※性的描写有。
砂漠の狩人に逃げられたセイントバードチーム。MSの情報や艦内の情報など、アスーカルによって仲間に伝わった可能性が高い。そうなる以上はエンジンの復旧を急がなければならない。クルー達は再び徹夜の作業に追われる事になった。
深夜。ネルソンはメインエンジンの修復に努めていた。パイロットとしての出番が無い時は、このようにして艦の雑務に取りかかる事も彼の役目の一つである。
「ふぅ、疲れて来たな……。」
「お疲れ様です、大尉。」
シンが彼にコーヒーを渡す。
ネルソンはアスーカルの乗るディザートディエルを撃墜して以来、エンジンの修復作業に取り掛かっていた。しかしさすがに疲れたらしく、彼は部屋の外に出て休息を取ることにした。
疲れたネルソンは額に多量の汗を掻いていた。エンジンは現在、ネルソンやエリィをはじめ、クルー達が交代で作業をしていたため、ダメージを受けていた当初よりも大幅に回復していたのだ。
「この調子ならば明日には完了しそうだな。」
「とにかく早く直して、こんな砂漠からおさらばしたいですよ。こんなところにずっといたら身体が持ちませんよ!」
と、シンは言った。砂漠に不時着して二日。クルーが総力を上げてエンジンの修復に携わっており、流石に疲労が見えている様子だ。ただ、エンジンを直すだけならばまだ良いが、その上近隣には砂漠の狩人率いるMS乗りが潜んでいる。いつ襲われるか分からない緊迫した状況。その絶望的な状況で生きる為に、彼等は作業をしていたのだ。
その頃、レイは自室のベッドに寝っていた。しかし、寝付く事は出来ない。彼が思い出すのは今日あった事ばかりだ。
独房にいた男、アスーカルが敵だという事も気付かずに心を開いてしまい、結果的にセイントバードのクルーに迷惑をかけた現実。それが彼に重く圧し掛かる。
「僕は何て事を……迷惑を、掛けてしまった……」
落ち込むレイ。事情を知らなかったとはいえ、人質に遭い、大変な状況のクルー達の負担を作ってしまった事に対して罪悪感を抱いていたのだ。
「身体はもう何ともないのに、ここに居るだけなんて……そんなの、余計に迷惑を掛けるだけだ……何か、ここの為に出来る事、見つけないと。」
その罪悪感は彼を見えない使命感に目覚めさせるきっかけにもなった。チェーニ姉妹によって傷ついた身体は完治している。なら、自分の出来る事をしなければ……と、彼は考えていたのだった。
朝になった。砂漠の朝焼けは美しい景色を作る。セイントバードに隠れている太陽は周囲の砂浜を照りつける。
その真ん中で不時着したセイントバード。だが幸い、そのエンジンも大幅に修復してきていた。これも、クルー達の頑張りの賜物であると言えた。
徹夜の作業を終え、自室に戻っていたネルソンは仮眠をとっていた。昨日の晩から働き続けのネルソン。彼の疲労はピークに達していたのである。
ウィィィィン
と、自動ドアの開く音が聞こえた。エリィが朝食を渡す為に部屋に訪れたのである。
「大尉、おはようございますー」
静かに声を掛けるエリィ。彼が疲れているのを察したのだろう。朝食だけ置いていこうとした時だった――
「艦長、おはよう。」
「あ、起きてらしたんですね!」
「少しだけ目を瞑っていた。朝食か、ありがとう。」
と、彼は用意されたサラダとスクランブルエッグのベーコン炒めの置かれたワンプレートを手に取り、それを口に入れた。卵のまろやかさは彼の疲労を僅かでも癒した。
「いえ、どういたしまして。」
エリィは笑顔で言った。
「朗報だ、エンジンは大分直ってきた。これも皆が頑張ってくれた結果と言える。」
「あと一日あれば直せそうですね!ふう、どうにか一安心ですね!」
エリィはソファに座り、くつろぐ様子を見せた。
「艦長もお疲れだろうに。貴方のような女性が夜通し作業などする必要はないのに……」
と、気を遣うネルソン。しかしエリィは
「艦長ですから!」
と、ややしたり顔を見せた。その時の顔が愛らしかったのか、ネルソンは思わず笑顔になる。
「やはり貴方はこの艦には必要な存在だな。」
エリィ・レイス。MS乗りの集団であるセイントバードチームの艦長。人一倍正義感の強い女性。このように、クルーの面倒を見るのが彼女の日課だ。
「そうだ、レイ君の所に行かないと。あの子、昨日大変だったそうだから……」
「落ち込んでいるかも知れないな。気にしないようには言っているのだが。」
昨夜の出来事。レイにとってショックだった出来事だ。彼の心理状態が心配だったエリィは、すぐにネルソンの部屋から出る。クルーのメンタルケア……それも、彼女の役割と言えたのだ。
「レイ君、おはよう!」
エリィはレイの部屋に入ってきた。彼女の声でレイは目を覚ます。しかし、やはりあまり眠れている様子ではなかった。
「おはようございます、エリィさん……」
ベッド端坐位で過ごしているレイ。昨夜の事を気にしている様子だ。が、エリィは今日も朝ご飯を持って来てテーブルに置く。
「昨日の事は聞いているよ。でも、貴方は別に悪い訳じゃないからね?」
「でも……まさかあの人が捕虜だったなんて知らなくて……それで、つい……」
自責の念に駆られるレイ。助けて貰った恩を仇で返すような真似をして、彼は心底反省している様子だった。
ギュッ
と、エリィは突如レイの頭を抱きしめ始めたのだ。突然の出来事に、レイの顔は次第に紅く染まっていく……
「あ……あの……あ……えと……?」
先程の落ち込みはどこへ行ったのか。その目の前にいる女性に抱擁されたレイ。目の前にはエリィの豊満といえる胸がある。思春期のレイにとってはこれ程刺激的な出来事は無かった。
「気にしなくて良いんだよ?無理しないように!艦長として言っておきます!では!」
と、エリィは部屋から去っていく。何故彼女がそのような行動をとったのかは分からない。激励の為?ならば、もっと方法があったのではないだろうか?これが最も励ましになる方法なのだろうか?レイは、混乱をし始めていた。
(エリィさんって……一体……何者なんだろう……?)
ただ、一つ言える事があるとすれば、レイはこの行為に対して喜びを感じているという事だった。
朝の時間。砂漠の狩人が襲って来ない間は皆平和な時間を過ごしている。その中にブリッジにいたオペレーターのインクとドライバーのスラッグの姿があった。彼らはセイントバードチームに入ってから知り合った仲で、よく喧嘩をするのだが仲が良い時は仲が良い二人でもあった。
「ねえ、確か艦長が助けた男の子いたよね!」
「あ?あ、そうだな。」
インクは目を輝かせて言う。が、スラッグはあまり関心を持っている様子はなかった。
「あの子滅茶苦茶可愛くない?最初本気で女の子と思ってた!あんな男の子って今日日いるのねー。」
「え?そうか?」
「絶対可愛いって!あたし気に入ったんだよ!」
「あっ、そ。」
レイの存在に感激するインクに対し、スラッグは冷たい様子を見せた。そんな彼の姿が気に食わないインクは言った。
「あんたなんであんたそんなに冷たいの?」
「うっせえな。俺も忙しいんだよ。そんな奴の話されても別に……って感じだし。昨日ちょっと大変だったみたいだけどな。」
「そ、そうだけどさ……あんた忙しいって言うけどのん気に煙草吸っているだけじゃん!」
実際、スラッグは別に作業をしていない。それも当然のことだ。何せエンジンが修復中であるのでセイントバードは動かせない。つまり、ドライバーである彼は仕事がないということなのである。
「そうだよ。つーか暇なんだよ俺。お前は敵が来たら伝えたらいいけどさ……今セイントバード動かせないじゃん。ダメじゃん。つまり俺はやることがねえの。」
「どっちよ……忙しいとか暇とか。……でも私は今は暇かも。」
敵が見えない以上、インクも暇だったのだ。彼らはブリッジにいても仕方がないのだが、部屋に戻っても何もないのでここにいたのだ。
「じゃあ貸してやろうか?俺の持っているゲーム。」
「え?いいの?」
スラッグはゲームを貸してやると言い始めた。喜ぶインク。彼が持っているのは最新の携帯ゲーム機であり、日本にある大手企業が作り出したものだという。スラッグはポケットからそれを取り出し、インクに渡した。
「ありがとう!やったー、暇がなくなるー!」
「ガキかよお前。」
そう言いつつも、煙草を吸って一息つく。スラッグはインクの喜んでいる姿を、冷たい素振りを見せつつも少し嬉しそうだった。
ピピピピピピピピピピピッ
「……え、ちょっと!?やば、MS来てんじゃん!!!」
「えっ、マジか!?」
しかし彼等の優雅な時間はすぐに終わりを迎えることになる。インクの言うように、レーダーに多数の熱源が映っているのが確認できたからだ。
ウゥゥゥゥゥゥ
急いでインクは警報を鳴らす。彼女の仕事……それは非常事態をクルー達に知らせるという、重要な役割があったのだ。
「エマージェンシー!MS襲来!MSパイロットは待機して下さい!」
と、慌てて艦全体に伝える。口調も先程の緩んだ口調から凛々しい口調へ変化した。彼女は仕事の時とそうでない時で自身を使い分けることが出来るプロでもあった。
「奴等、攻めて来たか!」
急いでMSデッキへ向かうネルソン。そして他のMS乗り達。彼等はそれぞれの機体に搭乗し、急いで迎撃に向かう。母艦、セイントバードを守る為に。
「あと一日あればエンジンは完治するのに!奴等は都合よく待ってくれんな!全く!」
やはり昨日に砂漠の狩人に逃げられたのが大きな損害だ。しかしそれを言っている場合ではない。彼等が戦わなければ、母艦は沈む可能性だってあり得る。敵から守る為、セイントバードチームは戦闘態勢に入った。
午前十時頃の砂漠は日差しが非常に強く、太陽の光が砂浜を容赦なく照らす。雲一つない環境で、砂漠の狩人達が三度目の襲撃を開始した。
ディザートディエルはマシンガンを構え、砂漠をホバー移動する。合計六機のディザートディエルがまず、三機ずつ散開。そして、セイントバードに近づく。
バシュゥゥゥ
セイントバードからトルクスが出現。ホバー移動するディザートディエルを迎撃する為にビームライフルを放つ。
ダダダダダダダダダダダダ
それに対してディザートディエルはマシンガンで反撃。ビーム粒子と実弾という差はあるものの、連射し、僅かでもダメージを与えられる可能性があるという意味では実弾の方が優れている。それも、三機が一斉にマシンガンを放つのだ。一機のトルクスだけでは不利な状況が続く。
「こいつら!!」
マシンガンを受け、機体前面にダメージを受けたトルクス。ビームライフルを連射するが、砂漠での機動性は敵機体の方が上。攻撃は全くと言って良い程当たらない。
ブゥン
すると、ディザートディエルがそのトルクスに接近してきた。ビームトマホークを側腰部より展開し、モノアイを輝かせ、迫る。
「なっ!?」
急いでビームライフルを捨て、ビームサーベルを背部のサーベルラックから引き抜くトルクス。しかし――
ズバァァァ
「うわあああああ!」
三機の連携による攻撃が、トルクスを破壊した。残る二機もビームトマホークを展開し、接近戦を持ちかける。これにより、爆発を起こしたトルクス。セイントバードチームの主力機体が一機失われた事になる。残るトルクスは、七機だ。
「一機がやられたのか!クソッ!」
クルーを一人失った事に対して憤りを感じるネルソン。彼の乗るハルッグは空中でMA形態のまま、散開しているディザートディエルを狙い撃つ。しかし素早い動きに対応できず、ロングビームライフルは回避される。
「やはり砂漠は奴等の方が上手か……それにあの動き、今までの攻撃は様子見の攻撃と見た!本気で我々を叩く気だな、砂漠の狩人め!」
今回の砂漠の狩人の攻撃は二回目までとは明らかに異なる。それ以前までは恐らく様子観察をしていたのだろう。そして二回目の後アスーカルが脱出した後で情報をクルーに漏らし、その結果の戦略であると考えられる。
「ならば、こちらもそれ相応に相手をしなければならないな!」
ネルソンはハルッグを急下降し、そのままMS形態へ変形。そして、ビームサーベルを展開。その近くにいたディザートディエルに対し強襲。左手部マニピュレーターで頭部を鷲掴みし、コクピットをビームサーベルで貫く。バチバチと、火花が散る。そして、砂漠の大地で一機が爆発した。
バシュゥゥゥゥゥ
「ビームだと!?」
コクピット内で熱源反応を感知したネルソンは急いでそれを回避する。それは、ディザートディエルにはない筈の武装のビーム。それも、太いビームだ。砂塵による減衰を知らないそのビームは、ハルッグの場所から8時方向より展開されたのだ。
(何だ……別のMSが居るとでもいうのか!?)
急いでその方向をモニターで確認する。拡大し、機影を確認する。
そこに見えたのは、明らかに大型のMSらしき姿だ。形状はディザートディエルと大きく異なるそのMS。その背後には砂漠の狩人の戦艦、ビヤーバーンの姿もあった。
「見た事のない機体だと……新型か!?」
それが砂漠の狩人のMSである事は間違いないだろう……と、彼は思っていた。しかしこのMSが何であるのかは分からない。昨日の今日で出現した新型機体。この機体が、先程のビーム砲撃を行ったのは間違いないと言えた。
「……来るのか!?」
その時、モニター越しのそのMSがハルッグの方に迫ってくるのが確認できた。近づいて来て分かる、そのMSの全貌。バックパックには巨大なブースターが二基。下半身部は堅牢な装甲で固められている。頭部はモノアイタイプであったが、ヘッドカバーが縦に割れている。明らかにディザートディエルとは違う、異質なMS。それがこの戦場に突如出現したのである。
そして、その狙いはハルッグだ。その機体は右手マニピュレーター部に大型のビームライフルを持っていた。左手にはディエルマシンガン。その体躯は砂漠を滑りながら迫ってくる。
「ちぃっ!」
ハルッグは急いでロングビームライフルを構え、巨体を狙い撃つ。しかし―
グゥンッ
と、ブースターを駆使し、回避した。そのままハルッグの方向へ迫る。
ガキィィィン
巨体はあろうことか、ハルッグに体当たりを食らわせた。その巨体の攻撃を受け、後方に倒れるハルッグ。
「うわぁ!」
叫ぶネルソン。急いで機体を起こそうとするが、巨体によって押さえつけられた。
「エースさんよぉ、昨日はよくもやってくれたな!!貴重な戦力失ってこっちは赤字なンだわ!」
「その声は……砂漠の狩人か……!」
ハルッグをぐいと押さえつける巨体。それを駆っていたのは、昨日セイントバードに捕虜にされていた男、アスーカルだった。
「それでとっておきの新型で早速お出ましって訳よ!このラグラーナでその蝿みたいなMSを粉砕してやるンだよぉ!!!」
ラグラーナ。型式番号DMS-81C。ディザートディエルに追加装甲及び追加武装を施したMS。ジャンクパーツで固められた機体ではあるが、砂漠という環境に特化した重MS。全高22.4メートル。ディザートディエルが18.4メートルである事を考えると、その巨大さが伺える。
「いつの間に、こんな機体が……!今までは小手調べという訳か……!」
「急ピッチで完成はさせたが、こいつが俺の本命っつー訳なンだよ!!!」
アスーカルのラグラーナがハルッグを襲う。馬力もディザートディエルとは大きく違うそのMS。このままではその力でハルッグが潰されかねない。
(まずい!この機体とは距離を置かなければ勝ち目がない……!)
敵戦力のリサーチが出来ない状況だったセイントバードチーム。砂漠の狩人がこのような重MSを用意していたとは、思わなかったのだ。
「万事休すか……!」
ガキィィィン
と、ラグラーナはハルッグの胴体部に大型ビームライフルを突き付けた。零距離によるビームライフル。もし、これを受ける事があればハルッグも無事では済まない。
「さよならだぜエースさん!恨むならてめえの甘さを恨むンだな!」
「ちぃっ……!」
ネルソンに危機が迫った。もしハルッグが破壊されるようなことがあれば、セイントバードチームの要を失う事になる。それは、決してあってはならない事なのだ。
バシュゥゥゥゥゥ
「何だ!?」
その時だ。そこへ一筋のビーム粒子の光が差し込んだ。急な攻撃に、ラグラーナは一度ハルッグと距離を取る。
後方へ下がったラグラーナ。その数秒後に、ハルッグの目の前に砂埃を舞い上がらせてあるMSが姿を現した。
「馬鹿な……何故……!?」
ネルソンが驚くのも無理はない。何故ならば、彼の目の前に出現したのは、頭部に四つのアンテナに、緑色のデュアルカメラを搭載した紺色の巨人、アインスガンダムであったからだ。
数十分前に遡る。砂漠の狩人との戦闘が開始した時、レイは自室にいた。しかし彼は昨日の件もあり、居ても立っても居られない状態だったのだ。
これ以上、クルーに迷惑を掛けたくない。今自分が成せることは何か?懸命に考えたレイ。
(アインスガンダムは僕にしか操れない……だったら……僕は……僕が行けば……!)
彼はこの状況を何とかしなければと考えていた。そこで自分が出来る事……それは、自分にしか操れないガンダムに乗る事だ……と、考えていたのである。
思った後、彼は行動するのは早かった。レイは部屋を抜け出し、急いでMSデッキへ向かう。昨日エリィに案内されたこともあり、そこへ行くのに迷うことは無かったのだ。
やがてMSデッキに辿り着いたレイは、騒がしい状況の整備士達を横目に走っていた。そして、アインスガンダムが格納されている場所まで辿り着く。
「おい、お前何やってるんだ!?戦闘中だぞ!部屋に戻れよ!」
レイの姿を見て、シンが声を掛ける。
「戻りません!もう、皆さんに迷惑を掛けるのは嫌だから!僕だって戦います!アインスガンダムで!」
アインスガンダムがパスワード式である事をシンは知っていた。しかし、まさかここにレイが来る等、予想すらしていなかったのだ。
「お前まさか戦うってのか!?死ぬぞ!」
シンの台詞。だがそれに対し、まるで言われるのを分かっていたかのように、彼はこう答え返した。
「何もしないより、何かをする方がましだから!」
そう言った後、すぐに彼は階段を昇段し、開いていたアインスガンダムのコクピットに入る。
そして、パスワードを入力。その後、アインスガンダムのカメラアイが緑色に輝いた。
キシィン
そして、レイは操縦桿を握り、その紺色の巨人を動かしたのである。右手部マニピュレーターには新造のビームライフル。新たな武装を手にしたアインスガンダムは、そのまま砂漠の大地に飛び立とうとしていた。
「おい!!!死ぬんじゃないぞ!」
と、シンは叫んだ。レイはアインスの足元で叫ぶシンに対し、静かに頷く。まるで、その声が聞こえていたかのように。
「僕だってやるんだ……これ以上、ここの人達に迷惑を掛けたくない……人殺しをするんじゃない、守る為に戦うんだ!
レイ・キレス、アインスガンダム、行きます!!!」
そして、アインスガンダムが飛び立った。クルーを守るという強い思いが、今のレイを突き動かしたのだ。
「行っちゃったよ。ガンダムが動いた……マジか……」
この時、整備士のシンは何故か嬉しそうな表情を浮かべていた。
「ガンダム、発進しました!」
ブリッジ内にて。インクが熱源の存在を確認する。そこに映る、アインスガンダムの存在。
「そんな、誰が……!?まさか、レイ君なの!?」
「かも……ですね。」
「ああ、そんな……あの子が出撃しちゃうなんて……」
エリィは悲しむ様子を見せた。本来、彼は保護する立場の存在。なのに、何故彼がガンダムに乗って出撃をしなければならないのだろうか。
この短期間で起きた出来事が、レイを戦いに駆り立てる結果となった。優しいセイントバードのクルー達。しかしその一方でレイの判断ミスによって敵を逃し、危機的状況に陥るセイントバード。その罪悪感を少しでも解消しようと、レイは動いていた。これがどのような形になるかは分からない。ただ、レイはクルー達を守るという一心で、ガンダムに乗っていたのだった。
砂漠の大地に降り立ったアインスガンダムは真っ先にハルッグの危機を確認し、それに対して、装備されていたビームライフルを放つ。レイにとってビームライフルを放つという事自体、初めての出来事。しかし彼はそれを違和感なく放つ。それは天性の彼の才能がそうさせるのかも知れない。
ラグラーナはそれに気づき、一度ハルッグから離れた。そして、ハルッグの前にアインスが降り立つのである。
「ガンダム、誰が乗っている!?まさか……」
ネルソンはアインスに回線を繋いだ。モニターで確認するその姿を見て、彼は驚愕する。
「やはり……レイ君……なのか……」
「……すみません、でも、昨日の事もあります。僕も、皆さんの為にやれることをしたい……そう、思いました。」
レイは、そっと答える。しかしそれに対してネルソンは
「格好の良いことを言う……しかし戦場はそんな甘い物じゃないぞ、レイ君。」
「はい……うわぁっ!」
返答をした直後。彼は砂の大地に足を踏み入れた時に足元を掬われた。アインスガンダムは脚部にバーニアを持たない。砂漠の大地に特化していないMSが砂の大地に踏み込むことは、足元を掬われる結果となる。
「そのガンダムは砂漠では対応出来ない!今すぐ戻れ!私がどうにかする!」
「は……はい!」
ランドセルのバーニアを駆使し、アインスはどうにか体制を立て直し、立位をとる。しかし砂漠の大地を下手に踏み込むと先程のように転倒しかねない。その状況で敵と交戦するのは危険以外何者でもない。
バシュゥゥゥゥゥ
そこへ、一筋のビーム粒子が飛翔した。熱源の反応に気付いたレイはすぐにバーニアの出力を上げ、一度後退する。ラグラーナが再び大型ビームライフルを放ったのだ。
「さっきのMSが撃った!?」
急いで熱源の元を確認するレイ。彼の予想通り、ラグラーナがビームライフルを構えてこちらを睨んでいるのが見える。
シールドなどの装備を持たないアインスガンダム。このまま狙い撃ちをされていては丸腰だ。だからといって砂漠の大地に足を踏み入れることは出来ない。彼は一度距離を置き、近くにある岩場に移動する事にした。
岩場は固く、MS一機程度が乗った程度で崩落することは無かった。しかし逆を言えば、避ける場所が限られるという事になる。
「ビームライフル、こうやって使えば……!」
と、アインスは所持しているビームライフルのフォアグリップを左手部マニピュレーターで握り、両手持ちのような格好を取る。そしてカメラアイに照準を合わせ、モニターを見る。その先にいるラグラーナを照準に絞り、じいっと見る。
Lock on
それは照準が定まったという、何よりの証。レイは躊躇うことなく、ライフル発射の為のボタンを押した。
その直後にアインスはビームライフルを放つ。ビームの光線が砂漠の戦場を駆け抜け、それはラグラーナに向けられた。
「甘めぇンだわ、ガンダム!」
しかしラグラーナは避ける素ぶりを見せない。大型ビームライフルで、アインスの方に向けてそのビームを放ったのだ。
互いに拮抗するビーム粒子……と思われたが、出力はラグラーナのものの方が上だ。ビーム粒子が直撃した事で減衰はするが、残る粒子がアインスに向けられる。
ピキィィィ
その時、レイは以前に感じた“妙な感覚”に包まれた。ビームの動きが、明らかに遅く見える。以前に敵対したMSと交戦した時にも生じた謎の感覚。再び、彼はそれを感じるのだった。
(また、あの感覚だ……)
迫るビームを、アインスの胴体を右にずらし、回避する。辛うじて避ける事に成功したアインス。まるで、敵の攻撃を見切ったかのようだ。
しかしこの時、セイントバードのブリッジ内ではエリィはレイが感じたような感覚を覚えていた。すぐに彼女は艦長席から立ちあがり、右手指を耳元に充てた。
(今のは……レイ君?)
彼女が、“何”を感じたのかは分からない。ただ、レイの事を思っていたエリィ。
「艦長?」
と、声を掛けるのはインクである。
「あ……いえ……なんでも……」
何故今、レイの存在を感じたのかは分からない。妙な、感覚。エリィは不思議でならなかったのである。
砂漠の戦場。それは砂漠の狩人にとっては有利なフィールド。セイントバードチームが対抗できているのはハルッグぐらい。それ以外のトルクスはアインスガンダム同様、砂漠の大地に適応できていない機体だ。それ故にディザートディエルの脚部のバーニアの機動性に翻弄されやすい。
トルクス達はビームライフルで応戦をするが、機動性でディエルは翻弄する。バズーカ等の装備が容赦なくトルクスに撃ち込まれ、ダメージを負う。
そして、とどめと言わんばかりにビームトマホークで胴体部を切り裂く。ビーム粒子を纏ったそれはトルクスの胴体を破壊するのに充分であった。
「うわあああ!」
これで二機、セイントバードチームは戦力を失った事になる。全力で潰す気である砂漠の狩人。不利な状況が、彼等にとって続く。
「まずい……このままじゃ!」
一機のトルクスが二機のディザートディエルに苦戦している。マシンガンの攻撃を受けながら、対処法を考えるが、機動性が追い付かない。
「仕留める!!!」
ディエルのモノアイが輝き、バズーカが展開された。至近距離のバズーカ。それを受ければ死は避けられない――
バシュゥゥゥゥ
「何だ!?」
突如、ディザートディエル二機が一斉に破壊された。遠方からのビーム射撃。そのビームの元になっているのは、アインスガンダムだった。
味方の危機を察したレイは、岩場からディザートディエルを狙い撃ったのだ。しかし、それが二機一斉に破壊する結果になるとは思わなかったようだったが。
「倒せた……でも、まだ敵は……!」
セイントバードのクルーを守る為、彼は敵を倒す。以前に人殺しで迷っていた彼の姿は、もうそこにはなかったのだ。
ピピピピピ
「来る!?」
熱源が迫って来ているのを察知したレイ。一度岩場から離れ、別の岩場へ移ろうと動き出した。バーニアの出力を上げて、違う岩場へ移動する。
間違っても、砂地に足を踏み入れる事は出来ない。身動きが取れなくなり、足元を掬われたら敵に倒される危険性が増すからだ。やがてアインスは別の岩場に移った時だった。
「ガンダム!逃がさねェンだわ!」
ラグラーナがモノアイを輝かせ、迫ってくる。背部の二基のブースターは砂漠という酷な環境でも素早く対応出来る為の推進剤。それを駆使して迫るラグラーナ。
「わあああ!」
迫られればダメージを避けられない……そう考えたレイは、躊躇う事なくビームライフルをラグラーナに対して撃った。それも、三発。
一発はラグラーナの左大腿部に直撃し、装甲が外れた。残りの二発は回避される。ラグラーナはマシンガンを腰部に収納した後、このまま、アインスの頭部を手部マニピュレーターで掴み、岩場から引きずり降ろそうとしていたのだ。
ガキィィン
アインスの頭部がマニピュレーターに掴まれる。そして、砂塵が舞う大地へと引き摺り下ろされた。
「捕まえたぜガンダム!よくも二人殺りやがったな!パイロットの面、見てみたいもンだなぁ!」
砂獏に引きずり降ろされては圧倒的に不利だ。動けない状況で、レイは懸命にもがく。
「ぐ……う……!」
機体サイズの差が雌雄を決している状況。ラグラーナの巨体には、アインスの機体では歯が立たない。
この状況で、アスーカルはアインス越しにレイとコンタクトを取ろうとしている。やはりガンダムのパイロットの存在が気になるのだろう。それに応えるように、レイは回線を開いた。
そして、互いに見知った顔だと知った時、驚愕するのであった。
「アスーカルさん……?」
「昨日の坊主……だと!?」
アインスのパイロットがレイである事、そしてラグラーナのパイロットがアスーカルである事……互いに昨日に交流をした者同士。アスーカルはレイを裏切る形でセイントバードを脱出したが。
「ハハハハハ!まさか坊主がガンダムのパイロットとは!女の顔をした可愛い坊主がそんなものに乗っちゃいかンぜ!」
明らかに馬鹿にしている様子のアスーカル。レイはそれを聞き、悔しさを覚える。
アインスのバーニアの出力を上げ、ラグラーナを押し出そうと試みるが、ラグラーナには巨大な二基のブースターがある。まず推進力で勝ち目がない。その上機体の大きさも比較にならない。
「貴方はッ!」
昨日の件もあり、アスーカルに怒りを覚えているレイ。ビームライフルをラグラーナに向けて構え、発射しようとするが――
「やめとけってな!」
ラグラーナはアインスのビームライフルに向け、自身のビームライフルを放った。高出力のそれは一撃でビームライフルを溶かした。これにより、ビーム砲撃の方法を失うアインス。残された武器は、頭部機関砲とビームサーベルのみだ。
「昨日された事の仕返しのつもりか?けどな!お前じゃ俺にゃ勝てねぇよ!機体は二重丸!しかしパイロットは子供!砂漠の環境も理解していない時点で勝ち目ねェンだわ!たわけ!!!」
「そんなのっ!」
頭部をラグラーナのマニピュレーターで掴まれた状態で、アインスはビームサーベルをランドセルから引き抜こうとする。しかし――
ダダダダダダダダダダダ
「あぁっ!」
ラグラーナの頭部機関砲がそれを阻止した。やがてマニピュレーターから砂漠に振り落とされるアインス。
「それでよくうちのメンツ二人を殺せたな!こっちは機体さえ貰えれば良いンだ!それを売れば俺達の生活が潤う!生活の為にも機体はそのままで、死んでくれよな坊主!!!」
「……死ぬ……?」
ラグラーナは大型ビームライフルを構え、アインスのコクピットを狙い撃ちしようとした。
ピキィィィ
(まただ……ゆっくり見える、この変な現象……)
再びレイは感じた。この瞬間、ラグラーナの動きが明らかに緩慢に見える。大型ビームライフルの砲身がコクピットに向けられる前に、すぐにバーニアを展開し、ビームサーベルを展開し、大型ビームライフルの砲身を切り裂いたのだ。
「何!?何だ今の動きは!?」
レイから見ればスローに見えたビームライフルの動き。しかし、アスーカルから見ればその動きは非常に早く感じたのだ。
バシュゥゥゥゥゥ
そこへ、ハルッグがロングビームライフルを撃ち、この場に降り立つ。レイを助ける為だ。
「チッ、エースまで来やがったか……クソ、一度後退するか……!野郎共、撤退しろ!一度引く!まだ奴らを狩れるチャンスはある!」
アスーカルからすれば、アインスガンダムを奪うチャンスであった。しかしそこにハルッグが来た以上、状況は不利に働く可能性が高い。そう考えたアスーカルは、撤退する事を選択したのであった。
「逃げる!?あの人!」
撤退するラグラーナを追おうとするレイ。だが――
「やめろ。深追いをする事はそれこそ死ぬ可能性が高い。これ以上こちらも被害を出したくない……」
と、ネルソンがレイを止めた。
「でも!あの人は!」
自分を利用し、セイントバードを逃げ、襲ってきた男。セイントバードを危機的状況に陥れた男……そう言いたかったのだろう。
しかしネルソンは明らかにレイに対して怒っていた。彼の行動の全てを、許せないでいたのだ。
「覚悟してもらうぞレイ君。独断でそれを発進した事……その意味、分からせる必要がある。」
「ネルソンさん……?」
砂漠の狩人のMS乗りが全機撤退したのを確認したセイントバードチーム。一度、彼等は母艦へ帰還する事になった。この時、レイは気が気でなかったのである。
セイントバードへ帰還した彼等。しかし帰ってきたレイを待っていたのは、ネルソンからの叱責だった。アインスガンダムから降りてきたレイは、エリィ達をはじめとしたクルー達に囲まれ、その中心にネルソンが居た。
「君は何を考えている!拾った命を自ら捨てに行くような真似をするなど!自分の命を簡単に捨てるような真似をする人間がどこにいる!!!」
パシィ
と、ネルソンの強力な平手打ちが響いた。レイの右頬は赤く腫れあがる。
「自分の立場を理解しろ!勝手にMSに乗って出撃など……もし死んだらどうする!?君には家族が居るだろう!それも考えないでよくそんなことが出来るな!!!」
「でも……僕は……」
セイントバードを守る為に戦った……と言いたかった。どうして叩かれなければならないのか。彼は悔しい気持ちで一杯になる。
「“でも……”だと!?君のような少年は使い捨ての道具じゃないんだぞ!愚かすぎる行動だ!!!」
ネルソンは、もう一度平手でレイの頬を叩こうとした時だった。
「大尉、やめて下さい!レイ君がいなければ貴方はやられていました!」
エリィがレイを庇った。レイの目の前に立つエリィを見て、ネルソンは手を上げるのを止める。
「艦長!彼の場合は下手をすれば命を落としかねない!私は彼に分かってもらおうと思い、あえて彼を叩いたのだ!」
「暴力で全てを解決しようとしないで下さい!」
普段の温和なエリィの姿はそこにはない。強い意志を感じたネルソンは、沈黙した。
「戦いの後だから、余裕がないのは分かります。実際、二人がさっきの戦いで殺されています。だから貴方がレイ君に怒る気持ちも分かります。」
ネルソンがレイを怒ったのは複数の事情が重なったからだ。まずは今のセイントバードの状況。次に砂漠の狩人の強襲。更に、先の戦闘での死者。そこへアインスガンダムを駆るレイが現れた為、彼は怒りを感じていたのである。
しかしエリィの一言で、ネルソンは黙ったのだ。
「艦長、すまないな……私もどうかしていた。少し自室で休む……いかんな、これでは……」
そう言って、ネルソンはその場から離れることになった。彼自身疲労もピークに達しており、肉体的にも、精神的にも、限界を迎えていたのだ。
その姿を見て複雑な表情を浮かべるレイ。その時にエリィがレイの側に近づき、話し始めた。
「大尉は軍に居た時の心を忘れる事が出来ない。仲間想いだった彼は今でも仲間を失う事を恐れている。だからあの様に強く当たっちゃう時がある。けど、あれが彼なりの想い方なの。辛いかも知れないけど、分かってあげて欲しいな。それより大丈夫……?レイ君。」
「あ、はい……なんとか。」
レイとは多く話していないネルソン。だが、レイはエリィの言葉を聞き、少しではあるがネルソン・アルビュースと言う男性を理解する事が出来たような気がした。
「ここは軍ではないから……本当に、安心してね。でも、無断でMSに乗った事は艦長としても考えなければなりません。」
エリィの表情は、一変した。
「あの、僕は……もう、MSに乗れないのですか?」
覚悟をしたつもりでレイは聞いた。身勝手な行動で怒られ、謹慎を食らってしまったに違いないと思ったレイ。それに対し、エリィは少し俯いて言った。
「貴方はお客さんなんだから。乗るべきではないよ。」
「そうですか……。」
それを聞き、レイは落ち込む。自身の身勝手が招いた事。それも無理のない事ではあったが、彼にとっては何とも言えない状況だった。
「今は身体を休めて。もし何かあれば、私の部屋に来てくれて良いからね?」
そう言われ、レイは自身の部屋に一度戻る事にした。少しでもリフレッシュをしなければ……と、彼は思っていた。しかしネルソンに言われた言葉が、レイの中で繰り返される。
―――――――自分の命を簡単に捨てるような真似をする人間がどこにいる――――――
生き残る事は出来た。しかし、いつ死ぬか分からない。それが戦場。
ここは軍ではない。レイが戦わなくても誰も責める事は無い。しかしそこにあるガンダムはレイにしか扱うことが出来ない。助けて貰った礼をしたい為、そして、昨日の失敗を挽回したいという気持ち。彼の純粋な気持ちがこの結果となった。誰も悪い訳ではない。ただ、レイはこの数日の状況に、苦悩していたのだ。
砂漠の太陽は今にも沈もうとしている。夕焼けの色が美しく、幻想的な光景。しかしその景色を堪能している余裕は、セイントバードチームにはない。
幸い、砂漠の狩人が攻めてくることはなかった。その間にもエンジンの修復や、MSの修復は進む。
MSデッキでは整備士のシンがレイの乗っていたアインスガンダムに、改めて興味を持っていた。
「ガンダムタイプか……あいつは勝手に発進させたけど、動くガンダムを見れるのは光栄だよなぁー。」
シンはガンダムの存在を神格化している。史上初のMS、ファースト・ガンダム。その伝説は彼のような整備士達にとっては憧れの存在と言える。その生まれ変わりともいえるガンダムが、アインスガンダム。諸事情があったにせよ、ガンダムが動く姿を見るというのは感涙物と言えるのだ。
「どうだ、様子は。」
そこへネルソンがやってきた。彼はシンの様子を見に来たのだ。
「大尉。休めましたか?」
「ああ、大分な。ぐっすりと眠っていたよ。」
ネルソンはうんと欠伸をし、身体を伸ばす。
「丁度ハルッグの調整は済ませたところです。けどもうハルッグ内のビーム粒子残高はありませんね。ビームライフルも同様です。連日の戦闘で使い切ったみたいです。」
「そうか……これではハルッグで戦うのは難しくなるか……」
先の戦闘でハルッグのロングビームライフル内のビーム粒子は使い切ってしまったのだという。つまり、どこかで補給をしなければハルッグは武器を使うことが出来ないという事だ。
「ところで大尉、もう少しこの機体の解析をして良いですか?多分、この機体武装これだけじゃないと思うんですよ!色々な場面で使えそうで。少し改良したらもしかしたら……もっと使える機体になるかも知れないですよ!」
シンは感激した様子で、アインスガンダムをじっと見つめている。
整備士としての感なのか知らないが、シンはアインスに〝何か〟を感じていた。事実、アインスは局地戦に対応できるHPSシステムを搭載しているMSだ。シンは、アインスの本来の機能を直感で感じ取ったのである。
「今日日、こんな珍しい、武装もビームサーベルと頭部機関砲だけの機体なんてなかなかいませんよ。絶対これは何かがあります!!もしかしたらもっと解析したら、データが入ってるかも知れません!これは整備士としての血が騒ぎますよ!!!」
シンのテンションが高かった。ネルソンはそれを見て、静かに口を開けた。
「ただ……仮にその〝何か〟を発見できたとしても、結局パイロットは誰になるのだ?彼に乗せるわけには行かない。」
「た、確かに……あ、そう言えばこれってパスワード式って言ってましたよね!なら、あいつから聞き出したら良いんじゃないですか?」
気分が高揚しているシンは次々とネルソンに聞く。
「どうだろうな。彼が答えるかは分からんぞ。その為に尋問をする気は私にはない。それが甘さなのかも知れんがな。」
アインスガンダムがパスワード式ならば、レイから直接聞けば良い。しかしレイは簡単に喋るだろうか。ネルソンはレイに対して手を上げている。それ故に、彼自身もレイとの距離の取り方に少し戸惑いを感じているのだ。
尋問、拷問はしない……それはセイントバードチームの決まり。決してしてはいけない事。それは暗黙の了解だった。
「ガンダム……従来は伝説とまで言われたMS。それが今我々の目の前にある……全く、不思議な光景だな。ただ、気になったのは前にレイ君が戦っていた敵のガンダムタイプだが……」
ネルソンはガンダムについて語り始めた。確かに彼の言う通り、以前レイがチェーニ姉妹の駆る二機のガンダムに捕獲されそうになった時に彼はレイを助けた。この時にいたガンダムタイプの存在が気になった。戦時中もファースト・ガンダムの再来として作られたクリスタルガンダム。これ以後に作られたアインスガンダムの他にもガンダムタイプの存在がいたという事……それは一体どういうことなのだろうか、ネルソンは考えていた。
「戦後になって、私はガンダムタイプのMSを三機見た。このアインスガンダムと、以前レイ君が交戦していた敵のガンダムタイプだ。……これがどうも気になってな。もしかすれば、ガンダムタイプは今後増えていくかも知れないな。」
あくまでもネルソンの推測ではあったが、シンはそれを不安に思った。彼は、ファースト・ガンダムの存在に興味があり、ガンダムを神聖化している。だからこそ、目の前にあるアインスガンダムに対して人一倍興味を示していたのだ。だがそれが大量に生産されるようでは彼のような人間にとって納得のいく話ではない。
「そんなのおかしくないですか!?ガンダムが量産!?それは酷な話ですよ……けど大尉が見た二機のガンダム……ん?あれは一体……?」
「所属も不明だ。が、紛れもなくガンダムタイプであることは確認できる。これが何を示すかは分からない……が。もしかすればガンダムは今後量産されていく可能性があるかも知れないな。」
ガンダムの量産。強さの象徴であり、伝説のMSとされるガンダムの量産など、シンは許せなかった。ガンダムに対する冒涜とさえ、彼は思っていたのだ。
「じょ、冗談じゃありませんよ!連邦軍は自分達の価値を下げる気なんですかね!?」
「いや、これはあくまでも私の予想だ。しかし、我々はガンダムタイプを我々は戦後になって三機も目撃してしまっている。それ自体、本来ならば有り得ない話だ。
「けど戦後になってなんでそんなに連邦は必死なんでしょうかね。戦力増強をし続けているって話じゃないですか。」
「それが分かれば苦労はせんよ。さて、もう少し作業だ。余裕があればシンのやりたがっている、このガンダムの解析をしても良いかもな。」
「まあ、先にエンジンの復旧ですもんね。その上でトルクスの修理。了解ですよ。けどこいつが使えないの、本当に勿体ない気がしますねー。」
シンはネルソンに敬礼をし、自身の持ち場に戻っていく。ネルソンも、引き続きエンジンの修復に尽力するのであった。
(しかしこのアインスガンダムに乗って、彼は二機のディエルを一度に破壊した……彼は間違いなく、才能はあるのだろう……)
叱責をしたネルソンだが、一方でレイのその才能を認める事も、静かに考えていたのだ。
夜も更けて来た頃。レイは自室のベッドで横になり、今日、ネルソンに叱責された事について考えていた。
「僕は……どうすれば良かったのかな……」
チェーニ姉妹との戦いに敗れ、気が付けばここのクルーに助けられた。しかし何者かにエンジンを攻撃され、セイントバードは不時着。その上で迫ってくる砂漠の狩人率いるMS乗り。捕虜だった男、アスーカルを逃がしてしまい、余計に罪悪感を抱くレイ。その払拭をせんとアインスガンダムを駆り出したが、結果的にネルソンに叱責を受けた。
見知らぬ環境に突然身を置き、その中で築いた人間関係。優しく美しい容姿のエリィに、優しくも厳しいネルソン。そして、砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモ。
―――――――自分の命を簡単に捨てるような真似をする人間がどこにいる――――――
ネルソンの言葉がレイの中で繰り返される。それと同時に、家族の事についても心配を始めた。見知らぬ大地、砂漠。そこで繰り返される戦闘。朝の戦闘でもレイは死を迎えかけた事があった。
(もし……僕が死んじゃったら母さんとミィスは……悲しむのかな……ううん、二人だけじゃない、父さんや姉さんも……リルム……も……みんな……悲しむのかな……?)
死とは何なのだろうか。戦いをして、死ねば誰かが喜び、誰かが悲しむのか。そもそも死を喜ぶ人間などいるのか……レイは様々な事を考えていた。
彼自身、人を殺している。それは、自分自身を守る為。そして、人を守る為だ。生きる為には殺さなければならない。甘い考えは死に繋がる。それが、戦場。
そもそも、彼は戦争など自分にとって縁がない存在だと認識していた。デウス動乱が5年前にあったのだが、その戦いに彼は直接巻き込まれたわけではない。戦後になって普通に学校にも通っているし、戦前や戦後となっても何ら変わらない生活を彼は送っていた。つまり、平和で過ごせていたのだ。だがアインスに乗ることでそれは変化した。MSはカタログやプラモデル等で眺めるロボットではない。兵器だという事。それが改めて認識された。
「……考えても仕方がないことなんだろうけど……やっぱり、死ぬのは誰だって嫌だし……悲しいし……」
当然であり、当然でない存在。それが死。死ねばどうなるのか、何があるのか……それは生きている人間にとって最大の謎の一つである。そんなことを今延々と考えているレイ。だが、これは埒が明かない話である。
彼はもう、この事について考えるのを止めた。すると別の考えがレイには浮かんだ。
「そう言えば……エンジンっていつ直るんだろう。」
ふとした、疑問が浮かんだ瞬間、彼はベッドから起き上がり、急いで部屋から出た。
彼が向かった場所……それはエリィの部屋だった。彼女に艦内を案内された時、部屋を把握していたのだ。夜の艦内を歩き、部屋の前に着く。ノックをした後彼は部屋に入った。
「エリィさん、入りますね。」
すると、そこには風呂上がりで、裸で過ごしているエリィの姿があった。
「あ、あら……レイ君、どうしたの?」
「う、うわあ!エリィさん!?」
慌ててレイは後ろを向く。顔を赤め、彼女が着替え終わるのを待った。一方のエリィは下着を履いており、それが終わった時エリィはレイを呼んだ。
「レイ君、もういいよ!」
そっとレイは後ろを向く。が、そこには水色の下着を身にまとったエリィの姿が。レイは再び顔を赤める。しかしエリィはあまり恥じらうことなくレイに近付いた。
「で、何の用かな?」
「あ、あの……エンジン……なんですけど……もう……直りそう……ですか……?」
「ああー、そうね……もうすぐ……かな?大尉とか他の整備士さん達が頑張ってくれてるからどうにかなりそうだよ!」
「そ、そうですか……あ、その……」
エリィの魅力的な下着姿はレイの目に焼き付く。目のやり場に困るレイだったが、エリィはあまり恥じらう様子もなく話しかけてくる。
「ん?」
「服……着ないんですか……?」
「え?ああ、私お風呂上がりだから……少し体を冷やさないとダメだと思って。」
「そ、そうですか……あの、僕はこれで……失礼します!お、おやすみなさい!」
顔を赤めたまま、レイは急いで部屋から出た。エリィの格好を見続けるのが恥ずかしくて堪らなかったのである。そんなレイの様子を見たエリィは微笑しながら彼を見送った。まるで、彼が恥じらうのを楽しんでいたかのように。
それから時間が経過した。レイは疲れの為か早めに睡眠をとることにし、部屋の明かりを消した。彼も先程シャワーを浴び、エリィ同様に火照った体を冷やす為に下着状態でベッドに横になっていた。下着として、上半身には白いランニングシャツ、下半身には密着式の黒いボクサーブリーフを履いている。レイは暗闇の中の天井で一人、ぼうっとしていた。その時、レイは先程のエリィの姿を思い出した。
(エリィさん、どうしてあんな格好を……人前で平気で出来るんだろう……)
エリィは恥じらう様子を見せない性格だ。相手がレイだという事でもあるのか、露出した格好をしても全く恥じらわず、寧ろそれを見せてくるような気がしてならない。
今朝もエリィに抱き締められた。その豊満な胸はレイの顔に当たり、それが焼き付いて離れない。
セイントバードの艦長であり、美しい容姿のエリィ。そのエリィが見せた、情欲的な格好。それはいつの間にかレイの頭の中を妄想で埋めた。
「……んッ……」
気が付けばレイはその手を自分の股間部にやっていた。そっと優しく自分自身の手で股間部を撫で始め、股間部は膨れ上がった。
やがて“それ”は硬直し、そこからレイはそこを更に撫で続けた。エリィの魅力的な姿……それが今のレイをその行為に追い遣ったのである。
やがて彼は自らの下着を下げた後にレイは自分の右手を股間部にやり、優しく、手で覆いはじめた。
「は……ぁ……!」
自身を慰める行為……レイは今まさにそれを行っている。呼吸が速くなっていく中で、レイの眼は、次第に細くなっていく。紅潮する頬。誰も居ないこの部屋で、一人、善がる。
「はっ……はっ……ぁ……ンッ……!」
ふとした時に行われるその行為は、自らを慰め、癒す為に行なっている。今回の彼の中の妄想は、先程の下着姿のエリィ。ただ、それだけだ。妄想の中で彼はただ、今はエリィの事だけを考えて行為に浸っている。
ウィィィン
ところがその時。部屋の自動ドアが開く音がしたのだ。音に気付いたレイは慌てて側にあった布団で自分の体を覆った。
やがて誰かが部屋に入って来る。恐る、恐る人間を見る。すると、そこにいたのはエリィだった。何かを伝えるために部屋に入ってきたのだ、
何と言う、タイミングだろう。これ程タイミングが悪い事が、果たして有り得るのだろうか?
「え、エリィさん……!?」
「ごめんね、突然寝てる時に入ってきちゃって。あのね、さっきエンジンがやっと直ったって連絡があったから、明日には出発できるよって伝えたかったの。」
「そ、そうですか……あ、ありがとう……ございます……」
「ん?どうしたのレイ君?顔が赤いよ?風邪でも引いた?」
顔以外の全身を布団で覆っていたレイ。その様子を見て、エリィは彼を心配する。彼は当然ながら、言える筈がなかった。自分が今行っている行為の事など……
「さ、さっきシャワー浴び過ぎて、ちょっと、のぼせちゃって……」
無理がある言い訳だ。
「そ、そう……?無理しないでね?じゃ、じゃあね!」
と言った後で、エリィは去った。余りに無理がある言い訳だが、幸い怪しまれる事はなかったのである。
その後になってしまえば、独り善がりの独壇場だ。彼女の去った姿を見届けた後で、レイは先程の続きを行う。もう十分快感が行き届いており、いつ果ててもおかしくない。
「あ……ハ……はぁっ……ン……ふぁぁッ……!」
快感のあまり思わず声を漏らした。それと同時に多量の白濁液がレイの腹部に溢れ出た。一部は右手に付着してしまい、ドロドロとしたそれは彼の右手の所々を白く彩った。全てを放った時、レイは完全に果てた。絶頂を、迎えたのである。
「はぁ……はぁ…………僕は……何をやっているんだろう……」
力を抜けたように目が細目になっていた。荒い呼吸を上げ、レイは右手にべっとりとついたその欲望の象徴を、見ていた。
しかしこの束の間の快感を味わった後、レイは一人、妙な罪悪感に苛まれる事になる。出会って間もない人間が自らの欲望を放つ行為の中で妄想として出て来た事が、余りに残念に思えた為だ。彼はこの時、エリィに対して申し訳がない気持ちで一杯になっていた。
(……ごめんなさい……エリィさん……)
我慢が出来なかったとはいえ“行為”をしてしまったと反省するレイ。彼はやがて、目を瞑り、ただ、静かに眠気に襲われていくのだった。
翌朝。レイは目を覚ました。壁にあった時計の針は九の数字を指している。それを見た彼はうんと欠伸をし、目を覚まそうとするがまだ眠気が残っているのか、眠そうな表情を浮かべている。
「エンジン……そう言えば直ったって言ってたな……じゃあ、もう出発できるって事なのかな。」
そっと、レイは呟く。エンジンが修復し、この砂漠の大地から脱出できる……ようやく、絶望の地から去ることが出来るという事は、クルーは勿論、レイにとっても喜ばしい事だった。
ウィィィン
「あ、レイ君おはよう!昨日はよく眠れた?」
エリィが部屋に入ってきた。最早朝の恒例行事となりつつあるエリィからの挨拶。
しかし昨夜の件もあり、エリィの顔を見た時、レイは顔を赤めたのだった。
「お、おはようございま……す。」
「え?どうしたの?なんか顔が赤いよ?」
わざとなのだろうか、それとも本気で心配しているのか……それが分からない。レイは、ただ、困惑していた。
「ええとね、レイ君。ちょっとだけ話があるんだけど……良いかな?」
「話……ですか?」
何の話だろう、昨日の件なのか。レイは気になる様子だった。
「ええ。昨日の戦闘の話だけれども。」
エリィはベッドに腰掛ける。すらりとした背筋、そして栗色の髪。紫色の奇麗な目。やはり彼女は魅力的な女性と言えた。
「レイ君、昨日の戦いはお疲れ様。色々とあったけれど、結果的に貴方がした事は私達を守ってくれたこと。それには感謝しているよ。」
まず、エリィはレイに感謝の気持ちを述べた。
「でも、僕は身勝手な事をしたんでしょう……」
レイは、少し俯いて言った。
「いえいえ、その話じゃないの。あの戦闘中に感じた、“感覚”の話よ。」
「“感覚”……ですか?」
一体エリィが何を言っているのかが分からない。何の話をしているのだろうか。
「私、貴方の危機を感じた。これって、不思議な事なんだよ。」
「え……それって……」
彼が感じたモノ。それは危機的状況に陥った時に感じる、相手の動きが緩慢に見える特有の感覚だ。今までの戦闘でも何度か感じた、妙な現象。
「お互いにそれを“感じた”と言う事になるね、レイ君。」
「え……え……?」
意味が分からない。エリィは一体、何を言っているのか。彼女は優しい女性であるが、どこか抜けているところがあるとは薄々感じていた。しかし今の彼女の発言は明らかに奇抜で、妙だ。
「やっぱり君は……もしかすればシンギュラルタイプなのかも知れないね。」
「シンギュラルタイプ……え?」
突如エリィの口から出た、“シンギュラルタイプ”と言う台詞。それを聞いたレイはまるで現実に戻されたかのような感覚に陥った。
「な、何を言ってるんですか……?」
「私も感じる時があるんだよ。貴方と同じような、“妙な感覚”を。まるで、頭の中に電流が流れるようなあの感覚。何かを閃くとか、それが強く強調される感覚。」
と、エリィはベッドから立ち上がり、両手を後ろで思いきり組み、ぐいと伸ばした。
「ごめんなさい、僕、全然分からないです……」
無理もない。彼自身分かっていない事をエリィに言われるのだ。
「シンギュラルタイプって言葉は聞いた事ないかな?」
改めてそれを言われ、レイはギリアが言っていた言葉を思い出す。
――――――――――あれか?“シンギュラルタイプ”ってやつか――――――――――
レイ自身それが気になっていた時はあった。しかし結局、何なのかは分からないまま時間が過ぎ、次にその言葉を聞いたのがまさかセイントバードの艦長であるエリィの口からだとは、誰が予想できるだろうか。
「確かにそれを言われて困惑する人は多い。そのルーツは何なのか、どこから来ているのかも不明な存在。でも実際に戦争等ではそれらが活躍していた事実があったの。デウス動乱の時でも活躍していたのが、シンギュラルタイプって言われる人々。」
「そんな人がいるって話は聞いたことあります……でも、僕がシンギュラルタイプ……?分からない、分からないですよ……」
「困惑するのも無理はないよ。でも、似ているかも知れない。私達は……ね。少なくとも私はここのクルー達と同じ感覚を感じなかった。けど貴方からそれを感じた。妙でしょ?不思議な感覚……それが気になってね、貴方にちょっと話がしたくなったの。」
エリィが語る、“シンギュラルタイプ”と呼ばれる存在。それは何を示すのか、何なのかも分からない。
「エリィさん。さっき、デウス動乱について言ってましたけど……どうしてそんな事を言うんですか?」
思えばここに来て以来、エリィの過去について全く知らない。何かと世話を焼いてくれる美しい女性、エリィ・レイス。今回、彼女の方から“シンギュラルタイプ”について語ってきた。そして、それに関係するような単語である、“デウス動乱”。彼女は一体、何者なのだろうか。
「私はね、昔地球連邦軍に所属していた事があるの。」
「え……そうだったんですか!?」
エリィから発されたまさかの言葉。彼女は元連邦軍の所属だったのだ。元連邦の所属でレイが浮かべるのはギリア・ノール。彼は今まで生きてきて、二人目の元連邦軍所属の人間に出会った事になる。
「私は特別な人達と一緒に戦場を生き残ってきたんだよ。私は当時、艦のオペレーターをしていた。その艦長さんには大変お世話になったし、他にも不思議な人達との出会いも多々あった。」
僅かだが明らかになる、エリィの過去。レイはそれに、非常に興味を抱いていた。
「その中でね、一際特殊な力を持った人……ううん、少年がいたの。」
「特殊な力を持った人……ですか?」
それは何なのかは分からない。シンギュラルタイプなのだろうか。それとも別の物なのか。
「名前は……アレン・レインド。」
「アレン・レインド……?」
聞いた事のない名前だった。しかしエリィがこの名前を言った時、何故だろうか、どこか寂しげな表情を浮かべていた。
「彼は普通の人では無かったの。ううん、普通の人を遥かに超えていた存在だった。今でも一部の人は、彼の事を、“デウス動乱の英雄”って呼ぶから。」
デウス動乱の英雄と呼ばれた存在、アレン・レインド。それは一体何者なのだろうか。全く、レイには分からない。
「彼の存在がデウス動乱を終わらせたと言われる程に、ある意味神話的な存在になっていった。私はそんな彼の活躍を見た事があるの。」
「エリィさんが、そんな凄い人の活躍を……」
「でも、彼は今、行方不明なの。最後の戦いの後、消息を絶ったまま……どこで何をしているのかも全く分からない。」
デウス動乱。十年にも及ぶ長き戦い。その終止符を打ったとされる人間、アレン・レインド。だがレイにとっては全くと言っていい程分からない存在だ。無理もない。彼はデウス動乱時も戦乱に巻き込まれる事なく、学校生活を送る事が出来ていたのだから。
「ああ、お話が長引いちゃったね。朝ご飯持ってきたの忘れてた!さあ、召し上がれ。今日中にはエンジンも点火して、発進できると思うから!」
と、急にエリィは笑顔になる。やがてそのまま部屋を後にしたエリィ。
彼女が語った、“シンギュラルタイプ”と、“アレン・レインド”の話。それらが何を示すのかは分からない。レイ自身も、その、シンギュラルタイプが何なのか分からないまま、彼女が渡したサンドイッチを、一口、口に含んだのだった。
セイントバード艦内ではクルー達が完成したエンジンの点火を待ち詫びている様子だった。まずMSデッキの後部ハッチを閉じ、発進できる準備態勢を作る。セイントバード自体の武装もない状況。その上連日の襲撃の為にアインスガンダム以外の機体のビーム粒子量も少ない状況。一刻も早く彼等はここを去り、別の場所で補給を受ける必要があったのだ。
「ここを発って、改めてカイロに行きましょう!さあ、念願の時が来ましたっ!」
エリィがブリッジ内で、窓に向けて人差し指を思いきり伸ばした。それを見て、インクとスラッグは静かに拍手を送った。
「そうですよねー、俺等元々カイロに向かう為に移動してたのに、すっかり忘れてたっすよ。」
「カイロといえば?」
「んー……。」
「スフィンクスでしょ。」
「あ!そうそう!スフィンクスの他にもピラミッドとか……。」
と、突如雑談を交わすインクとスラッグ。ようやく動き出すセイントバード。目指す目的地は、エジプト国の首都、カイロである。そこで彼等はまずは補給を行う必要があった。繰り返された戦闘によるビーム粒子の補給や、食料、武装搬入等。そして、彼等はジャンクパーツの売買も行っている。それらも含め、彼等は今から飛び立とうとしていた。
「セイントバード、発進!!!」
エリィの言葉と同時に、スラッグが舵を取り、思いきり引く。そして――
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ
と、轟音が外で響く。そして――
ドゴオオオオオオオオオオオオオオ
エンジンが点火し、各部のバーニアが一斉に展開されているのが確認できる。この事から、エンジンは完全に復旧した事が分かったのだ。
そして、長きに渡り不動だった聖鳥は、その翼を広げ、砂漠の大地を後にするのだった――
ビヤーバーンのブリッジにて。昨日の交戦により、三機のディザードディエルを失った彼等。新戦力であるラグラーナの力を見せつけることが出来たのだが、あまり芳しくない様子だった。
「敵にガンダムがいたのは良かった。けど残念な知らせがある。」
「残念な知らせ?」
サブリーダーのパゴーダが言った。
「金主様への支払いが現状滞っているって事だ。貴重な戦力を失い続けている状況だからな。マジで飯の種を見つけねぇとやばい訳よ。」
彼等には金主が付いているのだ。砂漠の狩人率いるMS乗り達。悪名高い彼等ではあるが、彼等自身も獲物を捉え、それをし続けなければならない理由があった。
それこそが、金主の存在。彼等はMS乗りとしての行動をしている傍ら、その活動資金を金主に提供して貰っていた。その上で、得た報酬……ジャンクパーツ等を売り、その売上の一部を金主へ上納するという形になっているのだ。
「そんなにヤバかったんですか。うちの状況……」
パゴーダが言った。
「本来はあの戦艦の戦力さえ頂ければ良かった。しかし奴等は思ったよりも強い。偵察とかも行って捕虜になった時、俺はガンダムを見た。その時に真っ先に奪っとけば良かったのになァ……」
アスーカルが捕虜になり、その後脱出した時、彼はアインスガンダムを見ていた。その時に彼は、自身の機体よりもアインスを優先するべきだと考えていたのだ。
しかし、実際はアインスはパスワード式であり、彼に操縦する事は出来ないのだが。
「資金繰りが厳しい状況でうちはディエルを合計六機も失ってやがる。ジャンク品もラグラーナ建造でほぼ使い切っている。最早、手段は選んでられねェ状況って訳よ。」
パゴーダは、俯いた。いつもは猪突猛進で、危険を顧みず敵地に挑む男、アスーカル。今日の彼は明らかに焦燥感に駆られていたのだ。
「馬鹿なりにやってりゃなんとかなると思ってはいた……お前らに苦労だけは掛けたくないとは思っていた。しかしこのザマじゃあ洒落にならねェわ。」
「ちなみに、その、金主への支払いが滞り続けたらどうなるんですか?」
パゴーダは何気なく、聞いた。すると、アスーカルは俯いて答える。
「資金援助は当然打ち切られる。そしたら俺等は路頭に迷う。つまり食っていけなくなるっつー訳よ。ビヤーバーンの修理費や機体の維持費も一切出なくなる。砂漠の狩人は終わりを迎える……」
「そんな状況だったんですか……マジか……」
今、アスーカルから聞かされるビヤーバーンの状況。彼は金主の件を心の内に隠し続け、クルーに安心させようと、彼なりに振舞い続けた。だがそれも限界が来ていたのだ。
「だから最初にあの艦を襲った訳だ。朗報なのはガンダム……あれが居た事だ。せめて、あれを頂ければ俺等が路頭に迷う事はなくなるかも知れねェけどな。」
「ガンダムを奪う事を優先すれば、俺達は生き残る可能性があるって訳ですね。」
「そう。しかしここ数日の状況もある。俺も反省するぜ。」
アスーカルがこのような弱気な発言をするのも珍しかった。それ程に、今のビヤーバーンは追い詰められていたのである。
「ん?あの艦が動く……?」
その時だ。ブリッジに居たクルーがセイントバードが発進する姿を見たのは。
「何だと!?すぐに追い掛けンぞ!ビヤーバーンの主砲を展開しておけ!空飛ぶなら撃ち落とすまで!奴等を絶対に逃がすんじゃねェ!」
いつになく焦っている様子のアスーカル。彼はすぐにビヤーバーンの発進命令を下した。
ゴオオオオオオオオオオ
と、ビヤーバーンは艦底部のホバー機能が作動。やがて、緩やかにとセイントバードを追撃する形で起動し始めたのである。
「逃がすかよ……お宝が目の前にあるのに!」
起動したセイントバードと、それを追い掛けるビヤーバーン。艦同士の攻防が、始まろうとしていた。
セイントバードの後方より、ビヤーバーンが迫っている。セイントバードの高度は少しずつ上昇していく。彼等の次の目的地のカイロまでは200キロメートル程度の距離。その為、低空飛行で移動するのだが、それが現状では仇となっている。ビヤーバーンの主砲の射程に十分届く為だ。
ドオオオオオ
と、セイントバードは揺れた。ビヤーバーンの主砲が艦の下部に直撃したからである。
「被弾!損傷軽微です!」
「クソッ!何度もしつこいんだよあいつら!」
インクとスラッグがブリッジ内で言った。修復したエンジン。ようやく旅立てると思った矢先の、敵艦による砲撃。
「砂漠の狩人の戦艦の攻撃ね……武装は使えたっけ?」
「ダメっスね!武装は切れてます!だからカイロに行く手筈だったでしょ!」
「このまま逃げ切れそう?」
「分かんないですよ!相手の弾切れを待ってる間にまた堕とされたらマジでヤバいです!」
万事休すだ。本来セイントバードには武装が備わっている。しかし今、それらは全て切れているのだ。このままでは一方的な艦対艦の戦いとなる。武装がない戦艦など、只の巨大な的同然だからだ。
「大尉、MSの発進出来ますか!?」
エリィはMSデッキに連絡を取った。だが、そこにいたネルソンは言う。
「すまない……ビーム粒子はもう切れている。ハルッグはビーム砲を使えん。」
「そうですか……どうしようか……」
絶望的な状況だ。セイントバードの武装も使えず、尚且つ主力機体であるハルッグもエネルギー切れの状況。となれば、ここは逃げ切るしか手はない……と思われた。
「僕がガンダムに乗ります!」
MSデッキに現れたのは、レイだった。セイントバードが揺れたのを感じ、危機的状況であることを察したレイはそこまで走ってきたのである。
「レイ君!君にガンダムを乗せる訳には行かないと言っただろう!」
「でもこのままじゃやられちゃうんでしょう!?せっかくエンジンが直ったのに……こんなのって……!」
昨日の今日の事もあり、最初レイは躊躇った。だが、状況が状況だけに手段を選んでいる場合ではない。
実際、ガンダム以外の機体のエネルギー残高はほぼ皆無。仮にビヤーバーンを迎撃した所で、ダメージを与える事など不可能に等しい。何よりも、アインスガンダムはレイにしか操ることが出来ない。まるでレイがここで戦う事を運命付けられたような状況だ。
「シン、予備の試作ビームライフルをアインスに装備だ。」
「こいつに行かせるんですか!?」
「不本意だが、今あの戦艦をどうにかしなければセイントバードが沈む可能性もある……」
ネルソンは昨日のレイの活躍に、僅かながら期待をしていた。一度の射撃で二機を撃墜した射撃のセンス。それに、彼は賭けることにしたのだ。
「今この状況を潜り抜けられるのはレイ君しかいない。レイ君、ハルッグに乗って敵の主砲を狙い撃ちする……出来るか?」
昨日は平手打ちをしたネルソン。まさか、その本人からアインスに乗っても良いという許可が出た瞬間だった。
「はい、やってみます!」
レイははっきりと、そう答えた。危機的状況を脱することが出来るかも知れない……と、レイは考えていたのだ。
後部ハッチが開かれた。そこから、MA形態のハルッグと、それに乗ったアインスガンダムが出撃。アインスの武装は昨日ラグラーナに破壊された試作ビームライフルのみ。これで、ビヤーバーンの主砲を破壊するのが今回の目的だ。
「こちらで出来るだけ敵艦に近づき、君が狙いが定まる位置でビームを撃つ、出来そうか?」
「やってみます!僕が、任されてるんだ……だから!」
人は何かを任される時、その使命を全うしようと尽力する。例え、そこに報酬が生じなくとも、人に頼られるという事はそれを果たそうという心理が働くとされる。受動的、能動的の差はあれど、任されるという事はそれだけ期待を掛けられているという事だ。
今のレイは能動的に動いていた。昨日のような自分勝手な使命感ではなく、人に任されるという状況。それは、彼にとってよりパフォーマンスを発揮するのに十分と言えた。
ハルッグはビヤーバーンに近づいていく。ビーム粒子が空の状態のハルッグの役割はアインスを運ぶ為の推進剤だ。ネルソンはサポートに徹し、アインスをフォローする。
ドバアアアアアアアアア
だが一定の距離からビヤーバーンはビーム砲を展開してきた。それを急いで避けるハルッグ。
「あの主砲が射程が長いと見た。レイ君、やはりあれを狙い撃つ必要がある。距離はこちらで調整する。君は、その引き金を引いてくれれば良い。」
「はい!」
ハルッグはビーム砲の射程外に移動し、一度待機する。
そしてアインスはビームライフルを構えた。フォアグリップを握り、カメラアイにスコープを当てる。ビームライフルの両手持ちの構図を取るアインス。その時に、レイはモニターでビヤーバーンの主砲に視線を向けている。
(大砲に当てれば良い……よく狙って……そして……撃つ……)
狙いを定めるアインス。しかし昨日、ディザートディエル二機を当てた状況とはまるで違う。
無理もなかった。今は上空を浮いている状況。強風による揺れなどもあり、十分に狙いを定めにくいからだ。レイは瞬きし、その一発に集中をする。
Lock on
「来たっ!」
バシュゥゥゥゥゥゥゥゥ
アインスはビームライフルを放った。飛翔体は光速の如く空を駆け抜け、それはビヤーバーンの主砲に直撃したのであった。
たちまち、大爆発を起こす主砲。これにより、セイントバードへの追撃が困難となったのだ。
「馬鹿な!主砲がやられたのか!」
予想外のビーム砲撃を受け、アスーカルは驚愕した。
「逃がすしかありません……これじゃあ……」
艦長席で思いきり握り拳を作り、振り落とすパゴーダ。
「チッ……いや、待て。まだ諦めンな。奴らの向かう先は恐らく、カイロだ。追撃は出来なくてもいい。まだ、チャンスはある……」
アスーカルは進行方向から、セイントバードの目的地を割り出した。そこはカイロであり、今まさにセイントバードが向かっている場所である。つまり、セイントバードは砂漠の狩人の魔の手から、まだ完全に逃げ切れた訳ではなかったのである。
ビヤーバーンの主砲の破壊に成功したセイントバードチーム。これにより、撃墜される危険がない状況での航行を行うことが出来る。しかし彼等が向かう先のカイロまで追いかけてくる砂漠の狩人。まだ彼等が安心出来る状況は、終わりそうにない。
第十話投了。「何もやらないより、やる方がましだから!」という台詞は個人的に好きです。あと、レイ君は年頃の男の子なのでまあ、多少はね?