機動戦士ガンダム Living Days   作:すからぁ

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スバキ救出作戦。その果てにある物とは――


第二十五話 スバキを救え!

 ダッゲインMk-Ⅱが動きを止め、そのまま都市部から離れていた頃。レイはアインスを駆り、奥多摩基地へ向かっていた。本来の目的である、スバキ・シンドウを救出する為に。

やがて奥多摩基地に辿りついたレイとエリィ。アインスを近くの山に着陸させ、基地との距離を図る。

「レイ君、ここから先は私が行くわ。貴方はここで、待機してくれれば良いからね?」

「本当に、大丈夫でしょうか……?」

と、心配するレイ。

「大丈夫。それに万が一の事があればアインスを取引に出せば良いの。スバキさんさえ救い出せればそれで良いのだから。」

敢えて、アインスガンダムを引き合いに出す事を提案したエリィ。しかし、この時レイは心の中で、何処か落ち着かない様子を見せていた。

 エリィが協力してくれる事は、ありがたい事ではある。しかし何故だろうか。彼は、自身の中で何処か、違和感を覚えていた。それが何から来るものなのかは不明である。

「じゃあ、行ってきます!」

と、エリィは敬礼をして、アインスのコクピットから降り立つ。レイを一人、残して。

 

 

基地に近つ付くエリィだが、その時、基地の様子が騒然としているのを確認した。ダッゲインの暴走により、兵士達は慌てふためいている。その様子を影から見ていたエリィ。

(随分騒がしい……妙ね……)

本来ならば基地の入り口には機関銃を持った警備兵が見張っている筈だ。しかし、その時は兵士の姿は無かったのである。

 明らかに、何らかの騒動があったに違いないと見たエリィは、それを好機と捉え、そのまま基地内に侵入した。

 

 基地内で、慎重に潜入を行うエリィ。しかし、明らかに妙だ。兵士の数が、少ないのである。これではまるで、もぬけの殻のようなものだ。

(この人の少なさ……手薄なんてものじゃない。これだけスムーズに入れると返って不気味ね……)

銃を構え、静かに潜入するエリィ。だが、肝心のスバキの居場所は不明だ。これこそ、彼女の中にあるシンギュラルタイプの力に賭けるしかない。

 常人、オールドタイプには感じ取れない、特有の感覚はセンサーのような働きをする。彼女やマサアキが言っていた、力を持つもの同士の惹かれ合いというのはある意味、必然なのかも知れない。  

レイを通して知った、たった一度しか見た事のない少女を救出するという事自体、本来ならばあり得ない事だ。しかしエリィはこれを許可し、更に自ら敵地に飛び込んだ。MS乗りの、艦長という立場でありながら危険を顧みず、レイが助けたいと願う少女の救出をするという事。それもまた、人の中にある善意の使命感がそうさせるのだろう。

 

ピキィィィ

 

エリィの脳内に電流が流れた。……近い。少女の、若い感覚が近くに居るのが直感で感じ取れた。

(近くにいるのは分かる……けれど、もう一人いる……?これは――)

 

カチッ

 

エリィは、自身の背後から銃を突き付けられる感覚を覚えた。不覚だったと感じるエリィ。すぐに両手を上げ、視線のみを後方にやる。

「随分、綺麗な侵入者ですね」

そこに居たのは、マサアキだった。スバキを同伴させ、彼は偶然にも見つけたエリィを銃で脅したのだ。

「確かに今、基地は手薄ですよ。ちょっとした騒動があったので。」

マサアキは口元は笑みを浮かべているが、目元は笑っていない。侵入者であるエリィに対して明らかに敵意を見せている。その感覚を、彼女は感じ取っていた。

「その麗しい容姿は一度見たら忘れませんよ。確か……レイ君の関係者の人ですよね?」

彼等は面識があった。ヘリでレイとスバキを迎えにきた時に出会った。その、僅かな時間ですら、マサアキは覚えていたのである。

「まずは銃を下ろしたらどうですか?」

そう言われ、エリィは銃を床に下ろした。さらに、エリィは手を上げた状態で、マサアキに問う。

「どうして分かったの?」

警報装置も作動していない状況。何故マサアキはエリィの存在を感知する事が出来たのか。

「そりゃ、私だって貴方と同類ですからね。」

と、言いながらマサアキは右示指で自身の額を差す。

「貴方も、シンギュラルタイプという事なの……?」

「感知、出来ませんでしたか?だとしたら残念ですねぇ。私の力は貴方のような美女に認識されていないという事になりますからね。」

感知自体はしていた。だが、スバキと比べれば極、僅かなものだ。

 シンギュラルタイプをはじめとした力を持つ人間は、力の強さには個人差がある。それはオールドタイプと呼ばれる人間にも個人差があるように、力を持つ人間にも、個人差がある。

 その力が強い者や、弱い者等、様々ではある。例えばスバキの力はサイコミュ兵器を操る事が出来る程の強さを持つ存在ではあるが、マサアキはそれに至らない。

「それにしても、力を持つ存在というのはどうして、こうも互いを惹き寄せるのでしょうかね。スバキやレイ君、そして貴方。いずれも力を持つ存在ばかりだ。」

マサアキが以前レイに言っていた台詞。力を持つ存在は互いに惹き合うというもの。それ自体に根拠はないのだが、今もこうして力を持つ人間が、三人、同じ環境に集まっている。

「貴方の目的は何なの?その子をどうしていきたいの?」

「スバキは希望ですよ。シンギュラルタイプのね。紛い物に負けない、純粋な力のね!」

と、言いながら銃口をエリィの後頭部に突き付ける。

「希望って言い方は良い印象を持たないわね。力を持つ人間を、まるで利用しているような感じ……。」

「利用って言い方は感心しませんね!」

と、言った後、マサアキはその銃のマサアキはその銃のマガジン部をエリィの後頭部に対し、思い切り振るった。この攻撃はエリィにとっての大きな刺激となり、そのまま膝から姿勢を崩し、腹臥位姿勢となる。

「うぅっ!」

エリィの声が部屋に響く。打撃を負った彼女は激痛を訴える。エリィは自身の頸部後部に、ズキズキとした痛みを感じ取っていた。

「痛っ……!」

この痛みを耐えられないと感じたエリィはそこを抑える。激痛は彼女を容赦なく、襲う。

「貴方のような綺麗な女性が苦しむ姿は見ていて心地良いねぇ……」

そう言った時、マサアキの口元が揺らぐ。そして、冷酷な男はエリィに対して追い討ちをかけた。

「うぅぅっ!!」

あろう事が、マサアキはエリィの後頭部を踏み始めた。知ったばかりの女性であろうとも、容赦のない行為を平気で行うこの男。

「おい……やめろ……こんなのっ……!」

側にいたスバキが、マサアキを止めた。しかし――

「何を言っているんだい?スバキ。この人間は入ってはいけない基地に侵入した愚か者だよ?制裁を加えるのは当然だろう?」

何故基地に侵入したのかを聞かず、ただ、己の欲のままにエリィに危害を加える男、マサアキ。スバキは精神状態が不安定な中でも、知人でないエリィを庇おうと、マサアキの行為を止めようとしていた。

「こんな事して、何になるんだ……!もう、やめて……お願い……!」

人が苦しむ姿を見ていられないと判断したスバキは、マサアキを止める。苦しみを感じている人間の感覚は、彼女にとって不快な感触以外の何者でもない。

 人をいたぶるのに快感を覚える人間は、僅かながら存在する。その時の思考は果たして常人に理解できるものなのだろうか。もしかすれば、それは人に言える内容でないかも知れない。その反対も然りである。いたぶられる事に愉悦を感じる人間も、いる。

 マサアキ・アルトはそれらを隠さない。それ故に、残虐さが著明になっているのである。

エリィは、この男の術中に嵌ってしまった。紳士的な振る舞いの裏に潜む、狂気の顔。相手が女性でも躊躇いなく虐げる残虐性。

 そして彼はエリィの両腕を手錠で止める。これにより、彼女は両手が使えない。

「事態が収束したら尋問を行おうか。貴方を牢屋に連行しよう。」

と、言った時だった――

 

ドンッ

 

何かを蹴るような、鈍い音が聞こえた。それと同時にマサアキは足元に妙な痛みを感じていた。

 エリィは、その長い脚を使い、マサアキの足元を蹴ったのである。突然の出来事に身体を後退させるマサアキ。

「へぇ、そう来るんだね。美人さんの攻撃ねぇ。」

笑みを絶やしていないマサアキだが、目は見開かれている。眼鏡越しでも分かるその表情。

 エリィは、それを見て僅かに恐怖を感じた。眼鏡から見える眼はエリィの表情を捉えている。

 

パァンッ

 

と、音が鳴った時。エリィは左肩に激痛を訴えていた。そして、血が流れる。

「ああぁッ!!」

その場に広がる火薬の香り。そして、マサアキが見せた狂気の表情。銃を構えていた男はエリィを笑いながら見ている。

「乱暴をするのなら、ハンデ背負って牢屋に入って貰うよ。美人さん。」

「クッ……!」

その間も血は止まらない。不意打ちとはいえ、銃で肩を撃たれたエリィ。痛みを感じつつも、姿勢を崩していない。

「マサアキ!」

そこへ、彼の友人であるクラリスが駆け付けた。エリィにとって最悪の状況が、続く。

「ああ、クラリス。すまない、丁度良い。彼女を牢屋に連れて行ってくれたまえ。私はカズロブ大佐の所へ行かなければならない。頼んだよ。スバキも一緒に……ね。」

突然クラリスにこの場を任せ、マサアキは去って行く。エリィは左肩を負傷し、血を流している状態だ。

「え?あ……ああ……。」

マサアキの行動に違和感を覚えながらも、彼の指示に従うクラリス。

 やがて彼を見送った後、クラリスはエリィの姿を見て、言った。

「お、おい……大丈夫かよ……」

マサアキの友人であるクラリスですら、その行動に驚愕している。左肩を負傷した女性に手錠をし、そのまま放置するという所業をするマサアキ。

「とりあえず牢屋には送るが……先にすべきことはあるな……」

と、クラリスは包帯を取り出した。そして、エリィの左肩に対して巻き始める。

「応急処置しか出来ねぇけどそれが終わったらそのまま牢屋に放り込ませてもらうわ。」

せめてもの情けだろう。血を流している人間を放置出来ないと判断した彼はしっかりと包帯を巻き、エリィを応急処置したのだ。彼女はクラリスをどうにかしたいと思う意思はあったのだが、激痛の余り、動くことが出来ない。手錠を掛けられている為、動かせるのは両足のみ。

「オラ、立て。」

そう言いながらクラリスはエリィを引き上げる。痛みを感じながらもその力を振るわせ、ゆっくりと歩く。激痛が抵抗する意志を失わせる状況。エリィはこの時、自身が情けないと、感じていた。

(ごめんね……レイ君……)

 

 

 やがてエリィは牢屋に入れられた。この時、スバキも一緒に入れられる。これはマサアキの命令だったのだ。

監視の人間もいないという状況。その中で、マサアキに出会ってしまった事が運の尽きだった。人を撃つ事に躊躇いのない男に攻撃を受け、エリィは痛みに苦しむばかりだ。手錠を掛けられているエリィは、左肩を抑える事も出来ない。

「お前……なんでこんな思いをしてまでここに……」

スバキからすれば、知らない女性が来たという状況だ。その女性が、侵入者として扱われ、マサアキに負傷させられた。

「貴方を助けたいって……言っている子が居てね……うっ……!」

傷が痛む。喋る事も、辛うじている状況だ。

「助けたい……?もしかして……」

一人の少年が、スバキの脳裏に浮かんだ。

 レイである。少女のような顔貌の少年。彼と過ごした一週間の事が、スバキの中で思い出された。

「お察しの通り……レイ君だよ……スバキ・シンドウさん……」

「あんた、じゃあレイの仲間なのかよ……」

「貴方を助ける為に来たの……けど、この有様……」

エリィは、自身が情けないと思っていた。スバキを助ける為にここまで来たのに、不意打ちを受け、肩に負傷をして、牢屋に入れられるという事態。これではかえって手間を増やしているようなものである……と、彼女は思っていたのだ。

「私なんかの為に……怪我までしてさ……何してるんだよ……こんなの、おかしいだろ……」

スバキ自身、精神が崩壊しつつある状態だ。マサアキによって母親を凌辱された光景を見せられ、支えを完全に失った。ただ、マサアキの言いなりとして存在し続けているだけの、少女。

「おかしくなんて……ない……」

「え……?」

痛みに耐えつつ、エリィは言う。

「女の子を助けたいって男の子が思うのは、普通の事……私はそれに協力しただけだから……」

「助けるとか……分かんねぇよ……あいつ……じゃあ……来てるのか……?」

「ええ……近くに……ね。」

一人の少女を助けたい。ただ、それだけの気持ち。その想いがこうして実りつつある。予想外の事が起きても、その想いは確実に、スバキに届いていたのだ。

「なんで、分かるんだよ。」

スバキが鉄格子の方を見て言った後、エリィが言った。

「力、持ってますからね。私も。」

スバキの方を見て、エリィは静かに、笑みを浮かべた。

 この時、スバキはエリィの見せた笑みと、紫色の眼を見ていた。目を瞬きさせ、その笑顔に感動を覚えていたのだ。

「お前……」

負傷しているエリィではあったが、彼女の表情は明るい。苦しい状況でも笑みを絶やさないエリィの姿は、スバキに、少しだが希望を与える結果になったのだった。

 

 

 

 レイはアインスの中で待機中だった。しかしエリィが一向に戻らないのを見て不安を感じたのか、徐々に落ち着きがなくなっていく。

「エリィさん、どうしたんだろう……捕まったのかな……」

一人、エリィの事を心配するレイ。しかし、その時だ――

 

ピピピピピピピピッ

 

レーダーに熱源反応があった。三つの機影である。

「ハッ!?」

それを見た時、レイはすぐに反応する。レバーを引き、バックパックのバーニアを展開させた。

 彼は三機のディーストに囲まれていた。いずれもがビームライフルを構え、アインスを囲んでいる。

「しまった!こんなのって……!」

これらに対し、アインスはビームライフルを構え、対応しようとした。

 だが、この時にレイはエリィが言っていた言葉を思い出す。

 

―――――――――――――あくまでも、“囮”に使うんです――――――――――――

 

アインスはあくまでも囮。その為にここに来た。ならば、それを利用するしかない。そう判断したレイは、音声を発したのである。

「あ、あの!ガンダムを持っています!交換条件があります!スバキを解放して下さい!!」

レイの甲高い声が響く。それを聞き、動揺するディーストのパイロット達。

「なんだ、ガンダムのパイロットは女か……?」

「スバキを解放?どういう事だ?」

「何が目的なんだこいつは!?」

交渉をしたことがないレイ。その為、その発言もちぐはぐだったのである。

(下手に攻撃は出来ない……エリィさんも心配だけれど、この状況ならこうするしか――)

 

ピキィィィ

 

敵に囲まれた状況で突如、レイの脳裏に電流が流れた。力を持つ感覚が、近くにいる感覚。二つ、ある。その距離は近い。

「覚えのある感覚だ……エリィさんと……スバキ!?」

それを感じた時、レイは迷わなかった。音声でディーストのパイロットに対して発言した事を無視し、その場から離れる。

 突然の事に、動揺するパイロット。しかし内一機はアインスに攻撃を加え始めたのだ。

「何故そこにガンダムがあるかは知らんが!」

ビームライフルが、アインスに放たれる。レイはそれを見抜き、回避した際にすぐにビームライフルで反撃し、一機を撃破した。そして、バーニアの出力を上げて基地の方へ向かう。

 今の彼は、ただ、スバキを助けたい一心で動いている。最早そこに、事前にエリィと打ち合わせした内容などないのだ。

 基地の側に来たアインス。ここまで来れば、更に力は強く感じるようになっている。そして――

「こんなの、壊せば!」

 

ガキィィィン

 

あろうことか、アインスは基地を、左手部マニピュレーターを駆使し、破壊し始めたのである。一刻も早くスバキを助けたいと願った結果の行動だった。

「あいつ!基地を攻撃しているぞ!」

「何が交換条件だ!それよりガンダムを返して貰うぞ!」

先程言った内容と全く違う事をしているレイ。しかし彼の脳内にその事を考える余裕はなかった。ただ、目の前にいるかも知れない助けたい人を助けるという気持ち。それだけがレイを突き動かしたのである。

 基地の一部が崩壊した場所で、アインスはまるで小人を覗くようにその顔貌を内部に近付ける。モニター越しに確認出来た、エリィとスバキの姿。彼女達が牢屋に閉じ込められているのが、見えた。

「見つけた……!」

レイはそのままモニターをズームし、二人の姿を見る。そこで確認できる両者の姿。間違いなく、知っている二人だ。だが様子がおかしい。

「エリィさん、動けないの……?それに、怪我をしてる……」

手錠をされているエリィの姿が映った。アインス越しでそれを見るレイ。

「ガンダム!!!」

と、そこへ二機のディーストが、ビームサーベルを展開し、接近してきた。モノアイを輝かせ、バーニアの出力を上げ、アインスに迫る。

「させるもんか!」

レイは咄嗟に反応。すぐにサーベルラックを構え、ビーム刃を展開して打ち合う。

「二機相手ではな!」

そこへもう一機のディーストが接近してきた。それも、ビームサーベルを構えている。

すると、アインスは右手部に把持しているビームライフルを後腰部に収納し、右手部でサーベルラックを把持し、ビーム刃を展開。二刀流の状態になったアインスは、迫り来る、もう一機のディーストに対しても打ち合いを行った。

 二対一の状況だが、レイは器用に反応する。紺色の巨人は白緑の巨人を相手に奮闘する。

「邪魔、しないで!!」

右手マニピュレーターで拮抗しているディーストに対し、頭部機関砲を放つアインス。牽制攻撃だ。そして、次に右脚部でディーストの胴体を蹴り飛ばす。その反動で後方へ後ずさりする、ディースト。

「くぅっ!?」

兵士は戸惑いつつも、バーニアを駆使して立位姿勢を保持しようとした――

 

ズバァァァ

 

ビームサーベルが、胴体を切り裂いた。それも、二本。アインスは左手部のビームサーベルで拮抗していたディーストとの攻撃を止め、すぐに右手部にいたディーストを攻撃したのである。残りは一機だ。

「貴様ぁ!」

兵士は怒り、左手部マニピュレーターにビームライフルを装備し、構え、アインスに放つ。

 しかしアインスは頭部を右へ側屈させて回避。と同時にビーム刃を展開するのを止め、サーベルラックを把持した状態でビーム砲を展開したのである。これが最後のディーストに直撃し、ディーストの胴体は破壊された。

 ビームサーベルラックをビーム砲に利用するという戦法を取ったレイ。彼が思いつく攻撃方法は、より多彩なものになりつつあるのだった。

 

 周囲に敵がいなくなったのを確認したレイは、アインスを再び破壊した部分に近づけ、やがてコクピットを開く。そこから急いで降り、彼は二人の元へ近づいた。

「エリィさん、スバキ!」

駆け付けるレイ。そこで彼はエリィが怪我をしているのを改めて確認出来た。

「レイ君……こんな、無茶して……」

「エリィさんこそ……肩、怪我してます……それより、手錠を!」

と言って外そうとするレイだが、手で外せる筈がない。

「レイ君、銃で手錠を撃ち抜ける?」

「え、でも僕……」

彼は銃を持った事はあれど、それを扱ったことは無かった。発砲する事は、レイにとって躊躇いしかない。

 だが、時間がない。彼は基地の一部を破壊している。従って、他の関係者がここに来るのも時間の問題と言えた。

「早く……!」

エリィが懇願する。レイは唾を飲み、ポケットに忍ばせていた銃を構え、彼女の手錠に対して構える。

(これが、銃なんだ……これで、人を撃てば、怪我をする……下手をすれば死ぬかも知れない……)

平凡な生活を送って来た彼にとって、銃は無縁の存在だった。しかし、彼は生まれて初めて銃を扱う。その標的は、エリィが掛けられている手錠だ。

 

パァンッ

 

銃声が響いた――と同時に手錠を繋いでいた鎖が割れた。これにより、エリィの腕は自由になる。

「さて、これで自由になったわ。行きましょう、急いで!」

と、エリィは左肩を抑えながらもアインスへ戻っていく。

「スバキも、早く!」

今度はレイがスバキに声を掛けた。しかし――

「お前……なんでわざわざ戻ってきたんだよ……私なんか放って行けば良いだろうに!」

彼女は自分のせいでレイに迷惑を掛けたと、思い込んでいる。レイには幸い仲間に救出されたのだが、それでもスバキは彼に対する罪悪感が勝っていたのだ。

「ううん、放って置けない。スバキは助けたいと思っていた。」

「私なんて助けたって何の価値もない!お前らを巻き込みたくなんてないんだよ!迷惑だって掛けたくないんだ!」

「迷惑なんかじゃない!」

レイは必死だった。だからこそ、彼はスバキに強い言葉を言えるのだ。

「迷惑掛けてるんだよ!お前等は赤の他人なのに!なんでここまでするんだよ!こんな事する理由ないだろうに!」

スバキが大きく首を横に振った時――

「僕は超能力者かも知れないから。」

レイは笑顔で言った。

この時の彼の笑顔がスバキにとって非常に印象に残った。わざわざ自分を助ける為に危険を顧みずに行動してくれている。彼の勇敢な行動と、包み込んでくれそうな彼の笑顔が強烈なイメージとしてスバキの脳に焼き付いた。

超能力者と言う言葉。それは、互いに力を持っている人間だからこそ発することが出来る単語であっただろう。彼があえてその表現を使ったのは、その冴えた感覚が突然生じる事が超能力のように感じた事が由来と言えた。

「フフ……アハハ……お前、面白い事言うんだな……超能力者って……」

「これは別に……ただ、そうかも知れないってだけの話で……」

「まあ、それはそれでいいや。あのさ……その……」

スバキは顔を赤め、言った。

「ありがとう……私なんかの為に……」

彼女は初めて素直になった。レイが自らの意志で助けに来てくれたという事実は、スバキにとっては何よりの喜びと言えた。これは、先日までの絶望的状況を大きく覆す事に繋がっていく。

 マサアキ・アルトに虐待ともいえる行為を受け続けたスバキ。そして、心の支えであった母親さえも彼の魔の手に堕ち、彼女は支えを無くしたばかりだった。

 しかし希望が出来た。レイという希望だ。彼が危険を顧みず、絶望から救い出してくれた。この少女のような愛らしい顔貌の少年がまさか自分を助ける等、思いもしなかっただろう。

「こんな所にいるのはスバキらしくないって思ったから……エリィさんには迷惑を掛けちゃいましたけれど。」

そう言って、レイはエリィの顔を見る。

「私は全然気にしてないからね。さて、レイ君。スバキさんをコクピットに乗せてあげて!私は手に持って!」

「そんなの、危険すぎますよ!」

「良いから早く!」

エリィの提案は、スバキとレイはコクピットに乗り込み、エリィはアインスの手部マニピュレーター部に捕まり、ここから脱出するというものだった。しかし怪我をしている状態のエリィを丸出しの状態にするのは、気が引ける話である。

 しかし今は状況が状況だ。敵がいつ来てもおかしくない。背に腹は代えられないと判断したレイは、スバキを先にアインスのコクピットに乗り込ませ、次にレイがコクピットに乗る。そしてエリィを左手部マニピュレーターに乗せ、やがてアインスのバーニアの出力を上げ、この場から脱出する事にしたのだった。

 

 コクピット内にて。スバキはレイが操縦しているのを見ている。彼がMS乗りである事は知っていたが、まさかガンダムのパイロットであることは知らなかった様子だった。

「お前……ガンダムに乗ってるのか……」

スバキは言った。

「うん……成り行きだけれどね。」

「凄いんだな、レイって。」

と、彼女が言った時だった。

 

スッ

 

「これ……僕のEフォン?」

スバキはレイのEフォンを、彼のポケットにそっと入れたのだった。

「ずっと持ってた。あいつに渡す訳には行かないから。」

「そっか。ありがとうね……」

これにより、Eフォンも取り返すことが出来たレイ。後はこの基地から脱出し、セイントバードと合流するだけ。それでスバキを救出する事が出来る――

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

後方から、ビーム粒子の飛翔体が飛んできた。それも三発程。新生連邦軍の増援が、後方から迫ってきたのだ。

 急いで後方のモニターを確認するレイ。そこに映っていたのは、六機の、SFS、エンパワーに搭乗しているディーストと、特別な武装を施したジョゼフ、そして、見慣れないMAが一機。合計八機の機体が、アインスに迫っていたのである。

「あの機体は……?」

「マサアキの機体だ……!」

スバキがそれを見て、言った。

見慣れないMA。それは全身がベージュカラーで包まれている。モノアイ型のカメラアイを搭載している、その機体。

 機体名、ガンナード。型式番号NFMST-X605。新生連邦軍が開発した試作可変MSである。両手部にビームガンを一丁ずつ所持しているのが特徴。また、脚部はMA形態時には推進剤としての役割を果たす為、バーニアが多数搭載されている。その為肥大化しており、機動性も高いMSだ。

 このガンナードにはマサアキが搭乗している。基地を攻撃したアインスを、追いかけんとする為に。

 

「各機は散開。クラリス、私とガンダムを追ってくれ。」

と、指示を出すマサアキ。

「階級が上とはいえ指図されるのはどうも、感じが悪いぜ。敵はあのレイだからな!好きにさせて貰うぜ!!」

だがクラリスはマサアキの指示を無視し、単機、アインスに向かって行く。

「頭の悪い友人を持つと大変だね、全く。」

と、マサアキは心境を吐露した。

「さぁて、スバキを返して貰うよ。彼の力は私が思っている以上と見た。なら、試してみよう。」

そう言ってマサアキはレバーを引き、ガンナードのバーニアの推進剤が発火。高速で、アインスに接近して行く。

 

「レイ!今日こそ倒してやるよ!!」

クラリスのジョゼフがモノアイを輝かせ、迫る。アインスは手部マニピュレーターにエリィを乗せている状況の為、攻撃を仕掛ける事も出来ない。

「クラリスさん!?前に倒した筈なのに!?」

聞き覚えのある声が聞こえた。レイが苦手とする人間、クラリス・デイルが襲ってきたのである。

「知り合いか?」

スバキは隣で、心配そうに聞いた。

「嫌な人だよ!」

と、はっきりとレイは答える。

「こんな状況で襲ってくるなんて……今は戦えない、エリィさんとスバキをセイントバードに送らないと!」

今は彼女達の身の安全が優先である。クラリスが襲ってきても、アインスはそれを相手にする事は出来ない。

 だがクラリスの駆るジョゼフは容赦をしない。ビームライフルを放ち、後方から砲撃を加えてくるのだ。それだけでない。そのジョゼフは従来機にない、兵装が施されているのだ。

「食らえよ!レイ!」

両肩部に搭載されている二連ビーム砲が放たれる。高出力の、そのビームは容赦なくアインスに向けられる。それを察知したレイは急いで回避運動を試みるが、下手な運動を行うとエリィが振り落とされる危険が生じる。

 セイントバードまではあと5分程度。その間、クラリスからの攻撃を回避し続けなければならない。

「こんな……こんなのって!」

バーニアの出力を上げる。迫るクラリスから逃げる、レイ。

「逃げてばっかりでよ!」

と、更にビーム砲を放つ。それだけでない。バックパックに搭載されているミサイルをも、躊躇なく放つのだ。その数は20基。いずれもが波状攻撃を仕掛けてくる。後方の熱源を確認しながら、レイはただ、逃げるだけ。

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

更に、別の機体がアインスに迫った。マサアキの駆る、ガンナードが接近してきたのだ。

「スバキは渡さないよ!ガンダム!」

二機のMSがアインスに迫る。いずれもが試作機だ。その性能は量産機体よりも高い。ガンナードはビームガンを両手部に一丁ずつ把持しており、その出力はジョゼフが所持しているビームライフルよりも高い。

「二機が来る!?バーニアの出力を強めないと!」

「あいつの事も考えろよな!」

「分かってる!」

“あいつ”とはエリィの事だ。マニピュレーターに彼女を乗せている状態で戦う事は不可能だ。敵が増えても迎撃は出来ない為、逃げるしか出来ないアインス。

 しかし、ガンナードは先回りをした。やがてMA形態からMS形態へ変形をする。

頭部が出現し、先端部は胸部に変化を遂げる。そして、推進剤と化していたバーニアは脚部へ変形。この時、完全な人型とは言えない形状をしていたが、ガンナードはMS形態に変貌を遂げたのである。

「それは新生連邦のMSの筈。それにはさっき私が肩を撃った捕虜も乗っているみたいだね。」

ガンナードのモノアイが、輝く。そして、ビームガンを構える。

「あと少しなのに!」

セイントバードまではもう少しだ。だがここに来て、マサアキのガンナードが行く手を阻もうとしていたのである。

「エリィさん、聞こえますか!?」

バーニアで空中を駆け抜ける中、強風が吹く状況。その中でアインスから聞こえる音声を、エリィは辛うじて聞いていた。しかし強風の余り、エリィは飛ばされそうになっている。

「レイ君、何!?」

「右手に乗り移れますか!?」

そう言って、アインスは左手部と右手部を結合させた。両平手が結合し、橋渡しが出来る状況になったのである。

「なんとか!」

と言って、エリィは風が吹く中で右手部マニピュレーターの上に移ったのである。

 たちまちアインスは左前腕部で右手部を守る形をとる。アインスの左前腕にはシールドが装備されており、これでビームガンを撃たれても、数発なら守ることが出来ると判断したのである。

「へぇ、そう来るんだ」

マサアキは防御姿勢を貫くアインスを見て、関心をしている様子だった。

「甘いよね!レイ君!」

すると、ガンナードはビームガンをバックパックに収納した――と同時に、腰部からビームサーベルを展開し始めたのである。

 見慣れない機体はどのような兵器を持っているのか不明だ。それ故に、初めて交戦する場合はより、慎重に臨まなければならない。だが今はそれを見極めている状況ではない。エリィとスバキをセイントバードに届けなければならない状況にも関わらず、マサアキ・アルトは容赦のない攻撃を仕掛けてくるのである。まさか、可変MSであるガンナードがビームサーベルを搭載している機体など、予想出来る筈がないのだ。

「そんな・・・!」

レイは絶望した。このままではシールドを切り裂かれ、ダメージを負う。いや、下手をすればエリィにも被害が及びかねない。危険な状況が、彼に訪れる――

 

バヂィィィッ

 

と、そこへシールドを構えた別のMSが。

 二本のアンテナにツインアイ、口部にあたる突起は特有の形状を見せる。ガンダムタイプだ。それは、ダッゲインMk-Ⅱが都市部で猛威を振るっていた時にレイを奥多摩基地へ誘導した機体であった――

「あの機体、アレンさん!?」

それはティフォンガンダムだ。アインスが襲われているのを見ていたアレンが、それを出撃させたのだ。彼はネルソンに誘導されてセイントバードに合流していた。その際にアインスを見て、すぐに出撃を行い、今、アインスを守ったという訳である。

「レイ、行け!早く!」

「は……はい!」

不幸中の幸いだった。間一髪、アレンが助けてくれた。もし彼が居なければ、シールドは切り裂かれ、エリィを失っていたかも知れないのだ。

 

 

やがてアインスはセイントバードに戻って来た。まず、彼はエリィを下ろし、次にコクピットからスバキを下ろす。その際、エリィは急いで医務室へ運ばれた。左肩を負傷しているエリィを、治療しなければならないからだ。

「艦長、大丈夫か!?」

ネルソンは、ストレッチャーに乗せられているエリィに駆け寄った。意識はある。痛みを訴えてはいるが、意思疎通は可能だ。

「大尉……私は大丈夫ですよ……?怪我、しちゃっただけですから……」

と言うエリィだったが、痛みがないと言えば嘘になる。片目を瞑り、左肩を抑える彼女。

この後ネルソンは、急いで彼女を艦内の手術室に連れて行き、すぐに手術を開始したのであった。

 

エリィとスバキを届けた事で、一段落はついた。

「ふぅ、これで、安心かな……。」

額の汗を拭うレイ。ここに来れば安心と言うのは、この場所がシュアー・ラヴィーノの管轄のジャンク屋であるという事から来ている。日本政府とコネクションを持つシュアー。いくら新生連邦軍とはいえ、ここを襲撃する事は本来、許されない。しかし――

「おいおい!なんで新生連邦のMSがここにいるんだよ!?」

一人の整備士の声が聞こえた。それに気付き、レイはMSの方向を見る。

 そこにはクラリスが駆るジョゼフの姿があった。それは、アインスガンダムを睨みつけるように、モノアイを輝かせている。

 クラリスはここが立ち入り禁止区域という事を理解していなかった。ただ、レイを倒すという執念で、この場所に入ってしまったのである。当然ながら驚愕するシュアー。

「なんやねん、なんで新生連邦のMSがここに入ってくるねん!おかしいやろがい!」

聞こえている筈のない罵声を浴びせるシュアー。だが、当然これは危険である。傍にいたシンが彼を屋内に避難させる為に腕を引っ張り、対応した。

「あの時の戦艦!こんな所にいやがったか!食らえよ!」

そう言って、ジョゼフはビームライフルをセイントバードに放つ。何も考えていない、ただの私怨に燃えるクラリスは容赦のない攻撃を仕掛けるのだった。

 動けない艦は当然ダメージを受ける。新生連邦は容赦のない攻撃を、仕掛けてきている。その事実に、ただ、シュアーは驚愕するばかり。

「こんなアホな……新生連邦が攻撃を仕掛ける……?こんな事……」

完全な、条約違反だ。しかしそれを構うことなく、クラリスのジョゼフは攻撃を仕掛けてくる。

「やめて下さい!!」

セイントバードへの攻撃を加えるクラリスに対し、叫ぶレイ。それに気づいたクラリスはモニター越しにアインスを見て、笑みを浮かべる。

「レイ!一対一の勝負だ!今度こそ引導を渡してやるってんだよ!」

そう言った時、クラリスのジョゼフはビームライフルを腰部に収納した。と、同時に左腰部に備え付けられている、刀状の武器を展開する。

 それは、日本の“サムライ”を意識した兵器だ。菊一文字ブレード。それにはビーム粒子が纏っており、実体剣としての役割もあり、ビーム砲撃も可能な兵器である。

 日本へ密かな憧れを持っていたクラリスは、この武器を使う事に対して高揚していたのだ。

「サムライみたいな武器!?」

見知らぬ兵器に驚愕するレイだが、躊躇ってはいられない。彼は再びアインスを動かす。今度は、戦うことが出来る状況だ。

 アインスはビームサーベルを構え、ビーム刃を展開した。対面上にいるのはクラリスの駆る、ジョゼフ。まるでそれは、剣士同士が居合をする前触れのようだった。

 やがて互いの機体のバーニアが出力を上げる。互いに接近し、ジョゼフは刀を、アインスはビームサーベルを構え、打ち合う。ジョゼフの刀状の武器は実体ではあるが、ビーム粒子を纏っている為、ビームサーベルのような粒子の塊のような刃でも拮抗し合う事が可能なのである。

「お前を倒して、ガンダムは返してもらうぜ!その為に、俺は!」

「僕の前に現れないで!本当に、嫌なんだ!」

レイはクラリスを拒否する。最初に出会った時の印象が最悪だった男、クラリス・デイル。しかしクラリスの方はレイに執着する。交戦する度に、その強さに負け続けているからだ。何よりも、自身が搭乗する予定だった機体を奪われ、何度も交戦しているにもかかわらず、勝てていない。それがクラリスにとって屈辱なのだ。

「昔のサムライだったら剣のぶつかり合いだったんだろうけどなぁ!」

そう言った直後だった。ジョゼフの刀の先端からビーム砲を放ち始めたのである。突然の攻撃。それに反応したレイはすぐに後方へ移動する。

「そんな!そんな攻撃なんて!」

「俺はお前と剣の試合をしに来たんじゃない!お前を倒してアインスガンダムを返してもらいに来たんだよ!手段なんて選べるか!くたばれ!レイ!」

更に、攻撃を行う。両肩部のビーム砲を連射し、アインスに迫る。もし攻撃を受ければ、ダメージは免れない。

 今度はアインスが、ビームサーベルの出力を一度弱め、ラック先端部からビーム砲を放つ。剣状の武器から、飛び道具の戦いに変更になったのだ。

「ライフルを使えば早いだろうに!」

クラリスのジョゼフは腰部に装備していたビームライフルを構え、左手部マニピュレーターはフォアグリップを握り、ビームライフルを連射する。アインスはそれをシールドで防ぎ、そのまま、ビームライフルを構えて発射する。しかし、その攻撃は回避され、ジョゼフは一度、上空へ移動した。

「終わりだな!レイ!」

そう言いながら、ジョゼフは一斉にビーム砲を展開しようしていた。ビームライフルに、両肩の二連装ビーム砲。そして、刀からのビーム。一斉にこれらが放たれればアインスのシールドでは防ぎ切れない――

 

カチッ

 

クラリスの右母指が、スイッチを押した。これにより、ビームが展開される――

 

「何!?発動しないだと――!?」

焦りを感じたクラリス。一斉にビームを展開出来れば勝機はあった。

 しかし、それは叶わなかったのだ。原因は、ビームの放出のし過ぎが原因だった。これにより、肝心な時にビームを放つことが出来なかったのである。

 マサアキがこの機体を“玩具”と言ったのには理由があった。それは、ジョゼフという量産機体に対して火力を重点的に上げ過ぎた結果、ビーム粒子の貯蓄が追い付かないという欠点を抱えた機体となってしまった。それを知らないでクラリスはレイに対して執着する余り、粒子残量を確認しないで攻撃をし続けた結果が今なのである。

「なっ――」

そして、目の前にアインスが迫った。ビームサーベルを構え、右肩部に装備されているビーム砲を切り裂いた。

 攻撃が出来ない。その状態で戦場にいる意味などあるだろうか。動力源がハイ・バッテリーのMSは、機体として動く事は半永久的に可能であるとされるのだが、武装の為のビーム粒子が残量を無くしては戦う理由があるのだろうか。残された武装である実弾兵器でガンダムと戦う事は出来るだろうか。分からない。

 ふと、クラリスはジョゼフの刀を見る。ビーム粒子はすでに纏っていない。実体剣のみが、そこにあったのだ。

「やれるんだよぉ!」

粒子を纏わない剣は、ただの塊だ。しかし、それでもクラリスはアインスに向かった。推進剤は生きている。だからこそ、接近が出来た――

 

ズバァァァァァァッ

 

しかし、粒子を纏わない刀ではビーム刃に勝つ事は、残念ながら出来なかったのである。

 菊一文字ブレードは切り裂かれ、そのまま地面に落ち、クラリスは撤退を余儀なくされた。

「クソォォォォォ!こんな、屈辱が!!!」

負け惜しみのように頭部機関砲を連射し、後退していくジョゼフ。そして、その場から去って行くのだった。

「はぁ……はぁ……あとは、あの人を!」

一人の敵を撃退した。しかし、まだ敵は残っていた。マサアキである。今、マサアキはアレンと交戦している最中だ。そこに加勢に向かう為、レイはアインスのバーニアの出力を上げようとした。

「おい、聞こえるかレイ!」

一人の男の声が、聞こえた。セイントバードの整備長を務める、シンの声だ。

「空戦仕様じゃないアインスじゃバーニアの推進剤が持たない!ゾーリドを貸すから、それに乗って移動しろ!」

「え……は、はい!」

突然の事で、一度混乱したレイだったが、SFSであるゾーリドがあれば、移動は楽になる。元々はスバキを救出するという事だけが目的だった為、SFSを頼らず、アインスのバーニアのみで移動を考えていたレイだったが、新生連邦がここまで攻撃を仕掛けてくるのを見て、シンの提案に乗る事にしたのだ。実際、モニターに映る推進剤の残量は、低い数値を示していたのだった。

 

 

 一方のアレンは新生連邦軍の攻撃を食い止めてくれていた。エンパワーに搭乗しているディーストはミサイルを展開するが、それらはティフォンに搭載されているビーム砲によっていずれも撃破される。

 一機のディーストがビームサーベルを構えて迫る。しかし、ティフォンはビームライフルを構え、胴体部を撃ち抜いた。まずは一機、撃墜に成功したのである。

「こんなガンダムがいるなんてね!!」

そう言うのはマサアキだ。ビームサーベルを展開して、アレンのティフォンに迫る。それを見たアレンはティフォンのビームセイバーを展開して、打ち合いを行った。

「どこの所属かは知らないけれど、連邦に歯向かうのならば容赦しない!」

「悪いけど、こっちだってやられる訳には行かないんだ!」

出力はビームセイバーの方が上だ。その為、次第にガンナードは押されていく。

だがガンナードは頭部機関砲を放つ。狙いはティフォンのカメラアイだ。それを見抜いたアレンは、一度距離を置く。距離が離れた時、ビームガンを再び構えて攻撃を仕掛ける。

「このガンダムから感じる強い力は一体何だろうか……パイロットはシンギュラルタイプ?にしては、圧倒的に強い力を持つ……」

マサアキは、戦っている相手がかつてのデウス動乱の英雄と知らず、戦っている。アレンはアドバンスドタイプと呼ばれる人種。だが、それは全く認識されていない存在。ただ、強い力を持つという事しか、マサアキには認識できないのである。

 

「アレンさん!!」

クラリスを撃退したレイは今、アレンと合流した。ゾーリドカスタムの推進力を経て、アインスは空中を移動している。

「どうして戻って来たんだレイ!」

「セイントバードが攻撃されました!このまま放置したら、またやられちゃいます!僕だって、守る為に戦うんです!」

レイは必死だった。クラリスによってセイントバードを攻撃された光景を見て、あってはならないものと認識したのだ。

「とにかく、敵の数を減らそう。あと六機いる。ディーストを破壊して、こいつを叩ければどうにかなるか……」

「はい!」

今、ここに再びアレンとレイが共闘する事になった。特殊強化モデルが搭乗するFLCシステム搭載型のガンダムタイプや、総司令の乗るガンダムナパームと交戦した時以来の戦闘である。

 

 彼等が交戦している場所。それは荒川と呼ばれる川の周辺である。住宅地での戦闘は避けたい。犠牲者を出すわけには行かないからだ。住民はその戦闘を見て、皆戸惑っている。逃げる者もいれば、それを見学する者もいた。

(住宅地でビームライフルなんて使えない!もっと山奥に移動して、敵をおびき寄せよう!)

本来、余程の事がない限り住宅地にMSが降り立つことは有り得ない。その中で戦闘を行う事等、言語道断だ。しかし今の状況は違う。敵が迫っている。目的はアインスガンダムの奪還だろう。ならば、アインスを市街地から離し、山奥に移動すれば良い――と、レイは考えた。

 彼に追従するように、ディーストが追いかけてくる。エンパワーに乗りながら、ビームライフルを放ち、狙い撃つ。

「行ける!」

アインスは右側に胴体を回旋させ、ビームライフルを放った。一発当たった時、ディーストは一撃で沈んだ。これで残りは四機だ。

 しかし、そこへマサアキのガンナードが迫ってきた。ベージュカラーの可変機は、他の機体と比較しても明らかに動きが違う。

「戻って来たね、レイ君!苦汁を舐めさせてくれたお礼はしなければねぇ!!!」

「マサアキさんが乗ってるんですよね!貴方を放っておいたらスバキがまた不幸になる!だから、止めます!!」

忌むべき敵、マサアキ・アルト。MS戦では初の対面となる両者が、今戦う。

「レイ、そいつは任せる!俺はディーストを破壊する!」

そう言って、ティフォンはMAに変形し、エンパワーに乗っているディーストに攻撃を仕掛け始めた。

 その内に戦場は荒川の上流に移動した。草木が生い茂る環境。住宅地ではないそこで、彼等は戦うのである。

「君がガンダムのパイロットとクラリスから聞いて、益々興味が湧いた!私の力の一つにしたい!スバキ共々ね!」

「僕達は貴方のコレクションじゃないんだ!」

アインスはビームライフルを構え、ガンナードに狙い撃つ。これに対し、ガンナードもビームガンを向け、放ち、ビーム粒子同士が相打ちした。

「仮に君を倒して、ガンダムを奪還出来ればそれも手柄になる!君の存在は得しかない!その為ならば新生連邦は手段なんて選ばない!」

新生連邦の情報部は不祥事を全て消すことが出来る。それ故の、マサアキの強気な発言だ。

 ガンナードはMS形態に変形する。そして、ビームサーベルを展開し、アインスに迫る。

「君を奪い、ガンダムを奪還し、スバキも奪還する!君はそのまま新生連邦の兵士として活躍をすれば良い!そして、私の下で暮らすんだ!純粋な力を持つ存在が集まれば、それは強力な力になる!」

「そんなのに興味、ありません!」

ビーム刃を回避するアインス。ビームライフルを狙い撃つが、ガンナードの機動性が高く、狙いが定まらない。

「スバキを酷い目に遭わせて、自分の為だけに動く人なんて!許される訳がないんだ!!」

レイは怒っていた。スバキに対する支配、暴力を日常的に行い続けていたこの男を、許せないでいたのである。

「だが私は彼女に経済的支援も行ってきた!一方的な支配という認識は、改める事だね!!」

マサアキは自身が行った事に対する正論を述べ始めた。

 一時の恩に対し、時にその恩への感謝を強制する事をする人間がいる。その感謝が強力なものになれば、それは人を縛り、苦しめるものに成り兼ねない。それは人を人らしくなくす、典型例だ。恩に対しての感謝は必要であるが、それは決して強制されるものではない。

 マサアキはスバキに対する経済支援をしているかも知れないが、彼女を抑圧し、支配している。それは彼自身の傲慢に他ならない。

「それに君だってスバキがいなければ死んでいた!そのスバキはどこに所属していた?新生連邦だ!つまり君は新生連邦に助けられた!なのに、こうやって歯向かう!君こそ、恩を仇で返しているその行為に矛盾は感じないのかい!?」

悪びれる様子もなく、マサアキは言い続ける。が、この言葉自体、間違ってはいない。

 確かにレイはエレア・シェイルにより、生死を彷徨った。スバキがいなければ、彼はどうなっていたかも分からない。スバキがレイを連れて来れたのは、彼女が新生連邦の基地に居たからこそ、成り立っているのだ。

「そんなの……それでも……!」

戸惑うレイ。何を、発言すれば良いか分からない。しかしマサアキが敵である事には変わりない。

「だから、君はそのガンダムと共に新生連邦に来るべきなんだよ!私だって、君を倒したくはない!“出来れば”の話だけれどもねっ!」

困惑するレイに、容赦のない攻撃を加えるマサアキ。ビームガンがゾーリドに直撃し、それは爆発した。足場を失ったアインス。更に、悪い事に推進剤も無くなっていたのだ。こうなれば、一度山に下りるしか出来ない。そして、ガンナードはそれに追従するように迫ってくる。

「レイ!」

そこへ、ティフォンがビームライフルを構え、ガンナードの前に現れる。残りのディーストは、全てアレンが倒した為、合流したのである。

「そいつの言葉に惑わされるな!そいつは人を見ていない!」

一連のやり取りを感じ取っていたアレンは、レイに対して言った。

「強力な力を持つパイロット!事情を知らないで何を語るんだい!?」

「レイ、お前は助けられたかも知れないけど、それに負い目を感じるな!自らの価値観を押し付ける人間はどのような人間であれ、悪そのものだ!」

アレンの言葉が響く。そして、レイはこの時スバキが言った言葉を思い出していた。

 

――――――――――――ありがとう……私なんかの為に――――――――――――――

 

マサアキ・アルトにどのような思惑があれど、スバキはレイが助けに来たことに対し、感謝の意を示したのは紛れもない事実だ。マサアキによって支配され、暴力を受け続けた彼女。だが経済支援という甘い蜜が彼女を縛り付けた。そこに感謝を強要するマサアキ。それは価値観の押し付け以外何者でもない。

 人の価値観は多種多様だ。物事に対し、様々な思考を抱くのは人間特有と言える。だが相容れない存在やそれを正義と言わんばかりに押し付ける事は人に対しても、果ては社会にも悪影響を与える可能性がある。

アレンの言うように、今のマサアキは、自らが行った感謝の価値観をスバキやレイに押し付ける悪そのものと言えた。

 この男の意図を知った時、レイは青い眼を開く。

「マサアキさんッ!!!」

次の瞬間、アインスはマニピュレーターを駆使し、ガンナードの背部に乗っていた。それに対し、振り下ろそうとするガンナード。MA形態になり、そのまま上空へ向かう。

 

 空中を移動できない、素のアインス。この状態でもし振り落とされれば、重力により、地面に叩きつけられてしまう。

「何が目的だい!?そのガンダムは飛べない筈だろうに!」

と、言うマサアキ。ガンナードはMA形態のまま、マニピュレーターを駆使し、アインスの両脚部を固定し始めた。

 そして、ガンナードは上方へ宙返りを行い始めた。この時、機体内には凄まじいGが掛かっている状態である。

「そのまま落としてやるよ、レイ君!!!」

しかし、それでも耐えるマサアキ。やがてアインスの脚部を捉えていたマニピュレーターを離し始めた。推進剤が切れていたアインスは、そのまま垂直落下せざるを得ない。

 推進力を失っている状況では、その姿勢を変える事は難しい。従って、今アインスのコクピット内は180°逆さになっている状態なのである。いくら操縦桿を引こうとも、アインスはバーニアの展開が出来ない。このままでは陸地に叩き落されてしまう――

 

ピキィィィ

 

レイの脳裏に、電流が流れた、その時――

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

アインスは、ガンナードに向けてビームライフルを放ったのである。一筋のビーム粒子はコクピットに直撃したのだった――

ビームがコクピットに直撃した事によって、マサアキの身体は、ビーム粒子の光に包まれていた。

 

「馬鹿な……やはり君の力は……!」

 

それが、マサアキ・アルトの最期の言葉だった。その直後、ガンナードは上空で爆発を起こし、その破片は山に散らばっていくのだった。

 

「レイ!」

落ちて行くアインスを見つけたアレンは、急いでMA形態のティフォンにアインスを乗せる。その衝撃で、機体は激しく揺れるものの、アインスはその形状を保つ事が出来ていたのだった。

 

ガンナードの撃墜に成功したレイ。アインスはティフォンの上に乗っている状態である。コクピットの中で、レイは様々な感情を抱いていた。

 彼はスバキによって助けられた。そのスバキはマサアキ・アルトによって支配されていたが、同時に経済支援を行っていた。となれば、彼女はどうなるのだろう。今後、学校はどうしていくのか。それは、分からない。

 しかしレイはスバキが見せた笑顔を信じた。助けに行った時、彼に見せた優しい表情を、ただ、信じ続けた。その結果が、この結末なのである。

 恩を強要する男、新生連邦奥多摩基地司令官、マサアキ・アルト。階級は少佐。彼との時間は一週間程度だが、レイの中に大きな印象を残す人間だったのである。スバキにとって忌むべき存在であったマサアキ。それはレイにとっても同様であった。

「帰るぞ、セイントバードへ。」

「はい……」

アレンの指示に従うレイ。だがこの時レイは浮かない表情を浮かべていた。いくら憎い相手とはいえ、自分やスバキに支援を行った人間を殺めてしまった事に対する、複雑な心境。それはレイにしか、分からないのだった。

 

 

 

一連の騒動が片を付き、セイントバードへ帰還したアレンとレイ。昼間の戦闘から時間が経過し、辺りは既に夕方になっていた。

レイは先に、エリィのいる医務室に向かっていた。左肩を撃たれた事が、心配だったレイは、無我夢中で走っていたのだ。

やがてレイはエリィのいる医務室へ辿り着く。部屋に入って見えたのは、ベッド上で安静にしているエリィの姿だった。そこには、アレンの姿もあった。

手術は手早く終え、そこから彼女は安静にしている。幸い、致命傷とは言えない怪我であった為、セイントバード内の医療装置でも十分対応であったのだ。ネルソンの判断で、今日一日は安静にするようにと、エリィは言われていた。

「エリィさん、大丈夫ですか!?」

急いでエリィの元へ駆け寄るレイ。彼等に対し、エリィは笑顔を浮かべた。ベッドで横になっているエリィを見て、レイは心配そうに言った。

「傷……痛みませんか?肩撃たれて……」

「確かに痛いけど、安静にすればましになるかも。アレン君も、ありがとう。まさか日本に来ているとは思わなかったな。」

キプロス島で一度離れたアレン。彼はジャンヌ・アステルの付き人として日本に来ていたのだ。そして、偶然にもここでセイントバードチームの面々に再開する事になるのだった。

「事情は詳しくは分かりませんけど、命に別状はないのは本当、良かったです。」

アレンの表情に、笑みが戻る。

「フフ……あ、そうそう。レイ君は先に会ってあげる必要のある人がいる筈でしょ?」

レイは目を、数回瞬きさせた。

「全く……レイ君、優先順位がおかしいよ。真っ先に私のいる医務室に向かおうとするんだから。私なんか後でもいいのに。」

「え、どうして分かったんですか!?」

確かに、レイは無我夢中でエリィの元へ行った。それを察しているかのように言われたレイは、驚きを隠せない。エリィはそんな彼に対し、

「だって、私も超能力者ですもの。」

と言った。それを聞いたレイは、顔を赤めた。

「す、スバキに……会ってきます……!」

そう言った後、彼は赤めた顔を隠しながらスバキの元へ会いに行った。そのレイの背中を見て、エリィは静かに笑っていた。

 スバキを助ける際に言った、レイの言葉。“超能力者”という言葉をエリィに聞かれていたレイは、今更になって恥ずかしく感じていたのである。

「何かあったんですか?」

アレンがそう尋ねると、エリィは笑顔で

「フフ……まあ色々とね。あの時ちょっと、気取っちゃったんだね……レイ君。可愛いなぁ~。アハハ!」

と言った。当然、アレンには何の話か分からず、彼は首を傾げるだけだった。

 

 

それからレイはスバキが保護されている、セイントバードの一室へ向かった。そこでは、ソファにスバキが座っていた。既に頸部のチョーカーは外されており、彼女は自由な状態となっていた。

レイが見たスバキは、腕を組み、両足を組んでいた。救出される前までの、気弱な少女の姿はそこには無かった。

「お前の優先順位、あの女が先なんだな。」

と、冷たく言った。彼女もシンギュラルタイプ。レイの行動は、感知出来ている様子だったのだ。

「ごめん……心配だったから……」

 

ペシッ

 

と、レイの額を“デコピン”したスバキ。それを受け、思わず両目を瞑ってしまう。

「ま、そりゃ当然だろ。あいつ、怪我してるしな。それよりさ、お前って本当に女みたいだよな。なのにあの時はなんで男らしく、見えたんだろうな……」

「え?それは、一体……?」

この時、スバキの表情は、赤く染まっている。レイを見て、照れているのかどうかは不明だ。

「まあ、何でも良いや。それでさ……お前、あれからマサアキと戦ったのか?」

聞かれると思った質問だった。レイは、静かに頷いた。

「それで……どうなったんだ?撤退させたのか?」

聞いてくるスバキに対し、レイは

「倒したよ……もう、スバキはあの人に支配される事は、ないから……」

と静かに言った。

 マサアキ・アルトの死を、倒した人間から聞かされたスバキ。この時、彼女の表情はただ、無表情だった。

「そっか……。」

と、一言、言った。

 

それから僅かな時間、沈黙が続く。忌むべき敵は倒された。頸部のチョーカーも外された。これでスバキは母親にも会う事が出来る。しかし、何故だろうか。スバキは喜ぶ様子を見せない。

レイはこの時、どのように声を掛ければ良いか分からなかった。“良かった”や、“めでたい”といった言葉が迂闊に出せないのは、彼はその空気を読み、判断は出来ていた。

だがこの沈黙を破ったのは、スバキだったのである。

「あいつ、確かに憎かったんだ。何度も殺したいと思った。思ったんだ……けど……さ……経済面の負担をしてくれたって事に関してはさ……正直……何とも言えないよ。」

レイが感じていた複雑な思いを、スバキ自身も感じていたのだ。いくら忌むべき敵であれ、やはり支援をしてくれていたという事実に揺らぎはない。これが、スバキを複雑な想いにさせる十分な理由となり得た。

「……ごめん、僕……」

咄嗟に、レイは謝る。先の戦いで彼はマサアキを倒した。それが結果的に良かった筈なのではあるのだが、スバキの表情を見る限り、それは果たして正しいと言えたのかは分からなかったのだ。

「お前が謝る必要なんてない!お前は敵を倒したんだろ?だったらそれでいいじゃないか!」

彼女の為に支援を続けたマサアキ。残酷であり、尚且つ憎い存在でありながらも、スバキの心のどこかでは彼を憎み切れない様子だったのだ。

「どこかでこれは断ち切らなきゃならないってのはずっと思ってた。これがさ、今終わったって思うとさ。少し……ほんの、少しだけどさ。心は軽くなったんだよ。レイ、私はそれに、本当に感謝してる。」

僅かながら、スバキは笑みを浮かべた。それを見たレイは、笑顔を作らないまま、彼女の表情を見る。

「……そうだ……母さん……母さんに会わなきゃ……!」

マサアキが居ない今、彼女と母親を遮る壁はない。マサアキによって凌辱された母親ではあるが、それでも、スバキにとっては唯一の肉親。彼女は行動を、すぐに起こしたのだ。

 止めようとするレイだったが、スバキは走り去ってしまう。そして、レイはそれに対して追い掛けた。

 

「頼む!浅草の方に車を出してくれ!」

スバキは、シンに対して頼んだ。セイントバード内にある車を出してくれと、懇願したのである。

「ええ……いきなり言われても困るんだけどなぁ……」

シンは頭を掻きながら言う。

「良いじゃないか、貸してやれ。」

と、言うのは傍にいたネルソンだ。エリィの手術を終え、彼自身が疲労しているにも関わらず、ネルソンは働き続けている。そして、目の前にいる、困っている様子の少女を見て、放ってはおけないと考えたのだろう。

「私が運転しよう。レイ、君も一緒に来るか?」

傍にいたレイは、静かに頷いた。この時、ネルソンは彼の心境を察していたのである。

 

 

 車内にて。運転席にはネルソンが、後部座席にレイとスバキが居るという状況。この時、ネルソンはレイに対し、言っていた。

「君の行動には正直、驚いた。だが、その気持ちと言うのは大切なのだな……とは思うよ。」

「気持ち……ですか?」

レイは首を傾げる。

「誰かを助けたい、誰かを守りたいという気持ち。そこには損得という感情はあってはならないとだと、君の行動を見て改めて思ったよ。」

最初はスバキを救出する事に反対だったネルソン。しかし実際に彼がスバキを救出したのを見て、考えを改めたのである。それは、エリィに言われたという事もあるのだが。

「ただ、夢中でした。でも、スバキを助け出せたのは、本当に良かったです。色々とあったけれど……ね。」

「あ……ああ。」

スバキは、どこか上の空だった。無理もない。母親に会えるかも知れないという喜びと、どこか不安が入り混じっている状況なのだ。今、彼女に何かを話しかける事はしてはいけないと、レイは思っていた。

「私自身、人の為に仕事をしてきた筈なのにな……戦後になって仲間には会えたが、誰かの為とか、例えば……愛情とかそういったものをどこかに忘れていたのかも知れないな。」

「あ、愛情……ですか!?」

ネルソンから出た言葉に、レイはたじろいだ。しかしスバキにその言葉は、聞こえている様子ではなかった。

「君達の若く、利益を無視して動く行動は、過去の私を思い出させるよ。」

車が多く走る都市部。夕方になり、別の車もライトが点灯しつつある、状況。反対車線のライトは眩しさを時に感じさせる。

「過去……ですか?」

「ああ。」

ネルソンは、ハンドルを握り、周囲の環境を見て走りながら、過去の事を思い出していた。

 

 

 それはデウス動乱時に遡る。ネルソン・アルビュースには恋人が居たのだ。彼女とは戦場で知り合い、やがて交際する仲になっていったのだという。

かつてのデウスの最終兵器であるコロニーカノンを廻った壮絶な戦い……その戦いで彼の恋人は消えた。連邦軍のMSに撃たれたのだ。

 ネルソンの当時の恋人の名は、シュリィ・アバンス。デウス軍のエースパイロットとして軍に貢献していた女性だ。彼女は当時のデウス軍の主力機体であるドラグネスを駆り、戦場に参加していた。

「やらせない……絶対に!」

「やめろ!前線に立つな!死ぬぞ!シュリィ!」

コロニーカノンを撃つのに反していた彼等だったが、軍の命令には逆らえない。彼らは仕方無しに敵部隊を迎え撃つのだが……

「やらせるか!デウスめ!」

一人の連邦軍の兵士が駆るMS、ジャスティスが駆け付け、ビームライフルを放った。この時ネルソンはシュリィと同様、ドラグネスに乗っていたのだ。そのドラグネスのシールドで、恋人であるシュリィの駆るドラグネスを庇った。

「ネルソン!」

「シュリィには手を出させん!」

ビームライフルを放ち、敵のジャスティスを破壊するネルソン。

そこへ一筋のビームが放たれた。別のジャスティスがネルソンのドラグネスを狙ったのだ。油断をしていたネルソン。シールドを構えようにも間に合わない。このままではやられる……この攻撃を避けられないと感じたネルソンは覚悟を決めた。

「ネルソン!!!」

だがその時、シュリィはネルソンの前に現れてネルソンを庇った。たちまちシュリィのドラグネスは破壊され、ネルソンは叫んだ。そこにいたのは悲しみに暮れる孤独な一人の男。目からは粒になって溢れ出る涙が溢れていた。

「シュリィィィィィ!!!」

しかし、その声も彼女に聞こえる筈がなく。恨みを持った彼はビームサーベルを構えてそのジャスティスを撃破したのであった。

 敵は討った。しかし帰ってこない恋人。この時彼は虚しさ、悲しさを痛感することとなったのである。

 

 

 

「危機的状況になった時、自身の身を挺して守る。それが出来るのは、純粋に人を守りたいという気持ちから来るものだ。私にも恋人はいたが、その時に亡くしている。」

語られたネルソンの過去。彼に居た、恋人の存在。その存在があったからこそ、今のネルソンがあるのだ。

 レイがスバキを助けたいという行動と、ネルソンの過去の恋人、シュリィがネルソンを守ったという行動。どちらも、人を助けるという行為だ。ネルソンの場合は、守られたという事になるが。

「そんなことが、あったんですね……。」

レイは、ただ感心するばかり。ネルソンは冷静を装うが、内心は、冷静でいられなかった。当時の恋人を殺されたのだ。無理もない。

「結果的には大切な人が亡くなった訳だがな……その気持ちと言うのを最近まで忘れていた気がするな……って、随分と話が逸れてしまったな。いかんな、どうも。」

「あ……いえ……」

レイは茫然としながらネルソンの言葉を聞いていた。少女を助けたいという思い。それを聞き、ふと思い出話をしたネルソン。

レイは思いもしなかった事を聞くこととなったが、それを悪く思うことはなかった。寧ろ、ネルソンの新たな一面を知ることが出来、納得している様子だった。

「止まってくれ!」

突如、スバキが声を出した。それを聞き、ネルソンは車を端に寄せる。

 すぐに、スバキは走り出した。恐らく、近くに母親の家があるのだろう。レイはそれを追い掛けるように、走っていく。

 

 スバキは走った。母親に会える気持ちを胸に、宿して。

 だが町はダッゲインの襲撃によって所々が破壊されている。この事は当然、スバキは知っていた。突然起きた事故。特殊強化モデル、リノアス・クリストルが暴走し、ダッゲインを都市部に向かわせた事故。その間、スバキはマサアキに別室に連れて行かれていた為、実際の状況を把握することが出来ていなかったのである。

 やがてスバキは母親が住んでいたとされる、家の前に辿り着く。2年前から来ることが出来なかった家。しかし彼女は、チョーカーを外れている。マサアキ・アルトによる干渉も無くなっている。それは本来、喜ばしい状況である筈なのだが――

「壊れてる……」

ダッゲインの襲撃により、家が破壊されていたのだ。被害自体は甚大なものではなかったのだが、こうした被害は所々、生じているのである。

「母さんは、避難したのか……?」

キョロキョロと辺りを見るスバキ。

「もしかして……シンドウさんのところの娘さん?」

と、一人の女性が声を掛けた。恐らく、近所に住んでいる女性だろう。

「え?あ……ああ……」

反応する、スバキ。

「気の毒にね……近所の方の話を聞くとね……その……遺体が、見つかったそうなの。ハイスクールぐらいの女の子の遺体と、共に……」

スバキの希望が、打ち砕かれた。母親に会えるという希望が潰えた瞬間だった。ダッゲインの襲撃は彼女の母親を殺してしまったのである。

「そ……んな……」

破壊された母親の家を前に、ただ、スバキは呆然と立ち尽くした。目は大きく見開かれ、ただ、ショックで一杯だったのだ。

(スバキ……こんな……こんなのって……)

ついて来ていたレイは一連の会話を聞いていた。彼女の母親が死んだという話も、当然知る。

 スバキを救出する事は出来た。だが、そこで待ち構えていたのは、惨い現実であったのだ。解放された希望から、絶望に陥ったスバキ。どうすれば良いか分からないレイは、ただ、スバキの側に居てやる事しか、出来なかったのである。

 




第二十五話、投了。
スバキは救出され、そして忌むべき敵であるマサアキを倒した話。
個人的には、善意の押し付けをするマサアキに対するアレンの言葉が好きでした。
「自らの価値観を押し付ける人間はどのような人間であれ、悪そのものだ!」
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