時は遡り、一週間前。レイがスバキに助けられていた同時期。アレンがジャンヌと来日していた頃の話。ジャンヌはコンサートの準備の為に打ち合わせ等をスタッフと行っていた。その様子を、側で見守るアレン。
やがて打ち合わせは終わり、ジャンヌはアレンに声を掛ける。
「お付き合い、ありがとうございます。来週にコンサートは東京のアリーナを借りる予定です。それまで、貴方の為にホテルを手配させて頂きました。」
「なんか、ありがとうね。」
今回のバンディットとしての仕事は、ジャンヌの護衛。それなのに、まるで彼女の金で旅行を満喫しているような気分になり、申し訳ない気持ちになる、アレン。
「ジャンヌ様。」
そこへ、一人の男が姿を現した。襟足まで伸びた赤い髪に、凛々しい顔つきをしており、そして身長が高い。スーツが非常によく似合う男で、小奇麗な雰囲気を醸し出していた。
「エファン、お久しぶりですわね。」
そう言って、ジャンヌと男は握手を交わした。
見慣れない、男。恐らくジャンヌの知人なのだろう。凛々しい印象を受ける、その、男。
「紹介しますわ。私の側近を務めるエファン・ドゥーリアです。」
男の名前はエファンと言った。髭も生やさず、端正な顔つきをしている男はアレンを見て、笑顔で接した。
「以後宜しくお願いします、アレン・レインド様。貴方の事はジャンヌ様から伺っております。前大戦の英雄と呼ばれていた……とか。」
アレンの実情を知る人間は少ない。ジャンヌは基本的に秘密を守る人間だ。その彼女が彼の話をするという事は、それ程に信頼が置ける人間という事なのだろう。
「そんな、大した人間ではありません。俺は今では別の仕事をしていますし、今回もその依頼でジャンヌに付き添っているに過ぎません。」
「ジャンヌ様が信頼を置いている。それだけでも、貴方には十分魅力のある人間です。」
そう言った後、エファンは右手を差し出した。やがて、アレンとエファンは握手を交わす。
(この、柔らかい感覚は何だろうか。この人もまた、力を持つ人間という事なのか。)
この時、アレンはエファンから妙な感覚を覚えていた。しかし、それは決して不快な感覚ではない。純粋な、善意。その柔らかさをアレンは感じていたのである。
(もしかすれば、ジャンヌは彼に相当な信頼を置いているんだろう。)
と、アレンはふと、考えた。
「ああ、そうですわ。アレン。コンサートまで時間がありますわね。そこで、お願いがあるのです。」
「お願い……?」
突然のジャンヌの依頼に戸惑うアレン。
「東京を一緒に歩いて下さいませんか?日本に来るのは久し振りです。しかし、誰かと一緒でなければマスメディア等に見つかってしまっても面倒です。」
「……俺と一緒にいる方がややこしくないか?」
「そんな事はありません。貴方は私の護衛で来ているのですから、それは間違いではありません。」
仕事なのか、それともプライベートなのかが分からない様子だったアレン。清らかな令嬢であるジャンヌ・アステルであるが、観光をしたいという希望に関しては、やはり人間なのだろうと、彼は考えていた。
「エファン、車を出して下さいますか?」
「ええ、かしこまりました。」
エファンはお辞儀をしながら、自身の右手を柔らかく胸元にやった。丁寧な印象を持つ、その男の存在。そして柔らかい感覚。アレンは、彼が信頼できる人間であると確信していた。
やがて車を出す、エファン。運転席には彼が一人、運転している。そして後部座席にはアレンとジャンヌの姿が。ジャンヌは有名人である為、目立たないように、玉房付きの帽子を被っている。服装も冬服に相応しい、厚手のコートを羽織っている。
彼等の目に映るのは東京の光景だ。高層ビルが立ち並ぶ、世界有数のメガロポリス、東京。人口の多さも去ることながら、その圧倒的な建物の数も段違いだ。東京は建物の数だけが名所ではない。中には自然を残している場所や、あえて古風に残している場所もある。観光名所と呼ばれる、場所だ。
「日本と言う国は治安の良さも去る事ながら、美しい文化が根強く残っている国です。私が好きな国の一つですよ。」
と、運転をしながらエファンは言った。
「そうですわね。しかしこの広大な都市はコロニーでも再現出来るかかどうか……」
Cコロニーの環境は、場所によって異なる。地球上での、所謂“郊外”にあたるコロニーもあれば、“田舎”にあたるコロニーもある。それは地球からのアクセスが容易かどうかによって異なる。アクセスがし易い環境であれば、その分人が集まりやすく、都市が多いコロニーが作られる。そしてそこを拠点とし、辺境コロニーに物資が届けられる。
これは地球上の国々も関係していた。国には首都があり、そして自治体があり、各都市に分けられ、そこから郊外、田舎と分けられる。コロニーの関係も、地球上の都市の関係と類似しているのである。
「コロニーは人類が作り出した叡智の結晶ですよ。その結晶という言葉を使い、クリスタルという名が与えられました。それが、Cコロニー。そして、それを基にしたのが地球上に存在する都市。そう考えると、感慨深いと思いませんか。ジャンヌ様。」
「地球に住むようになって、より一層、考えるようになりましたわ……」
「人は、このようなものを作り上げる。このような感情を抱けるのは、私はとても光栄に思いますよ。やはり、人は愛するべき存在だと考えますね。」
両者の会話に、アレンは全く付いて行けていない様子だった。言わんとせん事は分かるのだが、エファンという男がこれ程に“人”を語る事に、只者ではない何かを、感じ取っていた。
やがてエファンは車を止め、二人を降ろした。ジャンヌは彼に礼を言った後、エファンは去って行く。
「なんか、不思議な人だったね。」
何気なく、アレンは言った。
「彼は一年程前から度々アステル家の為に貢献して下さっている人間です。その立ち振る舞いや、他者を思い遣る事が出来る、私が信頼する人間の一人ですわ。今回、貴方を日本に招待したのは彼を紹介したいというのもありました。」
「エファンさん……か。」
不思議な雰囲気を醸し出していた男、エファン・ドゥーリア。ジャンヌが絶大な信頼を置く存在。彼女が信用しているのならば、間違い存在なのだろうと、アレンは考えていた。
「少し、移動をしませんか?アレン。」
覗き込むように彼の顔を見る、ジャンヌ。
「え?あ、ああ……」
馴染みのある人間であるジャンヌだが、その容姿は愛らしさと美しさを兼ね備えている。そのような女性に覗き込まれるのは、いくらアレンのように前大戦を経験している人間とは言え、やはり躊躇うものがあるのだった。
両者は東京の港付近を移動していた。旧時代から建造している東京タワー等の名所が残る場所。それらは老朽化する度に新しく建て直されており、この時代でも高さ333メートルのその塔は成り立っている。デウス動乱時でも、この建造物が被害に遭わなかったのは、奇跡的と言えた。
人通りもまばらな場所であるその地域。まさかそこに、世界的歌手であるジャンヌ・アステルが居るなど誰もが、思いもしないだろう。
彼等は東京タワーの展望室に移動していた。東京の絶景を見たいという、ジャンヌの要望に寄るものである。
「フフ、やはりこの景色は素敵ですわね……」
天候は晴れている。その事も重なって、より、その景色は美しいものに見えた。高層ビル群は太陽の光を受け、反射している。ここからではそのビル群の間を歩く人の姿等、全く見えない程に。
ジャンヌの護衛をする為に移動しているアレンだが、これではまるでデートのようだ。そして、ジャンヌはその景色を楽しんでいる。妙な光景ではあったが、久しぶりに再会した知人が喜ぶ姿はアレンにとってもどこか、心地良いものがあったのだ。
「幸せですわ、私はこの地で、数日後に歌うことが出来ますのね!そう思うと心が踊りますの!」
そう言いながら、彼女は突如ふわり、と身体を回転させ始めた。奇麗な光景を見て、高揚したのか、その行動にアレンは驚愕しつつ、ただ、見守っているだけだった。
やがてそれが終わった後、展望室から景色を眺める両者。
「アレン、貴方にお伺いしたい事がありますの。」
景色を見ながら、ジャンヌはアレンに聞いた。
「ん?どうしたんだ?」
「以前、仰っていた、“少年”がいた、人達にについて、もう少し詳しく教えて下さいませんか?」
それは、レイの事だ。アステル家の庭園内で少しばかり話をしただけで、彼女はその詳細を分かっていない。
アレンは、レイと合流する事になったきっかけや、彼が所属しているセイントバードチームの事について話をした。エリィの事、ネルソンの事等を話していくアレン。
「セイントバード……新生連邦軍の戦艦を奪った、MS乗り……ですか。」
「彼等と合流して、発進した時にレヴィー率いる新生連邦軍に襲撃を受けたって訳だよ。」
そこでレイの力を見た話を、語っていく。短い時間とはいえ、MSに乗って戦った話を聞き、ジャンヌは、口元に右指を持っていき、少し考える仕草を見せた。
「ジャンヌ?」
遠くの景色を見ながら、考え事をするジャンヌ。
「アレン、彼等は今、どこにいるかご存知ですか。」
彼女は突如、アレンに聞いた。
「え?ああ……恐らく日本にいるんじゃないかな。キプロス島でジャンヌからメッセージを受け取って、離れているから。まさかこういう形で日本に来ることになるとは思わなかったけれどね。」
「日本……でしたら、奇遇ですわね。」
ジャンヌの表情は、何かを考えている様子だった。先程までの愛らしく、歌を歌う事を楽しみにしている歌姫の姿とは、まるで違う。
「もし、可能でしたら彼等に一度お会いしたいですわね。エリィ・レイスさんは存じ上げていますし。」
「そういえば、前の大戦ではクルーの事、知ってたもんね。」
ジャンヌは、アレンが所属していた第十三特殊部隊の面々の事を知っていた。彼の存在がきっかけで、当時の地球連邦軍の面々はジャンヌ・アステルと顔見知り関係になる事が出来たのである。
「この、日本のように穏やかで平和な国があれば良いのですが、世界はそうでもありません。現に、今の新生連邦軍による無差別な攻撃は続いているのも、事実です。それは、本来あってはならない事ですわ。」
「それは、分かっている。あいつが、この世界を作り出しているという事も。」
レヴィー・ダイル。アレンにとって戦友だった人間であり、現在の新生連邦総司令だ。
彼が掲げる軍備増強により、世界各地で多くの犠牲者が出ている。この事実に憤りさえ感じる、アレン。
「新生連邦を止める力は、新生連邦以外の大きな組織がいない現状だからこそ、少しずつでも作っていかなければならない。私は、そう思うのです。」
「作っていく……?どうやって?」
「協力して下さる人々の存在が必要なのですわ。」
それは、何を指しているのかは不明だ。彼女の意図が、分からない。
「ジャンヌは、何を考えているの?」
アレンは聞いた。
「レヴィー・ダイルを止める為には、それ相応の“力”が必要という事です。」
ジャンヌが言う、“力”とは何なのか。明確な答えを示さないジャンヌ。アレンは少しばかり不安げな様子で、聞いた。
「力とは、一体?」
「そのままの、意味です。混迷を打開する力。新生連邦が闇を作るのならば、それを打開する力が必要になります。今はまだ、“その時”ではないのかも知れませんわね。」
それが何を示すのかは謎だ。ただ、一つ言えるのは、彼女は何か大きな目的を果たそうとしている。それは、間違いないと言えた。
「そうですわ、もし彼等に会う事があれば是非教えて下さいな。それまではコンサートの打ち合わせやリハーサル等でスケジュールが詰まっておりますが、時間を作り、お会いしようと考えております。」
ジャンヌの言葉に対し、アレンは
「うん、分かった。」
と、一言、言った。
この会話の一週間後に、東京の市街地にダッゲインMk-Ⅱが暴走事故を起こした。市街地の被害は甚大なものではなかったものの、この際にアレンはティフォンガンダムを出撃させ、暴走を食い止める事に成功。この一連の行動を、ジャンヌははっきりと見ていたのである。そして、レイの駆るアインスが戦っている光景も、見ていた。
一週間後の現在。マサアキ・アルトとの交戦から翌日。アレンは一晩、セイントバードに滞在していた。
この時、アレンはネルソンから今回の事情を聞いていた。何故レイが新生連邦に追われていたのかといった等の話だ。
一連の話を理解したアレン。その中で、ネルソンは彼が乗って来たガンダムタイプについて聞いていた。
「まさかこんなガンダムを貰っていたなんてな、アレン。」
そう言うのは、ネルソンだ。彼は機体の整備を、シンと共に行なっていた。
「しかし、偶然でしたね。あの時ネルソンさんがここに案内してくれなかったら、合流する事なく終わっていたでしょうから。」
と、整備されているティフォンを前にしてアレンが言った。
「整備もありがとうございます。」
「いや、君が来てくれなければ新生連邦に攻撃を受けていた。整備はその礼だよ。」
新生連邦からセイントバードを護衛してくれた事もあり、ティフォンガンダムはセイントバードチームの整備士達により、メンテナンスを行なっていたのだ。
「にしても……戦後になんでこんなにガンダムタイプのMSが現れるようになったんですかね?アインスに、あの姉妹のガンダムに、新生連邦の四機にこれ……これまでに合計八機、ガンダムタイプを見ていますよ!伝説の機体がこんなに沢山いるなんて……」
そう言うのは、ガンダムを神格化している男、シンだ。最初、アインスが動いた所を喜んでいたシンだったが、これ程にガンダムタイプを見る機会が多いと、どこか、有難さを感じなくなっている様子であった。
「このガンダムタイプ……型式番号CMS-01か。全く見当が付かない。どこで作られた機体なのか。」
彼等が知らないのも無理はない。ティフォンガンダムの素体は、デウス動乱時にアレンが地球連邦軍に勝利をもたらすきっかけを作った機体である、クリスタルガンダムであるという事を。そのクリスタルガンダム自体、当時の地球連邦軍内でも極秘とされていた機体である。それを知る人間は、この場にはいないのだ。無理もない。
「実は、ネルソンさんに伝えておきたいことがありまして。」
改まった様子で、アレンは言った。
「実は――」
言うべきか迷ってはいた。何せ、世界的歌手であるジャンヌ・アステルが日本に来ており、ここに来るという事は場が騒然とするのは分かり切っていたからだ。
しかし、ジャンヌの意向を汲み取ったアレンは、それを伝えた。ジャンヌがセイントバードチームに会いたがっているという事を――
「ジャンヌ・アステルが……!?」
やはり、驚愕するネルソン。だがそれ以上に驚いていたのは、隣に居たシンである。
「えええええっ!?」
大声を出すシン。それから数秒後に、自身の行動を恥に感じたシンは両手で口を塞いだ。
「今、彼女は日本に来ています。俺が連絡を入れれば、ここに来てくれるとは思います。」
唖然とする、ネルソンとシン。無理もない。世界的歌手が日本に来ており、アレンが一報を伝えれば来ることが出来るという状況。それで驚愕しない人間がいない筈がないのだ。
「やはり、君は凄い人間なんだな。アレン・レインド。コネクションと言うか、何というか……」
「いえ……これは、なんていうか……たまたまというか……色々と、ありまして。」
そう言ったアレン自身も、困惑している様子だった。
「じゃあ、このガンダムタイプはジャンヌ・アステルが関係しているというのか?」
「そうなりますね。アステル家は元々デウス帝国に対しての軍事産業を行っていた一族です。それの関係も、あります。」
と、静かに言った。それを聞いたネルソンは、咳払いをする。
「……とにかく、ジャンヌ・アステルの件は了解した。艦長にも伝えておく。ただ、艦長は怪我をしているからあまり無理はさせられない。」
「ありがとうございます。ご配慮、感謝します。」
アレンは深くお辞儀をするのだが、寧ろ、何故お辞儀をされているのか分からないでいるのは、セイントバードチームの面々達である。
有名人であるジャンヌ・アステルがここに来る。そのような、嘘のような話が有り得るという事実。この時、クルーの誰もが歓喜している様子だった。
「あ、くれぐれも内密にお願いします。騒ぎが大きくなれば、ややこしくなりかねないので。」
「あ、ああ……そうだな。」
と話すネルソンだが、明らかに冷静ではない様子だった。
その後、アレンはレイに会っていた。だが、せっかくの再会にも関わらず、レイの表情は暗い。無理もなかった。スバキの母親が死んでいたという事実を、彼女の目の前で聞いていたのだから。
スバキは今、セイントバード内の一室で保護されていた。本来ならば今日も学校の日ではあるが、状況が状況である。彼女が学校に通う事等、出来る筈がないのだ。
「アレンさん……」
「レイ。その……色々と、大変だったんだな。」
事情をネルソンから聞いていたレイ。一人の少女を助け出す為に彼は行動した。そして、確かに少女を救出する事は出来た。しかし、少女の心の支えである母親は、息絶えていたという現実に、レイは何も口を開けることが出来ない。
「レイ、少し話せるか?」
再会した両者。アレンはレイと会話する事を提案したのである。
「……はい。」
静かに、レイは頷いた。
両者はセイントバード内の廊下にある、ベンチに腰を掛けた。キプロス島で分かれてからの、再会。本来ならば喜ばしい状況であるのだが、スバキの事を考えるとレイは気が気でなかった。
レイはこれまでにあった事を、言葉を詰まらせながらも話していく。街中で刺された事、スバキに助け出された事、スバキがマサアキに利用されている事、そして救出した話等。その、結末の話も、全て。
「レイが助けた女の子のお母さんが、死んでいたって話か……」
「今のスバキに対して、僕は何も出来ません。こんなの、悲しすぎます……助けたいって思って、一生懸命にやったのに、こんな……こんなのって……!」
悔しさや、憤り。今のレイから感じ取られる感情だ。マサアキ・アルトという人間に囚われていた少女を助けることが出来ても、その肝心な心が失われている状態。今の彼女が正にそうだったのだ。
「一つ、言えることがある。」
「え……?」
複雑な感情を抱えるレイに対し、アレンが口を開けた。
「今まで普通に生活していた場所が突然、戦場になった瞬間。そこで生き残れる確率と言うのは限りなく低い。増して、民間人なら尚の事だ。今回は巨大MSが突然出現してきたのが原因だったけれど、それでも生き残れるだけでも奇跡的だよ。」
フォローになっていないかも知れない。だが、戦争を経験しているアレンが言う、精一杯の台詞だ。
「けど、お前は助けたい女の子を助けた。それだけでも、儲けものさ。以前の大戦じゃそれすらも叶わないことだってあるんだよ。そう、俺だって……。」
アレンはそう言って、天井を見上げる。
「アレンさんも……そんな事があったんですか?」
「戦争が終盤に差し掛かった時だったかな。」
デウス動乱中。ジャンヌ達と合流していた第十三特殊部隊。この時にはデウス軍だったガーストが地球連邦に所属を変えており、デウス帝国との決戦を迎えようとしていた時だった。
一機のMSが彼等の母艦を襲撃。その機体は艦の居住区に攻撃を仕掛けてきたのだ。そこには、一人の少女が居た。パイロットスーツを着用していたのだが、穴を開けられた居住区から、少女は宇宙空間に放り出されたのだ。
「そんな……そんなバカな!?嘘だ!そんなの!!!」
そう、叫ぶのは当時クリスタルガンダムを駆り、デウス帝国と交戦をしていた少年、アレンである。少女は、アレンにとって特別な存在だった。名は、ココット・メルリーゼ。戦時中にアレンと出会い、恋仲に落ちた存在だったのである。
その後、ココットは行方不明。彼はただ、悲痛の叫びを上げるしか出来なかったのだった――
「アレンさんに、そんな人が居たんですね……」
アレンから聞かされる、新たな事実に関心を抱くレイ。
「レイ、厳しい事を言うかも知れないけど、世の中って言うのは何が起こるか分からないし、都合よく事が運ぶなんて事はミラクルも同然なんだよ。だから、お前が助けた彼女が助かったというだけでも奇跡……と言うべきか。」
悲しい出来事。だが、それが現実。それを受け入れなければ、人は生きていけない。
それはレイのように、戦争を知らないで育ってきた人間からすれば受け入れがたい事だ。だが対照的に、アレンのように戦争を経験している人間からすれば、それは日常茶飯事ともいえる事。日常と戦場。それらに身を置いている者の価値観は、当然ながら大きく異なるのであった。
「今の時代は表向き、大きな戦争はない。けど、兵器がこれだけ増産されているんだ。犠牲者が出るのも、おかしくないんだよ。本来、そんな事はあってはならないんだけどな。」
アレンの表情は険しい。当時の恋人の事を思い出し、この話をしたからだろう。
「……心の整理が、出来ません……僕、どうすれば良いのかが、分からなくて。」
と、口を開く、レイ。
「アレンさんの言いたい事、何となくですけど、分かる気がします。でも……すぐにそれを受け入れるなんて、スバキも、僕も……」
「誰だって無理だよ。俺だって……無理だった。ココットを失った時はどうすれば良いか、分からなかった。」
アレンの場合は、戦争は続いていた。悲しみに暮れつつも、敵と戦わなければならなかったのである。
「レイの場合は、早く故郷に帰る事だな。彼女の方は、時間に任せるしかない。エリィさんが動けるようになれば、また、聞いてくれるだろうさ。」
そう言って、レイの頭を優しく、撫でた。アレンの手に、さらさらとした感触が残る。レイの金色の髪が、アレンの指を優しく絡めた。
(セイントバードに乗ってから出会った人、みんなそれぞれ付き合っていた人を亡くしたりしているんだ。それに比べたら、僕は本当に恵まれている環境にいるんだろうな。好きな人が、もし居なくなった時って……絶対、悲しむだろうな。)
この時、レイは一人の少女の姿を思い浮かべていた。幼馴染の、リルム・エリアスである。彼女の事を考えると、レイは心が高鳴る。それは紛れもない、彼の気持ちだったのだ。
「……アレン?」
そこへ、一人の金髪の青年が姿を見せた。ガースト・ピュアスである。
「……え?もしかして……ガーストなのか?」
アレンにとって見覚えがあった。かつてのデウス動乱で交戦し、最終的には当時の第十三特殊部隊と共にデウス動乱を戦い抜いた青年、ガースト。アレンにとって戦友と呼べる人間の内の一人であった。
「やっぱりアレンか!やっぱりそうだ!久しぶりだなオイ!」
と、喜びを見せるガーストはアレンの肩を組み、言った。
「あれから五年か!今じゃ俺達二十歳だもんな!しかしお前が生きていたなんてな!」
両者は同い年である。年齢が同じという事もあり、親し気に喋る、ガースト。
「それと、レイ。お前なぁ、いつの間にか勝手にいなくなって!びっくりしたぞ!んで、聞いたらなんか大変な事に巻き込まれたみたいだな。ネルソンさんから事情は聞いてる。」
「すいません……」
と言う、レイの表情は活気がない。
「ん?ガーストとレイは知り合いだったのか?」
「え?あ、そっか。俺はレイを通じてお前が生きてたことを知ってたけどお前は知らないのか。そうそう。レイが日本に来て、それで仲良くなってさ。」
事情をアレンに伝えるガースト。これにより、三人はそれぞれの事情を理解する事が出来た。
「お前とは喋りたい事、一杯あるんだよ!今日時間あるか?俺の仕事が終わったら居酒屋でも行こうぜ。積もった話を聞きたいんだよな!あ、俺が奢るし!」
と、ガーストは上機嫌な様子でアレンを誘う。しかし――
「ごめん、せっかくの誘いだけど断らせて貰うよ。」
「え?なんでよ。」
ガーストの笑顔はすぐに消えてしまった。
「今日本に来ているのも、仕事で来てるんだ。それが終わったら、すぐに去らなきゃ行けない。やらなきゃならない事が、出来たかも知れないから。」
「はぁ!?どう言う事だよ?」
戦友と再会出来たのに、積もり積もった話が出来ないまま去っていくかも知れないアレン。戦友であるガーストからすれば、悲嘆以外の何者でもない。
「ガンダムを与えられた。」
「ガンダムを?」
「ああ。」
与えられた、ガンダム。アレン・レインドは確かにデウス動乱中にガンダムを駆り、戦い抜き、遂にはデウス動乱の英雄と呼ばれるようになった。その彼が、五年の時を経て再びガンダムを乗っているという事実。
戦友だったガーストは最初、驚いたのだが彼はその“ガンダム”に助けられている。今、その事を思い出した。
「やっぱり、あの時のガンダム!パイロットはお前……なんだよな。やっぱり。」
それは、東京スカイタワー内でガーストが、恋人のプレーンと共に見たガンダムタイプ。その時、彼はアレンの名前を呼んでいた。
「ティフォンガンダムを見たのか?」
「俺とプレーンが東京スカイタワーに居たんだよ。お前、守ってくれただろ。」
「あの巨大MSを止めていた時か。」
と、先日の事を思い出すアレン。
「何であれがお前が乗ってたって分かったか、分かるか?」
何気なく、ガーストは聞いた。
「そりゃ、ガーストも“力を持つ人間”だからだろ。俺と同じ。」
その言葉に、レイは少しばかり、反応した。
(ガーストさんが、シンギュラルタイプ?やっぱり、最初にあった時に感じた不思議な感覚はそれなのかな。)
レイは、ガーストに最初に会った時の違和感の正体を理解する事が出来た様子だった。
「まあ、あの時は助かったよ。お前が居なきゃプレーンと共にあの世に行ってたからな。」
ガーストは僅かな笑みを、浮かべていた。
「それにレイも。あのガンダムに乗って、戦っていただろ?見てたんだよ、実は。」
東京スカイタワーにて、ダッゲインが暴走をしている最中でアインスがバレットビットと交戦している姿を、彼は見ていたのだ。
「あの時は、夢中でした……見ていたんですね、ガーストさん。」
レイは、瞬きを何度かした。それと同時に、ガーストは両手を頭に組み、天井を見上げながら言った。
「あーあ、これだけMSに乗って街を守ってる人間達が居るのにさ、なんか俺だけ置いてきぼり食らった気分だよ。MSの整備は仕事でやってるけど、実際に機体を動かしたりすることはないからな。」
元々デウス帝国の兵士だったガーストは、今の平和な日常を謳歌している。それ故に、かつての戦友がガンダムタイプに乗って街を守っていたのを見て、どこか、複雑な表情を浮かべていた。
「で……だ。アレン。お前にガンダムを与えたの、誰だよ。」
ここで本題に入る。戦後になり、ガンダムに乗って街を救ったアレンの姿が印象に残ったガースト。彼は何故、ガンダムに乗っているのか。それ自体が謎なのである。
「それ、僕も気になっていました。あのガンダムは何なんですか、アレンさん。」
今度はレイも疑問を投げかけた。しかし、アレンは俯きながら言う。
「すぐに、分かるよ。これに関しては、あまり大事にしたくない。だから俺の口からは敢えて言わない事にした。」
「はぁ、なんだそりゃ。勿体ぶってよ。それと、お前が言ってた“やらなきゃならない事”ってのが関係あるのかよ。」
「関係は、あるかな。ごめん、ガースト。ティフォンの整備を手伝いに行く。レイ、話が出来て良かったよ。ありがとう。」
そう言って、アレンはその場を去った。ガーストはまるで戦友に放置をされたような気分になり、どこか苛立ちを覚えていた。
「なんだよ、あいつ……」
そのガーストを見ていた頃、レイは別の事を考えていた。
アレンの事でも、ガーストの事でもない。自身の事についてだ。スバキ・シンドウの母親が死んだという事。肉親がこの世を去るという事は、平和な日常を送って来たレイにとっては到底、信じられない事である。そしてそれは、彼自身に大きな衝撃を与える結果になった。
その後レイは自身の部屋に戻った。彼はスバキから返してもらったEフォンを、改めて確認する。
そこに映っていたのは多数の未読メッセージや、着信履歴だ。現在の彼の状況を上手く説明する事が出来なかったレイは、これらに対してあえて反応しなかったのだ。だが、今回のスバキの一件を受け、ふと、彼は電話に出てみようと、考えた。
大切な人。それは家族や友人。それらが故郷で待っている。今の状況をどう、説明すれば良いかは分からない。ただ、彼は彼等の声が聞きたい――その一心だったのだ。
ピピピピピ
無機質な発信音が、聞こえる。レイは、息を飲む――
『レイ!?』
「母さん……」
彼がまず、連絡を取ったのは母親だ。彼の事を最も心配している、存在。母親。その声を聞いた時、レイは心底、安心していた。それと同時に、目から少し、涙が溢れていた。
「元気……?」
この一ヶ月余りの出来事を経験したレイにとって、随分と久しぶりに感じられた母親の言葉。世間ではほんの一ヶ月。しかしレイにとっては、余りに長い、一ヶ月。生死を彷徨う経験をした彼にとって、肉親の声は本当に心暖かく感じられた。
スバキの場合、二年もの間肉親に会う事が許されなかった。その結果が、昨日の出来事だ。彼女の事を考えればレイの状況は遥かに恵まれている。短期間で数多の経験をしたレイは、母親と喋る時、声が震えていた。
『どうして連絡に出ないの!どこに居るの!?学校にも行かないで……どれだけ心配した事か!何回もリルムちゃんが家に来てくれたわよ!リルムちゃんにも連絡が来てないって言うし!レイ……本当に、どうしちゃったの……?』
だが彼の母親はレイがどこに居るのかを心配するばかり。それは、親としては当然の心配ではあるのだが、現状を取り繕って説明する事は、不可能に近いのである。
そこで、彼は思い切って言葉を発する事にした。
「……ごめんね。今は、言えない。」
依然カイロで母親に電話した時と、同じ台詞。だが今回の言葉は焦っている様子ではなかった。
『どうして!?』
「どうしても……だよ。でもね、これだけは言わせて欲しい。」
レイはそっと息を飲み、口を開ける。
「絶対に、帰ってきます。それまではミィスを宜しくね。」
『レイ!?ちょっと!レイ――』
プツッ
電話が、切れた。その時間は、本当に、極、僅かだ。3分も経っていないだろう。だがこの3分未満の時間こそ、レイにとっては至福の時間と言えた。
彼が親不孝者であることは分かっていた。自分が我儘な人間である事も、分かっていた。しかし、それでも彼は親の声が聞きたかった。ただ、それだけだったのだ。
彼はリルムにも連絡を取ろうか、悩んだ。と言うのも、彼の実家にリルムが何度も来てくれたという事実を、母親から確認したからだ。そして、彼は今まで知り合った、エリィ、ネルソン、アレンの過去を振り返る。
皆には過去に恋人が居た。だがそれぞれの事情で今に至る。ガーストのように幸せに恋人と暮らしている者や、そうでないものと分けられている。今、レイは戦場に出る事がある。そうなれば、死ぬことだって考えられる。その時、自分が思いを寄せているとする人物と喋ることが出来なかった場合、どうだろうか。恐らく後悔しながら死ぬ事になるだろう。それを考えた時、レイは決断した。
ピピピピピ
『もしもし!?レイ!?』
可憐な少女の声が、聞こえた。リルムの声である。
「や、やあ……リルム……」
とりあえずの、挨拶。だが――
「今、どこに居るの!?何をしてるの!?家にも帰らないで!去年からいなくなって!どうしたの!?ねえ!?」
質問の嵐。だが、無理もない。急に居なくなり、親元にも帰っていないとなれば心配するのは当たり前の事。増して、彼等は幼馴染の関係。仲も良い。
だが母親の時と同様、問題があった。何故今、レイが日本にいるのかを答える事が出来ないという事だ。それに対する答えとして、レイは再び言った。
「ごめん、リルム。今は言えないんだ。」
『どうして!?もしかして、誘拐されたとか!?じゃあ、警察に言わなきゃ――』
「そんなのじゃないんだ!ごめん、本当に……ごめんね……」
『ちょっと!レイ!!』
「必ず、戻るから!また、学校で……」
プツッ
レイは、電話を一方的に切った。ハァハァと息を荒げるレイ。とにかく、知人の声が聞きたいという彼のエゴ。それが迷惑行為という事も自覚はしていた。故に、レイの目には涙が再び溢れる。
「僕は、最低な人間だよ……うぅ……う……うぅぅ……」
ほんの、僅かな時間でも知人と話す事が出来た事と、その知人に真実を離せず、ただ誤魔化すしか出来ないという事。その二つの感情が相重なる状況。更に、彼を取り巻く様々な感情はレイを困惑させ、涙さえも流した。感情の処理が、追いつかないのだ。
その際、レイはアレンが言った言葉を思い出す。
―――――――――――レイの場合は、早く故郷に帰る事だな――――――――――――
「故郷に、帰る……」
一人、部屋でこっそりと呟いた言葉は儚く、すぐに消えた。しかし、独り言とはいえそれを言葉にするという事は、何故だろうか、何も喋らず、思い続ける時と違い、自身の中でより、決意を各個たるものにするには、十分と言えたのだった。
一方で、整備を続ける整備士達。ビーム粒子貯蔵タンクが各MSの動力部に運搬されている時。ネルソンとシンはアレンから聞かされた言葉に対し、ただ、関心を抱くばかりだった。
「人との繋がりが、こうした出来事を生む事があるのだな……と、関心したよ、私は。」
「何せ、あのジャンヌ・アステルが来るんですよ!?やっぱりデウス動乱の英雄はコネクションも段違いッスね、大尉!」
高揚するシン。
「……それはさて置き、色々な事が重なりすぎているな。今は。」
ネルソンは天井を眺め、そっと、溜息を吐いた。
「日本に来てレイが新生連邦に連れ去られる、そのレイは助けたいという少女を助ける。そして少女の希望通りに浅草という土地まで車を走らせれば、そこで母親が死んでいたという事実……。頭が痛くなる件ばかりだな、本当に……」
日本に来てセイントバード内で修復作業や整備作業を行っていたネルソンにとって、驚愕する事ばかりが起きていた。その上でのジャンヌとの対面。内容を聞いただけでも、ネルソンは頭を抱えている様子だった。
「それに、あの超大型MSの存在だ。何故あのような機体が出現したのか……」
街に出現したダッゲイン。突如出現し、バレットビットで市民にも危害を加えたその機体は何者なのか、何処の所属なのか。ネルソンは、知らないでいたのである。
「けど、どうして街に進出してきたんですかね?」
彼等は街中にダッゲインが出現した事を、映像を通して確認していたのである。
「それも全くもって謎だ。あのような巨大な機体……テロ組織や民間組織等が扱えるような代物ではないぞ。」
ネルソンは、ダッゲインを知らない。実際はデウス帝国の機体ではあるが、それを鹵獲したのが新生連邦なのだ。その事実を知らない彼は、憶測でしか語れない。
「俺も今まで数多くのMSを見てきましたけど、あそこまででかい図体のMSは初めて見ましたよ。大型のMAとかは昔見せて貰った事ありますけど。只のハイ・バッテリーじゃ駆動無理でしょうね。大型のMAとかに搭載されている、G(Gigantic)ハイ・バッテリーとかじゃないとあれは稼働無理でしょう。」
Gハイ・バッテリー。それは従来のハイ・バッテリーを凌駕する、動力源。そのサイズはMSサイズのハイ・バッテリーの十倍以上にもなる。それらがもたらすエネルギー係数は凄まじく、従来のMSの比にならない熱量が必要になる。それ故、大型サイズのMS、MAに搭載される事が多い、ハイ・バッテリーである。
ダッゲインの場合はそのサイズのハイ・バッテリー以外にもビーム粒子貯蔵タンクのサイズも段違いだ。それらが合わさり、超大型MS、ダッゲインが誕生したのである。
「気になったのはあの機体に搭載されている、ビーム粒子を弾いたフィールドの存在も、気になるな……」
「俺も名前は聞いたことありますよ。バリアーフィールドジェネレーターでしたっけ?」
アレンとレイがダッゲインMk-Ⅱと交戦していた時に話していた単語、バリアーフィールドジェネレーター。ビーム兵器を完全無効にするジェネレーターの一種であり、ビーム兵器が主流になりつつある時代において有用な装置だ。
しかしコスト面やサイズ面の問題が大きく圧し掛かっており、現状ではダッゲイン等の超大型MSにしか搭載されていない。それ故、多数の生産は不可能な装置であるとされている。
(そう言えば砂漠で出会ったMSもビームを弾いていたな。関連があるのだろうか?)
ふと、ネルソンは考える。
彼がカイロの砂漠で出会った大型MS。その機体に対してもビームを放った時、ビームを弾いた。それは一体何を意味するのか、不明な点が多い。
「MSに関しては分からない事が多すぎるな。今回の事や、今までの事を考えると、セイントバードも戦力を少しずつ増強していきたい……と、考えるな。」
「あのデカブツMSもそうですけど、地中海の時みたいに新生連邦がもし、本格的に敵になってきたら、マジで命がいくつあっても足りませんからね。」
「そうなれば、やはり資金援助が欲しくなるな……MS乗りとして生き残る為には人員もそうだが、やはり経済力も必要になる。」
現在、セイントバードは各地の知り合いのジャンク屋等で、スクラップパーツ等を売り、生活をしているのが現状だ。ネルソンが言うように、今後新生連邦軍による攻撃が激化してくる事を考慮すれば、より強力な戦力が欲しい状況である。
「万が一今後、新生連邦が軍備増強を続け、見せしめの為等にMS乗り達等を潰していくような事になれば、我々のような存在は、連中に処刑されるだろう。現に、元々奴等の戦艦である、セイントバードという戦艦を奪って生きているのだ。航行には常に、危険が伴う。」
「けれども、戦後の不景気で元々MSに乗って戦ったり整備したりしてきた人間からすればMS乗りって存在は有難いんですよねぇ。就職先だって見つかりにくい状況ですし。何よりここの人達の場合、みんなが艦長に惚れてるようなものですし。」
「艦長……か。」
シンがそう言った時。ネルソンは、エリィの事を思い出す。
彼が手術をし、幸いにも致命傷でなく済んだエリィではあったが、心の中で、彼女の事が気になっていたネルソン。
「……やはり、心配だな。怪我もそうだが、ここ最近、色々な出来事が重なっていたからな……」
と、言った直後、ネルソンは突然その場を去った。シンとの会話を遮って。
「え!?大尉?」
気がついた時にはネルソンは遠くに移動していた。それを見て、ただ、呆然と見つめるシンだった。
ウィィィィィン
エリィが横になっている部屋に、心配になって来たネルソンが入ってきた。左肩は包帯で巻かれている彼女だが、表情は険しくない様子だった。
「艦長、怪我の様子はどうだ。」
そう言った後、彼は椅子に腰かけ、エリィを見る。
「まだ、痛みはありますけれど安静にしていれば少しはましです。昨日はすぐにここに戻ってくるつもりだったんですけれどね……まさか撃たれるとは思わなかったから……」
と、エリィは左肩を抑えながら、言った。
「ここ最近は様々な事がありすぎた。その状況で彼の行動に付き合う貴方も大したものだ。怪我をしていた貴方を見た時は本当に驚いたからな……」
いつもは冷静な態度のネルソンだったのだが、セイントバードに彼女が戻ってきた時に、その怪我を見た時に驚愕していた。エリィは、ネルソンのその時の表情が印象に残っていた様子だった。
「私の方がびっくりしましたよ。大尉があんな顔を見せるなんて。MS乗りをしていれば怪我の一つや二つ、可能性だってあり得ますよ。」
そう言いながらエリィさ笑っている。多少の怪我でも動じない彼女の強さが現れた台詞と言えた。
しかし、ネルソンはその言葉に対して思わず声を荒げてしまう。
「リスクはあるかも知れんが!無闇にリスクを背負う必要はない!もっと、自分を大切にしてくれ、艦長!!」
そう言っていたネルソンの右手は、いつの間にかエリィの右手に強く触れている。暖かな感触を、感じ取ったネルソン。
「あの、大尉……?」
そう言われた時、ネルソンは目を瞬きし、自身の右手を見た。そして、すぐに手を引っ込め、自らの膝の上に手を戻す。
「うわ!すまない、うっかりしていたようだ。」
と言いながら、咳払いをするネルソン。
「コホン……所で、軽く身体を動かしてみて、目眩とかはしないか?手術後ずっと、横になっていただろう。」
ネルソンに言われ、エリィは身体を動かす。左肩の痛みは動作時に僅かに鋭く生じるが、それ以外では問題なく、動く事が出来た。
「あ、大丈夫みたいです。」
「なら、動いても問題はないだろう。大した怪我でなくて良かったよ。本当に……」
ネルソンがエリィの事を気に掛けるのは、彼女がセイントバードの艦長である為なのか、それとも彼自身の医者としての使命感なのか。それは不明だがネルソンは内心から、彼女の無事を喜んでいる様子だった。
「しかし貴方は無茶ばかりする。貴方の言うようにMS乗りをしていれば確かに怪我の一つや二つはあり得る話だが、もう少し自分を大切にしてくれ。レイといい、貴方といい、まるでどんぐりの背比べだ。全く……」
エリィとネルソンは、歳が四つ離れている。エリィが二十六歳、ネルソンは三十歳だ。艦長を務めているのはエリィだが、ネルソンはその副官のような立ち位置である。
「大尉の治療の腕の良さは私、よく知っていますので!」
歯を見せるように、満面の笑顔で言う、エリィ。
「これではどちらが艦長なのか分からんな、全く。元気なのは良いが元気過ぎるのも手を焼くよ、全く。」
そう言って、ネルソンは立ち上がり、コップを取り出し、水道の蛇口を捻り、水を飲み始めた。多忙を極めていたネルソンは、少しでも水分の摂取をしたかったのである。
「しかし、私と出会った時より本当に明るくなった。アレンやガーストが言っていたが、別人のようだと皆言っているよ。」
と、ネルソンはエリィのことについて語り始める。
両者は戦後に出会い、セイントバードチームの結成のきっかけになった人間同士だ。その時のエリィは、戦時中のアレンやガーストが見た印象通り、どちらかと言えば暗く、物静かな印象を受ける女性だった。だが戦後に彼女はセイントバードチームとして行動していく内に、明るい性格へと変わっていったのである。
「自覚ないんですよ。けど、変わったって言われるようになったのは、やっぱりチームの皆のお陰でもあるのかなぁ。」
そう言った後、エリィは、右肘を使って起き上がり、端座位姿勢をとり、ネルソンと目線を合わせた。
「明るくなった貴方に、皆が次第に心を開くようになった。そして今のチームがある。寧ろ、今では明る過ぎて無茶をする時もあるが、まあ、無事でいてくれるのなら、それで良い。出来るだけ怪我だけは、避けたいものだが……な。」
自身の事よりもエリィの事が心配の様子のネルソン。シンとの会話を遮ってまでも医務室に来たネルソンは、余程エリィが大切なのだろう。
「なんか、お父さんみたいですね、大尉。」
そう言いながら、エリィは後頭部を軽く触る。さらりとした茶色の髪が指に引っかかる事なく、滑る。
「お父さん……だと……」
何故か、ネルソンはショックを受けている様子だった。エリィは少し、首を傾げる。
それが2、3秒程度続く。時間が静止したよな感覚に陥ったネルソン。それから、我を取り戻したように首を振り、改めて、エリィに対し、別の話をした。
「それよりも艦長。あの助けた少女はどうする予定だ?事情を聞くにもセイントバードの居住区の一室に籠ったままで話を聞く事も出来ない。」
スバキの事だ。母親の死を聞き、それからスバキは誰とも喋っていない。何人かの人間が接触を試みたが、スバキは喋ろうとしないのだ。
「あの子……レイ君とも喋らないんでしょうか。」
「恐らくレイは少女に気を遣っている。だから今は喋らないのだろう。」
浅草まで車でレイとスバキを送迎した彼は、この状況を理解していた。それ故に、何も言わずに様子を見ていたのである。
「 私、後で部屋に行きましょうか。艦長として話をすれば、少しは聞いてくれるかもです。」
「そうだな。頼むよ、艦長――」
ウィィィィン
その時、自動ドアが開かれた。そこに姿を見せたのは、シュアー・ラヴィーノだった。エリィを気に入っているシュアーはエリィの怪我を聞きつけ、見舞いに来たのである。
「エリィはん怪我は大丈夫かいな!?」
慌てふためいた様子で部屋に入ってくるシュアー。
「昨日見舞いに来たかったんやけど、新生連邦の件で日本政府に事情を聞かれてもうてな、その対応せなあかんかったんやわ、すまん、すまん!」
と言いながら、両手を合わせてエリィに謝罪をする。
「いえいえ、それは大丈夫ですよ?来て下さってありがとうございます!」
と、笑顔で答えるエリィ。
「そうそう、ちょっとモニター付けてみ。昨日の事でニュースやっとるで。」
そう言われ、部屋に置いていたモニターの電源を、側に置いていたリモコンで付ける、エリィ。
モニターを見ると、ニュースキャスターが昨日の事件についてニュース内容を伝えていた。
『昨日昼頃に浅草周辺の市街地に出現した超大型MSは日本の自衛隊の協力により、侵攻を防ぐ事が出来ました。この事故により、少なくとも十五名が死亡、四十名が重軽傷を負ったという報告があります。また、この件の後に新生連邦軍と所属不明組織のMSでの交戦が東京、奥多摩地方であったという報告があり、新生連邦軍がこの所属不明組織に対して迎撃を行いました。超大型MSの存在と所属不明組織の件の因果関係は不明ですが、当局はこれらと何らかの関係があると踏まえた上で、現在、新生連邦本部から調査隊が派遣され、詳しい状況を確認していくとの事です。』
「昨日のニュースや。確か女の子を助けるとかなんとか言って、ガンダムを使ったんやろ?そしたら連邦が追いかけて来た……って話やな。」
シュアーが腕を組みながら言った。
「確かにレイと艦長がガンダムに乗って、少女を助けた。それを新生連邦軍が迎撃したというのはあながち間違ってはいないですね。」
と、ネルソンが言う。
「いやいや、このニュースで気になるのはな、昨日のデカブツがあんたらと関係あるみたいな書き方しとるねん。どういう事これ?」
新生連邦がアインスを迎撃したのは、事実だ。スバキを救出する為だった為だ。だがニュースの書き方を見て、シュアーは違和感を覚えていたのだ。
これは、ダッゲインの事故を隠蔽しようとする新生連邦の情報部による工作だ。ダッゲインを別の組織の所属機体という事にしているという報道。組織にとって都合の悪い内容は、全て隠蔽され、全く異なる内容として報道される。真実を訴える者がいたとしても、それは所詮、書き換えられるのだ。
「分かりません。あの巨体との関係性云々を言われても私達だってスバキさんを助けに行く途中であれに巻き込まれてる訳ですし。」
「そりゃ、そうやわな。あんたらがあんなデカブツを扱える訳ないのは知っとるし。」
「と言う事は、メディアによる情報の書き換えか……」
ネルソンが口元に指を持っていき、考える仕草を見せる。
「どこの所属が知らん機体をあたかもあんたらと関係あるみたいな言い方してるのが気に食わんな。訳分からん、ほんま。」
シュアーは立腹した様子で言った。
「思うんですけど、メディアが私達を所属不明組織って報道しているって事は、世論を誘導して、その上で私達を叩く大義名分になる訳ですよね。」
エリィが言った。この世界のメディアは世論を操作しようとする傾向にある。それ故に、反連邦組織は世論から見て、“敵”と見做されるのだ。
「新生連邦にとっては都合はええかもな。けどここは日本政府の管轄やからここに連邦が攻めてくるって事はありえへんで。本来ならな。」
と、シュアーが言った。
「確かに。だが気になるのは、何故昨日は敵の機体がこの敷地に入ってきて、アインスガンダムと交戦をしたのか。」
スバキ救出の為に、アインスが出撃し、途中まで迎撃するのならば、分かる。しかしここでややこしいのは、シュアーのジャンク屋が新生連邦にとって立ち入り禁止区域にも関わらず、侵入してきたMSが居たという話だ。クラリス・デイルの駆るジョゼフがこれに該当する。
「ルール知らんアホが入って来たんやろ。」
シュアーの経営するジャンク屋。新生連邦の加盟国である日本においてその存在が許されている理由。それは以前ガーストがレイに言っていたように、シュアーが日本政府とのコネクションを持っているのが大きい。
「フォンも大変やわほんま。日本は本来、平和国の加盟国のみで良かったのに新生連邦の連中が後から加盟国に無理矢理しよったから日本はややこしいねん。」
この時代の日本は、新生連邦の加盟国でありながら平和国連盟の加盟国でもある。現在が戦後の混乱期という事もあり、明確な線引きがされていない状況。その為、新生連邦軍の設置が義務付けられていながらも日本は自衛隊という独自の部隊を持つことが出来ていた。そして、平和国連盟が絡んでいる為、新生連邦も大きく武力行使を行うことが出来ない。
表向きは平和な国である日本ではあるがこうしたややこしい世界情勢が複雑に絡み合っているのである。
「フォンって確か、フォン・ヤマグチ。日本の首相ですよね?」
エリィが聞いた。
「そや。仲ええねん。わしとフォンはな。」
シュアーの言う、日本政府の首相、フォン・ヤマグチ。彼とシュアーのコネクションは非常に太い関係である。デウス動乱後に何度か交流があった両者。戦後にフォンは日本政府首相となり、シュアーはジャンク屋を経営。その為、シュアーとコネクションのある人間は特別な待遇を受けることが出来るようになったのだ。
又、フォンは日本政府首相という立場でありながら平和国連盟とも繋がりが強い存在であり、国内に新生連邦政府の基地があっても日本国内で特定領域の戦闘を禁止することが出来る権力を持つのだ。その特定領域の一つが、シュアーの経営するジャンク屋の敷地である。
「フォンは平和国連盟と強いパイプがあるからな。新生連邦も迂闊な事はでけへんっつー訳やで。向こうもルールをしっかり理解してくれな困るっつー訳や。」
そう言って、シュアーはモニターを消した。
「そんな凄い人とコネがあるシュアーさんも凄い人間ですけどね。」
ネルソンが、言った。
「わしは別に凄ないわ。あいつとは仲良いだけや。」
そうは言うが、どこか誇らしげにしている、シュアー。
「新生連邦軍が軍備増強を続けている中で、今の世界情勢で大規模な戦闘が起きていないのも、フォン・ヤマグチ首相が頑張ってくれているって話ですもんね。」
エリィがシュアーに対し、言った。
「そうやなぁ。そこは平和国と頑張って連携取ってくれてるからなぁ。フォンはあのチャール・ポレクからも一目置かれてるし、加盟国で戦争行為等がない様に尽力してくれてるのはほんま、有難いわ。だからわしらもMS整備とかの仕事も出来るって訳や。」
「そういう背景が無ければMSなど、兵器ですからね。」
ネルソンが言う。
「わしらは兵器としてのMSの整備はやっとらんぞ?わしと仲良い、ジャンク屋でMS乗りをやってる連中のあくまでも支援や。別に日本の脅威を生み出す存在としてジャンク屋はやっとらんからな。万が一あんたらがMSで日本政府に攻撃するとかゆうたらここで止めなあかんしな。」
デウス動乱を経て、新生連邦政府と平和国連盟が入り混じり合う世界情勢。平和国の目的は新生連邦の監視。しかしその新生連邦は軍備増強を続ける。
しかしその新生連邦政府が迂闊に武力介入出来ない地域が、地球圏にはあった。それは日本をはじめとした先進国である。そこは平和国連盟の力が強いのと、フォン・ヤマグチの影響力の強さが関係していた。テロ、内乱等の行為は多少あれど、大規模な紛争、国同士の戦争等がなく経過しているのはこうした事情が絡んでいる為である。
だが昨日の件は新生連邦が大きく関係していたのにも関わらず、メディアは新生連邦を擁護するような内容で発信している。これは、世界中のメディア関係が新生連邦政府の情報部によって支配されている事が原因だった。新生連邦側にとって不都合な情報は、全て情報部によって消されるのである。
「原因が分からん、所属も分からんデカブツ機体をあたかもあんたらと関係あるみたいな報道は気に食わんな。これでも、事実言うたら新生連邦に制裁加えられるしな。」
はぁ、とシュアーが溜息を吐いた時だった――
「あのデカブツは新生連邦の所属だよ」
一人の少女が口を開いた。その方向に、三人が一斉に顔を向ける。
「スバキさん……?」
そこに居たのはセイントバードの居住区の一室にて部屋に籠っていた筈のスバキだった。母親を亡くした事を知り、そのショックで引き篭もっていた筈の少女が、この医務室に姿を見せたのである。
「いつの間に……?」
「そこのおっさんが入ってからすぐだよ。話し込んでたみたいで全然気付かなかったな。あんた。」
と、スバキはエリィに対して言った。
「おっさんは失礼やろ!おっちゃんにしとき!お嬢ちゃん!」
シュアーは声を荒げた。呼び方一つでも、人は怒りを覚えるものなのである。
「んなもんどうでも良いんだよ。それよりデカブツの話だ。あれは新生連邦所属の機体で、私は、あれのパイロットを知ってる。」
「どうでも良いって……」
スバキは実際にダッゲインに乗り、サイコミュ試験運用の為にバレットビットを操った。その次に搭乗したパイロット、リノアス・クリストル。彼女がダッゲインを駆り、都市部へ侵攻をした。
「それは、誰だ?」
「新生連邦の強化モデルって言ってた。」
スバキの言葉により、彼等が疑問を抱いていた事が明らかになっていく。ダッゲインが新生連邦の所属機体であり、パイロットが強化モデルの人間であるという事。メディアが報道していた内容は全くの出鱈目ということがこれで明らかになった。
「やはりメディアは嘘をついていた事になるな。……スバキ。良ければ君が置かれた状況を詳しく、話せるか。」
「いいよ。」
それからスバキは一連の事について全てを話した。ダッゲインの暴走の真相を始め、新生連邦で自分が受けた仕打ち等について……
全てを話したスバキ。壮絶な体験をしたスバキの言葉は、三人を黙らせるのに十分だった。
その中で、シュアーがゆっくりと、口を開いた。
「君を助けたの、エリィはんとあの女の子みたいな子供やろ。それ聞いたら助けたくもなるわ。わしやったらそうーする。それから色々と重なったって訳やな。」
「そう言う事だよ、おっさん。」
スバキの言葉に、シュアーは再び言葉を紡いだ。
「それよりも、貴方……色々と大丈夫なの?その……お母さんの事とか。」
エリィ自身、言い辛い事なのは分かっていた。しかしここにスバキがいる以上はその事も踏まえ、話さないといけないと、考えていたのだ。
「そりゃ、落ち込んだよ。ずっと、悲しんでた。けどさ、あんたとレイが助けてくれた。そう考えたら、いつまでも落ち込んでられるかよ。それにさ、怪我をしているあんたにお礼も言えてないしさ。」
彼女にとって辛い事が続いた筈なのに、それでもスバキは部屋を出た。エリィに礼を伝えていない事。それが、彼女を動かした。
「んで、部屋に入ったらその話をしていただろ。だから真実を伝えたって訳だよ。」
この時、エリィはスバキの心の強さを感じ取っていた。辛い経験をしてきた上で、肉親を亡くした彼女。それでも立ち上がり、礼を言う事が出来る、彼女の強さ。エリィはただ、それに感銘を受けていた。
「スバキさん、貴方……強いんだね。」
優しい笑みで、スバキを見るエリィ。
「昨日、レイから少し聞いた。あんた、この戦艦の艦長なんだろ。お願いがある。」
すると、スバキは改まった様子でエリィの前に立ち、そして、静かにお辞儀をする。
「あんた達と一緒について行きたい。助けてくれた礼をしたい。この艦で、一緒に行動させてくれ。」
予想もしない言葉が出てきた。スバキに関して、今後どうしていこうかとネルソンと話していた矢先に、本人からセイントバードに居たいという話をして来たのだ。エリィは表情を固め、ただ、目を開けたままにしていた。当然、エリィ以外の「二人も驚愕している。
「あの、スバキさん……?気持ちは嬉しいんだけど、貴方、確か学校とかあるんじゃなかったのかな?」
その件についてはレイから聞いていた。それ故に、彼女の言葉に対して戸惑っている。
「あれは奴等が出してくれた金で行ってた。私には母さんもいないし、金を出していたマサアキだって死んだ。そんな状態であの基地に戻るなんで今更出来る筈がない。だったら、私に残された選択肢はあんた達と共に行動する事だ。」
人員不足になりやすいセイントバードチームにとって、ありがたい話ではあった。そして、スバキの意思の固さを、エリィは感じ取っている。
「あんた達と共に行動する。雑用だってなんだってやるよ。なんだったら、何かあった時にはMSだって乗ってやる。」
戦力は多い方が良い。その台詞は非常にありがたい。しかし、エリィはこの言葉を素直に受け止めて良いのか……と、考えていた。
「スバキ。君の気持ちは分かる。君の状況を聞けば、確かにここに居た方が良いかも知れない。」
スバキは今、帰る場所がない。実家も破壊されている。ただ、残されているのは学校に通う事だけ。無論、学校に泊まることは出来ない。その状況を考えた時、彼女の居場所を提供できるのはここだけではないか……と、ネルソンは考えた。
「私には、もうここしかないんだ。日本にはもういられない。それに、助けてくれた恩を返せないのは嫌なんだよ!」
ネルソンは腕を組み、考える。スバキを仲間に入れれば人員が増える。更に、彼女はMSを操ることが出来る。それはセイントバードにとってメリットしかない。また、彼女の現在の状況を考えれば、今はセイントバードで生活をしていく方が良い。
「スバキ、君が良いのならば、私は賛成だ。艦長はどう思う?」
ネルソンはエリィに振った。それを聞いた彼女は、笑みを浮かべる。
「勿論、こんな所で良ければ……だけれどもね。」
スバキがセイントバードチームに加わる事を、承諾した。これにより、正式にスバキ・シンドウがセイントバードチームの一員に加わる事となったのである。
レイが助けたいと言った少女は、結果的にクルーになった。彼女はMSに乗り、戦うことが出来る。その上で様々な仕事を与える上で、衣食住を全て提供する。それが、セイントバードに留まる条件となった。
「となれば、スバキさん。ここが貴方の家になる訳ね。」
「日本にはもう、住む場所がない。だったら、このまま出て行ってやるよ。」
落ち込んでいたスバキの姿は何処へ行ったのか。今の彼女は、どこか頼もしささえ、感じる。
「ただ、気を付けなければならないのはこの艦は常に安全な環境ではないという事だ。昨日の戦闘でもそうだが、新生連邦に目を付けられる可能性が高い。戦力は奴等の方が上だ。その中で生き残れる保証はないぞ。」
確認のように、ネルソンが聞いた。
「ニュース、見てたよ。新生連邦の連中は都合よく事実を捻じ曲げる連中だ。今まではあいつらの言いなりだった。学校に行く為の金を出してはくれていたけど、その代わりに戦わせられてきたんだよ。」
マサアキの事に関して、どうやら彼女の中で踏ん切りがついた様子だった。
「例え新生連邦が相手だろうが、やってやるよ。私だって今までMSで戦ってきた。どんな機体でも、与えてくれればそれなりに戦ってやるさ。」
スバキの強い言葉。レイと会った時のスバキが、戻ってきたようだった。
「じゃあ、決まりね。」
エリィはウインクをし、反応した。
「……なんかよう分からんけど、えらい青臭いやりとり見たような気ぃするわ。まあええか。」
ぽりぽりと、シュアーは頭を掻いた。後頭部の髪量が少ないシュアー。その部分は何故か、よく痒くなるようだ。
「エリィはん、ここに居る限りは安全やけど、発進した後の航空の安全は保障しかねるで。新生連邦の連中は、確実に昨日の件でセイントバードに目ぇ付けよったさかい。ほなね。」
そう言って、シュアーは医務室を去って行った。
「私も、レイに会ってくる!報告、したいからな!」
次に、スバキが部屋を去った。セイントバードチームのクルーになれた事を、心から喜んでいる様子のスバキ。エリィが出会った時よりも明らかに元気な様子の彼女を見て、エリィは呆然としていた。
「……なんだか、凄く、強い子ですね。あの子。」
「あ、ああ……そうだな。」
落ち込んでいるとばかり思っていたスバキ。予想以上の彼女の心の強さに驚愕する、両者。
やがてエリィはベッドから立ち上がり、少し歩こうとした時――
「ああ、そうだ艦長。シュアーさんやスバキに気を取られていて、私から伝えるのを忘れていた事がある。」
「え?はい、何でしょうか?」
ネルソンは、思い出したようにエリィに対し、口を開いた。
「アレンが言っていたが、ジャンヌ・アステルがここに来るそうだ。」
「え?ああ、今は世界中でコンサートやってますよね!……えぇぇぇぇ!?」
エリィは驚愕した――
ガタッ
と、同時に姿勢を崩す。
「艦長!?」
それを見たネルソンが、エリィの腰に手を当てる。
間一髪、エリィが転倒するのを回避する事は出来た。しかし、その、“触れた場所”が、良くなかった。
「大尉……これ、所謂ラッキースケベって奴ですねぇ?」
「え……あ……!!」
ネルソンの右手は、エリィの乳房に思いきり触れていた。それを嫌がるどころか、エリィは何故か冷静な表情でいた。
ウィィィィィン
「遅いですよ、大尉!いつまで居てるんですか――」
シンが、部屋に入ってきた。そこで彼が見たのは、ベッドからすらりと長い脚を下ろし、体幹のみ背臥位姿勢になっているエリィに、ネルソンが右手で胸を触り、左手で腰を支えているという、光景だ。
それを見たシンは顔を赤め、言った。
「た、大尉……貴方って人はッッ!!!」
「違う!シン、落ちついて聞け!」
「見損ないましたよ!俺との会話を遮って艦長とこんな事!!!みんなの憧れの艦長を、こんな風に!!!この事を他の奴等に知れ渡ったらどうなるでしょうね!?」
立腹しつつ、涙目になりながら、シンはその場を去った。
「ああ、何てことだ……。」
「シン君、何と勘違いしたんだろう……?」
純粋に姿勢を崩すエリィを助けようとしただけなのに、誤解を与えてしまったネルソンは、ただ、溜息を吐くばかりだった。
新生連邦軍奥多摩基地にて。昨日のダッゲインMk-Ⅱの市街地の暴走について調査を行う調査班。その中には新生連邦総司令、レヴィー・ダイルの姿もあった。ウイングイーグルを用いて奥多摩に降り立ち、超大型MSが都市部を攻撃したという事に対し、事情聴取を、総司令自らが行なっていたのである。
こうした事が出来るのは、彼自身のその若さによるものだ。新生連邦という、現在の世界の中心となっている勢力のトップであるレヴィー・ダイル。彼のその年齢故に、何らかのトラブルが生じた時でも自身が現場に駆けつけるといった事が出来るのである。
「総司令自らがこちらに来られるとは、遥々、お疲れ様です。」
そう言うのは、フーク・カズロブだ。奥多摩基地の司令官だったマサアキがレイに倒された為、対応をしているのは彼という事になっている。
「そちらで管理していた超大型MS、ダッゲインが都市部への侵攻をしたという報告を受けています。何故このような事になったのか。説明を願えますか。」
総司令故に、現場の把握をしなければならないと考えていた総司令。その側には側近のソフィアの姿もあった。
「マサアキ・アルト少佐が、シンギュラルタイプの人間をダッゲインに乗せ、サイコミュ兵器の実験を行った時にそれは起きました。突如都市部へ移動を始め、サイコミュ兵器を一般市民に向け始めたのです。」
「サイコミュの暴走……と言う事でしょうか。」
「そう言う事になります。」
「では、司令官のマサアキ・アルト少佐は今どこに?」
「残念ながら、この件の後、行方不明となっています。私にも所在は不明です。暴走事故の責任を取った可能性も、あり得ます。」
「自殺……と言う事ですか。」
「恐らくは。」
フークは、虚偽の報告をした。実際は彼が扱っていた特殊強化モデル、リノアス・クリストルの暴走が原因なのだが、それらの責任を、死亡したマサアキ・アルトに擦りつけようとしていたのである。
本来、虚偽の報告などあってはならない。それをする理由は自己保身か、部下を守る為ならばあるいは自己犠牲か。フークの場合は前者を取った。佐官の人間として、あるまじき行為である。
「ではダッゲインのパイロットは?」
「残念ながら、行方不明です。私にも所在は分かりません。あの機体が戻った時。既にパイロットは姿を見せていませんでした。」
「そのような事、普通ならばあり得ないと思いますが。」
突然の疑問。しかし、フークは言った。
「先日はダッゲインの件と、もう一つ交戦があったのです。所属不明組織と、奥多摩基地のMS部隊との交戦が。」
「交戦……確かに、情報では聞いていますが。」
「私にも詳しい事は分かりませんが、その際に連れ去られた可能性もありますね。その意図は不明ですが。」
事実が書き換えられていく。実際は基地内にいたスバキを、レイとエリィが救出したのだが、フークの言い分では、ダッゲインに乗っていたスバキを、敵勢力が連れ去ったと述べているのだ。
「その勢力は今、日本政府の保護区にいるとされています。その為、そこへの攻撃は不可能です。」
条約で決まっている内容。昨日、それをクラリスが破った。
「また、保護区へ無断で立ち入ったパイロットに関しては、謹慎処分を下しています。」
フークは総司令に、伝えた。
「事情は分かりました。ちなみに、その“敵勢力”について何か知っていますか。」
「報告によれば、ガンダムタイプを所持していたという話を受けておりますが、残念ですが詳細は不明です。」
「ガンダムタイプ……ですか。」
総司令はそれを聞き、一つ、思い当たる存在を思い返していた。
セイントバード。地中海上で彼等と交戦し、ウイングイーグルは損傷を受けた。そこに居たアインスガンダムの存在が、気になったのである。
「カズロブ大佐。近日中にそちらにMSを派遣しましょう。もし、敵性戦力に“ガンダムタイプ”が存在するのならば、それらは大きな戦力となり得ます。」
総司令の金色の髪は、静かに靡いていた。
「しかし、保護区へは侵攻は不可能とされておりますが。」
フークが疑問を抱く。が、総司令は言う。
「恐らく彼等は“補給”を受けていると思われます。それが終われば“飛び立つ”筈です。日本の領域を離れれば、迎撃を開始する事は可能です。」
それは、敵戦力の正体がセイントバードチームである事を見抜いている何よりの証であった。彼等は日本にいる。だが、日本の保護区に隠れている以上は迂闊な攻撃を受けない。それを理解していた総司令は、あえて戦力を派遣する事を約束したのであった。
「詳細は後程連絡をします。では。」
そう言って、総司令は敬礼をした後にその場を去る。ソフィアと、そして護衛の兵士と共に。
その後、ウイングイーグル内にて、ダリアと話をする総司令。フークの発言に対し、僅かながら疑問を抱いている様子の、ダリア。
「カズロブ大佐は特殊強化モデルを取り扱っている筈です。なのに、超大型MSが都市部へ侵攻をしたのは奥多摩基地内いた、シンギュラルタイプと言われる人種のパイロットという報告。これには、私は引っ掛かる所があると、考えます。」
ダリアはフークの事を疑っていた。明らかに虚偽報告ではないか……と。
「仮にそうとしても、都市部にMSが侵攻してしまった事に変わりはありません。それは、最早止められない話です。元々の司令官であるマサアキ・アルト少佐の行方が不明である以上はこれ以上の詮索は不可能です。」
総司令は、静かに言った。
虚偽の報告をしているフーク。だが、彼のその発言は、まるでフークの発言を容認した上で語っているようにしか思えない。真実に対する追求の関心が、無い様子である。
「それに、以前交戦したあの同型艦……セイントバードが恐らく日本に居る事はほぼ、間違いないとみて良いでしょう。日本にガンダムタイプの証言があるという事は、つまりはそういう事です。」
地中海上での戦闘の事を、思い返す総司令。ウイングイーグルの艦長である、ダリアも煮え湯を飲まされた相手である、セイントバード。それが日本に潜んでいる事を聞き、ダリアは眉を顰める。
「彼等が日本に……」
「それも、保護区に隠れていると予想出来ます。だから我々が攻撃を行う事は出来ません。我々はこの場に長く止まる事は致しません。現地を指揮している人間はカズロブ大佐のみです。彼はデウス動乱時に前線の指揮をされていました。当時の功績もあり、その為、彼に任せようと考えたのです。」
「……」
と、ダリアは沈黙を見せる。今回の事故はリノアスを管理していたフークの失態はあるのだが、その男に任せようという総司令。彼の失態を見抜いた上で任せているのか、或いは気付いていないのかは定かではない。
セイントバードとアインスガンダムの奪還。彼等にとっては願ってもないチャンスだ。ただ、邪魔をしているのは日本の保護区という存在、それだけである。
「ところで、ローゼント中佐。私が本部から日本に、貴方の指揮するウイングイーグルを使い、来た理由がもう一つ、あります。」
「何でしょうか。」
総司令は、両手を後ろに組み、静かにその、小さな口を開く。
「日本の静岡、駿河に未確認の艦艇が潜んでいるという、匿名情報が入ってきました。この情報の真偽を確認する為に潜水艦を派遣した所、ライブラリと照合しない、艦艇らしき影が確認出来ました。」
「艦艇……何故、そのような所に?」
「詳細は不明です。が、何らかの組織が関わっているのではないかと、考えています。」
匿名情報というのは信憑性に欠けるものが多い。本来ならば見逃される筈の情報。しかし総司令はこれに対して調査を依頼。その結果、それは本物の情報だった。
駿河湾に艦艇が隠されている。それは何なのか、不明である。
「攻撃を、仕掛けるのですか。」
ダリアの言葉に対し、総司令は言う。
「いえ、様子観察をします。ウイングイーグルを駿河湾沖に待機して下さい。様子を伺います。何か動きがあれば、戦闘態勢も視野に入れて行きます。」
「ハッ。」
ダリアは敬礼し、ブリッジ内にいるクルー達に、ウイングイーグルを発進するように命じる。
(僕としてはこちらの方が気になる。ライブラリに載らない艦艇……どこの組織の艦なのか、それを確かめる必要は、あるか。)
セイントバード迎撃はフークに任せ、自らは駿河に存在するという、謎の艦艇の調査をする為に、ウイングイーグルに同乗し、向かっていく。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオ
やがてエンジンが点火し、その巨大な鷹は両翼を展開し、飛び立って行ったのだった。
「総司令に詮索をされるとは、厄介なものだ。」
と、言うのは奥多摩基地に残っていたフークである。そして、その側にはリノアスの姿もあった。
「しかしリノアスが何故暴走をしたのかは不明だ。そして、それが止まったのも……」
それは、昨日に遡る。ダッゲインの暴走が止まり、バーニアを使い、基地へ帰還した時だった。
コクピットから降りてきたリノアスはヘルメットを取り、フークの元へ戻る。
「リノアス、なぜこのような真似をした!?」
叱責をするフーク。それに対し、リノアスは答えた。
「暖かな……感じがしました……。その感覚は……私に安らぎを……与えて……くれました。私にない、感情を……与えてくれました……。」
「感情……だと……?」
それが何を意味するのかは分からない。それが暴走のきっかけなのか、暴走が止まったきっかけなのか。
「暖かくて……優しい……感じ……そんな……パイロットが……いました……」
「暖かくて優しいパイロット……?」
それが、何を示すのかは不明だ。ただ、リノアスは引き続き語り始める。
「分からない……けど……でも……優しい心を……持っていたパイロット……でした……」
この時、リノアスは僅かに笑みを浮かべていた。感情がない筈の、特殊強化モデル。だが今の彼女には、“喜び”という感情が作り出されようとしていたのである――
「感情と言うものは、リノアスにはあってはならん。それはリノアスにとっての欠陥でしかない。まだまだ、リノアスには活躍してもらわなければならん……君。」
近くに居た、基地所属の兵士にフークが聞いた。
「ここはシンギュラルタイプの研究施設だが、強化モデルに対応している強化装置等は設置しているか。」
「ハ、今は使われておりませんが、設置自体はしております。」
それを聞き、フークは静かに言った。
「なら、この研究所の装置を利用して、リノアスを再強化する必要があるな。」
今回の件で、リノアスに欠陥が見つかったというフーク。人間らしい感情こそが、リノアスにとって最大の敵。それが、フークがリノアスに求める理想だ。最早これは人間としての扱いを成していない。只の、戦闘マシーン以外の、何者でもないのであった――
そして、翌日。レヴィー・ダイルが去った後の奥多摩基地にて。マサアキの代わりに臨時の司令官を行う事になったフーク。彼は強化済みのリノアスを傍に置き、指令室に移動していた。
「カズロブ大佐、奥多摩エリアの調査の結果、アルト少佐の機体の破片が見つかったとの事です。」
報告に来た兵士が、言った。
「そうか、彼は、名誉ある戦死を遂げたという訳だな・・・・・・」
と、哀悼を捧げる様子で静かに、目を瞑った。しかし――
(所詮シンギュラルタイプに拘り過ぎた男の末路という訳だな。)
この時、この男はマサアキを見下すような事を思っていた。表向きの言葉と違い、内心では奇妙な笑みを浮かべている。
「それと、もう一つ報告が。本部からの派遣で、近日中に当基地に二機のガンダムタイプが配備されるとの事です。何でも、姉妹が駆るガンダムタイプだとか。」
姉妹のガンダム。チェーニ姉妹のガンダムである。総司令はそれらを、奥多摩基地へ配備すると言ってきたのである。
「先程総司令が言っていたMSの事か。二機の、姉妹が操るガンダムタイプ……随分と良いものを派遣されるのだな。」
「それと、総司令より追記が。日本国内において今後、超大型MSの使用は禁ずる……と。やはり都市部への侵攻が問題となったようです。」
それを聞き、フークは両腕を組んだ。
「となれば、リノアスは暫くお預けという訳か。」
「無理もありませんよ。原因不明の暴走行為。むやみやたらにそんな事が行われていてはいずれは人が住めなくなりますよ。国際問題にも発展しかねません。例えるなら怪獣が都市を破壊しているようなものですからね。」
兵士は何気なく台詞を吐いた。
「君は、リノアスを侮辱しているのかね?」
フークが放ったその言葉。明らかに口調が敵意を剥き出しにしている。それを聞き、恐怖を感じた兵士は
「し、失礼致しましたっ!」
と言って、その場から姿を消したのだった――
フークにより、謹慎処分を受けていたクラリス。彼は基地への出入りも許可されず、都市部を歩いている。
合流した友人であるマサアキは戦死。その情報を聞いたのはダッゲインが都市部侵攻を行ってから後の事だった。その上でフークから謹慎処分命令を受けるクラリス。彼は途方に暮れている状態だった。
「クソが!マサアキの奴が倒されて……俺は謹慎処分……こんな、屈辱!それもこれも、あいつがいるからだ!あいつさえいなければ!!」
独り言を呟き、歩く男。その様子は、まるで軍人とは思えない。不貞腐れている、愚かな成人男性だ。
「俺はどうしてここまで落ちてしまった……!?新生連邦が樹立した時はバリバリ活躍していて、それでやっと中尉までのし上がったのによ!」
そう言って、近くにある壁を握り拳で殴る。その瞬間に彼の拳は衝撃によって血を出す。だがそれに対して痛みを感じる事なく、ただ、怒りを覚えているばかりである。
「全部あいつだ……あいつのせいで!レイ!あいつさえいなければよっ!!」
その怒りをレイにぶつけるクラリス。だが今回の失態は彼が条約等のルールを知らないが故に生じた事であり、レイは何も関係がない。
「クラリスさん……?」
ふと、聞き覚えのある声が聞こえた。その声に耳を貸すクラリス。
「お、お前ら……」
そこで偶然にも出会ったのは、ギリシャで彼を助けた姉妹だった。アユとリン。同じ航空機で日本に来ていた彼女達。そして、彼が壁に対して殴るという、大人気ない場面を、しっかりと見ていたのである。
「あんた何やってんの?壁殴って。拳で殴って壊せる訳ないじゃん。」
リンの毒の効いた言葉がクラリスに浴びせられる。
「るせっ……見せモンじゃねぇんだよ!」
と、視線を合わせないようにするクラリス。
「もしかして、怒ってますか。」
隣にいた、姉のアユが聞いた。
「お姉ちゃん、怒ってなきゃ壁なんて殴らないって。てかさ、ずっと気になってたんだけどさ、あんた本当に軍人なの?」
リンの言葉がクラリスに突き刺さる。現在も、処罰を受けているクラリス。途方に暮れている状態で、情けない姿を、よりにもよって助けられた姉妹に見られるという失態。
「あの時はちょっと良いかな……なんて思ったけどやっぱり駄目だわ。情けないわ。あんたホント。」
クラリスの表情が怒りから無へ変わっていく。ここまで言われ、彼は怒る気力すら無くなって行っていたのだ。
「リン、言い過ぎよ……クラリスさんだって、色々と事情を抱えているんだと思うし……あの、もし良かったらお話、伺いますよ?」
気を遣うアユだが、クラリスにとってはその気遣いですら、辛いものであった。
「フォローになってねぇんだよ……てかお前等が何でここに居るんだよ。あのデカブツMSの被害には、遭ってないのか?」
クラリスの問いに対し、アユが答えた。
「私達は浅草方面じゃないので、無事でした。今は二人で晩御飯の為の買い物に出掛けている途中だったんです。あ、もし今、お暇でしたらご一緒しますか?」
「え!?こいつと買い物?いや、勘弁してよお姉ちゃん……」
クラリスへの対応がまるで正反対の姉妹。優しい姉と、毒を吐く妹。軍人でもない、このような一般人達に偉そうな口調で言われる事自体、彼は情けないと、思っていた。
(俺は、どこまで落ちるんだ……こんな姉妹に馬鹿にされたり、心配されたり……俺は本当に軍人なのか?新生連邦の軍人がこんなザマじゃ洒落にならねぇぞ……)
軍人とは何なのか。彼の場合はMSのパイロットを務めている存在だ。それだけでない。一般市民を律する立場にあるのも、軍人の役目である。
しかし今の彼は条約違反等を繰り返す等の行為を行ったり、ましてや一般人である筈のレイに敗北を喫しているクラリス。自身が軍人である理由が、全く分からない状態に陥っていたのである。
(情けねぇ状態が続くのなら、いっそどん底まで落ちて行く方がいいのかもな……)
最早、今のクラリスは自棄になっていた。精神的にどうでも良くなっていた彼は、アユに対して口を開く。
「買い物……付いて行っていいか?俺も、晩飯を買わなきゃならねぇんだ。」
謹慎処分中のクラリスは、一般市民と変わらぬ扱いだ。いや、仕事が与えられない分、下手をすれば一般人よりも扱いは悪い可能性がある。なら、いっそプライドを捨ててこの姉妹と買い物でも楽しんで居ようと、考え出すクラリスだった。
「はぁ!?マジで言ってんの?引くわ……女の子二人の買い物に軍人の男が付いて行くという絵面が引く!控えめに言って気持ち悪い!はっきり言って吐き気催すわ!!」
罵詈雑言を吐き続ける言うリン。だがここまで言われているにも関わらず、クラリスは何の反応も見せない。最早彼の中にプライドは無いのだろうか。
「どうとでも言えよ」
と、一言言った。
「あ……えっとですね……“休日の姉妹の買い物に付き合うお兄さん”では駄目でしょうか?ほら、クラリスさんも私服ですし!軍人さんだってお休みの日に妹さんとかの付き合い、するでしょう?」
と、フォローをするアユ。
「俺は一人っ子で育ってんだ。兄弟姉妹なんていねぇ」
目が虚ろなクラリスを見て、アユの表情は不安を感じていた。大丈夫なのだろうか……と、彼女は思っている。
だが、この状況に対して怒りを覚えた人間がいた。妹のリンである。
「はぁ……あの時の恰好良かったあんたはどこに行った訳!?あの借金取りを追い払ったあの時のあんたの姿、あれは本当にあの時の軍人なのか……気になってきたわ!ほんと情けない。お姉ちゃん、こんな奴放って行こうよ。」
「けど……」
戸惑う姉。突き放す妹。クラリスは、この光景を目の前にし、ふと、声を出す。
「人間ってのはなんでこう、調子が出る時と出ない時で差があるんだろうな。」
何気ない言葉。だが、それはアユに聞こえていた。
「多分ですけど……調子が出ない時って、何かに固執し過ぎているからじゃないんですかね。」
「固執?」
アユから出た言葉に耳を傾ける、クラリス。
「何か調子が悪くなって、それがどんどん続いて、それに固執するようになっていって……それが、どんどん失敗を招くような気がするんです。これ、私の場合、なんですけどね。えへへ……」
何故だろうか、アユの言葉がクラリスにとっては新鮮に聞こえた。
彼は軍に入ってから上司に恵まれた事がない。成功に対する称賛、失敗に対する助言等を受けた事がない。それは彼自身の不器用な性格が災いしていた事もあったのだが、それ以上に彼の上司が人を見る目が全くないと言える人間ばかりと言うのも、関係があった。
アユ・ヒーストが言ったこの言葉はクラリスに大きく響く。
「固執してるから……俺は失敗しているのかよ?」
思えば、レイと出会ってから彼はレイと戦う事ばかりを考えていた。その度に彼は失敗し、敗れ、やがてはこのような謹慎処分を受ける事になった。
(待てよ、もし俺があいつの存在に固執し続けて、それで失敗しているのだとしたら……)
自棄になっていた彼にとって、救いの声が聞こえたような、そのような感覚に陥っているクラリス。
「俺は、どうすればいいと思う?アユ。」
今度は、クラリスの方がアユに聞いた。
「え?わ、分かりませんけれど……多分、広い視野を持つ事が、大切じゃないんでしょうか?」
「お姉ちゃん、こいつがそれは無理じゃない?ギリシャで一緒に居た時に思ったけれど、こいつは視野狭すぎ。だから私が言った事に対していちいち怒るし、気にするのよ。」
リンの尖った言葉。しかし、その言葉も、今のクラリスにとっては助言に聞こえていた。
「視野が狭すぎ……そうか、俺は視野が狭かったのか……!」
何故だろうか。この時クラリスの表情が、明るくなった。目が見開かれ、先程まで地面を見ていた視線は空を見ている。その目に映っているのは、透き通った、青い空。
人はほんの、僅かな助言でも元気を貰える事がある。それは無論、個人による。他者にとっては何気ない言葉であれど、それは当人にとっては非常に、重要な言葉であることがある。
そこに人が気付いた時、人は成長をすることが出来るのだ。
「……よっしゃ、お前等の晩飯代、俺が奢ってやる!感謝しろよな!」
突然機嫌を戻したクラリスは、あろうことか、ヒースト姉妹に対して“奢る”と言い出したのだ。
「は?え?何ってんのこいつ?」
「お気持ちは嬉しいんですけど……そんなの、悪いですよ……」
「いいや、気にすんな!俺は、視野を広く持たなきゃならねぇんだからよ!!」
自分に足りていない物を気付かしてくれた、例なのだろうか。クラリスはアユとリンが持っていた鞄を取り、そのまま走り去った。先程まで落ち込んでいた男の姿は、そこにはもう、ない。
「あいつなんなのよ!まじで意味分かんないんだけど!?」
「けど、なんだか嬉しそう……良かったわね!」
「良くないわよお姉ちゃん!意味分かんない!!」
それを追いかけるように、ヒースト姉妹も走り出したのであった――
第二十六話投了。
世界的歌手、ジャンヌの思惑や新生連邦の腐敗の話を描きました。