「……あれ……ここ……は?」
病室にて、そこでエリィは目を覚ました。見慣れない場所。先程までの記憶が、飛んでいる。
瞬きをし、エリィは周囲を見る。
やや年季の入った印象を持つ病室。そこの一室で彼女は倒れていた。そして今、目を覚ましたのだ。
「気が付かれましたか?」
エリィの紫の眼に映るのは看護師の姿。彼女の事を心配そうに見ている。
「ここって……病院……?やだ、私、いつの間に……」
「観光の方ですかね?災難でしたね……本当、テロが相次いでいる状況なんですよ。ここ、カイロは……」
看護師が心配そうにエリィに声を掛けた。
「そう……なんですね……」
エリィはそっと言った。
「これも、新生連邦軍が樹立してから急激に増加しているんです。本当、無法地帯のようなものですの。その為か病床はほぼ満床の状況が続いていまして。だから手に負えないんです。怪我人も増えるばかりで……」
カイロの現状を語る看護師。それを聞き、エリィは言った。
「大変な状態なんですね……あれ、レイ君は……?」
辺りを見回す。しかし、レイの姿はそこにはない。
「ああ、お連れの方?待機室で待って頂いてますよ。お呼びしましょうか?」
「え?あ……はい。」
エリィは瓦礫によって意識を失っていた。彼女は気が付けば胴体に包帯を巻かれており、病衣を着せられていた。全てが覚えていない状況。どれだけ眠っていたのかも、分からない。
ふと、エリィは窓を見る。辺りは暗い。もう、夜なのだ。先程のテロもどうなったのかも分からない。エリィが寝かされていたのはとある病院の一室。最大四人が入院できるようになっているその場所。それぞれがカーテンで仕切られており、他人が見られないようにする事が出来た。
やがて看護師は人を連れてくる。そこには、レイとネルソンの姿があった。
「エリィさん!」
まるで子犬のように、エリィに近づくレイ。
「良かった!目を覚ましたんですね!」
「ええ……レイ君が、連れて来てくれたの?」
「はい!ネルソンさんにも相談して!」
と、エリィはネルソンの方を見た。
「大尉……わざわざありがとうございます。それと、すみません……こんな事になってしまって。」
「心配したよ艦長。無事で何よりだ。そして、貴方が謝る必要はない。」
ネルソンの表情は最初、固いものがあったが次第に柔らかくなっていく。
「しかし、まさか自爆テロがあるなど考えもしなかった……ここ、カイロは余程治安が悪いと見える。」
ネルソンはそっと溜息を吐いた。
「ところで、今痛みはどうだ?」
ネルソンが確認した。
「ん……ちょっと身体を捻ろうとすると、痛いかなって感じです。」
「瓦礫による打撲……か。少しの間はリハビリをして、痛みがなくなれば退院も近いだろう。大した怪我でなくて良かった。」
「大尉的にはどれぐらい入院が必要だと思いますか?」
「診断したのは私ではないから何とも言えんが、痛みが改善してある程度身体の動作確保が出来れば一週間もあれば退院は出来るだろうな。経過によっては数日でも良いかも知れない。」
「それぐらいなら、少しゆっくりしようかな。レイ君もごめん……迷惑掛けちゃうね。貴方の家族さんの所に連れて行かないと行けないのに……」
と、エリィは表情を曇らせた。いくら不本意とはいえ、観光している時に怪我をするなど、航行に影響を与えてしまう事になるからである。
「いえ……エリィさんが無事で、本当に良かったです!」
確かに航行は遅れるかもしれない。だがそれ以上に大切なものがある。それは人の命。余程の事情がない限り、自己の事情を優先してしまう事は誰もが得をしない。今回のエリィの怪我も、彼女が身を呈してレイを守った事から生じたもの。それでも軽症で済んだのは、不幸中の幸いとしか言いようがない。
(そう言えば、ネルソンはどうして身体の事とかに詳しいんだろう?)
と、ここでレイは一つ疑問を抱く。先程のネルソンとエリィとのやり取りを見ていて気になった事。何故ネルソンはエリィの怪我に対して予後予測を立てる事が出来たのだろうか。気になったレイは、口を開く。
「あの、ネルソンさん。」
「どうした、レイ君。」
「ずっと気になってたんですけど、ネルソンさんはどうしてそんなに身体のこと事とかに詳しいんですか?」
この質問に対し、ネルソンは答える。
「私は医師免許を持っていたからだ。」
「医師免許……えええ!?」
彼はこの時初めてネルソンの事を知った。ネルソンは医師免許を持っていながらも、MS戦をこなしていた。それらを両立することが出来る男、ネルソン。レイはその事実に衝撃を受けた。
「まあ、今は医師免許を持たない“モグリ”の医者だがな。」
「えと、じゃあ前は持っていたんですか?」
ネルソンの言葉にレイは疑問を抱く。ネルソンがそれに対して口を開けようとした時、エリィは咳払いをし、言った。
「コホン、大尉は元デウス軍の軍医をしていたんだよ。けれど戦時中に色々とあったんですよね、大尉。」
「まあ……な。」
と、何やら事情がある様子のネルソン。
「結局はデウスも連邦も戦争に勝つ為ならば手段を選ばんという事だよ。いつの時代も前線で戦う兵士は犠牲となる。そして上官はその手柄を利用して出世する。嫌な構図だな、全く……」
と、ネルソンが珍しく愚痴らしき言葉を発した。
「ネルソンさんはデウス帝国だったんですよね……?」
「ああ、そうだ。別にそれがあったからといって特別に何か良い事があった訳でもないが。」
レイはネルソンの事を殆ど知らない。一度彼から叱責を受けたぐらいであり、彼の過去の話等はあまり聞かされていなかったのだ。
「僕もデウス動乱中は世界とか宇宙がどうなっていたのかは全然分からなくて……それで、まさかここで元々軍の所属の人達に会えるなんて、なんか不思議……と言うか、びっくりというか……」
今までこうした経験を全く知らないレイにとって、元軍人という肩書を持つ彼等は輝いて見えたのだ。
「君が奇麗に目を光らしても、特別な事などない。戦争は人同士が殺し合う。当時のデウス軍は人員を補う為に軍所属の人間達を動員して戦わせたからな。軍医として、デウス帝国の民の為に貢献していこうと考えていた時に私は戦わざるを得なかったのだからな……」
ネルソンが今こうして戦っているのは、不本意なのかも知れない。それは彼の言葉から汲み取ることが出来た。
「医者とあろうものがMSに乗って人を殺めるという矛盾。何の為の軍医なのかも分からんよ。」
と、言いながらネルソンは自身の首を掻く。
「お医者さんって、人の為に働く仕事ですもんね……確かに、それでMSに乗るのって矛盾を感じますよね……」
病棟のベッドの上でエリィが言った。
「医療従事者は只の利益追求だけで成り立つ仕事ではない。人の良心、人を想う心があって成り立つ仕事でもある。しかし戦争は効率を求める。如何にして敵を殺めるか……軍医である私にもそれを勧めてくるのだ。あれは残酷だよ……」
ネルソンは、恐らく医者でありたかったのだろう。しかし状況が彼をそうでなくした。結果的にネルソンはMSに乗り、戦った。その結果が尉官まで上り詰めたのだが、彼自身“大尉”という称号はあまり好きではないのだ。
「大尉という言い方は正直……なのだが、艦長はそれが呼びやすいというのだから、私も従っている。」
(どうなんだろう、それって……)
クルーの皆がネルソンの事を“大尉”と呼ぶ。だが彼の過去を少し知ることが出来たレイは、その呼び方を改めて良くない、と考えていた。
「セイントバードのMS部隊の指揮を執るのも大尉だし、クルーの怪我にも対応するのが大尉なの。だからレイ君が大怪我した時も処置をしてくれたのは大尉なんだよ?」
エリィが笑顔で言った。
「あの、ネルソンさん……改めて、本当にありがとうございます!」
レイは、この場でお辞儀をした。
「礼には及ばない。私は自分の与えられた役目を果たしただけに過ぎない。それに身体が治っていったのは君自身の力だ。君の場合は少し特殊な気もするが、まあ、無事で何より。」
医者であるネルソン。彼の存在は、今のセイントバードチームには欠くことのできない存在と言えた。
「あの、今日はもう帰ります?夜も遅いですし……大尉はここまで、何で来たんですか?」
エリィが気を利かせるように言った。
「車で来た。レイ君も乗せてセイントバードに戻る予定だ。」
「分かりました。また、連絡しますね、大尉。」
「そうだな……レイ君、戻ろうか。」
「はい。」
そしてレイとネルソンは病室を後にした。エリィは静かに手を振り、笑みを浮かべていた。
ネルソンは車を走らせ、セイントバードまで戻る。夜のカイロ市街地。それは非常に静かであり、誰も出歩いていない。まるで昼間のテロの惨状が嘘のようだ。
「夜の移動はガソリン車の方が良いな。この時代では高級車だがソーラーバッテリーで太陽光を当てないと車が充分に稼働できない事を考えるとこうした車は一定数必要だろう。」
「セイントバードって、お金を持っているんですね。」
「と言ってもガソリン車はこの車だけだがな。基本的に車で移動する事は少ない分、有事の際にはこの車が役に立つ。ガソリンも一部のジャンク屋じゃないと取り扱っていない、貴重な資源だからな。」
「そう、なんですね……」
この時代におけるガソリン車というのは高級品だ。旧世紀ではガソリン車が主流だったが、環境問題や資源問題を考慮していき、現在では外宇宙からの資源の一つであるCメタルを合成した金属を利用し、それがソーラーバッテリーとして利用されている。それは、車以外にも家電類にも使用されているのである。
ソーラーバッテリーは環境問題や資源問題を解決している手段の一つだ。車やバイク等の移動手段にこれらが使われるのにはこうした理由がある。ただし、日中は必ず充電しなければならないというデメリットがある。特に、セイントバードやMS乗りといった存在は車を使う事は殆どない為、有事の際に車を発進する時はこうしたガソリン車を使える事が望ましいとされるのだ。
レイは車の助手席で、ネルソンと会話をしつつもどこか、上の空だった。彼は昼間にアスーカルに言われたことを、思い出していたのだ。
――――――――――――ガンダムに乗って郊外の砂漠まで来い―――――――――――
アスーカルに言われた言葉が脳裏に過る。彼は明日、アインスを発進させなければならないかも知れない。もしそれをしなければ、セイントバードのクルーに被害が及ぶ。アスーカルには口止めまでされている状況。彼は、どうすれば良いか悩んでいたのだ。
「どうしたレイ君。何か悩み事か?」
彼の場合、すぐに顔に出る。その為、ネルソンにもその表情は見られてしまっていたのだ。
「あ……いえ……」
どうすれば良いのだろう。ネルソンにアスーカルの事を言うべきか。そうした場合、恐らくネルソンはレイを守ろうとするだろう。彼がハルッグを駆り、その場所に向かう可能性もある。だがアスーカル自身も生活がある。そして、守るべき家族もいる。その話を聞いているレイ。彼の中の天秤は、揺れ動く。
(アインスをあの人に渡せばあの人は救われるかも知れない。けど、それってどうなんだろうか。僕にはこの人達がいる。この人達を守りたいって気持ちもある。守る為に、アインスを渡すべきなのかな……どうしたら、良いんだろう。)
悩むレイ。それに答えはない。ネルソンに内緒で、アインスを郊外の砂漠に向けて発進させるか。元々アインスガンダムは彼が新生連邦から奪ったもの。セイントバードの所持物ではない。それを彼がどう扱おうが、それは彼の自由だ。
けれどもそれをする事により、セイントバードチームが不利益を被る可能性もある。元々レイはセイントバードチームを守る為にガンダムに乗り、戦っていた。結局、彼はクルーを守る為の行動をとるのだが、それはどちらが正解なのかは分からない。アスーカルにアインスを渡す事が正しいのか。それとも渡さず、アスーカルの要望に応じずに過ごすことが正しいのか……
「アインスガンダム……不思議な機体だな。」
と、ネルソンはそっと呟いた。
「艦長と君がカイロに居ている間、データ解析を進めていた。その結果、あの機体は局地戦に対応している機体であることが分かった。
「局地戦……ですか?」
「簡単に言えば戦場の環境が異なった場合に、それ相応の換装を行い、戦闘に於いて有利に働く事が出来るというものだ。今頃シンをはじめ、整備士達が気合を入れてアインスの換装の為のパーツ開発を行っている。それが出来ればアインスガンダムは砂漠でも戦うことが出来るようになるだろう。」
運転をしながら、ネルソンは言った。
「砂漠で戦えるアインスガンダムって事ですか?」
「データ解析ではあった。アインスガンダムは砂漠、空中、水中のそれぞれの環境で対応出来る換装システムを搭載している。今後、状況によってはそれらの換装をし、対応できるようになるかも知れない。」
(アインスに、そんなシステムが……)
解析などしないレイにとっては初耳だった。アインスガンダムの本当の目的。それは異なる環境においてもパフォーマンスを発揮する為のシステムが搭載されているという事。
「新生連邦のガンダムだったな、あれは確か。デウス動乱が終わり、敵がいない状況にも関わらずこのような機体を開発する意図が不明ではあるが、今新生連邦は戦力増強を続けているという。」
「そうなん……ですね。」
そのような事情など、レイに分かる筈がない。
「大規模な戦争が終わり、本来ならば平和の為に皆が歩み寄らなければならないのにも関わらず、MSが生産され続けているというのもおかしな話だな。まあ、それでMS乗りが成り立っているので、我々がその事について物申すのもおかしい話だ。」
それもまた、矛盾だ。結局人は矛盾を繰り返している。平和を望むにも関わらず、平和を掴むためにMSという兵器を作り出し、結果的に戦闘が起きる。これもまた、矛盾。戦時中はそれの繰り返し。皆が平和を勝ち取ると信じながら、戦う。それが本当であるのかも分からない中で、戦い続けるのだ。
ネルソンのようにデウス動乱を経験している人間は、それを語ることが出来た。人が起こす“矛盾の闇”について。
「君のように、今まで平和に過ごしてきた人間が兵器に触れるという事も、正直恐ろしい話ではある。しかし、我々は君のその力を頼りたいという気持ちもある。これもまた、矛盾だな……勝手なものだな、人というのは。」
ネルソンは彼の前で、レイを頼りたいという事を言った。やはり昨日にビヤーバーンの主砲を撃ち抜いたのが大きく影響していると言えた。
「僕は、頼られているんですか?」
なんとなく、レイは聞いた。
「ああ。我々の航行は基本的に危険が伴う。何せセイントバード自体が優秀な戦艦であり、新生連邦から奪った戦艦だからな。いつ、敵に襲われてもおかしくないのが現状だ。だからこそ、戦力は欲しい。攻める為じゃない、我々自身を守る為にな。」
そうしている間にも、もうすぐ車はセイントバードに辿り着く。その間約三十分。幸いなのは、この間特に武力勢力等から目を付けられる事なく移動出来た事だ。
やがてセイントバードに着いた。その時、レイはネルソンに思い切って昼間の出来事について伝える事にしたのである。
「ネルソンさん、あの……実は……」
ネルソンが言っていた言葉を思い出したレイ。その言葉は彼の決断を決めるのに十分だった。
――――――――戦力は欲しい。攻める為じゃない、我々自身を守る為にな――――――
“守る為”という事はレイの戦う動機に繋がる。ネルソンの言葉を聞いたレイは、迷った挙句、真実を話すのだった。
アスーカルにガンダムを渡すように言われた事。そして、明日にガンダムに乗って郊外の砂漠に移動しろという指示。それだけ聞けば、アスーカルに脅されていると思われる。実際は違う。アスーカル自身も、彼自身の生活や家族を守る為に戦っている。その手段が、ガンダムをレイから奪い、売るという事だ。
砂漠の狩人とセイントバードチーム。それぞれが“守る為”に戦っている。そして、“守る為”に、何らかの行動を起こすのだ。
アインスガンダムをアスーカルに渡す事もセイントバードを守る事になる。しかしネルソンの言葉は、その戦力がある事でも守る事になる。それらを心の天秤に掛け、レイはセイントバードのクルーを信じることにしたのだ。
「レイ君、ありがとう。君はよく喋ってくれた。」
無論、その情報はセイントバードにとって重大な情報だ。何もしなければ、セイントバードが砂漠の狩人に危機的状況に陥る可能性があるからだ。
「君の話を聞いていて危惧すべきなのは奴が指定した場所にガンダムを出さなければ、奴が何らかの手段に出て、我々が危険に陥る可能性があるという事だ。そこで提案がある。」
「提案……ですか?」
「その場所に君がアインスに乗って行く。その際、私も同行する。無論、相手に悟られないようにする。もし君に何かあったら私が守る。」
レイはその提案を静かに受け入れた。アスーカルの方も何かを考えているのは間違いない。ネルソンの存在は、いわば“保険”だ。
「ありがとうございます、ネルソンさん。」
レイはお礼を言う。が、彼の表情はどこか曇っていた。
「奴も必死という事だな……まさか奴に家族が居たとは。しかし、我々も生きていかなければならない。」
それは分かっている。守る為に戦うという事はこのような時に選択肢が訪れる時もある。だから、迷うのだ。
「……アインスガンダムの姿が、変わってる?」
レイはアインスの目の前に立った。そこにあるアインスの姿。両下腿部にブースターが新造されており、左前腕部には新たにシールドが追加されている。右手部マニピュレーターが把持している武装は、大型のビームランチャー。
「おお、レイ帰ってきたのか。悪い、ちょっと弄らせて貰った。こいつは名付けてアインスガンダム砂漠仕様!砂漠での戦いに特化したアインスだ。」
シンがアインスの足部の影から出てきた。彼はセイントバードが留まっている間ずっとデータ解析を行い、簡易工場で加工し、アインスガンダムの砂漠仕様として、完成させたのだ。
「これで砂漠で何があっても戦えるぞ。ガンダムの活躍、期待してるからな!」
ポンと、レイの肩を叩くシン。それに対しては礼を言うレイ。
(さっきネルソンさんが言ってたのはこれかな。)
明日、彼は砂漠の狩人に会う為に砂漠仕様となったアインスを駆り出す。心の中で複雑な表情を抱え続けながら。
ブリッジにて。インクとスラッグがそれぞれの席について、カイロで購入した菓子を食べながらくつろいでいた。
「艦長、大丈夫かなぁ。」
インクがEフォンを弄り、菓子を食べながら言った。
「大尉が言うには軽傷だって話だぜ。明日またお見舞い行こうぜ。車出してやるよ。」
スラッグもEフォンを弄りながら言った。
「そりゃ行くでしょ!我等の艦長が入院しているのにお見舞い行かない人なんていないでしょ!」
と、再び菓子を食べるインク。
「つーか太るぞお前。もう寝ようぜ。」
「これぐらいなら太らないし!」
と、雑談を交わす両者。常時では仲の良い操舵士と通信士だが、非常時では懸命な働きをする。このメリハリの付け方も、セイントバードチームの強さに一役買っていると言えるのだ。
翌朝になった。カイロ郊外に止めているビヤーバーン内にて。アスーカルとパゴーダをはじめ、MS乗り達が艦内のミーティングルーム内で話をしていた。
「今日の昼にラグラーナを出す。ンでだ……もし何かあればすぐに対応できるようにしてくれ。今日の交渉が上手くいけば、俺達は少しでも裕福な生活に戻れる可能性が出てくる。」
いつになく真剣な目をしたアスーカル。クルー達も、その雰囲気の違いを感じていた。
「言ってた、ガンダムの事ですか?」
パゴーダが言った。
「おう。あの坊主がトンズラしなかったらの話だがな。」
他のクルー達の目も真剣だ。彼等の生活にも関わる事。それがこの昼に起きる事だ。
「アスーカルさん、俺等はアスーカルさんを信じてますよ。資金繰りが厳しい状態って言われてもついていきますよ。それがチームってもんでしょ?」
クルーの一人が言った。それに対し、アスーカルは言う。
「言っとくが俺の船は泥舟だぞ?泥舟って分かっててついてくる馬鹿野郎はお前等ぐらいだぞ?」
自らの状況を泥舟と例えるアスーカル。それでも、彼について行くクルー達。この事から、アスーカルは、人に恵まれていると言えた。
「俺等だって沈んでやりますよ、アスーカルさん。」
別の一人のクルーが言った。
「俺は、幸せ者なのかもな……」
皆の言葉が今の彼に響く。思った事は即行動する男、アスーカル。窮地に追われている彼だが、その人柄は人を引き寄せる。現に、クルー達は彼に従っている。
しかし彼には守るべきものがまだある。それは家族だ。それらを守る為にも、男はガンダムを必ず手に入れなければならないのであった。
ダダダダダダダダダダダダダダダ
銃声が響く。機関銃だろうか。新生連邦の兵士が市街地にも関わらず銃を撃ち続ける。それに対抗するのはテロリスト。だがその場にいるのはテロリストだけでない。民間人の姿もある。彼等は巻き添えを食らっているのだ。
最早これは無差別攻撃だ。新生連邦軍はその情報を隠蔽する事が出来る。それを上手く利用した出来事。市民、テロリスト等関係なく銃撃を行うと言う非道。
挙句の果てにはMSまで出す状況。テロリスト鎮圧の為とはいえ、周りの人を巻き込む事を躊躇わない。新生連邦のMSであるディーストが頭部機関砲を使い、人に対してそれ等を放つ。それに巻き込まれ、血を流し、死ぬ人々。惨い光景だ。鎮圧の為ならば手段を問わない。
こうした出来事はカイロでは頻回に起きている。人々はテロや犯罪の脅威に怯え、尚且つ新生連邦の鎮圧にも怯えなければならないという状況が続いていた。
「銃声が聞こえた……?」
カイロ市内の病院にて、不吉な音と共にエリィが目を覚ました。
「カイロじゃここ最近しょっちゅうよ。本当に恐ろしい街になったものよ。」
というのは隣のベッドで横になっている女性だ。エリィよりも年上で、ややほうれい線が目立つ中年女性。
「観光客を受け入れる為に表向きは良い顔をしてるけど実際は違う。新生連邦樹立してからテロは活発。その上でのテロの鎮圧も新生連邦がやりたい放題。庶民からしたらどっちも脅威でしかないの。連中はなりふり構わず銃を撃つ。銃撃戦が始まったら暫く動かない方が良いかもね。新生連邦は民間人がいようとお構いなしに銃を構えて撃つから。」
隣のベッドで寝ている中年女性がエリィに言ったのだ。彼女はカイロに住む市民。この惨状を詳しくエリィに教えたのである。
「あんたは見たところ観光客ね。気の毒ね。こんなテロと無差別攻撃が続く街に来るなんて……」
エリィに同情する中年女性。カイロという都市の惨状を、明確に教えてくれるのであった。
「治安が悪いというのは聞いていましたが……そんなに大変なんですね、ここは。」
「大変なんかで済んだら良いけどね。今の所医療機関が襲われる事は無いと思うけど、ここも安全とはいえないかもね。」
デウス動乱後の混乱の影響が響いていると言える現状。今のカイロ市内は無法地帯だ。一方でエジプト政府は観光客を入れる為にこうした事実を隠蔽する。そして、新生連邦による無差別攻撃。それも新生連邦に隠蔽される。いくら一般市民に犠牲者が出ようとも、彼等は何食わぬ顔をする。それが今のカイロの現状だ。
(しばらくお見舞いは控えてもらった方が良いかも知れないわね。)
状況が状況だ。今市街に出たらテロリストと新生連邦の銃撃戦に巻き込まれる可能性も高い。しかも本来ならば市民を守る立場の筈の新生連邦軍が無差別攻撃をしている。非常に危険な状況。この中を移動すれば、どのような惨事に巻き込まれるか分からない。
カイロの情報が書かれているSNSを見るネルソン。朝のニュースだ。テロリスト鎮圧の為に新生連邦が動いたというニュース。それだけ見れば新生連邦は一般市民の安全の為に動いていると言えるのだが、実際は違う。ニュースでは実際の状況など隠蔽されてしまっているのだ。
「これでは艦長の所には行けないか……退院の目処がついたらまた迎えに行く準備をせねばな。」
と、自室で一人、朝食を食べながらEフォンを見ていた。
「さて、後は彼の動向を見守るか……」
昼にアスーカルに会う為にアインスを起動させるレイ。それを見守る必要があるネルソン。彼はその時間まで、自室で待機をする事にしたのだった。
時が経ち、昼になった。レイは予定通りアインスに乗り込み、アスーカルが言っていた郊外の砂漠まで移動する。この時、整備士のシンからアドバイスを貰っていた。
「いつもと仕様が異なるから最初は慣れないかもな。けど慣れてきたら砂漠での移動は大分違うぜ。あと、ビームランチャーは威力は優れているが連射が出来ない。粒子の残量に気をつけてな!」
と、戦う事を想定した説明をする。レイ自身、今回は戦いに行く訳ではない。願わくば説得をしようと、考えているのだ。その保険として、ネルソンがハルッグで付いてくるのである。
アインスは発進した。ランドセルからのバーニアの出力を上げ、地下から地上に出る。砂漠地帯を脚部のバーニアで移動し、目的地へ向かう。
「凄い、全然違う……」
砂漠仕様となったアインス。まるで砂漠の上をスケートで滑るように、駆け抜けるのであった。
それからレイは合流ポイントに辿り着く。そこにはラグラーナの姿があった。
「約束は守ったみたいだな坊主。ん?装備が変わったか?」
一目で分かる装備変更。レイは静かに頷く。
「まあ武装が多いに越した事はねェからな。一緒に来い。来た直後にお前を返してやる。そしたらお互いにハッピーエンドってな。」
アインスとラグラーナは互いに向き合っている格好でいる。ラグラーナはビームライフルを後方に構えるような動作をし、ビヤーバーンへアインスを向かわせるように合図をした。
その近くにある、巨大な岩。その影にはMS形態のハルッグの姿があった。レイの動向を密かに見守るネルソン。万が一の状況になっても駆けつける事が出来るよう、準備をしていたのである。
(昨晩に打ち合わせをしておいて正解だな。砂漠の狩人がどのような行動をするかは分からない。本当にアインスガンダムのみを奪うだけなのか……万が一レイ君の身に危害が及ぶ事は避けなければならない。あえて敵の戦艦に彼を忍ばせ、少しでも情報を得てから救出する。その上でアインスガンダムを奪還出来れは良い……)
ネルソンはアインスをアスーカルに渡す気など毛頭無かった。いきなり出て行っては攻撃をされる。相手を安心させ、あえてレイを囮にし、すぐに救出に向かうというのが彼の作戦だ。レイはこの提案を承諾しており、納得もしている。全ては、セイントバードを守る為だ。
バシュゥゥゥゥゥ
だがその目論見は脆くも崩れ去る事になる。アインスとラグラーナに向け、ビーム粒子の飛翔体が飛んできた。それも一つだけでない。多数だ。ビームライフルによる砲撃が、この二機に向けて放たれたのである。
「何だ!?」
アスーカルはレーダーを確認する。熱源の数は八つ。いずれもがMSだ。そして、モニターで確認する。そこに映っていたのは新生連邦軍のMSである、ディーストだった。
そこに出現したディーストはいずれもカーキ色をしている。そして、脚部にはバーニアが装着されている。所謂、ディザードディーストだ。新生連邦のカイロ基地から出撃したこれらの機体は、どういう訳か、郊外にいたアインスとラグラーナに向けて襲ってきたのである。
「あれって新生連邦の!?どうして!?」
「坊主、あいつらをどうにかしねェとな!」
不本意だが、砂漠の狩人とレイが共同戦線を張る事になった。突如出現した新生連邦軍。テロ行為、反乱行為等、治安を乱す行為をしていない彼等が、何故襲われるのだろうか。
カイロ基地内ではモニターでアインスガンダムとラグラーナの存在を確認していた。この時、一人の士官がガンダムの存在に気付き、反応する。
「あれは確か本部で建造されたとされるガンダムタイプ……何故こんな場所に!?」
アインスガンダムは元々新生連邦の所有物。モントリオールではいつでも回収出来ると鷹を括っていた存在ではあるが、カイロという土地に置いてこの機体が出現した理由が不明である。
新生連邦本部で開発された筈のガンダムがここにいる……それだけでも、新生連邦軍が動く理由としては十分だった。彼等がディザートディーストを発進させた理由は、アインスガンダムを奪還する為なのであった。
「八機のディーストを展開!後続部隊は待機!隣のMSは破壊して構わん!目的はアインスガンダムの奪還!急げ!」
治安維持と言う名の名目で無差別攻撃をする新生連邦カイロ軍。彼等はアインスガンダムを見つけるな否や、その戦力を惜しみなく投入してきたのである。
砂漠の狩人との共同戦線が始まった。迫るディザートディースト。武装はビームライフルを持った機体もあれば、バズーカランチャーを持った機体もある。それらは躊躇なく、二機に迫る。ビーム射撃を行う機体と、実弾による砲撃を行う機体。
レイはこのような状況を経験するのは初めてだ。一対多数。散開し、砲撃をしてくる新生連邦の機体。ただでさえ砂漠での戦闘に慣れていないレイ。幸いなのはアインスガンダムが砂漠に対応しているという点だけだろうか。
「アインスが砂漠に対応してくれている……なんとか戦えると思うけど……とにかく、迫って来る敵を倒さなきゃダメなんだ……!」
天気は晴れ。しかし砂塵が視界を遮る。砂漠という環境には来た当初よりは慣れたとはいえ、彼にとっては苦手な環境であることに変わりなかった。
ドオォン
ディザートディーストがバズーカでアインスを狙う。それに気づいたレイは頭部機関砲で実弾を狙い撃ちし、破壊する。そして砂上をバーニアで滑るように移動し、アインスはランドセルに連結しているビームランチャーを、その右腋窩部からくぐる様に展開し、スコープを覗かせる。
「敵の動き……見えて……そこっ!」
ドバァァァァァァァァ
ビームランチャーが展開され、ディザートディーストに直撃。ビームライフル以上の出力を誇るそれは直撃したそれを一撃で葬り去った。
「なんだ、あの武装は!?」
「ビームランチャー!?いつの間にあんな武器が!?知らないぞ……!」
新生連邦兵は見慣れない武装を持つアインスの存在に動揺していた。高出力のそれは砂漠と言う環境において絶大な効果を発揮する。
「もう一発!」
と、レイは再び迫るディーストに向けてビームランチャーで狙い、放つ。太いビームはバズーカを持ったディーストを葬った。
「凄い威力だ……これなら、やれる筈……!」
迫る新生連邦軍に立ち向かうアインス。砂漠という大地でも戦えるその力は新生連邦軍にとって脅威となっていた。
ラグラーナもレイに後れを取ってはいない。砂漠の狩人であるアスーカルも迫る新生連邦軍に対して攻撃を仕掛ける。
新たに追加した装備、大型ビームサーベル。背部に一つ搭載しているサーベルラックを引き抜き、出力の高いビーム刃を展開。接近戦を試みる。
砂上の機動性はラグラーナの方が上だ。しかし新生連邦軍は数が多い。ラグラーナに向け、ビームライフルを放つディースト。
「連邦の最新兵器だろうが砂漠では俺の方が上手なンだわ!」
やがて接近し、ビームサーベルを展開し、ディーストのコクピットを破壊したのだった。
胴体が二つに切り裂かれたディースト。中のパイロットの胴体も熱で溶け、跡形もなくなった。
ドォン
ラグラーナの背面部にミサイルが直撃した。後方には脚部ミサイルポッドで攻撃を仕掛けるディザートディーストが二機。
「装甲が丈夫で助かったー」
それに反応したアスーカルは右手部マニピュレーターで把持している大型ビームライフルでディーストを撃ち抜く。それにより、脚部を破壊されるディーストは機体のバランスを崩した。そして、ラグラーナはバーニアで移動し、ビームサーベルで切り裂いた。
アインスと合わせて四機撃墜している。残る敵機体は四機だ。
ピピピピピピピピピ
しかしそれだけでは終わらなかった。レーダーに熱源反応があった。増援がここに現れたのである。また別のディザートディーストが六機。いずれもが砂上を移動し、急速に接近する。
「数が多いな……野郎共、力貸せ!こいつらを殲滅するわ!」
アスーカルが指示を出した……と同時に、隠れていたディザートディエルが六機出現。マシンガンを構え、砂上を移動し、迫る。砂漠の狩人の全勢力がここに集った。
「MS乗り風情がっ!!」
旧式のディエルに駆る砂漠の狩人のMS乗り達。最新鋭の機体であるディーストが押されることなど、本来あってはならない事だ。増してや新生連邦軍の正規兵がこのような人間に負ける事自体、本来はあってはならない事なのである。
ブゥンッ
と、ディーストがビームサーベルを展開した。接近戦を試みたその機体はディザートディエルに迫る。
「リーチ長いからって勝てると思うなッ!」
ディエルのパイロットが叫ぶ。そして、ビームトマホークを展開し、その機体とビームの刃で交わった。
ダダダダダダダダダダ
と、接近した時を狙い、左手部マニピュレーターに装備していたマシンガンでディーストのコクピットを狙い撃ちした。これによりディーストは破壊された。
「こりゃ良い獲物だ!これも回収すれば金の足しにはなりますよ、アスーカルさん!」
「おお、しっかり回収だ!ガンダムだけじゃなく、こいつらも手に入れれば一石二鳥だ!」
MSに乗り、パフォーマンスを発揮するアスーカル。彼等は新生連邦兵に対してはその強さを発揮していた。
レイは迫ってくるディーストに対応している。ビームランチャーは確かに強力な武装だ。しかし弱点もあった。それは、速射を出来ないという事。バーニアを展開したディーストがビームサーベルを把持し、接近する。
「ああっ!しまっ……!」
眼前に見えるのはモノアイを輝かせるディザートディースト。ビームランチャーの弱点を見抜かれたと感じたレイに、危機が迫った。
バシュゥゥゥゥゥ
レイが危機に陥ったその時。一筋のビーム砲がレイの眼前を過ぎ去り、敵MSを貫く。
ビーム砲の矛先を見た時、そこにいたのはロングビームライフルを構えるハルッグの姿だった。
「ネルソンさん!」
「待機していて正解だったな。大丈夫か、レイ君。」
「はい、すみません……」
「気にする必要はない。しかし、まさか新生連邦軍がやってくるとは思わなかったな。」
状況を見ていたネルソンが援護に入った。強力な助っ人に助けられるレイ。
しかしこれを快く思わなかった人間が居た。アスーカルである。ここにネルソンが居るという事は、つまりレイがガンダムを渡す話をクルーにしたという事になるのだ。
共同戦線を張ると言ったアスーカルだったが、ハルッグの存在を確認した時、彼の表情は一変する。
(坊主め、仲間にチクりやがったな。それが何を意味するのかを教えてやらなきゃならねえようだ。)
本来の目的はガンダムをレイから貰う事。しかし、レイがそれを仲間に伝えているという事は、彼自身の目的の障害になり得るという事だ。怒りに燃えるアスーカル。そして――
ブゥンッ
「えっ!?」
ラグラーナはバーニアを起動させた。新生連邦との交戦を止め、アインスに近づき、迫った。
大型ビームサーベルでアインスに切りかかるラグラーナ。それに反応したレイはビームサーベルで応戦した。
「アスーカルさん、何を!?」
まさかの攻撃に戸惑うレイ。しかしアスーカルは対照的に怒りを見せている。
「てめェ何故チクった!?仲間には言うなってって言ったじゃねェか!」
「それは……でも……!」
レイ自身も強くは出られない。それは少なからずアスーカルを“裏切った”という感情があるからである。
「ふざけんなよ……こうなりゃ力づくで奪ってやる!生死は問わねェぞこっちは!!」
ラグラーナの巨体がアインスに迫る。応戦するレイ。
「アスーカルさん……!」
歯を食い縛り、アインスはビームランチャーを構え、ラグラーナに向けた。その動きに気付いたアスーカルは一度後方に下がる。
ランチャーからビーム砲が放たれる。その砲撃はどの機体にも当たることは無かった。
「これはてめェが巻いた種だ!こうなるのは自業自得だ!ふざけンなよ!」
罵詈雑言を発するアスーカル。最早怒りに任せるだけの只の暴言。だがレイにはそれらの言葉が刺さる。それは、レイ自身少なからず罪悪感を抱いているからであった。
「砂漠の狩人、お前の発言はエゴ以外何者でもないな。」
ハルッグが援護に入った。肩部のビームキャノンでラグラーナを狙い撃ちする。
「エース!こっちはもう余裕がねェのに……!あああ!糞が!!!」
怒るアスーカル。そして容赦のない攻撃。当然、アスーカルは部下達にアインス、ハルッグを狙うように指示を出す。しかも敵は砂漠の狩人だけでない。新生連邦軍もいる。
急に生じた三つ巴の状況。危機的状況がレイ達に迫る。
ドォォォォン
その時だ。上空から実弾による砲撃による轟音が鳴り響いた。と、同時に地上に居たディザートディエルが頭部からその形状を崩し、爆発を起こしたのだ。
「何だ!?」
それに反応するアスーカル。そしてレイにネルソン。
ビゴォン
実弾を放ったMSの頭部カメラは一つ目。ディエルやディーストといった機体と同じ。しかしこれらと決定的に違うのは、その体躯だ。
この場にいるMSの中で一番大型機体なのはラグラーナ。だが、そのMSはそれよりも巨大。ラグラーナとは6メートル程の差がある。推定全高28メートル。アインスガンダムより約10メートルもサイズに差がある。
「データにない機体だと!?あれは一体……」
この場にいた、誰もがその機体に着目していた。新生連邦の兵士達も見慣れないその機体の存在に戸惑うばかり。
すると、謎の大型MSはモノアイを輝かせ、その視線をアインスに向けた。
「え……これって……!?」
レイは視線を感じ、警戒する――
――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――
「!?」
その機体を見た時、レイの脳裏に過った妙な感覚が過った。それと同時に突如レイは頭を抱え、苦しみ始めた。彼の頭に入ってくる、謎のイメージ。それが一体何なのか、全く分からない。まるで脳の中で虫が蠢く様な気味の悪い感覚。彼の目は見開かれ、瞳孔は小さくなっている。
(この感じは何……!?気持ち悪い……!頭が……痛い……それと……怖い……嫌だ……嫌……ダ……嫌……アアアアア……)
このような感覚など、生きていて今まで感じた事がない。何故そのMSを見た時にこの様な異常な感覚に襲われたのかも分からない。ただ、一つ言えるのはこのMSは、明らかに“異質”と言える事は間違いなかった。
そもそも何故急にこのような感覚に襲われたのかも謎だ。それを引き起こしているのは恐らく目の前にいるこのMSではないのか……普通ならばそう考えるかも知れないが、今のレイにそのような余裕はない。アインスは完全に動きを止め、パイロットであるレイはこの奇妙な感覚に襲われた。
(動けない……気持ち悪くて……頭がおかしくなりそう……でも……何で……僕はこれを知っている……?どうして……)
レイはこの大型MSに怯えている。そして、不快感を示している。だが、ただ怯えているだけでない。彼はこの感覚にどこか、覚えがあった。しかしそれが何なのかは分からない。このMSを見て、ただレイは何も出来ず、無力になるだけだ。
「……」
その時、大型MSはアインスの方向を向くのを止め、違う方向へ向かった。それと同時に、レイは肩の荷が下りたかのように、気持ちが軽くなった。
「はぁっ……はぁっ……今のは……?」
彼にとっては分からない事が起きた。何故レイはその大型MSを見て、苦しんでしまったのか……今の彼は、ただ、茫然とするしか出来なかった。
同じ頃、カイロ市内の病院にて。先程のレイと同じ感覚を、エリィも感じていたのである。
(何!?この気味の悪い感じ……頭がおかしくなりそうな、この感覚は……)
レイと同じく、脳内でのたうち回る異常な感覚。何を示すかも分からない、恐怖と混乱。病院内で安静にしている筈のエリィにも同じ現象が起きたのである。
彼女は気持ち悪さのあまり右手を口に持っていく。嘔気を感じていたのだ。
「ちょっと……貴方大丈夫?」
隣の女性がエリィを心配した。しかし今のエリィに彼女の声は届かない。
(何故急に……この不快感は一体何……?レイ君も感じてる……?)
先日も感じた妙な感覚。これも、シンギュラルタイプがもたらすものなのかは分からない。襲い掛かる違和感は、ベッド上のエリィを苦しめるのであった。
大型MSはバーニアを駆使し、飛翔した。上空からディザートディエルに対してビームライフルを放つ。その射撃の一つ、一つが正確で、狙いを外さない。まるで、動きを予知しているかのような動きだ。
ディザートディエルはこの機体に既に三機撃墜されている。応戦するディエル。しかしマシンガン程度の武装ではその機体に傷をつける事すら叶わないのだ。
「なんだよこいつは!なんで、こんな……」
マシンガンを撃つディエルに対し、その機体は側腰部よりビームサーベルを展開。機体の図体からは想像も出来ない、素早い動きでビームサーベルを振るい、機体を破壊する。無論、パイロットは死んでいる。残すは二機。恐怖を感じたディエルは後退を始めようとしていた。
「か、勝てない!なんだこの化け物は!?」
「アスーカルさん!すみません!一度下がります!」
砂上を滑り、後退するディエル。しかし――
ドバアアアア
今度はそのMSは、フロントアーマー部に搭載されていた高出力のビームキャノンを放った。瞬く間にそれは、二機のディエルを撃破した。
一切躊躇いのないその動き。容赦のない攻撃。突如出現したその機体は、瞬く間に砂漠の狩人率いるMS乗り達の機体、ディザートディエルを全て破壊したのであった。
「馬鹿な!?お前等!嘘だろ!こんな!!!」
あまりに突然過ぎる悲劇。しかしそれは現実として出現した。大型MSは、まるで砂漠の狩人を狙い撃ちするかのような行動を取ったのである。
砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモは瞬く間に大切な部下を失った。目の前にいる大型MSは恐らく、勝てる相手では無いだろう。仇を討ちたいという気持ちはあった。しかし、その圧倒的な性能差を見せ付けられては彼も成す術がない。
「アスーカルさん!後退を!あんただけでも生き残って下さい!ガンダムはまたチャンスがあります!だから!!!」
ビヤーバーンよりパゴーダが通信回線を開いた。それを聞き、冷静になれたアスーカルは一度後退する事を決意したのであった。
「砂漠の狩人が撤退していく……それにしても、何だあの機体は……」
ネルソンはそれを見て違和感を覚えた。過去のデータにもないその大型MS。ただ、戦場を荒らし、砂漠の狩人の機体を殲滅して、その場から動かないそのMS。
ゴゥンッ
その時、大型MSが動き出した。砂漠の上をバーニアで展開し、移動する。ハルッグの方向に向かっているその機体。ハルッグはすぐにロングビームライフルを構え、狙い撃つ構図を取った。が――
スゥゥッ
バーニアの出力を上げ、大型MSはハルッグを素通りした。その行動に違和感を覚えるネルソン。
「素通り!?一体、奴は何が目的だ?」
ハルッグを敵と見なしていないのかは分からない。その素性が分からない以上、彼もそのMSに攻撃を仕掛ける訳にも行かなかった。
しかしそのMSが向かっている先を見た時、ネルソンの表情が変わった。
「アインスに向かっている!?奴の狙いはアインスか!」
もし、レイが狙われる事になれば大変だ。しかしどこの所属か、その目的も分からない為、ハルッグは攻撃せず、MS形態のまま様子を伺う事しか出来なかった。
ゴオオオオオッ
バーニアの音を大きく立て、大型機体とは思えない機動性でアインスに向かうそのMS。モノアイはアインスのデュアルアイをまるで見つめるように視線を送った。
「あああっ!」
先程の苦しい感覚が再びレイを襲う。やはり、彼が苦しむ原因は先程彼の前に現れた大型MSだろう。
ゴウゥゥゥン
バーニアの出力を弱め、再びアインスガンダムの前に立ち塞がったそのMS。怪しげにモノアイを輝かせ、じっとアインスを見つめる。
「お前の感覚……何処かで覚えがあるな……」
その時、謎のMSから声が聞こえた。男の声だ。レイの事を知っているのだろうか、彼を前にして回線を開いたのだ。
(やっぱりだ……やっぱりどこかで僕はこの感覚を覚えている!何なの!?気持ち悪い……!)
一方のレイはただ、恐怖で震えていた。何故このMSを見ると、彼は怖さを感じてしまうのだろうか。
互いに両者を知っているかも知れない。しかし一方で、互いに思い出せない。そして、今両者は一切武器を構えていないのだ。
「レイ君!!!」
すると、そこへハルッグが駆け付けた。
「ネルソンさん……!」
ハルッグの姿を見てレイの表情は少し和ぐ。だが、この恐ろしい感覚はまだ、抜けない。やがてハルッグはアインスの前に庇うように立ち、ロングビームライフルを大型MSに向けた。
「貴様は何者だ?アインスガンダムを奪う気か?」
相手の行動次第で、ネルソンはそのMSに攻撃を加える気でいたのだ。
「ほぅ、どうやら仲間らしいな。そのガンダムタイプのパイロットの。」
またしても、パイロットは喋った。
「答えろ!」
ネルソンは操縦桿の先にあるスイッチを押そうとしていた。それを引いてしまえば、ビームが発射される。
「構わんぞ?このMSのジェネレーターを試す丁度良い機会だ。」
「ちぃっ!」
挑発に乗ってしまったネルソンはスイッチを押した。ロングビームライフルが発射され、MSの直線上を走る。もし避ける動作を見せなければ、大型MSはビームライフルの直撃を受ける。
バイイイイイイイン
その機体は左前腕部を差し出すように展開し、ビームを防いだのだ。放った筈のビームが消えるという現象。それを見たネルソンは我が目を疑った。
「ビームが弾かれただと!?」
ビームを弾いたそのMS。まるで、バリアーを持っているかのような機体。
高出力のビーム兵器も備えている上に、背部には実弾兵器、そしてビームバリアー。今まで見た事のないその機体は、紛れもなく、この場に於いては“異質”意外何者でもないと言えた。
「問題なく動いているな。よし、もうここに用はない……ガンダムの存在が少し気になるが、まあ良いだろう。」
MSのパイロットが言った後、大型MSは背部にある多数のバーニアを展開させ、瞬く間にアインスとハルッグの前から空中へ消えていった。ほんの、三、四秒の出来事だった。
「何だったのだ……あれは……?」
「ハァ、ハァ……」
「レイ君、大丈夫か?」
「あ……は……い……」
再び、レイの表情は落ち着いた。先程までの恐怖に満ちた表情は消え、そっと深呼吸をする。
「一体、何だったのだろうなあのMSは……」
「わ、分かりません……それよりも……ありがとうございます、ネルソンさん。」
今回の出撃で登場した、謎の大型MS。その機体が攻撃したのは砂漠の狩人の率いるディザートディエルのみ。アインスガンダムを襲う訳でもなく、ただ接触を図ろうとしていたのかは定かではない。
だがレイはこのMSを見て恐怖を感じた。それも、覚えのある恐怖を。これが何を意味するのかも分からない。
バシュウウウ
しかし、安心している場合ではない。ディザートディーストがまだ残っている。だが今回の目的である砂漠の狩人との接触は果たした為、彼等がこの場に留まる理由はない。
「撤退するぞ。ハルッグに乗って移動するんだ。」
「はい……!」
先程の違和感を覚えたまま、レイはアインスのバーニアを展開。そして、ハルッグもMAに変形。その上に乗り込み、砂漠の大地から去っていく。ビームライフルで追撃をするディーストだが、ハルッグの素早い動きに追いつけないでいたのだ。
無事、その場から逃げる事が出来た両者。セイントバードまで戻り、機体を格納する。
コクピットから降りる二人。ネルソンは生き延びた事に対して安堵した表情を見せる。一方のレイは先程の感覚が忘れられないでいた。
「どうにか逃げ切った。しかしあの機体は何だったのだろうか。」
「分かりません……怖い感覚と、気持ち悪い感覚だけがありました……」
「気持ち悪い感覚?」
ネルソンには感じなかった感覚。どうやら、レイのみが感じ取っていたらしい。
「分からないんです……怖くて、不気味な感じ……でも、どこかで感じた事がある感じ……分からない、分からないんです……!」
酷く怯えている様子のレイ。その様子は、明らかに“異常”と言えた。何故レイのみが恐怖を感じ、怯えているのか。何に対する恐怖なのか。それが、全く分からない。
(違和感が拭えんな、全く……)
奇妙な感覚。既視感のある恐怖。そして違和感。様々な感情が一斉にレイに襲い掛かった。嘔気や眩暈、頭痛等の感覚が一斉に迫る症状。医者であったネルソンですら、何故その現象が起きるのかを診断する事が出来ないのであった。
「今は休んだ方が良い。少し眠り、休憩を取るんだ。恐らく疲れもあるだろう……」
原因が不明である以上、レイに休息を促すネルソン。彼の言葉を聞き、レイは頷き、自室へ戻る事にしたのであった。
一方で、ビヤーバーンへ帰還したアスーカル。部下は謎のMSによって全滅させられ、ビヤーバーンの戦力はラグラーナ一機のみとなったのだ。守るべき部下達を失い、失意のどん底に落ちたアスーカル。
パゴーダは声をかけようとするも、明らかに落ち込んでいる彼の姿を見て、何を話せば良いか分からない。
ピピピピピ
と、そのタイミングでEフォンが鳴る。連絡してきたのは、昨日カフェで会った金主の女、ウネフだ。
「お前に良い知らせがあるとね。金が入ったと。上納金の一部に充てられるとね。」
「ウネフさん……それはどういう意味ですか……」
ウネフのいう、“良い知らせ”の筈が、明らかに声色が落ち着いている。それが返って不気味さを感じさせた。
「お前の嫁が取引先の組織のリーダーに買われた。その際の契約金が入った。あとお前の子供も富豪のショタコン野郎が買い取ると言ってたから手続き進めたとね。これも契約金が入るとね。」
「な……!?」
部下を失ったアスーカルに更なる追い討ちだ。ウネフがあろう事か、勝手に彼の家族を売る真似をしたのである。期限を待ってくれると言っていたのは、嘘だったのか。
「どうしてそんな事を!?明日まで待つって――」
と、言葉を発しようとした時だった。
「てめぇの言葉がもう信用ならねぇから家族が売られる結果になったんだろうが!」
余りに身勝手なウネフの行動。彼は部下だけでなく、家族まで失う結果となったのである。現実とはこれ程に非情なものなのか。何故彼はこのような仕打ちを受けなければならな
かったのか。ただ、絶望するアスーカル。しかし絶望したところで、彼が救われる筈など、
ない。
「つーわけで残りはてめぇの身銭を切れとね。アスーカル。特別に一週間は待ってやる。」
そう言った後、ウネフは電話を切った。残されたアスーカルは、ただ、呆然と立ち尽くすばかり。
「アスーカルさん……」
アスーカルに残されたのはパゴーダと、ビヤーバーンのクルー達のみ。家族も奪われ、先程の戦いでディザートディエルに乗っていたクルー達も殺された。もう、どうすれば良いか分からない。ただ、苦悩するアスーカル。
(どうすりゃ良い……どうすりゃ……俺にはもう、家族が居ない……あいつだ……あいつさえ……せめて奴を奪えば……!)
握り拳を作り、テーブルを思いきり叩く。そして彼が思い浮かべるのは、アインスガンダムとレイの存在。後がないアスーカルは、レイを攻撃する事を心に誓ったのであった。
第十二話投了。謎のMSの正体とは一体……といった、話。これに対して覚えのある、感覚とは?