対面でかつての友と話をするアレンだが――
凶弾に倒れたソフィア・ブレンクスは一命を取り留めていた。彼女はすぐに救護隊によって彼女は救出されていた。一日が経過した現在では新生連邦本部にて保護されている。レヴィー・ダイルが見守る中、彼女は目を覚ます。
奇跡と呼べる回復だった。大量出血をしてはいたが、輸血によって彼女は一命を取り留める。だが、傷が痛む為、動く事はまだ出来ない。
「気が付いた?」
総司令は彼女の側に居た。凛々しく、整った顔立ちの青年、レヴィー・ダイル。そこに新生連邦総司令という肩書はない。一人の少女を想う、青年の顔がそこにあった。
「レヴィー……様……」
「君が無事で何よりだ。本当に、良かった……」
そう言って彼はソフィアを抱き締める。その様子から、本気で彼はソフィアの事を心配している様子だった。
「レヴィー様、痛いです……」
「あ、ああ……ごめん。うっかりしていたね。」
そう言って、彼は距離を置く。新生連邦軍の総司令という立場である人間とは思えない、行動だった。
「君を巻き込む気はなかった。けれど、平和国はあのような懐刀を忍ばせていた。そして僕の暗殺。彼等は僕の存在を消そうとしている。それは、新生連邦政府への宣戦布告と見做しても良いだろう。」
アルメジャン紛争を機に始まった、両陣営の対立。それを、身をもって経験した、総司令。彼は自分の立場が安全な場所ではないという事を、改めて再確認した様子だった。ソフィア・ブレンクスがいなければ彼は死んでいたのだ。
「レヴィー様は平和国と戦争を、されるおつもりですか……?」
ソフィアの質問。痛みに耐えながらも、彼女は聞く。
「……分からない。けれども、軍備の増強は益々必要になったのは間違いない。」
彼は肩まで掛かっていた髪を振り払うように、自身の髪を撫でた。
透き通った金色の髪色。女性と間違えそうな程に整った顔つき。それが、新生連邦の総司令である。貴公子と呼ばれている程に美しい容姿の持ち主の彼。そして、側近のソフィアを誰よりも思っている、男性。彼の指揮にはどこか青さは残るが、総司令として彼を崇める人間は少なからず存在している。
だがそれを良く思わない人間が新生連邦内にいるのも、また事実である。スパイッシュ・カルディアムは先のアルメジャン紛争で新生連邦軍の司令官として指揮をしていた男だ。そして、虐殺も許可を出した男である。躊躇いなくこうした行動を起こしたこの男は功績を認められ、階級は中佐となった。これにより、ダリア・ローゼントと並ぶ事になる。
(所詮は愛人狂いの青二才。貴公子等とか呼ばれているかも知れんが、あれが総司令と言うのだからかつての地球連邦軍も地に落ちたものだ。まあ、私は中佐へ昇進したから問題は無いのだがな!)
以前彼は外部の傭兵だったチェーニ姉妹を雇い、モントリオールの市街地に被害を出しながらもアインスガンダムの奪還を図ろうとした。しかしそれはネルソンによって失敗している。こうした出来事を平気でこなし、虚偽の報告を上げるこの狡猾な男。それでいて、総司令の前では腰が低い。
内心で見下しているにも関わらずその上辺だけを取り繕い、軍務を全うしているように見せ、出世のみを考える人間はその思考全てが浅はかである。その先の事を考えず、人を見ていない典型例。スパイッシュ・カルディアムという男はそのような男だ。
故に部下の人望は希薄同然。彼の事を崇める人間など、皆無に等しい。そのどす黒い欲望が、部下にも筒抜けなのだろう。新生連邦軍の腐敗の象徴とも呼べるこの男。その上でアルメジャン紛争のような虐殺を好んで行う。残酷な任務を楽しんで行うという下劣な男。
その男は今、総司令のいる場所に移動していた。改めて、昇進した事に対して勲章を受け取る為である。
「カルディアム中佐。この度のアルメジャンの作戦、ご苦労様でした。」
「光栄です、総指令。」
内心では総司令を見下している、スパイッシュ。
「これからの活躍を、期待しています。」
「有難きお言葉。」
それからスパイッシュは去って行く。
その後ろ姿を見届けた後、総司令はふと、考えていた。
(平和国とは恐らく、衝突は避けられないだろう。そうなれば、益々戦力を増やす事を考えていく必要がある。以前対立した、アステルの存在……もし、それが事実ならば……)
ソフィアは今、医務室で安静にしている状態であり、その部屋には彼一人しかいない。彼の側には常にソフィアが居た状態であった為、今の状況は総司令にとって違和感があった。
しかし立ち止まってはいられない。次なる軍備増強の為に、行動をしていく必要があったからだ。この時、彼はアステル家の事を考えていた。戦後になって現在はMSの生産を止めているアステル家ではあるが、一ヶ月前に見たシュネルギアの存在を思い出し、彼はある、決意を固めていたのである。
イタリア、ローマのアステル家にて。シュネルギアがこの地に降り立ってから一ヶ月余りが経過した。その間に世界情勢は変化していき、アルメジャン紛争も起きた後の事。
その間、アステル家は世界情勢を見ており、一切動く事が出来ていなかった。その間、アレンは殆ど居候状態だったという。
アステル家に居る間、彼はジャンヌの手伝いをしながら過ごしていた。アレクサンドリアに戻る事も考えたが、不安定な世界情勢では何があるか分からない。不安定な状態で移動をするのは危険だと判断し、彼はアステル家に留まっていたのである。
その中で、ジャンヌは母、ターナと会話をしていた。世界情勢についての話である。私服のロングスカートを羽織り、母の部屋で紅茶を飲んでいる、ジャンヌ。
「フォン・ヤマグチ首相が暗殺され、それから連鎖的に生じた緊迫した世界情勢で、私は何をすべきなのか……まさかシュネルギアを持ち出して帰還してからこのような事態になるなど、予想すら出来ませんでした。」
母の前で弱みを見せるジャンヌ。アルメジャンの一件もあり、新生連邦と対立をしていこうとしていた矢先に出鼻を挫かれた、彼女。
「ジャンヌ。貴方は立派に活動しています。それは私にとっての誇りだわ。ウフフ!」
特徴的な感動詞を発するのはターナの特徴だ。それは昔から変わっていないのだろう。
「戦後になって平和が訪れるものだと、誰もが思っていた事でしょう。ですが現実は違いました。各地で起きる争いは平和とはかけ離れています。そのような世界を癒す為に、私は歌手になり、各地を歌で癒す事を決めていました。」
窓の景色を見て、ジャンヌはそっと呟く。
「貴方が歌手になる事に関しては賛成していましたよ。才能はあると思ってましたからね、ウフフ!」
実際、彼女の歌は世界を魅了している。それ故に彼女のファンの数は多い。戦後の活動でこれ程の実力を見せたジャンヌの才能は、紛れもないものである。
「けれどもお母様。私は思うのです……。いくら私が歌を歌い、踊り、女優としても活動し、テニスの大会で入賞したりしても、それは所詮、私のエゴでしかないのではないか……と、考えています。今、世界が大変な状況で本当に何が出来るのか。どうすれば良いのか、分からなくて……」
才色兼備の美女、ジャンヌ・アステル。彼女の才能は留まる事を知らない。これらに加え、シュネルギアと言う戦艦の艦長も務める。
だが、彼女はそれでもどうすれば良いかと考えるのだ。現在の世界情勢を見て動く事が出来ない自身の情けなさを、露呈していた。
彼女の存在は誰もが羨む。その容姿、才能は時に嫉妬さえ生む。だが彼女のような人間程、そこに愉悦を感じない。寧ろ、自分に出来る事を常に考えているのである。
「デウス帝国と地球連邦軍の戦争が起きた時でも貴方は動いていましたね。それでも、貴方は満足せずに、常に追求しようとする。それは私にとっての誇りだわ、ウフフ!」
誇り。親にそう言われる事は喜びではある。
「けどね、ジャンヌ。貴方は気負い過ぎる事があるの。それは貴方が幼い頃から感じていたのだけど、それを気に病んでいては意味がないわ。」
ターナはジャンヌの頭に触れた。まるで幼子を撫でるように、優しい手つきであった。
「お母様……私はもう、子供ではありません……」
恥じらう様子のジャンヌ。
「私にとっては子供ですよ。貴方がどれだけ立派になっていっても、親が子を思うのは当り前よ。何歳になっても、貴方は私達夫婦のたった一人の娘なのだから。ウフフ。」
ジャンヌは一人娘だ。アステル家の令嬢である彼女は大切に育てられてきた。だが、デウス動乱を機に彼女は自身に出来る事を考えるようになった。
「私はずっと、心配だったのよ?貴方の婚約者だったアーク・レヴン様が戦争で亡くなったと聞いた時、貴方に対してどう接したら良いのかって考えたりしたのだから。」
「……」
ジャンヌには婚約者がいた。アーク・レヴンという名の婚約者。それは両家の人間が決めた結婚ではあったが、ジャンヌにとってはそれを嫌に思うことは無かった。寧ろ、好意を抱いていた。
しかしアーク・レヴンはデウス帝国の士官であった。デウス帝国の名家の一つ、レヴン家の嫡男だった彼はデウス軍に多大な貢献をしていた。やがて、戦争の闇に囚われていく。
それを止める為に、デウス動乱時にジャンヌは動き出していた。戦争の中で出会ったアレンと共に協力し、デウス動乱を止める為に共に戦ったのだ。結果的にアークはアレンに倒されたのだが。
ターナはこの事実を知らない。アークを倒した人間がアレンであるという事を。そして、それを承知の上でジャンヌがアレンをこのアステル家に招いているという事を。それもあり、彼女の内心は複雑だったのである。
「あれから五年が経って、貴方は動き続けていたものね。アレン・レインド。彼を屋敷に招き入れたのも、アーク・レヴン様の未練を断ち切る為ですか?ウフフ!」
かつての婚約者の仇ともいえる存在であるアレン。しかし、ジャンヌにとってそれは、分かった上での行動なのだ。
「彼とは、これからの活動で共に行動する、“仲間”ですわ。そのような関係ではありません――」
と、言った時だった。
「複雑よね。アーク・レヴン様をこの手に倒した彼と、共に行動をするなんて。」
「お母様……ご存知だったのですか?」
驚愕するジャンヌ。アレンがアークの仇である事を、知っていたのだ。
「貴方を見ていれば分かりますよ。ですが、それは貴方にとっては複雑な心境だったのかも知れないわね。相当な覚悟が、必要だったと思うわ。」
そう言うターナの目は、優しい。何故婚約者の仇であるアレンを、ジャンヌが迎え入れているのに対しても、それを受け入れているのだろうか。
「私は、罪な女ですわ……でも、彼の事も迎え入れたいのです。私は我儘な女でしょうか、お母様。」
アークの事も知った上でターナはジャンヌに優しく接する。それは、母親故の愛なのだろうか。
「貴方は、我儘だわ」
一件冷たく感じられる言葉。だが、この時ターナは穏やかな口調でそれを発したのである。
「やはり……そうでしょうか。」
落ち込む様子の、ジャンヌ。
「でも我儘を悪く言う気はないの。それが、貴方の覚悟ならば。それを受け入れるのも母親の務めと考えているから。」
ターナ・アステルの母親としての愛情を感じ取っていたジャンヌ。婚約者を倒した青年と共に行動している事も許している彼女の懐の深さは、ジャンヌにとって暖かいものだった。
「何かの行動を起こす時、必ず批判は受けるものです。でもそれをしようとする事を、親である私が批判しては意味がないと思うの。貴方には力がある。私と同じ、力が。」
アドバンスドタイプの事だ。その力はオールドタイプと呼ばれる人間には一切理解出来ない力。シンギュラルタイプでさえ上回ると言われている、その力。
「だから動き続けて良いと思うの。大変な状況ではありますが、それでも貴方は未来を向こうとしている。その意志は、貫いて良いと思うわ。ウフフ!」
ジャンヌの過去の罪も許した上で、彼女を応援した母、ターナ。
人によってはこの母親も同罪だと思う人間もいるかも知れない。婚約者を倒した男と協力するというジャンヌの行動はエゴだと批判される事もあるだろう。だが、彼女はそれでも愛娘を想っている。その母親の温もりを、ジャンヌはしかと感じ取っていたのであった。
「じゃあ、お母さんは全て知った上で応援してくれているという事なのか。」
ジャンヌの部屋でアレンと話すジャンヌ。アレンはアステル家が用意した正装に着替えており、ジャンヌはドレス姿で彼と話している。
「それは有難い事ではあります。私は、過去にあった事を受け入れた上で、進まなければならないと、改めて思いました。」
協力者に対して、彼女はその想いを伝える。それをしかと受け止める、アレン。
「君は本当に、強い人だと思う。俺は君の事を応援するよ。」
そう、アレンが言った時だった。
「アレン。アルメジャンの件が終わり、世界規模の紛争は少し落ち着いてきている様子です。もし、良ければ少し、自由な時間を過ごされませんか?」
「自由な時間?」
アレンは首を傾げる。
「アルメジャンの事で一ヶ月程ここから出る事が出来なかったでしょう。世界は大変な状況でした。その上で、何も出来ない状況が続いたのは貴方にとっては苦痛ではないか……と思いまして。もし、宜しければの話ですが。」
世界の状況を見る必要があると判断したジャンヌは一ヶ月、様子を見ていた。それに付き合わせてしまった事を、アレンに詫びたいのだろう。
「じゃあ、少しでも考えさせてもらおうかな。」
と、アレンが椅子から立ち上がろうとした時だった――
「外が、騒然としていますわね。」
この時、異変を感じていたジャンヌ。ふと、彼女は窓を見る。
「あれは……戦艦か?それにあの形状……ヒエラクス級か?」
遠くで見えたのは、新生連邦の空中戦艦だった。ヒエラクス級の戦艦が、この場に降り立ったのである。ダークブルーのカラーリングが成されているその艦。以前にシュネルギアと交戦した戦艦、ウイングイーグルであった。
そして、そこから数名の人間が降り立つ姿を見た。そこから見える姿に、見覚えのある人間の姿を目撃する。
「レヴィー!?なんであいつが……?」
あろうことか、総司令、レヴィー・ダイルがアステル家に姿を見せたのである。何故この場所に彼がいるのか。それは不明だった。
「あいつに会って、話をつけてくる!」
と、急いで彼が走っていった時だった――
パシッ
ジャンヌがアレンの手を握り、彼の行動を止めたのだ。
「どうして止めるんだ!?」
「様子を見ましょう。下手な行動は出来ません。彼は最早、かつての彼ではないのですから。」
「だけど!」
「彼に用があるのは、恐らくお父様です。何らかの話をしに来た可能性が高い……と、考えますわ。」
ジャンヌの言葉をしぶしぶ受け入れるアレン。突然の新生連邦軍の介入。これにより、屋敷内は緊迫した状況に包まれた。
今回、レヴィー・ダイルがアステル家に来たのには理由があった。それは、アステル家当主であるジンク・アステルとの会談を行う事だった。
会談はジンクの自室にて行われた。互いに護衛に囲まれ、スーツ姿で会談に臨む総司令と、同じくスーツ姿で会談に臨むジンク。両者は年齢の差が激しく、一方が二十歳の若い総司令であるのに対し、もう一方は四十代の威厳のある男。総司令はジンクの威圧に負けることなく、口を開け始めた。
「デウス動乱時にデウス帝国軍に多数の戦力を投資してきたアステル家。その影響力は非常に強大であることは我々も知っての通りです。」
総司令の言葉に対し、ジンクはまるで睨むように言った。
「それで……貴方方は何をしにこちらへ来られたのか。新生連邦軍の総司令、自らここに来るという事自体、本来ならばあり得ない話ではありますが。」
総司令はジンクの目を見て、一言、言った。
「単刀直入に申し上げます。我々には必要なのです。貴方方の、戦力が。」
「我々の力……?」
「要するに、我々新生連邦政府軍と同盟条約を結んで欲しいのです。」
「ふむ……」
それを聞いた時、ジンクは内心驚愕しつつも、平静を保った。新生連邦軍が突然アステル家と同盟条約を結ばせる……そのような話を持ちかけてきた新生連邦。ジンクは口元に手を持っていき、少し考えるそぶりを見せて口を開けた。
「何故、新生連邦軍が我々と同盟を組もうとお考えなのか。」
本心ならばこのような若い人間に丁寧な言葉を使うことはジンクのプライドが許さない。だが相手は仮にも新生連邦の総司令。下手な対応は危険だと考えており、今は、そのプライドを捨てざるを得ない。
「純粋に、我々の軍備増強の為です。我々が軍備増強を、新生連邦政府樹立後から行っている事はご存知の筈。貴方方は代々デウス帝国に兵器等を提供してきた一族。そして、平和世紀である現代でもアステル家は存在している。兵器を提供していたアステル家は、今では何の為に存在しているのですか?」
総司令からの質問だ。アステル家は大きな戦争がない今ではMSの生産を止めている。だが、シュネルギアの存在が明らかになった為、彼はその質問に踏み込んだのだ。
「私は貴方方が日本の駿河に戦艦を隠していた事を知っています。何故この時代に戦艦が必要なのでしょうか。」
その質問に対し、ジンクは黙る。答える必要がないと、考えていたからだ。
「黙って通せる内容ではありませんよ。実際、私は貴方の娘であるジャンヌ・アステルの声を聞いています。その戦艦の艦長を務めている事も、私は知っているのですから。」
本来、軍に所属しない存在が戦艦を持つという事は新生連邦にとっては要注意以外の何者でもない事である。
「本来ならばこれはあってはならない事。新生連邦にその存在が知られている以上は貴方を取り締まる事も可能なのですよ。しかし私はそれをしない。寧ろ、貴方方に協力を要している。この意味、貴方には理解が出来ますか。ジンク・アステル当主。」
総司令の目が、ジンクを捉える。しかしジンクは一切、動じる様子を見せていない。
「まあ、良いでしょう。話を戻します。我々と軍事同盟を結ぶ事が出来れば、新生連邦軍が貴方方に戦力提供を要請した場合、指示に従って頂く事になりますが、その逆のパターン……つまり、我々も貴方方に対して協力をする事ができます。ただそういう事情が加わるだけでして、基本的には今までと変わらない事をする事が出来るのです。これは今後、新生連邦やアステル家に対する脅威が出現した際に大きく役立つと考えられますが。」
〝アステル家に対する脅威〟という言葉に疑問を抱くジンク。彼は重い口を開け、総司令に聞く。
「敵対する脅威とは、どういう意味ですかな。今の地球圏にそのような勢力がいるとは思えませんが。デウス帝国が先のデウス動乱でその力を完全に失った今、そもそも、我々としてはこれ以上連邦軍が軍備を増強する理由が分かりませんな。」
現在、新生連邦に対する勢力はいない。だが、これはあくまでも表面的なものに過ぎない。今、新生連邦は平和国連盟と対立しようとしている。それは先に起きた新生連邦によるアルメジャン紛争が発端だ。それに対する戦力が欲しいと、総司令は考えるのだ。
「普通ならば連邦という権力が眼前にいれば誰もが同盟を組まざるを得ないと判断するものですが……流石はアステル家。一筋縄では行かないと言うことですね。」
総司令はジンクを尊重し始める。何かの動きがあってもおかしくない言動。ジンクは総司令に対し、警戒する姿勢を見せた。
「我々は戦後も個を貫いてきました。そして、世界情勢を見てきた。最近の情勢ではアルメジャンでの紛争が記憶に新しいですが、それもアステル家が介入する必要はありません。我々はMSの生産を止めている状況ですからな。」
「それに対する矛盾の一つが、先に述べた戦艦の存在ですよ。」
再びシュネルギアの話をする、総司令。
「このままその理由が語られなければ話は繰り返すばかりです。なら、こちらも切り口を考えましょう。我々新生連邦政府は、貴方方アステル家と戦う気は、一切ありません。」
総司令が対応を変えた。シュネルギアの存在の説明がされないのならば、まずは敵意が無い事を改めて伝えようとしていたのだ。
「……アステル家と戦う気は一切無いと仰いましたな。ならばわざわざ我々が新生連邦と組む理由も無い筈ですが。その質問にも答えて貰いたいものですな。」
ジンクの眉間に皺が寄る。それに対する総司令はアステル家と同盟を組ませようと懸命にジンクに交渉を迫る。
「質問を質問で返すような構図になっていますね。なら、こちらはお答えしましょう。理由はありますよ。我々新生連邦にとって、今後、脅威となり得る可能性が非常に高い勢力が、この世界にはいます。」
ジンクは両目を二回程瞬きし、言った。
「戦わなければならない勢力……?まさかそこらのMS乗りや小規模のテロリスト等という事は言わないでしょうな。それに、アルメジャンを中心に活動していたタウラとかいう武装勢力は貴方方が叩きのめした筈ですが。」
オスカー・アレックスが率いていた武装勢力タウラは潰えた。なのに、世界には脅威になり得る存在がいるという話。この時、ジンクはその事について理解が出来ていなかったのである。
「その敵となりうる勢力とは貴方方もよくご存じである、平和国連盟。その所属である国際平和連合軍。」
「!?」
新生連邦と平和国連盟は対立する事は、まずあり得ないとされていた。新生連邦の監視目的で存在している平和国連盟。そして、最高議長のチャール・ポレクは平和主義を唱えており、決して武力行使を行う事は無かった。
だが新生連邦と平和国は現在対立傾向にある。全ての元凶は、新生連邦によるアルメジャンへの虐殺が原因なのであるが。
「貴方もご存知の通り、平和国連盟は国際平和連合軍、通称国連を持っています。彼等は自身から攻撃を仕掛けることは一切しない。それは彼等の掲げる平和主義によるものが大きく、それによってこの世界は成り立っていました。そして新生連邦も彼等に攻撃を加えることはしなかった。何故ならば平和国の与える影響は強大であり、その権限も強いものであったから。だからこそ、互いに損害を与えることなく両者は存在出来たのです。」
総司令の目が、ジンクを見る。驚嘆としているジンクの表情に、余裕がなくなっていく。
「しかし現在は互いの勢力が対立しつつあります。私は現に、平和国にこの身を撃たれそうになりました。」
「平和国と新生連邦が対立……」
「そうです。しかしまだ、戦争はしておりません。ですがいずれ平和国は我々、新生連邦の脅威に成り得るでしょう。戦争が起きれば、デウス動乱の過ちを繰り返すことになります。そうなってしまっては、世界は余計に混乱するだけ。ならば、この場で互いに協力し、アステル家の本来の目的であるMS生産を再開し、仮に平和国と戦う事になっても互いに戦力を提供し合える仲でいるべきだと考えます。」
ジンクは総司令の言葉に翻弄されそうになっていた。今まで対立することなく共存していた平和国と新生連邦が緊張状態に入ったという事実。戦後の混乱の中の平和状況は、崩れて行くかも知れないという事。その事を、新生連邦の総司令が自ら語るのだ。
「もし、協力を得られるというのならば戦艦の件について追及する事は無くなります。貴方方にとっても都合が良い筈だ。アステル家の存亡にも関わる事ですよ、これは。」
新生連邦と協力する事になれば、確かにMSの生産は再開になるだろう。代わりに、平和国と敵対する事になる可能性が高くなる。それを見込んだ上での、総司令自らの交渉。
だがジンクは彼の言葉に耳を貸すことはなかった。明らかに裏があると疑う姿勢を崩さないジンクは、総司令にはっきりと伝える。
「今回のそちらの交渉ですが、新生連邦の総司令自らが我がアステル家に出向くという事自体、我々と共存する価値があると認識されているのは理解出来ます。しかしそれでは駄目だ。貴方は所詮卑怯者に過ぎん。」
「卑怯者……?」
総司令は彼の言葉に疑問を抱く。
「今まで新生連邦の領土にしてきた国々に、貴方は自ら出向いたことはありましたかな?生憎、私は世界中に知り合いがいましてな。どのような形で新生連邦が領土を増やしてきたかもよく知っている。中には今回のような直接的な交渉ではなく、強引に、武力的に介入したこともあったでしょうに。」
新生連邦の実態を知る数少ない人間であるジンク。弱き者には武力で圧倒し、強き者には交渉で迫るというやり方が気に食わなかったジンクは総司令、レヴィー・ダイルを煽っていた。
「それにね、私は平和国に友人がいる。その友人を見捨てるような真似はするつもりはない。」
ジンクから語られた事実の一つ。ジンクは平和国とも繋がりのある人間であったのだ。
「……成程、どうやら貴方に何を言っても無駄なようですね。戦艦の事に関しても聞こうと思っていましたが、我々と敵対するかも知れない平和国が絡んでいる可能性があるのならば、もう我々がここに居る理由はありません。」
「意外と、早い引き際で。てっきり新生連邦の事だから、私に銃でも向けてくるのかと思いましたよ。」
更に煽るジンク。彼の煽りに対し、総司令は無表情のまますっと立ち上がる。
「アステル家に手を出す程我々も安直ではありません。ただ、これだけは言っておきます。平和国連盟との繋がりを断ち、我々と手を組まなかった事を、貴方方は今後後悔する事になるでしょう。」
捨て台詞を、ジンクに残す総司令。
「ただ……この後、時間を許すのならば、そちらに伺いたい人物がいます。」
突然の言葉に耳を傾けるジンク。一体、何を言っていると言うのだろうか。
「それは、誰の事ですかな。」
総司令は、静かに口を開く。
「貴方の娘であるジャンヌ・アステルに、アレン・レインド。彼等は私のかつての友人です。久しぶりの再会を、したいと考えておりまして。」
明らかに何かあると考えたジンクは、兵士に、ボディチェックを促すように言った。
新生連邦の総司令はアステル家にとって今は敵だ。その敵の総司令とは言え、何らかの行動を起こされてはいけないと、判断したのである。
「ジンク・アステル。今からは私の個人の時間です。下手な真似をする気は一切ありません。彼等がこの屋敷の中に居るのは分かっていますから。」
「では、一人、監視役を付けます。エファン・ドゥーリアを呼べ。」
そう言って、ジンクは兵士にエファンを呼ぶように言った。
すぐにエファンがこの場に現れ、総司令の監視をするように命じた。彼は静かに会釈をし、総司令の後ろにつく。彼が下手な行動をしないように、監視をする為であった。
やがて総司令はエファンと共にこの場から去った。その後ろ姿を見送ったジンクは腕を組み、扉を睨んでいた。
「所詮器とは思えない青二才が今の連邦を率いる……世も末だな。腐敗するのも、当然か。」
ジンクの表情は、険しいものがあった。
エファンはジャンヌとアレンが居る部屋に、総司令を案内した。総司令は銃等の武器を一切持っておらず、丸腰の状態。その状態で、彼等は会う。
今まで彼等が出会っていた場所は戦場だった。しかし、今は屋敷の一室という環境。生身の人間同士の再会。デウス動乱終結から五年後に、まるで知人同士の同窓会のように、三人は再会したのであった――
「お久しぶりですね、アレン、ジャンヌ嬢。」
本来ならば友人との再会は喜ばしいものだ。まして、共に戦争を生きてきた仲というのならば尚の事。皆がそれぞれの人生を歩み、その近況の報告等があるのが、こうした場での再会。
場所が場所ならば、酒類も備え付けだったりするのだろうか。若い頃の思い出話を肴に話が弾み、盛り上がる。他愛のない話や、夢の話。当時の思い出の話や、将来の話。個人によるが、配偶者の存在の有無、子供の、存在等。それぞれの人生を歩んでいるのを再確認する機会なのだ。それには人数は関係ない。
だが今は違う。新生連邦政府という、地球圏を支配している勢力の総司令という立場のレヴィー・ダイルがこの場にいるという事では、明るい話題になる可能性は、限りなく低いと言えた。
今まで、彼が戦後に行ってきた行動は戦禍を作り出しているといっても過言でない行為だ。それを目の当たりにしていたアレンとジャンヌ。最早、彼等は友人関係という、対等な関係を超えていた。新生連邦の総司令。レヴィー・ダイルの印象は、最早それが強く印象に残ってしまっていたのであった。
「レヴィー!どうしてお前がこの屋敷にいる!?」
「貴方は……」
招かれざる青年、レヴィー・ダイル。彼はこの二人に会えるのを、楽しみにしていたのだが、アレンとジャンヌの両者は彼の存在に警戒さえしていた。
「僕は貴方達に会いたいと思っていました。今まではMS越しでしか僕達は会話が出来ていませんでした。ですが、今はこうして生身で会話をしています。凛々しい顔つきになりましたね。アレン。」
アレンの容姿を褒める、総司令。そして、そのまま来賓用の椅子に座った。それに合わせるように、アレンとジャンヌも椅子に座る。
三者はテーブルを介して会話を始めた。それは、まるで境界線のように存在していた――
「ジャンヌ嬢。貴方のご活躍も拝見していますよ。人気があるということも把握しています。」
ジャンヌの事も褒める。だが、両者の表情は険しいままだ。
「どうして、そのような表情をしているのですか?僕は貴方達と会いたかっただけなのに。旧友と抱擁する親友同士の感覚で、僕はここに来たのですよ。なのに、どうして?」
招かれざる客といった雰囲気だった。彼の存在は、この五年で彼等の印象をこれ程に変えてしまったのである。
「レヴィー、俺だって、お前と仲良くしたいと思っていたさ。けど、お前は新生連邦を樹立し、それによって多くの人を苦しめている。それを分かった上で俺達に会いに来たというのか?」
怒るアレン。だが、総司令は動じる様子を見せない。
「その事は、今は関係ありますか?」
「お前、ふざけているのか?」
アレンの口調が強くなる。
「ふざけていませんよ。貴方は環境を変えたとしても常に同じ対応で振舞うのですか?仕事と個人の時間の使い分けは大切です。今の僕は、個人の人間としてここにいます。新生連邦総司令の僕ではない。貴方の友人、レヴィー・ダイルとしてここにいます。」
個人の時間というのは大切である。その人らしさを作るものだ。アイデンティティと呼べるものだろうか。
しかし、この場に於いてそれは、果たして適応されるのだろうか。レヴィー・ダイルと会う人間達は、彼の事を受け入れるのだろうか。
「レヴィー・ダイル。新生連邦総司令として貴方がここに来たのは、アステル家と軍事同盟を交わす為。違いますか。」
今度はジャンヌが言った。鋭い言葉は総司令に突き刺さる。
「ええ。その通りです。ですが今、その話を貴方とする気にはなれません。他愛のない話をしたいのです。僕は。」
この言葉から、彼は二人と、友人のような感覚で居る事が分かる。そこに嘘、偽りはないのだ。
「貴方がそれを望むというのならば、新生連邦の実情について話して下さい。今後、新生連邦は何を考えておりますか。どのような行動をしていくつもりですか。もし、貴方が私達と友人関係でありたいというのならば、貴方はそれを話す事も可能な筈です。」
ジャンヌの質問。今後の新生連邦政府はどのような行動をしていくのか……だ。それを聞き出す事は、アステル家として彼女が行動する指標にもなる。
「貴方方にそれを話す理由がありません。何度も言わせないで下さい。僕は新生連邦総司令としてここにいるのではない……と。」
「ならば、私達は敵同士という事になります。」
ジャンヌの言葉が冷たく刺さる。だが彼は全く動じる様子を見せない。
「ジャンヌ嬢の言葉を聞いていても、今後の対策を考えるという思考にしか行き届いていない。今は“個”の時間なのに。どうして、純粋に人の言葉を聞くことが出来ないのでしょう……」
それは所属している組織が変わってしまったからなのか、一度でも対立したからなのかは不明だ。時が経てば互いに分かり合えなくなることがある。それが、“今”なのかも知れない。
「戦場では敵同士かも知れない……けれど、今はそうじゃないんだ。利害関係などなく、この場において、友人として話す事は、僕達には叶わない事なのか……?」
彼は、アレンの方を見て口を開く。そこに、冷徹な総司令としての彼の顔はなかった。弱弱しい、端正な顔立ちの青年の姿がそこにはあったのだ。
「じゃあ、聞きたい事がある。」
アレンの口が開いた。
「新生連邦政府樹立と、軍備増強について。お前の考えを聞きたい。どうして戦後にこのような状況を作り出したのか。それを語る事なら出来る筈だ。新生連邦の次の行動とかそんなものは、今は、どうでも良い。」
アレンなりの配慮だ。先の総司令の表情を見た彼はせめてもの情けを掛けたのである。
「アレン、貴方はその優しさを僕に与えてくれていた。貴方の配慮に感謝します。」
そう言いながら、彼は静かに礼をする。その振る舞いは、まるで新生連邦の総司令とは思えない。
アレンもこの時、五年前の事を思い出していた。戦時中の彼等の関係も、このような関係だったのだ。
五年前。第十三特殊部隊の戦艦内で、アレンとレヴィー・ダイルは、何気ない話をしていた。レヴィー・ダイルは祖父が地球連邦軍の総司令という事もあり、その重荷を感じている様子だった。
「地球連邦軍の総司令をしている祖父と比べれば、僕は全く役に立てていない……。MSに関しても、アレンの足元にも及ばない。僕は所詮、七光りという事なのでしょうか……」
当時のレヴィーは特殊部隊の中でも足手まといと呼べる存在だった。シンギュラルタイプの力は備わっていたものの、それが実際の戦闘で発揮される事は、ほとんどなかったのだ。
「血縁関係とか、そんなのって俺は関係ないと思うぜ。こうして軍に派遣されたのならさ、それ相応のやり方があるだろ。俺はそんなの、興味ないんだよ。」
「興味がない?」
「お前はお前だろ、レヴィー。変なプレッシャーを感じるから苦しいんだよ。だから実力を発揮できない。敵だって倒せないんだよ。」
アレンは成り行きで彼は当時の地球連邦軍の兵器、クリスタルガンダムに乗り、戦っていた。それが部隊の中で認められるようになり、エースパイロットとなっていた。その事も含め、負い目に感じていたレヴィー・ダイルではあったが、この何気ない一言が、当時の彼にとって救いの言葉となったのであった。
そして、現代。当時の何気ない会話を思い出していた総司令は、アレンの言葉で笑みを浮かべている。
やがて総司令の口から、新生連邦政府樹立の話と、軍備増強の話が語られる。その言葉に、興味を示す、アレンとジャンヌ。
「デウス動乱の後、僕はただ、無力さに押し潰されていました。祖父は戦時中に父に殺されました。野心家だった父は自分を追放した祖父が許せなかったそうです。」
語られていく、レヴィー・ダイルの過去。それは友人である彼等も分からなかった事だった。
「その父も戦争で死にました。あの戦争は、僕から家族を奪った。けれど、軍の総司令として前線に出る以上、それは有り得る話。それを悲観する気にはなれません。ただ……」
「ただ……?」
アレンが、聞いた。
「生き残った後、僕は誹謗中傷に襲われました。言われなき言葉の暴力。総司令であった祖父の孫というだけで、僕は親の仇の如く、罵詈雑言を浴びせられました。」
明かされる過去。アレンが知らなかったレヴィー・ダイルの、戦後の状況が明かされる。
「けれど、それらは無理もありません。戦後の混乱期。地球は荒れ果てていました。戦後になり、無法地帯と呼べる箇所が増えていました。行き場を失った人々はMS乗りとして活動したりしている状況。経済も不景気が続いている状態。人々の格差は広がり続けている状況でした。」
かつての総司令の孫という立場は彼にとって重荷になっていた。アレンの言葉が幾らか助けにはなったものの、結局は彼の下に誹謗中傷は殺到したのだ。それは世の荒廃が大きく関係していたのかも知れない。
「当時から存在していたSNS等と呼ばれるツールは人々の不満を何かへ対象にするのに十分でした。無論、僕は連邦政府の人間という事で、心なき言葉を浴びせられました。それでも僕は、耐えるしかなかった。」
著名人は、大衆から見れば渇望の眼差しで見られる。しかしそれと同時に、不祥事や戦争の関係等の話題が上がれば、その真偽は問わず、人々はまるで動かぬ的に対して石を投げるかの如く、有名な存在は容赦のない攻撃を、大衆から受けるのだ。
「戦争が起きた結果、それが長引き、結果的に数多くの人々を犠牲にしてしまいました。その責任は全て総司令にあって、それがいないのなら、孫である僕に矛先が向きました。暴力こそ振われはしなかったのですが、誹謗中傷は暴力と同義と僕は考えていました。」
総司令の孫というだけで、彼は悪者に仕立て上げられるという理不尽。大衆は、何かを悪に仕立て上げなければ納得しないのであろうか。
「それからでした。新たなる連邦軍の樹立の話が出たのは。これは自分の役目だと、その時感じたのです。自分がかつての総司令の孫ならば、その任を全うする義務がある。そう考えた僕は、新生連邦政府樹立に立ち会いました。そして、新たなる総司令に僕が選ばれ、政府樹立の宣言をしました。」
新生連邦軍が設立された契機は、語られた。荒んだ世の中を変えていかなければならないと、考えていた彼が自ら総司令を名乗り出たという訳なのだ。
彼は新生連邦の軍、政治の両方のトップを務めた。それは彼にとっては想像以上に大変な事ではあったが、それらを確実にやり遂げていく。
やがて、彼はある考えに行き着く。それこそが、彼が新生連邦政府樹立時から掲げている、軍備増強だ。
「デウス動乱のような戦争が起きたのは、地球連邦軍の軍としての弱さが露呈した事が原因と考えました。その結果、地球連邦内でも連邦反乱軍といった不穏分子を生み出し、デウス動乱は終結に時間を要しました。ならば、その戦力を作って行かなければならない。答えは明確でした。より、戦力を作っていき、軍備を増強する事こそが、今後の世界を作る上で間違いないものだ……と、確信したのです。」
彼がこれ程に軍備増強を進める最大の理由がこれだ。純粋な、連邦軍の力不足が原因なのだと考えていた彼は、それを補填しなければならないと思っていた。
やがて彼の思惑に便乗するように、アーステクノロジー社長であるスルース・ディアンが話を持ちかけてきた。これこそが、更なる軍備増強に拍車を掛ける事になったのである。
「それが、お前が新生連邦の軍備増強を続ける理由という訳なのか……」
語られた理由。それから今の世界がある。しかし、この軍備増強の弊害が生まれているのも事実だ。これによって紛争が拡大している。
「レヴィー・ダイル。その事について意義がありますわ。」
今度は、ジャンヌが彼に聞いた。
「軍備が増強されて、戦禍が拡大しつつある現在。一ヶ月に及んだアルメジャン紛争の事も踏まえて言います。貴方の行っている事は戦争状態の増大です。先の大戦の悲劇を、ただ繰り返しているだけです。もし、本当に戦争を望まない世界を作るのならば、今すぐそれを止めなさい。」
穏和なジャンヌの言葉が鋭く突き刺さる。それは彼の友人としての、アドバイスなのであろうか。
「残念ですが、それは不可能です。」
「何故?」
ジャンヌは再び、鋭い口調で質問をした。
「新生連邦政府の内部は複雑に入り組んでいます。仮に今僕が軍備増強を止めろと言っても、止まる筈がありません。アーステクノロジーからの出資金もあります。貴方もアステル家の令嬢という立場ならば分かっている筈です。感情論だけで話は動きませんよ。」
もう、止められない。彼が掲げた軍備増強は既に世界に対して動き出してしまっているのだから、止めようにも止められないのである。
「戦争は良くないというのは極論です。それによって需要が増し、経済の活性に繋がることもあります。それによって結果的に世界を救う事に繋がる事もあります。その上での犠牲など、やむを得ないのです。全か無かで話を進めるのはナンセンスですよ。」
極論で話は進まない。それは、分かっている。物事には二律背反が伴う事があると言う事も、分かっている筈だった。
しかし、アレンはそれが許せなかった。総司令が語る言葉は、次第にアレンを怒らせていく。
「その時にお前を止める人間だって、いた筈なんだ!その話を当時俺達にしていれば、今のお前を止める事だって出来た筈なのに!」
と、激昂するアレン。だが、それは時が遅すぎたのである。
「たらればで話をしてどうなるのですか?起きてしまった事象に対して“あの時こうすれば良かった”と話をしても、それは変えられませんよ。」
総司令の言葉がアレンの耳に伝わる。
「僕はもう、止まる気はありません。今後、世界は益々加速していきます。より一層、力を入れて行かなければなりませんから。」
「それは、どういう意味だ!?」
アレンが椅子から立ち上がる。
「今後の世界情勢を見て行けば自ずと答えは見えてくるでしょう。ジャンヌ嬢。アステル家が何を考えているのかは、この場において詮索する気はありません。けれども、新生連邦政府は力を付け続けて行きます。“来るべき”時の為に。」
それが、今の状況なのだろう。だがアレンとジャンヌにはこの意味が分かっていなかったのだ。まだ、新生連邦と平和国が対立している状況であるという事に。
「せっかく、こうやってお前が話そうといったのに、結局こうなるのかよ……お前はどうして、そこまで変わってしまったんだよ!」
怒りを見せるアレン。それはかつての友人がこのような事を続けることに対しての怒りなのだろうか。
「大衆がそれを望んだ結果ですよ。戦後の世界で、当時の総司令の孫であった、その理由で僕はその批判、誹謗中傷を受け続けました。そしてそれを打開する事を考えていった結果なのです。力を付け、その力を絶対的なものにする。それが、大衆の望んだ世界です。僕はそれを体現したに過ぎません。そして、それは更に大きくなる。」
「一部の大きな声だけを聞いて、鵜呑みにして何になる!?先の戦争でお前だって学んだろうに!」
「学んだからですよ。だから力を付けて行く。それだけです。アレン、僕は止まる気はありません。貴方は、どうするのですか?僕に力を貸してくれるのですか?“友人”として。それとも今まで通り、愚かな抵抗を続けるのですか?デウス動乱の英雄と呼ばれた、貴方が。」
その言葉が、アレンに火を付けた。彼は立ち上がり、総司令の元に近づく。そして、ぐいと胸倉を掴んでしまったのであった。
「新生連邦の軍備増強によって犠牲になっている人間を俺は何人も見てきた!お前がその言葉を聞かないのなら、力尽くでも止める!」
そう言い、アレンは壁際に総司令を追いやる。それに抵抗する様子を見せない、総司令。
「アレン、おやめなさい!暴力行為は何も生みません!」
ジャンヌの言葉。だが、怒りに火が付いたアレンには届かない。
そうなれば、彼女はアレンを止めるしかない。彼等を離そうと、アレンの服を引っ張り、無理にでも離れようとさせる。
「犠牲者は付きものですよ。新生連邦軍のトップが政府を動かしているのだから、軍が絶対的な力を持つのは至極当然です。自らの立場を敢えて弱める人間がどこにいますか!?僕は力を得た!その力は、世界を動かす力です!」
「お前の力は人を不幸にする!考えられないなんて、間違っている!」
「ですが戦争行為によって人は進化もしてきました!貴方方や僕にも宿る、人を超える力は何よりの証です!だからこそ、貴方方に協力して貰いたいのに!」
それは、シンギュラルタイプやアドバンスドタイプの事である。力を持つ存在は、戦争という悲劇から生み出された存在だ。その経緯は不明だが、戦争に於いて常に所属している軍に、貢献する力である。
この間も、ジャンヌはアレンを止める。暴力行為は何も生まない。それは分かっている。しかし、友人の暴走ともいえる思考を少しでも止めたいという意思が、アレンを突き動かしたのである。
「やはり、僕達は分かり合えないようだ。残念ですよ、僕は貴方に仲間になって欲しかった……貴方が仲間になってくれれば、世界はより良い方向へ導かれていったでしょうに。」
総司令は、悲しげな顔を浮かべる。そして、移動をし、窓の前に立った。
「アレン、ジャンヌ嬢。今日は少しでもこうした機会があって、話す事が出来たのは良かったと思っています。ですが、貴方方と今度会う場所は戦場かも知れません。そこでは、容赦をしませんよ。」
悲しげな表情を浮かべ、総司令が窓を見つめる――
ビゴォン
そこへ、一機のジョゼフが姿を見せた。ウイングイーグルに搭載されていた機体だろう。総司令を迎えにきたその機体はマニピュレーターを差し出した。そして、彼は窓を開け、部屋から離れる。
「いつの間に、MSを!?」
総司令は予め、この場から離れる時間を兵士に知らせていたのだ。ジョゼフがこの場に現れたのは、タイミングとしては良すぎる程だった。
「アレン、僕は貴方と違い、パイロットだけをやっている訳には行かない。そして、今度会う時は戦場かも知れない……さようなら、アレン、ジャンヌ嬢。」
寂しげな表情を浮かべた彼は、そのままジョゼフのマニピュレーターに乗り込み、その場から去っていく――
「始めから逃げる気だったって訳か。」
「深追いをする必要はありませんわ。ただ、彼の真意を聞く事は出来ました。それだけでも、無意味な時間とは思えませんわね。」
去りゆくジョセフを見て、何も出来ない彼等はただ、見届けるしか出来ない。
「レヴィー・ダイル総司令……か。」
そう言うのは、いつの間にか部屋に入っていたエファン・ドゥーリアである。
「エファン、いつの間に?」
「騒ぎを聞きつけて来ました。中庭にMSがいると、聞いたもので。」
彼等が過ごした時間は30分にも満たない。だが、その時間は僅かでも戦後におけるレヴィー・ダイルの意思を聞く事が出来た、時間であったのだ……
「ジャンヌ様!」
その時だ。ジャンヌの名を呼ぶ、声が聞こえた。アステル家の兵士である。
「ターナお母様が……」
「お母様が、どうなされました?」
明らかに切迫した表情。何か異常があったのはそれを見るだけで分かる。
只ならぬ予感があるのは、瞬間的に判断出来た。何が起きたのかを確認するジャンヌ。
「お亡くなりに……なられました……」
訃報。その報告はどのような人物であれ、人に大きな影響を与える報告。訃報を聞き、喜ぶ人間などいる筈がない。それを聞き、悲しむ者、ただ、静かに聞く者等、様々である。
しかしターナ・アステルの場合は違う。先程に娘であるジャンヌと、会話をしたばかりだ。そして次に聞く言葉が、訃報。そのような事があって良い筈がないのである。
「お母様が……?」
ジャンヌは、何も考えなかった。急いで走り、母の部屋へ向かう。一体何があったというのか。それを確認する為に、ただ、ひたすら、我武者羅に。
アレンは、部屋に取り残されていた。そして、余りに突然の訃報にただ、動揺するばかりである。
「嘘だろ……?」
何が起きたのかも分からないまま、彼は立ち尽くしていた――
ターナ・アステルの遺体は彼女の部屋で見つかった。目立った外傷は見当たらない。まるで、眠るように死んでいた。目は閉じられ、その美貌は本当に亡くなっているとは思えない、光景だった。
ジャンヌが駆け付けた頃、大勢の兵士が部屋に集まっていた。そして、その中には当主、ジンクの姿もあったのである。
「お父様!?お母様は!?」
「御覧の、有様だ。」
ジャンヌは颯爽と母親の姿を見る。目を瞑ったまま、一切動かない母親。先程まで喋っていた筈の母親が、全く動かない。何故?どうして?
先程まであった出来事と言えば、新生連邦総司令レヴィー・ダイルがアステル家に交渉に来た事と、アレンとジャンヌに総司令が個人的な話をしたぐらいである。その間に、ターナは死んでいた。
だが、どのように死んだのかは分からない。何故、彼女は奇麗な姿を保ったまま死んでいるのかも、全く。
「何故……どうして……お母様が、このような……」
ジャンヌは涙を流せなかった。突然すぎる死に、感情が追い付いていなかったのである。
ターナ・アステル。享年四十五歳。絶世の美女と呼ばれ、世界的に有名だった女優は突然この世を去った。余りに若すぎる、死であった――
第三十話、投了。
個人的にはレヴィー・ダイルの「全か無かで物事を語るのはナンセンス」という台詞が好きです。
世の中の物事に対し、余りに極端な意見が多すぎるなぁという印象を受けた為、入れた台詞でもあります。
そして、不吉な最後。これが意味するものとは――といったお話。