レイは目の前にいる青年、スパーダ・スクードに対して暖かさと優しさを感じていた。初めて会う人間の筈なのに、何故これ程の暖かさを感じるのか……それは、彼自身分からない事だ。
初めて会う人間でもその立ち振る舞いや雰囲気で人はどのように接するかを本能的に考える。相手が穏和な印象を持てば話し掛けやすく、逆に、手厳しい印象を持てば恐怖や緊張といった感情を抱く事もある。
だが、それはその時の心境による。心に余裕、豊かさがあれば他者へ厳しい対応をする事はあまりないだろう。しかし心に豊かさを持たない場合は厳しい対応をするかも知れない。
レイの心境は然程、苦しい状況ではない。だが相手はどうだろう?自分を助けてくれた人間ではあるが、ワートンの話を聞いている限り、彼はバンディットという、裏稼業をする人間だ。レイに対し、どのような感情を抱くのだろうか。
「目を覚ましたんだね、君。良かったよ、いや、本当に。」
青年の第一声だ。それは穏和で、優しいものだった。
「僕を助けてくれた……人……ですよね……?」
確認をするように、レイは言った。
「ああ。路地裏で倒れてるのを助けた。それで、ここに運んだんだ。」
青年は言った。
「あの、その、ありがとうございます!お礼、言いたくて!」
不思議な感覚に翻弄されながらも、レイはお辞儀をした。焦燥に駆られた様子で礼をするレイの姿を見て、青年は思わず笑ってしまった。
「そんなによそよそしくしなくても良いのに……」
「あ、えと……」
動揺しているレイ。それを見た青年はそっと深呼吸をし、口を開いた。
「てか、立ちっぱなしじゃ緊張するんじゃないか?椅子に座って、コーヒーでも飲んで話したら良いよ。ワートン、この子にコーヒーお願い。」
「なんかお前さんに随分緊張してんな。坊ちゃん。」
青年に言われ、ワートンはコーヒーを用意する準備をした。
やがてレイは青年に案内されるように椅子に座り、同じように青年も椅子に座る。レイと青年は、対角面上で座るような形をとった。
(あ、なんかこの形、少し落ち着く気がする。)
椅子に座った時、彼の動揺は僅かながら落ち着いた様子だった。
「ふう、君、名前は何ていうの?」
青年はレイに名前を聞いた。普通ならば名前を答えるのだが、何故か、レイは言葉が出ない。
「レイ・キレス……だったよなぁ、お前さん。」
と、ワートンがコーヒーを持ってきた上で、動揺しているレイに救いの手が差し伸べた。ワートンの言葉で少し動揺は治まり、彼は改めて自己紹介をする。
「えっと、はい。」
「レイ……か。傷口は痛まない?」
「はい、大丈夫です。」
その際にワートンはコーヒーを両者に渡した。暖かいコーヒーは淹れたてであり、湯気がふわりと天井に向けて登っている。
レイと青年は砂糖を入れ、互いにコーヒーを飲んだ。ほんの僅かな苦味と甘味を両者は感じていた。
「レイって呼ぼうか。少しは落ち着いた?」
「はい!その……スパーダ……さん。」
スパーダ・スクードという名前が偽名なのは分かっていたからこそ、少し呼びにくいと感じていた。
人は偽名を呼ぶ時や、呼ばれる時に躊躇う事がある。それは、会話する上で喋りにくいからだ。それがその人物に馴染んでいるならば話は別だが、あまり呼び慣れていない呼び方をされると、呼ぶ方も、呼ばれる方も違和感を覚えるのだ。
「しかし、驚いたよ。だってさ、女の子が一人あんな路地裏で倒れてるんだから。」
「え?」
レイはまたしても少女に間違えられた。それを見ていたワートンは大笑いをし、青年に教える。
「ははははは!お前さん、これだけ話しててそりゃねえわ!俺はこいつを“坊ちゃん”って言ってるだろうが!」
「え、そうなの!?いや、だって……どう見ても女の子だろ?」
このやりとりはレイを怒らせるのに十分だった。助けて貰った事には感謝をするレイ。しかし何度も続く性別の間違いは彼にとっては屈辱以外、何者でもない。
「僕は男ですよッ!!!」
感情が入った言い方をした。その表情を見た時、青年はどっと、大笑いをした。
「ふっ……あははは!なんだ、そんな大きな声出せるんだ!ずっと緊張してたからさ、なんかかえって安心したよ!」
レイからすれば失礼な言動だと思っていた事だが、この場の緊張を解すのに、十分な効力を発揮した。
不思議な感覚を持つ青年、スパーダ。レイは彼から優しさ、暖かさを感じているものの、それを、どう表現すれば良いか分からないでいる。しかしこの出来事が、両者の距離を少しでも縮めるきっかけとなったのだ。
(さっきの感覚は気のせいか……)
と、この時、スパーダは考えていた。
時間が経ち、レイはスパーダに対してそれなりに親しく話せていた。ワートンはこの二人の空間を邪魔しないように片づけをしている。
会話をしている内にいつの間にか慣れたのだろうか、レイは敬語を使いつつも、すらすらと言葉が出るようになっていた。彼は自身の出来事を伝え、スパーダはそれに対して相槌を打つ。
「君がMSに……ね。」
そう言う彼の表情は、どこか暗かった。
「どうしました?」
「いや、ちょっとね。」
レイのような少年がMSに乗っていると言う話自体、やはり側から見れば信じられない事なのだろうか。しかしレイ自身は事実を言っているに過ぎない。ワートンとスパーダという人物からは危険と思わないからこそ、レイは自分自身の事を言うのだ。
「あの、スパーダさん、変な事を聞いて良いですか?」
レイは唐突に、聞いた。
「その……変な事かも知れないんですけど、スパーダさんって、“シンギュラルタイプ”って言われたことありますか?」
その言葉を聞いた時、スパーダの表情は変わった。
「シンギュラルタイプだって……?」
レイから、まさかそのような言葉を聞くとは思わなかったスパーダ。先程とは明らかに違う、表情をしている。
「まさか坊ちゃんからそんな言葉が出るとは思わなんだぜ。なあ、お前さん。」
デウス動乱時に多くの兵士が投入され、その中で多大な戦果を挙げた存在、シンギュラルタイプ。レイのような、戦争を知らない、ごく普通に育った人間からそのような言葉が出るなど、思う筈が無かったのだ。
「変な話なんですけど、僕、スパーダさんからずっと感じてたんです。暖かい感覚というか……不思議な感覚を。こんなのって、変ですよね……?でも、本当なんです!」
上手く言葉に出せないレイ。感覚の話という、具体性のない話など信じて貰える筈がない……と、考えていたのだ。
「俺がシンギュラルタイプだったとしたら、それはどうなると思う?」
今度はスパーダが質問をした。
「えっと、どうなるんだろう?」
レイは、頭を抱えた。スパーダから感じる優しさ、暖かさだけを追った結果、彼はスパーダ・スクードに辿り着く。だがその後のことは何も考えていなかったのである。
「君みたいな人間が、シンギュラルタイプなんて単語を出すってのも不思議な話だけどね。話を聞いていても、戦争なんて全く関係ない所で育ってると思うんだけど、何故その話が出るのか……」
戦争を有利に働いた存在であるシンギュラルタイプ。だが、レイは戦争を知らない。戦争を知らない少年が力を持つという事自体、本来ならありえない事だ。
「人間って不思議だよな。まさか君みたいな子に出会うなんて、俺もびっくりだよ。」
スパーダはカップに残っていたコーヒーを、全て飲み干した。
「けど一つ言える事があるとすれば、力を持っていたとしてもその目的が明確じゃなければ意味は成さない。例えば、平和世紀になった今では望まれる事ではないけれど、戦闘中で生き残る為とか、何かを守る為……とか。」
「何かを守る為……」
同じような言葉を、彼は聞いた事がある。ネルソンなや、エリィの言葉だ。
「俺もMSに乗って戦った事がある。そして、その力に何度も助けられた。結果、この力で皆が称賛した。」
スパーダもMSに乗った過去を持つ。そこで戦い、生き延びてきたのだ。
「しかし力を持つ事は良いことばかりなんかじゃない。MSに乗って戦った所で、何も得られない。それに力を持つことで、戦争で勝つ為の道具扱いされる事だってあった。」
彼の表情は、険しくなっていく。
「力を持った人間はそれを求め過ぎる。その結果、暴走する事だってある。」
「暴走……?」
それは何を意味するかは分からないが、レイは彼の言葉に、恐怖を抱いていた。
「レイ、君が力を持つ存在なのかも知れないのなら……その力を過信しすぎない事だ。何故君がMSに乗っているのかは敢えて聞かない。事情があるのは間違いないだろうから。」
それは、スパーダなりの優しさだ。普通、レイのようなごく普通の少年がMSに乗ると聞けば、事情を聞くのが普通だ。だが彼は警察官や何らかの組織などの人間でもない。つまり、聞く必要がないのだ。
「で、君は今、どこに所属しているんだ?MSに乗るっていうからにはどこかに所属しないといけないだろう?」
「それは……」
レイはセイントバードの事について説明した。MS乗りであるセイントバードチーム。そこに今は世話になっているという事を、スパーダに話す。
「そこのエリィさんって人にお世話になってまして――」
レイの言葉を、スパーダは遮った。
「エリィ……?今、エリィって言った?」
青年の表情が一変した。
「え?はい……。」
「フルネームは?」
「エリィ・レイス……」
スパーダは、バン、とテーブルを叩き、レイの顔に近づいた。
「それは本当か!?まさか、レイからその名前を聞くなんて!偶然だな!いや、本当に!」
「え……知り合いなんですか!?」
「ああ!戦前にね!何だろう、凄い偶然だ!」
スパーダは一人、興奮していた。そして意外な事実を知る。
エリィと彼は知り合いだったのだ。それはレイにとっても衝撃的な事実であった。
「で、今どこに居るんだ?もし用事が終われば会いにいきたいな!」
「それが――」
レイは自身の事情について説明をした。
アレクサンドリアの港にある、セイントバードという艦の艦長を務めているという事、先日までは砂漠の狩人と激戦を繰り広げていた事等、彼が知る限りの情報を、青年に伝えたのだ。
「じゃあ、近くに居るんだな!まだ居るって事だ!昼からの仕事が終われば会いに行こう!よし、そうしよう!」
久しく会っていない知人に会う時、人は気持ちが高揚する。それが仲良かった人間ならば尚の事だ。青年とエリィがどのような関係なのかは定かではない。
ただ、レイは以前にエリィが言っていた事を思い出していたのであった。
―――――――私は特別な人達と一緒に戦場を生き残ってきたんだよ―――――――――
(この人が、エリィさんの言う、“特別な人”の内の一人なのかも。)
レイは、じいっと、喜ぶ表情の青年を見て思った。
「あの人、今艦長なんてやってるんだ!凄いなぁ!昔はオペレーターだったのに、随分出世したなぁ!えっとさ、MS乗り……だっけ?」
「えっと……はい。」
「MS乗りとはいえ艦長なんて!どんな感じなんだろうなぁ、ああ、早く依頼を終わらせなきゃなあ!」
いつしか、スパーダの方が、気分が高揚している様子だった。デウス動乱時に共に戦った人との再会。彼の過去に何があったのかは知らないが、恐らく、デウス動乱中は壮絶な戦いを続けていたのだろう。
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ
その時、銃声が聞こえた。機関銃によるものだろう。それから悲鳴が聞こえる。
外で何が起きているのだろう。レイは急に起きた出来事に対し、驚きを隠せない。
「反政府デモの連中が撃ってやがるな……」
ワートンが舌打ちをし、言った。
「反政府デモ……?」
反政府デモ。それは文字通り、政府に対するデモンストレーション行為。だがそのデモの内容は非常に過激であり、常に死者が出る程。
エジプト政府はテロリスト等の武装勢力ややMS乗り等の入国ですら、多額の金銭を入国時に支払う事で入国することが出来る。その結果、治安の悪化が大きな問題となっている。
カイロでも爆破テロが起こっていた。そして新生連邦政府による無差別攻撃。こうした現状があり、市民は苦しい生活を余儀なくされているのだ。
それが発端となり、ここ最近ではこうした反政府デモが過激になってきている。その事が治安の悪化を余計に招いている。
「戦後になってからアレクサンドリアは治安が非常に悪くなっちまった。昨日お前さんを一晩置いたのはこうした事情もあるんだよ。デウス動乱みたいな戦争中でもないのにこんなドンパチやってんだ。恐ろしいもんだぜ。」
外に出れば銃撃は避けられない。これはどういう事を示すのか?答えは一つ。レイは、外に出られないという事だ。
「坊ちゃん、もう少しばかりここに居た方が良いかもな。」
「そんな……そんなのって……」
セイントバードに帰るという、希望が途絶えた。だが身の安全を考えた時、今はここに世話になる以外の選択肢はない。不本意ではあるが、仕方がないのだ。
「やれやれ、随分厄介な状況だな。ま、そんな時でも仕事は行きますよっと。」
そっと、スパーダは言った。
「仕事……え、もしかして……こんな状況でも仕事なんですか!?」
彼の仕事。それはバンディットの仕事だ。彼はバンディットとして、依頼をこなし続けているのだ。今回は偶発的とはいえ、反政府デモとエジプト政府の衝突の最中、出掛けなければならないという状況に陥ったのである。
「そう。今回はいつも世話になってる所だからね。こんな状況だから、余計に心配だ。」
スパーダがそう言った直後だった。
「あの子供達の所か?」
ワートンの言葉に対し、スパーダは静かに頷く。
「反政府デモが過激になってるからな。気をつけろよ。」
この言葉に対し、スパーダは静かに言った。
「大丈夫、きちんと帰ってくるよ。」
そして、レイを見て言った。
「レイ、俺が戻ってきたらさ、エリィさんの所に案内してくれよ。それまでにデモが止んでくれれば良いけどね。」
そう言った後、スパーダは去って行った。
優しく、温かい感覚を持つ青年、スパーダ・スクード。彼はシンギュラルタイプかも知れない存在。そして、エリィとも知り合いだ。
このような偶然は果たしてあり得るのだろうかと、考えるレイ。その上彼はバンディット。バンディットの事はワートンから聞かされた程度ではあるが、レイにとっては、全貌ではない。
そして、彼の次の仕事は、“子供達”が関係している。それは何を示すのかも不明だ。しかし青年から感じる暖かさと優しさを感じているレイは、出掛けたスパーダに対して安心感を抱いていた。
だが一方で、セイントバードへ戻る事が遅れる不安もあった。彼の心は、この二つの感情が相反するように揺れ動いていたのだった。
時間が経過し、スパーダはアレクサンドリア中心部の東側に移動していた。反政府デモと政府軍が衝突する中、彼はデモ隊と政府の衝突に気をつけながら車を駆り、移動していたのだ。
やがて彼が辿り着いた場所。それは、アレクサンドリアの郊外にある孤児院だった。周囲には草が生い茂っており、田園に囲まれている、その場所。
孤児院。その数は戦後になり、数が増え続けている。デウス動乱時後の混乱期に入った現在。戦争で親を、亡くしたり、親に捨てられたりした子供達を預かる為に建てられた施設。
今回の彼の依頼は、孤児院の子供達に勉強を教えると言うものだった。これも、バンディットという裏稼業の一つなのである。
「お待ちしておりました。」
孤児院の施設長らしき男性がスパーダに声を掛けた。彼の名前はウィル・ティアムス。白髪が僅かに生えている壮年の男性だ。
「子供達は元気ですか?」
スパーダは言った。
「皆待っていますよ。いつも、ありがとうございます。」
孤児院に施設に預けられている子供達の為に、従来では国内や海外からボランティアが来る事もあった。この孤児院はウィルが一人で運営している。小さな孤児院だ。
しかし今はデウス動乱後の混乱期。戦争による爪痕の影響により世界的に人の数も減っており、ボランティアの数も減少しているのが実情だ。増して、戦後の状況で経済的に豊かな人間とそうでない人間の格差が激しい状況がより著明になっている。
そうなった場合、無償でボランティアに来てくれる人間も減ってしまう。有償でスタッフの募集を掛けるも、エジプトの現状では人が集まりにくい。
そこで施設長であるウィルが、バンディットを頼る事にしたのだ。結果、スパーダがこの施設に度々来る事になっていたのである。
彼の温厚な性格や優しさは子供達の注目の的になった。裏稼業と呼ばれ、殺し屋等の物騒な印象を受けるバンディットではあるが、基本的には万屋であり、このような依頼もこなす。賃金は他の依頼に比べると安い。
しかし、彼スパーダの場合、賃金は勿論だが、ここにいる子供達との触れ合いの時間が大切なのだ――と、考えているのだ。
「中心部は今大変みたいですね。反政府デモが活発になっているようで。」
スパーダが言った。
「こんな状況なのに、すみませんね。本当に。」
「こんな時だからですよ。もし子供達に何かあったらと思うと気が気でありません。」
「私は、貴方のような人に来てもらって本当に良かったと思っていますよ。」
物腰の柔らかい壮年の男性、ウィル。スパーダと顔見知りであり、彼の優しい振る舞いに感謝をしているのだ。
施設の中に入り、スパーダは中にいた少年、少女達を見た。その数は五人。少年が三人、少女が二人だ。少年はそれぞれ、アドリー、マリク、ラージー。少女二人はそれぞれ、アイシャ、マリカ。いずれもが孤児であり、戦時中に両親を亡くしていたり、行方不明になっている子供達ばかりだ。
「お兄さんだ!」
「会いたかった!お兄さん!」
「お兄さんが来てくれた!」
このように、スパーダは子供達に慕われている。実際、ここの子供達にとってスパーダはまるで実の兄のような存在だ。
「スパーダさん、都市部では暴動が起きているのにわざわざ来てくださってありがとうございます。でも事情を知らせてくれればリモートでも教えたりは出来ると思うのですが……」
ウィルはスパーダの状態を心配している様子だった。しかし、それに対してスパーダは言った。
「確かに、遠隔でもコミュニケーションのやり取りだったり勉強を教えたりは出来ます。けれど、やっぱり実際に触れ合って、その温もりや感じた事を直に学ぶってのは、いつの時代になっても価値があると思うんですよ。だから俺はここで子供達と学びたいし、遊びたいと思ってます。」
それがスパーダの意志だ。
この時代、SNSの普及は宇宙にまで及んでいる。情報は地球上どころか、回線さえ安定していればコロニーに住む人間とも会話をすることが可能だ。つまり、わざわざ直接人が会わなくても良い時代ではある。しかし彼は、直接会う人との触れ合いを大切にしている。
人は様々な情報を瞬時に得ることが出来る。しかし、それはあくまでも媒体から得られた“情報”でしかない。実際の体験、触れ合いにはそれらの情報は遠く及ばない。スパーダの考えはこうだ。だから、危険な状況であったとしても孤児院の子供達に会い、挨拶をし、勉強を教えるのだ。
「お兄さん、ここが分からないんだー」
「おー、どれどれ」
一人の少年、マリクが聞いてきた。彼は五人の中でも勉強に関心を持っている。その知識欲を少しでも満たしてあげたいと思う、スパーダ。
彼は勉強を教えつつも、戦争の話をしている。実際にデウス動乱であった話等をし、戦争の愚かさ、人の愚かさを教えつつ、人の優しさを教えるのだ。
やがて休憩時間になり、ウィルはスパーダに紅茶を用意した。人に何かを教える時、舌を多く使う。その為、喉が渇きやすい。
「貴方の戦争の体験は子供達にとって良い教訓になっていますよ。」
「俺の体験は特別なものじゃありませんよ。戦争が引き起こしたのは何も残らない、無だけですから……」
デウス動乱を経験しているスパーダ。彼はMSに乗った事がある経験があるが、余り好ましい様子ではない。
「差支えなければお伺いしたいのですが、貴方のような若い方が何故デウス動乱に参加されたのですか?」
ウィルは、紅茶を啜りながら聞いた。
「元々俺は中立コロニーの育ちだったんですよ。けどそこにデウス軍が侵略してきて、そこにあるMSに乗って戦った事がきっかけです。それから当時の地球連邦軍に協力する形となって、結果的にデウス動乱を戦い抜くことになりました。」
僅かだが語られた過去。それがスパーダのデウス動乱に参加したきっかけなのだ。
「貴方は地球連邦軍として、戦っていたんですね。」
「あれは完全に成り行きでしたよ。その時の友人がデウス軍に殺されて、俺はただ、無我夢中でそこにあったMSに乗って、戦った。それだけなんです。」
「故郷のコロニーには、ご両親はおられるのですか?」
その話をされた時、スパーダは僅かに俯いた。
「父親は戦争中に殺されました。そして、母親は故郷のコロニーを超大型の砲台にするという、デウス軍の計画に反対し、殺されました。」
つまり、スパーダの両親は共に戦争の犠牲者となったのである。
「ああ、すみません……私とした事が、踏み込んだ話をしてしまいましたね。」
ウィルは謝る。彼に辛い思いをさせてしまったのではないかと、反省をした。
「いえ……だからこそ、戦争なんて起こしちゃ行けないんですよ。親を殺されて孤児になった子供達……本当の親の温もりを知らないで育った子供達。だからこそ、優しくしてあげなきゃ行けないんです。」
スパーダは紅茶を飲んだ後、カップを置いた。
「スパーダさん、私は子供達を人類の宝だと考えています。戦後の状況で、親を亡くしたり、一方で戦後とはいえ戦争の影響を受けなくても親に恵まれない子供達もいる。そうした人達が一人でも少なくなれば良い……と考えます。」
ウィルの意思だ。その彼の意思に賛同したのがスパーダという訳だ。
「出来れば無償でしてあげたいんですよ。けれど……」
所謂、懐事情というやつだ。スパーダも人間。生きていかなければならないのである。
「それは私も承知しています。我々も政府の献金等で成り立っていますからね。」
「今、政府は反政府デモ等で批判されている所ではありますけど、こうした場所もあって、子供達を保護しているという事も忘れちゃ行けないんですよね。」
スパーダは、置かれていたクッキーを一欠片、食べた。
「人間って、悪い所が見えるとそこばかり攻撃してしまう。その結果が戦争になってしまう。それが、俺は悔しいというか……」
寂しげに、スパーダは語った。
「戦争でなくても言える所だとは思います。互いを尊重し合える世界になれば良いのに……と、思いますよ。」
ウィルは紅茶を飲み、言った。
「まあ、バンディットなんてやってる俺が言える義理じゃないですけれどね。」
裏稼業、バンディット。一部の人間に知られる存在。ワートンの言っていたように、万屋のように、殺し屋業等も人によっては請け負う存在。だがスパーダはそのような依頼はしない。
それは彼なりの考えがあり、行動をしているからだ。
「ところでスパーダさん。貴方の名前ですが……」
何気なく、ウィルは聞いた。
「気になってはいましたが……何故、その名前なのでしょうか?」
スパーダ・スクード。イタリア語で剣、盾という意味。これだけ聞けば明らかに偽名であるのは分かる。しかし、彼はあえてそれを語らないのだ。
「戦争を経験して、称賛されても虚しいだけです。だから本名なんてこの仕事をする上では必要ないと思ってます。」
それを聞き、ウィルは察した様子だった。
「お兄さん!」
そこへ、一人の少女が姿を見せた。褐色の肌色をしたロングヘアーの少女、アイシャである。
「どうしたんだい、アイシャ?」
「さっき、聞いちゃったんだけど、お兄さんのお父さんもお母さんも“せんそう”に巻き込まれちゃったんだね……」
どこか虚ろな表情を浮かべる、アイシャ。どうしたというのだろうか。
「聞いてたんだ……まあ、これは過去の話だしね。ちょっと、複雑な事情もあるけれどね。」
スパーダは頭を掻き、言った時だった。
「私ね、お母さんが居たような気がするんだけど、ずっと前にいなくなっちゃったの。全然覚えてなくて。どうなったかも分からないんだー。」
「……そうなんだ。」
恐らく彼女が物心つく前に戦争で母親を亡くしたのかも知れないと思う、スパーダ。やはり先のデウス動乱はこうした孤児達を作り出し、親のいない子供達を作り出したのだ。それに対し、彼は言葉に表せない憤りを感じていた――
ドオオオオオッ
突如、外で、爆発物の音が聞こえた。何事か、と思い、ウィルとスパーダは外に出る。
「反政府デモが、こんな所まで!?」
「拡大しているって事……?」
その際に再び聞こえた爆発音。距離は先程と比べ、明らかに近い。本能的に危険を感じたスパーダはウィルに言った。
「子供達を避難させられますか?」
「ええ……スパーダさんは?」
「様子を見てきます!」
「気をつけて下さい!」
と言って、二人は分かれた。
孤児院の子供達との団欒の時間は、爆発音によって突如終わりを告げた。戦争の爪痕が残る世界でも、こうした争いや殺傷兵器は未だに残っている。こうした存在は時に、罪なき人間を殺すのだ。
機関銃による銃声が鳴り響く。政府軍と反政府デモの人間が、攻防戦を広げている。機関銃や手榴弾等の兵器が飛び交い、爆発する音が聞こえる。
人が住んでいる民家の前であれ、躊躇う事をしない人々。政府に反対する人間達だ。
ビゴォン
そこへ、岩場からMSが二機、出現した。いずれもがデウス動乱時代の旧式MS、ディエルである。
レイ達が砂漠で交戦したディザートディエルの基本型の機体、ディエル。かつてのデウス帝国軍が使用していた主力MSであり、戦時中に多数の機体が導入された。戦後になってからは旧式となってはいるものの、このように今でも一部の組織や勢力に使い回されているのが現状である。
「子供達が居るんだぞ……!何も考えてない連中め……!」
優しく、穏やかなスパーダが怒りを見せた。
政府に反対する存在達。彼等は民間人の事を考えず、己の為に動く存在。それ故にこうした過激な行動を平然と行う事が出来る。先の大戦で多くの死者が出たにも関わらず、このように兵器を持ち出して民間人を巻き込む行為。この事は、到底許される事ではない。先の戦争で親を亡くした孤児達がいる環境で平気で銃撃を行えるこうした連中を、スパーダは許せないと感じているのだ。
ガキィン
更に、岩場の奥から一機のMSが姿を現した。その機体はモノアイを輝かせ、ディエル達に対して指揮するかのように左前腕部を差し出した。
その動きに伴い、二機のディエルはその地鳴りを上げ、大地を踏み歩いていく。鈍い機械音が、周辺に響いた。
「あれは……今の連邦の機体の筈……」
スパーダはそれを見て絶句した。反政府デモの人間が乗っている白緑色の機体。それはディーストだった為である。
ディーストは新生連邦軍樹立に伴って作り出された汎用型MSであり、既に多数が配備されている。だが、何故新生連邦軍の新型機体が反政府の手に渡っているのだろうか。
ダダダダダダダダダダダダ
すると、一機のディエルがマシンガンを展開し、政府側の装甲車に対して攻撃を仕掛けた。
府はMSを用いず、装甲車を使って反政府側を叩こうとしている。しかしいずれも民間人を巻き込む愚業であることに変わりはない。
飛び交う銃弾は逃げる民間人を巻き込む。この戦闘で多くの罪なき人間達が死んでいく。そして、何よりも一番心配なのは、スパーダが訪れた孤児院の子供達だ。
「クソッ!」
そう言った時、スパーダは動いていた。一人、反政府の方向へ向かい、行動する。
反政府デモの人間はMSに乗る人間と、機関銃を持つ白兵戦を仕掛ける人間で分かれている。エジプト政府の装甲車に向け、機関銃を放つ存在。そして、ディエル。やはりMSの方が性能は圧倒的であり、容赦のない攻撃が行われる。
「援軍は要請したのか!?」
「新生連邦軍がもうじき来る!そうなれば片が付く!それまでは持ちこたえろ!」
政府は本来MSを持っていなければならない。しかし、新生連邦に権力を握られている現状のエジプトでは、政府自体は限られた戦力しか投入できない。装甲車が関の山だ。
エジプト政府は新生連邦軍に救援を要請した。それまでは反政府デモの武装勢力が躊躇なく進軍してくる。
「政府の連中!舐めた真似を!」
と言うのは反政府デモの人間だ。機関銃を持ち、躊躇いなく弾を放つ――
スッ
と、目の前にスパーダが現れ、一人の男が躊躇う。
「何!?何だお前は!?」
「民間人を巻き込んで、何が反政府デモだ!」
パァンッ
そう言った直後、スパーダは持っていた銃で男の頭部を撃ち抜いた。そして機関銃と手榴弾を奪い、ディエルの方へ向かう。
素早い動きでこの動作を行ったスパーダ。優しさを持つ一方で、こうした行動が出来る青年。彼はやはり、普通の人間ではないのかも知れない。
やがて、スパーダは手榴弾のピンを抜き、MSの方に投げる。それに伴い、爆発を起こした手榴弾。その爆風はMSを倒すのに十分だった。
爆風の勢いで後方へ姿勢を崩すディエル。その際にコクピットが開いた。
「クッ、何だ!?」
慌てるディエルのパイロット。だが――
ジャキンッ
「死にたくなければ降りろ。」
と、スパーダが銃を構えて言った。
「何だお前は……!?」
男は反論し、銃を構えようとした――
パァンッ
「ぐああ!」
男の手からおびただしい量の血が流れた。スパーダが拳銃で撃ち抜いたのだ。
「降りてもらうぞ。」
そう言って男の胸倉を掴み、放り投げた。そして、すぐにコクピットのハッチが閉じられる。
スパーダは反政府デモの人間からディエルを奪った。この一連の動きは、瞬く間に起きた出来事だった。
やがてスパーダの駆るディエルは再び動き出す。所持している武器はディエルマシンガン。彼はそれを使い、近くにいたディエルに向かい、攻撃を仕掛ける。
ダダダダダダダダダダダ
マシンガンは全て命中。それを受けたもう一機のディエルは反応し、マシンガンを構えた。
「何のつもりだ!?裏切りか!?」
もう一機のディエルのパイロットはスパーダが乗っている事を知らない。突然の攻撃に、躊躇いつつも前進するディエル。
「お前達の勝手で民間人を……子供達をやらせるか!」
「何!?何を言ってやがる!」
「勝手な行動で無差別に人を殺していい筈がない!」
スパーダの乗るディエルはマシンガンを再び放つ。撃った後の弾は地面に落ち、近くにいた反政府の人間は逃げていく。
「邪魔をするなら!」
と、相手のディエルはビームサーベルラックを背部ランドセルから抜き、ビームサーベルを展開し、迫ってくる。
「そっちがそう来るなら!」
それに気付いたスパーダはマシンガンを腰部に収納し、同じくビームサーベルを展開。そしてバーニアの出力を上げ、一度空中を舞う。
「何!?」
予想外の行動に、急いで男はマシンガンを展開しようとするが――
ズバァァァァッ
ディエルの頭部から胴体にかけてビームサーベルが直撃。パイロットは死亡し、機体はそのまま棒立ち状態となった。これにより、残る敵機体はディーストのみ。
そのディーストは恐らく指揮官機だろう。新生連邦軍が軍備増強した結果、このような反政府デモの武装勢力にまで機体が流通する結果となった。本来、このような事はあってはならない事なのだが、軍備増強を優先する新生連邦の意向は留まる事を知らない。
「滅茶苦茶な状況じゃないか、こんなのは……!」
旧式のMSであるディエルと、最新鋭の機体であるディースト。同じモノアイタイプの機体ではあるが、性能差が大きい。この状況で頼れるのは、スパーダの技量のみだ。
「どういう理由で歯向かうかは知らんが、旧式がこいつに勝てる訳がないんだよ!」
ディーストのパイロットが言った。元々は仲間である筈なのに、躊躇う様子を見せない。
「覚悟しろ!どこの誰だか知らんがな――」
ディーストのパイロットがビームライフルを構えた時だった――
バシュゥゥゥ
突如、光の飛翔体がスパーダの眼前を飛んだ。それはディーストのコクピットを一撃で貫いていたのだ。
「新手!?」
スパーダは急いでモニターで確認する。
そこにいたのは、ディーストが二機と、白色のモノアイタイプの頭部をしている機体が一機、計三機のMSだった。政府側に付いているその三機。それらの肩部には新生連邦政府のエンブレムが添付されていた。
「新生連邦か……?」
それに気づいたスパーダは、ディエルのコクピットを開けた。彼の目的は反政府デモの人間の戦力を奪う事。それが終わったのならば、もう彼が戦う理由がないからだ。
コクピット内のスピーカーを使い、スパーダは言った。
「自分は戦いを望まない。反政府デモの人間でないからだ!この戦いは終わった。もう、機体を出す必要はない!」
スパーダは説得した。だが――
バシュゥゥゥ
あろうことか、白い機体はビームライフルを構え、ディエルに向けて放ったのだ。だがそのビームはディエルに当たることは無かった。
「どうして!?」
スパーダが聞いた。すると――
「我々は新生連邦政府軍。そちらに如何なる理由があろうとも、脅威は排除する。それが軍の意向だ。それに、信用に値する根拠がない以上、説得には応じない。」
と、冷たくあしらった後、再びビームライフルを構えた。それを見た時、苦悶の表情を浮かべるスパーダ。
「クソッ、何でだよ!こっちは戦う意思はないってのに!」
倒すべき敵は倒した。もう、これで片は付く筈なのに、何故か狙い撃ちされるディエル。これが、新生連邦のやり方なのだ。
ディエルは両手を上げ、戦意が無い事をアピールする。これ以上の戦いは、無益だ――と。これで、少しでも信じてもらえればと、考えていた。
だが、今度は二機のディーストがビームライフルを構え、発射したのだ。明らかに戦闘態勢だ。
「クッ……なんでだ……!」
説得にも、行動にも応じない新生連邦。憤りさえ感じる現状。
だがその時、彼はモニターに映るウィルと、孤児院の子供達の姿を見たのだった。戦闘に巻き込まれ、逃げ惑う子供達。恐怖に怯える表情が、はっきりと映し出されていた。
「そんな、何故皆が!?」
スパーダが反応した時だった。
白い機体が左前腕部を差し出した時、実弾が二つ展開された。それらが向かう先は、孤児達が居る方向だ。
「なっ!?」
それに気づいたスパーダ。白い機体はあえて、子供達が居る方向にグレネードを展開したのだ。
白い機体の名前はジョゼフと言った。型式番号NFMS-990。新生連邦軍の最新鋭MSであり、ディーストの後継機体だ。全ての性能がディーストを上回っている機体。前腕部に増設されたグレネードによる実弾攻撃を可能とした機体。
今、この機体が孤児達を狙った。もし、これが直撃すれば子供達の命はない。スパーダの駆るディエルは、バーニアの出力を上げ、子供達の前に立った――
ドガァァァッ
ディエルは身を挺して、子供達を守った。この時の爆発は、幸い子供達には及ばなかった。
グレネードによるダメージは大きい。ディエルは半壊状態となり、目に見えて外見の傷が目立つ状態となったのだ。
「くぅ……早く……逃げるんだ……早く!」
スパーダは音声を出し、子供達に逃げるように、伝えた。
「お兄さんの声……?」
「じゃあ、あれに乗ってるのはお兄さんなの?」
ディエルから聞こえた音声がスパーダのものだと判明した時、子供達は驚愕した様子だった。彼は子供達の前でMSに乗る所を見せたことがない。過去の話でデウス動乱を戦い抜いた話はしていたが、それは、あくまでも過去の話だ。
「スパーダさん、まさか……」
ウィルが子供たちを連れ、半壊しているディエルの姿を見て絶句している。ジョゼフからの凶弾から身を挺して守ったディエル。それよりも、スパーダがMSに乗って戦っているという事が、驚きだったのだ。
「ウィルさん、早く逃げて下さい!」
スパーダが再び警告をした時だ。
ジョゼフが頭部機関砲を発射した。グレネード程の破壊力はないが、凶弾が再び孤児達に迫る。
「くっ!」
再び身を挺して凶弾から守ったディエル。
ジョゼフの攻撃は明らかに意図的な攻撃だ。何故、罪なき人々を殺めようとする行為をするのか、スパーダは理解できない様子。同時に、怒りを覚えたのだ。
「ふざけるなよ!こんな事して許されるハズがないだろう!!!」
怒るスパーダ。半壊のディエルはマシンガンを腰部に収納し、ビームサーベルを展開してジョゼフに迫った。
しかし旧式のディエルと最新型のジョゼフでは性差は圧倒的だ。ジョゼフはバーニアの出力を上げ、ビームサーベルの攻撃を回避し、すぐにジョゼフもビームサーベルを側腰部から展開し、ディエルの胴体部を切り裂こうとしていた。
ピキィィィ
その時だ。スパーダの頭に電流が流れた。シンギュラルタイプと呼ばれる人種と同じ現象が、スパーダにも起きた。
だが、彼の場合、その現象を感じたと同時に、すぐに行動をしたのだ。スパーダの駆るディエルはジョゼフのビームサーベルを、その腰部を過度に伸展させて回避。間一髪ビーム刃による攻撃を避ける事に成功した。
「今の攻撃を交わした!?」
ジョゼフのパイロットが言った時、スパーダはディエルの左手部マニピュレーターにもビームサーベルを所持。二つのビームサーベルを構えた状態で、ジョゼフに向かう。
やがて、ジョゼフの左肩部がディエルのビームサーベルによって切り裂かれる。そして、このままディエルはバーニアの出力を上げ、草原のある方向へ向かった。孤児達から離れるように、場所を変えたのだ。
場面は変わり、草原の中。半壊のディエルはジョゼフを押し倒すように、バーニアの出力を高め、迫る。
しかしそこへ二機のディーストがビームライフルでジョゼフを狙う。一機対三機の状況。その上、スパーダの乗るディエルは旧式。相手は最新鋭機体ばかりだ。
ピキィィィ
再び、頭に電流が流れる感覚が。その瞬間、スパーダの駆るディエルはビームサーベルを、刃が出現した状態のままディーストに投げつけたのだ。急な攻撃に成す術もないディースト。それはディーストの左肩部に直撃した。
「クソッ、旧式が舐めた真似を!」
右手部が動く事により、ディーストがビームライフルを構える。が、これに対してディエルは咄嗟に左手部マニピュレーターでマシンガンを構え、頭部へ攻撃。ディーストのカメラが破壊された。
「早い!?」
カメラが映らなくなり、モニターを切り替えるディーストのパイロット。だが――
ビゴォン
目の前に、ディエルの姿があった。モノアイを輝かせ、コクピットに向けてマシンガンを連射した。
この攻撃により、ディーストのコクピットは撃ち抜かれた。そのまま爆発する事なく、機体は機能を停止した。残る敵機体は、二機だ。
「ボロ機体が!」
ディエルに向けてディーストとジョゼフがビームライフルを放つ。だが、これらのビームを全て回避するスパーダ。まるで、攻撃を見切っているかのようだ。
回避運動を行いつつ、倒されたディーストの所持していたビームライフルを装備し、両手で構え、放つ。
「こいつ、ボロの癖に!?」
半壊状態とは思えない機動性。これも、パイロットが優秀であるが故に成せる業だ。ディエルマシンガンでの攻撃では対処に無理があると考えたスパーダは、敵が使用していた武器を利用し、攻撃を行う。
ビームライフルを向けられたディーストは回避運動を行いつつ、反撃をする。しかしその攻撃も回避するディエル。そして、バーニアを展開し、空中に上昇し、真下へ砲撃した。
そのビームはディーストに直撃し、頭部から胴体を貫いた。これで二機撃破。残すは一機のジョゼフのみだ。
「旧式如きがっ!」
ジョゼフのパイロットが言った。そして、ジョゼフは右前腕を差し出し、グレネードランチャーを展開。すぐにディエルはこれを回避。後方の田園にグレネードが衝突し、爆発した。
「ちぃぃ!!」
次にジョゼフはビームサーベルを側腰部から展開し、頭部機関砲を展開しながら迫る。実弾はディエルの装甲に傷を与えるのに十分だった。
「もう、持たない……これ以上は!」
スパーダは短期決戦を望んだ。いつ、爆発してもおかしくないディエル。既に機体表面は壊滅寸前。次に何らかの攻撃を受ければ、確実に破壊されるだろう。
ディエルはビームサーベルを展開し、ジョゼフに拮抗する。互いのビーム刃が打ち合う状況。しかしディエルのサーベルの出力はジョゼフよりも弱い。決戦を望んでいたスパーダだが、純粋な打ち合いだけでは勝ち目がない。そこでディーストはもう一つ、ビームサーベルを展開した。
が、ジョゼフのパイロットはそれを見切っていた。左手部マニピュレーターを切り裂き、ディエルは右腕部のみしか使用出来なくなる。これで、両機体共に右前腕部のみしか使用できない状況となった。
ジョゼフは一度後方へ下がる。それと同時に空中へ移動し始めた。
「逃がすか!」
それを見逃さなかったスパーダ。ジョゼフの左脚部をマニピュレーターで把持し、共に空中を移動する。
「こいつ!何をする気だ!?」
ディエルを離そうと、脚部をブンと振り出すジョゼフ。だが、ディエルは離さない。それどころか、引きずり落そうとしている。
ジョゼフはSFSに頼らず空中移動をする事が出来る機体である。だが重力に抗する力は持っていない。ディエルの重さで少しずつ高度が下がっていく。
やがてジョゼフは地上に落下。その際、ディエルはジョゼフの上に馬乗りする形になった。そして――
ズバァァァッ
コクピットにビームサーベルを突き刺した。爆発は起きず、パイロットは死んだ。
「もう、持たないか!」
スパーダはディエルの限界を察知した。急いでコクピットを開き、飛び降りる。
その瞬間、爆発が起きた。その爆発は先程倒したジョゼフを巻き込む。間一髪脱出に成功したスパーダ。彼自身怪我一つする事なく、この戦闘を生き延びたのだ。
「政府軍が撤退していく……?」
ふと、先程政府軍が駐留している場所を見ると、装甲車が後退していくのが見えた。そして、もう一方の反政府デモの方は死体が数体。恐らく、デモ隊が片付いたと判断し、撤退したのだろう。
「皆は!?」
急いで孤児達が居る場所へ走るスパーダ。一番心配なのは、彼等の存在だ。何事もなければ……と、祈るスパーダ。彼はひたすら、走る。孤児達の無事を祈りながら。
「ウィルさん!!!」
走っている時にスパーダはウィルの姿を見つけた。岩場の影に隠れていたウィル。そして、五人の子供達。彼等は無事だったのだ。
「良かった……無事だった……本当に、良かった……!」
戦闘中の険しい表情はどこへ行ったのか。孤児達の無事を確認出来たスパーダに、自然な笑みが戻ってきたのだ。
「スパーダさん、貴方……MSに乗って……守ってくれたんですね……」
「お兄さん!怖かったよぅ!」
「お兄さん……!」
子供達がスパーダの周囲に集まった。誰一人、怪我をしていない。先のような出来事があっても、皆が無事であった事……それが、彼にとっては唯一の救いだった。
だが、一方で残酷な現実もあったのだ。
「スパーダさん……孤児院が……」
ウィルが見つめる方向を、スパーダも見た。すると、そこには壊滅した孤児院の姿があった。先の戦闘によって、ビームを受けた施設が破壊されてしまったのである。これにより、彼等の家と呼べる場所は無くなってしまった事になる。
「そんな、こんな事……」
スパーダは俯き、握り拳を作った。
人間の身勝手が起こした戦闘。反政府デモや政府の対立、そして新生連邦の介入。これらは、この孤児院の人達にとっては何の関係もない事だ。彼等はただ、巻き込まれただけ。巻き込まれた結果、かけがえのない、住む場所を失うという残酷な結果となったのだ。
「運がなかったとしか……けれども、子供達は無事です。それだけでも、良かったと思うべきと言うべきでしょうか……」
そう言うウィルだが、子供達の寝床が破壊された現実は変わりない。何の罪もない子供達がこのような被害に遭うという事自体が、あってはならないのだ。
「ウィルさん、聞きたいことがあります。」
「はい、何でしょう?」
スパーダは静かに言った。
「俺がMSに乗って戦っていた時、どう思われましたか?」
彼は自身がMSに乗って戦っていた姿をこの時初めて皆に見せた。子供達はそれを喜んではくれている。だがウィルはどうだろうか。今まで勉強を教えたり、戦争の悲惨さを教えていたスパーダが、戦争の兵器であるMSに乗って戦うという矛盾。それを、彼はどう思うだろうか。
「守ってくれたのは……間違いないでしょう。」
そう言うウィルだが、どこか言葉が重たい。
ダッ
そこへ、一人の少年がスパーダの前に立つ。褐色で短髪の少年、ラージーだ。
「お兄さんは戦争の怖さとか教えてくれてるのに、なんであんなもの乗ってんだよ!」
その言葉はスパーダに衝撃を与えるのに十分だった。
戦争の悲惨さを伝える一方で、その兵器に乗って戦うという事はこの上ない矛盾だ。だがそれはやむを得ない事。それは、分かっている筈なのだが……
「ラージー、止めなさい、スパーダさんは私達を守る為に仕方なく……」
「でもあんなものに乗る必要なんてないだろ!ふざけんなよ!あれに、お父さんも、お母さんも殺されたんだよ!!!」
そう言って、ラージーは走っていった。それを止めるのはマリクだ。しかし、ラージーは止める様子を見せなかった。
「スパーダさん、すみません……あの子は戦災孤児でね。MSを恐れているんです。」
ウィルがフォローに入るのだが、スパーダは言った。
「無理もないですよ。フラッシュバックしたんでしょう、恐らく……」
スパーダの表情は、悲しみに満ちた。彼等は助かったのだが、その手段が良くなかったのだ。
MS。戦争で使われる兵器。そのようなもので助けられても、喜ばしいと言えるだろうか……と、スパーダは考えた。人は幼い時の経験を大きく覚えている生き物だ。大きなショックを受けた出来事があればそれは大きな傷として残る。それに助けられたとして、果たして喜ぶ人はいるのだろうか。
「平和世紀になって、戦争がなくなっていくと思われたのに……結局は新生連邦が軍備増強を続けた結果、このような事が起きている。こんな事が許されるなんて、あってはならないですよ……」
新生連邦が際限なく行っている軍備増強。それによってこうした場所でも影響が見られるようになった。デモ隊にまで最新兵器が流通するようになった現状。そして、それを揉み消さんとする新生連邦の行為。巻き込まれた孤児達。
何故このような事が許されるのだろうか。先の戦争で人は何も学ばなかったのか?憤りを隠せないまま、スパーダは孤児院があった場所を見て、そっと溜息を吐いた。
バンディットとしての依頼は終了した。想定外の出来事と共に。元々は孤児達に勉強を教える事が目的であったのだが、反政府デモと政府の対立に巻き込まれ、その上でMSまで出現した状況。それを止める為にスパーダ・スクードは戦い、孤児達を守った。孤児院の犠牲と引き換えに。
そこで知った、世界の現状。罪なき民間人や、子供達が犠牲になる状況。そのような事はあってはならない筈。だがこうした事実は報道さえされない。
新生連邦による情報隠蔽。こうした情報が公にならない現実。それは、新生連邦軍が力を持ちすぎているに他ならないからだ。
スパーダは車を運転し、ワートンの自宅へ戻る。その頃には反政府デモも落ち着いていた。銃声が聞こえる事もなく、孤児院へ向かう時と比べて町は落ち着いていた。
だが車通りは少ない。先程まで激しい衝突があったからだ。無理もなかった。
(誰も幸せにならない世界……こんな世界を作り出して、お前は何がしたいんだよ……)
彼が思った事。誰の事を指すかは分からない。ただ、彼は心に悔しさを抱え、車を走らせていたのだ。
やがて彼は車を止め、ワートンの家に戻ってきた。今の時間は十八時。日没して間もない時間だ。MSでの戦闘を経て帰宅したスパーダは、少々疲れ気味の様子だった。
「ただいま――」
そう言って扉を開けた時だった。
「……部屋が荒れている……?」
一目見て、スパーダは異変に気付く。昼間と明らかに様子が違う部屋の中。テーブルが荒らされている。皿も割れており、明らかに何者かが侵入した跡があったのだ。電気はついていた。つまり、誰かが中に居るのは分かる。
周囲を見ながら中に入るスパーダ。何があったのか、ワートンを探そうとした時――
「ワートン!?」
そこには、頭から血を流し、倒れているワートンの姿があった。彼は両手両足を鎖で縛られており、動くことが出来ない。
「ワートン!?」
まさかの事態に気が動転するスパーダ。
「気を付けろ……さっきやられた……」
「あの子……レイは……?」
そう言った時、ワートンはちらと目線を押し入れに目をやる。それを見た時、スパーダは察した様子だった。つまり、レイは隠れているのだ。
しかしレイが隠れているという事は、ワートンに暴行を加えた犯人がまだここにいるという事になる。それを感じたスパーダは、急いで後ろを振り向こうとした――
「あ、帰って来たね!」
そこにいたのは、一人の少女だった。フリルの付いたスカートを着ている。愛らしい顔立ちにその服装は似合っている。レイよりも年下であろう、その愛らしい少女。
しかし何故そのような少女がこのような所にいるのか。そして、笑顔でスパーダを見つめているのか?彼は瞬時に疑問を抱く。
「子供……?何故ここに―」
サクッ
「うっ!?」
突如、激痛がスパーダを襲った。鋭利なものが、突き刺さった感覚。それを、右大腿部に感じていたのである。
鮮血が“それ”を伝って滴る。スパーダが足元を見た時、その茶色の目に映ったのはナイフを持った少女の姿だったのだ。
「やったー!」
と、喜ぶ少女。明らかに普通でない光景。普通、人をナイフで刺して喜ぶ人間などいる筈がない。だがこの少女はスパーダにナイフを刺し、満面の笑みを浮かべているのだ。
「よくやった」
そして、物陰から隠れていた二人の人間がすっと姿を現した。
一人は前髪が異様に長い男性。そして、もう一人は白衣を羽織った女性。その様子を、押し入れの中から見ていたレイは見覚えあるその女性に驚いていた。
(あの時の……人……?)
既視感があると思った時、彼はカイロでの出来事を思い出した。その女性こそ、アスーカルに金銭を要求していた女性だった為である。
「情報は本当だったようだな、ウネフ。」
「ここに住んでいるという情報は入っていたが、タイミングが良かったとね。」
ワートンの家に入ってきた三人の人間達。異色な組み合わせの三人。いずれもが特徴的な外見をしている。
アレンにナイフを刺した少女、ミルフ・ブラマンジュ。前髪の長い男、ケネール・リック。そして、カイロでレイと面識のあった女性、ウネフ・ミカハラ。それらがこの場に集う。
そもそも、彼等は何者なのか。何故この異色の組み合わせがこの場に集まっているのか?
「戦後になってバンディットになって稼いでいた、男。お前の身体の秘密を知りたいと依頼主が言ってたとね。スパーダ・スクード……いや、アレン・レインド。」
ウネフによって、明らかになった事実。それは、スパーダの本名が明かされた事だ。
アレン・レインド。それは以前に、エリィがレイに言っていた名前。デウス動乱の英雄と呼ばれた青年だ。
それを聞いていたレイ。悪党に襲われていた所を助けた青年。彼からは暖かさと優しさを感じていた。シンギュラルタイプかも知れない青年。その正体は、かつてのデウス動乱の英雄だった……その真実を知った時、押し入れに入りながら、静かに驚愕していた。
(偽名だとは思ってた……けれど、まさかあの人が……アレン・レインド……)
そして、それと同時に全てが繋がった。彼がエリィ・レイスの名前を聞いた瞬間に意気揚々としていた事や、エリィが言っていた言葉などが、全て。
――――――――――――普通の人を遥かに超えていた存在だった――――――――――
砂漠の大地で不時着していたセイントバード内でエリィが言っていた言葉を思い出したレイ。行方不明になっていたデウス動乱の英雄……それが、今目の前にいる。スパーダ・スクードの正体、アレン・レインド。それが、レイを助けた人間の本当の名前だった。
「デウス動乱の英雄と呼ばれた青年が、まさかこの辺境の地でバンディットをやっていたなんてな。」
ケネール・リックが言った。左目が長い前髪で隠れている男。彼は機関銃を持っており、まるでアレンを脅すような格好をしている。
「さて、お前には選択肢があるとね。今すぐ私らと一緒に同行するか、そこの男が死ぬのを見るか。」
ウネフが言った。それを聞き、アレンは静かに、言った。
「同行しよう……。クッ……!」
ワートンと、レイを守る為、彼はこの三人に同行する事にした。
この三人は何者なのか。何故、アレンを連れ去る必要があるのか……分からないまま、彼は同行する事になったのだ。
アレンは家の外、路地裏に連れて行かれた。その間もケネールが機関銃を頭に突き付ける。両手を上げ、同行するアレン。その近くには愛らしい表情とは裏腹に、彼の腹部にナイフを
付きたてるミルフの姿もあった。
「思ったより潔いとね。あっさりと要求に応じるとは思わなかったと。」
ウネフが見下すように言った。
「さて、連れて行く前に、お前には聞きたい事がある。その情報を吐いてもらおうか。“依頼主”の為になッ!」
そう言って、ケネールは機関銃のストック(肩当て部)で、怪我をしているアレンの背中を押した。
反動で倒れるアレン。そして、彼は眉間を銃で突き付けられた。
「俺の身柄が目的なら、それ以上語る事はない筈……お前達、一体何者だ……?」
バンディットとしての仕事を終えた後で、予想外の出来事に巻き込まれたアレン。
「名乗った所でどうなるとね?」
ウネフが言った。
「どうしても知りたいのならー、私達は“氷河族”ってだけ言っておくよ!」
無邪気な少女、ミルフが言った。
氷河族。ワートンがレイに対して最初、聞いた単語。戦後になって暗躍している犯罪組織というが、その実態は謎に包まれている。そして、ワートンが言っていたように、ミルフのような幼い少女も構成員として加わっている、組織だ。
ミルフは笑顔でその言葉を発した。それを聞き、アレンは言う。
「お前達の目的が分からない……ワートンを巻き込む必要なんてなかった筈なのにっ……!」
鮮血が再び流れる。痛みが彼を襲う。
「目的はお前の身柄と、その秘密だ。」
ケネールが言った。
「秘密……?」
デウス動乱の英雄、アレン・レインド。彼は確かに、力を持つ人間かも知れない。
しかし身柄をこの人間達に預けなければならない理由も分からない。一方的な行為に、アレンは憤りを感じていた。
「アレン・レインドは普通の人間とは違う、特殊な力を持っているという話は有名とね。風の噂って話もあるが、依頼主が興味を持っている。その秘密、喋って損はない筈と。」
彼はシンギュラルタイプかも知れない。しかし、何故彼のみが狙われるのか?それも謎である。
「早く言わないと、こうだよ!!」
と、ミルフがナイフを用いた。そして、先程の傷口に向けて刃物を再び突き立てたのだ。
「ああっ!」
ナイフを刺された事により、鮮血が再び溢れ出る。愛らしい表情とは裏腹、残酷な行為を平気で行う少女、ミルフ。
「へへ、また刺しちゃった!」
ペロッ
と、ミルフはアレンの血液が付着したナイフを突如舐め始めたのだ。少女なりの、格好を付けた仕草のつもりなのだろうか。
「……甘い?」
ミルフが言った。
ミルフが言った。ナイフに付着した、アレンの血液。それが、甘いというのだ。
人はその血液を舐めるということはまずしない。衛生的な問題が大きいからだ。ミルフのように、格好をつけるような振る舞いをする等の事がない限りは普通はしない。それ以外では、特殊な性癖の持ち主等だろうか。
吸血鬼、ヴァンパイアという空想上の怪物がいる。若い女性の生き血を啜り、栄養にするという言い伝えだ。しかしそれはあくまでも空想上の生き物に過ぎない。
現実問題、他者の血液を何らかの形で舐める、といった事をする人間は余程の変わり者でない限り、珍しい人種と言える。
しかしこのミルフ・ブラマンジュという少女はそれをした。そして、彼女の味覚はアレンの血液から“甘さ”を感じ取ったのである。
「ねぇ、なんで血が甘いんだろう?ねえ、二人とも舐めてみてよ!」
無邪気な笑顔で血が付着したナイフを、二人に見せるミルフ。それを見てケネールは言った。
「普通は舐めないんだよ。何で血が甘いのかは知らないが、そんなものは関係ない。とにかく、お前の秘密を早く喋れよ。」
そう言って、銃口を更に眉間に突き付ける。
「アレン・レインド……お前はもしかして、シンギュラルタイプってやつか?にしては依頼主が異様に興味を示していたとね。」
「さあ……ね。それを知って、どうなるって話だ……俺は解体でもされてしまうのか?UMA(未確認生物)みたいな扱いとして……」
危機的状況である筈なのに、アレンは笑みを浮かべている。まるでこの状況に陥っても苦痛に感じていない様子だ。
「こいつ、まるで余裕の面している……馬鹿にしてんのかッ!」
ケネールがアレンの表情を見て、激昂した。
「じゃあ、撃ってみるか?その銃で俺の頭を撃てば良いだろう?」
挑発するように、アレンは言う。それを聞いたケネールが目を見開き、両手で機関銃を構え、引き金を引こうとした。
「てめぇ、殺すぞ!」
ケネール・リックは挑発に弱い。普段は冷静な性格をしている男だが、劣勢に立っている人間に挑発される時、彼は激しい怒りを覚える。そして、冷静さをなくし、本来殺さなくても良い標的を殺してしまう事が多々あったのだという。
「ああ、また依頼主を怒らせるとね……」
ウネフは静かに、言った。冷静にこう話すという事は、以前にも同様の件があったのだろう。
“依頼主”が誰かは不明であり、彼等が氷河族と言う組織の所属であるという事以外謎に包まれている組織。そして、今ケネールがアレンを殺そうとしているのを止めようとしない。まるで、“失敗”も許容範囲のようだ。
ケネールが機関銃の引き金を引く。その瞬間、彼の脳は破裂するだろう。そうなれば当然ながら死は免れない――
――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――
その時、心臓の鼓動音のような音が、アレンの中で響いた。
そして、そこにいた三人は目を疑う光景を見る事になったのである。
「な……これ……は……ぐ……ううう……」
三人とも、アレンを直視出来ないでいた。目を逸らし、その上で頭を抱える。
「何……これ……頭が回らない……よぉ……」
「こい……つは……?」
何故、彼等が急にこのような状態に陥ったのだろうか。それは、先程の心臓の鼓動音の後で、アレン自身が光を放ったからであった。
その光は碧色に輝いている。人が、発光する事等、普通では有り得ない事だ。しかしこの青年、アレン・レインドはそれを引き起こした。その瞬間に氷河族の三人が戦意を喪失したのだ。
光る、人。この400万年以上の歴史を遡ってもそのような人種などかつて居た事があっただろうか。科学的に検証をしてきたとしても、物理的にこのような碧色の光を放つ人間などいる筈がないとされている。
では目の前で光り輝いているこの青年。彼は何者なのだろうか。レイやエリィと同じシンギュラルタイプと思われた青年、アレン・レインド。彼はかつてのデウス動乱の英雄と呼ばれた存在。しかしレイやエリィは光り輝くことはまず、ない。何故、彼のみがその力を宿しているのだろうか。
戦意を失った三人。彼等はやがてその場から去って行く。光の効果なのかは不明だが、一切、アレンに対して攻撃を仕掛けてくることは無かったのだ。
やがてアレンの放った光は落ち着きを取り戻し始め、元の姿に戻る。
「……追い払えた……か……?」
光を放ったアレン自身も、苦しそうな表情を浮かべる。今の光は、彼自身の体力も蝕む様子だった。
「戻らないと……」
やがて三人が来ないのを確認したアレンは、ワートンの家に戻る。しかし怪我をしている影響もあり、その足取りは重かった。
家に部屋に戻ってきたアレン。右大腿部が痛む為、体重を掛けぬように、左足に重心を掛けて歩いている。そこでは、レイがワートンの頭に包帯を巻いている光景があった。
「よぅ、帰ってきたか……」
包帯からは血が滲んでいる。その状態で、アレンに声を掛けるワートン。
「良かった、重症ではなさそう……だね。」
そう言う、アレンの表情は疲労に満ちていた。その上右大腿部からは血が流れている状態。彼はすぐに椅子に座り、その部分を抑えた。
「お前も怪我してるじゃねえか……人の事心配してる場合かよ……」
「そりゃ、お互い様……かな。」
互いに怪我をしている者同士。しかし彼等は笑みを浮かべていた。
ワートンとアレン。過去に何があったのかは知らない。年齢差もある彼等だが、こうした状況においても仲が良い両者。
レイは、この状況を、呆然と見ていた。彼からすれば、多くの情報が入りすぎているのである。
「えっと、レイ。ワートンに包帯を巻いてくれて、ありがとうね……」
「えと……あ!貴方も怪我してますよ!早く、包帯を巻かないと!!」
血を流しているアレンを見て、レイは急いで包帯を用意した。
レイはアレンが他の三人の人間達と外に出た時に、咄嗟にワートンへ応急処置をしていたのである。血を流している人を放っておける筈がないという、彼なりの気遣いだった。
レイはアレンに包帯を巻く。僅かに血が滲むが、応急処置としては充分と言えた。その間、彼はアレンに聞いた。
「あの……スパーダさん……じゃ、ないですよね……?」
そっと、彼は聞いた。
「あ……そっか。もう名前を隠す必要ないね。」
そう言われ、レイは改めて、挨拶をした。
「あの、アレン・レインドさん。改めまして、よろしくお願いします!」
レイはキュッと、包帯を巻き終える。
「包帯、ありがとう。俺のこの名前って、聞いた事はある?」
「……はい、エリィさんから少しだけですけど……」
アレンの名前はエリィを通して知っていた。彼が、デウス動乱の英雄と呼ばれていた事も。その張本人が目の前にいる。それを知った時、レイは改めて緊張している様子だった。
「その、なんていうのか……まさかなんです……そんな凄い人だったなんて、驚くばかりで……なんか、不思議な事ばっかりだな……本当に……不思議な事ばっかりで……」
アインスガンダムと出会い、故郷から離れ、エジプトの地で戦いを続けていたレイ。そこでは様々な人との出会いがあった。過去に連邦軍に所属していたエリィや、デウス帝国軍所属のネルソン。そして、デウス動乱の英雄、アレン・レインド。
これも、何かの縁なのだろうか。偶然とはいえ、こうした出会いが続く事に、レイは縁を感じていた。
「あの、アレンさんに会った時、凄く不思議な感じをしたんです!不思議ですよね、こんなのって――」
と、レイが言った時だった。
「スゥ……」
椅子に座っていたアレンは眠りについていた。右大腿部の痛みすら、感じない程に、彼は疲れ切っていたのだろう。
「悪い、坊っちゃん。こいつをベッドに連れて行ってやってくれねぇか?相当、疲れてるみたいだ。」
と、ワートンがコーヒーを飲みながら言った。
先程まで怪我をしていたワートンが、もう元気そうに歩いている。伊達に元デウス軍の軍人ではないと、レイは思っていた。
それから、レイはアレンをベッドへ運んだ。彼の右肩を自身の肩に乗せ、そのまま移動する。その間、アレンは一切目を覚ますことはなかった。
彼の頭を枕に乗せ、布団を敷く。その後で、レイはワートンの所に戻った。
「悪いな。にしても身の回りの世話、得意なんだな、坊ちゃんは。」
「妹がよく怪我してて、面倒を見たりしてたんです。それで……ですかね。」
と、彼は渡されたコーヒーを持ち、飲んだ。
「成程なぁ。面倒見が良いのは得だぜ。」
と、笑いながら言った。
「ワートンさんは、この人がデウス動乱の英雄って知っていたんですか?」
レイが、聞いた。
「そりゃな。有名人だからな。だからバンディットとして活動するには偽名が必要になるって訳だ。本名で活動するには危険が伴うからな。」
スパーダ・スクードという偽名は、彼が安全に仕事をこなす為に必要な名前だった。
しかし先程の人間達はアレンの事を知っていた。恐らく、何らかの形で情報が漏れたのだろう。
「アレンさんは戦後に行方不明になったって聞いています。何があったんでしょうか……?」
「ああ、それは5年前に遡るな。」
今から5年前。デウス動乱が終戦を迎えた頃だった。アレン・レインドは最後の戦いを終え、半壊しているMSのコクピットの中にいた。彼は、漂流をしていたのだ。
「死んだ……のじゃなかった……のか……?」
生きている……自分は生きている。アレンは宇宙を漂流しながら微かに口を開けた。それで他人に聞こえるか聞こえないか微妙な声で言っていた。
「……?」
そこでアレンの眼に映ったのは青く美しい地球の姿だった。白い雲が青く、美しい惑星を包み込むような光景が映った。
「……ーい」
しかしアレンがその光景に見惚れている間に微かに声が聞こえてきた。アレンは空耳だと思って放っておいた。
「……ぉーい」
しかし声は段々大きくなる。さすがにこれは空耳ではないと気付いたのは声が聞こえてから暫くした時だ。その声に反応したアレン。
「おーい、聞こえるか!」
やがて、その声の主が、宇宙空間を漂流していたアレンを救出したのである。
それは当時のデウス軍の戦艦であった宇宙巡洋艦バディウス。敵艦であった筈のその戦艦に奇跡的に助けられ、そして今のアレンがいる。今アレンが生きているのはその艦長を務めていたワートンのお陰だったのだった。
「奴は生死を彷徨っていた。そこを俺が助けた。以降は奴との共同生活って訳だ。」
「そう、だったんですね……」
宇宙を知らない、まして、戦争を知らなかったレイにとっては架空の話にしか聞こえない、その話。
自分が地球で何気ない生活を送っている間に、デウス動乱という戦争が終わり、そしてこうして過去を乗り越えて今を生きている人達がいる。彼にとっては、全く知らない世界。まるで、異世界の話のようだ。
「それからバンディットとして少しずつ収入を得るようになっていったんだが、決してバレては行けなかったのは奴の本名だ。」
ワートンは両手を天井に向け、うんとストレッチを行った後、言った。
「そういう事だったんですね……」
デウス動乱の英雄と呼ばれた人間は、表向きでは有名人ではないかも知れないが、聞く人間によっては有名人である。
有名人というのは聞こえは良いが、華があるものばかりではない。芸能界やドラマ、映画等に出演する人々は華があるように見えるがこの限りではない。他にもある界隈では有名人……といった具合に、有名人といってもそれは多岐にわたる。
彼の場合はデウス動乱の英雄として、軍関係者の中では、有名人だ。しかし表向きでは行方不明とされている存在である為、公にその名前を公表することは出来ない。仮に名前を出してしまった場合、連邦軍に所属していたという事実だけで、現在の新生連邦にマークされる可能性も有り得る話だ。
「お前さんも、今日は寝る事だな。昨日も言ったが夜は昼間の反政府デモとは違う治安の悪さがある。出発するなら明日の朝にする事だな。」
「……はい。」
ワートンに言われ、レイはベッドで眠る事にした。
自分が話していた青年の正体が、デウス動乱の英雄と言う事実。それはレイにとって、印象強く残る出来事になるであろう。
「……ん……う……?」
レイは目を覚ました。眠気眼は視界がぼんやりとしており、目の前に何が映っているのかが把握出来ない事が多い。
やがて視界が少しずつ晴れていく。そして、彼が見たもの、それは――
「あ……えと……アレン……さん……?」
赤茶色の髪色をした青年、アレン・レインドの顔が、眼前にあった。
「おはよう、レイ。昨日はありがとう。寝室に運んでくれて。おかげでぐっすり眠れた。」
アレンはレイに笑みを浮かべた。
「あの、良かったです……アレンさんが無事で。」
「俺は大丈夫だよ。それより話がある。顔洗ったらリビングに来てくれよ。」
「……?」
そう言い残し、アレンはリビングへ先に向かっていった。
その際、レイは彼の歩き方を見て、僅かに気になった点があった。
(あれ、もう歩き方が戻ってる……痛くないのかな。)
何気ない変化。しかし、レイはこの時のアレンの歩き方が気になったのだ。
アレンの言うように洗顔を終えた後、レイはリビングで顔合わせをしているワートンとアレンの姿を見た。時間は朝の6時半。古い時計がその位置に針を指している。
「おう、起きて来たな坊ちゃん。」
と、ワートンの表情はどこか、固い。
「レイ、昨日言ったように一度エリィさんに会いに行くと同時に、俺はそのまま同行させて貰おうと思ってる。」
「え……同行するんですか!?」
寝ぼけ眼のレイの目が、大きく見開かれた瞬間だった。
「まあ、これには事情があるんだよ、坊ちゃん。」
ワートンが腕を組み、言った。
「昨日の連中は俺の本名を知っていた。その上でここを襲ってきた。つまり、奴等とはまた違う連中がここに来る可能性がある。そうなった場合、ワートンに危害が及ぶ可能性が高い。」
昨日に襲ってきた氷河族の人間達に、アレンの本名と住所が知られていた。つまり、彼がここに居るという情報は一部の存在には判明しているという事になる。
アレン・レインドのような人間の居場所が特定され、尚且つ先程のような出来事に巻き込まれる事があれば、同居人であるワートン・ディアラにも被害が及ぶ可能性があるという事だ。
「それで、同行するって事なんですか……」
「そう。だからワートンとは暫くお別れになる。」
「そんな、あっさりお別れしちゃうんですか……」
家族同然で暮らしていた両者の突然の別れ。だが、それは仕方がない事情だ。
昨日の人間達が氷河族という組織に所属している事が明らかになったという事は、組織内の人間に彼の存在が知られる事になる。昨日と同じ人間が来なくとも、別の人間が来る可能性がある。
昨日は幸い、ワートンの怪我は軽傷で済んだ。だが、侵入してきた人間によっては殺される可能性も否定出来ないのである。
「まあ、振り込んでくれりゃいいんだよ。俺もこれを機にネットビジネスでも始めるとするかな。」
ワートンは、コーヒーを一口飲んで言った。
「それだけじゃない、まずは引っ越ししないと行けないだろう?出来るだけ早めに。」
「そうだな、ここの住所とは違う所に移動しねぇとな……」
場所が判明している以上、この場にいる事自体が危険である。出来るだけ早く、引っ越しをし、この場に両者が痕跡を無くさなければならない。
「そういう事情が出来てしまった以上、俺はレイと一緒に同行させて貰うよ。ま、向こうの事情も聞かないと行けないけどね。」
「でも、もしエリィさんが受け入れなかったら?」
「そりゃ、冷たいなあ。まあそうなったら違う場所で生活をするよ。何にしてもエリィさんに会えるのは楽しみだし。」
ワートンと別れる事になるというのに、あまりそれを気にしている様子ではないアレン。戦後共に過ごしてきた仲であるのに、何故これ程に彼は平気でいられるのだろうか。
「なんだか、アレンさん、冷たいです。」
「え、どうして?」
「ワートンさんの事、もう少し考えた方が良いと思います。」
レイは頬を膨らませ、言った。
「坊ちゃん、随分可愛い事言うな。こいつの事は心配してねぇよ。何せ、“普通の人間じゃない”からな!」
何をもって、普通でないと言うのだろうか……と思うレイ。
だがアレンの場合、明らかに人と違う力を持っている。それは、“光る”事だ。光り、相手の戦意を喪失させる力を持つアレン。その力が、もしかすれば“普通の人間でない”ワートンが断言し、安心する理由なのかも知れない。
「という訳で、改めて宜しくね。」
と、アレンはレイに握手を求めた。
「は、はい。」
そして、レイはこれに応じた。
アレクサンドリアに来て予想外の出来事が続いた。悪党に襲われ、そこでスパーダ・スクードという青年に助けられる。そして、その正体はデウス動乱の英雄、アレン・レインドであったという事。そして、レイはその英雄と呼ばれた人物と共に行動する事になった。
人の縁というのは次々と人を呼ぶものなのだろうか。レイにとっての刺激のある日々はまだ、終わりそうにない。
第十六話投了。スパーダ・スクードことアレン・レインドはもう一人の主人公ポジションの人間です。
この話から、レイとアレンの二人の主人公の行動がそれぞれ描かれていくようになっていきます。
何も知らない、ごく普通の日常を送って来たレイと、戦争を経験したアレン。二人の人間の物語が、ここから始まっていきます。