機動戦士ガンダム Living Days   作:すからぁ

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新生連邦軍奥多摩基地の司令官、マサアキ・アルトという人間についての話。
基地内で出会った少女、スバキの境遇も明らかに。

※性的描写、及びBL表現有。


第二十三話 危険な男

 

 ギリシャ。怪我をしていたクラリスだったがその傷は治癒が進んでいた。元々独歩で動く事が出来ていた彼は、少しの間ヒースト姉妹の家に厄介になり、過ごしていたのだ。

 食卓を囲う三人。アユとリン、そしてクラリス。一見異様な光景ではあるが、姉妹はクラリスの存在を受け入れている様子だった。先日の出来事で彼が暴漢を撃退した事が、きっかけである。

やがてクラリスはアユ・ヒーストから、ある言葉を聞く。

「実は、来週に日本へ行く事になったんです。お母さんに、会いに。」

と、アユがクラリスに行った時、彼は驚く様子を見せた。

「なんだって!?日本に行くのか!?」

その表情は明るい。何故これ程明るいのかは不明だが、二人はそれを見て互いに目を合わせ、驚愕していた。

「はい。え、クラリスさんも?」

アユは首を傾げる。

「ああ、この際だ。一緒に行かせてくれねぇか?」

「え?あんた、日本に何か用事あるの?」

リンが言った。

「日本に知り合いがいる。そいつに会いに行く。まさかだな!運が良いぜ、俺は……!」

一人、高揚するクラリス。

 実際、彼はこれからどうしようかと路頭に迷っていた時だった。レイに敗れ、ギリシャの海岸に不時着した彼は奇跡的に生き延びた。そこから軍に復帰する為にどうすれば良いかを考えていた為、この話は偶然とはいえ、彼にとって良い結果を招いた。

「でも、席は二つしかとってませんよ?」

困惑するアユ。

「追加料金払えば三人はいけるだろう!」

それを聞いたリンが怒った。

「てか、お金どうすんのよ!?あんた私達に便乗する気じゃないでしょうね!?」

「馬鹿野郎、世話になっといて図々しいだろうが!お前らの分も含めて、旅費ぐらい出してやるよ!」

気前の良いクラリス。それを聞き、リンは黙った。

「良いのですか?そんな、申し訳ないです……」

アユがクラリスに行った。

「んなもん気にするな。こっちは日本に行って知り合いに会えるなら何度も良い!当てもない状況だし、何よりも傷も完治してない。もう少しばかり世話になるが、その分お前らには負担は掛けさせねえよ。」

まるで数日前のように気難しい様子を見せないクラリス。どうやらこの数日で姉妹と打ち解ける事が出来た様子だ。

 粗暴な男、クラリス・デイル。しかしこの姉妹とは仲良く過ごす事が出来た。彼自身にとって、姉妹の存在は数少ない、心から気持ちを通わせられる人間であったのである。

 

 

 

 セイントバードの面々はレイが行方不明になっている事に対し、困惑していた。ガーストとレイが東京内を移動し、レイがエレアのインタビューを受けてから、彼の消息は不明となっていたのであった。ガーストはエリィに謝罪をした。自分の不手際で、彼が行方不明になってしまったと。

「すみません、エリィさん。俺がいながら、レイがいなくなってしまうなんて……」

エリィはそれに対し、言った。

「いいえ、ガースト君は何も悪くはないよ。けれど、今回はあの子、Eフォンを持っていた筈なんだけど……どうしてあの子、行方不明になっちゃったんだろう……」

レイのEフォンに何度もメッセージを送ってはいるが、一向に返信が来ない。彼が何処にいるのかも分からない状況で、皆が困惑している。

「彼がいない以上、セイントバードは動く事も出来ない。」

ネルソンが溜息を吐き、言った。

「けど、見当がつかないのじゃどうしようもないなぁ……」

連絡手段として機能しているEフォン。それが繋がらない以上、彼等はどうする事も出来ないのが現状なのであった。

「日本と言う国は治安が良いと聞いていた……まさか、彼は何らかの犯罪に巻き込まれたのか?」

「なんか、レイ君そればっかりな気がするなぁ……」

溜息を吐くエリィ。

実際、レイは何度もトラブルに巻き込まれている。アレクサンドリアでもならず者に襲われ、連絡が取れなかったこともあった。今回は日本で、エレア・シェイルに刺されるという事が起きている。

そして、彼が現在新生連邦の基地にいるという事等、この時メンバーは誰もが予想していなかったのであった。

 

 

 

新生連邦の奥多摩基地にて。レイは相変わらず白い部屋の中にあるベッドの上で横になっていた。傷はここで目を覚ました頃よりも大分癒えており、自分でベッドから降り、独歩が出来る程に回復している。ここでも彼の回復力の高さが役立ったと言えた。

だが彼は監視対象である。瀕死の重傷を負っていた彼を、基地にいた少女、スバキ・シンドウが助けた。しかしレイがカナダからの渡航者であるという情報以外、何分かっていない。万が一犯罪組織との交流がある存在であっては、それは新生連邦の組織として成り立たない。その為、彼は引き続き監視対象となったのだ。その監視する人間が、スバキなのである。

 ここに来て更に四日が経過した。エレア・シェイルの凶行から一週間経過した現在。その間も彼は部屋で監視されている。その為、自由に動くことが出来ない。

 この一週間の間、マサアキは何度か部屋に入り、彼から情報を聞き出した。この時、いずれもレイは渡航者の話や、故郷の話をした。それは、紛れもない事実である。嘘は言っていない。ただし、彼がアインスガンダムのパイロットであるという事は一切話していないが。

「いつ、僕は解放されるのかな。怪我はもう治ったし、ここにいる必要はないし……」

ここに来て一週間が経つが、自由に動く事が出来ない状態が続いていた。食事は三回。朝、昼、夕に配給されるのみ。それは彼の監視役であるスバキが行う事になっている。

独歩が出来るようになってからは、トイレは部屋にあるトイレを使うことが出来た。身体を洗うのはシャワーのみ。この部屋は、最低限、生活に必要な設備は整っている。

 但し、厄介なのは窓が無い事だ。時計はEフォンの時計機能を見れば時間が分かる。しかし窓が無ければ今がどの時間帯なのかが明確に分からない。そして、電波が届かない為、Eフォンで外部と連絡が取れない。レイにとって、それが苦痛であったのだ。

 保護されたのは間違いないが、このままここに居続けるのは、殆ど刑務所と変わらないようなものだったのである。

 

ウィィィィン

 

その時、ドアが開いた。そこには、スバキが居た。レイの表情は、暗くなる。

「なあ、もう身体は痛くないか?」

「え?……うん。」

突然の質問に、レイは困惑しつつ、答えた。

「ちょっと来いよ。」

「……え!?」

スバキからの、突然の言葉だった。レイは耳を疑い、思わず返答してしまう。

「いいから!」

そう言って、スバキはレイの手をぐいと引っ張った。そのままレイはベッドから降り、靴を履き、病衣のまま、移動する。彼女は、レイと共に部屋を出ようとしていたのだった。

 突然のスバキの行動にレイは困惑する。それが分からないまま、彼は移動する事になったのだ。

「移動して良いの?」

「良いから早く来い!」

何故スバキがレイの手を引っ張り、部屋を出ようとするのかは分からない。頭が混乱する中、レイはただ、彼女と共に移動する事にしたのである。

 

それからスバキとレイは施設内を移動した。レイは監視されていた部屋にずっと居た為、足取りが重い。このように距離を移動する事は久しぶりだった為、僅かながら体力の低下を感じていた。

しかしその間、歩いて見える光景が全て新鮮に見えた。と言ってもこの施設はあくまでも新生連邦軍の基地であり、彼の眼に映るのは頑丈そうなシャッターや自動ドア等、無機質な物ばかりが映った。

この時、彼は疑問に感じた。基地の筈なのに、何故軍人の姿が見当たらないのか。それが気になったレイはスバキに尋ねた。

「ねえ、新生連邦の兵士が一人もいないみたいだけど……」

「いない。だって今見つかったら大変な事になるからな。許可なく移動してるんだもんな。」

「え!?何それ!?」

レイは驚いた。つまり、監視は介助されたのだが、まだ部屋を出て良いという許可は下りていなかったのである。彼は慌てて部屋へ戻ろうとスバキに言うが、彼女は聞く耳を持たなかった。

「お前さ、人の厚意を踏みにじるんだな。最低だな……バカ。」

その言葉にレイは、再びスバキから“優しさ”を感じていた。何故彼女がこのような行動をしたのかは分からない。ただ、レイはそれを、“厚意”と捉える必要があると、感じていた。

「もうすぐだ。」

そう言いながらスバキは指を指した。レイは彼女が指を指した方向を見る。そこには階段があった。その階段を上がろうというのである。

 

 

それから二人は階段を上がり、最上階まで辿り着いた。そこには一枚の手動式のドアがあった。スバキはドアの取手を回し、開いた。

スバキが先にドアを潜り、続いてレイがドアを潜った……と同時に、彼は両目を腕で隠した。何せ彼は一週間程太陽を見ていなかった為、この光が非常に眩しく感じられたのである。

「うわっ……」

太陽がある。つまり、スバキは彼を基地の屋上に連れて行ったのだ。

「うーん……気持ちいい……。」

スバキはうんと腕を伸ばし、心地よさそうな表情を浮かべた。その表情は、先程までレイに対して冷たい態度をとっていた少女とは思えなかった。

一方のレイは太陽の眩しさに慣れ、外の景色を見ていた。

「自然が、一杯だ……」

彼が前にいた場所は東京の中でも都心部に位置する場所である。一方、ここ奥多摩町は都心から離れている場所にある、自然の溢れた環境となっている。そんな場所にレイは捕虜として保護されたのだ。見晴らしも良く、美しい景色が辺り一面に広がった。綺麗な景色に見とれていた時、微風が吹いた。それは優しく二人を包み込む。

「ここ……景色は綺麗なんだよな。」

「ねえ、ここって……東京なんだよね?」

レイの中では、東京は都会であるという印象だった為、この自然溢れる光景には驚いていた。何も知らないレイ対し、スバキは深呼吸をした後で言った。

「この前言っただろ!奥多摩だって。お前、まさか東京の全てがごちゃごちゃした町だと思ってたんじゃないのか?」

「知らないよ!そこが何処かも僕、知らないんだから……」

そうは言うが、レイはスバキの厚意に少し感謝をしていた。一週間、外の景色を見ていないレイにとって、この美しい景色はある意味、“ご褒美”と言えた。

この時、スバキは鉄格子にもたれながら言った。レイも同様に鉄格子にもたれ、眼前に広がる絶景を呆然と見つめる。

「寒くないか?」

奥多摩は山奥に位置する場所であり、気温は都心よりも低い。レイは少しばかり寒さを感じてはいたが、故郷のモントリオールの寒さに慣れている彼は

「ううん、平気だよ。」

と、言った。

「いい景色だろ。ここ……」

そう言うスバキ。その表情は、一週間前の冷たい印象とは違って見えたのだ。

「うん、本当に良い……なんか、久しぶりに見た気がする。こんな景色を。」

そう言うレイ。それと同時にスバキの方を見る。

「……スバキ?」

スバキの姿が、そこには無かった。キョロキョロと辺りを見回すレイ――

 

ピトッ

 

「ひぁっ!?」

頬に、突然の温熱刺激を感じたレイ。何事かと思い、振り向くと、そこには暖かな缶コーヒーを、二本持ったスバキの姿があった。

「お前、私がいなくなった事に気付かなかったのかよ。」

「う……うん、全然……」

「はぁ。鈍感だなお前。ま、いいや。飲めよ、それ。」

そう言って、スバキは缶コーヒーをレイに渡した。それを受け取った彼は

「あ、ありがとう。」

と礼を言った。

早速それを開け、スバキは飲み始めた。それを見て、自分も飲まなければならないと思ったレイは缶のタブを引き、次に起こし、最後に空き口からコーヒーをゆっくりと、口内に入れた。

「おいしい……本当にありがとう。」

と言った時、スバキが言った。

「前から思ってたんだけどさ、レイが礼を言うってさ……アハ、ダジャレかよ!しょーもな!」

「ムッ……」

と、馬鹿にされたような気持になった。しかしコーヒーをくれた事を思えば、それに対して怒ることは出来ない。

(けど、名前で呼んでくれた。今まで“お前”ばっかりだったから。)

数日間の冷たい印象を持つ、スバキは何処へ行ったのか。今のスバキは、どこか優しい。そして表情も、穏和になっているように感じられた。

両者はコーヒーを飲む。都心からかけ離れた美しい光景を目にしながら。

先にコーヒーを飲み終えたのはスバキだった。飲み終えた後で、側に置かれていた屑籠入れに空き缶を投げ入れた。次にレイもコーヒーを飲み干し、スバキと同様に空き缶を投げ入れる。

その直後、何故自分をここに連れて来たのか、彼はスバキに聞いてみる事にした。

「あのさ……どうしてスバキは僕をここに連れて来てくれたの?勝手に僕を部屋から出しちゃダメだって分かってて……」

それに対し、スバキは言った。

「だってさ、可哀想じゃん。ずっとあんな部屋に閉じ籠ってたらどうかしちゃうと思ってさ。怪我が治ったならここに連れて来てあげようと思っただけ。」

「スバキって……実は優しいんだね。」

レイの中の彼女の印象はあまり良いものでは無かった。銃を突き付ける上、喋っていても途中で話を切る。その上口調も荒く、態度も冷淡。そのような彼女が突然基地の屋上に彼を誘い、コーヒーを渡してくれた。その行動が、彼の中のスバキの印象を変えた。

「う……うるさいな!ちょっとコーヒー奢ってやったぐらいで気を許すんじゃねーよ。」

若干動揺しながら彼女は言った。そんなスバキを見て、レイは笑顔で言った。

それからしばらく二人は呆然と景色を眺めていた。その間、お互いに一言も会話をする事は無かった。しかしレイは景色の美しさに心を奪われており、別に沈黙を気にする様子は無かった。

その状態が15分程経過した時、口を開けたのはスバキの方だった。

「あのさ……」

「どうしたの?」

「お前さ、本当に旅行で日本に来たのか?」

スバキが最も疑問に感じている質問。レイ・キレスと言う少年の素性だ。実際、彼はここに来てから故郷の話や旅行の話しかしていない。

それは、表面上の話だ。しかし、スバキにとっては、それは本当の話だと思えなかったのだ。

「言った方が……良いのかな。」

二人しかいない状況。それを思い、レイは彼女に本当の事を話す事にしたのである。

 実際はMSに乗って戦っていたという事。そして、今はセイントバードチームと呼ばれるMS乗りと共に行動しているという話。スバキの優しさを感じたレイは、それらの話を彼女にのみ、話したのである。

 ここに来るまでに様々な出来事を経験していた。砂漠の狩人との交戦、新生連邦軍の追撃等。そして、それらを生き延びてきたのである。

「それさ、マサアキには言ってないんだな。」

「うん、あの人、基地の司令官って言ってたでしょ?ちょっとそれが引っ掛かって……さ。」

新生連邦絡みで碌な想いをしていないレイ。それ故に、MS関係の話は一切しなかったのである。

「お前、MSに乗れるんだな。」

この時、レイはあえて、“ガンダム”の話をしなかった。ガンダムに乗っていたという話になれば、それが大事になると判断したからだ。

 MSに乗れる少年というのは、実は珍しい訳ではない。内戦やテロが相次ぐ世界情勢では、少年兵がMSを操るという事はよくある話だ。ガースト・ピュアスも十歳でMSに乗り、戦った事がある。

「成り行き……だけどね。」

「なんか、少しすっきりした気がする。」

「すっきり?」

遠くの自然の景色を見ながら、スバキは言った。

「あの空間じゃお前と話しててもつまんなかったし。お前の本当の話も聞けないと思った。場所変えて、良かったと思う。」

環境が変われは人の印象は時に変わる事がある。閉鎖的な空間に居続けるよりも、その環境を変える事で人は心を開くことがある。スバキ自身も、もしかすればレイが居た閉鎖的な空間を嫌がっていたのかも知れない。寧ろ、こうした自然が多い場所が好きなのかも知れない。

「あのさ、もしお前が故郷に戻れたらさ、この体験を小説か何かにして出版したら?嘘のような本当の話って感じでさ、面白いかも知れないだろ!?」

冗談のつもりで彼女は言ったのだが、レイは彼女の言葉に対し、

「確かに色々な事があって、それは経験になってる。だけど……僕はこんな事なんて望んでないんだ。本当に普通で、これまで通りの生活さえ出来ればいいんだ……だけど、まさかこんなことになるなんて思わなかった。」

遠くを見ながら、レイは言う。

「ふーん、お前ってさ、せっかく刺激的な経験してるのに普通の生活がしたいって思うんだ。つまんない人生送って楽しいと思うのかよ。」

スバキは首を傾げながら言った。

「だって……当たり前な事、かけがえのない事がなくなるって嫌なんだ。家族がいて、友達がいて……そして学校に通って、勉強して、部活もして……僕はそんな、ごく、普通の日常が一番幸せだと思うんだ。」

「家族がいて……か。」

突如スバキの表情が暗くなった。レイは彼女に気を遣うように

「あ……ごめん、悪い事言ったかな……?」

と言った。

「いや、別に……」

スバキはそう言うが、明らかに表情が暗い。レイは先程自分が言った言葉の中で、何が悪かったのかを考える。しかし思い当たる節が無い。

考える事を諦めたレイは、次に彼女に対して質問をしようと言葉を発した。

「あのさ、ずっと聞きたかったんだけど、スバキは……どうしてここにいるの?」

「あ?」

レイに質問された時、スバキは彼を睨みつけた。彼はびくりと反応し、慌てて謝ろうとするが、彼よりも先にスバキが喋った。

「別に……何でもいいだろ。お前には関係ないよ。」

〝関係ない〟と言われ、レイは謝ろうとする事を止め、更に彼女に対して反論した。

「関係無い事無いよ!スバキは先に僕の事を聞いたでしょ?僕だってスバキの事、知りたいよ。どうしてここにいるのか、どんな生活をしてるのかが気になるんだ。」

「うるさい!」

スバキは握り拳を作り、大声で怒鳴った。あまりに突然の出来事だった為、驚くあまりにレイは一歩引き下がった。

「スバキ……?」

「お前、私の事知ってどうする気だよ。」

「どうって……どうもしないよ?僕は自分の事を教えたんだから、スバキだって教えてくれてもいいかなって思って……」

レイがそう言うと

「バカだな。自分の事を教えたからお前も教えろって考えか?だったらお前はバカだ。」

「バカって……!そんなのおかしいじゃないか!」

レイは反発した。それは、先程までの閉鎖的な空間では出来なかった事だ。

「おかしくもなんともない!少し気を許すとこれだ。お前、私を舐め過ぎなんだよ!」

理不尽な思いをするレイ。どうすれば良いか分からず、レイは黙り込んでしまう。

「私はお前があんな所にずっといるのは可哀想だと思ってここにこっそり連れて来てやったんだ。なのにお前はそれを良い事にベラベラ調子に乗って……立場を弁えろよバカ!」

(こんなのって……)

気を許した自分が馬鹿だと、レイは後悔した。この時彼はスバキと言う人物が一体何者なのかが余計に分からなくなり、混乱していた。

 

「はい、ストップ!」

その時だった。両者が鉄格子の側で話をしている時、彼等の背後から男の声が聞こえた。二人は慌てて振り向き、男の顔を見る。

「スバキ、勝手に屋上に出るのは感心しないね。しかも監視対象の男の子と。」

男の正体はマサアキだ。太陽に眼鏡が反射し、その目が見えない。

「お前……!」

マサアキを見たスバキの表情は険しい。

 思えば、レイが目を覚ました時から、マサアキとスバキがいる所では彼女の表情は常に曇っている。それを見ていたレイは明らかに動揺していた。

「悪いけど少しお話を聞かせて貰ったよ。レイ・キレス君。やはり君は普通の人間ではなさそうだね。MS乗りなのかな?君は。」

会話を聞かれていたと、思ったレイ。それを言い訳することは出来ない。レイは静かに、頷いた。

「妙な経歴の持ち主だね、君は。まあいいや、それよりも、今はスバキだ。」

そう言ってマサアキはちらとスバキを見た。彼と目が合った時、スバキは思い切りマサアキを睨み、握り拳を作った。明らかに彼に対して敵意を剝き出しにしている。

彼女の目を見た後、マサアキは微笑しながら言った。

「勝手な行動ってのはね、組織においては厄介でしかないんだよねぇ。スバキ。」

靴音を立てながら、男がゆっくりと、スバキの方に近付いてくる。

やがて男はスバキの顔を強引に両手で動かし、男の視界に入るように彼女の顔を固定した。

「どうして勝手な事をしたのかを教えて貰おうかな、スバキ!」

男の口元は笑っている。しかし。目は一切笑っていない。笑みとは裏腹、声だけが響く。

 このような人間を見たのは初めてだ。レイはそれを見て、どこか恐怖を抱いている。

「……こいつが……可哀想だったからだよ……」

「そんな理由で?外に出すの?許可なしに?」

そう言いながら、マサアキはぐいとスバキのポニーテールを引っ張る。少女に対して暴力的な行動が出来るこの男。その事が、明らかに異様に見える。

「嫌いだ……お前……お前の、着ている服も、顔も身体も全部、全部、全部!」

次第に大きくなる、スバキの声。髪を引っ張られている状況であるにも関わらず、スバキは反抗しているのだ。

「服は着替えられるが、悪いけど顔や身体はすぐには無理だ。顔は整形するのに金が掛かるし、身体を変えるのはいろいろと手間がかかるんじゃないか?」

挑発するように男が言った後、スバキは握り拳を作りながら言った。

「お前さえいなければ……お前さえ!」

スバキの怒りの声を聞いた時、マサアキは表情を無くした。そして――

 

パシィ

 

スバキは、髪を引っ張られている上、頬を打たれた。彼女の頬は赤く腫れ、下を向き、悔しそうに歯を食い縛っていた。

「くぅ……ぅ……お前……いつか絶対殺してやる……!」

反抗的な発言をするスバキ。だがマサアキはあまり関心を持っていないようだ。

「おぉ怖い。そういう言動は止めた方がいいよ。可愛い顔だけど乱暴な性格ってキャラクターは一部のマニアにしか受けない。私はスバキの物騒な発言に魅力は感じない。可憐な容姿が台無しだよ。」

「お前のせいだろうが!お前のせいで……こんな性格になっちまったんだよ!」

怒るスバキ。それを嘲笑するマサアキ。

 レイから見れば、何が起きたのかが分かっていなかった。一つ分かるのは、マサアキがスバキに何らかの干渉をした可能性があるという事だ。そうでなければ、スバキが露骨に嫌悪感をマサアキに表す筈がない。

スバキは拳を作り、マサアキの顔に目掛けて殴ろうとした。だが、マサアキは彼女の拳を受け止めた。手が動かせなくなったスバキは、もう片方の手でマサアキを殴ろうとするがそれも無駄だった。

「クソッ!!!」

塞がれた手を無理矢理離し、スバキは後方に一、二歩下がる。

「暴力的なんだよね。スバキ……あんまり反抗するんじゃ……ないっ!」

 

ドゴッ

 

マサアキは笑みを浮かべたまま、目を思い切り開き、あろうことかスバキを睨んだ後で彼女の腹部を蹴り飛ばした。

「あぁぁ!」

蹴られた衝撃で倒れるスバキ。それを見ていたレイは動揺を隠せない様子だった。

「ごめんねレイ君。君には見苦しい所を見せちゃったね。」

笑顔で喋るマサアキだが、かえってそれが恐ろしく感じられる。彼の動揺は消える事は無い。

「ぐぅ……う……」

スバキは腹部を抱えながらどうにか立ち上がる。立ち上がる際、彼女はマサアキに対して暴言を吐いた。

「死ね……この野郎……ぉ!うぅっ……!」

蹴られた場所が悪かった為、スバキは思うように喋る事が出来なかった。彼女は涙を流しながらマサアキを睨みつけ、握り拳を作った。

「はぁ、懲りないなスバキ。なんでそうまで反抗的なんだろねぇ。反抗期だからかな?」

「全部……お前のせいだろうが……!私の人生狂わせやがってぇ……!うぅ……!」

何故スバキはこの男に対して敵意を剝き出しにするのか、レイには全く理解が出来ない。彼は痛そうにするスバキを見て、マサアキに言った。

「止めて下さい!スバキが可哀想です……こんなの……」

「お……お前なんかに同情……されて……たまるかよ……」

尋常ではないスバキの怒り。この時にレイは悟った。〝この人がスバキを悲しませている人間だ……〟と。だが何故マサアキがスバキの敵であるのかは分からない。

「スバキを庇うなんて優しいね、君。一方でスバキはダメだ。反抗し過ぎ。反抗すればどうなるかぐらい分かってるだろ。結構長い間ここにいるんだからさ。そうやって、反抗ばっかりしてると君の母親の命に関わる事もあるって分からないかな?」

(母親……?)

マサアキの言葉から出た、〝母親〟という言葉。その言葉がレイの脳内に焼き付いた。彼女がこの施設にいる理由が分かるかも知れないと、レイは思った。

「スバキ、悪いけれど君には少し眠ってて貰うよ―」

目が虚な男は、躊躇なく倒れるスバキに近づく。

「やめ……ろ……!」

 

プシュッ

 

スバキは、何かを浴びた様子だった。それを鼻から吸ったスバキは、たちまち眠りについてしまう。即効性の、催眠ガスが彼女に浴びせられたのである。

「いやあ、お見苦しい所を見せてしまったね、レイ・キレス君。いや、親しくなる為にも呼び方はレイ君で良いか。」

マサアキは眼鏡をくいと修正し、今度はレイに近づく。先程までのスバキへの暴行を目の当たりにしているレイは、この男への警戒を解くことはなかった。

「レイ君、一つ聞きたい事があるんだ。」

「な、何でしょうか……?」

レイの額から、僅かな汗が流れる。

「君はスバキへの仕打ちを見て、残酷だと思った?極悪非道な人間に見えた?」

突然の疑問。レイには、何が何だか分からない。どう答えるべきかも、不明だ。

「もし私がそのような残酷な人間に見えるのなら、それは君自身が私に偏見を持っている何よりの証拠だよ。」

マサアキの行動は一見残酷だ。スバキに対して容赦のない暴行を加え、その上で眠らせた。彼女の今の発言を見る限りでも、この男が悪いようにしか見えない。

「君に一つ、教えておいてあげたい事があるんだ。スバキは君と同じように、ジュニアハイスクールに通う生徒でもあるんだよ。」

「そうなん……ですか?」

「そう。そして、彼女は東京内で一番、優れている進学校に通っている。将来的に、より軍に貢献で出来る、優れた人間になってもらわなければならないからね。」

「軍に?」

彼女は一体何者なのか。何故、新生連邦に協力するのか。その謎に包まれたベールが、もしかすれば剥がされるかも知れないと、レイは思っていた。

やがてマサアキは両腕を後ろに組み、語る。

「学校生活は多くの人間とのコミュニケーションの場になる。彼女のような、思春期の少女にはとても大切な事だ。勉学に励む一方で、運動したり、友達と時間を過ごしたり、恋したり……とか。」

何を言っているのか分からない。先程までスバキにした仕打ちとは真逆の事を言い出したマサアキ。

「数多くの経験は豊かな感性を生み出す。そして、それは彼女自身の力を更に飛躍させる事にも繋がる。それが力を持つ人間なんだよ。君自身も感じている、力だ。」

先日にも言っていた、マサアキの台詞。レイを見て感じたという、力の話。

「まさか、それって……」

マサアキは、笑みを浮かべて言った。

「そう、シンギュラルタイプだよ。」

シンギュラルタイプ。このような場所で、その単語を聞くとは思わなかったレイ。そして、ここで彼はスバキが力を持つ存在である事を知る事になる。

(スバキと初めて会った時に感じたあの感じは、やっぱり力を持っているから感じたんだ……そして、僕も……)

力を持つ存在、シンギュラルタイプ。未だに解明されていないその力。この男は、それに対して関心を抱いている。

「君と最初に会った時から不思議だとは思っていたんだよ。日本からの旅行者である筈の君が何故、力を持っているのか。そして、この、“シンギュラルタイプ”という言葉を知っているのか……これで、謎は少し明らかになった訳だ。」

スバキとの会話を盗み聞きしていたマサアキ。これにより、レイの素性がマサアキに伝わってしまった事になる。

 隠していた事が発覚するという事は、下手をすればセイントバードチームにも迷惑を掛ける可能性がある。レイに、緊張が走った。

「MSに乗って戦ってきたというのならば、君から感じる力にも説明がつく。只の何も知らない旅行者が、シンギュラルタイプ等の力を秘めるなんて、余程の事がない限りありえないからね。」

謎の力、シンギュラルタイプ。それについて詳しい、この男。

「貴方は、どうしてそこまで詳しいんですか?シンギュラルタイプについて……」

鉄格子を後ろにし、レイは聞いた。この時も、額から汗が伝わる。

「私も、恐らく君達と同じ人種だからだよ。」

ここで明らかになったのは、マサアキ・アルトはシンギュラルタイプという事である。それ故に、レイと会った時に彼の力を感じる事が出来たのだ。

「そして、私はこの基地内にあるシンギュラルタイプ研究所の所長でもあるんだよねぇ。」

「シンギュラルタイプ研究所……?」

聞いた事が、あった。以前にエリィから聞いた言葉だ。

 

――――――――シンギュラルタイプを研究している施設があるのも事実だよ―――――

 

まさか、ここがそれに該当する施設だとは思わなかったレイ。彼がここに来る事になったのは偶然なのか、それとも必然なのか……

「未だに解明されていない謎が多い、シンギュラルタイプ。自分自身がその力に目覚めたと同時に、それを研究しようと決意したんだ。」

震えるような声で、マサアキは笑っている。レイから見れば、それが奇妙に思えて仕方がない。

「しかし研究すればする程、分からない事は多い。士官学校に在籍しながら、何度か論文執筆をしたが、世間では結局、“オカルト”扱いなのさ。昔よりは見てくれる人も増えたけれどね。しかし、世間の関心なんてそんなもの。素晴らしい力なのに、誰も認めてくれないんだよね。」

首を傾げ、両手関節を背屈させるマサアキ。

 力を持つ存在と言うのは、その存在を認められないのが現状なのである。しかしその力は間違いなく、戦争では貢献してきた。だからこそ、こうした研究機関が存在しているのだ。

「それでね、2年前かな。東京内に住んでいるエレメンタルスクールの生徒を数名抜擢した。私自身がシンギュラルタイプであり、それを感じ取ることが出来る、センサーのようなものだったからね。」

マサアキは自身の額に指を当て、何度も突く。

「その中に一人のシンギュラルタイプの少女を見つけた。本当、偶然だったよ。可憐な少女が何故か、シンギュラルタイプとして覚醒していたのだから。」

「それが、スバキ……ですか?」

レイが答えると、マサアキは目を見開かせ、レイの顔に近づけた。

「ご名答っ!!!」

と、大声で叫ぶ、マサアキ。

「まさに、幸運だったよ。これ程の才能の持ち主が現れるなんて夢にも思わなかったからねっ!」

スバキがマサアキを毛嫌いしている理由が、理解出来た気がした。この男は、スバキの力を何らかの形で利用しようとしているのであった。

「やがて彼女を使い、シミュレーションを用いた実践訓練を行った。そこで得られたパイロット適正能力は、素晴らしいぃ!の一言だった。点数はほぼ、満点だった。敵機体を確実に仕留める。彼女のその才能は、軍の中で活かすべきだと考えた私は、彼女を全面的にバックアップしたという訳なのさぁ!!」

異様なテンションのマサアキ。だが、この男からはどこか狂気を感じる。まるで、私利私欲でスバキを私物扱いとせんとするような、その感覚。

 レイはこの男から悪意を感じ取っていた。それも、力を持つ者であるが故に感じる事が出来るのだろうか。

「無論、タダで彼女を利用するのは割に合わないだろうから、スバキの学費や生活費前面、全て援助しているんだよ。私の、意向でね。」

スバキをここに留まらせる代わりに、経済的な問題点を払拭しようとしている男。要は、金でスバキを留まらせているのだ。つまりは彼女と言う人間を、金で取り込んでいるに過ぎない。

「ちなみに学費に関してはとても高額でね、彼女の元々の家庭では確実に払えない学費だ。だから私が全面的にバックアップしているんだよ。これが、彼女に対する仕打ちに対して、一概に残酷といえない理由さ。」

事情は把握出来た。しかし、スバキは明らかにマサアキを毛嫌いしている。その事に関し、レイは違和感を覚えていた。

「しかし……不思議なものだね。まさか、君みたいな人間をスバキが連れてくるなんて思いもしなかったから。やはり、力を持つ者同士は惹かれ合う運命にあるのかも知れないねぇ。」

マサアキは、前髪に触れながら言った。と、同時にレイに、ある疑問が浮かぶ。

 

――――――――――――君の母親の命に関わるって分からないかな―――――――――

 

マサアキが言っていた言葉。それは、何を示すのか。この男の狂気に緊張しつつも、レイはゆっくりと、声を出す。

「あの……さっき、母親がどうのこうのって言ってませんでしたか?それってどういう、事ですか……?」

レイの目が、震える。それは本能であるのかは分からない。ただ、彼は得体の知れない“怖さ”を感じている。

「……君のような子供がね、そういう、詮索は良くないなぁ。とりあえず眠りたまえ、レイ君――」

「え――」

 

プシュッ

 

「あうっ……」

レイは、スバキがされたように、催眠ガスを吹きかけられた。たちまち彼の視界は暗闇に満たされ、レイの意識は失われてしまったのである。

 

 

 

やがてレイは目を覚ました。しかし、そこは先程の美しい光景が広がる屋上では無く、小さい照明が一つ天井についているだけの薄暗い部屋だった。辺りを見回しても何もない。空き部屋の様な狭い場所に、彼はいた。

「……あれ、スバキ……?」

隣には何故か、スバキの姿もあった。やがてスバキも目を覚まし、目をぱちぱちとさせる。

「ん……へ?何処だよ、ここ……」

急な眠気に襲われた両者。互いに目覚めは、余り良いとは、言えない様子だった。

「なんでお前も一緒にいるんだよ?」

「分からないよ……」

「そっか、そりゃ、当たり前だよな……」

スバキですら分からないのだから、彼に分かるはずがない。全く見覚えの無い場所……それがここの薄暗い部屋だった。

「多分あいつだ……マサアキの奴がここに私達を連れて来たんだ……クソッ!」

スバキは地面に拳を叩きつける。だが、そのような事をしても無駄なだけ。コンクリートで固められた地面が彼女の手を痛めつけた。

「スバキ、聞きたい事があるんだけれど。」

怒るスバキはレイを、まるで睨むように見た。

「さっき、あの人から色々と話は聞いたよ。その……お金を支払って貰ってるの?学費とか。」

言ってはいけないかも知れないとは思っていた。彼女の性格だと、こうした事に対して怒りを覚える可能性があったからだ。

 しかし、スバキは怒る事なく、言ったのだ。

「聞かれたのなら仕方ないな。そうだよ。この基地の司令官……つまり、あいつが金を全部負担している。」

それだけ聞けば、良いように聞こえる。

 何かを学びたい時、人は金銭を支払い、知識を得、時に学卒を、時に資格を、時に学士、修士、博士号等を取る。しかし経済的問題により、それが不可能な人間も世には存在する。その経済的負担を払拭する為には、当人がより、優秀な成績を残す事が一つの手段として知られる。特待生と呼ばれる制度だ。

 だがそれでも限界がある場合がある。その場合、全面的な経済支援をしてくれる存在と言うのは、一見ありがたい存在ではある。しかし、その代償が本人を不幸にする場合もあるのだ。

「それに、お母さんの話だけど……どういう事なの?もし良かったら、聞かせて欲しい。」

純粋に、心配になったレイはスバキに聞く。しかし、その事については口を開こうとしない。

「もしかして、スバキがここにいる理由って……お母さんの事が関係しているんじゃないの……?」

疑問を、投げ掛け続ける。それは彼が一週間同じ部屋に居た時では出来なかった事だ。スバキとの距離感が近づいたからこそ、レイは聞くことが出来たのである。

「そうやって、人の心にズケズケと入ってくんじゃねえよ!!」

だがスバキの対応は違う。母親に関しては、話したくない様子だった。

 しかしレイは彼女に自身の事を伝えている。彼も、引くことは無かった。

「じゃあどうしてスバキはそんなに、怒ったり、悲しい顔をしているの?」

人は余程の事が無ければ感情を剥き出しにしない。感情を剥き出しにするという事は、その事を気にしているという事だ。スバキの場合、それが著明に剥き出しになりやすい。それは思春期故なのだろうか。

「何で、一週間前に知り合ったばっかりの人間に私の事言わなきゃ……ならないんだよ……」

言葉が詰まる。スバキは、明らかに動揺していた。

 しかしこのままでは話が進まない。レイ自身、一週間前の冷たい印象から一転した、突然のスバキの優しさの正体が何なのかを、知りたいと思ったというのもある。

「ああもう!言えばいいんだろうが!クソッ!」

再び、スバキは床に向けて殴りつけた。それは彼女にとって無駄な事は分かっている。だが、彼女自身その怒りを、抑えきれないでいたのだ。

「母さんを人質に……取られてる。」

「人質……?」

新たなキーワードが生まれた。“人質”とは何を示すのか。

「私がもし、ここを抜け出したりしたら母さんが軍に殺される……今、そんな状況なんだよ……」

スバキは俯き、語る。明らかになっていく、彼女の過去。

「元々は普通に暮らしてた。父さんがいて、母さんが居て、私がいた。三人家族。けどデウス動乱の時に連邦軍が潜入していたデウス兵を抹殺する為に、住んでた町を焼き払いやがった!そこで父さんは巻き込まれて殺されたんだよ!」

「お父さんを……?」

スバキの家族構成も、少しずつ明らかになる。

「母さんはそれから一人で私を育ててくれた!戦後、東京に引っ越して……大変な状況だったけどなんとか生活をやっていたんだ。」

レイは、何も言わず静かにスバキの話を聞く。

「しかし2年前。通ってたエレメンタルスクールに連邦の連中がやってきて、検査を行い始めやがった。それからだよ。私がこことジュニアハイスクールの行き来の生活を余儀なくされたのは!!」

「それが、あの人が行ってた事……」

マサアキが言っていた事を、レイは思い出す。

 

―――――――東京内に住んでいるエレメンタルスクールの生徒を数名抜擢した――――

 

話が、繋がっていく。マサアキ・アルトという男が、彼女の生活を変えてしまったという事が、改めて明らかになったのである。

「私はMSのパイロットとして優秀だって言われたよ。だから軍に入隊して、その力を使えって……それが奴等の目的だ。けど、私は嫌だ。父さんを殺した連中の為に戦えなんて、そんな事出来るか!けど、それを拒否したらあいつ……母さんを人質に取りやがった……!」

またしてもスバキは床に対して右手を振るい、当てる。

「母さんを殺す訳には行かない。だから、私は軍に居る事になったんだ。けど、軍に入ったら最後、逃げられないんだよ。逃げたら母さんが殺されるからな……」

スバキから語られる、新生連邦の非道。明らかになる真実は、レイの表情を暗く彩っていく。

「私は何度かMSに乗って戦った事もある。デウス帝国みたいな明確な敵性勢力がいない今のご時世じゃ、海外派遣でテロや内乱の鎮圧ぐらいだけどさ。」

彼女は、必要に応じてMSに乗って戦う事を強制されている傍ら、ジュニアハイスクールで勉学に励むという生活を送っていたのである。

ここで、レイに一つ疑問が浮かんだ。

「お母さんは、今どこに?」

「家にいて、暮らしている。けど、それは軍の奴等に見張られている。私が下手な事をすれば、いつでも、殺せるって事なんだろうな……」

母親を人質にとり、彼女は軍に駐留させられている状況。その代わり、経済支援をマサアキが行っているという状況。

 軍の命令は絶対だ。従って、逆らえば母親の命が危ない。その状況が、もう2年程になるのである。

 この仕組みは巧妙に出来ていた。スバキが軍に逆らい、脱走等を図れば母親は殺される。その代わり、経済面は全てマサアキが負担しているという状況。まさに、飴と鞭を使い分けているのである。これがより、彼女をこの基地に縛り付けている要因と言えた。

「ジュニアハイスクールも東京内で一番の進学校だよ。マサアキの裏金で入学した。あいつは基地の司令官だ。元々金持ちな上にこうした待遇を受けられているから、金だけは腐る程ある。だから、こんな事が出来るんだよ……タチの悪い足長おじさんもどきみたいなヤツさ。」

「そんな……そんな事……そうだ、逃げて、警察に言えば!お母さんを保護して貰えれば!」

思いついたように、レイは言う。だがスバキは呆れた表情で言った。

「お前、馬鹿極まってるな。マサアキは軍人だぞ?権力の強い軍の行動に警察風情が介入出来る訳ないだろ。今まで何見て来たんだよ。」

「あ……そっか……」

“人質”という言葉が、彼の中で印象に残りすぎていた。だからこそ、こうした異常には警察の介入が必要だと、考えてしまっていたのだ。

「それにさ、仮に解放された所でジュニアハイスクールに通う金なんてねぇよ。只でさえうちは貧乏なんだ。そう言う意味では、有難いと言わざるを得ないんだよ……」

経済面。それがスバキにとって厄介な足枷となっているのだ。

 母親を人質に取られている一方、進学の為の金銭をマサアキが負担するという状況。そして、彼女は不本意ながら軍に加入している。この酷い状況は、スバキをより、苦しめるのだ。

「おかしいだろ。父さんを殺した連邦が今度は私を利用して軍に入隊させて、その上で母さんを人質にとる。その一方で、金を使って縛り付けるんだ。だから私は、ここに居続けるしかないんだよ……」

スバキの目元は、うすらと涙が浮かんでいた。胸中を吐露する事が出来なかったのだろう。最初、レイに対して自身の話をするのを拒んだスバキだが、いつしか彼に、その“全て”を語っていたのである。

「そんな……事が……」

レイは言葉を失う。スバキは、軍に縛り付けられ続けている状況。

 自分の状況とは全然違う。彼の場合、成り行きとはいえここまで来た。しかし、ここで、スバキに会い、境遇の違いを痛感する事になる。

(スバキを助けたい……でも、どうすれば良いのだろう……分からない、分からないよ……)

しかし今のレイには何も出来ない。それどころか、スバキは彼を助けている。

 妙な状況だった。助けられた筈の人間が、彼女の状況を知り、助けたい……と考えるようになっていたのである。

「こんなさ、力なんてなけりゃ良かったんだよ。そんなものがなかったら、母さんも私もこんな思いをしなくて済んだんだ。なのに……」

スバキは、悔しくて仕方がなかった。全ては自身に目覚めてしまった、シンギュラルタイプの力が引き起こした悲劇なのだ……と、彼女は感じていたのである。

「お前を外に出したいって思ったのは、今の私になんとなくだけど、状況が似てるって思ったからなんだよ。マサアキは力を持つ人間を好む。あいつは危険な人間だ。お前も、あいつに目をつけられたのなら逃げられない。覚悟しとけよ……」

「逃げられない……それってどういう……?」

「あいつは異常だ。権力を振りかざして、無理矢理人を従わせる。そして、飴と鞭を使い分けるのも上手い。だから恐ろしいんだよ。あいつ――」

 

               ギイイイイイイ

 

その時、彼等の後方でドアの開く、鈍い音がした。慌てて二人はドアの開いた音の方向を見る。

「マサアキ……!」

睨むスバキ。そこにいたのはマサアキ・アルトだった。

「お前、本当にふざけんなよ……なんで、こんな所に私達を!」

怒りをぶつけるスバキ。しかし、マサアキは見下すように、言った。

「やれやれ、全くの減らず口だな。スバキ。一方のレイ君はとても大人しいね。可愛い程に。動揺はしているようだけれど……君等は性別が逆じゃないのかと思えてくるねぇ。」

「うるせえんだよ!!」

と、怒るスバキ。

「2時間程の睡眠は気持ちよかったかな?二人共。まあ、ここに君を入れたのにはね、他の人間には言えない秘密があるんだよ。それで二人にお願いがあってね。」

時計がない状況で、外で景色を見ていた時間から2時間が経過していたのだ。話に夢中になっていた両者は、時間の感覚を忘れていたのだ。

 やがて、マサアキは笑みを浮かべ、口を開く。

「力を持つ人間である君達……特に、レイ君。今宵、私に付き合って欲しいな。」

何を言っている?今宵?何の話をしているのか。理解に苦しむレイ。しかし、スバキの方はそれを聞き、何故か恥じらう様子を見せていた。

「どういう、意味ですか……?」

当然、疑問を抱く。何を意味しているのかが、全く分からない。

「この変態野郎……!こいつ男だぞ!なのに“それ”を強要するのかよ……!」

意味深な言葉が浮かぶ。何を示しているのかが分からないレイ。ただ、一つ言えるのは、明らかに不吉な事である可能性が、高いという事だ。

「もしかすればレイ君にとっては、“良い経験”になるかも知れないね。」

「な……どういう事……ですか?」

そう言った後、マサアキは近づいてくる。笑みを浮かべてはいるが、どこか、奇妙だ。

「私はね、力を持つ人間を大切にしたいと思っている。同族意識ってやつだ。けれど、ただ思いやるとかそんな浅はかな言葉でそれは出来ないと思うんだよね。」

そう言って、マサアキは唇を舌で濡らす。

「直接的な身体接触。今後、仲良くやっていく上でも、コミュニケーションを取る上でとても大切な事だと思うんだよ。それに性別なんて関係ない。これ、どういう意味か分かる?」

「そ、それって……!」

レイに寒気が走る。この男の言葉の意味を、理解出来た気がしたからだ。

「私はその対象が男でも、女でも関係ないと思っている。その対象が美しく、可憐ならばより価値は高い。スバキも可憐だが、レイ君。君のその美しい容姿は価値がある……」

マサアキ・アルトの目的が、明らかになりつつあった。この男は今から、性的対象を選ぼうとしていたのだ。それには性別など、関係がないのだという。

「嫌です!そんな、そんなのって……!」

「残念だけど君に拒否権はないんだよ。ここに、いる時点でね。スバキはよく付き合ってくれているよね?私との、“秘め事”に。」

それを言われ、スバキは黙る。

「スバキ、それって……」

「こいつには、逆らえないんだよ……」

俯くスバキ。レイはただ、困惑するばかりだ。

「レイ君、君は異性との性交体験はあるかな?その容姿ならば、さぞ、引っ張りだこだろうねぇ。」

マサアキの言葉が響く。卑猥な言葉。

「よく勘違いされるのが、性的行為は異性との接触のみでなくても可能であるという事だ。あと、性器同士を結合しなくても、触り合うといった行為だけでもコミュニケーションは図る事が出来る。無論、知り合ったばかりの人間ともね。」

そう言った時、スバキは言った。

「お前の相手は私で良いだろう!お前の価値観、おかしいんだよ!」

スバキの恥じらう発言。これが意味する答えは、一つだ。

(スバキ……)

マサアキの狂気。年端も行かぬ、レイと同い年の少女を歪ませた諸悪の根源である事が、再確認する事が出来た。

「私は力を持つ人間との接触を試みたい。スバキ以外の人間ともね。そこに性別は、関係ない。どうする、レイ君?まあ、拒否権はないけれどね。」

マサアキは笑みを浮かべ、言った。

「お前の自己満足にこいつを巻き込むな!お前、本気でふざけんなよ!!!」

と、スバキが反論した時だった――

「……分かりました。僕で、良ければ……」

あろうことか、レイはマサアキとの“行為”を承諾したのである。それを聞いたマサアキは両手を叩き、狂喜していた。

「ははは!!受け入れたね!!思ったよりも潔いね!嫌がられるよりはましかな!」

と、言った後、レイはすぐに口を開いた。

「その代わり、スバキのお母さんを解放して下さい!スバキが、こんな思いをする必要なんて、ないですよ!」

懸命に懇願した。それを聞き、マサアキは

(スバキ、余計な事を言ったみたいだね……まあ良いか)

静かに、考えた。そして……

「フン、考えておこう。では、今夜。基地内の私の部屋に来ると良い。君との交流を楽しみに、しているよ。」

と、マサアキはにやりと笑みを浮かべた。

「お前……本気かよ……」

と、心配そうに見つめるスバキ。

「お母さんを、助けないと……スバキはこんな所にいちゃ、駄目なんだ。だったら、僕が……」

自己犠牲の精神が彼にはあった。自身を犠牲にし、他者を助ける。今のレイは、その使命感で満ちていた。

 元々彼は使命感を持ち、行動する事が多い。セイントバードが砂漠の狩人に襲われていた時も、自らの意志でアインスを駆り、出撃した。その使命感が、今までの戦場で活かされた。

今回、状況は違えど、自分が犠牲になる事でスバキを助け出せるのならと、考えていたのだ。

 

 

 

 夜が更けた頃。基地内の薄暗い部屋にて。シルクローブ姿のマサアキの前には、同じくシルクローブ姿のレイの姿があった。今からされる事は、レイ自身初めての事だ。内心、非常に緊張している。しかし、スバキを助け出す為には手段を選んでいられない。

「来たね、レイ君。今日は君の為に家じゃなく、ここで一夜を共に明かそうとしていたんだよ。」

マサアキ・アルトの家は基地から近い。司令官であるこの男は、基地の設備関係等は自由に扱う事が出来る。半ば、この基地は彼の城のようなものになっているようなものだった。

基地内は監視がついており、警備兵もいる状況。そして電波の届かないEフォン。助けを呼ぶにも呼べない状況。この男の欲に対し、レイは進むしかなかったのだ。

「まあ、それがベターな選択だよ、レイ君。君がMS乗りと知った以上は、余計にね……」

マサアキの言葉が、レイの耳に入る。彼は静かに、唾を飲む。

「基地内は外部との連絡が取れなくしている。それは君のように、仲間がいるかも知れない人間に助けを呼ばれる訳には行かないからだ。スバキも同じ。常に監視されているからね。無論母親にも、会えない。」

穏和な言葉からは想像も出来ない、残酷性を秘めた男、マサアキ。彼は今にも、レイを我が物にせんと、舌を舐める。

「さて、君は今から私に抱かれる訳だがその心境を教えて欲しい。どんな心境で、どう感じるのか?それはとても興味深い。力を持つ人間ならば尚の事ね!」

マサアキの質問に、レイは静かに答える――

「分かりません……どうなるのかも、全然。」

汗が流れる。スバキを守る為とはいえ、自らがマサアキの悦楽の対象になるなど、考えもしなかったのだ。

 やがてレイは纏っていたものを脱ぎ、一糸纏わぬ姿になった。シルクの滑らかな感覚が肌を伝い、床へ落ちる。入浴時以外で、肉親以外の前に裸を見せるのはこれが初めてである。まして、相手は男だ。この複雑な状況で、レイはただ、睨むようにマサアキを見る。

「君はやはり美しいよ、レイ君。均整な身体、少女に見える顔立ち……私は君のような天使に出会えて、光栄だよ。」

と、言いながらマサアキはレイに近づき、そっと、抱き締める。

 奇妙な感覚だった。ごく普通の家庭で育ったレイは、父親でさえ、このように抱き締められたことなどない。周りの環境に、恵まれていたのだろう。しかし十四年の人生で、今、彼は初めて男に抱き締められている。

 自分はこれからどうなるのだろう。どのようにされるのだろう。分からないまま、レイはただ、マサアキに身を委ねる。

「身体の触り合い、性交渉等はね、別に出会ってからすぐの関係でも可能なんだよ。倫理的には良くないと言われていても、そこに金銭等、互いにwin-winの関係性が伴えばそれも建前では許される。それが、世界の摂理なのさ。」

聞いた事はあった。壮年の男性が年端も行かぬ少女を連れ、性交渉等をするといった事例は有り得る話だ。それが、今回は男性同士と言う状況で生じているだけ。

 この手の問題で有り得るのは、事件性が生じるか、どうかだ。権力無き者がこうした不純交際をした場合、処罰されるのは権力無き者である。だがマサアキのように権力のある者がこうした交際をした場合はどうなるか?それは如何なる不祥事と言われようとも、揉み消されてしまうのだ。

 この男は、それを見据えた上でレイとの接触を行おうとしているのであった――

 

 

 人に触られる、舐められるという感覚は個人差があるとされる。それを奇妙に感じる者や、そうでもない者もいる。逆に、暴力行為によって他者を支配する者もいる。一糸纏わぬ者同士が一つのベッドの下で行う行為は、様々だ。

 一見では卑猥な行為と思われるものでも、そこに愉悦がある場合がある。あるいは、それを嫌がる者もいる。それぞれの反応は、当然異なる。

 レイは身体を、触れられている。乳頭部や臍部等、彼にとって繊細な部分を、マサアキの指が伝う。時に、男は彼の鎖骨や乳頭の周辺を、優しく舌で舐めると言った行為を行ったりもした。

時に、彼の股間部の周辺等も触れ、レイはびくりと、反応していた。

「ふぁぁ……!あああっ……!」

普段出さぬような声を、レイは上げた。この時、彼は妙な感覚に陥っていた。

(変な感じ……人前でこんな声……恥ずかしい……!)

「君の声は奇麗だ……美しい……もっと、聞かせてくれ!」

接吻が行われる。レイ自身、今まで経験した事のない、口唇への接吻。その対象が、男なのである。しかしその時間はほんの、ごく僅かだったのであった。

 この時のレイはどのように考えるのだろうか。所謂、“ファーストキス”を男としてしまったと、後悔をするのだろうか。それは、彼自身にしか分からないのである。

「君が絶頂を迎える時の、その声はどのような声なのだろうか。私は聞きたい。」

「え……?」

困惑するレイに、マサアキの手が、レイの股間部に触れる。その優しくも妖しい動きはレイの股間部を怒張させるのには十分だった。

「や……あぁぁ……!?」

他者にその部分を触られる事は、生まれて初めてだ。その相手は、美青年とも呼べる男。その妖しい笑みはレイを捉え、離さない。

「奇麗な声だ。もっと、もっとだ……!」

徐々に、股間部を撫でる手の動きが激しくなる。レイの身体はぴくりと震え、迫る快感に悶える。

「はぁ……ああっ……あああ……!」

マサアキはレイの象徴を、手指をつかい、撫で続ける。その妙な心地良さに、レイはただ、呆然とするばかり。彼の目は細くなる。妙な感覚に、ただ、身体を預けるだけだった。

「素晴らしいよ、レイ君。綺麗だ……」

と、耳元でマサアキは囁き、彼の耳朶を甘く噛む。そして、再びレイと、優しい接吻を交わす。そして彼は絶頂を迎えようとしている――

「ふぁ……ふああっ!」

レイは果てた。彼の身体は痙攣したように、反応している。そして、マサアキの右手は、レイが放った白濁液で彩られる。

「フフ、素晴らしい声だ。素敵だったよ。絶頂を迎える時のその表情、その声……」

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

レイはそのまま、ぐったりとしてしまった。

 初めての他者による、手淫。訳が分からないまま、彼は絶頂を迎えた。他者に翻弄されたレイはこの感覚に対し、ただ、妙な心地良さを感じ取っていた。不快ではない、この言葉で表せない表現。目の前に居るのは男である筈なのに、その妙な色気は一体何か。その色気に囚われ、ただ身を任せるしかなかったレイは、不思議な感触に陥っていたのだった。

 

 

彼等の“行為”は終わった。妙な体験をしたレイ。だが、マサアキは決して彼を暴力で支配するような真似は、一切しなかったのであった。それ自体、妙な感覚と言えた。

「お疲れ様、レイ君。君の美しい喘ぎ声、その反応……私はそれを見たり、聞けただけでも幸せだよ。」

満面の笑みを浮かべるマサアキ。それに対し、顔を合わせないレイ。両者は一つのベッドに裸で横たわっている。

「これが……マサアキさんの……したかった事なんですか……?」

顔を赤めながら、レイは聞いた。先の絶頂を迎えた後、冷静になったレイは、咄嗟に恥の感情をマサアキに見せていた。他者に聞かれた事のない自身の嬌声を聞かれ、恥ずかしくて堪らないのだ。

「そう。私なりの、コミュニケーションだ。私は初めて共に過ごす人間を痛めるような真似はしない。」

それはマサアキなりのポリシーのようなものなのだろうか。

「じゃあ、スバキは……」

「彼女とはもう、“お馴染み”の関係だからね。そこに年齢は関係ない。」

性的接触と言う定義は個人によって異なる。激しさを求める者や、そうでもない者で分かれる。

(この人の、目的が分からない……何を考えているのかも、謎だ……)

妙な経験をしたレイ。この、男は何を考えているのだろうかと、思っていた。

「ところで、私と一緒に寝て、君は安心したかい?」

妖しい笑みを浮かべるマサアキは、ふと、レイに言った。

「分かりません……こんな経験自体、初めてですし……ただ、恥ずかしいです……」

「でも、君は私を受け入れた。それは事実だろう?それはとても、素晴らしい事なんだよ。」

男の優しい声は、レイに響く。彼は今、妙な安心感を得ていた――

 

スッ

 

と、マサアキはレイに首輪のようなものを摂り憑けた。突然の事に、レイは驚く。

「君に、プレゼントしよう。チョーカーってやつさ。」

それは、銀色のチョーカーだった。何故このタイミングでそれをプレゼントされたのかは分からない。

「これ、スバキのしていたやつ……ですか?」

「そう。私が気に入った人間には、これを必ず、プレゼントしているんだよ。」

笑顔で話すマサアキ。しかし、彼は、このチョーカーに、“異物感”を感じていた。

「あの……これで、スバキのお母さんを解放、してくれるんですよね!?」

マサアキとの、奇妙な行為は終わった。その為、レイは男に懇願する。

彼がこの場に及んだのは、彼女の母親を解放して欲しいと、願った為である。しかし――

「ああ、考えておくとは言ったね。」

「……え?」

突如、マサアキは微笑し始めた。そして、その声は次第に大きくなっていく――

「けれど、それをするなんて言ったかなぁ?私は承諾など一度もしていないよ!!」

先程までの温和な声は何処へ行ったのか。今のマサアキの表情は、明らかに狂気に満ちている。目が見開かれ、両指が屈曲している。

「君は本当に子供だねぇ!大人というものを全く理解していない!!言葉の捉え方でそれが出来ると思っている時点で甘すぎるねぇ!!!」

「そんな!じゃあ……」

「する訳ないだろう!彼女へ経済的援助もしているのに!そんな美味しい話がある筈がないだろう!自分の身を差し出してその代償で何かを救うなんてその考えそのものが子供の思考だよ!フハハハハハ!」

この男とは、分かり合えないと思った瞬間だった。レイは身を差し出した。だが結果がこの有様である。

 しかしどうすれば良いかも不明だ。彼は今、基地に閉じ込められている。外部への連絡手段も、ない。

「こんなっ!!」

レイは、咄嗟にシルクローブを羽織り、走って部屋を出た。だが、マサアキは追いかける様子も見せなかった。

「まあ、そうなるとは思っていたよ。レイ君……」

そう言いながら、マサアキはベッドの傍にある赤ワインを飲み、そっと、扉の方を見ていた。

 

 

 

 翌朝。レイは最初にいた部屋のベッドに居た。しかし彼は一睡も出来ないでいた。無理もない。昨夜にあった出来事や、マサアキの言葉が焼き付いて離れないのである。

(どうしたら良いの……こんなのって……)

分からないレイは、ただベッドで呆然とするばかり。スバキは助けたい。しかし、マサアキには歯向かえない状況。自分に出来る事は、ないのか……と、考えるばかり。

「あの人を、殺す……?いや、駄目だ……そんなの……」

自分でも、そのような発想が生まれた事に恐怖した。それと同時に、スバキの気持ちも理解が出来た。

 いくら、現状を変える為とはいえ、その為だけに人を殺めるということはしてはいけないと、レイは分かっていた。妙な経験をした彼であったが、それはあってはならない事なのである。レイの中では、人を殺すというのは、自分や仲間に迫る危機を打開する為……つまりは、MS戦等で自分自身を守る為に敵を殺すと、決めているのである。

 

ウィィィィィン

 

ドアが開いた。そこに居たのは、スバキであった。

「あの……さ。大丈夫だったか。」

心配そうに声を掛ける、スバキ。と、同時に彼女はレイにされているチョーカーを見て、顔色を変えた。

「うん、大丈夫……だよ。」

昨夜の事は敢えて話さないでいた。話す気すら、無かったのである。心の中にしまい込んでおこうと、レイは考えていた。

「お前……そのチョーカー……マジか、あいつ……」

「え?これ?スバキと、お揃いだなぁとは思っているけれど……」

と、触るレイ。しかし、それは自分では外れない。本来のチョーカーならば外すことが出来る鎖がある筈なのに、それがないのである。

「あいつ、やってくれたな……」

「どういう事……?」

スバキは、俯きながら言った。

「それはさ、チョーカーじゃない。無理に外そうとしたり、国外へ逃亡した瞬間に発動する、爆弾なんだよ。」

「!?」

昨夜マサアキがレイに装着したもの。それはチョーカーではなく、首輪型の爆弾だったのだ。明らかになる真実に、レイの表情は一転する。

「そん……な!じゃあ、スバキも……」

「クソ野郎!本気で私達を逃がさないようにするみたいだ、あいつ!」

それは、レイの足枷として存在していた。マサアキは彼が脱走した時の事を考え、妙な安心感をマサアキから感じていたレイに対し、その隙を見てチョーカー型の爆弾を、昨夜、取り付けたのだ。スバキだけでなく、レイをも、支配しようと考えている、マサアキ。この男の狂気は、留まる事を知らない。

 

ウィィィィィン

 

「やあおはようレイ君。スバキも一緒だね。」

マサアキは全く悪びれる様子もなく、堂々とした様子で、部屋に入ってきた。昨夜のことに対しても、何の罪悪感も抱いていない様子の、マサアキ。

「マサアキさん……貴方は……!」

睨む、レイ。だがマサアキは全く動じる様子がない。

「そのプレゼントは喜んでくれたかい?レイ君。」

笑みを浮かべるマサアキ。爆弾の仕組まれているチョーカーの仕組みも分かった上での、発言だ。

「レイ君、少し来てもらいたいんだ。君のその力の確認をさせて貰いたくてね。」

レイは急に声を掛けられた。マサアキは、自身を睨むレイを見ても、全く気にする様子がない。

「何を、する気ですか。」

レイの目は、マサアキを睨み続ける。スバキを不幸に陥れた敵という認識をしているレイ。

 

パンッ

 

突如、レイはマサアキに頬を叩かれた。彼の右頬は赤く腫れ、痛みを感じている。

「その目、嫌だね。不愉快だ。ここにいる以上は私の指示に従って貰うよ。レイ君。」

ふん、と笑みを浮かべるマサアキ。

「それに、昨日の事をスバキに晒されたいかい?あれだけ、恥ずかしいとか言ってた君が……」

マサアキとの、昨夜の“秘め事”はレイにとって十分な脅しの材料となり得た。彼は、この男のいう事を、今は聞かざるを得なかったのであった。

 結局レイはこの後、マサアキに連れられて部屋を移動する事になった。スバキを一人、残したまま。

 

 部屋を移動したレイは、ある、部屋に連れられた。そこは薄暗い部屋であり、椅子型の機械が置かれていた。レイはマサアキに誘導されるままに、そこに座らされる。

 この部屋には研究員らしき人間が5人いた。それぞれが、被験者のデータの解析を行うのである。

「レイ君、それはとある、兵器を扱う為のシミュレーションだ。君がシンギュラルタイプであり、尚且つ、MSに乗っていたという経験があるのならば、どれ程の力を持っているのかを是非、見てみたいね。」

シミュレーション。それはMSを操作するにあたり、実践を想定した状況を作り出すヴィジョンシステムの事を指す。MSパイロット候補生等がよく使用し、それで訓練を行う。高い点数を出した人間は成績優秀者と認められ、即戦力等になり得るのだ。

 しかし、今回彼が使用したシミュレーションは、どこか異なっていた。レイは今までアインスガンダムにしか搭乗したことがないのだが、その際はコクピットにレバーがあり、タッチセンサーやスイッチがあった。しかし、今回レイが扱う機械は、アインスのコクピットとはまるで違う。彼はメットのような被り物の装置を頭に装着される。

 レイの目に、MSのコクピットの内部にいるようなヴィジョンが映し出された。高層ビル群が映し出されている、市街地のイメージ。そして、そこに映るのは三機のMS型の兵器だ。

「レイ君、君が見ているヴィジョンは我々にも映し出されている。君は脳波コントロールシステム……通称サイコミュシステムを用いて、これらの機体を破壊するんだ。その点数を確認する。」

「サイコミュシステム……ですか?」

聞き慣れない言葉。サイコミュシステム?それは、一体?

 実際、彼が座っている椅子にはアインスにはあった操縦桿等がない。今までそのようなものを見た事が無かった為、レイはただ、戸惑うばかりだ。

「サイコミュシステムを知らないのか……まあいいや。レイ君、今から君は敵を攻撃するというイメージをするんだ。それが、脳波コントロールとなり、“ある兵器”がそこに映るMSを攻撃するよ。」

マサアキの言葉が理解出来ない。脳波コントロールという単語は聞いたことがあったが、まさか実際にそれを体験する事になるとは、思いもしなかったのだ。しかもこれは軍用のシミュレーションの機械である。博物館等で設置されているような、素人が行うような簡単な機械ではない。従って、彼がここに座ってシミュレーションを行うという事は、実戦と同様と同異議なのである。

「さあ、イメージをするんだ……敵を、攻撃してごらん。」

マサアキの言葉が響く。レイは、それを聞き、“イメージ”をする――

 

ピキィィィ

 

レイの脳内に、電流が流れた――と、同時に、映像には無人の兵器らしきものが展開される。しかしこの時彼の反応に異常が見られた。

「あ……あああ!?うあああ!!!」

レイは、不快感を訴え始めた。只の不快感ではない。脳内で何者かが蠢くような感覚。にそれは、これまで彼自身が感じた事のない、感覚であった。

「神経パルスに異常発生!」

「脳神経伝達に異常有り!」

「中断だ!急げ!」

研究員達は急いでシミュレーションを中断した。映像は元に戻り、頭に装着されていた機械は外される。そこには、目が大きく見開かれたレイの姿があった。

「はぁ……あああ!ああああああ!!!」

余程のショックだったのだろうか。今まで感じた事のない不快感はレイを、容赦なく追い込むのだ。

(彼の力は私の思い過ごしだったのか……?しかし、力を持っているのは間違いないと思うのだが……)

この時、マサアキはレイの力について考えていた。彼に備わっているシンギュラルタイプの力がどれ程のものかを確認したいと思っていた彼は、肩透かしを食らった気分になったのであった――

 

 

 レイはすぐに元の部屋に運ばれた。程なく彼は目を覚ます。大きな後遺症もなく、頭痛も随分と回復している様子だった。この際、研究所内の医者が彼の血圧、脈拍、酸素飽和度等を測定したが、いずれの値も問題なく経過しているとの事だった。

「おい、大丈夫か……」

心配するスバキ。レイは、それに対し

「うん……大丈夫。」

「シミュレーションか?」

「うん……初めての感覚だった。分からない、あんなの……本当に分からない……」

脳波コントロールで兵器を操るという感覚は、今まで体験した事のない事だ。それにより、激しい頭痛を引き起こしたレイ。幸い一命は取り留め、問題なく過ごすことは出来ていた。

と、そこへ再びマサアキが姿を見せた。起きているレイを見るなり、彼は言う。

「大きな問題もなさそうだ。恐らくまだ、サイコミュに適していないだけなんだろうね。君は。」

「貴方は……こんな事をして……!」

再びレイはマサアキを睨む。だが、マサアキは全く悪びれる様子を見せず、言葉を発したのである。

「さて、どうやら状態も落ち着いたようだ。私からの“ご褒美時間”をあげようじゃないか。」

シミュレーションの時と明らかに態度が異なっている男。彼が言った言葉の意味も、理解が出来ない。

「レイ君、スバキ。今から二人を外に出してあげようと考えているんだよ。今日は観光を楽しむと良いだろう。」

「え、観光……?」

マサアキが発した、観光という言葉。突然の言動に、戸惑うレイ。

「そうだよ。兵士の運転するヘリに乗って、都心まで移動する。今日までスバキは学校が休みだ。お互いに、楽しんでくると良いよ。」

これは、どういう事なのだろうか。レイにはマサアキのこの発言が、全く理解出来ない。

「どういう事ですか?これは……」

「言った通りだよ。観光に行ってきたら良い。ただし、Eフォンをこちらに預けてもらうのと、チョーカーは付けたままだ。」

この時、マサアキの発言の意図が理解出来たレイ。そして、チョーカーが如何に重要な役割を果たすのかも、分かった。

「どうして、昨日言わなかったんですか……!これが、爆弾だって!」

レイは怒りをマサアキにぶつける。しかし――」

「それは保険みたいなものさ。だから別にいう必要もない。万が一の事があれば、警告音も鳴るから、必要ないと思ったまでだよ。」

この時も、マサアキは堂々とした振る舞いをしている。

「さあ、それより観光だよ。楽しんできたまえ!」

 マサアキの提案した、観光。これは所謂飴と鞭の、“飴”に該当する。マサアキの意向で基地の外に出す事は出来る。それだけ聞けば、脱走は可能に思える。だが、実際はそうではない。

 スバキの場合は、今日のような日を除けば、学校がある。そして、そこでの生活を送る事が出来る。ただし、基本的には学校と基地の行き来のみだ。今日は言わば、“特別な日”に該当する。そして、彼女を縛り付けるものとして、首に掛けられたチョーカーの存在が大きい。彼女自身、全てが嫌になり、国外へ逃亡を図ろうとした時、それをセンサーが認識し、爆弾が発動する仕組みとなっている。つまり、外へ逃げる事さえ許されないのである。

 レイの場合も同様だ。このチョーカーがある限り、行動自体は自由だが、いずれは基地へ戻らなければならない。国外へ移動しようものなら、爆弾は爆発する。Eフォンを預けたままにする理由は、仲間を呼べなくする為だ。連絡手段を途絶えさせれば、迂闊な行動は出来ない……そう、考えたのだろう。

「十七時にまた、都内へ兵士が迎えに行くよ。それまでは自由行動だ。」

と、笑顔でマサアキは言った。だが実際は笑顔で済ませられるものではない。

 結局は逃亡を許されない状況を作り出されたのだ。それが、チョーカーの存在である。レイとスバキ。両者が装着しているそれは、彼等を縛る足枷として、存在しているのだった。

 

 

 

 時間が経ち、両者は兵士にヘリで運ばれ、都内まで移動した。彼等が降り立ったのは“浅草”と呼ばれる場所だ。旧世紀から続く、東京の名所の一つである。

 本来ならば楽しむべき時間。だが、今は全く楽しめる様子ではない。彼等は、互いに“足枷”を課せられているのだから。

 天気は快晴だ。都心部は大勢の人が歩いている。経済特区である東京は多くのビジネスマン達が働いている。

「よく、分からない……」

レイが、一言、言った。

「あの人は一体、何者なの?僕達をこうして、何がしたいのかな……」

これに対し、スバキは言った。

「それが、マサアキだ。言っただろう。あいつは飴と鞭を使い分ける。これは所謂、“飴”なんだよ。条件は付くけど。」

そう言いながら、チョーカーに触れるスバキ。その表情は、やはり暗い。

「観光って言ってたけど、どうしたら良いの……かな。」

困惑するレイ。すると――

 

ガシッ

 

と、スバキがレイの手を掴んだのだ。

「今はメリハリ、付けるしかないって!東京、案内してやるよ!」

急に、スバキは笑顔で話しかけたのだ。彼女が一番辛い思いをしている筈なのに、それを割り切っているかのように、今は笑顔である。

 この時、レイは彼女の“強さ”を感じていた。これ程酷い仕打ちを受けても、彼女には母親という心の支えがある。それを、糧にして彼女は生きているのだろう……と、感じていた。

 

 スバキは浅草をレイに案内する。風情のある風景はレイにとっては、新鮮だった。

「ここ、浅草って言ってさ、旧世紀から存在する東京の名所の一つなんだよ。昔よくこの辺を母さんと歩いたの思い出してさ……ほら、あれ。」

と、スバキは指を差し出した。レイはその先を見ると、そこには巨大な塔が聳え立っていた。あまりに巨大なそれに、レイは凝視した。

「あ……あれって東京スカイタワー!?ここにあったんだ!」

「来る時に気付かなかったか?あんだけでかい建物なのに……」

スバキの言う、東京スカイタワーというのは旧世紀から存在する、東京を代表する超高層な建造物である。全高634メートルという高さを誇るそれはレイの故郷であるモントリオールでも有名で、世界中から観光客が集まってきている。今日まで老朽化していた内部や柱は建て替えられており、現在も完成した当初のような輝きを見せている。

「さてと、じゃあ今から行くか、あそこ。」

「え!?今から!?」

「当たり前だろ。せっかく来たんだしさ、見て行けよ!後で浅草の雷門とか案内してやるからさ。」

すると、スバキはレイの手をぐいと掴み、そのまま走りだした。彼女の強引な姿勢に翻弄されるまま、レイもスバキと共に走る。

「ちょっとスバキ!?」

「東京の名所見れるんだから嬉しいだろ!?」

「そ、そうだけどっ!」

強引なスバキに戸惑うレイ。が、彼女は笑っている。恐らく、今は楽しいのだろう。

 

 スバキとレイは東京スカイタワーを昇った後、浅草の町を二人で歩いた。スカイタワー以外の浅草の町は時代の変化に囚われず、古い建造物が多数見られる。

「この辺り一帯は建造物の建て替えをせずに、いつまでも残しておこうって国際条約で決められてるんだよ。だからこの町一帯は古いんだ。」

浅草の町をひたすら案内するスバキに、それに対して関心を抱くレイ。両者は名物の一つである人形焼きを片手に、浅草を歩き続けていた。

 

 しばらく彼等は歩き続けた後、ベンチに座り込んだ。スバキは常に笑っており、奥多摩の基地での彼女とは全く異なる表情をレイに見せた。

「はー!疲れた!やっぱり久しぶりの浅草はいいな!」

「東京ってどこも高いビルが立ち並んでるってイメージが強かったけど……こんな場所もあるんだね。都会の中で落ち着いた場所があるって感じ……」

「大昔からそうらしいんだよ。やっぱりいいよなぁ、浅草!……あそこと違ってさ。」

急に、スバキの表情に曇りが見られた。

「あそこって……」

「御察しの通りだよ。あんな場所でずっといたら気が狂いそうになる。あいつは嫌いだけど、やっぱりこの時間は好き。」

スバキが笑顔でいるのは昨日、奥多摩で外の景色を見た時以来だ。彼女はやはり、“外”が好きなのだろう。

「明日からはまた、学校なんだ。」

スバキから語られる、学校という単語は、どこか、嬉しそうに聞こえた。

「学校に行ったら、友達にも会えるし、やっぱり楽しい。色々な話も聞けるし、みんな、楽しそうにしてるから好きなんだ。」

普段の生活からは想像出来ない、彼女の学校生活。基地から通う学校生活とは、一体どのようなものなのだろうか……と、レイは思っていた。

「友達は、スバキの事情、知っているの?」

ふと、レイは聞いた。

「そんなの、言えるかよ。それに学校側にマサアキが圧力を掛けてやがるしな。もし、私がペラペラと言って、それがバレれば友達は秘密保持の為に殺されるんだぞ?私なんかの為に巻き添えを食らうなんて冗談じゃないだろ?」

スバキは、自分自身の事を友人にすら語る事が出来ない状況だったのだ。だからこそ、今彼女の状況を理解しているのは、レイのみという事になる。

「そう、なんだ。」

「お前はマサアキが気に入ったから、生かされている。もしお前があいつの“お気に入り”じゃなかったら速攻で消されてたな。あいつはそういう人間だ。人間の良心がないからな。」

再び、スバキの表情は暗くなる。これ程に、彼女は悔しいのだ。

「こんな首輪まで付けられてさ……お前も、本当に災難だったな……あの時、助けない方が良かったか……?」

スバキの目から、僅かに涙が溢れている。ここに来て、彼女の感情が悲しむ方に爆発しつつあるのだ。

「そんな事ないよ!スバキがいなかったら、僕は死んでいたと思うから……」

「偶然なんだよな、ホントに……」

スバキは、少しばかり涙を拭った。

 

「あ、スバッちじゃん!友達と一緒?」

突如、スバキは声を掛けられた。そこに居たのは二人の少女だ。

「あ、ああ……ちょっと友達と喋ってたんだよ。」

「スバッち学校以外にも友達多そうだもんね!また明日、学校でね!」

と、二人組の少女は去っていく。この時、レイは完全に少女と思われていた様子だった。

「今の、クラスの友達?」

「そうだよ。偶然会ったけど。いつも一緒にいる子達だ。」

特別な境遇にあるスバキの、友達。それは彼女の心を支える者として、成り立っている存在である。この事から、レイは、スバキも自分と同じ、ジュニアハイスクールの生徒なのだと、改めて確認する事ができたのだ。

「私の実情を伝えたら、あの子達も軍にマークされる。それだけは、避けたいんだよ。」

「スバキ……」

望まぬ境遇で、奇妙な日常を過ごすスバキ。故郷を離れているとはいえ、レイも、今の状況は望んだものではない。

「あの……さ、外に出られたのなら、お母さんに会う事は、出来ないの?」

ふと、レイは聞いた。外に出る事が出来たのなら、母親に会う。それが普通の考えである。しかし――

「無理だ。母さんに会う事が分かれば、母さんが殺される。私達は接触を禁止されているんだよ。連絡さえ、出来ない。その目的は分からないけれど……な。」

「そんな……どうしてそこまで……」

「分からないけれど、あいつはそれ程に私を縛り付けたいんだろうよ。もう、二年も会ってない。母さんが今、どうしているかも分からないんだ……」

スバキの表情が、レイの目に映る。母親に自由に会えないという状況は、想像を絶する物だろう。

(僕はこのまま順調にいけば、母さんに会う事は出来るかも知れないけれど……理不尽すぎるよ、スバキ……こんな、こんなのって……)

同じく、レイも悲しむ。理由が不明な理不尽に、耐えるスバキを見て、彼も俯く事しか出来ない。

 

ピキィィィ

 

その時だ。レイの頭に電流が流れた。近くに何かの存在を、感じたかのように。

「今の、何だ……?」

スバキが言った。つまり、スバキも先程レイが感じた感覚を感じ取っていたという事になる。

「スバキも感じたの?僕もだ……」

「やっぱり、お前は力を持ってるんだな……シンギュラルタイプってやつだな。」

スバキはレイの顔を見て、言った。

「分からないよ。けれど、いつの間にかこんな力が宿るようになった。僕自身も、分からない。」

と、言った時だった――

「レイ君!?」

声が聞こえた。聞き覚えのある、声。まるで、それは鎖で繋がれている彼等に暖かい光が当たるような、心地良い、声に聞こえた。

「エリィさん!?」

エリィは、ネルソンと一緒に居たのだ。これは正に、偶然だった。連絡手段を途絶えた状況で、マサアキに付けられたチョーカーにより、実質自由を奪われたレイ。その状況で、エリィ達に出会える事は、正に幸運としか言いようがなかったのである。

 エリィはレイを見るなり、すぐに駆け寄る。そして、人目を気にすることなく、抱擁する。

「馬鹿!またどこかへ行って……!心配したんだから!」

「あ、あの……」

その様子を、ネルソンとスバキがじいっと見ていた。それに気づいたエリィはすぐに離れる。

「八日ぐらい全然連絡が取れなくて……ずっと探してたんだよ!?レイ君、どこへ行ってたの――」

 

パタタタタッ

 

その時、ヘリが上空から降りてきた。時刻は17時。その時刻丁度に、新生連邦軍が彼等を迎えに来たのである。

 本来ならばこれに乗らなければならない。しかし、今の状況は違う。エリィがレイを、見つけてくれているのだから。

「何!?ヘリ!?どうして!?」

エリィが反応した時、ヘリの中から、男が二人、降りてきた。一人はスキンヘッドの強面の男。そしてもう一人は、マサアキだった。

「時間だよ。二人共。帰ろうか。」

奥多摩基地の司令官、マサアキが自らここに来たのだ。この男を見た時、レイとスバキは後ろに下がる。

「レイ君、この人は一体何者……?」

「エリィさん……この人は……」

レイが口を開こうとした時、マサアキが喋った。

「レイ君の関係者の方ですかね?彼は一週間前に怪我をして、こちらで保護をさせて貰ったんです。でもまだ経過観察をしなければならない。こちらで、預からせて頂きます。」

初対面にも関わらず、マサアキはエリィに近づき、喋る。この男の他者との距離の取り方の異常さは、計り知れない。

「え、でもどういう事……?レイ君?」

と、戸惑うエリィ。

 

ジャキンッ

 

と、今度はネルソンがマサアキに対して、銃を構え始めたのだ。それをされ、マサアキは両手を上げる。

「新生連邦の軍人が何故このような場所にいるのかは知らないが、レイは我々の仲間だ。事情は知らないが返してもらうぞ。」

と、ネルソンは言った。

「野蛮人だね。なりふり構わず銃を構えるというのは!」

マサアキの目が、見開かれた。と、同時に彼は右手に把持していたスイッチを、押した。

「ああああ!?」

「うあああ!!」

突如、レイとスバキのチョーカーから、電気が流れ始めたのだ。これにより、二人は身動きが取れなくなってしまう。

「レイ君!もう一人の子も……!一体、どうなって……?」

「今は奴を止めなければ!」

咄嗟の判断だった。ネルソンは迷わず、構えている銃から弾丸を発射した。

 それは、マサアキの所持しているスイッチに当たった。これにより、機械の機能は停止する。それと同時に、電流は流れなくなる。それを機に、急いでエリィはレイの身柄を回収した。

「チッ……せめてスバキは持ち帰る……」

マサアキは舌打ちをした後、スバキの身柄をスキンヘッドの男に持たせ、そのままヘリへ向かった。

「スバキ……!待って……!」

電流を浴びたレイは大声を出すことが出来ない。微かな声で、スバキを呼び止める。

しかし、レイが反応した時、既にヘリは上空を飛んでいたのであった。

「レイ君、大丈夫?レイ君!!」

レイの身柄はエリィ達に渡った。しかし、レイの目は、少しずつ閉じられようとしている。電流のショックが、彼の意識を蝕んでいたのだ。

「助ける……から……必ず……」

レイはヘリに向け、手を差し伸べた。と、同時に視界が暗闇に満ちてしまった。

 

 

 

 スバキは目を覚ました。電気ショックで少しの間意識を失っていた彼女。目を覚ますと、目の前にはマサアキの姿があった。

「お目覚めかな。眠り姫。」

笑顔を見せるマサアキ。そして――

 

グイッ

 

と、まるで言う事を聞かない犬に躾をするかのように、彼女の後ろ髪を思いきり引っ張った。笑顔とは対照的な、その狂気に満ちた的な行動に、スバキは痛みを感じながらも、悔しさを表情に浮かべる。

「うああっ!」

「君のその顔は憎らしいけれど、その苦渋に満ちた表情は好きだよ、スバキ。」

「クソ野郎っ!」

反抗したスバキに対し、マサアキは表情を一変させる。そして、その顔を床に叩きつけたのだ。

「くぁっ!」

痛みに悶えるスバキ。そして、マサアキはそのまま、彼女を抑えつける。

「うんうん、君は床に這いつくばって私に従うのが良い。良い光景だよ、スバキ。」

「チョーカーに電気流れるなんて……聞いてないぞ……!」

「言う訳ないだろう?馬鹿。」

と、一言言い放つ。

 スバキはマサアキの奴隷も同然だ。彼の良い様に利用され、母親は脅されている。先程までの浅草観光が“飴”とすれば、今は “鞭”に該当する。

「レイ君、まさか彼の“仲間”が現れるとはね。しかも、その仲間もシンギュラルタイプだとは……予想外と言うのは、意外と起こり得るものだね。」

笑顔であるマサアキだが、一方で握り拳を作っている。それはマサアキ自身の、明らかな、怒りだった。

「まあ、いいや。彼はまた来るだろうしね。Eフォンを預かっているからね。」

そうは言うが、マサアキはその際に思いきり右手を左手の手掌部に当て、怒りを発散させている。スバキはそれを見て、びくりと反応した。

「ああ、そうそう。明日にね、ロシアからフーク・カズロブ大佐がお見えになられる。なんでも、かつてのデウス軍が使用していたとする、超大型MSが納品される事になるそうだ。」

「どういうことだ……?」

床に這いつくばった状態で、スバキは聞いた。

「そのままの意味だよ。なんでも、それには当時デウス軍のシンギュラルタイプが乗っていたと言われている。詳しいデータは、不明だけれどね。」

と、同時にマサアキはスバキを床から立ち上がらせた。と、同時に彼女の髪を優しく撫でる。先程の凶行とはまるで正反対だった。

「それにね、私は君のシンギュラルタイプの力を是非披露して貰いたいと、考えているんだ。今からシミュレーションをしよう。シンギュラルタイプを用いたサイコミュシステム。それをカズロブ大佐に見せつけるには君の力が必要なんだよ。スバキ。」

と、マサアキはスバキの顎を、くいと上げた。

「お前……!どこまでも、私を利用ばかりして……!」

「君は軍の為……そして、私の為に働くんだ。レイ君を逃がしたのは残念だが、スバキの力を、見せつける時だ。その力を、私に見せておくれ。」

スバキに秘められたシンギュラルタイプの力を引き出すマサアキ。一人の少女を不幸にしてまで、何故これ程にシンギュラルタイプに拘るのか。この男の狂気は、留まる事を知らない。

 

 

 スバキは基地内の研究施設に、マサアキと共に移動していた。彼女はある一室に呼ばれ、そこにある、椅子型の機械に座らされた。それは、レイも体験した機械であった。

 やがて彼女は特殊なメットを頭に被らされた――と、同時に、スバキの目に、レイの時と同じ、市街地のヴィジョンが浮かんだ。

 MS型の兵器が出現している光景。レイは最初、サイコミュシステムによるイメージの方法が分からず、戸惑っていた。しかし、彼女は迷うことなく、目を見開いた。映像には、無数の無線兵器が映った。それらは一斉にMSを、実弾で狙い撃つ。一体ずつ、確実に仕留める。いずれもが正確に、映像の中の敵MSを撃破している。

 

 そして、試験は終わった。と、同時に彼女は頭痛を訴えていた。

「う……ぅ……」

そこに映る点数を見たマサアキは、大きな拍手を始めた。

 彼女の反応はレイの時と比べると、然程苦しんでいる様子ではない。それは、彼女のシンギュラルタイプの力が勝っている事を示しているのだろうか。

「流石だね、スバキ。その力は軍の力になり得る。そして、私の為の力にも。」

スバキに秘められた力は恐らく、MSパイロットとしては強力なものとなり得るだろう。しかしそれは彼女の本意ではない。全てはこの男のエゴに他ならない。

 新生連邦の基地という、牢獄に囚われた少女、スバキ・シンドウ。彼女はこのまま、新生連邦のシンギュラルタイプの兵士として利用され続けるのだろうか。

 




第二十三話、投了。
マサアキ・アルトはバイセクシャルの持ち主であり、レイとも接触を試みる人物として描いています。そして、スバキとも。BL表現は正直難しいのですが、どうなんでしょうかね?あと、あんまりハードなのはレイにとっても大変なのでそこまでトラウマレベルには出来ませんでした。
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