レイは自室で眠りについていた。だが彼はその時、夢を見ていた。それも一つではなく、二つ。一つはいつもの悪夢。銃で撃たれるところで目を覚ます、奇妙な夢。そしてもう一つはアスーカルの夢だ。先の戦いでアスーカルが言った言葉がレイの中で、リフレインされる。
―――――――――――仲間には言うなってって言ったじゃねェか――――――――――
―――――――――――――――これはてめェが巻いた種だ―――――――――――――
「う……うぅ……!」
眠りながら、苦しむレイ。自分の選択肢は間違っていたのかも知れない……と、レイは悩んでいた。
「はぁ、はぁ……」
レイは起きた。ベッドは汗で濡れている。暑さによるものではない、精神的な発汗だ。夢を見る程に追い込まれていたレイはその気持ちを整理しようと、一度シャワーを浴びる事にした。
シャアアアアア
シャワーヘッドから出る水滴はレイの身体を少しでも癒した。顔をはじめ、肩、臍部、臀部、足部等、全てに水滴が当たる。苦悩続きのレイだったが、この時だけは気持ちが楽だった。
アスーカルの言葉と、先程の大型MSの存在。これらが同時に迫ってきたような感覚は、レイ自身の精神を蝕もうとしていた。
(駄目だ、気持ちを整理しないと……僕自身が壊れちゃう……)
と、彼は壁に手を置き、もたれる格好を取った。
モントリオールから今に至るまで、多くの出来事があり過ぎた。それらはいずれもレイを苦しめる事が多い。アインスに乗ってセイントバードの為に戦っている反面、多くの人間とも交流しているレイ。これらの人間関係はこの短期間で、間違いなく濃密な関係と言える。そして、彼のとった選択肢により恨まれる事もあった。それが先の戦いでのアスーカルの対応だった。
キュッ
蛇口を捻るのを止め、シャワーは止まる。滴る水は排水溝に静かに流れ、心地の良い音を生み出した。
セイントバードのMSデッキにて。そこでは搬入作業が行われていた。整備士達がそれらを運び出している状況。ネルソンはシンと共に、それを確認している。
「それがSFSか。」
SFS(サポートフライトシステム)。飛行能力を持たないMSを運搬する為のサポートマシン。平たい形状をしているのが特徴であり、下部には多数のバーニアスラスターが取り付けられている。この推進力で、MSの運搬や飛行を補助する役割がある。
今セイントバードに搬入されているのはゾーリドカスタムと呼ばれるSFSだ。それはかつてのデウス帝国軍が使用していたSFS、ゾーリドを改修したものであり、武装としてミサイルが搭載されている。運搬能力に優れているそれは、セイントバードの戦力強化に重宝している。
「今うちにいるトルクスは六機なんで、ジャスティスを改修して六機搬入しました。これで航行再開して敵に襲われても対応が出来るようになりますね。」
ゾーリドはトルクスのような飛行能力の非搭載機に用いられる。これにより、様々な戦闘に活かすことが可能となるのだ。
「にしても、トルクスってうちのオリジナルMSですよね?なんあ、うちって色々と特別っスよね。普通のMS乗りは砂漠の狩人のディエルみたいに、元々あった機体の流用とか、敵の鹵獲機体とかが多いですよ?」
何気ない疑問をネルソンに尋ねるシン。それに対し、ネルソンは答える。
「トルクスはセイントバードチームのシンボルのようなものだ。元の機体の流用は確かにコストを抑えられるメリットがある。しかし、万が一別のMS乗りが同じ機体を出してきた時、目視での識別がし辛い。誤って味方を討つ、フレンドリーファイアのような悲劇も起きかねないからな。」
全く形状も色も同じ機体というのは戦場では混乱の下だ。その結果味方を誤って撃つという事はあってはならない。その為、カラーリングやカスタムと言うのは非常に大切なのである。
「トルクスはセイントバードチームの機体と言う認識……パーソナルMSという拘りは無くしたく無いのだ。実際、パイロットからの評判も良いからな。旧ジャスティスが如何に優秀な機体であったかが分かる。余程戦力に困窮しない限りはあの機体を使い続けたいものだ。」
「成程ですね。」
シンは納得した様子で言った。
「で、聞いた話ですけど砂漠の狩人はもう壊滅状態だって話ですね。」
「……ああ。先程の戦闘で謎の機体が砂漠の狩人のMSのみを襲撃した。何故その行動を行ったのかは不明だが、奴に残された機体はあの巨体のみ。それと、戦艦か。」
「じゃあ、砂漠の狩人はあんまり脅威と見做さなくて良さそうですね!良かった!」
安心するシン。その時、ネルソンは静かに呟いた。
「奴等も奴等で、事情があったのだろう。守るべきものがあった上で戦ってきた。しかし簡単に壊滅状態になった……シン、追い込まれた敵と言うのは時に強大な力を発揮するものだ。油断は出来ないぞ。」
ネルソンの言葉に、シンは黙る。
「奴等が仮に後がないとすれば、どのような手段を使ってでもセイントバードを襲う可能性だってある訳だ。守るべきものがない存在程、敵対する時は脅威だからな。」
「けど大尉、相手は一機と戦艦だけでしょ?こっちはハルッグとガンダムとトルクスを合わせて八機居てるんですよ?まず負けませんよ!」
ネルソンはそっと、溜息を吐いた。
「一騎当千という言葉を知っているか。」
「え、それは……四字熟語ってやつですか?」
シンは首を傾げる。
「一人だけでも千人の敵に対抗出来る程強いという事だ。それはあの男、砂漠の狩人にも当てはまる。追い込まれた人間と言うのは果てしない底力を発揮するとされる。それは、我々が最も注意しなければならないものだ。」
ネルソンは寧ろ、一機となっている砂漠の狩人を警戒していた。どのような凶行に及ぶかも分からない敵。それが追い詰められた敵だというのだ。
「奴は以前に言っていた。“俺が死んだらクルーの連中の生活が困窮する”と。だが奴のクルーは皆死んでいる。更にはレイ君が言っていた情報にある、奴の家族の情報……つまり、奴は暴徒に変貌する可能性も十分、考えられる。」
「そりゃ、おっかないですね……」
シンは指を口元に持っていき、言った。
「要は警戒を怠らない方が良いという事だ。搬入作業は行いつつ、最悪奴の自爆テロ等も警戒しておいた方が良いな。新生連邦の事や、市内にいる艦長の様子も気になるしな。」
市内に入院しているエリィも気掛かりだ。セイントバードは、アスーカルの事、新生連邦の事、エリィの事に気を遣わなければならない状況となってしまったのである。
謎のMSの襲撃から一夜明けた。その間カイロ市内はテロ行為等なく経過していた。エリィの身体は回復してきており、順調だ。
市内はテロや新生連邦による鎮圧行為がない状況。それを安全と判断したセイントバードのクルーはエリィの見舞いに来ていた。車を出し、ベッドで横になる彼女の容体を気にしている。
クルー全員が一斉に押し掛けるのは本人にとっても負担である上、セイントバードが手薄になる。それを危険と判断したネルソンは、見舞いは分割して移動するように提案した。
先にインク、スラッグのブリッジクルー達が様子を見ていた。元気そうにしているエリィを見て安心する二人。それから他のパイロットや整備士達等のクルーが交代しながら見舞いに来た。
やがてネルソンとレイが見舞いにくる。既に立ち上がり、独歩で歩いているエリィの姿を見て、ネルソンも安堵していた。
「その様子だと退院は近そうだな、艦長。」
「はい、先生がもう明日には退院出来ると言ってくれましたから!リハビリも本当に基本的な動きの確認とかで、そこまで難しい事もせずに終わりました!ご迷惑を掛けてすみません……」
と、謝るエリィ。
「無事が一番だ。多少時間が掛かっても、傷が治り、無理ないようにするのが良い。しかし、本当に良かった……」
何故だろうか、ネルソンの表情はいつもの冷静な表情でない。本気で、エリィの事を心配しているかのようだ。レイはそのようなネルソンの姿を見て、少しばかり違和感を覚えていた。
(確かにエリィさんは艦長だから、ネルソンさんが心配になるのは分かるけれど、何だろう、どうも……表情が違うような気がするなぁ……)
ネルソンの表情を見て、明らかにエリィと接する時の表情の違いを観察していた。まるで、気があるかのような接し方。冷静さを気取っているようで、どこか気に掛けているような距離感。レイから見て、そう感じるのだ。
「カイロは本当に大変な町みたいです。先日のテロに対して、新生連邦軍は無差別攻撃を行ったって話ですよ。」
「そうらしいな。だから余計に心配だった。あれから大きな騒動が無くて良かったが……」
「でも、テロの件に対して全くメディアは触れてないです。Eフォンで見ても、テレビで見ても全く報道していません。」
と、エリィはEフォンのSNSのページをネルソンに見せた。
「恐らく不都合な情報は隠蔽しているんだろう。連中ならやりかねない。」
それを聞いていたレイは、故郷モントリオールでの出来事を思い出した。
校庭でアインスとディーストが対峙した時。その時もSNSやニュースでその報道が一切されなかった。恐らく、新生連邦軍が情報隠蔽を行っているのだろう。
「レイ君もお疲れ様。あと、昨日は大丈夫だった?」
「え……昨日ですか?」
突如話を振られたレイ。“昨日”の話を始めたエリィに、レイは違和感を覚えた。
「エリィさん、入院してた筈ですよね?どうして昨日の話をするんですか?」
「言ったじゃない、私と貴方は同じ力を持ってるかもって……」
セイントバードがカイロに向かう前に言ったエリィの言葉を思い出したレイ。
―――――――――もしかすればシンギュラルタイプなのかも知れないね―――――――
「シンギュラルタイプ……ですか?」
昨日の、大型MSを見た時に感じた違和感。その気味の悪い感覚はレイにとって不快以外何者でもない。だが、まるでエリィはそれを知っていたかのように振舞う。
「頭が痛くなったの。まるで吐き気のような感覚が襲って来た。けれど、それはすぐに落ち着いた。受診する程でもなかったけどね。」
やはり、同じ感覚を感じ取っていたレイとエリィ。互いにシンクロしているような感覚は、レイにとって違和感でしかなかった。
「やっぱり、分かりませんよ……その、シンギュラルタイプって言われても……」
レイ自身が分からないその力。無論、エリィにも分からない。
その話を聞いていたネルソンは言った。
「そのような人種はデウス動乱中に存在していたとは聞くが、やはり謎が多い。独自の感覚と言うやつなのか。レイ君が感じていた感覚が艦長も感じるという事……それは一体何だろうか。」
「さあ。けれど、私はレイ君と同じ感覚を持っている……これは、分かるんですよ。」
「……私は、“オールドタイプ”というやつなのだろうな。」
オールドタイプ。所謂旧人類、常人と呼ばれる存在。シンギュラルタイプ以外の人間の事を言う。彼等の会話が理解出来ないネルソンは、自身の事を“オールドタイプ”と揶揄したのだ。
「しかし艦長は航行中、時に勘が冴える時がある。それで今まで生き延びてきたのも事実だ。それも、シンギュラルタイプとやらの恩恵なのかも知れないな。」
レイがセイントバードチームと合流する前も、エリィはその独自の力で危機的状況を乗り越えてきたという。奇跡ともいえるその力の正体は何なのだろうか……
「さて、艦長。明日退院出来そうならばすぐにでも出発の準備をしなければな。今日は市内で買い物だ。食料調達。それをして、艦長を迎えたらセイントバードは発進出来る。」
武装や部品の調達は完了している。又、武装の補給も完了している。後は食料の調達のみ。エリィはその事に感謝をし、礼を言った。
「ありがとうございます、何から何まで……」
「ただ、砂漠の狩人が油断出来ない。出発するまでは気を抜けない。」
「ええ、そうですね。」
砂漠の狩人という単語を聞き、レイは複雑な表情を浮かべる。彼は悪人ではない。しかし敵対している存在である。
「まあ、今日一はゆっくりと休んだ方が良い。明日からまた忙しくなる。その時は宜しく頼む。」
「はい、大尉。」
と、エリィは笑顔で答えた。
「大尉!?軍の人間がいるの!?」
と、急に怯える声が聞こえた。向かいのベッドに腰掛けている女性である。新生連邦軍の軍人が来ていると勘違いしたのだろうか。
「そのあだ名はやはり誤解を招くな……」
と、ネルソンは溜息を吐いた。
それから病院を去る二人。エリィは明日の退院に向け、準備を進めるのだった。
カイロ市内にて。ネルソンとレイは明日以降の食料の調達を行っていた。食料品の店に向かっては配達を依頼し、それを繰り返す。この作業はクルー全員が行っている。これにより、最大一ヶ月程度は連続航行可能な食料を購入するのだ。
その最中、レイはネルソンに聞いた。
「あの、ネルソンさん。」
「どうした?」
「その……ネルソンさんはデウス動乱の時、ずっとデウス軍に所属していたんですか?」
レイはネルソンの過去をそこまで知らない。エリィは地球連邦軍所属であるのは分かった。しかしネルソンはデウス帝国だ。元々対立していた組織同士の人間がこうしてMS乗りとして行動しているというのも、考えてみれば不思議なものなのだ。
「私はコロニーの出身だ。デウス帝国領で育った。そこで軍医になる為に勉強をしたが、戦況が厳しくなるにつれて軍属になり、MSを駆る羽目になった。そこから昇進して大尉には昇格したが、私はそんなものなどしたいとは思わなかった。」
ネルソンがコロニーの人間だという事実を、今初めて聞いたレイは驚いた。
「コロニーって、どんな所なんですか!?」
興味が湧いたレイはネルソンに聞く。彼はモントリオールから出た事がない。増して、宇宙に進出などしたことがない。だからこそ、彼の言葉に興味を抱くのだ。
「地球の環境に限りなく近く設定されている場所だ。この町のように市街地があり、大通りがあり、車も走っている。そして農業プラントと呼ばれるものがあり、そこで家畜や野菜を育てる。後は適度に雨を降らせなければならないから、雨も人工的に降らす。全てが人工的に作られた生活空間ではあるが、快適な環境ではあったよ。」
レイの目は輝いている。未知なる場所、コロニー。それがどのような場所か分からない。想像すると、彼は心が踊った。
「いつか……行ってみたいです!」
「宇宙交換留学生とかになればもしかすれば行けるかも知れないな。」
「興味は、あります!」
「その時まで世界……いや、地球圏が平和であれば良いのだがな……本当に。」
と、そういうネルソンの表情は、どこか寂し気だった。
Cコロニー。この世界の人類が宇宙に進出し、作り出されたコロニー群。元々は増えすぎた人類を宇宙進出する為にその居住空間を作り出すのがきっかけだったその存在。
巨大な円柱状の形状をしているそのコロニーは現代でも宇宙空間に無数に展開されている。その一つ、一つに人が住んでおり、彼等は宇宙で育っている。レイが宇宙に憧れを抱くように、彼等もまた、地球に憧れを抱いているのだ。
しかし地球と宇宙というのは平和な情勢ばかりではない。宇宙ではかつてのデウス帝国のように地球連邦軍の存在を良しとしない勢力も存在していた。度重なる地球と宇宙。そしてその敵対勢力が滅んだ現状でも戦力を増強し続けている地球。そしてMSの存在。何が平和であるのかも分からない世の中。その中で憧れを抱くという事は、素敵な事であると言えた。
「本来、無駄な争いなどしたくはない。だが、それをしなければ守るべきものも守れなくなる。その為には力が必要だ。それがMSという力……」
「力……ですか。」
「今はセイントバードチームを守る為に私は戦わなければならない。そして、クルーの怪我にも対応しなければならない。今の私の役目はそれだからな。だから君も、守らなくてはならない。そして君自身も、自分を守る事だ。この先何が起きようとも。」
ネルソンの言葉は重かった。だがその重さの中に優しさを感じた。これが、ネルソンの本意なのだなと、レイは感じていた。
―――――――――仲間想いだった彼は今でも仲間を失う事を恐れている―――――――
(ネルソンさんはやっぱり人を想う人なんだな……)
レイの表情に、自然な笑みが浮かんだのであった。
それから更に一日が経過した。食料の調達も完了し、エリィも無事に退院。車でネルソンが迎えに行った。その間にもセイントバードは発進の準備を進めている。
やがてエリィがブリッジに戻ってきた。栗色の髪を靡かせ、紫の瞳をした美女が、艦長席に座る。
「お帰りなさい、艦長!」
「心配しましたよ!いや、マジで!」
インクとスラッグがそれぞれ言った。
「ありがとう、二人共!色々と迷惑を掛けちゃってごめんなさいね。」
「艦長が無事ならなによりッス!さて、もう準備は完了してるって聞いてますよ!」
「じゃあ、出発の合図をしないと行けないかなー?」
エリィの表情も元に戻っていた。怪我をして数日、落ち込む事や苦しむ事があっただけに、セイントバードに戻ってきた彼女の表情は一層、明るく感じられた。
「行きましょう!出発はOKッス!」
と、スラッグが意気込む。
「よし、じゃあ……セイントバード、発進!!!」
ゴオオオオオオオオ
セイントバードはエンジン音を轟かせ、地下から発進する。カイロでの数日は彼等にとって濃密な時間となった。そこでの様々な思い出を胸に宿し、彼等は次の場所へ移動する。
「大西洋方面に向い、そこからカナダ、モントリオールに向かいます!レイ君を送り届ける為に!」
セイントバードはその巨大な姿を地上から現し、今にも地上から飛び立とうとしていたその時――
ドオオオオオオッ
艦は激しく揺れた。左右に、それも大きく。
「左舷被弾です!これは……地上からの砲撃です!」
「そんな、砲撃元はどこから!?」
セイントバード発進と同時の被弾。優雅な航行になる筈が、突如パニックに陥った。
「砲撃元特定!これは……地上戦艦です!あの、追い掛けてきたやつです!」
「砂漠の狩人……か。」
砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモが追いかけて来たのだ。セイントバード発進を見計らって、ビヤーバーンを発進させた彼等はすぐにセイントバードに対して砲撃を行ったのである。
砲撃は一発に留まらない。何発も、セイントバードに向けて放ってくるのだ。主砲による実弾砲撃は明らかに以前よりも回数が多い。全力で、潰す気だろう。
「このままじゃヤバいです!また落とされますよ!」
スラッグが舵を取り、言った。
「セイントバードも砲撃を開始して!両翼のビーム砲を敵、地上戦艦へ!破壊はしなくても良いです!せめて足止めを!」
エリィが指示を出した。と同時に、セイントバードの両翼から三連装のビームキャノンが展開され、狙いを絞る。
「目標に向けてビームキャノンを発射!撃墜はしなくて良い!足止めをして!」
ドバアアアアアアアアッ
セイントバードの両翼からビームキャノンが展開された。出力の高いその兵器はビヤーバーンに向けて砲撃を行う。
やがてそれによりダメージを負った。しかし、航行不能には陥っていない。
「敵戦艦より砲撃を受けました!アスーカルさん!」
「もっと接近しろ!ありったけを食らわせろ!あの鳥は絶対に堕とす!そして……!」
ビヤーバーンのブリッジ内で、アスーカルが言った。
「ガンダムを確実に奪う……奴等、絶対に許さない……!」
仲間を失い、家族まで失ったアスーカル。今の彼を突き動かすのは、セイントバードチームへの復讐心のみ。補給を完璧にし、新たなる大地への目的地を見つけたセイントバードを待っていた最初の関門。容赦のない攻撃が、セイントバードに向けられる。
「俺はラグラーナで出る!あの高度なら地上からでも狙い撃てる!!!」
と、アスーカルはブリッジを去り、MSデッキは向かう。
残り一機のみとなった砂漠の狩人のMS、ラグラーナ。唯一の兵器であるそれを駆り、セイントバードへ戦いを挑む。
ビゴォン
ラグラーナのモノアイが輝いた。機体は大型ビームライフルと、リアアーマー部にはバズーカを装備し、二基の巨大なバーニアを展開し、ラグラーナは発進した。
発進と同時にビームライフル、バズーカを連射するラグラーナ。ビヤーバーンの砲撃も相まって、容赦のない攻撃がセイントバードを襲う。巨大な戦艦であるセイントバードはこれらの攻撃を全て受ける。一つ、一つのダメージは少ない。しかしそれらの数が合わさった時、脅威となるのは分かり切っていた。
「ビームと実弾による砲撃、いずれも直撃です!このまま攻撃が続いたら航行出来ません!」
スラッグが言った。
「MSの発進を急がせて!大尉のハルッグをお願い!」
「艦長、ハルッグじゃなくてアインスガンダムが発進希望を出してますけど……?」
「レイ君が!?」
と、エリィはモニター回線を開き、レイに連絡を取った。既にアインスのコクピット内で待機しているレイ。
「レイ君!敵は一機のみです!貴方が出る必要はないわ!大尉に任せて!」
と、エリィは説得する。しかし――
「あの人は僕が止めます!多分、僕に責任があるから……」
と、自分が止めると言って聞かない。彼がネルソンに言った事で怒らせた事を、苦に思っているのだろう。
「どうしても……行くの?レイ君。」
レイは、静かに頷く。
「……分かった。発進許可を出します。でも、これだけは約束して。」
エリィはそっと息を吸い、そして、言葉を発した。
「必ず戻ってくるコト。家族さんの為に……ね!」
エリィは笑顔で、右の示指をぴんと立て、言った。
「……はい!」
レイも、決意を胸に秘め、ガンダムを動かす。
キシィン
アインスガンダムのカメラアイが輝く。碧色のそれは美しく輝いた。
「敵MS!こちらに向かってきてます!向かいながらビームを撃ってきます!!!」
インクが危機を知らせた。ラグラーナが二基の大型バーニアを展開し、空中を飛び、セイントバードに向かって来ていたのだ。
「機関砲を展開して!攻撃が止んだらアインスガンダム、出撃を!」
エリィが指示を出した。それに伴い、レイは
「はい!」
と答える。
セイントバードに迫る砂漠の狩人、アスーカル。セイントバードは接近するラグラーナに対して機関砲で迎撃を行うも、ラグラーナの装甲にはこれらの弾では傷を付けることが出来ない。引き続き、ビームライフルとバズーカを撃ち続けるラグラーナ。
敵はそれだけでない。ビヤーバーンの主砲も相まって、セイントバードはダメージを受け続けている。この為、セイントバードは現在の状態より高度を上げることが出来なくなってしまったのである。
機関砲の攻撃でラグラーナとの距離は僅かに開く。そして、MSデッキで待機しているアインスがカタパルトに設置された。
「レイ・キレス、アインスガンダム行きます!」
レイの掛け声と共に、アインスは砂漠仕様のまま出撃。出撃した直後にすぐにラグラーナの方へ向かい、ランドセルのバーニアの出力を調節し、ラグラーナに迫る。
「アスーカルさん!!!」
そしてビームランチャーを展開し、ラグラーナに対して標的を絞り、ランチャーを放つ。
高出力のそれはラグラーナとセイントバードとの距離を離すのに十分だった。やがてアインスはラグラーナに近づき、ビームランチャーを背部に収納した後に自身の両手部マニピュレーターでラグラーナの肩部を掴み、そのまま地上へ引きずり下ろす。
「坊主がッ!!!」
これに対して二基のバーニアで出力を上げ、対抗するラグラーナ。
「アスーカルさん!たった一機でセイントバードを沈めるなんて!」
「うるせェ!それを守る為に坊主が出て来たってのかよ!」
「みんなの帰る所を守る為に僕は戦ってるんです!破壊なんてさせない!」
やがて両機体は地上に落下。これにより、砂塵が大きく舞った。取っ組み合いのような構図を取る両者。砂漠仕様になったアインスはラグラーナの出力にも対応出来ている。
「仲間が皆殺され、家族まで失って!お前が仲間に告げ口さえしなきゃこんな事にはならなかった!お前も死なずに済んだんだよ!」
近距離である為、ラグラーナはバズーカを腰部に収納し、背部より大型のサーベルラックを抜く。
ブゥン
鈍いビーム粒子が放たれる音と共に、大型のビーム刃が出現。これに対し、アインスもランドセルのサーベルラックを、マニピュレーターを使い、抜き、ビーム刃を展開した。
バヂィィィッ
ビーム粒子同士のぶつかり合いだ。激しく粒子のスパークが散り、砂漠の大地に消えていく。
「守るものがあるのはお互い様だ!けど譲れねェのなら、殺し合いしかねェ!坊主がわざわざこの戦場に出るのも予想外だぜ!」
「僕だって……貴方の事を考えてたんです……!けど、僕にも守らなきゃならない人がいる!だから!」
「まさに食うか食われるかだ!だが俺は狩人として最後まで貫いてやる!それでガンダムを食らってやる!それが消えていった奴等や家族へのせめてもの弔いってやつよ!!!」
今のアスーカルはガンダムを奪う事に執着していた。そこに意味があるのかも分からないまま、彼は戦うのだ。
「クッ……!」
と、レイは一度ラグラーナと距離を取る為に離れた。そして、ビームランチャーを展開し、狙いを定め、撃つ。
しかしアスーカルはこの攻撃を読んでいた。脚部バーニアを駆使し、回避し、再びバズーカを装備して撃つ。
ピキィィィ
(あの、感覚だ……シンギュラルタイプ……!)
アインスに攻撃されるのを感じた時、レイは再び以前感じた妙な感覚を、再び感じ取った。ギリアやエリィが言っていた、この特殊な感覚。それはもしかすれば、シンギュラルタイプと呼ばれる者の特有の現象なのかも知れない。
バズーカの弾はアインスに迫る。しかしこの砲撃はシールドを構えることで、防ぐ事が出来た。やがてバズーカはアインスが事前に構えていたシールドに直撃。シールドは破壊されたが、まだ活動は出来る。
「勘が良いみたいだな坊主!だがそんなものは続かない!俺が蹴散らす!」
今度は右手部マニピュレーターの、示指部の引き金を連続で引き、ビームライフルをアインスに向けて放つ。
バシュゥゥゥゥ
バシュゥゥゥゥ
ビームライフルを連射するラグラーナ。砂漠と言う環境において、高出力のそれはアインスにとって脅威である。脚部のバーニアを駆使してアインスは回避を続ける。
「機体は優秀かも知れねェ、けれどてめェはひよっ子だよ!戦場ってものを知らないのが動きを見てよく分かンだわ!」
後がないアスーカルだが、MSを駆る腕は本物だ。戦場を駆け抜け、数多のMS乗りを食らってきたその実力。レイは特殊な力を持っているかも知れないが、技量ではアスーカルに劣る。
「僕だって……!」
と、再びビームランチャーを構えようとするアインス。しかし――
「ビームが来る!?」
アインスに向け、ビーム砲が放たれる。それも五、六射。いずれもがラグラーナの後方にいるビヤーバーンからの砲撃だ。
「敵は俺だけじゃねェ!ビヤーバーンも敵だってこと忘れンなよ!」
全力でセイントバードチームを潰す気でいる砂漠の狩人。最早目的の為に手段を選んでいない状況だ。巨大な陸上戦艦であるビヤーバーンがアインスガンダムに迫り、容赦のない砲撃を続ける。
いくらガンダムに乗っているとはいえ戦艦を破壊する事は並大抵の事ではない。その巨体を攻略する方法は、今のアインスにはない。
「こんな、こんなのって……!一人じゃこんなの……!」
焦るレイ。しかしビヤーバーンは容赦なく、その砲撃を強める。
「アスーカルさんと連携だ!ガンダムは撃墜する!」
ブリッジ内でパゴーダが指揮をしている。ビーム砲や主砲がアインスガンダムとセイントバードの交互に向けられる。セイントバードも牽制の為にビーム砲撃を行うのだが、ビヤーバーンは引く様子を見せない。ただ、突き進むのみ。
セイントバードは激しい猛攻を受け、船体は揺れ続けている。このまま攻撃を受け続けては、カイロで修理をしたにも関わらず、撃墜されてしまう。
「セイントバードの攻撃だけじゃあの陸上艦にまともにダメージ与えられてないッス!大尉にあの艦を攻撃してもらう手筈で行きましょうよ!艦長!」
スラッグの言う通りの状況だ。MS相手の為にアインスガンダムのみを出撃してはセイントバードが撃墜されかねない。この危機を脱するにはMSを使い、ビヤーバーンに攻撃をするしかない。それが出来るのはネルソンの駆るハルッグのみだ。
「大尉……行けますか?あの戦艦の主砲を、せめて破壊出来れば……」
エリィは切実に願う。それを聞き、ネルソンは静かに、言った。
「ああ、行こう。母艦をやらせる訳にはいかん。」
ネルソンはパイロットスーツを着用し、ハルッグを駆り出す。
「ネルソン・アルビュース、ハルッグ出るぞ。」
ビゴォン
ハルッグのモノアイが輝き、そしてカタパルトから発進した。すぐにMAに変形し、ビヤーバーンへ向かっていく。
「敵ヒエラクス級よりもう一機MS出現!敵のエースです!」
「エースがなんだっての!機関砲で迎撃しろ!」
パゴーダが指揮をした。それと同時にビヤーバーンの外壁から機関砲が連射される。それだけでない、ビーム砲もハルッグを狙い撃ちにする。辛うじてこれらを回避するハルッグだが、その数の多さに翻弄されている。
「せめて、砲台を攻撃出来れば……!」
猛攻を潜り抜け、主砲に近づくネルソン。
バシュゥゥゥ
だがそれを邪魔する者がいた。アスーカルだ。ビヤーバーンに近づいているハルッグを察したラグラーナが、アインスを相手しつつネルソンを狙うのだ。
「ネルソンさん!」
ネルソンの危機を感じたレイはビームランチャーをラグラーナに向けた。しかし―
ガキィン
砂漠の上ではラグラーナが上手。レイの攻撃に気付いたアスーカルがアインスに接近し、マニピュレーターを駆使して攻撃を仕掛けてきた。
「うあっ!」
不意打ちを受けたレイ。アインスはそのまま機体バランスを崩し、砂の大地に沈み込んだ。
「てめェは終わりだよ!甘ちゃんが!今度こそてめェを殺してガンダムを奪う!」
ラグラーナはアインスの脚部を踏みつける。これにより、身動きが取れなくなった。
「くぅっ!!」
衝撃はコクピットにも伝わる。激しい揺れはレイの身体を苦しめた。
「俺はな、仲間を大勢殺された!どいつもこいつも死ぬ間際に言葉さえ発せなかった!そして俺は家族も失った!!!」
アスーカルの言葉にレイは衝撃を受けた。先日に言っていた、彼の家族の話。Eフォンに映っていた家族の写真。それらを失ったと、アスーカルは言ったのだ。
「そん……な……あの家族さんが……?」
「俺が不甲斐ないせいで家族まで迷惑を掛けて!更に仲間まで失ってよォ!俺にはもう失う物なんてないに等しいンだよ!せめて、ガンダムを……ガンダムを奪って生活の足しにしてやる!これは最早プライドだ!砂漠の狩人としてのな!!!」
その行動に合理性などない。戻って来ない者達の為に戦う等、最早無意味だ。
「そんな事を……しなくたって生きていけます!そんなプライドなんて捨てたら良いんです!そうしたら僕達がこんな風に戦い合う必要だってなくなります!」
しかしレイのその声など、今のアスーカルに届くだろうか。届く筈がない。
「僕はアスーカルさんを殺したくない……!だって、アスーカルさんには優しさがあった!カイロで僕を庇ってくれた時!そんな人を無闇に殺すなんて僕には出来ないです!」
レイなりの、優しい言葉。だがその言葉はアスーカルの執念の炎に油を注ぐ結果となってしまう。
「甘ったれたことをほざくんじゃねェよ!そんなンで殺したくないだァ?どれだけ甘いんだよ!この温室育ち野郎が!!!」
“温室育ち”。この言葉が意味するのは、レイそのものだ。アスーカルのこの言葉はレイに衝撃を与えるのに十分だった。
「恵まれた環境、恵まれた人間関係!そんな状況の人間っつーのは奇麗事を平気で述べる!相手の事を考えないで適当な事を言って、それで自分が心地良いって思いやがる!それが温室育ちの人間の特徴だ!坊主!てめェもそうだろうが!!!」
アスーカルは狩人として今まで獲物を狩り、それで生き延びてきた。一方のレイは当たり前のように親に育てられ、ごく、普通の生活をしてきた。それが当たり前と思っていたレイ。
だがアスーカルの言葉はそれを“温室育ち”と言って罵る。何の苦労も知らず、自身で何かを成し遂げていない存在。何も動かなくとも食事が与えられ、不自由のない生活が約束されている状況……それが、アスーカルの言う、“温室育ち”だ。
「僕は……僕は……!」
と、言いながら操縦桿を握り、引く。しかしラグラーナの脚部の重圧は彼が思っている以上に脅威だ。
「坊主!お前の言動を見てたら分かる!お前は何も知らないでぬくぬく育ってきた甘ちゃんだ!だから奇麗事を延々と言えンだよ!」
そして、ラグラーナはアインスのコクピットに向け、ビームライフルを構える。このままでは撃ち抜かれてしまい、レイは殺されてしまう。
「俺が戦場の恐ろしさを教えてやるよ。温室育ちの坊主!これが狩られるっつー事だよッ!これで終わりだぜ坊主!」
絶体絶命の危機。レイに、死が迫っている。ラグラーナの右示指部マニピュレーターで引き金を引いた時、アインスガンダムが撃ち抜かれる。
「だったら……僕は死んで良い……!」
「何ィ!?」
その言葉は咄嗟に出た言葉。レイが言った言葉だ。
「それで、アスーカルさんが満足なら……!」
“死”と言う言葉は安易に出すべき言葉でない。人はその日常を“生きて”いる。皆、死なぬように、何らかの形で生きている。生きる為に成すべきことを成す。
しかしレイは安易に“死”を言った。それが、アスーカルを更なる逆鱗に触れさせた。
バシュゥゥゥゥゥ
ラグラーナはそのビームライフルの矛先を、アインスに向けず、近くの岩に向けて撃った。そして、アインスの胴体を踏みつけ、ダメージを与える。
「簡単に死ぬって事を言うってのはな!温室育ちの台詞そのものなんだよ!!!何の苦労も知らねェから言えるんだよ!!!」
(わざと……外した……?)
ラグラーナは、今、ビームライフルをわざと外し、岩を攻撃した。状況から見てレイを殺すことが出来たアスーカルは、レイを生かしたのだ。
それは彼が狩人として生きてきたから言える言葉かも知れない。
「クソが!来やがれ!甘ったれた死なんて認めさせねェ!だったら正々堂々戦って死ねよ坊主!」
アスーカルはレイを殺すと言っておきながら意地を張っている。これも矛盾だ。合理的に見れば今、レイを殺してアインスを奪えば良い話だ。しかしレイの言葉が癇に障り、合理的な考えが出来ないでいた。それは生きようとする人間を狩る為の、狩人としての意地だ。
「くぅっ……!」
アインスは再び立ち上がる。そして、ビームサーベルを展開し、ラグラーナに向けて迫った。
ネルソンはビヤーバーンの主砲を破壊せんと、攻撃を続けている。ラグラーナの攻撃が落ち着いたのを確認し、ロングビームライフルを構え、主砲へ攻撃をした。
この攻撃は成功。三門の主砲は全て撃ち抜かれ、使い物にならなくなる。
「まだだ!まだ二門残ってる!撃ち尽くせ!!」
パゴーダの指示で、主砲から実弾が放たれる。狙いはいずれもセイントバードだ。
「実弾、来ます!艦長!」
インクが熱源の確認をする。それに反応したエリィは言った。
「回避を!」
すぐに指示を出し、スラッグはそれに従う。結果、実弾の砲撃を回避する事に成功した。
「まだだ!撃て!奴を落とせ!」
パゴーダは更に主砲で撃つように指示を出す。
残り二門となった主砲でセイントバードを攻撃するビヤーバーン。この時の砲撃は、全てセイントバードに直撃した。
「あううっ……セイントバードを旋回して……!」
艦が揺れ、ダメージを負う。エリィはその揺れに耐えながらスラッグに指示を出した。
「艦長、どうする気なんですか!?」
「あの陸上戦艦に警告をするの……」
「警告って何を!?」
インクの疑問に対してエリィはそっと息を飲み、言った。
「ビームカノンを討つ旨を伝えます。それでも応じなければ撃ちます。」
セイントバード最強の武装、大型ビームカノン。船体の下部に一門のみ搭載されている巨大な砲身。そこからは凄まじい破壊力を秘めたビームを放つことが出来る。威力は強力だが、船体も無事では済まない。ただでさえダメージを受けている現状でこの武装を放つのは、リスク以外何者でもないのだ。
「本気で言ってるんですか!?あれを撃ったら最悪セイントバードが壊れますよ!」
と、スラッグが警告した。
「危険過ぎますよ!この艦も持つかどうかの破壊力ですよあれは!」
インクも明らかに焦っている様子だ。しかし――
「一気にあれを破壊するにはこれしか無いの!!!」
明らかにいつものエリィと違う様子だった。その声を聞き、二人は黙る。
「あくまでも保険です。先に警告をします。それに応じなければ、撃ちます。」
エリィの目つきはいつになく真剣だ。もしビヤーバーンが警告に応じなければ、その最強の武装を放つ気でいたのだ。
やがてセイントバードからビヤーバーンに向け、回線が開かれる。エリィがモニターでビヤーバーンの艦長であるパゴーダと繋ぎ、警告文を告げた。
「私はセイントバード艦長、エリィ・レイス。私達は貴方方の艦を一撃で破壊する兵器を持っています。これは警告です。この場から今すぐ立ち去って下さい。もしこの要求に応じなければ、そちらに攻撃を加えます。」
いつもの優しいエリィの姿はどこにもない。あるのは、冷淡で、ただ無表情で相手へ警告を告げる冷たい女艦長の姿だ。
しかしパゴーダはこれに応じる様子を見せない。あくまでも、セイントバードを落とす気でいた。
「女が舐めた真似を!ビーム撃て!砲奴等を沈めろ!」
エリィの言葉を聞かず、ただ、攻撃を続けるビヤーバーン。
「敵艦攻撃を続行!」
「……回避行動をとりつつエネルギー充填を開始。大尉、聞こえますか。」
次にエリィはネルソンに回線を繋ぐ。
「艦長、まさか“あれ”を撃つ気か?」
「はい……だから射線上から離れて下さい。出来るだけアインスガンダムから遠くに敵陸上戦艦を引き寄せます。そこで、撃ちます。」
「……了解した……」
絶大な破壊力を秘めるビームカノン。しかしそれは艦に衝撃を与える破壊力だ。諸刃の剣ともいえる最強の武装を、エリィは解禁しようとしていた。
「セイントバード……マジで何事もなく行ってくれよ……!」
スラッグが舵を取り、一度セイントバードをアインスガンダムから離す。
やがて距離が離れる。その間もビヤーバーンは追撃を行ってくる。主砲、ビーム砲を連射し、セイントバードを墜落させんと、迫る。ダメージを負うセイントバード。しかしそれでも怯む様子を見せない。
巨大な砲身は狙いをビヤーバーンに向けていた。その間、エネルギーが少しずつ溜められていく。ビーム粒子を吸収せんと、凄まじい音が発生している。
「充填100%……艦長、行けますけど……」
インクが心配そうに状況を伝える。それを聞いたエリィの目は見開かれた。
「発射を!」
ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
凄まじいビーム粒子がその戦場を駆る。巨大なエネルギー体はビヤーバーンのブリッジに向け、放たれた。
「大型の熱量を感知!」
「何!?回避しろ!」
「ダメです!間に合いません!」
「マジ……か……」
その威力は凄まじかった。瞬く間にビヤーバーンを消滅させ、乗組員はその光に包まれた。
ビヤーバーンは跡形もなく消え去った。巨大な陸上艦だったそれを消滅させる程の力を持つビームカノン。それがセイントバードの最強の武装。しかし、代償は大きい。幸い、船体が解体するようなダメージを負うことは無かったものの、もし何らかの砲撃を受ければセイントバードは撃墜してしまう可能性が高い状況になった。ビームカノンを放った砲身はすぐに下部の格納庫に収納。これにより、砂漠の狩人率いるMS乗りは、残る敵はアスーカルのみとなる。
アインスとラグラーナが交戦している時に、ビヤーバーンの消滅を確認したアスーカル。
「ビヤーバーンが……消し飛んだだと……!?」
先程の光景を見て、驚愕するアスーカル。自身の帰る場所であった陸上戦艦を失い、彼はショックを隠せないでいた。
「アスーカルさんっ!」
そこへレイのアインスがビームサーベルを展開し、迫った。すぐに反応するアスーカルは、ラグラーナを後方へ移動させた。
「グ……何もかも失った……失っちまったよォォォォォ!!!」
今のアスーカルを動かすのは、怒りや喪失感の感情だけ。家族を失い、仲間を全て失ったアスーカル。残るは自分だけ。今まで守ってきたものを無くした男、砂漠の狩人。その矛先は、目の前に居るアインスガンダムへ向けられたのだ。最早手段など選んでいられない状況に、男は陥った。
ビゴォン
ラグラーナのモノアイはアインスを標的にし、再び大型ビームサーベルを展開し、迫る。
「せめて……せめて坊主はきっちりと倒すぜ……てめェはああああああああああああッ!!!」
ラグラーナのビーム刃とアインスのビーム刃が拮抗し合う。先程までのアスーカルの動きと、明らかに違う。失うものをなくした男の本気。
「アスーカルさん……やめて下さい!」
「せめて、てめェだけは!てめェだけは絶対に!!!」
母艦を失い、何もかもを失った男の猛撃。レイは彼から感じる虚無を感じ取っていた。それを察することが出来たのは、何故かは分からない。失う物がない男から感じ取ったその感覚は、レイに痛い程伝わる。
(この人の悲鳴が伝わる……)
相手の意志を感じ取ったレイ。アスーカルの行動は何を意味するのかも分からない。目の前にいるのは、ただアインスガンダムという“敵”を倒す事のみに執念を燃やすアスーカル。しかし先程はレイの言葉に対し、情けを掛けた。先程レイに対して言った“温室育ち野郎”という言葉も最早今となっては無意味。たった一人、アインスを倒す為に迫るアスーカル。
「もう、意味のない事をやめて下さい!アスーカルさん!」
レイは言った。アスーカルの無意味な行為。それはもう、この戦場では何の価値にもならない。
「黙れよッ!!!坊主、守るべきがものが多い人間ってのはな、それだけ動いていかなきゃならねェンだわ……ただのうのうとぬくぬくと、温室育ちじゃやっていけねェのよ!」
ラグラーナの大型ビームサーベルが猛威を振るう。アインスのビームサーベルと打ち合いを行い、激しくビーム粒子が光る。
「だから狩らなきゃいけねェ!そこに砂漠の狩人としてのプライドが伴ったら尚の事!それを守る為にもなァ!」
「それで攻撃をして何になるんですか!もう戦艦だってない状況で!」
「可能性がなくとも可能性を見つけなきゃなンねぇんだわ!!!死んでいった奴らの為にもなァァ!」
最早、その行動自体が無意味だ。ビヤーバーンはセイントバードに破壊され、残ったのはラグラーナを駆るアスーカルただ、一人。
彼はクルー達を守る為に、砂漠の狩人として闘ってきた。だが彼にはもう、守るものがない。失う物がない状況で、アスーカルは何を思うのか。
「相手を騙してでも!相手を傷つけてでも!相手が不幸になる結果になったとしても!それでも狩り続けなきゃならねェのよ!弱者を狩って生き残る!それは戦場じゃなくてもそうだろうが!生き残る為には他者の事なんて考えねェ!のうのうと、何も考えなしに生きている大馬鹿野郎を食らうんだよ!!」
最早、思想が暴走しているアスーカル。彼は今までビヤーバーンのクルーを養っていく為に戦ってきた。その果てが、今の惨状だ。
「意味のない狩りなんて、そんなの狩りじゃないです!空しいだけですよ!さっき僕を倒せたのに、わざと外したのは何だったんですか!おかしいですよ、こんなの!」
それは矛盾だ。砂漠の狩人と呼ばれたアスーカルもまた、人である。先の行動との矛盾をレイに指摘されても、男は
「うるせえよ!温室育ちの坊主が!!!」
と叫び、それに呼応するかのようにラグラーナのビームサーベルの出力を更に増し、迫る。アインスガンダムを倒さんと、バーニアの出力も上げ、そのまま潰そうと迫っていた。
「僕は貴方を殺したくない!もうやめましょう!こんなの!意味がないです!」
「狩るか狩られるかだろうが!この戦いはそれだけだよ!甘い言葉なんてのは通用しねぇ!!!」
アスーカルを倒したくないと言うレイと、レイを狩る気でいるアスーカル。互いに分かり合えない状況が、続いている。
「レイ君!」
そこへ、ロングビームライフルを持ったハルッグが接近。レイの危機的状況を見ての判断だ。ライフルを連射し、ラグラーナとアインスの距離を離す。
「エースかよッ!」
今度の標的はハルッグだ。大型ビームライフルをハルッグに向け、連射するラグラーナ。
危機を察したネルソンはすぐにMAに変形しようとするのだが……
「うわ!?」
ラグラーナはビームライフルを砂漠の大地に置き、右手部マニピュレーターでハルッグの脚部を掴み、変形を阻止した。そのまま覆い被さる形で、ハルッグにラグラーナが圧し掛かる。
「ガンダムの前にエース!てめェを殺してやる!散々苦汁を飲まされ続けたからな!!!」
アスーカルの目は、殺意の目をしている。仮に相手が許しを請うても許さないだろう。剥き出しになった殺意の矛先は、ハルッグだ。
「このままでは……クソッ……!」
「死にやがれ!エースゥ!!!!!」
大型ビームサーベルが、ハルッグのコクピットに向けられる。突き刺されば、彼の死は免れない。逃げようにも、身動きが取れない。
「ネルソンさんッ!!!」
このままではネルソンが殺される。そう思った時、アインスは動いていた――
ガキィィィン
「ぐわああああ!?」
その時。ハルッグを突き刺そうとしたラグラーナに対してアインスは脚部のバーニアを展開し、背後からラグラーナの背部に対し、キック攻撃を与えた。それにより、前方へ崩れるラグラーナ。そして――
ズバァァァ
アインスは持っていたビームサーベルを、ラグラーナの後方から突き刺した。それはやがてコクピットを貫通し、スパークが散らばる。ビーム粒子が、ラグラーナから散っていく。
この間にハルッグは脱出。身動きが取れなくなったラグラーナのみが、そこに残った。
暫くの間、両機体の間に沈黙が続いた。まるで、時が止まったかのような感触。
「狩られちまった……か」
アスーカル・エスペヒスモが残した最期の言葉。それと同時に、ラグラーナは爆発を起こし、砂漠の大地に散っていった。
レイはネルソンを守る為、アスーカルを倒し、勝利を収めた。しかし、それはあまりに儚い勝利と言えた。
「アスーカルさん……」
仲間を全て失い、最早執念のみで動いていた男、砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモ。セイントバードに捕虜として捕らえられた時にレイと出会い、一度逃げられる。カイロ内で再会し、アインスガンダムを渡すように言った男。一方で、レイの事を庇った男でもある男。しかし戦場では両者は互いに敵同士。それは、避けられない運命だったのだろうか。
レイは一度語った、“死んでも良い”という台詞に過剰に反応し、そこへアスーカルは情けを掛けた。
レイは、ただ悲しむしかなかった。儚い勝利。彼自身、アスーカルと殺し合いなどしたくはなかった。しかし先の状況ではネルソンを助ける為にはレイが動かなければならなかった。そうしなければネルソンが殺されたからだ。しかし、それはアスーカルを殺してしまう結果となった。
砂漠の狩人は、レイによって葬り去られたのだった。レイにとって“大切なものを、守る為”に。
セイントバードチームをしつこく狙っていた砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモ率いるMS乗り。その戦いに終止符が打たれた。
半壊状態のセイントバードに帰還するレイとネルソン。ネルソンはアインスから降りてきたレイに対し、言った。
「助かったよレイ君。君があの時に仕留めてくれなければやられていた。これでセイントバードを襲う敵はいなくなった。ただ、この艦も今はダメージを負った……申し訳ないのだが、このままの航行は難しい。進路変更を余儀なくなるだろう……」
と、レイの肩を置こうとした時だった――
バッ
と、レイはネルソンの手を振り払う動作をしたのだ。急な動きに、ネルソンは驚く様子を見せた。
「ネルソンさん……僕は……僕はどうすれば良かったんですか!?」
恐らくその大声は今までレイが溜めに、溜めていた言葉だろう。砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモは確かにレイが倒した。しかしそれは本当に、勝利と言えたのだろうか。
アスーカルにも生活があった。その為にアスーカルは狩人としてMS乗りを行い、クルー達や家族を養っていた。だがそれでは限界があった。だからこそ、セイントバードを襲った。そこにあったアインスガンダムは収入減の状態だった彼等にとっては宝以外何者でもなかったのだ。
もしカイロでレイが素直にアインスガンダムを砂漠の狩人に差し出していれば、彼等は生活を守ることが出来ていたのだろうか。そして、このような殺し合いをしなくても済んだのではないか……と、考える。しかしセイントバードチームとの絆が彼の心の天秤を揺れ動かした。それに怒るアスーカル。先の戦いでもレイはアスーカルを殺したくないと訴え続けた。しかしネルソンの危機に対し、彼はやむを得なく、ラグラーナのコクピットを突き刺した。
結果的にセイントバードは守られた。しかし、その代償として砂漠の狩人は全滅した。もしかすれば、彼等は生き残る事が出来たかも知れない。このように、倒す必要など、無かったのかも知れない……と、レイは思っていた。
ネルソンに対して強く言葉を出したのは、こうした思いがあったからだ。レイの行動により、ネルソンは守られた。その中で、様々な想いを秘めたレイは苦悩し続けた。そしてアスーカルを倒したと同時にその想いは爆発したのであった……
「あの人達を殺す必要なんてなかったんだ……僕がガンダムを渡せば、あの人達は生活していけた……こんな結末にならなくて良かったのかも知れない……」
レイは涙を流しながら言った。
「……君は私を含め、セイントバードのクルーを守った。それは十分に価値のある事だ……」
ネルソンが言った、慰めの言葉。だが今のレイには届かない。
「僕はあの人の人生を奪ってしまったんですよ!?それも全て!僕みたいな何も分かっていない、世間知らずの人間に殺されて!自分の生活を守る為に相手を傷つけないと行けないんですか!?もう、僕には分かりません!こんなのって悲しすぎますよ!!」
確かにセイントバードは守られた。だがその代償として生活があった敵を倒した。相手は生活の為に狩りをし、生き延びてきた。もし叶うのならば、両者が平和的に生き延びる事も出来ただろう。しかし現実はこうはならなかった。その現実が、今のレイに突き刺さる。
「“守る”と言う事は時に相手を攻めなければならない。それは自身の命を守る事にもなるし、自分の所属しているコミュニティーや仲間達を守るという事になる。今回は、それが衝突しただけ……ただ、それだけだ。レイ君、悲しいのだがこればかりは避けられない。奴等も仲間を守る為に必死だった。しかし我々も、必死だった。それだけだ。君は何も悪くない……」
レイは、首を横に振る。
「憎しみ合いとかそんなんじゃない、守る為に人を殺すなんて……僕には、分からない、分からないですよ!」
このままでは話は平行線だ。ネルソンの言葉は今のレイには通じない。レイはアスーカルを殺めてしまった事実に対する悲しみで一杯だったのだ。
「君は一度休んだ方が良い……ただ、その現実を知らなすぎるだけなんだ……その、若さや環境故に……」
ネルソンは、静かに言った。それを聞いたレイは部屋に戻っていく。他の整備士達もその話は聞いていた。
「皆、それぞれ事情があってここにいる。そして守るべきものを守る為に、時には戦い合う。彼のようにこうした世界を知らずに、ごく普通に生活してきた少年には厳しすぎる世界なのかも知れないな……」
ネルソンは煙草を取り出した。そしてライターで火をつけ、煙草を吸う。白い煙が、ブリッジ内を静かに、天に昇って行った。
被弾したセイントバードはその目的地を一度アレクサンドリアに変更する事になった。砂漠の狩人の猛撃による傷を癒す為、補給を受ける必要があったからだ。
アレクサンドリアはカイロ中心部から北西部の位置にある都市。地中海に面している美しい街並みが特徴的な場所。そこはカイロ中心部のような治安が悪い場所ではなかった。新生連邦の軍事基地もない、比較的穏やかな場所。そこで彼等はセイントバードを修理しようと考えていたのである。
レイにとっては悲しい出来事だった今回の件。そして、彼はまだ故郷であるモントリオールへ、帰れそうになかったのであった。
第十三話投了。 砂漠の狩人編はこれで完結。
温室育ち=レイ 狩人=アスーカルの、それぞれの立場の戦いを描きました。