機動戦士ガンダム Living Days   作:すからぁ

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氷河族の暗躍、そしてそれに影響されていく世界情勢。
その中で、ある国では内乱が起きていた――


第二十九話 変わりゆく、世界

 

 ダッゲインの襲撃や、セイントバードチームとの交戦があった前。氷河族と呼ばれる組織が東京内のある場所に集合しつつあった。

 そこで彼等はメンバーが全員集合するのを待っていた。残るメンバーはエレア・シェイルとメイド・ヘヴン。いずれも、メンバーが言う、要注意人物である。

 

ガチャ

 

 ドアが開く音が聞こえた。そして、エレア・シェイルが現れたのである。青色の髪色をしていて、マスクを外している彼女。その姿は、レイをナイフで刺した時の格好と同じだった。

「あ、みんな集まってるぅ!ごめんねぇ!遅くなっちゃった!」

この時のエレアは既にレイを刺した後だ。その後スバキに蹴られたエレアは雨の中を、移動していたエレア。

「その姿……お前誰か殺したとね?」

ウネフが睨むようにエレアを見る。この事から、彼女の特徴を把握している様子だった。

「いやぁ、殺してはいないよ?逃げられちゃったって言うべきかなぁ。うーん。」

と、言いながら自身の右示指を口元に近づける、エレア。

「私、ここにいる間エレアの動画見てたんだよ!久しぶり!!」

と、言うのはミルフだ。十三歳のあどけない少女は、皆が集まるまでの間、Eフォンで彼女の動画を見続けていたという。

「ところでいつも思うんだけどね、どうしてエレアは髪の毛の色を変えたりするの?分かりにくくない?」

疑問を投げ掛ける、ミルフ。

「えー?そりゃ、私有名人だし!たまに視聴者とオフ会とかやってるんだよ?その上で氷河族に所属してる訳で。その意味、分かるでしょ?ミルフ。」

そう言いながら、エレアはソファーに堂々と、座り込む。その姿は、どこか高圧的にも見えた。

「ウネフが言うようにさ、私は顔を使い分けてるんだよ。表向きはエレチャンネルの動画

投稿主だけど、実際は氷河族のメンバー。売上金は勿論、組織に還元してるんだよ。ね、アルン。」

エレアはアルンを睨むように、言った。

「お前の場合は趣味の延長だろう。自己顕示欲が強い人間は組織には向かないが……まあ、組織の存在が発覚しなければ問題はない。」

リーダーのアルンはエレアの活動をあまり好意的に思っていない様子ではあるが、容認はしている様子だった。

「そんなガキくせぇものが人気っつーのが分からねぇ。世の中の人間はアホばかりってことかよ」

と、言うのはケネールだ。前髪が長いこの男はエレアの動画に対して否定的な様子だった。

「へーそう言うんだー」

と、言いながらエレアはバッグからナイフを取り出そうとしていた――

「ケネールはそういうのを毛嫌いするから。エレア、怒っちゃ駄目よ。」

それを見抜いたのは、ニーアである。ショートヘアの小奇麗な雰囲気の女性。女性用のスーツ姿に黒いヒールを履いている、上品な印象を持つ女性だ。

「ケネールは趣味を楽しむ事をしないからそういう感想が出るんだよねー。あんまり怒らせない方が良いよ?アハ!」

口元は笑っているエレアだが、目元は明らかに笑っていない。ケネールに対しての殺意を剥き出しにしている。

「てめぇ、何だと……?」

と、銃を構えようとするケネール。

「お前等やめろ。特にエレア。趣味でやるのは別に良いけどな、それを批判されたからって殺すようじゃ組織じゃやっていけねぇぞ。それぐらい分かった上で組織の活動をしろ。ガキだからとかんなもん許されねぇんだよ。」

と、言うのはジュラードだ。一触即発になりそうになった場面を、大柄な男が止めたのである。

「はぁい」

頬を膨らませ、エレアがEフォンを取り出し始めた――

 

バンッ

 

再びドアが開く音が。今度は、強く開かれた。皆がその方向に着目する。

 そこに居たのは、メイド・ヘヴンであった。鋭い目つきをし、赤茶色の、逆立った髪をしている男。アステル家の敷地内でアレンとジャンヌを襲った男が、ここに現れたのである。

「いよォ」

メイドは舌で下唇を舐めまわし、メンバーの前に現れた。一番遅い、到着であった。

「遅いぞ。何をしていた。」

アルンがドアの前に立っているメイドを見て、言った。

「ローマにいたンだわ。そこでもやってたし、日本に来てもパニッシュ!パニッシュ!」

と、言いながらメイドは右示指と母指を立て、それを鉄砲に見立ててアルンに突き付けるような動作を見せた。

「組織の金を滞納してる奴等の多い事よォ。情弱連中から洗脳して金を巻き上げて、それで私腹を肥しているアホがいたりしたんだわな。そいつらは殺したけどな。」

誰も聞いていないのだが、彼は自身のパニッシャーとしての仕事の話をし始める。

「それよりも、先に姿を見せれば良かったものを。」

メイドの話を割くように、アルンの言葉が冷たく放たれる。

「ま、俺は何にしても仕事しながらこっちに来てんだわな!!」

パニッシャー。氷河族における“断罪人”。組織に不要な存在、ボスに近付こうとする存在を断罪する存在。それに該当している、メイド・ヘヴン。

「にしても相変わらず変なメンツばっかりだよなァ。この組織はよぉ。白衣の女医に、メスガキ、ロン毛前髪に、クール女、図体でかい男に、動画クリエイター、んで、リーダー。この組織は相変わらずアニメで出てきそうな連中ばっかりがいやがんぜ。」

そう言いながら、メイドは近くのソファーに勢い良く、座った。そしてテーブルの上に足を置き、高圧的な態度を取る。

 

「……さて、改めて、メンバーは揃ったな。」

と、その場を取り仕切るかのようにリーダーである、アルン・ティーンズが言った。

「ボスからの伝言が、ある。今から読み上げる。」

その瞬間、メンバー達は皆が静かになった。氷河族のボスと呼ばれる存在の顔を知る者はいない。それ故に、その“ボス”がどのような言葉を彼等に伝えるのか、興味があるのだ。

「“戦争を起こせ”との事だ。」

その言葉は何を示すのか。この場にいた誰もが分からない。

 暫く沈黙する全員。が、その中で一人、高らかに笑う男がいた。

「クケケケケケ……ははははは!!!戦争を起こせ、かよ!そりゃいいなオイ!こちとら戦争がなくなったせいでさ、暇でしゃあねえんだわ!!」

パン、と両手を叩くメイド。“戦争”という言葉に反応した男は、異様な程に大笑いしていた。

「んで、どうやって戦争を起こせんの?爆破テロでもすンのか?」

メイドはポケットに手を入れ、言った。

「いや、ターゲットの暗殺だ。」

「ターゲット?誰だそれ?」

「日本首相、フォン・ヤマグチだ。」

フォン・ヤマグチの暗殺。それが今回彼等に課せられた任務だった。だが、それと戦争を引き起こす事と、何の関連があるというのだろうか。

「リーダー。そんな大物の暗殺さを私らがしろと言うのも妙な話とね。氷河族に楯突くマフィアのボスとかならまだしも、流石に国の首相の暗殺の依頼をして私らにメリットがあるようには、見えんと。」

「いや、寧ろ、我々にとってはメリットが大きい。」

氷河族という、世に認められない犯罪組織が国の首相の暗殺をせよという、ボスの命令。そのメリットとは一体何なのか。

 氷河族をはじめとした犯罪組織等はその組織の人間同士で潰し合う事が多い。それは組織の秩序を乱す者や、組織のボスの存在を知ろうとした者への制裁だ。それに対し、成功すれば報酬を渡す事はある。

 だが今回の場合は明らかに規格外だ。一国の首相の暗殺など、犯罪組織程度の存在が成すべき事ではない。

「メリット?それは何とね?」

ウネフは腕を組みながら、アルンに聞いた。

「日本の首相を暗殺する事により、世界中で紛争を促す事が出来るようになる。世界各地で生じている紛争。それらに対する兵器の調達。その潤滑を促すのが、今回の我々の真の目的である……と、ボスよりのお達しだ。」

氷河族はデウス動乱後に出現した組織であり、僅か数年でその規模を拡大させてきた。

現代ではあらゆる事業に精通しており、表向きでは民間企業をしていたりする程に、組織としての規模は大きい。

 その中で、氷河族には最も利益を出す事業があった。それは兵器の製造、調達である。兵器……中でも、MSを取り扱う事で、組織の利益は莫大なものになっていったとされる。しかし、現代の地球圏は新生連邦や、平和国連盟といった勢力が支配している現状であり、更に、新生連邦はその軍備を増強し続けている。それ故に、氷河族が製造しているMSは大きく出回っていない。更に悪い事に、新生連邦軍の量産機体は一部のテロリストに出回っているのが現状なのである。

 この状況を快く思わないと判断したのが氷河族のボスである。彼はこの状況をどうにかしなければ利益を出せないと考えていた。その為には、世界中で紛争状態になっていく必要があるのである。

テロ組織や内乱で使われているMSというのは、旧デウス帝国のMSや、一部で大量に生産されているディーストやジョゼフが、使用されるばかりであり、氷河族が製造した機体は殆ど使用されないのが現状だ。

 それを打開するには、更に戦争を引き起こすきっかけが必要になる。戦争が始まれば戦力を補填する為に、兵器が必要になっていく。その引き金になる兵器を何らかの武装組織等に提供するきっかけを作る事が、氷河族のボスの真の目的なのであった。

「リーダー。あんたの話の通り、戦争を起こせば氷河族が提供している機体が売れるから、それが利益に繋がるのは分かるんだが、何故日本の首相の暗殺がそれに繋がるのかが理解出来ないな。」

そう言うのは、ジュラードである。

「フォン・ヤマグチは日本の首相であるが世界的にも平和活動に貢献している人物でもある。日本で内乱やテロが殆ど起きていないのはこの男の功績と言っても過言ではない。」

「それは聞いた事があるとね。それ故に日本は平和国の恩恵を受けていて、保護区として成り立っている。そこには新生連邦が介入出来ないって話とね。」

ウネフが腕を組みながら、言った。

「そして、その影響力は日本に留まらない。発展途上国等ではテロ、内乱は続いてはいるが、先進国では殆どテロ活動や新生連邦による鎮圧等は殆ど見られない。」

先進国。例えば、レイの故郷であるモントリオールのある、カナダ国もそれに該当していると言える。平和国との繋がりが強いフォンの影響力。日本という国がいかに平和である理由の一つが、シュアーの友人にあたるフォン・ヤマグチの存在が大きいのである。

「つまり、今の平和という存在を作り出している中核の一人という訳だ。今回は日本の首相を暗殺し、それを機に、戦争を起こしやすい世界にしていく。我々が与えられた任務は重要だぞ。」

アルンが言った。そして、それは非常に危険な内容であるという事も、承知の上だったのである。

「まあ、実際、俺とメイドの機体は氷河族が援助して作られている機体だからなぁ」

と、ケネールが前髪を振り払うように、言った。この台詞から、彼がMSのパイロットである事が分かる。

「少し、気になる点が一つあるのだけれど。氷河族がMSの提供を何らかの武装勢力にしたとして、それが今後発覚した場合、新生連邦は大元となっている氷河族を叩くといった行為はしないのかしらね。」

ニーアがふと、疑問に感じた事をアルンに対して聞いた。

「そこまで考えている連中ならば、氷河族という影の組織が、戦後にここまで規模を拡大出来る筈がない。連中は軍備増強こそはしているが、その実体を活かしきれていない。だからデウス動乱後も小規模な紛争は続いてる。それに対して新生連邦はこうした連中を本気で叩く気がない。」

と、言った時に、アルンはテーブルの前で腕を組んだ。

「新生連邦のスポンサーの一つ、アーステクノロジーはMSの製造を行う事で利益を得ている。新生連邦の意向が軍備増強である真の目的の一つというのは、結局はスルース・ディアンの金儲けに過ぎないって訳だ。」

軍備増強を強く進めるレヴィー・ダイル。だが実際の所、世界各地の紛争の鎮圧等には至っていない。寧ろ、広がりつつあるのである。それは彼の意向が新生連邦軍全体に行き届いていない事も関係していた。

 兵器を作れば軍事企業が利益を得る。総司令はただ、戦力増強を推し進めるばかりであり、本質的な問題に向き合っていない。だからデウス動乱が終わった後の世界でも、犠牲者が出続けているのである。新生連邦が軍備を増強する事で本当に得をしているのは、スルース・ディアンが社長を務めるアーステクノロジーである事を、総司令は理解していないのだ。

「恐らくだが、新生連邦樹立の際に総司令は自らの意向を伝えた後に、スルース・ディアンに上手く唆されたのだろうな。その結果が今の世界って訳だろう。」

リーダー、アルンが世界情勢について語る。今回の指令の目的なども全て把握した上で、彼は事を起こそうと企てていたのである。

「新生連邦政府は、世界を支配しているように見える。そして、その総司令となれば一見は格好良くも見える。だが、所詮レヴィー・ダイルは青二才。案外と大した存在では無いという事だな。」

アルンの話を、欠伸をし、両手を後頭部に置きながら聞く、メイド。

「んまあ、解説ご苦労さん。結局デウス動乱が終わって世の中が平和ボケしてると思ったら、軍事企業の連中が張り切ってて、実は世の中は利益の奪い合いのマッドになってたって訳だろ?にしてもでかいドンパチが無いからつまんねぇけどなァ。」

この男の場合は、戦争を楽しみにしている。現状はそのような事が無い為、彼にとっては退屈な日々に感じられるのである。

「何にしてもこれが成功して本格的に戦争になっていくのなら喜んで協力はすんぜ。俺は世の中が戦争じゃなきゃ退屈で死んじゃうよォ。」

 

ガチャ

 

その時。再び、ドアが開かれた。そこには、一人の少年の姿があった。黒い鞄を持っている彼は、黙ったままアルンの元へ、それを渡す。

「来たか、ゼオン。ご苦労だな。金は無事、奪えたようだな。」

少年はゼオンだった。以前にレイと短い交流をした彼は、この場にいた。

「それはボスへの上納金だからな。お前の存在は役立っている。」

と、アルンが言った時、その場にいた皆が突如、笑い始めたのであった。

「早く資金奪取から実行部隊になれるといいな、お前!ハハハ!」

と、言うのはケネールだ。明らかに馬鹿にしている様子でゼオンを見下し、笑っている。

「今回のボスの指令にお前は不参加ではあるが、今後何らかの形でお前を参加させようとは考えている。少なくとも、人を躊躇いもなく殺せるお前ならば何かの役には立つだろう。」

と、言われたゼオン。彼は近くのソファーに座ろうとした時だった――

 

ガンッ

 

と、ゼオンは後頭部を叩かれた感触を覚えた。彼を叩いたのは、ウネフであった。

「命も張らないで金だけ奪って組織にいられるのも良い身分とね。クソガキ。ミルフを少しは見習え。」

そう言われたゼオンはウネフを睨みつけるような表情をしている。だが、彼は何も言い出せなかった。逆らう事が、出来なかったのである。

 この状況から、ゼオンは氷河族の見習いのような立場なのだろう。そして、不当な扱いを受けているのだろう。

「まあ、仮に抜け出したとしても組織はお前を逃がさないと。お前だけじゃない。姉も。」

“姉”。その言葉をウネフが言った時、ゼオンが声を荒げた。

「姉ちゃんは関係ないだろうが!俺の問題だ!俺が、もっと頑張れば良いんだろうが!」

精一杯の反論。だが大人達はそれを馬鹿にしている。同い年であるミルフさえも、彼の言葉を聞いて笑っていた。

「人殺して喜んでくれるお姉さんなら良かったのにねー!ハハハハハ!」

笑顔でゼオンを見る、エレア。だがそこの口調は明らかに小馬鹿にしている、様子だった。

 その後、任務の概要を聞いたメンバーは最後のアルンの言葉を聞き、一度解散する事になる。

「準備期間を設ける。各自、それぞれの仕事をしながら待機。そして、国外には出ないよう。」

日本国首相、フォン・ヤマグチの暗殺。それはいつ、実施されるのかは分からない。

 この一週間後に東京内にダッゲインが暴走を起こし、市街地へ僅かな被害を出した。そして、郊外で新生連邦とセイントバードチームが交戦を行った。

 更に三日後に、ジャンヌ・アステルのコンサートが行われた。これらの出来事と並行して、氷河族のメンバーが集まり、今の世界情勢を変化させてしまうかも知れない事を話し合っていたのである。

 

 

 

 新生連邦の奥多摩基地にて。そこに、二機のガンダムが配備されていた。ヴェーチェルガンダムと、エクルヴィスガンダム。チェーニ姉妹のガンダムタイプである。

 今、パイロットであるフォリアとリンセはフークに対し、敬礼を行った。

「本日付で配属になりました、フォリア・チェーニです。」

「同じく、リンセ・チェーニです。」

フークは、姉妹の身体をまるで舐めるように見た後、静かに口を開く。

「宜しく頼む。聞けば最近新生連邦に配属になり、その戦果を順調に上げているそうだな。」

「そのように言って頂き、光栄ですわ。」

フォリアが険しい表情をしながら言った。

「それらのガンダムタイプはどこで作られたのかも不明だとは聞くが、まあ良いだろう。」

戦前、戦後共に連邦軍にガンダムタイプを提供していたアーステクノロジーで作られた機体でない。彼女等は新生連邦に入隊する前からそれらのガンダムを所持している。彼女等のガンダムの製造元は、一切不明なのである。

「先日に奥多摩に所属不明組織との交戦があった。その組織はあろうことか、新生連邦のガンダムタイプを所持している。」

その話を聞いた時、何故か、姉妹は笑みを浮かべた。

「もしかして、それは“紺色”をしていましたか?」

「報告ではそう、受けている。何か、知っているのか?」

「ええ。それはとても。ね、お姉様!」

リンセが姉に話を振った。

「そうですわね。……因縁の相手と言っても過言ではないかも知れませんね。」

これらの話を聞いたフーク。事情は把握出来ていない様子だったが、躊躇う様子を見せつつも、彼は言った。

「現在日本は政府の権限により、保護区が制定されている。その為、我々がすぐにその組織に赴く事は出来ない。しかしその組織が国外に出た時に行動は出来る。連中が日本から離れた時に、迎撃をして貰いたい。それが今回君達に与えられた任務だ。」

「成程、把握致しました。」

「い、致しました!」

フークの言葉を理解したフォリア。一方のリンセは姉に合わせてはっきりと声を出したが、理解が出来ていない様子だった。

「では、期待している。」

そう言いながら、フークはその場を離れた。

 

その後、姉妹は自室へ案内された。部屋は各個に分けられていたが、あえて両者は同じ部屋に入る。それから下着姿でくつろぐ、姉妹。フォリアは上下ともに白系統のシルクの下着を、リンセは黒のフリルのついた下着を着ており、互いに楽な格好をしていた。

「お姉様、さっきの意味は理解出来たの?」

フークが言っていた、“保護区”の話である。

「ええ。勿論。日本は平和国の影響が強い国だからね。そこには保護区と呼ばれる、侵入するには日本国の許可が必要な地区が存在している。それらは新生連邦という組織であれ、軍の介入は出来ないの。」

「へぇ、そんなものがあるんだー。」

と、意外そうな表情を浮かべるリンセ。

「リンセ、新生連邦に入隊した以上は国による条約等の理解は絶対よ。それを疎かにするとせっかく貰える筈のお給料も謹慎処分とかで台無しになってしまうわ。」

その前例が、クラリス・デイルである。彼は条約を無視して保護区に立ち入った為、謹慎処分となってしまったのである。

「うーん、けれども本当、面倒臭いね。」

「何が?」

「だってー、私達は元々傭兵だよー?MSに乗って任務こなしたらお金貰えるだけで良い筈なのに、なんかややこしいよー!」

と、駄々をこね始めるリンセ。ベッドの上で両足をバタバタとさせ、幼児のように我儘を言い始める。

 

スッ

 

その時、フォリアがリンセの首筋に触れた。柔らかい感触はリンセの両足を止める効果があった。ぴくり、と反応するリンセ。

「リンセ、兵士と言うのは戦場で生き残る事は勿論だけれども、正規軍になれば状況や国に寄る法律の理解も問われるの。ただ、MSのパイロットをやっているだけじゃ出世してお金を得るなんて難しいのよ。」

そう言いながら、フォリアはリンセの首筋にそっと、口付けをする。

「あんっ、お姉様……うん……そうね……」

我儘を言っていたリンセの表情は、落ち着きを戻した。恍惚とした表情を浮かべるリンセ。

「まあ、こんなややこしい条約がある時点で、確かに今の世は軍人にとってはやりにくいのかも知れないわね。傭兵ですら厳しい世の中だもの。いっそ、本格的な戦争が起きてくれればもっと動きやすくなるのに……」

フォリアの独り言。そのような言葉が出るのは、彼女も元々傭兵だったから故なのか。

「新生連邦に入隊出来たけど、なんだか思ったよりあんまり大した組織じゃないわよね。総司令が軍備増強してるとか言ってるけれど、MS乗りだってワンサカいるし。この前戦ったあの空中戦艦だってMS乗りだった訳でしょ?」

新生連邦政府が樹立している世界ではあるが、無法地帯になっている場所があるのもまた事実だ。それは新生連邦の政治が追い付いていないというのもあるが、平和国連盟の勢力下にある地域もあるというのが現状である。それにより、新生連邦の介入が難しい箇所も少なからず、世界には存在している。そうした場所で、尚且つ治安が悪い箇所ではテロや紛争の温床になりやすい。そこには、MS乗りの姿もある。

 平和国連盟の属している国際平和連合軍、通称“国連”は有事の時しか出動できない。テロ組織の場所が発覚していたとして、国連にはそこを叩く権利がないのだ。それ故に、好き放題されやすい。世界中で起きているテロ、紛争、内乱等は現状、止め切ることが出来ていないのだ。

 それは、平和国連盟の掲げる、平和主義が大きく影響している。平和主義がある限り、所属国をはじめとした国連軍は如何なる先制攻撃を許されないという制約が存在するのだ。

「総司令、レヴィー・ダイルが無能故にそうなっているという話もあるわね。」

「無能?」

リンセが首を傾げる。

「モントリオールで私達に依頼を掛けた新生連邦の士官が居たでしょう?普通、外部委託で奪われたガンダムの奪還をするかって話よ。あれは新生連邦と言う組織の内部が腐敗している何よりの証拠だわ。」

フォリアは自らの足指の爪に赤いマニキュアを塗り始める。その状態のままリンセに語っていた。

「総司令と言う立場の人間がそれを見抜いていないというのもおかしい話ね。まあ、無理もないわ。彼は軍のトップであり、連邦政府のトップでもある。僅か二十歳の麗しい容姿をしている彼だけれども、軍トップと政治のトップを兼ねるのは難しいのよ。」

「お姉様、凄く詳しいのね。」

感心している様子のリンセ。その彼女は、Eフォンを操作しながら彼女の話を聞いている。

「戦前は彼の祖父であるダディー・ダイルが総司令を務めていて、その上で連邦軍には大統領がいたの。それらが上手に政治と軍を分けていた。」

フォリアは、左足指のマニキュアを塗り終えた後、右足指にマニキュアを塗り始めた。その上で彼女の口からは世界情勢について、語られる。

「けれども戦争が長引いて大半の人類が死滅した世界では人手も不足するのは必然。それによって総司令になったレヴィー・ダイルだけれども軍の指導者と政治家としての役割はなかなか彼には荷が重いご様子ね。」

まるで当人の事について理解がある様子で語る、フォリア。

「一番驚くのは私と同い年って、事なんだけど!二十歳でしょ?それで軍のトップと政治家をやってるんだもんね。」

リンセが言った。彼女の台詞にあるように、リンセは二十歳。フォリアは二十一歳である。彼女達の歳は一歳差なのだ。

「しかし二十歳の若き総司令は、残念ながら評判はあまり宜しくない様子ね。前に兵士が言っていたわ。」

「あんなに小綺麗な顔立ちをしてるのに?」

「ルックスは貴公子みたいだけれども。しかし連邦軍は内部が余りに広い組織。それ故に、反発する者も多いのが、現実だわ。一部じゃダディー・ダイルの七光りだって言われてるわ。」

「そうなんだー……」

新生連邦政府軍という組織は強大な組織だ。その人員も圧倒的に多い。だが、その中で選ばれたレヴィー・ダイルという青年は組織のトップを束ねるには若過ぎたのである。

 若さは、時に嫉妬や嘲笑の対象にされかねない。表向きで言う者はいなくとも、陰では多くの容赦のない言葉を浴びせられる。若いというだけで、実力があったとしても軍内部の人間からは小馬鹿にされるのは最早、日常茶飯事なのだ。

「それに、彼には今、側近の女の子がいるでしょう?」

「あの、ミステリアスな女の子?」

ソフィア・ブレンクスの事である。

「噂では総司令がパトロンをやっていて、その女の子は総司令の愛人という噂もあるの。」

「へぇー!あんなに若くて綺麗な総司令でも金で愛人を雇っちゃうんだー。」

「あくまでも、噂だけれどもね。」

人の噂というのは根も歯もない所から出るものだ。例えば男女が並んで歩いていたりするだけで、その男女が交際しているかもしれないといった噂が立つ事がある。総司令、レヴィー・ダイルも例外ではない。

 ソフィアと彼が共に並び立つ光景は軍内部での噂となっているのだ。その中で有名なのが、フォリアが言った、愛人関係ではないかという話である。

 そして、噂話というのは盛り上がり易い。それは噂自体に確証がない故に、数多の事を想像出来る為である。人同士が会話をする上で盛り上がる要素の一つとして、これらが挙げられるのだ。

「軍のトップと政治のトップを両方任されて、日々プレッシャーに追われる総司令。それを、愛人かも知れない女性が癒す構図。権力者には常に、そういった存在は付き物なのかも知れないわね。」

足指のマニキュアを塗り終えたフォリア。

「お買い物とかだけじゃ満足出来ないのかなぁ。わざわざ愛人なんか作って。お金掛かるだろうし。」

「貴方には分からないだろうけれど、それも投資の一つよ。愛人に貢ぐ事で自身を奮い立たせるの。男って生き物は、見た目が女性のように麗しくとも、所詮は男という事ね。」

そう言った後、フォリアは椅子から立ち、窓の外を見る。

 奥多摩の山の景色が広がる、広大な景色。空の色は青く、これらのコントラストをより美しく映えさせる。その時に彼女は、呟いた。

「けれどもあの子は違う。可愛さの中に強さを持っている、あの子……フフ、まさか日本であの子に会う事が出来るかも知れないなんて、夢にも思わなかったわ。」

東京の空港に待機しているセイントバード内にいる、レイの事を言っているフォリア。彼女は静かに笑みを浮かべている。

「まるで、赤い糸で結ばれているみたい……運命なのかしらね。これも――」

 

ギュッ

 

そこへ、妹のリンセがフォリアの腰部を抱きつき始めた。吊り目が特徴的なフォリアと、垂れ目が特徴的なリンセ。両者の性格は異なるものの、互いに想い合う気持ちは本物なのだろう。

「お姉様、嫉妬しちゃう。あの男の子の方が、私より大切なの?」

「フフ、どうかしらね。」

挑発するようにリンセを見るフォリア。

「じゃあ、私がお姉様の中から、あの子を追い出してやるんだから!」

「出来るかしら?じゃあ、今夜、楽しみましょうか。」

「夜にお姉様と!?アハハ!私、凄く楽しみだよ!私、頑張ってお姉様の中からあの子を追い出しちゃうんだからー!!」

と、張り切るリンセ。

 両者は姉妹ではあるが、相思相愛の関係でもあった。フォリアはサディスト、リンセはマゾヒスト。両者の組み合わせは、相性が良い。それはこのような普段の生活でも、戦場においても言える事だった――

 

 

 

 東京内のとあるホテル内にて。そこには氷河族のメンバー、ニーア・アンジェリカとケネール・リックが裸で、一つのベッド上で横になっている。彼等は同じ組織に所属しているが、愛人関係であり、ニーアはケネールの存在に対して惚れていたのである。組織内恋愛であり、彼等の関係を知る人間は少ないが、薄らと感じている者は、何人かいた。

「にしてもあれから十日程度経つが、何も話が無いのも妙な話だ。」

前髪の長いケネールは、両手を後頭部に乗せ、天井を見ている。

「いきなり首相を暗殺しろって言う内容には驚いたけれど、それで報酬が貰えるのならば良い話かも。姿を見た事のない、ボスが何を考えているのかは不明ね……。」

と、言いながらニーアはケネールの首筋に触れている。

「それはリーダーが言ってただろ。戦争を起こして利益を得る為だってな。」

「戦争……か。まあ、いいわ。それで貴方との生活が成り立つのなら、それでも良い……」

「人の事なんてのは、どうでも良いんだよ。俺等が無事に過ごせるならな。」

そう言った後、両者は淡い接吻を交わした――

 

 

 他のメンバーもそれぞれの時間を過ごしている。ウネフはアスーカルの時のように上納金の搾取、闇医者としての活動等。彼女は臓器売買のビジネスにも手を染めており、元医者としてのノウハウを活かして裏社会を生きている。その上での、氷河族のメンバーなのである。

 ジュラードはミルフと共にいた。大男と可憐な少女という組み合わせは一見妙ではあるが、ジュラードにとってのミルフは子供のようなものであり、小さな殺人鬼とは思えない、あどけなさを彼に見せていた。時にショッピングセンター等で彼にアイスクリームをせびる事もあったが、ジュラードはしぶしぶ、これに応じていたのである。

 その中、一人の男が東京の街を暴れていた。メイド・ヘヴンである。パニッシャーとしての役割を持っている彼は組織への上納金を支払い終えていない人間に対し、住所を特定しては、ただ、暴力の限りを尽くしていたのである。まるで、違法な取り立てのような事をしているメイド。しかし相手は警察等に駆け込むことは無い。何故ならば、警察沙汰になる事は相手にとっても不利に働く為である。

 元々デウス帝国の傭兵として、兄のフロード・ヘヴンと共に暗躍していた男は今、氷河族の一員として活動していた。だが、その日々は戦争をしていた時と比較しても、明らかに“退屈”だったのである。

 東京の街を歩いているメイド。その際、彼はレジを並んでいるとある、客とレジ打ちとのやり取りを目撃する。

「声聞こえないんだけど!?」

「袋は、ご入用でしょうか――」

「ああ!?」

眼鏡を掛けた、壮年の男。何故これ程に高圧的な態度であるのかは分からない。一方のレジ打ちの女性は、明らかに気弱な印象を受ける。

 戦後の状況、経済状況は良いとは言えない。その中でその男は明らかに苛立ちを覚えながらレジ打ちの女性に対して高圧的な態度を見せている。

 男は何らかの会社の所属の人間なのだろう。しかし、不景気が災いしてストレスを抱えているのかも知れない。だがそれをレジ打ちという、自身に何の関連もない人間に当たるというのは言語道断だ。

「……はー。」

その時だ。メイドは男の右肩を持ち始めた。

全く知らない男が肩を持つ。それに違和感を覚えた壮年の男は興奮冷め無まない状態で、メイドを見る。

「おい、お前何だァ!?」

暴言を吐く男。だが――

「うぜぇんだわ、そういうさ、頭悪い行動。」

 

ガンッ

 

あろうことか、メイドは自身の膝に男の顔をぶつけた。この衝撃で、男の眼鏡は割れ、鼻からは血が出ている。

「いっ……だぁ……」

謝る男。だが――

「本能的に自分より弱いとか、そーやって見下してる奴ってさぁ、今まで人生振り返る事なく生きてきたリア充さん何だよなぁ?アアン?コラ。」

と、言いながらメイドは更に、男の顔をテーブルにぶつける。それも、何度も繰り返す。テーブルは男の血で汚れてしまった。それでも、メイドは止めない。

「やめっべへぇぇぇぇぇぇ」

最早言葉になっていない声を出す、男。

「君がッ!泣くまで殴るのをやめないッ!」

見知らぬ相手に対する暴力。メイドはそれをして、戦後の退屈な世界の鬱憤を晴らしていたのであった。

 

 

 メイド・ヘヴンの行動はエスカレートを続けるばかりだ。彼は組織の断罪人としての仕事をしている時でも、別の組織の事務所に単独で押し入り、構成員を全滅させるといった行動をしている。彼は生身でも屈指の強さを秘めていた。

 そして、鬼に金棒と言わんばかりに、この男は力を持っている。危機的状況になったとしても、その力が発動して危機を乗り越える事が多い。

 その上での退屈な日々。戦争がない、今の世界は戦争を好むこの男と、あまりに相性が悪いのである。

 

 ある時、メイドがパニッシャーとしての仕事を終え、街中にいた上納金の未納者を暗殺した時だった。

「メイド・ヘヴン。少しは加減出来ないのか。」

と、彼に声を掛ける、一人の男が。組織のリーダーのアルンであった。

「国外にも出れねぇ、MSにも乗れない状態でこちとらフラストレーションが溜まるんだわな。この前のデカブツが現れた時は本気でグラントロールに乗りたかったんだけどなァ。あれとやり合いたかったんだぜぇ?」

と、苛立つ様子を見せるメイド。

「そんなお前に朗報だ。お前には、陽動を行って貰う事になった。」

「陽動?」

メイドは耳を立て、アルンの言葉を聞く。

「今夜、我々は首相官邸を襲撃する。その際にお前の機体、グラントロールを駆り出して暴れれば良い。恐らく自衛隊のMSが出てくる筈だ。それらを、遠慮なく潰せ。」

メイドはこの時、ガムを噛んでいた。鼻からふと、息を吐き、まるでアルンを睨むように言う。

「今夜かよ。随分突然やな。その上お前の命令かよ。その言い方、気に食わねェな。」

少しばかり、苛立つ様子を見せるメイド。

「気に入らないのなら、ケネールに陽動を任せるまでだ。奴の機体ガンガレンで自衛隊をおびき出す。」

「嫌やわぁあんた。せっかく暴れられるチャンス奪わんといてぇな。とりあえず俺にその役は寄こせや。」

ポキ、ポキ、とメイドは指を鳴らす。ここ数日、笑う事が一切無かったメイドであったが久しぶりのMSに乗ることが出来ると聞き、上機嫌になっていた。

「ちなみにだが、グラントロールはどこに止めている?」

彼は日本まで、密輸船に乗って来ている。それは、氷河族の別のメンバーによる工作活動だ。入国の際も身分証明を付けている。偽物であるが。

「横須賀って所の格納庫に入れてんぜ。」

「了解した。お前の行動に期待している。」

アルンはメイドの肩をポンと触れ、その場を去った。それと同時に、メイドは奇妙な笑みを浮かべていたのであった――

「おい待てや。他の連中には知らせてんのか?」

「無論。だが個別に伝えている。極秘内容なのでな。内容を一斉に喋ったとして悟られれば厄介だ。お前とも最低限の接触しかしない。」

作戦等があれば、普通はメンバーを一箇所に集めるのが普通だ。しかし今回の内容が内容だけに、悟られるのは避けなれければならない。その為、アルンが自らメンバーの元へ赴き、話をするのである。

「ご苦労なこったな。」

と、言いながらも、メイドは笑みを浮かべていた。

「検討を、祈る。これは是非とも成功させたいからな。」

「俺が暴れて、戦争が起きるのなら喜んでやらせて貰うぜェ。ゼハハハハハ!」

妙な笑い声を浮かべるメイド。それと同時に、アルンはその場から去って行く。

 そして、彼もその場から去ろうとした時だった――

 

ドンッ

 

と、メイドはあるものに衝突した。足元を確認すると、小柄な少女が尻餅を付いて倒れている。そして、少女は目に涙を浮かべている様子だった。

「ガキンチョか……痛いの、痛いの、とんでけーでもしとくか。」

と、言いながらメイドは少女の額に手を、優しく触れて妙な笑みを浮かべた。それ故に、少女は涙を止めることは無かった。

「うわあああああん!」

「はぁ、ほんまだるい。だからってガキンチョ相手に暴力は流石にしたくねぇしなぁ。」

と、言った時だった――

「大丈夫!?」

そこへ、駆け付ける一人の少年が居た。レイである。彼はエリィと共に市街地に出掛けていた時、偶然にもこの場に居合わせたのであった。

 妹を持つレイにとって、涙を流す少女の姿は無視出来ない存在だ。どうしたのかと思い、彼は少女に声を掛けた。

「お姉ちゃん、あたしね、髪留めなくしちゃったの……うわああああん!」

どうやら少女は先程メイドが衝突した際に、大切にしている髪留めを無くしたのだという。

 それを見た時、咄嗟にレイは自身が付けていた銀色の髪留めを、少女に渡したのだった。

「これ、あげる。あと、僕は男だよ。」

「え?じゃあお兄ちゃん?」

「うん、よく間違えられちゃうんだけどね。」

苦笑いを浮かべる、レイ。しかし、少女は喜んでいる様子だった。

「お兄ちゃん、ありがとう!」

と、言って少女はレイに対して手を振る。その直後に少女の母親が駆け付け、一緒にその場から去って行ったのだった。

 

ピキィィィ

 

それと同時に、彼は妙な気配を感じていた。近くにいた、メイド・ヘヴン。その存在を感じ取っていたのである。一見すると近寄りがたい雰囲気を醸し出している男であるメイドではあるが、この時、レイは妙な、“感覚”をこの男から感じ取っていたのである。

(何だ、この人から感じる感覚……妙だ。なんだか、ごちゃごちゃした感覚がある……)

どうしてもそれが気になったレイは、メイドの方を見てしまっていたのだった――

「何見とんねんオイ」

ギロリと、睨むようにレイを見るメイド。レイは、いつの間にか冷や汗を掻いている。男が放つプレッシャー。それを受けている、レイ。

「ん?お前、なんか変な感じがするな。気のせーか。ま、いーや。」

そう言って、メイドはポケットに手を入れて去って行く。この僅かな瞬間に感じた、奇妙な感覚。それは、互いに感じ取っていたのであった。

(あの人は、一体……)

 

「レイ君!」

そこへエリィが近付く。彼女は買い物袋に食料を、抱え込んでいたのだ。今後の航空の為の食糧の購入。それを今、彼等は行っていたのである。

「何かあった?あれ、髪留めは?」

「さっき、女の子に渡したんです。なくしちゃったみたいで。」

「ふぅん、そうなんだね。」

何気ない会話。その中で、エリィがふと、口を開けた。

「なんか思ったんだけど、レイ君っていつも誰かと一緒にいるよね。」

「えっと……まあ、確かに。」

急に何を言い出すのか……と、疑問を抱く、レイ。

「フフ、なんだかね……レイ君って、コバンザメみたいだね。」

微笑するエリィ。それに対し、レイは明らかに困惑している様子だった。

(コバンザメて……)

大人によく、彼がついていく事が多いからふと、エリィは彼に例えを付けたのだろう。  

だがその例えがコバンザメ。何故その例えになったのかは不明だが、それを、エリィは笑っている様子だった。

 セイントバードの艦長、エリィ。戦闘の際の指揮は的確ではあるが、それ以外ではどこか、抜けている印象を持つ彼女。レイは、ただ苦笑いを浮かべるしか出来なかったのであった――

 

 

「バカヤロー!!!」

レイとエリィがセイントバードへ戻ってきた時だった。スバキがレイの姿を見て、髪留めがなくなったのを見て、彼女は激昂し始めたのだ。

「せっかくあげた髪留めを誰かにあげやがったのかよ!ふざけんなお前!!」

と、言いながらレイの胸倉を掴む、スバキ。

そこへ騒動を聞き付けたエリィが駆け付ける。何事かと思い、切迫した様子のエリィ。

「どうしたの?仲良くしないとダメだよ。」

「あ、エリィさん……スバキが……。」

と、言いながら困惑しているレイ。

「は!?何私が悪いような扱いをしているんだよ!なんでも大人に頼るんじゃないぞ!このバカ!」

激昂しているスバキ。だが、その光景を何故か微笑ましく思っていたエリィは思わず笑っていた。

「クス、話してみて?」

「実は……」

髪留めの事について話をするレイ。その時エリィとレイは同じ場所にいた為、状況の把握は出来ている。

 だがそれに対し、エリィが口を開いた。

「ああ、成程ね。それはレイ君が良くないよ。」

「どうしてですか!?僕は女の子に渡しただけなのに……」

「だってスバキさんがあげたものを貴方が別の子にあげちゃったんでしょ?当事者だったらどんな気持ちになるかな?それ、少し考えた方が良いよ。」

そう言われ、レイは少しばかり考える様子を見せる。だが、何がいけなかったのかは理解出来ていない様子だった。

「ごめんなさい、よく、分からない……分からないです。あの子は髪留めをなくしてたし、僕は別に髪留めは要らないと思ってたから、それを渡しただけなのに……」

レイがそう言った時、スバキの目元に僅かな涙が浮かび上がった。そして――

「ば……馬鹿ァァァァァ!!!」

と、言いながらスバキは走り去っていった。呆然とする、レイ。しかし彼は相変わらず、理解出来ている様子ではなかったのである。

「レイ君は可愛いんだけれど、もうちょっと相手の気持ちを考えたりした方が良いんじゃないかな。」

「え……?」

スバキの行動が理解出来ない様子のレイは、ただ、困惑するばかりであった。

 

 

 

 夜になった。氷河族のメンバーであるメイド・ヘヴンは横須賀にあるタンカーの中の格納庫に移動していた。そこに搭載されている彼の愛機、グラントロール。氷河族の別の人間の援助もあり、彼等は警察等に不審に思われる事なく、滞在する事が出来ていたのである。

 やがて格納庫から彼の乗る機体が姿を表す。闇夜の港は暗く、灯りも灯っていない。その中でMSという機体が動き出すというのは、本来ならば不審な行動以外何者でもない。

 今回はあえて、それを行うのだ。目的は首相の暗殺。その最初の第一歩が、メイド・ヘヴンによる陽動なのである。

 氷河族という組織は膨大だ。一部の人間が過激な行動をしたとして、それで組織崩壊に繋がる事はまず、あり得ないのだ。戦後の僅かな時間で新生連邦、平和国等にも影響を与える事になった組織、氷河族。今から始まるのは、その目的の、第一歩である。

「気になるのは俺をはじめとしたアルンのチームの連中だけがこんな役を任されてるってのが気になるが……まあいいや。とにかく暴れりゃいいんだろうが。」

両肩甲骨を回し、コクピットにて張り切る様子を見せる、メイド。

「ほな、行こかッ!」

 

ビゴォン

 

グラントロールのモノアイが紅く輝く。肥大化している領主部のマニピュレーターを屈曲させ、円滑にそれらが動くかを確認している。そして――

「パワー全開!!スリー・イン・ワン!!」

メイド・ヘヴンの謎の掛け声と共に、グラントロールのバーニアの推進剤が使用され、闇夜の海をホバー移動し始めたのである。

 

 

 海の上を移動していれば、当然ながら不審機体と見做し、そこへ自衛隊の機体が向かう。今回は日本仕様のジャスティスが、旧式のSFS、ゾーリドに乗り、二機が東京湾上に出現した。これらはグラントロールに対し、警告をする。

「そこの機体!止まれ!」

と言った時だった――

「目ェから、ビィィィィム!!!」

グラントロールのビームカノンが二機に向けて放たれる。容赦のない攻撃がこれらの機体を葬ったのだ。

「ハハー!やっぱ戦闘はこうでねェとなぁ!」

日本に来て、MSに乗る事がなかったメイドにとって、今の時間はこの上ない愉悦だった。迫り来る機体は彼にとっての贄も同然であり、それらを躊躇いもなく蹴散らす事が出来るのはこの男が何よりも戦場を楽しんでいる何よりの証だ。

 そのまま、グラントロールは東京の方へ進んでいく。その時だった。

 

バシュウウウ

 

一筋のビームが、グラントロールに向けられる。熱源の存在を確認し、緊急回避する機体。レーダーで熱源の方向を有視界で見るメイド。

「別の機体かよ!しかもこいつぁ、ガンダムタイプやんけ!!」

舌を舐め回す、メイド。そこに居たのは、二機のガンダムタイプだった。翼の生えた、赤色のガンダムタイプと、下半身が大型である、水色系統のカラーリングをしているガンダムタイプ。チェーニ姉妹の駆る、ガンダムタイプ達だ。

東京湾の不審機体出現に対し、出撃依頼があった為、新生連邦軍は彼女達に出撃要請をしたという訳なのである。

「せっかくお姉様との夜のお楽しみの時間だって時にこんな奴が現れるなんて!!死んじゃえっ!!」

憤った様子を見せるリンセ。姉との時間を遮られ、その怒りをグラントロールにぶつけようとしているのだった。

 

ドバアアアアアッ

 

エクルヴィスの両肩部からビームカノンが放たれる。照準を定め、狙い撃つリンセ。

「ハハー!」

グラントロールは両手部を差し出すように展開し、ビーム砲を発射した。それらはビームカノンと相殺し、ビーム粒子が闇夜の海で弾ける。

「何なのよこの機体は!」

そう言いながら、再びビームカノンを放つリンセ。

「ガンダムゥ!夜にこんな大物と会えるなんざ運がええなぁ!ハハハー!!!」

戦いを楽しむ彼にとって、ガンダムタイプの存在は何よりの褒美だ。それ故に、メイドは普段以上のテンションで、姉妹のガンダムと交戦している。今の時間は、彼にとってこの上ない悦楽でしかないのだ。

(妙な機体ね。まるで戦うのを楽しんでいるかのような動き……)

エクルヴィスとグラントロールの戦いを一目見て、分析するフォリア。エクルヴィスがビームを放つのに対し、わざと両手部からビームを放つグラントロール。明らかにふざけているように見えるのだ。

「リンセ、あまりのめり込まない方が良いかもね。その機体、明らかに普通の動きをしていないわ。」

と、フォリアが言った時だった――

「目からビィィィィム!!!」

グラントロールのモノアイが輝いた直後、胸部のアイドビームカノンが放たれた。すぐにヴェーチェルは回避行動を取り、ビームライフルを放つ。だが、これもすぐにグラントロールに回避される。

「ちぃっ!ビーム砲ばかり搭載している機体なのかしらねっ!」

突発的なビームを受け、フォリアは苛立ちを見せた。そこで、グラントロールに対して近接戦闘を持ちかけようとする。

 ヴェーチェルはビームウィップを展開した。粒子の塊が連続して作られているその武器は闇夜を照らす灯となり、グラントロールに迫る。

 光る鞭が振われる。漆黒の巨体にそれが迫る。そして、メイドはそれを見抜いたかのように右手部マニピュレーターのビームグローブを展開し、弾いた。

「手自体がビームサーベルのような構造になっているのね。成程。」

ビーム粒子の塊同士が弾ける構図。鞭を、手で受け止めている状態。その隙を見つけようと、グラントロールはもう片方のマニピュレーターからビーム砲撃を行った。

「随分ドSなガンダムだなぁ!ええ、オイ!」

と、メイドが言った直後に彼の脳内に電流が流れた。すぐに、後方に反応するメイド。

 そこには、エクルヴィスが隠し腕を用いてグラントロールの両腕部を掴もうとしていた瞬間だった。

「ドMなガンダムだっているんだよー!」

自身の事を言った後、グラントロールに迫る、リンセ。

「SMの趣味はねぇンだよ!」

間一髪これを回避し、距離を置く。そこから、両手部よりビーム砲を展開した。

 チェーニ姉妹とメイド・ヘヴンの攻防が続く。しかし、これもメイドにとっては悦楽でしかない。今回の任務は陽動。つまり、自身が敵を引きつければ良いのだ。その上で彼は戦闘狂ともいえる人間。この任務は、彼にとって相性が良すぎるのであった。

 

バシュウウウ

 

そこへ、三つ飛翔体がグラントロールへ迫ってきた。闇夜により、より光を照らしているその存在。レーダーで確認し、異変に気付いたメイドはすぐに反応し、これらを回避する。

レーダーには熱源が映っている。それを有視界で確認するメイド。そこに現れたのは三機の機体だ。いずれもが単独飛行をしている。いずれも同じ機体であり、量産機体であるのが分かる。

 だがその機体には特徴があった。二本のV字のアンテナに、ツインアイ。口腔部に位置する突起物。ツインアイにはバイザーが覆ってはいるが、紛れもない、ガンダムタイプと呼ぶに相応しい機体だったのである。

「量産されてるガンダムか……?よもや、よもやだなぁオイ。」

それらのガンダムタイプは散開し、一斉にビームライフルをグラントロールに向けた。空中を舞う、素早い動き。その機動力はディースト等とは比にならない。

 だがこの男はこれらの動きを既に見切っていた。メイドは一度、目を閉じ、そして開眼する。その瞬間、胸部からビームが放たれた。

「見えてんだよ!オカルトパワー全開!!!」

高出力のビームは、空中を舞うガンダムタイプの軌道を読んでいた。その位置にビームが向かい、機体は融解した。この時、二機が同時に破壊されたのである。

 残る一機は接近戦を試みる為、グラントロールに接近する。そして、側腰部からビームサーベルを展開し、グラントロールに迫った。だが、これもビームグローブによって機体の頭部を鷲掴みにされ、そのまま頭部から胸部にかけて融解。それに伴い、パイロットも即死した。

「お姉様、あの機体は……」

「国連軍の機体ね。噂には聞いていたけど、まさか本当にガンダムタイプを量産するとは。」

その場に居合わせていた姉妹がこれらの機体を見て、言った。

 機体名、ヴァントガンダム。型式番号PFMS-D65。平和国連盟が有する軍隊である、国際平和連合、通称国連の機体である。百五十年以上前に存在しているガンダム伝説に肖った機体であり、国連の主力MSである。量産型のガンダムタイプ、擬似ガンダムとも言われる機体であり、単独での飛行機能を有する事に成功した機体である。

カメラアイにはバイザー型のゴーグルが備えられている。ゴーグルの奥には、ガンダムタイプ特有のツインアイが見えるという、一風変わったデザインをしているのが特徴の機体だ。

しかし、何故国連の機体がこの場に出現したのだろうか。その理由は、日本政府が平和国の勢力圏内という事が関係していた。突如出現した不審機体の存在。まずは日本政府がジャスティスを用いて迎撃に当たったが、これらは瞬く間に撃墜された。次いで、政府は新生連邦と国連に軍の要請を行ったのだ。その結果、この場に出現したのがチェーニ姉妹のガンダムと、国連の量産型ガンダムであるヴァントガンダムであった。

 量産型のガンダムタイプという、C.W以降の歴史で初の試み。それがヴァントガンダムなのである。

 その後、グラントロールは北上を続けた。それを追撃するチェーニ姉妹。ビーム砲を撃っては回避を続ける。二対一の状況ではあったがメイドはその能力を活かし、この両機と対等に戦っているのだった。

 

 

 その頃、首相官邸は騒然としていた。出現した不審機体の迎撃に当たっているMS達。その合間をくぐり、氷河族のメンバーは闇夜の中を動く。

 その内の一人、ミルフ・ブラマンジュは首相官邸前に姿を見せ、子役を演じて見せた。閣僚達、や警護の兵達はその対応に夢中になっており、メンバーの潜入を許す事になってしまったのである。

 官邸内では銃声が響く。明確なテロ行為。それらを止めんと、警護の兵が応戦する。メンバーの内の一人は身体に忍ばせていた爆弾を展開し、兵を爆殺する。首相官邸内は混沌とした状況に陥った。少数精鋭のメンバーによる残酷な行為。その間も官僚達が撃たれたり、殺害されている。だがこれらは氷河族にとっての目標ではない。

 メンバーは皆が黒ずくめの衣装を羽織っていた。今回、官邸内を襲撃したのは六人である。これらの行動により、官邸内は危機的状況に陥っていたのだ。

「何だ……君は……?」

官邸内にいた、フォン・ヤマグチ。現在の日本の首相である。突然の氷河族による襲撃で混乱状態にあった首相官邸。騒動の中、一人の人間が銃口を彼に突き付けている。

「ヤマグチ首相。貴方の尊い犠牲により、世界が大きく変化せん事を……」

 

パァン

 

黒ずくめの男は首相の眉間を撃ち抜いた。首相は即死だった。これにより、氷河族の任務は完了したのである――

 

 

 フォン・ヤマグチが射殺された事は瞬く間に世界中のニュースになった。日本の首相であり、平和国連盟にも大きな影響を与えた人物が暗殺された事。それにより世界は大きく動く事になるのである。

「よくやった、アルン。これで世界は大きく動く。」

とある場所にて。暗い部屋で、コンピュータを前に笑みを浮かべる男が静かに言った。

 

 

 

 それと同じ時間帯。首相暗殺のニュースはある人間により、瞬く間に拡散された。それは日本のメディアが国内で首相暗殺を伝えるタイミング以上に、迅速に伝わった。その情報の伝達速度は、有名メディアの比にならない程に、早かったのだった。

「さて、お仕事が待っているわ……」

そう言うのは、一人の女性だった。彼女もコンピュータを用い、その情報を、世界中に拡散させていたのだ。その伝達先には、武装勢力やテロ組織等、兵器を必要としている組織等に伝わっていたのである。

 その目的は何なのか。何故このような事を真っ先に伝える必要があるのか。その真意は、誰にも分からないのである――

 

 

 

 首相暗殺。その衝撃はあらゆる場所に影響を与えた。この事件から、一週間が経過した状況でも、その影響は計り知れない。内一つは、フォン・ヤマグチの友人であるシュアー・ラヴィーノが影響を受けていた。そして、アステル家ではジンクがこのニュースを見て、衝撃を受けていた。

平和国連盟本部のあるニューヨーク。そこにいる平和国連盟の最高議長、チャール・ポレク。彼はこの報を聞き、驚愕していた。

「馬鹿な……ヤマグチは平和国に多大な貢献をしてきた人間だぞ……こんな事が!」

落胆するチャール。フォンの突然の死は彼にとっても、予想外の出来事だったのである。

「議長、フォン・ヤマグチの死に伴い、各地の紛争の激化が加速しています。」

と、言うのはチャールの副議長を務める、ソネル・パリシムだ。彼は平和国のNo2と呼べる人間である。鼻下に生える髭が特徴的な、紳士的な印象を持つ男性。彼は戦後になり、チャールの存在を支えてきた。

 彼の言うように、今、世界中で紛争が加速している。大なり小なり、新生連邦の樹立によって世界情勢は不安定ではあったものの、フォン・ヤマグチの死によって更に紛争は拡大して言っているのだった。

「こうなるのは予想できた……恐らく、戦争を望む者による犯行……どうなる、世界は……」

戦争の対義語は平和である。だが、紛争が各地で相次ぐ状況になった世界では、それは果たして“平和”と呼ぶ事が出来るのであろうか。

「議長、国連軍の要請はどうなされますか。」

ソネルが彼に聞いた。

「それは行かん。国連が先行して武力介入を行う事は、何があっても許されるべき事ではない。先行すべき治安維持は新生連邦軍の仕事だ。国連は、攻撃を受けた場合や市街地等での攻撃が行われる時にのみ出動を要請する。」

「やはり、そうですか……」

これが、チャール・ポレクの意志だ。

 平和国連盟と国連。その大概の関係は、平和国連盟が権力を握っている。そしてその最高議長であるチャール・ポレクは国連と言う存在に対し、決して自ら攻撃を仕掛ける事が無いように、徹底している。それは平和を想うが故の、彼の考えなのだ。

 しかしその思考は平和国内部でも意見が分かれている。実際、テロリスト等が国連の基地を襲撃する例もあったりする中で、先手を打つことが出来ない状況。それは国連の立場からすれば歯痒いものとなっているのだった。

 

 世界中で紛争が始まった状況でも国連はそれらに介入が出来ない。紛争に対する介入への仕事は、基本的に新生連邦軍が担うからだ。チャール・ポレクの平和主義の影響は平和国全体に影響しており、それらは国連にも浸透している。つまり、国連は平和国連盟よりも権力が下である為、独自の行動を取る事が出来ないのである。

 今、ソネルは一人、廊下を歩いている。この世の状況を見て、一人、複雑な心境を浮かべているのだ。

(チャール・ポレク議長の平和主義はやはり、柔軟に対応出来ないという問題がある……それではいずれ、世界に悪い影響を与える可能性も考えらえる……しかし、彼が戦後の平和に貢献してきていたのは紛れもない事実だ。)

副議長の立場ではあるが、彼の心境は複雑だ。チャールを支えなければならない立場ではあるが、彼の平和主義の弱点が、ソネルをそのような心境にさせるのだった――

「兄上。」

その時、ソネルは一人の人間に声を掛けられた。男は腕を組み、壁にもたれている。

「ギルス。何故ここにいる?」

「兄上のお仕事の活躍ぶりの拝見……といった所でしょうか。」

男の名は、ギルス・パリシム。ソネル・パリシム副議長の弟にあたる人間である。

 彼はメキシコの一部代表を務めている。その顔立ちは若さがあり、ソネルとは歳が離れている。

「世界は大変な状況になってしまいましたね。まさか、フォン・ヤマグチ首相が何者かに暗殺されるとは。そうなれば各地で紛争が過激になるのは必然。彼の存在が平穏を保っていたと言っても過言ではありませんからね。」

ギルスの言うように、フォンの存在は平和国内で大きく影響していた。その彼が死亡したという事は、世界中で大きなショックを与える事になる。

 経済面に関しては、株価は大暴落。戦後の混乱期で不景気だった世界情勢は、更に景気を低迷させるのに十分だった。

 不安定な世界情勢になる事は、人々は不安に陥っている何よりの証である。フォンの存在は、それ程に大きく影響しているのだった。

「そして、兄上はチャール・ポレク議長の平和主義に疑問を抱いている。違いますか?」

それは、間違っていない。チャールの唱える平和主義は、如何なる事があろうとも、先行して軍が攻撃を加える事は許されないというものだ。それに対する不安がソネルの中で渦巻いていた。

「議長の掲げる平和主義は絶対的なものだ。それを破る事は、許されん。議長の想いは、貫かなければならん。」

強い言葉でソネルは言う。しかし、ギルスはこれに対して微笑をした。

「もし、それが続くようならば、世界は更に混沌としていきますよ。デウス動乱が終わってようやく平和になりつつあった世界なのに、こんな事は許されるのでしょうかねぇ。」

この男が何をもってそういう発言をするのかは分からないが、弟である彼の言葉に対してソネルは違和感を覚えていた。

「兄上、個人的に思う事がありましてね。私は国連に力を持たせるべきだと思いますよ。平和国連盟が力を付けて行かなければ、新生連邦の一強の世界になります。そのような世界など、必要ですかね?」

語る、ギルス。その言葉の裏に、何を隠しているのだろうか。

「その過激な発想。平和国の一部代表を担う人間とは思えないな。我が弟でありながら恐ろしい男だ。」

まるでギルスを見下すように、ソネルはこの場を去る。副議長であり、チャールの意向を信じる彼と、国連に力をつけるべきと訴えるギルス。

 平和国連盟内でもそれぞれ意見が分かれているのだ。新生連邦の監視役であるのが彼等の役目ではあるが、自ら軍を動かす事は、平和国連盟の権限がある以上、決してそれを行う事は出来ない。それを不満に思っている人間も少なからずいるのが、現状なのである。

 

 

 世界中で紛争が活性化していった中で、新生連邦はこの鎮圧に乗り出していた。各地の武装勢力は少しずつ鎮圧されていく。だが、次々に現れる武装勢力の数は後を絶たない。

 その中、シュネルギアとの交戦からロサンゼルスに戻っていた新生連邦総司令、レヴィー・ダイルは兵士より、報告を受けていた。

「総司令。武装勢力は東南アジア、アルメジャン共和国を中心として集結している模様です。」

「アルメジャンですか。」

アルメジャン共和国は、旧アルメニア国とアゼルバイジャン国が合併して出来た、カスピ海西に位置する国である。その歴史はC.W160年頃が起源であり、新興国家ではあるが、現在ではテロリスト等の武装勢力の温床となっているのが現状である。

 そして、この国はフォンが暗殺されてから急激な動きを見せていた。元々暗躍していた武装組織が国の代表を殺害。この時、武装組織の指導者が国の代表に成り代わったのである。忌み嫌われるべき存在である、武装組織が国を動かすという、前代未聞の出来事が起きていたのだ。

 元々アルメジャンは新生連邦政府の勢力下の国ではあるものの、そこに在留する新生連邦軍の機能はほとんど成していなかった。新生連邦は軍備増強を推し進める余り、肝心な治安の管理を怠っていたという本末転倒な状況となっていた為である。

 そして、アルメジャンの武装組織は今、世界中に向けて声明文を出したのであった。

 

『我々は腐り切った連邦政府を、討たなければならんと誓った!世界中の貧困層、富裕層の格差は広がり続け、それらの格差を埋める努力を怠り、あろう事かこの期に及んで軍備増強を続けているという状況。それは、あってはならん世界の構図だ!我々は反連邦組織タウラ。私はその代表、オスカー・アレックスである!我々は連邦政府の打倒を今、ここに誓う!同志が我の元に集うた!今こそ戦いの時だ!立て、同志よ!!』

 

反連邦組織タウラ。その声明文が世界中に向けて発進された。その、声明文を読み上げた黒人の男がそこにいた。名は、オスカー・アレックス。新生連邦に対して宣戦布告をした男である。年齢は20代後半程の、若い男性だ。

 映像にはオスカーの後ろに、重火器を持った青少年が集まっている。彼等が反政府組織、タウラのメンバーなのだろう。

「総司令、この声明文と同時に各地で攻撃が活性化してきております。現に、近隣国の新生連邦の基地がタウラと名乗る武装勢力によって攻撃を受けたという報告も上がっております。」

この瞬間、兵士の報告を受けた総司令は静かに言った。

「彼の存在は見た事があります。デウス動乱で連邦反乱軍のメンバーの一員だった男です。彼は生きていて、そしてここに行きついたという訳ですね。」

デウス動乱を引き起こした根源、連邦反乱軍。その指導者は戦争中に倒されたが、生き残りがこのような組織を作り上げていた。彼等の存在は、言い換えれば連邦反乱軍の残党部隊である。タウラと言う名は、組織の名を変えただけに過ぎない。その名の由来はイスラーム圏において神聖な動物とされる、牛の名から来ている。

「総司令、声明文には続きがあります。」

再び、画面に着目する、総司令。

 

『我々は最期まで戦う。たとえこの、アルメジャンが焦土になろうとも、連邦政府に対抗して見せよう!!それは、アルメジャンの五百万の民も同意見である!』

 

オスカー・アレックスの言い方では、まるでアルメジャンそのものが新生連邦に宣戦布告をしているようなものである。武装勢力が政権を握るという事は、このような事も有り得る。

 最早これは、一国家が新生連邦に宣戦布告をしているようなものだ。無論、そのような事等新生連邦が認める筈がない。

「状況は分かりました。アルメジャンに軍の派遣を。カルディアム少佐にはヒエラクスに搭乗してもらい、現場の指揮を任せます。そこに特殊強化モデルのガンダム達も投入して下さい。」

「ハッ。手配を致します。」

彼の指示通り、新生連邦は動く。アルメジャンを拠点とする反連邦組織、タウラに対する攻撃を行う為に。

 

 フォン・ヤマグチの死を境に激化していく世界。それに乗じて出現した反連邦組織、タウラ。混迷に包まれようとしている世界は、更に加速していく。デウス動乱という大戦を経ても、人は争いを止められないのか。

 人々が宇宙に移民するようになった時代ではあったが、元々はコロニー側と地球連邦政府に亀裂が生じた事により、相容れない存在同士となっていった事が発端だった。やがてコロニー側に一つの国家、デウス帝国が出現した。それらは地球連邦に宣戦布告をし、長きに渡る戦いを行っていった。

 その、デウス帝国が敗戦してその勢力を失った現代。地球圏に脅威がいない筈の世界で、何故このような争いが生じるのだろうか。人は、戦わなければ存在が成り立たないとでもいうのだろうか。愚かな人々は同じ地球を舞台にしても、争うのだ。

 総司令は指令室の椅子に座っていた。傍には彼の側近であるソフィアがいる。この世界の現状。それを思った総司令は、ソフィアに言った。

「来るべき時が、来てしまったのかも知れない。軍備増強を続けた結果……こうした敵性勢力は早々に叩かなければね。」

それに対し、ソフィアが言った。

「それで世界が安定するのなら、私はレヴィー様を支持します。レヴィー様の行動は、間違っていません。私は貴方を信じています。」

優しい笑みで総司令を見つめるソフィア。

「やはり僕には君が必要だ。ソフィア、これからも宜しく頼むよ。」

「はい、レヴィー様……!」

彼の行動を肯定する少女、ソフィア。その存在は謎に包まれてはいる。そして、総司令と彼女の間には誰もが分からぬ、絆があったのであった。

 

 

 声明から更に一週間後。その間もタウラによるテロ行為は相次いだ。それらにより、各地の新生連邦の基地や関連施設は被害を被っていた。その被害は新生連邦だけに留まらない。平和国の大使館にも影響が及んでいた。新生連邦に対する宣戦布告の筈が、それ以外にも手を出すという状況。最早これでは無差別攻撃と何ら変わりがない。

 タウラ側は新生連邦から奪ったMSや、氷河族から与えられた機体を用いて各地で紛争を引き起こしていた。ディーストやジョゼフと言った機体もあれば、旧式であるディエル等の機体を用いて奇襲を掛けるといった事も繰り返して行っていた。

 そして、遂に新生連邦の本部からの部隊がアルメジャン上空に展開されていた。スパイッシュ・カルディアムが指揮するヒエラクス級一隻と、十二隻のマドラ級空中空母の空中大艦隊である。

 MS総数は九十二機。いずれもがディースト、ジョゼフといった機体。それ以外にも、新型機体として六機の機体が先行導入されている。

 機体名、エグゼマー。型式番号NMT-56。可変機能を備えた最新量産型MSである。マサアキ・アルトが搭乗していたガンナードを改良、量産に踏み切った機体である。今回はその試験も兼ねて、これ等が投入されるのだ。

 また、この場には三機の特殊強化モデルのガンダムタイプも導入されている。それは総司令、レヴィー・ダイルの意向であったのだが、現場の指揮を任されていたスパイッシュはこれ等を上手く、利用しようとしていたのである。

「敵は世界の秩序を乱す存在だ!徹底的にやれ!世界にとっての脅威を、放置する訳にはいかんからな!」

スパイッシュの指揮の下、MS部隊が展開された。

 

 

 激戦が始まった。タウラ側にも新生連邦の機体が投入されている。だが、カラーリングはいずれもが水色系統だ。これはタウラのパーソナルカラーを意識している。

 ディースト、ジョゼフといった機体や、ディエルといった機体が応戦する中、新生連邦は数でこれらを押していく。

 機体数も去ることながら、機体性能に関しても不利な状況のタウラは次第に押されつつあった。

 タウラ側には氷河族から搬入したMS、ファドゥームが投入されている。これは連邦軍でも旧デウス帝国でもない機体であり、氷河族産のオリジナルMSだ。

 ファドゥーム。型式番号MS-BC68。氷河族製の量産型MSである。この機体は主に世界各地に潜伏している武装集団等に提供されており、そこから氷河族は利益を得ていた。フォン・ヤマグチの暗殺を図った大きな理由が、このファドゥームを武装組織に売ることであった。左手部は指型のマニピュレーターではなく、挟み型のクローアームとなっている。それは有線として展開し、飛ばす事が可能であり、先端からビーム砲を放つ事も可能。有線兵器ではあるが準サイコミュ等の特殊なシステムは備わっておらず、自動追尾をコンピュータが行う仕組みとなっている。

今回の件で莫大な利益を得た氷河族。彼等にとって、この紛争の勝敗など、最早どうでも良い事であったのだ。

 破壊されていく、タウラ側のMS。一部の機体は新生連邦に抗していたものの、全体規模では勝ち目などある筈が無かった。紛争の中でスパイッシュは特殊強化モデルのガンダムタイプに出撃命令を下す。命令のまま、出撃する三機。

 やがて戦場を暴れ回る三機の無慈悲な攻撃が、容赦なく浴びせられていく――

「アルメジャン共和国は、タウラとかいう癌細胞に染まってしまった。癌細胞が発覚したら、いくら健常な細胞があれどいずれはそれも侵食されていく。」

ヒエラクスのブリッジ内で、スパイッシュは一人、呟いた。

「なら、それ等は全て取り除けば良い。それによって癌細胞が除去され、世界は穏やかになる。我々の行動はまさに、平和の為の行為だ。」

自惚れるスパイッシュ。だが、それは何を意味するのか。

 答えは明白だった。アルメジャンそのものへの徹底攻撃だったのである。タウラのみへの攻撃ではなく、あろうことが市街地や住宅地への攻撃を許可したのである。躊躇う兵士も数名居たが、これに対しても喜んで任務をこなしたのが、特殊強化モデルのパイロット達だ。

 本能のままに、殺戮を行なっていく。無抵抗な市民にすら、機関砲を使って血飛沫を飛ばす。ビーム粒子は雨の如く降り注ぎ、逃げ惑う人々をビームの熱によって溶かしていく。熱さを感じる間もないまま、アルメジャンの一般市民は殺されていく。辛うじて生きていても、皮膚の再生は難しい。顔に熱されたビーム粒子を浴びれば皮膚は爛れ、二度と、顔貌が元に戻る事は、ない。

 アトミックガンダムには核ミサイルが搭載されていた。本来それを市民に向けて放つ事は禁忌以外何者でもないのだが、あろうことかスパイッシュはこれを許可したのである。無慈悲に放たれる核ミサイルは市民達を焼き尽くした。放射能汚染という二次的な被害こそ出ないが、アルメジャンという国は焼け野原へと変貌を遂げていったのであった。

 やがてMSによる蹂躙は終わる。その時の生き残りの市民が見た光景は、角付きの二つ目の巨大な悪魔が三体、まるで見下ろすように眺めていたようだったという。

 

 アルメジャンの掃討作戦は新生連邦の圧勝で終わりを迎えた。新型兵器の実戦テストや、特殊強化モデル達の鬱憤を晴らすが如くの残酷な行為。タウラはこの戦闘でその機能を完全に失った。指導者、オスカー・アレックスは新生連邦に拘束される前に自害し、結果的に詳しい情報を得られないまま、この戦いは終わりを迎えた。アルメジャンの作戦の完全な終息までに、三日を要したという。

 

 こうした事実は、世界のメディアに報じられる事はなかった。新生連邦の情報部の隠蔽が働いたからだ。タウラを殲滅した、それだけを情報に載せた。アルメジャンの罪なき人々が惨たらしく虐殺されている事など、一切報道されなかったのである。

 後に、アルメジャン紛争と呼ばれるこの一連の事件は新生連邦軍の隠蔽により、その真実が一般的に知れ渡る事は、なかったのである――

 

 新生連邦政府は今回の作戦の概要についてメディアで公表した。これによると反連邦組織タウラの殲滅を確認。首謀者、オスカー・アレックスの自死によって組織は壊滅したと、報道。一般市民の虐殺報道は一切されなかったのである。惨たらしい光景はメディア、ネット、SNS等にその情報が行き渡ることは無い。仮にこの情報を誰かが拡散したとしても、すぐに消されてしまう。そして、無かった事にされる。新生連邦によるこうした非道が行われていても、誰も気づかないのである。

 だが、この状況に対して疑いの目を持つ存在が現れた。平和国連盟である。新生連邦の情報に関してはメディアを通して知る事が多い為、普段の情報に関しては余り深入りする事が無かったのだが、今回のアルメジャンの件に関しては不可解な事が多いと、考えていたのだ。

 平和国連盟はこの紛争の後、チャール・ポレクの下、極秘に調査団を結成した。平和国調査団(Peace Survey Team)。リーダーは豪州地区の一部代表を務めるギア・ジェッパーである。眼鏡を掛けた、端正な顔立ちをした男性。彼が中心となり、荒廃した国であるアルメジャンに調査団が派遣された。

 そこで明らかになる、虐殺の実態。一般市民の死体が数多く残されている状況。この調査団は少人数で結成されたものである為、長時間の滞在は出来なかったのだが、明らかに意図的に殺害された跡も見つかったのだ。

(惨い……)

調査団のリーダー、ギア・ジェッパーは静かに、そう思ったという。

 

 

 

 アルメジャン紛争から二週間が経過した。タウラの発した声明から約一ヶ月が経過した事になる。時期は2月中旬に差し掛かる。

 平和国連盟は新生連邦と会談を望んでいた。アルメジャン紛争についての話をする為である。無論、この件の一般市民の虐殺についてだ。

 平和国連盟側はチャール・ポレクが会談に臨んだ。新生連邦側は、レヴィー・ダイルが会談に臨む。場所は平和国連盟本部のある、ニューヨークの旧国連総会ビルに位置する建造物内で行われる事になった。

 両者はテーブルを介して着席する。その後ろには、互いの護衛兵達が並んでいる状況。以前も彼等は会談をした事があったのだが、今回はその時のような状況とは比にならない程に緊迫した状況であった。

「アルメジャンで発生したタウラと呼ばれる武装勢力が声明を出してからち一ヶ月が経ちました。新生連邦政府軍は戦力を投入し、タウラの壊滅に成功したと報道されました。」

「ええ、それはご存知の通りだと思われますが。」

総司令の目は、チャールを捉える。明らかに、何かを物申す様子だ――と。

「この件に関して、平和国連盟は独自に調査団を派遣しました。そこで、このような光景を目の当たりにしました。衝撃的な画像ですが、是非目に通して貰いたいと思いましてね。」

そう言って、チャールは十枚の写真を総司令に渡した。

 荒廃した街や、焼野原と化した建物。その中で、多くの人々の身体の一部が黒焦げになっている写真。中には皮膚が爛れた死体や顔が形を保っていない写真等、惨たらしい光景が映っている。いずれも、アルメジャンの一般市民である。新生連邦による一方的な虐殺行為その現実を、チャールは総司令に見せていたのである。己が犯した過ちを、直視させる為に。

 だが、この写真を見ても総司令は、静かに頷くだけだ。何も言葉を出そうとしない。

「どう思われますか。アルメジャンに滞在していた武装勢力、タウラの殲滅にしては余りに行き過ぎた行為であると我々は考えますが。」

新生連邦軍による虐殺行為。武力行使はこのような形で平和国連盟から突き付けられる事になる。しかし――

「もし、反連邦組織タウラを野放しにしていては世界中に戦火が広がっていた可能性も否定は出来ません。我々新生連邦政府は世界情勢の秩序を乱す者を正さなければなりません。犠牲者は出てしまったかも知れない。ですが、これらには哀悼の意を表しています。アルメジャンは既に、タウラによって支配されてしまった国。それが存在している事は地球上にとって脅威となり得るのです。」

まるで、犠牲者が出た事に対して開き直る様子の、総司令。

「報道によれば死者の数は一万五千人と報告がありますが、調査団の結果によればその十倍、いや、それ以上の数の犠牲者が出ていると聞いています。これについてはどう思われますか。」

「私が受けた報告の話です。それ以上でも、以下でもありません。」

総司令は再び言い切る。

「単刀直入に言いましょう。多くの犠牲者を出す、明確な理由を教えて頂きたい。新生連邦軍は一般市民を大勢殺害……いえ、虐殺を行う必要があったのでしょうか。」

虐殺と言い切る、チャール。互いの意見の攻防が続く。

「我々は世界にとっての脅威を排除したに過ぎません。その結果の犠牲者です。武装勢力が政権を取っている国である以上、国民にも少なからず影響があるのは至極当然ですよ。」

「民間人に対しての警告等はしなかったと言うのですか?」

「タウラの排除が今回の作戦でしたから。」

自身の行った事は間違っていないと、断定する総司令。揺るぎない意思。だが、その思考はこの場においてはあってはならない事だった。

「その結果が推定百万人以上の犠牲者を出し、尚且つそれを隠蔽したという事ですね。これ程の犠牲者を出して、世界が黙っていると思ったら大間違いですよ。」

明らかな怒りを見せるチャール。彼の拳は小刻みに震えており、その様子が伝わる。

「安寧を保つ為に、組織は絶対であるべきなのです。そして犠牲者さえも、やむを得ない。完全な平和など、存在しません。しかしそこに向けて努力を続ける事は出来ます。」

「その努力の方法は、間違いであると考える事はないのですかね。」

「その指標を決めるものはありますか?我々が世界の実権を握っています。平和国連盟はその監視でしかない。今は亡き、旧地球連邦の総司令であるダディー・ダイルと貴方で交わした密約上ではその立場に変わりは無い筈です。」

 

ジャキンッ

 

その時だった。新生連邦側は、あろう事か警備兵達が機関銃を構え始めたのである。まるで、この状況が生まれる事を想定していたかのような、行動だった。

「何の真似ですかな。総司令。」

「余計な詮索をすると言う事は、それ相応の報いがあると言う事です。新生連邦政府は世界の秩序を守る為に動いています。それを虐殺と呼ぶのは余りにも軽率ですよ。名もなき一般市民が言うならまだしも、平和国連盟がそれを言うのは余りに、愚かです。」

脅しと捉えるべきなのか、どうなのかは分からない。ただ一つ言える事は、互いに共存していく必要のある勢力に対し、銃口を向けるという事が何を意味するのか。それは、チャール・ポレクとレヴィー・ダイルの双方が理解した上での、新生連邦側の行動だったのである。

「人という生き物は、争いから逃れられないのでしょうかね。新生連邦側がそのような愚業を行うとは、思いもしませんでしたよ。」

チャールの表情が険しくなる。対する総司令は表情一つ、変える事はない。

「あのダディー・ダイルの孫が新生連邦の総司令として就任された時は喜んだものです。ですが、まさか現実はこうなってしまうとは。」

元々ダディー・ダイルとチャール・ポレクは互いに親交があった存在であり、ダディー・ダイルは地球圏の平和を考えていた。それ故、平和国連盟に連邦組織の監視を依頼していたのだ。しかしレヴィー・ダイルが就任してからは軍備増強を徹底していく形となり、この二大勢力間で次第に亀裂が走る様になって行ったという訳だ。

「元々、地球圏に平和国連盟の存在は必要だったのか……と、私は考えていました。地球圏の平穏の管理者は二つも要らない。ならいっそ、消えた方が良いとさえ、考えています。」

更に、煽るような言葉を掛ける総司令。

緊迫した状況。もし、機関銃の引き金が引かれた時、それは平和の崩壊を意味する。その為、迂闊に彼等は何もする事が出来ない。

「……止めましょうか。ここで殺し合うという行為は無意味です。血を流す必要がありません。」

総司令は警護兵に銃を収めるように指示を出した。それに従う、兵士達。

「逃げる気ですかね。」

チャールが、言った。

「そのような真似はしません。ただ、一つ言える事は、この世界を統一するには一つの勢力が絶対に必要だという事だ……と、いう事です。」

総司令が警護の兵士に守られ、部屋を後にしようとした――

 

ジャキンッ

 

僅かに、銃を構える音が聞こえた。それは、平和国側の警護兵からだ。それに気付いた新生連邦側の兵士が躊躇う事なく、その方向に銃を放ってしまったのである。

 

ダダダダダダダダダ

 

無慈悲な銃声が響き、平和国側の警護の兵は撃たれた。

 緊迫した状況で、仮に武器を持っている者同士がなんらかの契機にその緊張の糸が切れた時、人はどのような行動を行うのだろうか。答えは明確である。戦闘だ。状況を打開するには自らの身を守る、敵を攻める等の行動を取り、攻撃を行う。

 そうなれば、もう誰にも止められない。激しい銃撃戦が会議室だった場所で行われるという無慈悲。その間、重要人物は保護されながら部屋を出る。残ったのは、警護兵のみであるのだ。

 

 機関銃の銃声が響く中、レヴィー・ダイルとチャール・ポレクは警護の兵に保護されながらその場を去る。互いの重役は守られなければならないからだ。

 今回の会談で新生連邦と平和国は決裂した。アルメジャン紛争による新生連邦の虐殺行為。それを調査した平和国連盟。そして、それに対する武力行使。そして、互いに銃撃を行うという、最悪のシナリオ。この出来事は間違いなく、後の世に影響を与える事になるだろう。地球上の二大勢力同士のトップの会談でこのような事が起きるという事は、これからの不穏の序章に過ぎないといえた。

 その中、総司令はソフィア・ブレンクスと合流していた。警護兵に囲まれている彼は、ソフィアと会い、隠れた場所で話をしている。

「やはり、平和国は懐刀を持っていた。平和を自負している彼等が武装するという、矛盾。それを知ることが出来ただけでも十分だよ。さて、ここから去ろう。もうこのような場所に用はない。」

「世界は、どうなるのでしょうか……」

ふと、ソフィアが不安げな表情を浮かべる。それに対し、総司令は言った。

「一つ言える事は、新生連邦にとっての脅威が一つ、出現したのは間違いないという事だ。僕が掲げて来た軍備増強は、間違っていなかったんだ。」

「レヴィー様が、そう仰るのなら……」

彼の言葉に、ソフィアは安寧の笑顔を見せる。総司令に絶対的な信頼を寄せる彼女。それ程に彼を信頼するのは、何故なのだろうか。

 

ピキィィィ

 

ソフィアの脳裏に、電流が流れた。それは、余りに当然の出来事と言えた――

「レヴィー様!!!」

 

ピシュンッ

 

音のない銃弾がその場に飛んできたのは総司令とソフィアが対面で話をしていた時だった。そして、銃弾の存在に気付いたソフィアはすぐに、彼の前に現れる。

 やがてソフィアの腹部から血が流れるのに、そう、時間を要しなかったのだった――

「ソフィア!?」

「う……うぅ……」

無垢な少女は腹部を抑え、苦しんでいる。総司令を襲う凶弾から、彼女は身を挺して彼を守ったのであった――

 




第二十九話、投了。

アルメジャン共和国は架空の国で、そこの内乱が徐々に世界に大きな影響を与えていくといった話。

主人公達は登場しませんがこのアルメジャンでの紛争が物語を大きく変えていきます。
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