機動戦士ガンダム Living Days   作:すからぁ

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MS乗り、砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモは早朝に単機、不時着したセイントバードの偵察に向かうが――


第九話 砂漠の狩人

 

 朝が来た。夜明けの砂漠。それは幻想的な景色を醸し出す。観光などで砂漠を訪れた場合はその絶景に感動する者も居るだろう。

 しかし現状はそれに感動する余裕はない。何せ、不時着したセイントバードは身動きが取れない状態の上、近くにはハイエナの如く、砂漠の狩人こと、アスーカル・エスペヒスモ率いるMS乗りがいる。いつ、襲撃されてもおかしくない状況。緊迫した状態は続いている。

そして、その夜明けを砂漠の狩人は双眼鏡を通し、セイントバードを見ていた。

「よし……あれは動いていないようだな。」

砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモ。カイロ西部のサハラ砂漠を縄張りとしているMS乗りの首魁。彼の指揮する艦、ビヤーバーンは、かつてのデウス帝国軍が所有していた戦艦であり、大型陸上戦艦である。

「ふああ、おはようございます。アスーカルさん。」

と、欠伸をしているのはサブリーダーと言える男、パゴーダだ。アスーカルが出撃をしているときは、パゴーダがビヤーバーンの艦長を務める。

「おう、調子はどうだ?」

と、気にかける様子のアスーカル。

「調子は特に問題ありませんね。というか奴等、MS乗りなのになんであんな戦艦を乗り回しているのかが気になりますよ。」

セイントバード。新生連邦軍の空中空母、ヒエラクス級の戦艦。多数のMSを輸送するのに使われる大型空母。艦内には工場もあり、兵器の加工等も可能なその戦艦。

 只のMS乗りである筈のセイントバードのクルー。何故、彼等がこのような優秀な戦艦に乗っているのかが、彼等には理解しがたいのだった。

「新生連邦は軍備増強を続けているって話だ。そのお零れは少しずつだが他のMS乗り達も貰っているって話だぜ。無論、テロリストもな……」

と、アスーカルはハンバーガーを食べながら言った。

「つまり、あの戦艦はお零れの中で手に入れた可能性が高いって事ですか?」

「となれば新生連邦本部の警備はザルって話になるけどな。あんな戦艦を只のMS乗りにくれてやるなんて普通じゃあり得ねェぞ。」

「真相は、闇の中……ですね。」

パゴーダはコーヒーを飲み、眠気を覚ます。

 やがてアスーカルはハンバーガーを三口程で平らげ、そのまま咀嚼しながら言った。

「まあいい。どの道あれはでかい獲物だ。絶対に手に入れてお前らに上手い酒を頂ける金を得ようぜ!!」

アスーカルはハンバーガーを食べる時に使った紙屑をクシャクシャと丸め、それをその辺りに捨てる。

「それするからビヤーバーンが汚れるんでしょ!環境問題考えて下さいよー!」

そう言いながら、パゴーダは紙屑を拾い、近くにあったゴミ箱に捨てた。

「飯も食った。すぐに俺が出る。昨日の奴等の戦力をきちんと確認しとかねえとな。」

「え、すぐに!?しかも一人で!?いや、何するんですか!?」

パゴーダは驚いた様子だった。無理もない。まるで“その場のノリ”で決めたかのようなアスーカルの行動。たった一人で偵察に行くと言う、一見無謀な行為。

「当然だ。他の奴らに迷惑かけられるかよ。ついでに戦力も減らせたら一石二鳥ってな!」

この男は、偵察以外にも敵と交戦する気でいるらしい。本来偵察と敵との交戦は別物であるが、この男は混同していた。

「アスーカルさんが万が一やられたら……」

「そう言う事は言うもンじゃねえ。俺はクルーの連中には良い暮らしをして欲しいし、だからこそ率先して動かなきゃならねえのさ。“やられる”とか言うのはその時になったら考えたらいい。」

MS乗り達を想う存在であるアスーカル。それ故に何かの行動をする時は率先して行動する特徴がある。しかし万が一彼が倒されれば、彼が率いるMS乗り達のその後の人生に影響を与える。つまりは勝手な行動をされると、クルーにとって危険なのだ。こうした矛盾を抱える男、アスーカル。自身の行動に絶対的な自信を持つ男。それは砂漠の狩人と言う異名がこの男の行動理念を作り出しているのかも知れない。

「まあ、もし、万が一だ。俺が帰ってないって事があれば夜まで待て。もし帰って来なかったらバギーを出して捜索に来てくれ。多人数で出るのはやめろよ。」

と、彼は念を押すようにパゴーダに言った。

「了解です、検討を祈りますよ。」

と、アスーカルはすぐにMSデッキへ向かった。

 即行動する行動力があるこの男。しかし、それがパゴーダにとっては悩みの種でもある。しかし、彼の男気のある行動にMS乗り達は付いて行くのだ。

 

 

 

――――――――――――――――――――死ね――――――――――――――――――

 

「うわあああっ!」

レイは、再び悪夢を見ていた。いつも同じ結末の、奇妙な夢。その為か、目覚めは良いとは言えない。

 朝。本来ならば自宅で迎える筈の、朝。しかし彼は今違う場所で目を覚ました。目覚めて最初に見るのは、知らない、白い天井。覚えのない場所。今までの寝床と違う感触のベッド。全てがレイにとって初めての環境。そのような所に彼は十日間も眠っていたのだ。

(……この夢って、なんていうか……不規則だよなぁ。)

レイが思うように、彼の見る悪夢は規則性がない。見ない時もあれば、見る時もある。しかし何故同じ悪夢を見るのかは全く分からない。以前に心療内科で診察を受けてもそれは分からないのである。

 

ウィィィィン

 

その時、自動ドアが開かれた。そこで姿を現したのは、艦長のエリィだった。

「おはよう、レイ君!昨日は眠れたかな?」

「あ……おはようございます。はい、どうにか。」

会釈をするレイ。

「多分、まだ痛みも強いと思うから安静にしていてね。それと、朝ご飯も用意してるから、お腹が空いてたら食べてね!」

と、エリィが用意したのはお粥だった。病み上がりのレイを考慮しての朝食なのだろう。

「あ、ありがとうございます!」

レイは再びお礼を言った。そして、そのまま用意されたお粥を食する。

 まさか、艦長であるエリィが自分に朝食を持って来てくれるとは思わなかった。それがより、彼を嬉しく感じさせる。

「じゃあ、私はこれで。艦長室に行ってますのでー。」

エリィは朝食をレイに渡し、部屋から去った。

 優しいエリィ。恐らく昨晩の砂漠の狩人率いるMS乗りの強襲もあり、眠れていないだろうと考えていたレイ。それなのに、怪我人である自分に朝食まで用意をしてくれる。彼は、申し訳ない気持ちにさえなった。その時、レイはとある事を考えた。

(あれ……そう言えば昨日は痛かったのに、今日は全然痛くない。)

昨日は少し動こうとすれば腹部に鋭痛が生じた。だが、今はそれがない。痛みがましになるといった経過どころの話ではない。痛みが全くないのだ。

(昨日は頭痛もあったよね。それも、ない。)

夜間は頭痛も生じた。だが、それも今はない。

 試しにレイは身体を動かす。痛くない。両足関節を底背屈させても動く。彼はそのまま寝返りの動作をした。痛みは全くない。

 やがて彼は立位姿勢を取る。僅かに立ち眩みは生じたのだが、それでも軽くふらついた程度。

「……あれ?どうして?」

十日程生死を彷徨っていたレイ。しかし十一日目にして、彼は自らの足で立ち上がる事が出来た。自分自身、それは不思議な事だった。

 

ウィィィィン

 

と、彼の居る病室に再び来客が。今度はネルソン・アルビュースが入室したのである。

「調子はどうかな、レイ・キレス君――」

ネルソンが見たレイの姿。それは安静にしていなければならないはずなのに、何も持たないで立位姿勢を取っているレイの姿だった。

「あ……えと……はい、大分良くなりました!」

体調が戻ったことを伝えるレイ。しかし、ネルソンは血相を変えて言った。

「勝手に動くな!!」

突然大声を上げるネルソン。レイは慌ててベッド上で端坐位をとった。

「す、すみません!」

「いや、私も大声を出して済まない……しかし、どういう事だ……何ともないのか?」

ネルソンは明らかに動揺している。だが、レイの方はあまり気にしている様子ではない。寧ろ、先程怒ったネルソンに対して気を遣っている様子だった。

「え……あ、はい!」

レイは静かに、会釈をした。

「傷口が痛むとか、そういった事は?」

「えっと……大丈夫です。」

「馬鹿な……君は一体……」

何故ネルソンがこれ程にレイの姿を見て驚愕しているのかは分からない。レイ自身はベッドの端坐位姿勢をとっても眩暈や立ち眩みといった事も感じない。その上、傷が痛むといった事もない。

「あ、あの……僕、昔から怪我の治りが早いみたいなんです!それで……多分大丈夫じゃないのかなーって。」

レイは誤魔化すように言った。だがそれは事実である。以前にクラリス・デイルに蹴られた事があっても、打撲跡は一日で消失していた。左腕にカッターで傷を付けても、すぐに皮膚が再生している。彼は、自分の体質がそうさせるのだと、勝手に思っていた。

「にしては早すぎる……一体君は……悪い、少し傷口を見せてくれ。」

「え……?あ、はい。」

と、ネルソンはレイの巻かれていた包帯をめくり、傷口を確認する。それを見て、彼は更に驚いた。

「ほぼ、治っている……何故だ?」

そう言いながら、ネルソンはレイの包帯を巻きなおす。手慣れた動き。まるで、彼が何か医療職をしていたかのような手つきだ。

「あの……ネルソンさん?」

「……ああ、すまない。何でもない。まあ、無事なら何よりだ……」

レイは、ただ、疑問に感じていた。ネルソンが感じた疑問は、一体何なのだろうか。レイの回復力の早さなのか。それとも傷に対して痛みを感じない事なのか。

 やがてネルソンは包帯を巻き終える。新しい包帯は独特の匂いを放つ。異臭でもない、病院や診療所で嗅ぐような、不思議な香り。

「ありがとうございます。」

と、レイはネルソンに礼を言った。

「君に少し聞きたいことがあってな。」

「はい?なんでしょうか。」

レイは首を傾げる。

「単刀直入に言う。君は何者だ?」

ネルソンの言葉は、レイを困惑させる。彼自身、“何”に対して質問をされているのかが分からない。

 自己再生の話なのか、ここに来るまでの経緯なのか。それが分からない為、レイは困惑するばかりだ。

「えと……えぇ……と……?」

「ああ、済まない。君が乗っていた、アインスガンダムについてだ。」

言葉が足りなかったのだろう。ネルソンは一度咳払いをし、改めて質問をする。

「君はあのガンダムの中にいた。だがあのガンダムは調べた結果、パスワード式である事が分かった。つまりあれは君にしか起動させる事が出来ない。しかしあれは新生連邦の新型兵器のはず。何故君にあれが動かせたのか。そしてどうして君のような少年が乗っているのか。訳を知りたい。教えてくれ。可能な範囲で良い。君が何かの組織の工作員の可能性だって否定できないからな。」

詰め寄られるレイ。何も分からないレイはただ、慌てふためく。ぐいとネルソンがレイの顔に寄せるが、レイは自然に後方へ下がる。

 無理もない。彼自身どのように答えれば良いか分からないのだ。アインスガンダムに乗った理由も、完全に成り行き。元はと言えばクラリス・デイルに連れられたことがきっかけだ。そしてパスワードも、未設定の状態だったものに対して入力しただけに過ぎない。それ以上の話は展開出来ない。それが、事実なのだから。

「どう答えたら……良いのでしょう……」

「我々は軍ではないから尋問等はするつもりはないが、あれは兵器だ。君のような少年に扱える代物ではない筈……だが私がガンダムを回収した時、コクピットの中に血まみれの君が居た。それ自体が不思議でならないのだ。」

チェーニ姉妹との交戦で敗れたレイは、ネルソンの駆るハルッグに助けられ、今に至る。当然、ネルソンは疑問を抱く。何故彼がガンダムに乗っているのかという事に。

「君のような少年が新生連邦の最新鋭のガンダムに乗っているという事自体、理解が出来ない話だ。まるで架空の物語のような展開だからな……」

この時代においてもそのような展開から始まる物語は存在している。所謂、“アニメ”や“漫画”におけるよくあるシチュエーション。何気ない少年が、ある日にロボットや特別な存在に変身するといった場面。ネルソンは、そのような状況を経験している少年を、目の前で見ているのだ。

「ごめんなさい……僕も良く分かってないんです……」

レイ自身、それ以上の言葉が出てこない。

「……そうか。すまないな、病み上がりの君に負担を強いた。君自身が分からない以上、私もそれ以上の話は出来ない。」

ネルソンは、自身の行動を省みた。ガンダムに乗っていたレイの事が、気になって仕方がなかったのである。

「それと、念の為検査をさせて貰えないか。バイタルチェックだ。」

「あ、はい……」

と言うと、ネルソンはレイの血圧、脈拍、血中酸素飽和度等の確認を始める。問題なく起きることが出来ている彼の状態が簡潔的に問題ないかを確認しているのだ。

「血圧123/84、脈拍60、SPO2 98%……一分間呼吸数十五回……異常は全くなさそうだな。」

それらの手慣れた動き。やはりネルソンは医療関係者のような手つきを見せた――

 

 

ウゥゥゥゥゥゥ

 

 

突然警報が鳴った。それと同時に、オペレーターであるインクの声が響く。

「エマージェンシー!敵MSを確認!数は一機です!」

それを聞いたネルソンは急いで部屋を後にした。

「何!?チッ……レイ君、念の為今はここで休んでおくように!非常事態だ。そこを動かないようにな!」

そう言って、ネルソンは部屋を去った。昨夜から二回目、再び鳴り響く非常事態を告げる警報。この時、レイは今の状況が普通でない事を改めて確認する。

 今まで感じなかった出来事。それらは今のレイにとっては紛れもなく、“非日常”と言えた。

 

 

 敵MSは一機。機体はディザートディエル。パイロットはアスーカル・エスペヒスモ。砂漠の狩人だ。彼が率いるMS乗りの首魁。その首魁が、偵察及び交戦の為に自らセイントバードに向かっていた。

 アスーカルの駆るディザートディエルはマシンガンを構え、巨大な砂山の影に隠れている。腰部にはジャイアントバズーカ。武装面に抜かりはない。

「万が一の事になっても、こっちはたった一機でも多勢をやれる自信があるってな。」

本来、MS乗りのボスにあたる人間が偵察の為にこの場に出ることは通常ありえない。アスーカルの場合、砂漠の狩人と名の知れた存在であり、それが万が一倒される事があればそれはクルーの壊滅に繋がるからだ。

 しかし彼はあえてディザートディエルに単身乗り込み、戦う。それは彼自身のこだわりでもあったのだ。

「さあ、敵は何機だ?たった一機のディエルに大勢で歓迎するとは思えねェけどな!」

レーダーを確認し、アスーカルは索敵を怠らない。どこから攻めてくるのか、どこに機体がいるのかを徹底的に調べる。

 だが、レーダーに映る機体はいない。セイントバードはディザートディエルの存在に気付いているはずなのに、未だに機体を出撃していないのだろうか。

「妙だぜ……敵はどこにいやがンだ?」

アスーカルの駆るディザートディエルはモノアイを動かし、周辺を確認する。上下左右に動かし、敵がどこにいるのかを見る。

 

ゴォォォォォッ

 

砂煙が吹き立つ音が聞こえた。アスーカルは上方を見る。そこにいたのは同じモノアイのMSである、ハルッグだった。

「昨日のエースがお相手とはなっ!」

ハルッグの姿を見たアスーカルはすぐにマシンガンを構え、標的に連射する。弾に反応したハルッグは回避行動をとった。

 

バシュゥゥゥゥ

 

ディザートディエルにロングビームライフルが放たれる。これもすぐに反応し、回避する。

「砂煙が多いと目視による確認がし辛いか……」

ネルソンが言った。今の環境は砂漠。少しの攻撃が砂煙を広げる。そうなれば視界不良の状況で戦わなければならなくなる。

 

ダダダダダダ

 

「クッ!」

砂煙の間から実弾による攻撃を受けたハルッグ。ディザートディエルによる攻撃だ。

 ハルッグの装甲はマシンガン程度の砲撃ではダメージを大きくは受けない。しかし砂山や砂塵と言った環境で、どこから敵が攻めてくるか分からない状況。緊迫した状況が続く。

「下手に動くと砂煙が立つ……それでは視界が遮られる……」

こうなっては下手にハルッグを動かすことが出来ない。

 レーダーを頼りに敵機体の存在を確認するネルソン。やがて砂煙は少し落ち着くのだが、敵機体の姿は見受けられない。

(奴はどこに……?)

見回すハルッグ。モノアイも左右に動かし、モニターを確認する。

「貰った!」

そこへ、バズーカを構えたディザートディエルがハルッグの後方に回っていた。そしてその実弾を放つ。熱源の存在を確認したハルッグ。急いでバーニアの出力を上げ、ロングビームライフルを放った。だがこの攻撃はアスーカルに回避される。

「チッ、流石エース!早ェな……」

アスーカルが舌打ちを打った時だった――

 

ブゥン

 

と、空中でハルッグはビームサーベルを装備し、ビーム刃を展開。そのままディザートディーストに迫る。

「おうっ……!」

咄嗟にディザートディエルは反応。側腰部に搭載されているビームトマホークで対応する。

 打ち合いを行う両者。出力はハルッグのビームサーベルの方が上だが、ディザートディエルはトマホークのビーム刃とバーニアの出力を上げ、拮抗する。

「エースさんよ!相変わらずやるじゃねえのッ!」

アスーカルは挑発するような言い方でネルソンに対して言った。

「たった一機で迫ってくるとは思わなかったが我々も油断は出来ないのでな!」

ネルソンも油断はしない。一機だけが迫ってくると分かっている以上、どのような人物が乗っているか分からない。セイントバード内で“エース”と呼べるのは現状、ネルソンのみ。彼の駆るハルッグが今回の迎撃では適任と言えるのだ。

「そういう心掛けは嫌いじゃないぜ。たった一機……しかも性能面で劣る機体相手にエースが出るってのは戦場を舐めていない証拠だからな!」

「なら、これならどうだ!」

ビームサーベルの打ち合いの最中、ハルッグの所持していたロングビームライフルはビーム刃を形成した。それはアスーカルの乗るディザートディエルに襲いかかる。

「そういう攻撃がっ!」

一度機体を後退させるディエル。再びマシンガンを放つが、ハルッグも距離を置いたのだ。

(糞がッ!やっぱりビーム兵器ばかり使われたら不利か!機体性能の限界か……!)

ビーム砲を持つハルッグと、実弾兵器中心のディザートディエル。その性能差は圧倒的だった。

 本来、砂漠と言う環境ではビームライフルなどと言った武装は不利に働く。砂煙等が物理的にビームの熱を遮るからだ。しかしハルッグの持つロングビームライフルは別の話になる。出力が高い為、並みの砂煙ではビームを遮れないのだ。

(敵を倒す事は止めるしか……せめて、敵戦力の偵察だけでもして戻れば良いか……)

アスーカルは今回の目的の一部を変更した。可能であれば敵戦力と交戦し、戦力を減らす事を考えていたが、性能差を感じた為、偵察の任務に徹する事にしたのだった。

 本来それは組織の末端の人間がする事。だがアスーカルは、それをあえてMS乗りのトップである自分が行うという行為を行った。それは彼自身の拘りが非常に強い。

「なら……遠慮なく撃ちまくってやるだけよ!」

すると、ディザートディエルはマシンガンを砂漠の大地に向けて連射し始めた。それだけでない。ジャイアントバズーカも連射し、砂煙を生じさせたのだ。それも一箇所だけでない、至る所に煙を立たせる。

「自棄になったか!?あのMS!」

砂煙が立つ状況。これは、アスーカルの作戦だった。砂煙が舞う状況でも視界に遮られず、移動することが出来るディザートディエル。砂塵の環境に特化した機体の特徴を活かした戦法だ。

(砂漠の環境は俺等の方が慣れてンのよ!やることやってトンズラして、次に備えてやる……!)

砂煙が舞う中、ディザートディエルは砂塵を滑るように移動する。ディザートディエルの脚部にはバーニアが備わっており、それを利用して砂塵を移動する。地上の移動に関しては空中を舞うハルッグよりもディザートディエルの方が圧倒的に優れている。

 

 やがてアスーカルはセイントバードに接近する。カタパルトが壊れている状況の為、MSデッキ内部が見えてしまう状況。それは敵である砂漠の狩人率いるMS乗りには丸見えの状況だったのだ。

「昨夜のバイザーカメラの機体が……八機。結構な戦力だな……ン?」

ディザートディエルのカメラの中で、トルクスの存在を確認したアスーカル。その中で彼は一機、紺色の機体の存在を確認した。アインスガンダムである。

「あの特徴的な頭部は……間違いない、ガンダムタイプ!こいつらそんなものまで持ってやがったのか!」

ガンダム。それは強さの象徴。最早神話と言われている程に有名な存在。通常、MS乗りのような存在がガンダムタイプと言った機体を所持することなど、ありえない話だった。

 

ピピピピピッ

 

「……熱源!?」

ガンダムの存在に目を取られていたアスーカルは、後方から近付いていたハルッグの存在に気付かなかった。ほんの一瞬の油断が、命取りとなったのだ。

 

ガキィン

 

と、ハルッグはディザートディエルの両上腕部を捕まえる。身動きが取れないようにする為の手段だ。

「ディエルのパイロット。逃がさんぞ。」

「俺とした事が、油断したか……!」

油断をしたアスーカル。偵察のつもりが、ネルソンに捕まってしまったのだ。

「このままこちらに来てもらう。こちらとしても聞きたい事がある。」

「へぇ、殺さないのかよ。」

ネルソンはアスーカルを捕虜にするつもりだった。彼は殺されると思っていた為、予想外の反応に驚く様子を見せる。

「今のところ、無益な殺生をする必要がないからな。そちらがこちらを殺す気ならば話は別だが。」

「捕虜にしてくれるのならそんな気にはなれないねぇ。連れてきな。」

抵抗する事なく、ディザートディエルはハルッグに連れられた。その際ハルッグはMAに変形し、以前にアインスガンダムを運んだ時のような形をとった。

 

 

 

「アスーカルさんが行方不明!?」

そう言うのはビヤーバーンの中で待機していたパゴーダだ。ビヤーバーンのクルーがブリッジ内でアスーカルの動向を見ており、行方不明になったのを確認していた。

「あの人……死んでなきゃいいけれど……」

「死んだら俺達終わりですからね。あの人ありきの砂漠の狩人ですから。」

ビヤーバーンクルーが一人、言った。

「ホント、無茶が過ぎるっていうか……」

 砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモ。デウス動乱後にカイロ西部のサハラ砂漠界隈のMS乗りとして名を轟かせていた存在。彼は部下に何かをさせるのを嫌う。自分で何らかの行動をしなければ気が済まない男だ。今回はそれが祟った形となったのである。

 

 

 

 やがてネルソンはアスーカルを捕虜にし、セイントバードに帰還。ディザートディーストをMSデッキに格納し、アスーカルに降りるよう指示をする。その際、クルー達は皆銃を構えていた。その際、彼は所持品を全て取り上げた。

「まさか俺が捕虜になっちまうたァな。」

両手を上げたアスーカル。体格はネルソン以上に大きく、肌黒い。屈強な男といった印象を受ける。

「先程も言ったが我々としても無益な殺生は望まない。持っている情報さえ吐いてもらえれば機体を預かり、今後こちらに攻撃しないという条件で身柄をそちらに返そう。」

と、ネルソンがアスーカルの両手に手錠をしながら言った。

「大尉、その人が砂漠の狩人?」

そこへ姿を見せたのはエリィだ。砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモを捕虜にしたという話を聞き、艦長室からMSデッキまで移動してきたのだ。

「そうだ、艦長。MS乗りの中では有名な存在だ。」

エリィの姿を見たアスーカルは、笑みを浮かべる。

「へぇ、こんな奇麗なのが艦長さんね。こんなべっぴんさんがいりゃ、クルーもやる気マックスになるってもンだねえ?」

まるで冷やかすようにエリィを見るアスーカル。

「うちのメンバーは野郎ばかりだから、こんなべっぴんさんがいりゃうちの士気も上がるだろうにさ。」

手錠を掛けられながらも、アスーカルは堂々とした振る舞いだ。今までもこのような経験があったのだろうか。

「ま、世間話はこれぐらいにして……俺はどうなっちまう訳よ?え?」

まるでこの状況に慣れているような様子のアスーカル。全く恐れる様子を見せない、この男。

「それは返答次第だ。質問に答えてもらう。」

と、ネルソンは言った。

「何の為に単機でここに来た?情報を仕入れて仲間に伝える為か?」

しかし砂漠の狩人は口を開けようとはしない。

「黙秘権を使うと言うわけか。」

 

ジャキン

 

「大尉!?銃を向けるなんて……」

エリィが心配そうに見つめる。

「おいおい、殺す気か?さっきは無益な殺生云々って言ってたのに前言撤回って訳かよ。」

ネルソンが銃を構えることで、アスーカルも冷や汗を掻く。万が一撃たれれば、死は免れないからだ。

「あーあ、こりゃ俺もヤキが回ったかな。あいつらに挨拶出来ねえままこの世を去らなきゃならねぇなんて運悪いぜマジで。」

「……どういう意味だ?」

アスーカルは引き続き語る。

「俺が死んだらな、クルーの連中の生活が困窮するンだよ。あいつら俺頼りに生きてやがる。俺が死んだらあいつらは食っていけなくなる。」

銃を突き付けられながらも、アスーカルは語っている。彼の部下への想いは“本物”と言えた。

「なら、もし敵地へ偵察に来るのならその部下が行くのが普通だろう?」

ネルソンがアスーカルの頭に銃を突き付け、言った。

「俺はな、出来るだけ人に頼らずに自分でやる性分なンよ。偵察とかしてさ、部下を使って万が一死なせたらこっちの気持ちが晴れねぇンだわ。」

それを聞いたネルソンは、頭に突き付けた銃を一度離した。

「砂漠の狩人……思考に矛盾はあるが随分と不思議な人間だな。噂では冷酷な狩人と聞いていたが、身内には随分優しいようだ。」

と、ネルソンは銃をポケットにしまった。

「銃をしまうのかよ。お優しいのはそっちも同じみたいだな。」

「今、この場でクルーに被害が及ばん限りこちらは無益な殺生はしない。」

「色々取り上げられててそんな事出来るかよ。で、俺はどうなる?殺さないって事は、あれか?尋問とかする訳?拷問か?それだったらそこの美人艦長さんにやってもらいたい……なんつってな。」

色目を使うアスーカル。それを聞き、エリィは

「私はそう言うの、しませんから。」

と冷たくあしらう。

「艦長、どうする?確か独房室が空いていた筈。少しの間この男を閉じ込めておく必要があるな。」

「……ええ、そうしましょうか。」

その後、エリィとネルソンは手錠で繋がれたアスーカルを、セイントバード内の独房室まで誘導した。そこは新生連邦軍が元々はスパイや捕虜を捕らえ、閉じ込めておく部屋。砂漠の狩人はそこで閉じ込められることになるのだった。

 

 

ガチャンッ

 

 

アスーカルは独房に入れられた。この時、彼は手錠を外される。無論、内側から鍵を開けることは出来ない。所持品は全て回収。彼は下着姿のみで過ごす事となる。

「こちらとしても用事があるのでな。また時間が出来た時にそちらに伺う。」

と、ネルソンが言った。

「大人しくしておくよ。どうせ、何も出来ねえんだからな。」

開き直ったような態度。独房にはベッドとトイレのみがあった。彼は静かに、うんと欠伸をしてベッドに寝転がった。

 

 

 早朝にアスーカルを捕虜として捕らえてから一時間が経過した。セイントバードのエンジン復旧は着実に進んでいる。その作業はネルソンが提案したように、交代で行われていた。作業をする者、休憩する者……それぞれいたが、皆が連携して作業を行うことが出来ていた。

「お疲れ様です、大尉。」

そう声を掛けるのはエリィだ。彼女はコーヒーをネルソンに渡していた。渡されたコーヒーを、ネルソンは飲む。

 このように、セイントバード内は人手が足りない。本来こういう役は厨房にいるコックなどが請け負うのだが、艦長であるエリィが炊事を行う等、人手が足りないのだ。だからこそ、エンジンを修理してくれているクルーのフォローを、エリィがしているのだ。

「艦長。先程は助かったよ。」

“先程”というのはアスーカルを捕虜にした時だ。彼女も独房へ行く時、一緒に居たのである。

「砂漠の狩人が独房にいる以上は、その仲間も迂闊に行動は出来ないだろう。奴は自分の身内を守る為に自らが出てきたと言ったが、それが仇となったな。」

「でも、MS乗りのリーダーとして率先して行動する姿は見習うところなのかなーって考えちゃいますね。」

「悪名ばかりが噂になる砂漠の狩人だが、その実際は仲間想いの男だった……という事か。敵とはいえ、複雑だな。」

ネルソンはコーヒーを半口ほど飲み、静かに考える。

「MS乗りって、本当に命懸けですからね。人手が足りなければその分率先して動かないと行けないから……」

「弱肉強食の世界。弱い者は食われ、強い者は生きる世界……か。」

ネルソンはコーヒーを、全て飲み干し、マグカップをエリィに渡した。

「それでも生き残れているのは、セイントバードチームが皆頑張ってくれているお陰……ですもんね。」

「本当にな……皆、大変ながらもついて来てくれている。これは有難い事だ。」

ネルソンは、そっと溜息を吐いた。壁にもたれ、少し天井を見る。

「あの、大尉。私ね、レイ君の所に行こうと思うんです。多分彼、心配しているから……」

「レイ君……ああ、そう言えば……」

ネルソンは出撃前にレイのいる病室を訪れ、彼の回復力の高さに驚いていた所だった。

「そう言えば彼の容体はどうだろうか……それが気になる。」

「容体?あの子はずっと寝ていた筈ですけど……」

「私が部屋に入った時、彼は立っていたのだ。」

エリィは目をぱちぱちとさせ、思わず

「え!?」

と反応した。

「彼は自分の事を昔から怪我の治りが早いと言っていたが……正直、私が一番びっくりしている。艦長、彼に簡単な検査は一応したが、念の為に彼の容体を見て、もし部屋を変えられそうなら変えてあげられないだろうか。」

ネルソンは頭を掻きながら言った。

「それは良いですけど……その話だけ聞いてたら不思議な子ですね、レイ君って。」

「彼から話は聞きたいことは沢山あるのだが……今はエンジンの修復を優先しないとな。もし、彼から何か話が聞けそうなら聞いておいて欲しい。多分、男の私だと喋りにくさもあるかも知れない。艦長の物腰の柔らかさが役に立ちそうだ。」

「あら、それなら歓迎ですねー!」

と、エリィは笑顔で言った。

「じゃあ、私はレイ君の所に行きますね!」

「こちらは引き続きエンジンを修復しなければならんからな。」

やがて両者は分かれた。エリィはレイの居る病室へ。ネルソンは、引き続きエンジンの修理へ向かう。

 

 

「やっほー、レイ君。」

エリィはレイの病室に入り、彼の様子を確認した。

「エリィさん。朝はありがとうございました。あの、さっきは大丈夫でしたか?」

早朝の警報に対してレイは聞いた。それに対し、彼女は答える。

「ええ、大丈夫よ。なんとか落ち着いたかな。」

「そっか……」

レイは、そっと胸を撫で下ろす。安心した様子で、そっと息を吐いた。

「あのね、大尉から聞いたんだけど……もう身体は大丈夫なのかな?」

「あ、はい。痛みもなくなりました。それで立ったりしたらネルソンさんに怒られちゃって……」

レイはその事を、気にしている様子だった。

「まあまあ、大尉は心配してくれてるのよ。ガンダムに乗ってた君を助けた責任……みたいなところがあるからね。」

ネルソンが伝えたかったことを、エリィが代わりに伝えた。彼女の優しく、柔らかい喋り方。それはレイが口を開くのに、十分な雰囲気を醸し出した。

「もう、歩いても平気そうかな?」

「あ……多分、大丈夫そうです。」

そう言って、レイはベッドから起きる。そして立位を取り、少しだけ部屋を歩いた。ふらつきや眩暈等も一切ない。傷が痛む事もない。ほぼ、完治していると言っても過言ではなかった。

「問題なさそうだね……良かった。よし、じゃあ部屋を移動しましょうか。レイ君。」

「あ、はい。」

 それからエリィはレイを連れ、病室から去った。彼女に連れられて移動するセイントバード内部。レイにとっては初めての環境。戦艦の通路や部屋の一つ一つが、レイにとって不思議に感じられたのだ。

 やがて彼は部屋につく。自動ドアが開き、部屋に入る。セミダブルサイズのベッドが一つ、端にある部屋。ベッドの傍にはテーブルがあり、物が置ける。それ以外は一人で過ごすには、広い部屋だ。部屋の端にはシャワールームもある。少なくとも、快適とは言える空間であるのに間違いはなさそうだった。

「服、着替える?」

と、エリィはテーブルの引き出しを引き、レイに服を渡した。

「はい、ありがとうございます。」

そう言われ、レイはすぐに上下の服を着た。私服姿になったレイは、そのままベッドに腰掛けた。

「うんうん、体調は本当に戻ったみたいだね!良かった!」

エリィは笑顔で、両手を閉じ、左頬に付けた。満面の笑みを見たレイはそれに伴うように笑顔になる。

「えっとね、レイ君。少しお話しませんか?」

「話……ですか?」

と、エリィはレイと同じようにベッドに腰掛ける。

「ここに来て貴方の事を全然知らないなぁって思ってて。ここに来るまでに何があったのか、差支えが無ければ教えて欲しいの。私はここの艦長。クルーの事は知っておく必要があると考えてる。貴方が話せる範囲で良いから、教えて欲しいなー。」

じいっとエリィはレイを見つめる。その眼はレイを捉えて離さない。エリィの栗色の長くさらさらとした髪、紫色の目。そしてそのスタイルの良さ。少年であるレイにとっては緊張するのも無理のない対象だった。

「僕は――」

とレイはここに来るまでにあった事を話し始めた。モントリオールで暮らしていた事、そこで新生連邦からガンダムを奪った事、そして町を守る為に戦っていた事等。全てをエリィに話す。

「レイ君はごく普通の生活を送っていた。けど、色々な事情があって、今に至るって訳だね。」

「そう……ですね。僕自身も、分からない事ばかりで。ただ、一つ言えるのは……家族が、心配です……」

ごく普通の生活を送っていたレイ。彼の場合の“ごく普通”とは、家族と生活している上、学校にも行って、定期試験を控えていた生活を送っていたレイ。

 それが今や、180度変わった生活を送っている。見知らぬ戦艦に、MS乗り同士の抗争。日常とかけ離れた場所での戦闘……昨日に比べて不安要素は減っていたが、それでも信じられない現実が目の前に広がっている。

「まずは家族さんに連絡が取れるようにならないとね……だけど今ここはEフォンの電波が届かない環境だから……」

「……はい。」

彼は、自分が無事であることを一刻も早く家族に伝えたかった。家族だけでない。仲の良いクラスメイトや、リルム。彼にとっての大切な人達に無事を知らせる。それが今、彼がすべき事だった。

「エリィさん、あの……僕、もし何か手伝える事があれば教えて下さいね!身体も治りましたし、何か……させてもらえたらと思います。」

「あら、それは嬉しいですね!そうね……そろそろお昼だから、クルーの皆への配膳をお願いして貰って良いかな?私も急いで行かないと行けないし!ついでに艦の中も案内出来るし!」

 それから、エリィは彼を食堂へ案内した。食堂は数名の調理師がいるのだが、クルーの数を考えるととてもではないが人手が足りない。エリィは最初、レイを客人扱いしたが、エンジンも故障している状況での人手は一人でも、有難いものがあったのだ。

 

 

 やがて時間が経ち、配膳が終了。レイは突然の労働に対し、深呼吸をする。

「結構、疲れた……」

「レイ君、お疲れ様。ありがとうね。一人でも協力者がいてくれると本当に心強い!」

エリィは満面の笑みを浮かべ、レイに礼を言った。その表情を見たレイは笑顔になった。

「いえ……助けて頂いたお礼ですよ。」

「ああ、後ね、もう一人届けて欲しい所があるから、それをお願いできる?」

「あ、はい!」

と、エリィは一皿のカレーライスをレイの手に渡した。

 

 

 レイは渡されたカレーライスの皿を持ち、指定された場所に移動する。そこは独房だった。アスーカル・エスペヒスモが隔離されている場所。そこだけ異様に暗く、レイは少し不安な様子を見せた。

(ここだけ暗いや……)

そっと、レイは独房を覗き込む。そこにいる屈強な男の姿を見て、レイは眼をパチパチとさせた。

(この人、どうしてここに……?)

レイは事情を知らない。この男が砂漠の狩人と呼ばれている男という事を。何故ここにこの男が居るのかも、謎だ。

「あ、あの……お昼ご飯、持ってきました……よ?」

そっと、レイは言う。屈強な男が独房のベッドで座っている姿。彼にとっては少しだが恐ろしげに感じられたからだ。

「おぅ……きちんと飯も出してくれンのかよ。随分優しいなここの連中は。」

アスーカルの低く、渋い声が響いた。レイは独房の檻越しにそのカレーライスを置く。それを見たアスーカルは檻に近づき、皿を取った。

「へぇー、この艦にはこんな女の子もいるのかよ。」

レイは、またしても少女に間違えられた。

「あの、僕は男です……」

「へぇ、男だと!?見えねェな……」

砂漠の狩人と呼ばれる屈強な男にすら、レイは少女に間違えられる。彼の顔つきは、それ程に間違えられやすいのだ。

「お前、他の連中と比べるとおどおどしてンな。どういう立場の人間だ?」

何気なく、アスーカルはレイに聞いた。

「立場っていうか……僕もここに来たばかりで。あんまり、よく分かってなくて。」

「へぇー。成程な。拉致られたのか?優しい連中に見えるけど随分酷な真似をしやがるな。」

態度の違うレイを見て、アスーカルは誤解した。

「違います!助けて貰ったんです……その、色々とありまして。」

「じゃあそのビビり具合は俺にビビってるって事か。」

「そ、そういう訳じゃ……」

無理もない。この独房だけが雰囲気が違う。暗い上、檻の中に屈強な男が居るのだ。無理もない。明らかに異質なこの部屋。セイントバード内の移動自体初めてのレイにとっては恐怖の対象だ。

「ビビる必要はねえぜ。俺は何も出来ねぇよ。こんな恥ずかしい恰好してンだ。けどカレーを持って来てくれたのには感謝すンぜ。」

と、彼はスプーンでカレーのルーをばくばくと食べ始めた。その時の彼の笑顔に、レイは

(この人、お腹空かせたのかな……)

と思っていた。

「あ、あの……じゃあ、これで――」

レイはその場から去ろうとした時だった。

「坊主、もし良かったらまた来いよ。話し相手いねぇとつまんねぇンだ。」

と、カレーを食べながらアスーカルは言った。

「……はい。」

レイは、静かにその場を去る。この光景に疑問を抱きながら。

(どうしてこの人はここにいるのだろう?どうして……)

隔離された部屋で、一人昼食を食べるアスーカル。理由は全く分からないレイにとっては、疑問でしかなかったのだ。

 

 

 その後、アスーカルはネルソンより尋問を受けていた。独房に入り、腕を組むネルソン。そのポケットには銃がある。そして、外にはクルーの姿もあった。

「質問に答えてもらおう。単機でここに来て、ここの情報を仲間に漏らす気だったのだろう?」

「それを答えて何になるって話だぜエースさんよ。」

「こちらも被害を出す訳には行かない。早めに答えた方が良いぞ。」

「それじゃあ俺はいつまで経っても出られねえって訳だな。で、そうなったら俺を撃つ気か?その銃で。」

「……それはお前の返答次第だ。」

ネルソン自身、アスーカルを撃つ気はない。彼はあくまでも捕虜であり、彼から情報を得る必要があるから。銃は言わば、抑止力だ。

「ならば質問を変える。砂漠の狩人の戦力を教えてもらおうか。」

今度は相手方の情報を得ようと試みたのだ。

「あー、そういう方法になる訳。尚更教えられねェよ。俺の仲間達の人生に関わるからな。」

「……このままじゃ話は平行線か。」

一向に進まない話。その間にも時間は過ぎる。

「で、拷問をするンだろ?いいぜ。俺は今まで色々な拷問を耐えてきた。何する?爪剥がしとかでもすンのかよ?」

「……時間を置く。無意味な拷問はせんよ。」

と言い残し、ネルソンは独房から去った。結局アスーカルは自身の情報を一切言わずにこの時間は終わった。

 よく、捕虜に対しては尋問、果ては拷問をして情報を吐かせる事は古来より伝統的な方法として使われていた。だがセイントバードチームはこれに対して酷な尋問、拷問はしない。それがポリシーであるからだ。優しく、甘いと言われればそれまでだが、それでも彼等はそのような真似をする事はしない。それは、艦長であるエリィの意向でもあったのだ。

 

 やがて夜も更けて来た頃。エンジンの修理も一通り行い、一日の終わりを迎えたクルー達。幸いその間に襲撃される事は無かったのだ。

 しかしその中で、レイはこっそりとアスーカルのいる独房に移動していた。昼間の彼の台詞が、気になったのである。

 

――――――――――――――もし良かったらまた来いよ――――――――――――――

 

(エリィさんとかにあの人があそこにいる理由、聞けなかったなぁ……)

男が何故独房にいるのか、彼は聞きたいと思っていた。しかし昼間からは皆が多忙だった為、聞く機会を逃していたのだ。何となく、彼はアスーカルの事が気になっていた。短い時間とは言え、カレーライスを渡し、感謝されたレイ。

(あの人……いた。)

レイは独房に着き、こっそりと顔を覗かせる。その時、偶然アスーカルと目が合ったのだ。

「おお、まさか来てくれるとは思わなかったぜ。昼間の坊主。」

「いえ……なんとなく、気になってしまって。」

事情を知らないレイはアスーカルと会話をした。彼自身、ここにきて間もない人間。それに似た境遇を、感じていたのかも知らない。

「坊主、名前は?」

「レイ・キレスです。」

「レイか。良い名前じゃねーの。良い親に恵まれたんだろな。」

今日知り合ったばかりのこの男に褒められた事が何故か嬉しかった。やはり、この男は悪い人間じゃない……と、レイは感じていた。

「俺はアスーカル・エスペヒスモ。まあ、フリーのMS乗りってやつだ。今は訳あってここに居る。」

「何か、あったんですか?」

「まあ、そこは色々と事情があるんだよ。坊主、人には触れちゃ行けない話題ってのがある。それを“地雷”って言うンだけどな。まあ、それより少し話でもしようぜ。世間話でも何でも良い。言いたくない話があれば無理に語らなくて良い。会話っつーのはそう言うもンだろ?」

アスーカルの言葉に、レイは何故か恐怖を感じなかった。親しく、気さくに話すこの男。それもあってか、昼間のように男に対する恐怖を抱かなくなったレイ。彼自身もこの場所に来たばかりという事もあり、会話を始めた。

 

「お前もMSに乗った事があンのか?その身なりでなぁ。」

「けど、ただ必死でした。アスーカルさんはずっと乗っていたんですか?」

レイはあえて、“ガンダム”に乗ったという話は避けた。彼なりに言葉を選んだのである。

「そりゃな。そうしねぇと食っていけないからな。うちのメンツを守る為にな。」

(守る為にMSに乗る……この人、僕と同じなのかも。)

レイはアスーカルの言葉に感化された様子だった。立場は違えど、目的は似ているのかもと、彼は感じていた。

 やがて話が盛り上がって来た頃……アスーカルはある言葉を話した。

「でさ、頼みがあるんだよ。その、鍵を開けてくれねぇか?」

「え?鍵……ですか?」

恐らく、開けてはいけない鍵なのだろう……とレイは何となくだが感じていた。

「お前も察しの通り、俺はある“事情”でここにいる。けど、それを開けることは決して悪い事じゃない。それにお前ももっと近寄って俺と喋りたいだろ?」

妙な言葉ではあったが、この時レイは

「はい……」

と、鍵を開けてしまったのだ。アスーカルと会話をして、その時に情が移ってしまったのだろう。

「よしよし……ありがとよっ!!!」

「なっ……!?」

その瞬間、アスーカルは思いきり扉を開いた。そして、レイの首を掴み、右前腕で首を絞めるような格好を取る。

「うぅっ……!」

「悪く思うなよ坊主。これも俺等が生きる為だ。お前には人質になってもらう。わりぃな。」

(こんな……!こんなのって……!)

アスーカルの目的。それは脱走。しかし脱走するにもセイントバードのクルーでは鍵を開けることは難しい。しかし、そこへ来たレイの存在を利用した。レイもここに来たばかりと言う情報を聞き、彼の純粋な気持ちを利用した。彼と仲良くなった素振りを見せ、実際は脱出する為にレイを利用していたのだ。

「大人しくすれば殺しはしない。一緒に来いよ、坊主。」

レイは逃げ出したいと思っていた。しかし、アスーカルの力は強い。彼の華奢な腕で振りほどけるようなものではない。

「お前腕も女みたいだな。まあどうでも良いけどな!」

それはレイにとって屈辱的な言葉だ。それも合わさり、レイはショックを受ける。

 

ダッ

 

「おい!何をやっている!?」

騒がしいと感じていたクルーが、独房の方に来た。そこにいたアスーカルとレイの姿を見て、クルーは銃を構える。

「このガキが死んでも良いのかよ?このガキの首ぐらいなら腕力で捻り潰せるぜ?」

アスーカルの腕は太い。力も強い。彼の場合、銃などの小細工をせずともその屈強な腕でレイ程度の少年ならば脅すことが出来たのだ。

「卑怯な奴……!」

銃を構えながら、クルーは後ろに下がる。その間も、アスーカルは恐れる様子を見せず、クルーに近づく。そして―

 

バキッ

 

間合いに入った時、アスーカルはクルーの腕を蹴り飛ばす。その反動で銃を落としてしまったクルー。すかさずアスーカルは銃を拾い、レイの方向に銃を向けた。

「お前にはまだ用があるぜ。坊主。」

(こんなのって……!)

レイは何もすることが出来ないまま、手を上げる。そしてアスーカルはレイの頭を銃で突き付け、そのまま前に進めるように言った。

 

 やがてアスーカルはレイを人質にしながらMSデッキに向かった。夜も更けてきた為か、クルーの数は少ない。

 しかしMSデッキ内では多くのクルー達が居た。その中を、堂々と出現するアスーカル。

「レイ君か!?」

ネルソンが自身のMS、ハルッグを整備していた時。アスーカルの姿を見たネルソンに緊張が走った。

「エースさんよ。この坊主には感謝するぜ。何せ俺を解放してくれたンだからな。」

「何……どういう事だ!?」

「ネルソンさん、すみません……」

脅されて、何も出来ないレイ。クルー達もレイを人質に取られている為、迂闊な行動が出来ないのだ。

「貴様……逃がすか!」

ネルソンは銃を向ける。しかし――

「坊主が死ぬぞ?俺は身内には優しいが敵には容赦ねぇンだわ。早くディエルの所に俺を連れて行け!」

 

パァンッ

 

と、アスーカルは天井に向けて銃を放った。威嚇射撃だが、その音はMSデッキに広く響いた。

「こちらだ……!」

レイを人質に取られている以上、ネルソンは何もすることが出来ない。大人しくアスーカルをディザートディエルの所に案内するしかなかったのだ。

 その際、アスーカルはアインスガンダムの方をちらと見た。紺色の巨人、アインスガンダム。それは他のMSであるトルクスよりも明らかに存在感を放っている。

(ガンダム……こいつはまた今度確実に頂いてやる……今は脱出を優先してやンぜ。)

アインスガンダムを強奪する計画を考えていたアスーカル。しかし今はそれよりも自身が脱出する事を優先したのだ。

 やがてディザートディエルの前まで移動したアスーカル。そして、そのまま移動用のロープを使い、コクピットまで移動する。そして――

「ご苦労だったな、坊主ッ!」

と、コクピットの高さからレイを突き放したのだ。

「うわっ!?」

慌てるレイ。高さは約8メートル。もし落ちれば大怪我は免れない。

「レイ君!」

と、ネルソンは両腕を広げ、彼をそのまま受け止める格好をした。

 

ドサッ

 

間一髪、ネルソンはレイを抱える事に成功。衝撃で少しの時間だが動けなかった。ネルソンの機転のお陰で彼自身に怪我はなかった。

 しかしその間にアスーカルはディザートディエルを起動させた。やがてそのまま砂漠の大地へと消えていった。

「追撃をする。奴を逃がすか!」

朝に捕虜として捕らえた男に逃げられたネルソン。彼は急いで自身の機体であるハルッグに搭乗し、砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモを追ったのだ。このまま逃がしては、敵に情報が知られてしまうと、考えたからだ。

 

 

 闇夜の砂漠。アスーカルの駆るディザートディーストは砂漠の大地を滑るように走らせ、セイントバードから脱出した。辺りは明かりが何もない暗闇。何も見えない状況の中、頼りなのはレーダーのセンサーのみ。

「ん?あの光は……」

アスーカルは、ちらと見える光を見た。その方向をモニターで拡大し、見てみる。

 そこには、パゴーダが乗るバギーがライトを付け、走っていたのだ。

「おお、パゴーダか!流石だなあいつ――」

 

バシュゥゥゥ

 

と、ディザートディエルの後方よりビーム粒子の光が二,三発放たれた。ハルッグが追撃をしてきたのだ。MA形態のハルッグはロングビームライフルでディエルを狙い撃ちしたのだ。

「もう追い掛けてきやがったのかよエースさんッ!」

暗闇の中迫ってくるハルッグ。しかし見えるのはモノアイの輝きのみ。それ以外は機体そのものが視覚では認識出来ない。

 今は逃げることを考えるアスーカル。だが、ハルッグは別の攻撃も行ってきた。

MS形態時では肩部に搭載されているショルダービーム砲を連射。この攻撃がディザートディエルに直撃し、頭部を撃ち抜いたのだ。

「カメラがッ!」

モニターが見えなくなったディエル。そのまま、砂漠の大地に降り立つ。砂煙が激しく舞い、散った。

 急いでモニターを予備に切り替えようとした時だった。

 

ブゥン

 

と、ハルッグが迫ってきている。ビームサーベルを展開しており、ディエルを切り裂く気だった。

 

ズバァァァァァ

 

ビーム刃はディザートディエルの胴体を突き刺した。スパークが四散し、散らばる。暗闇の砂漠を、この激しい光が照らしていた。

 その直後にディザートディエルは爆発を起こした。砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモの駆るディザートディエルはハルッグに敗北したのだ。

「……コクピットに人がいない……逃げたか!?」

ビームサーベルの光刃による明かりでコクピットの状況を確認したネルソンだが、そこには人が居なかった。砂漠の狩人は、間一髪の状況で脱出していたのである。

「しかし……この状態ではセイントバードの戦力は愚か、部品のパーツにすらならないな。マシンガンとバズーカのみ回収するしかないか。」

MS乗り同士の抗争後では、その際に出た機体の部品や武装等も貴重な資金源となる。それらはジャンク屋に売ったり、兵器として再利用したりと、使い道が多い。これが、この時代におけるMS乗りの生き方なのである。

 

 

 

「流石だよパゴーダ。お前は有能だぜ。」

一方、ディエルを脱出したアスーカルはすぐにパゴーダの運転するバギーに乗っていた。合計三人の男がそのバギーに乗っている。砂漠の暗闇の中、ライトを照らし走るバギー。彼等はビヤーバーンのある場所まで、そのまま戻っていく。

「無事でなによりでしたよ、アスーカルさん。レーダーから消えた時は本気で焦りましたからね。」

運転しながら、パゴーダが言った。

「ディエルを失ったのは痛ェが、お陰であいつらの戦力が把握出来たぜ。」

「戦力……ですか?」

「あいつらの中にガンダムタイプがいた。これはかなりのお宝だぜ。ガンダムタイプを手に入れれば、マジで遊んで暮らせるだけの額が手に入るからな!こりゃ、楽しみだぜ!」

有頂天になるアスーカル。自機は破壊されたが、喜びを感じていたのだ。

「となりゃあ、早い事カスタムをしねェと行けないよな、パゴーダ。」

「ああ、“ラグラーナ”ですか?」

「おうよ。あれにカスタムすりゃ連中に遅れは取らなくなる。今日は徹夜だぞ!うおおおおお!!!」

彼等が話している、“ラグラーナ”。それは何を意味するものなのかは分からない。セイントバードチームにとっての脅威は、まだ去りそうになかったのである。

「てか、思いっ切り下着じゃないですかアスーカルさん。」

パゴーダは、冷静な突っ込みを入れた。

「連中に脱がされたンだよ。しかし連中は中途半端に甘い奴等ばっかで助かったぜ。」

結果的に、アスーカルの偵察は意味があったと言えた。一見無謀な行為に見えたのだが、結果的に彼にとって有利に状況が働く事となったのだ。

 

 

 

 アスーカルが逃げた後。セイントバードにハルッグが帰還した。MA形態のままMSデッキへ降り立つ。

「仕留めた……が、奴は生きているな。エンジン復旧に夢中になりすぎた結果か。」

ネルソンは、俯きながら言った。捕虜に逃げられたのが、悔しいのだろう。

「次に奴がどう攻めてくるのかが気になりますね。」

と、シンが言った。

「あ、あの……その……ごめんなさい……」

俯くネルソンの前に立ち、レイが言った。右手で手を握り、その状態で自分の胸に手を当てている状態。彼はアスーカルが捕虜であるという事を把握した上での謝罪だったのだ。

「恐らく、君はあの男に“何か”を言われたんだろう。それに感化されて独房を開けてしまった……か。」

ネルソンの言っている事は図星だった。これに対し、レイは叱責を覚悟していた。

「まさかあの人……その、捕虜だったなんて……」

「いや、君が謝る必要はない。事情を伝えていなかった私にも責任はある。ただ、厄介なのはセイントバードの情報を奴に持ち帰られた事だ。恐らく早い内に我々を襲ってくるだろうな。」

ネルソンは怒る様子を見せなかったが、彼の言葉の一つ一つがレイに刺さる。

「君はもう休め。我々は一刻も早くエンジンを修復し、この砂漠の大地を離れる必要がある。」

セイントバードのクルーに助られたレイ。しかし結果的に彼等の足を引っ張る形をしてしまった。それを咎める者はいない。だが、レイの中ではそれがただ、彼等に対する心苦しい思いで一杯になったのだった。

 




第九話投了。敵に自らの境遇を合わせてしまったレイはこの事を大きく気にしてしまいます。
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