に来るという事実。それは彼がエレメンタルスクール時代以来の出来事であり、それからジュニアハイスクールに進学してからリルムが家に来るのは随分と久し振りなのだ。彼のような年頃の少年の場合、やはり異性が遊びに来るというのはどこか、緊張するものがあるのだろうか。
ピンポーン
インターフォンの音が鳴る。それに対応したのはカレンだった。
「あらー、リルムちゃん、久し振りね!大きくなって!レイ、リルムちゃんが来たわよ!」
と、何故か意気揚々とレイを呼ぶカレン。その声を聞き、レイは階段を下りてリルムと会った。
「おじゃましまーす!」
と、傘を折り畳み、傘立てに置いた後で無邪気な笑顔で上がり框を上がったリルム。比較的短めのスカートを履いており、足がすらりと伸びている。いつもの制服と違うリルムの姿。それはレイの顔を赤めるのに十分だった。
「レイの私服見るのも久し振りだね!学校でしか会ってないから!」
「うん、リルム……服、似合ってるね。」
良い言葉が浮かばないので、レイは一言だけ感想を述べた。
「あ、そうそう。今から買い物行ってくるから。お昼ご飯は食べてく?」
「喜んで!おばさんの料理食べるのとっても久し振りだなぁ!」
自然な笑顔を浮かべるリルム。余程、レイの家に来るのが楽しみだったのだろうか。
「うわあ、レイの部屋ってあんまり変わってないねー。」
「あんまり整理できてなくてごめんね、リルム。」
レイは、どこか余所余所しい様子だった。
「ううん、気にしないよ。」
と、ベッドに腰掛けるリルム。
「けどさー、本当に懐かしいよね。小さい頃思い出すなぁ。」
リルムは目を輝かせて、言った。
リルムとレイが出会ったのは五歳の時。レイの母親カレンと、リルムの母親ヒーリが親友同士と言う事がきっかけで、互いの子供を連れて食事に行った事がレイとリルムの出会いのきっかけだった。この時先に声を掛けたのはレイであり、それから仲良くなっていったという。
やがてエレメンタルスクール時代も共に過ごしていたのだが、リルムが十歳の時に転校してしまった。家を引っ越したからだ。その為校区が離れてしまった為、二人は一度離れることになる。だがジュニアハイスクールにて偶然にも再開。二年連続クラスが同じと言う偶然も重なり、二人は仲が良いままだった。
しかし互いに歳を重ねた為か、レイはいつしかリルムに対して“異性”として認識する事が増えていった。幼い時よりも目立つのは乳房の発達や、足の発達。リルムは発育が良い方であり、スタイルが良いとされる体型。それ故に彼女は今まで多くの男子生徒から告白を受けている。以前にフィジットにも告白されたが、彼女は断った。レイはその度に心から安心を覚えていたのだ。
リルムはよく、ミアー・ジャイスと共にいる。そのミアーもスタイルの良い人間であり、街中で読者モデルにならないかと、声を掛けられたことがあるという。
「ところで……さ。リルム。」
「ん?どうしたの?」
覗き込むようにレイの目を見るリルム。その仕草にさえ、レイは妙な心の高鳴りを感じていた。
「今日さ……うちに来たのって……どうしてなのかなぁって思って。」
「ああ、そうそう。今度の定期試験あるでしょ?レイにちょっと教えて欲しいところがあってさねー。それで、教科書も持って来てるんだよー!」
と、リルムは笑顔で教科書を取り出す。それは社会科目の教科書だった。
「私ねー、世界情勢とかあんまり得意じゃないんだー。レイってそういうのは得意だっけ?」
「うん、まあ……そこそこには。」
以前に担任のリアンに当てられた時もリルムは答えることが出来なかった。彼女は歴史という科目が苦手だったのだ。
教科書に沿ってレイは丁寧に、リルムに説明をする。
「じゃあ、今の平和国連盟の最高議長は?」
「えっと……分かんないよー……」
「チャール・ポレクだよ。もしかして、あんまり授業聞いてないとか?」
「聞いてるよ!聞いてるけどあんまり分からないっていうか……」
リルムは社会の科目が不得意だ。だからこそ、暗記という形で覚えようとしてしまう傾向がある。一方のレイは、気になった事に対しては疑問を抱く事が多い。そして、自分で考える。その結果が試験の結果に反映されているのだろう。
やがて休憩時間になった時、リルムは口を開いた。
「校庭にロボットが出た時は本当にびっくりしたよねー!みんなあれ見て大興奮してたもんね!」
「う、うん……そうだね。」
その“ロボット”の内の一機の中に自分が乗っていた等、言える筈がなかった。
「レイってさ、あんな感じのロボット昔から好きだって言ってなかった?」
「うん、好きだよ。プラモデルだって作ってるし……」
本来ならばこの話は心が踊る程に喜ばしい話だ。しかし、現実を知ったレイは素直に喜ぶことが出来ないでいた。
「レイって色々と得意があっていいなぁって思うんだー。私はあんまりそう言うの、ないからさぁ。休みの日は服を買いに行ったり化粧品買いに行ったりするんだけど、なんか、“普通”って感じ。もっと、何か熱中できるものがあるのもいいのかなーって思ってて。」
リルムから出た言葉、“普通”。それは今のレイが一番希望するものだった。
何気ない会話、何気ない日常。何気ない趣味。平和で穏やかな時間。それは本来一番あるべきもの。しかしレイの場合は違う。MSに乗った事で彼の価値観は大きく変わった。学校に行き、勉学や部活動に励むレイだが、そのごく普通な事が、レイにとっては非常にありがたいものなのである。
「リルム、あのね……もし……さ。もし……だよ。今の日常が変わっちゃうことがあったらさ、どう思う?」
ふと、レイは聞いた。
「そんな事あるかな?デウス動乱……だっけ?あれがあった時でも別にロボットって現れなかったし、普通にエレメンタルスクールはあったしね。なんか、世の中は大変だなぁって感じでニュースを見ていたなぁ。」
世界中のニュースでは、至る所で紛争や、テロリズム等の事件は起きている。しかし平和な世界で生きてきた者からすれば、それは対岸の火事。現在の時代はメディアを通じてその様子を知ることが出来るとはいえ、実際に身に降りかからなければそれを深刻に考えることは、まずありえない。
「そうだよね!そう……だよね。」
レイは苦笑いをした。実際に自分が経験した事との差を、彼は感じている。
「それより定期試験だよー。あれ早く終わって冬休み迎えたいんだー。生徒会も面倒臭いしなぁ。」
リルムはベレーナジュニアハイスクールの生徒会に所属している。その為、遅くに帰る事も多々あったのだ。
「どうして生徒会に入ったの?」
「うーん、まあ、さっき言った事に関係あるよ。ちょっとでも熱中できるものがあればなーって思って。けど面倒くさいだけだけどね。でも面倒くさいからって今更止めるのもどうかなって思うし。」
「あー、成程……」
リルムなりに色々と考えているんだな……と、レイは思っていた。
「さて、再開しよっ!レイ、よろしくね!」
試験勉強は再開。レイはリルムに世界情勢について教えながら、互いに勉強する時間を作る。
何気ない、時間。レイにとっては少しばかり胸が高鳴る時間でもあったが、それでいても、彼は幸せを感じていた。
この後レイ達は何気ない会話を楽しみながら昼食の時間を迎える。カレンが昼食の準備をし、食卓にリルムを誘った。食卓にはカレン、レイ、リルム、ミィスの四人がテーブルを囲う形で座っている。昼食はサンドイッチ、サラダといった食事が並んでいた。
「リルムお姉ちゃん!久し振り!」
「ミィスちゃんも大きくなったねー!」
ミィスとリルムは面識があり、よくリルムは遊んであげた事があったのだ。
「勉強は捗ったの?」
「うん。結構進んだよね。」
「ねっ!」
リルムとの視線が合った時、レイは再び胸の高鳴りを感じていた。
(やっぱり、可愛い……でも、リルムは幼馴染だし……それで好きになるっておかしい話じゃないか……え、好きって……いやいや!そんな事……ある筈が……)
レイは明らかにリルムを意識している。だが、声に出せずにいた。
幼馴染を異性として見るなど、あってはならない……と、彼は勝手に思っていた。しかし今のレイはリルムに対し、明らかに“異性”として見ていたのだった。
昼食を終え、再び勉強する両者。その時、リルムがレイに言った。
「ねえ、レイ。この後ちょっとお出掛けしない?」
「え!?」
まさかの、リルムからの誘いだ。意識をしている相手からの誘いと言う、レイにとって嬉しい状況。レイの胸の高鳴りは更に加速していく。
「あ、でも条件があるの。」
「……条件?」
レイは、首を傾げた。
「これ……見て欲しいんだけどね。」
と、リルムは持ってきた鞄を開く。リルムが手にしたのは服だ。愛らしい女性用の服。何故しかし、何故それをレイに見せるのかは分からない。
「可愛らしい服だけど……どうしたの?」
「前にお姉ちゃんからレイの写真貰ったでしょ?それで、ちょっと考えてたことがあったんだー。」
レイはそれを言われ、顔を赤めた。
それはレイが落ち込んでいた時にリルムがカラオケ店に誘った時だ。その時にレイはリルムからEフォンの写真に写っている、コスプレをした自分の姿を見ている。再びその話を掘り返され、ただ、恥ずかしく感じていた。
「あれ、消して欲しいんだけど……なんでリルムがあれを持ってるのかも謎だし……」
「うん、あれはまた消す予定。えっとね、そのー……あのさ。ちょっと試したいことがあるんだよね……」
リルムは明らかに恥じらうような表情を浮かべた。それが何を示すのかは分からないが、レイにとって嫌な予感である事は間違いなかった。
「えっと……リルムさん?何でしょうか……?」
恐る恐る、レイは聞いた。
「うん、まあ……その……ね?一回ね、もしレイが女装して一緒に出掛けたら、周りからどう見えるのかなって試してみたくて!」
リルムの口から出た衝撃の言葉。要するには、女装したレイと出かけたいというのが彼女の目的だったのだ。
ヒューナ・エリアスにレイのコスプレ写真を見せられたリルムは、その似合い度合いを見て、密かに考えていたのだという。
「もしかして、今日うちにきた本当の目的って……」
「うん、察しの通りです!女装したレイと出かけることが本当の目的!」
レイの眼が見開かれたまま、唖然としていた。そして、パチパチと眼を瞬かせた。
「え……あれ?確か約束したのって“あの前”だよね?」
レイの家に遊びに行くと、“約束”したのは確かに、ヒューナに連れられた時よりも前だ。
彼がリルムに、付き合っている人がいるのかと言う話を何気なく、した時である。
「そうそう。あの時はいつ行くのかは決めてなかったんだよ。けど定期試験も近づいてきたし、そろそろ勉強しないとって思ってたけど、私社会が苦手だからレイに教えてもらいたいなって思ってたんだ。」
元々彼女はレイと勉強する為に家に行くのが目的だったという。
「けどお姉ちゃんが見せてくれた写真を見て、女装したレイの写真が本当によく似合ってるなって思ったんだ!それで、閃いたの!」
笑顔のリルムに対し、レイは苦笑いを浮かべていた。目元が明らかにひくひくと動いている。
「今日はレイとまず勉強して、午後からはレイに女の子の衣装を着て出かけて貰おうって計画だったのです!えへんっ!」
まさか、幼馴染の口からそのような言葉が出るなど誰が予想出来た事か。これならば、まだ一緒に勉強しているだけの方が余程健全だ。
「あの写真のレイの可愛さにね、“ピン!”と来たの!一緒にお出かけしてどう見られるのか!見てみたいって思って!!」
やはり、ヒューナによって連れて行かれた出来事がリルムにも悪い意味で影響を与えた。昔から女顔のレイ。ジュニアハイスクールの生徒になり、更に女性らしい顔立ちになったレイ。それ故にされたコスプレ。その写真はリルムにも見られ、彼女から見たレイの印象は“可愛い”と言うものだった。
(リルムにとっての僕の印象って……女装が似合う男って事なの……そんなの……嘘だ……)
少なくともレイはリルムを“異性”と認識している。だからこそ、一つ一つの会話に緊張さえあった。一方のリルムは、レイの事を、“女性の衣装が似合う男”という認識。この認識の摩擦が、よりレイをショックに陥れたのだった。
「という訳で、よろしくお願いします!」
と、笑顔でレイに服を渡すリルム。レイはただ、その要求に応じるしか出来なかったのだった。
昼になり、天気は晴れていた。リルムがレイに渡した服というのは上半身が女性用の白いニットセーター、下半身が薄いパープルブルーのスカート。それに合わせる靴は合皮の革靴。いずれもこの時の為にわざわざリルムが用意したものだ。
ここまで丁寧に用意して貰えるのならば、反って申し訳ないと思えてしまう。レイは複雑な表情を浮かべながらこの服を着、共に出かけた。この時、カレンに見られないように気を付けていた。
両者は電車に乗り、モントリオール市内の商業施設に遊びに来ていた。レイはこの時ふんわりとした生地のニット帽を被っている。その為、所見ではレイだと分かる者はいない……と思われた。
「やっぱり女の子だね、レイ。あの写真はコスプレだけど、よく似合ってるよ!」
「僕は男だよ……なんで、こんな役回りばっかり……」
他者から見ればそれ程に自分の顔は女に見えるのだろうか。レイはあまり自分の事を呪いたくなかったが、この時ばかりは呪いたくて仕方がなかった。
それから二人は様々な場所を移動した。いずれもが女性が立ち寄るような店ばかり。化粧品やメイク、そしてランジェリー。ランジェリーに関しては、レイは女性用の下着を見た時、思わず目を覆っていたが。
(変な感じだよ……鏡見ても変な感じ……怪しくないかな……変人じゃないよね……)
ちらと自分の姿を鏡で見る。やはり、レイは今の自分の姿に違和感を覚える。いくら幼馴染のリクエストとはいえ、この姿で街中でいるのは恥ずかしい。
「お客様、その服、よくお似合いですけど、何かお探しでしょうか?」
「え……あ……いえ……」
店員に声を掛けられ、思わず反応するレイ。だが彼の声は高い為、違和感もなかったのだった。
(もう、勘弁してほしいよぉ……)
最早彼にとっては只の罰ゲームのようなものだ。その上全く怪しまれないという状況。レイにとっては苦痛でしかなかった。
「ありがとうね、レイ。」
やがて時間が経ち、リルムは自分の買いたいものをまとめていた。二人は喫茶店にてミルクコーヒーを入れ、互いに飲んでいた。
「最初は女装したらどんな風に思われるかなーって考えてたけど、結局久し振りに休みにレイとお出掛け出来たのは楽しかった!レイは部活だし、私は生徒会だし、なかなかこうしてお出掛けって出来なかったし……」
「う、うん……僕もなんだかんだでリルムとは久し振りだったし……」
「あ、“僕”ってのはちょっとやめとこか。“私”とか“あたし”で。」
と、リルムはレイの耳元で囁く。
「あ……ええと……うん、私も……楽しかった……」
明らかに恥を感じながらレイは喋る。一人称を変えるのは彼にとって非常に勇気がいるのだ。
「けど、今こうして思うんだけどね。やっぱり私達の年頃で男の子と女の子が二人だけで一緒に歩いているのを万が一クラスメイトとかに見られるとね、どうしても冷やかしをされちゃうから……さ。でもレイとは幼馴染だし、こうして出かける時間が欲しいなって思ってた。レイの顔が女の子なのは、私にとってはとても良い事なのかもなーってちょっと考えちゃった。」
「……あれ?僕……いや、私の顔、思いきりそのまんまなんだけど……」
レイの場合、帽子を被っているだけだ。その為、万が一クラスメイトに見つかればリルムと女装しているレイが歩いているという状況が出来上がってしまう。
「まあまあ!普段のレイを見てる人が女装してたってそんなの分からないでしょ!」
と、リルムは妙に誤魔化したような言い方をした。
「うん……そうなんだ……」
リルムが言った言葉……それは彼にとって良い言葉なのか、悪い言葉なのかは分からない。ただ分かった事。それは、リルムはレイと出掛けたかったという事が分かったという事だ。少し異質な形となってはしまったが。
しかしティーンエイジャーという複雑な心境の時期である彼等にとって、男女で出かけるというのは恥ずかしいものがある。今回は偶然ではあったが、リルムの提案は結果的に両者を親密にするには十分な案と言えた。
(リルムにとって、僕は異性なのかな?それとも、只の幼馴染?)
ふと、彼は考えた。リルムの言葉から“男の子”という単語が出た。それは例を、異性として認めている事なのだろうか……と、彼は考えた。
しかし、男女二人で出掛けるというのは恥ずかしいので、女顔のレイをあえて女装させて出掛ける事で幼馴染としての時間を過ごしたという事なのだろうか。彼女の心理が、レイには分からなかった。
(リルムにとっての僕って何なんだろう。分からない……)
幼馴染であり、異性であり、女子のような顔つきのレイ。幼馴染のリルムから映る彼は、果たして何に該当するのだろうか。
「まあ、何にしても私はレイと一緒にいるのは楽しいよ!これからも、ずっと一緒に居たいなって改めて思えた!」
この言葉はレイにとって喜びに感じられた。どのように見られているのかは分からないが、少なくとも自分と一緒にいて、“楽しい”という感情がある事はリルムの笑顔を見て再確認できた。
このような日常……ごく、普通の平和な日々。それが永遠に続けばよいのに……と、レイは感じていた。リルムが幸せでいるのならば、それも良いな……と。
「あのさ……リルム。」
「ん?」
レイが静かに、口を開く。
「もし、何かあったとしても……僕……いや、私が……守るからね。」
リルムは、首を傾げる。何事かと言わんばかりの反応だ。
ここ数日の出来事の上での今の状況。今後アインスガンダムを巡ってどのような行動が新生連邦より行われるのかが分からない。もし何かあった時、リルム達を守れるのは自分しかいないのだ。
が、リルムはそれを聞いた時。次第に表情が柔らかくなっていき、くすり、と笑った。
「フフ……あはははは!その格好で言われても!けど気持ちは嬉しいよ!ありがとう!」
(えぇ……そんなぁ……)
平和な日常、リルムとの時間。こうした時間が失われる事を恐れたレイが思わず発した言葉。しかし彼のその格好とあまりに不釣り合いな台詞は、リルムにとって嘲笑の対象でしかなかったのだった。
その後、市街のある煉瓦作りの壁の前にて。そこでリルムはEフォンを近くの人に渡し、レイとのツーショット写真を撮ってもらうよう依頼した。レイは恥ずかしがる様子を見せたが、リルムはレイの手指を組むような格好をした。レイも、それに合わせるようにリルムの手を組む。
(え……と……これって凄く……不思議な感じ……)
まさかの構図。本来ならば仲良しの女子同士が組むような格好。しかし実際のレイは、男。だが顔は女だ。妙な構図に、レイは困惑する。しかしリルムと指を組むことが出来たのは、内心非常に喜んでいたのだ。
(え……近い……わ……なんか、恥ずかしいな……)
カシャ
リルムとレイのツーショットが出来上がった。その写真を見る限り、仲良しの女子同士が手を組み合っているようにしか見えない。リルムは写真を撮った人にお礼を言い、レイと写真を見る。
「良く似合ってるね!」
「あ……うん……」
最初、彼はその写真を恥ずかしいと感じた。しかし、一方でこのようにも感じていた。
(これがもし、今のリルムと僕なら……今度、“男”としてリルムと二人で写真を撮れるようにしたいな……)
今のリルムから見たレイは、幼馴染としての存在。レイはいつか、リルムと二人で出掛ける時は正々堂々と、男装して出掛けられるようになりたい――と、考えていたのだった。
レイ君は女顔なので、女装をよくさせられます。それが彼の中で惚れている幼馴染のリルムにされるという、複雑な心境の中、ツーショットを取るという話。ガンダムと言う秘密を抱える中での日常といった、話。