機動戦士ガンダム Living Days   作:すからぁ

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落ち込むレイを励ますエリィと、セイントバードチームの飲み会の話。


シンギュラルタイプ編
第十四話 シンギュラルタイプ


 

 P.C(平和世紀)0006年。世界は新たな年を迎えた。モントリオールに住んでいた少年、レイ・キレス。彼はこの一ヶ月で余りに多くの出来事を体験した。

新生連邦の士官、クラリス・デイルに因縁をつけられ、それがきっかけでアインスガンダムに搭乗。それから彼の生活は少しずつ変化していく。

やがて新生連邦が雇ったフリーのMS乗り、チェーニ姉妹に敗北するレイ。そこからセイントバードチームに救われる。そして、砂漠の狩人との激闘……これがこの一ヶ月の間に起きた出来事だ。

年が明けた時、レヴィー・ダイルは本部のあるカリフォルニア州、ロサンゼルスにて演説を行っていた。

「平和世紀となり、六年が過ぎました。しかし世界は未だに紛争やテロによる犠牲者が出続けているのが現状です。この現状を打開する為には、新生連邦軍はより強固なものになっていかなければなりません。軍の増強は必須です。これにより、世界はより安泰したものになっていくでしょう。」

世界中にその演説を発信した総司令。

 だが現実は、新生連邦の軍備増強によって相乗効果として犠牲者が発生している。それを鎮圧する為に動く新生連邦。そして、無差別攻撃。更には、勢力拡大の為の手段を問わない武力行使。それらは公表されている内容ではない。平和国連盟が監視役として存在している世界ではあるが、この事実が隠蔽されている以上、世界にその出来事が知られる事は無いのだ。

 

 

 

 やがて演説が終わった。その裏で、ソファーに座り、一息を吐く総司令。

「レヴィー様、お疲れ様です。」

と、ソフィアが彼に声を掛けた。

「ありがとう、ソフィア。」

笑顔でソフィアに礼を言う。

「新生連邦の戦力増強は順調に進んでいる。けれども足りない。もっと、新生連邦は“来るべき時”の為にもその戦力を増強していかなければならない。」

その先に何があるというのか。その結果、増え続けている紛争等による犠牲者の事を、全く考えていない様子だ。

「……はい。」

しかしソフィアは彼の言葉に頷くのみ。心酔している様子だった。

「僕達は次なる戦力を作り上げる必要がある。」

「次なる戦力……ですか?」

ソフィアが僅かに、首を傾げた。

「明日にアーステクノロジーの社長、スルース・ディアン氏がここに訪れる。聞けば新型のMSの開発を進めているという話を聞く。」

アーステクノロジーはデウス動乱以前から地球連邦軍へMSを提供している軍事企業である。ギリシャに本社を持つこの大規模な軍事企業は、かつてのデウス動乱の時にも連邦軍にMSを提供し続けた。その動乱時、レノ・アースレイダーという人物がこの製造社の社長を務めていたが、権力を持つディアン家にそれは買収され、現在はスルース・ディアンが社長を務める。しかし新生連邦にとっては、それはどうでも良い事だった。レノ社長よりも、今のスルースの方が新生連邦と親しい関係を持つ。

それに並ぶ王手の軍事企業は西洋にあるサイラックス社であり、現在サイラックス社は平和国連盟の軍である国連の為にMSを製造しているのである。

「スルース・ディアン氏より電文があった。“新型のMS三機”と、“総司令用のMS”が完成した為、拝見して欲しいと。」

「合計四機の新型MS……ですか?」

「そうだ。気になるのは、その情報をわざわざ僕に直接言いに来るという所が気にはなるけれど……まあいい。軍備増強は必須だ。どのような機体なのかは直接見ればわかる事だ。」

軍備の増強。その行為が世界中の紛争等の増長に繋がっているという事を知る由もなく、彼は軍備の増強を続ける。そして、新生連邦は武力により、その勢力を拡大し続ける。そしてそれらの事実は隠蔽され、公に公表されることは、ないのだ。

 ジャーナリストやライターがその真実をSNS等で報道、投稿をしたとしても、その記事等はすぐに書き換えられる。新生連邦政府は平和世紀となって現在、どこまで軍備増強を続けようというのだろうか。

 

 

 

 砂漠の狩人との激戦から一日が経過した。その間にセイントバードはアレクサンドリアに到着していた。

 地中海に面したエジプトの美しい町、アレクサンドリア。彼等はそこにある海沿いの港にある停泊所でセイントバードを止め、被弾した箇所の修理を行っていた。

 整備士達がセイントバードの修理をしている頃。自室にてレイは丸一日引き籠っていた。やはり昨日の出来事が忘れられない様子のレイ。ベッドの上で三角座りをし、ただ、悲しみに暮れるだけ。

(僕は何の苦労も知らないで育ってきた……だからあの人がどのようにして苦労したのかも分からない。そんな苦労知らずが人を殺すなんて、そんなのって……)

様々な感情が渦巻くレイ。アスーカルを殺さずとも生きていく方法だってあった筈だ……と、ばかり考える。

 先の戦闘ではアスーカルは一度レイが“死”の言葉を自ら言った時、本気で怒った。その気持ちは紛れもなく、狩人としてのプライドだ。命懸けで狩りをし、獲物を仕留める彼にとって、安易に“死”という単語を対象から聞かされるのは屈辱でしかないのだ。そのプライドや、アスーカルという男の時に見せた優しさが、レイから離れない。だからこそ、彼は余計に悩む。

 レイは彼を倒す事を躊躇った。しかし、その最中でネルソンが倒されそうになった。ネルソンを守る為には、アスーカルを倒すしか、なかった。もし、他の選択肢があるのならばアスーカルは助かったのではないか……と、苦悩する。

 過ぎた事を悔いても仕方がない。だが、少年であるレイにとっては割り切る事など出来る筈がなかった。

 

ウィィィィン

 

部屋のドアが開かれる。そこにいたのは、エリィだった。昨日の戦闘から心配になったエリィは、レイの様子を見にきたのだ。

「レイ君、昨日はお疲れ様。」

エリィの来室にも、レイは反応する様子を見せない。アスーカルの事が、大きく引きずっているのだ。

「お客さんとしてレイ君を迎えていたのに、いつの間にかアインスガンダムに乗って頑張ってくれるクルーとして戦ってくれているね。皆貴方の存在に感謝しているよ。」

労うエリィ。しかしレイの心境は正反対だ。

「僕は褒められる事なんてしてません。人を殺したんです。それも、死ぬべきじゃなかった人を。あの人の生活は僕が余計な事を言わなきゃ守られたんじゃないかって思うんですよ……」

レイの言葉に対し、エリィは言った。

「人って、皆が死なずに過ごせたら良いなって思う。それは私も思うな。けれどね、人って常に矛盾して生きてる生き物なんだ。誰だって、無闇に人を殺したいなんて人、まずいないでしょ?けどこの戦艦に乗って生きる為には時にはその人を殺めなきゃならない時だってある。それは、自分達が生きる為に。」

人間という、食物連鎖の王に君臨する存在。その存在ですら同族である人を、自分達が生きる為に殺すのだ。

MS乗りの世界というのは自由である反面、酷な世界である。何かをしなければ、飢えて死ぬ。他者を押し除け、生きていかなければならない世界。レイが生きてきた世界とはまるで違う世界。

「今後も貴方をモントリオールに戻そうとする間にこの前の人みたいな人と出会うかも知れない。けど、ここにいる以上は襲ってくる敵から守らないと行けない。私達の戦艦は、常に何かに狙われてるからね。」

それはセイントバードという強力な戦艦を母艦にしているが故の定めだ。

「こういうのにも慣れないと、ダメなんですかね……」

今のレイには理解できない、他者を押し除けて生きるという考え。何故人は共存出来ないのだろうかと、悩むばかり。

「MSに乗って戦うってそういう事だよ。貴方は今まで平和な環境で育ってきたんだと思う。だからこんな事に慣れないのは分かる。」

「僕も必死でした……ただ、ここの人達を守ろうとしただけなんです!でも、こんなのってあんまりです……」

「じゃあ、レイ君は何の為にガンダムに乗るの?」

エリィの唐突な質問。だが今のレイにその質問に答える事が出来るだろうか?いや、出来ない。

「……分からないです。どうしてでしょうね。」

元はと言えば成り行きで乗ったアインス。今までは何かを守る為という動機だけで機体に乗り、戦ってきた。それもアスーカルを倒した今ではそれは最早分からない状態。守る為に戦う筈が、相手の生活を奪ったという罪悪感に蝕まれ、混乱している。

「レイ君、ちょっと海を観にいかない?」

「海……ですか?」

「うん、地中海。」

アレクサンドリアは地中海に面している土地。美しい地中海を一望出来る場所。エリィは彼の様子を伺いつつも海に誘おうと思い、部屋に入ってきたのだった。

 

 

 

 やがて両者はセイントバードの甲板に出てきた。天気は晴れ。気温は一月ではあるが比較的温暖、過ごしやすいといえる気候だ。レイの故郷のモントリオールとは比較にならない気温。彼の故郷は今の時期、極寒といえる気候だ。

 甲板にはレイとエリィの二人しかいない。そこで、二人は地中海を見ていた。海の美しい群青色は見る者の心を離して止まない。

ホテル等の宿泊施設ではオーシャンビューと言って、それを名物にする事がある。海の青というのは、そうした魅力があるのだ。

こうした雄大な自然は、人の悩みを忘れさせる魅力がある。環境、景色は実際のものを見ると、心が踊り、そして癒される。

レイは、この美しい青色の海を見て、ただ、見惚れていた。母なる海とはよく言ったものだ。

「レイ君、海は初めて?」

隣にいたエリィが言った。

「海自体は初めてじゃないんですけど、こんな綺麗な海は初めてです……綺麗……」

彼の青い瞳に、美しい海の群青色が映る。

 部屋に篭っていたレイ。エリィの配慮で彼は外に出て、この雄大な景色を見ている。先程までの悩みが、少しでも穏やかになりそうな程に綺麗な景色。彼は、ただ、この景色に夢中になっていた。

「本当に、綺麗だよね。ずっと見ていたくなる景色……素敵だね。」

「景色って不思議です。気持ちが落ち込んでても、元気を貰えるような気がします……」

じぃっと見る海の景色。それはレイの辛い経験を少しでも忘れさせてくれそうだった。

 

「じゃあさ、海の景色と私……どっちが綺麗なのかな?」

「そりゃ……え!?」

瞬きをし、今エリィが言った言葉に耳を傾けた。

「今、何て言いました?」

聞き間違いか……とレイは思った。

「この目の前の雄大な地中海と、私とではどっちが綺麗なのかなって聞いてみたの。」

急に何を言い出すのだろう……とレイは思った。そもそも“奇麗”の定義が違う。地中海の景色は純粋な美しさ。ただ、エリィの場合の“奇麗”はその容姿などの話になる。

「綺麗なものを見たら人は癒されるっていうけど、じゃあレイ君の場合は私と景色のどっちが癒されるのかな?」

レイは困惑する。エリィのその質問の意図が、全く分からない為だ。

「どういう意図でそんな事を聞くんですか……?」

やはり分からない。だからレイは質問を質問で返すしか出来ない。

「特別な意図とかそんなのは無いよ。でも、もし落ち込んでいるレイ君を癒せるのならどっちが良いのかなって思っただけ。」

レイは、ドキンとした。明らかに意味深な質問。レイの顔は、少しずつ赤面していく――

「レイ君は、童貞さんなのかな?」

「えぇ……!?」

何故そのような事を聞くのだろう。どうして?美しい海の景色とエリィの奇妙ともいえる質問。彼女の意図が汲み取れない以上、レイは戸惑うばかり。

「レイ君は急に環境が変わって、この数日で様々な経験をして、今心に深い傷を負っている。艦長としては、心に傷を負った人を放っては置けない。心のケアも仕事だと思ってるから。」

その言葉は聞いている分には優しい大人に聞こえるのだが、先の言葉と合わさると妙な感覚になる。

(エリィさんが童貞なんて言葉を言うなんて……)

レイは、更に困惑するばかりだ。

「貴方が景色を見て悩みを癒やされるのか、それとも私を見て癒やされるのかは分からない。だから、聞いてみたの。」

「冗談でしょう……?」

レイの顔は更に赤面していく。すると――

 

バッ

 

と、エリィは着ていた上着を脱ぎ、上半身のみ下着姿となった。白いブラジャーがその肢体と重なり、魅力的な絵となっている。その上で引き締まったウエストライン。六つに割れている腹直筋は彼女の美しさを際立たせる。

 だがレイは余計にこの行動に対し、困惑しているだけだ。何故急に上着を脱ぎ、下着姿になったのかも理解出来ない。

「今ここにはレイ君と私しかいないよ。私は悩むレイ君を癒す役目があると思ってる。貴方が望むなら、胸だって触らせてあげたって良いよ。なんなら、貴方をギュッと抱きしめてあげたって良い……ううん、それ以上の事だって……」

ぐいと、エリィ自身の豊満な胸をレイの目の前に近づけた。その行動に驚愕するレイは、ただ後退りするしか出来ない。

「戸惑うレイ君の顔は本当に女の子みたいだね。可愛い……でも恥ずかしがるって事は君もやっぱり男の子なんだね……」

目のやり場に困ったレイ。目の前には地中海の景色をバックに、ブラジャーを付けたエリィの姿。この妙な光景にただ、レイは戸惑うばかり。

 

スッ

 

と、エリィはレイの頬に手を差し出す。その目つきもどこか妖しげだ。エリィの手の温もりがレイの頬を介して伝わった。

「こ、困ります!こんなのって……まさか、エリィさんってここの人達皆に……?そんな……」

と首を横に振るレイ。

「ううん、そんな事は絶対ない。レイ君だから、特別……かな?シンギュラルタイプかも知れない君と、私の二人だけの秘密……みたいな?」

と、エリィは更に接近する。レイの後ろは壁になっており、これ以上下がる事は出来ない。

「そういうの、良くないと思いますよ……」

と、顔を赤め、レイは言った。すると――

「クスッ……ウフフフフ……あはははっ!」

と、突如エリィは高らかに笑い始めたのであった。何事かと思い、レイはエリィの方向を見る。

「あはは、ごめんなさいね!いや、その……ちょっとレイ君を元気付けたいと思っただけなの!驚かせてごめんね!」

そう言った後、脱いだ上着を再び着るエリィ。先程の言動に対し、レイはただ

「ふぇぇ!?」

と感嘆の声を上げた。

「で、どうだったかな?びっくりした?」

甲板に出てからエリィの行動に驚かされてばかりのレイ。その表情は、先程までの困惑と戸惑いに満ちた表情で無くなっており、ただ、拍子抜けした表情をしていた。

「びっくりも何も……えええ……?」

状況の判断が出来ていないレイは、頭が混乱している。先程のエリィの表情から一転、まるで馬鹿にしたかのような態度。

「けど、レイ君はきちんと断れたね。悪い大人の誘惑を。そういう時にきちんと断るってとても大切だよ!そういう強い意志は美人局とかに引っ掛からないし、それって今後の人生において大切な心だと思うよー!えらい、えらい!」

自らを“悪い大人”と称したエリィ。ただでさえ落ち込み、苦悩していたレイだったのだがこのエリィの妙な、誘惑に見える妙な言動に対してレイは

「もう!ふざけないで下さいよ!!」

と、大声を上げた。だがこの時のレイの表情は間違いなく自室で籠っていた時よりも明るくなっていたのだった。

「少し元気になったみたいだね、良かった。ああ、これは私なりの励まし方……みたいな?」

励ますにしては、過激な印象を持つエリィの言葉。それを聞き、レイは

「エリィさんと出会った時から思ってたんですけど、やっぱりどこか変わってます!そんな言い方、普通しませんよ!」

と言った。

「そうなのかなぁ?けれど、それで貴方が元気になるのなら良いのかなぁって思ったりしてますけれど?」

「やっぱり、エリィさんは変わり者ですよ……というか!自分を綺麗ってそこまで言える人なんていませんよ……!」

と、レイはエリィの励まし方に対して指摘した。自らの容姿と雄大な景色を対照にするなど、まず思い付かない発想だ。この事から、エリィは自身の容姿に余程の自信があるものだと言える。

「うーん、そうなのかな?」

と、エリィは口元に右示指を指し、言った。その仕草にレイはやはり、赤面する。意図せずしているのか、それとも意図しているのかは分からない。ただ、一つ言えるのは、一つ一つのエリィの仕草がレイにとっては魅力的に見えてしまうという事だった。

「あと、この事はくれぐれも、内密に……ね!他のクルーにもし知られたら色々と……ね?」

「言いませんよ!」

レイの事を考える、エリィなりのアプローチ。これに対してレイは戸惑うが、一方でエリィなりの優しさを、彼は感じ取っていた。レイはこの時、エリィとの距離が近づいたように感じ取っていた。

「あの、エリィさん、ちょっと、聞きたいことがあるんですけど……」

この時、レイはエリィに聞いた。

「改めて聞きます。シンギュラルタイプって、何ですか?」

レイが最も気になっていたキーワード。シンギュラルタイプ。

“シンギュラリティ”というのは特異点という意味である。それと“タイプ”という単語を合わせた造語であるその言葉。エリィも感じるという、何かを閃くような感覚や、物事が緩慢に見える感覚、エリィはそれを“シンギュラルタイプ”と言った。だがそれが何を指すのかも分からないし、レイからすれば未知なる能力以外の何物でもない。

 ギリアが生きていた時にもその言葉を彼から聞いたことがある。しかしその実態は謎に包まれたままだ。

「……うん、気になると思ってた。レイ君にはあんまり説明とか出来てなかったもんね。」

エリィと二人きりの状況。この状況になるのは数日ぶりだ。というのも、彼女が入院していたというのが大きい。

「私自身も、デウス動乱を経験している最中に突然起きた事なの。頭が冴えるというか、何かの現象を予知出来たりする、奇妙な感覚。最初は嫌悪感さえあった。けれど、次第に人の役に立つ感覚だと感じるようになったの。」

「じゃあ、どうして僕にもそれが起きるんですか?僕はデウス動乱なんて全く経験していませんよ?本当にごく普通の家庭で育って、ジュニアハイスクールまで育てて貰ってます。」

エリィの場合も、突然冴えるような感覚があったのだという。レイの場合も突然だ。

 レイの場合、アインスガンダムに初めて乗り、自身がビームサーベルによって貫かれようとした瞬間にその“感覚”を感じ取った。敵の動きが緩慢に見える感覚。

 それからレイの身には度々その感覚が分かるようになっていく。そして、一番彼が恐怖したのは、カイロにて大型MSが突如降り立った時だ。

「カイロで謎のMSが降りてきた時、とても苦しかったんです。でも、エリィさんもそれを感じたんですよね?」

「ええ、頭痛や吐き気とかを感じたよ。急に来た感じ……あれは本当に何だったんだろうね。」

「ネルソンさんは感じないって言ってました。何でしょう……また、もしあの感覚が起きると思うと正直怖いです……」

この妙な感覚の事についてもレイは恐怖している。自身に降り掛かる“異常”とも言える感覚は何を示すのだろうか。

「博識の大尉でも分からないって言ってるね。シンギュラルタイプについては学会等の論文とかでも真実は明らかにされてないって大尉が言ってた。」

謎を呼ぶ存在、シンギュラルタイプ。この存在が何を示すのかは分からない。

「けれども、このシンギュラルタイプを研究している施設があるのも事実だよ。それもまた、人の可能性とか云々の話になるだろうね。」

「人の、可能性……」

人という生物はまだ判明していない脳機能、身体機能がある。解明している機能に関しては書籍などで解剖学などといった形で説明される。しかし、その直感やそれぞれの人が感じる、“感覚”というのは個別性と呼ばれる。  

旧世紀より数多の有識者達が研究を行い、所謂根拠が確立されているものがある一方で、その感覚や可能性というのは根拠が確立されていない、未知の世界である。

 シンギュラルタイプは人の可能性を広げる存在なのかも知れない。信憑性が高い論文がない状態でも、こうした存在に対して研究をする機関が存在しているのが何よりの証拠だ。

「そういえばエリィさんは連邦軍に所属してた時、不思議な人達と一緒にいてたって言ってましたよね?それって、シンギュラルタイプの人達なんですか?」

セイントバードが不時着中にエリィが言った言葉を、彼は咄嗟に思い出した。

「そうだね、多分、今思えばあの人達もシンギュラルタイプなのかもね。けれど、本当に特別な力を持つ人がいたって話、したのを覚えてるかな?」

「アレン・レインドって人……でしたっけ?」

エリィやレイが“シンギュラルタイプ”に該当する人間であり、そのエリィは戦時中に他の力を持つ人間と一緒に激戦を戦い抜いた事があるという。その中の一人の人物がアレン・レインドと呼ばれる人物だ。

「彼の力は私の力をも遥かに凌駕していたの。シンギュラルタイプとかそんなレベルにならないぐらいに、凄い力を持っていた。その力も相まって連邦軍の勝利に貢献した。だから、彼の事を知る人はデウス動乱の英雄って呼んでいるの。」

「そ、そうなんですね……」

と、言っているレイの表情は呆然としている。無理もない。シンギュラルタイプという単語自体の理解が出来ていないのに、更に“凄い人間”の話をされても分かる筈がない。基礎が出来ていないのに応用問題が解ける筈が無いのと同じだ。

「私を含め、戦時中はね、こうした人を通称、“力を持つ人”って呼ばれ方をしていたの。力を持つ人は戦争において常人以上の力を発揮したとされる。MSを駆り、戦果を上げている人の大半がこうした力を持つ人って言われてるの。レイ君が今まで戦って来れたのはこの力があったからなのかも知らないね。」

デウス動乱中、こうした力を持つ人間の存在の活躍があり、地球連邦軍とデウス帝国軍は互いに戦いを進めていた。それらの力とMSとの相性は良く、敵勢力に対する脅威としては十分だと言えた。シンギュラルタイプのような力を持つ存在は、戦場では非常に重宝されたという。

 しかしここでレイは一つ疑問を抱く。そうした人間の存在が未だに分かっていない世の中。その中でこうした存在というのは特別な扱いを受けたりしないのかという、不安だ。

「もしかしたらその人達は凄い人なのかも知れません。けれど、シンギュラルタイプって言って信じてもらえなかったり、差別とか受けたりはしないんですか?」

何気ないレイの質問。だがそれはエリィの表情を暗くするには十分だった。

「ええ……残念ながら全く無かったとは言えないよ。偏見、差別なんて当たり前のようにあった。分かってもらえない苦悩は常に感じていたよ。」

レイは気を遣い、エリィに謝る。

「その、ごめんなさい……辛い思いをさせてしまって……」

「ううん、気にする必要はないよ。けど無理もないよ。普通の人には分からない感覚だし、それが原因で差別されたりするのはあり得る話だから。」

恐らくエリィも過去に壮絶な差別や偏見を受けた事があるのだろう。そうした経験があるからこそ、エリィは優しく出来るのかも知れない。

「でも私が思うのは、そうした人だってごく普通の日常生活を送っている。私の場合はMS乗りとしてだけれど、毎日の生活を生きているんだよ。それは誰かによって差別されたりするものじゃないと思うんだ。」

エリィの言葉は、どこか悲しく、そして説得力があった。   

レイはエリィの過去の全てを知っている訳では無い。彼女の言う、“毎日の生活”という言葉。それはシンギュラルタイプと呼ばれる特殊かもしれない人間でも、普通に生きているという事だ。

「セイントバードチームはみんなそれぞれ目的があって生きている。皆は私がシンギュラルタイプと知っているよ。けれど、誰も変に思わない。何故だと思う?」

レイに尋ねた。レイはこれに対し

「“人として見ている”から……ですか?」

「フフ、いい事言うね。うん、確かにそうだと思う。例え生まれや育ちが違っても、結局人なんだよ。仮に特別な力を持っていたって中身は普通の人と変わらない。」

レイにとってこの言葉は大きく刺さった。

 偏見、差別はいつの時代にも生まれるものだ。国籍や容姿等により、酷い扱いを受ける人は少なからず、存在している。レイはそれを最初、恐れた。

だが同じシンギュラルタイプかも知れないエリィに言われ、レイはどこか、安心していた。

「僕は、まだまだ世間知らずなんだなって思いました。」

レイの言葉に対し、エリィは話す。

「ねえ、レイ君。」

「はい?」

「突然だけど質問だよ。レイ君はどんな人間でありたいと思う?」

エリィの唐突な質問。それに対し、レイは答える。

「えっと……普通の人間……で居たいと思います。」

「普通って、どんな普通?」

難しい質問だ。彼の言う“普通”の定義は何なのか。彼の場合はそれが明確でないと答えるには難しい。

「僕の場合は、毎日学校に行って、友達と会話をして……そして授業を受けて、部活動をする事……そんなごく普通の事がありがたい事なんだって、最近の経験をして、思う事が多くなりました。」

レイの今までの環境がそうだったからこそ、そのように語る。

「じゃあ、改めて聞くけれど、レイ君にはあのガンダムは必要?」

「それは……」

「その生活を望むのならガンダムなんて兵器は不必要だと思うよ。」

それは間違いない。しかし何故だろう。何故ガンダムが不必要と言われた時、レイは躊躇うのだろうか。

「多分レイ君は迷っているんだと思う。普通でありたい自分と、一方でガンダムに乗っている、特別な自分の存在。そして私と同じであろう、シンギュラルタイプの力。それが君の心の中にあって、常に心が揺れているんだろうね。」

シンギュラルタイプかも知らない自分と、普通の自分。彼はどうありたいのか分かっていない。普通でありたいと望む筈なのに、ガンダムに乗って戦うという矛盾。何故戦うのか。戦う必要がないのに戦う必要はあるのか。

 レイは自分自身の矛盾に対し、更に困惑していく。

「僕はとうすれば良いんでしょうか。」

この質問に、エリィは答える。

「難しい質問だね。けど一つ言えるのは、貴方にはMSに乗る才能があるのは間違いないよ。」

「昔は才能があるって言われて喜んでました。けれど、そんな才能ってあっても良い事なんてないです……」

レイにとってMSに乗る事は憧れだった。しかし実際にMSに乗り、人を殺めた事でレイの考えは180度、変わってしまった。

 レイの意見を聞いてくれる人は今までいた。しかし、彼自身はその根本的な解決が出来ずに今に至っている。

「でも貴方がセイントバードチームを守ろうとして動いてくれてるから、私達はこうしてここまで来れてるのも事実だよ。貴方がいなかったら、私達は砂漠の狩人にやられていたかも知れない。」

一度はレイがガンダムに乗るのを否定していたエリィだが、彼の能力や才能に気付き、いつしかその意見が変わっていた。

「じゃあ、僕は戦った方が良いんですか?」

レイは聞いた。

「セイントバードは常に危険と隣り合わせの戦艦です。だから、守ってくれる人が多いのはとてもありがたいの。ガンダムに乗らない方が良いと言った私が言うのも変な話だけどね。」

エリィの言葉は最初にレイが出撃した時と矛盾している。レイの才能を見て、彼女の考えが変わった為だ。

「けれど、貴方が無事にカナダに戻る事が出来れば、もうガンダムは必要のないものになる。そうなれば、貴方は元の生活に戻れるよ。」

元の生活、レイが望む生活。そうなれば、彼はもうガンダムに乗る必要はない。遅れた学業を再びこなし、部活動にも参加すれば良い。今まで通りの日常。それが待っている。

「……だったら、僕は元の生活に戻るまで頑張ります。それが、シンギュラルタイプ……かも知れない、今の僕の役目だと、思うから。」

エリィに言われ、悩み続けたレイの答えが出た。この先、アスーカルの時のような悲劇が起きる可能性もあるかも知れない。

しかし今のセイントバードにはレイの存在は必要だ。セイントバードのクルー、そしてレイ自身を守る為。レイはこの航行の間は改めて、“守る”為に、アインスガンダムに乗り、戦う事を決めた。

「じゃあ、頑張ってくれるレイ君にはご褒美が必要になるね……」

「えっ?」

 

サラッ

 

エリィは、レイの髪を撫でた。エリィに撫でられる事で感じる優しい感触。それは、レイの顔を赤くするのに十分だった。それと同時に、心地よさも感じている。

「仮に戦闘になった時にレイ君がガンダムに乗って、戦って……無事に戻ってきたらね、私が身体を張ってあげようかなぁって思ってます……」

「ふぇっ……?それって……」

レイは、眼を何度も瞬きさせた。

「頑張る人にはそれ相応の“ご褒美”がいるでしょう?お小遣いとかはあげられないけれど、私でよければ貴方の為に尽くしてあげても、良いんだよ……」

エリィの意味深な発言。その時の紫の瞳はどこか妖艶で、レイの目を捉える。

やがてレイの表情は少しずつ赤くなっていく。そして――

「そっ……そういうのは良くないって言ってるじゃないですかー!」

と、恥ずかしさのあまり大声を上げてしまう。そしてぷいと後ろを向き、そのまま部屋へ戻ってしまった。

「フフ、ちょっとからかい過ぎちゃったかな?」

と、残されたエリィは自身の栗色の髪を掻き撫でた。

 

 

 

 MSデッキではネルソンとシンがアインスガンダムの前で話をしていた。シンは再びアインスのデータを解析し、そこから得られる情報を見ている。

「航行再開したら、空の移動が多くなりますよね。そうなった時に万が一でもこいつが空で戦えるようにはなってくれたら助かると思うんですよ。」

前回の解析ではアインスガンダムは局地戦に対応出来る様に換装式(HPS)になっている事が判明していた。今回はその中で更に解析を進め、空戦に対応しているという情報が判明していた。砂漠の狩人との戦いでは砂漠仕様へ換装したアインスガンダム。今度は今後の事を踏まえ、シンは空戦でも対応出来るようにと、考えていたのである。

「確かに。今まではゾーリドに乗ったトルクスやMSデッキや艦の上部にトルクスを乗せるか、MAのハルッグで戦うしかなかったからな。このガンダムが居るのならば、その仕様に換装出来るのなら是非していきたい。」

アインスガンダムの空戦仕様。それはデータ解析から浮かび上がった新たなるアインスガンダムの姿。今後空戦が主になっていくと考えられる為、少しでもセイントバードには戦力が必要となる。それを行う為には、アインスガンダムを強化するのが効率良いのだ。

「そうと決まれば早速行動っスね!こいつの姿がまた変わるのは楽しみですよ!」

意気込むシン。彼のガンダムへの愛情は紛れもなく、本物である。

「無理はするなよ、シン。」

「やるからには、全力っスよ!」

ネルソンの言葉に対し、シンは笑顔で返した。

 

 

 

 レイは自室に居ていた。ベッド上で寝転がり、呆然としている。

 先のエリィの言葉は、レイを困惑させるのに十分な効果を持っている。冗談とはいえ、彼のような少年にとっては印象が強い。いや、強過ぎると言っても過言ではないかも知れない。

 

コンッ

 

と、ドアをノックする音が聞こえた。それにレイは反応した。

「はい?」

「レイ君、ちょっとだけ良いかな?あ、ドアはそのまま開けなくて良いよー!」

エリィの声だ。先程の振る舞いもあり、レイは恥ずかしさを感じている。しかしエリィは直接レイに会う事なく、声だけで対応している。

「さっき言いそびれちゃったんだけど、今日の夜にレイ君の歓迎会を兼ねて、パーティをする予定なんだけど、もし良かったら参加しませんか?」

「パーティ……ですか?」

「うん、まあ、もし良ければで良いからね!じゃあ!」

そう言い残し、エリィは去っていった。

 パーティをすると言ったエリィ。その目的は不明であったが、自分が歓迎されるのなら良いと考えていたレイは、密かにそれを楽しみにしていたのであった。

 

 

 

 それから時間が経過し、夜になった。セイントバードの修理作業はまだ完了はしていないものの、皆は疲労の為、休憩に入っている。砂漠の時と違うのは、敵が襲ってくる環境ではないと言う事だ。その為か、クルー達の表情もどこか、穏やかである。

「皆さん連日お疲れ様です!今日は、レイ・キレス君の歓迎も兼ねた息抜きパーティをしましょうー!!」

と、提案するのはエリィだ。クルー全員に対し、セイントバードの食堂に全員を集め、パーティを開催したのである。

 ここ数日の出来事もあり、苦難を乗り越えてきたクルー達を労う為の、エリィが考えた企画。それは酒を飲み、ここ数日の苦労を少しでも忘れようという、艦長であるエリィの試みだった。

 それにはレイも呼ばれていた。無論、レイは未成年である為酒は飲めない。だから、食堂に並んでいるビュッフェを堪能する事にしたのだった。

「乾杯!」

と皆がビール等の酒が入ったグラスを持ち、グラス同士をカンと近付ける。そして、皆が酒を飲み始めた。その光景はどこか楽しそうで、皆笑顔だ。

 酒が飲めないレイではあるものの、ここのクルー達のこの笑顔を見て、自然な笑みが溢れていた。

(大人になったら、こんな風にみんなで楽しく出来る時が来たら良いな……)

と、レイはコップにオレンジジュースを口に入れ、飲む。

わいわいと楽しむクルー達。束の間の癒しの時間。先日までの緊迫した状況とは一点、愉悦と呼べる時間が過ぎていくのだが――

 

「うおっしゃぁぁぁぁぁ!ドンドンいくぞオラァ!」

「そんなんでへばってんじゃねーよお前よ!」

「こんぐらい飲めなきゃ男が廃るっつーもんよ!おぉう!」

と、クルー達は酒豪が多い。彼等はこうした飲酒の場を心地よく感じており、時に叫び、時に歌い、時に服を脱ぎだす。酒により気持ちが高揚した結果、彼等は時として本来の姿を見せるのだ。

「上等じゃ、俺の身体見せたらぁ!」

一人の整備士が上半身を脱ぎ、身体を見せ始める。それに対し、シンは

「お前の裸なんざ興味ねーよ!野郎はいらねぇ!女欲しいぜー!!!」

と、ご機嫌な様子だった。

(うわぁ……)

レイはこうした祝酒の場面を見るのは初めてだ。

 確かに、皆楽しそうにしてはいる。しかし、あまりに豪快なその光景は、レイにとっては、度が過ぎている気さえしていた。

「いいよー!もっと裸になってこー!!」

と叫ぶのはオペレーターのインクだ。明らかに、普段の彼女と違う。一方のスラッグはあまり豪快になる様子も見せず、どちらかと言えば大人しい。あまり酒は得意ではないのかも知れない。

 そして、レイの方は他のクルー達に声を掛けられていた。ガンダムの事や、出身の事、その容姿の話など、様々な質問が飛び交う。

「レイっつーんだよね!天才パイロットってやつか!」

「ガンダム乗ってる時ってどんな気持ちになんの??」

「つーかどう見ても女の子だろ!そんなナリしてちんぽついてんのかよ!」

「いや、あえてその方が良かったり……」

と、酔っ払う大人達に絡まれるレイは慌てふためくばかりだ。

「えっと……ええと……」

酒を知らないレイはこの勢いに飲まれそうになる。

 人生は長い。時に現実逃避をしたくなる時がある。酒は身体への悪影響が懸念される飲料ではあるが、嗜好品としては欠く事の出来ない存在として、古来より存在してきた。人々は労働で疲労した身体を癒す為に酒を飲み、明日への活力を養うのだ。

 しかし時に酒は人の理性を暴走させるという欠点がある。セイントバードのクルー達は皆が酒豪であり、酒を飲む事が大好きな人間ばかりなのだ。

「よさないか」

と、クルー達に冷静に声をかける一人の男の姿が。ネルソンである。

「レイ君、楽しめているかな。」

「ネルソンさん。」

酒好きのクルー達に翻弄されているだろうと考えたネルソンが、レイに声を掛けたのだ。

「このように皆酒が好きなんだ。悪く思わないで欲しい。あと、表向きは君の歓迎会になっているが、実際は皆理由をつけて酒を飲みたいだけだ。」

(そうなんだ……)

レイは少しだが、悲しい気持ちになった。

 何かしらの会社や組織に所属する時、そこのメンバーは新入りを歓迎する。しかしそれは表向きの話であり、実際はただ、皆が酒等を飲んで盛り上がりたいだけなのである。

「皆ここ数日の出来事等で疲れているのだ。こうした機会は時には大切だ。君は楽しめているかは分からないが、まあこうした光景は知っておくのも悪くないかもな。」

困惑する事はあれど、皆楽しそうにしている。裸になって踊る者や、大声を出して歌う者もいれば、飲み過ぎて眠ってしまう物もいる。こうした光景も、また、人だからこそ成り立つ光景と言えるだろう。

「けど、みんな楽しそうです。それだけでも、僕は良いのかなぁって。」

「その様子だと、元気が出てきたみたいだな。」

「ええ、まあ……」

砂漠の狩人の件で悩んでいたレイだったが、エリィに元気付けられ、笑顔になれたレイ。この場を開いてくれたエリィには、感謝をしている様子だった。

「あ!レイきゅんだ!レイきゅんきゅん!!!」

その時だ。レイの姿を見るなり近づいてくる美女の姿を見たのは。呼ばれた気がしたレイはすぐに声の方向に反応する。

そこにいたのは、酔った姿のエリィだった。

「え、エリィさん!?」

綺麗なエリィの姿ではあるが、明らかに呂律が回っていない。酒を飲み、彼女は酔ってしまっていたのだ。

「あぁ!大尉もいるー!大尉も飲んで!飲んで!」

「艦長……」

ネルソンは頭を手で抱えた。

「ネルソンさん、これってどういう……」

レイはネルソンに尋ねた。明らかに異様なエリィの姿に対し、ネルソンは

「艦長は酒に弱いのにも関わらず酒が好きなのだ。グラスのビール一杯飲んだだけでもここまで酔う事が出来る。そして、ペースを考えないまま飲むから余計に回るのが早い……そして、こうなる。」

と、答えた。

「ふふふー!大尉、飲んでくらさいよぉ!もっと酔いましょうよー!!!」

と、今度はエリィはネルソンに覆い被さる格好をしたのだ。

「な!?おい、艦長!やめないか!!」

明らかに動揺するネルソン。その姿を見て、エリィは妖しげな目つきをした。

「大尉ってよく見たら顔つき可愛いですねー!ね!大尉!ホラ、飲んで飲んで飲んで飲んで飲んで飲んで飲んでっ!!!」

最早暴走しているとしか思えない、エリィの姿。今まで見た事のないエリィに、レイは

(やっぱりこの人は変わり者だ……)

と、こっそり思った。

 

パタン

 

と、突然エリィの身体は崩れ落ちるように床に伏せ始めた。ネルソンはゆっくりとエリィの身体を移動させ、彼女をそのまま仰向けに姿勢を変える。

「くきゅぅー……」

昼間の妖しげに話し掛けるエリィの姿はどこへ行ったのか。今レイの目の前にいるのは、酒によって酔い潰れたエリィ・レイスの姿であった。

「艦長が倒れてらぁ!」

「艦長、また飲み過ぎたんすか!?」

「大尉、襲ったらダメっすよー!もし襲ったら許さないっすよー!」

と、クルー達の野次が響いた。これらに対し、ネルソンは溜息を吐く。

「はぁ、やれやれだ。レイ君、すまないが頼みがある。」

レイはネルソンの言葉に反応した。

「まずは水を飲ませて体内のアルコール濃度を下げさせ、その上艦長を部屋まで運んで欲しい。」

「えええ!?」

まさか、自分がエリィの介抱をする事になるとは思わなかった。レイはただ、慌てるばかりだ。

「ネルソンさんじゃダメですか……?」

「いや、私ではな……それに、ここのクルー達の面倒も見ないと行けない。酒を飲んでいない君にしか頼めない事だ。すまないが、頼む。」

「は、はい……」

ネルソンに依頼される形でレイはエリィの介抱をする事になった。

 まず、一度エリィを部屋から出し、背中を壁にもたれ掛けさせ、ペットボトルに入っている飲料水を飲ませた。だがエリィはそれでも動く様子を見せない。目も虚ろで、呆然としている様子だ。

「エリィさん、飲み過ぎです……」

何故レイがこのような役回りをしているのかは分からないが、ただ、今彼はエリィを運ばなくてはならない役目があった。

 そしてエリィの肩を担ぎ、その状態で彼女を部屋まで運ぼうとした時――

(ラベンダーの匂いがする……)

エリィの存在が近い。彼女の色香が漂う。

「んんん……レイきゅん……可愛い……」

意識下か、無意識下で言っているのかは不明だが、エリィは言葉を発した。

酔っているエリィの姿は普段以上に色気を感じさせる。そして、介抱するレイの目に映るのは、谷間のみが露出された、エリィの乳房。

レイはこの時、じいっとそれを見る。エリィのその美しい肢体を、レイは介抱しているのだ。

(ダメだ、きちんと集中しなきゃ……)

首を横に振り、自分に与えられた役割を果たさなければと考えるレイは、そのままゆっくりと、エリィを部屋へ運んでいくのだった。

 

 

 やがて部屋に着いたレイはすぐに彼女を寝かせた。ぐったりと横たわるエリィ。胸の谷間は今にもブラジャーより飛び出そうだ。彼女は無防備な格好でベッドの上に横たわっている。その魅力的な身体は、レイのような少年には刺激が強い。

「昼間は色々と言ってた人が、こんなになっちゃうんだ……お酒って、そんなに凄いんだ……」

すぐに部屋を離れないと行けないのは分かっていた。がやはりエリィの事が気になるレイ。

 

ぐいっ

 

「わああ!?」

と、レイは急にエリィに引き寄せられた。右腕を引っ張られたレイは、あろう事かエリィが横になっているベッドに転がり落ちる形となったのだ。

 

ギュッ

 

そしてエリィはレイを抱き締める。エリィの小さな顔貌と、柔い二つの乳房はレイの眼前にあり、視覚的な刺激となっていた。

「エリィさん……ダメ……ですよ……」

手を振り解こうとするレイだったが、エリィの力は思いの外強い。必死に、レイを抱き締めるような格好をするエリィ。

「レイきゅん……このまま……一緒に……」

寝言なのかは分からないが、エリィはそう言った。まるで、レイの事を必要としているかのような言動。

 レイにとって、ここまで無防備なエリィを見るのは初めてだ。エリィと出会ってまだそこまで日は浅い。しかし献身的なエリィの姿は、レイにとっては間違いなく、世話を焼く“お姉さん”である。だが今日の昼間は意味深な言葉でレイを挑発した。レイはただ、困惑してばかり。このような人が戦艦の艦長をしているというのも不思議ではあるのだが、彼女なりに考えがあるのだろう。

 レイから見たエリィの印象は、“どこか抜けている変わり者”だ。しかし、それでもエリィの事が気になって仕方がない。それは恋とかそのような感情ではない。ただ、放って置けない存在なのかも知れない。

 

チュッ

 

そして、エリィはレイの額にキスをした。

「え……!?」

彼にとっては衝撃的な出来事だった。まさか、抱きしめられた上に口付けをされるとは思ってもみなかったからだ。

「レイきゅん……ごほぉび……だよ……いつも……あり……がと……ね……」

相変わらずの寝言。だがもしかすれば、これが彼女なりのフォローなのかも……と、レイは考えた。

(お酒の匂いとラベンダーの香り……なんだろう、色々と混ざり合ってる香りが……なんか、心地良いような……変な感じ……)

レイの目が、少しずつ閉じられていく。まるで眠気に襲われているようだった。

 

ピキィィィ

 

その時、レイの頭に電流が流れたのだ。今は戦闘時でもない。なのに、戦闘中の時のような感覚。

(……う……ん……今……のは……?)

エリィに抱き締められ、その際に眠気を感じながら、感じたその感覚。それは暖かく、そして優しい感覚だった。

「むにゃあ……」

エリィは相変わらず眠りの中。この時レイはかすかな違和感を抱きながらも、頭がぼんやりとしていく。

やがてレイの目は少しずつ閉じられ、心地よい感覚の中で、眠りについていくのだった……

(ん……眠……い………………)




第十四話投了。シンギュラルタイプって、何だろうと言った話。既存シリーズで言うニュータイプのようなものなのですが、謎が多い存在です。
飲み会描写は書いていて楽しかったです。エリィさんは酒癖悪いです。
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