機動戦士ガンダム Living Days   作:すからぁ

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日本海での新生連邦軍との戦いのお話


第三十一話 海の戦い

 

 アルメジャン紛争が終結した頃。日本ではセイントバードチームが身動きを取ることが出来ない状況が続いていた。

 世界各地で紛争が起きている状況に加え、武装勢力タウラの宣戦布告。それらにより、世界情勢が不安定になっている状況で迂闊にセイントバードを動かす事は危険だと、エリィは判断。それに従うクルー達。結果、レイの故郷への帰還はまたしても先延ばしになってしまったのだ。

 だがそれも仕方のない事。自身の我儘によってクルーに迷惑を掛ける訳には行かない。それは、彼が一番理解していたのである。

 アルメジャン紛争が一段落し、少しずつ世界情勢が落ち着いてきている頃。エリィ達は今後の航路について話し合っている最中だった。

「あれから一ヶ月が経って、ようやく世界情勢は落ち着きそうですね。各地で紛争とかしているとか言われたから、迂闊に航行して、攻撃を受ける可能性もありましたし。」

ブリッジ内で、艦長席に座っているエリィが言った。

「その間に我々が何らかの攻撃を受けなかったのも、ある意味奇跡的だったな。」

ネルソンが腕を組み、言った。

「フォン・ヤマグチ首相の暗殺……あれは衝撃でしたけどね。」

スラッグが操舵席にて言った。

「あれ、未だに犯人が捕まっていないでしょ?何なんでしょうかね。」

通信席でインクが言った。

「それは分からんよ。それがきっかけとなり、世界各地で紛争が勃発。そしてアルメジャンで武装勢力の決起。それらは新生連邦軍によって鎮圧されたが、芋づる式にあらゆる出来事が連鎖していった。フォン・ヤマグチ首相が暗殺された影響は、やはり世界に大きく影響しているようだ。」

各地で紛争が起きていたニュースは彼等も知っていた。それ故に、この場から動く事が出来ない状況が、続いていたのである。

「だが、ようやく動く事が出来る。数日程度船舶する筈だったのが、まさか一か月以上も日本に滞在する事になるとは思わなかった。」

「けど、仕方がありませんよ。レイ君には気の毒ですけど、今は安全を優先するのが一番ですから。」

艦長として、クルーが危険な目に遭う事はあってはならない。セイントバードの発進を一ヶ月止めたのは、彼女の判断であり、皆がそれに賛成した。無理な航行で危険な目に遭う事は、あってはならないからである。

 

ウィィィィィン

 

その時、ブリッジの奥のドアが開いた。その方向を、皆が一斉に見る。

 そこに居たのはガースト・ピュアスとプレーン・ミーンだった。日本でシュアーの下で働いていたガーストが、恋人と共にこの場に現れたのである。

「ガースト君?どうしたの?」

「エリィさん、改めて言います。俺とプレーンをここの一員として、雇って下さい!」

その言葉に、この場にいた全員が沈黙した。それが3秒程経過した後、エリィは一言、言った。

「……え?」

耳を疑うエリィ。何を言っているのか?何故、そのような事を言うのか?理解が、追いつかない様子だった。

「あの、ガースト君?ごめん、何を言っているのか私には分からないなぁ……あと、プレーンさんも、一緒?えっと……?」

「宜しくネ!エリィ!」

困惑するエリィを他所に、プレーンはエリィに握手をする。両手でギュッと、力強く握った。

「あ、あの……」

と、そこへレイが静かに入って来た。その表情は、明らかに戸惑っている様子であった。

「実は、ガーストさん、セイントバードに行きたいって言ってたんです……。」

「え?どうしてレイ君がそんな事情を知ってるの?」

「えっと……実は……」

 

 

 

 話は数日前に遡る。シュアー・ラヴィーノの経営するジャンク屋にガーストが働きに来ていて、その昼食時間にレイと会話をしていた時だった。

「レイ、以前に言ってた事覚えてるか?」

「え?えっと……?」

突然話題を振られたレイは、ただ、困惑するばかりだ。

「お前が家に来た時だよ。その時お前に相談しただろ。出来る力を持っているのに何もしないのって、どうなのかなって話。」

それを言われ、レイはぼんやりと、思い出していた。

 

―――――――――――なんて言うのかな、使命感……って言うのかな――――――――

 

―――――――出来る力を持っているのに何もしないのって、どうなのかな――――――

 

「言ってた、ような……」

昼食で配給されたサンドイッチを一口、口に含みながら喋る、レイ。

「それでさ、俺、決意したんだよ。セイントバードチームに付いて行こうって。」

「……え!?」

突然の言葉にレイの目は大きく見開かれた。一体何を言っているのかと、まるで時が止まったかのように制止するレイ。

「ちなみにもう、数日後にはここを辞めるって話はシュアーさんにしてるんだよ。」

淡々と述べるガーストだが、仕事を簡単に辞めるというガーストの言葉に、明らかに動揺しているレイ。

 当然だ。仕事を辞めるという事は本来、明確な次の段階が決まっている上で辞める事が多いのだが彼の場合、それがMS乗りと言う事になる。MS乗りは明らかに安定している環境ではない。それも、“使命感”というもので動いているのだ。レイからすれば信じられない事である。

「あのあの!待って下さい!話が追い付かないですよ!プレーンさんはどうするんですか!?だって、日本に住んでいるんですよね!?」

「ああ、それだけどさ。プレーンは俺に付いて来てくれるみたいなんだよ。だからあのマンションは近日中に引っ越す事になったんだよな。」

「そんな、簡単に決めちゃって良いものなんですか……?」

引っ越しというのは当然ながら時間を要する。その上、住所さえも変えるなど、本来ならばあり得ない事だ。

 だが、ガーストの意思にプレーンが付いてきた。互いに愛し合う関係の両者は、離れ離れになる事はないのだろう。

「お前が気にする事じゃないだろ?お金の事は……ま、まあ気になるっちゃ気になるけど、それより出来る事をしたいと思ってるんだよ。」

その決意を聞いてレイは、ただ唖然とするしか出来なかったという。

 結果的にガーストはセイントバードチームに加わる事になった。恋人、プレーンと共に。

 

 

 

「という訳で、よろしくお願いします!」

と、言うガースト。だがここで問題がある。彼がクルーに加わったとして、何の役割を果たすのか。

 メンバーに加わる以上は役割が必要だ。それがなければメンバーに入るのは難しいのである。

「確かにセイントバードは人手不足だから、メンバーが多いのはありがたいんだけれど……ガースト君はどうするの?それ、気になるな。」

それに対し、ガーストは言った。

「MSに乗りますよ。実は、シュアーさんから退職金代わりにMSを受け取ったんですよ。セイントバードにも搬入されてます。」

「えっ!?そうなの?」

彼等がブリッジにいる時に、話は進んでいたのだ。シュアーに退職の話をした際に、彼は機体を貰っていたのである。

 

ウィィィィィン

 

再びドアが開いた。そこに居たのは、シュアーとシンである。

「エリィはん、ガーストはんから話聞いたと思うけど、セイントバードに加わるそうや。嫁はんと一緒になぁ。」

「ガーストとはまだ結婚出来てないヨ!いやぁー!!!」

と、両手を頬に当てるプレーン。照れている様子が分かる。

「それで、機体を搬入する事になったんです。艦長、後の報告遅れてすみません。」

シンが言った。許可をもらう必要があったのだが、真っ先にシュアーが搬入をするものだから、それに対応していたのである。

「JHMS-34Zエスディア!当時のデウス帝国のMSを改修した機体や!性能は最新型の機体に負けず劣らずやで!!それ以外にも旧デウスの機体を四機搬入するわ!戦力不足やろ?予備機体あった方がええで!」

シュアーの厚意はありがたい。だが、話が勝手に進み過ぎている。エリィは、情報の処理が追い付いていない様子だった。

「ええっと、ガースト君はここを辞めてセイントバードのクルーになって、MSパイロットをするのね?そして、その機体を受け取ったって訳で……」

一つ、一つを確認する、エリィ。

「そういう事ですね、すみません、色々と報告が遅れて。」

シンは頭を抱え、謝った。

「うちは人手不足だから確かに人員が多いのは有難いのだけど……うーん、なんだかなぁ。」

「どうした、艦長?」

考え事を始めるエリィ。僅かに俯き、考えている。

「私、艦長やっていけてるのかなぁ……?確かに軍ではないけれど、ちょっとなぁ……」

セイントバードチームは比較的自由だ。それはエリィの方針でもある。だが、クルーが加わる、MSの搬入といった事を知らない所で起きていた事に対しては把握しておきたいと思っていた。それ故に、彼女は頭を抱えたのである。

「シン、報連相を何故しないか。ガーストはここのクルーになるというのだから分かるが。」

ネルソンは、少しばかりシンに対して怒る。

「でも、これはシュアーさんが……」

「言い訳をするな。まずは必ず艦長を通せ。ここは軍ではないが、そこまでの勝手は許されんぞ。」

「は、はい。すみません。」

落ち込む様子のシン。それに代わるように、シュアーが言った。

「にしても、もうお別れなんやなぁ。なんやかんやゆうても分かれるのは寂しいもんやで、ほんま。」

シュアーの表情が悲しげだ。彼等と別れるのが、寂しいのだろう。

「シュアーさんも、その……首相の件で大変でしたね。」

「過ぎた事はしゃあない。そりゃ、辛いけどな。」

シュアーとフォンは友人関係だ。それ故に、暗殺の報を受けた時は衝撃を隠せないでいた。そこから連鎖的に世界各地で起きた紛争は更なる負の連鎖を生んでいったのである。

「けど気を付けや。新生連邦の動きが一層激しくなってきてると思うで。保護区から離れれば恐らく真っ先に狙われる可能性が高いわ。警戒は怠らんように、しっかりやりや。」

ぽん、とシュアーはエリィの肩を叩く。それは、心配しているが故の行動だ。

「ありがとうございます。」

それに対し、エリィは笑顔で返した。

「あと、ガーストはんも。色々と落ち着いたら、戻ってきてええんやで。うちはいつでも待っとるからな!」

と、ガーストに対しても肩を叩いた。突然の退職に対しても応じる彼の快さに、ガーストは喜びを感じていたのである。

 

 セイントバードは日本を去ろうとしている。物資、武装、食料の調達はこの一ヶ月で十分に確保出来た。日本の保護区の存在が彼等を守ってくれたお陰でもある。

 だが世界情勢はアルメジャン紛争が落ち着いた後とはいえ、新生連邦が力を付けつつある状況。航空の油断は出来ない。

 レイが経験した日本の出来事は数多くある。ガーストとの出会い、そしてスバキとの出会い。そして、アステル家がスポンサーになるという事。多くの経験をしたレイは、遂に故郷に向けて旅立つ事になるのだった。

 その中で、MSデッキにて。搬入されたばかりのMS、エスディアを見に来たネルソンと、シンはその機体を見ていた。

 エスディア。型式番号JSMS-34Z。シュアーの言っていたように、デウス帝国のMSを改良した機体である。カメラアイはモノアイタイプを採用。機体の全高は22メートル程と、アインスガンダムよりも背丈は高く、体型も大きい。それ故に各部にバーニアが多数搭載されている、機動性に優れる機体だ。又、水中にも対応する事が可能である。その場合、装備を変更する必要があるが。

 最大の特徴はビームバズーカにある。ライフルよりも口径が太い為、出力の高いビーム砲撃を行う事が可能な機体。それを、ガーストは退職金代わりに受け取っていたのである。

「ベースはゴルモンテタイプの機体を採用している機体ですね。モニターとか見ましたけど、最新鋭です。シュアーさん、凄い技術持っていますね。」

「これで戦力にはなるな。レイをモントリオールに送ってからは戦力が減る状況になるからな。それに旧式とはいえ、四機もMSを貰えたのは有難い。」

その四機体の内、二機は旧連邦軍のMSであるジャスティスであり、残り二機はディエルだった。トルクスを失われ、戦力が減っていたセイントバードの心強い味方と、言える。

「けど、そうなったらアインスガンダムはどうなるんですかね?あれはあいつしか使えないでしょ?宝の持ち腐れになりますよ。」

「そうなったら、我々が預かれば良い。可能であればアステル家に渡す事も出来るだろう。何せ、我々は今、彼女等に支援して貰っている立場だからな。」

アステル家がスポンサーとなったセイントバードチーム。アステル家の援助がある状態では、何かあった時にフォローが入る事もある。彼女の提案が出た時は、それぞれ意見はあったものの、結果的には良い方向に向かっていきそうだ。

「そういえばアステル家もガンダムタイプを製作してましたしね。アレン・レインド……さんの、あの、変形するガンダム。」

「ティフォンガンダムと言ったか。あの機体は。」

アレンがここにいた時に、僅かに解析をしていたネルソンとシン。アステル家のガンダムという、初めてのガンダムタイプの存在は改めて、アステル家の技術力の高さを思い知らされる事になったのである。

「あのような機体が作られているという事は、アステル家は新生連邦と何らかの形で対抗していくのかも知れんな。」

「そうなれば、今後の航空は一層気をつけないとですね。新生連邦に目を付けられやすくなる訳ですからね。」

シンが、アインスガンダムの足部にもたれながら言った。

「にしても、結局こいつのもう一つの姿は拝めなさそうですね。」

「もう一つの姿?」

ネルソンはシンに聞いた。

「水中仕様ですよ。データ解析で判明している、局地対応しているものの一つです。まあ、うちらは空で戦う事が多かったから、水中の出番はほとんど無いに等しいんですけどね。」

アインスガンダムは今まで砂漠、空戦と環境によってその装備を変えてきた。だが、まだ見せていない姿がある。それこそ、水中仕様なのだ。

「データによれば、バックパックは水中での三次元機動を行う為のルーバーとハイドロジェットを備えたものを使用しているのか。その上での両前腕部のアクアグレネード。完全に、水中用だな。仮に水中用のMSが敵で出現したとして、これを開発する事は可能か?」

「出来ますよ。セイントバードの工場を使えば、素材を加工して使えます。けど出番はないでしょうね。」

「いや、一応作っておこう。今後何があるかも分からんからな。加工自体の時間は掛かるか?」

「そんなに掛からないと思いますよ。物資の調達とか、ジャンクパーツを加工して武装を作る事も出来ますし。」

「なら、頼む。」

ネルソンはシンに、アインスガンダムの水中仕様用の装備の開発を依頼した。

 今までの環境を見て来たネルソン。それに応じて戦う事が出来るのならば、それに越したことは無い。

 水中と言う環境は特殊だ。それに特化した機体が勝者になり得る環境である。万が一セイントバードにそのような機体が襲ってきたら、太刀打ち可能な機体がいなくなってしまう。そうなれば、危機的状況に陥るのも早い。

「何もしないより、“もしも”の準備だ。事前に何かを用意している方が有事の時に迅速に動く事が出来る。」

「そうですね。確かに。おい、早くしろー。」

シンは、整備士達に指示を出した。ジャンクパーツを加工したパーツを作成する事を、促していく。

 セイントバード内の工場はパーツを加工し、その上で武器を作ることが出来る。アインスガンダムが所持しているビームライフルは、トルクスのものを加工したものではあるが、それも工場内で加工したものなのである。

 

 

 

 新生連邦の奥多摩基地にて。謹慎処分を受けていたクラリスはフークに呼び出されていた。軍務に復帰していた彼だったが、MSに搭乗する事なく、基地内の整備や清掃等を行う日々が続いていたのである。その中での呼び出し。彼は指令室に入り、そこでテーブルに座っていたフークが言う。

「突然で悪いのだが、君に異動命令が出た。」

「異動……ですか?」

「君はテストパイロットをこなしているという経歴があるな。」

クラリスは元々、様々な機体の試験運用をこなしている過去を持つ。それを見たフークは、彼に言ったのだ。

「日本の北側、日本海に浮かぶ島、佐渡島の沖に新生連邦の潜水艦、ブルーマーリンがある。そこで合流し、試験運用予定の機体を稼働させて欲しいと、艦長であるシーギ・デューラ大尉が言っている。それで、君の名を見て依頼をしてきたという訳だ。出来るかね?」

奥多摩基地で目立った戦果を上げられず、彼に与えられたジョゼフは敗退。その状況で巡って来たチャンス。この場に居て何も出来なかった彼にとっては願ってもない機会と言えたのだ。

「是非、お任せください!」

と、張り切る様子のクラリス。一ヶ月前の失態を挽回するチャンスだと、彼は考えていたのである。

「では、輸送機を君に手配する。30分もあれば佐渡島沖まで行ける筈だ。」

「ハッ。」

 その後、クラリスはフークに言われたように、用意された輸送機を発進させた。そのまま輸送機は北上していき、日本海にある佐渡島まで移動する事になる。時期は二月中旬。日本海側は雪が降っている状況ではあったが、クラリスはこれを乗りこなし、合流ポイントへ向かって行く。

 

 ポイントにて潜水艦、ブルーマーリンが浮上していた。そこの甲板に輸送機を止め、彼は中に入っていく。

 ブルーマーリンブリッジ内にて、クラリスは兵士に案内された。そこにいた鋭い目つきをした、歯並びの悪い男の姿を目撃する。

「いょう。お前がカズロブ大佐が言ってたテストパイロットか。」

 陰気な雰囲気と言うべきか。その一方で、どこか荒い印象を持つその男。この、妙な雰囲気を醸し出しているその男が、フークが言っていたシーギ・デューラである。階級は大尉。新生連邦の海中部隊の指揮官を務めている、男だ。

「ハッ、クラリス・デイル中尉です。」

クラリスの姿を見て、兵士の中には敬礼をする者もいた。だが、シーギは彼の顔を見て、妙な笑みを浮かべる。

「お前ぇ、日本の保護区に侵入したんだってな?それで謹慎処分食らったって聞いてるぜぇ?ハッハッハッハッハ!アホじゃねえか!よく中尉なんて階級貰えてるなお前!」

着任早々、彼は馬鹿にされた。それを、あろうことか他の兵士が見ている前で大声で言うものだから、聞いていた兵士は思わず笑いを堪える為に口を塞ぐ人間も居たのである。

 クラリスは、眉間に皺を寄せる。が、彼はそっと、呼吸を整えた。

「あの、カズロブ大佐から伺っているとは思いますが、試験運用予定のMSは、何処に?」

シーギに聞く、クラリス。

「来い」

と、冷淡な言葉がブリッジ内に響く。口調の荒い男、シーギ。ポケットに指を入れ、堂々とした振る舞いを見せる男。歩き方も歩隔が異様に広く、膝か僅かに屈曲している。彼の特徴的な歩き方を、クラリスは歩きながら見ていた。

 

 それからブルーマーリンのMSデッキに辿り着く。そこには新型の水中用MS、ディープシーが六機並んでいる。初めて見たMSの存在に、クラリスは聞いた。

「これは、新型ですか?」

今まで地上の基地に着任していたクラリスは、ディープシーの存在を知らなかった。最新の機体であり、彼がそれを知らないのは、無理もなかったのである。

「てめえ今更何驚いてやがんだ?こいつらはディープシー。これらはみんな知ってるぞ?流石、保護区に侵入するヘマやらかすアホだな!常識がなってねえんだよ常識がな!」

と、シーギは示指を自らの頭に当て、嫌味そうに言った。その行動を見たクラリスは、余計に眉間の皺を寄せた。

 やがて、シーギとクラリスはある、一機の機体の前に辿り着く。それを見たクラリスの目は、大きく見開かれた。

「これは……この顔つきは、間違いない!」

見覚えのある顔貌の機体が、そこにあった。特徴的なアンテナの形状、デュアルアイ、口腔部に該当する突起。紛れもない、ガンダムタイプだった。

「まさか、これが、俺が乗る機体って事ですか?」

クラリスは高揚していた。試作機体に乗る事を聞いていた彼であったが、目の前に存在している機体の姿を見て、先程までの表情を一変させた。

「そうだぜぇ。新生連邦は色々なガンダムを作って来た。こいつぁその内の一つ。水中戦を想定して作ったMSだぁ。」

このような場所でガンダムタイプに出会うとは彼自身想像もしていなかった。

 機体名、ディープブルーガンダム。型式番号、NFMSX-M03。両前腕部にカッターのような形状をした近接武装を装備しており、両肩には何らかの砲撃用の訪問が一基ずつ搭載。背部には水中用のフォノンメーザー砲、脚部には魚雷用のポッド。そして、腹部に該当する部分にも砲門が見られる。そして、右手部に把持しているものはトライデントのような形状の長い柄の武装だ。その姿は、ギリシャ神話の海を司る神である、“ポセイドン”を印象付ける機体であった。

「遂に……俺にガンダムが……!」

アインスガンダムをレイに奪われ、その状態で幾度もレイと交戦し、敗れ続けたクラリスにとって願ってもないチャンスと言えた。この、ディープブルーガンダムは彼にとっての新たなる相棒とも呼べる機体となり得るのだろうか。

 

 

 

 セイントバードは、日本を飛び立とうとしていた。様々な出来事があった日本の大地を、飛び立つセイントバード。シュアーは聖鳥の羽ばたきを、見送るばかりだ。

 この一ヶ月余りで多くの出来事があった。そして、新たに仲間も加わった。パイロットにはスバキにガースト。そして、ガーストの恋人、プレーン。プレーンは厨房での役に回るという。

 この間にスバキは退学届けを出し、元々行っていたジュニアハイスクールを退学。改めて、セイントバードチームの一員として加わる事になる。

「各部エンジン問題なし!」

「いつでも行けます!艦長!」

「よし、目的地はカナダモントリオール、一度北上し、そこからアラスカ方面に向かってから行きます!セイントバード、発進!!」

 

ゴオオオオオオオオオ

 

エンジンの轟音が鳴り響く。巨大な聖鳥は日本の大地を後にする。レイにとって多くの経験をした、日本という地を、飛び立つのだ。

 

 艦内の居住区の廊下ではレイの隣にスバキの姿がいた。髪をポニーテールに括っており、相変わらず愛らしい姿をしているスバキ。しかし、その口調は荒い。

「この艦、お前の故郷に向かうんだろ?モントリオールだっけ?」

「うん。その為に動いていたんだけれど、色々とトラブルがあって……」

「言ってたやつね。まあ、何にしても良かったじゃん。ま、お前が居なくなっても私がMSに乗って戦うし、お前の生活を楽しめって!」

ポンと肩を叩くスバキ。その言葉から、彼の事を本気で祝福しているのだろう。

(僕はモントリオールに戻る。今度こそ、本当に。けど、何だろう。本当に、元の生活に戻れるのだろうか。)

ガンダムに乗り、彼はこの二ヶ月余りをセイントバードチームのクルーと共に戦い抜いてきた。そして、生き延びてきた。故郷に戻れば元の生活が待っているだろう。友達や家族にも会える。そこで、彼は元の穏やかな生活に戻る事ができる。

 だがレイは一抹の不安を感じている。まずは母親への説明。この二ヶ月余りをどのように過ごしていたのかを説明しなければならない。そして、学校。それ自体は言い訳は成り立つかも知れないが、友人達はどのように彼を見るのだろう。

 とはいえ、この戦場にもなり得る環境から離れる事が出来るのは、彼にとっては幸運だ。もう、命のやり取りをしなくても良い。普通の生活を望むレイは、これから普通に生活をしていける。それが何よりの、彼にとっての褒美であった――

 

「よ、レイ。お前の故郷に向かってるんだろ?この艦は。」

今度はガーストがレイに声を掛ける。隣には、彼の恋人であるプレーンが、べたりと引っ付いている。二人から伝わる、幸せな雰囲気。

 だがこれに対し、スバキは表情を固めている。表情も、どこか引き攣っているように見える。

「そうですよ。だから、ちょっとだけの移動になっちゃいますけど……少しの間、よろしくお願いしますね。」

と、レイは会釈をする。

「相変わらず可愛いネ!レイは!ガースト、一緒の部屋に行くネ!チューしたい!それと、子供だって……」

「お前、そういう事言うのもう少し控えろって!」

と、ガーストは彼女の頭をポンと叩く。頬を膨らませるプレーン。

「俺は今からMSデッキに向かうよ。シュアーさんから貰った機体を改めて見ておきたくて。」

そう言って、ガーストは手を振り、その場を去る。隣には、相変わらずプレーンが離れない様子だった。

「あいつ、なんかムカつく。」

「え?どうしたの?」

「別に。」

仲の良い恋人同士の存在は一見幸せに見えるのだが、見る人間によってはそれが不快に見える事もある。それは個人に寄るのだが、スバキには快く思えていない様子だった。

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

艦内でのこうした団欒が行われている時、警報は鳴る。まるで、予期されていたかのように。

 インクが艦内に非常事態を知らせる。敵が迫っているという、危険な状況だ。

「緊急事態!後方より熱源接近!MSタイプ二機が迫ってきています!」

「敵!?」

それを聞き、レイは急いでMSデッキへ向かおうとする。

 

パシッ

 

すると、それを止める人間の姿が。スバキである。

「お前は故郷に帰って普通に暮らすんだろ!私が代わりに出てやるから、お前はここにいてろ!」

「僕だってガンダムに乗れる!どんな敵か分からないのにスバキにだけ出撃なんてさせられないよ!」

彼女の静止を振り解き、レイは走ろうとするのだが――

「じゃあ援護してやるから!MSデッキに向かうんだろ!どっちが先か競争な!」

そう言って、スバキは走り出す。その様子は、一ヶ月前まで正明の件で落ち込んでいた少女には見えなかったのである。

 それに負けないように、レイも走る。スバキから感じられる、やる気。それをレイは、力強く感じ取っていたのだった。

 

 

 今回の敵はチェーニ姉妹だ。セイントバードの後方よりヴェーチェルガンダム、エクルヴィスガンダムがそれぞれ迫っている。奥多摩基地より、セイントバードが飛び立つのを確認した彼女らはフークの指示の下、機体を稼働させたのである。

「フフ、一ヶ月ぶりの出撃。その相手があの戦艦というのは運が良いわ。」

「因縁あるよね!あの鳥さんとはねー!」

「任務をこなして、今日の夜も楽しみましょう、リンセ。」

「はぁい!お姉様!」

 

キシィン

 

姉妹のガンダムのカメラアイが輝き、セイントバードへ近づいていく。日本の領土を離れた状況の為、彼女達は何の制約もなく、機体を動かす事が出来るのである。

 

 セイントバード内で、これらを迎撃するパイロットが出撃しようとしていた。まずはネルソン。ハルッグに乗り、後方ハッチより発進した。

 次にガーストである。彼が貰った機体、エスディアはSFSであるゾーリド・カスタムに乗り、発進させる。

「ガースト・ピュアス、エスディア、行きます!」

 

ビゴォン

 

エスディアのモノアイが輝く。その約一秒後にカタパルトから射出される。そして、上空を舞うのだ。

 エスディアは単機で空中移動を出来ない。その為、SFSによる援助が必要となる。

 そして、次に発進したのはスバキであった。彼女にはジャスティスが与えられており、整備済みのその機体を、ゾーリド・カスタムの上に乗り、発進させる。

「やってやるんだ!こういう時、“行きまーす!”とかいうんだろ!じゃあ、スバキ・シンドウ、ジャスティス、行くぞ!」

彼女の掛け声と共に、ジャスティスが発進された。

 残るはレイなのであるが、アインスは出撃出来ていなかった。何故ならば、空戦仕様に換装中であった為、出撃に時間を要してしまったのである。

「レイ、少し待っててくれ!後で出撃出来るから!」

「は、はい!」

タイミングを逃したレイではあったが、今はその時を待つしかない。先にチェーニ姉妹と交戦している彼等を見守るしか出来なかった。

 

 

 

 チェーニ姉妹との空中戦が展開された。それぞれ、ビームライフル、ビームカノンを展開して攻撃する姉妹のガンダム達。それに拮抗するのはエスディアとハルッグだ。

「ガースト、実戦は随分久し振りなのでは?あまり、無理はするなよ。」

「デウス動乱の時の感じは嫌でも忘れませんよ!身体が完全に覚えている……やれる!」

と、言いながら前線に出る、エスディア。機体が所持しているビームバズーカは狙いを定め、姉妹のガンダムに向けて放たれるが、これらは回避された。

 ビームライフルよりも口径の広いその兵器は、出力が高いのが特徴ではあるが粒子切れを起こしやすいというデメリットも備わっている。その為、闇雲にビームの蘭奢等は出来ないのだ。

「見慣れない機体……新型機体?ビームバズーカを持っている?少し、距離を置いた方が良いかも。リンセ。」

「はい、お姉様?」

「あの黒い機体は貴方の射撃で相手して。私は他の機体を相手するわ。」

と、フォリアが指示を出してからガンダム達は二手に展開する。

 リンセはフォリアの指示に従い、エスディアを狙う。射撃が得意な彼女はエクルヴィスの両肩部のビームカノンを展開し、エスディアを襲う。

「さっさと仕事終わらしてお姉様とのお楽しみの鞭タイムを堪能したいんだから!早くくたばりなさいよね!」

マゾヒストの女、リンセは姉に好意を持っている。彼女にとって、MSでの戦闘に意義等ない。純粋に、仕事としてそれをしているだけに過ぎない。それは姉のフォリアにも当て嵌まる。しかし、その強さは本物である。

「こっちはブランクがあるってのに、戦後の初陣の相手が噂のガンダムタイプってのも大変だな、こりゃあ!」

一方のガーストは五年振りの戦場に困惑しつつも、当時の感覚を振り返っている。デウス動乱を生き残ったパイロットとして、彼は活動する。モニターを見て、敵機体との距離を見て、狙いを絞る。

 

ドオオオオッ

 

ビームバズーカが再び放たれる。エクルヴィスの後方に狙いを定め、放つ。

「甘いんだよ!」

だが、その攻撃も回避される。五年前のブランクが彼の邪魔をした瞬間だった。

「本当のエースパイロットなら、ブランクなんて気にしないんだろうな……何でもそうかっ!!」

そう言いながら、エスディアをエクルヴィスへ向かわせるのであった。

 

 ヴェーチェルはハルッグとジャスティスを相手にしている。互いのビームライフルが交差し合う状況。接近戦が得意なフォリアは、あえて機体に近付き、ビームウィップを展開して攻撃しようと、狙う。

「あの坊やは出ていないのね……残念だわ!」

ビーム粒子で構成された鞭が展開される。しなるように動き、ジャスティスに向けられる。

 

ピキィィィ

 

スバキの脳内に電流が流れ、これを瞬間的に回避する。反撃をせんと、ビームライフルをヴェーチェルに向ける。

「この機体、パイロットは只者じゃない……?」

フォリアは瞬時に判断した。明らかに普通の動きをしていない人間であると、判断したのだ。

「舐めんなあァァァァァ!!!」

意気込むスバキ。実戦自体の経験はある彼女は、旧連邦軍の量産機体であるジャスティスを乗りこなしている。初めての機体にも関わらず、それを駆り、敵がガンダムタイプであるにも関わらず、奮闘している。彼女のその動きは、才能もあるのかも知れない。

「やるな、スバキ。」

ハルッグを駆るネルソンが言った。

「私も、一ヶ月振りの戦闘だ。それ相応にはやってみせるよ!」

ハルッグはロングビームライフルを、ヴェーチェルに向けて放つ。粒子の光は空を突き抜ける。が、それに気付いたフォリアが急いで回避した。

 そして、彼女が下方を見る。そこに映るのは、海の姿。そして、何故か静かに笑みを浮かべた。

「リンセ、撤退するわよ。」

「え、なんで!?いい所なのに!」

「忘れたの?私達の仕事はここまで。あとは……」

「あ、成程ねぇ!キャハ!夜が楽しみだわ!アハハ☆」

彼女等は、何を思っていたのだろうか。瞬く間に撤退していく二機のガンダム。その間も、一切彼女等は攻撃を加える事なく、その場から去っていくのだった。

「妙だな、撤退にしては早すぎる……何かあるな?」

その鮮やかな撤退を見て違和感を覚えたネルソンは、一人呟いていた――

 

ドゴオオオオオッ

 

その時だった。セイントバードが何処からか攻撃を受けたのは。被弾したのはセイントバードの翼部。それも、二箇所。いずれも的確な砲撃だ。

 

突然の攻撃でセイントバードはダメージを受けた。艦内は左右に揺らされたかの如く大きく揺れたのである。

「な、何!?」

「分かりません!何処からか砲撃を受けました!」

インクがエリィに伝える。

「最悪です!今の攻撃で高度の維持が出来なくなりました!海上まで高度を下げます!応急処置とかしないと保てないです!」

スラッグが言う。明らかに焦っている声だ。

 改めて、日本を出発出来たと思った矢先の出来事だ。敵はチェーニ姉妹だけではなかったと言う事になる。

 解析を続けるインク。そして、セイントバードをどうにか墜落せんと、操舵を行うスラッグ。またしても急な危機的状況に陥るセイントバード。

「艦長、今の攻撃、軌道を確認しましたけど、海上からの攻撃です!場所は10時方向、射程、約150キロメートル!巡航ミサイルによる攻撃です!」

「海上からの攻撃に、これ程的確な射撃……まさか、さっきのガンダムタイプは囮?」

エリィは勘付いた。恐らく、海上からの攻撃が本命の攻撃なのだ……と。現に、チェーニ姉妹のガンダムは既に撤退している。先程の素早い撤退は、海上からの攻撃を予期しての攻撃。もしそうならば、危機的状況は免れない。

 敵が水中用のMSを展開すれば、こちらで対応可能な機体は限られてくる。そうなれば、敵の領域に空から入っていくようなものだ。

「水上移動のモードには切り替えれる?」

「それは出来ますけど!敵が海上なら危なくないですか!?」

「墜落するよりは遥かにマシよ!お願い、スラッグ君!」

「了解っ!」

エリィの指示で、セイントバードを低空飛行の仕様に切り替えるスラッグ。

 これにより、セイントバードの下部はホバー移動に対応できるようになった。だが敵が海上にいる状況で戦うのは、明らかに不利な状況であった。

 

 やがてセイントバードは低空移動を開始し、その船体を海上に浮かせる状態となった。墜落は免れたが、敵の領域に入ってしまった事になる。

「熱源、来ます!」

「また!?回避を!」

再び巡航ミサイルがセイントバードに迫る。だが、発射口が見えない。どこからの攻撃かが不明な状況で、エリィはセイントバードの回避を促す。

「海上からの攻撃じゃない!?じゃあ、潜水艦って事!?」

「クソッ!海から攻撃仕掛けてくるとは上等じゃねえか、新生連邦め!」

スラッグはドンと拳を作り、レバーに当てた。新生連邦の思惑に、嵌ったと言うわけである。

「しかも、MSらしき熱源も確認されました!数、七!」

「すぐに皆を呼び戻して!海中戦になるわ!」

「それまでに持ってくれれば良いですけどね!」

「となれば、レイ君が頼りか……不本意だけれど……」

今、艦内のMSデッキ内で水中戦闘が出来るとすれば、アインスガンダムのみだ。

だが、アインスは空中用の装備を換装しようとしていた所である。この為、急遽装備を変更しなければならなくなったのだ。

 

 MSデッキにて。アインスは急な装備の変更に追われていた。初めて使用する水中仕様。バックパックにはハイドロジェットが装備され、両腕にはアクアグレネード、両脚部には魚雷、右手部マニピュレーターにはアクアバズーカが装備されている。初めてのアインスの姿にレイは、驚きつつも、今果たすべき事を果たさんと、カタパルトに運ばれる。

「レイ、海中戦闘は初めてだよな!?とにかく、持ち堪えてくれりゃいい!大尉達が今、セイントバードと合流をしている最中だ!頼む!」

と、シンが言った。今、艦を守れるのはレイしかいない。彼の責務は重大である。

「レイ・キレス、アインスガンダム、行きます!」

 

キシィン

 

一ヶ月振りの出撃は、初めての環境にて行われた。バズーカを持ったアインスは発進し、そのまま海中へ入っていく――

 

ゴボオオオオオ

 

海中に入るのは、初めての体験である。もしダイビング等をしていれば、この美しい海の姿に感動する余裕があったのだろうか。魚達が泳ぎ、海藻が揺れている姿に心が躍ったりしたのだろうか。

 だが、今はその状況ではない。敵がいる状況。その上、レイにとっても初めての海中での戦いが、始まる。しかし、地上や空中の時のように機体が動かない。慣れていない彼にとって海中で機体は動かし辛いといえた。

「どこから来るんだろう、敵は……」

周囲を見渡すレイ。レーダーの熱源を確認するも、映らない。

「機体も動かし辛いし、視界も見え辛い……海の中って、大変だ……」

海中は彼を躊躇わせる。動きが制限され、自由が効き辛くなる。装備自体は充実しているとはいえ、万が一敵機体が出現すれば、厄介この上ないと言えた。

 

ゴボォォォォォッ

 

その時、連射式の実弾が飛んできた。それだけでない。魚雷等の砲撃が一斉にアインスに展開されるのだ。

「うぁぁっ!」

すぐに反応し、辛うじてシールドでこれらを防ぐものの、敵は姿を眩ませる。機動性も敵機体の方が上であり、彼は、海中という、特殊な環境に慣れるので手一杯だ。だがこの時、彼は一瞬見えた爆発の光で、敵機体を把握する事が出来た。

「そうか、ビームが撃てないから、熱源が表示されないんだ……これじゃ、レーダーでは何の兵器が使われているとかが分からない……!その上、真っ暗だし……」

海中戦では基本、ビーム粒子を駆使した兵器は使用されない。それ故に、レーダーに熱源が映りにくい。それが事前に分かれば回避運動等を行うことが出来るのだが、海中ではそうは行かないのである。

 更に悪い事に、海中という環境は水深が深ければ深い程、暗い。その為、出来るだけ浅瀬での戦いが望ましいのだが、モニターで周囲を見渡しても暗く、見辛いのだ。

「せめて、敵との距離は分かるから、これでっ!」

右手部マニピュレーターに所持されているアクアバズーカを使い、レーダーに映る敵の方向を狙う。実弾は敵機体の方へ向かうが、これらはすぐに回避される。

 

ガキィン

 

今度は、別の機体がアインスに攻撃を仕掛けてきた。その際に、敵の機体の姿を見る事に成功する。見覚えのない、新型MSだった。

「うぅ……この機体は一体……?」

それらは新生連邦のMS、ディープシーである。最新鋭の機体であり、一ヶ月前に駿河湾でシュネルギアのMS隊と交戦したMSであった。

「このっ!」

アインスは違う武装を用いた。レーダーを頼りに、両前腕部に搭載されているアクアグレネードを撃ち、合計二機のディープシーにダメージを与える。

その攻撃に対し、二機は足に装備されている魚雷を撃って反撃してきた。水中での感覚がまだ掴めないレイは、それをシールドで防ぐものの、そのまま衝撃にて倒れてしまう。

「噂のガンダムは大した事ないな!くたばれ!」

仰向けになった状態のアインス。そこへ空かさず、襲い来るディープシー。

「どうして敵はこっちの位置が正確に分かるんだ……?こんなの、不利だ……!」

やがてその機体が実弾のライフルを、アインスのコクピットに当てようとした――

 

ズバァァッ

 

「何!?」

その機体の前腕部が切除された。その方向を見る、レイ。

 そこには、ガーストの駆るエスディアの姿があった。間一髪、間に合ったのである。

「レイ、大丈夫か!?」

「ガーストさん!助かりました……。」

エスディアが所持しているのはビームサーベルである。だが、水中でビームサーベルはその出力を十分に展開出来ない。水中ではビーム粒子そのものが減衰してしまう為である。

 だが、この明かりが暗い水中を照らす為、レイにとっては有難いのだ。

「五年振りの戦闘がまさかの海中戦とはな。敵の方が機動性も武装も豊富だ。恐らく、お前のガンダムが頼りになるだろう。それだけ装備マシマシならな。頼りにしてるぜ、エース!」

“エース”と呼ばれ、レイは内心、喜んだ。頼られているという感覚が、彼を高揚させていく――

「レイ!前!」

と、言われ、咄嗟にレイは前を見た。別のディープシーが襲い来る、突撃攻撃。それを目の前にしたレイは後ろにステップ移動した。

「うわぁ!」

少しでも、高揚した結果、油断したレイは攻撃を受け掛けてしまう。その油断により、命取りに成り兼ねない。彼は再び、真剣な眼差しで目の前の状況を把握する。

「……そこだ!」

レイの脳内に電流が流れる。彼の周りを動くディープシーの軌道を読み、その方向へアクアグレネードを展開した。実弾はディープシーに直撃し、撃破された。これで、ようやく一機の撃破に成功した。

 この時、レイは少しずつではあるが動きが慣れて来た様子である。冷静に周囲を確認し、状況の把握が出来つつあった。しかし海中は暗い。モニターでは敵機体が接近してこない限り、把握が難しい。その暗さを補填するには、レーダーが頼りになる。

「レイ、俺は装備を変えてくる。少しの間、持ちこたえられるか?」

「はい、分かりました!」

エスディアはビームバズーカが主武装であり、海中でそれが役立つ事は無い。その為、一度帰還して実弾主体の装備に変更しなければならないと、彼は考えていたのである。

 

 エスディアはセイントバードへ戻った。その間、レイは単機で海中内のディープシーを相手にしなければならない。レーダーには三機、映っているのは分かる。だがどのような攻撃が来るのかは、予想出来ない。

(闇雲に撃っても駄目だ!確実に当てないと……弾だって無限じゃないんだから!)

暗闇の海中の攻略法を考えるレイ。残された敵機体をどのように倒さなければならないかを考える、レイ。

 その間にもアインスに向けて実弾射撃は迫ってくる。熱源が不明なので、彼はそれを避け切る事が出来ない。ただ、距離を空けるしかないのだ。

「レーダーの動きを見て……そこっ!」

アクアバズーカが、放たれた。彼の読み通り、ディープシーに弾が直撃した。これで二機目の撃破に成功する。

「……?レーダーにもう一機の姿?増援なの?」

アインスのレーダーに、一機の機影が映った。恐らく、増援なのだろうと思ったレイ。だが姿を確認することが出来ない為、迂闊に近づく事は危険である。

 レイはこの機体の動きを観察している。その間に距離を置き、敵機体の動きを確認する。

「妙だ、全然動かない?他の二機も動かない?」

レーダーに映る三機はその場から動く気配がない。疑問意を抱くレイ。その間もこれ等と距離を置く。敵の砲撃が来ても良いように、シールドを構えながら。

 

ドゴオオッ

 

だがその時、アインスの後方から何かによるダメージを受けた。敵機体は三機で、動く気配がない。なのに、攻撃を受けたのである。

「うあ!……何……?」

後方を確認するレイだが、そこには何も映らない。一体、何処からの攻撃だというのか。

「はっ!?機体が来てる!?」

先の攻撃を受け、彼は油断をしていた。その一瞬の内に、彼は敵機体の接近を許してしまったのである。

 急いでバズーカを放つアインスだが、この攻撃は回避される。そして、距離が近くなる。

 

キシィン

 

モニターに映るそれは、赤くカメラアイを輝かせる。海中という暗い環境故に、その輝きはより一層、恐怖を与えるのに効果を発揮した。

 敵との距離が近いと判断したレイはそれに向け、頭部機関砲を放つ。その一瞬の明るさでその機体の存在を確認する、レイ。

「ガン……ダム……?どうしてここに……。」

 敵機体は、ガンダムタイプだった。見覚えのある顔貌。その姿は彼を恐怖に陥れるのに、十分だった。

 不慣れな海中という環境に出現した敵のガンダムタイプ。レイに、危機が迫る。

 

ブイイイイン

 

 すると、敵のガンダムが所持している長い柄の先端部が明るく灯り始めた。ビーム粒子だ。それも、三つ。ビームトライデントと呼ばれる兵器が輝きを放ち、アインスに向けられようとしている。

「うわっ!?」

急いで回避運動をとる、レイ。後方へステップをし、回避に成功。だがトライデントの攻撃は続く。その上、相手の動きは明らかに素早い。

 ビーム粒子の光が機体の姿を映し出す。ガンダムタイプがトライデントを持ち、襲い掛かっている状況。レイはこれに対し、回避する事に専念する。

 

ピキィィィ

 

レイの脳裏に電流が流れた。その時、彼は一瞬見えた槍の柄を見逃さなかった。

「それだっ!!」

 

ガキィンッ

 

それを、左手部マニピュレーターで把持し、攻撃を防いだレイ。

「ハハハハハ!!待っていたぜレイ!この機体で、今度こそお前を殺してやるってんだよ!」

その時、そのガンダムタイプから無線で声が聞こえてきた。レイにとって聞き覚えのある、笑い声は彼の表情をより、険しくさせていく。

「クラリスさん……!ガンダムに乗って……!!」

敵はクラリス・デイルだ。それも、海中戦闘に特化したガンダムタイプに乗り、戦っている。ディープブルーガンダムはその槍を力強く握り、アインスを振り払おうとしていた。

「てめぇみたいなガキがMSに乗って戦うなんてよ!!家で1/144サイズぐらいのプラモデルでも作って遊んでりゃ良いものを!!」

そう言いながらトライデントは振り回される。その衝撃で、距離が離れる、アインス。

後方へ飛ばされたが、バックパックのハイドロジェットを駆使して姿勢を整える。

 そして、アクアバズーカを、光るトライデントの方向へ放つ、アインス。

「MSはガキには過ぎた玩具なんだよ!増してやガンダムならな!てめえは散々俺に屈辱を与えてきやがった!死んで償え!レイ!」

一方的な怒りは被る側としては迷惑に他ならない。だがレイはクラリスという男に執念を抱かれている。アインスガンダムを奪ったのはレイであるが、そのきっかけを作り出したのは他でもない、クラリスだ。

 しかしこの男はそれを聞かず、容赦のない攻撃を行う。ディープブルーのテールスタビライザーが可動し、そこに二門装備されているフォノンメーザー砲を、アインスに向けて放った。その様子は、まるで半魚人の尻尾が攻撃しているように見えた。

 瞬間的に見えた光を回避するアインス。しかし、ディープブルーの攻撃はこれだけに留まらない。

「避けてばっかりで倒せると思うなよ!レイ!!」

クラリスが叫ぶ。その直後、脚部から魚雷を放出した。

その瞬間を見ていたレイは避ける為にレバーを引き、回避運動を行うが、あろうことか、その魚雷は追尾式であった。先程アインスに向けてきた砲撃は、これによるものだったのである。

追跡して来る魚雷。逃げるレイだが、追いかけてくるのが見える。魚雷には赤く光る、信号灯の光が僅かに存在しており、味方にそれが識別出来るようになっている。

 その光を頼りに逃げ続けるのだが、魚雷のスピードはアインスの比にならない。逃げ続ける事に限界を迎えるのならば、それを受けるしかない……そう考えた、レイはアインスのシールドを構え、対応する事にした。

 

ドガアア

 

と、轟音が響く。先程までのディープシーからの攻撃を防いだシールドはこの砲撃を受けて限界を迎え、木端微塵に破壊されてしまったのである。

「そんな!」

動揺するレイ。自身を守るものがなくなり、敵の攻撃を避けるしか手段がなくなった。もし、先程のような魚雷が迫ってきたら、危機的状況に陥る事になる。

「観念しやがれ!レイ!」

そこへ、テールスタビライザーを展開してフォノンメーザー砲が再び展開された。尻尾のような動きで柔軟に動かし、アインスに向けてそれが放たれる。その出力自体は低出力ではあるが、アインスの身動きを防ぐのには十分と言えた。

「こっちだって!」

レイも防戦一方という訳には行かない。両前腕部を差し出し、アクアグレネードを発射する。波状にそれらはディープブルーに向けられる。水中でこれらを迎撃する方法は、実弾兵器で迎撃をするか、ビームトライデントで抗するかしかない。クラリスは後者を選び、迫るグレネードを振り払い、破壊していく。

「海中じゃ俺の方が有利だな!装備がいくら特化してようが、ディープブルーの敵じゃねえんだよッ!」

ディープブルーガンダムと水中仕様のアインスガンダム。いずれも水中戦に特化した機体同士ではあるが、経験値はクラリスの方が上だ。一方のレイは全くの素人。ハンデが大きいと言える。

 彼は海中での動きに慣れてきたばかりである。だが、この場においてはクラリスに分があるのだ。

「とにかく、少しでもダメージを与えないと……!」

残された武器を駆使するレイ。アインスガンダムには脚部に魚雷が搭載されている。レイは右側端にあるスイッチを押し、魚雷を展開した。これらも、波状攻撃を仕掛ける。その武装はディープブルーのものと同様、追尾式であったのだ。

「そんなもんが!!」

反撃をせんと、ディープブルーも同様の攻撃を仕掛ける。互いの魚雷が海中で衝突し、轟音が響く。そして、近くにあった岩場が崩れ落ちた。これにより、粉塵が海中を漂う状況になった。

 ただでさえ暗い海中。その上粉塵があるとなれば、敵機体の索敵は難しい。レーダーの位置から攻撃を想定するしかない。

「やああ!」

そこで、先に先手を打ったのはレイだ。海中での接近戦を試みた彼は、粉塵の中を我武者羅に移動し、ビームサーベルを展開する。光刃が海中の中で輝き、僅かな出力でディープブルーに向かってくるのだ。

「自分の位置を晒してどうするんだよ!オイ!」

 

ガキィン

 

クラリスの言う通りだった。暗闇で公刃を展開する事は危険以外の何者でもない。ディープブルーは両前腕部に搭載されているアームカッターを展開。アインスの胴体にダメージを与えたのであった。

「あぁっ!」

レイの甲高い声が響く。機体が揺れる。しかも、カッターは胴体に突き刺さった状態なのだ。

「ハハハ、このままそれを抜いたらどうなるのか!?」

レイの状況をあざ笑うクラリスは、そのカッターを抜き始めたのである――

 

ザアアッ

 

その時、アインスのコクピット内に海水が入って来たのだ。カッターで傷ついた箇所から浸水してきたのである。

 こうなってしまうと戦闘どころではない。万が一、浸水すれば水没してしまう。しかも、この中はコクピットだ。逃げ出す事等出来る筈がない。レイは咄嗟に考える。まずは海水の侵入を防がなければならない……そう考えた彼は、レバーから手を放し、ジャンパーを脱ぎ、侵入してくる海水を抑えた。しかし――

「ひああああっ!!!」

ここで問題が起きた。現在は二月の中旬。日本海の海水温は、低い。その冷たい海水は彼の行動を止めるのに十分だったのだ。だが、このまま放置しては海水が侵入し、レイは溺死してしまう。それだけは避けなければならない。

 冷たさがレイを襲う状況。しかし、それに耐えなければならない。彼は自らの背中を破損した箇所に押し付け、海水の侵入を防ぐ。だが、背中から感じる海水の冷たさは、時にレイに痛みを感じさせるのだった。

「くっ……あああっ!!!」

容赦なく侵入する海水に、耐えるレイ。最早この状況は戦闘どころではない。

 しかし、クラリスはその状況に構うことなく、次なる攻撃を加えようとしているのだ。

「死ね、レイ!」

ディープブルーのビームトライデントが振り下ろされようとしている。もしこのまま直撃すれば、レイの命が危ない――

 

ズバァァァッ

 

間一髪だった。ビームトライデントを、別の機体が切り裂いたのである。その方向を確認するクラリス。そこにいたのは、ネルソンのハルッグだった。ハルッグはロングビームライフルではなく、海中用の実弾ライフルを装備している。そして、アインスが襲われそうになっている所をビームサーベルで切り裂いたのであった。

「クソッ!邪魔しやがって!」

怒るクラリスの標的はハルッグに切り替わる。フォノンメーザー砲や腕部の機関砲等で、ハルッグに迫っていく。ネルソンはレイに近付きたいと考えてはいたものの、ディープブルーが邪魔をする為、近づく事が出来ないのだ。

 

 一時的な脅威は去った。だが、先程の衝撃でアインスの体勢は崩れてしまう。それにより、浸水量が増えていった。異常ともいえる冷たさの海水はレイの身体を次第に蝕む。

 だがその間に浸水は収まった。アインスガンダムの現在の態勢が、偶然にも海水の侵入を抑えてくれていたのだ。不幸中の幸いともいえる状況。しかし、海水自体はコクピットの半分は浸かっている状態。レイの身体の臍部まで浸ってしまっていたのである。そして、彼は今、身体を動かす事が出来ない。何故ならば、もし今その背中を離れてしまうと、再び海水の侵入を許してしまう結果になるからだ。

 極寒の海水はレイを苦しめるのに十分な役割を果たす。二月と言う寒い時期に海水浴をする人間が居ないように、この極寒の海水は容赦なく迫る。

「駄目だ……悴んで……動けない……」

海の冷たさは彼の手指の感覚を麻痺させる効果もあった。その上、レバーまでの距離は遠い。寒さが、レイを襲う。

「冷たい……こんなの……駄目……だ……」

直に受ける寒さは人を苦しめる。急激な寒さで、彼は辛うじて意識を保ててはいるが、もしこのまま意識を失えば浸水は進み、やがては彼自身が水没してしまうだろう。

 この状況を助かる方法は、誰かが救助に来るしかない。だが果たしてそれは来るだろうか?敵機体と交戦している状態で、味方が見つけてくれる事を、祈るしかないのだ。

 だが寒さは躊躇なくレイを襲い続ける。震えるレイ。水温の低さは肉体的にも、精神的にも彼を蝕む。背中を離れられず、海水に浸った状態で何も出来ず、動けない状態で過ごす事等、普通、有りえるだろうか。

 白い息が出る。コクピットという閉ざされた空間で、動けないレイ。下手に動けば海水が入る。早く助けに来て貰わなければ自身が危険だ。

 何もせずとも危険であり、何かをしなければその危険が増す。どうすれば良いか、朦朧とする意識の中で彼は考えるのだ。

「誰かに発見して貰わないと……このままじゃ……ぐぅ……!」

凍えながら考えるレイ。コクピットを突き破ったディープブルーのカッターはモニターを破壊してしまっている。その為、周りに何が有る状況なのかは全く分からないのだ。

 海中という暗闇の中で、自身を照らす方法は光。それさえあれば敵が味方かは不明だが、拾ってくれる可能性はある。無論、それは危険行為だ。敵に見つかればどのようになるかは分からないのだから。

「光が……あれば……そっか……!」

彼は、賭けに出た。このままでは死は免れないのなら、彼は生に賭けようと、していたのだ。

 朦朧とする意識の中で、レイは背中を離した。すると、海水は流入してくる。その勢いに身を任せるように、冷たい海水の中を僅かに泳ぎ、あるスイッチを押した。

 

キシィン

 

それはカメラアイの光だ。アインスの緑色のカメラアイは暗闇では特に輝く。それを、何度か押す、レイ。

 だが、その間に海水が入ってくる。次第にコクピット内は海水で満たされてしまった。息をする場所もなくなったレイ。瞬く間に満ちた冷たい海水は彼の身に襲いかかる。

(駄目……なの……?)

ただでさえ冷えていた身体に、容赦のない海水が迫った状況。絶望的な状況はレイを追い込んでいく――

「!!!」

やがて物凄い勢いで息を吐き出し、自分が苦しい事を訴える。それを境に彼はやがて青い瞳を少しずつ閉じ、意識が失われていく。

「……」

 

ゴボゴボと、泡の綺麗な音が鳴っている。しかし今のレイには全く分からない。

 救援は来たのか?それとも来ないのか?冷たい海水の中で意識が無くなっていくレイ。

 

グォン

 

その時だ。機体が浮かぶ感覚があった。だが、それは既に意識が閉じられているレイにとっては何の関係もない事であったのだ……

 

 

 

 

 レイは動かなかった。死んだのか?分からない。臨死体験というものなのか。

 極寒の海水に浸り、寒さに凍えていたレイはその身体を震わせる事しか出来ない状況だ。

 そして海水がコクピットに流入し、やがて全てを浸した。それらは、レイの意識を奪うのに十分な役割を果たした。

 レイの周囲は暗い。深海とは比にならない暗闇だ。肉体が動いていない状況。彼の目は、閉じられたまま――

 

―――――――――――レイ――――――――――

 

声が、聞こえる。誰の声だろうか。覚えのある声だ。幸いなのは、彼がよく見る悪夢に出てくる声ではない事が分かっただけでも、レイは僅かに安心していた。

 

―――――――――――レイ――――――――――

 

 

再び声が。少しだがはっきりと分かってきた。男性の声だ。それに反応する様子を見せる、レイ。

 

「レイ!!!」

 

「はっ!?」

 レイは意識を取り戻した。奇跡的ともいえる、回復だった。一旦キョロキョロと辺りを見回す、レイ。

 そこに居たのは、ガーストとプレーンだった。いつの間にかセイントバード内の医務室に保護されていた、レイ。

「え……あ、ガーストさん……?プレーンさんも……?」

「目を覚ましたか!一安心だよ!」

「心配したネ!死んだかと思ったヨ……」

レイにとっては状況の把握が出来ない。先程まで海中で戦っていた筈なのに、いつのまにか彼は医務室で眠っていた。

 それに、先程まで感じていた冷たさを、感じない。血流の循環は良好だ。ベッドの暖かさや布団の暖かさを、彼は感じている。服も厚手の服装に変わっており、先の環境の事を思うと、温かい部屋でレイは妙な安心感を得ている。

「え……?どう言う事ですか……?どうして僕がここに?」

「俺が助けたんだよ。大変だったんだぜ、ホント。」

一体、何がどうなっているのか。念の為、レイは手を動かす。指は五本、しっかりと屈曲と伸展が出来ている。左右共に障害は残っている様子は、ない。両足の動きも確認するが、全く問題なく動く。膝関節は彼の意志通りに動き、足関節も問題ない。

「アインスのコクピット、水浸しだったんだ。敵にやられたんだろう。色々と大変だったんだぜ。お前は凍傷で凍えていたし、ネルソンさんが急いで温めるように指示したって訳。それで、目を覚ましたのが今って訳だ。」

どうやら、彼が救い出されたのはコクピットが海水に浸ってからそれ程時間が経っていない時だったようだ。その後の応急処置が功を成し、レイは無事に助け出されたという訳だ。

 

ウィィィィィン

 

その時、医務室と廊下を隔たる自動扉が開かれた。そこに居たのは、ネルソンである。

 応急処置の指示をしたのは彼であり、彼の迅速な対応が、レイを助け出す事に成功したのだ。

「もう目を覚ましたのか。奇跡的だな。」

「ネルソンさん……その、ありがとうございます。それと、ごめんなさい……迷惑、掛けてしまって。」

「いや、大丈夫だ。あの後敵は撤退したからな。暫くは来ないだろう。」

「え?敵の撤退?」

それを聞いたレイは疑問を抱く。あれからどれ程の時間が流れたのか?一体、その間に敵はどうなったのか。

 ネルソンは疑問を持つレイを気にする様子もなく、血圧や脈拍、血中酸素飽和度の計測を始める。凍傷やショックによって意識を失っていたレイの全身状態が気になった為である。

「血圧112/76、脈拍64、SPO2 98%。至って正常だ。体温も36.6°。まるで先程凍傷に遭っていたとは思えない回復だな、君は……」

「そうなんですか……?」

「動けるのか?」

「あ、はい。多分……ですけど。」

「なら、寝返り、起き上がりをしてみてくれ。」

ネルソンの指示通りに、レイは動く。僅かな倦怠感はあったが、動作自体は何の問題なく出来ている。そこから立ち上がり、歩行も難なくこなしている。

「眩暈や頭痛などもないか?」

「ええ、全然ありません。」

「やはり早い回復だな……あれから三時間程しか経っていないのに。」

「え!?」

レイは、“三時間”という言葉に驚愕した。先の戦いからそれだけしか経っていない。では、あの後どうなったのか。それが気になる、レイ。

「あのあの!ネルソンさん!あれから、どうなったんですか?教えて下さい!敵が撤退したって、どういう……?」

「あれからはガーストと私で敵と戦っていたよ。ガーストは君を助ける為に移動を、私は敵のガンダムタイプと交戦していた――」

 

 

 

 今から三時間前。アインスはエスディアによって保護されていた。セイントバードは水上を緩慢な速度で移動しており、MSデッキにアインスを移動。

 その一方でハルッグはディープブルーガンダムと交戦。ハルッグは実弾ライフル等で応戦するが、敵機体の方が海中の攻撃に優れている。

 不利な状況の中で、更にディープシー二機がハルッグに襲い掛かってきた。素早い動きで突撃攻撃や実弾ライフル、魚雷といった攻撃を行う。暗闇の中で、レーダーが頼りではあるが熱源の把握が難しい。

 その中で、ハルッグはビームサーベルを展開した。これにより、周囲を明るく灯すことが出来る。敵の位置を知らせるデメリットもあるが、海中での視界を作らなければ敵に攻撃すらできない。

 その際に近付くディープシーに対し、ビームサーベルを手放し、一度距離を置いてからライフルを放ち、一機を撃破。その後ディープシーの武装を奪い、魚雷を放つ。それらはもう一機のディープシーに直撃し、破壊。機転を聞かした攻撃で次第にディープブルーガンダムを追い込んでいく。

 やがて両者は海面に浮上。そうなればビーム兵器が使用出来る。MAに変形し、ディープブルーを翻弄するハルッグ。

「舐めんな!こいつにとって海の中だけが戦場じゃないんだよ!!!」

怒るクラリス。ディープブルーは更に、装備されていた兵器を使い始めた。両肩部に搭載されているバインダー部から強力なビーム砲を展開。それは腹部にも搭載されている。合計三門のビーム粒子はハルッグを狙ったのだ。

 海上、海中。それぞれの環境によって戦闘スタイルを変えるMS、ディープブルーガンダム。それは脅威となり得たのだが――

「狙い撃ちするだけか?なら、誰でも出来るのだよ!」

ハルッグはMA形態でディープブルーを翻弄。怒りに任せるクラリスはビーム砲撃を続ける。しかし、それが裏目に出た。回避しつつも確実に肩部のビーム砲を当てるハルッグ。それらがディープブルーのバインダーに直撃し、ビームが放出されなくなったのだ。

「なんて奴だ!糞が!!」

と、攻撃を仕掛けようとした時だった――

「撤退命令だと!?何故!?」

あろうことか、ブルーマーリンから撤退命令が下ったのである。ネルソンを仕留められるかも知れない機会だったのにも関わらず撤退を余儀なくされたクラリスは、その命令に従うしかなかったのだった――

 これにより、撤退した新生連邦軍。その後急いでネルソンはセイントバードに帰還。そこで、レイが凍傷状態にあることを知り、急いで応急処置の指示を出した。この間僅か15分。ある意味、敵が潔く撤退してくれた事がレイの命を救い、大きな後遺症を残さずに済んだと言えたのである。

 

 

 それから現在に至る。新生連邦が撤退したのならば、セイントバードチームにとっては良い状況になる筈だった。しかし――

「じゃあ、このままモントリオールに行けば、帰れるんじゃないですか?」

「……生憎なのだが、今のセイントバードでは高度を上げる事が出来ない。水上移動は可能だが、それではフェリー等となんら変わらない。このままの移動ではどれ程の時間を要するかは想像出来ん。」

「……そっか……そうですよね。」

レイは悲しげな顔を浮かべた。

 セイントバードは発進の度に襲われる事が多い。今回も例外でない。それが積み重なる事が多々ある状況が続けば、レイも段々と表情が暗くなるのも無理はなかった。

 誰かに当たる事はしてはいけないと思っているレイ。しかし、表情は流石に隠す事は、出来ないのである。

「その上敵はまだ完全に去っていない。次に連中がどのような攻撃を仕掛けてくるかも予想出来ない。整備は行うが、油断ならない状況は続いているという訳だ。」

現在、セイントバードは日本海上を移動している状態だ。だがそこは、先のブルーマーリンが移動しているエリアである。もし第二戦闘配備になれば、再び戦闘は免れないのだ。

「君は休んでいた方が良い。身体はなんともないかもだが、短時間とはいえ凍傷状態だった訳だからな。」

そう言って、ネルソンは去っていった。レイは、ただ、現実を突きつけられただけだった。

 故郷への道が、再び遠のいた。そのショックが、今大きいのだ。

「我々はMSデッキに向かう。ガースト、君も来てくれ。いつ敵が迫ってくるか分からん。レイには休んでもらう以上、君が頼りだ。」

「はい、分かりました。レイ、安静にしておきな。」

「無理しちゃ駄目ネ。」

ネルソンと、ガースト達はその場を離れた。一人残されたレイは、目の前に起きた現実を整理しようとしていた。

 

「レイ!」

その直後、今度はスバキが部屋に入ってきた。心配をしてくれているのだろう。その気遣いはありがたいのだが、レイは明らかに落ち込んだ様子で彼女と話をした。

「大丈夫か?コクピットが水浸しになったって聞いたから……」

「うん、身体は多分だけど、大丈夫。それよりセイントバード、高度が保てないんだって。敵もどういう風にして来るか分からないから、スバキは戦うのなら、コクピットにいた方が良いかも……。」

ネルソンからは休むように言われ、故郷の道も遠のいた状況。スバキが来てくれるのは良いが、今の彼はどのように彼女と接すれば良いか、分からないでいたのである。

「なんか、セイントバード大変みたいだな。高度が保てないとかなんとか。海の上をゆっくり動くしかないみたいだってさ。」

「うん、それは聞いてる……。」

「その上連中はまだいるって話だしな。厄介この上ないよな、ホント。」

「うん、それで故郷に帰るのが遠のいたのも、知ってる……」

レイは、思わず弱音を吐いてしまった。それは、吐いてはいけないと、分かっていた筈なのに、それを吐いてしまったのである。

 

ガッ

 

「スバキ……?」

すると、スバキは彼の胸倉を掴み始めた。落ち込んでいるその表情が、気に入らなかったのだろうか。

「辛気臭い顔しやがって!お通夜かよ!お前、生きてるじゃねぇか!確かに故郷に帰るのは遠のいたかも知れないけど、生きて帰れたらそれで良いだろ!死んだ方が終わりだぞ!本当、お前はムカつく!!贅沢な奴!」

彼女の言葉はレイに響いた。自分の環境が贅沢等と、全く思っていなかった為である。

「贅沢……?」

「今だってお前の故郷に帰る為に皆がいるんだろ!?それだけ頑張ってくれてるのに、そんな顔して、自分だけが不幸ですって顔してんじゃねえよ!」

少女であるスバキには、彼の心境を察する事が苦手だ。直感的な言葉でしか、伝えられない。それがどうしても強く、なってしまうのが彼女の言葉だ。

「大体お前自身死にかけといてそんな心配ばっかりか!それで死んだ方がここの連中とか、お前の家族だって悲しむだろうが!さっきだってお前を助ける為に他の奴等が頑張ってくれてたんじゃねえのか!それでも自分の事しか考えないのかよ、このバカ!!」

それを言われ、レイは腹を立てた。彼なりに、クルーの事は気を遣っていたつもりだ。だが何度も予定外の事が繰り返され、彼自身のフラストレーションも溜まっていたのだ。それを突きつけられた気がして、思わず彼は言ってしまう。

「分かっているよ!!僕だって……皆が僕に気を遣ってくれている事、分かってるんだ!分かってる事を声に出さなくたって良いじゃないか!」

と、怒るレイ。だが起き上がりの身体に怒りは、ストレスになる。

 互いの感情が爆発した。予期せぬ状況はこのような状況を生みかねない。普段は穏和な状況でも、非常時では互いに怒りをぶつけてしまう事も、あるのである。

「お前、正論を言われてキレるなんてホント、女みたい。なんで、私……こんな奴に……」

「スバキ……?」

レイの眼が、パチパチと瞬きを行う。

「とりあえず、お前はもう、休んでろ!敵が来たってなんとかしてやるから!」

と、言ってスバキは去っていく。

 自分勝手な感情になってしまったのは分かる。理解しているつもりだ。だが、それが表情に現れた時に怒る人間がいる。彼は、それに対しても考えなければならないと、レイはこの時、考えていたのだった。

 

 

 水上を緩やかに移動するセイントバード。敵の姿はまだ見られないものの、いつ襲ってくるか分からない状況だ。

 その中で、エリィは今後の進路について主要メンバーを集め、話をしていた。

「出発しようとした瞬間にこうなってしまうとはね……レイ君も、ダメージを負ってしまったし……私の責任ね……」

エリィは溜息を吐く。尽く同じ状況に襲われるセイントバード。今回は不時着した訳ではないが、水上では敵の潜水艦に襲われ易い状況である。その上送り届けるべきレイは安静にしなければならない状態。彼女のはそれに対して責任を感じていたのである。

「だが、レイをはじめ、クルーが無事ならばそれに越した事はない。ただ、どのようにして動いていくべきか……だな。」

ネルソンが言った。

「高度の調整に関しては、整備が進んでますが、見積もっても明日までは掛かりますね。それまではゆっくりと動くか、いっそ近くの島に停泊した方が良いかもですよ。」

と、言うのはシンだ。セイントバードは高度を上げて移動しなければ目的地に着く事が出来ない。修理しながら敵と戦うのは難しいと、考えていたのだ。

「その間は俺達でどうにかはしますよ。水中戦もどうにか慣れてきました。エスディアはそんなにダメージも受けていませんし。」

ガーストが、言った。ただ、彼の隣にはプレーンが腕を組んでいる。その様子から、ガーストとは離れたくない様子だった。

「じゃあ、近くの島に一度停泊しましょう。各パイロットは島に着くまでコクピットに待機。戦闘配備になってもすぐに出撃出来るように。これで行きましょうか。」

話はまとまった。これにより、セイントバードは日本海に浮かぶ近くの小島に向けて進路を進める事になる。無論、高度を保てない状態ではそのスピードは保てない。いつ、戦闘になってもおかしくない状況。例えるならば、鮫がいるかも知れない海域を承知の上で、イカダで移動するようなものである。

「ガースト、心配ネ。絶対に、死なないで欲しい……」

突如、プレーンが心配そうに彼を見る。

「心配すんな。俺が絶対、守るからさ。」

「ねぇ、ガースト。」

「ん?」

「キスして欲しいネ。」

その発言は、周りの人間を驚愕させる。周りに人がいる、この状況で彼女はそれを求める。到底考えられないような発言であったが、ガーストはまるで慣れている様子で。言った。

「そう言うのは、人前でやるものじゃないんだよ。TPOを弁えろって言うだろ?部屋でするもんなんだよ。な?」

「むぅ……」

と、プレーンは頬を膨らませた。「すみません、じゃあ、俺達はこれで……エリィさん、先にコクピットに入ってます!」

 その後でガーストとプレーンはその場から去っていく。

 いつ、誰かが死ぬかも知れない状況での恋人同士の会話。それは、果たしてこの場に居た者達にどのような影響を与えるのだろうか?

 

 

部屋を出る。その様子を見送った五人は、それを見て溜息を吐いていた。

「何さ、あんなにいちゃついちゃって。」

「いや、マジで。ふざけんなって感じ。絶対彼氏の方も迷惑そうにしているけどさ、内心嬉しいんだぜ。あんな風に見せつけられてさ。こんな状況でさ。」

「マジで……なあ。」

インク、スラッグ、シンがそれぞれ、言い始める。皆誰もが恋人がいない者達ばかりだ。非常時という状況のフラストレーションが重なり、ストレスも大きなものになっていく。

「ま、まあ皆……うちは今、人手不足だから、人が入ってくれるのは有難い事だし……ね?」

それは、皆が理解している。人員は多い方が良い。その事も、知っている。

 仲良しのカップルが、独り身の人間の前で仲良くされた場合、どのような反応になるのだろうか。気にする者、気にしない者。それぞれの立場はあるだろうし、考えもあるだろう。

 しかしセイントバードチームには、恋人がいない者が多い。その上での非常時と言う状況は、ガースト達へのフラストレーションを向けるのに、十分な状況と言えた。

「艦長。あのね、あんな風に公然と人前でイチャつかれたらね、オペレーターやっている私には苦痛ですよ。マジで。」

「それは俺も思いますよ。ホントに。あの優男、勘弁してほしいですよ。彼女は可愛いかもですけど、あれはなぁ。」

インクとスラッグの二人が、ガースト達への愚痴を零し始める。それを聞き、エリィはそっと溜息を吐いた後、言った。

「じゃあ、いっそ二人が付き合えばいいじゃない!!」

その一言で、場は静かになった。誰もが静寂を貫く。その時間は十秒程。この、静けさに耐えられなくなったネルソンは頭を抱え、部屋から去って行く。

「話、まとまりましたもんね!じゃあ……失礼します!」

シンも、ネルソンに続くように去って行った。

「……やだなあ、艦長ってば……。付き合うったってよりによってスラッグじゃあ……。」

インクの乾いた笑いが響いた。

「は?うるせえよお前!大体な、セイントバードが移動できているのは誰のおかげか分かってるのか?」

「はぁ!?じゃあ緊急事態とかを伝えて船員に情報伝えている私は?それこそ誰のおかげで助かってると思ってんのよ!?」

「とにかく!俺はもっと真面目な女と付き合う!お前みたいな口ばっかりの人間とは付き合いたくねぇよ!」

「ふざけんなバーカ!!私はあまり喋らないような男と付き合いたいね!あぁ、私の愛しの王子様は今どこに……。」

「黙れよブス。」

「はぁ?黙っときなさいよ。私はブサイクなんかじゃありませんからねー。あんたこそブサイクじゃん!」

エリィの一言がきっかけとなり、喧嘩をし始める二人。それを聞いていたエリィは握り拳を作り、近くにあったテーブルを思いきり、叩いた。

「二人共!いい加減にしなさい!大体何が原因でこんな喧嘩が起こったのか……。全く、情けないわ!」

「いや、あんただよ!」

二人は、同時に言った。

「え?私……?アハハハハ……」

怒っていたエリィは、今度は苦笑いを浮かべた。

緊迫した状況である艦内ではあったが、もしかすればガースト達の存在がこうした話題を提供するきっかけになったのかも知れない。

 

 

 

ブルーマーリン艦内にて。ディープブルーをMSデッキに格納したクラリスは、艦長であるシーギと合流していた。しかし――

 

ドゴッ

 

シーギはクラリスを殴った。それも、何発も殴った。容赦のない暴力が彼に降り掛かる。

それにより、クラリスは口から血を吐いている。殴られても、彼は抵抗する事なく視線を落とすばかりだ。

「なぁんで殴られたか、分かるか?分かるよなぁ?オン?」

「申し訳ありません……」

「返答になってねぇんだよクソが!」

更なる暴力が、クラリスを襲った。今度は鼻を殴られた。

 赴任したばかりの環境で早速の出撃。だがそこで任務を果たせない事による暴力。

 シーギ・デューラは暴力で人を支配する人間だ。それ故に、メンバーからは恐れられている。罵詈雑言は当たり前であり、それは新入りのクラリスにも例外でない。

 任務の失敗に対し、その責任者に対して暴力を振るうことでしか、解決出来ないのがこの、シーギという男なのである。彼は上官であり、それを咎める人間は居ない。それ故にこの男のような横暴が罷り通っているのが実情なのだ。

「おめェ、保護区の立ち入りする失態した上でガンダムって伝説級の機体も与えられててディープシー四機破壊されるって何やってんだ?ああん?」

赴任早々の任務。クラリスにとっても慣れない環境での戦いを強いたシーギ。

「となりゃ俺らの出番は少し後になるわ。オォい、海賊共とは連絡は付いてんのか?」

シーギのドスの効いた、低い大声が響く。

海賊。それは何を示すのか。

「連絡は着いたみたいです!キャプテン!」

「じゃあ、仕事を連中に任せるかぁ!役立たずの女みたいな名前の中尉さんよ!てめぇの出番は一旦終わりだぜ?その血塗れの不細工な面をガーゼでも貼って処置しとけや!!」

シーギが自ら殴ったにも関わらず、一切の処置をせずに、完全に自身に任せるという横暴。この男にとって、暴力こそが全てなのだ。

 こうした男が軍を率いているというのも妙な話ではある。シーギは階級こそ大尉ではあるが、これでもデウス動乱時代から活動している人間ではある。だがその粗暴が問題となっており、この日本海のブルーマーリンの部隊は、言ってみれば新生連邦という、組織にとっての“窓際部屋”というべき環境だろうか。それ程に、世界中の人間が先の大戦によって減少しているのが現状だったのである。

 そして、先程シーギが言っていた“海賊”とは、何を指すのか。海賊と呼ばれる組織に、何の仕事を依頼したというのだろうか。

 

 

 

日本海の北側のとある潜水艦にて。その潜水艦の外見は“奇抜”の一言で片づけられるような外見をしていた。一匹の鮫の骨格が描かれており、そこには無数の落書きのような、パステルカラーが散りばめられている、一見派手な潜水艦。それがこの艦だ。名は、オーツェラーン号という。

「キャプテン、新生連邦から入電です!俺等にとっての獲物が、来たみたいでっせ!」

大柄な体躯の男が、低い声を出し、言った。

「どうやら俺等の出番のようだ!噂の空中戦艦か!これを沈められれば、まさに空跳ぶカモメを鮫が食らいつくって感じか?」

左目に黒い眼帯をしている、その男。外見は絵本などで見かける、“海賊”そのものの姿をしている、褐色の、背丈の高い男。茶髪のドレッドヘアーが特徴の、この男がオーツェラーン号のキャプテンである、ベレッサ・コロノアジーである。彼が率いるベレッサ海賊団は日本海を縄張りとして海賊行為を繰り返している集団であり、この、オーツェラーン号を拠点として物資輸送船等を強襲し、略奪などの非道を繰り返すのである。その悪名高さは砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモと同様の存在である。

ベレッサは別名、デビルズシャーク(魔鮫)と呼ばれている。日本海側の漁師達は戦後になって出現したこの集団の海賊行為に、悩まされているという。

「どうしやすか?」

そう言うのは大柄の男。名はガルム・エレック。ベレッサ海賊団の副団長を務める男だ。

「カモメはゆっくりと海の上を移動しているそうだな!なら、奇襲を掛ける!巡航ミサイル発射用意ぃ!油断した所をMS展開!俺が出る!ガルム、お前に艦の指揮を任せるぜ!」

指揮を依頼され、ガルムは思いきり右胸を叩いた。

「ガハハ、任せてくれよキャプテン。指揮ぐらいなら執ってやる。お茶の子再々ってな!」

「相変わらず、頼もしい奴だぜ。さて、新生連邦の連中から依頼を受けた以上は仕事はやらねぇとな!あのカモメを襲撃するぞ、ヤロー共!!」

今回、ベレッサ海賊団は新生連邦軍の依頼を受けて動いている。新生連邦が海賊団を雇い、その上でセイントバードチームを襲わせるという構図となっている。

 つまり、今回の新生連邦は三重に用意されている事になる。最初はチェーニ姉妹による空中戦の陽動、そして次に新生連邦の海中部隊。そして、今回の海賊団。セイントバードチームに、新たなる危機が迫りつつあったのである――

 




第三十一話、投了。
ガンダムと日本海と言う一見有り得なさそうなコラボレーション回でした。
海の戦いの描写は地上、空中と違って様々な制約があるので難しいですね。
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