機動戦士ガンダム Living Days   作:すからぁ

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砂漠を抜け、カイロに辿り着いた一行。


第十一話 カイロという都市

 

 カイロ。エジプト国の最大の都市。アラブ世界で最も人口の多い都市。アフリカ大陸の中でも最も人が集まる大都市でもある。

 この時代においてもそれは変わっていない。だが、一つこの都市では大きな問題が起きている。それは、テロリストによるテロ活動の活性化だ。新生連邦軍が樹立して以来、本来の目的であるこうしたテロリストの鎮圧目的で軍備増強を続けている新生連邦。しかし軍備の増強のし過ぎにより、テロリスト達にもMSといった兵器が渡るようになったという悪循環が生じており、更にはテロ活動もより活発化している。これがこの都市では社会問題となっている。

新生連邦政府樹立後、カイロは新生連邦軍の支配下に置かれた。この時、エジプト議会は軍の支配に反対だったというのだが、強制的に新生連邦軍が介入し、エジプトの支配に成功。この事実は世界中で報道されておらず、新生連邦により隠蔽されている。

しかし事実を知る者による反乱やテロ行為が相次いでおり、それによる更なる治安の悪さが問題となっていた。そして、それらの牙は一般市民に向けられる事もある。

 セイントバードチームは砂漠の狩人との死闘を生き延び、ここカイロに辿り着いた。まず、彼等はそこで補給物資や武装の調達を行う必要があったのだ。

 セイントバードは巨大な地下格納庫に格納された。連邦のヒエラクス級のその戦艦は、そのまま置いていると軍に見つかってしまう可能性があるからだ。

「着いた!やっと、落ち着けるわ!」

と、エリィが歓喜の声を上げた。ここ数日の緊張状態。それが解けたのだろう。

「いやぁ、長かったなぁ。マジで生きてここまで来れるか分かんなかったからな!」

スラッグが笑顔で言う。

「よし、Eフォン圏外じゃない!手続き済ませたら、観光に行きたいなぁー!スフィンクス!ピラミッド!何見に行こかな!」

インクがEフォンを開き、カイロの地図を開いて喜ぶ様子を見せている。

「さて、手続きをしてこないとねー」

エリィはうんと身体を伸ばし、ブリッジを後にした。

 

MSデッキにて。アインスとハルッグは帰還していた。そこで、ネルソンはレイの頭をポンと置く。昨日の仕打ちと正反対だ。

「よくやったな、レイ君。」

と、褒めるネルソンだ。ビヤーバーンの主砲を撃破したことを褒められるレイ。この時、レイは心底喜びを感じていた。ようやく、クルーの為に貢献出来た……と考えていた。

「気にはなっていたが、君にはMSを操る才能があるのかも知れない。あの状況で一発で主砲を狙い撃ち出来るのも大したものだ。」

「ただ、夢中でした。けれど、役に立てたのなら、それはとても嬉しいです……!」

レイは満面の笑みで答えた。

「とりあえず、無事にカイロに着く事が出来た。あとは艦長が手続きをして、我々は少しばかり羽根を伸ばすことが出来そうだ。」

連日の出来事もあり、睡眠不足だったネルソンに笑顔が。この時レイは初めて彼の笑顔を見たのであった。

「ところでレイ君、Eフォンはもう繋がるのではないか?」

ネルソンはレイのEフォンを気に掛けた。そう、この時に彼は大切な事を思い出したのだ。

「ああ!母さんに知らせないと!!!」

と、急いで自室へ戻った。彼がモントリオールから消息を絶ち、十日余りが経過していたのだ。その間は砂漠の大地で連絡が取れない状況が続いており、連絡が遅れてしまったのである。

 

自室に戻ったレイは早速母親へ電話をした。自分の無事についての話を彼は伝える。

当然のように、母親は激怒した。今までどこへ行っていたのか。何故連絡が無かったのか……等。

『どうして連絡が無かったの!どれだけ心配したか……!』

「ごめん……母さん。」

謝るレイ。しかし問題はそれだけに留まらない。

『警察にも捜索願を出したわ!それでずっと捜査をしてもらってた!学校にも来てないって言うし、どこへ行ったのかも分からない!もしかしたら事件に巻き込まれたんじゃないかって!』

母親が子を想うのは当然だ。それは子が古巣を離れ、新たな出会いを果たし、婚約を契った後でもその気持ちは永遠に変わらない。親子の関係と言うのはそれ程に深く、強い繋がりなのである。

『……ところで……貴方今どこにいるの?』

「え……?」

ここで問題が生じた。そう、今彼がいる場所についてである。どのように答えればよいか、分からないのだ。仮に答えたところで、何を言っていると言われるのが関の山。セイントバードの中と答えるべきか、カイロと答えるべきか。

(どうしよう……ダメだ……どう答えたら良いのかな……)

悩むレイ。どうにか、彼は考える。しかし――

(駄目だ、思いつかない……!)

言い訳が思いつかない。何を言えばよい?何を言えば親は納得する?無理だ。今の彼に、それが思いつく筈がない。焦るレイ。それが数秒経過した時、レイは、思いついたように言葉を発する。

「ごめん……言えない……」

実際、いう事が出来ないような内容だ。だから、あえて彼は正直に言った。だが――

『何を言ってるのよ!大体この前の定期試験だって全て欠席したから全部0点だって担任の先生が言ってたわ!!』

(ああ、そうだった……)

あれから十日余りの時間が経っており、学校生活も大きく変化していた。彼が受ける予定だった定期試験は全て0点。これまで問題のない成績を修めていたレイは、ここに来て赤点を連続で取るという状況になってしまったのだ。

『とにかく早く帰ってきなさい!みんな、心配してるんだから……』

「……ごめん母さん!」

と、レイは一方的に電話を切った。無理もない。これ以上の言い訳が見つからないのだから。

 電話をして親を安心させたいという気持ちはあった。だが、その一方で言えない場所にいるという事も伝えなければならない。それもまた、レイにとっては悩みの種だった。

「みんなにも言っておくべきなのかな……リルムにも……」

レイは迷った。自分の安否を伝えるべきかどうか。しかし確実に、どこにいるのかは聞かれる。そうなったら答えられない。その為、レイはあえて他の人への連絡をしなかったのだった。

 

 

 

 やがてカイロへ降り立ったセイントバードチームのクルー達。そこでセイントバードは補給を受けることが出来た。艦の補給だけでない。物資の調達や武装用のパーツ等も調達出来る。又、MSの武装で最も大切なビーム粒子の補充も出来た。

 ビーム粒子。それは現代であるP.C歴よりも遥か昔、最初のMSであるファースト・ガンダムが生み出された頃から出現したとされる粒子。ビームという名前ではあるが、その名前はファースト・ガンダムが所持していたとされるビームライフルが由来であり、その粒子としての実用性は兵器で使用されるに留まっている。人体に害は与えない粒子であるが、通信手段の妨害等で使用される事がある。現代で使用されるEフォンは基本的にビーム粒子の妨害等が無ければ世界中や、コロニー等と連絡を交わす事が出来るのだが、粒子濃度が濃くなればなる程、回線に支障を来たす事がある。特に、民間企業が整備しているSNS等に於ける回線はその影響を大きく受け易い。

ビーム粒子は兵器運用として使われる事が主だ。現代でも使用されるビームライフルや、ビームキャノンといった兵器は、全てビーム粒子が由来である。

 兵器として用いられるビーム粒子は貯蔵タンクがある。そこからMSに搭載されているタンクに粒子を充填し、それによってビーム兵器を使用する事が可能となる。

 だがビーム粒子は万能な粒子ではない。現在、そのビーム粒子によるビーム兵器を完全に防ぐジェネレーターが開発されている。それが実用化されている状況では、実弾兵器等も組み合わせたMSの存在が必要不可欠となるのだ。

 MS乗りという存在が増えつつある時代。都市に入国する時は手続きを行う必要がある。それは陸上戦艦、空中戦艦共に変わらない。この際、入国管理局で艦内のチェックが行われる。

本来、MSをはじめとした兵器は規制対象になり得るのだがデウス動乱後の混乱、尚且つ新生連邦政府の樹立も間もなく、その上で新生連邦に支配されている今の状況。法整備自体がまかり通っていない現状がある。その為、MS乗りはそれぞれの国に入国する事も簡単に出来るようになっている。これ故に治安の悪い国ではテロ行為などが横行している事も有り得るのだ。

入国するには当然金銭が必要だ。セイントバードもそれ相応の金銭を用意し、カイロに入る。この金銭を積む額が多ければ多い程、入国の際のチェックは甘くなる。それを利用し、エリィは多額の納付金をエジプトの入国管理局に支払ったのだ。

「艦長、とりあえず支払いは済ませたようだな。」

セイントバードを降りた一行。ネルソンはエリィに言った。

「ええ、MSのチェックもありましたけどお金を払えばそれは許してもらえました。」

「……だから、治安も悪くなるのだろうな……」

と、ネルソンは静かに言った。

「ええ……本来なら入国する時は麻薬や火器類等の危険物は絶対に持ち込めないですものね。けど、それって今じゃ殆どの国が黙認してる状況ですもの。影響を受けていない場所もあれば、影響を思いきり受けている場所もありますしね。」

それは国によって異なる。新生連邦の管轄であるカイロであるが、都市の体制によってそれは大きく異なるのだ。つまり、カイロは金銭のやり取りによる不法入国が横行しているのが現状であると言えた。

入国者から多額の金銭を受け取り、本来であれば違反である兵器や銃火器類の運送。しかしここではそれも黙認されている。だが、それ故に今でもアフリカ大陸一の都市を今でも築けていると言える。無論、その代わり治安の保証はされていない。

 かつて地球圏は機械文明の発達により、人々の生活は安泰していた。しかしデウス動乱でのデウス帝国と地球連邦軍の戦争が長引くに連れ、より国によりその経済力に格差が出るようになった。現在はデウス動乱後の混乱期であり、新生連邦軍が世界中に勢力を拡大している時代。その秩序が定まっている国とそうでない国とで差があったのである。

「戦後の混乱で金銭を積めば危険とされるMS乗りでも簡単に入国が出来るという事自体が問題なのだがな。金銭を持つ存在がテロ行為を起こしている可能性も有り得る時代。それでも国が成り立つ現状。今の時代は、本当の意味での“人の良心”が試されているのだろう。」

「法律ってあってないようなものっていうのもどうかって感じではありますね。けれど、それでこの国ではセイントバードやMSが整備を受けられるっていうのも複雑な気持ちですけれど……」

彼等はその法整備が整っていない状況だからこそ、こうしてMS乗りとして世界中を渡り歩く事が出来るのだ。つまり、彼等にとっての生命線はまさに、“金銭”と言える。もし金銭が無ければたちまち彼等はMSの整備も受けられず、セイントバードチームは解散せざるを得なくなる。

「こればかりは旧時代より続いている状況だよ。金銭を積めばその分待遇が良くなるのはどこの国でもそうだろう。だから国の官僚や連盟議員等は特別な待遇を受けられる。だから、我々はその金銭を大切にしなければならない。これからも航行を続けるためにはな。」

「そうですね。けどやっぱりあの戦艦での航行は気をつけないとですね。航行中に新生連邦に見つかれば真っ先に襲われますから。」

セイントバードは元々新生連邦の戦艦。見つかれば真っ先に襲撃を受けるのは、仕方のない事と言えたのだ。

「だからこういう所に止める時はコソコソとしないといけないのも辛い話だが……」

「新生連邦の管轄の国に艦を止める時っていつも、ヒヤヒヤしますね。」

「だから艦内には見張りを数名残さないと行けない。入国は出来たとはいえ、軍の連中がどのような強硬手段に及ぶかも分からんからな。」

「けれど軍も安易に周囲の人を巻き込むような事はしないとは思いますけど……」

「分からんよ、連中の考えは。血眼になってセイントバードを探しているのか、それともあえて我々を泳がしているのか。どちらにしても我々は気をつけて航行を続ける必要があるという事だ。」

新生連邦の戦艦を母艦とする、セイントバードチームの諚と言える現状。彼等の戦艦は強い。しかし、その分危険も伴うのだ。

「まあ、何はともあれ航行お疲れ様だ、艦長。今は羽根を伸ばしてきたらどうだ?市街の散策も、悪くはないかもな。」

と、ネルソンはエリィに気を遣うように言った。

「……あれ、大尉は散策されないんですか?」

「私はもう少しシンとする事があるからな。MSの整備とか。新生連邦の事も気になるし、それ以外にも色々と問題は多い。」

それは、砂漠の狩人の事も含めて言っていた。

「大尉も、無理なさらずに。休める時は休めて下さいね。」

「その言葉だけでもありがたいよ。ついでにレイ君も誘ってはどうだ?彼のような年頃の少年なら異国の景色は刺激的だろう。」

「良いアイデアかもですね!ここ数日で彼も色々と疲れてるでしょうから!」

ネルソンはここ数日の状況にレイを巻き込んでしまった事を内心で申し訳ないと思っていた。だからこそ叱責もした。結果的に彼の行動に助けられた事もあり、レイを楽しませようと、考えていたのだ。

「艦長が一緒について欲しい。引率する親のような感じもするが、カイロのような治安が何とも言えない土地では保護者は必要だろう。彼のEフォンの情報も入れておくと万が一の時にも連絡が取れるだろう。」

気を利かせるネルソン。

「私、子供いないんですけどね……!」

と、エリィはやや苦笑いで答えた。

艦長のエリィと、MSの主力を務めるネルソン。並列して並ぶ両者。彼等が、セイントバードチームの要。彼等がこうして笑顔で話をしている光景は、少なくとも数日前ではほとんど見かけることは無かっただろう。それだけ今の状況はゆとりが生まれている。これが本来あるセイントバードチームの姿。全員が協力し、その上で楽しむ時は楽しむ。MS乗りでありながら殺伐としていない彼等。故に、彼等についてくるクルーは多い。

 

 

 

 ネルソンの提案の通り、エリィはレイに声を掛け、カイロ市内の観光に誘った。レイは迷うことなくエリィについていく。目を輝かせて。まるで旅行を楽しみにしていた子供のような表情だ。

「レイ君、少し観光しましょうか。」

「観光ですか!?わあ……なんだか、楽しみです!」

結果的にエリィとレイの二人が、街中を観光する事になったのだ。

カイロ市街は人口が集中している。そして、場所によってその光景を変える不思議な場所だ。比較的近代ビルが軒並み建設している場所もあれば、古代エジプトのような雰囲気が残る街並みもある。

今、彼等が歩いているのは古代エジプトの名残が残る場所だ。露店が軒並み並び、バザールの民族衣装を纏う者達が多い場所。独特の雰囲気が醸し出されているその場所は、異国の人間であるレイからすれば全くの初体験と言えた。

「そう言えばレイ君の故郷はどんな所だったのかな?」

エリィが聞いた。彼女はレイの故郷の事を知らない。レイは生まれて十四年間モントリオールに住んでいる。その事を彼女に伝えた。

「モントリオールって言って、カナダの都市の一つなんですけど、自然もあって過ごしやすい街でした。」

「聞いた事はあるなぁ。でも自分の故郷が良い街と言えるのって素敵だと思うよ。えらい、えらい!」

何故だろうか、エリィのこの言葉がまるで自分をからかっているのではないか……と、彼は思ってしまった。

「なんか、その言い方……子供扱いされてるみたいです。」

彼は頬を膨らませた。

「なんかね、レイ君って本当に女の子みたいな顔してるから、なんていうかなぁ……甘やかしたくなるような感じがするのよね!ほら、ほんわかしてるような感じっていうか……」

(僕ってそんなイメージだったの!?)

彼の中で抱いていた自身の印象と異なると言われ、ショックを受けるレイ。

「レイ君って歳はいくつだっけ?」

「十四歳です……」

「私は二十六。うん、明らかに先生と生徒の関係って感じじゃない?女の子を見ているように見えちゃうのよねー。」

“年上のお姉さん”にあたるエリィだが、レイからすれば複雑な心境だった。別に先生という訳ではない存在なのに、彼女の方から“先生と生徒の関係”と言われると納得もし辛い。

「まあまあ、せっかく来たのだし楽しまないと!貴重かも知れない異国の地の観光!いいじゃない?平和って感じで!」

エリィの栗色の長い髪が靡く。美しい表情で明るいエリィ。レイはそれを見て喜びを感じていた。

だが、一方で彼の中で一番気になるのは、いつになれば故郷へ帰ることが出来るのかという、一抹の不安だ。既に母親には誤魔化している状況。まさか自分がカイロに居ると言った所で“ふざけている”と言われるは目に見えている。

(でも、こんな景色は本当に初めてだな……なんだろう、こういう所でも人は住んでて、みんな生きてるんだよね……そう考えると、不思議だな。)

至極当然の事ではあるのだが、地球上でも環境によってその育ちは異なる。過酷な環境で生きる者もいれば、レイのように穏やかな環境で生きる者もいる。人はそれぞれ異なる環境で育っていても、懸命に生きているのだ。

 それは宇宙に行くことが普通とされるこの時代にも言えた。宇宙に存在するCコロニー。そこで育った者もいる。地球から見れば、全く特殊な環境だろう。モントリオールで育ってきたレイからすれば全く知らない、未知なる場所、宇宙。彼はいつか、そこに行きたいとさえ考えていた。

 

 

 

 エリィ達が観光を楽しんでいる間、セイントバードには物資が運ばれ続けていた。艦の武装の補充やビーム粒子の補充等、着実に戦力を回復させつつあったのだ。

 この時代のMSはビームライフルやビームサーベル等のビーム粒子を用いた武装を持つ機体が多数を占める。P.C歴以前のC.W歴の際に発見されたビーム粒子は当初、戦艦などの大型兵器にしか適応できない物であったのだが時代が経つに連れて小型化していき、MSクラスの機体にも携行出来るようになっていった。ビーム兵器を用いる上で必要不可欠な粒子貯蔵タンク。それがビーム粒子である。

セイントバードのMSデッキ内にて。シンは高揚した様子でネルソンと話をした。

「大尉、大発見ですよ!見て下さい!」

と、シンはアインスガンダムのモニターをつけ、データ解析を行った。

 そこに記載されているのは、アインスガンダムには局地戦に対応する為に換装するシステムであるHPSが搭載されているという物だった。シンの予想は、当たっていたという事になる。

「成程、そういうコンセプトという訳か。」

「それで大尉、提案なんですけど……もし、砂漠の狩人とまた戦う事になったらって時の為にアインスを強化するのはどうですかね?」

今後、またしても砂漠の狩人と衝突する可能性は高い。今は補給を行うことが出来る状況でも、彼等は再び襲ってくるだろう。

「確かに改修するのは良いかもだが……また彼を戦場に駆り出す事になる。それはどうなのだろうか……」

前回は緊急事態だった。アインスガンダムでなければビヤーバーンの主砲を破壊する事が出来なかった。だが今は物資も補給もしている状況。それでもレイをアインスガンダムに乗せ、戦わせるのか。

「大尉はどう考えているんですか?色々と考えはあると思いますけど……」

ここに来てネルソンの考えは変わりつつある。セイントバードに保護をした時はレイはあくまでも保護の対象で、体調さえ戻れば故郷に戻す予定だった。しかし全ての予定が変わってしまった状況だ。しかも、彼はレイの才能の開花に気付きつつある。

「……私がフォローする形をとり、彼にも、何かあれば出撃して貰うようにするしかないか……彼の力はセイントバードにとっては有用だからな。」

と、レイがMSで戦う事を認めたのだ。それも先のビヤーバーンの主砲撃墜が功を成したと言えるだろう。

「じゃあ、データを基に改修していきましょう!そうっスね、砂漠に適応できるアインスガンダム砂漠仕様に!」

こうして、アインスガンダムの改修が始まった。もしこれが実現すれば、アインスガンダムは砂漠の大地でも優位に戦うことが出来るようになる。

 本来これは新生連邦軍が行う作業だ。しかし優秀な整備士が揃うセイントバードチームは独自の方法で、アインスガンダムがHPSを搭載している事に気付くことが出来たのである。

 

 

 

 やがて時間が経ち、一通りの観光を終えたレイとエリィ。見知らぬ土地の景色はレイにとっては刺激的なものばかりだった。古風な作りの建物に見慣れない民族衣装、そして特有の露店。モントリオールで見たものと全てが異なる世界。神秘的な都市、カイロ。

「もう少し時間あるし、スフィンクスかピラミッドにでも行く?」

「見てみたいです!興味あります!」

笑顔で答えるレイ。そこからスフィンクスのある場所まではそう、遠くない。

 全長73.5メートル、全高20メートル、全幅19メートルの彫刻、ギザの大スフィンクス。遥か昔に建設された像であるそれはこの時代になっても尚、存在し続けている。宇宙戦争も勃発し、熾烈を争う状況になっていた近年においてもこの貴重な遺産がある。それはこの像が歴史的価値のある遺産という、地球、宇宙を問わない、人類共通の価値観がそうさせているのだろう。

 エリィに引率される形でレイは移動しようとした――

 

 

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 

「うわあああ!」

「きゃあああ!」

突如、爆発が。それと同時に悲鳴が聞こえた。爆発した場所は、人が集まるレストラン。小規模の爆発ではあるが、その轟音はエリィ達にはっきりと聞こえていた。

「爆発!?何!?」

周囲の人々は皆逃げ出す。その数は余りにも多く、人の波の様だ。

「うわぁ!?」

「レイ君!?」

逃げ惑う人の波はエリィとレイを離れ離れにした。互いに離れてしまい、見失ってしまったのである。

「またテロかよ!連邦軍は何やってるんだよ!!!」

「誰か死んだだろ、絶対!」

市民の怒号、悲鳴が響く。そして逃げ惑う多くの人々。これによりレイとエリィは離れてしまった。恐らくテロリストによる無差別自爆テロ。それが今起きたのだ。周囲に居た人々は己の安全の為に逃げる。

その人の波は冷静に考える判断さえ失わせる脅威となる。非常時の混乱の時、一番恐ろしいのはこうした逃げ惑う人々なのである。

 

 エリィと離れてしまったレイ。懸命に彼女を探すのだが、見つからない。どこへ行ってしまったのだろうか。探そうにも人の波が凄まじく、探せない。

 今の爆発で数名の死傷者が出た。レストランからはそれ以上の爆発はない。レイはエリィを探しつつも、その場から離れる。異国の地で経験した、テロ。それは彼自身の心に恐怖として刻まれるのであった。

(あれがテロ……エリィさんもいない……こんなのって……!)

ひたすらに、離れる。だがエリィがいない。周りを見ても、どこにもいない。テロという非常時の上、見知った人間がいない状況。初めての地で経験する恐怖。それらが重なり、レイの表情は青ざめていた。

 

グイッ

 

「わぁ!?」

と、レイは何者かに服を引っ張られた感覚を覚えた。気が付けばいつの間にか路地裏に身を置いていたレイ。突然の事で思わず目を閉じていたレイ。

 やがて目を開ける。そこにいたのは、意外な人物だった。

「え……アスーカルさん……?」

そこにいたのは砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモだった。テロによる混乱があった状況で、何故この男が目の前に居たのかは分からない。

「こっちこい、坊主。」

「あ……え!?」

アスーカルがレイの服を引っ張りながら、路地裏を走っていく。何故ここにアスーカルが居るのか分からない。その上での謎の行動。何故レイを引っ張り、走るのか。それも分からないのだ。

 

 

 

 やがてアスーカルは先程の爆発現場から大きく離れた場所にレイを移動した。そこは先程の人通りが多い場所からは離れ、人通りが少ない場所。所謂、“裏通り”と呼べる通り道だった。三角座りをする男性や少年の姿が目立つその道。明らかに先程の大通りとは異なる雰囲気を醸し出している。

「ここまで来たらまあ大丈夫だろうな。」

と、レイの服を離した。

「あの……アスーカルさん……どうして……?」

「ちょっと面貸せよ坊主。」

「え……?」

「カフェ、入るか。」

と、アスーカルが指を指したのはカフェだった。外見はお世辞にも立派とは言えない、木製の建造物。見たところ客がいる様子もない。明らかに寂れているそのカフェ。正直、レイは入り辛い印象を受けた。

 

カランコロン

 

と、古風なベルの音が鳴った。店主の趣味なのだろうか。店主は客を迎え入れる挨拶もせず、じいっと前を通る二人を見ていた。年老いた高齢男性。目元は細く、額、顎部はしわが目立つ。ほうれい線も目立つその男性。

 やがてその寂れているカフェの奥の席に、両者は対面になる形となった。

「ちぃっとびっくりさせちまったな坊主。無理もねェ。テロもあったし、混乱してただろ。」

昨日まで敵だった男が目の前にいる。それが、レイをより緊張させた。

「コーヒー、二人前寄こせ。」

と、アスーカルは店主に言った。店主は何も言わず、静かにコーヒーを持って来た。

「飲めよ。」

と、コーヒーを勧めるアスーカル。コーヒーは湯気を立てており、引き立てである事が分かる。コーヒーの特有の匂いは、レイの鼻をゆっくりと通る。不快ではない、アダルトな香り。

「ミルクでも入れるか?坊主。俺はブラック派だけどな。」

「いえ……何もなしで大丈夫です。コーヒー、ありがとうございます。」

と、レイはブラックコーヒーを飲んだ。苦い。独特の苦み。しかしその苦みは不快な苦みではない。飲み込んだ時、その後妙な滑らかさを感じていた。

(大人の、味ってやつ……なのかな。)

それが何を示すかは少年であるレイには分からないが、その味はレイにとって初めての経験だった。

 その傍ら、アスーカルはそれを味わう様子を見せず、黙々と飲む。そして、カップ内のコーヒーはすぐに空になった。

「ここにお前を呼んだのは単純明快。理由があるからだぜ。まさかあそこに坊主がいるとは思わなかったけどな。偶然なんだよなァ。」

「理由……ですか。」

恐る、恐る、レイは聞いた。何をされるのか分からない恐怖感が、レイの中にはあったのだ。

「交渉をする為だよ。お前とな。」

「交渉……?」

何を交渉しようというのか。全く分からない。

「ガンダムだよ。悪いコトは言わねえ。お前の乗ってたあのガンダムを俺等に寄こせ。」

「アインスをですか!?」

それはアスーカルにアインスガンダムを渡せと言うものだ。だがそれでは一方的な条件過ぎる。

「それを俺等に渡せばお前らを追撃する事はもうしねェ。お前等も大変な状況なンだろ?だったら答えは一つだ。お前が首を縦に振れば、あの連中は守られるっつー訳よ。」

本当なのか?それは本当なのだろうか。レイは気になった。そもそも突然過ぎる交渉。明らかに何か裏があるとしか言いようがない交渉。いや、交渉ですらない。最早一方的だ。

「どうしてガンダムが必要なんですか?」

と、レイは聞いた。

「俺には守らなきゃならねェ連中が居る。そいつらを養う為だ。その為に、ガンダムが要るンだわ。」

明らかに一方的なアスーカルの台詞に、レイは困惑した。

「それだけじゃ分からない、分からないですよ……」

それを聞いたアスーカルはやや、苛立つ様子を見せた。

「そもそもお前みたいな坊主には過ぎた玩具だぜあれはよォ。何の為にお前はあれに乗る?理由もないのにお前みたいな坊主がMSに乗るって事自体がおかしい話だぜ。」

それは間違ってはいない。彼自身、アインスに乗る理由はセイントバードのクルーを守る為という理由だ。だがそれはガンダムに乗らなくとも、MSにさえ乗る事が出来れば問題のない話。ガンダムという兵器を駆る必要は、極端な話、ないのだ。

(僕がアインスガンダムに乗る理由……)

そもそもレイは今まで何故ガンダムに乗っていたのだろうか。成り行き?何となく?そのような明確な理由がない状況で、いつの間にかここに居る。それはこの先どのような未来を描くのかは分からない。それは果たして意味があるのだろうか。ならばいっそ、ガンダムをこの男に渡してセイントバードの危機を守る方が良いのではないか……と、レイは考えたりもした。そうして自分も故郷に帰ることが出来れば、それで良いのでは?それで全てが解決するのならば、その選択肢もありなのではと考える。

「ガンダムを俺に寄こせば全て解決すンだよ。お前の仲間も助かる。これはお前にとっても良い取引だぜ。なあ、答えは一つだろうが!」

明らかに必死な様子のアスーカル。何故これ程までに彼はアインスにこだわるのだろうか?

「アスーカルさんが、ガンダムに拘る理由って何ですか?」

レイは思い切って聞いてみた。それが妥当な理由なのかも確認する必要がある……と、考えたのだ。

 

カランコロン

 

と、再びカフェのドアの開く音を知らせるベルが鳴った。それと同時に素早い足音が聞こえてくる。

 やがてその足音はアスーカルとレイのいる場所まで来た。そこにいた人間を見て、アスーカルは青ざめる。

「な……どうして……ここに……?」

屈強な男が明らかに怯えている。レイからすれば、何故その人間に彼が怯えているのかが分からない。

「ここにいたとか砂漠の狩人、アスーカル。」

その人間は、女性だ。目付きが鋭く、黒いショートヘア。耳にはダイヤのピアスを付けている日系の顔立ちをした美女。まるで医者のような、白衣の衣装を羽織っているその妙な女性。

「上納金の支払期限がずっと過ぎてるとね。いつ払えるか教えるとね。」

独特の口調で喋る、明らかに妙な雰囲気の女。

「も、もう少し待ってもらえないですかね!?もしかしたらまとまった金が入るかも知れねェんですよ!」

堂々としているはずのアスーカルが、女に頭を下げるという構図。レイは、ただ、困惑するばかり。

「それは何の金と?こっちは確実な金しか信用しないとね。」

「そ、それは……」

と、ちらとレイの方を見る。それが何を示すのかは、レイも察する事が出来た。

「へぇ、そのメスガキが金になるとか?」

またしても、“少女”に間違われるレイ。

「アスーカル、お前遂に落ちぶれて人身売買にまで手を出すとは。砂漠の狩人が聞いて呆れるとね。」

女は一切表情を変えないまま、淡々と述べ続ける。

「ところで、バンディットで働いてる分はどうなってると?アスーカル。」

女から出た単語、“バンディット”。聞き覚えのないその単語は何を示すのか。

「今はそれどころじゃないんですわ……勘弁して下さいよマジで……」

アスーカルが見せる弱気な発言。それに苛立ったのか、その女の目がギロリと見開かれる。そして―

 

ガンッ

 

女はアスーカルの頭を思いきり踏みつけた。痛みのあまり、頭を押さえるアスーカル。

「ぐわあああ!」

「こんなのマシとね。なんならてめぇの静脈に空気注射してこの場で殺してやってもいいとね。」

と、女は何故か注射器を見せた。それを見たアスーカルの表情は、更に引きつっていた。

「まあ、てめぇはまだ金になる可能性があるから殺しはしないとね。 “人質”もいるとね。」

(人質……?)

レイは内心疑問を抱く。

「つーかそんなに金作りたいなら、てめぇがどうやって知り合ったか知らねぇケドそのメスガキを私らに売れとね。」

と、今度は、女はレイの方を見た。

「見たとこ未成年か。未成年なら相場は高いとね。容姿も良し。淫売に仕立て上げても良い。」

女は完全にレイを少女と認識している。発される言葉の一つ、一つに刺々しさのある、この女。レイは只ならぬ雰囲気を感じ取っており、恐怖している。

「ウネフさん……お言葉ですがそいつァ……男です……」

この女に引け目を感じているのはレイだけではない。恫喝されている張本人であるアスーカルもだ。

 アスーカルの口から、この女の名前が出てきた。“ウネフ”と言うこの女。砂漠の狩人と恐れられた男を黙らせるだけの立場の人間である存在。何者であるのかは全く分からない。

「へぇ、男……?」

と、レイの傍にウネフは近寄った。顔をじいっと見つめるウネフ。

 

さわっ

 

「ひゃああっ!?」

思わずレイは声を上げた。女が触ったのは、レイの股間部だった。

「固い。間違いない、男とね。」

(この人……!)

初対面で女に間違えられる定めなのだろうか。このような経験をするのはレイにとっては恐怖であり、恥である。

「まあ男でも容姿端麗なら男娼にするって手もあるとね。物好きの変態野郎をそこのガキが相手する条件で金にする。そうすりゃ報酬が得られる。アスーカル。てめぇが金を作る手っ取り早い方法とね。」

ウネフに一方的に言われ続けているアスーカル。しかし、この時、彼は重い口を初めて開けたのだ。

「そ、そいつぁ……関係ねぇです……俺が……俺が死に物狂いで頑張ります!だから!だから勘弁して下さい!必死に、バンディットだってやってんすよ!副業で!!」

アスーカルから出た、“バンディット”という単語。砂漠の狩人と言うMS乗りをしながら、別の稼業もしているのだろうか。

「そっちの稼ぎが悪いからてめぇ今こうなってんじゃねぇと?」

睨むように、ウネフは言う。

「バンディットはこのご時世、人が増えてんです……だから依頼が掛かんねぇんです……けど、何とかします!何とか金を!」

テーブルに額を付けるアスーカル。最早そこに、砂漠の狩人としてのプライドはなかった。

 それを見て、ウネフは見下すようにアスーカルを睨む。そして、持っていた煙草を取り出し、そっと吸い、吐いた。灰色の煙は喫茶店内に蔓延し、消える。

「もし金を持って来れなきゃ砂漠の狩人は終わり。それ以上の事がお前に降りかかるって事忘れんなと。そこのガキを売ればある程度は“シノギ”になるのに、変なプライドだけはあるのもおかしな話とね。特別に明後日まで待つ。逃げられると思うなよアスーカル。」

 

カランコロン

 

と、ウネフはそのまま去り、喫茶店を後にした。嵐が去ったかのような状況だった。

 やがてしばらくして、アスーカルはレイに言った。

「坊主に見られちまった以上、言うが……今のが俺等の金主様っつー訳だ。俺等はMS乗りとして活動する代わりに、奴等に毎月上納金として金を払わなきゃならねぇ。」

先程まで砂漠の狩人と言う屈強な男を屈服させていたのが彼等の金主だという。裏社会に通じている女。それがアスーカルの出資者というのだ。

「それが、ガンダムにこだわる理由って事なんですね……」

レイの中で話が繋がった。つまり、ガンダムさえ手に入ればそれは金になる。それがあれば先程の女、ウネフにも金を払える。そうなれば彼は砂漠の狩人として活動を維持できるという訳だ。そして、それは彼等の仲間を助ける事にも繋がる。

「それに、さっきの人が言ってた“人質”って……?」

「……家族だよ。」

「アスーカルさん、家族さんが……?」

と、アスーカルはEフォンを取り出した。そこに映る、夫婦と一人の息子の映像。これが、アスーカルが守る為に戦う理由の一つなのだ。

「無論家族だけじゃねえ。クルーもいる。だから稼がなきゃならねェんだ。“砂漠の狩人”としても、“父親”としてもな……」

砂漠の狩人という異名は只の肩書だけでない。それ自体が所謂、“プライド”として成り立っている。そして彼の場合は父親と言う顔もある。それが、砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモなのだ。

アスーカルは、大きな溜息を吐き、言った。

「俺みたいな荒くれ野郎を受け入れてくれた女。んで、そいつと子供も設けた。戦前までは順調だったんだがな……戦後になって働き口は減っていって、MS乗りを結成した。けどMS乗りだけじゃやって行けねぇ。だから副業もやった。ケド足らねえ。状況は不利になるばかり。そこでさっきの金主が声を掛けてきた。藁をも掴む結果だった。しかしそれが甘かった。」

レイに語る、彼自身の過去。守る為に生きなければならないという、彼の理由。

「金主への上納金の契約条件で資金援助をしてもらった。しかしそれは暴利だ。無理もねえ。戦後の不景気の状況でMS乗りなんて荒くれのような連中に金銭融資をする連中がどこにいる?だからああいう裏社会の人間も頼らなきゃならねぇ。だから、俺は稼がなきゃならねェンだわ。」

レイは言葉を失う。守る為に金銭に縛られた、悲しき男。それでも生きる為、男は手段を選んでいられない状況なのだ。

「俺にはもう時間がねえ。明後日までに金を作らなきゃならねぇのさ。お前がガンダムを渡せば、それで全てが解決なンだわ。」

レイは、考える。確かに先程の光景を見ている以上、アスーカルが必死になるのは分かる。

彼は、レイを庇った。もし本気で家族の為、クルー達の為にも金が欲しいと考えるのなら

ば、他人である筈のレイをウネフに売る筈だ。それを、あえてしなかったのだ。その事に関しては、アスーカルに感謝をしている。

 しかし、本当にアインスガンダムを彼に渡して良いのだろうか。それだけが、どうしても心に引っ掛かるのだ。

「もし……もしもですよ。僕が、ガンダムを渡すのを拒否したとしたら……」

それを言った時、アスーカルは言った。

「今の俺の状況が分からねえほど坊主も馬鹿じゃあるまい。全力でお前の仲間を潰すぐらいは平気でやってやる。あのクルー達が生きるか死ぬかはお前の答え次第なンだわ。」

恐らく、嘘偽りのない言葉だろう。レイに緊張が走った。

「時間が惜しい。早く答えやがれ坊主!」

恫喝するアスーカル。しかし、レイも迷う。男はガンダムさえ貰えれば“何もしない”とは言った。彼自身、アスーカルを助けたい気持ちはある。しかしそれを本当にしてしまって良いのだろうか……

「もう良い……じゃあ時間をやる。明日、ガンダムに乗って郊外の砂漠まで来い。Eフォンはあるな?場所の指定はしてやるからそこまで、一人で来い。他の奴への口外は禁止だ。俺だって最早手段は選べない。この意味、分かれよ。」

やがてアスーカルはコーヒー代金二人分を支払い、両者はカフェを去った。そして、アスーカルはこの場から去って行く。

 ここに来て、またしても悩みが増えたレイ。アインスをアスーカルに差し出すべきなのか、どうなのか。アスーカルの事情は分かる。しかし、それを本当にして良いのだろうか。

「レイ君!?」

その時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。エリィの声である。

「エリィさん!良かった……」

「はぐれた時はどうなるかと思った……良かった、無事で……」

と、エリィはレイを抱きしめる。そこまでしなくても良いのにと、彼は思うのだが彼女のような美女に抱擁されるのはやはり嬉しさがある。

「それよりここから離れましょう。まさか観光中にテロに遭うなんてね……」

「そ、そうですね……」

思えば彼女とはぐれたのは突然の自爆テロが原因だ。それではぐれ、そこから砂漠の狩人とカフェに行き、そこでアスーカルの事情を聞くという流れ。

 両者は走ってその場から去る。少しでも現場から遠のく為に――

 

 

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 

二人が先程のテロ現場から距離を置こうとしていた時、再び爆発が。それも、先程のものより大きい。

 しかし、今回は場所が悪かった。高所での爆発。それが何を示すのか――

「瓦礫……?」

レイの青い目に映ったもの。それは、瓦礫。そのようなものが直撃すれば、どのような参事になるのかは想像に易い。

 しかし、目の前に瓦礫がある現状、レイはそれを避けるという判断が出来なかった。目の前に置きが出来事が、現実として認識するのに時間を要したからだ。それは彼自身の危機に繋がる。

「レイ君っ!!!」

 

バッ

 

エリィがレイを覆う形となった。その瓦礫は、エリィの胴体に直撃してしまったのである。

「ああうっ!」

「エリィさん!」

激痛がエリィを襲った。突然の出来事。余りに、一瞬過ぎる出来事だった……

 このショックにより、エリィは意識を失った。血が背中から流れている。彼女はレイを庇う為にダメージを負ったのである。

「そんな……エリィさん!!エリィさん!!」

いくら揺さぶってもエリィは起きない。この非常時、どうすれば良いかも分からない。危険な状況。目の前で起きた、悲惨な出来事。

「……そうだ、ネルソンさんに……!」

咄嗟の判断だ。レイはネルソンに連絡を取ったのである。しかし今は非常事態。彼は、エリィの肩を背負う形となり、屋根のある場所まで移動し、そこでネルソンに連絡を取った。

「ネルソンさん!エリィさんが――」

諸事情を説明したレイ。それを聞き、ネルソンは指示を出した。

 カイロ市内の病院に搬送してもらう事、そして、それに付いて行くように……と。レイはそれらを聞き、急いで救急車に連絡。そして、搬送を待ったのであった。

 




第十一話投了。喫茶店でのアスーカルとのやり取りでレイはどのような判断を下すのか……といった話でした。

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